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状況における行為の反省過程としての歴史授業構成 : 高校地歴科世界史B小単元「ナチス支配体制下の民衆生活」の開発を事例として

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(1)

社 会系 教 科 教育 学 会 『 社 会 系 教 科 教 育 学 研 究 』 第 9号 1997 (pp. 1 -11)

状 況 に お け る 行 為 の 反 省 過 程 と し て の 歴 史 授 業 構 成

一高校地歴科世界史B小単元「 ナチス支配体制下 の民衆生活」の開発を事例として−

The Organization of History Lessons as the Process of Reflective

Monitoring of the Behavior in the Situation:

In the Case of the Unit ‘Life in The Third Reich'

in the Senior Hi

gh School Subject “World Historyc) ”

梅 津 正 美

(鳴門教育大学)

0。 問 題 意 識 と 歴 史 教 育 の 目 標 原 理 に 関 す る 所 見    に特 化 さ れ た人 間 像 で は な く ,「 日 常 を 生 き , 政

歴 史 授業 を ,「 社 会 科 歴 史 」 と し て 性 格 づ け よ   

治 的 ・ 経 済 的 ・ 社 会 的 ・ 文 化 的 に あ ら ゆ る営 み を

と す る論 者 は, し ば し ば 「 課 題 の現 在 性 」 を ひ と    す る 行 為 者 」 と し て の人 間 像 を 象 徴 し て い る。 生

っ の 重 要 な 視 座 にお い て き たo

〔1〕筆 者 自 身 も, 学    活 者 は, 工 業 化 や 情 報 化 が 高 度 に 進 行 し た 現 代 社

校 教 育 に お い て 歴 史 系 教 科 目 が制 度 的 に い か に変    会 で は, 多 様 な 情 報 ソ ー ス に よ 名多 元 的 な 価 値 基

更 さ れ て も,「 課 題 の 現 在 性 」 は 歴 史 授 業 の 第 一    準 の 存 在 に よ り, 多 様 な 生 活 目 標 ( 生 活 欲 求 ) を

義 的 な理 念 で あ る と 考 え て い る。 し か し, 現 状 で    持 っ た 人 間 と し て 存 在 し て い る。 そ し て, 生 活 者

は, 事 件 史 中心 の年 代 史 的 な 歴 史 構 成 の も と で ,  

は, 自 己 の 置 か れ た 状 況 の 中 で 日 常 的 な 解 釈 枠 組

こ の 理 念 の い う 「 課 題」 の 内 実 を具 体 的 に 規定 し,  

を 構 築 し て , 時 々 の 生 活 行 動 を 決 定 して い る の で

そ れ に 連 動 す る 歴 史 の 学 習 原 理 を 示 し て , 授 業 を    あ る が, 自 己 の多 様 な 生 活 目 標 に 照 ら し た 時 , 生

構 成 す る と い う 教 科 教 育 学 的 な 方 法 論 が一 般 化 し    活 行 動 の ど の 選 択 に も不 安 や 不 満 が つ き ま と い 常

い る と は 思 え な い 。 歴 史 授 業 にお け る 厂

課 題 の現    に葛 藤 に さ い な ま れ て い る。 他 者 の生 活 行 動 と の

在 性 」 は結 局 理 念 に と ど ま り, 実 際 に は「 過 去 理    ぶ つ か り 合 い や せ め ぎ 合 い は, こ う し た 不 安 や 葛

解 」 の 歴 史 授 業 が 再 生 産 さ れ て い る ので はない か。   藤 を さ ら に 助 長 す る。 自 覚 的 で あ る か そ う で な い

本 稿 の 目 的 は,「 課 題 の現 在 性 」 を 視 座 に , ま さ    か は 別 に し て, こ う し た 不 安 や 葛 藤 か ら逃 避 し よ

に 教 科 教 育 学 的 な 方 法 論 に 順 じ て 高 校 世 界 史 教 育    う と す る者 は, な に か 特 殊 な 一 元 的 価 値 基 準 に 自

にお け る 単 元 開 発 を す る こ と に あ るo          己 の 行 動 を 準 拠 さ せ て い く か , 個 々 の 行 動 を 状 況

筆 者 は,「 課 題 の 現 在 性 」 を , ① 現 在 を 生 き ,  

の中 で 合 理 化 し て い く こ と に安 住 し て い く が, そ

未 来 を 形 成 す る 主 体 と し て の 個 ( 自己 お よ び他 者)  

の こ と に よ っ て, 支 配 的 な 体 制 や 制 度 , あ る い は

の 認 識 , ② 個 の 生 き る現 代 社 会 が 直 面 す る 諸 課 題    自 己 の 依 拠 す る価 値 基 準 に 対 す る 反 省 的 で 批 判 的

の 解 決 へ の志 向 性 と そ の た め の意 思 決 定 力 , の二    な 目 は次 第 に 失 わ れ て い く。 主 体 的 な 自 己 決 定 に

つ の 意 味 に お い て 捉 え て い る の だ が , 本 稿 で は こ    戸 惑 い, 逃 避 し て い く生 活 者 像 こ そ ま さ に 寸 生 活

の 二 つ の 意 味 に リ ン クす る 「 生 活 者 の ア ンビ バ レ    者 の ア ン ビ バ レ ン ス」 を 象 徴 し て い る の で あ る 。

ン ス(ambivalence

両 面 価 値 性 )」

(2)と い う 言 説    現 代 社 会 の 直面 す る諸 問 題 と して 指 摘 さ れ る事態 −

が 説 明 す る, 個 お よ び 社 会 が 直 面 す る現 在 の問 題    例 え ば, グ ロ ーバ ル社会 の問 題 で は, エ スニ シ テ ィ

状 況 を 立 論 の 前 提 と す る。 ま ず , 問 題 状 況 と し    や 文 化 の摩 擦 に根 ざ す紛 争 や 差 別 事 象 の多 発 , 国

て の「 生 活 者 の ア ンビ バ レ ス 」 を 規定 し て お こ う。   内 問 題 で は, 官 主 導 の政 治 と そ の 裏 返 し と し て 政

「 生 活 者 」 概 念 は,「 政 治 人 」「 経 済 人 」「 文 化 人 」  

治 的 無 関 心 層 の増 大 に根 ざ す 「 民 主 主 義 の危 機」,

と い っ た 言 い 方 に よ る, 社 会 生 活 の 中 の あ る 側面    ま た 日 常 生 活 問 題 で は, 家 庭 ・ 職 場 ・ 学 校 に お け

− 1−

(2)

る硬 直 し た集 団関 係 に根ざ す「 生 活 の危 機 」な ど 一     策 3 に は, 歴 史 の 動 態 把 握 に お い て , 生 活 者 の

は, そ の多 く が 生 活 者 の ア ンビ バ レ ン ス状 況 か ら    個 別 性 と 能 動 性 の 契 機 を 見 失 い が ちな こ とで あ る。

生 起 す る 問 題 と し て 理 解 で き よ う 。         

歴 史 の動 態 は, 政 治 体 制 の変 動 や 階 級 闘 争 を 契 機

現 在 の汀 生 活 者 の ア ンビ バ レ ン ス」 と い う 問 題    と す る経 済 構 造 の 変 動 に お い て 説 明 さ れ が ち で ,

状 況 に適 切 に対 処 す る た め に は, 我 々 に は, 日 常    主 体 的 行 為 者 と し て の生 活 者 と そ れ を 取 り 巻 く 社

的 な 状 況 を 絶 え ず 解 釈 し つ つ , 行 為 を チェ ッ クし,   会 的 諸 構 造 と の 厂相 互 作 用 の ダ イ ナ ミ ズ ム」 が 捉

組 み立 て な お す と い う 厂状 況 にお け る行 為 の反 省    え ら れ な い 歴 史 理 解 の あ り 方 に代 表 さ れ る 。

性 が は た ら く 過 程 を と お し て 行 為 の 再 方 向 付 け が     第 4 に は, 歴 史 内 容 を 個 別 領 域 の総 和 と して 捉

で き る モ ニ タ リ ン グ の力 」

(3)が 保 持 す べ き 資 質 と    え , そ れ を 歴 史 的 時 間 の 連 続 性 に お い て 構 成 し て

し て 求 め ら れ よ う 。        い く歴 史 叙 述 の 方 法 論 の固 定 化 で あ る。

「 課 題 の 現 在 性 」 の内 実 を 「 生 活 者 の ア ン ビ バ     要 す る に,「 歴 史 に学 ん で 現 在 を 反 省 的 に 振 り

レ ン ズ」 と 捉 え , 課 題 に 対 処 す る た め の 方 法 論 が    返 る」 と 歴 史 教 育 の理 念 を 語 って も, 現 在 を 生 き

「 状 況 に お け る行 為 の反 省 過 程 」 を 踏 ま え る こ と    る生 徒 た ち が , 授 業 を 通 じ て 歴 史 的 過 去 と対 峙 し

で あ る と す る な ら ば, 今 日 の歴 史 教 育 の あ り 方 に    た と き , 経 験 知 の 共 有 も 生 活 の 中 に内 在 す る 政 治

つ い て は。 単 に 厂

網 羅 主 義 ・ 暗 記 主 義 に 陥 って い    的 契 機 も 自 覚 で き ず, し か も政 治 体 制 や 経 済 構 造

る」 と い う 紋 切 り 型 の 批 判 に と ど ま らず , 授 業 を    を 中 心 と す る 決 定 論 的 思 考 に拘 束 さ れて い く な ら

通 じ て 生 徒 た ち に形 成 さ れ る 「 歴 史 理 解 の 枠 組 」  

ば, そ の 理 念 は , 生 徒 た ち に と っ て は縁 遠 く実 の

と そ の 方 法 論 が, 課 題 に 対 処 す る た め の 視 座 を 提    な い 響 き を もつ で あ ろ う 。 現 在 の 「 生 活 者 の ア ッ

供 す る も の に な って い る の か ど う か と い う 観点 か    ビ バ レ ン ス」 に 適 切 に 対 処 す る こ と を 歴 史 教 育 の

ら 再 吟 味 さ れ ね ば な ら な い だ ろ う。 そ の た め には,   課 題 と す るな ら ば , 上 記 の批 判 は, 歴 史 授業 構 成

従 来 の 歴 史 教 育 が 暗 黙 の 前 提 と し て き た 近 代 歴 史    の方 法 論 に お け る パ ラ ダ イ ム ・ シ フ ト の 重 要 な 契

学 の 「 歴 史 理 解 の 枠 組 」 と そ の方 法 論を 相 対 化 し,  

機 と な ろ う。

批 判 的 に 検 討 し て い く こ と が 重 要 で あ る と考 え る

O    筆 者 は, 本 稿 に お い て,「 課 題 の 現 在 性 」 の 内

近 代 歴 史 学 の 基 本 的 な パ ラ ダ イ ム が , 厂国 家 」 を    実 を 厂生 活 者 の ア ン ビ バ レ ン ス」 に求 め, 歴 史 教

軸 と す る「 政 治 史 」 と 「 個人 」 を 軸 と す る 「 文 化    育 に お け る 目 標 原 理 と し て 「 状 況 にお け る行 為 の

史 ・ 思 想 史 」 の 年 代 史 的 構 成 に あ っ た こ と は周 知    モ ニ タ リ ン グ 能 力 の 育 成 」 を 設 定 し, 方 法 原 理 と

の通 り だ が, こ う し た パ ラ ダ イ ムが 歴 史 教 育 を 通    し て 「 状 況 に お け る 行 為 の反 省 過 程 」 を踏 まえ た

し て 生 徒 た ち の 歴 史 理 解 に与 え た特 徴を, 筆 者 は,  

歴 史 授 業 構 成 の 必 要 を 主 張 し た い。

高 校 世 界 史 教 育 に 即 し て 批 判 的 に次 の 4点 に ま と     以 下 で の 立 論 は, 次 の手 順 に 従 っ て 行 う。

め て い る。       

I . 歴 史 授 業 構 成 の方 法 原 理 を, 内 容 構 成 の 原 理

第 1 に,「 中 心 化」「 規 定 化 」 の 方 向 に収 斂 し て      と 学 習 過 程 組 織 化 の 原 理 の 二 側 面 か ら明 ら か

い く 歴 史 理 解 の あ り 方 で あ る。 ヨ ーロ ッパ 中 心 の      に す る。 具 体 的 に は,

単 線 的 な 発 展 史 観 に 基 づ く 歴 史 理 解 や 支 配 的 な     1 「 生 活 者 の, 状 況 に お け る 行 為 」 を, 歴 史 内

「 政 治 体 制 」「 経 済 構 造 」「 文 化 ・ 思 想 」 に 個 人 は      容 構 成 の 原 理 と し て 機 能 す る よ う操 作 的 に 定

拘 束 ・ 統 合 さ れて い く と い う 歴 史 理 解 の あ り 方 に      義 す る。

代 表 さ れ る。       

2 「 ̄

生 活 者 の, 状 況 にお け る 行 為 の 反 省 過 程 」

第 2 に は, 歴 史 理 解 にお け る「 生 活 者 」 の 喪 失      を , 歴 史 学 習 過 程 論 と し て 組 織 化 す る。

で あ る。 例 え ば, 歴 史 教 科 書 に お いて「 人 間」 は,  II.

上 記 の 歴 史 内 容 構 成 の原 理 と歴 史 学 習 過 程 組

「 政 治 人 」「 経 済人 」「 文 化 人 」 な ど 「 特 化 さ れ た      織 化 の 原 理 を 踏 ま え た「 状 況 に お け る 行 為 の

人 間 」 と し て は登 場 す る が , 日 常 を 生 き る主 体 的      反 省 過 程 」 と し て の 歴 史 授 業 の 具 体 例 を , 高

行 為 者 で あ る 「 生 活 者 」 と し て 登 場 す る こ と は ほ      校 地 歴 科 世 界 史 B 小 単 元 厂ナ チ ス支 配 体 制 下

と ん ど な い。      

の民 衆 生 活 」 を 開 発 す る こ と に よ って 示 す 。

− 2−

(3)

1 

。歴

史授

歴史内容構成の原理

業構成の方法原理

「生活者の行為

」は

,従来の歴史教育において

しば

しば学習の対象

とされてきたが

,そ

こでの

内容構成は

,概

して,当該時代の

,日常生活内で

「ものの使

い方

」や

「生活習慣」を取り上げ,

時代ごとの

「行為形態の

変化

」を明らかにするこ

とに力点が置かれ

「生活者の行為

」とそれ

を規定

する社会的諸構造との相互作用性

を明らかにする

ものには

なっていなかった

。そ

した内容構成に

基づく歴史授

業が

,結果として生徒たちに

「生活

者の行為は

,国家の問題

とか,政治とはほ

とん

じわ

りをもたない

,私的で,歴史全体からみれ

多分に些細な事柄である

」との歴史理解

を醸成

していった

ように思われる

先述の通

,本稿における

「生活者」概念は,

政治や非日常性の対極に

ある日常生活の

内に特化

され

た人間像ではな

「あらゆる営み

をする行

為者

」と

して社会の全体性において捉

えられ

る人

間像

を象徴するものである

Oこうした概念規定に

えば

「生活者の行為

」は

,一つの歴史内容領

域では

なく

,それ

を規定す

る社会的諸構造

との相

互作用性

を明らかにできる

「歴

史の

構造

史的把握

ため

「枠組

である

と捉

えるべ

きで

あろう

ここに

,歴史内容構成の

原理

を得

るための

方法論

上の第

1の課題

として

「生活者の行為を視点と

して

,どの

ように歴

史を多元的

・構造的に構成す

るのか

」とい

う問

いが

導出

され

。この

問いに答

るための筆者の概念操作は

,次の通

りである

(4

特定の時代

・地域

・共同体における

「生活者の

行為

」を,

「社会構造

」と

「文化の構造」との作

用連関として構成する

。歴史における

「社会構

とは

,政治体制

,経済組織

,法律

体系

,社会

階級

科学技術など歴史の表層に

あるシステム化

された

領域であり

,他の社会への移転可能性に富む領域

である

。一方,

「文化の構造

」とは

,一定の人々

に経験知と

して共有

された価値観念

,基層信仰

日常行為の傾向

(慣習)

,生活様式である。それ

,歴史の深層にあって,特定の時代

・地域

・共

同体の独

自の性格

を形成する領域であ

,長期的

な時間枠で緩やかに

しか変化せず

「社会構造」

に対

して相対的不変性と自律性

をも

つ領域で

ある

歴史理解において

「社会構造

」と

「文化の構造」

とは個別の

内容領域

ではなく

,個

々の

「生活者の

行為」に異なる位相か

ら作用する

「歴史的次元」

である。

上記の概念操作によって

,歴史内容を生活者の

行為を軸に多元的

・構造的に構成するための枠組

が得られ

しか

し,

「生活者の行為を,社会構

造と文化の構造との作用連関と

して構成する

」と

う歴史内容構成の枠組には

,さらに留意

しなけ

ばな

らない点が

ある

。それは

「作用連関」の

具体的表現において

,個

々の

「生活者の行為」に

対する

「社会構造

」や

「文化の構造」か

らの拘束

的な作用が強調され

(=

「生活者の行為

」が

社会的諸構造を変動させる

「動機

」と

してとらえ

られ

ない)と

,結果と

して

,生徒たちに匚

歴史に

おける決定論的思考

」を定着させ

しま

う危険性

あるということである

。生徒たちにとって,

「決定論的思考

」の

もとで

「状況における行為の

反省性

」を機能

させ

ることはできまい。この

点を

踏まえれ

,歴史内容構成の原理を得るための第

2の課題

として

「社会構造や文化の構造に対す

,個々の生活者の行為の個別性と能動性を,内

としてどの

ように構成す

るのか

」とい

う問いが

導出され

うOこの

問いに対する筆者の概念操作

,次の通

りである

(5

生活者の

行為は

,ある特定の時点で,社会的諸

構造との

関係性の

もとで為された

「判断

」の

産物

であると考える

O歴史内容は

,まず,生活者が,

社会構造や文化の構造が

生み

出す規則を知

,規

を選択的に利用することによって

,状況に応

て生みだ

した複

数の異なる

「行為

」の

形態とその

論理を明らかに

,さらに複

数存在する

「行為」

のせめぎあいを通

して

,行為者を取

り巻

く社会構

造や文化の構造が

,どの

ように固定化

した

り,あ

るいは逆に流動化

したのか

を分析できるよう構成

る。

課題

1と課題

2に対する概

念操作か

ら導かれ

歴史内容構成の原理

「生活者の

,状況におけ

る行為」モデル

して図示すると次の

うに

なる

−3

(4)

会構造

政治体制

経済

組織

法律体

会階級

科学技術

など

表層

r 1 1 1 1 s I I ︱ ︱ −−−−−

状況

−− −−−− 一 一 −− 。: : : : ︲ ⋮ − : ︲ 。’︲一 一 判 断 ・ 選 択 ︲︲︲ ︲

文化の構造

価値

基層

同体

規範

日常行為

の傾

生活様

1.厂

生活者の

,状況に

おける行為」モデル

2 

史学習過程の組織化

歴史理解の

対象と

して

「生活者の行為

」を設定

,それ

を軸に歴史的過去と現在とを接続

しよう

とす

るとき

,対象は

,学習主体である生徒たちも

日常生活者と

して

,過去を生きた

人間と共有でき

る経験領域であるか

,そこにはすでに歴史的過

去か

ら現在を理解する契機が内在

している

,と主

張することができよ

。また

,対象を,

「現在の

自分

とは

異質な存在

」=

「異文化」として捉え,

異文化そのものの成

り立ちを

,その時代のコンテ

クス

トに即

して理解

,それ

によって現在を相対

化できる

,と主張することもできよ

う。

(6

筆者は

こう

した

主張にみ

られ

るように

,歴史学習におけ

る厂

相対主義的理解

」が第

一義的には

重要である

と思っている

。従

って,筆者が本稿において主張

する

「状況における行為の反省過程

」としての歴

史授

業でも

,①歴史的過去に,生活者の状況に

ける行為と

してどのような形態が存在

していたの

,②

その行為は

,状況の中でいかなる論理のも

とに実践されたのか

,③その行為が,ある論埋の

もとで展

開されたことによって

「社会構造」や

文化の構造

」は

どの

ように固定化した

り,逆に

流動化

したのか

,という問いに解答を与えて

いく

ように

「状況に

おける行為の意味理解」を中心

とする匚

事実認識過程

」が学習過程と

して第

一に

組織されね

ばな

らないと考える

。 

しか

し,

「歴史

的過去の理解

」は厂

現在理解

」の

到達点ではな

出発点である

学習過程は

,という筆者の視座か

「状況における行為の意味理解」

らすれば,そ

を中心とする

「事実認識過程

」に

,次の

2つの要

を組み

込んだ

「価値認識過程」を連続

させ

て組

織化する必要が

あると考える

2つの要件とは

,第

1に,生徒たちが

「歴史的

過去の

生活者の行為の意味

」を理解

してもなお感

ずる

「価値葛藤

」を,回避すべ

きもの

して捨象

せずに

,学習過程の

中に正当に位置付けてゆ

くと

いうことである

。現代に生きる生徒たちにとって

「歴史的過去の生活者の行為

」はまずは

「現在の

自己の

生活行為

」と等価なものとしてではなく,

従属

的なもの

として把握され

。そ

して,

「異

質な他者の行為

」に接触

したとき,生徒たちは

「価値葛藤

」に直面することになろう。 

しか

し,

生徒たちがこうした

「価

値葛藤

」と正対

し,それ

を乗

り越

えることが

できなけれ

「現在」を生

きる生徒たちと

「歴史的過去

」を生きた他者

との

相互コミュニケ

ーシ

ョンは成立

しない

し,過去

点に現在を反省的に吟味

していくこともできな

いと考

える

。そうであれ

ば,歴史学習を,単に

「歴史的過去の生活者の

行為の意味理解

」にとど

めず

,生徒たちを,歴史的行為

と現在の

自己の行

為とのぶ

つか

り合

いか

ら生ず

「価値葛藤

」と正

対させる主題および活動を学習過程の

中に位置付

けることが不可欠であると考えるの

である

2には

,生徒たちが

,自己のよ

り望ま

しい未

来的な

「行為

」を志向

して

,歴史的

「行為」と現

在的

「行為

」を評価す

るための価値基準

を選択的

に導出

してゆ

ける学習過程を組織化

してゆ

くとい

うことである

「歴史的過去における生活者の行

」がいかに事実と

して理解

され

ても

,評価のた

めの価値基準な

しに

,現在の

日常性の

内に生徒だ

ちが個々に形成

している関心か

,それが

一面的

しかも無批判に理想化

された

り逆に罪悪視され

るとい

「行為に対する価値判断の偏向

」は避け

られ

なけれ

ばならない

。そうでなけれ

,彼らが

「歴史に学んで現在の

自己の生活行為を合理的

批判的に反省

した

」ことにはならないであろう。

しか

,一方で留意されねばならないのは

,評価

のための価値基準が

,いかなる場合にも批判を許

され

ない所与の

「絶対的価値基準

」と理解され

授業で注入され

ることも許され

ないということで

ある。

「生活者の

,状況に

おける行為の反省過程

−4−

(5)

しての歴史授業では

,歴史的匚

行為」であって

も現在的

「 ̄

行為

」であっても,そのすべてが価値

あるものか

,否定

されるべ

きものか

,という二者

一的な価値判断は

避けるべ

きであって,厂

状況

における行為者の

論理

」を事実に基

づいてきちん

と認識

した上で

「 ̄

課題の現在性

」を視座に

,生活

者の行為が

生み

出す個々の具体的脈絡での問題の

解決にとってよ

り適用範囲の広い

,普遍主義的な

価値基準を選択的に導出

,その価

値基準に基づ

いて現在の

自己の生活行為とその背後にある価値

をあらためて合理的

・批判的に分析

し,評価

ていくような学習過程

を組織

してい

くことが重要

であろう。

以上の

ことか

「 ̄

状況における行為の反省過

程」と

しての歴史授

業の学習過程の基本型

を定式

化す

ると,次のよ

うになる。

│「生活者の

,状況 ①

Hに

る行

為の

味理

i(事実認識過程)

頤の

鬪の

頤に

眄為

齟騏

叫脱穀]

や「

刻ヒ

離皿鴟と

齟作

|         用

U の

酳          |

TT:::::T:

し:TT:T:T:T:TTT::TT:TT:TT:T:ミンT:T

〕TTT::T

し:T

万::TTT:::

じ:T::

万::::j

「 生活者の,状況 ④

歴史艇 去の

鵑 の

H と隨 とな

る豬 の毆

おける行為の

反省的吟味」

(価

値認識過程)

齟齟と

旺対

竸の

屁の

鵬の

訓と

朋と

U難の

鬪鰍を

綫にの

齟齟の

HU

。状況における行為の反省過程

としての歴史授

業の展開一敵班雑馼B

戟「ナチス

扠体

暇の

鵈猛の

1 

業の展

開過程

小単元の授業展開過程は

,以下の通

り示せる。

○小単

元の学習

目標

(知識

目標)

・ナチス

の支配体制は

,当時の

ドイツ民衆の生活

に直線的

・拘束的に浸透

して

いったの

では

ない

民衆は

,生活

レベル

で自らが置かれた状況に対

処しながら

,体制を選択的に受容していった。

・民衆のナチスに対する一見「非政治的な態度」

が,

卜結果として体制の確立に利用されていった。

(情意目標)

・ナチス支配体制と当時の民衆との関わり方を比

較の材料にして,現代における自己の日常的な

生活行動と社会や体制との関わり方を問い

,そ

こに見られる問題点を指摘し,その克服の方途

を自分なりに展望

できる。

○小単元の計画(3時間構成)

:「

握」(1

間)

L「ナチス支

活」(1

間)

パート

:「

ち」(1

間)

○授業展開過程(表

1参照)

2 

授業展開の論理

従来の高校世界史授業における

「ナチズム

」単

元は

,政治史を中心に,

1933

年から36

年までの

「ドイツ国内のナチ化

」の過程と39

年以降45

年ま

での

「対外侵

」の過程

を取

り上げ,その間のナ

チズム

と民衆との関わ

りについては

,残虐なテ

行為やユダヤ

人迫害をエ

ピソ

ドと

して盛

り込ん

で展開

してい

くのが

一般的であったように思う。

こう

した政治過程と民衆

(生活者)を切

り離

した

扱いでは

,ナチの残虐行為をいかに強調

しても,

生徒たちには結局

「非人道的な行為は

,当時の特

異な存在であったヒ

トラ

ない

しはナチスの仕

によるもの

,今の

自分たちにとっては他人事で

ある

」という認識

しか

育たないのでは

ないか

と思

われる

。筆者が単元開発にあた

って

「ナ

チス支配

体制下の

民衆生活

」という主題

を選

した根

拠は

上記の

批判

を踏ま

えて

「ナチズム

」を,ごく平

凡な

民衆の生活行為の次元か

ら捉え直

,日常生

活に内在する政治的契機

を浮き彫

りに

してい

くこ

とによって

「当時の

ドイツ

民衆が

,結果と

して非

道なナチズム

を許容

して

しまった

こと

」を,他

事と

してではな

,まさに匚

課題の現在性」とい

う視点において生徒たちに認識

してもらいたいと

考えたか

らである。

単元全体は

,大きく3つのパー

トか

ら構成され

てお

,学習過程

しては

,パー

トI・II

主要

発問Aに導かれ

「ナ

チス

支配体制下の

ドイツ

−5

(6)

衆 の, 状 況 にお け る 行 為 の 意 味 理 解 」( 事 実 認 識 )

の 過 程 に対 応 し , パ ー ト Ⅲ が主 要 発 問 B に導 か れ

て 「 現 在 を 生 き る 生 活 者 と して の 自 己 の 行 為 の 反

省 的 吟 味 」( 価 値 認 識 ) の 過 程 に対 応 し て い る。

パ ート I は, 世 界 恐 慌 以 降 の ワ イ マ ー ル 体 制 の

崩 壊 原 因 と そ れ に 連 動 す る ナ チ ス の 政 権 掌 握 の要

因 を , 政 治 体 制 や 経 済 政 策 の 側 面 か ら 探 求 し て い

く こ と に よ り ,「 ナ チ ス支 配 の シ ス テ ム化 さ れ た

構 造」 を 生 徒 た ち に 理 解 さ せ る展 開 に な って い る。

パ ートII は, シ ス テ ム化 さ れ た ナ チ ス支 配 に 対

し 七, 当 時 の 日 常 生 活 者 と し て の 「 個」 が ど の よ

う な 行 為 を し , そ の 背 景 に い か な る論 理 が 読 み 取

表 1. 小 単 元 「 ナ チ ス支 配 体 制 下 の 民 衆 生 活 」 の 授 業 展 開

教 師 の指 示 ・ 発 問 教 授・ 学 習 活 動 資 料 生 徒 の 応 答 ・ 学 習 内 容 導 入 ( 学 習 の 視 点 と 学 習 課 題 の確 認 ) 0-1.「 ナ チ ス」 と い う 言 葉 か ら受 け る イメ ー ジを 自 由 に出 し 合 って みよ う。 0-2. 厂20世 紀 に お け る 人 類 史 上 最 大 の犯 罪 」 と 呼 ば れ る ナチ ズ ム につ い て , 現 代 の ド イ ツ人 はど の よ う に受 け止 めて い る の だ ろ う か 。 0-3.ド イ ツ の「 歴史 家 論 争」 が 問 題 提 起 し て い る の は,「 体 制 に 対 す る 個 の関 わ り方 を ど の よ う に 自 覚 す る か 」 と い う こ と で あ ろ う。 こ の 小 単 元 で は, 「 体 制 や 社 会 と 日 常 的 な 生 活 者 と の 関 わ り方 」 を 視点 に, 「 ナ チ ス支 配 体 制 下 の民 衆 生 活」 と い う テ ーマ で , 次 の 2つ の問 い を 軸 に 学 習 を 進 め て い く。 A . 後 に「 ̄20世 紀 に お け る 人 類 史 上 最 大 の 犯 罪」 と 言 わ れ る ナ チ ズ ムに 対 し て , 当 時 の ド イ ツ で は 結 局 一 度 も 全 国 民 的 な 規 模で の 反対 運 動 は 起 こ ら な か っ た 。 な ぜ, ド イ ツ民 衆 はナ チ ズ ムを 許 容 し え た の だ ろ う か。 B 。 当 時 のド イ ツ民 衆 と ナ チ ズ ムと の関 わ り 方 を比 較 の 材 料 に し て, 私 た ち の 日 常 的 な生 活 行 為 と 社 会 や 体 制 と の 関 わ り 方 を 検 討 し た と き, 私 た ち の 前 に は ど の よ う な 問題 状況 や 今 後 の 展 望 が み え て く る の だろ う か。 T 。 発 問 す る P . 答 え る T 。 説 明 す る T . 学 習 課 題 の提 示 1 2 ・ 全 体 主 義, 戦 争, 暴 力, ユ ダ ヤ人 迫 害 な ど ・ ド イ ツ に お け る 「 過 去 の克 服 を めぐ る論 争 」( 歴 史 家 論 争) を 紹 介 す る。 一 現 代 を 生 き る 者 も, ナ チ ズ ムと い う 歴 史 的 過 去 に対 す す る責 任 を 自 覚 す べ き で あ る 。 一 現 代 を 生 き る ド イ ツ 人 だ け , ナチ ズ ム のい う「 過 去 の の重 荷」 に い つ ま で も苦 し む 必 要 はな い 。 A . な ぜ, 当 時 のド イ ツ民 衆 は ナ チ ズム を 許 容 しえ た の だろ う か。 1. 世 界 恐 慌 以 後 , ワ イ マ ー ル共 和国 に 代 わ って , ナチ ス が急 速 に 体 制 を確 立 し, 政 権 を 掌 握 で き た の は, な ぜ か。 卜1. 世 界恐 慌以 後, ワ イ マ ール 共 和 国 が 急 速 に崩 壊 へ と進 んで い っ た の は な ぜ か。 ①ワ イ マ ー ル共 和 国 は政 治 的・ 経 済的 に ど のよ うな 性 格 を も っ た 体 制 だ っ た の か。 ② 世 界 恐 慌 は, ド イ ツ経 済 に ど の よ う な 影 響 を 与 え た のか 。 ③ こ う し た 経 済 危 機 に, 共 和 国 政 府 ほ ど の よ う に対 処 し よ う とし た のか 。 ま た, そ れ はど の よ う な 結 果 を も た らし た のか 。 ④ 世 界 恐 慌 下 の経 済 危 機 にあ っ て , 民 衆 はど の よ う な 政 治 意 識 を も ち, そ れ は ど の よ う な 政 治 行 動 と な っ て あ ら わ れ た の か。 ⑤ 世 界 恐 慌 の 勃 発以 後 , ワ イマ ー ル共 和 国 が 急 速 に 崩 壊 し て い っ た の は, な ぜか 。 1-2.世 界 恐 慌 以 後 , ナ チ ス が急 速 に 政 権 を 掌 握 で き た の は, な ぜ か 。 T . パ ートI の 課 題 提 示 T . 発 問 す る P . 資 料 を 基 に 答え る T . 発問 す る P . 資 料 を 基 に 答え る T . 発 問 す る P . 予 想 して 答 え る T . 説 明 す る T . 発 問 す る P . 資 料 を 基 に答 え る T . 発 問 す る P . 答 え る 3 4 5 ・ 政 治 的 に は, 社 会 主 義 革 命 を 恐 れ る資 本家 と 社 会民 主 主 義 を 選 択 し た労 働 者 と の妥 協 に より な っ た 政 治 体 制 で あ っ た 。 ま た, 経 済 的 に は, ア メ リ カ 資 本 の 導 入 に 支 え ら れた 体 制 で あ っ た。 ・ ア メ リカ か ら の資 金 スト ップ によ り, 国 内投 資 は 減 少 し, 失 業 者 が 増 大 し た。 ・ 匚非 常 事 態 宣 言 」 によ る 大 統 領 内 閣 の成 立 に よ り, 議 会 制 は破 綻 し た。 ブ リ ュ ー ニ ン グ の大 統 領内 閣 は, 賃 金 ・ 価 格 の 引 下 げ や 社 会 保 障 費 の削 減 , 増 税 な ど の デ フレ 政策 を実施 し たが,効 果な く,失業 者が累 積 し た。 ・ 世 界 恐 慌 の 勃 発 に よ る経 済 危 機 は, 民 衆 の政 党 支 持 を ナ チ ス ( = 資 本 主 義 体 制 擁 護 派 ) と共 産党 ( = 社 会主 義 革 命 志 向 派 ) に 二 極 分 解 し た。 ○ 第一 次 世 界 大 戦 の 敗 戦 と ベ ル サ イ ユ体 制 に対 す る ド イ ツ 国 民 の 屈 辱 感 や1923 年 の超 イ ン フレ に よ る社 会 混 乱 を, ア メ リ カ 資 本 の導 入 や 協 調 外 交 で し の いで き た が, 世 界 恐 慌以 後 の経 済 混 乱 に伴 う民 衆 の急 速化 に共 和 国 政 府 は政 策 上 対 処 し き れな くな っ た。

− 6−

(7)

①ナ

チスの政権掌握の過程

を年表で確認

しよう。       

②ナチスは

ドイツの危機に

どのような

基本政策

をも

って対処

しようと

したのか。

③ナチ党員の社会構成上の

特徴は何

また

,彼らは党の何に引かれ

たのか

社会民主党や共産党などの

左派勢

は,なぜナ

チス

に組織

的に

対抗

でき

かったの

か。

世界

恐慌

,ナ

たの

なぜ

2。ナ

チスは確かに

急進化

した

民衆のニーズ

政策

的に応

え,また強制的に民衆

を組

していくというや

り方で政権

を掌握

した

しか

し,体制

としてのナチズム

に,

ごく平凡な民衆は

日常生活の中で

どの

うに

対処

していたのだ

ろうか

。ナ

チス

支配は

,民衆の

日常生活にス

トレー

トに

浸透

していったのだ

ろうか

。民衆は

,ナ

チスの支配に全面的に服従

していたのか。

2-廴

まず

う。資料に登場する

,資料10,

11

をもどに考

Aの行動は親ナ

えてみ

か反ナ

チかの二者択

一では説明か

っか

い。なぜ

,Aは一見矛盾

する態度を

とったのだ

ろう。

証言の中に手がか

りはないか。

歴史家ヴ

ェルケ

による

「ヘ

ッセン

州ケ

レ村の社会構

造の

分析

」を参

考に

の行動の

意味を

どの

ように説明できるか

2-2.

資料13

村で

,体制が

をも

とに考

主張す

えてみ

る厂

よう。ケル

反ユダヤ

主義

に基づ

く攻撃の

矛先が

ドイツ

人の

T。指

P.

問す

P.

して

明す

T。発

問す

.資料

に答

を基

える

T。説明する

T。発問す

P.答える

T。パー

課題提示

トII

T。発

問する

P.答

える

T。発

問す

.資料

に答

を基

える

8 9

10

11

12

13

−7−

・1933-36

年ま

での

「ドイツ国

内のナ

チ化」の過程

中心に確認する

・失業者

を軍需工場に吸収する→

「経

済四ヶ

年計画

・集会

・結社

・言論

・出版など国民の

自由の

弾圧→

ゲシュタポに

よるテ

ロ,強制収容所への

送致→組織

的な労働

運動の破壊

・ヒ

トラー

自の

「人権

論」と

「領域

論」に

基づく

「民族共

同体」樹立へ

の志向→宣伝

活動に

よる波及

効果

,ユダヤ

人の迫害

「ホ

ロコース

ト」

・ナ

チス

「国民政党」と

しての

性格

を有

していたが

その中核は中間層

(独

立自営農民,中小商

人,手工

業者

,中下級官吏など)であった

・党への

期待の

中心は

,階級分裂

を克服

して民族共

同体

を作

り上げること,ベルサイユ体制に対す

る大国

ドイ

ツと

しての威信

回復

,経済

的復興

であった

。対外進出

反ユ

ダヤ

主義の強

化に

関す

る期待は

さほ

ど大き

くな

い。

・ナ

チスの

政権

掌握前後に

,左派勢

力は

,政党個々に反

チスの

大衆行動

を行

って

いたが

,政治路線の違

いか

ら社

民党と共産

党は共闘

を組む

ことができなか

った

・失業者600

トが不

可能

万人の状況下では

であった

,対抗戦術と

してのゼネ

・33

年のナ

チスに

よる共産党

・社

民党

・労働組合の全面

止に

り,労働運動が組織的に破壊

され

た。

○世界

恐慌に

よる経済危機に対

し,ナ

チス

は国民各層の

求に答

える利益政策

を展開

した。

界観

民族共

と指導者像が

同体の樹立

,党に

」を柱とするヒ

よる宣伝効果と相まって,急

トラーの

特異な世

した

ドイツ

民衆に

受容

され

た。

○ナチスは

,反対勢

力に対

しては

,力によ

り弾圧

した。

○左派勢

一 一一一 一一一− 一一−一 一

力に

よる反ナチスの組織結果ができなか

−一一 一一一一 一一−

った

い止ま

らせた

。他方,

Aは村議会

で,村の

トラー

広場」と改称する提案

を行い,これ

匚櫞 川 眺辻兌..、

…...

…..

….

・Aは厂

村と

しての

まとま

り」にこだわ

って

r

`"

“""'-'-'

゛""

| (資料13

1 と交際し

| らせを受

﹁ − ︱ ︱ I I I `゛゜゛゜゜气 人 | 嫌 | |

F

¨…

¨゛

¨

¨

¨…

… ̄

¨

¨ ̄¨ ̄

| 

(資料10

nの概要)

1933

年にヒ

トラー

が政権

に就い

た時

,ヘッセン

州ケル

レ村で

,馬農家出身の

有力者

AI

の息子

(ナチ党員)が村の社民党員や共産党員の逮

捕|

に乗

り出

した

。その時

Aは,それ

に反対

して息子を思|

広 場 を 「 ヒ | に は 社 民 党 | | 一一---一一---一 一---・-い る よ う だ 。

・資料10

では,ナ

チ党員の

息子が

,反ナチ

的な主張をす

る父親

の意見に従

っている

,資料11

では

,社

民党員

Bが

,Aの親ナ

チ的な提案に賛成

している。

F'“"'“""゛""'`“"`'“゛゛゛"“゛゛'“'゛“'゛"゜“゛“'゜"'“"“'゛"゜"゜゛'“゛゛““゜“゛“'“""""""'`'¬ | ( 資 料12 の 概 要) ケ ル レ 村 に は, 農 業 経 営 規 模 に応 じ i | て馬 農家 ・ 牛 農 家 ・ 山 羊 農 家 の 3種 類 の農 家 が 存 在 し i | い た. 馬 農 家 は, 貧 し い 山 羊 農 家 に 臨 時 雇 い の仕 事 を i | 与 え, 一 方 で 山 羊 農 家 と の連 携 を 嫌 う牛 農 家 の性 向 を i | 利 用 す る こ と で , 村 に 対 す る 支 配 力 を 保 持 して い た。 i l rC rf*≫ふ.1.11 = ●I.昏昏.ふ. ●丶j_.t疉.ぶwJ よ... =...ktJ.I

馬農家に対する牛農家や山羊農家の不満やねたみは常|

ぶ云妥

1ぶム

4.

ミ ̄

λぶふ'ぶ盲,

4 

霞。斗,EI

ル書苛

雌|

| 

二註 諳肢胼に辻a.。

に存在

していたが

,全体

して村は

,強

い共同体意識|

…。

…。

….j

・ケル

レ村は

,基本

的には厂

親ナチ

」の村

であったが

馬農家出身の

Aは

,村の有

力者

としての村の

一体性

守る義務が

あった

し,村

での

自分の対面も守

らね

ばな

らなか

った

。Aの行為は

,ナチスへの賛否ではな

く,

馬農家と

しての

メンツや村の秩序維持

という

「村の論

理」に基づいていた

Aの

息子や社

民党

Bの行為も

自己の

政治的信条

「村の論理

」に従

ったもの

である。

の概

要)

1934

年に

村のナチ

党幹部がユダヤ

ていた

との

理由で

,村の他のナチ党

員か

けた

。甥の

Cはす

ぐさま抗議

した

(8)

しかも村のナ

るのはなぜか

チ党幹部に向けられ

てい

馬農

,村

のナ

Cは

。ダ

との

を続

けた

どの

論理

で弁

して

いる

,村

力者

党幹

Cの

を最

はね

とが

きた

2-3.

料14

をも

とに

てみ

。市

よれ

,ア

クス

ブル

に対

る批

えな

では

,市

民の

つナ

々の

不満

批判

しな

うか

Dは

そも

なの

,反

なの

料14

され

いわ

「ヒ

トラ

Dに

どの

な役

を果

して

たの

クス

ブル

では

ぜ市

民の

判が

しな

うか

2-4.

これ

での

では

,農

それ

ぞれ

基本

に親

民衆

のナ

チス

り方

をみ

したA,

C,

Cを批

した

Dの

チス

して

どの

うな

とが

2-5.

をも

,本

「反

々の

,ナ

」の

チス

関わ

り方

をみ

料15

らは

,社

支持

労働

Eのナ

チス

対す

態度

して

どの

うな

とが

読み

とれ

るか

料16

をも

とに

てみ

。資

Fは

民党

支持

労働

。彼

「反ナ

チス

治信

して

なの

,ナ

チス

「歓

力行

して

チス

以来

強制

を推

るナ

して

旧両教

会派

民衆

を継

して

なか

った

。資

料17

のバ

エル

争参

よれ

,な

争が

どま

2-6.

料15

・16

・17

では

力で

,ナ

ある

「社

政権

「新

旧教

民衆

力に

関わ

り方

をみ

きた

。反

力の

チス

方に

いて

,共

して

どの

とが

A.

なぜ

しえた

時の

ドイ

民衆

チズ

T。発問す

P.資料を基

に答える

T.発問す

.資料を基

に答える

T。発問す

P.答

える

T.発問する

P.資料

を基

に答

える

T.発

問する

P.資料

を基

に答

える

.発

問す

P.答

える

T。発

問す

P.資料

を基

に答

える

T.発

問す

.資料

に答

を基

える

T。発問す

.資料を基

に答

える

T。発問す

P.答える

T。発問す

P.答

える

り乙 Q U 1 1

12

|  「 大 金 持 ち で , ア メ リ カ に 住 ん で い て , 戦 争 に 火 を つ | |  け た ユ ダ ヤ 人 な ら 弾 圧 も 仕 方 な い が , 近 く の ま っ と う | |  ユ ダ ヤ 人 な ら 誰 だ っ て 来 て か ま わ な い 」 と い う の が 彼 | 匚 の 根 拠 で も あ っ た 。 し か し, 嫌 が ら せ は な お も 続 い た 羂 -一・ 自 分 や 村 に 利 益 を も た ら す 身 近 な 村 う ち の 耳 ダ ヤ 人 は争儷---一伽-w-■■・甲■■--a・獅-一儡弔φ-・-■-■-■・滷-■枦粐岬・--一髻wi--w---■■■■吽辱■--φ--仙w■■-■■■■-■--・争・----幽--w 弾 圧 も 仕 方 が な い と し , 「 村 の 内 と 外 の 論 理 」 を 利 用 し て い る 。 ・ 一 般 の 村 人 が 日 頃 は 口 に 出 せ な い 有 力 者 へ の 不 満 や ね た み の 気 持 ち を , 体 制 が 主 張 す る 「 反 ユ ダ ヤ 主 義 」 を

自己を正

当化する根

として表明できた

14 1

…(

資料r4'

め概要

y薑賈

7遊興

に関わ'

市め

チチ

党幹部

`'

の腐敗ぶ

りは

目に余る

。市民の誰もが眉をひそめ

てい

| る

.しかし,不都合なことは総統( ヒトラー) には知

| らされていないのではないか.総統だったらこんな腐

| 敗を許さないだろう.

廴...----...---・-p----,---"'---4----"""'q"-

“゜

゛'

゜"'

“""

¨

・ヒ

トラー

を擁護

・崇拝

してお

り,基本的に親ナ

チであ

・ヒ

党への不満

トラー

を盾にする

をぶ

ちま

ことによって

けられ

。ヒ

トラー

,日頃

口に出せない

,自。

分たち

の体制への期待や願

望の投射盤

として機能

していた。

「ヒ

吸収す

トラー神話

ることで,個別

」が

,党に対す

的な批判

る個々の不満や批判

を全面的な体制批判へ

15

16

17

−8−

と発展させ

ないブロックの役割

を担

って

いた

○体

制と

してのナ

チス

を全

面的に支持

した

り,これ

に服

しているの

では

なく,個

々の

生活

レベルでは

,ナ

に対す

る支持と反対の感情

や態度

を共存

させつつ

人的な利害関係

や敵

対関係

を解決するために体制

利用

して

いる実態が

ある。

「反ナ

チス

を鮮明に

した扇

動行動には関わ

らず

,職

と家庭

と余暇に専念

して,匚

ナチス

非同調

」の態度

を取

り続けている。

・日頃余暇な

的に余暇を提供

ど楽

しむ余裕のな廴

して

くれた

労働者に

歓喜

力行

,ナチス

団には政治色

は組

やイデオ

ロギ

色がなく,自分の政治信条

と関わ

りな

く,余暇

きた

をプライベー

トな領域

して楽

しむ

ことがで

「自己の

信仰の

保持」という特定の

事柄に

対する抗議

あり,闘争にはナ

チスの大

衆党員も

多数参加

した

また

,教会闘争

を通

じて

,ナ

チ党指

導部に

対する

民衆

の不満や不信感は高まったが

,ヒ

トラー個

人の

国民的

統合者

としての

イメー

(ヒ

トラー

神話)は維持

され

体制

を救

った

○反

対勢

力のいずれ

の対処の

仕方も,ナ

チス体制

を許容

する道

を開

いている

。組織

を失った社会

主義擁護派の

労働者は

,職場

と家庭に入

り込み

「ナ

チス

非同調

」の

態度

をとりなが

ら,政治色が薄

く自己の

利益にな

る領

ではナチスの

政策

を受け入れ

ている

,教会派

民衆

党指導部の教会政策

を批判

しなが

らヒ

トラー

崇拝を

維持

している

○体制の側か

ら言

えば

,厂

具体

的な利益政策の

実施

ゲシ

ュタポ」

「強制収容所」

「宣伝

活動」に象徴

され

る政治色

・イデオ

ロギー

色を全面に出

して

,強制

的に

民衆を組織化

していく方

向性の一方で

「余暇」など

非政治

的で,私

的な領域への食い込み

によ

り,また

「ヒ

トラー

神話

」の創出によ

り,組織

的な体

制批判を回

して,民衆の体制への統合に成功

した。

民衆の側か

ら言

えば

,民衆は

自分の

おかれ

た日常生活

それぞれの状況下で

,体制に対

して支持と反対を共

させつ

つ選択

的に対処

していきながら

,結果と

して

民衆の

多数派が

「親ナ

チス

」か

,ない

しは脱

政治化

いぜ

「ナチス

同調」に

自分の

政治信

条や

態度

を留め

許容する

おいて対処

ことになった

したので

,体制と

してのナ

チズム

−111111 − ︱ ︱− 1 1 1 中 4 ` 一 一一

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