*おくだ・きはちろう:敬愛大学国際学部教授 英米文学概論・英語史・異文化コミュニケー ション
Professor, Faculty of International Studies, Keiai University; English Literature History, English Language Origins, introduction to English and American literature, intercultural communication.
The purpose of this paper is to clarify the poet John Keats’s
touch of pathos in his sonnet entitled “This mortal body of a
thousand days.” The first thing to explain is that a sonnet is a
poem that has 14 lines. Each line has 10 syllables, and the
poem has a fixed pattern of rhymes( abab/ /cdcd/ /efef/
/gg)
, which is called the “English Form” or “Shakespearean
Sonnet.”
The second is to note that Robert Burns’s cottage at
Alloway, originally a clay hut, was rebuilt by Burns’s father with his
own hands. Later, until 1880, it was used as an ale-house. The
third is to state that a museum, with an important collection of
relics, including the Burns family Bible, adjoins the cottage.
The fourth is to mention that Keats went with Charles
ソネット「この身はあと千日の命」に於ける
詩人 John Keats の一抹の哀感について
奥 田 喜 八 郎
*
On the Poet John Keats’s Touch of Pathos in His Sonnet
“This Mortal Body of a Thousand Days”
Kihachiro OKUDA
イギリスの後期ロマン主義を代表する詩人 John Keats(1795 − 1821)が、 「この身はあと千日の命」(“This mortal body of a thousand days”)と題して、
切々と歌い上げたのが、次の 14 行詩である。
This mor/-tal bod/-y of a thou/-sand days
Now fills, O Burns, a space in thine own room, Where thou didst dream a/-lone on bud/-ded bays,
Hap/-py and thought/-less of thy day of doom! My pulse is warm with thine own bar/-ley-bree
My head is light with pledg/-ing a great soul, My eyes are wan/-der/-ing and I can/-not see,
Fan/-cy is dead and drunk/-en at its goal.
Brown to the cottage and took some whiskey(or toddy)
. Keats
wrote a sonnet for the mere sake of writing some lines under the
roof. They are so bad Keats cannot transcribe them. The Man at
the cottage was a great Bore with his Anecdotes. The flat dog made
him write a flat sonnet.
The fifth is to explain carefully that the sonnet was preserved in
a transcript by Brown, who notes, “the cottage’s conversion into a
whisky-shop, together with its drunken landlord, went far
towards the annihilation of Keats’s poetic power.” The sixth is to
emphasize that D.G. Rossetti told H. Buxton Forman that the
sonnet, for all Keats says of it himself, is a good(or fine)thing.
The seventh is to stress the thousand days’ symbols specified in the
Old and New Testaments: “And shewing mercy unto thousands of
them that love me, and keep my commandments”(Ex. 20:6)
.
In conclusion, Keats, with his touch of pathos, grieves over
Burns’s premature death at the age of 37. Burns’s young death
reminds Keats of one proverb: “Whom the Gods love die
young.” We have another proverb, “The gifted die young.” Keats
himself died on the night of 23th February 1821, aged 25 years and
10 months.
Yet can I stamp my foot up/-on thy floor, Yet can I ope thy win/-dow-sash to find The mead/-ow thou hast tramp/-éd o’er and o’er,
Yet can I think of thee till thought is blind, Yet can I gulp a bump/-er to thy name—
Oh, smile a/-mong the shades, for this is fame!(音節は筆者のもの)
これは、Miriam Allott が編集した『ジョン・キーツ詩集』(The Poems of John Keats, 1986)から引用したものである。
念のために、Ernest de Selincourt が編集した『ジョン・キーツ詩集』
(The Poems of John Keats, 1920)のそれと比べてみると、目立つ相違点は、(1) 詩題が、「バーンズの生家にての作詩」(“Written in the Cottage where Burns was born”)である。また、(2)De Selincourt 版では、各行の頭が縦に揃って いることである。しかし、Allott 版は、御覧のように、翼の形に配列され た詩行である。この翼の形は、「暗黒と光明(啓蒙)」とか、あるいは「時 間と永遠」を明示する、詩型であるという。 この他に、句読点などの相違がある。De Selincourt 版では、5 行目の行 末を Barley-bree と大文字で歌う。また、7 行目の中間の wandering,のよう に、コンマを用いる。8 行目の行末は goal; のように、セミコロンを用い、 更に、11 行目の trampéd を、tramped と歌う。この 11 行目の行末 o’er, ― と、12 行目の行末 blind, ―は、コンマの後に、ダッシュを用いる。13 行 目の行末は name, ―のように、ダッシュの前に、コンマを使う。そして、 最終行の冒頭は、O smile と歌うのだ。
John Barnard が編集した『ジョン・キーツ全詩集』( John Keats: The Complete Poems, 1988)を繙いてみると、5 行目の barley-bree は、Allott 版のそれと同 じ小文字である。7 行目の wandering,と、コンマを用いるのは、De Selincourt 版のそれと同じである。8 行目の行末は goal: と、コロンを用い る。11 行目の trampéd は Allott 版のそれと同じである。そして、最終行の O smile は、De Selincourt 版と同じである。詩題、詩行の配列は、Allott 版
と同じである。
Houghton 卿が編集した『ジョン・キーツ全詩集』(The Complete Poetical Works of John Keats, 1912)のそれと比較検討してみると、Houghton 卿版では、 5 行目は、old Barley-bree,と歌う。形容詞 own が old である。これは重要 な相違である。面白い。8 行目の行末は goal; と、セミコロンを用い、De Selincourt 版のそれと同じである。11 行目の tramped、同行末の o’er, ―と、 12 行目の行末の blind, ―も、De Selincourt 版のそれと同じである。最終行 の O smile は、De Selincourt 版と Barnard 版のそれと同じである。詩題は De Selincourt 版のそれと同じであるが、しかし、詩行は Allott 版と Barnard 版のそれと同じ、翼の形に配列されている。このように、一篇の 作品に対して、4 人が 4 人ともそれぞれ解釈を異にするというのは、興味 深い。 松浦暢が編集注釈した『キーツのソネット集』(Keats’ Sonnets, 1966)のそ れを見ると、詩形は翼の形に配置されたものである。出口保夫が訳した 『キーツ全詩集 3』(The Complete Poetical Works of John Keats, Vol. 3, 1980)のそれを 見ると、各行の頭は揃っていて、「4 行、4 行、4 行、2 行」という詩形で訳 している。このように、2 人の日本人の Keats 研究者も、使用したテキス トによって、解釈が微妙に異なるのは、恐ろしい。
この sonnet の詩題も然りだ。重複するが、Allott 版を見ると、1 行目の、 “This mortal body of a thousand days” である。Barnard 版は、Allott 版と同 じである。しかし、面白いことに、De Selincourt 版では、“Written in the Cottage where Burns was born” である。Houghton 卿版を見ると、De Selincourt 版と同じであるが、すべて大文字で、“WRITTEN IN THE COT-TAGE WHERE BURNS WAS BORN” である。
なにはともあれ、前者は「この身はあと千日の命」と歌う。それに対し て、後者は「バーンズの生家にての作詩」と歌うのである。わが国の Keats 研究者の一人、松浦は後者の詩題であり、出口は前者の詩題で、出 口訳を見ると「千日の生命の この肉体が」と読む。
味読する過程で、別の、De Selincourt 版や、Barnard 版、それに Houghton 卿版などを十分に参考にしたい、と思う。
Sonnet というのは基本的に、(1)14 行詩であること。また、(2)各行は 「弱強調 5 歩格」であること。それに、(3)配置された「脚韻」であること が原則である。(3)の脚韻を見ると、それは「シェークスピア風ソネット」
(Shakespearean Sonnet)であるのか、「ペトラルカ風ソネット」(Petrarchan Sonnet)であるのか、それとも「スペンサー風ソネット」(Spenserian Sonnet)
であるのか、が分かる。
John Keats 作「この身はあと千日の命」は、ご覧の通り、(1)14 行詩で ある。(2)「弱強調 5 歩格」である。問題は 7 行目と、11 行目である。とい うのは、7 行目は、
My eyes are wan/-der/-ing and I can/-not see,
と歌い、御覧のように、11 音節であるからだ。1 音節多い。つまり、字余 りである。しかし、これは、「鼻音・流動音([m], [n], [l], [r])を含む音節 では、前の音節が弱化して 1 音節のように律読される」という、つまり、 「子音にはさまれる母音の縮読」(Syncope) の規定を踏まえて、wan/-der/-ing の 3 音節を、wan/-der’ng の 2 音節として縮読すると、全体の韻律は 10 音節となる。これは許容される範囲内の規定である。 また、11 行目は、De Selincourt 版のそれを見ると、 The mead/-ow thou hast tramped o’er and o’er,
と歌う。これは正しく、9 音節である。がしかし、Allott 版のそれを見ると、 The mead/-ow thou hast trampéd o’er and o’er,
と歌う。Allott は、動詞 tramp の過去形に詩的工夫を凝らして、tramp/-éd と歌うのである。ご存知のように、過去形は、tramped /tr ´æmpt/ であり、 また過去分詞形も、tramped /tr ´æmpt/であるからだ。重複するが、正しい 発音は、/tr´æmp/ /tr´æmpt/ /tr´æmpt/であるからである。 つまり、tramped に対して、Allott は、視覚的にも少し詩的工夫を凝らし て、tramp/-éd と、-ed の e に、é というアクセントを付けて、/træmp t/ と歌い、見た目に 2 音節の過去分詞形であるかのように数えさせている、 e
ということである。これで、問題の 11 行目の韻律は、10 音節となるが、 しかし、音読するときは、1 音節/træmpt/として読む。これは決して正し い韻律ではないが、許される範囲内の韻律でもある。
次に、脚韻を見てみよう。詩人 Keats は、days, room, bays, doom, bree, soul, see, goal, floor, find, o’er, blind, name, fame と歌う。Days /déiz/と、 bays /béiz/は正しく押韻する。Room /rú:m/と、doom /dú:m/も正確に押 韻する。この「最初の 4 行連句」は、/abab/と整然と韻を踏む。
そして、bree /brí:/と、see /sí:/は正しく押韻し、soul /sóul/と、goal /góul/も正確に押韻する。この「2 番目の 4 行連句」もまた、/cdcd/と整 然と韻を踏む。更に、floor /fl :/と、o’er /óu /の押韻は問題であるが、 しかし、find /fáind/と、bind /báind/は正しく押韻する。この「3 番目の 4 行連句」は、/efef/と整然と韻を踏むはずであるのだが、残念なことに、 前者の押韻、floor と、o’er は、問題である。最後に、name /néim/と、 fame /féim/は正確に押韻する。この最後の「2 行連句」は、/gg/と整然 と韻を踏む。
問題の押韻、floor, o’er [over] であるが、例えば、express /iksprés/と、 displace /displéis/が許されるのは、rhyme は、同一の音のほかに、「類似 の音」をも許すからである。これは不完全韻(imperfect rhyme)と呼ばれる 規定であるという。苦しい言い訳であるが、これも、「類似の音」の一例 である、と筆者は読みたい。
よって、詩人 Keats は、この 14 行詩を、/abab/ /cdcd/ /efef/ /gg/と いう脚韻を用いて、先輩詩人 Robert Burns の短命を切々と歌い上げるの である。これは、御覧のように、「3 quatrains」と、「1 couplet」の型式 である。これを「イギリス風ソネット」(the English Form)という。別に、 Shakespearean Sonnet ともいう。
「この身はあと千日の命」と題する、この作品は、Allott 説によると、 Written 11 July 1818 in Burns’s cottage at Ayr.
という。つまり、スコットランドの、当時 Ayrshire 州の首都「Ayr /ε´ r/ の Burns の生家にて、1818 年 7 月 11 日の作詩」であるという。しかし、注意
e
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すべきことは、1975 年以降、Ayrshire 州は Strathclyde 州に合併統合された、 ということである。
Allott 説によると、先輩詩人 Robert Burns の生地は、首都 Ayr であると いう。Ayr は、重複するが、スコットランドの旧州 Ayrshire(現 Strathclyde 州)南西部の港市である。
旧州 Ayrshire というのは、その地に流れる Ayr 川に因んだ州名である。 Ayr はゲール語の ar、または ad’har といい、字義は clear, rapid, shelving で あるという。つまり「Ayr 川は、水が透き通っていて、流れが速く、緩や かな勾配の川」であるという。Blue Guide によると、
Ayr is a large, busy town, with its extensive sands and many amenities the principal resort along this coast. The amenities include two golf courses, town-owned river fishing, one of Scotland’s leading racecourses and swimming baths with three heated pools.
と説明する。「Ayr は、人や車で賑わう大港町」であり、「砂浜が広がり、 娯楽設備も整備されている」という。「Ayr は、その海岸地帯に沿って、ス コットランドを代表する保養地」である。「娯楽設備として、ゴルフ場も あれば、川魚釣り場もあり、競馬場もあり、温泉プールもある」という観 光地 Ayr である。この地に、スコットランドを代表する国民詩人 Robert Burns が誕生したという。そして、Blue Guide は、
Extolled by Burns as a town unsurpassed ‘for honest men and bonnie lasses’, Ayr remembers the poet with a statue(Lawson 1891)outside the railway station. There is also the little Tam o’ Shanter Inn in High St, possi-bly the starting point of the ride so graphically described. The inn, inter-esting as typical of those of Burns’ time, is now a museum.
と紹介する。「詩人 Burns は、この地の住民の一人として、住民 Aye 人を 優る者はいないと激賞する」という。「人は正直者で、娘は快活」である という。また「昔も今も、Ayr 住民は、詩人 Burns のことをよく覚えてい る」といい、「Ayr 駅の構外に、Burns の彫像がある」と親しげに語る。ま た「High 通りには、こじんまりとした旅館があって、それは、詩題 “Tam
o’ Shanter Inn” という一篇の詩の示す通り、正に誠実にして、魅力溢れる、 スコットランド人らしい気骨の旅館その物である」と誇る。旅館に入ると、 「当時の詩人 Burns の生い立ちがよくわかる」といい、「その旅館は、現在、
国民詩人 Robert Burns の資料館である」という。
ここにいう、“Tam o’ Shanter /t ´æm ∫ ´ænt /” とは、Burns の代表傑作詩 である。これは 1790 年の作詩である。農民の Tam(Tom, Thomas)は泥酔 して、Ayr 町からの帰途、馬に跨り、深夜に Alloway の教会の傍らを通り 過ぎようとしたとき、教会の中から歌声が聞こえてくる。中を覗くと、魔 法使いや魔女たちが Old Nick の奏でる風笛の音に合わせて踊っているで はないか。それを眺めて、Tom は思わず声を上げたので、魔女に気づか れる。Tom はそれに気づき、逃げる。一人の魔女が追いかけてくる。 Tom は必死に逃げる。魔女が追う。追われた Tom が、Doon 河にかかる 橋の中央まで逃げてきて、辛うじてその難を免れたという内容である。が しかし、Tom が乗っていた馬の尾だけが捕らえられて、切り取られてい ることに気づく、という摩訶不思議な一篇である。
The Doon /dú:n/という川は、スコットランド南西部、Strathclyde /stræθkláid/州の川である。北西に流れ Firth of Clyde に注ぐ、48km の川 である。doon という語は、古英語の dùn からの派生語で、down(hill)と いう原義を有するという。
ここにいう、the Old Nick とは、「悪魔」(the devil, Satan)を意味する古 語である。Nick は、Nicholas の別称である。これはドイツ語の Nickel から 発達した語で、goblin という原義を有するという。これは、「醜い姿で人 間を苦しめると考えられている、鬼」という意味の名詞 goblin であるが、 しかし、よく調べてみると、その昔、goblin は、元、中高地ドイツ語の
kobold(kobel)といい、「小屋+-d(指小辞)」即ち「家庭の神」という意味で あったという。
想起するのは、アメリカの作家 Robert Montgomery Birds(1805 − 54)の 小説 Nick of the Woods(『森の悪魔』、1837)である。これは、アメリカ先住民
(Indians)に、家族が皆殺しにされた開拓線の Quaker 教徒の一農民が、無
抵抗主義を装いながら執拗に復讐を遂げる、という物語である。この作品 について、斎藤光は、「J. F. Cooper(1789 − 1851)が描いた ‘noble savage’ と違って American Indian を余りに感傷的に描いたのに反対して書かれた 小説」であるという。これによると、彼らは狡猾で残忍で憎むべき野蛮人 だとされている問題小説である。アメリカの古語として、full of Old Nick
(= full of the Devil)という用語がある。
それはそれとして、再び、Blue Guide を見ると、
Alloway Kirk, a ruin even before Burns’ time, is a short distance s. It was
through the E. window that Burns’ perhaps best-known character, Tam o’ Shanter, watched a witches’ orgy.
と案内する。「Alloway Kirk(= church)は、Burns 時代より以前に、すでに 廃墟となった教会」で、「教会は、Burns の生家から南方に少し下った位置 にある」という。「その教会の東側の窓を通して中をみると、Burns の作品 の、最もよく知られている主人公、Tam o’ Shanter が魔女たちの飲めや歌 えの大騒ぎを眺めていた」という。この主人公 Tam o’ Shanter について、 John Drinkwater(1882 − 1937)が編集した『文学概説』第 2 巻(The Outline of Literature, vol. 2)の中で、
The original of Tam o’ Shanter was Douglas Graham, a farmer at Shanter, in Carrick.
と論及する。架空の主人公ではなく、実在者をモデルにして歌い上げた Tam o’ Shanter であるというのは、興味深い。
なにはともあれ、Allott が指摘するように、Burns の生家は首都 Ayr の中 にある、と読める。しかし、北村常夫はより正確に、「Robert Burns は、 一百姓の子として Ayrshire の Alloway という寒村に生まれた」と言及する。 寒村 Alloway / ´æl wèi/は、スコットランド南西部、Ayr 付近の村落である。 ここが、詩人 Burns の出生地である。それ故に、筆者は、
Written 11 July 1818 in Burns Cottage at Alloway と正確に徹したい。Blue Guide によると、
Alloway, virtually a southern suburb of Ayr, is the village where Burns was
born in 1759 and lived his first seven years. Burns Cottage, originally a clay hut, was rebuilt by Burns’ father with his own hands.
と紹介する。「Alloway は、地理的に見て、Ayr の南方に位置し、Ayr 郊外の 一地区にあたる」という。「Ayr 郊外の一地区 Alloway」であるから、Allott 説の「in Burns cottage at Ayr」という説明はいかがなものか。勿論、寒村 Alloway が、大都市 Ayr の中に位置しておれば、問題ではない。しかし、 Drinkwater が、上記の『文学概説』の中で、
The cottage is situated in the valley of Alloway, near the town of Ayr. と説明するからである。無論、Barnard 説の「in Robert Burns’s Ayrshire cottage」という説明であれば、旧州 Ayrshire でも間違いではない。
詩人 Burns は寒村 Alloway で生まれた。そこに、Burns は 7 年間住んだ。 「バーンズの生家は、もとは、粘土の粗末な小屋であったが、父 William
Burns が手作りで、それを立て替えた」という。Drinkwater によると、 There is, in the tiny village of Alloway, about two miles from the town of Ayr, a two-roomed cottage, in which, on the 25th of January, 1759, Robert Burns was born.
とより詳しく紹介する。Drinkwater は、その Burns の生家を、“clay biggin” という。スコットランド語の biggin は、名詞で、a building; a house; a cot-tage という意味である。Clay について、想起するのは、旧約聖書の「ヨブ 記」の、
Behold, I am according to thy wish in God’s stead: I also am formed out of the clay.
という第三十三章第六節の神の言葉である。これは、特に人間の肉体が造 られたと考えられた、「土」の意味をもつ詩語である。この名詞 clay に託 して、「人間の肉体」に重ねて、「人間の住む小屋」をイメージしているの も、意義深い限りである。Drinkwater は、Burns の生家を、a clay biggin で あるという。しかし、Blue Guide では、a clay hut であるという。
更に、Blue Guide は、
impor-tant collection of relics, including the Burns family bible, adjoins the cot-tage. と案内する。時が経って、「バーンズの生家」は、1880 年まで、「ビアホー ル」として使用されたという。現在は「バーンズの資料館」として、そこ に Burns 一家の聖書や、詩人 Burns の重要な遺品などが保管されていると いう。この資料館は、バーンズの生家を更に増築して、隣接したものであ るという。 首都 Ayr は、昔も今も、港市であり、観光地として有名である。Barnard 説を見ると、重複するが、Allott 説と同じように、
Written 11 July 1818 in Robert Burns’s Ayrshire cottage.
という。「Robert Burns の Ayrshire 州の生家にての作詩」と説明する。筆 者の使用する、Barnard 版は、1988 年に出版された 3 版ものである。初版 は 1973 年で、再版は 1977 年であることを思うに、Barnard 説の「Ayrshire 州の生家」というのは、調査不足である。正確に紹介するなら「旧州 Ayrshire の生家」(the old Ayrshire cottage)であろう。また、現在の 「Strathclyde 州の生家」と紹介すべきだろう。是非、区画整理の説明が欲
しい。
Allott は、更に、
See under this date in K.’s 11–13 July 1818 journal-letter to Reynolds: ‘I am approaching Burns’s Cottage very fast . . .’; and under 13 July: ‘We went to the Cottage and took some Whiskey—I wrote a sonnet for the mere sake of writing some lines under the roof—they are so bad I cannot transcribe them—the Man at the Cottage was a great Bore with his Anecdotes . . . O the flummery of a birth place! Cant! Cant! Cant! . . . The flat dog made me write a flat sonnet’(L i 322, 324).
と指摘する。ここにいう Reynolds というのは、John Hamilton Reynolds
(1794 − 1852)といい、詩人 Keats の友人である。Reynolds はイギリスの詩 人で、London の St. Paul 校に学んだ。1814 年に、2 巻の詩集を出版。1816 年以来、Keats と文通した。Reynolds は、弁護士事務所の書記や、裁判所
の書記をしながら、絶えず詩文を書いたという。当時の詩人 Lord Byron
(1788 − 1824)や、Sir Walter Scott(1771 − 1832)や、それに Percy Bysshe Shelley(1792 − 1822)、そして John Keats 等の影響を色濃く受けた、と思わ れる “The Naiad”(1816)や、“The Fancy”(1820)、それに “The Garden of Youth”(1821)及び数篇のソネットの作者として知られている。
念のために、Barnard 説を見ると、
Keats told Reynolds, ‘We went to the Cottage and took some Whiskey—I wrote a sonnet for the mere sake of writing some lines under the roof— they are so bad I cannot transcribe them—The Man at the Cottage was a great Bore with his Anecdotes . . . O the Flummery of a bird place! Cant! Cant! Cant!’(L I, p. 324). と言及する。これらは、友人 Reynolds に宛てた 2 通の書簡の一部である。 「思ったより早く、バーンズの生家に近づきつつある」という、その 1 通 目は、1818 年 7 月 11 − 13 日の日付の書簡であるという。そして、両者が 共に紹介する、「2 人はバーンズの生家に出かけた。そこでウイスキーを少 し頂いた」という、その 2 通目は、1818 年 7 月 13 日の日付の書簡であると いう。 Whiskey とは、大麦、ライ麦、トウモロコシなどに、麦芽を加えて発酵 させて蒸留した酒であるが、通例、アルコール度は 43 − 50 %である。 Whiskey はアメリカ、アイルランド、スコットランドでの綴りである。こ れ以外では、即ち、イギリスや、カナダでは、whisky と綴る。ただし、ア メリカ産のスコッチは、本場の綴りをなぞって、whisky という。
Whiskey は、whiskybae の短縮形であり、アイルランド語の uisce beatha、 またはスコットランドのゲール語の uisge beatha からの由来語であるとい う。「命の水」(water of life)という原義を有するという。詩人 Keats は、こ の「命の水」を少し頂いた、という。
そして、Allott 説によると、「詩人 Keats は、この Burns の生家の “屋根の 下で” 数行の詩を書き留めるつもりが、一篇の sonnet を書き上げた」とい う。しかし、「その 14 行詩はあまりに酷い出来具合で書き写すことが出来
ない」という。つまり、友人 Reynolds 宛の書簡に、それを書き写すこと が出来ない、というのだろう。So bad の形容詞 so に託して、詩人 Keats は 「拙いな」という気持ちや、感情を込めているのも、意味深い。それは、
詩人 Keats「自身の判断」(very bad)を述べている、のではないからである。 この形容詞 so と、very の語感の相違に注意しよう。
面白いのは、詩人 Keats は、敢えて、under the roof(「屋根の下で」)と綴 っていることである。想起するのは、William Shakespeare(1564 − 1616)
作『ハムレット』第二幕第二場の中の、いらいら病を患うハムレット王子 が呟く、
Look you, this brave o’erhanging firmament, This majestical roof fretted with golden fire,
という台詞である。「この立派な青空も、ほら、御覧、この黄金色の火を ちりばめた壮大な天井も」という台詞を思い出し、詩人 Keats も、この粗 末な Burns の生家の「屋根」に託して、The roof of heaven(「天空」)のイ メージをダブらせながら、ひと時、詩作に耽るからである。詩人 Keats は、 「屋根の下で」に託して、先輩詩人 Burns の生家を訪ねたその時、その場 の荘厳な感動を友人 Reynolds に伝えているのも、見事である。 然し、Allott 説によると、「ビアホール」に模様替えした、Burns の生家 に辿り着いた詩人 Keats は、まるっきり様子の変わった Burns の生家を目 の当たりにして、落胆したという。殊の外、「ビアホール(生家)の亭主
(the Man at the Cottage)が面白く語る、Burns に関わる秘話(his Anecdoles)
にうんざりだ」と悲鳴を上げる始末である。「まったく退屈な男だ」(a great Bore)と詩人 Keats は吐き捨てるように告白するのも、気の毒である。
更に、詩人 Keats は、尊敬する先輩詩人 Burns の、この生誕の地(a birth place)で、「どこまでも面白がって図に乗る、この亭主のたわごと」(O the
flummery)に驚きと、失望の余り、思い余って、「偽善者のたわごとだ!」
(Cant!)と親友 Reynolds に吐露しているのも、哀れである。それも、Cant! Cant! Cant! と 3 度も繰り返されるのである。数字の 3 は、「聖なる数字」
ろう。
Allott は更に、重複するが、
The flat dog made me write a flat sonnet.
と詩人 Keats が郵送した、友人 Reynolds 宛の手紙の一部を引用する。「そ れは、味も素っ気もない sonnet だ」という。「それはまるで、ビアホール の床に、だらんと寝そべっている犬のようだ」ともいう。面白い表現であ る。
松浦は、この “a flat sonnet” 観に関して、
いささか自己弁解的であるが、キーツの自称 “flat sonnet” の説明とし ては、まことに面白い。もっとも、キーツ自身が、このソネットを嫌 い “bad sonnet” とみなしていたが、D. G. Rossetti は、“for all Keats says about it himself, is a fine thing.” と H. B. Formna への手紙で称揚し ている。(Finney, p. 418 所収)
と論破するのだが、しかし、残念なことに、松浦のいう、3 行目の、H. B. Formna の名前 Formna は、Forman の誤植だろう。Harry Buxton Forman
(1842 − 1917)とは、イギリスの文学者である。Shelley の Poetical Works
(1876)と、Prose Works(1880)、及び Letters of John Keats to Fanny Brawne(1878)
と、Poetical Works and Other Writings of John Keats(1883)の編纂が、Forman の主要な功績である。
また、ここにいう、D. G. Rossetti(1828 − 82)とは、北村常夫によると、 イギリスの画家であり、詩人である。London 大学 King’s College に学ぶ。 まもなく John Sell Cotman について絵を習い、1842 年以来美術に身を委ね たという。1846 年 Royal Academy に入って研究し、また 1848 年 Ford Madox Brown に師事した。画家 Holman Hunt 及び John Everett Millais, そ れに彫刻家 Thomas Woolner その他の人々と共に「ラファエロ前派」(the Pre-Raphaelite Brotherhood)を創始し、“Girlhood of Mary Virgin”(1849)を 展覧したという。Rossetti は長年画家としてのみ知られていたが、1847 年 頃から詩を書き始めていたという。Rossetti の特徴は、「形体美に対する熱 愛、道徳観からの離脱、濃艶な色彩と強烈な芳香とに対する趣味、そして
それらを表現する絢爛な言葉」であるという。
筆者は、詩人 Keats の傑作「この身はあと千日の命」を味読して、詩人 Keats の「一抹の哀感」をもって、この Rossetti の卓見、“for all Keats says about it himself, is a fine thing.” に同感する者である。Allott もまた、この Rossetti の称賛を、
D. G. Rossetti told H. Buxton Forman that the sonnet, ‘. . . for all Keats says of it himself is a good thing’(letter of 13 June 1881, John Keats, Criticism and Comment, 1919, p. 20).
と紹介する。Allott は、(1)a good thing であると引用する。しかし、松浦 は、(2)a fine thing であると紹介する。前者のいう、形容詞 good の本義は、 「よい」である。期待通りの好ましい特性を備えているという意味の good
である。後に来る名詞の内容に応じて訳し分ける必要があるのだが、しか し、筆者はこれを「申し分のない作品」と読む。Cobuild 版を見ると、 Good means of a high quality, standard, or level.と説明する。形容詞 high に 注目しよう。High の本義は、「高く大きい」である。 それに対して、後者のいう、形容詞 fine の本義は、「仕上がった」であ る。すぐれたことを表す一般的な語 fine であるが、筆者はこれを「完璧な 作品」と読む。Fine は、元、古フランス語の fin からの借用である。これ は、「完成した」という原義を有するという。佐久間治説によると、これ は、「見かけの美しさ」ではなく、「完成度の高さ」を表現する語であると いう。Fin は、現代英語の finished に対応する語で、「仕上がった→洗練さ れた」から「立派な」や「美しい」へと発展したという。Cobuild 版によ ると、You use fine to describe something that you admire and think is very good.と説明する。「ものすごく(非常に)よい」という副詞 very に託して、 Rossetti は、「自分の判断」をはっきりと述べているもの、と思われる。
Allott は更に、
K. also refused to send a copy to Tom Keats(L i 332), but the poem was preserved in a transcript by Brown, who notes, ‘[the cottage’s] conver-sion into a whiskey-shop, together with its drunken landlord, went far
towards the annihilation of . . . [K.’s] poetic power’(KC ii 62).
と論及する。「詩人 Keats は弟 Tom Keats 宛の手紙にも、この sonnet のコ ピーを送ることをはっきりと断った」という。「しかし、Brown はそれを 書き写しておいて、その書写が保存されている」という。ここにいう、 Brown というのは、本名 Charles Armitage Brown(1786 − 1842)といい、イ ギリス人で、John Keats とかつて同居していたことのある、親友兼兄貴分 に当たる人物である。文人 Brown は、Narensky(1814)というオペラを書き、 また Shakespeare の Sonnets に関する著書がある。文人 Brown は、この「ス コットランド徒歩旅行」の詩人 Keats のお供をした、友人である。Fred Inglis は、著書『キーツ』(Keats, 1966)の中で、
Brown was eight years older than Keats.
と紹介する。「Brown は、Keats より 8 歳年上である」という。Allott 説に よると、この作品について、友人 Brown が、次のような注解を添えている という。曰く「生家が、ウイスキー店に模様替えし、酔っ払いの亭主と一 緒であった」という。そして、「生家は、遠い道のりを経て、いつか全滅 壊滅の憂き目にあうだろう」という。
文人 Brown は、先輩詩人 Robert Burns の生家を、後に、「a whiskey-shop に模様替えした」という。しかし、Blue Guide では、「an ale-house」であ るという。Ale とは、Cobuild 版によると、Ale is a kind of strong beer.と説 明する。エールは、ビールの一種で、約 6 %のアルコール分を含む。アメ リカでは、普通のビールよりもやや強くて苦いのをさすが、イギリスでは、 beer と同じであるという。Ale は、beer より上品な言葉である。想起する のは、Good ale will make a cat speak.(「上等のエールには猫さえ口をほぐす」)
という諺である。面白い。 「この生家が、いつか全滅の憂き目にあう予感を得て、詩人 Keats はその 時、その場所で、霊感を受けて歌い上げたのが、この一篇 “この身はあと 千日の命”である」と、友人 Brown が書き残したという。これは、なんと いう哀れ深い予感であろうか。 Allott はこの白眉「この身はあと千日の命」という sonnet の前書きの最
後に、
Text from 1848 as following Brown’s transcript.
と指摘する。「1848 年に出版された詩集」から引用したもので、これは、 あの時の「Brown が書写した 14 行詩」であるという。命拾いをした作品 である。
それでは、純粋なる美の詩人 Rossetti が称賛する、この傑作「この身は あと千日の命」(“This mortal body of a thousand days”)を精読味読することに しよう。詩人 Keats は、重複するが、
This mortal body of a thousand days
Now fills, O Burns, a space in thine own room, Where thou didst dream alone on budded bays,
Happy and thoughtless of thy day of doom!
と歌うのだ。形容詞 mortal は、Cobuild 版によると、If you refer to the fact that people are mortal, you mean that they have to die and cannot live for ever.と説明する。「人間は死すべきもの。」(Man is mortal.)である。Mortal は、元、ラテン語の mortál-is から派生した語である。これが、mort-, mors か ら発達した語であるという。「死」という原義を有する。「死をまぬがれな い」が本義である。詩人 Keats は、恐らくは、 この身はあと千日の命である と歌うのだろう。1 年は、365 日であるから、「あと 2 年と 7 ヵ月余り」の 命であると歌うのか。当時、詩人 Keats(1795 − 1821)は、23 歳であること を思うに、また、26 歳で亡くなっていること等を思い合わせると、Keats の予告が的中することになる。これはなんという運命なのか。 想起するのは、旧約聖書の「出エジプト記」(“Exodus”)の中の
And ‘shewing mercy unto thousands of them that love me, and keep my commandments.
を守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。」という。第五節 を見ると、
Thou shalt not bow down thyself to them, nor serve them: for I the LORD thy God am a jealous God, visiting the iniquity of the fathers upon the children unto the third and fourth generation of them that hate me; これは、「それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あな たの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものには、 父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし」と明記する神の言葉である。後 半の「あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎 むものには、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、」という神の言葉 が重要である。そして、第六節の中の「千代に至るだろう」という「千」 という数字は、神の恵みを受ける、有難い数字であるのも、重要である。 これは、また「申命記」(“Deuteronomy”)第五章第十節にも明記されてい る。 そして、「サムエル記上」(“I Samuel”)の中に
And the women answered one another as they played, and said, Saul hath slain his thousands, and David his ten thousands.
And Saul was very wroth, and the saying displeased him; and he said, They have ascribed unto David ten thousands, and to me they have ascribed but thousands: and what can he have more but the kingdom? という第十八章第七節と第八節の神の言葉がある。「サウルは千を∼」「ダ ビデは万を∼」と、女たちが踊りながら互いに歌いかわす、のを聞いたサ ウル王は怒る。第十二節に、「主が、気を悪くしたサウル王を離れる。主 はダビデと共におられたので、サウルはダビデを恐れた。」(And Saul was afraid of David, because the Lord was with him and was departed from Saul.)という。 「万も千も共に、神の恵みの数字」であるのに、サウル王が嫉んだが故に、
主がサウル王を離れるという。
「ダビデ」(David)とは、ご存知のベツレヘムの Jesse の末っ子で、ぺリ シテ人(Philistines)の巨人 Goliath を殺したという。そして David は、Saul
王のあとを継ぎ国都を Jerusalem に定め、約 40 年間イスラエルの王となる。 これは、紀元前 1000 年ごろのことである。また David は、旧約聖書の「詩 篇」(“Psalms”)の作者だと伝えられる。David という語は、元、ヘブライ語 の dawidh といい、beloved, friend という原義を有するという。
また「サウル」(Saul)とは、イスラエルの第一代の王である。Saul とい う語は、元、ヘブライ語の Sáúl といい、asked for という原義を有するとい う。
更に、「イザヤ書」(“Isaiah”)の中に、
A little one shall become a thousand, and a small one a strong nation: I the Lord will hasten it in time.
という第六十章第二十二節の神の言葉がある。「その最も小さい者は氏族 となり、その最も弱い者は強い国となる。」「a thousand を氏族」というの は、面白い。この、a thousand は、神の恵みを受けた氏族を明示するのも、 意味深い。
「ダニエル書」(“Daniel”)の中に、
A fiery stream issued and came forth from before him: thousand thou-sands ministered unto him, and ten thousand times ten thousand stood before him: the judgment was set, and the books were open.
という第七章第十節の神の言葉がある。「彼に仕える者は千千、彼の前に はべる者は万万」という。
新約聖書の「ヨハネの黙示録」(“Revelation”)の中にも、
And I beheld, and I heard the voice of many angels round about the throne and the beasts and the elders: and the number of them was ten thousand times ten thousand, and thousands of thousands;
という第五章第十一節の神の言葉がある。「御座と生き物と長老たちのま わりに、多くの御使たちの声が上がるのを聞いた。その数は万の幾万倍、 千の幾千倍もあって、大声で叫んでいた」という。このように「主に仕え る者は、その数千千、万万にして」という無限に広がることを明示する。 わが国でも、(1)「千日参り」とか、あるいは(2)「千日詣で」、(3)「千日 ― ˜ ˆ
修行」に、(4)「千日講」という言葉がある。(1)と、(2)は、千日の間、神 社仏閣に参詣することをいう。江戸時代には、特定の日、即ち 7 月 9 日・ 10 日に、江戸では浅草寺、京都では清水寺、大阪では四天王寺に参詣する と、千日分のご利益があるとされるという。(3)の「千日修行」とは、比 叡山での荒行事をいう。(4)の「千日講」とは、千日間、法華経を読誦し、 講説する法会のことである。また、千日の間、寺社に参籠することを、(5) 「千日籠り」という。 「千も万もいらぬ」とは、「かれこれ言うには及ばない」という意味であ る。例えば、「千も万もいらぬ、これへ短冊を持参すれば済むこと」とい うふうに、使用する。「千客万来」、「千載一遇」、「一騎当千」等などもあ る。 忘れがたいのは、旧約聖書の「詩篇」(“Psalms”)の中の
For a day in thy courts is better than a thousand. I had rather be a door-keeper in the house of my God, than to dwell in the tents of wickedness. という第八十四篇第十節の神の言葉である。「あなたの大庭にいる一日は、 よそにいる千日にもまさるのである。わたしは悪の天幕にいるよりは、む しろ、わが神の家の門守となることを願う」という言葉である。上記の 「千」や「万」に纏わる新旧の聖書の神の言葉、即ち「神の恵み」を踏ま えてみると、思うに詩人 Keats は、「主の大庭にいる一日」(a day in thy courts)という言葉に託して、「先輩詩人 Burns の生家にいる一日」(a day in Burns’s Cottage)を声高らかに歌うのではあるまいか。
松浦は、この最初の行、即ち、This mortal body of a thousand days を、 「千日の命のこの生身の人間」と読み、これは、「キーツ自身のこと」とい う注釈を添える。出口保夫訳を見ると、「千日の生命の この肉体が」と 読む。出口は、この「生命」に「いのち」というルビを添える。『岩波国 語辞典』によると、「命」というのは、「生物の生きる力・期間」を意味し、 「生命」とは、「生きて活動する根源の力で、生物を生物として存在させる もの」を意味するという。 詩人 Keats は、それに続けて、厳粛に、
Now fills, O Burns, a space in thine own room,
と歌う。ここにいう fills は、他動詞である。動詞 fills の語尾の-s は、「3 単 現の-s」であるから、主語が 3 人称であり、かつ単数であり、かつ現在形 で用いる場合の動詞の語尾の-s である。そうすると、主語というのは、1 行目の This mortal body(of a thousand days)を指すのだろう。即ち、「この 身はあと千日の命」即ち「あと千日の命であるこの身」が、動詞 fills の主 語となるのだろう。
そして、詩人 Keats は声高らかに、fills a space in thine own room,と定め るのだ。これは「貴方御自身の部屋の中に 1 つの空間を占める」と歌うの ではあるまいか。ここにいう own というのは、このように所有格 thine の 後に使われると、「比較意識」を明示することに、注意しよう。これは 「他ならぬ、貴方御自身の」と歌うのだろう。また、a space というのは、
思うに、「創世記」(“Genesis”)の中の
And he delivered them into the hand of his servants, every drove by themselves; and said unto his servants, Pass over before me, and put a space betwixt drove and drove.
という第三十二章第十六節の神の言葉を下敷きにして、詩人 Keats がここ に「1 つの空白」を明示するのではあるまいか。「彼はこれらをそれぞれの 群れに分けて、しもべたちの手にわたし、しもべたちに言った、“あなた がたはわたしの先に進みなさい、そして群れと群れとの間には隔たりをお きなさい”」という前半の「それぞれ」というのは、「雌やぎ二百、雄やぎ 二十、雌羊二百、雄羊二十、乳らくだ三十とその子、雌牛四十、雄牛十、 雌ろば二十、雄ろば十」をいう。この神の言葉「隔たり」(a space)に託し て、詩人 Keats がここに「1 つの空間」(a space)をイメージするのは、意 味深い限りである。即ち、「先輩詩人 Burns と、後輩詩人 Keats との間には 隔たりをおく」という a space であろう。
しかも、それは「他ならぬ、バーンズ御自身の部屋の中での 1 つの空間、 即ち隔たり」である、と歌うのは、味わい深い。というのは、詩人 Keats が歌う「部屋」(room)は、「イザヤ書」(“Isaiah”)の中の、
Come, my people, enter thou into thy chambers, and shut thy doors about thee: hide thyself as it were for a little moment, until the indigna-tion be overpast.
という第二十六章第二十節の神の言葉の「へや」(chamber)をイメージす るからである。「さあ、わが民よ、あなたのへやにはいり、あなたのうし ろの戸を閉じて、憤りの過ぎ去るまで、しばらく隠れよ」という「へや」
(chamber)は、無論、「マタイによる福音書」の中の
But thou, when thou prayest, enter into thy closet, and when thou hast shut thy door, pray to thy Father which is in secret; and thy Father which seeth in secret shall reward thee openly.
という第六章第六節の神の言葉の「へや」(thy closet)を明示するからであ る。「あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所にお いでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあ なたの父は、報いてくださるであろう」という「へや」は、このように、 「祈りの場所」であり、「あなたの父がおいでになる場所」であるからであ る。 思うに、詩人 Keats は、厳格に、 あと千日の命であるこの身は、おおバーンズよ、 いま、他ならぬ貴方御自身の部屋の中に居ます、 と歌うのではあるまいか。出口訳を見ると、「千日の生命の この肉体が、 おお バーンズよ、/ あなたの部屋にいま小さい空間を占めている」と 読む。気になる事は、(1)「おお バーンズよ、」という 1 字空けである。 その理由は、感嘆詞 O は、常に大文字で書き、かつコンマを伴わなくて、 かつ直接呼びかける名の前に付けるからである。例えば、O Lord, help us!
(「おお神よ、助けたまえ!」)という風に、である。思うに、この O Lord に 重ねて、詩人 Keats は厳格に O Burns(「おおバーンズよ」)と歌うのではな いか。
また出口は、(2)「小さい空間」という「小さい」という形容詞を添えて いることである。これは、「占める場所が少ない」という意味であろうが、
しかし詩人 Keats が歌うのは、既に上記に指摘しておいた、「あなたの大庭 にいる一日は、よそにいる千日にもまさる」という、あの「詩篇」の神の 言葉の明示する「恩恵」に感謝する念を歌い上げる、という詩興ではある まいか。これが筆者の解釈である。更に、「創世記」の神の言葉が明示す るように、「部屋」の中の、どこでも良い訳ではない。そこには自ずと、 「Burns と Keats との一定の隔たり」が重要であることを歌い上げる、詩境 であるというのが筆者の解釈である。しかも、「他ならぬ、Burns ご自身の 部屋」その物は即ち、「イザヤ書」や、「マタイによる福音書」の神の言葉 が明示する「祈りの場所」を歌い上げるという作風であると思われるから である。これが筆者の解釈である。 詩人 Keats は、更に、
Where thou didst dream alone on budded bays, Happy and thoughtless of thy day of doom!
と規定する。松浦は、この 2 行に関して、「バーンズの “day of doom” につ いての、効果的な解説は次の文であろう。」といい、詩人 Keats が友人 J. H. Reynolds に宛てた書簡の一部を紹介するのである。曰く、
His misery is a dead weight upon the nimbleness of one’s quill—I tried to forget it—to drink Toddy without any care—to write a merry Sonnet—it won’t do—he talked with Bitches—he drank with black-guards, he was miserable—We can see horribly clear in the works of such a Man his whole life, as if we were God’s spies.(To J. H. Reynolds, 11 − 13 July 1818)
であるという。ここにいう、he は、勿論、先輩詩人 Robert Burns を指す のだろう。「Burns のみじめさは、或る死体のような重みが一気呵成にペン を走らせる作品の上に乗っかっていることである」という。これは、後輩 詩人 Keats の詩人 Burns 観である。面白い。そして、「僕(= Keats)はその ことを忘れようとしていた」といい、「何の注意も抱かないで、Toddy を 飲み、一篇の陽気な Sonnet を書こうとした」という。
ラム・ブランデーなどに湯と砂糖とレモンなど香料を加えた飲み物」であ る。また、(2)「ヤシ酒」ともいい、これは「toddy palm の樹液を発酵させ た飲み物」である。Toddy palm は、植物の「クジャクヤシ(Caryotaurens)」 で、その汁を発酵させてヤシ酒を造るインド産のヤシをいう。念のために、 toddy という語は、ヒンディー語の tari からの借入語で、juice of the palmyra tree という原義を有するという。Palmyra とは、植物の、「パルミ ラヤシ、オオギヤシ(Borassus flabellifer)」のことである。これは、熱帯アジ ア産の扇状葉をつけるヤシの一種であり、樹液からは砂糖や酒を造るとい う。
思うに、国民詩人 Robert Burns はこの Toddy をいつも飲んでいたのかも しれない。日課のように。それは、疲れた体を癒すための Toddy であった だろう。心地よい酔いに、思わず、作詩の霊感を受けて、一気に書き上げ る、というタイプの詩人 Burns であったのかもしれない。その酔いの度合 いに関わらず、どの作品にも乗っかっている「或る死体のような重み」(a dead weight)が気になる、というのが詩人 Keats の先輩詩人 Burns に関する 感想である。 これによく似た体験は筆者にもある。それは、わが国の印象評論家小林 秀雄が深く酔い、両脇を 2 人に支えられながら、千鳥足で、演台に近づく。 そして彼はその演台に両手を突いて、両足を踏ん張り、背を伸ばし、間を おいてから、朗々と講演されたことである。一言半句も縺れることなく、 フランス文学を語るのである。 一口、二口の Whiskey で、顔を赤らめ、「せめて、この機会に、一篇の 陽気な sonnet」をと思い立ちながら、詩人 Keats はその詩作に打ち込もう とする。「しかし、それはそううまくいくものではない」、「思い通りにな るものではない」という。「それにしても、Burns は Toddy を飲み、酔い ながらも、またみだらな女たち(Bitches)と、くだを巻きながらも、詩作 に打ち込むことができた」という。また「Burns は、口ぎたない下郎 (blackguards)と一緒に Toddy のグラスをくみ交わしながらも、作詩したこ ともあった」という。しかし、「そんな Burns は、振り返ると、みじめで
あった」というのが、詩人 Keats の感懐である。
ここにいう、Bitch(es)とは、Cobuild 版によると、If someone calls a woman a bitch, they are saying in a very rude way that they think she behaves in a very unpleasant way.と説明する。また、blackguard(s)は、別の Kaitakusha 版によると、a man who is quite dishonest and without honour, or who uses very bad language about or to a person.と説明する。これは、も とは黒服を着た従者あるいは品性の悪い従者の一団を意味したという。余 計なことであるが、The pot is blackguarding the kettle.(「急須がやかんの悪
口を言う。」)という諺がある。これは、「目糞鼻糞を笑う」という諺と同じ で、「自分の欠点に気づかないで、他人の欠点を嘲笑う」という意味であ る。 そして、詩人 Keats は、「このような身の上の、一詩人の作品の中に、恐 ろしく完全にその人の全人生を見ることが出来る」というのだ。しかも、 「恰も、われわれは、隠れたものを見つける神であるかの如くに」という。 思うに、詩人 Keats は、 この部屋で貴方は一人きりで夢を見続けました
と歌うのだろう。ここにいう、didst dream の didst は、一般動詞 dream と ともに用いて、「強調」を意味する助動詞である。Thou は、2 人称単数 you の古語である。その所有格は thy, thine という。またその目的格は thee といい、複数形は ye という。Thou に伴う動詞は、are, have, shall, will, were がそれぞれ、art, hast, shalt, wilt, wert となるほか現在形、過去形に-st, または-est の語尾を付ける。例えば、ここにいう、where thou didst dream という風に、である。2 行目の in thine own room の所有格 thine は、your の古語で詩語であり、thy と同意であるが、母音で始まる語の前に用いら れる。
Dream は自動詞である。I dream of home every night.(「毎晩国の夢を見 る。」)という風に、前置詞 of か、about を用いる。この場合、about のほう が、of よりも、くわしく内容に立ち入ることが多いという。出口訳をみる と、「その部屋であなたは……あなたの運命の日を夢みていた!」と読む。
つまり、出口は「Where thou didst dream, . . . of thy day of doom!」と読む のだ。これは可笑しい。
その理由は、Allott 版も、Barnard 版も、De Selincourt 版も、Houghton 卿版もともに、
Where thou didst dream alone on budded bays, Happy and thoughtless of thy day of doom!
と歌うからである。つまり、御覧のように、on budded bays,の後を見ると、 そこにコンマが使われているからである。この句読点の有無が重要であ る。
思うに、ここは先ず、詩人 Keats が、コンマを用いて歌うように、 Where thou didst dream alone on budded bays,
と読むべきだろう。思うに、ここにいう、dream on . . . は、《皮肉を込め
て》(かないそうもないようなことを)「願い続ける」とか、「夢を見続ける」
という意味の語句である。これは、しばしば命令形で使用されるという。 Budded bays について、Barnard は、「the poet’s laurel wreath.」という注 釈を添える。これは、栄誉のしるしとしての「詩人の月桂の花冠」を意味 するのだろう。植物 laurel は、月桂樹(Laurus nobilis)である。これは、南 ヨーロッパ産楠木科の高木である。芳香があり、葉を乾かして香料とする。 古代ギリシャ人は、ピシア競技(the Pythian Games)の勝利者にこの木の葉 を冠せたという。類似の木から区別するために、true laurel /l :r l/ともい う。また、bay, bay laurel, bay tree とも呼ばれるという。これは、lorer から 異化された語 lorel である。これは、元、ラテン語の、laurum から派生した 語で、laurel という原義を有するという。恐らくは、地中海起源の語であ ろう。
ここにいう、the Pythian Games というのは、古代ギリシャで、Apollo の祭りとして、Delphi で 4 年ごとに行われた民族的大競技祭である。
植物 bay とは、月桂樹(Laurus nobilis)のことである。これは、しばしば 複数形で「月桂冠」という意味を持ち、勝利者などに与えられる「栄誉の 花輪」をイメージする。これは、元、ラテン語で、bacm といい、berry と
e c
いう原義を有するという。
然し、詩人 Keats は、この名詞 bays に、形容詞 budded を添えて、bud-ded bays と定めるのだ。これは、恐らくは、「芽ぐんだ月桂冠」という意 味だろう。思うに、詩人 Keats は、この「芽ぐんだ月桂冠」に託して、「詩 壇に登場した、まだ若い詩人 Burns」を明示するのではあるまいか。
あるいは、Allott 説によると、これは「Poetic fame」であると注釈を添 える。形容詞 poetic は、この場合、「ほめて」いるのであるから、筆者は、 「詩人の名声」と読みたい。出口訳を見ると、「詩の名声」と読む。思うに、 形容詞 poetic は、類似語 poetical と比べてみると、両者の厳密な区別はな いが、一般に、前者 poetic は、詩の本質や内容に関する語である。それに 対して、後者 poetical は、詩の形式に関して用いるという。 思うに、詩人 Keats は、皮肉を込めて、 ここで貴方は一人で芽ぐんだ月桂冠の夢を見続けた、 と歌うのではないか。しかも、「かないそうもないような月桂冠の夢を見 続けた」と歌うのではないか。これは、思うに詩人 Keats が、ウイスキー に酔い痴れる先輩詩人 Burns をいたく戒める詩興である、と思われる。そ して、詩人 Keats は、
Happy and thoughtless of thy day of doom!
と歌うが、しかし、これは厄介である。思うに、ここは、分詞構文である。 3 行と 4 行が 1 つの文である、というのが筆者の解釈である。思うに、こ こは、
(Being)happy and thoughtless of thy day of doom!
と歌うのだろう。主語は、無論、thou である。動詞は、were の古語、wert である。詩人 Keats は、先ず、(1)Thou wert happy.と歌い、そして、(2) Thou wert thoughtless of thy day of doom.と歌うのだろう。前者の形容詞 happy は、問題である。出口訳を見ると、「幸せに」と読む。これは、可 笑しいと思う。「幸せに」と読むと、詩全体の文脈が通じなくなるからで ある。
杯機嫌の」という意味を持つ形容詞 happy である、と読む者である。これ が筆者の解釈である。例えば、come home a bit happy(「いささかご機嫌で
帰宅する」)という風に、である。
思うに、詩人 Keats は、
然し貴方はいつもほろ酔い機嫌であった
と歌うのではないか。そして、重複するが、詩人 Keats は、(2)Thou wert thoughtless of thy day of doom.と規定する。思うに、形容詞 thoughtless は、 「(……のことを)十分考えない、顧みない《of, for...》」という意味を持つ形 容詞 thoughtless である、というのが筆者の解釈である。出口訳を見ると、 「煩いもなく」と読む。これも、また可笑しい。 思うに、詩人 Keats は、 貴方はいつも∼を全く顧みなかった と歌うのではないか。ここにいう、所有格 thy は、your の古語である。神 が下す「最後の審判の日」を、英語で、the day of doom という。別に、 doomsday という。これは、この世の終わりの「最後の審判の日」(the day of the Last Judgment)をイメージする。詩人 Keats は、定冠詞 the の代わり に、所有格 thy を用いて、thy day of doom と歌うのだ。これは、「貴方の 最後の審判の日」とでも歌うのではないか。
名詞 doom は、類似語 destiny, fate などと比べて見ると、前者は、des-tiny や、fate がもたらす、破滅的な終局をさすという。例えば、He met his doom bravely.(「雄雄しく悲運の最期を迎えた。」)という風に、使用される名 詞 doom であることを思うに、詩人 Keats は、 貴方の悲運の最期 とでも歌うのだろう。念のために、名詞 fate は、事の成り行きが、不条理 で、人為的にはどうにもならないことを強調し、名詞 destiny は、事の成 り行きの変更不能を強調するが、しばしばよい運命について用いるという。 例えば、He became a man of destiny.(「運のいい男になった。」)という風に、 である。面白い。
を、
貴方はいつもご自分の悲運の最期を全く顧みなかった
と歌うのだろう。これが、筆者の解釈である。出口訳を見ると、「その部 屋であなたは 詩の名声のうえに ただ独り、/ 煩いもなく 幸せに あ なたの運命の日を夢みていた!」と読む。文脈はばらばらである。
意味不明。「詩の名声のうえに」というのは、on budded bays を指すの だろう。出口は、これを、前置詞句として読むのだと思われる。出口の、 この解釈が、躓きの第一歩である。故に、出口が、残念なことに、「あな たの運命の日を夢みていた!」というのは、thou didst dream of thy day of doom! を指す、という誤った解釈に至るのである。この誤った文脈を生か そうと、出口は、形容詞 happy を、副詞「幸せに」と読み、また、形容詞 thoughtless を、副詞「煩いもなく」と読むのである。
詩人 Keats は、先ず、皮肉に、thou didst dream on budded bays,と歌う。 そして、詩人 Keats は、分詞構文を用いて、(but thou wert)happy and thoughtless of thy day of doom! と歌い上げるのだと思う。重要なことは、 詩人 Keats が歌う、be thoughtless of . . . という構文である。
思うに、詩人 Keats は、 あと千日の命である、この身は、おおバーンズよ、 いま、他ならぬ貴方ご自身の部屋の中に居ます、 ここで貴方は一人きりで新芽の月桂冠の夢を見続けたが、 何時もほろ酔いでご自分の悲運の最期を顧みなかった。 と歌い上げるのではあるまいか。これが「最初の 4 行連句」(the First Quatrain)の世界である。「起承転結」の「起」の世界である。スコットラ ンドの国民詩人 Robert Burns は、1759 年に生まれて、1796 年に亡くなる。 弱冠 37 歳の夭折である。その原因の大部分を「ウイスキー」である、と 後輩詩人 Keats は歌う。農業労働で鍛えた身体を持ちながら、好きなウイ スキーで、寿命を縮める結果となった、と詩人 Keats は嘆く。これは、ア
ルコール依存症の、詩人 Robert Burns の「悲運の最期」を悲しむ詩興であ る。 詩人 Keats は、1795 年に生まれ、1821 年に亡くなる。弱冠 26 歳の短命 である。それを予告した、この sonnet の最初の行である。「あと千日の命 である、この身は」と歌う詩人 Keats には、遺伝の不治の病結核がその肉 体を蝕み始める。 そして、詩人 Keats は、それに続けて、
My pulse is warm with thine own barley-bree, My head is light with pledging a great soul, My eyes are wandering and I cannot see,
Fancy is dead and drunken at its goal.
と歌う。Thine own barley-bree の own について、Barnard 説によると、 5 own 1876, Garrod(OSA), Allott; old 1848, G
という。1848 年に出版された、最初の詩集では、形容詞 old であったとい う。それが、1876 年に、Allott 等が、own に修正した、という。原稿では、 thine old barley-bree と歌っていたというのは、面白い。Allott 版、Barnard 版、それに、De Selincourt 版、松浦版では、ともに、thine own barley-bree と歌うのだが、しかし、念のために、Houghton 卿版を見ると、
My pulse is warm with thine old barley-bree, と歌うのである。面白い。
ここにいう、Garrod というのは、松浦によると、『ジョン・キーツ詩集』
(The Poetical Works of John Keats)の、H. W. Garrod であるようだが、しかし、 1951 年出版の研究社版『英米文学辞典』によると、彼はイギリスの文学者 Heathcote William Garrod(1878 −)であると紹介する。1878 年誕生の Garrod であれば、生まれる 2 年前の、1876 年に、というのは、辻褄があ わない、と思うのであるが、これはどうしたものか。
よると、
5 barley-bree malt liquor, whiskey.
という注釈を添える。Allott 説によると、これは、「Ale」であるという。 松浦は、「Barley-bree = broth of Barley」という注釈を添える。松浦はこれ を「大麦のスープ」と読む。
念のために、Crescent Books 版の The Concise Scots Dictionary を見ると、 Barley-bree, -brie, -broo, n. malt liquor; whisky.
と説明する。これは、上記の Barnard 説と同じである。それにしても、3 人 3 様の解釈があって、面白い。Allott は、ale であると読む。「エール」 は、重複するが、上面発酵法によるビールの一種である。これは、アルコ ール分約 6 度から平均 8 度前後である。(1)small ale とは、弱いエールのこ と。(2)pale ale とは、淡色でホップが強い、ペール・エールのこと。(3) mild ale とは、濃色でホップが弱く味が柔らかい、マイルド・エールのこ と。(4)single ale とは、アルコール分が低い、シングル・エールのこと。 (5)double ale とは、アルコール分が高い、ダブル・エールのことである。 また、ale は、beer より上品な言葉であって、商用語であるという。 Barnard は、(1)malt liquor,(2)whiskey であるという。前者の malt liquor /lík /とは、「麦芽醸造アルコール飲料」のことである。(2)whiskey については、既に上記に紹介しておいたように、ウイスキーで、大麦、ラ イ麦、トウモロコシなどに、麦芽を加え、発酵させて蒸留したもので、通 例、アルコール度 43 − 50 %のものをいうのである。Whiskey, Whisky の 2 語に注意しよう。 出口訳を見ると、「わたしの脈搏は あなたの昔の大麦のスープで温か く」と読む。これは、Houghton 卿版の、old と同じである。また、松浦 が読む、「大麦のスープ」(barley-bree)と同じであるのが、愉快である。し かし、出口訳の「脈搏は温かい」とは、どういうことなのか。それにして も、詩人 Keats が歌う名詞 pulse /pΛls/は、厄介である。 脈搏とは、心臓が律動的に血液を圧し出すことによって、起こる動脈中 の圧力の変動のことで、その数は心臓搏動数に等しく、普通、1 分間に 70 e
ぐらいである、といわれている。病気その他によって、数・強さ・規則性 に変動が起きるので、診断の指標となる脈をいう。
思い出すのは、Shakespeare 作『ハムレット』第三幕第四場の「王妃の 私室」での、
Ecstasy!
My pulse, as yours, doth temperately keep time, And makes as healthful music: it is not madness That I have utter’d:
という、139 行から 142 行前半までの、Hamlet の台詞である。「狂気です って!」と、Hamlet は叫ぶ。そして、「僕の脈搏は正常に健康なリズムを 打っています、あなたと同じように。今、僕が発したのは、狂気のたわご とではありません。」という台詞である。このように、The pulse beats.
(「脈搏が打つ」)であれば、よくわかるが、しかし、My pulse is warm with thine own barley-bree,という、My pulse is warm をどう読めばよいのか、が 問題である。思うに、後半は、
他ならぬ貴方のウイスキーで火照っている
と歌うのではないか。形容詞 warm は、(1)「〈体が〉(運動・飲酒などで)熱 い、ほてる」という意味を持つ。例えば、be warm with wine(「ワインで体
が火照っている」)という風に、である。また、別に、(2)形容詞 warm は、
「〈体・血液などが〉恒温[定温、常温、温血]の」という意味を持つ。後 者は、どうも、warm-blood(「温血動物」)とか、warm-blooded animal(「温 血動物」)というように、動物用語としてよく用いられるようである。 思うに、詩人 Keats は、この「2 番目の 4 行連句」の文脈を見ると、どう も、前者の意味を用いて、 僕の脈搏は他ならぬ貴方のウイスキーで火照っている と歌うのではあるまいか。アルコール類を一切嗜まない Keats であるが、 しかし、既に上記に紹介しておいた、友人 Reynolds 宛の書簡の示すよう に、