社 会系 教 科 教育 学 会 『 社 会 系 教 科 教 育 学 研 究 』 第 9号 1997 (pp. 1 -11)
状 況 に お け る 行 為 の 反 省 過 程 と し て の 歴 史 授 業 構 成
一高校地歴科世界史B小単元「 ナチス支配体制下 の民衆生活」の開発を事例として−
The Organization of History Lessons as the Process of Reflective
Monitoring of the Behavior in the Situation:
In the Case of the Unit ‘Life in The Third Reich'
in the Senior Hi
gh School Subject “World Historyc) ”
梅 津 正 美
(鳴門教育大学)
0。 問 題 意 識 と 歴 史 教 育 の 目 標 原 理 に 関 す る 所 見 に特 化 さ れ た人 間 像 で は な く ,「 日 常 を 生 き , 政
歴 史 授業 を ,「 社 会 科 歴 史 」 と し て 性 格 づ け よ
治 的 ・ 経 済 的 ・ 社 会 的 ・ 文 化 的 に あ ら ゆ る営 み を
と す る論 者 は, し ば し ば 「 課 題 の現 在 性 」 を ひ と す る 行 為 者 」 と し て の人 間 像 を 象 徴 し て い る。 生
っ の 重 要 な 視 座 にお い て き たo
〔1〕筆 者 自 身 も, 学 活 者 は, 工 業 化 や 情 報 化 が 高 度 に 進 行 し た 現 代 社
校 教 育 に お い て 歴 史 系 教 科 目 が制 度 的 に い か に変 会 で は, 多 様 な 情 報 ソ ー ス に よ 名多 元 的 な 価 値 基
更 さ れ て も,「 課 題 の 現 在 性 」 は 歴 史 授 業 の 第 一 準 の 存 在 に よ り, 多 様 な 生 活 目 標 ( 生 活 欲 求 ) を
義 的 な理 念 で あ る と 考 え て い る。 し か し, 現 状 で 持 っ た 人 間 と し て 存 在 し て い る。 そ し て, 生 活 者
は, 事 件 史 中心 の年 代 史 的 な 歴 史 構 成 の も と で ,
は, 自 己 の 置 か れ た 状 況 の 中 で 日 常 的 な 解 釈 枠 組
こ の 理 念 の い う 「 課 題」 の 内 実 を具 体 的 に 規定 し,
を 構 築 し て , 時 々 の 生 活 行 動 を 決 定 して い る の で
そ れ に 連 動 す る 歴 史 の 学 習 原 理 を 示 し て , 授 業 を あ る が, 自 己 の多 様 な 生 活 目 標 に 照 ら し た 時 , 生
構 成 す る と い う 教 科 教 育 学 的 な 方 法 論 が一 般 化 し 活 行 動 の ど の 選 択 に も不 安 や 不 満 が つ き ま と い 常
い る と は 思 え な い 。 歴 史 授 業 にお け る 厂
課 題 の現 に葛 藤 に さ い な ま れ て い る。 他 者 の生 活 行 動 と の
在 性 」 は結 局 理 念 に と ど ま り, 実 際 に は「 過 去 理 ぶ つ か り 合 い や せ め ぎ 合 い は, こ う し た 不 安 や 葛
解 」 の 歴 史 授 業 が 再 生 産 さ れ て い る ので はない か。 藤 を さ ら に 助 長 す る。 自 覚 的 で あ る か そ う で な い
本 稿 の 目 的 は,「 課 題 の現 在 性 」 を 視 座 に , ま さ か は 別 に し て, こ う し た 不 安 や 葛 藤 か ら逃 避 し よ
に 教 科 教 育 学 的 な 方 法 論 に 順 じ て 高 校 世 界 史 教 育 う と す る者 は, な に か 特 殊 な 一 元 的 価 値 基 準 に 自
にお け る 単 元 開 発 を す る こ と に あ るo 己 の 行 動 を 準 拠 さ せ て い く か , 個 々 の 行 動 を 状 況
筆 者 は,「 課 題 の 現 在 性 」 を , ① 現 在 を 生 き ,
の中 で 合 理 化 し て い く こ と に安 住 し て い く が, そ
未 来 を 形 成 す る 主 体 と し て の 個 ( 自己 お よ び他 者)
の こ と に よ っ て, 支 配 的 な 体 制 や 制 度 , あ る い は
の 認 識 , ② 個 の 生 き る現 代 社 会 が 直 面 す る 諸 課 題 自 己 の 依 拠 す る価 値 基 準 に 対 す る 反 省 的 で 批 判 的
の 解 決 へ の志 向 性 と そ の た め の意 思 決 定 力 , の二 な 目 は次 第 に 失 わ れ て い く。 主 体 的 な 自 己 決 定 に
つ の 意 味 に お い て 捉 え て い る の だ が , 本 稿 で は こ 戸 惑 い, 逃 避 し て い く生 活 者 像 こ そ ま さ に 寸 生 活
の 二 つ の 意 味 に リ ン クす る 「 生 活 者 の ア ンビ バ レ 者 の ア ン ビ バ レ ン ス」 を 象 徴 し て い る の で あ る 。
ン ス(ambivalence
両 面 価 値 性 )」
(2)と い う 言 説 現 代 社 会 の 直面 す る諸 問 題 と して 指 摘 さ れ る事態 −
が 説 明 す る, 個 お よ び 社 会 が 直 面 す る現 在 の問 題 例 え ば, グ ロ ーバ ル社会 の問 題 で は, エ スニ シ テ ィ
状 況 を 立 論 の 前 提 と す る。 ま ず , 問 題 状 況 と し や 文 化 の摩 擦 に根 ざ す紛 争 や 差 別 事 象 の多 発 , 国
て の「 生 活 者 の ア ンビ バ レ ス 」 を 規定 し て お こ う。 内 問 題 で は, 官 主 導 の政 治 と そ の 裏 返 し と し て 政
「 生 活 者 」 概 念 は,「 政 治 人 」「 経 済 人 」「 文 化 人 」
治 的 無 関 心 層 の増 大 に根 ざ す 「 民 主 主 義 の危 機」,
と い っ た 言 い 方 に よ る, 社 会 生 活 の 中 の あ る 側面 ま た 日 常 生 活 問 題 で は, 家 庭 ・ 職 場 ・ 学 校 に お け
− 1−
社
会構造
政治体制
経済
組織
法律体
系
社
会階級
科学技術
など
表層
r
1
1
1
1
s
I
I
︱
︱
−−−−−
汐
|
涓
茹
j§
状況
生
活
者
の
行
為
−− −−−− 一 一 −−
。:
:
:
:
︲
⋮
−
:
︲
。’︲一
一
判
断
・
選
択
︲︲︲ ︲
文化の構造
価値
観
念
基層
信
仰
共
同体
の
規範
日常行為
の傾
向
生活様
式
な
ど
深
層
図
1.厂
生活者の
,状況に
おける行為」モデル
2
歴
史学習過程の組織化
歴史理解の
対象と
して
「生活者の行為
」を設定
し
,それ
を軸に歴史的過去と現在とを接続
しよう
とす
るとき
,対象は
,学習主体である生徒たちも
日常生活者と
して
,過去を生きた
人間と共有でき
る経験領域であるか
ら
,そこにはすでに歴史的過
去か
ら現在を理解する契機が内在
している
,と主
張することができよ
う
。また
,対象を,
「現在の
自分
とは
異質な存在
」=
「異文化」として捉え,
異文化そのものの成
り立ちを
,その時代のコンテ
クス
トに即
して理解
し
,それ
によって現在を相対
化できる
,と主張することもできよ
う。
(6
)
筆者は
,
こう
した
主張にみ
られ
るように
,歴史学習におけ
る厂
相対主義的理解
」が第
一義的には
重要である
と思っている
。従
って,筆者が本稿において主張
する
「状況における行為の反省過程
」としての歴
史授
業でも
,①歴史的過去に,生活者の状況に
お
ける行為と
してどのような形態が存在
していたの
か
,②
その行為は
,状況の中でいかなる論理のも
とに実践されたのか
,③その行為が,ある論埋の
もとで展
開されたことによって
,
「社会構造」や
匚
文化の構造
」は
どの
ように固定化した
り,逆に
流動化
したのか
,という問いに解答を与えて
いく
ように
,
「状況に
おける行為の意味理解」を中心
とする匚
事実認識過程
」が学習過程と
して第
一に
組織されね
ばな
らないと考える
。
しか
し,
「歴史
的過去の理解
」は厂
現在理解
」の
到達点ではな
く
出発点である
の
学習過程は
,という筆者の視座か
,
「状況における行為の意味理解」
らすれば,そ
を中心とする
「事実認識過程
」に
,次の
2つの要
件
を組み
込んだ
「価値認識過程」を連続
させ
て組
織化する必要が
あると考える
。
2つの要件とは
,第
1に,生徒たちが
「歴史的
過去の
生活者の行為の意味
」を理解
してもなお感
ずる
「価値葛藤
」を,回避すべ
きもの
と
して捨象
せずに
,学習過程の
中に正当に位置付けてゆ
くと
いうことである
。現代に生きる生徒たちにとって
「歴史的過去の生活者の行為
」はまずは
「現在の
自己の
生活行為
」と等価なものとしてではなく,
従属
的なもの
として把握され
よ
う
。そ
して,
「異
質な他者の行為
」に接触
したとき,生徒たちは
「価値葛藤
」に直面することになろう。
しか
し,
生徒たちがこうした
「価
値葛藤
」と正対
し,それ
を乗
り越
えることが
できなけれ
ば
,
「現在」を生
きる生徒たちと
「歴史的過去
」を生きた他者
との
相互コミュニケ
ーシ
ョンは成立
しない
し,過去
を
視
点に現在を反省的に吟味
していくこともできな
いと考
える
。そうであれ
ば,歴史学習を,単に
「歴史的過去の生活者の
行為の意味理解
」にとど
めず
,生徒たちを,歴史的行為
と現在の
自己の行
為とのぶ
つか
り合
いか
ら生ず
る
「価値葛藤
」と正
対させる主題および活動を学習過程の
中に位置付
けることが不可欠であると考えるの
である
。
第
2には
,生徒たちが
,自己のよ
り望ま
しい未
’
来的な
「行為
」を志向
して
,歴史的
「行為」と現
在的
「行為
」を評価す
るための価値基準
を選択的
に導出
してゆ
ける学習過程を組織化
してゆ
くとい
うことである
。
「歴史的過去における生活者の行
為
」がいかに事実と
して理解
され
ても
,評価のた
めの価値基準な
しに
,現在の
日常性の
内に生徒だ
ちが個々に形成
している関心か
ら
,それが
一面的
に
しかも無批判に理想化
された
り逆に罪悪視され
るとい
う
「行為に対する価値判断の偏向
」は避け
られ
なけれ
ばならない
。そうでなけれ
ば
,彼らが
,
「歴史に学んで現在の
自己の生活行為を合理的
・
批判的に反省
した
」ことにはならないであろう。
しか
し
,一方で留意されねばならないのは
,評価
のための価値基準が
,いかなる場合にも批判を許
され
ない所与の
「絶対的価値基準
」と理解され
,
授業で注入され
ることも許され
ないということで
ある。
「生活者の
,状況に
おける行為の反省過程
」
−4−
衆 の, 状 況 にお け る 行 為 の 意 味 理 解 」( 事 実 認 識 )
の 過 程 に対 応 し , パ ー ト Ⅲ が主 要 発 問 B に導 か れ
て 「 現 在 を 生 き る 生 活 者 と して の 自 己 の 行 為 の 反
省 的 吟 味 」( 価 値 認 識 ) の 過 程 に対 応 し て い る。
パ ート I は, 世 界 恐 慌 以 降 の ワ イ マ ー ル 体 制 の
崩 壊 原 因 と そ れ に 連 動 す る ナ チ ス の 政 権 掌 握 の要
因 を , 政 治 体 制 や 経 済 政 策 の 側 面 か ら 探 求 し て い
く こ と に よ り ,「 ナ チ ス支 配 の シ ス テ ム化 さ れ た
構 造」 を 生 徒 た ち に 理 解 さ せ る展 開 に な って い る。
パ ートII は, シ ス テ ム化 さ れ た ナ チ ス支 配 に 対
し 七, 当 時 の 日 常 生 活 者 と し て の 「 個」 が ど の よ
う な 行 為 を し , そ の 背 景 に い か な る論 理 が 読 み 取
表 1. 小 単 元 「 ナ チ ス支 配 体 制 下 の 民 衆 生 活 」 の 授 業 展 開
教 師 の指 示 ・ 発 問 教 授・ 学 習 活 動 資 料 生 徒 の 応 答 ・ 学 習 内 容
導 入 ( 学 習 の 視 点 と 学 習 課 題 の確 認 )
0-1.「 ナ チ ス」 と い う 言 葉 か ら受 け る イメ
ー ジを 自 由 に出 し 合 って みよ う。
0-2. 厂20世 紀 に お け る 人 類 史 上 最 大 の犯 罪 」
と 呼 ば れ る ナチ ズ ム につ い て , 現 代 の
ド イ ツ人 はど の よ う に受 け止 めて い る
の だ ろ う か 。
0-3.ド イ ツ の「 歴史 家 論 争」 が 問 題 提 起 し
て い る の は,「 体 制 に 対 す る 個 の関 わ
り方 を ど の よ う に 自 覚 す る か 」 と い う
こ と で あ ろ う。 こ の 小 単 元 で は,
「 体 制 や 社 会 と 日 常 的 な 生 活 者 と の 関
わ り方 」 を 視点 に, 「 ナ チ ス支 配 体 制
下 の民 衆 生 活」 と い う テ ーマ で , 次 の
2つ の問 い を 軸 に 学 習 を 進 め て い く。
A . 後 に「 ̄20世 紀 に お け る 人 類 史 上 最 大 の
犯 罪」 と 言 わ れ る ナ チ ズ ムに 対 し て ,
当 時 の ド イ ツ で は 結 局 一 度 も 全 国 民 的
な 規 模で の 反対 運 動 は 起 こ ら な か っ た 。
な ぜ, ド イ ツ民 衆 はナ チ ズ ムを 許 容 し
え た の だ ろ う か。
B 。 当 時 のド イ ツ民 衆 と ナ チ ズ ムと の関 わ
り 方 を比 較 の 材 料 に し て, 私 た ち の 日
常 的 な生 活 行 為 と 社 会 や 体 制 と の 関 わ
り 方 を 検 討 し た と き, 私 た ち の 前 に は
ど の よ う な 問題 状況 や 今 後 の 展 望 が み
え て く る の だろ う か。
T 。 発 問 す る
P . 答 え る
T 。 説 明 す る
T . 学 習 課 題
の提 示
1
2
・ 全 体 主 義, 戦 争, 暴 力, ユ ダ ヤ人 迫 害 な ど
・ ド イ ツ に お け る 「 過 去 の克 服 を めぐ る論 争 」( 歴 史 家 論
争) を 紹 介 す る。
一 現 代 を 生 き る 者 も, ナ チ ズ ムと い う 歴 史 的 過 去 に対 す
す る責 任 を 自 覚 す べ き で あ る 。
一 現 代 を 生 き る ド イ ツ 人 だ け , ナチ ズ ム のい う「 過 去 の
の重 荷」 に い つ ま で も苦 し む 必 要 はな い 。
A . な ぜ, 当 時 のド イ ツ民 衆 は ナ チ ズム を
許 容 しえ た の だろ う か。
1. 世 界 恐 慌 以 後 , ワ イ マ ー ル共 和国 に 代 わ
って , ナチ ス が急 速 に 体 制 を確 立 し, 政
権 を 掌 握 で き た の は, な ぜ か。
卜1. 世 界恐 慌以 後, ワ イ マ ール 共 和 国 が 急
速 に崩 壊 へ と進 んで い っ た の は な ぜ か。
①ワ イ マ ー ル共 和 国 は政 治 的・ 経 済的 に
ど のよ うな 性 格 を も っ た 体 制 だ っ た の か。
② 世 界 恐 慌 は, ド イ ツ経 済 に ど の よ う な
影 響 を 与 え た のか 。
③ こ う し た 経 済 危 機 に, 共 和 国 政 府 ほ ど
の よ う に対 処 し よ う とし た のか 。 ま た,
そ れ はど の よ う な 結 果 を も た らし た のか 。
④ 世 界 恐 慌 下 の経 済 危 機 にあ っ て , 民 衆
はど の よ う な 政 治 意 識 を も ち, そ れ は ど
の よ う な 政 治 行 動 と な っ て あ ら わ れ た の か。
⑤ 世 界 恐 慌 の 勃 発以 後 , ワ イマ ー ル共 和
国 が 急 速 に 崩 壊 し て い っ た の は, な ぜか 。
1-2.世 界 恐 慌 以 後 , ナ チ ス が急 速 に 政 権 を
掌 握 で き た の は, な ぜ か 。
T . パ ートI
の 課 題 提 示
T . 発 問 す る
P . 資 料 を 基
に 答え る
T . 発問 す る
P . 資 料 を 基
に 答え る
T . 発 問 す る
P . 予 想 して
答 え る
T . 説 明 す る
T . 発 問 す る
P . 資 料 を 基
に答 え る
T . 発 問 す る
P . 答 え る
3
4
5
・ 政 治 的 に は, 社 会 主 義 革 命 を 恐 れ る資 本家 と 社 会民 主
主 義 を 選 択 し た労 働 者 と の妥 協 に より な っ た 政 治 体 制
で あ っ た 。 ま た, 経 済 的 に は, ア メ リ カ 資 本 の 導 入 に
支 え ら れた 体 制 で あ っ た。
・ ア メ リカ か ら の資 金 スト ップ によ り, 国 内投 資 は 減 少
し, 失 業 者 が 増 大 し た。
・ 匚非 常 事 態 宣 言 」 によ る 大 統 領 内 閣 の成 立 に よ り, 議
会 制 は破 綻 し た。 ブ リ ュ ー ニ ン グ の大 統 領内 閣 は, 賃
金 ・ 価 格 の 引 下 げ や 社 会 保 障 費 の削 減 , 増 税 な ど の デ
フレ 政策 を実施 し たが,効 果な く,失業 者が累 積 し た。
・ 世 界 恐 慌 の 勃 発 に よ る経 済 危 機 は, 民 衆 の政 党 支 持 を
ナ チ ス ( = 資 本 主 義 体 制 擁 護 派 ) と共 産党 ( = 社 会主
義 革 命 志 向 派 ) に 二 極 分 解 し た。
○ 第一 次 世 界 大 戦 の 敗 戦 と ベ ル サ イ ユ体 制 に対 す る ド イ
ツ 国 民 の 屈 辱 感 や1923 年 の超 イ ン フレ に よ る社 会 混 乱
を, ア メ リ カ 資 本 の導 入 や 協 調 外 交 で し の いで き た が,
世 界 恐 慌以 後 の経 済 混 乱 に伴 う民 衆 の急 速化 に共 和 国
政 府 は政 策 上 対 処 し き れな くな っ た。
− 6−
①ナ
チスの政権掌握の過程
を年表で確認
しよう。
`
②ナチスは
,
ドイツの危機に
どのような
基本政策
をも
って対処
しようと
したのか。
③ナチ党員の社会構成上の
特徴は何
か
。
また
,彼らは党の何に引かれ
たのか
。
④
社会民主党や共産党などの
左派勢
力
は,なぜナ
チス
に組織
的に
対抗
でき
な
かったの
か。
⑤
世界
恐慌
以
後
,ナ
チ
ス
が
急
速
に
政
権
を
掌
握
で
き
たの
は
,
なぜ
か
。
2。ナ
チスは確かに
急進化
した
民衆のニーズ
に
政策
的に応
え,また強制的に民衆
を組
織
化
していくというや
り方で政権
を掌握
した
。
しか
し,体制
としてのナチズム
に,
ごく平凡な民衆は
日常生活の中で
どの
よ
うに
対処
していたのだ
ろうか
。ナ
チス
の
支配は
,民衆の
日常生活にス
トレー
トに
浸透
していったのだ
ろうか
。民衆は
,ナ
チスの支配に全面的に服従
していたのか。
2-廴
まず
う。資料に登場する
,資料10,
11
をもどに考
Aの行動は親ナ
えてみ
よ
チ
か反ナ
チかの二者択
一では説明か
っか
な
い。なぜ
,Aは一見矛盾
する態度を
とったのだ
ろう。
①
証言の中に手がか
りはないか。
②
歴史家ヴ
ェルケ
による
「ヘ
ッセン
州ケ
ル
レ村の社会構
造の
分析
」を参
考に
,
A
の行動の
意味を
どの
ように説明できるか
。
2-2.
資料13
村で
,体制が
をも
とに考
主張す
えてみ
る厂
よう。ケル
反ユダヤ
主義
レ
」
に基づ
く攻撃の
矛先が
,
ドイツ
人の
,
T。指
示
す
る
P.
確
認
す
る
T
.
発
問す
る
P.
予
想
して
答
え
る
T
.
に
資
説
料
明す
を
基
る
T。発
問す
る
P
.資料
に答
を基
える
T。説明する
T。発問す
る
P.答える
T。パー
の
課題提示
トII
T。発
問する
P.答
える
T。発
問す
る
P
.資料
に答
を基
える
6
7
8
9
10
11
12
13
−7−
・1933-36
年ま
での
「ドイツ国
内のナ
チ化」の過程
を
中心に確認する
・失業者
を軍需工場に吸収する→
「経
済四ヶ
年計画
」
・集会
・結社
・言論
・出版など国民の
自由の
弾圧→
ゲシュタポに
よるテ
ロ,強制収容所への
送致→組織
的な労働
運動の破壊
・ヒ
トラー
独
自の
「人権
論」と
「領域
論」に
基づく
「民族共
同体」樹立へ
の志向→宣伝
活動に
よる波及
効果
,ユダヤ
人の迫害
,
「ホ
ロコース
ト」
・ナ
チス
は
「国民政党」と
しての
性格
を有
していたが
,
その中核は中間層
(独
立自営農民,中小商
人,手工
業者
,中下級官吏など)であった
。
・党への
期待の
中心は
,階級分裂
を克服
して民族共
同体
を作
り上げること,ベルサイユ体制に対す
る大国
ドイ
ツと
しての威信
回復
,経済
的復興
であった
。対外進出
,
反ユ
ダヤ
主義の強
化に
関す
る期待は
さほ
ど大き
くな
い。
・ナ
チスの
政権
掌握前後に
,左派勢
力は
,政党個々に反
ナ
チスの
大衆行動
を行
って
いたが
,政治路線の違
いか
ら社
民党と共産
党は共闘
を組む
ことができなか
った
。
・失業者600
ス
トが不
可能
万人の状況下では
であった
。
,対抗戦術と
してのゼネ
・33
年のナ
チスに
よる共産党
・社
民党
・労働組合の全面
禁
止に
よ
り,労働運動が組織的に破壊
され
た。
○世界
恐慌に
よる経済危機に対
し,ナ
チス
は国民各層の
要
求に答
える利益政策
を展開
した。
○
界観
厂
民族共
と指導者像が
同体の樹立
,党に
」を柱とするヒ
よる宣伝効果と相まって,急
トラーの
特異な世
進
化
した
ドイツ
民衆に
受容
され
た。
○ナチスは
,反対勢
力に対
しては
,力によ
り弾圧
した。
○左派勢
一 一一一 一一一− 一一−一 一
力に
よる反ナチスの組織結果ができなか
−一一 一一一一 一一−
った
。
い止ま
らせた
。他方,
Aは村議会
で,村の
トラー
広場」と改称する提案
を行い,これ
匚櫞 川 眺辻兌..、
…
…...
…
…
…..
…
…
…
….
・Aは厂
村と
しての
まとま
り」にこだわ
って
r
`"
“""'-'-'
゛""
| (資料13
1 と交際し
| らせを受
|
﹁
−
︱
︱
I
I
I
`゛゜゛゜゜气
人 |
嫌 |
|
F
…
…
¨…
゛
…
…
…
…
…
…
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¨
¨
¨…
…
゛
…
…
… ̄
¨
¨ ̄¨ ̄
|
(資料10
・
nの概要)
1933
年にヒ
トラー
が政権
に就い
た時
,ヘッセン
州ケル
レ村で
,馬農家出身の
有力者
AI
の息子
(ナチ党員)が村の社民党員や共産党員の逮
捕|
に乗
り出
した
。その時
Aは,それ
に反対
して息子を思|
広 場 を 「 ヒ |
に は 社 民 党 |
|
一一---一一---一
一---・-い る よ う だ 。
・資料10
では,ナ
チ党員の
息子が
,反ナチ
的な主張をす
る父親
の意見に従
っている
し
,資料11
では
,社
民党員
Bが
,Aの親ナ
チ的な提案に賛成
している。
F'“"'“""゛""'`“"`'“゛゛゛"“゛゛'“'゛“'゛"゜“゛“'゜"'“"“'゛"゜"゜゛'“゛゛““゜“゛“'“""""""'`'¬
| ( 資 料12 の 概 要) ケ ル レ 村 に は, 農 業 経 営 規 模 に応 じ i
| て馬 農家 ・ 牛 農 家 ・ 山 羊 農 家 の 3種 類 の農 家 が 存 在 し i
| い た. 馬 農 家 は, 貧 し い 山 羊 農 家 に 臨 時 雇 い の仕 事 を i
| 与 え, 一 方 で 山 羊 農 家 と の連 携 を 嫌 う牛 農 家 の性 向 を i
| 利 用 す る こ と で , 村 に 対 す る 支 配 力 を 保 持 して い た。 i
l rC rf*≫ふ.1.11 = ●I.昏昏.ふ. ●丶j_.t疉.ぶwJ よ... =...ktJ.I
馬農家に対する牛農家や山羊農家の不満やねたみは常|
ぶ云妥
1ぶム
4.
あ
ミ ̄
λぶふ'ぶ盲,
4
霞。斗,EI
ル書苛
雌|
|
二註 諳肢胼に辻a.。
に存在
していたが
,全体
と
して村は
…
…
…
…
,強
…
…
い共同体意識|
…。
…
…
…。
…
…
….j
・ケル
レ村は
,基本
的には厂
親ナチ
」の村
であったが
,
馬農家出身の
Aは
,村の有
力者
としての村の
一体性
を
守る義務が
あった
し,村
での
自分の対面も守
らね
ばな
らなか
った
。Aの行為は
,ナチスへの賛否ではな
く,
馬農家と
しての
メンツや村の秩序維持
という
「村の論
理」に基づいていた
。
Aの
息子や社
民党
員
Bの行為も
,
自己の
政治的信条
よ
り
「村の論理
」に従
ったもの
である。
の概
要)
1934
年に
村のナチ
党幹部がユダヤ
ていた
との
理由で
,村の他のナチ党
員か
ら
けた
。甥の
Cはす
ぐさま抗議
した
。
しかも村のナ
るのはなぜか
。
チ党幹部に向けられ
てい
①
馬農
家
で
,村
のナ
チ
党
幹
部
Cは
。ダ
ヤ
人
との
交
際
を続
けた
叔
父
を
,
どの
よ
う
な
論理
で弁
護
して
いる
か
。
②
村
の
ナ
チ
ス
の
面
々
が
,村
の
有
力者
で
,
ナ
チ
党幹
部
Cの
抗
議
を最
後
ま
で
はね
つ
け
る
こ
とが
で
きた
の
は
な
ぜ
か
。
2-3.
資
料14
をも
とに
考
え
てみ
よ
う
。市
民
D
の
証
言
に
よれ
ば
,ア
ウ
クス
ブル
ク
市
で
は
ナ
チ
党
に対
す
る批
判
の
声
が
絶
えな
か
っ
た
。
では
な
ぜ
,市
民の
も
つナ
チ
党
へ
の
個
々の
不満
や
批判
が
全
面
化
しな
か
っ
た
の
だ
ろ
うか
。
①
市
民
Dは
,
そ
も
そも
親
ナ
チ
なの
か
,反
ナ
チ
なの
か
。
②
資
料14
で
示
され
る
いわ
ゆ
る
「ヒ
トラ
ー
神
話
」
は
,
市
民
Dに
と
っ
て
どの
よ
う
な役
割
を果
た
して
い
たの
か
。
③
ア
ウ
クス
ブル
ク
市
では
,
な
ぜ市
民の
も
つ
党
へ
の
個
々
の
不
満
や
批
判が
全
面
化
しな
か
っ
た
の
だ
ろ
うか
。
2-4.
これ
ま
での
資
料
の
検
討
では
,農
村
部
,
都
市
部
の
それ
ぞれ
で
,
基本
的
に親
ナ
チ
ス
の
立
場
に
あ
る
民衆
のナ
チス
権
力
に
対
す
る
関
わ
り方
をみ
て
き
た
。
資
料
に
登
場
したA,
C,
Cを批
判
した
村
人
,
Dの
ナ
チス
へ
の
対
処
の
仕
方
に
お
い
て
,
共
通
す
る
特
徴
と
して
どの
よ
うな
こ
とが
指
摘
で
き
る
か
。
2-5.
をも
今
度
は
っ
,本
て
き
来
た
「反
人
々の
ナ
,ナ
チ
ス
」の
チス
政
権
力
治
に
信
条
対
す
る
関わ
り方
をみ
て
い
こ
う
。
①
資
料15
か
らは
,社
民
党
支持
の
工
場
労働
者
Eのナ
チス
に
対す
る
態度
と
して
どの
よ
うな
こ
とが
読み
とれ
るか
。
②
資
料16
をも
とに
考
え
てみ
よ
う
。資
料
に
登
場
す
る
Fは
,
社
民党
を
支持
す
る
労働
者
で
あ
る
。彼
は
本
来
「反ナ
チス
」
を
政
治信
条
と
して
い
る
は
ず
なの
に
,
な
ぜ
,ナ
チス
の
余
暇
組
織
「歓
喜
力行
団
」
に
賛
同
して
い
る
の
か
。
③
ナ
チス
政
権
成
立
以来
,
強制
的
同
化
政
策
を推
進
す
るナ
チ
ス
に
対
して
新
旧両教
会派
の
民衆
は
抗
議
行
動
を継
続
して
き
た
が
,
そ
れ
は
体
制
全
体
に
対
す
る
徹
底
反
抗
ま
で
に
は
至
ら
なか
った
。資
料17
のバ
イ
エル
ン
の
教
会
闘
争参
加
者
の
証
言
に
よれ
ば
,な
ぜ
教
会
闘
争が
部
分
的
闘
争
に
と
どま
っ
た
の
か
。
2-6.
資
の
料15
代
表
・16
的
な
・17
反
対
では
勢
力で
,ナ
ある
チ
「社
ス
政権
会
下
主
で
義
擁
護
派
労
働
者
」
と
「新
旧教
会
派
民衆
」
の
ナ
チ
ス
権
力に
対
す
る
関わ
り方
をみ
て
きた
。反
対
勢
力の
ナ
チス
に
対
す
る
対
処
の
仕
方に
お
いて
,共
通
す
る
特
徴
と
して
どの
よ
う
な
こ
とが
指
摘
で
き
る
か
。
A.
許
なぜ
容
しえた
,
当
時の
の
ドイ
か
。
ツ
民衆
は
ナ
チズ
ム
を
T。発問す
る
P.資料を基
に答える
T.発問す
る
P
.資料を基
に答える
T。発問す
る
P.答
える
T.発問する
P.資料
を基
に答
える
T.発
問する
P.資料
を基
に答
える
T
.発
問す
る
P.答
える
T。発
問す
る
P.資料
を基
に答
える
T.発
問す
る
P
.資料
に答
を基
える
T。発問す
る
P
.資料を基
に答
える
T。発問す
る
P.答える
T。発問す
る
P.答
える
り乙
Q
U
1
1
12
| 「 大 金 持 ち で , ア メ リ カ に 住 ん で い て , 戦 争 に 火 を つ |
| け た ユ ダ ヤ 人 な ら 弾 圧 も 仕 方 な い が , 近 く の ま っ と う |
| ユ ダ ヤ 人 な ら 誰 だ っ て 来 て か ま わ な い 」 と い う の が 彼 |
匚 の 根 拠 で も あ っ た 。 し か し, 嫌 が ら せ は な お も 続 い た 羂
-一
・ 自 分 や 村 に 利 益 を も た ら す 身 近 な 村 う ち の 耳 ダ ヤ 人 は争儷---一伽-w-■■・甲■■--a・獅-一儡弔φ-・-■-■-■・滷-■枦粐岬・--一髻wi--w---■■■■吽辱■--φ--仙w■■-■■■■-■--・争・----幽--w
弾 圧 も 仕 方 が な い と し , 「 村 の 内 と 外 の 論 理 」 を 利 用
し て い る 。
・ 一 般 の 村 人 が 日 頃 は 口 に 出 せ な い 有 力 者 へ の 不 満 や ね
た み の 気 持 ち を , 体 制 が 主 張 す る 「 反 ユ ダ ヤ 主 義 」 を
自己を正
当化する根
拠
として表明できた
。
14 1
…
…(
資料r4'
め概要
y薑賈
7遊興
に関わ'
石
市め
チチ
党幹部
`'
の腐敗ぶ
りは
目に余る
。市民の誰もが眉をひそめ
てい
| る
.しかし,不都合なことは総統( ヒトラー) には知
| らされていないのではないか.総統だったらこんな腐
| 敗を許さないだろう.
廴...----...---・-p----,---"'---4----"""'q"-
“゜
゛'
゜"'
“""
¨
・ヒ
トラー
を擁護
・崇拝
してお
り,基本的に親ナ
チであ
る
。
・ヒ
党への不満
トラー
を盾にする
をぶ
ちま
ことによって
けられ
る
。ヒ
トラー
,日頃
口に出せない
は
,自。
分たち
の体制への期待や願
望の投射盤
として機能
していた。
・
「ヒ
吸収す
トラー神話
ることで,個別
」が
,党に対す
的な批判
る個々の不満や批判
を全面的な体制批判へ
を
15
16
17
−8−
と発展させ
ないブロックの役割
を担
って
いた
。
○体
制と
してのナ
チス
を全
面的に支持
した
り,これ
に服
従
しているの
では
なく,個
々の
生活
レベルでは
,ナ
チ
ス
に対す
る支持と反対の感情
や態度
を共存
させつつ
,
個
人的な利害関係
や敵
対関係
を解決するために体制
を
利用
して
いる実態が
ある。
・
「反ナ
チス
」
を鮮明に
した扇
動行動には関わ
らず
,職
場
と家庭
と余暇に専念
して,匚
ナチス
非同調
」の態度
を取
り続けている。
・日頃余暇な
織
的に余暇を提供
ど楽
しむ余裕のな廴
して
くれた
。
ヽ
労働者に
歓喜
力行
,ナチス
団には政治色
は組
やイデオ
ロギ
ー
色がなく,自分の政治信条
と関わ
りな
く,余暇
きた
。
をプライベー
トな領域
と
して楽
しむ
ことがで
・
「自己の
信仰の
保持」という特定の
事柄に
対する抗議
で
あり,闘争にはナ
チスの大
衆党員も
多数参加
した
。
また
,教会闘争
を通
じて
,ナ
チ党指
導部に
対する
民衆
の不満や不信感は高まったが
,ヒ
トラー個
人の
国民的
統合者
としての
イメー
ジ
(ヒ
トラー
神話)は維持
され
体制
を救
った
。
○反
対勢
力のいずれ
の対処の
仕方も,ナ
チス体制
を許容
する道
を開
いている
。組織
を失った社会
主義擁護派の
労働者は
,職場
と家庭に入
り込み
「ナ
チス
非同調
」の
態度
をとりなが
ら,政治色が薄
く自己の
利益にな
る領
域
ではナチスの
政策
を受け入れ
ている
し
,教会派
民衆
も
党指導部の教会政策
を批判
しなが
らヒ
トラー
崇拝を
維持
している
。
○体制の側か
ら言
えば
,厂
具体
的な利益政策の
実施
」
匚
ゲシ
ュタポ」
「強制収容所」
「宣伝
活動」に象徴
され
る政治色
・イデオ
ロギー
色を全面に出
して
,強制
的に
民衆を組織化
していく方
向性の一方で
,
「余暇」など
の
非政治
的で,私
的な領域への食い込み
によ
り,また
「ヒ
トラー
神話
」の創出によ
り,組織
的な体
制批判を回
避
して,民衆の体制への統合に成功
した。
○
民衆の側か
ら言
えば
,民衆は
自分の
おかれ
た日常生活
の
それぞれの状況下で
,体制に対
して支持と反対を共
存
させつ
つ選択
的に対処
していきながら
,結果と
して
民衆の
多数派が
「親ナ
チス
」か
,ない
しは脱
政治化
し
て
せ
いぜ
い
「ナチス
非
同調」に
自分の
政治信
条や
態度
を留め
許容する
おいて対処
ことになった
したので
。
,体制と
してのナ
チズム
を
−111111
−
︱
︱−
1
1
1
中
4
`
一
一一