アクティブ・キャンパス試論
中尾 寛
*Essay on “Active Campus”
Hiroshi NAKAOAbstract:
In this essay, we try to research a new design of the creative campus at the university for active learning as “Active Campus” referring the methods and the thoughts of Eastern and Western garden designs. We also propose a plan of the space to activate the campus of the Shonan Institute of Technology.
KEY WORDS : Active Learning, Campus Design, Garden Design 要旨: この試論は、アクティブ・ラーニングのための創造的な大学キャンパスデザイン、いわばアクティブ・キャンパ スのあり方を、東西の庭園デザインの手法・思考を参照しつつ考察し、さらに湘南工科大学のキャンパスをアクテ ィブ化する一つの計画を提案する。 キーワード:アクティブ・ラーニング、キャンパスデザイン、庭園デザイン
1.はじめに
独創的な手法で独自の研究スペースを自らで作る 試みを実践するスタンフォード大学ハッソ・プラッ トナー・デザイン研究所(通称d スクール)に参加 するクリス・フリンクは、「空間とは組織のボディラ ンゲージである」と書く[1]。ならばアクティブな 学修を推進しようとする大学のキャンパスもまた、 空間自身がそのアクティビティを表明しなければな らない。 この試論は、学生が主体性を持って学ぶ場として の大学キャンパスを、つまり、学生がアクティブ・ ラーナーとなってアクティブ・ラーニングすること のできる場、あるいは教員がアクティブ・ティーチ ングを行える場、いわばアクティブ・キャンパスな るものを考察する。 アクティブな学修が、学生自身が能動的にかつ創 造的に学ぶことであるなら、そこでは教師もまた既 存の知識を供与するだけではなく自らも創造的に指 導しなければならない。学生と教師がある種の協働 関係でもって、新たな知、新たな何ものかを生み出 すこと。つまりアクティブ・キャンパスとは、そこ で学生、教員が日々、創造的表現を生産し続けるい わばクリエイティブ・キャンパスとも言えるだろう。 アメリカ近代を代表する建築家で優れた教育者でも あったルイス・カーンは、「教えることは、一つの作 品である。」と書く[2]。 しかし、そうした創造的教育は、単に手法、プロ グラムを考案し実行するだけでは、いかにも予定調 和的な、「アクティブ・ラーニング」というパッケー ジ、その見掛けの振舞いに陥る危険性を孕んでいる。 湘南工科大学アクティブ・ラーニング研修の指導講 師である樋栄ひかるは、筆者との対話で「アクティ ブ・ラーニングがマニュアル化されクリエイティビ ティを失うことの危機感」を指摘し、「アクティブ・ ラーニングを実践するものが、常に学び、挑戦し続 ける姿勢、態度でのぞむ必要性」を主張する。 そもそも、アクティブで創造的な学修・教育であ る限り、それはマニュアル化、プログラム化された ものを超え、偶発性を受け入れ、なおかつ極めて発 見的である必要がある。とすれば、その学修・教育 の場も、単一の目的のためにプログラム化されたも のだけであってはならないはずである。 では、いかなる場、空間がそうした学生・教員の *湘南工科大学工学部 総合デザイン学科 教授協働的創造性を誘発することができるのか、それが この試論が考察しようとするものである。試論は、 まず理論的考察を行い、さらに具体的な事例提案を 行う。
2.空間理論考察
大学キャンパスは言うまでもなく自由解放区では ない。それは、教育・研究のある秩序を維持する管 理区域である。しかし、その管理主義的あるいは機 能主義的思考は、しばしばその空間を硬直させてし まう。空間の硬直性は、直ちに学生のまた教育者、 研究者の活動の硬直化を招く。 限定的な使用目的が想定された諸室の並列。講義 室、実験室、グループワークの部屋、図書館、食堂、 などなど。文化人類学者エドワード・ホールの言う 「固定相空間」で構成されるキャンパス[3]。決め られた場所での決められた行動。固定相空間の移動 の反復。そうした環境では、アクティブな学修、ア クティブな教育を活性化するには大いに限界がある。 そこで、この空間理論考察において、ここでは庭 園のデザイン手法を比較参照する。なぜなら、古来、 庭園とは一つの囲われた秩序空間でありながら、機 能的要請から解放された、快楽への欲望が噴出する 空間でもあるからである。諸建築施設が固定層空間 の機能的配備を専らとするに対して、庭園とはそこ での過ごし方が常に開かれたアクティブな「半固定 層空間」(ホール)で構成されるからである。そして、 未知の事象を学び、新たな何かを創造することは至 上の快楽とも考えられるからである。 一方で、歴史的に庭園のデザインは、時代時代の 社会構造に常に通底し、それを表出し、あるいはむ しろ社会の構造化、社会の欲望に先行する兆候とし て出現してきたとも言える。とすれば、現代社会の テーマパーク化に連動するかのように教育施設もま たテーマパーク的「楽しさ」をややもすると装いか ねない時に、真の学修の快楽を生み出すキャンパス は、庭園デザインの批判的分析によってもまた可能 となるからである。 2.1 西洋庭園形式 西洋庭園の形式は大きく整形式と風景式に二分さ れる。まずそれらを対比的に、かつ批判的にも分析 する。 2.1.1 整形式庭園 整形式庭園とは17世紀フランスを中心に発達し たスタイルである。ゆえに、フランス式、バロック 式また幾何学式とも呼ばれる。それは、その名の通 り、広大な庭園空間を細部にわたるまで幾何学的秩 序でデザインする手法である。全体は宮殿を中心と した左右対称で構成され、植栽一つに至るまで幾何 学的に正確に刈り込まれる(図 1)。 端的にこの庭園は、王権秩序の空間化、その絶対 権力の欲望のストレートなデザイン化と言える。 例えば、教壇を中心に整然と机の並ぶ典型的な講 義室、教室のスタイルとは、軍隊の一糸乱れぬ整列 スタイルに端を発する訓育のための形式であり、そ れはこの整形式庭園の権力空間と同じ構造を歴史的 に持つものである。 しかし、一方で整形式庭園のその全体から細部に 至る幾何学文様の入れ子状の連続は、その静態的広 がりに反して無限小にまで折り畳まれるスケール間 の垂直の運動を生み出す。芸術史家のホルスト・ブ レーデカンプは、ライプニッツのモナドロジーの概 念から整形式庭園を読み解き、「この庭園が人工的自 然らしさを帯びるのは、創造の無限性を内部展開と してしたからであり、幾何学的な構想は、個々の形 態のコントロールでは決してなく、理論的に無限の 可能性の内一つの断面をとるということなのだ。そ れは強制ではなく自由を体現する。」と指摘する[4]。 この幾何学的折り畳みのメカニズムは、後述され る事例のデザインでも参照されることになるであろ う。 図 1 ヴェルサイユ宮殿整形式庭園(Google Earth) 2.1.2 風景式庭園 風景式庭園は、18世紀にイギリスを中心に発達 したスタイルである。ゆえに、イギリス式とも呼ば れる。このスタイルは、整形式とは逆に自然らしさ を模倣し、そこを周遊しながら愛でるための風景を デザインしてゆく。そこには、整形式の絶対的なヒ エラルキーは存在せず、多彩な風景が絵画風に展開 される。さらに、風景に趣を与えるための数々の仕 掛け、池やそこにかかる橋などは言うまでもなく、例えば古今東西を問わない様々な様式の東屋(フォ リー)や、奇怪な造形の洞窟(グロット)などが点 在する(図 2)。これらの点景を司る奇妙な庭園装置 は、絵画的=風景的装置であるばかりでなく、庭園 空間の回遊の歩行リズムを変え、時に停止、逸脱さ せる屈曲点として身体的に作用する。 ところで、この風景式庭園のスタイルは、明らか にディズニーランドを頂点とする現在のアミューズ メント施設に受け継がれているばかりか、都市開発、 さらには教育施設にも肯定的に取り入れられ、社会 学でいうところのディズニフィケーションの問題、 社会のテーマパーク化の現象を生み出している。そ れは、一見多彩な光景で「楽しみ」を演出するもの の、人はその供与される手軽な「楽しみ」にひたす ら受動的になり、自らの想像力を喪失し従順に飼い ならされてゆく現象である。 ゆえに、いかに反整形式、見かけ上は反権力的に 映るこのスタイルが、一つの自由さの演出として現 在の様々な施設での趨勢であろうとも、その手法へ の安易な依存は、ここでは深く警戒する必要がある。 図 2 スタウアヘッド風景式庭園 (www.nationaltrust.org.uk) 2.2 日本庭園(枯山水) 枯山水は、日本特有の庭園スタイルであり、文字 通り水あるいは有機物を使わず、石や砂などの無機 物の最小限の要素で構成される。それは、幾何学的 秩序を構築することもないし、自然を写実的に模倣 することもない、一種の抽象化された庭園である。 例えば、京都、龍安寺石庭は、白砂と15個の岩 のみで構成されるいわゆるミニマルなデザインの庭 である(図 3)。この庭は、中世に作られたとされる が、そのデザインの意図は伝えられていない。それ ゆえ、現在でもこのデザインに対して数々の解釈が 終わりなき謎解きのごとくなされている。ゆえに、 この庭は現在多くの参観者が、無意識にそう解釈し がちな瞑想の庭であるとも限らない。 志賀直哉はこの庭に「不思議な歓喜勇躍」(志賀『龍 安寺の庭』)を読み取るし、現代音楽家ジョン・ケー ジは即興的響きを読み取っている。日本最古の造園 技術書『作庭記』は、「石を立てる」ことの心得から 開始されるが、事実、日本の庭師は、敷地に分け入 り石を立てる場所に杭を立てて半ば即興的にデザイ ンしてゆく。それは、場を響かせる舞踏的パフォー マンスとも言える。 いずれにせよ、この庭は、そのミニマルな構成要 素、抽象性、躍動性からして永遠に未完の庭、ある いは間=余白が不断に響く庭と言える。ゆえに、人 はその庭を前にした時、様々な想像を巡らすことを 要請される。この人の想像力を掻き立てる未完成性、 余白性、躍動性は、後述の事例提案で積極的に採用 される。 図 3 龍安寺石庭(筆者撮影) 2.3 考察 ここでは、整形式の表面上の静態性の奥に潜む空 間のスケール間往復的運動のダイナミズムを、一方、 風景式庭園の表面上の多彩さ、自由の身振りに潜む 巧妙な家畜化システムを急ぎ対比的に省察し、さら に枯山水の見掛けの静寂に孕まれた躍動性を抽出し てきた。 ところで、この試論は、その使用方法を限定され 厳格に管理された固定層空間の存在を必ずしも否定 するものではない。むしろ風景式庭園のイデオロギ ーが醸し出す「自由の幻想」のもとに、そうした空 間がテーマパーク的「楽しさ」の演出で偽装されて はならないとすら考える。 しかし、先述したように固定層空間の並列のみで 構成されるキャンパスは、そこでの学修・教育・研 究を硬直化させてしまう。そうして硬直化するキャ ンパスをアクティブな空間へと変容させるには、キ ャンパスのそこここに、半固定相空間、機能的に限 定されずその使用方法の開かれた空間、学生や教員
がその活用方法を想像=創造可能な空間を導入する 必要がある。 ゆえに、ここでは半固定層空間を創出する様々な 手法を、庭園の、そのイデオロジカルな見掛けの全 体性からではなく、その局所に置いて作動するデザ インのメカニズムから学ぶことができるであろう。 例えば、この章で分析したランドスケープ的スケ ールから身体的スケールを通底し運動させる整形式 庭園の幾何学的折り畳みのメカニズム。風景式庭園 に点在させられる屈曲点としてのグロット、フォリ ー。あるいは、その未完成性、余白性ゆえに場を響 かせる枯山水の抽象性などなど。
3.事例提案
ここでは、キャンパスをアクティブ化する一つの 事例として湘南工科大学中庭計画 (仮称 SIT STEPS)を提案する。 3.1 概要 この計画は、湘南工科大学の校舎によって四周を 囲われた中庭に、多用途に利用可能なスペースを新 たに設営する。そのスペースは、煉瓦積みの大小の 階段状の窪みで構成される。中庭西南ブロックに複 数の窪みを持つステップス(約23m×41m)西北 ブロックにステージを備えるステップス(約10m× 9m)が配置される。その高さは最大で1m 強であ るが、芝生面の盛土により、そこへの自然なアプロ ーチを可能にする(図4、5)。 図 4 SIT STEPS 模型 図5 SIT STEPS 平面図(図面上が北) 3.2 現状 現在、この中庭は、東西約60メートル、南北約 40メートルの広さを持ち、生垣で囲われた五つの 芝生のブロックで構成される。それぞれのブロック には種々の樹木が植栽される。ブロック間は、レン ガブロック敷きの通路と大きなケヤキの樹が植えら れた中央スペースとなる。この中央スペースには、 ベンチとテーブルが置かれ、その一部は喫煙スペー スとして利用されている。 この中庭は、年に一度の学園祭の際の野外イベン ト会場となり、その西側には仮設ステージが設営さ れる。一方、日常の利用としてこの中庭は、豊かな 緑溢れる開放的な場所であるにもかかわらず、その 利用は休み時間、昼休みでさえ、極僅かである。そ してその多くは喫煙スペースの利用である。 3.3 空間特性 SIT STEPS は、あらかじめ決められた機能に基づ き設計される固定相空間ではない。むしろ、学生、 教員がその都度その活用を想像=創造する事を誘発 するための庭園的半固定相空間である。その空間特 性として、基壇、階段、窪み、回廊、コーナーの性 質を同時に備える。 3.3.1 基壇 このスペースは、未だその上部層を持たない基壇、 文字通り様々な活動を支えるベースである。つまり、 これは何某かの目的のために自己完結した上部構築 物を持っていない、枯山水の庭園が孕む未完成性の 余白的空間である。そこでは、学生・教員の実践・ 活動こそが、その上部構造そのものといえる。さら には、実際にそこで仮設の構築物を学生・教員自ら 建設し、このスペースを改変・刷新することも可能 である(図5)。図5 左:ミース・ファン・デル・ローエ、新国立 ギャラリー、基壇上に乗る鉄骨構造体の内外で様々な 芸術活動が生じる。(thedailyscan.com)右:SIT STEPS 基壇状ステージ 3.3.2 階段 階段とは垂直水平面が繰り返される斜傾空間であ る。その段差は、人があらゆる場所に座る事を可能 にする。また、その斜傾性が生む高低差は、人々の 関係性を立体的に、多様に演出可能である。すなわ ち、野外レクチャー、演奏会、パフォーマンス等に おける客席と舞台。あるいは、日常的なディスカッ ションの活性化。 一方で階段は、昇降運動を引き起こし、そのリズ ムはダンス、舞踏の運動にもつながる、あるいは日 本庭園の飛び石がもたらす筋覚的心身の高揚感、躍 動性を生む。 さらに煉瓦の組積による階段構築は、その幾何形 態的単位、さらにそのざらつきが喚起する素材的触 感性から、全体の傾斜状地形的広がりまで、整形式 庭園の幾何学メカニズム同様スケール間の連続的往 還運動を生み出す(図6)。 図6 上2枚:モナッシュ・ステップス、メルボルン、 モナッシュ大学美術館中庭(筆者撮影)下左:SIT STEPS 階段状広場 下右:煉瓦階積みテスト (筆者撮影) 3.3.3 窪み 窪みとは垂直方向にハーフ・オープン、ハーフ・ クローズドの空間である。そこでは、人は外部との 関係を維持しながら、一つの親密な空間に浸ること ができる。例えば高層建築の密集する都市空間にお けるサンクンガーデンの手法、それはグランドレベ ルより掘り下げられた庭園であるが、地上の喧騒か らはるかにかけ離れた静けさを確保する。 そうした空間で人は、時には一人で思索にふける 事もでき、あるいは他者と親密に話し合う事ができ る。窪みは、キャンパス空間に一つの能動的なエア ポケット=余白を生み出す。枯山水庭園同様、部分 的余白は全体を動態化する効果を持つ。それは中庭 の中にもう一つの中庭=陥没地帯を作る(図 7)。 図 7 左:ニューヨーク、ロックフェラーセンター・ サンクンガーデン(筆者撮影)右:SIT STEPS 階段 状窪み 3.3.4 回廊 古代ギリシアのストア(=回廊)派から中世のシ トー会修道院、近代哲学者カントの散策、あるいは 京都の哲学の道など、人類はまた歩行の運動の中で その思考を育んできた。回廊は、目的場所へ向かう 通路、単なる移動空間ではなく、周回性を持ち人の 遊歩を促す空間である。そうした非直線的、非目的 的、巡回的運動の中で学生・教員は、身体的に思考 を構築したり飛躍させたりできるであろう。この回 廊性は、風景式庭園的順路というよりは、整形式庭 園的幾何学メカニズムに則った能動的巡回となる (図 8)。
図 8 左:シトー派ル・トロネー修道院回廊 (www.Gothik-Romanik.de)右:SIT STEPS の周 囲を巡る回廊状エッジ 3.3.5 コーナー オーストラリア、メルボルン、モナッシュ大学教 授で建築家のナイジェル・バートラムは、「コーナー は、すでに半ば避難所である。コーナーは、一つの 盲点、隠れた空間、裂け目、あるいは突起である。 そのような、特定の機能はないが高い特殊性を備え た空間は、我々にその使用を誘発し、一方、我々は 我々の解釈と行動を通してそれらに目的を与える。 我々は、我々の身体を、それらの潜在力との関係性 の中に本能的に置く。」と書く[5]。 コーナーは、窪みの垂直性に対して水平的にハー フ・オープン、ハーフ・クローズドの空間である。 それは、風景式庭園に点在する洞窟(グロット)の ように巡回路の中の屈曲地点である。その剥き出し の開放でも、密閉でもない空間は、人に適切な安心 感と快適さを与える(図 9)。 コーナーは、また見えない対角線を発生させる。 アクティブ・ラーニング講師の樋栄は、研修の際に 「全体の空気を読むために発言者と対角線上で関わ ることを理想とする」と筆者との対話で語る。対角 線もまた空間と人とのそして人と人とのダイナミッ クな関係性を作り出す。 図 9 左:ルイス・カーン、フィッシャー邸リビング ルームコーナー(www.archdaily.com) カーンは、 コーナーをルームの中のもう一つのルームと概念付 ける。右:SIT STEPS 積層するコーナー 3.4 利用と効果 上記の特性を備えるこの計画では、以下の利用等 が想定できる。 ・野外授業 ・討論会 ・音楽、演劇・ダンス・パフォーマンスの上演会 ・野外展覧会 ・バーベキューなどのパーティ会場 それらは、通常授業のスタイルや学生の発表・表 現、さらに学内外の交流を多様化し活性化する。も ちろん、そのような様々な企画での利用に限らず、 学生・教員の対話の場、休息の場、思索の場として 日常的な活用が期待される。 それは、例えばヨーロッパの広場が、日々市民の 憩いの場になり、時にそこはマーケットに、時に政 治討論の場に変貌する、つまりそこが市民社会活動 を活性化する可変装置であるように、大学の教育・ 研究活動を活発化する場=装置として作動する。 そして何より大きな教育効果が得られるのは、学 生・教員が、このスペースの特性を生かし、独自の 活用方法を想像し実行することにある。あらかじめ 決められた用途の空間で既成の活動を行うのではな く、いわば未完のこのスペースで全く新たな活動を 想像=創造し、その都度このスペースそのものを一 つの共同作品として立ち上がらせ完成させてゆくこ と。そうした学生・教員の協働は、双方のクリエイ ティビティを育成する。
4.まとめ
アクティブな学修・教育のためにキャンパスをア クティブ化する、アクティブ・キャンパスの創造、 それは庭園デザインの様々な思考・手法を導入し、 固定層空間の合間に局所的に半固定層空間を配備し ていくことが一つの有効な方法となり得ることを見 てきた。とすれば、それは事例で挙げたようなスケー ルから、より小さな、例えば家具的スケール、さらに はごく身体的スケールにまで至るアイデアが可能に なる。あるいは、そのような複合的スケールでの半 固定層空間の導入がなされて初めてアクティブ・キ ャンパスの創設が可能になるとも言える。 ここでは、最後により小さなスケールの一つの試 みを取り上げておきたい。それは湘南工科大学総合 デザイン学科の著者が指導する空間演習での学生グ ループの試行である。それは直径100mm 程度の パイプを自在に曲げて造られる家具的スケールの空 間装置である。その種々の形態を持つ装置が、キャ ンパス内の様々な場所に、あたかも日本の庭師が石 を立て、そして場を響かせるかのように点在される。それはその形態から、人にそこへ座することを誘 発したり、寝転ぶ、ぶら下がる、何かを置いてみた りするなどの行為を喚起する。しかし、その形態は 決して自ら決められた機能を提示はしない。その不 可思議な形態が、人の想像力を刺激し、人は自らそ の使い方を創造する。それは、場と身体を文字通り 結びつけるパイプである。場と人との新たな関係性 を再編する空間装置である(図10)。 先に提案した計画がいわばキャンパスというテキ ストに、新たな何かが書き込める空欄を挿入するも のとすれば、この試行は、キャンパスというテキス トに新たな句読点を挿入してゆくようなものである。 この句読点の不意の挿入は、元のテキストの固定さ れた意味を揺さぶり、それを全面的に書き換えるこ とをせずとも刷新しつづけることができる。 図10 上3枚:試行作品(撮影:湘南工科大学総合 デザイン学科学生グループ) 下2 枚:試行ドロー イング(作成:湘南工科大学総合デザイン学科学生 グループ) 参考文献 ⒈ スコット・ドーリー+スコット・ウィトフト著 『メイク・スペース』、阪急コミュニケーショ ンズ、2012 ⒉ ルイス・カーン著『ルイス・カーン建築論 集』、鹿島出版会、2008 ⒊ エドワード・ホール著『かくれた次元』、みす ず書房、1970 ⒋ ホルスト・ブレーデカンプ著『ライプニッツと 造園革命』、産業図書、2014
⒌ Bertram, Nigel. “Corners”. Exhibition Catalogue. RMIT University Gallery, 2009