地域をつなぐ子どもとアートの可能性
「
新通プロジェクトー幼児期との対話
-」
を通して見えてくること
村 木 薫 は じめに2
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06
年1
1
月、新潟大学教育人間科学部 (現 ・教育学部)の丹治先生か ら 「アー トクロッ シング2007にいがた」 とい う芸術の新たな可能性の模索 と地域の活性化 を図ることを目的 としたアー トプロジェク トへの参加 を呼びかけ られた。 この取組は新潟大学周辺の新潟市 内野町を中心 とし、寺尾中央公園にわたるもので、過去3回は 「うちのDEアー ト」とい うかたちで内野地区限定で行 なって きた もの を新潟市の政令指定都市化 による地域拡大の 影響 を受け、今回のアー トプロジェク トより新潟市西区 とい うエ リアに拡大す ることによ って、私及び新潟中央短期大学の参加 を促 し、決定す るもの となった と思われる。 その背 景 として、2005年 より内野町近郊の新通地域 にある新通保育園において村木ゼ ミの学生 と 保育園におけるビオ トープの制作お よび保育実践 を卒業研究のテーマ として継続研究 して きている経緯があったか らである。 ビオ トープとアー トの関係 に関 してはここで詳 しく述べ ることは省 きたい と思 う。 この 保育園で3
年間お世話 にな りなが ら、手探 りでやって きた研究ではあるが、それが、今回 のプロジェク トの拠点 となることは偶然ではない ように感 じる。最近の子 どもたちを取 り 巻 く環境 を考 えると、大人の論理 ・考 え方ですべて理解 しようとする見方がはびこ り、そ のことが社会の様 々な摩擦 を生み出 しているように思 える。 保育園において ビオ トープを 造 り、野外保育 を考 えることは、 どこかでこの地域 とのつなが りも必然的に生み出 してい た。今回は、新通地区において、子 どもの目線 に立 った ものの見 え方あるいは想像力の中 か ら生 まれて くる ものの可能性 をアー トとい う手法で提示 しようと思 った。その実践記録二 を綿密 に紹介 し、それ らを通 して見 えて くることか らさまざまな問題 を考 えたい。 制作過程(
2
0
07
年6
月∼1
2
月 まで の記録 及 び考察)6月1
6
日(土) 新通保育園において今回の私のプロジェク 自 こ協力 して くれる新潟大学教育人間科学部 3年生の小出美慧 さん、2年生の風 間美土里 さんたち と顔合わせ を行 なう。そ して、私の暁星論叢第58号(2008) 書いた企画書及 び今後のプロジェク トの進め方 について協議す る。 ‥
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月1
日(日) このプロジェク トを始めるに当たって、最初 に新通保育園の母体である護念寺の檀家の 人たちに声 を掛 け、私 たちのプロジェク トの理解 を求めるところか ら出発す る。そこで、 保育園の理事 で もあ り、地域の活動 に協力的 な相川 さんの ところへ挨拶 に伺 う。 最初 に、 私のプロジェク トの主 旨について話 した ところ、気持 ちよ く賛同 していただ く。 その時、 第2
次世界大戦後、新通の集落で戟死 した人 を弔 ってろうそ くの明か りが点 々 と道沿いに つ なが っていた風景の話が出た。亡 くなった人の家 と慰霊祭 を行 なった集会所 までの道の りに大根 の輪切 りを台座 に して和紙 を巻いたろうそ くの明か りが点々 とつ なが り、その生 と死 を強 く印象づ ける光景 を子供心 に深 く刻 み込 んでいる とい う。 実 は、 この話題が出る前 に、私 のほ うで地域の子 どもと大人が作 った白いオブジェを道 沿いに並べ てい くとい う提案 に対 して相川 さんたちが思い出 し、語 って くれた ことに深 い 興味 を持 った。私がやろうとしていることも簡単 に言 うと、ある もの をある場所 か らある 場所 まで並べ てラインを創 ることである。 そ この風景が変わることが 目的ではな く、そこ の空 間の質が変 わることが 目的である。 先 ほ どの風景では、亡 くなった人 を悼 み弔 う気持 ちがろ うそ くの明か りを通 して地域 の人たちにス トレー トに伝 わって くる。 また、子 ども としてその風景 に接 した時、 もしか した ら、ただ単 にろうそ くの炎 に点 々 と照 らされた道 を美 しい と強 く感 じたのではないか と想像で きる。 今 回のプロジェク トは、その非 日常の 空間が生み出す異化作用、 もう少 し言い方 を変 えるな らば目に見 えない思いや願 い、祈 り の ような ものが大袈裟 なかたちではな く日常生活の中で身近 にある素材 で作 られること。 そ して、だれにで も共通 に 「どこか心 に引 っかか_b」 とい う思いにつ なが ることを大切 に したい。 なぜ な ら、素晴 らしい とか感動す る とい うことは、芸術 とい う概念 でわか るとい うことではな く必ず何か心 に引 っかかる とい う体験が存在 して成立す る ものだか らである。 そ してしその ような体験 は幼児期 あるいは初等教育段 階 において、ぜ ひ体験 しておいてほ しい ことである と思 った。 7月
8日(日) 護念寺の細川好 円住職 と新潟大学の風 間 さん、小 出 さん と実際 にオブジェを並べ る道 を 歩く 。 歩 く道すが ら畑 を耕 している農家の人達 との何 げない挨拶の中で、細川好 円住職の 地域の人たち との信頼関係 を強 く感 じる。 神社 もお寺 も関係 ない共存関係 を地域の中で強 く意識 し、つ とめて地域の人の心の よ りどころである神明宮 とい う神社 の整備 に協力 して きたことな ど、現代 の宗教不毛 といわれる世 の中で生 きる宗教者の一端 を垣 間見 る思いで あった。実 は、最初 に私が神社 と保育園をつ な ぐとい うコンセプ トを話 した ときに、仏教 側 に立つ寺院の住職 として どの ように思 われ るか少 し危倶 していたが、す ぐにその意図 を 理解 され、それ以上 に、心強い後押 しを していただ くO-地域 をつな ぐ子 どもとアー トの可能性 (村木)
7月1
6
日(日) 護念寺 にて打 ち合わせ。今後の方針 を話 し合 う。 ここで、新通 自治会会長の槙 口さん、 ウイズプラザ新通 自治会会長の船岡 さん、そ して、西区親子劇場の五十嵐 さんたち と知 り 合 う。掲示板の必要性、キ ャッチ コピーの内容、8月22日(水)に新通集落開発 セ ンターで 自治会役員の人達の会合があるのでそこに出席す ることを伝 えるなど、少 しずつ新通地域 の人たちと触れ合 う機会が広がるのを感 じる。8月8
日(水) 護念寺 にて打 ち合わせ。 ワークシ ョップの 日程、内容等 を打 ち合わせ る。その後神明宮 の久我宮司 さん宅へあいさつ に伺 う。 8月
22日(水) 護念寺 にて打 ち合わせ後、新通集落開発セ ンターにて新通 自治会の会議が開かれ、そこ へ挨拶 に伺 う。槙 口自治会長ほか、副会長の岡 さん、今泉 さん と挨拶 を交わす。 ここでの 関係者はほとん どこの内容 を知 ってお り、自治会組織が きちん と機能 している集落の優れ た組織力 を感 じた。かってはこの ような村落共同体がそれぞれの地域 にあ り、お互いが助 け合 う組織があった。 しか し、現在 は家族が-世代家族 とな り、祖父母 との関係や世代 を 超えた伝承文化が伝 えられに くい構造 になっている。その後、昨年宅地分譲 を行 ったプラ ッツ新通 とい う新 しく生 まれた自治会の大橋 自治会長 さんの ところ-挨拶 に伺 う。 新 しく この地域 に住むことになった若い世代の住民 に参加 して欲 しい ことを伝 えようとしたが、 現段階 としては、様 々な見方 をする人達がいるので、 この自治会が全体 としてこのプロジ ェク トに協力 ・参加するのはむずか しい との意見 を伺 う。旧集落 を中心 とした新通 自治会 と新 しく土地区画整備 によって生 まれたプラッツ新通 とい う自治会 とが うまく連携が取れ ず にいる状況 を感 じた。 この ような状況だか らこそ、世代や地域 を越 えた、 もしくはつな ぐ試みが意味 を持つのではないだろうか。アー トの役割 をここでのプロジェク トを通 じて 考 え続 けたい。 8月25日(土) 護念寺境内にて、新通地域の子 どもか ら大人まで作 ることの出来るオブジェの形 を考 え る。 ここでは言葉 として一人歩 きをした 「自然界の精霊」
とい うテーマで、新潟大学の風 間さん、小出さんと三人で 自由に試作 を行 なってみる。 自然界の精霊 とい う形の きっかけ二 をつ くる上で、ひ とつの例 として 「もののけ姫」1)に出て くる 「こだ ま」
の イメージか ら かたちを作 り、そこか らまた、それぞれ各 自でイメージを膨 らませて創 ってみる。 しか し、 映画 に出て くる 「こだま」の映像 イメージが強す ぎて、なかなかオリジナルな形 にまで到 達 しない。想像で きるものなら何で もいい として も、ある程度のルールを伝 えなければい けないのではないか と考 える。粘土で形 を作 るが、わか りやす く子 どもたちに伝 えるには どうすればいいのかなどを話 し合いなが ら、団子 を二つ作 り、それを接着 させて頭 と胴体暁星論叢第58号(2008) に見立 てる。顔 の表情 を大 き く特徴付 けるため、 目や口 を大 きくえ ぐった り、付 け加 えた りす る。 それ を屋外 の地面で固定 させ るため に篠竹や割 り箸 を使 って支柱 にす る。 (写真 1) また、粘 土状 で屋外 に設置 した場合 は、雨 にぬれる と溶 けるので、外形の凹凸や表情 を残す ように注意 . を しなが ら石膏の どぶ付 け を行 なう。表面 を白 くコーテ ィングす ることで無垢 なイメージに も つ なが るのではないか とい う期待 もある。そん なことを考 えなが ら、10体 ほ どの試作 を行 な う。 写真1 「自然界の精霊」の試作 また、竹 の灯篭 も設置す る予定で、斜 め にカ ッ トした竹 の まわ りに和紙 を貼 り、 ろうそ くを入 れて明か りの状態 を調べ る。
8
月31
日(金) 神 明宮の久我宮司 さんの竹林 で篠竹 を切 る。やぶ蚊 にさされなが らも支柱 となる篠竹 を 100本 ほ ど確保 した。 また、先週行 なった試作 の結果 を見 たが、粘土 の乾燥 に よる収縮が 起 こって、石膏表面 との剥離が生 じ、軽 く押 しただけで、ぽろぽろ と石膏がはが れて しま った。 この結果、粘土 で成形 した後、1-2
日乾燥 させ てか ら石膏の コーテ ィングを行 な うことが検討 された。 この プロジェク トが成功 とか不成功 はい ったい どこで判 断で きる か ?た くさんの人たちの協 力が なければ成立 しない試 みであ り、 まだ まだ未知数の部分で 進行 している。そのプロセスにおける様 々な経験が この プロジェク トに関わった人たちの 中に何 かや りがい として残 って くれた らいい と思 う。9
月
2
日(日) 夕方6
時 よ り神 明宮境 内 において地域 の盆踊 りに参加。夕方5
時 に護念寺 に集合 し破損 したオブジェの補修 を行 い、盆踊 りの ときに配 るチ ラシや ポス ター を準備す る。 新潟 中央 短大か ら2人の学生が合流 し、合計4人の学生 と神 明宮 の久我宮司 さんのお宅へ挨拶 に伺 う。祭 りが始 まる前 に、先 日お会い した地域 の 自治会 の人たち と一緒 に拝殿 に上が り、祝 詞 を聞 き、お蔽 い を受 ける。 厳粛 な気持 ち となる。太鼓の音 とお磯子が聞 こえ、境 内には 夜店が並 び、新潟甚句 、長 岡造形大学の和太鼓 グループの演奏 、そ して、最後 に地域 で古 くか ら踊 られてい る盆踊 りへ と進 む。その間、我 々は小学生や幼児 を連 れた親子連 れ を対 象 に声 を掛 けなが ら、9
月1
5
日(土)の ワー クシ ョップのチ ラシを配 る。い きな り声 を掛 け られ少 し驚 く親子 もあ ったが、趣 旨を説明 して数組の人達 は笑顔 で励 ま して くれ る風景 も 見受 け られた。 しか し、それ以上 に気 になったのは地域 の人たちが一番踊 りやす く大切 に して きた昔か ら踊 られて きた盆踊 りに愛着 を持 ってい るのか疑 問 を感 じた ことである。現 代 の若者が踊 らな くなったか らとい って失 くしてい っていい ものなのか。生活の中か ら必 要でな くなった もので も、心 の よ りどころまで失 くしていい ものなのか。町お こ しを考 え・ l 地域をつなぐ子どもとアートの可能托 (相木) てい く上において、 El本中の大きな認視で もある。 この地域に住む 一人 人が どこかの部 /J
l
で役に立っていると自生 したときに、みんなが富び、地域が元気になる,特にお年寄 り の力、加
治 を砧用 して もらうことは欠かせないことである。 古 くから伝えられてきた価佃 枚をここ何句:
rjjJかの変化で失 くしていっていい ものなのか。Ili考の時期にあると感ずる。9
月9
日 ([り 第1回新地プロジェク トのワークショップの位終打 ち合わせ を行 う。 ここで何故、 Lという糸材 を使 うのか巧えてみたい,
「上はまず人が併 し、生活の樋 を得 る重要な鳩である。 また、 「人は 上か ら生 まれて上に輔 る」 という苫繋に見 られるように、 生命の根源は常 に上にあ り、生の椋籍である死 もまた上の中にある。人頓の生活史の中で の役割分担か らい うと、大体男は外にLtJ.ていって狩猟 ・採取 し、農巣は女性の仕 'Jiであっ r= 女性が.11を排 したのであった。上は絶えず女性的な役割 を担わされていた。 また、上 は人間に必要なものを生み出す ところであ り、その生 むとい う母性の概念が土,大地 と強 くつなが って くる。
」
2' この文帝の中にある生 命の根源や死 もまた土のrH二ある, とい う部分 か らも想像で きるように、IX湖 である 「上」 そ れ白休が じつは命 とい う粗食を象徴 している。 このプロジェク トにおける漉け選択の 一番の稚 山でもある。 また、それと並行 してこの 「こだ ま」の発想は生 まれた。17年前大学院惟 丁制作 と して 「議
場 への千g_J(写良2)
とい う作 品を創 った.木の枝 と木の根 っこで骨組みを作 -.Pl 写J
t2
「木鶏一見への予8-
」(
1
99り り、上 と叢 を混ぜ た土壁の胡料で、大地か ら生 まれ、そ して人間のかたちになって、 また いつか風の中に消えてい くというあ らゆる生命の循現 をイメージした作品として提出 した ものである。 この作品の タイ トルに木魂 に だま) とい うネー ミングを行 なったが、 もし か した ら土塊 (
つちだ
ま
)で もよかったのか もしれないと今になって思 う。おそ らく、広 辞苑で タイ トルを探 したときに木魂 という名3-plに出会い、その昔の響 きに納得 して決定 し た妃憶がある。 土は地球上の衣面を7Zっている紫材であ り、子ともの ときは必ず、触 って、に ぎって、 luJJJして とい うように、一席身近に手で触れることので きる材料である。そこに水 (雨水 な . ど)を加えた りすることで粘性の強い ものは粘土 として成形がで きる。 また、泥んこあそ ぴの ように手や顔 に塗ることので きる打柑 二もなる. また、土は植物、動物 を問わず、あ らゆる生命を育む土台であ り、題盤で もある。そこを通 して根 を張 り、太陽に向か って成 艮することがで き、秋になって唖が落ちれば、そこを寝床 として春に芽吹 くまで守 って く れるカプセルで もある。その ようにあ らゆる生命の源 となっている上をもう-慶事にとっIt星iJt姉58号i20鵡 ) て感触 を柴 しみながら自然 と生 まれる形、ある いはイメージできる形 を思いっきり自由に創 っ てみることも可能である。おそらく、そこには 大人も子 どももない無心になれる条件が倖わっ ているのではないだろうか.
9
月10日(月) 新通地区にある田んはの一執 こ建物 をifてる ため、ポー リング調査 を行なっている場所に行 き、現場監督の上田さん (株式会社礁満 上木 写J
t3
土の採取地 (新通地区の田んぼ) 平菜弟工中部係長) と打 ち合わせ を行なう。相川 さんの紹介でスムーズに話 し合 うことが できた。EI面より地下13メー トルの土で、田んほの下は不透水層 となってお り、粘性が強 い地盤である。 (写真3)
こげ茶色の地質で、若干硬い塊や石 も混 ざっているが、材料と して使用することに問題はない。さらにその中に細か く切った藁す さを混入することで「つ なぎ」の役割を入れ、壁土の要Liiで使 ってみたい。 日本の住宅の在来工法 として昔か ら伝 えられてきた技法で もある。9
月1
4
日(金)に1
トンの上を保育園脇の空 き地 に運 んで もら うようにお顕し、する。これで このプロジェク トに他m
する材料が地元か ら入手で きたこと にな り、他産地梢ではないが、本当の意味で、 地元の協力を得て 「新通プロジェク ト」 と呼べ るイヴェン トとなることの意味は大きい9
月1
5
日(上) 第1回新通プロジェク トワークショップ 午前9
時より、新通保育馴 二おいて澱初の「こ だま」作 りを行なう。新潟大学か ら4
人の学生 たちと中火偉大から3
人の学生たちが参加 して くれる。子育て文枝センター前の広場でブルー シー トを放 き、土 を左官用 に使 うふねに入れ水 を加えなが らスコップなどで控ねてい く。途中 で細か く切 ったXす さを混ぜ なが ら自由な形 に 成形で きる具合のいい状掛 こする。 (写共 4) 最初に、保育園の園児たちが来て恐 る恐る土に 触るという状無であった。我 々の方か ら「相生」 などとう宮奈は使わず、土 に触 ってみよう。 と かお団子を二つ作 って くっつけてそこに日や口 をつけてみ 上㍉ とか、気持ちのいい ものを作 写A 4 土とtすさを混ぜる 写J
t5
第1回ワークショップ風**城をつなぐ子どもとアートの可能性 (相木) ってごらん。などの声掛けに対 してす ぐに納得 を して制作 に入るとい う姿はほとんどなかった。 そこで、普段の 日常会話を行ないなが ら、子 ど もの気持 ちを説 きほ ぐしてい くとい う時間が必 要であることがわかった。 (写其 5)そこで、 中央短大の学生はチ ビもたちの要求に合わせて 水 をた くさん入れて泥んこ状態 を作 り、成形す る以前 に触覚か ら閑放 して遊ばせ るとい うや り 方 を行 なっていた。 (写
其6)
そこで初めて子 写Jt6 水を大JLに入れ泥んこ状態を楽 しt; どもたちの楽 しそうに腕や顔に泥 をつけては し ゃぐ姿が見 られた。3
鼓か ら5
歳 までの園児た ちの発達段階の追いもあ り、我 々の意図する「た くさんの形に してほ しい」 とい う思惑は見卒に 外れて しまう壌面 もあったが、それはそれで第 一段階 としては当た り前の光景だったのではな いだろうか。それで もこの作業に興味のある子 どもたち(土お もしろい形を生み出 していた。子 L どもたちとのや り取 りの中か ら次第に自分の好 写J
t7
様々な吉葉掛けを行なう 主査塵 とい うふ うに百瀬 を変えていった。ここで自由な形に したのはまず この作射 こ対 し て遥和感 を感 じないで参加 してほ しいとの考えか らである。ただ、キャラクター的なもの にな りかけた時は、 もう一度言葉 を掛けて、自分にとって価 しい気持 ちはどんな形なのか などと問いかけるように していった。 (写其 7) この ワークシ ョノブが始 まるまで、学生 たちには私のねらいやテーマは説明 したが、どの ような言葉掛けをするのか とい う説明は 行 なわなかった。私 自身 もここで要求することは画一的な 「こだま」ができることではな く、逆に様 々な 「こだま」が生 まれて くることが自然であ り、そうではない と、一人ひと りが参加 したとい う意ほが生 まれないのではないか と考えたか らである。 しか し、ここで 「こだま」 自身がキャラクターではないか とい う議論が生 まれる。その答えとして、私は このように考えたい。
「こだま」が持 っているキャラクター性 というのは決 して固定的な イメージを与える性格の ものではな く、自分の自由なイメージを付け加 えることので きる 性格の ものである。 もっとい うと全 くそのイメージか ら外れていても 「こだま」 という性 格の ものにな りうるのではないだろうか_そこに流れているイメージは、生命の根源的な 形であるアメーバ的なもの といっていい ものであ り、自由自在に形を変 える素材 として土 が考えられるように、不定形で もきちんと存在することのできる捕ま とい う性格その もの である。
「アニ ミズムと呼ばれている宗教がある。 この耳仕れない冒糞 を理解す るには、暁星論叢第58号(2008) 日本古代 の神 々について述べた F古事記』の文章が参考 になる.つ ま・り、その当時は 「草 や木がそれぞれに言葉 を しゃべ り、国土のそ こここで岩や、石や、木や、草の葉がたがい に語 りあい、夜 は鬼火の ようなあや しい火が燃 え、昼 は群が る昆虫の羽音の ように、いた るところでに ぎやかな声が した
」
とい うのである。 人間生活 をとりま くすべ て、生物 も無 生物 も、それぞれに魂 をもち、言葉 を交わ していた とい うのである。 こうい う自然 と神 の とらえ方、それを一般 にアニ ミズム、つ ま り精霊信仰 と呼 んでい る。」2)の中に書いてある よう精霊信仰の対象 となっていた ものは人間だけでな く、動 ・植物や無生物のすべ てがそ れ自身の魂 を持 っている とす る信仰 である。今 回のワークシ ョップでは幅広 く自然界 にお ける自分が思いつ く精霊 を創 ってみ ようとい う言い方が正 しいのか もしれない。 「アニ ミズムの定義 は比較民俗学の方向か らはで きに くい。だか ら、ここでは とりあえず、 すべ ての存在 にス ピリッ トが宿 っている。それはモノであると同時 にカミである。 そ うい うご くおお まかな定義か ら出発す ることに したい。 とい うのは、問題 はアニ ミズムの本質 の側 にあるのではな く、それをとらえようとす るわれわれ研究者の側 に も関わっているか らである。 研究の方向、その 日ざす ものが問題 なのだ。別のいい方 をすれば、霊魂、ある いはス ピリッ ト、あるいはカミを映す鏡が問題だか らである。そ もそ も、カ ミを映す鏡、 自分 とい う鏡 は どうい う鏡 なのだろうか。それは観察者の持 っている鏡 だろうか。それ と も参与者の持 っている鏡 だろうか。その鏡 に映るのは、モノだろうか、カ ミだろうか、 自 分だろうか。」4)ここで述べ られてい るように、自分 とい う鏡 は どうい う鏡 なのだろうか。 とい う部分 はまさにアー トの主題 となる ものであ り、 自分 をこの機会 に見つめそ こか ら出 て くるイメージの世界 を子 どもたちな りに自由に表現 してほ しい と思 った。午後か ら親子 連れが4-5
組参加 して くれた。 ここで気づいたことだが、子 どもよりも保護者の方が夢 中になって作 ることに集中 していた ように思 える。当 日は天気が よか ったので、土で創 っ た様 々な 「こだま」を竹や割 り箸で刺 しその まま乾燥 させておいた.石膏 を掛 けてコーテ ィング した後のひび割れ防止のため、 これか らの工程の中に少 な くとも1日は乾燥 させ る ように してい きたい。初 日の ワー クシ ョップでは2
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体 ほ どの 「こだま」を創 ることがで きた。 9月24日(月)I 護念寺 にて夕方5
時 より神明宮の久我宮司 さん と細川好円住職、新潟大学の風 間 さん と1
0月21
日(日)の トークセ ッシ ョンの打 ち合 わせ を行 なった。当 日は他 に橋口新通 自治会長 さん も参加する予定である。私の構想 としては、今回のプロジェク トを通 して関わった様 々 な分野の人たちと、 このラー トプロジェク トの反省や意義あるいは将来性 な どについて話 し合 うことを一番 の 目的 とした。その切 り口 として神社の役割、仏教 を通 した地域お こ し、 新通 自治会の現状 、そ してアー トと子 どもの果たす役割 など、参加者か らも意見 を伺 い、 自由に横 断的 に話 し合 う中で、新通地域の文化 を再認識 し、町の発展 を意識 した新 たな活JLhEをつなぐ子ともと7- トの可た性 (付ノい 勤の方向性 を見出す きっかけに して もらいたい。
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月2
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日(上) 第2回新通プロジェク トワークショップ この tiは新通保育園夏祭 りで、新iF.1大学の学 生5
人と中央短大の学生2
人が参加 して園庭の 一角に会場 を借 りて行 なうことがで きた。 (写 兵 8)た くさんの卒園児たちや、地域の人たち が来て くれて、5
匝Ⅰのワー クショノブの中で長 も阪 うもの となった。 (写 兵10)前回 と同 じよ うに興味 を示 して くれた人たちに声 を掛けなが らの作菜 となる。 もう少 した くさんの人が興味 を示 して くれるのかなと期待 したが、やは り目 当てはお然 りの緑 Elであ り、食べ物やゲームに はた くさんの人が集まっていた。見た目の禁 し きや面白さに欠ける傾向は否めず、土 とか泥 を 目の前に見せ られても何か変わったことをやっ ているなと思われていたのか もしれない それ で も地域に配ったチラシや広報などの効朱があ り、声 をかけて参加する親 子連れ も数多 くいた この 日は並行 して前回創 った 「こだま」の石書 付 けを行い、芝生の上に白い 「こだま」の並ん だ風景を見 て もらうことがで きた。 t写兵 9) た くさんの小 さな白いオ7ジェがIkmの一本の 線上に並んだときに、日常の風景の質が どの よ うに変化するのか. これ らを一本の道 として並 べ ることの恵味 を改めて考えたい。
「ドイツの 哲学者ゲオルグ ・ジンメル(
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8-1
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年)は 写Jt8 第 2回ワークショノブ見* 写★ 9 白い 「こだま」ができてきた 写J
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小学生も手A極的に奉加する 8いている.二つの場所のあいだに迫を作 った人びとは、 もっとも偉大 な人間的中菜のひ とつをな しとげたことになる。無in彼 らは二つの場所の問を横兼に往復 し、そうすることi -によって両地点は主椴的に結合 していたはずである。 しか しやがて彼 らが地面に道のかた ちをくっきりと刻みつけることによって、は じめてここに両地点は客椴的に結合 され、結 合への意志は事物の形態 をとるにいたった。 一道づ くりは人ru】蹴有の作業の一つである。 ジンメJL'の言いたいことは、動物はその行動軌跡に始点 と終点 を明確に意托 していないが、 人間はその意味 を知ってお り、迫 を造 ることによってその意志 を形に表わ して実現 していJ
t
JiBJE第58号(2CObl る。 とい うことであるJ
S)ここでは新通保育鰻 とい う子育ての製缶的な場所 と、神明宮 とい う 地域の氏神様で tf・から苓われ、溢 ・史の祭 りの 掛 折としてはれの持台 となる神社 をつなぐこと の鹿味は何か ?ジンメルの言柴を借 りltば、二 つの両地点は有税的に結合 され,総合の愚息は 見 る人に形 として伝え られ る。 ('T3炎11)道 と して認識で きるT;段 として、
「
並べ る」 とい う 行為は、主体である f-どもたちが・柴 しく関わる ことので きる行為である。 2
週間というtiい期! 問か もしれないが、何か変わったとい うことが 見 る人たちに磐 じてもらえればいい.それが こ 写Jtll 新通保育Eqより神明宮までの道程 のプロジェク トの意思で もある。 並べ るとい う行為で迫を作 ることに対 して地域が,また 関わる大人たちが、子育てを支えに.L揺する風 ,Ftとな り、餌旧の地域の人たちをつな・ぐ風景 になってほ しい.,総柄や効率の使先する'J-_括空間に普段は現れない 「心の迫
」(
久我宮司 さ んの旨繋)が現れる.解を期待 したい。 10月6日(土) nJi13回新通プロジェク トワー クショップ 朝9
時 より新潟大)芦の学生5
人、そ して、は じめてボランテ ィアとして内野町の勝兄 さんが 加わって くれた。このElは土曜 日に正㈹する罵 児たちとチラシや広報誌などを見て来て くれた 故紙の家族 とで制作 した。新潟大if'・で も彫塑を JB攻 しているやJtが中心 となって碓擁的に制作 し、200作ほ ど創 ることがで きた、 また、ここ に参加 して くれた親7・の制作の違いを見ている と、親のほうがひとりで熱中 し、・f-どもが不思 議 そうにその手付 きを見て、話 しかけるとい う 風)T(に出会った。 大人にとって:上という糸材が 憶 か しいのか、造るという純粋 な行為が帽 しい のか ともか くその衣冊 ま真剣その ものであった。 (写真1
2
)
「人間の もついわゆる<人ruJ作 >は、 ほとんど文化によって形成 されて しまってお り、 したがって、人間は文化か ら阿焦 されれば完全 写Jt12 枚と子の制作見* 写Jt13 第 3回ワークショップ制作作品地域 をつ なぐ子 どもとアー トの可能性 (村木) に非人開化す る と同時 に、逆 にどんなに<未 開な>子 どもで も、それ どころか石器時代 人 です らも、文明社会のなかで育て られれば完全 に<文明>化 され得 るのである。文化的存 在 としての人間の こうしたお どろ くべ き可塑性 は、動物学者たちのあいだで よ く知 られて いる neotenie(幼態成熟)現象 とふか くむす びついているはずであって、それゆえ、人間 の文化的存在性 とその発育 のおそ さ、永遠の未完成 とは、不可分 なのだ。 (写真13)人間 は類人猿 よ りむ しろその幼児 または胎児 に似 てお り、現在の類 人猿 よ りはむ しろその祖先 に似 ているようで、他の動物がその幼少期 にのみ もつあの遊 びの習性や旺盛 な好奇心 を、 人間だ卯 ま習性た もち_?づ ける。」6)ように文化的存在 としての人間の こうしたお どろ くべ き可塑性、永遠の未完成 とい う特質が文化 を支 えて きたのであ り、だか らこそ文明化 して 様 々な便利 な もの を生み出 して きたのだろう。 しか し、土 とい う素材 を前 に した時 に、人 間は動物 としての遊 びの習性や旺盛 な好奇心 を呼び覚 まされ、 また、手 を使 って土 を控ね ているうちに生活のために働 かせ ていた脳が、新鮮で ピュアーな状態 に もどるとは考 えら れないだろうか。手や指先 は第二の脳 といわれるように触覚 を通 じてお互いに連動 し合い、 土 との関わ り方は深 まった もの と考 え られる。最初、 このプロジェク トは子 どもが主体 と 位置付 けていたに もかかわ らず、一緒 について きた大人の方が子 どもよ りも積極的に関わ って くれた。 自分 を見つめ、原風景や原初的 な遊 びを思い起 こ して くれる きっかけになっ たのではないだろうか。大人のための幼児期 の追体験 を援助 し、そ こに大人 と子 どもが一 緒 になって会話す る と.い う意外 な効果 を生み出 していた と考 えることがで きる。 10
月
7日(日) 第4回新通 プロジェク トワー クシ ョップ この 日は、新潟大学の学生が5
人参加 して くれる。 日曜 日なので地域 の親子連 れが数組 訪れ制作 を行 なう。 今 回の反省点 として広報活動があげ られる。 新通地区 を対象のエ リア と.した ものの、大切 な参加者 として位置付 けなければいけない新通小学校 に事前 の きちん とした広報がで きなか ったことである。 私 ももっと早 くどの ような範囲にチ ラシを何枚配 れ ばいいのか を把握すれば よか った と反省 している。 また、最初の計画ではワークシ ョッ プをすべ て新通保育園で行 なうのではな く、新 しく区画整備 されている神社 に近い町内の一部 に場所 を借 りて行 ないたい と思 っていたが、そ こに移動す るだけの余裕や人員が足 りず、新 し 、く引 っ越 して きた若い世代 の地域の中にこの ワ ーク シ ョップの会場 を移す ことはで きなか った。 午後か ら竹灯篭 を担当 して くれる高 山の田中 さ し-んのお宅 を訪問 し、裏の竹林や制作途 中の もの を見て 、 目標数200本 (5メー トル に一本 の 間 写真14 竹灯篭と 「こだま」暁星論叢第58号(2008) 隔)でお願いをす る。新通地域は もともと農業 を生計の基盤 として成 り立 って きた地域で ある。 農業 とい う生活 を支 えるための仕事の中には生 きるために必要な食料や道具 などを 知恵 と工夫で作 って きた伝統がある。 現代の生活感覚 にも刺激 を与 えて くれる提案や作 る 技術 を持つ田中 さん もその中のひとりである。 社会参加で きる潜在能力 (創作意欲や もの を作 り出す力)の高い人たちが この ような地域 にはた くさん存在すると考 えられる。 「こ だま」を照 らす灯 りの道 しるべが地域の人たちの自主的な協力でで きることは予想外の出 来事 として嬉 しい ことである。 (写真14)このプロジェク トに共感 してその ような動 きが 生 まれるところに、アー トの可能性があるのか もしれない。 10月8日(月) 第5回新通 プロジェク トワークシ ョップ 今 日が ワークシ ョップの最終 日である。朝か ら雨 となる。 昨 日創 って、屋外 に乾燥 させ ていた 「こだま」の室内への撤去 に小出 さん と勝兄 さんが朝早 くか ら来て くれる。私 は、 疲れが取れず、寝過 ご して しまったが、スタッフが率先 して動いて くれることに感謝 した い。雨のため外 での作業がで きず、急速保育園の玄関を開けて もらい作業場 とす る。 新潟 大学か ら2人、中央短大か ら2人の学生が参加 して くれた。寒い中、ス タッフの中にはや や疲労がたま り始めて きているようだ。そんななかで新 しいスタッフの援助 はあ りがたか った。並行 して今 まで創 った土の状態の 「こだま」の石膏付 けを行 なう。
仝 5
回のワーク シ ョップを通 じて、ここまでの仝制作数 は700体 ほ どにな り、 目標数1000体 (1メー トル 置 きに 1体) に近づ きつつある。 また、相川 さんと田中さんは別の場所で竹灯篭作 りに励 んでいることに も感謝 したい。 この作業が、実はあ とで地域の人たちが全員集 まって手伝 って くれた背景 に もなった。 10月
9日(火) 西警察署 に行 き、13日(土)に行 なう設置 イヴェン トパ レー ドのための道路使用許可書の 申請に行 く。夕方、雨のため保育園内に乾か していた土の 「こだま」
を新潟大学の風 間さ んと屋外の置 き場所 に移動する。 10月
12日(金) 13日に和太鼓 をたたいて もらう田村 さんと打 ち合わせ を行 なう。 音の響 き具合や太鼓の移動 のタイ ミングな ど、外 に出 して音 を聴 きなが ら チェックする。 また、最後 に神社で奉納する演 奏 を行 な うことな どを確認す る。 (写真15)今 回のワークシ ョップでは、和太鼓 と笛 などの神 社で昔か ら演奏 されてきた音楽が大変重要 な意 味 を持つ と考 えて きた。 日本人の中に流れてい 写真15 和太鼓練習風景Jt蛾 をつ なぐ7・ともと7- トの可*性 [相木) るリズムであ り、今回のテーマである自然界の捕玉 と呼応すること、また、V く昔に触発 を受けて大人や子どもと一緒に白い捕電たちが現われ、神社と保育閲をつな ぐ迫づ くりに 参加する大切な儀式 (セ レモニー)で もある。子 ともたちにとって地域の人たち、保護者、 保fJ<者たちに守 られなが ら歩.き
、
祝'Hと陪党 を働かせて参加 したことの記憶 を持 って欲 し い とい う願い もある。 また、この 日は所ii,17大学の風間 さんが、先 口創 った土の 「こだま」
の古書 どぶ付けを時間 ぎりぎりまで一人で行なっていた。 10月13日(上) いよいよ所区で7- トの初 E)で もあ り、
設置 イヴェン ト当日を迎える。 9時スタッフ全員集 合 し、 「こだま」や竹灯亀 を並べ る-V.椀 をする。 出発 ぎりぎりまで土の状態の 「こt='ま」に石膏 付けを行なう,1
0
時 よ り自治会役月の人たちと、 保育士 さん、新潟大学の学生 と快晴の中、太鼓 の書 きとともに出発する。最初、戸.9._gつていた 乳児たちも掛け声 と太鼓の書 きに臼を覚 まされ たかの ように行進 に加わる。思い思いの場所 に 自分が創 った 「こだま」 を31、迫脇の畑地に刺 し て固定 してい く。 ほとんどの場所が砂状の畑地 なので、 fどもの力で も刺 してい くことがで き る。(写央 16)途 中で、太鼓 と笛の苔に誘われ て近所の了・どもや園児たちが行進す る行列に参 加 し、一緒に楽 しんで くれたことはどこかで予 想 していたことではあったが、大変柏 しいで き ごとであった。神明宮の境内 までの1キロメー トルの道の りの途中で、パ レー ドの応rPでの 車 迫への飛び出 しや、年少児の体力的な問題など が気になったが、大 きな:Li故 もな く、多 くの園 児たちが無平についてきて くれた。号宇投 この よ うな形で、酔逆 を歩 くとい う程族がないことも あ り、心地いい緊張感 もあって、容 ('こともな く、碓棲的に参加で きたのではないだろうか。 (写真17)都市化や宅地化が進む中で、昔か ら 住んでいる炎落 (ほとんどが農家)の人たちと 新 しく引っ越 して きた核家族の人たちと生活習 写Jt16 「こだま」の設tパレー ド i i-
ii
i i i i i 写Jt17 「こだま」の設Z風★ 写暮18 神明宮での奉納のtA式qt星&兼帯58号 (20081 慨や
化
'J
fのちがいを超えた結びつ きの拠 り所 と して神社の境内を考えた。今回のプロジェク ト では、その繋 ぎの要京を子どもとアー トが持つ 横能に見出すことをね らい とした。境内では、 太鼓 を和んで本殿 に 「こだま」が*
・1Jiたどり盾 いたこと、そ して、参加 した人たち今月の力で 「7スフ丁ル トの逆」 に新たな白い r心の道J を繋いで、滞納の依式 を終えて、参加名/It月で 労 をね ぎらいあった。(写其1
8
)
また、r
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川 の 写J
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9
竹灯等の点灯式見* 夕))-、地域の田中さん、瀬川JEん、穂川
脚 円tt載、勝兄 さんなどの協力を得て、竹灯捕.Iの 点灯式 を1iなう。ろうそ くの炎にゆれる灯 りが延々と7ス77ル トの歩道 をB.t3らす光
掛 ま、 L巨の移動では詑鼓できない歩 く人のための灯 りであった。時 々、歩行者たちのロから 「す ごい」 とか 「きれい」 などという声が暗闇か ら的こえていた。(写真1
9
)
101
日5
日(刀) 神明宮の境内において f・どもたちの心無いい たず らによって 「こだま」が壊 されて しまった。 近所に住む仙 rIさんによると、いつ も境r勺を過 'ti:掛 二している小・.芦/とたちが面白が ってバッ ト で域 していたとい う。その場で注恵 をしてもら ったが、少 し残念な結果であった。原関のひと つに新通
小`、7:校に通 う小′芦生一人ひとりに対 し てきちんとこのプロジェク トの悪図を説明でき なかったことが大きいと考えられる.(
写i
'
1
-
2
0)
10月21EH u) 午後2時 より新通保育臥 二おいて r地域 をつ な ぐ・T-t'もと7- ト-
「新通プロジェク ト-幼 児桝 との対話-
」の実践 を通 して-
」 とい うタ イ トルで トー クセッションを行なう。パネリス トとして、
○ 軌 H好円謹念専任載
○ 久我 寛神明宮宮司
○ 積ロー別所通 自治全会艮 そ して、私の4
人で行 なった。 また、新ii,5人'F'・. 教育人間什学部の佐藤哲夫先生や学生たちも捜 写Jt20r
神明宮」での設al風* 写Jt21 新通EZl地での設t風* きに来て くれた一一万的な活ではな く、捷衆 も交えた 政見交換 を行ない、自由な発言の中 から・このプロジェク トの意義、反省点、子 どもとアー トが どうやって地域 をつないでい地域 をつな ぐ子 どもとアー トの可能性 (村木) くのか、 また、それは可能 なのかな どの検証す ることを参加者全員で考 える機会 になる と いいのではないだろうか。以下 にテープ録音 より各発言者のポイン トを上げてお きたい。
○
細川好円護念寺住職 地域お こしのためのイヴェン トは地域の匂 いの しない公園や檀家で成 り立 っているお寺 ではな く、地域の鎮守様 である神社 の境内でやる意義 は大 きい。昔は農作業 しなが ら大地 と関わって きた。 また、純粋無垢 な子 どもたちがはだ しで遊 んでいた世界か ら、靴 を履か せ大地か ら離 して しまい、大地の息吹 を足の裏か ら感 じな くなった。今子 どもたちは大地 に白い足跡 (ピュアーな もの) をつ けて どこに行 こうとしているのか。○
久我寛神 明宮宮司 社会の軸、経済の軸 (俗 あるいは 日常の世界) に対 して、聖 なる軸 (不思議 なことを感 じることや畏怖の気持 ちを持つ世界 な ど)が人間には必要である。 日常生活 における 「は れ」と 「け」 のメ リハ リが な くなった (農業 はつ らい仕事で 日々の生活のお り (疲 れ)が 溜 まることに対 してお盆や神社でのお祭 りで遊 んだ り、報恩講 な どを聴いて、清 らか にな ってまたつ らい仕事 に向か ってい くとい う生活の知恵が昔はあった)結果、地域のつ なが りや助 け合 う力が弱 くな り、モ ラルや倫理観 な どの教育力の低下 につなが る。○
桟 口一別新通 自治会会長 昔の新通地区は純農村で農業だけで生計 を立てていた。当時 は神社 を中心 としたお祭 り があ り、子 どもが主体だ った。大人 も子 どもも横のつ なが りがあ り、社会の一員 としてみ んなが地域 を守 り、育 てて きた。その根底 に安心で きる親子 関係があった。今 回のプロジ ェク トに関 して 「こだま」
の設置す る場所 にかかる畑地の所有者の人たちに回覧板 を回 し て、理解 と協力 をお願い した。農家の人は百姓 と呼 ばれ、何 で も自分 たちで作 って きた。 だか ら、 ものづ くりの力は持 っている。 当時の子 どもたちは土 にいつ も触れていた。親 し み方 が今の子 どもとは違 う分、創 る以前 に慣 れ させ るところか らや らなければいけないか ら大変だ。・
○
風 間さん (新潟大学学生) 広報活動 をもっと広域 にた くさんや らなければいけなかった。一番 よか った ことは相川 さん、田中さんをは じめ地域の方々の協力が予想以上 に多 く得 られたことであ り、竹灯篭 を皆 さんが気 に入 って くれ、それをきっかけにた くさんの人々に参加 して もらった ことで ある。0
小 出 さん (新潟大学学生) 地 域の人たちに対する働 きかけが足 りなか った と思 う。 ワー クシ ョップでは保護者が一 生懸命参加す ることで子 どもが安心 して参加で きることが実感で きた。親子 関係が アー ト でつなが り、親子 か ら地域 に広が っていけた らいいのではないだろうか○
勝兄 さん (内野町のボランテ ィアス タッフ)暁星論叢第58号(2008) 土 を控ねることは純粋 に面 白 く、大人が楽 しめた。 うまい ・下手は関係 な く自分が思 う とお りに創 ることがで きることが魅力的である。
○
細川玲子新通保育園副園長 参加 した子 どもか ら 「もうあれはいい よ。
」とい う言葉がでて きた。その理由 として、周 りの大人が楽 しんで一緒 に根気 よく付 き合っていないことが原因 として挙げ られた.子 ど もにとっては知 らない大人だか らす ぐに何か を創 って といわれれば警戒 をす る。 また、先 生や学生の 「型 にはまった もの」
を創 らされ、や らされているとい う雰囲気 もあった。大 切 なことは自己解放 とコミュニケーシ ョンと出会いである。また、何 を創 っていいかわか らないか らいいや。 とい うかたちの不参加 もあった。今回が初めてのプロジェク トなので た くさん失敗す ることに意義がある。このようなアー トプロジェク トは今後 も継続 したい。○
佐藤哲夫新潟大学教育人間科学部 (現 ・教育学部)教授 今回の制作 について、子 どもの 「飽 きる」
とい う発言の原因について、誰 にで もす ぐに で きるか らその創作行為 自体 に発展性がない と感 じることが原因ではないのか。そ して、 その対策 として次の目標 を伝 えなが ら創 るように指導するなどの方法が考 えられるのでは ないのか。 また、今年で4回日となるうちのDEアー トか ら西区DEアー トにな り、作品 が拡散気味 になっているが、関わっている地域の人たちは全体 としては協力的な体制 と意 識が育 って きている。 などの意見が参加者の方々か ら聞かれた。 当 日の私の発言 した内容 は全体の制作過程の 記録の中で述べ ていることと重複するので割愛 する。そ して、最後に新通地域では2008年度 も 継続 したい とい う結論が出た。細川玲子先生か ら、 「今年は失敗することに意義がある。子 ど もとどうした らもっと楽 しむことがで きるか。 それを一緒 になって探 し当てることを目標 とし 写真22竹灯篭と 「こだま」
の設置風景 てやってい きたい。子 どもの活動 を核 として大人が輪 にな り自然 をつな ぎ、環境 を守 り、 新 しく入 って きた人たちと昔か ら住 んでいる人たちと仲良 く協力 し合い、地域がそれ らを 育てるとい う気持 ちで実行 してい くことが大切 なことである。地域の特色である農業 をア ー トとつなげて、 もっと農家の人たちの底力 を取 り入れて、例 えば素材 として、紙や藁 な ども考 えられるのではな`いか」とい う貴重 な意見 も出た。 (写真22) 2時間を越 える トークセ ッシ ョンとなったが、私 にとって、様 々な分野か らの貴重な意 見 を聴 くことがで きて意義深い ものであった。最近、 自己完結型の作品 より、人 と人 との 関わ り・を取 り込 んだ作品づ くりが多 くなっている。それは、私 自身の興味の持 ち方の変化 によるものである。 「現代社会 における人間関係の再構築」 とい うテーマが気 になってい地域 をつな ぐ子 どもとアー トの可能性 (村木) ることが原因で もある。作品の完成 に重 きを置 くよりも会期 中のこの ような話 し合い も含 めたそのプロセス自体がアー トを成立 させ る上で大切 な要素であ り、最後 まで どの ように 関わったのか、 また、周 りの人々を含めたその関わ り方の質が、実はアー トの質に大 きく 関係 しているのではないか と考えている。
1
0月2
8
日(日) 西区DEアー トの最終 日となる。 午後3時 より田中さん、相川 さん、勝兄 さんたちと新 通保育園側か ら撤去作業 に入る。途 中か ら新通地域の役員の人たちも加 わ り、4時 に神明 宮境内において撤去作業は終了 した。午前中か ら用意 した鍋 を囲み、境内において打 ち上 げパーティーにその まま移行す る。久我宮司 さんが2
週間 とい う短い期間ではあったが、 昔か ら住 んでいる人たち と新 しく移 って きた人たちの間でひとつにまとまらない もどか し さを感 じている状況の中で、 この試みをその二つの壁 を越 えた 「心の道」がで きた と評価 して くれた。役員の人たちか ら 「寂 しくなったね。
」とい う言葉が聞こえて きた。私 にとっ て、神社の境内で車座 になって鍋 を突 くとい う経験 は初めてではあったが、安心感、安堵 感、そ して、地域の人たちか ら初めて近 しい存在 として認めて もらえたような一体感があ った。1
2
月2
0
日(木) 新潟大学のスタッフである風間さんと小出 さんか らメールでの反省点が挙げられている のでそれを最後に紹介 したい。○
小出 さん ワークシ ョップの時、子 どもたちの要望か ら好 きな形 を創 ることに繋がったことはよか ったが、私の考 え (プロジェク トのね らい)が どれだけ伝 わっていたのか気 になった。企 画 として自由の中にも線引 きが必要だったのではないか。 また、自然の風雨 にさらされて、 被損するものが 目立ち、石膏の コーテ ィングのみでは厳 しかったのではないか。素材研究 で1ケ月 くらい放置 してお くべ きだった と思 う。 また、広報の難 しさと大変 さを感 じた。一
〇
風 間さん 相川 さんや田中 さんなど、地域の方々の協力が予想以上に多 く得 られ、た くさんの方々 と交流 を持つ貴重 な機会 を持つ ことがで きてよかった。 また、石膏のみでは強度が不十分 ではなかったか。破損 しているものがた くさんあ り、悲惨 な感 じが した。 「こだま」
・土
・白とい う風 にイメージを固定 していたが、その形 を完成形 として子 どもを誘導す るのみ で終わっていた。ただ教 えるだけでな く、なぜ この形 に繋が ってい くのか、その根底 にあ るものをこのプロジェク トに関わるすべての人々に しっか りと説明 し、共有で きなければ いけなかったのではないか。暁星論叢第58号(2008)
まとめ
本論では、制作過程の記録 を基 に、その様 々な試みの途 中に考察 を加 える とい う流 れを 作 って きた。 ここでは、5つのポイン トか ら整理 したい と思 う。 1.土 とい う素材の選定 について (場所の固有性)(p5・6・7参照) 2.アニ ミズム とい うテーマ設定 について (p7・8参照) 3.-本の道 (並べ ることの意味) について (p9 ・10参照) 4.地域 とのつ なが りについて (pll・12・13・14・15・16・17参照) 5.子 どもとアー トについて (plO・11・15・16参照) な どの観点か ら本論 を記録 に基づ きなが ら考察 していったが、最後 に紹介 した反省 に対 して私 の見解 を記 したい。最初 に石膏の強度 の問題であるが、厚 くコーテ ィングを して、 1ケ月以上放置実験 を行 なっていたに もかかわ らず、私の指示不足 もあ り石膏 をうす く溶 いてコーテ ィング して しまった ものがた くさんあった。濃 く溶いてコーテ ィング した場合、 細かな表情が消 えて しまうことへの不安があ ったため、指示の徹底がなされなか った とい う反省があげ られる。 また、子 どもたちの制作 に対す る誘導やね らいを どうや って伝 えれ ばいいのか とい う言葉の準備不足が上げ られる。 それは、ある意味で無謀 な 「自然界 の精 霊 たちを立体で表現す る」
とい うテーマであるがゆえに、抽象的な言葉 とな り、 この形 を 作 ろうとい う安心感 を伴 う限定的な言葉の限界 を超 えていた内容 だか らで もある。今 回の ね らい として、あえて、一斉授業 とい う形式 は とらず園庭で作業 をや っている風景の中に、 自然 と子 どもたちが参加で きる雰囲気 を作 り、 好奇心 に任せ て好 きな形 を作 り出す とい う性格 を大切 に したかったか らである。実践 して気づ いた ことは、その時の共通語がなか った ことで、 担当者個人の判断や価値観で声 を掛 けていた こ とである。 そ れで もこちらの創 っている もの を 見 て固定的な概念 を感 じとり、やめて しまう場 面や逆 に面 白が って次か ら次 に創 り続 ける子 ど ももいた。はっきりと二極 に分かれたが、創 り 写真23 対話を重ねたワークショップ風景 続 ける子 ども達の内面 をもっと観察 したい と思 った。 創 り続 ける子供たち とは、結果 とし て対話す ることによ り、その子 どもの内面の変化 を知 ることになる。 大切 なことはその子 と1対1で、 どの ように言葉 を交わ して、心 を開放 してあげ られたか どうか にかかって く る。 (写真23) 創 り続 ける時 には、そこに驚 き、不思議 あるいは、認め られた とい う安心感や信頼感 な どの強い感情 によって触発 される必要がある。今 回の プロジェク トでは、その安心感 よ り地域 をつなぐ子 どもとアー トの可能性 (村木) も、多 くの子 どもは何 を創 っていいのか分か らない といった不安感のほ うを感 じなが ら創 るとい う状況だった と思われる。 また、泥んこを体 に塗 りつけ気持 ちよさそ うに している 園児 は、 まさに土あるいは大地の精霊 と一体化 している姿 なのか もしれない。 「それは、 日本民族の生 き方その ものだった。 「米づ くり」を離れて しまっていて も、 日本人の生 き 方の根底 にはこの、 「べ とに触 ってねばの、生 きてて も命半分だ」とい うためい きが隠 さ れているのではないか。それに、 「べ と
」
とい う言葉 には、たんなる土ではな く、田の中 の土、つ ま りべ とつ く泥のやわらか さ、温か さ、そうしてコメのみならず一切の生命 を育 んで くれる泥への愛 しい思いがひそんでいる。こういった泥の感覚 を、現代の 日本人は「米 づ くり」か ら離れることによって、忘れつつある。」7)この泥の感覚 に触れることは造形活 動以前の我 々の生命 を養 って きた記憶の部分 を呼び覚 ます ことであ り、そこにこそ大人 も 子 どもも嬉々 として参加で きる活動 に繋がる可能性があるのではないだろうか。今回のワ ークシ ョップを通 じて最 も印象 に残 った光景 は、園児が一心 に泥んこで遊んでいた場面で ある。 象徴的な出来事で もあ り、 この感覚 こそ 自分が 自分の体や内臓感覚8)に気づ くこと であ り、概念で創 るとい う行為か ら最 も遠い ところにある瞬間で もある。「
「考えること」 に関 して、われわれはあま りにも言語 を頼 りに し、中心 に し過 ぎて きた。 言語的回路 を通 さず、図示 によって手先か ら立 ち現われる思考があ り、 もう一度それを目 へ送 り返 して次の思考 を喚起す るとい う当た り前 の営み を、案外忘 れて しまっていたの だ。」9)とあるように、アー トの手法 は、創 りなが ら考 えることの繰 り返 しといって もよい。 したが って完成予想図はなんとな くあるに して も、そ こに到達することが 目的ではな く、 途中の様 々な出会いや話 し合 うことを通 して、行為が変わることや結果 としてうま くいか なかったことも含めて、手先か ら立 ち現われる思考 を続 けることで初めて人の心 に何か を 届けられる結果 に結びつ くのではないだろうか。 この行為の中で どれだけた くさんの人た ちと対話がで きたのか、そ して、その反映が形 として表わされているのかがそのアー トの 質を決定するのである。 しか し、本論ではそこまでを書 ききることはで きなかった。 その 一部 を紹介することで まとめ としたい。 おわ りに 本研究は、準備期 間を入れて、5
ケ月の時間を要 して実現で きた ものである。 その制作 過程の中で紹介 したように、新通保育園の園長、副園長先生そ して保育士の方がたのご尽 づコの下、新通 自治会の桟 口会長 をは じめ とした役員の方がた、神明宮の久我宮司 さん、声 を掛けていただいた新潟大学教育人間科学部 (現 ・教育学部)芸術環境講座美術科の丹治 先生、佐藤先生お よびスタッフとして時間に隙 をつけず働 いて くれた小 出 さん、風 間さん、 そ して学生有志の方がた、新通保育園理事の相川 さん、内野の勝兄 さん、高山の田中さん、 太鼓を叩いて くれた田村 さん、そ して新潟中央短期大学の学生諸子の多大なる協力の下 に暁星論叢 第58号(2008) おいて、初めて完成で きたアー トプロジェク トである。 もちろんこの制作 ワークシ ョップ に参加 を して くれた新通地区の園児及び保護者の方がた も含めて深い感謝の意 を表 わす も のである。