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描画教育における人体クロッキーの指導に関する実践研究 : 北海道教育大学美術分野の教材開発を通して

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Academic year: 2021

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(1)Title. 描画教育における人体クロッキーの指導に関する実践研究 ― 北海道教 育大学美術分野の教材開発を通して ―. Author(s). 大石, 朋生. Citation. 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 69(2): 293-302. Issue Date. 2019-02. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/10403. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第69巻 第2号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 69, No.2. 平 成 31 年 2 月 February, 2019. 描画教育における人体クロッキーの指導に関する実践研究 ― 北海道教育大学美術分野の教材開発を通して ― 大 石 朋 生 北海道教育大学旭川校絵画研究室. Research on Instructional Methods in Human Figure Drawing and Picture Instruction ― Developing Lessons for the Hokkaido University of Education ― OHISHI Tomoo Department of Art, Asahikawa Campus, Hokkaido university of Education. 概 要 本研究では,人物画制作に対して消極的な学生が,積極的に制作ができる描画教育を実践的 に検討する。教育における積極性を高めるための方法は多岐に渡るが,本研究では大学におけ る美術教育分野絵画ゼミでの授業を中心に,学生が課題に対して積極的に取り組む方法の一試 案を報告する。本研究では人体クロッキーを中心とした実技課題を考案し,大学での演習授業 を行った。ここで得られた考察をもとに,高校美術・中学校美術科教材として応用する事を意 図している。演習については手の動きなどの運動面を中心に検討・考察し,作品の評価につい ては,学生作品の鑑賞と意見交換を通して課題意図の理解を図った。本研究では課題制作にお ける授業のねらいと生徒の反応を通して,その学習内容について考察する。. 1 研究の背景 (1) 中学校学習指導要領(平成29年告示) 「第6節 美術」の「第一目標」には「美術の創造活動の喜びを. 味わい,美術を愛好する心情を育み,感性を豊かにし,心豊かな生活を創造していく態度を養い,豊かな情 操を培う」とある。自ら積極的に心豊かな生活を創造する態度が,美術教育を指導する教員にも求められて いる。北海道教育大学旭川校の美術分野絵画ゼミナールでは,描画教育の基礎課題として素描,水彩,アク リル,油画の4実技を必修として実践している。これらの実技は美術教員として教壇に立つ学生に,必要最 低限の基礎技能を身につけてもらうためのものである。中学校美術免許の取得を目指す学生にとっては,美 術の基礎的な技術を指導する上で欠くことのできない習得事項となっている。素描の内容は,モデルを用い た人物クロッキー(ドローイング)と鉛筆デッサンがその中心となっている。制作を通して立体や空間を把. 293.

(3) 大 石 朋 生. 握し,表現する能力を養うことを目的としたものである。 授業の最初に高校時代のクロッキー,あるいは人体デッサンの実践経験について質問すると,ほとんどの 学生が未経験である。これは,高校の美術教育における時間数および設備の不足,モデルの確保が困難なこ とによると考えられる。また指導教員の人体デッサン等への経験不足が原因となり,十分な教育がなされて いないのではないかと推察される。そのため,学生の人物画制作に対する苦手意識が強く,人体をモチーフ として選択しない傾向が見られる。このことにより人物画制作で得られる描画力,構造理解,作品鑑賞力が 損なわれていることが考えられる。また苦手意識を持たない学生においても,デッサンにおける形態や構造 の把握ができていない事例が見られる。 絵画や素描において人体は最も身近で,基本的なモチーフだといえる。筆者は人物画制作や人体デッサン に苦手意識を持ち,描くことに消極的な学生が多くいることは問題であると以前から考えていた。そのため, それまでのエスキース→石膏デッサン→講評会という順に構成されていた授業から,クロッキー・ドローイ ング→講評会→クロッキー・ドローイングのような,デッサン表現やデッサンの身体性を学生が自覚する授 業を行う必要性を強く感じ,今回の研究の経緯となった。このため,正確に形態を把握し,丁寧に描写する 方向に重点を置く内容から,自由でおおらかなデッサン表現を獲得するための手段として,短い時間で結果 の得られる人体クロッキーを実践した。また,表面描写にとらわれ萎縮した表現が固定化した学生に,どの ようにして線や調子の美しさ,柔軟な手の動きを理解してもらうかを考えた結果,次に示す内容に修正した。 まず制作内容の質的な評価の観点から量的な評価の観点への転換を図った。具体的には6時間で制作する デッサンを1枚減じて,10分で制作するクロッキーやドローイングを24枚程度制作してもらうこととした。 多くの枚数を制作することにより,細部にこだわった近視眼的な視点から離れ,塊や量感に対する明確な把 握を試み,実感させるものである。更には学生特有の完璧主義的な評価の観点を取り払い,プロセスを評価 の観点に導入し柔軟な制作態度を養うためでもある。最初は通常と違う方法論や評価の観点に少なからず抵 抗がある。それが量的なものを確保する過程で一度吹っ切れてしまうと,柔軟な思考や価値観を受け止める 構えができるようになり,やがて質的なものも獲得できることが期待される。. 2 人物クロッキーの実践 2.1 指示なしクロッキー制作の実践と効果 はじめに教員からの指示をしないで人物クロッキーを制作してもらった。最初に指示や指導を入れないこ とにより,指導が入らない作品と指導が入った作品との差異を鑑賞によって考察し,より良い方法を選択す ることができる。このことは金子(2)の論文によるクロッキー指導の実践で明らかにされている。教師の指 導のないクロッキーは対象をよく見ず,観念や手の運動の惰性で描くことが多く,作品は硬く弱い表現にな りやすい。図1,2(作品1,2)その後, 「一本線でゆっくりと」等の指示でそれが解消され,全員成功 する。図3,4(作品3,4)これにより美術は生まれ持ったセンスで決まる等の誤解を払拭できる。しか もこのクロッキーは10分が1単位の変化のある繰り返しなので飽きない。学生は10分間私語なく対象を見つ め集中し,10分経てばそれがとける。しかも集中した分の学びの手応えが得られる。生徒は充実感を味わう。 また,人物クロッキーを描く際の座席配置もモデルを中心に放射状に配置されるため,教師が学生の様子を 把握するのに適している。すぐに困っている生徒に助言することができる。特に短時間での技能向上を実感 することや,上手い作品を描くためには持って生まれたセンスや才能が必要との誤解を抱いた学生にとって は,予想外で驚きを伴い良い印象を与える。. 294.

(4) 描画教育における人体クロッキーの指導に関する実践研究. 図1(作品1). 図2(作品2). 図3(作品3) 図4(作品4). 授業のねらいと学生の反応 ここではあえて説明をしないことにより,学生がいつもどのような姿勢でクロッキーに望んでいるかを,. 295.

(5) 大 石 朋 生. じっくりと観察する事ができた。また,最初から説明しないことで学生は不安になり,後半自ら積極的に説 明を聞くという効果もあった。ただし,説明がないことによる不安や緊張状態が長く続くと,制作そのもの への意欲も減退してしまう。1ポーズか2ポーズのみに止める。「一本線でゆっくりと描く」等の指示後は 目的と方向性を得た安心感からか,強く大きな表現をする学生が多く見られた。 2.2 描きにくい技法で描く実践と効果 次に「一本線でゆっくりと」等の指示で正確で丁寧になった分,萎縮した表現になった事から脱するため に通常とは異なった描きにくい方法をあえて指示し,柔軟な表現を試みる。最初の1枚目は利き手以外の手 で描いてみる。2枚目は中心から放射状に描いてみる。3枚目は背景から描いて人物を白抜きで表現するな ど,普段は描かない描き方でルールを決め,人物クロッキーを描き進める。またある程度普段描かない方法 で制作を進めた後,学生側から描き方のルールを出し合い,順番にルールを更新して描く。このことにより, 制作の目的が対象を正確に写し取ることから,難しいルールの順守で作品が成立する事そのものに重きが置 かれ,自身の運動の差異による線の面白さや新しい表現の発見が可能になる。ある程度通常とは異なる描き 方に慣れ,表現が対象の表面描写から,内的印象の再現が可能になった段階を見計らって,モデルに特殊な 感情のポーズを意図的にとってもらう。 (怒りのポーズ・悲しいポーズ等)このことで,クロッキーは対象 の再現のみが本来の目的ではなく,対象から触発された作品の領域まで表すことが可能であることに気づく ことができる。 授業のねらいと学生の反応 この2ポーズ目から3ポーズ目の段階で,教員や学生の指示したルールに柔軟に対応できる学生と,自分 自身に染み付いた描き方のルールを更新できない学生とに大きく分化する。後者については本時の授業目的 とねらいを短く伝え,指示やルールの重要性を伝える。美術特有の先入観として,表現は自由なものだから 制作も好き勝手に描いたほうがいいといった思い込みがある。このことはある側面では事実だが,自己検証 なしに身勝手に描くだけの方便として使われる事が多い。この先入観を払拭するために,柔軟なルール変更 への対応力は必要な行程となる。この時点で学生の納得が得られない場合は,教師がクロッキーの試演を行 い,具体的な線の美しさや自由な身体性を伴った仕事の具体を見せることが必要になってくる。こういった 場面での教師の対応について有田(3)は以下のように説明している。 教師の技量に感心させるのに,クロッキー示演は便利と思う。生徒は感心したら認めてくれる。ただ感心 を維持するには生徒の質に対応して行くことが必要である。上から目線・怒ってばかり・笑顔なしは失敗す る。授業開きでは教師も生徒も緊張しているから,教師がうまく緩めて生徒を受け止めなければと思う。生 徒は新しい先生に期待しているから,甘くされたいとは思っていない。すごい先生だといいなと思ってい る。期待に応えて導いてくれる先生でなければ幻滅してしまう。高いレベルに導いてくれる先生には厳しく てもついて行こうと思う。私の場合はクロッキーの示演力で,画力鑑賞授業で,知識を披露することでつい てきてくれるのではないかと思う。 この段階において学生の中で意識の変化が起こる。描く対象に対して近視眼的に観察し,描く範囲や鉛筆 の先だけに注目していた視界が,人物モデル全体を眺めるようになり,全体観を把握しながら描き進める きっかけを得る。筋肉が適度に弛緩し,小手先の表現から全身を使って描くことができる感覚を得る。この 時点で注意しなければならないのが,思ったような結果はまだ得られないということを教師も学生も認める ことができるかどうかが重要になってくる。完璧主義や結果主義から離れ,実践することそのものを評価で きるかどうかの価値基準を,教員自らが示すことができなければ,学生はまた表面描写や小手先の表現に. 296.

(6) 描画教育における人体クロッキーの指導に関する実践研究. 戻ってしまう。この意識の変革を定着させるために作品鑑賞と講評会を行う。 2.3 講評会(1回目) 教師が作品についての評価を伝える前に,学生に自己評価を行ってもらう。方法は1回目の指導が入って いないクロッキーを100点としてそれ以降のクロッキーに点数をつけてもらう。この時点で自己評価の低い 学生であっても,2回目以降のクロッキーに低評価を与える学生はほぼいない。これは,作品の評価基準で ある身体性を伴った表現を考えると2回目以降の方が明らかに向上していることが自覚できるからである。 このことにより,ルール無用で自由に描き続けることで視野が狭くなり,かえって不自由になることや,制 約の中で表現することの方がかえって伸びやかな表現につながることを実感する。その後,ほかの学生の作 品についても同様に評価を学生同士でつける。その際,できるだけ個人的な観点で評価をつけ,他の学生と 相談しながら評価をつけることを避ける。全員の評価が終了した後でなぜその評価になったのか,評価の観 点を話し合う。 今回行った演習では興味深いことに,高評価を独占した学生はいなかった。これは,作品の密度や描写の 正確さといった一般的な作品の評価基準が,クロッキーの場合は最初から免除されているといったことや, 天の邪鬼的な特性を美術分野の学生が持っていることで,人とは違った価値観を評価で示そうとしたことの 表れなのかもしれない。評価が分散することで,自分が自己の作品に抱いていた技術的な側面のみに偏った 価値観が,多様な観点の上に成立しているという事に気付く効果がある。この意識の変化や連続する作業に よる技能の向上体験は,学生にとって予想外で驚きを伴い好印象を強く与える。また学生それぞれのお気に 入り作品と,自分の一番評価の高い作品を提出させる。低評価だった自分の作品が他の学生によって評価さ れることに,戸惑いながらも喜んでいる様子が学生の間で見られた。またこの際,教員は生徒による自己採 点を見て上達を実感しているかも確認する。この時点での重要性を有田⑶は以下のように論じている。 なかには上達しているのにそれを感じていない場合もあるので,翌週,クロッキーの美しさの観点(注1) を解説する。学習のフォローアップである。観点の明示によって,1美術には明らかな学習内容があること に気づかせ,2評価は教師の趣味や贔屓で恣意的になされる等の誤解を払拭する。当然ながら生徒は贔屓を 嫌う。贔屓で評価されていると誤解されては美術や教師への不信感だけではなく,生徒同士の関係にも悪影 響がある。評価の公正性を示すことは重要である。常に生徒が安心して学べることを実感する授業にする。 クロッキーの美しさ観点の解説は生徒作品を例に行う。生徒作品を載せた配布資料を作成しておく。スケッ チブックにも教師の評価やコメントを記して授業前に返却しておく。教師は生徒全員を見ているというメッ セージを伝える。 2.4 通常使用しない描画材で描く実践と効果 2.1〜2.3までの工程で作品制作の目標を表面描写から対象の本質にまで迫り,人体の内面構造や自 らの身体性に着目した表現を試みることができるようになる。ここから表現の幅をさらに広げるために,描 画材料による表現方法の違いや,無意識に表現される行為が軌跡として残りやすい描画材を使用する。具体 的には,木炭・コンテ・墨汁・ボールペン・竹ペン・等を使用した。木炭・コンテは他のデッサンでも使用 するため,今回初めてデッサンに使用する,墨汁や竹ペン・ボールペンを中心にクロッキーを進めた。墨汁 は毛筆を使用することにより行為の身体性が軌跡として残り,運動量,圧の維持と加減速といった複雑な運 動パターンを習得することができる。また複雑で早い運動や,単純でゆったりとした動きの違い等を組み合 わせることで人体の持つ筋肉や骨格といった構成だけでなく,動静や体重の移動,重量感やリズムといった 複雑な表現が可能になる。. 297.

(7) 大 石 朋 生. 授業のねらいと学生の反応 慣れない描画材料は学生たちにとって初めての体験である。最初は戸惑ったり,怖がったりと様々な反応 が返ってきたが,慣れてくるのにつれて面白がったり,各自が思い思いの工夫を凝らしながら作品制作に取 り組んでいった。この段階で学生作品の中に,教師の期待を超えた興味深い表現が現れ出す。それは人体の 成り立ちをしっかりと理解した上で,自己の個性や創造的な新しい表現にまで踏み込むものであった。以下 にその事例をいくつか挙げる。図5,6(作品5,作品6). 図5(作品5). 図6(作品6). 作品5は墨と穂先を切った筆で描いた作品である。墨を薄めずに使用し,掠れと穂先の効かない筆の勢い で描いている。重量感のある頭部と,それを支える体の捻りを表現した良作である。作品6は木炭の面と描 線を使い人体の量感と空間を共存させている。体がくの字に曲がった状態を後ろから描く,難しい位置から の描写だが,人体の持つ,ゆったりとした動きと存在感を見事に表している。この他にも指を使って描く学 生や,面で人体を捉えようと試みるなど,それぞれに多様な工夫が見られた。演習終了後,学習の振り返り として作品に関する評価や感想を言語化し記述する学習を行った。加えて,描画材料の違いによる表現の差 異,表しやすい動きなどに気付きを得るため,今後使用が検討できる描画材の種類も記述させた。無意識的 に現れた軌跡や表現を,文章を使って論理的に自己検証する事で,自分自身がどの程度,無意識的な表現に ついて柔軟に理解できるようになっているか,描画材に対する興味の違いなどが確認できた。 2.5 動く人物モチーフを描く実践と効果 ここからは人体クロッキーとしてはやや応用的な技能が求められる。ムービングといわれる手法を使って クロッキーを行う。モデルは固定ポーズではなく,モデル台の上や床上を動き回り,もはや短期記憶だけで は描写をすることが困難になる。ここまでの制作で自分自身の作業による一定の向上をみて,自信を深めて きた学生の自信が失われることもあるので,教員は学生の制作をより深く観察し注意を払う必要がある。動. 298.

(8) 描画教育における人体クロッキーの指導に関する実践研究. くモチーフを描写するためには,描く対象を短期記憶やディティールの集積で描くのではなく,制作者の長 期記憶に依存しているということを理解しなければ描けない。人体描写をきっかけとして生まれた軌跡を作 品の一部として肯定的に捉え,習作とタブローを同じ視点で理解し制作するために必要な技術となる。とは いえ,いきなり激しく動く人体を捉えるのは至難の技なので,最初は単純でゆっくりとした反復動作をモデ ルは行い,徐々に動きに変化をつけてゆく。ここでも,作品の質や出来栄えに初めはこだわる傾向があるの で,量を確保した上で質の評価を学生との話し合いの中で明確化して行く。 授業のねらいと学生の反応 この段階に至ると,モデルはクロッキー行為へのきっかけやリズムを掴む対象のためだけに必要となる。 その事に実践的に気がつくまで枚数がかかる学生もいれば,最初から運動面の面白みに気がついて仕事がで きる学生もいる。枚数はかかっても,最終的にリズムや流れを掴んで全員が描けるようになるまでクロッ キーを継続する。これは絵を描くことを動作としての側面で表現できるようになるために効果的だと考え る。身体を使って経験を積み鍛えられる身体性重視の作品を制作した後に論理的・分析的な判断を評価して 精査できる能力をここで獲得する。この作業は学生によって得手不得手が分かれる結果となった。先にも述 べたように,この過程は一朝一夕に獲得できる技能ではない場合もあるので,不得手な学生のケアを怠らな いようにしたい。必要であれば教員が作例を示し,実演を行いながら進めていく。学生の中には抽象的な表 現に対する拒否反応が強い学生もいるので,制作過程を観察しながらモデルの動きが早いと判断したら, ポーズを単純化し固定ポーズを交えながら進めるといった配慮が必要になる。 2.6 じっくり時間をかけて描く実践と効果(作品化への試み) いよいよ,人体クロッキーの最終段階になる。ここでは量的な評価基準を,少しずつ質的転換に図って進 めて行く。モデルのポーズは10分ポーズから20分ポーズに変更し今までの倍の描画時間が与えられる。この 時点で,初めてルールを教師の側から提示するのではなく,制作する学生自身でルールを設定し描き進める。 細密的な部分描写や近視眼的な表面描写も,この段階では学生が自由に選択可能となる。ただし,1枚の中 でルールがいくつも存在するのは好ましくないので,ルール1つにつき1枚で制作してもらう。色を何色も 使った表現,描画材を何種類か併用する表現,簡素な表現様式から高密度の表現まで20分ポーズでは可能に なる。学生は今まで培った技能を選択しながら,自らの表現意図に見合った技法で描いてゆく。このことで 自発的,自律的に判断し,その行為自体を尊重し評価する事が可能になると考えられる。 授業のねらいと学生の反応 2. 1〜2. 6までの演習で獲得した,表面描写から本質的な構造を洞察する視点への変化や,多様な表現 方法の実践は,抽象表現に対する意識の寛容さにも繋がって行く。ここまで人体クロッキーを実践し体得す ることは,大袈裟に言えば戦後モダニズム絵画の歴史を追体験し,さらに抽象絵画による表現の豊かさを実 感できるようになる事が期待される。具体的には,表面に現れたテクスチャや偶発性による様々な表現の可 能性に学生が気づき,様々な試みを行ったことが成果といえる。抽象・具象の垣根を超えて,自らが描きた い表現に見合った技法や材料を選びとるようになり,絵画的価値に気づきを得ることが出来た事も,今回の 実践で明らかになった。図7,8(作品7,8)からも確認できるように,人体クロッキーをはじめた頃の 硬さや画一的な観念は無くなり,学生個々人の分化が進み,表現の幅広さや多様さを生み出すに至っている といえる。また,図9,10(作品9,10)は人体より生じた形や動きを抽出し,より独創性の高いイメージ を定着させようとする試みがうかがえる。このことから,人体クロッキーから着想を得た作品制作が可能に. 299.

(9) 大 石 朋 生. なる段階まで学生が到達したと言える。. 図7(作品7). 図8(作品8). 図9(作品9) 図10(作品10). 300.

(10) 描画教育における人体クロッキーの指導に関する実践研究. 3 風景スケッチへの転用 人体クロッキーで獲得した成功体験や柔軟な意識の変化を,モチーフの幅を広げて活用できる事を期待し て屋外で風景クロッキー・スケッチの実践を行なった。90分授業の60分校内を周り5枚のスケッチをする。 その後30分かけて作品検討会を行った。全4回の授業時間を使い,人物クロッキーと同じように1.1〜1. 4までの手法で授業を行った。 授業のねらいと学生の反応 人物クロッキーでは学生個々人の意識の分化が進み,多様な作品形態が現れることになったが,人物から 風景へ大きくモチーフが変わると意識も萎縮する傾向が見られた。また風景という言葉の持つ観念に捉われ て構図やトリミングに画一的な点が見られ,学生の反応も楽しく制作できていないといった傾向があった。 これは教師や他の生徒との接触が人物クロッキーと比較して少なく,作品制作をする上でのモチベーション が下がったことが考えられる。また,ポーズ時間で制約される人物に対して,校内スケッチは自分の裁量で 時間を決めることができるため,最初にじっくり時間をかけて描きすぎ,最後の何枚かは短時間で作業をこ なすように制作してしまったところが原因と考えられる。今後もっと狭い範囲に集まって描くことや,写真 や映像表現と絡めて構図やトリミングの技能を高めるなど,風景スケッチ固有のルールを作り活用の可能性 を探っていきたい。. 4 講評会(2回目) 最後に講評会において,自己作品の変化や今後予想される方向性等について話し,制作意図や感じたとこ ろを述べてもらった。また他者の作品についても客観的に意見を述べ,初回からの変化について学生同士で できる限り忌憚のない意見を出してもらった。他者の作品批評においては,必ず本人が気付いていない良い 点を見つける事を重視し,修正した方が良いところを指摘する事を少なくするようにもとめている。これは 本ゼミの特性かもしれないが,批判的精神に長じた学生がいる一方で長所を探し褒めることが苦手な学生が 多く,批評を受け取る側の学生もまた,修正すべき悪い点については神経質なまでに気にするのに対して, 褒められることについては懐疑的で素直に受け取ることができない学生が多いためである。また,教師が多 く意見を述べるより学生が述べた意見のほうが,学生同士共感を得られる場面が見られることから,講評会 はできる限り学生が相互に意見を出し合う方が効果的だと考えている。 その中で教師の仕事として,学生同士で気づきが得られない問題点も浮き彫りになるので,最後に教員側 から個々人の作品や制作態度などの良いところと問題点を指摘している。その際,学生の作品を活用し絵画 全般における重要な要素についても取り上げる。一般論として絵画制作の実際を話すよりも具体的かつ実践 的な理解が得られる。. 5 まとめ 美術分野絵画ゼミナールで実施している人体クロッキーによる演習活動を具体的に紹介してきた。自己の 作品制作のみならず指導者として,美術教員を志す学生にとっての絵画技能はどうあるべきか,またそのよ うな学生に最も適した指導法は現在も模索中であり,本稿はその1試案のプロセスを提示するものである。 美術の専門教育を受けていない学生への指導法として,本制作前に上記の手順で,身体性に気づかせるとい. 301.

(11) 大 石 朋 生. うことは,視覚的な観察のみによる制作よりも,より感覚的に優れたものになるのみでなく学生が教員に なった際にも,生徒に触覚や運動感覚を使った評価や指導ができるという点で,より具体的で多様な指導が 可能となることが予想される。その一方で大量のクロッキーを行うことで削られた制作時間を確保するため に,ゼミナールの時間外で自己の作品制作をする事になり,学生の時間を圧迫してしまっている。教員養成 大学として必要不可欠な専門的技能の獲得と習得時間のバランスを取ることは,これまで以上に困難になっ ている。 また今回の実践を通じて別の観点も明らかになった。学生は作品の構想を練る段階で写真を使い,そのま ま転写する事が多い。今回試みに写真を使っていても,クロッキーやドローイングを重ねてイメージを多方 向から捉え直してから制作に入るよう進めたところ,作品に柔軟性が生まれ良い結果につながった。これは 作品を大きな視点で捉え直すことで,写真的な全てを細密に描く完成の形から,画面の疎密とそのリズムの バランスを取る事が,完成へ向けての重要なプロセスである視点を獲得できたためと考えられる。本制作に おいて,細部への興味が先行してしまう学生が多い中,できるだけ表現対象やテーマを大きな形で捉え,自 己作品への評価についても肯定的かつ柔軟に対応できるおおらかさが,美術における喜びの一端であると筆 者は考える。他教科では培うことの難しい,厳しく柔らかい技能向上への意志と多様な評価の観点を獲得す るために,学生自らが判断し考える力を持つことが,本授業では重要であると考えている。今回得られた実 践から素描の重要性,とりわけ短時間で成果の得られる人体クロッキーの重要性が明らかになった。この結 果を踏まえて美術教育における,デッサンの指導法という観点から考察を一層深めてゆきたい。. 引用文献 ⑴ 文部科学省(2017),「中学校学習指導要領」 ⑵ 金子一夫,2014,「クロッキー指導における指示の構成と評価観点-非美術専修学生に対する実践を通して-」 , 『美術教育 学』,第35号pp.255-269 ⑶ 有田洋子,2015,「美術科授業開き論-学年最初の授業の目的と内容」 ,大学美術教育学会『美術教育学研究』第47号, pp.39-46. 参考文献 要真理子・前田茂監訳,2017,「西洋児童美術教育の思想―ドローイングは豊かな感性と創造性を育むか?」東信堂 斎藤忠彦,島田英昭,小林比出代,蛭田直,白井学,2018, 「芸術教育における子供たちの感性の育成に関わる一考察」,『信 州大学教育学部研究論集』,第12号,pp123-135 國清あやか, 「想像力を育む図画工作科の学習指導に関する実践研究」 ,大学美術教育学会『美術教育学研究』第47号, pp119-126 八重樫良二,2016,「モダンテクニックを扱った教材の一試案」 ,北海道教育大学紀要(教育科学編)第67巻第1号,pp403414 夏池篤,田中俊之,2017,「彫塑教育における指導の要点と内容の工夫」 ,常葉大学造形学部紀要 第15号,pp39-46 佐々木喜憲,2004,「感性・創造性豊かな美術の学習指導のあり方」 ,北海道教育大学附属函館中学校研究紀要,pp54-59. . 302. (旭川校准教授).

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