アニメ・声・身体についての覚書
著者
太田 純貴
雑誌名
鹿児島大学法文学部紀要人文学科論集
巻
86
ページ
17-27
発行年
2019-03-13
URL
http://hdl.handle.net/10232/00030442
一七 うことが可能なイベントがこよう。キャラクターと受容者を結ぶ線上に は、 爆音で聴取が可能な映画館といった ﹁声﹂ の受容環境も浮かんでくる。 受容者同士の関係に目を向ければ、コミックマーケットやファンコミュ ニティも無視できない。 この三項全体には、 ﹃アニメージュ﹄ 、﹃月刊ニュー タイプ﹄ 、﹃アニメディア﹄といったアニメ関連雑誌や﹃ボイス ・ アニメー ジュ﹄のような声優専門雑誌、それらの発行・流通に携わる出版社も関 わってくる。 以上を踏まえると、 アニメと声をめぐる議論は多岐かつ複層的であり、 声優の問題に単純に還元して語ることには困難が伴う。加えて、 ﹁声優﹂ ︵という概念︶自体も、 決して一枚岩的には語れない。男性/女性といっ たジェンダー的視角や宮崎駿︵作品︶における声優を専門としない俳優 の起用 ││ 声のプロフェッショナル/アマチュアという区分 ││ な ど を 鑑 み れ ば、 そ れ は 明 ら か で あ る 2 。 と は い え 、 ア ニ メ と 声 の 関 係 を 論 じ る 際 に、 声 優 と い う フ ァ ク タ ー が 欠 か せ な い の も ま た 事 実 で あ る。 そ こ で、 ア ニ メ と 声 を め ぐ る 複 雑 な 問 題 系 を 論 じ る 端 緒 を 築 く た め に、 本稿では声優の歴史および声と身体をめぐるいくつかの議論に絞って取 り上げることにする。議論を先取りするが、声優史と声︵優︶の/と身 体をめぐる論点は相互に貫入し合っている。 2 宮 崎 駿 / ス タ ジ オ ジ ブ リ 作 品 と 声 優 に つ い て は 、 例 え ば 以 下 を 参 照 。 小 川 び い ﹁ 島 本 須 美 の 系 譜 │ │ ジ ブ リ 作 品 と 声 優 ﹂、 ﹃ ユ リ イ カ ﹄ 12月 号 、 青 土 社 、 二 〇 〇 四 年 、 一 三 二 ︲ 一 三 六 頁 。 ス タ ジ オ ジ ブ リ 広 報 部 長 で あ る 西 岡 純 一 に よ る ﹁ ジ ブ リ が 役 者 を 起 用 す る 理 由 ﹂、 動 画 https://www .youtube.com/ watch?time_continue=95&v=mbfuqtKY6hI, 二 〇 一 〇 年 四 月 一 三 日 公 開 ︵ 情 報 取 得 日 二 〇 一 八 年 一 一 月 一 九 日 ︶。 ま た 、 声 を め ぐ る 声 優 の 関 与 は 、 映 画 の 吹 き 替 え や ナ レ ー シ ョ ン 、 ゲ ー ム 、 オ ー デ ィ オ ド ラ マ な ど 多 岐 に わ た っ て い る 。
アニメ・声・身体についての覚書
太
田
純
貴
はじめに
本 稿 の 目 的 は、 科 学 研 究 費 プ ロ ジ ェ ク ト︵ ﹁ ア ニ メ の﹁ 声 ﹂ の 文 化 と その制度化を言語学, 現代思想, メディア論の共同で捉える試み﹂ ︵研究 代 表 者: 太 田 一 郎 ︶︶ に 関 連 し て、 ア ニ メ と 声 に つ い て の 先 行 研 究 や 既 存の知見・論点を限定的ではあるが紹介・整理することである。そのた め、本稿はサーヴェイ的性格の研究ノートや覚書に相当する。 ﹁ ア ニ メ の﹁ 声 ﹂ の 文 化 ﹂ を 取 り 上 げ る と き に は、 複 数 の 問 題 系 を 設 定できる。その際、 声優や ﹁キャラクター﹂ 、アニメの受容者といったファ ク タ ー は 直 接・ 間 接 的 を 問 わ ず 必 ず 貫 入 し て く る だ ろ う 1 。 便 宜 的 に この三項を頂点に三角形を描けば、多様な問題系をさらに見出していく ことができる。例えば、声優とキャラクターを結ぶ線においては、ヴォ イストレーニングや、それを担保する声優学校、そこで使用されるテク ノロジーといった声の﹁制度化﹂に関わる要素を指摘できる。声優と受 容者を結ぶ線上には、SNSやラジオといったメディアや声優に直接会 1 本 稿 の キ ャ ラ / キ ャ ラ ク タ ー に つ い て は 、 し ば し ば 参 照 項 と さ れ る 伊 藤 剛 の 定 義 に 原 則 と し て 従 う 。 キ ャ ラ ク タ ー は 、﹁ 人 格 ・ の よ う な も の ﹂ で あ る ﹁ キ ャ ラ ﹂ を 土 台 と し て 成 立 す る 、 人 格 を 備 え た 身 体 表 象 と し て 指 摘 さ れ る ︵ 伊 藤 剛 ﹃ テ ヅ カ ・ イ ズ ・ デ ッ ド ﹄、 星 海 社 新 書 、 二 〇 一 四 年 、 一 二 六 頁 ︶。太 田 純 貴 一八 れを第一次声優ブームとすれば、それ以降の声優ブームは、TVアニメ 時代の本格的な幕開けとしての ﹃鉄腕アトム﹄ の放送開始 ︵一九六三年︶ やアニメブームを睨みながら整理される 5 。 一九六〇年代後半から一九七〇年代においては﹃巨人の星﹄や﹃機動 戦士ガンダム﹄などさまざまなジャンルのアニメ作品が制作される。そ のなかでも一九七〇年代半ばから後半にかけてTVアニメと劇場版の両 方 が 公 開 さ れ た﹃ 宇 宙 戦 艦 ヤ マ ト ﹄ に よ っ て、 ア ニ メ ブ ー ム が 生 じ る。 それを契機に声優たちがフォーカスされていく。先述の第一次声優ブー ムを踏まえて、この動向が第二次声優ブームとして言及されることもあ る。第一次・第二次声優ブームや関連する動向・事象を受けて、声優プ ロダクションや養成事務所の設立や労働環境の整備などが進展する。声 優 を 生 み 出 す 制 度 の 組 織 化・ 体 系 化 を 背 景 に、 一 九 九 〇 年 代 に は﹃ 美 少 女 戦 士 セ ー ラ ー ム ー ン ﹄ を き っ か け と し て 第 三 次 声 優 ブ ー ム が 起 こ る 6 。 5 東 映 の 長 編 ア ニ メ 映 画 ﹃ 白 蛇 伝 ﹄︵ 脚 本 ・ 演 出 は 藪 下 泰 司 、﹁ 声 の 出 演 ﹂ は 森 繁 久 彌 と 宮 城 ま り 子 、 一 九 五 八 年 ︶ の よ う に 、 T V ア ニ メ に 先 行 し て 劇 場 版 ア ニ メ は 公 開 さ れ て い る 。 劇 場 版 ア ニ メ の 歴 史 に つ い て は 例 え ば 以 下 を 参 照 。 ア ニ メ ー ジ ュ 編 集 部 編 ﹃ 劇 場 ア ニ メ 70年 史 ﹄、 徳 間 書 店 、 一 九 八 九 年 。 同 書 で﹁ 声 の 出 演 ﹂が 最 初 に 明 記 さ れ る の は 、一 九 三 二 年 に 完 成 し た︵ 一 九 三 三 年 公 開 ︶﹃ 力 と 女 の 世 の 中 ﹄︵ 監 督 ・ 政 岡 憲 三 ︶ に お い て で あ る 。 そ こ で あ げ ら れ て い る の は 、 古 川 緑 波 、 沢 蘭 子 、 村 島 洋 子 、 磯 野 秋 雄 、 三 井 秀 男 、 藤 田 房 子 、藤 田 陽 子 で あ る ︵ ア ニ メ ー ジ ュ 編 集 部 編 ﹃ 劇 場 ア ニ メ 70年 史 ﹄、 一 四 頁 ︶。 ﹁ 声 帯 模 写 ﹂ を 得 意 と し た 古 川 緑 波 が 声 を 担 当 し て い る こ と は 示 唆 的 で あ る 。 6 夏 葉 薫 は 第 三 次 声 優 ブ ー ム の 継 続 ・ 終 焉 に つ い て 見 解 を 保 留 し て い る ︵ 夏 葉 薫 ﹁ 声 優 史 概 説 ﹂、 小 森 健 太 朗 + 遊 井 か な め ﹃ 声 優 論 ア ニ メ を 彩 る
1.
声優ブーム(の語られ方)
声優をめぐる資料としてまずあげられるのは、声優本人、声優プロダ ク シ ョ ン ス タ ッ フ や 音 響 監 督 な ど 関 係 者 に よ る 文 献 で あ る。 そ こ で は、 声優個人の経歴や声優という職業、声優業界︵ビジネス︶の現状などが そ の 内 側 か ら 処 世 訓 的・ 経 験 的 に し ば し ば 語 ら れ る。 個 別 の 声 優 で は なく、例えば女性人気声優といったデータベース的な枠組みで声優を捉 え よ う と す る 試 み も あ げ ら れ る 3 。 こ の よ う な ア プ ロ ー チ に お い て は 、 声優の個人的・自叙伝的側面が強調され、記述の様態が叙情的であった り 現 在 の 状 況 に 向 か っ て 目 的 論 的 に 言 及 さ れ た り す る 傾 向 が 散 見 さ れ る。 しかしながら、 このような資料は声優をめぐる人的系譜の把握や個々 の声優に伝記的 ・ 作家論的にアプローチする際には有用な場合もあろう。 上記のような資料を踏まえながら、個々の声優にはとどまらない、声 優についての社会学的・文化史的アプローチもある。その一つが、声優 ブームや職業声優の成立についての論述である。 初期の声優ブームに関しては、一九六〇年代に野沢那智など洋画︵外 画︶の吹き替えを担当した声優に熱狂的なファンがいたことや、特定の 海 外 俳 優 に 特 定 の 声 優 を 対 応 さ せ る﹁ 持 ち 役 制 度 ﹂ に つ い て、 例 え ば、 声 優 事 務 所 の ア ー ツ ビ ジ ョ ン を 設 立 し た 松 田 咲 實 が 述 べ て い る 4 。 こ 3 例 え ば 以 下 。 ア ニ メ ー ジ ュ F C ﹃ 人 気 ア ニ メ ・ ヴ ォ イ ス の 謎 ﹄、 コ ア ラ ブ ッ ク ス 、 一 九 九 六 年 。 藤 津 亮 太 ﹃ 声 優 語 ~ ア ニ メ に 命 を 吹 き 込 む プ ロ フ ェ ッ シ ョ ナ ル ﹄、 一 迅 社 、 二 〇 一 七 年 。 4 松 田 咲 實 ﹃ 声 優 白 書 ﹄、 オ ー ク ラ 出 版 、 二 〇 〇 〇 年 、 一 五 頁 。アニメ・声・身体についての覚書 一九 番組編成にある映画﹃噫無情﹄をラジオ用に改めた映画説明を担当した 活 弁 士 の 熊 岡 天 堂 が 声 優 の 嚆 矢 と し て 言 及 さ れ る。 ﹁ ラ ジ オ ド ラ マ ﹂ │ │ 森 川 ・ 辻 谷 に よ っ て 提 出 さ れ た ﹁ ラ ヂ オ 劇 ﹂﹁ ラ ヂ オ ド ラ マ ﹂ を 包 括 す る 概 念 │ │ へ の 出 演 と い う か た ち で ラ ジ オ 放 送 に 関 与 し て い く 熊 岡 のような﹁ラジオ声優﹂は、しかしながら、現代の声優と異なる点が三 つあるという。 それは、 専業的な職業声優の不在、 ラジオドラマの一回性、 音響録音テクノロジーの未成熟である。ラジオ声優時代における職業声 優の不在に関しては、プロ声優が不可欠であるという認識が当時共有さ れていたことが指摘されつつ、職業声優の養成に大きく貢献した組織と して、ラヂオドラマ研究会、NHK東京放送劇団、新興の新劇団、民放 ラジオ局が挙げられる 8 。 こ う し た 指 摘 は、 声 の︵ よ り 一 層 の ︶ 専 門 化・ 職 業 化・ 制 度 化 と い う 問 題 に つ な が る 9 。 実 際 、 森 川 ・ 辻 谷 は テ レ ビ 声 優 の 第 一 号 と し て 一 九 五 二 年 か ら 連 続 放 映 さ れ た 人 形 劇︵ ﹁ 猿 飛 佐 助 ﹂︵ 近 江 浩 一 演 出 ︶︶ を 皮 切 り に、 一 九 五 〇 年 代 か ら 一 九 六 〇 年 代 に か け て の 海 外 テ レ ビ ド ラ マ と 声 優 の 関 係 や 吹 き 替 え を め ぐ る テ ク ノ ロ ジ ー の 進 展 や 論 争、 一 九 七 〇 年 代 の 声 優 の 組 織 化 や 労 働 環 境 の 改 善 な ど を 指 摘 す る 10 。 そ のなかで、先述した第一次声優ブームに相当する一九六〇年代の洋画吹 8 森 川 ・ 辻 谷 ﹁ 声 優 の 誕 生 と そ の 発 展 ﹂、 六 三 頁 。 9 職 業 と し て の 声 優 に つ い て は 以 下 の 議 論 も 参 照 。 小 林 翔 ﹁ 声 優 試 論 : ﹁ ア ニ メ ブ ー ム ﹂ に 見 る 職 業 声 優 の 転 換 点 ﹂、 日 本 ア ニ メ ー シ ョ ン 学 会 機 関 誌 編 集 委 員 会 編 ﹃ ア ニ メ ー シ ョ ン 研 究 ﹄、 16︵ 2︶、 二 〇 一 五 年 、 三 一 四 頁 。 10 森 川 友 義 ・ 辻 谷 耕 史 ﹁ 声 優 の プ ロ 誕 生 │ │ 海 外 テ レ ビ ド ラ マ と 声 優 ﹂、 メ デ ィ ア 史 研 究 会 編 ﹃ メ デ ィ ア 史 研 究 ﹄ 第 14号 、 ゆ ま に 書 房 、 二 〇 〇 三 年 、 一 一 五 一 三 九 頁 。 このように語られることの多い声優ブームであるが、映画研究を土台 として声優論を展開している内藤豊裕は、 ﹃宇宙戦艦ヤマト﹄以前に﹁ア ニ メ 声 優 ブ ー ム ﹂ が あ っ た こ と を 指 摘 す る。 そ れ は 声 優 研 究 に つ い て の資料の扱いや声優の存在論とでもいうべきより広範な問題意識とつな がっている。これらは後述するが、そのために、メディア史をにらみな がら声優ブーム以前の声優史をたどって声優の定義と展開を論じた森川 友義・辻谷耕史の議論を、まずは取り上げたい。
2.声優の定義と系譜をめぐって
森川・辻谷は声優を﹁メディアを通じて、独自の創造力に基づき、言 葉︵時には歌唱を含む︶により芸術を表現する人﹂と定義して、声優の 起 源 を メ デ ィ ア 史 に お い て 掘 り 起 こ す こ と を 試 み て い る 7 。 そ の 議 論 は声優史をめぐってしばしば参照され、基準点とされる。 こ の 定 義 に 基 づ き 森 川・ 辻 谷 が 注 目 す る メ デ ィ ア は、 ラ ジ オ で あ る。 日 本 の ラ ジ オ 放 送 が 一 九 二 五 年 に 開 始 さ れ る こ と を 踏 ま え て、 同 年 の 女 神 た ち ~ 島 本 須 美 か ら 雨 宮 天 ま で ~ ﹄︶ 、 河 出 書 房 新 社 、 二 〇 一 五 年 、 二 三 頁 ︶。 そ れ に 対 し 、 例 え ば 、 上 田 麻 由 子 は 第 三 次 声 優 ブ ー ム か ら 第 四 次 声 優 ブ ー ム へ の 切 り 替 わ り も し く は 両 者 の 断 絶 を 、 推 定 的 に で は あ る が 述 べ て い る 。﹁ ︵ ⋮ ︶ 一 九 九 〇 年 代 の 第 三 次 声 優 ブ ー ム を 経 て 、 二 〇 〇 〇 年 代 後 半 か ら 現 在 に 至 る ま で 第 四 次 声 優 ブ ー ム が 続 い て い る と い わ れ る ﹂︵ 上 田 麻 由 子 ﹁ 甘 や か な 声 の 網 │ │ 男 性 声 優 と 二 ・ 五 次 元 ﹂、 ﹃ ユ リ イ カ ﹄ 9 月 臨 時 増 刊 号 、 青 土 社 、 二 〇 一 四 年 、 一 一 一 頁 ︶。 7 森 川 友 義 ・ 辻 谷 耕 史 ﹁ 声 優 の 誕 生 と そ の 発 展 ﹂、 メ デ ィ ア 史 研 究 会 編 ﹃ メ デ ィ ア 史 研 究 ﹄ 第 13号 、 ゆ ま に 書 房 、 二 〇 〇 二 年 、 五 四 頁 。太 田 純 貴 二〇 うに述べている。 昭和一六年、 NHKは︵⋮︶ラジオにはラジオの特性を熟知した、 専 門 の 俳 優 が 必 要 に な っ て く る で あ ろ う と 予 測 し た。 ︵ ⋮︶ ジ ャ ー ナ リ ス ト は、 こ の ラ ジ オ 専 門 の 俳 優 を﹁ 声 優 ﹂ と 呼 ぶ こ と に し た。 名 づ け 親 は、 当 時 読 売 新 聞 芸 能 記 者︵ 後 に 日 本 テ レ ビ 顧 問 ︶、 故 小 林徳二郎氏と聞いている これが声優の起源であり、呼称の始まりなのである。 13 森川・辻谷は単発ドラマではなく連続ドラマが主となる終戦後のNH Kのラジオ番組について言及し、 そこで勝田の指摘を踏まえつつ、 ﹁声優﹂ という言葉の誕生を一九四〇年代半ばから一九五〇年代半ばと論じてい る 14 。 それに対し、内藤は、勝田の指摘や、引いては声優業界関係者や実務 者 に よ る 回 顧 録 や ア ニ メ 専 門 雑 誌 の 記 事 と い っ た 資 料 に つ い て、 学 術 的 客 観 性 と い う 観 点 か ら 慎 重 な 扱 い を 要 す る こ と を 繰 り 返 し 述 べ て い 13 勝 田 久﹃ 声 優 の す べ て │ │ 見 え な い 主 役 ﹄、 集 英 社 、 一 九 七 九 年 、 四 八 頁。 同 内 容 が 以 下 の 文 献 で も 確 認 で き る。 勝 田 久﹁ 第 14回 勝 田 久 の 声 優 入 門 ﹂、 ﹃ ア ニ メ ー ジ ュ﹄ 9 月 号、 徳 間 書 店、 一 九 七 九 年、 一 三 五 頁。 勝 田久﹃声優への道﹄ 、勝田話法研究所、一九七八年、二七 二 八 頁。 14 森 川 ・ 辻 谷 ﹁ 声 優 の 誕 生 と そ の 発 展 ﹂、 六 八 頁 。 同 様 の 枠 組 み で 声 優 史 を 概 観 し て い る 研 究 と し て 以 下 。 藤 津 亮 太 ﹁ 声 優 論 │ │ 通 史 的 、 実 証 的 一 考 察 ﹂、 小 山 昌 宏 ・ 須 川 亜 紀 子 編 著 ﹃ ア ニ メ 研 究 入 門 ︻ 応 用 編 ︼ ア ニ メ を 究 め る 11の コ ツ ﹄、 現 代 書 館 、 二 〇 一 八 年 、 九 三 一 一 七 頁 。 替における声優の持ち役システムの成功は、次のように言及される。 持ち役システムの成功は声に特化した声優への注目を促し、声優 に自信を与えるきっかけとなった点で歴史的意義があった︵⋮︶こ こに至り、声優は舞台の副業という立場から開放され、声優を本業 として認識することができたのである。これはもちろん意識の問題 であって、それ以前に声優を本業とする声優のプロがそれ以前に全 く存在していなかったとするものではない。ここで重要なのは、声 優という職業に舞台俳優を凌駕できる可能性を、声優自身が見出し たという点である。ここにおいて自他共に認める﹁声優のプロ﹂が 誕生したのである。 11 一方、森川・辻谷は熊岡天堂への言及に加え、新劇の舞台俳優である 井上正夫を﹁ ︵⋮︶ ﹃声優の祖﹄と称して良いほど、初期ラジオドラマに 数多く出演し、ドラマに果たした貢献度は非常に大きい﹂と述べるよう に、 ラジオ声優と現代の声優を、 相違点をあげつつも同一線上におく 12 。 だが﹁ラジオ声優﹂と現代的な﹁声優﹂のあいだには、先述の相違点以 外にも、声と身体や視覚と聴覚の関係を巡って幾筋も亀裂が走っている よ う に 思 わ れ る。 こ の 点 に つ い て 言 及 し て い く た め、 ﹁ 声 優 ﹂ と い う こ と ば︵ の 誕 生 ︶ に つ い て も 留 意 し て お こ う。 ﹃ 鉄 腕 ア ト ム ﹄ の お 茶 の 水 博 士 の 声 優 で あ り 声 優 養 成 所 の 勝 田 話 法 研 究 所︵ 後 年 の 勝 田 声 優 学 院 ︶ の 設 立 者 で あ る 勝 田 久 は、 ﹁ 声 優 ﹂ と い う 用 語 の 誕 生 に つ い て 以 下 の よ 11 森 川 ・ 辻 谷 ﹁ 声 優 の プ ロ 誕 生 │ │ 海 外 テ レ ビ ド ラ マ と 声 優 ﹂、 一 三 三 頁 。 12 森 川 ・ 辻 谷 ﹁ 声 優 の 誕 生 と そ の 発 展 ﹂、 五 七 頁 。
アニメ・声・身体についての覚書 二一 ける ﹁声色活弁士﹂ であることを主張する。 ﹁声色活弁士は、 基本的には、 それぞれがそれぞれの年恰好に応じた映画内の人物たちの﹁台詞﹂のみ を喋った﹁台詞の代行者﹂であった﹂ 16 。 ﹁台詞の代行者﹂としての性格が繰り返し強調されることで、 ﹁声色活 弁士﹂ は見世物的で講釈師的性格の強い ﹁活弁士﹂ と明確に区分される。 ゆえに、熊岡天堂という活弁士・ラジオ声優を声優の直接的起源とする 森川 ・ 辻谷の議論を、その学術的重要性を評価しつつも、内藤は退ける。 声優の起源をめぐるメディア史的議論についてはこれ以上の深入りは避 けるが、二点だけ指摘しておきたい。一つは、声優と声色活弁士の関係 については、先行する森本純一郎の議論で指摘されているという点であ る。森本は﹁音楽﹂と﹁音声﹂の違いに着目して、日本のアニメーショ ンを﹁音声﹂という観点から検証する。その端緒として、映画︵活動写 真︶ や ﹁︵声色︶ 弁士﹂ が取り上げられる。しかしながら、 声色活弁士 ︵声 色弁士︶と活弁士が十分に分節化されていないことや大正期のラジオド ラマの役者を声優の原型とみなす点などにおいて、森本のスタンスは森 川・辻谷のそれと近接し、内藤のスタンスとは対立することには注意が 必 要 で あ る 17 。 そ れ を 踏 ま え た 上 で の も う 一 つ は 、 声 優 の 起 源 を め ぐ る内藤の議論は、声優をめぐる声と身体、映像と音声という問題系と裏 表の関係にあることである。アニメと声︵優︶と身体については、内藤 16 内 藤 ﹁ 日 本 に お け る ﹁ 声 優 ﹂ と は 何 か ? │ │ 映 画 史 の 視 点 か ら │ │ ﹂、 三 四 〇 頁 。 17 森 本 純 一 郎 ﹁ 声 優 、 そ れ は 話 芸 た り う る か ﹂、 ﹃ 東 京 工 芸 大 学 芸 術 学 部 紀 要 ﹄ 15号 、 東 京 工 芸 大 学 芸 術 学 部 、 二 〇 〇 九 年 、 一 一 七 一 二 四 頁 。 上 記 の 内 藤 の 論 考 に お い て 、 森 本 の 議 論 は 言 及 さ れ て い な い 。 る 15 。 急いで付け加えておきたいのは、内藤はアニメに限定して声優を考察 してはいないということである。内藤は声優の系譜をたどる際に、声優 の役割に注目する必要性を強調し、声優の直接的な起源が日本映画にお 15 内 藤 豊 裕﹁ ア ニ メ 時 代 の﹁ 声 優 ﹂﹂ の 役 割 と そ の メ デ ィ ア 的 構 造 の 変 化 │ │ 日 本 に お け る ﹁ 声 優 ﹂ と は 何 か ? ︵ 2︶ │ │ ﹂、﹃ 学 習 院 大 学 人 文 科 学 論 集 ﹄︵ 25︶、 学 習 院 大 学 大 学 院 人 文 科 学 研 究 科、 二 〇 一 六 年、 三 四 三 頁 お よ び 三 五 九 頁 の 注 29と 30。 他 に も 以 下 を 参 考。 内 藤 豊 裕﹁ 日 本 に お け る ﹁ 声 優 ﹂ と は 何 か? │ │ 映 画 史 の 視 点 か ら │ │ ﹂、﹃ 学 習 院 大 学 人 文 科 学 論 集 ﹄︵ 24︶、 学 習 院 大 学 大 学 院 人 文 科 学 研 究 科、 二 〇 一 五 年、 三 一 九 三 二 〇 頁。内藤豊裕 ﹁﹁スター化﹂ する声優 ││ 日 本 に お け る ﹁ 声 優 ﹂ と は 何 か ? ︵ 3︶ │ │ ﹂、﹃ 学 習 院 大 学 人 文 科 学 論 集 ﹄︵ 26︶、 学 習 院 大 学 大 学 院 人 文 科 学 研 究 科、 二 〇 一 七 年、 一 三 三 一 三 四 頁 。 内 藤 の こ う し た 姿 勢 の 延 長 上 の 一 つに、 ﹃海のトリトン﹄に関する熱狂を通した﹁声優ブーム﹂の再考がある。 主 人 公・ ト リ ト ン の 声 を 担 当 し た 塩 屋 翼 を め ぐ る 熱 狂 が 取 り 上 げ ら れ、 そ れ は 塩 屋 個 人 で は な く﹁ キ ャ ラ ク タ ー と 声 優 の︵ 意 識 的・ 無 意 識 的 な ︶ 同 一 視 ﹂ か ら 生 じ て い る と 指 摘 さ れ る。 第 一 次 声 優 ブ ー ム に お け る 洋 画 の 吹 替 声 優 に た い す る 熱 狂 と 塩 屋 を め ぐ る そ れ の メ デ ィ ア 的 構 造 は ほ ぼ 同 一 で あ る こ と を 認 め な が ら も、 内 藤 は 第 二 次 声 優 ブ ー ム を 喚 起 し た﹃ 宇 宙 戦 艦 ヤ マ ト ﹄ が 生 み 出 し た ア ニ メ ブ ー ム 以 前 に ア ニ メ の 声 優 が 焦 点 化 さ れ た 事 例 を 提 示 し て い る。 そ れ は、 図 式 化 さ れ た 声 優 史 へ の 批 判 と し て 読 み 取 る こともできよう。 この点に関しては、 以下を参照。 内藤 ﹁アニメ時代の ﹁声優﹂ ﹂ の 役 割 と そ の メ デ ィ ア 的 構 造 の 変 化 │ │ 日 本 に お け る ﹁ 声 優 ﹂ と は 何 か ? ︵ 2︶ │ │ ﹂、 三 四 二 頁 。 ま た 、 本 稿 で 第 二 次 声 優 ブ ー ム と し て 言 及 し て い る内容を、 内藤は第一次声優ブームとしている。内藤 ﹁アニメ時代の ﹁声優﹂ ﹂ の 役 割 と そ の メ デ ィ ア 的 構 造 の 変 化 │ │ 日 本 に お け る ﹁ 声 優 ﹂ と は 何 か ? ︵ 2︶ ││ ﹂、三三九頁。
太 田 純 貴 二二 は﹁ 自 ら の 発 す る 一 つ の﹁ 声 ﹂ に 対 し て、 ﹁︵ 映 像 上 の ︶ 身 体 ﹂ と﹁ ︵ 声 優 自 身 の ︶ 身 体 ﹂ と い う 二 つ の 身 体 像 が 対 応 す る 存 在 ﹂ と さ れ る 19 。 視覚︵映像︶と聴覚︵声︶をめぐる声優の身体の重層性をベースに、声 優ユニット﹁ハミング・バード﹂などの事例をあげつつ、声優とキャラ クターが相互に身体性・実在性を確保していくこと、映像にのみ依拠す ることなくリアルとフィクションのあわいを漂いながら複数のメディア を横滑りしていく ││ メディア・ミックス的に展開していく ││ 声 優 ︵ の 身 体 性 ︶ に つ い て、 そ し て 椎 名 へ き る を 立 脚 点 と し て キ ャ ラ ク タ ー を 参 照 項 と し な い 自 律 的 存 在 と し て の 声 優︵ ﹁ キ ャ ラ ク タ ー の 演 じ 手 ﹂ としての声優、もしくは﹁個﹂としてスター化した声優︶について、議 論が展開されることになる 20 。 以上のような演技を土台とした身体論や、メディアと声優の身体を取 り上げる議論以外に、声に内在する身体性にフォーカスしていく議論や 視点もあげられる。その際に言及される概念として ﹁イコン﹂ ﹁インデッ ク ス ﹂ が あ る 21 。 そ れ を 取 り 上 げ る た め の 補 助 線 と し て 、 や や 回 り 道 19 内 藤 ﹁ 日 本 に お け る ﹁ 声 優 ﹂ と は 何 か ? │ │ 映 画 史 の 視 点 か ら │ │ ﹂、 三 四 二 頁 。 20 特 に 以 下 を 参 照 。 内 藤 ﹁ ア ニ メ 時 代 の ﹁ 声 優 ﹂﹂ の 役 割 と そ の メ デ ィ ア 的 構 造 の 変 化 │ │ 日 本 に お け る ﹁ 声 優 ﹂ と は 何 か ? ︵ 2︶ │ │ ﹂、 三 三 三 三六五頁。内藤 ﹁﹁スター化﹂ する声優 ││ 日 本 に お け る ﹁ 声 優 ﹂ と は 何 か ? ︵ 3︶ ││ ﹂、一三一 一七三頁。 21 声 の 身 体 性 を め ぐ っ て は 、﹁ イ コ ン ﹂﹁ イ ン デ ッ ク ス ﹂ 概 念 と 同 等 以 上 に 言 及 さ れ る の が 、 ロ ラ ン ・ バ ル ト の ﹁ 声 の 肌 理 ︵ 粒 ︶︵ le grain de voix ︶﹂ で あ る 。 ア ニ メ と 声 ︵ 優 ︶ お よ び ﹁ 声 の 肌 理 ﹂ と い う 概 念 を め ぐ っ て は 、 多 様 に 議 論 が 展 開 さ れ て い る た め 、 機 会 を 改 め て 論 じ た い 。 そ れ に 関 し て 示 唆 以外にも複数の議論が展開されている。次節では、この点について関連 する議論・論点のいくつかを概観する。
3.声(優)と身体
声優の起源に関して森川・辻谷の議論と内藤のそれは対立するが、両 者は声優の﹁身体﹂を問題とするという点では共通する。とはいえ、そ こで言及される ﹁身体﹂ の位相は大きく異なっている。前者の議論では、 声優が俳優の延長上に捉えられる傾向にあり、この時身体的な要素とし て﹁ 演 技 ﹂ が 浮 上 し て く る。 そ れ は、 声 優 を め ぐ る 議 論 で 散 見 さ れ る ﹁声の俳優としての声優﹂ ﹁声優である前に俳優﹂ といった視点と繋がる。 藤津亮太によれば、声優をめぐって今後大きな研究テーマとなるのはこ の﹁演技﹂ ︵にまつわる事柄︶である 18 。 内 藤 は、 ﹁ 演 技 ﹂ と は 異 な る 角 度 か ら 声 優 と 身 体 に つ い て 取 り 上 げ て いる。その議論における身体は、いくつかのレヴェルにまたがっている が、 前 提 と な る の が 視 覚 的 要 素 す な わ ち 映 像 で あ る。 ゆ え に、 声︵ 優 ︶ の問題を視覚と聴覚にまたがるものとして捉える内藤の議論は、聴覚的 なレヴェルにのみ定位している森川・辻谷の議論と再び衝突する。内藤 は、 ラ ジ オ ド ラ マ に お け る 声 が 喚 起 す る﹁ 身 体︵ の イ メ ー ジ ︶﹂ は、 そ の聴き手によって任意に設定されるものであり、それゆえに声の発生源 と の﹁ ズ レ ﹂ は 生 じ ず │ │ 聴 き 手 が 異 な れ ば 形 成 さ れ る 身 体 イ メ ー ジ も ま た 異 な る こ と は 当 然 認 め な が ら │ │ 、 想 像 源 の 声 と そ れ が 喚 起 す る身体︵イメージ︶は同一性を帯びることになると指摘した上で、声優 18 藤 津 前 掲 、 一 一 四 頁 。アニメ・声・身体についての覚書 二三 ンタビューは﹁マルチモーダル情報論﹂においては手薄な印象を受ける 声という論点を、部分的にではあるが補っている。そこで小山は﹃魔法 少女まどか☆マギカ﹄のキャラクターの発言を参照して、例えば﹁多声 ︵ 性 ︶﹂ を 取 り 上 げ る。 小 山 の﹁ 多 声︵ 性 ︶﹂ と は 共 感 な ど の ア ニ メ 受 容 に も か か わ る 概 念 で、 登 場 キ ャ ラ ク タ ー 同 士 の 関 係 性 が 織 り 込 ま れ た、 すなわち他者の存在︵差異︶がすでに含まれた声のモードである。それ は、 基本的には物語のレヴェルに定位しよう。 ポリフォニックな声のモー ドについては、小山以外には細馬宏通の議論が示唆的である。細馬はア ニメーション﹃この世界の片隅に﹄の主人公・すずの声を担当した女優 ののん︵能年玲奈︶の声を取り上げ、物語や意味には必ずしも回収しき れない重層的な声、もしくは声の多層性という可能性の実現を浮き彫り にしている 24 。 上述のインタビューで小山は発声方法などの声をめぐる俳優と声優の 相違を取り上げた指導学生の研究について言及している。当該研究 ︵者︶ かどうかは現時点では未確認であるが、そうした相違を、音域や抑揚と いった言語学的見地から定量的に把握することを試みた研究として、例 えば金原侑香の論考がある 25 。 ﹁イコン﹂ ﹁インデックス﹂といった概念は、アニメと声︵優︶そして ポ ッ プ マ ガ ジ ン ま ぐ ま ア ニ メ の 声 と 音 と 音 楽 と ﹄ PB9 、蒼 天 社 、二 〇 一 八 年 、 二 七 頁 。 24 細 馬 宏 通 ﹃ 二 つ の ﹁ こ の 世 界 の 片 隅 に ﹂ │ │ 漫 画 、 ア ニ メ ー シ ョ ン の 声 と 動 作 ﹄、 青 土 社 、 二 〇 一 七 年 。 特 に 二 一 二 九 頁 。 25 金 原 侑 香 ﹁ 現 代 ア ニ メ ー シ ョ ン で 好 ま れ る 声 の 考 察 │ │ 声 優 と 俳 優 を 比 較 し て │ │ ﹂、 神 戸 学 院 大 学 人 文 学 会 編 ﹃ 人 間 文 化 ﹄ 第 43号 、 神 戸 学 院 大 学 人 文 学 会 、 二 〇 一 八 年 、 七 七 八 八 頁 。 になるが、小山昌宏の指摘を取り上げておこう。 ア ニ メ や 漫 画 に 関 し て 多 数 の 論 考 を 残 し て い る 小 山 が﹁ 音 ﹂ や﹁ 声 ﹂ を取り上げている議論として、 ﹁マルチモーダル情報論 ││ ア ニ メ ﹃ 魔 法 少 女 ま ど か ☆ マ ギ カ ﹄ に み る 視 聴 覚・ 音 楽 情 報 の 読 解 ﹂ が あ げ ら れ る 22 。 そ こ で は ﹃ 魔 法 少 女 ま ど か ☆ マ ギ カ ﹄ を 対 象 に 、 ア ニ メ に お け る 視 聴 覚 要 素 の ダ イ ナ ミ ッ ク な 相 関 関 係 が、 主 に 音 声 と 音 楽 │ │ sound と music │ │ と い う 聴 覚 的 側 面 か ら 分 析 さ れ て い る 。 こ の 論 考 で は 、 声 ︵ voice ︶ や 声 質 は 言 及 さ れ る も の の 音 声 の 一 環 と し て 取 り 上 げ ら れ る た め、それ自体としてはさほど前景化していない。だが、小山はアニメと 声の問題について決して無関心ではない。上記の議論に先行するインタ ビ ュ ー で、 小 山 は 女 性 声 優︵ 史 ︶ や 声 に つ い て 述 べ て い る 23 。 こ の イ 的 な 論 考 ・ 資 料 と し て 、 黒 嵜 想 の 一 連 の 議 論 と 、﹁ ポ ピ ュ ラ ー カ ル チ ャ ー 研 究 プ ロ ジ ェ ク ト ﹂ の 一 環 と し て ﹁ 声 ﹂ を テ ー マ と し て 開 催 さ れ た 研 究 会 報 告 書 が 挙 げ ら れ る 。 黒 嵜 想 ﹁ 仮 声 の マ ス ク ︵ 前 ︶﹂ 、齋 藤 惠 太 編 ﹃ ア ー ギ ュ メ ン ツ ﹄ ♯ 1 、 岡 田 真 太 郎 発 行 、 二 〇 一 五 年 、 四 二 五 四 頁 。 黒 嵜 想 ﹁ 仮 声 の マ ス ク ︵ 中 ︶﹂ 、 黒 嵜 想 編 ﹃ ア ー ギ ュ メ ン ツ ﹄ ♯ 2 、 岡 田 真 太 郎 他 発 行 、 二 〇 一 七 年 、 五 〇 六 二 頁 。 黒 嵜 想 ﹁ 仮 声 の マ ス ク ︵ 後 ︶﹂ 、黒 嵜 想 / 仲 山 ひ ふ み 編 ﹃ ア ー ギ ュ メ ン ツ ﹄ ♯ 3 、 渋 家 株 式 会 社 他 発 行 、 二 〇 一 八 年 、 一 二 四 一 三 三 頁 。 増 田 聡 責 任 編 集 ﹃ ポ ピ ュ ラ ー カ ル チ ャ ー 研 究 ﹄ vol.1 No.4 2007 、 京 都 精 華 大 学 表 現 研 究 機 構 、 二 〇 〇 八 年 。 22 小 山 昌 宏﹁ マ ル チ モ ー ダ ル 情 報 論 │ │ ア ニ メ ﹃ 魔 法 少 女 ま ど か ☆ マ ギ カ ﹄ に み る 視 聴 覚・ 音 楽 情 報 の 読 解 ﹂、 小 山 昌 宏・ 須 川 亜 紀 子 編 著﹃ ア ニメ研究入門 ︻応用編︼アニメを究める 11つの骨﹄ 、 現代書館、 二〇一八年、 二五〇 二 七 五 頁 。 23 小 山 昌 宏 ︵ 聞 き 手 : 初 見 智 子 ︶﹁ わ た し の ﹁ 女 性 声 優 ﹂ 史 │ ﹁ メ ー テ ル ﹂ 発 、 ﹁ の だ め ・ 閻 魔 あ い ﹂ 経 由 、﹁ 暁 美 ほ む ら ﹂ 着 ﹂、 小 山 昌 宏 発 行 編 集 ﹃ サ ブ カ ル ・
太 田 純 貴 二四 性 を 持 つ 声 質 の こ と で あ り, キ ャ ラ ク タ ー の 性 格 を 作 り 上 げ る 機 能 を果たしている。 そ れ に 対 し, 声 の イ ン デ ッ ク ス 性 と は, 声 優 に 付 随 し て い る 物 理 的 な 特 徴 で あ り, ア ニ メ ー シ ョ ン の キ ャ ラ ク タ ー と い う 表 象 の 次 元 を超える可能性を帯びている。先ほどの声優交替の例でいえば、同 じ﹁素子﹂というキャラクターを演じるとはいえ、山口智子の声と 田中敦子の声は決定的な違いを持っており、観客はそれぞれの声を 聞 い た 瞬 間, キ ャ ラ ク タ ー で は な く 声 優 の 方 を 思 い 浮 か べ, そ の 身 体 と 結 び つ け る の で あ る。 こ の 意 味 で, 声 は﹁ イ ン デ ッ ク ス 性 ﹂ を 備えていると言える 27 。 声のイコン性についてのジンの指摘にたいし、鈴木は、勅使河原三保 子 ら に よ る 声 質︵ voice quality ︶ に 関 す る 音 声 学 的 分 析 を 提 示・ 接 続 し て 裏 打 を 試 み て い る 28 。 ジ ン と 鈴 木 の 議 論 は 領 域 横 断 的 性 格 と い う 点 においても興味深くあるが、類似性や身体をめぐっては疑問が残る。そ の全てをここで詳細に検討することはできないが、何点か簡単にあげて おきたい。まず、イコン性は﹁類似﹂に関与することになるが、川田順 造が指摘するように記号と指示物における ﹁﹁有契的﹂ 関係には、 隠喩的、 27 ジ ン 前 掲 、 二 四 〇 頁 。 28 鈴 木 前 掲 、 一 一 七 頁 の 注 13を 参 照 。 言 及 さ れ て い る 音 声 学 の 議 論 は 以 下 。 勅 使 河 原 三 保 子 ・ 伊 藤 克 亘 ・ 武 田 一 哉 ﹁ 日 本 の ア ニ メ の 音 声 に 表 さ れ た 感 情 と 性 格 │ │ 声 の ス テ レ オ タ イ プ の 音 声 学 的 研 究 ﹂、 ﹃ 電 子 情 報 通 信 学 会 技 術 研 究 報 告 TL, 思 考 と 言 語 ﹄ 1 0 5 号 、 二 〇 〇 五 年 、 三 九 四 四 頁 。 勅 使 河 原 ら の 研 究 に つ い て は 、 レ ベ ッ カ ・ ス タ ー も 言 及 し て い る 。 ス タ ー の 議 論 に つ い て は 注 33参 照 。 関連する身体の問題を論じる際、先述のような音声学・言語学分野で獲 得された研究成果と、声︵優︶をめぐる研究で散見されるメディア論や 現代思想を援用したアプローチとを架橋する蝶番的な可能性を秘めてい るように思われる。関連する先鞭的な議論として、 ジン ・ リーファン︵靳 麗芳︶と、ジンを踏まえた鈴木真吾の指摘が挙げられる 26 。 ジンの議論で言及される ﹁イコン﹂ ﹁インデックス﹂ とは、 チャールズ ・ サンダース・パースの記号論における概念である。周知のように、パー スは記号を三つに分類する。対象と類似関係において把握される﹁イコ ン﹂ 、恣意的関係において把握される﹁シンボル﹂ 、そして近接的︵物理 的・因果的︶関係において把握される﹁インデックス﹂と、大雑把に分 け ら れ る。 ジ ン は、 ﹃ イ ノ セ ン ス ﹄︵ 押 井 守 監 督 、 二 〇 〇 四 年 ︶ の 主 人 公・ 草 薙 素 子 の 声 優 交 替 案 │ │ 草 薙 素 子 の 声 を 担 当 し て き た 田 中 敦 子 か ら 山 口 智 子 へ の 交 替 案 │ │ を め ぐ る エ ピ ソ ー ド を 例 に 、 ア ニ メ ー シ ョ ンにおける声が ﹁イコン性﹂ と ﹁インデックス性﹂ を備えていることを、 次のように指摘する。 声 の イ コ ン 性 は, 甲 高 い 声 や 渋 い 声, ま た は﹁ お ば あ ち ゃ ん の よ う な ﹂ 声、 ﹁ 子 供 の よ う な ﹂ 声, ﹁ 可 愛 ら し い ﹂ 声 等 々, 対 象 と 類 似 26 ジ ン・ リ ー フ ァ ン﹁ 日 本 の ア ニ メ ー シ ョ ン に お け る 音 声 の 機 能 │ │ ﹃ GHOST IN THE SHELL/ 攻 殻 機 動 隊 ﹄、 ﹃ 新 世 紀 エ ヴ ァ ン ゲ リ オ ン ﹄、 ﹃ 蒼 穹 の フ ァ フ ナ ー﹄ を 中 心 に ﹂、 ﹃ 北 海 道 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 論 集 ﹄ 第 10号、 北海道大学大学院文学研究科、 二〇一〇年、 二三五 二 五 一 頁 。鈴木真吾﹁サ ウ ン ド / ヴ ォ イ ス 研 究 ア ニ メ を 奏 で る 3つ の 音 │ │ ア ニ メ に と っ て の 音 と は 何 か ﹂、 小 山 昌 宏 + 須 川 亜 紀 子 編 著﹃ 増 補 改 訂 版 ア ニ メ 研 究 入 門 ア ニ メを究める9つのツボ﹄ 、現代書館、二〇一四年、九六 一 一 九 頁 。
アニメ・声・身体についての覚書 二五 の分節化や議論は必要であろう。 ま た、 ジ ン = 鈴 木 の 声︵ 優 ︶ と キ ャ ラ ク タ ー を め ぐ る 議 論 に お い て は、 両 者 の 関 係 は 固 定 的 で あ り 声 優 が 主 体 と し て 強 調 さ れ て い る。 ﹁ 声 を吹き込む﹂ = ﹁ 生 ア ニ メ ー シ ョ ン 命を付与する ﹂ という声優の造物主的性格を念頭に、 声優とキャラクターの関係は双方向的な視座を内包しつつもほぼ一方向 的・単線的に、そして声優や声は実体的に捉えられているように見受け られるのである。もちろん、両者の指摘が声優の交替という特定的な事 例に依拠していることは念頭に置かなければならない。しかし、一歩引 いてみた場合、声優とキャラクターの関係や声の受容︵モデル︶は、も う少し迂回的・散逸的・余白的・アドホック的であったり、相互決定的 であったりするような側面もあるのではないだろうか。この点について は機会を改めて論じたいが、こうしたことを間接的に裏打ちしていると 思われる指摘として、声優の森川智之による発言を挙げておこう。 後になって﹁森川ってこんな役もやっていたの?﹂と言われるこ とがよくありましたが、それが嬉しくもありました。声優としては 最高の褒め言葉ですよ。役者冥利に尽きます。 ﹁これも森川﹂ ﹁あれ も森川﹂と後から言われることにこそ、声優をやっている意味があ るなと感じるのです。 逆に、 みんなに﹁同じ森川智之﹂をイメージされたら、 どこに行っ ても、何をやっても同じという感じがしてつまらない 30 。 30 森 川 智 之﹃ 声 優 │ │ 声 の 職 人 ﹄、 岩 波 新 書 ︵ 岩 波 書 店 ︶、 二 〇 一 八 年 、 四六頁。 換喩的など様々な形がありうる﹂ことから、両者の議論でアニメの声に ついて類似性を取り上げる際にも、分節化の必要があるだろう 29 。 次に、身体についてである。上述の引用文のように、ジンは﹃イノセ ンス﹄を例に、そして鈴木は﹃ルパン三世﹄における山田康雄から栗田 貫一への声優交替を例に、伊藤剛の﹁キャラ﹂概念と共鳴させつつ、声 のインデックス性を取り上げる。声の受容者は、声のインデックス性を 契機として、キャラクターという表象レヴェルを超えて声優の身体を想 像するとされるわけだが、このとき言及される﹁身体﹂とは一体どのよ う な も の な の だ ろ う か。 例 え ば、 生 得 的 な 身 体︵ 的 特 徴 ︶ だ と す れ ば、 どの程度までそれに還元できるのかということについて検討が必要だろ う。生得的身体とは対立する後天的な身体、例えば声優学校などで発声 方法を習得して制度化された ││ 規律訓練を受けた ││ 身 体 も 想 定 で きる。イメージとしての身体という観点も、当然考えられる。換言すれ ば、両者の議論においては、声を経由しての着地先となる身体の位相が 判然としていないように思われる。 声優の交替によってキャラクターに違和感を覚えることは確かにある だろうし、交替した声優について想像を馳せること ││ ﹁想 像 ﹂ と い う 概 念 自 体 も 検 討 の 余 地 が あ る と 思 わ れ る が │ │ も 十 分 に あ り 得 る 。 だ が、その身体を想像するということが交替前後の声優を想像するという 程 度 で あ れ ば、 ﹁ 身 体 ﹂ と い う こ と ば・ 概 念 を こ と さ ら に 持 ち 出 さ な く ても可能ではないだろうか。概念的ツールを導入しても経験的事実の描 写 に と ど ま っ て し ま っ て い た り、 ﹁ 身 体 ﹂ が プ ラ ス テ ィ ッ ク・ ワ ー ド 化 してしまっている印象も受ける。少なくとも、身体概念についての一層 29 川 田 順 造 ﹃ 聲 ﹄、 筑 摩 書 房 、 一 九 九 八 年 、 二 七 七 頁 。
太 田 純 貴 二六 ことを内藤が強調していることは先述の通りである。とはいえ、当該書 の誤認箇所・内容についての具体的な言及はなされていない。また、声 優史についての昨今の研究や記述において、森川・辻谷の議論への参照 具合と比較すると、 内藤の議論への参照具合は、 管見の限りではあるが、 極めて低い。前者の議論に依拠するにしても、後者への目配りや批判的 検討を含む応答は一定程度不可欠であろう。 声優をめぐる声と身体の関係については、身体概念を問い直す必要が あ る。 そ の 際 の 足 場 と し て は、 イ コ ン / イ ン デ ッ ク ス 概 念 に 加 え、 本 稿 で は 言 及 で き な か っ た ロ ラ ン・ バ ル ト の﹁ 声 の 肌 理︵ 粒 ︶﹂ と い う 概 念とそれを援用した議論もあげられる。 ﹁声の肌理﹂概念の援用︵濫用︶ に 批 判 的 な 黒 嵜 想 の 議 論 な ど も 参 照 し な が ら、 ア ニ メ・ 声︵ 優 ︶・ 身 体 の 関 係 を 今 後 は 検 討 し て い く こ と に し た い 32 。 そ れ は 、 声 優 史 や 声 優 の系譜を再検討するための補助線にもなるだろう。 アニメと声や、声・身体・キャラクターの関係を論じるための新たな 概念ツールや視座の構築が要求される場合には、先行研究のように、サ ブカルチャーやポップカルチャー的な見地や思想や映像文化史的な観点 の み な ら ず、 ﹁ 音 象 徴 ﹂ の よ う な 一 定 の 成 果 を あ げ つ つ あ る 音 声 学 や 言 語学の知見も有効になると思われる。このような成果は実際の受容のレ ヴェルとすり合わせていく必要があるが、その際には﹁聴取の技法﹂を 扱う聴覚文化論的な視座も有用であろう。 アニメ声やメイド声といった記号化された声の様態、Siriのよう なAIアシスタント、ATMやカーナビゲーションシステムなどにおけ る音声ガイダンスといった問題圏にも、アニメと声︵優︶と身体をめぐ 32 黒 嵜 の 議 論 に つ い て は 注 21を 参 照 。 繰り返すが、ジンと鈴木の議論は示唆的でありそのイコンやインデッ クスといった視点は、キャラクター・声・声優の関係についての学際的 研究の蝶番となったり、メディア論や現代思想を援用した議論に定量的 研究を導入する糸口となる可能性を秘めていると思われる。そのために もパースの議論に立ち戻り、分析対象の選定や議論の射程も含めて、吟 味を重ねる必要がある。アニメにおける声︵優︶と身体の関係について も同様である。本稿での指摘の妥当性と合わせて今後の検討課題とした い。
結びにかえて
本 稿 で は、 声 優 の 系 譜 を め ぐ る 議 論 と 声 と 身 体 の 関 係 に つ い て の 議 論 ││ コインの裏表の関係にある ││ を 、 概 略 的 ・ 限 定 的 に で は あ る が、 取 り 上 げ た。 声 優 の 系 譜 を め ぐ っ て は、 声 優 ブ ー ム を 概 観 し つ つ、 しばしば基準とされる森川・辻谷の議論とそれに批判を加えた内藤の議 論を取り上げたが、一次資料の扱いを含め、両者の議論についてはさら な る 突 き 合 わ せ が 必 要 で あ る 31 。 そ の 際 、 真 っ 先 に 検 証 の 対 象 と な る のは勝田久の指摘であろう。勝田の指摘は﹁声優﹂ということばの誕生 をめぐってしばしば参照されるが、この文献には多数の事実誤認がある 31 ア ニ メ 研 究 に お け る ﹁ 史 料 ﹂ の 問 題 、 ア ニ メ へ の 歴 史 学 的 ア プ ロ ー チ の 必 要 性 に つ い て 取 り 上 げ て い る 研 究 と し て 以 下 を 参 照 。 木 村 智 哉 ﹁ ア ニ メ 史 研 究 原 論 │ │ そ の 学 術 的 方 法 論 と ア プ ロ ー チ の 構 築 に 向 け て ﹂、 小 山 昌 宏 ・ 須 川 亜 紀 子 編 著 ﹃ ア ニ メ 研 究 入 門 ︻ 応 用 編 ︼ ア ニ メ を 究 め る 11の コ ツ ﹄、 現 代 書 館 、 二 〇 一 八 年 、 一 九 七 二 二 一 頁 。アニメ・声・身体についての覚書 二七 ︻謝辞︼ 本 研 究 は J S P S 科 研 費 1 7 K 1 8 4 8 5︵ ﹁ ア ニ メ の﹁ 声 ﹂ の 文 化 とその制度化を言語学, 現代思想, メディア論の共同で捉える試み﹂ ︵研 究代表者 : 太田一郎︶ ︶の助成を受けた。本研究に関連するワークショッ プを複数回開催し、レクチャラーの秋吉康晴氏︵京都精華大学︶と小池 隆 太 氏︵ 米 沢 女 子 短 期 大 学 ︶、 お よ び 参 加 者 全 員 か ら 貴 重 な ご 意 見 を い ただいた。また、共同研究者である太田一郎氏︵鹿児島大学︶と宇都木 昭氏︵名古屋大学︶からも示唆的なコメントをいただいた。記して感謝 申し上げる。 る 議 論 は 進 展 し て い く よ う に 思 わ れ る 33 。 少 な く と も 、 ア ニ メ に お け る声︵優︶と身体とキャラクターをめぐってはさらなる議論が求められ る 34 。 33 ア ニ メ 声 に も 関 わ る 言 語 学 的 研 究 と し て 、 例 え ば レ ベ ッ カ ・ ス タ ー の 議 論 は 示 唆 的 で あ る 。
Rebecca L. Starr “Sweet voice:
The role of voice quality
in a Japanese feminine style”, Language in Society , vol.44(1), February 2015, pp.1– 34. ス タ ー は 、 主 に 日 本 社 会 の 女 性 の ﹁ 甘 い 声 ﹂︵ Sweet V oice ︶ に 注 目 し 、 島 本 須 美 や 生 天 目 仁 美 ら 女 性 声 優 の 声 質 を 分 析 し て い る 。 そ の 議 論 の 射 程 は 日 本 社 会 に お け る 声 の 文 化 に 関 わ る ジ ェ ン ダ ー の 問 題 に ま で 及 ぶ 。 34 本 稿 で は 言 及 で き な か っ た が 、 初 音 ミ ク を 中 心 と し た VOCALOID や ヴ ァ ー チ ャ ル You T uber で あ る ﹁ VT uber ﹂ や 、﹁ バ ー チ ャ ル 美 少 女 受 肉 ﹂ ︵ 通 称 ﹁ バ 美 肉 ﹂︶ の 問 題 も 、 声 ︵ 優 ︶ と 身 体 を 考 察 す る 際 に は 示 唆 的 で あ る 。 関 連 す る 文 献 と し て 以 下 。﹃ 美 術 手 帖 特 集 初 音 ミ ク ﹄ 6月 号 、 美 術 出 版 社 、 二 〇 一 三 年 。﹃ ユ リ イ カ 総 特 集 初 音 ミ ク ﹄ 12月 臨 時 増 刊 号 、 青 土 社 、 二 〇 〇 八 年 。﹃ ユ リ イ カ 特 集 バ ー チ ャ ル YouT uber ﹄ 7月 号 、 青 土 社 、 二 〇 〇 八 年 。 hitomine ︵ 邑 久 り つ 監 修 ︶﹃ あ た ら し い 女 声 の 教 科 書 ﹄、 t2library 課 外 活 動 部 、 二 〇 一 五 年 ︵ 以 下 の サ イ ト よ り P D F で ダ ウ ン ロ ー ド ︵ http:// iciovp.toypark.in/fvp/ ︶。 ︵ 情 報 取 得 日 二 〇 一 八 年 一 一 月 二 八 日 ︶︶ 。