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(1)

実数の構成

理 I 22, 23, 24, 25, 26, 27 組

4

月 21 日 清野和彦

前書き

第 1 回の講義で「デデキント切断」という考え方を使って「有理数からすべての実数を作り出 す」ということをしました。それについて、以前書いたプリントがあったので、ご参考までにお配 りします。講義とは記号が違う1ので読むとかえって混乱するということもあり得ます。とにかく 「実数っていうものはあるんだ」と実感でき、しかもそれが自然に「実数の連続性(完備性定理)」 を満たしていることが納得できれば十分ですから、あまり深入りしないことをお勧めします。どう してもデデキント切断についての練習問題を解きたいという人は、このプリントの中の「性質」や 「定理」を証明を見ずに自力で解こうとしてみてください。よい練習問題になります。(やる必要は ないとは思いますが。) このプリントでは「なぜ切断なんていうものを考えなきゃならないのか」の説明に重点を置き、 それらが大小関係や四則演算を持つことについては通り一遍の説明しかしていません2。そのつも りで読んでいただけると幸いです。

1

このプリントを読むときの「心構え」について

「特別な心構えを読者に要求するとは何と不遜な!」とお怒りかも知れません。言い訳はやめて、 とにかく説明してみます。 このプリントの目的は「有理数から実数を作ること」です。皆さん実数はよくご存知で、このプ リントで作る実数も皆さんの知っているものと同じものです。しかし、「私の知っている実数をど うやって作ってくれるのかお手並み拝見」という気持ちで読むと混乱すると思います。そうではな くて、整数と分数以外の数はすべて忘れてしまったという記憶喪失状態で読んで欲しいのです。小 数は知らないか知っているとしても有限小数だけにして下さい。大体、小学校 4, 5 年生くらいの 知識(+負の数)まで頭を巻き戻して欲しいのです。ただし、精神的には大人でないと訳がわから なくなります。 例として、自然数から分数を作る作り方を取り上げてみます。初めて分数を学ぶときには、 ここに 1 メートルの紙テープがあります。これをピッタリ二に折っちゃうと何メートル になるかな? うーん、確かに 50 センチメートルなんだけど、先生はどうしてもメート ルで言いたいんだぁ。実は、こういうときに便利な数があるのです。1 メートルのテー プを同じ長さの二本のテープに分けたので、「2 分の 1 メートル」って言うのです。「分 の」なんて数らしくないから 1 2 と書きます。 1記号どころか切断の定義も少し違ってしまっています。その違いについてはデデキント切断の定義につけた脚注(4 ページ)を見てください。 2しかも、書いているうちに時間がなくなってしまったので、後半に行くほど説明が雑になって行きます。読み進むうち にだんだん理解しにくくなってきたとすると、題材が難しくなったせいではなく私の説明が雑になったせいかもしれません。

(2)

という感じでやるのだと思いますが、このプリントのスタンスだと、 2を掛けると 1 になる数は存在しない。なぜなら、数は自然数しか存在しないから。 それなら、そういう数が存在するとしてみたらどうだろうか? 何か不都合が起こるだ ろうか? そうだ、実際に作ってしまえばよいのだ。といっても、そういう数は今は存 在しないのだから、今の私には数とは思えないものの中から探し出さなければならな い。まず、「2 を掛けると 1 になる数」であることがわかるように作らなければならな いから、うーん、とりあえず安直に⟨1, 2⟩ というふうに並べてみよう。⟨1, 2⟩ はもちろ ん数ではない。数を使って作ってあるが、ただの記号に過ぎない。なにせ、今のとこ ろ数は 1, 2, 3,. . . というものだけで、私が初めてそれ以外の数を作って見せようとして いるのだからな。 しかし、数というからには、今までの数である自然数も仲間に入っていなければな らないし、大小関係や足し算や掛け算ができて、自然数の部分に制限すれば今までと 同じになっていなければ困るよな。とにかく、大小関係などを作ってみて、それが上 手く目指す性質を満たしているかどうかは後で確かめることにしよう。 まず、大小関係から。しかし記号に過ぎないものに大小関係を作れといわれても なぁ。そうだ、記号とはいえ中身は自然数二つなんだから、自然数の大小関係を利用 すれば上手くできるんじゃないだろうか。例えば⟨1, 2⟩ と ⟨1, 3⟩ のどちらが大きくあ るべきか? 2 倍して 1 になるのと 3 倍して 1 になるのと比べたら 2 倍して 1 になる方が 大きくあるべきだよな。でも⟨1, 2⟩ と ⟨2, 3⟩ だとどうだ? 2 倍して 1 と 3 倍して 2 な ら 3 倍して 2 の方が大きくあるべきだ。それじゃ、⟨k, l⟩ と ⟨m, n⟩ に対して、 ⟨k, l⟩ の方が ⟨m, n⟩ より大きい ⇔ kn > ml で定義しよう。云々云々. . . という感じの「抽象的」な作り方です。手持ちの「数でないもの」(上の例では数を二つ並べたも の)に上手く数としての資格を与えようというわけです。だから、出来上がった新しい数そのもの はどう見ても数には見えません。そういう作り方です。というわけで「知識は小学生だが精神は大 人」という心構え(頭構え?)で読んで欲しいのです。

2

有理数と直線

前節の「自然数から分数を作る話」の指導原理は どのような二つの自然数 m, n に対しても n 倍すると m になる数が存在すること、 つまり、 割り算が自由にできること でした。それでは、本題である「有理数から実数を作る話」の指導原理は何かというと、 数直線が幾何学的な直線と一致すること です。 我々にとって、直線は有るとか無いとか言うのが馬鹿らしい程明らかな存在でしょう。そして、 数直線という言葉によって直線と実数とが同等の概念であると信じてきました。しかし、実数とい

(3)

う概念を微積分で用いるとき、この明らかさだけでは話が曖昧になってしまうのです。そこで、明 らかだと思っていた性質とは何なのかということと実数は本当にその性質を持つのかという問題に はっきり答えるために、有理数から実数を作ってみようというわけです。 そのために、まず有理数のみでできている数直線では何が困るのか、幾何学的な直線に比べて足 りないのはどのような性質なのかを考えてみましょう。 有理数直線で幾何学、つまり図形を考えるとまずいのは、例えば、正方形の対角線がなくなって しまうことです。実際、もし対角線があるとすると、その長さと正方形の一辺の長さとの比は二乗 すると 2 になる数でなければならず、ご存知のようにそのような有理数は存在しないからです。つ まり、正方形の隣り合わない二頂点を通る直線は存在しないことになってしまい、「相異なる二点 を通る直線がただひとつ存在する。」という幾何学としては当たり前のことが成り立たなくなって しまいます。 一方で、有理数を直線と思うことは、整数を直線と思うよりは我々の直線のイメージに近いこと は確かでしょう。では、有理数と整数の、直線と思うときの違い3はなんでしょうか? 有理数直線 では勝手な 2 点の間に必ず別な点がありますが、整数直線だとそうはいかないことでしょう。つま り、有理数直線の場合、どんなに短い線分をとっても、その上に端点以外の点が存在するというと ころは幾何学的な直線のイメージに合っています。 上の二つのことをまとめると、 有理数は、我々のイメージする直線の上に「隙間なく」並んでいるものの、足りない 点がある という、訳の分からないことになります。訳は分からないけれども、上記のような考察を正しいも のと考える以上このことを受け入れざるを得ません。だから、我々の目標は 幾何学的な直線から有理数を取り除くと「幅のない隙間」が沢山残るので、それらの 「幅のない隙間」を「ひとつひとつ」バラバラにして、それら同士やそれらと有理数の 足し算やかけ算や大小関係を上手く作る ことです。それができれば、有理数とその新しい「数」の全体が幾何学的な直線とピッタリ一致す る数直線を実現してくれるでしょう。 というわけで、次の節ではどうやって「幅のない隙間」を「ひとつひとつ」取り出すか、その取 り出し方を説明します。

3

デデキント切断

「幅のない隙間」を「ひとつひとつ」取り出す方法にいくつかあるのですが、上に述べた直線の イメージに最も馴染む方法が、デデキント切断4 による方法です。 デデキント切断の考え方は、直線の点を、直線からその点を取り除いた残りで特徴付けようとい うものです。なぜ直接その点を取り出さずに残った方で考えるのかというと、有理数しか手持ちの 数がないので、幾何学的な直線の点のうち有理数直線に乗らなかったものには対応する数がない 3「計算ができる数としての違いではなく」という意味です。「計算ができる数としての違い」は、有理数は割算ができ るが、整数はできるとは限らないことです、当然。そうは言っても、直線としての違いもこのことから出てくるのですが。 4デデキント(Dedekind)は 19 世紀後半から 20 世紀初頭にかけて活躍したドイツ人数学者です。このプリントで説 明する実数の作り方はデデキントの考えたものです。つまり、その時代に「実数とは何か」が問題になり、デデキントがそ れに一つの解答を与えたというわけなのです。デデキントは ‘Schnitt’ という言葉を使っています。辞書によると、「切る こと、切断」という意味の次に「切れ目、切り込み」というのも出ていて、こちらの方がピッタリくるのですが、一応慣習 に従って切断にしておきます。

(4)

(それを作ろうとしている)わけですから、直接その点を名指しすることができないからです。こ れから点を一つ一つ取り出そうとしている直線をまな板の上の長葱のように横たえておき、それを 包丁で切るように別な直線を縦に交わらせることをイメージしてください。前節の考察から、交点 (切り口)は有理数だったり「幅のない隙間」だったりするわけです。その交点(切り口)を数に したいわけですが、切り口そのものを直接扱えないので、切られた直線(長葱)の「切られ具合」 で切り口を特定しようと考えるわけです。 「切られ具合」をどうやって手持ちの道具(有理数)で表現するかを説明しましょう。直線(長 葱)は交点(切り口)から「左右」二つに分断され、それに伴って直線上の有理数も同様に二つ の集合に分かれます。交点が有理数に当たっているなら、その点は後に残った有理数達の作る二つ の集合のうち、一方の組の最大数、他方の組の最小数であり、交点が上で述べた「幅のない隙間」 だったとしたら、二つに分かれた直線上にすべての有理数が残っており、どちらにも最小や最大の 有理数はないということになります。このようにして有理数直線上の「幅のない隙間」を取り出そ うというわけです。 正確な定義を書きましょう。有理数全体の集合をQ で表すことにします。 デデキント切断   有理数の全体Q を、次の条件を満たす空でない二つの部分集合 A と A′ に分けたとき、その 部分集合の組⟨A, A′⟩ を有理数のデデキント切断あるいは単に有理数の切断、面倒なので誤解 の生じ得ないときには簡単に切断と言う。 1. A∪ A′=Q。 2. 任意の a, a′ (ただし a∈ A, a′ ∈ A′)に対し、常に a < a′ が成り立つ。 3. A′ は最小数を持たない5。   交点が有理数のときは、その点を値が小さい方の組へ入れてしまうわけです。なお、条件 2 から A∩ A′ =∅(空集合)が成り立っていることに注意してください。 Aを下集合、A を上集合と呼ぶことにしましょう。A と A は互いに他の補集合(もちろんQ における)ですから、どちらかが決まれば切断⟨A, A′⟩ も決まります。そこで、具体例は上集合か 下集合のどちらかしか書きません。また、記号が長くならないようにするために、⟨A, A′⟩ を A と いうように、下集合の文字を太くしたもの一文字で表すことにします。 実例で考えてみましょう。例えば、交点が 1358 に当たる点だったとすると、それの決める切断 AA ={x∈ Q | x ≤1358} で、これは A に最大数があります。一方、 B ={x ∈ Q | x < 0 または x2≤ 2} とすると B も切断ですが、この場合 B に最大数がないので、交点は有理数でなく「幅のない隙 間」の「ひとつ」だというわけです。 我々は、この B の様なものを「数」だと思って有理数と一緒にしたいのですが、「有理数の集 合の組」と「有理数」を一緒に混ぜて考えるのはいかにも混乱しそうなので、上の A の様なもの 5講義や教科書では 「A に最大数がない」を採用していることにかなり書き進めてから気がつきました。大変申し訳な いのですが、修正している時間がないのでこのままにしておきます。なお、このプリントの切断の定義の方が「掛け算」の 定義が少しだけきれいになると思います。

(5)

も引っ括めた切断全体を考えることにし、その上で A のような上集合に最小数のある切断を有理 数と同一視できるような数としての資格 (四則演算、大小関係) を切断全体の集合に与ることにし ましょう。 その前に、当たり前だが定義には直接書いていない切断の性質を補題として証明しておきます。 補題 1. x を有理数とする。x≤ a となる A の元 a が存在するなら x ∈ A であり、x ≥ a′ となる A′ の元 a′ が存在するなら x∈ A′ である。 証明. 直線の図を書いてみれば明らかと言いたいところですが、グッとこらえて定義に従って証明しましょ う。AとA′が互いに他の補集合であることに注意してください。 aAの任意の元とします。x∈ A′ ならば、定義よりa < xとなります。これの対偶をとると、 x≤ aとなるaAに存在するならx∈ Aである となり示せました。後半も同様です。2 さて、次の節から二つの切断の間の大小関係と四則演算を定義しますが、これらは、もちろん新 しく作られるものなので、既にある有理数の大小関係や四則演算と混同しないようにするために ≼, ⊕, ⊗ などの変な記号を使うことにします。

4

大小関係

4.1

大小関係の定義

まず、大小関係からいきましょう。 大小関係   二つの切断 A と B に対し、A ⊂ B のとき A ≼ B と定義する。B ≽ A とも書く。更に、 A⊂ B だが A ̸⊃ B のとき、A ≺ B や B ≻ A と書く。   (集合の包含関係の記号 A⊂ B は A = B の場合を含む使い方をしています。ご注意下さい。)図 を書いて、この定義の当たり前さを納得しておいて下さい。 下集合の方で定義しましたが、補集合を考えれば、A≼ B を A′⊃ B′ で定義しても同じです。 ただし、この場合記号の向きが反対っぽくなるので気を付けて下さい。 例 1. A と B を A ={x ∈ Q | x ≤ 1}、 B = {x ∈ Q | x ≤ 0 または x2≤ 2} とすると A≺ B となります。 この≼ が有理数の大小関係 ≤ と同じ性質を持つことを証明する必要があります。

4.2

≼ が大小関係の性質を持つことの証明

その性質とは、細かく分けると次の四つです6。すべて、直線の図で考えれば明らかなものばか りですが、プリントの趣旨に従って、わざと直線の図に頼らずに証明を書きます。わかりにくいと 6「なぜこれらの四つだけでよいのか。他に満たすべき性質がないことはどうして分かるのか」と疑問に思うかも知れ ません。それはもっともな疑問です。それに対する答はプリントの最後でお答えしますが、大雑把に言っておくと、「これ から節を追って挙げていく大小関係・足し算・掛け算およびそれらの間の関係が満たすべき性質」に「数直線が幾何学的な 直線と一致することを表す一つの性質(『実数の連続性』といいます。)」を加えた性質をすべて満たすものは本質的に実数 しかないことが証明できてしまうので、ここに挙げた性質以外の性質はすべてこれらの性質から導くことができることが 保証されているのです。

(6)

きには、即座に図を書いて考えてみてください。 ≼ の性質 1. どの切断 A に対しても A ≼ A である。 証明. A⊂ Aなので、定義よりA≼ Aが成り立ちます。2 ≼ の性質 2. 二つの切断 A と B が A ≼ B と A ≽ B を両方とも満たすなら A = B であ る7 証明. A≼ BよりA⊂ Bであり、A≽ BよりA⊃ B なので、A = B、すなわちA = Bです。2 ≼ の性質 3. 三つの切断 A, B, C が A ≼ B と B ≼ C を満たすなら A ≼ C が成り立つ。 証明. A≼ B よりA⊂ Bであり、B≼ C よりB⊂ C なのでA⊂ C が成り立ちます。つまりA≼ C です。2 ≼ の性質 4. 任意の切断 A, B に対して A ≼ B か A ≽ B の少なくとも一方は成り立つ。 証明. A≽ Bが成り立たないとしてA≼ Bを導きましょう。 A≽ B が成り立たないということは、定義よりA̸⊃ B ということです。よって、B には入っているが Aには入っていない有理数b0が存在します。AAの補集合ですからb0∈ A′です。すると、切断の定義 より、Aに属する任意の有理数aに対してa < b0が成り立ちます。よって、補題1より、A⊂ Bが成り立 ちます。つまりA≼ Bです。2 「幾何学的な直線のすべての点に数直線の数が対応していることを数の言葉で表す性質」は大小 関係のみでできている概念ですので、そのことのみに興味のある人は第 8 節に跳んで下さい。この プリントでは、そのことの証明の前に切断を「数」にしてしまいましょう。

5

足し算

5.1

足し算の定義

次に、足し算を定義しましょう。 足し算   二つの切断 A と B に対し、有理数の集合 C を、 C′ ={a′+ b′| a′∈ A′, b′∈ B′} とし、C を C′ の補集合とする。その上で A⊕ B = C と定義する。   つまり、A′ とか B′ とかは有理数の集合なのだから中身同士を足すことができるので、C′ を A′ と B′ の中身を足したものの集まりとしなさい、ということです8 これが本当に定義になっているかどうか9、つまり A⊕ B が切断になっているかどうかを確か める必要があります。 7「A = B も新しい関係として定義しなければならないのではないか?」と思った人もいるかも知れません。= という のは「同じもの」という意味であって、大小関係や足し算掛け算とは違う「始めからある関係」です。具体的には A = B とは「下集合同士(ということは上集合同士も)同じ集合である」という意味です。 8下集合を使って定義しても同じですが、次にやる証明が上集合の方が楽なのでこうしました。 9well-definedと言います。

(7)

証明. 上のC が切断の定義を満たすことを確かめましょう。 A′, B′が空集合でないのだからC′も空集合ではありません。一方、a∈ Ab∈ Bをとると、どのよう なa′∈ A′b′∈ B′ をとってもa + b < a′+ b′ だからa + b̸∈ C′ となります。よってC′ の補集合である C も空ではありません。 CC′の補集合だからC∪ C′=Qが成り立ちます。 あるc∈ Cc′∈ C′ があってc≥ c′ だったとしましょう。Cの定義からc′ = a′+ b′ となるa′∈ A′b′∈ B′があります。c′≤ cと仮定しているのでc− b′≥ a′であり、c− b′∈ A′ となります。しかし、こ れはc∈ Cに矛盾します。よって、どのc∈ Cc′∈ C′ に対してもc < c′ が成り立ちます。 C′の元c′1 はc′1= a′1+ b′1 と分解できます。(分解の仕方はいくつもありますが、そのうちの一つをとり ます。)AB′ も最小数を持たないのですから、a2∈ Ab′2∈ Ba′2< a′1 とb′2< b′1 を満たすものが 存在します。a2+ b′2 はC′ の元でc′1 より小さい元です。よってC′ には最小数はありません。2 例 2. 例 1 の A, B に対しては、A⊕ B = C として、 C′={x ∈ Q | x > 1 かつ (x − 1)2> 2} となります。

5.2

⊕ が足し算としての性質を持つことの証明

この⊕ が有理数の足し算 + と同じ性質を持つことを示しましょう10 ⊕ の性質 1. [可換性] どの二つの切断 A, B に対しても A ⊕ B = B ⊕ A が成り立つ。 証明. A⊕ B = C、B⊕ A = Dとおくと、 C′={a′+ b′| a′∈ A′, b′∈ B′}D′={b′+ a′| b′∈ B′, a′∈ A′} であり、有理数の足し算が順番を入れ替えられるので、C′= D′ となります。よってC = Dです。2 ⊕ の性質 2. [結合性] どの三つの切断 A, B, C に対しても (A ⊕ B) ⊕ C = A ⊕ (B ⊕ C) が成り立つ。 証明. これも、性質1の証明のように書き下してみれば、有理数の足し算の同じ性質から導かれます。2 ⊕ の性質 3. [単位元の存在] どの切断 A に対しても A ⊕ O = A の成り立つ(A によらな い)切断 O が存在する。 証明. OO′={x ∈ Q | x > 0} とすればよいことを示しましょう。 任意のAを一つ取り、A⊕ O = Bとします。 B′に属する有理数b′ に対し、Aに属する有理数a′O′ に属する有理数o′ があってb′= a′+ o′とな ります。しかもo′> 0なのでa′+ o′> aです。よってa′+ o′A′に属します。つまりB′⊂ A′、すなわ ちB≽ Aです。 同様に、B に属する有理数bに対し、Aに属する有理数aOに属する有理数oがあってb = a + oを 満たし、しかもo≤ 0ですので、a + o≤ aです。よってa + oAに属します。つまりB⊂ A、すなわち B≼ Aです。 以上と大小関係の性質2よりB = Aが示せました。2 次の性質を述べる前に、性質 3 で存在の保証された単位元が一つしかないことを証明しておきま しょう。 10足し算の満たすべき性質がこれから挙げるものだけでよいことについては 5 ページの脚注 6 を参照してください。

(8)

命題 1. 二つの切断 O と P が A⊕ O = A = A ⊕ P を任意の切断 A に対して満たすとすると、O = P である。 証明. Aは何でもよいのだから、AとしてP を選べば P⊕ O = P が成り立ちます。一方、性質1を適用すれば、 P⊕ O = O ⊕ P = O がとなります。よってO = P です。2 一つしかないものには名前を付けておくのが便利です。 零 (zero)   性質 3 によって存在の保証された切断を零あるいはゼロと呼ぶ。   このプリントでは、一つしかないこの零のことを O と書くことにします。 足し算の性質を続けます。 ⊕ の性質 4. [逆元の存在] 任意の切断 A に対して A⊕ B = O を満たす切断 B が(A に応じて)存在する。 証明. 切断Aに対し、有理数の集合B′B′={o′− a | a ∈ A, o′∈ O′} としBB′ の補集合とすることで定義します。 Bが切断であることを示しましょう。 Aは空でないのでB′ は空ではありません。またA′ の任意の元a′Aの任意の元aに対しa < a′ と いう関係があるので−a′̸∈ B′です。よってB も空ではありません。 BB′ の補集合なのでB∪ B′=Qです。 B′ の定義より、b′= o′− aとなるAの元aと正の有理数o′があります。一方、B はB′の補集合だか ら、Bの任意の元bに対しa + b≤ 0です。よって、b′− b = (b′+ a)− (a + b) > 0となってb < b′である ことが示せました。 B の任意の元bをまたb′= o′− aと分解します。o は正の有理数なので o′ 2 も正の有理数であって、し かもo′> o′ 2 です。よってb 1=o 2 − aとすれば、b 1 はB′ の元でb′1< b′ を満たします。つまりB′に最小 数はありません。 これでBが切断であることが示せました。 このBがA⊕ B = O を満たすことを示しましょう。 A⊕ B = C とおきます。⊕の定義とB′ の定義より、Cの元c′A′の元a′Aの元aと正の有理 数o′ によってc′= a′− a + o′と表されるものの全体です。a′> ao′> 0よりc′> 0、つまりC′⊂ O′、 すなわちC≽ Oです。 一方、任意の正の数o′A の元a、A′ の元a′ を固定します。a+a′ 2 は有理数なので、Aか A のどち らかに属します。a+a2 ∈ Aのときはa = a+a2 とおき直し、a+a2 ∈ Aのときはa′= a+a2 とおき直せば、 a∈ A, a′ ∈ A′ であって、しかもaa′ との差はもとの半分になっています。よって、これを繰り返せば a′− a < o′ 2 とできます。これにより、C の元c′c′= a′− a + o′ 2 とすれば、o′> c′ となるので、補題1 からo′∈ C′ です。oは任意の正の有理数だったのでO′⊂ C′、すなわちC≼ Oです。 の性質2よりA⊕ B = Oであることが分かりました。2

(9)

以上で、足し算が単独で満たすべき性質が全て示されました。しかし、「引き算」を定義するた めに、性質 4 で存在の保証された切断が各 A に対して一つしか存在しないことを示しましょう。 命題 2. 切断 A に対し、二つの切断 B と C が A⊕ B = O = A ⊕ C を満たすとすると、B = C である。 証明. A⊕ B = O ですから、 (A⊕ B) ⊕ C = O ⊕ C です。⊕の性質1, 2とA⊕ C = Oであることから左辺はB に等しく、⊕の性質3から右辺はC に等し いことが分かります。つまりB = Cです。2 ただ一つしかないものには名前を付けましょう。 符号を換えたもの11   Oでない任意の切断 A に対し、A に足すと O になる切断を A の符号を換えた切断と言い、 ⊖A と書く。   ⊖ の ⊖ は元に戻ることを示しましょう。 命題 3. 零でない任意の切断 A に対し、⊖(⊖A) = A が成り立つ。 証明. A⊕ (⊖A) = O と、足し算の逆元が一つしかないことより分かります。2 お察しの通り、「引き算」は新しく定義される演算ではなく、符号を換えたものを足すだけです。 定義だけはしておきましょう。 引き算   二つの切断 A と B に対し、 A⊖ B = A ⊕ (⊖B) と定義する。  

5.3

≼ の ⊕ に対する振る舞い

⊕ と ≼ との関係が、有理数での + と ≤ との関係と同じであることを示しましょう。一つだけ です12 ≼ と ⊕ の関係. 二つの切断 A と B が A ≼ B を満たすなら、任意の切断 C に対して A⊕ C ≼ B ⊕ C が成り立つ。 証明. A⊕ C = E, B ⊕ C = F とおくと、A≼ BよりA′⊃ B′なので、⊕の定義よりE′⊃ F′ となりま す。よってE≼ F です。2 11名前を付けるといっておきながらこれは何だ!とのお怒りはもっともですが、「逆数」とか「逆元」とかというのはかけ 算に対するものという印象が強いので、これで勘弁して下さい。 125ページの脚注 6 を参照してください。

(10)

我々は、既に⊕ の性質を証明してあるので、等号のないバージョンを導くことができます。 命題 4. 二つの切断 A と B が A≺ B を満たすなら、任意の切断 C に対して A ⊕ C ≺ B ⊕ C が成り立つ。 証明. の関係5.3よりA⊕ C ≼ B ⊕ Cまではよいので、A⊕ C ̸= B ⊕ C を示せばよいことにな ります。 A⊕ C = B ⊕ C と仮定すると、両辺からC を引いてA = B が導かれますが、これはA≺ Bに矛盾 します。2 かけ算を定義するときに必要になるので、切断の「正負」を定義しておきましょう。零を中心に 切断を「正負」に分けることができます。 切断の正負   切断 A は、A≻ O のとき正の切断、A ≺ O のとき負の切断と呼ばれる。   有理数のときと同様、O でない切断は符号を換えると正負が変わります。 命題 5. 零でない任意の切断 A に対し、⊖A ≺ O ≺ A か A ≺ O ≺ ⊖A が成り立つ。 証明. Aを正の切断とします。つまりO≺ Aです。命題4より、両辺からAを引くことができて、⊖A ≺ O となります。 A≺ Oのときも同様です。2

6

かけ算

6.1

かけ算の定義

最後にかけ算を定義しましょう。かけ算の定義は正負によって場合分けがいります。 かけ算   二つの負でない切断 A と B に対し、 C′ ={a′b′ | a′∈ A′, b′ ∈ B′}, C は C′ の補集合 として、A⊗ B = C と定義する。それ以外の場合は、 A⊗ B =          ⊖((⊖A) ⊗ B) A ≺ O ≼ B のとき ⊖(A ⊗ (⊖B)) A ≽ O ≻ B のとき (⊖A) ⊗ (⊖B) A, B ≺ O のとき と定義する。   これが well-defined であることを証明しましょう。 証明. AとB がともに負でない場合にA⊗ Bが切断であることを示せば十分です。 A⊗ B = C とおきます。 A′, B′ とも空でないのでCも空ではありません。一方、A, Bとも負でないのですから、AB′に含ま れる有理数は負でないので、すべての負の有理数はC′には含まれず、補集合であるCも空ではありません。 CC′の補集合なのですからC∪ C′=Qです。

(11)

C′の元c′を一つ取り、c′≤ x となる任意の有理数はC′ の元であることを示しましょう。c′= a′b′と分 解しておきます。Aは負でないのでa′̸= 0です。すると、y = ax′ とおけばb′≤ yなのでy∈ B′です。よっ て、x = a′y∈ C′ です。 C′の元c′ に対し、c′= a′b′ と分解すると、AB′a′1 < a′及びb′1< b′ となる元a′1 とa′2 がそれ ぞれあるので、c1= a′1b′1 とすれば、c1 ∈ C′であってc′1< c′ です。つまり、C に最小数はありません。 これでC が切断であることを示せました。2 例 3. 二つの切断 A と B を、 A′={x ∈ Q | x > 0 かつ x2> 2} B′={x ∈ Q | x > 0 かつ x2> 3} とし、A⊗ B = C とすると、C は C′ ={x ∈ Q | x > 0 かつ x2> 6} である。

6.2

⊗ がかけ算としての性質を持つことの証明

かけ算も、足し算とほとんど同じ性質を満たさなければなりません13。 ⊗ の性質 1. [可換性] どの二つの切断 A, B に対しても A ⊗ B = B ⊗ A が成り立つ。 証明. まず、A, B とも負でない場合に示しましょう。 A⊗ B = C, B ⊗ A = Dとおくと、 C′={a′b′| a′∈ A′, b′∈ B′}、D′={b′a′| b′∈ B′, a′∈ A′} であり、有理数のかけ算が順番を入れ替えられるので、C′= D′ となります。よってC = Dです。 一般の場合は、例えばAが負でBが負でない場合、 (⊖A) ⊗ B = E、 B⊗ (⊖A) = F とおくと、⊖Aの定義から E′={(o′− a)b′| o′∈ O′a∈ A, b′∈ B′} F′={b′(o′− a) | o′∈ O′a∈ A, b′∈ B′}

なので、(⊖A) ⊗ B = B ⊗ (⊖A)であり、足し算の逆元の一意性から⊖((⊖A) ⊗ B) = ⊖(B ⊗ (⊖A))とな ります。2 ⊗ の性質 2. [結合性] どの三つの切断 A, B, C に対しても (A⊗ B) ⊗ C = A ⊗ (B ⊗ C) が成り立つ。 証明. これも、三つとも負でない場合にかけ算の性質1の証明のように書き下してみれば、有理数のかけ算 の同じ性質から導かれ、一般の場合も、足し算の逆元の一意性から分かります。2 135ページの脚注 6 を参照してください。

(12)

⊗ の性質 3. [単位元の存在] どの切断 A に対しても A ⊗ I = A の成り立つ(A によらな い)切断 I が存在する。 証明. I を、 I′={x ∈ Q | x > 1} としたとき、切断Iが性質3にある式を満たすことを示します。 任意の負でないAを一つ取り、A⊗ I = Bとします。 A′ の任意の元a′I′ の任意の元i′ に対し、i > 1よりa′i′ > a′ となるので、B ⊂ A′ です。よって A≼ Bが言えました。 一方、A′の任意の元a′に対し、a′> a1 を満たすA′の0でない元a′1をとれば、a a′1 > 1ですから a′ a′1 ∈ I であり、a′= a′1a a′1 ∈ B となって、A⊂ Bです。よって、A≽ Bが示されました。 以上より、Aが負でないときはA⊗ I = Aが成り立ちます。 Aが負のときは、⊗の定義と上で示したことから、 A⊗ I = ⊖((⊖A) ⊗ I = ⊖(⊖A) = A です。2 次の性質を述べる前に、性質 3 で存在の保証された乗法の単位元が一つしかないことを証明して おきましょう。 命題 6. 二つの切断 I と J が A⊗ I = A = A ⊗ J を任意の切断 A に対して満たすなら、I = J である。 証明. 二つの切断I, J がともに性質3を満たすとする。I に性質3を適用して J⊗ I = J が成り立ちます。一方、性質1と、J が性質3を満たすことから、 J⊗ I = I が成り立ちます。よってJ = I となって一意性が証明されました。2 一つしかないものには名前を付けておくのでした。 いち   性質 3 によって存在の保証された切断をいちと呼ぶ。   このプリントでは「いち」を I と書くことにしましょう。 単位元の次は逆元です。 ⊗ の性質 4. [逆元の存在] O でない任意の切断 A に対して A⊗ B = I を満たす切断 B が(A に応じて)存在する。 証明. いつも通りAが負でない場合から示します。 A≻ Oとし、Bを B′= { i′ a | a ∈ A, a > 0i > 1}

(13)

と定義します。このとき、A⊗ B = I となることを示しましょう。 A⊗ B = Cとおきます。C の元c′I′の元i′Aの正の元aA′の元a′ によってc′= a′ ia と分 解できます。0 < a < a′なので、i′< c′ 、つまりC′⊂ I′です。これでC≽ Iが示されました。 一方、の性質4の証明で示したように、Aの元aA′の元a′で差a′− aのいくらでも小さいものが 存在します。Aが正であることからaも正なので、aa をいくらでも0に近付けることができます。よって、 I′の任意の元i′ に対し、それより小さいI′の元i′1 と、十分近いa, a′があって、a′ i 1 a < i とできます。つ まりC′⊃ I′ です。これでC≼ Iが示されました。 以上よりC = Iです。 次にAを負とします。⊖Aは正なので、これに対して上の構成をして(⊖A) ⊗ D = I となる切断Dを 作れます。このDが正であることに注意すれば、⊗の定義から A⊗ (⊖D) = (⊖A) ⊗ (⊖(⊖D)) = (⊖A) ⊗ D = I となるので、B =⊖Dとすればよいことが分かります。2 以上で、かけ算が単独で満たすべき性質は全部です。かけ算と足し算は具体的な中身を考えなけ れば同じものなのです。 かけ算の性質は終わりましたが、いつもの通り一つしかないものには名前をつけましょう。 逆元   零でない切断 A に対し、かけ算の性質 4 によって存在の保証された切断を A の逆元と言う。 このプリントでは⊘A と書くことにする。   割り算は当然こうなります。 割り算   切断 A と零でない切断 B に対し A⊘ B = A ⊗ (⊘B) と定義する。  

6.3

≼ と ⊗ の関係

≼ と ⊗ の関係は、次だけです14 ≼ と ⊗ の関係. 二つの切断 A と B がともに負でないなら A ⊗ B も負でない。 証明. AとBが負でないとは、A及びB′ のすべての元が正だということです。A⊗ B = Cとおくと、⊗ の定義からC′の元も全て正となります。よってC は負ではありません。2

6.4

⊕ と ⊗ の関係

有理数の場合と同様に、切断の足し算とかけ算の間にも分配法則が成り立たないと困りますね。 ⊕ と ⊗ の関係 1. [分配律] 三つの切断 A, B, C に対し、 A⊗ (B ⊕ C) = (A ⊗ B) ⊕ (A ⊗ C) が成り立つ。 145ページの脚注 6 を参照してください。

(14)

証明. D = A⊗ (B ⊕ C)及びE = (A⊗ B) ⊕ (A ⊗ C)とおくと、 D′={a′(b′+ c′)| a′∈ A′, b′∈ B′, c′∈ C′} E′={a′b′+ a′c′| a′∈ A′, b′∈ B′, c′∈ C′} であり、有理数の分配法則よりこの二つは等しいことが分かります。よってD = Eです。2 もうひとつ、少々ヲタッキーな性質を示す必要があります。 ⊕ と ⊗ の関係 2. 足し算の単位元 O とかけ算の単位元 I は等しくない。 証明. O は正の有理数全体、I は1より大きい有理数全体なのでO̸= Iです。2 なぜこんな馬鹿らしいことをわざわざ言わなければならないかと言うと、零だけからできている 集合も、今まであげてきた数としての性質を満たしてしまうから、零以外の元もあることを確認し なければならないのです。もちろん、O でない切断が存在することは具体的にそのような切断を 作ってみせることで簡単に分かるのですが、実数の作り方は切断だけではありませんので、どのよ うな作り方にも共通に通用する性質として述べるために、零以外の元の代表者として「いち」を選 んであるわけです。

7

切断と有理数

これまでで、切断の全体に大小関係と足し算とかけ算を上手く定義して、有理数の全体が満たし ているのと同じ性質を満たすようにすることができました。次にしなければならないのは、一部の 切断を有理数だと思って良いことを示すことです。つまり、常日頃我々が思っている「実数は有理 数と無理数でできていて、有理数だけでも四則演算ができる」と言うことを正当化する必要があり ます。面倒なので、切断の全体を D(ディー)で表すことにしましょう15。Dedekind(デデキン ト)の D です。 さて、我々は第 3 節においてどのような考察から切断の考えに到ったのでしょうか。それは、「直 線」上の点が、その「直線」を二つに分けることからでした。そして、その点が有理数に当たる点 のときは、切断の下集合に最大数があり、しかも、それがそのちょうど切られた有理数だというこ とでした。だから、切断の全体 D の中で有理数に当たるものは、下集合に最大数がある切断の全 体でなければならず、有理数との対応は、有理数 a に対し A ={x ∈ Q | x ≤ a} で定義される A でなければなりません。この A を a に対応することをはっきりさせるために

)a( = ⟨)a(, )a(′⟩ と書き16、そのような切断の全体を Q(キュー)と書くことにしましょう。つ

まり、 )a( ={x ∈ Q | x ≤ a}、 Q ={A | A に最大数がある } ={)a( | a ∈ Q} 15ここで始めて「切断全体の集合」が出てきました。ここまでは「二つの切断があったら」とか「切断が与えられたら、 それに対してこれこれ切断がある」とかという議論をしてきました。いわば「構成可能な議論」です。しかし、「すべての 切断を全部一遍に考える」というのはもはや「構成可能」とは言えません。つまり「有理数から実数を構成する」といって も、実は「構成なんてしてないじゃん」という批判には答えられないのです。「実数の全体」に何となくつかみ所のない雰 囲気のまとわりついているのはこのためです。「構成可能」の意味については、手頃なものとしては例えば講談社現代新書 「無限論の教室」(野矢茂樹)を見てください。 16「切り口」に a がいる感じを出すためにこのような記号にしてみましたが、なんだか見辛かったようですね。すみま せん。

(15)

です。ところが、D の四則演算や大小関係は我々が作ったものなのですから、これが Q に制限で き、しかも、対応 a7→ )a( で有理数の四則演算と切断の四則演算が同じになっていなければいけ ません。正確に言うと次の二つです。

命題 7. Q の任意の元 A, B に対し、A⊕ B ∈ Q、⊖A ∈ Q、A ⊗ B ∈ Q、⊘A ∈ Q が成り立 つ。ただし、最後の場合のみ A̸= O とする17。

証明. A⊕ B = C, ⊖A = D, A ⊗ B = E, ⊘A = F とおきましょう。

A、B∈ Qより、ある有理数a, bによってA = )a(, B = )b(です。このとき、C ={x ∈ Q | x ≤ a+b}, D ={x ∈ Q | x ≤ −a}, E = {x ∈ Q | x ≤ ab}, F = {x ∈ Q | x ≤ a−1}であることを示しましょう。

C′の定義からa + b̸∈ C′なので、a + b∈ Cであり、a + bより大きい有理数cに対してδ =c−a−b

2 と おけば、a + δ∈ A′ 及びb + δ∈ B′c = (a + δ) + (b + δ)なのでc̸∈ Cです。これでa + bCの最大 数であることが示せました。 ⊖Aの定義より、 B′={x ∈ Q | x > −a} なので、−aがB の最大数です。 と、とほとんど同様に示せます。2

命題 8. 任意の二つの有理数 a, b に対し、)a + b( = )a(⊕ )b(, )ab( = )a( ⊗ )b( 及び a ≤ b な らば )a(≼ )b( が成り立つ。

つまり、足したものの切断と切断してから足したものは同じ、かけたものの切断と切断してから かけたものは同じ、有理数の大小関係と切断後の大小関係は同じということです。

証明. 命題7の証明から分かるとおり、)a(⊕ )b(の下集合の最大数はa + bであり、)a(⊗ )b(の下集合の

最大数はabなので、)a + b( = )a(⊕ )b()ab( = )a(⊗ )b(が示せました。

また、

)a( ={x ∈ Q | x ≤ a})b( ={x ∈ Q | x ≤ b}

なので、a≤ bならば)a(⊂ )b(となって)a(≼ )b(が成り立ちます。2

引き算とわり算については、それらが足し算とかけ算を使って定義されるものであることから別 に示す必要はありません。詳しくは自分で考えてみて下さい。 以上で、切断の全体 D を「有理数を拡張した数」と見てよいことが分かりました。そこで、こ れからは切断のことを実数と呼び、特に、有理数でない切断のことを無理数と呼ぶことにしましょ う。そして、記号も A 等という大袈裟なものでなく、ただの小文字にしましょう。ただ、a 等は 今まで有理数として使ってきたので、α, β 等のギリシャ文字を使うことにします18。また、大小 関係や四則演算に使ってきた≼, ≺, ⊕, ⊖, ⊗, ⊘ 等の変な記号も、普通の ≤, <, +, −, ×(または · または何も無し)、 −1 を使いましょう。

8

「実数の連続性」と「有理数の稠密性」

以上で、有理数から実数を作り終えました。しかし、本当に目標が達成できたのでしょうか。つ まり、直線上の点で有理数直線に乗っていなかった「幅のない隙間」を「ひとつひとつバラバラ」 にしてすべてを取り尽くし、しかも有理数と「隙間」以外の余計なものは全く拾わなかったので しょうか。この節ではこの二つのことが上手く実現できたことを確認しましょう。 17大小関係は二つの元から別の元を作り出すものではありませんので、当然 Q に制限できます。 18必要に応じて切断の記号も使います。

(16)

8.1

有理数の稠密性

まず、「『幅のない隙間』以外のものは拾わなかった」ことを確認しましょう。 我々の作った実数にも大小関係がありますので、小さい方から大きい方へすべての実数が並んで はいます。だから、我々の作った実数においても有理数が「(幅を持った)隙間」なく並んでいるこ とを確認できればよいわけです。そのことは、隙間の方ではなく有理数の方を使って、どの二つの 実数の間にも必ず有理数が存在することと言い表すことができます。このことを有理数の稠(ちゅ う)密性と言います。 有理数の稠密性. 任意の二つの実数 α < β に対し α < c < β を満たす有理数 c が存在する。 証明. α = A, β = B とします。α < βということはA⊂ B であってしかもA̸= B ということです。よっ てc∈ Bだがc̸∈ Aである有理数cが存在します。このc、切断で書けば C ={x ∈ Q | x ≤ c} によるC が求める有理数です。なぜなら、A⊂ C ⊂ B でありかもA̸= C ̸= B なので、α < c < βとなっ ているからです。2

8.2

実数の連続性

我々の作った実数が有理数と「隙間」だけでできていることが前節の「有理数の稠密性」分かり ましたので、最後にすべての「隙間」を取り尽くしたことを確認しましょう。言葉を換えていえば、 我々の作った実数の全体が「直線のイメージ19」に合っていることを確認しようということです。 「直線のイメージ」のことを数の大小関係の言葉で述べたものを「連続性20」と言います。 「実数の連続性」は普通次のように言い表されます21 実数の連続性. 実数の空でない部分集合で下に有界なものは下限を持つ。 ここで、実数の部分集合 X が下に有界とは、X の任意の元 α に対し、α によらない定数 ρ で ρ≤ α を満たすものが存在することで、この ρ のようなものを集合 X の下界、下界の全体に最大 数があるとき、その最大数を集合 X の下限と言います。例えば、X が√3 以上の実数全体のと き、X は下に有界で 1 や−π 等は下界です。√3は X の元ですが、やはり下界であってしかも下 限です。 証明. X を下に有界な集合とします。X の元αは切断なので、それをAα と書くことにします。そして切 断Aを A′= ∪ α∈X A′α で定義します。 切断と言いましたが、well-definedであることを示さないと切断とは言えません。well-definednessを示し ましょう。 A′、Aともに空集合でないことと、A∪ A′=Qはいいでしょう。 19もちろん、ここで言っているのは「真っ直ぐ」ということではありません。「平行でない任意の二直線はただ一点で交 わる」とか「任意の二線分に比がある」といったことです。 20「実数の連続性」は、「関数の連続性」とは違います。じゃあなんで同じ言葉を使うんだ!!と私に向かって言わないで 下さい。なお、講義ではこの混乱を避けるためか「連続性」ではなく「完備性」という言葉を使っているようです。しか し、「完備性」といったら普通は「コーシー列は必ず収束する」という方だけを意味します。教科書や参考書を読むときな どは気を付けてください。 21一般的には「上に有界なら上限を持つ」ですが、切断の定義を「上集合に最小数がない」にしてしまったので、上限で はなく下限で書きました。もちろん、この二つは同値です。

(17)

定義より、Aの元はすべてのαについてのA′αのどの元より小さくなっています。よって、Aの任意の元 はA′ の任意の元より小さいことが分かります。。 A′の元はX に属するあるαに対するA′αの元であることから、Aに最小数があったら、それはあるA′α の最小数になってしまい、Aαが切断であることに矛盾します。よってA′には最小数はありません。 これでAが切断であることが示せました。 AがX の下限であることを示しましょう。A′α⊂ A′ なので、AがX の下界です。だから、Aより大き い実数はX の下界でないことを示せばよいことになります。 切断B をAより大きいとします。つまり、B′⊂ A′だがB′̸⊃ A′ ではないとします。すると、Aの元 aB′ の元でないものが存在します。Aの定義より、このaはあるA′αに属します。よってB′̸⊃ A′αで す。つまりB̸≤ A′α であって、BはX の下界ではありません。2 これで、D が我々の求めていた実数の性質を満たしてくれることが分かってメデタシメデタシ ということにります。皆さん、御苦労さまでした。 っと、確かにこれで実数の構成は終わりましたが、この「実数の連続性」とはじめの方で考えた 「直線のイメージ」とが結びつきますか? 我々の話の流れから言えば、やはり実数の連続性はこう あるべきでしょう: 切断の考えによる連続性. 実数をデデキント切断すると、下集合に必ず最大数がある。 「実数をデデキント切断する」とは、第 3 節で述べたデデキント切断の定義をただ実数に当ては めただけのものです。だから、こちらの連続性の表現は、まさしく「平行でない二直線22は一点を 共有する」というイメージに当たるでしょう。 実は、この二つは同値です。つまり、切断の集合 D 等という具体的なものを使わずに「実数の 連続性」から「切断の考えによる連続性」が、逆に、「切断の考えによる連続性」から「実数の連 続性」が抽象的に導かれます。やっておきましょう。 証明. まず、「実数の連続性」から「切断の考えによる連続性」を導きましょう。つまり、「下に有界な任意の 部分集合は下限を持つ」を仮定して「任意の切断は下集合に最大元がある」を示すのです。 切断Aの下集合は上集合の下界の全体です。今、下限があることを仮定しているのですが、下限とは下界 の最大数なので、下集合に最大限があることになります。これで導けました。 次に、「切断の考えによる連続性」から「実数の連続性」を導きましょう。つまり、「任意の切断は下集合 に最大元がある」を仮定して「下に有界な任意の部分集合は下限を持つ」を示しましょう。 下に有界な部分集合に対し、その下界の全体をAとすると、Aは切断になります。よって、仮定よりA には最大元があります。それはまさしくはじめの部分集合の下限です。2

9

実数の一意性

切断の全体 D が満たすことを証明してきた「· · · の性質」、「· · · の関係」および「実数の連続 性」を併せて「実数の公理」と言います。切断の全体 D が「実数の公理」を満たすことを一つ一 つ確認してきた理由は、「実数の公理」を満たすことが実数の定義だからです。(もちろん、本当は 話は逆で、実数をいろいろいじってみるにこれらの性質が実数を特徴付けているようだ、というこ とになったのです。) 「実数を特徴付けている」と言えるには、これらの性質が実数によって満たされているだけでは ダメで、これらの性質を満たすものが「本質的」に一つしかないことを示す必要があります23。こ こで「本質的」とは 22今は「平面」を考えていないので、この言い方はちょっと腑に落ちないかも知れません。しかし、幾何の言葉についてこ れ以上追求すると混乱が増すだけですので、我慢して下さい。要するに、正方形の対角線上にちゃんと正方形の頂点がのっ ている、つまり、有理数だけを考えていたのでは上手くいかなかったところが上手くいっている、という程度のことです。 235ページの脚注 6 で言及した、「大小関係や四則演算の満たすべき性質はこれだけでよい」ということの根拠がこれで す。

(18)

実数の公理を満たす二つの集合24X と Y に対し、写像 ϕ : X→ Y で次の条件を満たすもの がただひとつ存在する: ϕは上への一対一写像。 X の任意の元 x1, x2 に対し ϕ(x1+ x2) = ϕ(x1) + ϕ(x2)が成り立つ。 X の任意の元 x1, x2 に対し ϕ(x1× x2) = ϕ(x1)× ϕ(x2)が成り立つ。 X の任意の元 x1, x2 に対し x1≤ x2と ϕ(x1)≤ ϕ(x2)とは同値。 つまり、集合と写像の観点から見た場合に区別して扱う必要がないということです。 証明はお任せします。まず、零は零に、いちはいちに写らなければならないことを示します。そ うすると、四則演算を使って有理数に当たる部分の写像ができます。後は無理数が有理数列の極限 として表せることを利用すればできます。この冊子では、数列や極限のことを扱わなかったので省 略させて下さい。 24もちろん四則演算や大小関係があるものです。

参照

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