DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.38.26
164 基礎心理学研究 第38巻 第1号
基礎心理学者のキャリアパスIII
Series of Interviews on the career path of Psychonomic Scientist III
企 画: 実験心理学者としての多様なキャリアパスを考える特別委員会 インタビュアー: 原澤賢充(NHK放送技術研究所) 場 所: Eni café (トリエステ大学前のカフェ) 日 時: 2018年8月 私(原澤)が末神さんに初めて会ったのはたぶん2002 年頃で,上智大学の道又爾先生の研究室だったと思いま す。私は東京大学でポスドクをしながら上智大学に非常 勤講師として勤務しており,末神さんは道又研の学部生 でした。当時はさまざまなことに積極的に取り組む姿勢 が目立つ学生さんと感じていましたが,その後学位を取 得されてからノルウェーへの留学等を経て企業に就職さ れたと聞き,同じく非アカデミアで研究業務をしている 私としてはぜひ一度お話しをうかがいたいと思っていま した。ですから,今回のインタビューをお引き受けいた だけてとてもうれしく思いました。実際にお会いしたと ころ,心理学を志す若い研究者のみなさんに企業で研究 することの楽しさを伝えたくなるようなお話しをいただ け,とても楽しかったです。 学位取得からの経歴を教えて下さい。 上智大学の道又爾先生の指導で2011年3月に学位(博 士(心理学))を取得しました。研究は色のカテゴリカ ル知覚と言語処理に関するものでした(Suegami & Michi-mata, 2010; 末神・道又,2011)。その後,翌月からノル ウェーに留学しました。一年目は日本学術振興会の特定 国派遣研究者として,二年目からは海外特別研究員とし て研 究 し ま し た。 受 け 入 れ 先 は オ ス ロ 大 学 の Bruno Laeng先生でした(Suegami & Laeng, 2013; Suegami, Amini-hajibashi, & Laeng, 2014)。その後,長崎大学の大学院医 歯薬学総合研究科に助教として赴任しました。 長崎大学での研究はいかがでしたか? 実は,自分自身のテーマで自由に研究できるという環 境ではなく,当初はつらかったです。ただ,企業との共 同研究の担当になったことで企業の研究に対するイメー ジが大きく変わったんです。教授と企業の上司のかたが 研究のアイディアを出したあとで,私と企業の現場担当 者と共同で実験をしたんですが,そのひとたちの研究開 発に対する姿勢がとても真摯だったのが印象的でした。 企業の研究なので,サイエンスよりもむしろマーケティン グに近いのかなと思っていたんですが,データに対して の態度など尊敬できる部分があり,企業で研究すること に対する抵抗がなくなりました。とてもいい体験でした。
The Japanese Journal of Psychonomic Science
2019, Vol. 38, No. 1, 164–166
報 告
Copyright 2019. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. 末神 翔(Takashi Suegami)
Project Engineer, Advanced Technology Research Division, Yamaha Motor Corporation U.S.A. (2018年8月時点)。博 士(心理学)。2011年,上智大学大学院総合人間科学 研究科心理学専攻博士後期課程修了。日本学術振興会 特定国派遣研究者(ノルウェー),同海外特別研究員 (ノルウェー王国オスロ大学),長崎大学大学院医歯薬 科学総合研究科助教を経て,2014年より現職。2017 年より,客員研究員としてカリフォルニア工科大学下 條信輔研究室にて視知覚研究に従事。
165 末神: 基礎心理学者のキャリアパスIII そのあと現在のおつとめ先であるヤマハ発動機に移られ たんですね。どういう経緯で就職されたんですか? ヤマハが心理学の研究職を正社員として公募している のをJREC-INで見つけました。採用されて,2014年9月 に着任しました。 職場の環境はどうでしたか? 入社してすぐに研究部に配属されました。10人ぐら いのチームで,上司は人間工学の学位を社会人ドクター で取られた方で,それ以外は,半分くらいが人間工学や 感性工学が専門で,残りの半分は機械などの工学系でし た。心理学関係のバックグラウンドをもったひとはおら ず,博士の学位を持っている人も私と上司以外いません でした。 では,感性評価などの仕事が多かったのですか? いえ,ところがそうではありませんでした。我々に とってはバイクがメインの商材なのですがバイクの消費 が減少しつつあるなかで,何か新しいことを始める必要 がありました。でも,何から始めたらよいかよくわから なかったため手探りで企画から全部作り上げました。 それは何を期待されていたんでしょう いわゆる工学系の方が発想する新しいことではない何 か,いわゆる機械系の発想ではなくユーザーつまり人間 の視点から見た何か新しいアイディアが期待されていた んだと思います。これからは人間系の研究に注力しなけ ればならないという認識はあったのですが,それを行う 専門家がいなかったので新たな人材を確保してそのひと に任せてみよう,ということだったと思います。ですか ら,当初から心理学者としてあるいは人間の研究者とし て専門性を期待されてある程度自由にテーマを考えさせ てもらえていました。たとえば,「乗り物と人間の関係 性とは何か」という文系学問である心理学ならではの哲 学的なところから考え始め,いろいろと情報収集をして いたときに,アンドロイドの研究をしている石黒浩先生 (阪大)と出会いました。そこで,乗り物の生き物化・ 人と対峙する存在としての乗り物というアイディアに行 き当たり,人と乗り物の間に言葉を介さなくても成立す るお母さんと赤ちゃんや恋人同士みたいな親密な関係を 作りたいと思うようになりました。バイクは人間と生身 で接する面積が大きく,自動車よりも一対一の関係が強 いという特徴があります。そこで,身体を介した親密さ を主眼としたテーマで共同研究を立ち上げました。触覚 や手触りにこだわった新しい HMI (Human-Machine
In-terface)を作ってシミュレータに乗車すると従来のHMI と生理学的反が異なることがわかりました(Suegami et al, 2017)。 とてもおもしろいですね。それ以外にはどのような仕事 をされてきたんですか? 2017 年の東京モーターショウで「MOTOROiD (モト ロイド)」という自律電動バイクのコンセプトモデルを 出品しました。これは生きているような存在としてのバ イクというコンセプトで作られたもので,企画の段階か ら私も関わっています。私たちの研究成果を反映して, 触覚的にライダーとインタラクションすることを目指し た設計も取り入れられています。 その後アメリカに留学されたんですね。 はい。社内で海外研究機関との共同研究を募集するプ ロジェクトを利用して2017年10月からカリフォルニア 工科大学の下條信輔先生のラボで研究しています。従来 の視知覚研究ではなかなか扱われていなかったような偏 心度の高い周辺視野領域での視聴覚の相互作用について 研究しています(Suegami, Changizi, Berger, Wu, & Shimojo, 2019)。 大学院生やポスドクのときにやっていた実験心理学研究 は仕事にどういうふうに結びついていると思いますか? かなり密接に結びついていると思います。共同研究す るときも研究計画の立案から自分でできますし,そう いった知識がないと向こうに任せきりになってしまって 良し悪しの評価ができなくなってしまいます。特に実験 計画の立案や変数の統制などの能力はとても重要です。 それから,世の中で行われている研究の評価を求められ ることもあります。最近,心理学や脳科学に関連する研 究成果が多く報道されていますが,玉石混淆です。それ らをきちんと評価するためには実験心理学の知識を欠か すことはできません。 心理学の専門家として非常に信頼されているようすが伝 わってきますね。逆に,つらいと感じることはあります か? 説明の難しさを感じています。ある程度自由に研究を させてもらえているのですが,その分自分でテーマを生 み出す必要があります。そういった場面で提案を理解し てもらうのに苦労しています。特に,周りの人はエンジ ンやステアリングといった機械系の出身のひとがほとん どで,考え方の抽象度が全然違うように感じています。
166 基礎心理学研究 第38巻 第1号 彼らは人間の心理のメカニズムとか知覚のメカニズムは 完全に理解できていると思っていることが多いです。で も,実際には,感覚入力は同じでも注意の状態によって 認知が変わるように,必ずしもすべてが予測可能なわけ ではないですよね。そういったことをわかってもらうの に苦労しています。 大学院生のときにもっとやっておけばよかったというこ とはありますか? いくつかあります。ひとつは統計ですね。もちろん基 礎的な統計分析はわかりますが,全然使ったことのない 手法を求められることもあるので,いくら勉強してもし すぎるということはなかったと思います。もうひとつは 他分野のひととのコミュニケーションです。たとえば感 性工学は扱っている内容は心理学とよく似ていますが, 考え方はかなりちがいます。対象が似ているのでわかり あえていると思っていたのにいつのまにか話がずれてい ることがよくあります。大学院時代にもっといろんな分 野の人と話をしたら勉強になっただろうなとは思いま す。同じラボや同じ学科の人たちとディスカッションす るのはとても楽しい時間ですが,専門外の人に何が面白 いのかを説明する訓練も必要だと感じています。特に民 間企業では,マーケティングやデザイナー,設計,開発 など様々なスキルを持った異分野のひとと仕事をするこ とがありますが,そういった人たちとゴールを共有する ためにはコミュニケーションがとても重要です。研究部 署は直接利益に貢献できないこともあり,他部署に理解 してもらえることがとても重要です。特に心理学は分野 としてマイノリティなので,周りのひとに理解してもら う,おかしな人間ではないと安心してもらうことはとて も大切だと感じています。 若い研究者たちに伝えたいことはありますか? 心理学の研究をしていると,いわゆる怪しい心理学に ついて強い拒否感を持つことは多いと思います。それを 突っぱねるだけだと周囲と距離ができてしまうばかりで す。「人の心の専門家」として無茶なお願いをされるこ ともありますが, 拒否するだけでなく自分の科学リテラ シーから逸脱しない範囲でそれに関わり,何が間違って いてどうしたらよくなるのかをきちんと説明する義務が あるような気がします。そうすることで心理学に対する 理解が進んでいくように思います。 インタビューを終えて 末神さんのお話しから,心理学の専門家が企業と非常 によい関係を築いているようすがうかがえました。これ は末神さんが認知心理学,実験心理学,人間科学の専門 性とはいったいどういうものなのかを丁寧に周囲の方に 説明していった成果なのではないかと感じました。非ア カデミアで心理学者が働くためには異分野とのコミュニ ケーションの重要性が強調されることが多いですが,末 神さんの場合はとくに様々な分野の方と積極的に関わる ことで活躍の場を広げられているように感じました。企 業(のような組織)で十年あまり研究してきた私として は,昔からの知り合いの活躍を嬉しく思う反面,うらや ましさと反省を感じるものとなりました。 引用文献
Suegami, T., Aminihajibashi, S., & Laeng, B. (2014). Another look at category effects on colour perception and their later-alisation: No evidence from a colour identification task. Cognitive Processing, 15, 217–226.
Suegami, T., Changizi, M., Berger, B. C., Wu, D.-A. J., & Shi-mojo, S. (2019). Falling pitch imitating Doppler shift facili-tates detection of visual motion in the extreme-periphery. 15th Asia-Pacific Conference on Vision, Osaka, Japan. Suegami, T., & Laeng, B. (2013). A left cerebral hemispher’s
superiority in processing spatial-categorical information in a non-verbal semantic format. Brain and Cognition, 81, 294–302.
Suegami, T., & Michimata, C. (2010). Effects of Stroop inter-ference on categorical perception in simultaneous color dis-crimination. Perceptual & Motor Skills, 110, 857–878. 末神 翔・道又 爾(2011).カテゴリの定義規則がカ
テゴリカル知覚に及ぼす影響 認知心理学研究,9, 9–17.
Suegami, T., Sumioka, H., Obayashi, F., Ichii, K., Harada, Y., Daimoto, H., Nakae, A., & Ishiguro, H. (2017). Endocrino-logical Responses to a New Interactive HMI for a Straddle-type Vehicle: A Pilot Study. Proceedings of the 5th Interna-tional Conference on Human Agent Interaction̶HAI 17, 463–467.