原著 :
看護師長における自身のワーク・ライフ・バランス
に対する認識の特徴
水口誠子
※・吾妻知美
本研究の目的は,看護職のワーク・ライフ・バランス(WLB)を推進する役割を担う看護師長にお ける自身の WLB に対する認識の特徴を明らかにすること,および,その特徴から看護職の WLB 推進 の示唆を得ることである。データを収集するために,主要情報提供者である WLB を推進している病棟 看護師長 7 名,および一般情報提供者 12 名を対象に参与観察および半構造化インタビューを行った。 分析はレイニンガーの民族看護学データ分析ガイドの段階に沿って実施した。その結果,看護師長の WLB に対する認識の特徴として【看護師長には,管理者役割があり,看護師長自身の WLB とスタッ フの WLB は同じではないという認識がある】,【看護師長には,スタッフの WLB 実現のために,ロー ルモデルとしていきいきとしている自分を見せる必要があるという認識がある】,【看護師長には,自身 の WLB 以前にすべてのスタッフが平等に WLB を実現できる職場づくりが重要であるという認識があ る】,【看護師長は,WLB 推進と自身の WLB についての限界とジレンマを認識している】という 4 つ のテーマを抽出した。これらの結果から,看護職の WLB 推進に向けて,スタッフ看護師の WLB だけ でなく看護師長の WLB 推進についても考慮されること,看護師長は,WLB 推進のための職場づくり として,子育て支援に偏ることなくすべてのスタッフに目を向け平等な WLB 実現をめざしていくこと, そして,看護師長のストレス対策のためのセルフケアと相談システムなどの組織内でのシステム構築の 必要性があることが示唆された。 キーワード : ワーク・ライフ・バランス,看護師長,認識,レイニンガー,民族看護学 ──────────────────I. 緒 言
現代の日本社会において,働く人々のワーク・ライフ・ バランス(以下 WLB とする)の推進は人口構造の変化 や健康問題などから重要な課題となっており1),少子高 齢社会の到来において需要拡大が進んでいる看護職で は,人材確保策のひとつとして注目されている。看護職 は,妊娠,出産が就業に影響する女性の比率が高く,24 時間切れ目なく看護ケアを提供するための交代勤務が必 要であることから,WLB の対策で先行している一般企 業の方法をそのまま適応することはできない。そして, このような看護職の WLB 推進の鍵となっているのは, 施設の方針を受け自部署の人事管理を担う看護師長であ る。 看護職の WLB に関する研究は年々増加しており,看 護師長の影響や支援に関する研究も行われるようになっ た。看護師長の長時間労働がスタッフ看護師の WLB 満 足度へ影響2),妊娠から育児期の臨床看護師への支援の方 法3),看護師の WLB 実現のための看護管理者の実践4), マグネット訪問看護ステーションの管理者の WLB を考 える職場づくり5) など,看護管理者の WLB 推進実践と 影響が明らかになっている。さらに,看護師の WLB 実 現に向けた看護師長のコンピテンシー評価尺度が作成さ れている6)。このように,看護職の WLB に関する先行 研究では,スタッフ看護師への WLB 支援についてのも のがほとんどであり,看護師長自身の WLB についての ものは見当たらない。 近年,結婚,妊娠,出産に関わる年齢は上昇しており, また少子高齢社会の中で親の介護を担う機会も増加して いる。看護師長自身も WLB の実現を必要としながら働 いているが,その一方で,それぞれの職場における WLB の啓蒙,指導,調整などを行う WLB 推進者として重要 な役割も担っている。看護職の中で模範的な存在となり 京都府立医科大学大学院保健看護学研究科 ※ corresponding author (2020 年 8 月 12 日受理)得る看護師長の自身の WLB に対する認識は,同じ職場 で働く看護職や次世代の看護師長の WLB に影響してい くことが予測され,看護師長の行動,態度,認識を探求 することは看護職の就業環境の改善につながる。した がって,WLB 推進の取り組みを実施している病院にお いて,それぞれの組織の中でリーダーシップを発揮する 看護師長の自身の WLB に対する認識を明らかにするこ とにより,すべての看護職における WLB 推進への示唆 を得ることができると考えた。そこで,本研究では,看 護職の WLB を推進する任にある看護師長の WLB に対 する認識の特徴を明らかにすること,および,その特徴 から看護職の WLB 推進への示唆を得ることを目的とし た。
II. 方 法
1. 用語の定義 ワーク・ライフ・バランス(WLB)を内閣府7) および 川村ら8) の定義より,「仕事とそれ以外の生活が自ら希 望とする状態で両立できること」とした。 2. 研究デザイン 本研究は,レイニンガーの民族看護学(エスノナーシ ング)9) を用いた質的記述的研究である。この方法は,主 要情報提供者のインタビューのみではなく参与観察およ び一般情報提供者からも情報を得ることによって顕在的 および潜在的な深いデータの収集が可能であり,また, それらを主要情報提供者へ再確認することによってデー タの信頼性と妥当性を高めることができる。 WLB を推進する看護師長は,WLB についての社会的 情勢や所属する病院の方針などを十分に理解した上で推 進の取り組みを実施しており,インタビューのみの方法 ではそれらが主観的な認識としてデータに影響すること が考えられた。また,WLBを推進する看護師長という特 定集団における一つの文化として看護師長自身の WLB の認識をとらえ,自身の WLB をどのように認識してい るかについて深く正確なデータを得るためにこの方法が 最も適した研究方法であると考えた。 3. 研究実施施設および研究参加者 1) 研究実施施設 本研究では病院状況の均一化を図るため複数の診療科 を有する 100 床以上の病院を対象とし,日本看護協会の 看護職の WLB 推進ワークショップ事業に参加している 研究協力の承諾が得られた近畿圏の 4 病院において研究 を実施した。 2) 研究参加者 研究参加者は,レイニンガーの民族看護学研究に依拠 し,主要情報提供者と一般情報提供者とした10)。 主要情報提供者は,WLB の取り組みを実施している として看護部長より推薦された現部署での看護師長経験 年数が 2 年目以上である病棟の女性看護師長で,同意の 得られた 7 名である。 一般情報提供者は,主要情報提供者の部下として同部 署に勤務する主任看護師または副看護師長,および主要 情報提供者の直属の上司である看護副部長または看護部 長で,同意の得られた 12 名である。 4. 調査方法 1) データ収集期間 データ収集の期間は,2018 年 3 月から 6 月である。 2) データ収集方法 ⑴ 参与観察 参与観察は,主要情報提供者の勤務する病棟において, インフォーマルインタビューを含み,主要情報提供者の 勤務時間に合わせた日勤帯で 1 人につき 2 日間の実施と し,WLB に対する認識に関わる看護師長の行動,態度, 部署環境および状況についての観察を行った。参与観察 中は,許可を得てメモを取り,速やかに観察ノートを作 成した。 ⑵ 半構造化インタビュー(フォーマルインタビュー) 半構造化インタビューは,プライバシー保護のために 個室に近い環境または希望の場所で行った。また,イン タビュー内容は同意を得て録音し,その後,逐語録を作 成した。 主要情報提供者へのインタビューは,参与観察中の 1 日目および 2 日目の計 2 回,1 回につき 30 分から 60 分 で実施した。主要情報提供者の背景(年齢,経験年数, 看護師長経験年数,配偶者の有無,家族の状況,生活パ ターン,職場環境)および自身の WLB についての実践 と考えを自由に述べるように求めた。2 回目のインタ ビューでは,参与観察および 1 回目のインタビュー内容 の予備解釈にまちがいは無いか,観察した看護師長の行 動,態度についての理由や状況の説明などを確認し,一 般情報提供者からの情報についても支障の無い範囲で確 認を行った。 一般情報提供者へのインタビューは,参与観察中に 1 回,15 分から 40 分程度で実施した。一般情報提供者の 主要情報提供者との関係,主要情報提供者の WLB に対 する考えや思いについて知っていること,一般情報提供 者から見た看護師長の WLB に関係する行動や状況,職 場環境などについて確認した。 5. 分析方法 データの分析は,レイニンガーの『民族看護学データ分析ガイドの段階』11) に沿って行った。 第 1 段階では,参与観察およびインタビューで収集し た生データについて予備的な解釈を行い,情報提供者に 確認しながら記録,記述した。この段階では,参与観察 およびインタビューで得られたデータに矛盾や見落とし などは無いか,双方に根拠となり得るデータであるかを 検討しデータの統合を行った。第 2 段階では,データを イーミック(内部者的)な視点とエティック(外部者的) な視点を考慮しながら同じ意味を持つ内容ごとに分類 し,データそれぞれの類似性と差異性について検討し た。第 3 段階では,データの意味・表現・構造・形式・ 解釈・説明について詳細に検討し,反復されるパターン を抽出した。さらにコンテクストにおける意味について 検討し,正確な分類ができているかを確かめていった。 第 4 段階では,パターンおよびデータの解釈と統合をく り返し,看護師長の自身の WLB に対する認識の特徴に ついてテーマを抽出した。 6. 信頼性と妥当性の確保 データ収集にあたり,異なるデータ源(主要情報提供 者,一般情報提供者,場所)および技法(参与観察,半 構造化インタビュー)を用いるトライアンギュレーショ ン12) によりデータの信頼性を高めた。分析にあたり,情 報提供者へのデータおよび解釈内容の確認と質的研究に 精通した共同研究者との協議を重ね,特定パターンが反 復することを確認し妥当性を確保した。 7. 倫理的配慮 研究実施施設看護部の責任者および研究参加者である 主要情報提供者と一般情報提供者へ研究目的,調査への 参加は自由意思でありいつでも辞退が可能であること, プライバシーを守り面接内容に細心の注意を払うこと, 個人情報は保護に留意して厳重に取り扱うことなどを文 書および口頭で説明し同意を得た。本研究は,研究実施 者の所属する大学の医学倫理審査委員会の承認を受けて 実施した(受付番号 ERB-E-373)。
III. 結 果
1. 研究参加者の概要 研究参加者である主要情報提供者および一般情報提供 者の背景については,表1および表2に示す。対象となっ た主要情報提供者は 1 名が看護副部長を兼務,その他は 病院内または看護部内の WLB 委員会もしくはプロジェ クトのメンバーであり,全員が WLB 推進活動に携わっ ていた。 2. 看護師長の自身の WLB に対する認識の特徴 収集したデータを,レイニンガーの『民族看護学デー タ分析ガイドの段階』11) に沿って分析した。まず,第 1 段階で,参与観察およびインタビューで収集した生デー タについて予備的な解釈を行い,情報提供者に確認しな がら記録,記述した。次に,第 2 段階で,データを同じ 意味を持つ内容ごとに分類し,データそれぞれの類似性 と差異性について検討した。続いて,第 3 段階で,デー タの意味・表現・構造・形式・解釈・説明について詳細 に検討の上で反復されるパターンを抽出し,さらにコン テクストにおける意味について検討し,正確な分類がで きているかを確かめた。最後に,第 4 段階で,パターン 表 1 主要情報提供者の背景 年代 師長経験 結婚 子ども 設置主体 A 師長 50 9 年 既婚 有 地方自治体 B 師長 40 5 年 既婚 有 地方自治体 C 師長 40 3 年 既婚 有 社会福祉法人財団 D 師長 40 7 年 未婚 無 社会福祉法人財団 E 師長 40 13 年 未婚 無 医療法人 F 師長 40 4 年 未婚 無 医療法人 G 師長 40 5 年 既婚 有 公益財団法人(第 3 セクター) 表 2 一般情報提供者の背景 主要情報提供者との関係 役職 a さん A 師長の部下 主任看護師 b さん B 師長の部下 主任看護師 c さん C 師長の部下 副看護師長 d さん D 師長の部下 副看護師長 e さん E 師長の部下 主任看護師 f さん F 師長の部下 主任看護師 g さん G 師長の部下 副看護師長 h さん A, B 師長の上司 看護副部長 i さん C 師長の上司 看護副部長 j さん D 師長の上司 看護副部長 k さん E, F 師長の上司 看護部長 ℓさん G 師長の上司 看護部長およびデータの解釈と統合をくり返した。その結果,看 護師長の自身の WLB に対する認識の特徴についての4 つのテーマを抽出した。 以下に各テーマそれぞれの典型的な発言および解釈内 容を示す。発言者については,主要情報提供者を A~G 師長,一般情報提供者を a~ℓさんとした。 1) 【看護師長には,管理者役割があり,看護師長自 身の WLB とスタッフの WLB は同じではないと いう認識がある】 E師長「師長とスタッフの WLB の状況は同じでは無い ですね。スタッフを優先的に考えますし,余裕が あれば自分のことを考えます。」 G師長「スタッフのことが一番気になります。タイムマ ネジメントは大事とよく言うんですが,自分は ちゃんとできていないかもしれません。」 cさん「師長は,私たちが残っていたらもちろんいらっ しゃいますし,遅くまでされていることとかもあ るので,スタッフ優先というか,私たちのことも 手伝ってくださって,自分の仕事は後でという印 象です。」 ℓさん「管理者かそうでないかだと,仕事の仕方も生活 のリズムもまったく違うじゃないですか,夜勤で はなく当直だとかもありますし。」 看護師長は,自身の WLB の仕事部分においてスタッ フの働く環境を整え WLB を推進する看護管理者の役割 があることを認識していた。そして,管理者としてス タッフを優先的に考え,生活よりも仕事に比重を置く状 態は仕方が無く,業務内容も違っており看護師長のWLB はスタッフと同じではないという認識があった。 参与観察では,看護師長の業務は WLB 推進活動が多 く含まれ,スタッフとは異なる管理的活動が多かった。 毎日のミーティングをはじめ多くの場面で,「早く帰れ るように」と声かけがなされ,スタッフの仕事の進行状 況,超過勤務を把握し,調整,指導,慰労を行っていた。 また,スタッフや家族の健康状態を心配して体調の確認 と注意を行い,体調不良者に対しては回復のためにしっ かりと休養することを勧めていた。スタッフの子どもが 体調不良の時には,気にせずに休めるように勤務の配慮 と声かけを行っていた。勤務予定者が急な休みとなった 場合には,臨時でリーダー業務を行っていた。そして, 記録類の確認,検査・手術前のチェック,病室ラウンド など,提供されるケアの質を保証するための確認と指導 といった管理業務を行っていた。 2) 【看護師長には,スタッフの WLB 実現のために, ロールモデルとしていきいきとしている自分をみ せる必要があるという認識がある】 A師長「日ごろからの関り,行動が大事。言っているだ けでなく,私がちゃんとやっていることが大事。」 E師長「師長って大変そうやし,(師長に)なるのは嫌 やなって思わせたらいかんなって思って,できる だけ自分も帰れるときは早く帰って,自分がいき いきとしていないと。あんなふうな師長さんにな りたいって思ってもらえたらいいですけど。」 dさん「プライベートを大事にしてるなってことを感じ ます。まず,師長から時間が来たら帰りますので。 自分が残っているとスタッフが帰りにくいと思っ ているのかもしれないんですけど。」 gさん「師長は,今日は帰らなあかんという日はサッと 帰って,時間をきっちり区切って仕事をしている 印象です。見習っていこうと思ってます。」 看護師長には,スタッフの WLB 実現のために,その 必要性について伝えていかなければいけないという認識 があった。その上で,休暇はまず師長から取得していか なければスタッフが希望しづらくなることがあるため, 言葉で伝えるだけでなく実際に自身が行動して見せる必 要があると認識していた。そのため,家族のライフイベ ントに合わせて 3 週間の休暇を取った看護師長もいた。 また,WLB とキャリアディベロップメントの関連も認 識しており,きついしんどい仕事をする看護師長になる のは嫌だとスタッフに思わせないように,看護師長の自 分がロールモデルとなり WLB を充実させいきいきとし て,看護師という仕事を継続した先の一つの姿として, 看護師長になりたいと思ってもらいたいという願いが あった。 参与観察では,ロールモデルとしての行動と WLB を 充実させていきいきとした自分を保つことを目的に,ス タッフへ声かけをした上で率先して定時に退勤する姿も あった。そして,スタッフに対して支援と指導の姿勢で 関わり,責任を担う看護師長として凛とした表情や態度 で存在感を示し,いきいきと仕事をしていた。 3) 【看護師長には,自身の WLB 以前にすべてのス タッフが平等に WLB を実現できる職場づくりが 重要であるという認識がある】 A師長「子育て世代ばっかりが(WLB を)取れるとい うのではいけないと思う。独身組も充実させて,
この人たちが我慢してばっかりではいけない。自 分の生活を大事にして,協力をみんながしてくれ る,そういう職場づくりをみんなに考えて行動し てほしい。」 B師長「有休はできるだけ全員に平均して入れるように しています。独身たちからは不満になりやすいと 思って,少ない人に優先的に付けて工夫します。」 fさん「師長は,有休を必ず 1 か月に 1 回はみんなに付 けてくれています。」 jさん「WLB の取り組みを始めたら,師長から応援体 制みたいなことをしていこう,忙しいところに応 援に行くよ,という声が出たんです。」 看護師長らは,WLB についての考えおよび自身の状 況を質問したインタビューにおいて,自身の WLB より もまず,WLB 推進の取り組みに関する考えを述べてい た。WLB を推進している看護師長は,子育てをしてい る者だけでなく単身者を含めてすべてのスタッフにおい て WLB の充実が必要であり,スタッフ間の平等が重要 であるという認識を持ち,可能な限りの平等な職場づく りをめざしていた。そして,そのためには,全員が仕事 と家庭生活の両方を考え,家族やスタッフ間でお互いに 協力し合って働くことが必要であると認識していた。 参与観察では,看護師長は業務量の違いから WLB の 実現度に差が出ないようにスタッフ間の平等を考慮し て,ナースコールに対応する PHS を携帯する役割につ いて経験年数に関わらず回数を平均して割り当て,ナー スコールの対応頻度の均一化を図っていた。また,部署 間の業務量の不均衡を是正するために応援看護師制度を 提案し,制度の円滑な運営に向けて調整やルール作りを 行い,スタッフ間の平等を重視した勤務表の工夫を行っ ていた。そして,常に協力を呼びかけ,スタッフへの指 示や指導をする際はしっかりと行いながら,声のかけ方 や表情は柔らかで温かく,やさしい雰囲気をつくりだし 助け合う職場づくりを行っていた。 4) 【看護師長は,WLB 推進と自身の WLB について の限界とジレンマを認識している】 C師長「患者さんへの思いが強いナースが多いんです。 受け持ちをして,責任を持って看護がしたいと 思っている。早く帰るようにと指導するんですけ ど,それで,看護師としてのモチベーションが下 がってるんじゃないかとジレンマを感じるんで す。WLBの取り組みを頑張れば頑張るほど,ジレ ンマが大きくなるんです。(中略)師長とかになる と,歓送迎会とか,夜,家を空けることも多いの で,(家族に対して)悪いなあとも思うんです。」 F師長「WLB の事業もあるし,自分の生活も大切とい うのはわかるんですけど,心とのギャップがある みたいな,葛藤というか,師長として理解してい るけど,個人としては,「何なん,それ!」ってな るところがあるので,難しいですね。」 G師長「今は,誰もが元気なので,父も母も。もしかし たら,明日,(今の WLB が)できなくなる可能性 もあったりするので。いつ壊れるかわからない状 態です。きっと,何年も続かないと思います。父 も母も高齢になってきてますし。」 fさん「不平等すぎて,みんな不満がすごいですね。師 長は,「しょうがないじゃない」「理解してよ」と 言ってますけど。」 hさん「定員制なんです。時短の人も 1 人として計算さ れるので,職員数は増えないんです。」 看護師長は,WLBの推進に取り組む中で,部署での取 り組みと自身の WLB についての限界とジレンマを認識 していた。残業時間の短縮や休日を希望する看護師が増 加している一方で,看護という仕事に情熱と強い思いを 持ち,ゆっくり時間をかけてでも責任を持って充分な看 護をしたいと考える看護師も存在しており,看護師長の 悩みへとつながっていた。また,WLB 推進の取り組み がうまくいかないという取り組みの限界も感じていた。 実際に参与観察の場面において,スタッフ看護師同士の 会話の中に WLB の取り組みについての不満の言葉を耳 にすることもあった。そして,看護師長としての WLB と個人として希望する WLB との間にギャップがある, 家庭を持つ看護師長は,家族へのうしろめたさを感じて いる,仕事に比重を置いた現在の WLB を継続していく ことは難しいなどの認識があった。 参与観察においては,看護師長は WLB の推進につい てしっかりと考えを示してスタッフへ支援,指導を行っ ており,迷いもなく取り組んでいるように見えた。しか し,インタビューによって,看護師長は WLB の推進と 自身の WLB に関して限界やジレンマ,うしろめたさを 認識しているということが明らかになった。
IV. 考 察
1. 看護師長の自身の WLB に対する認識の特徴 本研究の結果,WLB を推進している看護師長は,管 理者役割を持つ看護師長とスタッフの WLB は同じでは ないと認識しながら,スタッフの WLB 実現に向けて,ロールモデルとしていきいきとしている自分を見せる必 要があると認識していた。その上で,すべてのスタッフ が平等に WLB を実現できる職場づくりが重要であると 認識していた。しかし,自部署の WLB 推進と自分自身 の WLB についての限界とジレンマを認識していること が明らかになった。 武村は,組織全体を活性化させるために管理者が最初 に取り組むべきことは,個々の看護師を大切にする姿勢 を打ち出し,看護師が安心して働ける土台をつくること であり,組織にとって最大の資産である「人」が,その 力を最大限に発揮できるようにすることだと述べてい る13)。本研究の参加者である看護師長は,スタッフが安 心してその力を最大限に発揮する組織づくりの土台とし て WLB の実現を目指していた。看護師長は,WLB 推進 の必要性や取り組みについて充分に学習し理解していた。 しかし,わが国において本格的に WLB 推進が始まった 2007年以前より働きはじめた者では,その環境や経験か ら醸成された仕事に対する考え方が個人の価値観として 深く根付いており,WLB 推進の方策に沿って働く若い スタッフ看護師の持つ価値観との間で葛藤が生まれるこ とが容易に想像できる。これらの葛藤については,WLB 推進のために,看護師長の方がスタッフ看護師の方へ歩 み寄り,解決していかなければならない。また,看護師 長は管理者として自身よりもスタッフの WLB 実現を優 先させ,WLB 推進のためのロールモデルとして自身の WLB を模範的に示すといった複雑な状況に置かれてい ることも明らかとなった。看護師長は,適切なストレス 対処行動による充分な自己コントロールが必要となって くる。 山口らは,看護師長が発揮する教育的機能として,所 属部署における機会教育,教育環境の確保,ロールモデ ルの 3 つの機能を示している14)。したがって,自部署の WLB 推進のために,看護師長は,ロールモデルとなり ながらすべてのスタッフに対して WLB 推進の必要性に 関する教育と教育環境の確保に努めることが重要になっ てくる。すなわち,スタッフ全員に対する理解を促す WLB 教育にくわえ,教育環境として様々な価値観をも つ看護師が価値観を尊重し合い WLB を実現するために 協力し合える文化の醸成へ組織を導いていくことが必要 である。 川村らは,WLB 実現度の低い者はバーンアウトに陥 りやすいことを明らかにした研究報告で,バーンアウト とソーシャルサポート(相談相手となりうる人)では, 同僚,夫,上司,恋人と有意な関連があったと述べてい る15)。また,原は,看護管理者による人的資源管理活用 のためのストレス・マネジメントアプローチの方向性と して,部署運営におけるストレス・マネジメントは, WLB を支援する職場づくりにもつながる,看護管理者 に期待される役割は大きいため,そのことがストレスを 引き起こすことにもなる,管理者自身のセルフケアも行 いながら,個人,組織,管理者へのアプローチを強化し たストレス対策のシステムを検討することが重要である と述べている16)。したがって,看護師長のストレス対策 のためのセルフケアと相談システムなどの組織内でのシ ステム構築の必要性があると考える。 2. 看護職の WLB 推進に向けての示唆 看護師長とスタッフの WLB はどちらか一方の実現で 良いというのではなく,ともに実現していく必要があ る。しかし,看護職の WLB に関するこれまでの研究で はスタッフ看護師を対象としたものが多く,看護師長を 対象とした研究であってもスタッフ支援などの看護師長 による取り組みについてのものであった。看護職の多く はスタッフ看護師であり,看護職の WLB 推進において 数の多いスタッフ看護師を対象とすることは効果的であ り,理にかなっている。また,WLB 推進の取り組みの 中では看護師長は推進役の管理者であり,最初にスタッ フの WLB を推進するということは看護師長の認識であ るばかりでなく,組織全体に広く認識されている可能性 が高い。そして,看護師長には勤務表作成や会議への出 席など特有の業務もあり,ロールモデルとして有給休暇 取得などを率先して行ったとしても仕事に比重を置いた 状態となりやすいことが考えられる。 富永らは,病院の看護師長の主観的評価による看護師 長業務の負担と蓄積疲労度の研究で,長時間労働に関す る就業特性が認められた看護師長は有意に蓄積疲労度が 高かったという研究結果を示している17)。疲労の蓄積を きたす長時間労働は,安心して働き続けられる環境をつ くり人材を確保していくためにも避けることが望まし い。したがって,看護職の WLB の推進のためには,ス タッフ看護師の WLB だけでなく,看護師長についても 後回しとされることなく組織全体で考慮されることが必 要である。 看護師長の自身の WLB 以前にすべてのスタッフが平 等に WLB を実現できる職場づくりが重要であるという 認識は,WLB を推進する看護師長が推進の取り組みを どのように行っていくのが良いと認識しているのかを示 していた。これまでに実施されている WLB の取り組み では,結婚や子育てによる離職を防止し,就業継続を促 すための多様な勤務体制の導入が一般的となっている。 多様な勤務体制として短時間勤務や時差出勤,夜勤免除
などの制度があり,その制度を利用して働く看護師が増 加している一方で,それらの制度を補完する形で単身者 へのしわ寄せが生じている。竹内らは,単身看護師と非 単身看護師を比較した結果,単身看護師はより過重な労 働条件を強いられ,心身ともに疲弊しており,WLBを実 現しにくい現状にあることを報告している18)。したがっ て,子育て期にある看護師のみでなくすべてのスタッフ に目を向け,皆が平等に WLB を実現できることをめざ して工夫や支援を行い,協力し合う雰囲気をつくってい くことは,看護職の WLB 推進に向け看護師長が自部署 において実施する取り組みへの示唆となると考える。
V. 研究の限界と今後の課題
本研究は,研究対象者である主要情報提供者が,日本 看護協会の看護職の WLB 推進ワークショップ事業に参 加している近畿圏の 4 か所の病院の 7 名であり,対象者 が限られていた。そのため,一般化には限界がある。今 後は,対象数を増やし規模を拡大して研究を行うことが 課題である。VI. 結 論
本研究では,看護師長における自身の WLB に対する 認識の特徴として,【看護師長には,管理者役割があり, 看護師長自身の WLB とスタッフの WLB は同じではな いという認識がある】,【看護師長には,スタッフの WLB 実現のために,ロールモデルとしていきいきとしている 自分を見せる必要があるという認識がある】,【看護師長 には,自身の WLB 以前にすべてのスタッフが平等に WLB を実現できる職場づくりが重要であるという認識 がある】,【看護師長は,WLB 推進と自身の WLB につ いての限界とジレンマを認識している】という 4 つの テーマを抽出した。これらからは,看護職の WLB 推進 のために,スタッフ看護師だけでなく看護師長の WLB についても考慮されること,看護師長は,WLB 推進の ための職場づくりとして,すべてのスタッフに目を向け 平等な WLB 実現をめざしていくこと,また,看護師長 のストレス対策のためのセルフケアと相談システムなど の組織内でのシステム構築の必要性があることが示唆さ れた。 謝辞:本研究にあたり,ご協力をいただきました皆様に 深く感謝いたします。 文 献 1) 内閣府:男女共同参画会議 仕事と生活の調和(ワー ク・ライフ・バランス)に関する専門調査会「ワーク・ ライフ・バランス」推進の基本的方向報告.(全 52 pp),2007,http://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/ wlb/pdf/wlb19-7-2.pdf(2019 年 8 月 16 日アクセス) 2) 渡辺真弓,山内慶太:職場リーダーの長時間労働が 部下のワーク・ライフ・バランス満足度に及ぼす影 響─病院に勤務する看護職における検討─.日医療 病管理会誌 54:65-75,2017 3) 市江和子,杉原喜代美,栗田佳江,宮武陽子:総合 病院の中間管理者による妊娠から育児期にある臨床 看護師への支援に関する研究.日看研会誌 38(4): 15-24,2015 4) 鈴木小百合,村中陽子:看護師のワーク・ライフ・ バランス実現に向けた看護管理者の認識と実践.医 療看研 19:22-32,2017 5) 谷垣靜子,乗越千枝,長江弘子,岡田麻里,仁科祐子: マグネット訪問看護ステーション管理者の組織育 成.日プライマリケア連会誌 39:204-208,2016 6) 鈴木小百合,村中陽子:看護師のワーク・ライフ・ バランス実現に向けた看護師長のコンピテンシー評 価尺度の作成.医療看研 21:30-41,2018 7) 内閣府:男女共同参画会議 仕事と生活の調和(ワー ク・ライフ・バランス)に関する専門調査会「ワーク・ ライフ・バランス」推進の基本的方向報告.(全 52 pp),p 1,ワーク・ライフ・バランスとは何か,2007, http://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/wlb/pdf/ wlb19-7-2.pdf(2019 年 8 月 16 日アクセス) 8) 川村晴美,鈴木英子:看護職のワーク・ライフ・バ ランス尺度の信頼性・妥当性の検証.日保健福祉会 誌 22(2):19-26,2016 9) レイニンガー MM:記述民族学と民族看護学 質的 データ分析とモデルの方式.看護における質的研究, レイニンガー MM 編(全 439 pp),pp 41-74,医学 書院,東京,1997 10) レイニンガー MM:主要情報提供者および一般の情 報提供者.レイニンガー看護論─文化ケアの多様性 と普遍性(全 261 pp),pp 116-118,医学書院,東京, 1995 11) レイニンガー MM:レイニンガーの『民族看護学デー タ分析ガイドの段階』.レイニンガー看護論─文化ケ アの多様性と普遍性(全 261 pp),pp 101-104,医学 書院,東京,1995 12) 麻原きよみ:質的研究の評価基準.よくわかる質的 研究の進め方・まとめ方 第 2 版 看護研究のエキス パートをめざして,グレッグ美鈴,麻原きよみ,横 山美江編(全 219 pp),pp 41-46,医歯薬出版,東京, 2016 13) 武村雪絵:安心して働く土台づくり.ミッションマ ネジメント─対話と信頼による価値共創型の組織づ くり(全 252 pp),pp 182-189,医学書院,東京,2016 14) 山口智美,舟島なをみ:スタッフ看護師と相互行為 を展開する看護師長の行動に関する研究─看護師長 が発揮する教育的機能の解明に向けて─.看教研 19:46-59,2010 15) 川村晴美,鈴木英子:病院に勤務する看護職のワー クライフバランスとバーンアウトとの関連.日看科 会誌 34:131-141,201416) 原 玲子:ストレス・マネジメント.看護管理学習 テキスト第 2 版 第 4 巻 看護における人的資源活用 論 2015 年度刷,手島恵編(全 237 pp),pp 109-113, 日本看護協会出版会,東京,2015 17) 富永真己,小田美紀子:病院の看護師長の主観的評 価による看護師長業務の負担と蓄積疲労度及び長時 間労働に関する研究.日医療病管理会誌 54:7-17, 2017 18) 竹内朋子,大久保清子,真田弘美:単身看護師のワー ク・ライフ・バランスの現状および労働条件との関 連.医療マネジメント会誌 17(2):83-86,2016