西原 志保
* はじめに 本稿では、金森修『人形論』(1)においても「〈女性による異性の人形化〉というテーマが曖 昧な筆致から零れ落ちるように結晶する」(259頁)と語られる笙野頼子の小説『硝子生命論』 (河出書房新社、1993年)について、球体関節人形の系譜(金森の用語でいえば「ゴシックドー ル」)を参照しつつ考察する。特に、1990年前後に次々と人形写真集を刊行した天野可淡の人 形および人形写真集に付されたあとがき「解かれたガラスのリボン」に注目する。 『硝子生命論』および『硝子生命論』をプレテクストとして持つ『水晶内制度』においては、 人形が重要な役割を果たす。『硝子生命論』は失踪した人形作家をめぐる書物として設定され ており、『水晶内制度』においても、少年人形を「仮夫」としてパートナーとする形式が、仮 想国家における夫婦の一形態としてある。ただ、「性機能」「生殖器」がなく、「他者であると いう要素だけで出来て」おり(96頁)、「上体に性別の徴は一切なく、乳首さえなかった」(95 頁)ユウヒの人形は、単に〈女性による異性の人形化〉として整理できるものではないだろう。 これと関わって中村三春「闘うセクシュアリティ 『硝子生命論』と『レストレス・ドリー ム』(2)は、「究極の脱ジェンダー的、かつ脱生殖的なセクシュアリティのあり方」であると指 摘し、清水良典「『硝子生命論』」(3)は、「あらかじめ死なされている「恋愛」を、反現実の観 念世界として徹底的に追求した作品」であると位置づける。それぞれ首肯すべき解釈であるが、 本稿では実際の球体関節人形との比較から考察する。というのも、現代の球体関節人形をめぐ る文化は、性や生殖に対して拒絶的な「ゴスロリ」文化と親縁性を持つからである(4)。特に、 1990年に急逝し、現在でもカリスマ的な人気を誇る人形作家、天野可淡のテクスト「解かれ たガラスのリボン」に注目することとなる。天野の急逝は『硝子生命論』におけるヒヌマ・ユ ウヒの失踪を連想させ、最初の人形写真集である『KATAN DOLL』(トレヴィル、1989年) の後書として書かれた「解かれたガラスのリボン」には、ガラス、水中花、鏡など『硝子生命 論』においても重要なモチーフとなる言葉が散見されるためである。 1、内面/人形をめぐるストラテジー 人形、殊に女性によって制作される球体関節の手法による少女人形は、「内面」を表現する媒体として現在特異な発展を遂げている。球体関節人形とは、関節部分に球状のジョイントが はまり、動かすことのできる人形を指す(図 1参照)。 「人形のように内面のない」との比喩があるように、内面のないものの象徴であった人形に よる内面表現は、従来の内面観では捉え切れないインパクトを持つだろう(5)。笙野は作品内 において明示的に、あるいは評論やエッセイなどにおいて、いわゆる近代的な「内面」観(6) によって近代以前や現在「内面」がないことにされてしまうことに反発し、それとは異なる内 面や自己、「私」を描く(7)。その点で、現在流行の人形作家たちが表現する内面や自己像は、 笙野作品に似ているとも言える。さらに、「いまだと乙女系やゴス系の人たちはハマるかもし れない」(8)とあるように、人形文化と関係の深い「ゴス」(9)と、『硝子生命論』との親縁性が 指摘される。 笙野頼子は『硝子生命論』に関するエッセイの中で「四谷シモンの教室の人形展」に触れて いる。 何年前だったか、新宿の紀伊國屋で四谷シモンの教室の人形展を見た。(中略)真っ赤 なバレエの衣装を着て瞳孔の拡散した、頬のふくれた女の子を見つけたのだ。アニメのキャ ラクターと日本人形の中間にあるような姿形が、周囲の空気を奇妙に落ち着かせていた。 (中略) 結局小説は書かなかったが、その作品展の中で、私は自分が人形に持ってい る思い込みを意識することができた。人形の内側に爆弾があるという考えは人形というも のの冒性を、自分なりに意識した結果だったのだと。 人間でないものを人の形にし、生殖以外の形で、魂ある無生物を生み出してしまう行為 の、孕む反逆をその日捕らえたのだ(10)。 「四谷シモンの教室の人形展」とは、新宿紀伊国屋画廊で 1981年 2月に最初に開催されて以 図 1.球体関節人形の構造(吉田良『吉田式:球体関節 人形制作技法書』ホビージャパン、 2006年)76、77頁 球体関節人形の作り方における、組み立ての部分。関節部分の構 造がよくわかる。
来毎年開催されているエコール・ド・シモンの人形展と考えられる。ここで言及される人形は 四谷シモンの人形とは限らないが、『硝子生命論』中で重要な役割を果たす人形について「な るほど言われてみれば、〈本物のアンモナイトを額に埋め込んだ少年人形〉の描写はシモンドー ル」との指摘(11)もあり、四谷シモンによる球体関節人形の影響をひとまず想定しても良い。 実際、『硝子生命論』は人形文化との関わりを読者に感じさせる。例えば、「観念的でいなが ら具体的な手触りを持つユウヒの造形に、私などは作者と実在の創作人形作家との交流が本当 にあったのではとつい妄想してしまったほどだ」(12)と評される。確かに、「死体人形と別系統 の仕事であり、またそれが世間的には本分でもあった、自分の分身のような女性の人形郡」 (32頁)との一節は、いかにも実在しそうな、自分の分身のような少女人形を制作する女性の 人形作家をイメージさせる。「ユウヒを芸術家ではない、と言い切る事に私は納得と同時に強 い不服を感じる。が、私もまた最初から芸術家の思い出話など書くつもりはなかった」(59~ 60頁)との記述も、芸術と人形をめぐる言説と共通する(13)。また、 イザナミを見た日、顧客のひとりからさりげなく声を掛けられ、も、う、ひ、と、つ、の、個展に招か れたのだ。少年人形の依頼者、所有者たちの中に、それを人目に、しかも賞賛の目にだけ 晒したいというタイプがいて、判る人々に、つまり幻想をぶち壊さない相手にだけ見せた いのだった。 (33頁) との叙述は、『硝子生命論』の発表時期とは前後するがカスタムドールの交流会を思わせ、現 在の人形文化の展開を予見するようにすら見える(14)。笙野はまた、『硝子生命論』と同様にガ ラスが重要なモチーフとなる『母の発達』(河出書房新社、1996年)においては、「母」を殺 し、脱構築しているが、一方で人形については、「生殖以外の形で、魂ある無生物を生み出し てしまう行為」(再掲)と表現している。これは現代の球体関節人形において顕著に見られる 図 2.三浦悦子「家族の食卓」(『夜想 bis』2011年 9月所収)。 妊娠したかのように膨らんだ腹部は切り開かれ、物が詰められて いる。 球体関節人形における妊娠イメージは、痛々しさやグロテスクさ を伴って表現されることが多い。 金森『人形論』は、三浦悦子の人形群を「天野可淡辺りから始ま る日本のゴシックドール系の人形群の中でも」「極北」と位置づ け、この作品の腹部の詰め物についても「色とりどりの礫のよう なものに近い。食卓にのる料理としては、相応しくない物質だ」 (150頁)と述べる。
のが、生殖や性愛への嫌悪、拒絶であることを想起させる。 以下、一部先行する拙稿(15)とも重なるが、日本における球体関節人形の流行と発展につい て整理しておきたい。 日本における球体関節人形の流行は、ほぼ澁澤龍彦の紹介に始まるといってよい。澁澤は、 「少女コレクション序説」において、「少女は一般に社会的にも性的にも無知であり、(中略)主 体的には語り出さない純粋客体」(16)とし、シュルレアリズム的な文脈で理解されるドイツの人 形作家ハンス・ベルメールを紹介した。1960年代後半から球体関節人形の制作を始めた人形作 家、四谷シモンや土井典はベルメール、澁澤に強く影響を受けている。この時期において、球 体関節人形の球体は世界を脱臼し、フェティッシュの対象となるパーツを際立たせるための装 置であった(17)。しかし現在は、「女性の作家がとても多くて、自分の内面を「人形の性格や内面」 によって表現する」(18)、制作者や享受者である女性たちが自己を投影するための装置である。 このような転換を導いたのが、1990年前後に次々と作品集を発表した人形作家、天野可淡 である。 四谷や土井の表現にとって人形の無機的な物質感が重要であったことに対し、吉田や天野 は球体関節人形で肉や骨など身体の有機的な印象を強調し、人の心の暗部を表現するよう な描写を人形にもたらした。(中略) 通常は愛する対象と考えられる人形に対して、「人を愛せる人形」を作りたいと語って いたという天野の人形には、人形のいわゆる愛らしい外見へのアンチテーゼともいうべき 特徴が見られるが、物憂げな表情や凝視するようにギラギラ光る自作のグラスアイ、(中 略)見る者を捉えて離さない迫力に充ちている(19)。 今の若い作家たちは、括りを破るような作品を出している人もいますしね。そういうチャ レンジする人形の、一番発端になったのが、吉田さんや(天野)可淡さんだった。感覚と か感情が、人形に出ても良いんだ、という作品を作られてきた(20)。 図 3.天野可淡『KATAN DOLL』(トレヴィル、1989年)。 撮影はパートナーであり、人形作家でもある吉田良(吉田良一)。 続いて 1990年には『KATAN DOLL fantasm』(トレヴィル)、 逝去後の 1992年に『KATAN DOLL RETROSPECTIVE』(ト レヴィル)を刊行している。
近年には、片岡佐吉撮影による新たな人形写真集『天野可淡 復 活譚』(KADOKAWA、2015年)も刊行され、変わらぬ人気のほ どを示している。
このような評言からも分かるように、天野は内面表現を人形に取り入れ、現在へと続く流れ を導いた存在として位置づけられる。なお、ここで言及される吉田とは、天野のパートナーで あり、天野の人形を撮影した人形作家・写真家の吉田良を指す。それとともに、「彼女のよう に強い世界観を持って人形を作るという人は、最近はなかなかいない」(21)と言われるように、 唯一無二の存在として根強い人気を誇っている。金森『人形論』においても、「彼女は天才だっ たのではないか」(137頁)と評価され、「喜びや健康、明るさやエネルギーの発露よりは、衰 退、悲嘆、苦悶などの負の方向性が強いという傾向」(138頁)があると指摘されている。 1998年に出版元であったトレヴィルが出版活動を停止した後、「著作権の関係で」(22)再版さ れず、天野の作品集は入手困難な状況が続く。2004年 2月に東京都現代美術館で開催された 「球体関節人形展」においても、出品はされるものの図録(23)には写真が掲載されていない。 天野の作品集は、トレヴィルの活動を引き継いだエディシオン・トレヴィルにおいて、2007 年にようやく再版されている。1990年の事故死と 1998年以降の絶版状態から、天野は 2000 年代前半、いわば伝説の人形作家であった。 しかしながら、笙野自身によって言及されるのは現在流行の人形作家ではなくエコール・ド・ シモンの人形展であり、「恋愛の対象としての死体人形」「所有されるため」(9頁)、「どの人 形もただ見られるだけで、性機能はなかった」(10頁)等の描写は、「性的にも無知であり、 (中略)主体的には語り出さない純粋客体」である少女という澁澤的な理念をそのまま少年人 形に転用したかたちである。つまり、『硝子生命論』における人形は、性別だけは逆転させな がらも、「人形=客体」という極めてオーソドックスなイメージを踏襲するものである。それ は現在流行の人形文化、すなわち女性が少女人形に自己を仮託し、「着せかえ人形」(24)的に遊 ぶあり方とは対極に位置する。 2.解かれたガラスのリボン 1991年から断続的に雑誌掲載されたものに書き下ろしを加え、1993年に刊行された『硝子 生命論』は、「死体人形」と名づけられた少年人形と、失踪した人形作家ヒヌマ・ユウヒをめ ぐる物語として語り始められる。死体人形とは「総ての異性の、いや、現実世界全体のスケー プゴートとして」予め殺されたものとして観念され(11頁)、「硝子生命」とも呼ばれる。語 り手であるライター日枝無性とユウヒとの出会い、硝子生命という理念に関して語る第一章 「硝子生命論」、ゾエアと名のっていたユウヒが硝子生命に目覚めた経緯を語る第二章「水中雛 幻想」、失踪したユウヒを偲んで死体人形の愛好者たちがパーティーを開く第三章「幻視建国 序説」、現実の世界と人形の世界が交代する人形国家の建国を語り、語り手が一冊の書物と化 す第四章「人形暦元年」によって構成される。第一章、第二章はライター日枝が雑誌に掲載し た文章として設定されており、第三章で現実世界の偏見や悪意を纏って出現した「電気子羊」 と名乗る登場人物を人形愛好者たちで殺すことと引き換えに、新しい国家が出現することとな
る。旧世界で「死体人形」は「現実世界全体のスケープゴートとして」予め殺されている存在 として語られていたが、現実世界では生きていた、現実世界の偏見や悪意を象徴する「電気子 羊」の死によって、新しい世界が出現するのである。「前の世界で人間であったものがここで は人形となり、前の世界で人形であったものがここでは人間となる」(178頁)。 天野可淡が、初めての作品集『KATAN DOLL』(トレヴィル、1989年)に付した後書 「解かれたガラスのリボン」には、水中花、鏡、ガラス、死など、『硝子生命論』において重要 なモチーフとなる表現が散見される。少し長くなるが、引用する。 子供の頃、夜の縁日で母親に手をひかれながら歩いていると、ガラスの風鈴などを売っ ている夜店があり、そこへ来ると必ず、小さなガラスビンの中で裸電球の光を受けてキラ キラ光る水中花が目にとまったものでした。なんとしても欲しくなり、せがんで買っても らった宝物のはずなのに、次の日、日の光の中で見るとそれはなぜか色褪せ、そんなはず は無いとビンから取り出してみても、みすぼらしい、ただの色紙の塊になってしまってい てがっかりした記憶が有ります。大人となった今よりも子供の頃の方が、夢をこわされる という事について潔癖であった様に思われます。(中略) (中略)あらゆる社会の混沌の中から人形と向かい合う時、人は皆、子供となります。 そして、人と人形は鏡一枚を隔てて同化する事ができるのです。鏡一枚・・・それは人形 が神から死を禁止されているということです。夢を裏切らないという代償に、死を神に捧 げたという事です。(中略)愛するだけの一方的な愛にはいつか疲れ、その対象を置き去 りにするのです。そして彼女たちはいつしか忘れ去られ、蔵の中に捨てられてしまいます。 それは人形たちにとって、死よりも恐ろしい出来事です。そんな悲劇が起こることの無い ように、私はあえて彼女たちのガラスのリボンを解きます。人に愛されるだけの人形では なく、人を愛する事のできる人形に。常に話しかけ、耳をかたむけ、時には人の心に謎を かける人形に。 注意深く、彼女のガラスのリボンを解くのです。それが私の仕事だから。 ここには、ガラス、鏡、水中花など『硝子生命論』とも共通する言葉が表れると同時に、死 体人形に対し「死を禁じられている」(25)、死体人形が内面のない人を愛することのないもので あるのに対し、「人を愛する事のできる人形」など、『硝子生命論』と対照的な表現も表れてい る。しかも、後に引用するように、「死体人形」のガラスは、ひび割れ汚れ続けるものである が、『KATAN DOLL』の中でも、ひび割れた鏡やひび割れ、曇ったガラスが小道具として用 いられているのである。 「解かれたガラスのリボン」においては、「小さなガラスビンの中で裸電球の光を受けてキラ キラ光る水中花」がただの色紙に変わってしまったことが、「夢をこわされる」と表現される
ことから、ガラスは夢や幻を演出する光学装置である。 「水中花」という語は、『硝子生命論』のなかで、「幻と現のあまりにも激しい拮抗の果てに、 透、明、な、夢、を打ち壊して」「芽生えた」、「硝子生命の存在、或いは硝子生命というひとつの理想」 (傍点原文、64頁)に目覚めるきっかけとなった夢の描写に現れる。夢の中には、「アクアビ デオ」という実在しない装置があらわれるが、装置の中に最初に映し出されたのが、まるで生 きているかのような桃の花だった。 あらゆる角度から眺めているように感じられて、つくりものの水中花には見られないごく 微かな成長の速度や呼吸までを露にしていた。そのくせ水に包まれたそれは植物のふてぶ てしさを持たなかった・・・・・・(中略)。(中略)いつしかその後には雛が歩いていた。 (66頁) 「アクアビデオ」の中の桃の花は、つくりものの水中花とは異なる。これは、天野のテクス トにおける、日の光を受けて色紙となり、夢をこわしてしまうような水中花と対極にあるもの であり、人形のように夢を裏切らない存在である。しかも雛の登場を導くのである。 また、「解かれたガラスのリボン」においては、「ガラスのリボンを解く」ことが、人を愛す ることや夢を裏切ることの出来る状態をつくり出すため、ガラスのリボンは人と人形とを隔て る「鏡」であり、人形の「死」を封印するものである。 一方で『硝子生命論』においては、死体人形は「硝子生命」と呼ばれ、人形の素材は硝子以 外のさまざまなものであり、観念としての硝子である。この硝子は透明なものではなく、 透明度を黴させ、表面だけはかろうじて樹脂の薄皮のような輪郭を保ちながら、内側は際 限なく細かく、微塵にひびわれて濁っていた、まるで歳月を経た眼球のような不透明な硝 子。 (8頁) 図 4.『KATAN DOLL』におけるひび割れた鏡や曇ったガラス
とあるように、表層ではなく内側からひび割れるものとして表現される。「内側」とは人形の 内面を意味するのではなく、「死体人形を所有したがる者達の心の中で際限なく割れ続けるそ れらの硝子」(9頁)、「芯に透明を、(中略)蔵しながら、所有者の視線に、少しずつ少しずつ、 汚れていく。いや、視線そのものが汚れなのだ」(10頁)等とあるように、所有者の心の中で ひび割れ汚れ続ける硝子が、所有者の視線によって人形の内部に投影されたものである。 「鏡」については、『硝子生命論』の中では、語り手が新しい世界について語る部分で、「神 の姿を映す鏡」「世界に一枚しかなく、神はその中にしか姿を現す事が出来な」い鏡(185頁) の存在が語られる。ユウヒの姿を映し出す、 意識を持ちながら自我はないような、ごく微かに灰色をおびた薄い緑色の、呼吸する影の ような硝子の布。(中略)、材質は半透明でありながら向こうは少しも見えず、(中略)、硝 子の外と内の境界も曖昧になってしまうような呪力を持つ、世界の中心に置かれた唯一の スクリーン は、「硝子生命の具現」「死体ではなく、生きたままの、ありのままの硝子生命」(181頁)で あるのだという。したがって神の姿を映し出す鏡は生きた硝子生命であると言える。 さらに『硝子生命論』において「こちら側の世界」と「向こう側の世界」との交換が描かれ る場面においては、人形の断片性やパーツの交換可能性を連想させる比喩が用いられている。 ユウヒを「偲ぶ会」に訪れる直前、立ち寄ったコーヒーハウスに置かれていたアンチックドー ルを不気味に感じた語り手がこちら側の世界と向こう側の世界の交換を予感する場面から引用 する。 向こう側に私の知らないそれ故に恐ろしく思える世界があり、こちら側にぼろぼろになっ てしまって使いものにならず、そのせいでもう今までの馴れや親しみさえ失われてしまっ た世界があった。(中略)私は、そのふたつの世界の繋ぎ目のあたりを漂っていて、ふた つの世界の交換とともに部品を取り替えられ変形させられ、それでも今までの私の記憶や 悲しみを引きずったままで作動させられ続ける、そう思った。 (110~111頁) 「部品を取り替えられ変形させられ」という表現は、球体関節人形の、パーツの交換可能性 をイメージさせる。失踪したユウヒの部屋で語り手を模した友人人形が発見され、ユウヒの母 親の手によって捨てられてしまう場面もある(53~54頁)。「前の世界で人間であったものが ここでは人形となり、前の世界で人形であったものがここでは人間となる」(178頁、再掲) とあるが、世界の交代に伴って、放棄された語り手の人形と、語り手自身が交換されているも のと考えられる。
「解かれたガラスのリボン」においては、既存の人形は「死を禁止されている」ものであり、 天野はそうではない、「人に愛されるだけの人形ではなく、人を愛する事のできる人形」をつ くることを目指す。一方で『硝子生命論』では、人形は「語り合えない」予め殺されたもので ある(11頁)。人形は「愛や固着に応えるわけではない。人間の限りある生命やその時間を共 有するというわけでもない」ことによって、内部に「所有者の妄想」が積もることを可能にす る装置である(10頁)。「こちらの働き掛けがなければ絶えてしまう危険をはらんだ人形との 生活」「内面を持たない相手」(116頁)ともある。そして死体人形が「謎をかける」ことはな いが、『硝子生命論』が、いくつかの謎、とりわけヒヌマ・ユウヒの「内面」を追求するかた ちで語り進められることは重要だろう。 3.謎としての「内面」 『硝子生命論』の語りは、いくつかの謎を追求するかたちで展開する。例えば、人形の素材 やユウヒの失踪。人形の素材については、「ただ、ユウヒは何もかもを隠し通した」「人形達の 素材を明かさなかった」(40頁)とある。しかもユウヒの失踪後、破壊され水につけられた人 形たちを見ても、結局何で出来ているのか分からない。語り手が最初にユウヒの展覧会を訪れ た場面で見た人魚姫が、「偶然に過ぎなかった」ものの「ミステリードラマの小道具、という よりかなり重要な象徴として使われた」(36頁)ことも、ミステリー仕立ての展開を予見させ る。 そして、いくつかの謎と結びつきながら、最も大きな謎として提示されているのが、ヒヌマ・ ユウヒの「内面」である。『硝子生命論』の語りは、「硝子生命という言葉を通して、人形愛生 活者ヒヌマ・ユウヒの内面を追求」(41頁)しながらも、 人形作家となって後のつまりヒヌマ・ユウヒとなって後の彼女の内面をついに私は書き得 なかった。結局ユウヒ、になる以前の彼女を書く事でしか硝子生命と一個人の内面的な繋 がりは表わし得なかったのである。 (第二章序文) とあるように、結局描き得ない。そして「硝子生命」と呼ばれる人形たちは、ユウヒの内面を 描くことを不可能にする装置の一つとして機能する。というのも、すでに何度も述べたとおり、 「硝子生命」としての人形は、あくまでも内面を持たない、所有者の視線や妄想を投影するも のとして描かれるからである。 第一章においては、額にアンモナイトを埋め込まれた少年人形の写真が描写される。 眉間に埋め込まれた小さい灰色のアンモナイトは、部分を拡大した写真でしかその渦巻き が見えず、全身像ではそこから壊れ始めている傷口のようにしか見えなかった。 (13頁)
ここでは、アンモナイトが「壊れ始めている傷口」に喩えられている。「灰色のアンモナイ ト」、「傷口」に関する描写について注意しておこう。また、「膝だけの写真は漆器の内側のよ うにしか見えなかった」(16頁)ともある。外面であるはずの膝が内側に喩えられており、外 部と内部が反転している。 「灰色のアンモナイト」をイメージさせる描写は、最初にユウヒの人形展を訪れたい場面に 見られる。ユウヒの人形展は、「灰色に濁る海の上」「灰色の階段」「白壁に灰色の絨毯」(26 頁)「何枚もの白布」「白い布で囲まれた結界」(27頁)に囲まれた、灰色と白にぐるぐると取 り囲まれた空間として描写される。その、灰色と白の内部で、語り手はユウヒの「分身のよう な女性の人形郡」(32頁、再掲)と出会うこととなる。 布に吸い込まれる見知らぬ他人の背中に引っ張られるように、巻き貝の内部に入り込むよ うに、私は会場に滑り込んだ。そこにうずまき状に張り巡らされた布に沿って進んだ。 (28頁) 灰色の空間と白い布で出来た「巻き貝」は、少年人形の額に埋め込まれた、「小さい灰色の アンモナイト」を思わせる。うずまき状に巻かれた布は、第四章において描かれる、硝子生命 としての一枚の布(181頁)も思わせる。 このうずまき状の布の中心に「分身人形」が置かれていた。「分身人形」とは、「ユウヒの脱 ぎ捨てた殻の姿として、つまりユウヒの成長によって死んでしまった過去のユウヒを、しかも その一面をかたどって作られるもの」で、「死体人形」に含まれるものの、「ユウヒの趣味と表 現力だけを示」す(31頁)人形である。したがって、ユウヒの「趣味と表現力だけを示す」 女性の人形、「芸術などではなく、依頼者の思い込みにまみれた個人的な偶像」(13頁)とし ての少年人形という二系統の死体人形が『硝子生命論』の中で描かれていることとなる。 諦めを溶かしこまれて曇る硝子、或いは、それ自体が硝子の上に寄生して育った生き物、 或いは硝子の上で繁殖したマッシュルームか腫瘍のように、(中略)。失踪直前その人魚姫 ともうひとつの代表作のイザナミを作り直している。 汚濁すれば汚濁する程に硝子を思わせる仕上がり・・・・・・ (30頁) 初めて訪ねた展覧会で見た「分身人形」が「人魚姫」、「もうひとつの」展覧会に誘われるこ
とになる日に黒い布の中からあらわれたのが「イザナミ人形」と呼ばれる人形である。 何回目だったか、いつも布で覆われた会場の中心にその日は黒い布を重ねた闇の中から、 白衣を纏って童女のようなイザナミ人形が現れていた。真っ青なごく普通のスーツにハイ ヒールをはいた、後期のイザナミの人形が完成した時に処分されてしまったもので、ユウ ヒの硝子はむしろ黒の古ビロードを重ねて何百枚も一気に裁断してあらわした闇の、その 地層のような切り口に現われていた。 (32頁) 人魚姫もイザナミ人形も、失踪直前に作り直され、古いものは破壊される。ところが人魚姫 の新しく作り直された姿は描写されず、イザナミ人形は逆に新しいものが丁寧に描写される。 分身人形が過去のユウヒを象徴するのであれば、古い人魚姫と新しいイザナミ人形は、それぞ れ「ユウヒ、になる以前の彼女」(第二章序文、再掲)の内面と、内面を失い硝子生命と化し てしまった現在のユウヒの姿を象徴するだろう。したがって、描写されない新しい人魚姫は、 決して描かれないユウヒの内面の象徴である。 また、少年人形のアンモナイトは「傷口」のようにしか見えないが、ふたつの世界の交代は、 旧世界の「傷跡」に新しい世界が忍び込むと表現される。 観念の幸福な遊びを投げ捨てて、救いのない別世界への迷走が始まるのだと思った。旧世 界が剥がれ、真皮の剥き出しになった小さい傷跡に新しい世界が忍び込んで来る。そうし て私はとんでもない問いに出くわしてしまった。 ユウヒとは誰だろう。 (114頁) これは語り手がユウヒを「偲ぶ会」に赴く前、コーヒーハウスで自分と死体人形との関係を 振り返る場面であるが、最初に描写される少年人形の「アンモナイト」は、そこから古い世界 をひび割れさせ、新しい世界を忍び込ませるような「傷口」として機能するのである。 白い布の中心で語り手がユウヒの「分身人形」と出会い、死体人形との恋愛への回想が「ユ ウヒとは誰だろう」との問いを導くのと同様に、死体人形の「傷口」は語り手をユウヒの「内 面」という謎に誘い込む。しかしながら、所有者の内面を吸収する硝子生命によっては、自分 自身としか出会えない。失踪したユウヒの部屋で語り手自身を模した「友人人形」と出会った ことは、硝子生命によっては自分自身としか出会えないこと、と同時に、語り手が人形的な存 在と化してしまったことを象徴しているだろう。語り手の内面は人形のようにばらばらにされ、 部品を交換されて、新しい国家の物語を語る機能と化す。 ユウヒについて、人間ユウヒが、硝子生命を見出すに至った経過を、或いは人間ユウヒの 思い出について、かつて私が語り、表わしたという事自体が時間の順序もそれが語られた
足場もばらばらになって、ただ記憶の断片として現われて来た。 (190頁) 「ばらばら」「断片」は、球状のジョイントによってかろうじて繋ぎ合わされた、断片の寄せ 集めである球体関節人形を連想させる。 ここに閉じ込められ現実の世界を失ってしまった私は、ユウヒと同一化する以外にもう存 在出来なかった。いや、同一化さえも許されないのだった。 (183頁) 鏡であり、スクリーンである「硝子生命」に隔てられ、語り手はユウヒと同一化することが 出来ない。人形が少年として、語ることも愛することもない純粋な客体として予め殺されて存 在するのは、語り手とユウヒ、すなわち物語との完全な「同一化」を阻む装置として存在する のである。 おわりに 以上、現実の人形文化を参照しつつ、『硝子生命論』を考察してきた。現在の人形文化におい ては、女性がばらばらな自己の内面を表現するための媒体として、少女人形が用いられている。 一方で『硝子生命論』は、内面表現としての少女人形とは対極にある少年人形を採用したこ とによって、ヒヌマ・ユウヒの「内面」は決して描くことのできないものとなった。 「対象」としての人形にこだわることで、人形にまつわる様々なイメージを作品内に孕みつ つ、『硝子生命論』には語り手と物語が同一化できない装置が組み込まれた。それによって 「人の心に謎をかける」小説となるのである。 なお、『硝子生命論』をプレテクストとして持つ『水晶内制度』においては、「内面」という 用語が一例もあらわれない。また、生殖に関しては、「増えて産む事を目的とせず一世代で滅 ぶ事を目的とする」(19頁)国家でありながら、人工授精による出産で人口は増え、女性しか 生まれないこと、さらに、生殖器のある人形が建国の過程で登場し、「女が(中略)自分自身 の男性器と出会ってしまったような感情」(251~252頁)が描かれている。改めて別に論じる 必要があるが、今後の課題としたい。 *引用は『硝子生命論』河出書房新社、1993年、『水晶内制度』新潮社、2003年による。 注 ( 1)平凡社、2018年。 ( 2)『〈変異する〉日本現代小説』ひつじ書房、2013年、72頁。初出『国文学』1999年 1月 号。少年人形=硝子生命との関係を「・・・・・・ではない何かとの関係」として読み解き言
語的実験の一つとして位置づけるものである。 ( 3)『笙野頼子 虚空の戦士』河出書房新社、2002年、99頁。 ( 4)斉藤環「人形愛と女性の謎」(『yaso夜想 特集ドール』2004年 10月)、西村則昭「「ゴ シック」な世界観と「乙女」のアイデンティティ」(『仁愛大学紀要』2005年 3月)等。 本稿では『夜想』復刊第一号(2003年 12月)が採用した用語「ゴス」を使用する。 ( 5)拙稿「女三宮のことば 『源氏物語』の時間と〈内面〉 」(『日本文学』2008年 12 月)注において、「自己が統一的な視点で結び付けられずにばらばらである感覚をより念 頭においている。マジックリアリズムの代表的な作品であるサルマン・ラシュディ『真夜 中の子供たち』(1980年)では、語り手が最後に皮膚のひび割れから分裂した。『真夜中 の子供たち』において自己の分裂は実験的な手法であったが、今ではもっと身近な感覚と なっている。例えば球体関節人形という、パーツとパーツの間に球状のジョイントが嵌ま り動かせるようになっている人形がある」と触れたことがある。 ( 6)柄谷行人『日本近代文学の起源』講談社、1980年→講談社文芸文庫、1988年。 ( 7)『だいにっほん、ろんちくおげれつ記』講談社、2007年など。 ( 8)小谷真理、佐藤亜紀「対談による全著作レヴュー」(『文藝』2007年冬号)中の佐藤の発 言、104頁。 ( 9)注 4参照。 (10)「人形の王国 『硝子生命論』」(『言葉の冒険、脳内の戦い』日本文芸社、1995年、63 頁)、初出『太陽』1994年 11月。 (11)山尾悠子「人形国家の起源 『硝子生命論』」(清水良典編『現代女性作家読本④ 笙 野頼子』鼎書房、2006年、36頁)。 (12)注 11前掲論文。 (13)「僕と同じで、(天野可淡にも、引用者)人形と芸術的なものがあったと思うんですよ」 (吉田良「危うさと儚さのあわいに」『yaso夜想 特集ドール』注 4参照)など。分身人 形について「それだけで充実する程造形感覚だけに徹した人間ではなかった」(32頁)と あるのも、このような言説を連想させる。 (14)「ファン同士は、「お茶会」やボークスが主催する「ドールズパーティー(中略)」などの 交流の機会を持ち」(注 4斉藤論文)。カスタムドールについては、『yaso夜想 特集『ハン ス・ベルメール 日本の球体関節人形への影響』』(2010年 12月)、みつばち@BabyBee 「カスタムという名の創造」(『夜想 bis特集:ドールという身体』2011年 9月)等参照の こと。ファッションドール、スーパードルフィー(SD)などとも呼ばれる。 (15)「『源氏物語』の人形論 雛と「人形」の手法」(『頸城野郷土資料室 学術研究部 研究 紀要』vol.2(no.5)、2017年 8月)。 (16)初出『芸術生活』1972年 9月、引用は『ビブリオテカ澁澤龍彦』Ⅳ(白水社、1980年)
による。日本におけるベルメール紹介の初出は『みづゑ』384号、1937年、澁澤による最 初の紹介は「玩具について」(『現代詩』1963年 3月号、4月号)、四谷シモンが衝撃を受 けたのは「女の王国 ポオル・デルヴォーとハンス・ベルメエル」(『新婦人』1965年) に付された 1959年「シュルレアリスム国際展」の写真とされる(宮川尚理、編集部「ハ ンス・ベルメール&ウニカ・チュルン年代記」『yaso夜想 特集『ハンス・ベルメール 日本の球体関節人形への影響』』注 14参照)。『夜想』において最初にベルメールの 特集が組まれたのが 1980年で、土井典によるオブジェ・ドールつきの限定特装版も発売 された。透明な樹脂製で内部の機構を晒す人形の宣伝文に「夕刻の陽光が斜めに人形に投 射される」(『夜想 弐 ハンス・ベルメール』1980年 8月)との一節がある。 (17)「身体をバラバラにしてから再度組み直すという単純な操作は、身体から固有性と道具性 をともに剥奪してしまう。残されたものは、フェティッシュと化したエロス的身体」(注 4斉藤論文)。谷川渥はベルメールの手法について「人間の身体を分節する本来の関節と は別に、分節されようもない部位を無理やり暴力的に分節して(中略)結合しなおした箇 所が「球体」として現象する」(「彫刻と人形 比較論の地平」『美術手帳』2006年 3月号) と述べる。 (18)今野裕一、天野昌直「人形作家列伝」(『ユリイカ』2005年 5月号)中の天野の発言。な お、澁澤龍彦の言葉は「当初「人形/少女を愛でたい男性の欲望の知的な表出」という読 まれ方をしていたようだが、ある時期から、「人形として愛でられたいわたしたちの夢を 補完する言葉」にシフトした」との指摘もある(高原英理「ゴシック・ドールの系譜」 (『yaso夜想 特集ドール』注 4参照。千野帽子「活字の国のピュグマリオン 少年王・ 澁澤龍彦、少女たちに簒奪される」『ユリイカ』2005年 5月号にも同様の指摘がある)。 (19)小川千恵子「ニッポンの球体関節人形事情 出品作家解説」(『映画「イノセンス」公 開記念◎押井守監修 球体関節人形展◎DOLLS OF INNOCENCE』図録、東京都現代 美術館、2004年 2月)。 (20)吉田良「関節人形に宿るもの」(『yaso夜想/特集『ハンス・ベルメール 日本の球 体関節人形への影響』』注 14参照)中の聞き手、今野裕一の発言。 (21)吉田良「危うさと儚さのあわいに」(『yaso夜想 特集ドール』注 4参照)。 (22)「吉田良インタビュー」(『TH叢書 No.19 特集・ドール~人形の冷たい皮膚の魅惑』ア トリエサード、2003年 9月)。 (23)注 19参照。 (24)注 19前掲論文。 (25)現在の人形文化においても人形は死んだものとして扱われる場合が多い。「この間も取材 に来た外国の人に言われたけれど、「永遠に死に続けているんですね、あなたの人形たち は」って」(注 22前掲インタビュー)。