欧釆並に我国地租学界鱒現状
寺、田
貞 次
ふ
近頃踵朝致しました搾付き、何か御土産話をしなけれぼならぬとの御下命に接しました。定めし、地理上からV観た欧米の鮭所帯情とか、人柄風俗とか云ふ方耐′の試でもするだらうと、御期待下さるかほ存じませぬが、此の
方南にな牒ますと、年々歳々、感多の巡鰻者が、或は講渦に、或は報告に、あらゆる方放で、諸君に見えて屈ま
すから、
仮令其の詣は、赦倉を姦する溺は直接でなくても、塘て下さる潜様には、感興を引かなくても、私としては常然
の義準であり、茸任であると存じますので、﹁地珊行脚﹂と云ふ様な損題切下に、欧米並に日本の地理革界の現状
に就い七御話したいと思ひます。
地理と申ますと、必ずやあの味な地坪かミ御恩ひ下さ牒でありませう.、嫌なと云ふ御感はない進も、あの面 欧光亜に我観地理撃界の現状究 第二懇望廟 ︵明か叱費桝︶
一 ︵二五茄︶夢二壷 辞去紙
三重ハ﹀ こ 白くない′♪乾煉な地理かと、御考下さる逓胡述をい㍉自分共も、中軍略舵、あのn坤固に向て、山なわ河なサ蒔 なりを暗記さlAれを時に漉、よい気持はせず、塘常の先免迄が、嫌になり恵した。此の忠恕は、革に邦人許では 濁りませぬJ、=東がへ予コ、ツ寸−ワシヂわヱヂンバラに、癖准致して居りまし寵∵日﹂大串の小使さん、小便運んと顧 しますと、或は瀧被狩場召した人かと、・御恩下さ省かは存じ皇せぬが、英閣は御承知の紳士固ですから、・黒のノ・フ 。ツクに高いシルクハツ・ト、堂々狩る小便さんせあ凋ます。此の小便君、月分に糾を勉強して居るかと尋ね壊す 轡で、.ジオグラフ・イ﹂であると答へますと、串のヅライなものを何故塾ぶかと云﹀つ、て屈りました。地坪をヅライ と感する寄は、鹿西阿⋮であるらしい。斯く乾燥である焉か、兎咤角日本に放ける地理は、私出重刑迄は、稜々 こ 普通教育、中等教育に於ける地理に付きましては、別に申分もあり要せぬが、城壁として研究すを横路、少く とも高等抜上の教育陀於ける地理は高等師範を於きましては、兼西南天顔の地珊料、東北大顔及び高等商業の経 済地理、商柴地理、高等嬰校に濃近漸く設記せられた位で、単著と申ても読む群しかなく、事故の畢生とても 少く、地車の撥閲としても、東京に地車協脅が山つあるのみであり。著書と申ても少く、雑誌と申ても、﹁地拳 選管の他に、京酢に﹁媒放と地熱し駁近、京大地質単数窒から﹁地球﹂を敬行した位で、趣く稜々たるものであ + たる状態でありました。∴
ゆました。地畢にたづさ、はる営々は横倉あれぼ、欧米地車界の様子を知り庇いと恩て屈ました。此の度、一﹁地理研
究の為妙、欧米在留を命ぜられましたのを拳彼地佗於ける地箪の状況を、硯察致した次第であります。私の行脚
教しまし寵魔は、選、礪、彿を中心として、顔太利、白井轟、和蔚、境地利、チエツコースロバカイを旗行数し
慮途∵怒兼利加を親祭致したのであります。併し、普通数育↓中等教育陀於ける地球の様子は、之を祓察する暇
を持ち喜ぬので、+苦して、高等以上の研究撥摘、即ち各大螢の地理部、並に特棍な地勢に閲する磯朗読拳協骨せ秒め、地固製作所、固書博物館等を輯察致したのであります。梅屋具髄的に申ますれぼ、英国では倫教の
天魔滋始め、ケンブリツヂ、オクスフォード、湖ヴアーブール、マ与チェスクーの各大学、北部では、立ヂンバ
ラ大勢を始麿十グー㌃ゴー、アバヂ†ン各大螢を親祭致し、鳩逸富、伯林、ライブチッレ妄根掠に、北では漢
撃中部ではハレー、ゲッチンゲン大挙、腐部で揉ミふシヘン大串、ライン漕岸ではケルン、ボーン、フランクフ
ルトアムマイン、ハイデルベルヒの各大勢を親祭し、彿蘭西では、巴里並にリヨン大串、伊太利では、ナポリ、
凍属や博大攣御薗のライデン大挙束固では、紐育なる⋮ンビア、紐育の二大塾を初め、北ではエール大畢、
ハー†ト大挙、、クラーク大挙、南ではジョージワシトン大塾、ジョンホブキン大串、ペンシルバ云ア大挙、中
部ではシカゴ大草、四部ではカリ、フォルエア大攣同支部、南加州大拳を視察しました。地車協昏では、倫敦の
牽初め、エヂンバラの地塾協昏、巴望う伯林、紐育の各地塾協合、地閲製作では、猶逸のゴークのジふスッスペ
ルテス敢英園芸ンバラなる、ジョ支トン赦、バーソロミュー蔽を親祭、倫敦き初め、各地の固書館亜に醸物
欧米並に我団地哩襲外の現状
︵二五霊 三東こ懸 賞三兢
四 ︵二義八︶ 飴を祓察致しました。此の結児に依りますと、験米に放ける地理は、亜米利加を除き、枚洲の各人蓼は夫々猫立 した地理を謀起して屑ない虚は殆どない。相常の研究室を有し、設備も趣く完備して居り、教授も畢生も、松の 内外を問はす、熱心に研究して居り、砲撃協倉を始め、固書飴、博物館等も、夫々活動の色をあらはし、革に研 究機紺に於て許でなく、常識修養械紺として、玩具に迄、地珊的趣味を加味し、廠洲の地車は却々賑かである寄 を感じました。 三 ↓醒、地球革は、単なる自然料率ではなく、人間を収扱ふ﹁秤の精榊料率であります。此の鮎に於きまして、 入間の歴史と、離るべからざる関係を申つて居ますので、雁史地理が兜づ開け、大螢の如きも、女科殊に史拳と 並んで、設浸されたものであります。彿囲の巴里太塾疲勿論、猫逸の伯林、ライブチッヒ、ハレー各大箪の如き 皆是で、.伯林大挙では、矢張り歴史放で、地車の元絶たるカール リッターの居た鹿で、墜更地閲で知られて居 るキーベルトの後を接ぎ、目下フォーゲル教授が之を塘常して居られ、地坪拳史の大家とし亡名整あるク マ一教授も居られます。ライブチッヒ大挙では、もとキーベルトの屠た慶で、人文地理を纏めてくれたフリード サツ ヒラツツエルも居た魔であり、植民地現には、有名なハンス マイヤー教授が屈ます。巴里のソロボン云 は、旛兜地固の轟音として有名な、ブラツシュ教授の居た鹿で、勿論史塾科中に設置されてありました掛、今は苧昭吾空科として、新しい・研究崇を備亙る様に莞て居呈す。伯林大挙わ如きも、庚の嶺研究で有名
なリヒトホープエンの努力で、別に海洋単博物館が建てられ、其の敢楼上壷を地珊のインスチチ;トに充てる事になり、大螢の本館文科にある、歴史地頭、政治地理盗品健に挿絵、研究室は史興部と並んで残存して居ま
すごフィプチツヒでは、キーペル忘ラツツエルの居た教護眈に厳し、ハン、ス マイヤー教授の柵竃講究
窒、並に郷土地坪研究嚢を接して、薪にインスチチ︰トを僻へ、昔の歴史地頭の宰伸は、傭こ諾保存されて
屈ます。ハレー大革では。人文地単著として知られたキルヒホ!教授の居た魔は、本館故楼上に退跡をとゞめ今は本籍の傍に別に研究窒を備えて居ります。其の他、新に出来た大挙では、膚猫立した地理塾部を布して居る
事になつて居り、漢堅大串では、本館の北に別館が建てられて居りヾゲッチンゲン大串では、闘書飴た接して地
車数衰が在り、ケルン大挙は、猫逸で故も古い高等高菜で軋りましたのが、昇格して大串となり、本館の楼上に
卦若が富して雷、ポーンには、ヒップソン教授が、ハイデルベルヒには、ヘツ‡−教授が管、建物は古いながらに、猫宜した蓼科になつて居ます。フランクフルトアムマインは、新しい避物内に、猫意の研究室
を有し、政治地坪の大家マウル教礎が居り、ミ⋮ヘン大挙は、廠く敢近の立沢な本館の高が、地理に充てら
れて屠り、巴莞如きも、ブラツシテ教授時代の造物である歴史地頭の教嚢は、既に厳し、本館の淡前払、最近
ィンスチチ;ドが新設され、マルトーンヌ教授主任として、完備を急いで屈ます。英圃の如きは1大抵新しく出水た研究嚢で、夫々猫立した地単科中に、歴史地理も研究されて居ます。
欧米並に我団地理事界の現状 ︵二五九︶ 五四
然らば、研究費は如何なる設僻を弔して居るか。顔備のよいのは、猫逸では伯林犬鷲ライブチャヒ大挙、併
囲では、巴盛大蓼、英国ではケンブリツヂ大軍の地珊拳部を奉げる寄が出来ます。就中例として、私の永く居り
ほ
し硬亜林大垣を御紹介伸します。伯林大軍では、前遡の様に、梅澤塾橡物騒の楼上が、仝帝之に簸てられ七居
窒て蔓掛章二、幻腰フヰ木ム窒叫、親書窒乗塾生研究室て之に海洋革の書庫、並に賓験嚢が加って屠ます。
教彙は小さい方は、蓼生約百名を収容し得計窒で、階段式をなさす、明りをよくとり、黒板の両側Ⅵ甘地国
雄の設備をなし、掛図計りでなぐ、折本や国表などをも掲げ得る装筐を有し、窒の叫隅には大きな地球儀を鼠を、
地質時代の表をかゞけ、掛買番で教鞭をとつた人文地理の元蹴リッターの背像巧厳めしぐ蕾内を脾脱して居る。
草の後壁扱ご面にアルプスわ洛彫固笹なり、幻燈磯を備え、電気作用で、蒸に曙萱になし得る装置を有し
蠍理数段上至極便利な敬嚢でありますや大講堂は、博物館建物の中央に任し、階段式にかし、数百人を優に収容
する事が出釆、豊の中央把は、大形の幻燈機を備えつけ、頗大な窒であるにも拘はらずへ壷易に曙嚢になし得る
選定を和し.て潜る。腰本窒は、・姦覆用の耕圃、国表バン男尾瀬を初め、地理東関する器械■1地質標本並に地形横型 各秤浮彫個なぜ々隣倒しハい殊濫甘敬愛賜は1地形率の大斗ペ・ツク教授が居たので、地形壌土の模本枚極︷完備して由かますっ姦は伯林大串記念錐紅ハペシク教授自ら書いて居らる⊥に伐ても知られます。侍一つの療奉賛は、
第〓 懲 第lニ兢 ︿こ六〇︶ 未地質棟木や瀾形標本ハ︰地図帖の顆を蒐め尭て研究嚢になつて居り。教授彙や製図蔓は申すに及びませんっ猫逸に
?∴ す。東西桐茸繋に充撤草笛であると云ふだけでなく、蒐集の完全なのに驚きまし宅殊に各部門の国書が、何れ ♂入ンの迫害を基礎としたもので、苔物には教授の署名が
ネ∵徴涛の地車紺係雑誌濾悉く備付、且初凝かち揃って慮る。此の国書は、前の鞄串の主任であつたっと†ホ1され、願書類から地坪通論、自然地球、経僻地理、人文地珊と云ふ夙に分類し、各国の地理から故後鱒雑誌を傭
軽い廊下を利用し、国書苦共に研究彙に充てゝ居ます。園嘗は、ニ段に分けて、天井に達する迄、一志に充満
多数め地固箱思備え、分顛してせ界各開放鞄固を党案して居り、国書窒は、インスチラ言下の両側に在る、細
凌麗て居る一かゞ應かります。篤農嚢と云ひへ曙蜜と申し、設備の整って居るには犬鷲の他あ少ません。地願望は
准誠に巧で、フヰルム保存には相常の注意を沸い之が鶉め二小廃が備えてあゆ増し駕如何に賓際約数授忙重患
の産物類をも蒐集されて居りました。欺兼では、地坪の講義転は、必ず幻燈を糊ゐます。常大串でも、此の使用
自分も聴講しまし▲凌が、何分大数彼の溺とて、反て窺め毒な感がし・牒t挺。栴民地珊に関する国書の他ヾ植民地は、如民地球美本ふ名粥で、特に柵民地の研究をやって厨る、此慶ではイエーガ†占云ふ教授が掛常して屠る、
滝田版の簿代を過て予網羅されてあり嶺もて釣べ︰ぼ地ノ形螢の部なれぼ、其の菟組とも申す可き、ゲーテの地形
鞠かち∵グ用針、ペ“ツタと云夙に順々に並べセあり畢に猫洛版許でなく↓華界各国版の代表的の渇のはハ轟く集
也てあゆ、ます。壷虚に芦へ爽解ば∵他郷の研究捻、如何なる題目でもへ鯛べもれんと云退寄は卑℃方法論的に
敵兼並に我勝地埋嬰堺の現状 舛l二蒸︼︾ 養以上蜂地車研究吏としての様子でありますが、共他の地理閥係磯柑としまして・は、地車協昏を申さねぼなりま
せぬ。倫敦の地単協合を初助に御紹介申ます。伶教の地境協倉は、ケンシントンバークの・附漁で、倫教市中で政
閑瀞な方に在りま七て﹂風雅なビラ風の三桁越の建物が、鯨波かな廣々した園内に経てられ・て居ます、。玄紺を入
りますせ、例の英国式の堂々たる門衛が終えて掃り、
瀬、陳列宅地闘儀並に新研究品の陳列窒で、陳列嚢にほ古来療除家の遺物や宵像が操春されて居るバ︶リ■ビ・ン〆誉トン▲の地図だとか、フープンクサンの何だとか、扱ては極探険に水夫が命をつないだ海蓼だのと云ふ様な針の迄
も保存さ弟て居り、英人の勇壮な探険の蕾時を追憶せtめ、血肉之が馬めに躍るの感がします。地掛嚢は、立沢−
な構造で、古来の地図や地球儀等を集め、探険琴の立派な前像が掲げられて居る。次の小吏は、新研究品を陳列
す考魔で、私の訪問した時には、ヒマラヤ探険の竃倶が並べられて属ました。階上は、廊下と云はす、堂内卓嵩
はす、這の書棚で、寄泳象、阻掌繋、休敵倭などか備えつけて居る。何れも立派な構造で、閲党窒の如きは椅
遜庭せよ、設備の鮎は、規模の大小こそあれ、大鰐に放て同様であ牒ます。 五 hY界こ稔 第三鎗
︵二六こ︶ 入 場歴史的にも縦からでも、横からでも、充分に研究する寄が出来ます、嘗に研究笥の名に背かない。此鮎.は羨望 の他なき能妊すでぁります。ライブチッヒ大挙にせよケンブリツヂ大串にせよ、巴男大串にせよ、其の他の客太子テーブルに至る迄、白分共には過分な賛辞なもので、各問の地塾雑誌から﹂近着同賞迄並べられて居り∴閑静
な黙嵐持﹁の濫はい鮎に於咤、無上の好研究牽こん凌研究索を持て居ゐ倫教市民は車だと、熱々感ぜしめられまし
溌。巴里の地唾協脅の如きは、昏長であつた大奈翁の姻戚磨る、ボナパート家が其の建物彗置傘げて協脅に寄附
されたので、今は伶敦の地単協倉どころでない、意瀕な避物が協禽佐充てちれ、是亦完全及研究所たるを失い表せ
ぬ。米国では、紐育に大きな地車協禽があります、新tいだけに規模鴻大きく、萬寄整頓して居り、流石米国と感心しました。此地塾協脅は、畢に叫ケ閉だけではなく、各都市に設記され、夫が叉多くの文部を有し、同番の供
給を始め、域偲地方の研究に、講減に、各方面に向て、地啓上智識の向上望月献して屈ますぺ
此の他、地甥関係機関としては、地固の製作灘、礪逸で偲ゴーク、英園では耳ヂンバラに泰るジiンストんこ∵ パルソけ二ミチーの術敢を磯まし.宅何れも塾術約に、絶えす新しい研究を蟹表して居るには、非嘗品ハ昧を以七、J・戯盟しました。斯く、直接な地理機関の他に、地的常識を養成する設備は、少し注意して屈ますと、同番飴と亭
ひ、博物館と云ひ、乃至ほデパートメントストーアの玩具窒に至る迄′、至る慶之を教見することが出来ます?大
幡物館は、欧米では日本と異いまして、選に美術品許でなく、各方面の常識修養になる栖本が、醜列されて居
ますり歴史物を始め、動櫓鍋物は勿儲、地球に倒する栖本も少ぺぁりませぬ。嶺逸のミュンヘンに、巌近完成し ・一▲.微光漁に我団地蝮畢瀞切環状
︵二六三︶ 九︵こ六四︶ ︼0 欝﹂ナ笹 ・第ニ∵兢 誌tた、げィワッ芸ゼウムの灘きは、規模の大きなも秒で、銀山採掘状況など、産業状態をよく理解せしめる と云ふので、好評を得て居りますし。亜米利加のフィラデルフィア博物館の如き、玄紳の大旗問咋は、其の周壁 に、欧米に於ける科単著の宙像を掲げ、堂の中央には、大きな電燈を應用せる、硝子製の年地球儀を備え、飛行 械での極探険をあらはして屈ました、各国競争の様子があり′\と見えて、流石は活動的な欧米人、是迄探険に 興味を持て居り、是迄に其智識の普及を計渇かと息ふと、熱心さ、敬服せざるを得ません.。叉シカゴ線物館に蓼 りますせ、地理関係の穿か∵て二嚢在りまして、共鹿には、米国内各州並に特秤地・形を有する地方の、大きな 潜彫固か椀列されてあ牒、詳細な説明が附して.あります。此虚に来て、始めて米国を理解し得た様な感にう産れ まし駕古来た自分にでぺ.之れだ骨の感を輿へるのですから、毎日縦党の棟を有する米人には、如何にまぺ 伽象する尊かと思はれました 大な禰民鞄物産の陳列館が在りまサ。轍民磯に産する物産は、細大映さヰ卦集され、之を説明する毎興や図表、 鞄園の斯道も備え、用意周到に廠列してあります?夷周の椒民地は、地球上陀辟く分布して居り漕すので、軍拡 藻屑Ⅵ楷民地を昧ふ懐けでなく、云はゞ世界凄味ふ寄になりますので、∴入有益に縦発しました。フィラデルブ ▲▼ 宣ア府には、大規模な歯糞博物館が優りますノ、世界の盈妥商品を網辣して居る寄は勿論、商業塵史・に関する轢本道 華に出水て居るⅥを見て、多大や興味を朝きまtた。欧米の博物館は、畢に博物館として、静止的にはなつて居 ない牒其の憐列品を利用、して、驚物教授をやる講義が開かれます。毎週時問を夏めて満七、両般め希望に封する
許でなく、小峯校の生徒を、十遡何度と時期を魔灘で、釆億説明を輿へまサ∵叉兜巷が席ふ壷徒を引率して
掛七説明をして居るⅥも見受ました。アヤフデルフィア府の商業鰭物館の側きは、鹿膏名を収容し得る大講堂を
備え、山週何回か蘭内の小畢生を集めて、商品紅関する灘波をやる様に孝つて民生す。之を以て親まし七も、欧
塊に敷きまして、地理的智識の儲城に、如何に心を注心で居牒かを、御楽し下滝る尊か、朝来ようと偲ひます。
然しい地坪的常識の修養と云ふ鮮に働きましては、単に今蓮の特種械紺に於て詐で凌く、あらゆる万両陀於きま
して、修養し借る楼覧失を凝ちして居ます。遠近な例で申しまサれぼ↓夫の諸方に在るザ。ハ﹂寸メン浅トJヶに摩りましても、哀して無意味には見過す峯は出来ませぬ。私は何時も玩具部に璧息を引き、鞄聴把関する玩
具が却々多くあるのた、多大の興味を感じま㍑漉。日本でも、近頃は、だいぶ此の方南に庵達意凌彿う様になゆ
例へぼ∵地坪攣ハせかハ・地図の懲筈とか、地理教授を目的とし虎玩具を見受頻る様になり鼓したが、欧米でも
卸や思考を凝らして、色やのものを造七居ります。昨年十月ウイ
應用した攣ハを後見し虻し蕎藁紙に卑つ七居るせ堺地図と申し、共説明と申し、意外に高緒なもので、自本の
瀧澄には、到底不向であろうと児はれる経であ牒ます。之んな玩具凌容易拓遊び得る兇凌が∵歓洲の児童であと
名しますと、飴産地的修翠に富んだものと申さねばなり牽せぬ。
七 欧米亜に我固地理襲界の現軟 ︵二大玉︶ 一一第二・稔 啓三眈
︵二大六︶ ご一 段竺閥察して見ますと、−歌洲に於ける地理箪鼎並に地印的械閲は、預想外に賑かなもので、御蔭で二年有飴の歳月も、寂英を感じないのみならす、日簡足らぬの瓜ひで、過す番が出発まし駕斯く、欧洲に於ける地坪界の
、賑かなのは、何が薦であろうか、私は欣米人の世界に劃する考へが、邦人などゝは異て居る得であらうと考へま
す。日本は、地積の狭小な島図で、四国環海でありますから、住民は終審思想に富むとは、よく人め申す魔であ
り、或は和冠とか、或は徳川初期海外貿易家とかを、其例詮とする革もありますが、亦或る文単著は、臥本の忠
恕の表彰である和歌前文の中から、海事思想に閲したもの許りを選んで、研究して見た魔が、結英は案外にも、
日本人が海事忠恕に富で尻ない、香寧洛外に出るを欲しない住民であると云ふ結論に達した.と、何磨かで問たと
記憶して屈ます。或蜂、島闊である為に、海上交通の侭利でない時代には、海が交通を阻害し、従て外に出る事
を好まぬ風習を養成したのも、軍資かも知れませぬ。之に反して、歓洲は地積鋏小、地味も気候も、概してよく
ないので、人間の任地としては、決して埋想的の鷹ではない。従て、苗木海甘に新天地を求めんとするの思想を
蕃成し、其の結果、新大陸の牽鬼となり、世界に栢民するに室つ駕歯に鞄的踊係が、醇外畿展を促した許でな∼く、欺人の鰹力其のものが、叉日本人に比べて、意外に強大であります。日本に竺秤周布の精細があをから一こ
そ、如くありますけれども、此の特殊の思想をぬきにした髄力、.忍耐力だけで申しますれぼ、昏々は必ず㍍も欧、人に勝るとは申す番は出来奏すまい。欧洲で、諸方の装飾用に供して居る、絵詞などを観ますとト哉寧の資祝な
どが好んで掲げられて属壊す。然かも勇敢と云ふよりも、寧残忍な、見るに忍びない様な紛が少べありませぬ心
政人は、之を何と恩て眺めて居るのであらうか、思へば験人の心理を表はすものではありますまいか。大の猫準
鹿族が移動した時の如きも、女性が職場造出かけて、猛烈に應撰した話は、友人からよイ聞かされた例で1日本などで、思ひも依らぬ勇壮な有様であります。卑近な例だが、汽船中に於て少乍の風紋があつても、日本人はよ
く翳りますが、大抵の外人は平泉で居ます。此等を以て親ましても、鉄人の海に慣れ、洛外に出る番を、何とも
息はぬ人間である寒が判ります。殊に、植民地が世界的になつて屈ますから、海外に行く番を他図に行く気では
居りませぬ、日本では、近頃漸く海外陀出る者が多くなつたのを観て、猫む杓子も行く棟軋なつたと、実ふ人も
ぁりますが、此等は日本人の駅塵を嘉すものと云ふて宜しいっ一般の思想か、こう云ふ風で、云はゞ世界的であ
・りますから、自然と緻界と云ふものを忘れず、世界と云ふものに興味を有し、綻てせ界を研究の目的とし宅居る
地理の発達を促し、地埋の隆盛を来した原因であらうと考へられます。
爪
然らば、親米利加は如何。育に聞く大きな、有力な、亜米利加でありますから、定めし地理も見事なものがあ
畠、だらうと、期待に期待を喝して、︰紐育に着き、早速、コロンビア大串を訪ぬで鬼ました。現今亜米利加た於け
る経済地理の大家たるラ、ツツエル スミス教授が居る塵だから立派な研究愛でもあるだらうと思た魔が二見固ら
んや、氏はビジネス 云クールの叫科を楷箇して居るだけで、研究登らしいもの也なければ、固薯窒の疲書を鬼
欧米並に我執地淵学界の現状 ︵こ六七︶・一三ハ土六八︶し 一四 第一﹁忽.第三沸 て賜、極く通り叫遁のもの、許りで、一 ヤ科として、経済地理が低かれて屈るだけで、均質の叡嚢は裁ても、地.球放殆ど何等設備を有して居ない、大,略 失望し鼓した。失望は決して是潔けでない、エール大挙、此虚には人文鞄理で知らる1ハンチングーン氏が屈も 央張り失墜で、・氏ほ地質教窒の山部に燦ぶり、僅に地拳昏を司つで慮るだけでありました。 ハーバート大草、此鷹には以前名高かった、経済地理単著のブザガム民が居た虞で、叉現代地形拳の大斗であ る、デービス数段も居た虚であるから、是叉大に期待して行きました虎、是も大失敗、地質単数嚢中に、地理の ラ▼ボラトサ守と云ふのを篭見はしたが、ヰは講義もなぐ、尭はてた牒状態には、呆れざるを得ませんでした。紐 育以南は如何と、ワシントンから、パル≠モア、ライラデルフィアと念の蔑め巡歴して見ました。ワシントシ房 咋は、ギョ﹂ジワシントン大勢と云ふめ煎在る﹂名柄が謀.いから、此靡こそはと行て見ると、之披レか阻、・他 の大審に比し、寮に粗末で、小さい赤煉革の敦嚢が、、蕗傍に並、で居るだけ.で、大挙とも思煉れぬ有様、.如何に埠 七て濁GeO唱名茸・の表札が見つからない、漸く、文勢部内躍凍ることを閑兜ので待て見る、地質の教室壱、・何 等設備をもつて屈ない。同市にはもう剛つハーワード大勢と云ふものが在る、念の碍め訪ぬる、校庭は頗漠木轟 もの苗ゆて、よい大琴で思りますが、黒人教育の螢校せ、地質拳は準つ.ても、地理は全て崖がれそ居ないd済浄 ▲■ 準々凍た効が吏濾あゆませんでした。九−ネギーインスチチユートは、大規模に諸方面の研究をやって居ると 働きま心たから、十食違々と行て見舞、地球物理の研究は、盛な銀子であけ奪したが一、麺憾ながら地魂はあ飢告
せん。パルチモアのジ畠ンボナキン大挙、フィラデルフィアのペンシ∴ル▼バ∵盲犬車、此等払ワ.シソトンよれ払優 しで、各舟蓼共経済地瑚−が梢盛に痢究濡れて居ますY?然し、前者は地膚科軋に\後者は商科の一科として温かれ て居るのみで未だ猫宜した地理拳蛛後達して居りませぬ。聾するに、亜米利加では、地理は全然失望の状態であ ると申tて宜しい。唯太平洋沿岸に出まして、▲桑港で加州大勢をロザンゼルスで加州天徳女部を観るに及ん■で始 めて幾分の意を強くするあるを悟った次第であります。 九 然らば亜米利加では、全然地坪を度外絶して居るのであらうか、亜米利加ともあらう図が是は何故であらうれ 或は輩米利加は、拳の践な新開地で、欧洲植民人の寄合場であり、云はゞ本国で鞄艶の素質をつくつた人がヾ爽 た魔であるから、殊更地球を研究する嬰がなかったのと二つには静米利加は、1′御承知の地産に富で居各鹿であり ますから、住民は全く物質的、蜜利的に寵り、螢理など攻究する扱がなかった焉でもありませ.う。其の許嫁に、 軍米利加では地鞘を全然度外絶して居るのでない、聴解地理のみはどの大鶴掟lも艦かれてあ牒、経番地艶科のな や大串は、特殊大挙を除ては■﹂つもありませぬ。併し現今眈に地坪を軽絶すべき秋甘ない、将来益々盛灯する 要ある寄を憎て釆ました。.即ち亜米利加は地理に兇願致したのであります。.此魔は滞米利加の面白い鮎で、無け れば全く無いが、叫朝覚醒したとなれげ予恩ひ切った寄をするのが▼亜米利加であやます? 欧米鞄lこ我圃地理撃昇り塊状 竿芙九︶ ︼五
尭三番.無二テ箪
︵二七〇︶ 一六近時螢米利加では、大規模な粗鞘研究室を設立しました、申す迄もなく、シカゴ大螢と、ヰ∴つはゃオス久ド
に在るクラrク火車とでありますっ陶⊥に勝る大規模なもの、クラ′−ク大革の如きは、三階迫の高批な建物で新しい潔けに終演で、明のとり方も巧であり、極く気持のよい研究史であサます。階下偲小窒に匿劃し、大垣院単
産の初究に充て、二階は講義窒と教授の拉嚢、三階は大講堂と経済地理の研究窒にな′つて居ます、。英国の英数授
か、此の鞄単数童を許して、世界唯叫の大研究窒であると申しましたのは、過言でありませぬ。単に避物彷規模
陀於て許でなく、内容も光背、教授の如きも飽くペく多く、欣洲では大抵多い廃でも空ハ名に過ぎませんが、此
虚で空手彗シカゴ大塾が十名に達し、有ゆを方耐から研究致して屈ます。人文地理で知らるゝセンプル女史の
屠るの牒此のクラーク大草で、ラツツエル流の人文地理を普及せしめて屈ます。他の教授の如きも、各々専攻地
が定つて居り、シカゴ大挙のジヨ′−ン教授は東軍軍政、クラーク大塔のジョーン教授は南米専攻と云ふ風で、各各其の専攻地に滞在、又は親しく旅行して、研究して屈ます。其の遣り方の大規模な、建物の大規模と合はせ、
流石は米図と溜飲が下りました。
︺斯く、由米利加に放ける地坪が、仙方に於て極端に√微々たる状態であるかと思ふと、叉二方に於て廠塊に盛な
地理研究窒設立の理由を論じ、米問は眈に皆の米国でない、現今の米国は脾にせ界の指導者たるの校地に居るの
セあ▲る。夫には党づ地理の研究を充分にしなければからない。碓氷米韓托して、地理を科螢的に研究しなかづた
と云ふのは.、全く米団が地理の必要を認め、之が館野竺不して居るもので、硯にクラーク大草⋮璧を見ますと、ゐ経・、大なる挟であつたと、堂々と萬自して居り。ド・つ;ビア大単数琴フツセル ス.、長氏の如きも、‖・小関手考
倒し、地球螢の必螢を浦上て居ら餌ます。
由黎、軍革利加は、圃土が贋い詐でなく、地形の腰連が多様で、棄て欒化に窟だ困であります﹁地漣の研究収
は壷極都合のよい磨で、有名なデービス議の地形単が畿達、欧洲の地形単と相射するに至つねの蜂、仝ぐ是が
.薦めで、英人庭素より、猫逸の箪着ですらも、米囲に空目崖て居ます。此等政次tて礪逸が経済上の闘儲から ゅす蒜の.お世即では率い。賭米利加の地理が↓賂来地革上に∴大革新を滞すものと深く信七て居るからであ虻ますや地球を度外祀し七屠ると考へられた輩米利加にして、既に鼻触致したとしますと、・枕木の地理畢は、非常
に嫉かなものと申さねぼなりませぬ。
■○
然らば我国は如何であらうかと、太平洋を渡り、愈々横濱に鮨着、何時扱鹿き、本屋を覗いて兄まし鷲梯流
の焼跡は大分復啓して伊勢佐木町に望屁を蟄見し得ました、叉束京に田ましては、細田の濱店を方端から漁つ
て鬼ました。尤も?サンゼルス進水まして、倍段の食も易い雑轟だj芸、キ妄に始めで御日にかJウ、磨いぶ雑誌界の賑って居る事は憎って属ましたが、授て本屋の店頸に立ち虔して、兇づ印象しました寄は、璽伸が無
間に多くなつたと云ふ寄でありました。中に﹁歴史上地讐や﹁地球﹂が煤につく、雑誌慮の店頭で専門雑誌を見る
欧米漁に我団地理数界の現状 人言竜一︶ −七竺七二︶叫一ネ 琴羊海ホ胃管三額拍−1ヾ などは、従来飴り開かなかった夢でヽ悦ぶす\祀すべき現象と申づ隠ぼな・りません。﹁歴史と地理﹂雫地域﹂の勢 でなく、故近の創刊に優る東京膏団犬革地車部出版の﹁地坪嘩評論﹂を初雪鞄知教育ら人文埠頭﹂と銘打潅る磯髄 凝ど璽望晋引.きました。暫く不在の問紅、埠理拳界が斯亮も嫉いだかと﹂愉快に堪えませんでし鷲恕吃驚伸 許であけませ、ぬ。凄卵には、由から聞て居た伏見氏の澤本、人文l地珊概論瀦、師匠朝来上うで、よい本になつ1花 書棚を飾て居り、輿友藤田兎春氏の支那旗行もべ西湖より包頭まで﹂と云ふ六ケ倣い名趨の下に、綺浣な本と考 って藍息を引いた。此他新版の地理関係書が、少なからすあるのを観察し佗。出宜前人文地珊と申せぼ、早く出 版された、牧口氏の人生地理か、横山氏の人文地理か、野口保輿氏わ蔑多の著述かゞ、喋に書棚の盤に塗れて居 るに過ぎなかったのに、比べますと、我が地理蓼界の欒遽を忍ぼざるを得ませんでした。こうやつて地埋審門の 人士が多数に出られて、其の向ふ鹿に従そ研究され、初めて地車も進歩し、政界刷般の地畢思想もぬし、通約常 識も備はる審が出来るので、至極目出度示東と申さねぼなりませ担。欧洲では、地理の教育が盛であるだけに、ト 斯畢の専門家が非常に多い、轟門家が多いだけ瓜、欺洲に閲する地的事項は、細大潤さや研究され﹂何十?調査 の出水て居ないものはないと云ふ有様で、日本の様に未だ調べられてないのが、原則の状態とは趣が遥Wまサ。 不ふ寄偲、歳は就職烏 専門家が多く出てこそ﹂初めて此の程度に迄到達する番が出来るので、壷門家の殖える呈 に影響するとか、利等閑係はないでもありませんけれども、所謂斯道の高等遊民が、多数出来なければ、螢聞は 進歩するものでなぃと思ひます仇此監息味に於き賛して、恕門雑詭が多くなり、藩門家の輩田は、何は牒蹴す吋
き現象と、衷心悦んで旗牒資す。然も、瑚って我が国地理塾界の硯況を老へます噂、栽は未だ才ル充分である壱
申す男気を持ちませぬ。.これから未だ∼く1識者の細一考を願はねぼならぬ難が、多々ある桜町思はれます。一試疫今述べて参りました、轍米の浅手を、我が図の夫と比べ七見ませうぺ
〓
兜サ第叫は、地鞘研究歪尚等以上輿校に於ける様子であります。我が国では、高等師範は勿論、束酉輌大拳畔
地珊拳を、新設の氷維1、九州雨大挙に経済地理を、高等南光に商発砲珊を、趣く叡近に高等塾校に、地魂秤を設 逸する械祀なゆまL毒草一見盛な校ですが、褒め嘗、∴偽等塾校の如きは、以前甘同領巾撃と印した時代転、其の法 文科鱒﹂政治地頭が笹かれ、てありましたが、統計の辣列でハ企がないと云.ふので中止きれ、其の後は、高等拳校に 峠地理の設置があゎ凍せんせんたのを、山崎瑚単称士の御骨折と恩て居ますが、.漸く地理を設遷する様になつたのであ、ります。謹起されたのは結構ですが、単に二週二時間の講義で、専任の教授すら退く鶉が出来ない、歴史︰
の教授恐摘絶するか、さもなくば、・兼任之云ふ淋しい地理であり。高等商菜と申しましても、最初政﹂細面時間
の講義で、和せ閏盛な.ものでありましたがり段々と減.少今は押戸を除Y他は、′大抵﹁週二時間になつて屈ますヽ規 定の嚢屈は、〓週三暗闇とかて.二年を通じてて二時間とか、書いてあります困れども、事案は全く之忙反して居るのが多い様であります。蛎く申す私は、一週二時糊が少いとか、時問の問題を端々するのではありませぬ
欧米並に我副絶疫学界の現状 ︵こ七三︶ 一九︵こセ四︶ 二〇 許二懸∴琴卓二琴 唯かゝる傾向は、即ち地理に劃する“般の考か、姦蓮にあるかを示す鴻のと恩ふので、此魔に例と致した次第で あります。 火車の如きも、現今東西細大単に地坪革が鑑かれて居ります、文興部の変革科中に龍いてあるので、東京大挙 では、故近に山崎輔車博士の肝煎で、鱒興部に新た地頭感が設艦されました。文科の地理とは全く別に教嚢研究 費も田楽、日本に於ける唯﹁の地理嗟部と申して宜しい。泉北大挙でも、九州大軍でも、革に鮭番地廊と云ふ名目 や、法文料の一利として麓かれて屠るに過ませぬ。勿論、日本の文科中に、地理の設置されたのは、地拳の性質 上∵兜塾と関係密接であり、欺洲で故初文科中に退かれたの逐螢んだものでありませうが、今述べ蒙Lた棟佐、 欧洲では、文科中の地理は、現今眈に昔の造物として、茂って屠るだけで、大抵は全く猫嘉して、研究致す様に なつて居るにも係はちず、田本で蜂、何故初の侍で、春糖tて居る有様であります。東北や九州で、経済地球だ け課して居るのは、或は北米でも革んだのかも知れませぬ。其の北米も、今は既に覚醒致し、猫宜した地車の後 述に、′力を用ゐて腐る時代になつて屈ます。して棚ると、日本の現況は、伯炊洲の昔の時代が、北米の労醒以前 の状態にあるものとしか考へられませぬ。 鍵校以外、地坪の横綱を致しましては、地塾協倉であります。日本にも、奉ひ拳夙に唯∵つの地車協昏が在り ます?欧米では、探険其の他、仕事が多い蒋で滝あサ吏添う、決して晶団に叫つなどゝ、限られては屈ません。 癖常な大都市には、大抵此あ改段があり、さもなくぼ、.文部が退かれて居り、・城華前哨にい凍は陶琴の供給に、 ′
地的劫識の葡及に、怠がな.い。之に戊⊥、日本には、複lこも前にも唯叫つしかない、廠米の探険家解式嶺夜をか 咋笈の様なせ界的の塾術犬歯が、開かれるとか云ふ場合には、唯叫つでも兜きに捗る。若しなかったならば、犬 こそ二期として恥辱であるが凍ってよかった患どゝ、ノ解かゞ云はれたのを記憶して屠り愛すが、且本の協禽峰↓ 未だその極度を配せぬものかも知れませぬ。併し発行の雑誌は、日本喉二の鱒革雑誌で、償倍ある論文の畿塞が 少く▼ぁりませぬ。献茶諮問でも、大に期待して屈ます。倫敦の地塾協愈には、地理に脚する書名、′論文の分類カ タログが完備して居ます。之には書冬の他に雑誌に後家された琴論文をも網辣して屈ます。我が砲塔雑誌前の論 文も、収録されて屈ます。伶敦鞄啓協脅詐でなく、私の沌察した鹿に依りますと、他の地塾協昏でも、∴亦大串の 地単数愛でも、何れも日本の砲撃協禽雑誌を姿求して居ります。よい論文が呵るので結構だとか、お世鮮を云ふ くてれるのもありました。欣米の問書飴や、所労婁に行て見ますと、日本の雑誌、報菅書としては、醤科の研寒 報骨は勿論、地震協脅雑誌か、単術漕及脅の報骨などは、見受られますが、地単に開するものは、殆ど何も見ら れませぬ。日本唯叫の地拳雑誅ですむ、以前には、爽て居た形跡があつた慶にせよ、今は来て居な小のでありま すから、他は推して知る番が田楽ます。折角の研究を獲表する樺閥少⊥は欣米の輿界にも、御裾分けをしてやつ ては如何なものでせう。 〓− 欧米並に我園地亀畢界の現状 ︵こ七五︶ こ一
﹁ごγ七六.︶ 二二 第 二巻l 第三拭 次に、地珊的智識の普及機開として、博物飴、岡書館を榊まサ。欧米では、大都市には完備し夜間書飴が在り 各方面の書物は完全に発条されて居る。素より同書飴を悉く勝たわけでありま、せぬから、断言は出来ませぬけれ ども、自分の見た勉励では、地珊部でも、決して不肺ではない寄は云ひ得ると考へて屈ます。之に加へまして各 地ほ地観協食もあれば、大串の地珊研究窒も参甘ぇすから、地的の智識を蕃壁ずる上陸も∵郷地方人士の地理め ・初発に.庵、決して不便綾ない。鹿が月本は、大都苗には同書餞ふ相常虻田爽て爽鼓し孜予然がし、翼抵は極ぐ普 通な月並な蒐寒が首的に、毎つて屈まして、専門の.ものは不備転・なつて屈ます。∴経で、均嘩などの研究には、、少心 も御蔭がありませぬ。少し探く調査でもしようと云ふ寧は、地方では兜づ不可能や、研兇は大塔在胤軍門恕校に 宿る、・極く限られた者の猫ポと云ふ形になつて屠ます。⊆従て、単問もそう云ふ似宜のある礎に屠る火の、猫占と 去ふ迩を覚れませぬ?怒らば、J研究彙と云ふ風の・ものは、.ないのか。研究室と名のつく設備政、凍′して少くあす ませぬゝ億分多数在る串と侶じますP唯問題は、研究者を満足せしめ得るだけの設備がある研究室が、ゼの位過 怠かと琴ふ事であります。それでは、痢角琴だけは嘉派であつて㊨、・、名目、だけは、研究嚢であつ・ても、遼憾なが ・ら何等研究の蜜を撃げる尊は出来ないと考へ左す。私は、欧米諸大挙で観る様な、趣く徹底した、、研究窒を設備 致したいと、切に願て唐ます。出水れぼ、自分叫已で1濁へ地坪の尭全な研究轟を設立、研究者の使を紆やた.い と、、望んで居る程でありますぺ 傭﹁地的扱勝と致し壊し咤、地園の方略如何。鞄岡の・製作の如・きヽ欧米で蛛、、盛な鞋ので、・どん敷地樹でもバ
旧来七居ない事はなく、叉手に入れる革も困難であ針ませぬ。.欧米人は予報問使用上の常識賢野分に倣えて居 まず。虚が、日本で峠、地固の利用は、飼幼稚で、地間は畢鱒二柑の店頭の装飾依に考へて居るものが多い嘩貯 見えます。他国の利用が少いかう、地掛の出版も困難、結局相方北ハに進歩しないと云ふ事になります。殊に、大 震後は、出版元の擬災で、現今は非常に不便を来して居るのであります。掃靭後、地球教授用としで、七本地質 掛む求め.やうと瓜たが、眈忙絶版になつて居るので、手に入らな小。車ひ京都の書店で牽見したが、購入に付て 畢校と交渉して居るケを、他に取られ七しまつた。叉讃岐遼の喝質聞を備えて置きたいと、捜したが、是亦同様 英故に経った。京都帝阻大塾地質革校窒に付てたづねで見た鷹、新設の艶姿とは云へ、流石は大勢、設備されて 屈たから早速うつさせてもらひ、段々開て見ると、地質岡は先の大震で原板が焼失した為に、今は全く絶版の姿 となり、日下稗版の見込もない様子。地質敦衰ですら全部は揃って居ない。漸く、酪授の私有品軽装うちをして 栗切た保存して居るのであると云ふ帝で掛りました耽常に地質科に於七詐でなく、地理上にも汲も必要な地質阻 が、此の調子ゼは、不便の極と中電ねぼな針ませ・ぬ。地坪科の方は兎も角、肝心・の地質料では、壷虻の研究にど ぅして腐るのだらうと、栗に闘て鹿茸と。共都度亀鉛筆か何かで、▼地形圃の上にうつすのであるせ芸膚であ針 蕾した心一回や二阿の署なら兎も角1大勢の畢生が、時々の野外研究に、こんな諷数をやうて居ては、堪った諒 ゼなからう、日本の地問に不便な番は、此叫事でも察する事が出来吏すか 怜物館と申すとへ日本たも凍京、京都、奈艮を初め、地方にも段々と出来て屈ます。然かし、大抵は彿像か保 欧米並に我団地理聾界の現状 ● ルニ心髄サ ニ三 ヾ
なり庭﹁速きに慮るむ遺憾に思はLめ鼓す。
をむ多数に集めて、地的相識の獲拗に、つとめてもらいたいものと思います。
経常する企があ各と、・紙上で承知したのは結締な寄と、軒かに悦んで屈ます。こう云ふ鷹に、地理に関する楔本
ことになれます。各方面の智識を網羅したものでなくてはならないのでみ牒ます。今度文部省で、眞の牌物給を
も、地方人士の常識修養にむ何もならない。翠は、欧米に見る様な、眞意味の博物館でなくてはなら払いと詠ふ
方の名産と申しでも、哲油や囲崩の類を、いくら数多く並べて見た魔で、少しは贋常になるかは知らないけれa設立されて屈ます、併し、是も多くは、地方の物嵐を陳列せるに止まり云は三種秒勧工場に過ない。如何に地
を有七ない。夫で、日本の博物館は、多くは無用の長物祓されて居る。博物館の蒜なる瞥崖列館も、瀞方に
頼も三度見れば腹が立つ流で、叫般の人には飴り博物館を顧みる蟄がない。常識修養の械開としては、何等偶値
管婁の様な有様で、全く美術館であります。美術館としては、是稗立派なものは他にありませぬけれども、他の
斯く、廠米の犬と比紋しで見ますと、日本の地珊研究旗印、並に地的響講普及機闘は、硝未だ/\欧米に及ば l三 そんならぼ、日本は地理など研究する嬰はないのであらうか。地的常識の修養をつとめる婁を感じないので必 らうか。定めし、必要がないと御云いの方は、兜づ、接いと脊じ思す。此の太平膵問題の略しい、麟米の醗挽は悉 ’ ■ 第二吋奄 第三娩、 ︵二七八︶ 二門ぐ太平洋の、此の﹂角に集中Lづ1ある秋に常て、此の太平洋の臍雄略伺て、一大任務、を得べノる我が図と七て、膏