社会権としての「教育を受ける権利」の再検討 : その過拡大再考の提言
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(2) . (524). 横浜国際社会科学研究 第 15 巻第 5 号(2011 年 1 月). 解されるものとしての教育基本法が,枢密院の. た,教育基本法制定後 に 始 ま る い わ ゆ る「逆. 審議を経て,1947 年 3 月 23 日に帝国議会を通. コース」25)を批判する研究者が,日本国憲法も. 過,同 31 日に施行され,これと表裏一体のも. しくは教育基本法の解釈を展開し26), 「国民の. のとして 1948 年 6 月 19 日の衆議院・参議院の. 教育権」説と呼ばれるようになる学説を主張し. 決議によって教育勅語の失効が確認されたので. ていくことになった27). 「国民の教育権」説を. 16). あった .その意味では,憲法起草者や制憲議. 創始した28)のは宗像誠也であると言われるが,. 会の目からすれば,教育基本法は,憲法に書き. 宗像は法学者ではなく,教育行政学者であった.. きれなかった理念を纏めたものであり,まさに. 宗像は,権力は教育内容に入るべきではなく,. 憲法に準ずると言えるものだったのである.. 教育内容は「真理の代弁者」である教師が決め. 「教育」に関して,このように,日本国憲法. るべきものであるとし,そして,主体的な国民. で「権利」であることが謳われたこと,その条. の「学習権」を憲法 26 条から読み取ったので. 文上の位置が社会権のそれであったこと,他分. ある29).子どもの発達は多様であり,高校以下. 野とは異なり,基本法の制定がなされたこと,. の教員にも教授の自由を認めるべきだと主張し. しかも,それが新時代の教育を創造しようとい. た30).また,権力は価値中立的というより,日. う日本側の理想主義的熱気の中でなされたこと. 本国憲法・教育基本法の立場に立つべきとしつ. は,その後の教育関連条文の解釈を考える上で,. つ, 「内的事項」に対する国家の干渉は許され. 重要なこととして記憶できるように思われた.. ないことなどを説いたのである31).. 美濃部達吉17)の 死後,憲法学 の 通説 と なっ. 教科書裁判においても,「国民の教育権」説. た宮澤俊義もまた,以上見てきたような条文上. は,教師の教育の自由が憲法 26 条もしくは 23. の位置に忠実に, 「貧乏人に対しても高等教育. 条32)から認められるべきであり,国家がその. 18) を受ける可能性を保障しようとするもの」 と. 内容に介入すべきではないから,教科書検定制. するなど,社会権的把握を行い,高校以下の教. 度は認められないという主張33)を展開した.. 員の教育の自由を消極的に捉えていた19).当初,. そ し て,1970 年 の 第二次家永教科書裁判一. 憲法 26 条は,生存権条項 25 条の次の条文であ. 審のいわゆる杉本判決34)が下されると,「国民. ることから社会権と位置付けられ,まず,勤労. の教育権」説は勢いづいた.日本教育法学会が. 者として生活の糧を得ていくために必要な能力. 設立され35),「その後約 1 年半の間に,教育権. を得る権利20)として理解されたのであった21).. に関する多くの著書・論文が発表され,『国民. しかし,戦後復興の時代が終わり,高度成長. の 教育権』と い う 観念 が 教育運動・教育理論. といわゆる 55 年体制の時期が到来すると,次. 36) の中にひろく浸透しつつある」 ようになった. 第に, 「健康で文化的な最低限度の生活」を保. との記述もなされるほどであった.ここに,教. 障できない状態ならば兎も角,高度成長を果た. 育法学という新たな学問分野が成立したと言. 22). した日本では,この読み方は消極的に過ぎる. えよう37).特に,第二次家永教科書裁判提訴の. という批判が強まっていった.確かに,そのよ. 1965 年段階では登場していなかった憲法 26 条. うな教育とは,生産手段を持たない「労働者人. 論が,杉本判決で取り入れられたことも起爆剤. 民に対」する教育であり, これを徹底しても 「治. となった38).そしてまた,以上の経緯は,「国. 者たるための教育」にはならず,彼らが「支配. 民の教育権」が,日本独特の,政治権力の教育. に参与することはむつかしく,人間として劣っ. 支配に対する抵抗の理論であり39),何よりも運. た立場に立たねばならない」結果に陥る23)こ. 動であったことをよく示していた40).. 24). とへの忌避意識があったものと推察される .. そこで主張された「教育の自由」は,明治憲. そ し て,宮澤憲法学通説 に 飽 き 足 ら ず,ま. 法体制により大きく制限されていたものであっ.
(3) 社会権としての「教育を受ける権利」の再検討(君塚). た41)が,日本国憲法の人権カタログにもなかっ. (525). . これらに続き,元々行政法学者の兼子仁も,. たため,当初,憲法学者の関心を引きつけられ. 「学校教育は,子どもの全人権を保障し子ども. なかった42).そこで,杉本判決などを契機とし. の人権行使能力発達を保障するものでなければ. て,教育学,教育法学などの専門家が,憲法 26. ならない」が,そのためには,「人間教師」が. 条及び 23 条の新たな理解を示すことにより,. 「人権享有という人間的主体性を保障されて」. 国家の教育権限ではなく,何よりも教師の教育. おらねばならず,「人間教師の人権として教育. の自由を実践することになったと言えよう43).. 55) 権・教育の自由が保障されなければならない」. 宗像と同じく教育学者の堀尾輝久は,宗像の. として,教師の教育権を強調し始めた.. 理論を継承しつつも, 「 『教育と発達の科学』の. 兼子は,臨教審などによる「“新国家主義の. 44). 成果のうえに今日の教育の問題を考え」 ,狭. 教育介入” 政策が国策とされる」56)ことなどを. 義の教育権とは「誰に教育する権利が属するか」. 批判し,国の教育への介入をおよそ忌避して. の問題であるとし, 「教育にかゝわる当事者(子. い た.西欧 で は 私教育法制,教育 の 自由57)に. ど も,親,教師,国 ま た は 公共団体等)の 権利・. 始まり,20 世紀になって公教育,教育を受け. 義務の関係,責任と権限の関係の総体を」広義. る権利へと発展したという理解があった58)が,. の「教育権と呼び」,「それを誰が保障するか. 兼子 の 主張 は,「『自由国家』か ら『社会国家』. という点」が議論になっているものだと整理. へ」59)を体現するかのように,その流れは当然. 45). した .その上で, 「人間の発達にとって,文 46). とされ,親や子ども本人の自由を尊重し,教育. 化と学習の関係がきわめて重要であ」り , 「人. の機会均等を図るべきとして,公立学校選択の. 間の文化の持続発展の歴史は,類としての人間. 自由を図るべしというようなものはなかったの. 47) の探究と学習の活動に支えられてきた」 もの. である60).. で あって,そ れ は「人間 の 本質」48)で あ る と. この後を,有倉遼吉61),高柳信一62),渡辺洋. 述べた.そして,これに根差した「国民の学習. 三63)などと共に継いで,「教育を受ける権利」. 権は,基本的人権の一つであり,それは,国民. の戦線拡大に大きく貢献してきたのが永井憲一. 主権と一体のもの」49)とした上で, 「法律学会」. で あ る.永井 は,憲法 26 条 は,憲法「13 条・. が「なお,戦前的,伝統的学問の自由観から訣. 14 条の趣旨を教育の面に普及し,教育を受け. 別できず,それを大学自治論へと短絡させて,. る機会均等を国民にあまねく保障しようとした. 特権的自由と解する説から,今日においても完. 64) もの」 と述べている.そしてまず,「教育を. 50). 全に解放されていない」ことを批判した .. 受ける」のは基本的に「子ども」であるとして,. また,堀尾は,学習権とは,親権,親の教育. 「“教育を受ける権利” を人間の生存のための基. 権を本質として,親の教育義務を引き出し,そ. 礎的権利であると理解する場合,その出発点と. の被受託者が教師であるという構造を採った51).. なるのは,いうまでもなく “子どもの権利” で. 「教育の本質, 」 「教職というプロフェッション. あ る」65)と 述 べ た.続 け て,永井 は,「戦前 の. そのものが教授の自由と研究の自由を要請して. 日本では,おもに経済的理由から初等教育を受. いる」として,教師の一般的な教育の自由を是. ける機会さえ失っていた者が少なくなかった.. 認したのである52).そもそも,教育基本権には,. そういう歴史的事実にかんがみ,そのような事. 子どもの良心の自由など考慮されていなかっ. 態の再発を未然に防止しようとするのが,その. た53)ので,このような主張がなされる結果に. 制度の基本的な理念である」66)と述べる.そし. なったのかもしれない.そして, 「教育の自由」. て,生存権規定である 25 条「の次の条項に規. とはますます,教師の専門性に基づく教師の自. 定された “教育を受ける権利” は,その具体的. 54). 由となっていったのである .. な保障手段として国民に保障されたもの」であ.
(4) . 横浜国際社会科学研究 第 15 巻第 5 号(2011 年 1 月). (526). り, 「人間が自立して生活する基礎能力を保障. 77) 点は」様々な分野で「貫かなければならない」. 67). するためのものであ」 ると述べるのである.. とし,「子どもの教育を受ける権利は,平和的. ここでは,社会権の一部であることが強調され. 生存権の保障の一環として位置づけられなけれ. ている.. ばならない」78)とまで述べ,また,学校教育だ. だが,永井は,教育を受ける権利を生存権的. けではなく79)社会教育においても「主権者と. 意味に限定しない.永井は,憲法 26 条の権利. しての国民が責任をもつ自覚化のための憲法教. は,この「ような形式的保障で足りず,実質的. 80) 育が期待されていたものと考えられる」 と語. な “学習” による “発達” が保障される “修学”. り,その意味を拡大していったのである.そう. までの保障に重点がおかれなければならない.. な る と,憲法教育81)──法教育82)と は 区別 さ. それもいわゆる『義務教育』段階の学校教育に. れる──が重要な地位を占めることになる.そ. 限られず,大学に及ぶ範囲において,それも国. して永井は,「『国家の教育権』対『国民の教育. 公私立の別なく,また一方,一般に社会教育と. 権』という対抗図式が,必ずしもすべての場面. いわれる学校外教育の場においても,国民の生. では該当しなくなり,子どもの『教育を受ける. 存権的基本権としての “教育を受ける権利” は. 権利』を中核に据えた教育権論が重点的に提唱. 国民 1 人 1 人の生涯を通じて保障されなければ. されるに至って,私の提唱してきた『教育内容. 68). ならない」 と述べるのである.人間の精神の. 要求権論』はますます重要性を帯び,正当性を. 「発達」が止むことはないとすれば,これによ. もってくるようになった」83)と自己評価したの. り,子ども時代に限らず,全ての精神生活は憲. であった.. 法 26 条の射程に入ったと言っても過言ではな. この主権者教育論(教育内容要求権説)の立場. 69). かろう .永井は, 「これからの憲法学は “大学. は,憲法学者で,元々は法哲学者でもある小林. の 自治” 保障 の 法的根拠 が,憲法 26 条 に も 求. 直樹によっても支持された84).小林は, 「教育. 70). められることを明確にしていかねばならない」. を受ける権利」とは, 「主体の側に即してより. として,大人と子どもの区別,教育と学問の区. 積極的に,国民(とくに児童・青少年)の学習権」. 別をも打ち消した.そして,教育基本法旧 7 条. だと考えるべきことを主張したのであった85).. 1 項 の, 「家庭教育及 び 勤労 の 場所 そ の 他社会. 総じて「国民の教育権」説は,教育の私事性. において行われる教育は,国及び地方公共団体. を強調して,親の教育権を教師に付託し,国は. によって奨励されなければならない」という文. これを運営するものとして構成していた.教育. 言の存在を強調した71).この帰結は, 「“学問の. 行政像のよく見えない,田中耕太郎文相の構想. 自由” は,普通教育の学校においても保障され. する「教育権の独立」86)を,教育専門家集団に. 72). なくてはならない」 ,全ての学校には「学校. よる運営と理解することだとまず考え,それを. の自治」がある73)という,23 条の保障が 26 条. きっかけとして教育基本法旧 10 条の解釈を創. 下でも及ぶという,逆流をも生んだのである.. 造したのである87).そして,教育基本法の「民. 他方,永井は,教育を受ける存在である「子. 主」性を価値化して捉え,これを崩す教育政策. ども」の権利について, 「健やかに生まれてく. は「反動」だとして,これとの対決姿勢を強め. る権利」 「健やかに育てられる権利」が保障さ. ていったのである88).. れ, 「文化的生存のための教育保障」がなされ. かくして,「国民の教育権」論は,学説によ. なければならないとした74).そうでありながら,. る微妙な違いは含みながらも,その自画像は国. 「個々の国民が自覚された政治主体(主権者国民). 家に対する「カウンター(抵抗)」理論であっ. として判断し行動しうる能力をもつためのも. たと言ってよい89).憲法学界では,純粋な「国. 75) の」 であるとした76).永井は, 「このような観. 民の教育権」説の論者は実は少なく90),このよ.
(5) 社会権としての「教育を受ける権利」の再検討(君塚). (527). . うな議論は,憲法学ではなく,教育法学,特に. 国家が教育に関与し得る権能があることという. 教育学出身の学者により多く唱えられたことは. ことも,論拠として提示されていた99).. 再確認しておく必要があるように思われた.. また,同説は,教育は,また,「親が子供を 教育する権利は何ものにも拘束されない全く自. 2 国家教育権説と教育権論争. 由なもの」ではないものの100),両親の教育権. 憲法 26 条を巡っては,以上紹介してきた「国. に 由来 し,結果,民主的 な「信託」に よ り 国. 民の教育権」説ばかりがあったわけではない.. 民全体に責任を負う国家のみがその権限を有す. このほかに,主に国・文部省側によって展開さ. るのであり,国民個々人や教員などが教育権の. れてきた国家教育権説がある.両説は,長きに. 主体となることはできないのではないか,とも. わたり,いわゆる教育権論争を行ってきた.教. 主張した101).そしてそこでは,国は,「片寄り. 育法学 の 分野 で は, 「教育人権」 「教育基本権」. のない中正な内容の教育」102)を維持する要請が. 「教育条理」などの,特殊な用語が用いられて. あり,批判能力なき子どもへの教育的配慮,言. おり,法解釈の論争というよりも,自由民主党. い換えると,教員の「教育の自由」を認めるこ. による長期保守政権の教育政策に対する反対運. とにより「子供に対する教員による教員の主観. 動・実践の論理として展開されてきたのだと. 的な真理,思想の押しつけを許」してはならな. 91). いう揶揄もある. くらいである.この論争は,. いということを強調したのである103).加えて,. 前者が学校教育制度の中での教師の権限の主. 教育基本法旧 10 条も,「教育は,不当な支配に. 張と共に,教師個人の権利の主張であるのに対. 服することなく,国民全体に対し直接に責任を. し,後者は純粋に国の権限・権能に関する主張. 負つて行われるべきものである」とあるのは,. であり92),噛み合わない論争でもあった.. そのような不当な支配を排除する義務を国が負. 国家教育権説 は,1974 年 の 第一次家永教科. うものだ,などとする主張も行った104).. 93). 書裁判一審 の い わ ゆ る 高津判決 94). や,伊藤公. そして,国家教育権説は,「子どもの学習権. などに代表されるが,要約すると,主と. の尊重・保護と親の教育の自由の確保」という. して,教育の公共性を強調して,義務教育の反. 「理由が,どうして今日言う内容の決定から国. 射及び,議会制民主主義の下での「一応国民の. 家を除外し,教員の大幅な決定権へとつながる. 多数意思」に国民は拘束される95)ことを基軸. のか,理解できない」などと,「国民の教育権」. として主張されたと言ってよい.公教育に関し. 説を批判した105).「国民の教育権」説は「教員. て,国民の意思決定が必要であり,その意を受. は『真理の代理人』であるという名の下に,子. けた国家が初等中等機関の教育内容決定権を有. ども・親・国民の手の届かないところで教育内. 一. 96). するのは当然であるという議論を展開した .. 容の決定が行われるということを,認めること. 憲法前文や 26 条の文言は,民主主義や国民主. に帰着するのであって,これは国民主権ならび. 権原理に基づいて,公教育に関する国の関与を. に民主主義の精神に反する教育論といわざるを. 認めており,それを完全に否定することはでき. え な い」106)と し,教育基本法現 14 条 2 項 は 偏. ないと主張した97).また,憲法 26 条が行政サー. 向的教育活動を禁じているが,教員たる「公務. ビスであるに留まるのを不十分だとして,教育. 員が,政治活動について一般の国民よりある程. の効果が個人の属する集団にも還元されていく. 107) 度広い制限を受けることはやむをえない」 な. ことを強調し, 「教育の社会的効果」を理由に,. どと,批判は手厳しかった.. 98). これを補強する説もあった .更に,憲法 89. だが,国家教育権説の言う「権」が何である. 条は「公の支配」に属さない教育などの事業へ. かは不明であった.およそ,憲法上の人権享有. の公金支出を禁じているが,反対解釈すれば,. 主体は原則として国民であり,国や公共団体の.
(6) . 横浜国際社会科学研究 第 15 巻第 5 号(2011 年 1 月). (528). 側ではない. 「教育主権」 「学校主権」なるもの. 団体,財界の団体・機関,マスコミなど」のそ. が国家的権能だとする主張108)もあるが,憲法. れであろうか118).要は, 「国民の教育権」説が,. 上,適切な表現か,疑問である.もしも「教育. 総じて「国家に危険な側面があるのは事実」で. 権」が権利そのものを指すのだとすれば,国や. あるが,それ「を警戒し危険視するあまり公教. 公共機関という統治機関が権利を有する,特に. 育の教育内容の決定について,国家の法的関与. 国民に対して権利を有するということになるか. を全面的に否定するのは,どう考えてもゆき過. らである109).立法や行政の機能の一部として,. 119) ぎ」 だったのである.そして,教員の直接責. 教育に関する裁量が国会や内閣に認められると. 任性についても,一教員が全国民に直接責任を. しても,それは「権利」ではない.国や自治体. 負うことはできず,法的には,民主主義国家で. の機関が有するのは,せいぜい一定の教育権限・. ある以上,議会や内閣を経由してではあるが,. 権能110)なのであり, 「国家に対して教育につい. その責任は国家が負うと言わざるを得なかった. 111). ての白紙委任状を渡したおぼえはない」 ,科学 112). の領域で民主的多数決は存在する余地がない. ,. のではないかとも思えるのである120). 「国民の教育権」論に対しては,次に,現在. などの反撃も厳しかった.. の よ う に,公立学校 に お い て,学校 や 教師 を. また,国家教育権説には,いかに立法・行政. 選べない中では信託論は成り立たない121),「国. の裁量といえども,子どもや親の憲法上の権利. 民」内部の親対教師のような対立を看過してい. ほか,様々な憲法原則による制約があり,議会. る,「国家」内部の行政と立法の差異を軽視し. 制民主主義論や委任立法論などを拠り所にその. 過ぎているなどの批判もあった122).また,行政. 裁量を広汎に認めるわけにはいかず,人間の内. と言っても,内閣,文部科学省,地方議会,首長,. 面の活動に関わる創造的活動である教育の本質. 教育委員会,校長など,多様な機関によって構. を無視しており,親は子の教育に関して,国に. 成されており123),それらは常に一体ではなく,. そこまでの付託をしていない,などの疑問が あった. 113). 「国」を単純化し過ぎているという批判が容易. .教育の面倒を国家が背負うと言う. になされた.「国民の教育権」説には,「社会的. 余り,負うべきでない部分まで積極的に背負っ. 自浄作用への期待や,教師などの教育関係者に. ているとの批判. 114). 対する信頼」124)が過剰な傾向があるほか,「啓. も可能であった.. これに対して, 「国民の教育権」説について. 蒙主義的自然法を想わせる発想が色こくみら. も,教育基本法旧 10 条のいう「不当な支配」が,. れ」,「近代的教育価値はまもるべきものとして. 国のそれであるという立論は,到底不可能では. 措定され,そこから近代公教育の現実が告発さ. ないかという反撃もなされていた.教育行政. れ指弾される」結果となり,また,「教育は真. 当局が法令上認められた権限を行使することを. 理を教える営みとしてその本質が価値的に規定. 「不当な支配」と理解することには,法律論とし. され」,「子ども・親・教師の教育権が価値化さ. 115). ての無理があった. . 「教育行政当局が法的に教. 育に関与することが,常にこの不当な支配に当 116). れ」る傾向があった125).そしてそもそも,「公」 教育を私事の延長上に捉え,そこにある強制の. たることになるとは,とても考えられない」 .. 要素を捨象することは無理だった126)のではな. そして,行政ばかりに批判が偏り,立法によ. いか,との批判も十分可能だった.大人の「学. る「不当な支配」の方は論じられない点も,疑. 問の自由」と子どもの「教育を受ける権利」を,. 問であった117).寧ろ,教育基本法旧 10 条で想. 「国民の教育権」説が信頼してやまない日本国. 定さ れ る の は, 「政治的・社会的・経済的勢力. 憲法が,わざわざ別条項として離して置いたこ. の全て」であり, 「国家および地方公共団体の. との意味が殆ど無視されていることに,やはり. 機関,政党その他の政治団体,労働組合,宗教. 大きな疑問があったのである..
(7) 社会権としての「教育を受ける権利」の再検討(君塚). (529). . 「国民の教育権」説のうち,学習権説に対し. しい」ばかりか「学校に限られない」と述べ. ては, 「教育を受ける権利」を「学習権」と言. る135).だが,永井のこのような議論によれば,. い換えねばならない必要性はない127)ように思. 人間形成に関わるものは全て「教育」となるの. われた. 「教育を受ける権利」を「学習権」も. で,日本国憲法にある人権カタログは,財産権. 128). しくは「成長発達権」 と言い換えることで,. や純粋な刑事手続的権利,参政権などを除き,. 情緒的文脈で捉えすぎる傾向が生じ,パターナ. 全て憲法 26 条の射程に含まれることになる.. リズムに陥りやすくなり,自律的な個という観. だとすれば,殆どの人権条項は無用だったこと. 念から乖離してしまうのではないかという懸念. になるという,憲法の条文構成を全く無視する. がある129).そして,学説上の言い換えを重ね. 結果を招くものであろう.. ても, 日本国憲法の文言は動かないのであって,. 傍論であるが,日本政府は一貫して外国人の. 意識としてその面を捨象すればよいだけである. 教育の「権利性」を否定してきたのだが,朝鮮. ように思える.寧ろ,学習権説が,果たして憲. 人学校等の存在を横目で見ながら,「国民の教. 法の予定を超えて,過剰にして内容上不明のも. 育権」論 も ま た,民族的 な 教育 を 論理 と し て. のまでも,憲法上の権利に滑り込ませてきたの. 取り込むことをしてこなかった136)とも言える.. ではないかという懸念もあるのであった.. 主権の一部として教育権を構成しようとすれ. また, 「国民の教育権」説のうち,主権者教. ば,外国人の教育権は保障されないという帰結. 育論(教育内容要求権説)に 対 し て は,国家 に. も不可能ではなかった筈である137).だが,国. 対し,そのような教育内容を要求し得るとした. 際化が進行する中で,日本に住む人を普く義務. 130). 点に批判が浴びせられた. .あるべき教育の. 教育の対象とすべきとは考えず,将来の成人. 中身,教育を受けることによって得られるべき. 「国民」を教育するという論理に巻き込まれた. 「期待 さ れ る 人間像」を,個人主義・自由主義. のである138).この点は,特に主権者教育論に. に立脚すると思われる日本国憲法が予定してい. とげ. 刺として刺さることとなったであろう.. るとは思えなかった.また,これにより国がそ. 確かに,日本国憲法の想定する教育とは,「国. の中身に介入することができる矛盾は,容易に. 家型」というより「市民社会型」モデルがマッ. 批判できた.また,民主主義社会において政治. チするものであるとの指摘もある139).教育基. 教育が大事であることは明らかではあるが,こ. 本法制定当時,教育委員は教育選挙で選ばれ,. れを教育の全目的であるかのように述べること. しかも地方分権を要請されていた140)点とも,. 131). はバランスを欠いていた. .加えて,その主. それは適合する.教育の世界と政治の世界は異. 唱者の永井は,国家との対抗関係において権利. 質であり,政治介入は馴染まないとの指摘141). を獲得するものであるとして, 「国民の教育権」. もある.以上の点は,「国民の教育権」説に一. 説を貫いたのである132)が,この議論により主. 見有利な事情である.しかし,同説が頼りとし. 権者としての実質を十分に獲得した「国民」は,. た教育基本法は元々,親の権利に冷淡であった.. 代表への信託という形で,教育を国家的にコン. これは,子の「教育を受ける権利」を個別の親. トロールすることになるのではないか,果たし. の権利に還元すると,軍国主義教育を受けた親. てそこで, 「国家教育権説との差異を滅失する. の世代がそれに抵抗するであろうことが予測さ. 133). れたからだとされる142).そうなると,教育基. ものである」との批判. 134). も生じたのである. .. 同説を代表する永井は更に, 「教育の機会均. 本法の立場は,「公」教育の緩やかな民主的コ. 等ということが,学校教育を中心にしか考えら. ントロールだったのではなかったか.そして,. れていなかった」ことが問題なのであり, 「義. 実際,民主的な地方行政委員会による教育とい. 務教育という期間に限定されているのはおか. うモデルが廃されると,教育を巡る議論は,中.
(8) . (530). 横浜国際社会科学研究 第 15 巻第 5 号(2011 年 1 月). 央と各学校の教育専門職に握られるようになっ. 向ではなく,スローガンの掲げ合いとなった感. た143).教育法体系は, 「自治型法システム」では. は否めなかった.激しい論争と,突然の折衷的. なく,伝統的な「行政管理型教育システム」が. 判例の登場で,解決したのではなく,混迷を深. 通用するようになっていったのである144). 「国. め,これを隠蔽する結果になったと思われる.. 家型」になる仕組みは,教育基本法自身が初め. 「教育を受ける権利」が複雑な権利となった,. から抱えていたのかもしれなかった.. その象徴が,まさに「教育権」という語にあろ. 「国民の教育権」説対国家教育権説の論争は,. う.確かに,教育を「受ける」という受動的表. これに関して折衷的な姿勢を示した旭川学力テ. 現を打破すべく152),「教育権」という語が創造. スト最高裁判決145)を契機に終息したと言われ. された側面がないではない.特に,「お上」か. 146). .奥平康弘 も,こ の 二者択一的 な 論争 に. ら与えられたものという理解153)を忌避したい. 意味を認めず, 「ある種の教育活動を現実にお. 気分は理解できないではない.しかし,そもそ. こなう場を提供すること」などで「結果として. も「教育権」という語は日本国憲法にはなく,. 教育を受ける権利が充足される」などと指摘. 国に対する地方政府の教育行政権限,一般行政. る. し,基本的 に 最高裁 の 姿勢 を 評価 し た. 147). .法. 律上の根拠を持たない,宗像流の内外事務区分 148). 論は,この判決で放逐されたと言ってよい. .. に対する教育行政権限の意味で使われたほか, 教師固有の権利,国民の権利,子どもの社会権 的権利,子どもの学習権の意味でも用いられて. だが, これにより, 教育権の主体の議論がかえっ. きた154).そして,その後には親の教育権とい. て曖昧になったとの評価もある149).そして何. う意味が加わったという155).論者によって意. よりも,闘争の中で,様々な内容が詰め込まれ. 味が異なる,曖昧な語であった156).. ることにより, 「教育を受ける権利」は複雑な権. また,「教育権」が自由権か請求権かなども. 150). 利. と化していったのであった.. 曖昧なまま論じられてきたきらいがあった157).. いわゆる教育権論争は,そもそも,教育基本. 憲法 26 条上の権利の言い換えであれば,その. 法を頂点とする教育法規の解釈論争なのか,憲. 社会権的位置からして,請求権が主になるので. 法解釈論争なのか,はたまた教育の理念を巡る. はないかとも思われるが,次第にその力点は,. 神学論争なのかが明確でなく,この点を曖昧に. 「子どもを教育する権利」にシフトし,主とし. した感は否めなかった.これらを一体化させる. て自由権として理解されていったのである.確. ための主流派教育法学の運動は,結局,法理論. かに,教育が人と人との関係として,集団的実. 的に一体としてはならないものを一体化させて. 践として存在している以上,教育の自由は単な. しまったのではなかろうか.最高法規である憲. る精神的自由の一形態ではないのではないかも. 法の解釈と法律解釈の間には違いがあることは. しれない158).その意味では,憲法 21 条などの. 寧ろ当然であり,憲法の範囲で法令そのものや. 純粋な精神的自由の条項との間に壁を設けたい. その解釈が許容され,そうでなければ当該法令. 気分も,わからないでもない.だが,基本的に. が憲法違反(法令違憲,合憲限定解釈,適用違憲). 自由権であるならば,まずは国の干渉を排除す. となるという当然の公理を再確認しなければな. る権利として性格付けられるべきであるが,教. らない状況が続いてきてしまったのである151).. 育は単なる自由ではなく,制度化であったこと. 3 教育権論の問題点. は注意すべき159)である.そして,制度や施設 を請求する権利「も」含むとされ,請求権と一. 教育権論争は, 「教育を受ける権利」という. 体不可分のものに陥りがちであった.否,憲法. 憲法上の権利が,誰の誰に対するどのような権. 26 条の理論的な性格付けは,そもそも主要な. 利かを混沌とさせ,法的に明快な理論とする方. 論点ではなかったというのが正直なのかもしれ.
(9) 社会権としての「教育を受ける権利」の再検討(君塚). (531). . なかった.. 般に「国民の教育権」説の論者は,このような. それどころか, 「教育権」から捨象できない. 教育 の 自由化 に 反対 し た167).ま た 社会構成主. 社会権的保障措置は,自由を制限する理由に使. 義的な歴史観に立つ「新しい歴史教科書」など. われた.その典型が教科書無償化であり,それ. に対しても,「国民の教育権」論は,その内容. と引き換えに,教員の教科書選択の自由を大き. への教科書検定制度などによる権力の介入を否. く制限する結果になった. 160). .だとすれば, 「教. 定する議論をすべきところ,このような発言は. 育権」の精神的自由的側面は,いわばカネのた. なく,当該教科書の内容を批判し,当該特定教. めに,早々に切り売りされたことになる.また,. 科書の採用に反対する運動に終始したように見. 「国民 の 教育権」論 か ら す れ ば, 「私事 の 組織 化」 , 「親義務の共同化」 ,仲間を募って私立の 教育機関を作ることは推奨されるべき. 161). だっ. たし,私立学校と公立学校の財政的平等の原則. えた168). 考えてみれば,教室が「密室的な場所」169)で あり,そこでは思想の自由市場による選抜がな され得ないことは見落とされるべきではない.. を展開するなどしてもよかった162)筈であるが,. 「教育の自由」と言ってみても,やはり,それ. そのような議論は見られなかった.あくまでも. は一般的な自由権とは異なる特異な自由なので. 公教育を前提に,それへの公権力の干渉に対抗. あった.教育を受ける者が誰かということは忘. すべく「国民の教育権」が主張された. 163). とい. れ去られ,多くが公務員である教員が,まさに. う点が,同説が国の存在を超えられないという. 公権力として児童生徒の前に登場している点. 限界 で あった.結局, 「教育権」を自由権とし. は,教育者の愛をいくら信じようと,法的には. て大きく展開するのではなく,国への請求と,. 見過ごせない点である.それを憲法条文に即し. 国の干渉を排除して自由を主張する魔法の道具. て言えば,憲法 23 条から生じる教授の自由が,. として, 「教育権」は鵺的な性格を強めていっ. 高等教育機関所属の研究者に限って有するもの. たのであった.. であって,教員一般が有するものとは言えない. (まさに, 以上の状況下で,具体的に「教育権」. という主張170)となろうか.あるいは,教授の. 教育をする権利)を行使するのが,主として公. 自由なるものは,一般的な自由権ではなく,制. 立学校の教員であることは間違いない.だが,. 度的保障である「大学の自治」の一部と理解さ. 教師の「教育権」と言ってみても,教師,就中. れるものと言うべきなのかもしれなかった.. 公務員=公機関の一部である教員にあるのは権. また,国はもとより,公務員たる教員であっ. 限であって,権利ではないのではないかとの批. ても,特定の「政府言論」を,児童生徒という. ぬえ. 164). 判ができよう. .実際,専門職能に由来し. 165). ,. 「囚われの聴衆」に向けて,「特定の内心の形成. 教師の教育の自由を中心にしていたため,教師. を狙って特定の思想を大規模かつ組織・継続的. や学校への不満が募れば,それは当然に「国民. に宣言する」ことは憲法 19 条違反であり171),. の教育権」説への反発として現れた. 「教育の. これを許容する憲法学の一般理論はあり得な. 自由は勝手に何を学んでも,何を教えてもよい. かった筈である172).まして,情報の受け手は. ということではない」166)という言葉は,国だけ. 判断能力の乏しい年少者を含んでいる.だが,. ではなく,教師や教科書執筆者にも向けられる. 教育はこれを許容するほど特殊なのか,という. べきである. 「教育権」の主体は教師ではなく,. ことは語られていない.他方,教員が教室で何. 親もしくは子ども自身であり,まず,学校や教. を語るか173)は,特別権力関係論が葬り去られ. 師を選ぶ権利があるのではないか,という議論. た174)今日,一国民の表現の自由の問題でもあ. が, 「教育権」が自由権であればなされるべき. り,これを制限するのには,やむにやまれぬ目. であり,まさに次第になされたのであるが,一. 的と必要最小限度の手段であることを政府側が.
(10) 10. 横浜国際社会科学研究 第 15 巻第 5 号(2011 年 1 月). (532). 立証する必要があろう.そうだとすれば,相手. た,教師が文部科学省や教育委員会と一体とな. が高校 3 年生であっても,教員が文字通り教科. り,いわば「公」の一部として登場することも. 書通り,学習指導要領から一歩も外れずに授業. あろう183).ここには,「国民の教育権」説にお. をしなければならないということになるかもま. いて,「国民」の名の下に対立しないものとさ. た,疑問であった.この均衡の上に,これまで. れてきた,子ども・親と教師の対立が浮き彫り. 論じられてきた「教師の教育の自由」の憲法上. になる.勿論,国家教育権説が問題としてこな. の許容範囲があったのではなかろうか.. かった,子ども・親・教師・学校長・自治体の. 振 り 返 れ ば, 「教育権」とは,元々近代国家. 合意を覆す国の決定などがあることも見逃せな. において私事としての「教育の自由」が権利と. い.また,公立私立に拘わらず,憲法 26 条の. して捉えられていったものであった. 175). .もし. も教育の最も重要な原則が「教育の自由」にあ 176). るのだとすれば. ,人権享有主体が誰か,即. 言う「義務教育は無償」の実質化184)を行えば, 私立学校の教育の自由はその分削減され,対立 の構図は更に複雑化しよう.親,教師,公機関. ち主体性を基礎にして語られる必要がある177).. がどこまで教育内容に関わるかは,これまで法. これを意識して言うとすれば,憲法上, 「教育. 的にも明らかではなかった185).親の教育権を. を受ける権利」の主体は子ども本人以外にな. 認め過ぎれば,他の子どもの学習権などを侵害. く, 「教育の自由」の主体であるべきは親権者. することも,指摘できよう186).これは,親同. 以外に基本的にはない筈である. にも拘わらず,. 士の利害の対立である.その中で,子どもを主. 戦後日本では,フランスの場合と異なり,革. 体として捉え,年長であれば,その意思を表明. 新派の要求項目としてそれは唱えられ. 178). ,そ. する機会を認めるべきことは強調されてよかろ. こでは主体が親を含む国民,そこには委託を受. う187).受け身と捉えがちであった,子どもの. けた教師も含むとされていき,主として教師の. 自律性は,法学においても《発見》されねばな. 自由となっていったのであった.だが,国・地. る ま い.「国民 の 教育権」論 の 主 た る 論者 も,. 交公共団体「の機構自体もしくはその機構のな. 「『国民の教育権』ということばを使っているか. 179) かにある公務員」 である教員に,果たして. らといって,それは何も規定してはいないので. 憲法上の権利があろうか.そして,そこでは,. あり,国民の教育権,つまりは子どもの教育に. 家庭教育と学校教育の秩序が国家によって保障. かかわる親,教師,住民,国と地方の,権利と. 180). される. 矛盾は見逃されている. 「学習権」と. 義務,責任と権限の総体の構造,そ の 違 い に. は言いながら,実は「教育をする権利」が強調. よって 複数 の『国民 の 教育権論』が 成立」す. されてきたのである. 181). .その特異性は,その. る188)と述べていることからも,そこへの転換. 主張が,教育学出自の教育法学者たちからなさ. は必至であろう.. れていることと併せて,留意すべきであった.. 加えて,日本では,世俗教育の義務制と表裏. そうなると,教育権を有するのが誰であるか. 一体の無償制,非党派性があった筈なのに,こ. を今さらながら再考することが,非常に重要な. の種の権利論が語られ始めると,「『私事として. ことであろう.当該決定は誰の権利か,誰の権. の教育』の場面で語られてきた『教育の自由』. 限か,ということは,法理論である以上,指摘. 論が一人歩きをはじめ,本来は,それと対抗関. していかねばなるまい.茫漠たる一体としての. 係に立つはずの教師の『教育の自由』と共通. 「国民」を疑わないことは,国家教育権の国家. 189) の土俵で論じられる不思議さがあ」 った.も. 意思が一体としての国民の意思を背景にしてい. し,親の教育の自由を大きく認める完全自由主. るのを黙殺するのと同様,不可思議である.. 義型の「教育の自由」論190)を考えるとすれば,. 教師と親と子どもの間の対立があり182),ま. いわば徹底した「国民の教育権」論となる筈で.
(11) 社会権としての「教育を受ける権利」の再検討(君塚). (533). 11. あるが,同説は,教員による公教育を想定し. 「国民」の委託を受けたとされる教師の何れか. ている限りで,国家教育権説と共通する帰結. が,全てを担うという理論構成には無理があっ. となる. 191). .ただ, 「公」が「社会」なのか「国. 家」なのかの違いなのである192).そしてそれは, 日本で従来唱えられてきた,教員の自由を主要. た.ま た,教育権論 は,権利 と 権限 を 混同 し て論争されたとの側面があるのは否めない197). 「権利」を国家や,国家機関の一部が有すると. 素とする「国民の教育権」論と激しく衝突する. いうのは,法律論として誤っており,せめて,. 結果になることは,明らかであった.. 権限論と言い換えるべきであった.そして,最. だが,実は様々な親がおり,昨今,児童虐待. 初から,国,保護者,教師,教育行政当局など,. が問題化する中, 「道徳教育は本来家庭で」な. より具体的で法的な権限分配をすべきだったの. どのスローガンにより,親を完全無欠に信頼す. ではなかろうか198).. 193). ることもできまい. .教育権が親権者を起点. 以上の考察の果てに,そもそも「教育権」な. とすることは認めつつも,一般に自律的な存在. どは憲法上ないのであって,その主体もなかっ. ではない子ども本人の利益のため,なお親権者. たのではないかという疑念も湧いてくる.「教. の排他的なものとして理解することを躊躇させ. 育権」を有する資格者は親権者ではあるが,そ. る.子どもと親ですら,対立することは認識さ. れとて,憲法論としては,子どもが未熟である. れねばならない.この問題に,例えば,身近な. が故に,その足らない部分を保護し,補完する. 担任教員が介入すれば,親の「教育の自由」は. 限りで権限を有していると考えれば足りるもの. 教員の「教育の自由」と衝突ということになろ. であろう.法令で,親権者に具体的決定権を保. うか.教員は学校長,自治体,究極的には国と. 障しているときは,それは親などの法律上の権. 共に,親の権利・権限と対決することになる.. 利ではあるが,そのことが親などの憲法上の権. ここには,もはや「国民の教育権」説の桃源郷. 利を保障しているかどうかは次元が異なる.憲. たる,一体となって国と対決する「国民」はい. 法は,あくまでも憲法に基づいて解釈されるの. ない.教育問題の登場人物は,当該事案の敵対. である.日本国憲法が子どもの「教育を受ける. 者に対して共同戦線が組めるというだけなの. 権利」しか置かなかったことは意味あることな. であった. 194). .完全自由主義型の「教育の自由」. 論は唱えられ得る環境にないし,また,憲法論 としても, 「教育を受ける権利」の主体が子ど もである以上,これに過度に与することは誤解. のではないか,ということも,改めて考えてみ る価値はなかろうか. 4 「教育を受ける権利」の再整理. を招こう.. 以上のような,教育法学の中の激しい論争を. 結局,教育については,国家と国民の何れが. 尻目に,憲法学は,教育の本質論について本格. 権利を有するのかについてのイデオロギー的. 的な議論をしてこなかったと言えよう199).確. 195). な議論には限界があったと言うべきである. .. かに,憲法学の主戦場は近年,表現の自由や憲. これまでの両学説群は,ある問題で,一方のア. 法訴訟にあり,あるいは哲学的思考を好む傾向. クター相互間で利害や考えが対立することを,. にあった憲法学者が,社会権論に没頭すること. およそ考えていなかったように思えてならな. が少なくなっていることは否定できない.. い.そして,現実問題の解決に役立たず, 「学. 憲法学説はまず,当初から,そしてその後も. 校(教育)の荒廃」が直視されず, 「“教科書を. 依然として「教育を受ける権利」を純粋に社会. 教えるのか,それとも教科書で教えるのか” と. 権とする学説も多かった200)が,教育法学説の. いった問題より以前の問題」の解決になってい. 展開を受けて,「教育を受ける権利」を,生存. ないとの指摘. 196). も首肯できる.国家もしくは,. 権,主権者的権利,学習権の「複合的性格」を.
(12) 12. 横浜国際社会科学研究 第 15 巻第 5 号(2011 年 1 月). (534). 有するものだと語るようになった201).前述の. ることは確かであり,この点は「国民の教育権」. 小林直樹は, 「教育を受ける権利」を,学習権. 論も含め,異論のないところであろう.また,. を中心に構成したし,佐藤功も, 「自由権とし. この 2 項後段の「義務教育は無償」ということ. ての性質と生存権的基本権としての性質の両面. を保障する文言こそが,26 条の基本性格を社. 202). をもつ」 などとした.この中には,確かに伊. 会権とする,動かぬ証拠にも思える.教育の自. 藤公一のように,主軸を社会権に寄せる見解も. 由は,憲法 26 条の前提問題,もしくは精神的. ある203)が,他方,覚道豊治のように,両面の. 自由の問題,或いは幸福追求権の問題であって,. うち,自由に重きを置いているように見える見. 26 条の主題は,「家庭の経済状況などにかかわ. 解もある204).渋谷秀樹もまた, 「教育を受ける. りなく国の用意した学校などの施設・設備およ. 権利」については「生存権」と「学習権」の両. び教員その他の人的措置」の下で教育を受け. 面を認めつつも, 「学習権」の説明を「精神生. る権利と言うべきではなかったであろうか210).. 活」の中に置き, 「無償の義務教育」を「経済. あるいは,将来,自律した人間として,労働能. 生活」の中に置いて説明し,前者に比重をかけ. 力を得るための学力等を得ることを請求する権. たのである. 205). .. 利と理解すれば──あくまでも憲法 26 条に関. しかし,そもそも憲法 26 条上, 「教育を受け. しては──よかったのではないだろうか.義務. る」のは子どもなど,教えられる人であり,明. 教育の授業料無償に関する最高裁大法廷判決211). 文上,親,国,教師などを含め,教育をする権. も,本条をプログラム規定212)ではなく法的権. 利を保障された者はおらず,あるのは,これに. 利と認めており,この点,社会権という性格付. 対して教育に関する義務を負う者だけの筈であ. けのために権利性が喪失されることもないと思. る206).国 や 公務員 た る 教員 が,憲法上 の 権利. わ れ る213).教育 の 実現 が,第一義的 に は 政治. を有することは理論的にあり得ない.そしてま. 過程に委ねられるのだとしても,そのことが法. た,憲法 26 条から,それ以外の,親も含めて. 的権利性を喪失する理由とはならない214)点は,. 誰かの自由を析出できるのかについても,疑問. ここで確認してよいであろう215).. である.精神面について親の教育権で構成する. 権利を有する子どもと,国も教員も,そして. ことは,日本国憲法の個人主義に照らして有害. 親も,ときに対立するのであり,教育法規が. ですらあるのではないかと思われる.子どもの. 様々な人や機関に付与した様々な権限を,子ど. 権利は,親の権利を制限することで守られてき. もの憲法上の権利を侵害するものとして,合憲. たことは歴史的事実である207).何よりも,憲. 限定解釈もしくは適用違憲としなければならな. 法上の文言は「教育を受ける権利」なのであ. い場面は,想定されて然るべきである.教育実. り,子どもの持つ権利と理解するのが素直であ. 践を支える「自由」を柱とする理論構築が必要. る208).だとすれば,憲法 26 条に自由権的性格. である216).この点,大沢秀介や赤坂正浩は,憲. を認めず,元々の社会権という位置付けに帰れ. 法 26 条を 「教育の自由」の根拠としている217)が,. ばよかったのではなかろうか.. 同条を自由権の根拠とすること,その主体に親. 確かに,憲法 26 条が社会権的権利であるこ. や教員を想定することには,前述のように,疑. とを強調することは,教育を「職能教育・職業. 問が拭えないものである.. 教育の観点から」見過ぎており, 「人間の物質. これに対し,佐藤幸治は,「世代を追って文. 的・経済的な再生産のための条件と見ているこ. 化や価値を伝えて行くという意味で,」「家族関. とから生ずる,片面的な見解である」との批判. 係は」「人格的自律権の問題」である218)とし,. もある. 209). .し か し,他方 で,教育権 を 実質的. これには「親権者がその子女をどのように教育. に保障するためには,社会権的措置が必要であ. するかの自由を内包している」219)として,家族.
(13) 社会権としての「教育を受ける権利」の再検討(君塚). (535). 13. の「教育の自由」については憲法 13 条を根拠. のではないと述べている229)が,憲法 26 条の精. とした.伊藤公一もまた,憲法 13 条を根拠と. 神的自由の側面は端的に排除した方がすっきり. 220). する. .これに対し,大島佳代子は 24 条の家. しよう.精神面の根拠条文は,「学ぶ」ことが. 族制度の保障を根拠とする221)が,家族形成の. 内心・表現・集会結社の自由の特殊法的地位に. 権利を 13 条とみるか,24 条とみるかの違いと. ある230)のであるから,子どもが新たな発見を. 見ることが可能である.だが,教育の自由を専. なし,真理発見の第一歩を歩むことは憲法 23. ら包括的基本権の射程に留めてよいか,という. 条で保障されており,自己の信条を人間として. 点には疑問がある. 「教育」を人間形成という. 形成していくことは 19 条で保障されるとすれ. 包括的な営為と評価し,当該行為がどのような. ば 足 り よ う231).精神的側面 で は な い,身体的. 面で,そしてどのような程度,憲法上保障され. 発達などの非精神的成育を阻害されない自由に. るべきかを曖昧にしており,賛同できない.ま. ついて,憲法 13 条が保障すると考えればよい. た, 「教育」を巡って,主たる争点が精神的発. だけである.. 育にあり,その側面の制約が問題であれば,根. 結局,教育に関する精神的側面は端的に憲法. 拠条文は一般に,一般条項たる憲法 13 条では. 23 条,施設 や 制度,基本的 な 生活技術 の 教授. あるまい.. の請求は社会権の一部としての内容は 26 条と,. 教育権論争 が 激しく戦わされた,教科書裁. 分離して考えるべきであるように思われる232).. 判も,主として「市民的自由の一環としての. 「教育の自由」という憲法上の文言はなく,一. 教育 の 自由,表現 の 自由,学問 の 自由 の 問題. 旦,そのような概念を創設してそれに含めて論. 222). である」 という奥平康弘の指摘は正鵠を射て. じる必要も憲法上はなく,ましてや憲法 26 条. いよう.また, 「教育を通じて教えることを予. の「教育を受ける権利」の問題だと強調する必. 定している教育基本法は,憲法 19 条と緊張関. 要 も な く233),精神的自由 の 当該条項 の 問題 と. 223). 係に陥る」 という指摘こそが尤もである.も. すればよいのである234).加えて,憲法訴訟論. し も, 「国民 の 自己相互形成」が 精神的諸自由. の成果により,憲法学説には,精神的自由の侵. で保障され,これを理由に国家権力からの干渉. 害の場面では原則として厳格審査が,経済的自. を排除できる. 224). と言うのであれば,教育内容. 由の侵害の場面では原則として緩やかな合理. の自由,学習権は,憲法 26 条ではなく,憲法. 性の基準が妥当する,という点でほぼ合意が. の精神的自由から保障されていると言えばよ. ある235).社会権について中間審査が妥当する. かった の で あ る.また, 「教育」が「幸福追求. という説236)もあるが,何れにせよ,精神的自. の権利(13 条)を前提として,精神的活動の自. 由の方が憲法上の保護が手厚いことは揺るぎな. 由 と 表現 の 自由(第 19 条,20 条,21 条)と 不. くなっている.その保護を手厚くする点からし. 可分であり,さらに学ぶ権利(23 条)が教育へ. ても,教育の自由一般を一度憲法 26 条に還元. 225). の権利(26 条)を支えている」 と理解できる. する理由はおよそないのである.繰返しになる. のであれば,それは,憲法 13 条ではなく,主. が,親や教員,学校や国の権利を,憲法 26 条. として精神的自由権条項で保障されていると言. から引き出す必要もなく,また,許されまい.. えば済む226)のである.浦部法穂も憲法 23 条を. これに対して,高校以下の教師の教育の自由. 227). 根拠条文 と し. ,大石眞 は,そ れ が 思想良心. は,憲法上保障 さ れ た も の で は な い が,法律. 又は宗教的自由の延長であることを示唆してい. 的又は慣例的な自由があるとの主張237)がある.. る228).芦部信喜は,根拠条文は 23 条としつつ. だが,憲法が権利として保障しているのは,教. も, 「教師の教育の自由を学問の自由に含」む. 育を受ける本人,即ち,憲法の文言通りにあく. としつつ,26 条をその根拠として排除するも. までも子どもだけとするのが素直であろう.但.
(14) 14. 横浜国際社会科学研究 第 15 巻第 5 号(2011 年 1 月). (536). し,教育内容を上命下達238)で決めてうまくいく. この見解を踏まえても,教育に関して解放され. 239) とは思えず,これを憲法上, 「教師団の自治」. た精神の部分を憲法が保障するのは,まさしく. と呼んでよいかは微妙. 240). だが,管理体制で教. 精神的自由の条項にほかならない.精神的自由. 育現場がうまくいかないことも,およそ教育と. の条項は,教育についても視野に入れて,保障. いうもの,教員の性質を考えれば明らかなよ. 内容を保障していると考える方が自然である.. うに思える. 241). .他方で,ほぼ成人を対象とし,. 242) 伝統的な制度的保障でもある「大学の自治」. の中身としての教授の自由. 243). そうなると,ますます,「教育を受ける権利」 は憲法 26 条プロパーのものであり,同条の性. が,高校以下の. 格は社会権に純化すればよいことになろう.同. 教員にも同様に保障されるものと解することで. 条は,戦前,それが義務でしかなかったものを. きないのではなかろうか.小中高の教員の教授. 権利として宣言したのであるが,その位置付け. 権能は,その営みが「学問」であるとしても,. 253) は「生存権の一つとしての学習の権利」 と言. 児童生徒の発達に応じて制約されると考えれば. えばよい.このことは,「国民の教育権」論者. よい.その中で,教育内容の中立性は,受ける. でも,「教育を受ける権利」の第一が「教育の. 側の精神的自由から考えれば憲法上当然の要. 機会がすべての子ども(国民)に無差別平等に. 請244)で あ る が,「教育」の パーソ ナ ル な 性質. 開かれ,学習条件が保障されることであ」り,. と,当該児童生徒 の 発達段階等により,実際 に. その要点に生活保護の問題などを真っ先に挙げ. は厳密なことを言うべきでないに留まろう.. ている254)ことなどからも,実は確認されるべ. このことは,いわゆる君が代伴奏事件245)を例. きことなのではないかと思われる.. にしても妥当する.この事件で問題となった,. それでもなお,社会権は作為請求権であろう. 自己の思想良心に基づいて伴奏したくないと. が,果たして「教育を受ける権利」もそうであ. する教員への自治体の強制は,端的に憲法 19. るかは疑問だという批判はあろう.しかし,同. 条違反と構成すれば十分である246).この点は,. 様に労働基本権もまた作為請求権とは言い切れ. 強制されるのが児童生徒であれ,教員が生徒に. ず255),社会権 を「国家 の 介入 に よって 保障 さ. 247). 歌うなと強制したような事例でも. 同様であ. れる権利」と盲目的に理解することは妥当では. ろう.これを認めれば,およそ学校教育は成り. ない256).これは,憲法 25 条 1 項の生存権を社. 立たない. 248). .このような事案を, 「教育」の問. 会権の典型と捉え過ぎる余りの勇み足と言うべ. 題だとして一旦憲法 26 条の問題とし,その中. きではないだろうか.しかも,憲法上の制度と. には精神的自由も含むという迂遠な説明をする. しての教育が,国又は公共団体等の整備,少な. 必要はない.また,世紀転換期の教育改革では,. くともシステムの構築,財政的担保を要求して. 本来,個人の信条が管轄するべき価値か価値観. いると考えられる限りにおいて,これを社会権. の問題に国が踏み込み249),未成年者の精神的. と考えることはでき,市場原理に任せず,公権. 自由を奪う結果になっていった. 250). との指摘が. 力が介入することが前提となっている点でも,. あるが,このような指摘も別段, 「教育を受け. そう言えるように思われる.. る権利」を経る必要はなかったのである.. 付言すれば,自由権は,17─18 世紀の市民階. 加えて,明治国家は「社会」のエネルギーを. 級が絶対王制を打倒して獲得した,国家から. 極小化してその基幹部分を統治過程に吸収し,. の自由であるが,教育を受ける権利は,その. 教育もまた吸収された251)のだが,日本国憲法. よ う な 自由 だ け で は,実質的自由 と 社会的正. 下では,この原理が逆転して, 「精神的自由の. 義が実現できないとして主張された,「自由権. 領域を基本権として社会過程(思想の自由市場). 258) を 補完」257)す る 20 世紀的「第二世代」 の人. へと解放した」ものなのだ, という説252)がある.. 権の一部であり,元々,識字により「下級の庶.
(15) 社会権としての「教育を受ける権利」の再検討(君塚). (537). 15. 259) 民的地位から脱却する」 途を付与する教育シ. だが,大事なことは,憲法 26 条の守備範囲. ステムそのものは国家により実現されるものと. を「ひとしく」という社会権的性格とし,精神. 260). 性格付けざるを得ないように思われる. .. 的自由の側面は別条項に放り出すことでこそ,. ま た,教育基本法 4 条 1 項(元々 3 条 で あっ. 教育を巡る憲法的価値の対立を明確にできると. たが,2006 年の安倍内閣による同法改正のため,4. いうことである.これまでのように,「教育」. 条となった)が, 「すべて国民は,ひとしく,そ. に関する憲法問題をすべて憲法 26 条の問題と. の能力に応じた教育を受ける機会を与えられな. し,観念的な「教育」観を戦わせるのでは,問. ければならず,人種,信条,性別,社会的身分,. 題をより混沌とさせるだけである.自由と平. 経済的地位又は門地によって,教育上差別され. 等,特に実質的平等が対立することは,今日明. ない」とする.これは,憲法 26 条のシンプル. らかである271).このことを踏まえ,異なる条. な文言をより具体化したものと理解できるが,. 項を掲げる対立する当事者を想定した論争に基. ここでも,その社会権的保障の方向性は明らか. づき,具体的な事案を解決する方向が望ましい. なのではないだろうか.. であろう.. このように考えると,これまで教育権として 憲法 26 条の問題としてきたものは,きちんと. おわりに. 仕分けし,精神的自由の問題であるものはそこ. 教育界でお互いを「国家統制論」,「偏向教育. で論じるべきであることは揺るがなくなったよ. 論」と非難しあうような,日教組対自民党文教. うに思われる. 261). . 「ほとんどの憲法のテキスト. 族の対立に典型的に見られたイデオロギッシュ たが. などが, 」 「 『教育を受ける権利』を生存権・社. な教育権論争272)は,55 年体制の箍が緩み出し,. 会権のなかで説明しつつ,教育の自由につい. 大きく言えば,その背後にあった世界的な冷戦. 262). ても相当のページを割いて解説している」 の. 構造が終焉に向かうと,終わりを告げたと言っ. は,この意味である.一般に,教育の自由など. てよかった273).法律学の道具では対応できな. に類することを「教育を受ける権利」と混同せ. い,大鉈 としての,国家教育権,「国民の教育. ず,別の箇所で説明している263)のは,正当だっ. 権」で個別具体的問題を処理しようという姿勢. たと思えるのである.. は,理想主義的傾向を帯び易い憲法論としてで. なお,世紀転換期の教育改革では,教育の多. すら疑問があり,終わりとすべきものである.. 様化・複線化 が 図 ら れ,教育特区 の 新設 や 学. 自由主義と民主主義との相克も,憲法論の枠内. 校選択制などの規制緩和の動きが見られた264).. で吟味されるべきである.. これは,憲法 26 条の規定する「ひとしく教育. だが,この過去のものと思われた対立構図は,. 265). を受ける権利」という文言と緊張関係がある. .. なた. ある日,舞い戻って来てしまった.2006 年末,. ここでの自己決定と自己責任の論理266)は,決. 安倍内閣の下,「憲法的性格」を有するとさえ. 定するのが本人ではなく親であること,選択し. 言われた教育基本法は改正され274),「伝統を継. ようにも他者の判断によって制度の有無はどう. 承し」などの文言が加わる一方,男女共学規定. もあった.他方, 「ひ. が 削除 さ れ た275).地方公共団体 に 基本計画 の. としく」の強調は,教育を「受ける」権利とい. 作成を求めるなど,教育への国の関与は強まっ. う規定の仕方と相まって,画一的で受動的な集. た276).過剰なイデオロギー闘争の終焉は好まし. 団形成に寄与し,延いてはいじめの温床になっ. いが,その空白が,冷静な議論の開始という形. 267). にもならないとの批判. てきたという疑念. 268). や,能力に応じた教育の. 269). 自由を阻害しており. ,別の憲法上の権利の. 侵害なのではないかとの指摘. 270). もあった.. 277) でなく, 「組織的なマインド ・ コントロール」. を狙う一方のイデオロギーによって利用された 印象がある278).それは, 「すでに廃止宣言をし.
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