び ま ん 性 大 細 胞 リ ン パ 腫
胃悪性 リンパ 腫 の皮 膚 転 移 が疑 わ れ た1例
中 尾 由絵1 森 山 ゆ う き1 河 原 亜 紀 子1 伊 藤 正 俊1 大 西 泰 彦2 荻 原 朝 彦3 吉 田 正 己4 1東邦大学第一皮膚科学教室, 2大西医院, 3大森赤十字病 院 ・内科, 4東邦大学医学部付属佐倉病院 要 旨 症 例 は75歳, 女 性。 腹 部 の 皮 下 腫 瘤 と上 口 唇 の 潰 瘍 を主 訴 に 受 診 した。 既 往 歴 と して, 10年 前 に 胃B細 胞 リ ンパ 腫 が あ り, 胃 亜 全 摘 術 お よ び 化 学 療 法 を施 行 さ れ, 以 後, 寛 解 して い た。 腹 部 皮 下 腫 瘤 の 組 織 学 的 所 見 は真 皮 内 に 異 型 なB細 胞 が 増 殖 して お り, diffuse large B-cell lymphomaと 考 え ら れ た。Tunnel法 で は 一 部 の 腫 瘍 細 胞 に ア ポ トー シ ス を 認 め た。 NestedPCR法 で は, 皮 膚 と 胃 の 両 者 と も免 疫 グ ロ ブ リ ンH鎖 再 構 成 を認 め な か っ た。 自験 例は 胃B細 胞 リ ンパ 腫 が 皮 膚 に転 移 した可 能性 とB細 胞 リ ンパ 腫 が 胃 と皮 膚 に 時 間 を経 て 生 じた 可 能 性 を考 え た。 しか し, 胃 の 手 術 痕 近 くに 皮 膚 リ ンパ 腫 を生 じた こ と, 皮 膚 で はB細 胞 リ ンパ 腫 が 少 な い こ とか ら前 者 が 強 く疑 わ れ た。 な お, 口 唇 の 組 織 学 的 所 見 は 有 棘 細 胞 癌 で あ っ た。
A suspected case of skin metastasis for gastric B-cell lymphoma
Yukie NAKAO1, Yhuki MORIYAMA1, Akiko KAWAHARA1, Masatoshi ITOH1, Yasuhiko OHNISHI2, Asahiko OGIWARA3, Masami YOSHIDA4
First Department of Dermatology1, School of Medicine, Toho University; Dr. Ohnishi's Clinic2; Division of Internal Medicine3, Ohmori Red Cross Hospital; Division of Dermatoligy4, Toho University Sakura Hospital
A 75-year-old woman developed a subcutaneous nodule on the abdomen as well as an ulcer on the upper lip. She had a history of gastric B-cell lymphoma 10 years earlier and had received a combina-tion of gastrectomy and chemotherapy. Remission had been maintained thereafter. Histological examination of the abdominal nodule demonstrated atypical B-cell proliferation in the dermis, indicat-ing diffuse large B-cell lymphoma. Some of the tumor cells showed apoptosis by the Tunnel method. On the other hand, histology of the lip specimen demonstrated squamous cell carcinoma. Im-munoglobulin heavy chain gene-rearrangement analyses by nested polymerase chain reaction did not detect B-cell monoclonalities in the paraffin- embedded tissues of the cutaneous and gastric lym-phomas, respectively. However, we speculated that the cutaneous B-cell lymphoma might have been metastasis from gastric B-cell lymphoma, becauce cutaneous lymphoma developed in and near the op-eration scar, and it has been reported that primary cutaneous B-cell lymphoma is not frequent. [Skin Cancer (Japan) 2005; 20: 259-263]
Key words: Cutaneous diffuse large B-cell lymphoma, Gastric lymphoma, Diffuse large B-cell lymphoma, Metastasis
は じ め に 胃悪 性 リ ンパ 腫 が 長 い 年 月 を経 て 皮 膚 に 転 移 し た例 は 非 常 に稀 と考 え られ る。 今 回, 我 々 は 胃悪 性 リ ンパ 腫 の 既 往 が あ り, 10年 後 に上 腹 部 に 胃 と 同 じ組 織 像 を呈 し たdiffuse large B-cell lymphoma(DLBL)が 出現 した 興 味 深 い 症 例 を経 験 した の で 報 告 す る。 症 例 患 者: 75歳, 女 性 初 診: 2002年7月12日 家 族 歴: 特 記 す べ き こ と な し。 既 往 歴: 20歳 代 に 脊 椎 カ リエ ス。65歳 で 胃悪 性 リ ンパ 腫 に 罹 患 し, 胃亜 全 摘 お よ び化 学 療 法 を施 行 され た。 現 病 歴: 2002年4月 か ら左 上 腹 部 に皮 下 腫 瘤 が 出現 し, 自覚 症 状 が な い た め 放 置 して い た が 急 速 に増 大 した。 ま た, 2001年1月 頃 よ り上 口 唇 ほ ぼ 中 央 に び ら ん が 出 現 した。2002年1 月 頃 よ り急 速 に潰 瘍 化 した た め 当科 を受 診 した。 初 診 時 現 症: 左 上 腹 部 に 径21×31mmの 表 面 は 淡 紅 色 を呈 し軽 度 隆 起 す る 弾 性 硬 の 皮 下 硬 結 を認 め る。 皮 下 硬 結 の 近 傍 に は10年 前 の 手 術 痕 が み られ る(図1)。 ま た, 両 腋 窩 に 小 豆 大 か ら鶏 卵 大 の リ ンパ 節 を数 個 触 知 す る。 上 口 唇 ほ ぼ 中 央 に径15×9mmの 血 痂 を付 着 す る 中 央 が 潰 瘍 で周 囲 が や や 隆 起 した病 変 を認 め る(図2)。 臨 床 検 査 所 見: 末 梢 血 血 液 検 査 お よび 生 化 学 検 査 で 異 常 を認 め な か っ た。 リ ンパ 球 サ ブ セ ッ トでCD4/8比 は1.51と 正 常 範 囲 内 で あ っ た。 脳 お よ び胸 部 造 影CT, 上 部 消 化 管 内 視 鏡 で あ き らか な異 常 所 見 は 認 め な か っ た。 腹 部 造 影 CTで は, 皮 下 腫 瘤 に一 致 して 濃 染 像 が み ら れ た。 ま た, Gaシ ン チ で 両 腋 窩 と左 下 腹 部 に 集 積 像 を認 め た。 病 理 組 織 学 的 所 見: 左 上 腹 部 の 生 検 病 理 組 織 像 で は, 真 皮 中層 か ら脂 肪 織 にか け て び ま ん性 に 好 塩 基 性 を 呈 す る 腫 瘍 細 胞 の 浸 潤 を 認 め た (図3a)。 腫 瘍 細 胞 は ク ロマ チ ン の 凝 集 した卵 円 形 か ら不 整 形 の核 を有 す る 中 型 か ら大 型 の 異 型 細 胞 で あ っ た(図3b)。 免 疫 染 色 で は, 腫 瘍 細 胞 はB細 胞 マ ー カ ー で あ るL-26, CD79α で 陽 性 を 示 し, 他 方, T細 胞 マ ー カ ー で あ る CD3, UCHL-1は 陰 性 で あ り, DLBLと 診 断 さ れ た。Tunnel法 で は, 一 部 の 細 胞 に ア ポ トー シス を認 め た(図4)。 10年 前 に摘 出 した 胃 の 病 理 組 織 像 で は, 胃 粘 膜 固 有 層 か ら粘 膜 下 層 に か け て び ま ん性 に 好 塩 基 性 を呈 す る腫 瘍 細 胞 浸 潤 を認 め た(図5a)。 腫 瘍 細 胞 は クロ マ チ ンが 凝 集 した卵 円 形 か ら不 図1. E腹 部 の 臨床 像 上 腹 部 に皮 ド硬 結 を認 め る 図2. 上口 唇 の臨 床 像 上 口 唇 ほ ぼ 中央 に潰 瘍 を認 め る
図3. a. 左 上 腹 部 皮下 硬 結 の 組織 像(H&E染 色) 真 皮 中 層 か ら脂 肪 織 に か け て び まん性 に好 塩 基性 の細 胞 浸 潤 を認 め る b. 左 上 腹 部 皮 下硬 結 の 組 織 像(H&E染 色) 腫 瘍 細 胞 は ク ロマ チ ンが凝 集 した卵 円形 か ら不 整形 の核 を有 す る 中型 か ら大型 の 異 型 細 胞 で あ る 図4. 左 上 腹 部 皮 下 硬 結 の 組 織 像(Tunnel法) 一 部 の 細 胞 に ア ポ トー シ ス を 認 め る 図5. a. 胃の 手術 標 本 の 組 織像(H&E染 色) 胃粘 膜 固有 層 か ら粘膜 下 層 に か け て び まん性 に好 塩 基 性 の細 胞 浸 潤 を認 め る b. 胃の 手術 標 本 の 組 織像(H&E染 色) 腫 瘍 細胞 は卵 円 形 か ら不 整 形 の 核 を有 す る中型 か ら大 型 の異 型 細 胞 で あ る
整 形 の 核 を有 す る 中 型 か ら大 型 の 異 型 細 胞 で あ っ た(図5b)。 免 疫 染 色 で は, 腫 瘍 細 胞 はL-26, CD79α 染 色 で 陽 性 を 示 し, CD43, UCHL-1で は 陰 性 で あ っ た。 上 口 唇 の 生 検 病 理 組 織 像 で は, 表 皮 は び ら ん を呈 し, 真 皮 上 層 か ら中 層 に か け て 異 型性 の強 い有 棘 細 胞 様 細 胞 が 増 殖 して い た。 腫 瘍 の 一 部 で は 角 化 傾 向 を示 した(図6)。 遺 伝 子 学 的 検 査: 左 上 腹 部 皮 下 腫 瘤 生 検 お よ び 胃 手 術 標 本 の パ ラ フ ィ ン切 片 を検 体 と した nestedPCR法 で は, 両 組 織 と も に免 疫 グ ロ ブ リ ンH鎖 再 構 成 は認 め られ な か った。 治 療 と経 過: 自験 例 は, 胃原 発 のDLBLの 皮 膚 転 移 が 疑 わ れ, か つ 口 唇 に 生 じた 高 分 化 型 SCCを 合併 した症 例 と して 治 療 を 行 っ た。 上 腹 部 に関 して は, 高 齢 で あ る こ とを考 慮 し てTHPCOP療 法(ピ ラ ル ビ シ ン, シ ク ロ ホ ス フ ァ ミ ド, ビ ン ク リ ス チ ン, プ レ ドニ ン)を 行 っ た。3ク ー ル 施 行 後 に 腫 瘤 は 消 失 した。 上 口 唇 は摘 出 術 お よ び全 層 植 皮 術 を施 行 した。 治 療 後2年 を経 過 し た現 時 点 で, 両 部 位 の 再 発 お よ び転 移 は み られ て い な い。 考 案 自験 例 の 胃悪 性 リ ンパ 腫 の 転 移 に 関 して は, 10年 前 の 胃 悪 性 リ ンパ 腫 の 手 術 記 録 に よ れ ば, リ ンパ 節, 肝, 腹 膜 に転 移 は な く, 組 織 学 的 深 達 度 も大 部 分 は粘 膜 下 層, 一 部 固 有 筋 層 ま で で あ り, 皮 膚 へ の転 移 を予 言 で きる所 見 は 見 出 せ なか っ た。 しか し, 免 疫 組 織 化 学 的 に 胃 と皮 膚 に浸 潤 され る 異 型 リ ンパ 球 の 表 面 形 質 は ほ ぼ 同 一 で あ っ た。 した が っ て, 自験 例 は 胃悪 性 リ ン パ 腫 が 治 療 後10年 を 経 過 して 皮 膚 に転 移 し た と疑 わ れ た。 一 方, 皮 膚 の 悪 性 リ ンパ 腫 は皮 膚 原 発 で あ る 可 能 性 もあ る。 しか し, 自験 例 で み られ た 皮 膚 のDLBLが10年 前 の 手 術 痕 の 近 く で あ る こ とは, 偶 然 の 可 能 性 が 残 る が, 胃 の 手 術 の 際 に 皮 膚 に転 移 した と も推 測 で き る。 しか し残 念 な が ら, 両 組 織 の細 胞 起 源 が 同 じか ど う かnestedPCR法 を 用 い て 免 疫 グ ロ ブ リ ンH鎖 再 構城 を検 討 した が1吻, 再 構 成 は証 明 さ れ ず, 皮 膚 に 生 じた 悪性 リ ンパ 腫 が 転 移 性 か ど うか 確 定 で き な か っ た。 一 般 的 に は, 皮 膚 のB細 胞 リ ンパ 腫 は比 較 的 稀 な疾 患 で あ り, 皮 膚 リ ンパ 腫 の6・6∼l8.3%(本 邦), 18∼25%(欧 米)を 占 め る に 過 ぎ な い と報 告 さ れ て い る31。 しか し, 胃 原 発 の悪 性 リ ンパ 腫 で はDLBLが81%の 多 数 を 占 め る 旧。な お, 胃 悪 性 リ ンパ 腫 か ら5年 以 上 経 て皮 膚 転 移 した 報 告 例 は 海 外 も含 め た文 献 を調 べ え た 限 りで1例 も見 出 せ ず, 自験 例 は 転 移 で あ れ ば 非 常 に稀 な症 例 と考 え られ る。ま た, 同 じ表 面 形 質 の 悪 性 リ ンパ 腫 が 胃 と皮 膚 に時 間 を経 て 生 じた と して も稀 と考 え られ る。 自験 例 で10年 間 の 期 間 を経 て 皮 膚 に転 移 して 腫 瘤 が 出現 し た と考 え る と, そ の 理 由 に関 して は, 腫 瘍 細 胞 が ア ポ トー シ ス を 示 し た こ と, ま た CD4/8比 は 正 常 値 で あ っ た 点 な どか ら, 腫 瘍 細 胞 の 自然 消 失 ま た は 腫 瘍 に 対 す る 免 疫 が 働 い て い た た め と推 測 され る。 なお, 悪 性 リ ンパ 腫 と有 棘 細 胞 癌 との 合 併 に 関 し て は, 医 学 中 央 雑 誌 に よ る と1983年 ∼ 図6. 上 口 唇 の組 織 像(H&E染 色) 真 皮 上層 か ら中層 に か けて 異 型性 の 強 い 有棘 細 胞 様細 胞 が 増 殖 して い る
2004年 まで の 報 告 例 は17件 しか 見 出 さ れ な か っ た。
文 献
1) Kido S, Miyazaki K, Tokunaga 0: The relationship between primary gastric B-cell lymphoma and immunoglobulin heavy chain (IgH) gene ment-a histopathological study of primary gastric
lymphoma. Pathol Res Pract, 199: 647-658, 2003
2) Signoretti S, Murphy M, Puddu P, et al: Clonality of cutaneous B-cell infiltrates determined by microdissection and immunoglobulin gene
rearrangement. Diagn Mol Pathol, 8: 176-182, 1999 3) 原 一 夫: 皮 膚 の 偽 リ ンパ 腫 とB細 胞 リ ン パ 腫,
日本 医事 新 報, 3981: 33-36, 2000
4) Barreda BF, Gomez PR, Quispe LD, et al: Primary gastric lymphoma. Rev Gastroenterol Peru, 24: 262, 2004
