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Roe Head時代の作品 : Charlotte BronteのJuvenilia ; 6

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Academic year: 2021

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(1)Roe Head時 代 の 作 品 一. Charlotte Brontё の. 和. 知. Juvenilia(6)一. 誠 之 助. Roe Headの MisS Woolerの 学 校 にお け る生活 は,東 縛 を極 度 に嫌 い 自 由な想像 の世界 にの み生 き られ る Emily lこ 堪 え られ な い もので あ った の み でな く とって も苦 しみ の連 続 で あ った。抑 えがた い創 造 へ の. , Charlotteに. 渇望 と,そ れを 罪悪視す る宗教 心 との葛藤 に苦 しん だ彼女が,あ るいは親友. Ellen Nusseyに 救 い を切 々 と訴え る手紙 を つ ぎつ ぎと書 き送 った り,あ る い は秘 か に 日記 の 断片 の 中 に,想 像 の世界 にはせ る思 い と焦燥 を書 き綴 った こ とは, 既 に見 て来 た通 りで あ る。 Charlotteに とって それ は 現象 的 には. Angriaの 世界 か らの隔絶 に原 因す る苦 しみ で あ った。 しか し根本的 に見 れ ば,そ れ は少 女 が成人期 に入 ろ うとす る時 の苦 しみ で あ った ともいえ よ う。 換 言すれ ば夢 か らの脱皮 で あ り,現 実 の きび しさの認識 で もあ る。Charlotte. Roe Head時 代 の苦 しみを通 って 成長 を促進 され る。幼 い 日々に夢 み た か ず か ず の 白昼夢 によせ る素朴 な喜 びに も,既 に淡 い影 が次第 にさ し込 んで 来 て いたが,Roe Head時 代 に経験す る現実 は,単 な る夢 の 中 にのみ安住す は. る こ とを 許 さない人生 の きび しさを彼女 に暗示す るので あ る。 わが家 に定住 す る時 とは違 って,教 師生 活 は Char10tteの 心身 両面 に大 き な制約を加 え,そ のために 自由 に想像力 を働 かせ る こ とは許 され ず ,そ の不 自由 さに彼女 は しば しば焦 燥 し苦 しんだが,全 く何 も書 かなか った訳 で はな い。 この三 年近 くの教師生活 の 間 に も,彼 女 は幾 つ かの散文 と詩を残 して い 閉 Sι ο響 げ ηι s口 %ι 」 る。 散文 の物語 として主 な ものは, Pα Ssグ ηg Eυ θ πrπ θ α.HI.〕 (Apri1 21,1836),動 θRι ′ グ 4η g′ ‐ ノ Zα ποrη α(December,1836.

(2) 44. Roe Head時. 代の作品. or January,1837),Jπ α (June 29,1837),お よび 」 雁″αLα πη (January Zグ. 17,1838)が あ る。 その他 に韻文 と して は “ZamOrna's Exlle''(July 19, 1836 and January 9,1837)と. い う575行 お よび436行 の 長詩 ,そ の他数 多 く. の 詩 な どが残 されてい る。 これ らの作品 は幼 い夢 か ら脱 皮 した Char10tteの 人 間的成長 に基 づ く芸術的展 開を顕著 に 印 づ けて い る。 1). Passグ ηg」Eυ θ ″ι s.. これ は1836年 4月 21日 (木 曜 日)Charlotteの 第 20. 回 目の誕 生 日に 書 き始 め られ 8日 後 に書 き終 え られ た 。 それ は Easterの 休 暇 で 帰 郷 中 の こ とで あ る。 久 し振 り に 勤 め か ら解 放 され て 想 像 力 を め ぐ らせ る 自由 を得 て 却 って 思 い が 定 ま らな い た め か ,彼 女 は あれ これ と取 りとめ の な い こ とか ら書 き始 め る一一. Reader, as yet l have written nothing, I wOuld fain fall into some regular strain of composition, but l can■ ot, my Πlind is like. a prism full of colours but not of forms. A thousand tints are there brilliant and varied and if they would resolve into the shape of some■ ower or bird or gen■ ,I could■ ing a picture before you; I feel l could. A panorama is round me whOse scenes shift 2). before l can at all ix their features.. さま ざまな色 あ ざやかな情景 を次 ぎ次 ぎと心 に描 き出す Char10tteの 想像 力 は,W.G6rinが 指摘 して い るよ うに,「 観念 にで はな く心象 に依存す る 3). 視覚 的想像力」 で あ り,「 彼 女 の叙述 はそれ故 知的事実 とな る前 に視覚 的 で. 1)こ の原稿. )は 現在 New Yorkの Pierpont MOrgan Libnり に保存 さ 7初θ Jυ θんわθ ■姥 π %γ ω (ed.Clement shOrter,1925)に その一 部 が れ て ぃ る。 (20,000語. csttα γ θ 〃″グ “Mina Lau軍 ― I" の仮題 で 初 めて公 表 され , 次 いで 劉″ 9物 た 2″ η′″(1938)に “The History of Ang五 a:Ⅲ " と して全 部 が 印刷 され ,更 に. 屁υ ′Ⅳ "′. ′ θ 6(ed.W.G6rin,1971)で は句 読点 な どす べ て原 稿 の ままに発表 ′ ノ. され た。. 2)動 騰″′′α″θお wπ ′:πgs(Shakespeare p。. Head Brontё. 以下. SHBと. 129。. こ ′ ι な,p.33。 ′ ′ 3) ,IntrOduction'to“ Passing Events"in 3υ ιNoυθ. 略す ),I,.

(3) 45. 和 知 誠之助. あ り,観 察 され る実体 とい うよ り夢 想 の性格 を帯 びて い る」 と言 って よか ろ う。 こ うした傾 向 は Charlotteの 特性 で あ って,ル ″ι助. %に 見 られ る Jane. ). の夢想 と同種 の もので ある こ とは既 に見 た通 りで ある′ こ うして作者 は先ず Ellrington Hall,次 には Waterloo Palace,最 後 に. Wellesley Houseの 情景 を思 い描 くが,結 局最初 の Ellrington Hallに 思 い を 定 めて,そ この Percyと. Zenobia EllringtOnと の夫婦 のい さか い か. Mina Lauryの Zamornaに 対 す る深 い愛情 が描 かれ ,ま た Wellesley Houseに 住 む Maryに 筆 が運 ばれ る。彼女 は 父 の Percyが 夫 Zamornaの 敵 と結んで不穏 な企 みを こ らして い るとの 風 ら物語 を始 めて 行 く。 やがて. 間 に心 痛 し,今 は離婚 されて い る. Zamornaに 秘 か に会 いに行 きその愛撫 を. Zamornaは Percyへ の怒 りのため に離婚 を取消 そ うとは しな いが,希 望 を失 うな とい う Zamornaの 言葉 を僅 か な慰 めに して Mary. 受 け る。 しか し. は彼 の もとを離れ る。 やがて Angriaの 軍 隊 が Percyを 頭首 とす る叛 乱軍 に懐滅 され た こ とを報 じて この物語 は終 る。. Zamornaと , 彼 を愛す る二 人 の女性 , Mina Lauryお よび Mary Percyと のそれぞれ の愛 のす がたを この物語 は追求 してい る。 Mina この よ うに. が ZamOrnaに 対 して ひた む きな献 身的 な愛 を 捧 げ る一 方 ,Maryも Zamorna に 向 って, “I am your creeping plant, I twine about you like ivy。. 3). ''. と. 深 い愛情 を語 るが, 同時 に彼 に叛逆す る父 Percyと 仲直 りして くれ た らと の思 い も禁ず る こ とがで きず , 夫 と父 との間の 板 ば さみ に 苦悩す る。 一 方. Zamornaは Minaの 奴隷的愛情 を 当然 と して受 け入 れ,Maryに 対 して も 愛 を捨 て ない。 Percyへ の怒 りのため に. Maryの 離婚 の解消 は許 そ うとは. しな いが,希 望 を失 わず に待 ってい れば,い つ か月夜 にひそか に訪 れ て抱 い てや ると伝 え ること も忘れ な い。 この様子 は月 夜 が嵐 の夜 に変 え られ とい う. 1)乃 ググ .. 2)「 Char10tte. BrOntё のJuvenilia(5)」. ,『. を参照。 Jα π θ%sレ グ θ グ πgs, Ⅱ,p.159. ′ 3) MiSθ θ′. 甲南女子大学英文学研究 』,第 9号 ,p。. 35。.

(4) 46. Roe Head時. 代の作品. 変 更 はあ るがら す こ し後 に書 かれ た ■物. Rθ ′ αrη. ο′ Zα πθ″ηα に描 かれて. い る。 勿物. 's rη α. Eκ JJa. Ca饉. o IP. Charbtteは Branwdlか らの手 紙 で. Maryを 死 なせ る こ とに した と報 されて王妃 の死 をひ と り思 い嘆 いた こ とは 前 回 に述 べ たが,彼 女 は1836年 7月 19日 に“And,when you left me,what. Percyに 呼 びか け る一行 で始 ま る575行 の 長詩 の仮題 で 知 られ るもので,そ の初 めで を 書 いた。 これが Zπ οr″ α'SEガ 追放 の船上 の Zamornaは Maryと の結婚 の 日の こ とを想起 し, 自分 のた. thoughts had l then?"と. Jθ. め に死 ぬ とい うほ ど愛 を捧 げ た. Maryの 美 しい. `IOnian face'や. `Grecian. )を. しのぶ。しかし Maryの 父 Percyの 叛逆に怒る彼は `I'1l break )と the father's heart by Mary's deathρ 叫んで復讐を誓う。マルセーユを brow『. 離 れ た と ころで 思 いが けず も花売 娘 に変装 した は,彼 女 に託 して いた 息子 の. Mina Lauryを 見 つ けた彼. Gordonが 殺 され た こ とを 聞 き, 狂気 の よ う. に心 休 ま る こ とのない怒 りと絶望 にか られ て復讐 の怒 りを高 め る。 この 長詩 は形式 的 には ″グ 笏. Byronが. Dθ ηJπ αη. に用 いた八行詩体. (ο. ι ι αυα. )を 用 いて い るが,形 式 のみで な く内容 に も ByrOnの 影響 が極 め て 濃 4). 厚 に 出て い る。 自 らを “A chained vulture,caged amid the sea''に える. たと. Zamornaは ,放 浪 の Childe Haroldの 憂愁 と Manfredの 倦 怠,苦. 悩 ,絶 望 を あわ せ 持 つ と共 に復讐 にか られ る人 間像 とな って い る。 それ は当 時 まだ. Roe Headに い わば幽閉 の身 とな った Charlotte自 身 の絶望 的苦悩. を写 し出 した もの と考 え られ る。 この詩を書 いてか ら一 カ月 ほ ど後 の 8月 11 日の 日記 の 断片 に も,「 これ ら四 つ の裸 の壁 の 中 に監禁 され, この椅子 に縛 5). り付 け られ て 来 る 日も来 る 日も坐 って い なけれ ばな らな いのか Jと 幽閉 の 身. 1)原 2). 稿 は BOnnell C011ection.&轡 物あ げ 4ηク 滋 (1933)に 収 録 (pp.111-129).. 」 砂グ グ., p. 114.. 3)乃 4). ,p。. 115。. "。. ご。 乃グ , p.. 5)ms“. 126。. ′ α裂りぉ レ グ ガngs I,p.255。 ′.

(5) 和. 知. 47. 誠之助. を 嘆 いて い る。. ■姥. 1). .. Rθ ″ πγηげ Zα ποrηα. 原稿 には表題 も製作 の 日付 もないが,恐 ら. く1836年 12月 か1837年 1月 に書 かれたと推定 されている。前 の Pα sSグ πg. 3 2). Sと 同 じ くこれ も Charles Townshendが 語 り手 とい う形 を取 って い る。 υι ηι. Zamornaの 敗 北 ,逮 捕 ,追 放 か ら何週 間 も過 ぎ,彼 を乗せ た Rover号 が 大西 洋 で難破 した との報せ が あ り,そ の後消息が知れ な い秋 の終 り,. Mary. Percyが Alnwickの 邸 でや つ れ果 て, Zamornaを 思 って真珠 の よ うな涙 を流す と ころか らこの 物語 は始 まる。 やがて A.W。 とだ け署名 した手紙 が 届 け られ,そ れ に て あ るのを見 た. Zamornaが Rover号 難破 の時乗 って いなか った と記 し. Maryは 絶望 か ら明 るい希望 を取 り戻 す。 やがて ZamOrna. の一 隊 は首都 Adrianopolis奪 還 のため大進 撃 して首都 に近づ き,革 命軍 は 敗北 し,Percyは 窮 地 にお ち い る。 それを 知 った. Maryは 父 の身 を案 じて. 苦 しむが,そ れか ら程 ない嵐 の 夜 ,か つて結婚 前. ZamOrnaを 迎えた廊下 の. ことが思 い 出 されて 出か けて行 くと,暗 闇 の 中 の 背 の高 い男 に激 し く抱 き じ め られ る。. Branwenの 物語 で は Maryは 既 に死 んだ こ とにな ってお り, Charlotte %rπ が Tん ιRι ι. (プ. 幼 πOrη α とほ とん ど同 じ頃書 いた長詩 λ ποrπα's. Jι .Canto H.〔 “ Well,the day's toils are over"で 始 まる436行 の詩。 E″ グ. 3). January 9,1837作 〕 において も Maryは 死 んだ もの とされてお り,そ の長 詩 は Angriaに 帰 った. Zamornaが Maryを 追慕す る独 自の形 を取 って い. る。 これ は. Zamornaと Maryと の再会 を描 く πtt. に見 られ る. Maryの 取扱 い と矛盾す るが,Charlotteに とって:Maryは. Rθ ′ %rπ グ Zα ttθ r″ α ,. 長 い 間想像力を か けめ ぐ らせ た女性 で,深 い愛着を もってお り失 うに しのび. 1)原 稿 は. Law C011ectionに 所蔵。Shakespeare Head Brontё gs, コ:, pp. 281-314。 ん θ %s レ グ グ JJα %ι θ ′ た。 ■をなθ. で 初 めて 公表 され. crπ zα について一Char_ 語 り手,視 点 の問題 について は「物 3か成′′4π E"ノ ″υ 10tte Brontё の Juvenilia(4)一 」 (『 甲南女子大学研究紀要』 ,第 8号 , Charles. Townshendに ついてはその pp.31-32を 参照 されたい。. 原稿は BOnneell collectionに 所蔵。 ι鮨 ″グsa/4ηJク た,pp,133-147に 収録。.

(6) 48. Roe Head時. 代の作品. な いので,再 び取 り上 げ る こ とに したので あろ う。 これ以後 の 前 の高慢 さを 失 って. Maryは 以. Zamornaへ の愛 に悩 む女 に変身 して行 く。. Maryの 変貌 のみで な く,ZamOrnaゃ Percyな どの人 間像 も次第 に異 な った様相 を示す よ うにな る。 この詩 の最後 で ZamOrnaは Alnwick教 会 の 墓地 に横 たわ る. Maryを 思 い嘆 きに くれ る。. しか し彼 のその悲 傷感 には. ,. 彼女 の死 がその父 Percyへ ,Zamornaが 憎 しみ と愛着 との対 立感情 を奇妙 に交錯 させ る Percyへ 与 え る苦 しみを喜 ぶ心が まざってお り,ZamOrnaに. ,. ByrOn的 な複雑 な人 間像が加 え られ てい る。 Charlotteは Branwellに ひ き ず られ て進 めて来 た Angria王 国 の 争乱 のめ ま ぐる しさに疲れ ,か ねてか ら 最 も関心を抱 いて いた人 間関係 ,特 に愛憎 の諸局面 に 関心を集 中す るよ うに な った。 しか も. ByrOnな どの影響 を受 けなが らも, 自 らが 当面す る現実 の. 中 に少女 的夢 で は決 して解決 し得 な い複雑 さを見 て,人 間性 の あるが ままの 美 と醜 を追求 しよ うとす る。現実認識 の深化 が彼 女 に リア リス テ ィックな方 向へ 大 き く前進 させ るので あ る。 1836年 12月 は四人 の きょ うだいに一 つ の転期 とな ったよ うで あ る。 Emily と Anneも 幼 い時 か ら兵隊人形 を もとに した遊 びを展開 させ ,Char10tteと. Branwellと の Angriaと は別 に,Gondalと い う仮空 の世界 に想像力をめ ぐ らせ て いたが, この時期以前 の原稿 は何一 つ発見 されて いない。僅 か に残 って い る. Emilyの 原稿 の うちで最初 の ものは恐 らくこの年 の 7月 の もの ら. しい が,こ の 12月 には `High waving heather,'neath stormy blasts bend‐ 1). ing'で 始 まる詩 を書 いてお り, それ には1836年 12月 お り,そ の 日は Char10tteと る。 それ は. 13日 の 日付 が記 されて. Anneが ク リスマ ス休暇 で 帰郷す る前 日で あ. Emilyも この 頃 自 らの創造 力 の 具象化 を意識 に定着 させ 始 めて. いた こ とを示 して い ると考 えて よか ろ う。 久 し振 りに. Haworthに 帰 った Charlotteは 弟妹 た ちの創造意欲 に意を強. くしたためか,12月 29日 に 当時 の桂冠詩 人 Robert Southeyに 手紙 を送 って. 1)EL Cθ πノθノθttθ鶴. θBγ θ″″ (ed.C・ W・ Hatield),p.31。 Jy」 磁π グ Eπ グ. ,.

(7) 49. 和 知 誠之助 『 女 流作家 と しての見込 み につ いて 教 えを 乞 って い る. この手紙 は保 存 されて. い ないので,そ の 内容 は正 確 には分 らな くて, て 推測 され るのみで あ る。. Southeyか らの返事 によ っ その返事 は休暇 中 の Haworthで 鶴首 して待 つ 2). Charlotteに は屈 かず彼女を悲 しませ たが,翌 1837年 3月 に送 られ て来 た。. Southeyの 返事 が遅 くな った のは,`disrespect'や. `indi∬ erence'の. ためで. は な く,実 は彼 が長 い間家 を 留守 していたためで あ った。彼 は, “You evi‐. dently possess, and in nO cOnsiderable degree, what Wordsworth calls 4). the`faculty of verse。 '''と 述 べ て Charlotteの 才能 を認 めなが らも,「 あ. な たが 習慣 のよ うに耽 って い る白 日夢 は病 的 な精神状態 を 引 き起 しそ うで す。 そ して 日常 のな らわ しがす べ て 平凡 で 無益 に思 われ るよ うにな るにつ れて あ な たはそれ らに適 さな くな り,そ の他 の何 か しかで きな くな るで しょ う」 と 女性 と して の 勤め に励 む よ う勧めて い る。 また彼 は「詩 を書 くのはそれ 自身 ■)こ れ と同 じ日 Ellen Nusseyに も手紙 を送 って ,前 か ら期待 して いた彼女 の来 訪 を こ とわ って い る。 それ は既 に老齢 の Tabbyが 折 あ しく転 んで足 を折 り重態 にな っ た ためで あ る。 Tabbyは その後一家 の手厚 い看護 で生 命 の危 険 を脱 した。 なお. Mrs.Gaskellが この手紙 を1836年 でな く1837年 12月. 29日 の もの と して い るのは誤 ま りで あ り, この 間 の ニゲθ の説 明は訂正 を要 す る。 Clement Sho貢 erも この手. 1837年 の もの と して お り (2η Bγ θη′″S,クル αηグ ニθノノι鶴,I,p.144), Lawrence&EoM.HmsOnの 冗滋 」%%γ Bケ θグυs(1949),Margaret Crompton. 紙を. θSθ αγθ 力 (1955), Charlotte Mauratの の R%Sあ ηα′. ELB″ θπ′″s'Sθ θγθ′(1969). も同 じ誤 ま りをる 巳して い る。F.E.Ratchfordさ ぇ も Tabbyの 事故 を 1837年 12月 の こ とと して い るが ,W.G6rinは この手紙 を,Ro Southeyに 手紙 を送 ったの と ιBγ θ π′ ё,p.109)。 ノ 同 じ日に書 かれ た と して い る。 (See W.G6rin,Cλ αγJθ ′ の手紙 の 内容 か ら見 て ,1836年 の もの と して い る. 前後. SHBお よび W.G6rinの 方 が. 正 しい と思 われ る。. 2)こ れ は. SOutheyの 子 the Rev.charles Cuthbert Southeyの 編 した 冗滋 ニゲθ απグ Cθ γrcspθ ηグθ ηθ θ の′ノ 滋 ′ θRθ bθ γ′Sθ πノ α′ 饒り, 6 vols,(Longrnan,BrOwn,. Green and Longmans,1850)│こ 公表 され た。. 3)r職 ニゲθαπグ ニθ′ノι雰,I(SHB),p.154. 4)乃 ググ.,p.155。 (Mrs.Gaskell,θ ク.θ グ′.,p.124)。 5)乃 燿。,p.155。 (乃 燿。,p.125。 ).

(8) Roe Head時. 5θ. 代 の作品. のため に しな さい。賞 讃を得 よ うと思 わず有名 にな ろ うと目指 さず に。 それ を 目指す のが少 な けれ ば少 な い ほ ど,あ なた はそれを得 るにふ さわ し くな り, 1). 最後 にはそれを獲得す るで しょ う」 と好意 に満 ちた忠告 を して い る。 これ は当時 の Charlotteに は ま こ とに適切 な忠告 で あ って,彼 女 も Sou_. theyの 忠告 に深 く感動 し,こ の手紙 の封 の上 に, `Southey's ad宙 ce to be 2). kept for evero My twenty‐ ■rst birthday.Roe Head,Apri1 21, 1837'. と. 記 して い るが,そ の前 の 3月 16日 に も SOutheyに 感謝 の手紙 を送 って い る。 その中で彼女 は,こ れ まで も女性 の果す べ き義務 を果す よ う努 めたが,教 え た り縫 い物を して い る時 に読書 や 創作 を したい思 いに駆 られ た こ ともあ る. ,. これか らは忠告 を 無駄 に しないよ うに 自分 の気持 を否定す る し,自 分 の名 が 印刷 され たのを見 たい野心 にか られ るな ら,SOutheyの 手紙 を見 て抑 え る. ,. 3). と決意を述 べ て深 い感謝 を示 して い る。. Charlotteが. SOutheyに 手紙 を送 った こ とに刺激 されて Branwellも. 1月 9日 付 で 再 び BJα 浸別οοど's 誌 の編集者 に, また続 いて 1月 19日 には. William Wordsworthあ て に手紙 を送 って い るが,い ずれ か らも返事 は来 なか った。 これ に反 して Charlotteが Southeyあ て に感謝 の手紙 を 出 した SOutheyは 3月 22日 付 で再 び Char10tteに 手紙 を送 り,当 時彼 が住 んで いた湖水 地方 の Keswickに 来 る こ とが あれ ば会 いたい と歓迎の意を示 あ と,. またCarOline している ?彼 は. Bowlesに. あてて, Char10tteの 手紙のこと. に つ い て 次 の よ う に 書 き送 った り して い る一 一. ... About the same tilne that she wrote to lne her brother wrote. to Wordsworth,who was disgusted with the letter,for it contained gross ■attery and plenty of abuse of other poets, including meo I. think we1l of the sister from her second letter, and probably she グ0, 1) 勁iグ 。 , p. 156.(乃 グ. p. 125). 2)乃 燿 .,p0158。 ′ 。 ,pp.126-127。 3)Cfo MrS・ Gaskell,″ .σ グ. 4)Cf.乃 ググ・,pp。 127-128。.

(9) 和 知. 誠之助. will think kindly of me as 10ng as she liveよ. ). Charlotteの 誠実 さが Southeyの 心を動 か したの に反 し,Branwellの 高 慢 さが. Wordsworthに 苦 々 しい思 いを させ た こ とは当然推測で きる こ とで. 2). あ るO また この 出来事が姉 と弟 とに与 えた影響 も対照的で ある。 Branwell は返事を得 られなか った ことに反省す ることな く,そ の後 ます ます独善性を 強め破滅 の道へ 陥 って行 くが, Char10tteは SOutheyの 忠告通 り,女 性 と してのつ とめに励む と共 に文学を文学 自体 を 目的 として書 くことによって結 局名声をも得 ることができるよ うになる。 Southeyの 三度 目の手紙 にある “Take care of over‐ excitement, and endeavour to keep a quiet mind。. 1). とい う言葉 も,当 時 の Charlotteに は ま こ とに適切 な もの で あ り,彼 女 はそ の忠告 を切実 に感 じ取 り生 か して行 った。 その後 の作 品 にそれ まで とは格 段 の落着 きと成熟 さが見 られ るの も,こ の手紙 の件 が大 いに 関係 してい ると思 われ る。 4). Douro侯 のい と こ Julia wellesleyは 最初 ご πg(1833)に 登場 し,そ の物語 で Edward Sydneyと 結婚す Tん θFο π″ 」πJJα (June 29, 1837). Jグ. 5). んθ`4η grグ αηs(1834)に お いて, Lady Sydney る。次 に ルし 4径″Jα αηグ ι と しての彼女 は親 しい Lady Maria Percyへ あてた手紙 の 中 で,新 しい首. 1)r職. ニグθ απ″ ιθ θ ′ ′ だ, I(SHB),pp.156-157。. 力 Cα γθJグηθBθ Sθ %′ 陸ソ ωグ ′. 2)Mrs.Gaskellは. θ S″π滅7π COγ ″ 〔. (げ. Rθ bθ ″ ′. “. .edo ProfessOr Dowden(Dublin,1881)〕. "J“ ・¨ that he(WordSWOrth)conSiderd the(BranWell's)letter “. remarkable may, I think, be inferred both frOnl its presewation, and its recur‐. rence to his memory when the real name of Currer iBell was made known to the public."(ψ. ノ .,p.119)と .θ グ. 述 べて. WOrdsworthが 好感 を も った と して い る. が ,こ れ は SOutheyの 言葉 と照 ら し合 わせ るとま こ とに疑わ しい。. 3)乃 ,p。 128。 ) (Mrs.Gaskell,″ .ε ″。 4)原 ".,p.158。 稿 は現在 Texas大 学 の The Mi五 am Lutcher Stark Libraryに 所蔵 されて い る。 M.G6五 nが それ を判読 して 屁 υθⅣ ル′′ω (1971)に 初 めて公表 した。 "θ Brontё の Juvenilia 6)一 」,『 甲南女子大 5)拙 稿「 幻 想 と現実 との相剋 一 Char10tte 学研究紀要 』 ,第 7号 ,pp.73-74を 参照 され たい。.

(10) 52. Roe Head時. 代 の作品. 都 Adrianopolisへ 向 って Verdopolisか ら人 々が争 うよ うに 移 り住 む た め に. Verdop01isが 荒 凍 とな り寂 蓼 を か こ って い る と報 じるな ど, す こ し登 場 す るの み で あ る。 Tレ &r″ Bθ οた に収 め られ た “A Late Occurrence'' (1835)で は Juliaと Sydneyと の 離 婚 が取 扱 わ れ る。 この て は彼 女 は. ThOrntOn夫 人 と して 登場 す るが ,こ. J%Jグ α. にお い. こで も ご く簡 単 に 扱 わ れ. るの み で あ り:彼 女 を 中 心 人 物 と した 纏 ま りあ る物 語 とは な って い な い 。. There is, reader,a sort of pleasure, in sitting down to write,. wholly unprovided with a subject.There now lie before me a quire of blank sheets which it is my intention to cover with manuscript, and not a word have l prepared for the occasion, not. a scene, not an incident一 一yet somehow my feelings, far from being uneasy, are silnilar to those l have often experienced, when. with a carpet bag... I have mounted the Edwardston Mail...だ. 貶. without ailn or end aHowed myself to be rattled away in the 2). dawn of a June morning…. .. sの 最初 の部分 を思 い 出 させ πι この書 き出 しは,前 に見 た Pα SSグ πg Eυ ι る。 Charlotteは 何 か書 こ うとす る特定 の題 材を もって 筆 を取 った ので はな く,多 様 な心象 が心 の 中 で 浮 き沈 みす るのを楽 しんで い るよ うで ある。彼 女 は 素材 を批判 的 に選択す る知性 を働 かせ る前 に,ば らば らに漫然 と浮 かび上 が るさまざまな心 象 か ら出発す る。 ここに Juvenilia時 代 にお ける彼女 の想 つ 像 力 の特性 が窺 われ る。 しか し次第 に彼女 も批判 的構想力を身 に けて芸 術 滋gで は “a riCh dark satin robe ornamented with a prO_ ■滋 Fo"″ ′ She had a satin rObe fusion of ieWels"を 着 て舞 踏会 に現 われ るが , この作 で も “ nは W.G6五 い ,流 行 の世界 か ら遠 い片 田 On with lace sleeves."と 描 かれて る。 Julia lま. リカ′ 舎 に住 んで いた Charlotteが , 1830年 代 によ く読 まれ て いた F″ ″ JJ嘘 かα々ι な πグsん グ Fγ グ ノ お よび ηtt Kθ ι び が '0/faγ れgや Heathの 300た 0/Bθ απ″ ,. どの雑誌 を よ く見 て いたため に Julia,Mary,Zenobiaな どの服装 の描写 がで きた ぉ,p.15。 ) θ ノ ノ ιⅣ ′ ので あろ うと推測 して い る。(Cf.`General lntroduction'to Fグ υ θ s, p.87. θ ′ FLυ ι♂ bυ ι ′ ゾ ′. "θ.

(11) 和 知 誠之助. 53. 家 と して の成熟 を遂 げて行 った こ とは論ず るまで もな い が,こ の段 階 にお け る Charlotteに は まだ未熟 さが あ った こ とは明 白で あ る。 しか しまた 同時 に,十 分 に構想を め ぐらせ た後 に筆 を取 るだ けの時間的余裕 も精神 的余裕 も なか った こ とが彼 女 の想像力の働 らき方を その最 も初 期 の形 で はか らず も露. sお ηι 呈 す る こ とにな った と考 え る こ ともで きる。 その意味 で Pα SSグ ηg Eυι よびそ れか ら一年 ニ カ月後 の まだ教師生 活 に縛 られ て いた時 に書 かれた この Jπ Jグ α の書 き出 しの部分 は,. Charlotteの 想像力 の特性 を その原初 の形 で 示. してい る点 で重 要 な意 義を もつ と言 うこ とがで きよ う。 また この作 には二 人 の新 しい人 物 の登 場 が 注 目され る。 一人 は Captain. Henry Hastingsで ,彼 は元来 Branwellの 創 造 した人物 で あ るが,Char‐ 10tteが 取扱 うよ うにな ると,彼 は Branwellの 特長 を もつ 人物 として描 か れ ,特 に. Branwenの 虚栄心,他 のおだて に乗 りや す い軽薄 な性格 が諷刺 的. に描 き出 され るよ うにな る。 後 に詳細 に触 れ よ うと思 うが,1839年 に書 かれ η H蒻 響 ILsι グ αグ ηgsに お いて この人物 は興味深 く鋭 い分析 を され た Gψ ι て い る。 も う一人 の人物 は Caroline Vernonで あ る。 この人物 も, Charlotteの. Juvenilia の 中 で芸術 的 に最 も秀れ た もの とされて い る. οJグ ηιyι rπ θη Cα γ. (1839)に おいて 女主人公 と して す ぐれ た人 間像を描 き出 されて い るの で ,後. ″ ιにお け る Jι ′ に詳細 に見 たい と思 う。 ここで はただ この幼女 の取扱 いは yグ ι. Pauline Homeを 思 い 出 させ ,ま た彼女 とパ リの女優 で あ るその母 Louisa. Vernonと の 関係 は,■ ″θ」 の rθ にお ける. Adё leと オ ペ ラダ ンサーで あ る. その母 C61ine Varensの 関係を連想 させ る.と い うこ とに触 れ るだ け に して お こ う。 ν ttα Lα %η. 1). (January 17,1838)表 現 力 に お い て 格 段 の 進 歩 を 印 づ け. 1)こ. の原稿 (18,000語 )は 現在 Mi.Robert H.Taylorが 所蔵 して い る。 FoE.Ratchford θ θ ′ ′ 燃 駒υ の L鋸 ″ グS6プ 4η 多 滋 に初 めて 公表 され たが ,W.Gё rinの 2υ ιノ. (1971)で は原稿 を判読 した通 り,句 読点 な どの修正 ,加 筆 を されず に印刷 され た。.

(12) 54. Roe Head時. 代の作品. て い る秀 れた作 品 で あ る この物語 は,ク リスマ ス休暇 で 帰省 中 に書 かれ た も ので ,物 語 の最後 に,``For a long space of time,good‐ bye,readerl''と 記 して あ るのは,休 暇 が終 って再 び Roe. Headに 行 かね ばな らな い Charlotte. の悲 しみを も らして い るよ うに思 われ る。原稿 には表題 が つ け られ て い な い が,今 は一般 に,女 主人公 の名 を取 って 表題 とされて い る。. Mina Lauryは ,. ウ エ リン トン公 の地 所 の森番を して いた. Ned Laury. の娘 と して 身分低 く生 れたが,ZamOrnaに 見 出 されて,そ の `most faithful mistress'と な り,Douro侯 (の ち に Zamorna)と Marian Florenceと の 間 にで きた Marquis of Almeidaの うば と して最 初 (1833)に 登場す る。彼 女 は ■能. JJ(1834)に 5レ ι. グ σsづ π И″ごψ οJグ S Pο Jグ ι. お いて も nurse tt mistress. s(1836)お よび Zα ttθ rηα's ηι の 役を負 わ されて い る。 その後 Pα SSグ ηg Eυι Jι (1836 and 1837)に お いて も素朴 な献 身的愛 を E″づ. Zamornaに 捧 げ る特. 異 な女性 とな って い るが ,こ の物語 において は献 身的 な愛 が単 な る素朴 さを 脱 した激 しさを帯 びた痛 ま しい美 しさを加 えて い る。. Zamornaに 捧 げ るひたむ き な 愛 に,同 じく ZamOrnaに よせ る Maryの 激 しい愛 ,Zamornaの Mina に対す る冷やか さに対 して HartfOrd卿 の Minaに 対 す る炎 の よ うな恋慕 が この 物語 の主題 は愛 の諸相 で あ り,Minaの. 対 照 されて い る。Hartford卿 はか って ,Minaと 彼女 が預 って い る Zamorna. Arthurが 敵 に襲 われ,Ernestは 敵 に奪 われ Minaも 危 険 な時 ,彼 女 を救 った。彼 はその折彼 の腕 の 中 で泣 いて感謝 した Minaの こ と. の子 Ernest Fitz‐. が忘れ られず ,一 月 の あ る夜独 り ZamOrnaの 到来 を待 つ 愛 を告 白 し結婚 をせ まる。 しか し と して拒 絶す る。絶 望 的 にな った. Minaを 訪れ て. ,. Minaは Zamornaへ の愛 を たて に断乎 HartfOrd卿 は狂気 の よ うに Zamornaの. 馬車 を止 め,彼 を殺 して も Minaを 手 に入 れ ると迫 る。これを聞 いて嫉妬 にか られ た して. ZamOrnaは Hartford卿 と ピス トル で 決闘 して重 傷 を負 わせ る。 そ. Minaを 訪 れた彼 は彼女 に,今 まで の愛情 の報 酬 と して HartfOrd卿 と. 結婚 させてや ろ うと言 って,彼 女 の愛情 を ためそ うとす る。 飽 き られ たのか との心痛 で. Minaは 卒倒す るが,や がて正気 に戻 った彼 女 に,Zamornaは.

(13) 5メ. 和 知 誠之助 決 して離 さない と愛 を語 る。 一 方妻 の. Maryは その父 Percyの 家 に置 きざ. りに され,二 三 日した ら迎 えを よ こす と言 って去 った. Zamornaか ら何 の消. 息 もな いので, 不安 に堪 え切 れな くな り, 変装 して. Mina. i. の邸を訪れ て. Zamornaに 出会 うが, うま く言 い くるめ られ て 帰 され る。 Hartford卿 は重 傷 で生死 の間を さまよ って い る中で も. :. Minaへ の熱情を燃 や し続 け る。. 以上 が この物語 の概 略で あ る。 Charlotteは これ まで. ZamOrnaを め ぐる .. 種 々な女性像 を描 き出 したが,主 な もの は Percyと 結婚 す る Zenobia El…. lringtonと Percyの 娘 で ZamOrnaの 妃 にな る Maryで あ る。 前者 は初 め. Zamornaに 熱烈 な愛 を向 け るが受 け入 れ られず,ZamOrnaの 友 で あ ると同 時 に敵 で あ る Percyの 妻 とな り,後 者 は Zamornaと 結 ばれ るが,父 Percy‐ の叛逆 のため離別 されて悲 嘆 の うち に死 ぬ。前者 が “a noble creature bothi. in mind and body, though full of the blackest defects: a ■awed dia‐・ 1). mond;.… a beautiful intellectual woman,but an in■ del."と 評 され, しヽ わ ば「黒」の イメー ジを もつ 女性 で あ るの に反 して,後 者 の イメー ジは 「 白」 │. てr慶 ゝり, “her beauty, good‐ nature, pride, reserve, cheerfulness, gaiety, 2). ''を たたえ られ る純潔 さ. freedom from sophistication,and elegant mind。 を もつ。. Maryが. 3). ``serene and proud''と 落 ち着 いた威厳 を もつ のに対 し. て,前 者 は黒 い炎 のよ うな情熱 を燃 やす。 両者 の この よ うな対 比 に も拘 らず , いずれ も Percyと 結 び つ いて い る点 か らも考 え られ るよ うに,互 いに類似性 を もって い る。両者 とも高 貴 な美 し さに輝 く高 慢 な女性 で あ り,. ZamOrnaへ の恋 は,. 理 由は異 な るが, 結局. 両者 とも破碇を来 す運命 にな る。 この二 人 の 女性 と全 く対 照 的 なのが Mina. Lauryで あ る。彼女 の Zamornaに 対す る献 身的 な愛 を Charlotteは まる で 祈 るかの よ うに次 か ら次 へ と描 き続 けて い る。 戦場 の危 険 に さ らされ る中で も. Minaは ,. “I do not care for being. απθ θπs ′ 1) “A Peep into a Picture Book,"(磁sσ θ′. 2)“ POlitiCS. :協gs, I, pe 358.) ノ レ グ. ahθ ′,p.73。 ) ′ in Verdopolis"(■LBγ O%′ お'陛 b`√ cヵ グ. απθ θ郷 3) “My Angria and the Ang五 ans"(磁sθθ′′. :鴨gs,H,p.6.) ′ レ グ.

(14) Roe Head時. 5δ. 代 の作 品. called a camp‐ follower. In peace and pleasure all the ladies in Africa. would be at the]Duke's beck; in War and sugering he shaH not lack l). Zamornaに. one poor peasant‐ girl.''と 言 って,苦 難 の 中 で こそ. 尽 した い. と願 い,彼 の愛撫 を も「 奴隷 が 君 主 の愛撫 を受 け るべ きよ うに」受 けて,彼 の なす ままに従 う。 そ して「 主人 が封建時代 にお け る忠誠 さで従 う臣下 の 中 2). で 最 も美 しく可愛 い らしい 臣下 に与 え るよ うな真実 で愛情 こ もる愛」を与 え られて,危 険 のない所 に去 るよ うに命 ぜ られ ると,嫌 々なが らも「命 あ る限 り従 順 に」 と答 えて 命令 に従 う。. %π οr″ α'sEグ. Jι. において は, Zamornaが. Angriaか ら追放 され ると. ,. 彼 女 はその後を追 って,マ ル セ イユ か ら彼 を送 る船 に変装 して乗 り込 む。荒 凍 た る孤 島 に追放 され る敗残 の身 の. Zamornaに 付 き添 って逆境 を慰 めよ う. Minaの 姿 を見 た ZamOrnaは ,深 い感謝 で心 を打 たれ る こ ともな く,次 の よ うに 当然 の こ とと して Minaの 忠誠 に応 じる一― と して危 険 を 冒 して来 た. I cannot spurn her, though my wife is dying, Cheerless and desolate in solitude.. This moment, like a faithful dog she's lying Crouched at my feet, for with a sad, subdued, Untiring constancy she's ever trying. To gain one word, or even one loOk, imbued. With some slight touch of kindness.Tttre'then,take A brief caress for all thy labour's sake!. Minaは ZamOrnaの 冷 や か な取 扱 い に 不 平 を 感 じる こ と もな く,忠 実 な 犬 の よ うに Zamornaの 足 下 に うづ くま り,短 い 愛 撫 を与 え られ るだ け で 満 4). 足す る。「鷹 が雲雀 を愛す るよ うに」愛す ると言 う. Zamornaの 一 瞬 の苦 し 5). みを も除 くため には死 を もい とわな い. “faithful, devoted martyre''が. 1). gs,H,p.134。. ル. g Eυ θπノ απι θπs s.(1%7Sθ ι ′ ′. SSグπ. 2)乃 〃。,p.137.. α,p.121. 3)Lθ ♂7π グS″ r4π 遷 ″グ. 4), 5) Ibづ グ., p.126.. グ ι I弔 ケグ ノ. ).

(15) 和 知 誠之助. 57. Mina Lauryで あ る。 彼女 は ZamOrnaか ら忠実 な犬 ,あ るいは 臣下 と見 な され るこ とに も何 ら 反溌 を感 じな い。 自 らを彼 の所有物 とさえ思 い, 自 らの全 存在 を Zalmorna と結 び つ けて い る一― ..。. Miss Laury belonged to the Duke of Zamornao She was. indisputably his property, as much as the Lodge of Rivaulx or the stately wood Of Hawkscliffe, and in that light she considered. herself. All his dealings with her had been on matters connected. with the Duke, and she had ever shOwn an habitual, roOted, solemn devotedness tO his interest which seemed to leave her hardly a thought for anything else in the world besideo She had. but one idea― Zamornal Zamorna! It had grown up with her, become a part of her natureo Absence, coldness, total neglect for. long periods together went for nothingo She cOuld no more feel alienation from hiln than she could frOm herself. ... It seemed as. if she could have lived on the remembrance of what he had once l). been to her without asking for anything mLOre. ひたす らに. Zamornaに つ くす Minaの 無償 の愛 は彼 か ら何 も求 めず. ,. 長 い疎遠 の後訪 れた彼 の冷 たい唇 で額 に口づ け され,冷 たい手 で手 を握 られ るだ けで ,長 い遅延 ,労 苦 が充 分 に報 われ た との幸福感 に震 え るので あ る。. Zamornaが 彼女 の愛情 をためそ うとして Hartford卿. の妻 に してや ると云. うと,彼 女 は失神 して 卒倒す る。彼女 がやが て正 気 づ くと,. ZamOrnaは 決. して手離 さない と変 らぬ愛を示 し,そ の証拠 と して Hartford卿 が彼女 へ の 愛 を語 った こ とを怒 って彼 を射 った と告 げ る。 それを 聞 いた Minaは その 残. 1) “Mina Laury," Lcgυ π′s O/4π gγ た,「 pp.173-174.the Lodge of R市 aulxは ZamOmaの. 狩 猟 小 屋 で. Minaは. そ こ に か く ま わ れ て い た 。. Gilpinの. HaWkSCliffeは. そ の 周. W.G6rinは , Charlotteの この時期 の風景描写 は William スケ ッチに示 唆を受 け,彼 の `Cross of Rivaulx'を 利用 した と指摘 して. 辺 の森 の名。 なお. θ五レθπ′ ′ ″,p.118. い る。 Cfo CLγ Jθ ′.

(16) 58. Roe Head時. 代の作品. 酷 さに驚 きなが らも,恐 怖 よ りも歓喜 に胸 を ときめかす。 Minaの その微妙 な心理 を Charlotteは 次 の よ うに表現す る一一 Miss Iし. aury shuddered, but so dark and profound are the mys‐. teries of human nature ever aHying vice with virtue,that l fear this bloody proof of her master's love brought to her heart more rapture than horroro She said not a word,for now Zarnorna's ar]ms. were again folded round her, and again he was soothing her to tranquility by endearlnents and caresses that far away removed all thought of the world,all past pangs of shame, all cold doubts, all weariness,an heart‐ sickness resulting from hope long deferred。. He had told her that she was his irst love, and now she felt tempted to believe that she was likewise his only love. Strong‐ minded beyOnd her sex, active, energetic, and accomplished in all. other points of view,here she was as weak as a childo She lttt her identity; her very life was swanowed up in that of another.. Zamornaは の妃. Maryを. 丁度. Byronの. よ うに,次 々に違 った女 性 に愛 情 を移 す し,今. も愛 して い る。 それ を充 分見 て 知 って い な が らも,Minaは 自. 分 だ けが愛 され て い る との思 い に誘 わ れ ,彼 の 愛 に 自 らを完 全 に 没 し去 る。 意 志 強 く活 動 的 な. Minaも ,ZamOrnaの 前 で は「 赤 ん坊 の よ うに弱 い」 の. で あ る。 しか し彼 女 はむ しろ強 い と云 った方 が よか ろ う。 彼 女 の 熱情 の 激 し さは Jane Eyreや 女に. Lucy Snoweの 激 情 を 予 示 して い る。 Hartford卿. が彼. Zamornaを 捨 て て 自分 の 妻 とな るよ う迫 る時 ,彼 女 は 断乎 と して 拒 絶. し,Zamornaへ の た とえ よ うも な い 愛 を語 る一 一. ... I have never in my life contradicted Zamorna, never delayed. obedience to his conllnandso l could noto He was something more to me than a human being.. He superseded all things― ―all. affec‐. tions, all interests, all fears or hopes or principles. Unconnected with hiln my nlind would be a blank, cold, dead, susceptible only ■) Dlliグ .,p.206..

(17) 和. 知. 59. 誠之助. of a sense of despairo How l should sicken if l were torn from. hiln and thrown to youl Do not ask it; I would die■ rsto No woman that ever loved my master could consent to leave hiin. There is nothing like him elsewhere. Hartford, if l were tO be your ¬ Ⅳife, if Zamorna only looked at me, I should creep back l). like a slave to my former service。. .。. 。. Minaが ZamOrnaは「 自分 に と って人 間 以上 の何 か で あ った」 と言 う時 gん ι sに お いて Catherineが HeathCli∬ との永 続 それ は W笏 んι ηgニ ルグ ,. rグ. 的一 体性 を 叫 ぶ 次 の 言 葉 を思 わせ る。 … .he(HCathcli∬ )'s mOre myself than l am.Whatever our souls αηtt Heathcli∬ ! He's. are inade of, his and nline are the same;...I. always,always in my mind:■ ot as a pleasure,any more,an I am always a pleasure to myself, but as my own being.. 。... 一体 性 を主張す る激 しさは両者 に共通 して見 られ るが,両 者 のあ り方 には 大 きな相異 が あ る。 HeathcliIは 現実 のす べ ての係累 を も捨 てて顧 みな い愛 を追求 す るが,Catherineは. ,彼 と結婚 すれ ば二 人 は乞食 にな るだ ろ うが. ,. LintOnと 結婚すれ ば HeathcliIが 世 に立 つ のを助 け られ ると考 えて, 彼 か ら去 る。 これ に反 して. Minaは 不倫 の愛 で あ ると 自覚 しなが ら,決 して. Zamornaを 去 ろ うと しない。 情 熱 と現 実 との争 いは Emilyに さえ も大 き s な影 を落 して い るよ うで あ り,Catherineの あ り方 は W笏 んθrグ πg二 影Jgん ι につ いての解釈 を 複雑 に して い るが,そ こに この不思議 な作 品を解 く一 つ の 鍵 が あ るよ うに思 われ る。. Zamornaと Minaと の関係 は決 して対 等 の 関係 で はな く,一 方 が他 を指 配 し,他 はそれ に従 属す るとい う特殊 な関係で あ る。 これ は Char10tteの 作 品 に一 貫 して見 られ る教師対生徒 の 関係 に類似 して い る。生徒 (女 )に きび しい教 師 (男 )が 突然姿 を消す が,再 び現 われ ると烈 し く献 身 ・ 服従 を要求. 1). Л♭ グ グ。 ,pe 180.. 2) N犠ノみθγグπg」日グgλ ′s,Cho. IX。.

(18) Roe Head時. 6θ. す る。 Rochesterも Robert Mooreも. 代の作品. Paul Emanuelも そ う した男性 像 で. あ る。 こ うした 男 の要求 に女 はつ ね に従順 に応 じて行 く。 これ は結婚 にお け る男女 の 相互 理 解 と平等性 を絶対 的要件 と して主張 した Charlotteを 思 う 時 ,何 と解 釈 した らよいで あろ うか。. Charlotteは この物語 を書 いて 3年 ばか り後 Ellen Nusseyに あて た手紙 の 中 で 次 のよ うに述 べ て い る。 。.. if she ever loves so lnuch that her husband's will is her law. that she has got into a habit of watching his looks in order that she may anticipate his wishes she will soon be a 一 and. l). neglected fool。 ... 「 夫 の 意志を法律 と考 え,夫 の希望 を 予見 で きるよ うに夫 の顔色を見 守 る 習慣 にな る」 とい うの は,一 見. Minaの あ り方 と似て い るよ うで あ るが,決. して そ うで はな い。 Minaは `a neglected fool'で はな い。 ここで は Char‐. lotteは 男女 の真 の平等 が きわめて 困難 で あ った当時 にお いて, 女性 の男性 へ の盲従 を い ま しめ て い るので あ る。 男 の真価 を 知 る こ とな く 社会 の 慣習 に従 って 盲従 す る ことを い ま しめて い るので あ り, む しろ. Minaの. よ うに. Zamornaの 真価 を知 った上 で 無償 の愛を捧 げ る尊 さを望 んで い るので あ る。 Minaは Zamornaを 愛 し,「 犬 の よ うに」従 い さえす る。 それ は彼 女が その傲慢 な高貴 さの中 にひそ む欠 陥 を も含 めて一―・を Zamornaの 本質 一一。 理 解 し,彼 が彼女 の愛 を必要 と して い る こ とを本能 的 に 自覚 して い るか らこ そ,慣 習 ,道 徳 を も越 えて,ひ たす らに愛 す るので あ り,女 は男 に従 うべ し とい う社会 的慣習 に従 って盲従 す るの とは根 本的 に相違 して い る。. W.G6rinは. Char10tteが 理想 とす る男性像 を次 の よ うに説 明 して い る. The originality of Charlotte's conception of the ldeal Lover―. so opposite to that of her early Victorian contemporaries一 lay 1)To Ellen Nussey,November 20,1840。.

(19) 6ヱ. 和 知 誠之助. in her acceptance of his imperfectiOns. Superb as she had always pictured ZamOrna in all the brilliance Of his IRegency regilnentals,. it was above all in his defects that he lived fOr her. These she. had cOme tO TCept to the extent of preferring them to other men's virtues.. W.G6rinは ,Charlotteの 理 想 とす る男性 像 は,男 の不完全性 の認識 に 基 づ くと解 釈 して い るわ けで あ る。不完全性 とい うのは人 間性 と云 い換 えて もよか ろ う。欠 点 のない男 とは抽象 で あ って実在 で はない。 Charlotteが 愛 し得 るのは生 きた男 で あ り,欠 点 が あるのは当然 だ と考 えて いた と言 って も よか ろ う。別 の言 い方 をすれ ば, Charlotteの 求 め る男性 は,彼 女 に適 した 男 で あ って,決 して万人 に適す る男 で はない。 それがた とえ 多 くの欠点 を 持 つ 男 で あ った と して も,彼 女を理解 し,必 要 とす る男 で あ り,彼 女 の方 も共 感 で きる男 で あれ ば いい訳 で あ る。 そ うした男 は,. Zamornaの. よ うに. ,. Rochesterの よ うに, また Paul Emanuelの よ うに,傲 慢 で高圧 的 で あ る けれ ども,そ れ らの欠点 に もかか わ らず ,彼 女 とい う存在 を 認 め る限 り彼女 は愛 を 捧 げて侮 い な いので あ る。外見 的 にはそれ が奴 隷 的服従 と 見 ら れ よ うとも,そ れ は決 して 盲従 ではな く一体 的融合 なので あ る。 Jane. klellet『. 二 北二r]r予「 Lを lllIま. Eyreが. I,rこ i暴 111,ゝ 11:11:. るまで 心 の奥底 まで適合 して い るとの認識 の上 で 初 めて,Charlotteの 愛 は. 1)W.G6rin,C力 αγ′θ′′θBγ θη′″,p。. 2)柳 五 郎氏 は,こ の. 131。. 「the inest ibreと ぃ う潜勢語 ,ま た,象 徴語 と も言 え る この. 圧縮 され ,強 く人 の心 をか きたて る言葉」 は祖父. Hugh Bronteの 作 と言われ る “Alice and Hugh''の 最 後 の Stanzaに 用 い られ た語 で あ り,父 か ら聞 いて 強 く心 を動 か し, いつ しか彼 女 自身 の 言葉 にな った もので あろ うと 指摘 した William. Wright(ηtt. Bγ θ π′ sグ π ルι ″ Jα π グ,p.112)の 説 を紹 介 して い る。 そ して この語 が の Dい 奥底 」「人 間 と して その深部 に あ る もの」 を意 味す ると解 釈 されて い るのは. 興 味深 い。「 ブ ロ ンテ ィ姉妹 の文 体研究 (ブ ロ ンテ ィ姉妹 の原点 )(そ の 1)」 ,愛 知淑徳 短期大 学英文学会 ,ATHENA第. 6号 (1971),pp。. 4-5を 参 照 され たい。.

(20) 62. Roe Head時. 代の作品. 成立す るので あ る。 そ こで は利害 も打 算 も慣習 も道徳 もな い。す べ ての規範 を越 えて 男 と女 との絶対 的融合 が生 れ るので あ る。 これが. Minaを 通. Charlotteが 描 こ うとした愛 で あ り,や がて Car01ine Vernonに. して. ,更 に. Jane Eyreゃ Lucy Snoweへ と展開 して行 くので ある。 21才 の Charlotteは この時 まだ現実 の男性 に対 して愛情 を抱 いた こ とはな か った。 それだ け に彼女 の愛 の概念 は純 粋 で 高揚 した もので あ り,現 代 的 な 新 しさを思 わせ る。 しか し他面 で は,そ の純粋 な激 しさは現実 との対 決 によ ってやがて変質 を来す こと も止む を得 なか った。 その変質 の あ り方 に Char‐ g Iセ Jgん ′ sと ttrグ η りだ と 1厚″ι lotteと Emilyと の違 いが あ って ,及 “`亜 の 相異 を来 した と考 え る こ ともで きよ う。 ともあれ. Minaの Zamornaに 対す る不倫 で はあるが激 しくひたむ きな. 愛 とそ の心情 の微妙 な動 きの追求 は驚 くべ きもの で ある。 Charlotteは この. ByrOnゃ SCOttの 模倣 によ る,云 わば少女趣味的 な女性像 を越 えて ,激 情 のなか に も苦悩 を に じませ た深 みを女性像 に与 えて,女 の愛. 物語 にお いて ,. の本質 を追求 して い る。換言 すれ ば,ロ マ ンの夢 を捨 てて あ るが まま に人 間 の実体 を把握す る方 向へ 動 いて い る。 これ は SOutheyの 忠告 も大 き く影響 して い るで あろ うし,彼 女 自身現実 の重 みを その 細 い身体 一 杯 に痛切 に感 じ 取 らされて来 たか らで もあろ う。 この よ うな段 階 を経 る こ とによ って 彼女 の人 間観 は深 ま って行 った ので あ. Eyreや Lucy S■ oweに お いて 到達 した愛 の 純粋 な激 しさが意義 深 く理解 され るので あ る。 W.Gё rinは ,M%α Lα %り が雰 囲気 ,描 写力 り,Jane. ,. 洞 察力 お よび共 感 の面 で , Charlotteの それ以 前 のす べ ての作 品 に比 し,重 要 な進歩 を示 して い るとして 次 の よ うに述 べ て い る一一 `Mina Laury' is an alinost faultless tale,imbued with a delicacy of feeling,an elegiac sweetness which she had not attained before.. The fact is that with `Mina Laury' Charlotte has done with juvenilia and emerges as an adult writer for the ttrst timeo That. Charlotte herself recognized the change and felt the upsurge of.

(21) 和. 知 誠之助. irresistible forces withitt her can■. 1). ot be doubted。. 女性 像 の鋭 い描写 と共 に,こ れ まで の 大部分 の作 品 に見 られ た よ うな散 漫 な 断片 の 寄 せ 集 め 的な もの と違 って,こ の作 は小 さいなが らも一 つ の纏 ま り を見 せ て い るの も注 目す べ き点 で あ り,W.G6rinの よ うに, Charlotteは この物語 によ って初 めて「 成人 の作家」 とな った と言 って もよ いで あろ う。 1837年 夏 の休暇 中 に Miss W001erは. ,家 の都合 で学校 を Roe Headか. Dewsbury Moorに あ る `Hcald's House'と 呼 ぶ 家 に移 した。 Dewsbury Moorに 移 ってか らも,Miss WoOlerは ,父 の病気 のため, しば しば学 校 を ら. 留守 に したため,Charlotteの 責任 は重 くな り負担 も大 き くな った。 一方. Haworthの 家 にず っと住 み続 けて い た Emilyも 自活 の道 を求 めて. ,. その秋 Miss Patchettの 経営す る Halifaxの 近 くの学校 へ ,初 めて 教 師 と し て 出か けて行 った。 10月 2日 付 の Ellen Nusseyへ の手紙 の 中 で Charlotte. は,「 (妹 か らの手紙 は)そ の勤務 の様子を報せていますが,ぞ っとす るほど 恐 ろしい ものです一一朝 6時 か ら夜11時 近 くまでの重労働で,そ の間半時間 運動が許 され るだ けです。 これは奴隷 の境遇です。妹 は堪 え られないのでは 2). ないか と心配 され ます」 と. Emilyの こ とで心 痛 して い る。Charlotteの 不. 安 通 り,Emilyの 自活 のための最初 の試 み は失敗 し,. Emilyは 6カ 月 ばか. HawOrthに 帰 ることにな る。 Charlotteの 心 労 は 自分 自身 の こ との上 に Emilyに も及 んだが,さ らに 1)Wo Gё rin,0を αγ′θ″ιβ″θπ′″,pp.117-118. り勤 めただ けで 再 び. θ γ ノ 2) Tた θニゲθαπグ ニθ′ s,I(SHB), p.162.(Mrs.Gaskell, θp.θ ル., p.117)。 な ぉ Mrs.Gaskellが この手紙 を 1836年 の もの と して い るの は誤 ま りで あ る。 さきに 指摘 したよ うに の ため,. Tabbyの 事故 を報せ た手紙 の 日付 の 誤 ま りと共 に,. Mrs.Gaskellの. この誤 ま り この間 の事情 につ いて の叙述 が混 乱 して い る。 従 って. Southeyへ Charlotteが 手紙 を送 って返事 を待 って いた時 (1837年 1月 )に は Emilyは まだ Halifaxの 学校 へ 勤 め に行 ってお らず ,「 シ ャー ロ ッ トの手紙 が 目 ,. 的地 に着 いたか ど うか さえ知 らず に エ ミ リー はいやな勤 め に帰 って 行 かね ばな ら な か った」 (θ 夕.θ ル.,pe l19)と ぃ う る。. Mrs.Gaskellの 言葉 は明 らか に間違 いで あ.

(22) 64. Roe Head時. 一緒に. 代 の作品. Miss Woolerの 学校 にい る Anneに も広 が る こ とにな った。 二 年. 以上 も姉 の 傍 で 学 んで いた Anneの 風邪 が こ じれて症状 が悪化 したので あ る。 亡 くな った. Mariaゃ Elizabethの. 場合 を思 い 出 して 妹 の容態 を心配 した. Charlotteは. ,一 時 Miss Woolerの. 冷淡 さを怒 って 言 い争 うこ とな どもあ. った けれ ど,Miss lotteは 12月 には. W001erの 方 か ら折 れて 出て和解 を見 た。 しか し. Char‐. Anneを 故郷 に連れて 帰 った。. Anneが HawOrthで 次第 に健康 を 回復 す るのを見 て Charlotteは 安 心 し たが,彼 女 自身 は,MiSs W001erの 懇願 に応 じて ,翌 1838年 1月 30日 には再 び. Dewsbury M00rに 赴 き,そ の後 5月. 23日 まで教 師生 活を続 けた。 MiSS. Woolerへ の恩顧 を感 じてその懇願 に屈 した Charlotteで はあ ったが,彼 女 の忍耐 の 限度 も極 限 に達 して いた。 自己を犠牲 にす る こ とによ って一 家 の将 来 へ の方途 を切 り開 こ うと最大 限 の努力 を払 ったに もかかわ らず ,あ らゆ る 面 において希望 は崩れ落 ちか けて いた。 Branwenへ の 幻滅 に加 えて,Emily お よび. Anneに つ いての憂慮 は,現 実 の あま りの きび しさに彼女 を絶望 に. 近 い不安 に陥 し入れて行 った ので あ る。再 び帰 って来 た. Dewsbury Moor. の 日々は彼女 に とって,``the concentrated anguish of certain insurerable. moments''で あ った。 これ は Char10tteが Dewsbury M00rを 去 って 8年 ほ ど後 の1846年 11月 頃 に Miss Woolerに 送 った手紙 の中の一句 で あ るが. ,. 彼女 は当時 の状態 を回顧 して次 の よ うに述 べ て い る。. ... assuredly I Can never forget the concentrated anguish of. insurerable moments and the heavy gloom of many long hours ――besides the preternatural horror which seemed to clothe ex‐. istence and Nature― and which made life a continual waking l). NightHlare。. ... 孤独 と絶望 のため に悪夢 に うな され 夢遊状 態 にな る苦悩 は,後 に において. 1)乃. yグ Jι ι ″ ″ σ. Lucy Snoweの 中 に痛 ま しく描 き出 されて い るが, Dewsbury. グ グ。 ,V01.H,pp.116-117..

(23) 65. 和 知 誠之助. Moorに 再 び帰 った Charlotteは 遂 に心 身共 に正 常 さを失 い,医 師 を 必要 と す るほ どの病 いに倒れて しま った。 そ して 医師か らも,生 命 を大事 にす るな ら故郷 に帰 るよ うに言 われ,1838年 5月 23日 Miss Woolerの 学校 で の三 年 近 い悲惨 な教師生活を終 えたので あ る。. SELECT BIBLIOGRAPHY I.A Partial List Of Charlotte Bronte's Jllvenilia(3)(1835-May,1838) 1835 Dec. 19, 1835。. 1836 Feb.4, 1836.. “We Wove a VVeb in Childh00d." 185 1ines plus 350 words。. `Well′ here l am at Rё e Head.'(Roe Hcad Journal)1,400 words. `Now,as l have a little bit of time。 '(ROe Head Journal). 416 words。. Apri1 21, 1836. July 19, 1836.. Passグ πg Eυθ %ノ s.By Charles TOwnshend。 20,000 words. And when you left me, what thoughts had l then P" “ πα'SE″ グ θ ′ ,Canto I)。 575 1inese (Zα ttθ γ. December, 1836 (Or Janu町 ,1837).Tん θRθ Jπ γπ. Zα %θ ″ πα。 `デ. Arranging in 10ng_locked drawers, and shelves" “. (MEMEMTOS)。. 129 1ines.. 1837 Jan.9, 1837.. Well, the day's toils are over." (Zα “ II)。. Janu町 , 1837.. ttZθ. γ πα'sE"グ ′ ι , Canto. 436 1ines.. “Charge On the enemy"。 16 1ines.. May,14, 1837.. “If thou be in a lonely place。. May,1837.. “This ring of gold, with one lョ lall curl''(THE RING).. "(STANZAS).48 1ines.. 142 1ines.. May,1837.. “No. harp On earth can breathe a tone"(THE HARP).15. 1ines.. NLy,1837.. “She was alone that evening‐ 一and. LADY).71 lines。. alone"(THE LONELY.

(24) 66. Roe Head時. May,1837.. “Again. 代 の作 品. l ind myself alone,and ever"(MY DREAMS).. 42 1ines。. “Dreaam of the West! the moor was wild." 36 1ines。. ヽ4ay,. 1837。. May, 1837.. “When thou sleepest, lulled in night。 ' 102 1ines. “He could not sleep!… ―the couch of war." 28 1ines。 “Look into thought and say what dost thou see". (DIVING)。. 12 1ines.. June 4, 1837.. “I SCarce would let that restless eye." 16 1ines. “IS this my tomb, this hurnble stone。 " 80 hnes.. June 29, 1837。. α.15,000 words. ノ%′ グ. May, 1837。. “Why should we ever mourn as those"(THE. PILGRIMAGE)。 July 21,1837.. 32 hnes.. “Oh,would l were the golden light"(恥. rATCHING AND. WISHING).24 1ines。. uly 」. 21,1837.. November 17, 1837。. “But a recollection now"(MARIAN).51 lines. “A single word― 一a magic spring." 74 1ines.. 1838 January 17, 1838.. И ηαttα %γ ノ。18,000 words plus 14 1ines.. January, 1838.. “Gods of the 01d mythology, arise in gloon■. January9 1838。. “Long,ago― ―before the weight of pain." 24 1ines。. and stom。 ". 56 1ines。. January, 1838. January, 1838.. ``What does she dream of, lingering all alone." 22 1ines. 「Γhe voice of Lowood speaks subdued." 29 1ines. “. January,1838.. “Oh,let. me be alone,'he said"(THE DEATH OF LORD HARTFORD).86 1ines.. anuary 29, 1938. 」. “There's no use in weeping"(PARTING)。 32 1ines.. M[賀 y29,1838。. “This last denial of my faith"(APOSTASY).80 1ines。. II. Printed Books. A. Pnmaγ l.. Sources 二θ 多 αo Cornpiled by Fannie E.Ratchford with the collaboration ″ πグsθr 4πで rグ. of William Clyde De Vane.Yale University Press,1933. 2。. θ θ s. Transcribed from the o五 ginal manuscript and edited by ′ ノ ″ FLυ θNoυ θ Winifred G6rino The Folio Press,1971.. 3。. ηgs げ グ ノ グ Sttd レ グ θtts αηグ υη″ わ′ αηθ Иグ sθ θ ′ ′ Tλ θ♂. Cた″′θ″θ απグ. γグ θ 々 ル′.

(25) 和. 4.. 知. 67. 誠之助. β″ αηωαJ βγθ π′ ″ (The shakespeare Head Brontё ),2 vols.1938. απωιJ′ B″ θπ′ ■職 乃 θ ′ 燿sの「 C″ Zγ ′ θ 力 βγ ″ (The θ′ ιBγ θ π″ ノ ″α徽グ fb′ γグ Shakespeare Head Brontё ),1934。 βγθπ′ si 7レ グ ι s,ル グ γιグ υ ι 〃 s″ か ″. 5.T″. &Cθ γ″Sク θπグθπ (The Shakespeare. Head Brontё ),4 vols。 ,1932.. 6.■L Cθ %ρ ルノιR%鶴. r Eπ. ″. “. グ ″.Edited from the manuscript by 妙 jttπ Bγ θπ′. C.Wo Hatieldo Colurnbia University Press,1941.. Bo Secondtt Sources. 1。. j■職 Eυ OJπ ガθπ6r Gι πグ 郷。oxford,1967. θ″ιB″ θ G6rin,Winifred,Cλ αγ′ %′ ″ ′. 2。. 3。. 4.. J βγ πノ θ ″ G6rin,Winifred,Bγ απωι′ ,Thomas Nelson and Sons Ltd.,1961。 Lambert,Diane,Tた S″ α″πg〔 秒グ γル f4Sノ 笏妙 qF″ 滋 助 υ αS(プ Eπ グ ″. θBγ θπ′ απグ C力 αγ′ θ′ ノ ″。Stanford University: Unpublished dissertation, 1967. ′ B″ θκ′ s' 5診 θ γ θ ″ ′ 。 rranslated from the French by. httaurat, Charlotte, 効. Margaret Meldr― 。Constable, 1969. ° 5. Ratchford,Fannie E.,ELBγ οπ′ ′ グカθ θ グ.ColШ mbia University s'"セ b(プ Cカ グ ″ Press,1941. 6。. π 滋 Dθ υθ θ ′ Shapiro, Arnold, 4 S′ 直、 グ ′ 夕%θ π′ (√ 4γ ′ α〃 Iac盤 グ θ′ Bγ θ υ 's Fヽθ ′ θコ π′ π. Indiana University: Unpublished dissertation, Cλαγ ′ グ θ ′ 1965。.

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参照

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