キャリア教育における「振り返り」が学生に及ぼす影響
-オムニバス形式授業でOPPAを使用して-
The Effect of "Reflection" on University Students in Career Education: Using OPPA in Omnibus Style Lessons
原 瑞 穂* HARA Mizuho 要約:大学のキャリア教育で使用している自己評価を目的とした振り返り方法は多様 である。本研究では、同じプログラム内容の授業で、取り扱う振り返りの方法によっ て学生に及ぼす影響が異なるのかどうかを検証した。本学では平成 28 年度以来、成 績に関する評価要件である課題レポートと評価に直接関係しないOPPA(One Page Portfolio Assessment)を振り返りに使用しており、本研究では、「キャリア形成科目N」 を受講した平成 28 年度と令和元年度前期に学生を対象に、OPPAの使用の有無によるク ラスごとの学生の変化を調べた。その結果、OPPAを使用したクラスは、自尊感情、自 己効力感、二次元レジリエンス、進路選択に対する自己効力で授業後に効果が見られ た。一方、OPPAを使用しなかったクラスは、自己効力感のみに効果が見られた。他に、 OPPAを使用しなかったクラスの自尊感情と進路選択に対する自己効力が低下したこと が、OPPA を使用したクラスと異なる点であった。これらの結果から、OPPA の使用は 学生に学ぶ意味を考える機会を与えることによって授業に真摯に取り組む姿勢が生ま れ、結果として授業効果が得られることが示唆された。 キーワード:キャリア教育、振り返り、OPPA、評価
Ⅰ はじめに
1 キャリア教育の評価方法 大学のキャリア教育が義務化されて 10 年が経とうとしている。大学設置基準第 42 条の2では、「第 四十二条の二 大学は、当該大学及び学部等の教育上の目的に応じ、学生が卒業後自らの資質を向 上させ、社会的及び職業的自立を図るために必要な能力を、教育課程の実施及び厚生補導を通じて 培うことができるよう、大学内の組織間の有機的な連携を図り、適切な体制を整えるものとする。」 の文を新設され(文部科学省,2010)1) 、高等教育機関でもキャリア教育の義務化された。これ以降 各大学では様々な形でキャリア教育に取り組んできた。中には、キャリア教育を全学的なプログラ ムの一つとして実施されているケースもあれば、プログラム開発から評価までを担当教員に委ねて いるケースもある。キャリア教育の内容は、「学生の資質・能力の向上や職業的自立を図るために必 要な能力を培う」(文部科学省,2011)2) ものであり、長い年月をかけて吟味され、工夫を重ね、改 良されてきている。しかし、その内容や指標に関しては明確に示されてはいない。さらに、評価方 法については、それぞれの大学が独自の評価方法の開発を模索している状況である。 キャリア教育では、知識を習得することも必要であるが、習得した知識や情報から学生が何を気 づき、どう成長できるのかが重要な課題である。そのためには、学生の変容や成長の様子を客観的に評価できる基準が必要である。また、学生の変容や成長の評価から、教育自身が自らの授業の内 容を再評価できるような評価法も必要である。 2 本学のキャリア教育の評価の試み 本学では、全学共通教育科目の人間形成科目にキャリア教育を位置づけられ、選択必修となって いる(令和2年から自由選択に変更された)。その内、専任教員が担当する科目は3科目あり、「キャ リア形成科目K」、「キャリア形成科目N」、「キャリア形成科目E」がある。「キャリア形成科目K」と 「キャリア形成科目E」はアクティブ・ラーニング形式中心であり、「キャリア形成科目N」はオムニ バス形式中心の授業である。それぞれの科目で、課題レポート、OPPA、質問紙アンケートの3種類 の評価方法を取り入れている。 「キャリア形成科目N」の授業は、社会人の講話を聴くことで、疑似体験を通して自身の生き方を 考え、他者の価値観を共有することで自己のキャリアイメージを明確にするきっかけとし、それに よって自己効力感の向上を図り,進路選択への意識を高めることを目的をしている。授業は、前半 を学内の講師6名が担当し、後半を学外の講師6名が担当するオムニバス形式であり、最初のガイ ダンス、中間のグループ活動、最後のまとめの3コマを担当教員が行う構成である。 平成 28 年度に担当して以来、「キャリア形成科目N」では、評価方法として、学生の自己評価と教 員の授業改善を目的としてOPPA(One Page Portfolio Assessment:一枚ポートフォリオ評価)と、成績 評価のための課題レポート4~5回分、授業改善を目的とする質問紙アンケートを取り入れている。 OPPAは、「教師のねらいとする授業の成果を、学習者が一枚の用紙(OPPシート)の中に学習前・ 中・後の履歴として記録し、その全体を学習者自身が自己評価する方法」(堀,2019)4) と定義され ている。本調査で使用したOPPAは、堀(2013)3) を参考に作成したもので、学習者が外部の情報を 再構成するために取り入れ(内化)、それについていろいろと検討し(内省)、外に向かって表現す る(外化)という過程において、学習者の資質・能力を育成するという考え方である(堀,2019)4) 。 これは、学習や授業の進展とともに学習者既有の知識や考えが変容し、それを学習履歴としてOPPA シートに記録、その内容を教師が確認し授業の中で適切な指導を行っていくとともに、学習者が自 己の学習状況をモニタリングし自己評価を行う(堀,2013)3) とされており、学習者の学習過程に教 師の適切な働きかけが加わることが条件となっている。具体的には、授業後毎回、学生が記録した ものを回収し、教師がコメントを書き、次回に返すという工程を繰り返す作業である。図1に一連 の流れを示す。 図1 OPPAにおける学習者と教師の基本的関係(堀,2013 を参考に筆者が作成)
OPPAには、この過程を一枚の用紙の中で完結できるという特徴がある。図2にOPPシートの一事 例を示す。OPPAは研究や学会発表等で使用することがあるが、その際には個人名を出さない旨を説 明し了解の上使用している。 図2 使用したOPPシートの例(A3用紙表裏印刷、3つ折りで使用) 課題レポートは、学内、学外の講師の内、4名(令和元年は3名)分を提出するものであった。 質問は「Q1.講師が強調したい(重要であると考えられる)点は何であると考えますか。Q2. あな たは、講師の人生の生き方・職業に対する態度・信 念をどのようなものとして受けとめましたか。Q3. 講師が強調した(重要であると考えられる)ことを 踏まえ、あなたは自分の行動にどのように活かそう と思いましたか。具体的に記述してください。」の3 問、A4 用紙1枚に自筆で記入する形式であった。内 容は、成績評価に使用するが、代理体験が自己成長 への自己変容につながっているのかが分かり、学生 の理解度の参考資料となる。課題レポートの例を図 3に示す。 質問紙アンケ―トは、受講による学生の資質・能 力の向上と心理傾向の変化を把握するものであり、 社会人として必要な基礎力と受講により向上させた い心理項目を選択して構成した。これを1回目と 15 回目の授業時に実施し、分析した結果を参考にして 次期の授業内容や運営の改善に利用した。 図3 使用した課題レポートの例
Ⅱ 本研究の目的
本研究では、現在行っているキャリア教育の評価方法のうち、OPPAによる振り返りの方法が、学 生の資質・能力や心理的傾向の変化にどのような影響を及ぼすのかを検討した。OPPA の効果検証 については、原(2018)5) が、OPPAの利用により学生のメタ認知が育成され資質・能力向上に効果 があること、学生自身の自己評価と同時に指導者の授業評価の双方向の効果を報告している。また、 キャリア教育におけるOPPAの使用の有無の効果検証は、原(2019)6) が、アクティブ・ラーニング 形式の授業科目において、OPPA を使用したクラスとしないクラスの学生の変化を検証し、OPPA を 使用したクラスの授業効果が安定して高かったこと、使用しないクラスでは調査項目で向上と低下 の差が大きかったことから、OPPAを使用した振り返りが学生の自己理解を深め、学生の成長に効果 的に作用するとしている。 しかし、これらは、いずれもアクティブ・ラーニング形式の授業の結果であった。担当教員が授 業を行うことの少ないオムニバス形式では、講師と担当教員が異なる。そのため、講師の話を聴い てOPPA に記述する学生の自己評価に対するコメントは、担当教員が記入することになる。そのた め、学生のOPPAに対する取り組み方が異なる可能性も考えられ、内容によっては授業改善に反映で きるのかどうかは疑問であった。よって、本研究では、オムニバス形式の授業におけるOPPAの利用 においても、アクティブ・ラーニングの授業と同様に効果が得られるのかを確認する必要があると 考えた。 本研究では,オムニバス形式の「キャリア形成科目N」の授業を利用し、OPPAを使用するクラス と使用しないクラスを対象に、学生に及ぼす影響を検証することを調査目的とした。調査対象とし た、平成 30 年度と令和元年度の「キャリア形成科目N」のカリキュラム内容を表1に示す。 表1 平成 30 年度と令和元年度「キャリア形成科目N」のカリキュラムⅢ 研究の方法
1 調査時期 平成 30 年と令和元年の4月から8月。 2 調査対象 平成 30 年度と令和元年度の前期に本学の全学共通教育科目の「キャリア形成科目N」を受講した 学生 482 名(平成 30 年度 238 名、令和元年度 244 名)であった。調査対象者を表2に示す。 3 調査方法 平成 30 年度は、課題レポートの提出 とOPPA への記入を振り返りに使用し、 令和元年度は、課題レポートのみの提出 を振り返りの方法として課した。また、 両クラスとも授業前後に質問紙によるア ンケート調査を実施した。授業開始1コ マ目と 15 コマ目の授業中に質問紙調査 を実施した。所要時間は 10 分~15 分程 度であった。記名は求めなかった。 4 手続き OPPA については、使用の注意点と使 用の意味を1回目の授業において事前に 説明した。内容は、OPPA への記述内容 は成績評価の対象ではないため、自由に 書いてよいこと、得られた個人情報の取 り扱いについては責任をもって保管する こと等の説明を行った。 質問紙調査につては、実施前に、質問 に答えたくない場合には答えなくてもよ いこと、途中で中断してもよいこと、得 られた情報は調査や学会発表等の研究に 関すること以外に使用しないこと、事後 は責任を持って破棄することを明記し た。以上のことを説明後回答に取りかか るよう指示し、回答後回収した。回答を もって同意が得られたと判断した。 課題レポートに関しては用紙の下部 に、得られた情報については、担当講師 に個人情報を削除したものをフィード バックする場合があること、得られた情報の取り扱いも外部にでることがないことを明記した。 表2 調査対象者一覧5 調査内容 (1)属性 性別,年齢,学年,学部,学科,入試選抜方法。 (2)基礎力 学生の基礎力の程度を調べるために,大久保(2006)7) の基礎力を使用した。対人, 対課題,対自己の3要素9項目であり,対人基礎力は,親和力,協働力,統率力,対課題基礎力は, 課題発見力,計画立案力,実践力,対自己基礎力は,感情抑制力,自信創出力,行動持続力であっ た。それぞれを5段階で自己評価させた。 (3)自尊感情 学生の自尊感情の程度を調べるために,Rosenberg(1965)8) の自尊感情尺度の日本 語版である、山本・松井・山成(1982)9) の自尊感情尺度10項目を使用した。自尊感情(self-esteem) は,自己に対して肯定的,あるいは否定的な態度(Rosenberg,1965)9) と定義されている。「あては まらない」を1点,「あてはまる」を5点とする5件法で評価させた。 (4)自己効力感 一般性セルフ・エフィカシー尺度(坂野・東條,1986)10) 16 項目を使用した。バ ンデューラ(Bandura,1977)11) は,自己効力感の向上に,遂行行動の達成,代理体験,言語的説得, 情動的喚起の4つの方法を挙げている。「キャリア科目N」では、4つの方法のうち、代理体験を主 に取り入れている。「Yes」を1点,「No」を0点とする2件法で評価させた。 (5)精神的回復力 困難なことにも忍耐強く取り組む力を測るために、精神的回復力尺度(小塩・ 中谷・金子・長峰,2002)12)
19 目を使用した。精神的回復力尺度(Adolescent Resilience Scale; ARS) は、精神的な落ち込みからの回復を促す心理的特性である。困難で脅威的な状態に陥ることで心理 的不健康の状態に陥っても、それを乗り越え、精神的健康を保ち、適応している(小塩ら,2002)12) 状態のことを指すレジリエンス (resilience) の概念である。「新奇性追求」、「感情調整」、「肯定的な 未来志向」の下位尺度から構成される。「いいえ」を1点,「はい」を5点とする5件法で評価させた。 (6)二次元レジリエンス 困難なことにも忍耐強く取り組む力を,後天的,先天的の双方から調 べるために,平野(2010)13) の二次元レジリエンス要因尺度(BRS)(平野,2010)13) 21 項目を使用し た。平野(2010)13) は,個人の持つジリエンスを,資質的性質の強い資質的レジリエンス要因(楽観 性・統御力・社交性・行動力)と後天的に獲得できる獲得的レジリエンス要因(問題解決指向・自 己理解・他者心理の理解)に分けて捉えられるとしている。「まったくあてはならない」を1点,「と てもあてはまる」を5点とする5件法で評価させた。 (7)進路選択に対する自己効力 学生の進路選択に対する自己効力感を調べるために,進路選択 に対する自己効力尺度(浦上,1995)14) を使用した。これは進路の選択力であり,主体的な進路選択 力の内包する,進路の計画力,進路の選択力の2つの力を包含しているといえる(浦上,1995)。「全 く自信がない」を1点、「非常に自信がある」を4点とする4件法で評価させた。 6 分析方法 質問紙で得られたデータを対象とし,SPSS.Statistics.21を使用して分析を行った。
Ⅳ 結果
1 基礎力の尺度構成の検証 まず、大久保(2006)7) の基礎力9項目の尺度構成を確認するため、基礎力の該当9項目に関して 因子分析(主因子法、固有値 1 以上の因子に対してプロマックス回転)を行った。いずれかの因子に 対する負荷量が 0.3 以上の項目を残した結果、9項目全てが項目として決定され、2因子構造が得ら れた。第1因子は「実践力」、「計画立案力」、「行動持続力」、「自信創出力」、「課題発見力」の5項 目で構成され、課題に対する計画から実践までと自信に関するものであったため「課題実践基礎力」と命名した。第2因子は「協働力」、「親和力」、「統率力」、「感情制御力」の4項目で構成され、人 との関わりに関する項目であったため、「社会性基礎力」と命名した。それぞれクロンバックαの信 頼係数は、α=.78、α=.72であった。しかし、構成内容が大久保(2006)7) の構造と合致しなかっ た。そのため、次に大久保(2006)7) の分類に従い3因子構造で同様に分析を行った結果、3因子構 造が得られた。第1因子は「課題発見力、計画立案力、自信創出力」の3項目で構成され、課題を 遂行するための基礎力であったため、「課題遂行基礎力」と命名した。第2因子は「協働力」、「親和 力」、「統率力」の3項目で構成され、人との関わりに関する基礎力であったため、「対人基礎力」と 命名した。第3因子は「感情制御力」「行動持続力、「実践力」の3項目で構成され、自己の感情を 制御しながら行動を維持する力であったため、「自己コントロール力」と命名した。それぞれクロン バックαの信頼係数は、α=.71、α=.75、α=.74であった。3因子構造の結果は、第2因子は対人 基礎力と同様の内容が得られたものの、対課題基礎力と対自己基礎力では内容がまとまらなかった。 以上の結果から、2因子構造、3因子構造でも大久保(2006)7) の構造が得られなかったため、基 礎力の9項目を 1 因子構造として取り扱うこととした。1因子構造とした基礎力の9項目のクロン バックα の信頼係数は、α = .84 であった。基礎力の 1 因子構造と2因子構造、3因子構造の尺度構 成を表3に示す。 表3 基礎力尺度の1・2・3因子構造の例
2 調査項目の信頼性の検討 調査項目ごとの内的整合性を検討するめに、基礎力と心理尺度5尺度のクロンバックαの信頼係数 を求めた。基礎力の信頼係数はα = .84 と十分な値であった。心理項目は、自尊感情 α = .81、自己 効力感α = .79、精神的回復力 α = .85、二次元レジリエンス α = .88、進路選択に対する自己効力 α = .93 と十分な信頼性が得られた。基礎力と心理項目の相関係数は、r= .58 - .77 であり、心理項目 間の相関係数は、r= .57 - .79 であり、それぞれ十分な相関が認められた。以上の結果により,各 調査項目間の内的整合性が確認された(表4)。 表4 基礎力と心理尺度の相関係数と信頼係数 表5 性別による平均値の比較(t検定) 3 「キャリア形成科目N」の属性による各項目の平均値の差 属性による各調査項目の平均値の差を調べた。人数の偏りが多い年齢、学年の項目は除き、性別、 年度、学部、入試方法を比較した。分散分析で有意差のあった項目についてはその後の検定Turkey (T)を行った。 (1)性別 性別では,全ての調査項目で有意差が見られなかった。項目ごとに平均値の差は見られたが、有 意差に現れるほどではなく、授業前の学生は、基礎力、心理項目ともに男女差がないことが示され た ( 表5)。この結果に基づき、以降の分析は性別で分けず、全体を対象にした。 (2)年度 次に、年度ごとの平均値の比較を行った。その結果、全ての調査項目で有意差が見られなかった (表6)。この結果、授業前には、受講年度によるクラスの差は基礎力、心理項目ともになかったこ とが確認された。
(3)学部 同様にして学部による平均値の比較を行った。その結果、精神的回復力で5%の有意差が得られ (F(2,477)=4.136,p<.05)、工学部より教育学部、生命環境学部より教育学部の方が高かった。二 次元レジリエンスで5%の有意差が得られ(F(2,470)=3.006,p<.05)、工学部より教育学部の方 が高かった。進路選択に対する自己効力で5%の有意差が得られ(F(2,471)=4.296,p<.05)、工 学部より工学部より教育学部の方が高かった。基礎力、自尊感情、自己効力感では差は見られな かった(表7)。 これらの結果から、授業前には、学部による差は心理項目に見られ、精神的回復力は教育学部が 工学部より高く、また生命環境学部より高かった。二次元レジリエンスは教育学部が工学部より高 く、進路選択に対する自己効力は教育学部が工学部より有意に高かった。これらの結果から、教育 学部の学生の資質・能力の高さが際立っていることが示された。しかし、本調査では、教育学部の 人数が 21 名であり(令和元年度は1名であった)、工学部 325 名、生命環境学部 136 名であった。人 数の偏りが大きいために、今回の調査結果から単純に比較するには不適当であると判断した。その ため、結果は参考程度に留めることとした。 表6 年度ごとの平均値の比較(t検定) 表7 学部による平均値の比較(分散分析) (4)入試方法 同様にして入試方法による平均値の比較を行った。その結果、自己効力感で1%の有意差が得ら れ(F(5,472)=3.349,p<.01)、前期入試より AO 入試の方が高かった。進路選択に対する自己効 力で1%の有意差が得られ(F(5,466)=3.175,p<.01)、前期入試より後期入試の方が高かった(表 8)。しかし、この場合も、前期入試が 67.9%であり人数の偏りが大きいために、今回の調査結果か ら単純に比較するには不適当であると判断した。そのため、結果は参考程度に留めることとした。
以上の結果から、授業前は性別、受講年度による差は見られなかった。また、学部間と入試方法 における有意差は見られたものの、調査対象人数に偏りが大きいために参考程度にとどめ、これ以 降の分析はクラス全体で行うことに問題ないと判断した。 4 OPPAの使用の有無によるクラスの授業前後の平均値の比較(対応のあるt検定)と効果量 OPPAの使用の有無によって、クラスで授業前と授業後の基礎力と心理項目に差があるのかを検証 した。OPPAの使用の有無を独立変数,基礎力と心理項目を従属変数とした対応のあるt検定を行った。 その結果、OPPA の使用有の平成 30 年度のクラスは、自己効力感で1%の有意差が得られ(t(236) =3.430,p<.01)、授業前より授業後の方が高かった。二次元レジリエンスで1%の有意差が得られ (t(236)=3.388,p<.01)、授業前より授業後の方が高かった。進路選択に対する自己効力で1%の 有意差が得られ(t(235)=3.058,p<.01)、授業前より授業後の方が高かった。OPPAの使用無の令 和元年度のクラスは、全ての項目で有意差は見られなかった。これらの結果から、授業前後の平均 値の比較ではOPPAの使用有の平成30年度の方が有意差のある項目が多かった。 そこで、OPPA の使用の有無のクラスごとに授業前後の得点から効果量を調べた。その結果、 OPPAの使用有の平成30年度のクラスは、自尊感情、自己効力感、二次元レジリエンス、進路選択に 対する自己効力で小から中程度の効果が得られた(表9)。一方、OPPA の使用無の令和元年度のク ラスは、自己効力感にのみ小さな効果が得られた(表 10)。 これらの結果から、OPPAの使用有の平成30年度のクラスの方が、OPPAの使用無の令和元年度の クラスよりも学生の心理的項目を促進する効果が大きいことが確認された。さらに、OPPAの使用の 有無によるクラスごとの授業前後の項目の平均値を比較してみると、有意差には現れないが、授業 後に平均値の低下傾向を示す項目は、OPPAの使用有の平成30年度のクラスが精神的回復力のみだっ たのに対し、OPPAの使用無の令和元年度のクラスでは、自尊感情、精神的回復力、進路選択に対す る自己効力と多かった(図4)同じカリキュラム内容を受講し、同じ課題レポートを課したものの、 OPPAの使用の有無によって自尊感情や二次元レジリエンス、進路選択に対する自己効力の向上に異 なる結果が出現した。学生が、授業内容を自身の中に取入れ、既有の考えと知り合わせながら内省 し、新しく得られた考えをOPPAに外化することで可視化する、このような行程の繰り返しの積み重 ねが、学生の力を向上させたと考えられよう。効果的な振り返り方法を取り入れることが、授業効 果を生むことが示されたと考える。 表8 入試方法による平均値の比較(分散分析)
表9 OPPAの使用有のクラスの授業前後の平均値の比較(対応のあるt検定)と効果量
表 10 OPPAの使用無のクラスの授業前後の平均値の比較(対応のあるt検定)と効果量
Ⅴ 考察
本研究では、本学で実施されている(令和元年度現在)キャリア教育のうち、オムニバス形式の 授業である「キャリア形成科目N」の授業効果について、OPPAを使用するクラスと使用しないクラ スでの授業の振り返り方法の違いが受講後の資質・能力や心理的傾向の変化にどのような影響を及 ぼすのかを検証した。使用した振り返りの方法は、平成 30 年度のクラスは課題レポート4枚提出と 毎回のOPPA記述の使用、令和元年度のクラスは課題レポート4枚提出であった。 授業前後で各クラスの授業前後の効果量を調べたところ、OPPAを振り返りツールとして使用した 平成 30 年度クラスは自尊感情、自己効力感、二次元レジリエンス、進路選択に対する自己効力に効 果が見られた。一方、OPPAを使用しなかった令和元年度クラスは自己効力感のみに効果が見られた。 特に、OPPAを使用しなかった令和元年度クラスの受講生の自尊感情と進路選択に対する自己効力が 低下傾向にあったことが、OPPAを使用した平成30年度クラスと異なる点であった。 授業内容は同じであっても振り返りの手段が異なることで、学生の自身の資質・能力や自分を肯 定的に認知する力の向上が異なってくる可能性があることが考えられる。特に、OPPAを使用するこ とで、より多くの心理的側面において自己評価の向上が見られたことは、学生にとって将来の進路 選択に向けた自信や積極性につながるものであると示唆される。これらの結果からOPPA の使用に よって、授業の目指す学生の資質・能力の向上がある程度得られたと考えてよいであろう。 オムニバス形式で高い業績を上げた社会人の講話を聴く授業は、バンデューラの代理体験(モデ リング)によって学生の自己効力感の向上を図ることを目的としている。社会人の話を聴き、「こう すれば自分も困難を乗り越えていけるかもしれない」、「成長するにはこのような力が必要だ」、「自 分も真似て行動してみよう」という風に、失敗を怖れず前向きに取り組む姿勢や、自ら考え行動す ることの重要性を知る機会になり、希望を持って学生生活を送る力になることを予想していた。 授業効果が、オムニバス形式による講師の講話内容だけから得られるものであるならば、振り返 りに使用するOPPAの有無による効果の差は少ないと予想した。しかし、結果として、OPPAを使用 した平成 30 年度の受講者は予想に近い効果が得られたが、OPPAを使用しなかった令和元年度の受講 生の基礎力と心理項目の授業後の結果は、予想には遠かった。年度による学生の特徴の違いを考慮 に入れたとしても、OPPAによる振り返りの影響はあったと考えられる。 OPPA は、授業の進展とともに学生の既有の知識や考えが変容し、それを学習履歴として OPPA シートに記録したものを教師が確認し、授業の中で適切な指導を行い、学生は自己の学習状況をモ ニタリングし自己評価を行う(堀,2013)とされている。このことが学生と教員間で双方的に行わ れていると仮定したならば、OPPAを使用しないクラスは学生の考えの変容が少なく、自己の学習状 況をモニタリングできていない可能性が考えられる。OPPAは、毎回シートを回収し、教師がコメン トを書き、次回に返すという工程を繰り返す。この教員の介入にも重要な意味があり、その効果を 誠実に再現したのが平成 30 年度のクラスであると考えられないだろうか。見舘・永井・北澤 [他] (2008)は、教員とのコミュニケーションは学習意欲を高め、学生生活の満足度にも影響を与えてい ると報告している15) 。OPPAを使用する振り返り方法の双方向性は、学生と教員間の自己評価を通し てのコミュニケーショを成立させ、少なからず学生の学習意欲を向上させていると言えよう。 もちろん、今回の結果全てが、OPPAの振り返りの導入の有無によるものと断言しきれない。しか し、実際の授業の現場では、OPPAを使用しなかった令和元年度のクラスの出席率が大幅に低下した コマが後半に多くあった。出席カードを通して退室する者の多さ、他人に出席カードを頼む者、授 業の最後に入室する者など、平成 30 年度までの過去3年間には少なかった現象が多く見られた。こ れを、近年問題されている大学生の生徒化(伊藤,1999)16) に原因を求め、本学の新入学生にも同様の傾向があると考えることも否定できないが、1年間で学生の特徴が変化したとは考えにくい。 OPPAを使用した平成30年度クラスの学生は授業後に自尊感情が低下していたが、令和元年のクラス の学生の学習態度の悪化と同調化の促進は、同調しやすい人は自尊心が低いという黒沢(1993)17) の 報告と一致する。高校から大学という環境の変化に順応する重要な時期において良い生活習慣や学 習態度の習得は学生にとって大切な課題である。オムニバス形式の授業における振り返りのツール はそのためにも有効である。 今回の調査において、振り返りの手段としてのOPPAの使用の有無に限定して考察するとすれば、 OPPA によって周囲の評価を気にする真面目な若者の授業への出席を促し、学生と教員のコミュニ ケーションが促進され、それらが学生の授業態度に何等かの前向きな影響を与えたと考えられる。 原(2018)は、OPPAの効果の報告の中で、教師と学生のコミュニケーションの効果を上げているが、 オムニバス形式のように教員と学生の双方向のやりとりをし辛い授業では、このような振り返りの 方法が効果的であると考えられる。それが、講話する講師でなく担当教員とのやり取りであっても 調査結果で示されたことは一定の成果であると言えよう。 今回の調査では、振り返りのツールとしてOPPA が学生の資質・能力を向上させる効果を持つ可 能性があることが示された。また、図らずも、OPPAが出席の確認による学生への「縛り」の役割を 担っていることも考えられ、近年、大学が抱えている職業意識や精神的発達の未熟な学生に対して 別の意味で効果も持つものであるかもしれない。しかし、OPPAのような毎回の提出物による出席確 認がある場合とない場合で、出席率や授業に対する姿勢が異なる原因が学生の生徒化によるもので あるとすれば、これは授業改善以前の問題となるのではないだろうか。 謝辞 この度の本研究の実施にあたり,山梨大学名誉教授の堀哲夫先生にOPPAについてご丁寧なご指導 いただきましたこと,心から感謝申し上げます。 引用文献 1) 文部科学省(2010).大学設置基準及び短期大学設置基準の改正について(諮問) https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/houkoku/1289824.htm 2) 文部科学省(2011).今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1301877.htm 3) 堀哲夫(2013).教育評価の本質を問う 一枚ポートフォリオ評価OPPA東洋館出版社 4) 堀哲夫(2019).新訂 一枚ポートフォリオ評価OPPA:一枚の用紙の可能性 東洋館出版社 5) 原瑞穂(2018).キャリア教育におけるOPPA 論の効果 山梨大学教育学部紀要第 27 号,237-256. 6) 原瑞穂(2019).大学のキャリア教育における振り返りの効果 ―OPPA使用の有無によるクラス 比較- 山梨大学教育学部紀要第 30 号,313-324. 7) 大久保幸夫(2006).キャリアデザイン入門(Ⅰ)基礎力編 日経文庫
8)Rosenberg,M(1965)Society and the adolescent self-image. Princeton University Press
9) 山本真理子・松井豊・山成由紀子(1982).認知された自己の諸側面の構造 教育心理学研究, 30(1),64-68.
10) 坂野雄二・東條光彦(1986).一般性セルフ・エフィカシー尺度作成の試み 行動療法研究,12 (1),73-82.
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