一 論文 ‑ 高岡 短期 大 学 紀 要 第4 巻 平 成5 年3 月
Bull.Taka oka Natio n al College. V oI.4, Ma r ch 1 9 9 3
中国古 代青銅 器の 鋳造 技法
き ん ぷ ん
その ‑ 、 金文の鋳造 方法に 関 する調査報 告及 び考察
三船 温尚 ・ 清水 克朗
( 平 成4 年1 1月2 日受理)
要 旨
せんお く はくこかん
我 々は、 今年、 自 鶴美術館 (神戸 市) お よ び泉屋博古館(京 都市) に おいて、 収蔵する中国古 代青 銅器66 点に施さ れ た 91箇所の金 文 を、 は じ め て調 査し た。 本稿で は、 こ の調査報告と、 中 国 古 代青 銅器の中でも いまだに解明さ れ てい ない鋳造技法の詳 細 を、. 金 文の鋳 造方 法に絞 っ て考 察 するもの である
。
キ ー ワ ー ド
中国 古 代青 銅器、 鋳造技法、 金文概 形、 段 差 矩 形、 埋け込み法
1 緒 看
中 国 古 代 青 銅器は、 商 (紀 元 前1 6世 紀 頃か ら紀 元 前1 1世 紀 頃) 、 およ び周(紀 元 前1 1 世 紀 頃から紀 元 前2 21年) の時 代に さか ん に天 下の公 器 と して作ら れ、 祭 礼に用 い ら れた。
これ らの銅器は、 すべて で は ないが金 文と よ ば れ る銘 文 をも っ たものがあ り、 そ の ほ と ん ど が凹 んだ陰 文で作ら れ て い る。 商 代 晩 期に、
は じ めて甲骨 文があら わ れ、 記 録の そ なわ っ
た歴 史時 代 へ うつ る過 渡 期、 すなわ ち中 国 原 史 時 代の貴重な歴 史 的 資 料と して、 甲骨 文と な ら んで金 文の研 究が盛んに おこ なわ れてき た。 金 文は 一 文 字だ け の象 形 文 字か ら 百文 字 を越す長 文のものまでさ ま ざ まで、 施される
場 所は器形によ り 一 定の決ま り があり、 また
1)
時 代によ る傾 向 もで て く る。 初 期に は、 器内 底、 蓋 裏、 器内 側 面、 圏 足 内 壁、 婆下など が 比 較 的 多く、 片 手が や っ と 入 る よ う な 器の奥
に凹文 字で銘 文 を 残 すとい う方 法は、 後 世に
お いて砥石によ る消 去、 あるいは 工具に よ る 改 善な どを 防ぐ 目的があっ た と想 像さ れ る。
これ まで、 中 国 古 代 青 銅器の研 究は、 金 文
の解 読な ら びに器形、 紋 様の分 類な ど が主を な し、 青 銅器・自体の鋳 造 方 法に関 する詳 細は、
完 全に解 明さ れた とは言えな い状 況にあ る。
しかし、 永 年の考 古 学 老の研 究により 以 下の
2 )
よ う な鋳 造 方 法が現 在の定 説とな っ て いる。
ろ う も ろう が た
(1) 煩 模 法 (頗 型 鋳 造 法) は春秋 時 代の後 期
な い し戦 国 時 代 初頭頃よ り中 国で始ま っ た。 な か・ご
(ロ) そ れ以前の商周時 代は削 り 中子 ( 中型)
と うも こめが た 3 )
によ る、 陶 模 法 (込 型 鋳 造 法) すな わ ち、
がいはん
外 苑分 割 法であっ た。
こ こ で言う蝿 型 鋳 造 法、 込 型 鋳 造 法とい う 呼び名は現 在日本の 工芸 分 野で用 い ら れ る金
ま ね
属工芸用語で、 鋳 型 材 料に真土 ( 一 度 焼 成し た耐 火 度の高い砂) と カ オ リ ン系の粘土 を使
い、 完 成し た鋳 型を約90 0度 ( 実 質は 湯 一 溶
け た金 属 ‑ が流れ込む鋳 型 面を、 粘土中の結
4)
晶水が除 去さ れ る7 0 0 度 付 近まで昇 温 する。) 産業工芸 学 科
で焼 成し注 湯 する技 法である。 蝿 模 法、 陶 模 法に類 似し た現 代の技 法 名であるの で カ ツ コ
2 )
書き した。 考 古 学上の蟻 模 法と現 代の 工芸 分 野の峻 型 鋳 造 法は、 完 成した蟻 原 型 (湯の流
せ き ゆ み ち ゆ
れ 込 む堰、 湯の通る湯 道、 湯を そ そ ぎ 込 む湯
\ り /iつろ う く ら
口、 脱 塘口、 ア ガ リ
、
ツ リを 原型に蛸でとり 着けたもの) を、 鋳 型 分 割し ない で い っ せい に鋳 物 砂で塗 り 固め、 脱 塘、 焼 成し注 湯 する と い う点に お いて は基 本 的に同 じである。 で は次にこの二技 法の相 違 点を記 す。
(j) 規 模 法で は蜜 蛙の巣から採 取 する蜜 娘を 蝿 原 型 材 料とする が、 蟻 型 鋳 造 法では 蜜
も く
煉、 蜜 規と松 脂を煮 あわせ た蛸、 古くは木
ろ う5 )
娘 ( ‑ ゼ ノキ の果 実より 採 取し和ロ ウソ ク の材 料と な る。) 、 近 年で は パ ラ フ ィ ン ワ ッ クス、 マ イク ロ ワ ッ ク ス (共に石 油 糸の規) と多 種の蟻 材 料 を 使い、 各 煉 ど う し配 合を 調 整し な が ら煮 あわせ、 延 展 性の高い轍、
切 り口 の シ ャ
ー プ な蟻な ど自 在に使いわ け
て い る。 更に油 ( 菜 種 油、 機 械 油など) を 加 え加 塑 性を高める方 法も あ り、 動 物 性 脂 肪など も使う。
(ロ) 蝿 模 法に は spa c e r また は chaplet と呼ぶ
かた も 6) か な か た も
型 持ち (金 型 持ち) を使 用しな い が、 煉 型 鋳 造 法で は金 型 持ち、 陶 製 型 持ち、 釘 (完 成し た塘 原 型に打ち込み、 中 子に 2 ‑ 3 m/m
二うか い
入り込 ませるので後 述 する込 型 鋳 造の算に 類 似 する が、 原 型のあら ゆ る場 所に打ち 込 める点、 型 持ち と言え るであろ う。)、 少し 異な る が、 完 成した蛎 原 型を中 子 面が出る まで小さ く (5 m/m 〆 とか 5 m/m x 5 m/m程 度) 切 り 取り、 外 型の鋳 物 砂を その穴に つ め中 子を固 定す る方 法 (鋳 物 砂をつ め た穴に針
な ど を 立て て補 強 する場 合 も あるo) な ど 多 種にわた っ て いる。 金 型 持ちは、 注 湯の 組 成に ほ ぼ近い金 属 片が用い ら れ る が溶け
いざかい
あうことはあまり 無く、 鋳 境が出 来ること が多い。 目 立た ない場 合は そ の ま ま鋳 造 品
の中にと じ込めら れ るこ と もある が、 全く 同 じ組成で は な い た め着 色 時の色 層の異な
り を嫌う場 合は、
一 度 叩き落した後、 湯 道
た が ね
から取っ た同 成分の金 属 片を空で象 験 する。
したが っ てこ の他の種 類の型 持ちは同様の 象 族を 必要とする。 最 初の 工程に戻る が、
金 型 持ちの位 置を決 定 する場 合二通りの方 法がある。 完 成し た中 子 表 面に埋め込み、
は じ る 7 )
あるい は埴 汁 (粘土汁) で貼 り 付け次に煉 を塗 りつ け膿 原 型 を 完 成させ る方 法と、 蛸 原 型の上から中子に接 する よ うに埋め込 む か の いずれか である。 前 者は鋳 造 品の内 面 形 状 を、 後 者は外 面 形 状を重 視 する場 合で あ り、 両 面に重 要な紋 様 を 施しこれ ら を避
ける位 置に金 型 持ちをとり 付け る場 合は、
図 面に よ る 周到な計 画が 必要である。 また
娘 型 鋳 造 すべて に型 持ちを 使 用 する とい う
は はき8 )
こ とは な く、 中 子の幅 置が 器形に対して大 きい場 合は、 こ の部 分だ け で固 定し型 持ち を使 用しな い。 しか し
、 娩 型 鋳 造の脱 娘は 原 型 消 失を意 味し、 その ため安 全 策と し て 型 持ち を多め に使用 しが ちである。
これ までを ま とめる と、 考 古 学で い う蛸 模 法は原 型に蜜 蝋 を用 い 、 金 型 持ちは使用 しな
い。 一 方 現 在の金 属工芸 分 野でい う塊 型 鋳 造 法は原 型に蜜 贈の他、 低 融 点で加工性が高け れ ば有 機 無 機 問わず 材 料に し、 型 持ちは多 種 を多 用 する。 さ らに、 鋳 型 砂、 鋳 型 補 強 材の 有 無な ど相 違 点はある と思わ れ る が、 そ の他
は基 本 的に同 じである。
2)
次に、 陶 模 法と込 型 鋳 造 法につ いて比 較し てみ る。 共 通 する点は原 型に鋳 物 砂を押しつ
け起 伏を うつ し取り、 原 型の形 状に よ っ て は
何 個にも型を分 割 する と いうこ と と、 型 持ち を使用するとい う二点であ る。 ( 陶 模 法は金
こう かい
型 持ち を使用する が、 込型 鋳 造 法で は弄と呼 ぶ金 属 製の棒を外 型と中 子の固 定に主と し て 用 い、 金 型 持ち、 陶 製 塑 持 ちは算 で は補 え
ない部 分に用い 、 全て に 用い るもの で は な
い。)
次に こ の二技 法の相 違 点を記 す。
㈹ 陶 模 法で は原 型を粘土で作り、 外 型を分
中 国 古 代青 銅器の鋳 造 技 法 その ‑
割し うつし取 っ た後、 粘 土を金 属が流れ込
9 )
む空隙 分 削 り 取 り 中 子とする が ( 削 り 肉、
あるい は削 り 中 子 法と い う。) 、 込 型 鋳 造 法
で は現 在、 原 型に石 膏、 木、 プラス チ ッ ク、
石など を用い るた めそ れ ら を削っ て 中 子に
転 用 するこ と が 不可 能で、 新た に外 型 を 利
1 0 ) ひ
用 した張 り 中 子 法で中 子 を 作る。 ( 挽き中 子 法 も ある が、 回転 体に限ら れ、 稀な例で
ある。)
(u) 陶 模 法は外 苑 ( 外 型) を 細かく、 多 数に 分 割 する が、 込 型 鋳 造 法で は極め て少 数で ある。 ア メ リ カ、 ワ シ ン トン の フ リ ア美 術 館 蔵、 西周 前 期の 「令 方 舞」 (高さ3 5.1c m)
の器の方だ け ( 蓋は含ま ない) に つ い て推 察した場 合、 陶 模 法で は周 囲 を 上 ・ 中 ・ 下
三段に、 かつ 八面に分 割して外 苑 を 作 り、
2 )
合 計3 × 8 ‑ 2 4箇の外 苑となる。 我々 が考 え る込 型 鋳 造 法では 一 段で外 苑 ( 外 型) を 対 角 線上に割る2 箇のみ である (図1 ) 0
(中 子は器身と圏 足 部の 2 箇に分かれ る。) 厚さ1 c Ⅱ1近 い稜 飾 を 各 角、 各 面 中 央に合 計 8 本 持ち、 頚 部の副文 帯 中 央に親 指 先 大の 龍 首を合 計4 箇 持つが、 こ のいずれにも 中 子を 入 れずム ク で鋳 造 する とい う条 件であ
こ よ
る。 2 箇で分 割 する場 合、 小 寄せとい う小 さ い割り型で、 稜 飾 ・ 龍 首の ひ っ か かりを 抜け勾 配にし な くて はな ら ないが、 約4 0 ‑
図1 「令 方 雰」 を 上か ら見た図。 込型 鋳 造 法で は
⑥、 ⑧の 2 つ の外 型で分 割 する。( 小寄せ型は 略す)
69
50箇の小 寄せ型が片 面で必 要であろ う。 賀 宴 文、 小 鳥 文の ひ っ か かりにも 小 寄せをと れ ば更に 2〔「箇は増え るであろ う。 ( 雷 文に
つ い て は別 稿に改め る。)
型 持ちに つ い てこ の令 方 舞の器 を例に推 論を述べ る。 こ れ だけ 口、 底が大き く、 小 型の鋳 造 品であることを 考えあわ せ れ ば中
l い
子の幅 置を大き く とり、
‑ マ リを し っ かり
作れ ば型 持ち無しで も充 分 鋳 造 可 能であろ う。 安 全 策と して底 部 (器身と圏 足の中 子
の隙 間) に バ ラン ス良く型 持ちを4 箇 置け ば充 分 すぎ る強 度であろ う。
←う 陶 模 法の鋳 型は非 常に薄く1 e m ‑ 3 c m 位
である。 洛 陽西 周鋳 鋼 遺 跡 出土の 「方 鼎」 の陶 製 外 苑、 高さ1 9.5c m ( 考 古1 9 8 3年5 期)
1 2 )
の写 真 を 参 考に目測し た厚さである が、 こ の薄さで鋳 造に耐え う る強 度、 更にこ の外 苑の割れ方な どか ら粘土分の多い陶土 であ るこ と が推 察で き る。 込 型 鋳 造では補 強 材 (鉄 棒) を鋳 型の中に埋め こむため極 力 粘 土分の少ない鋳 物 砂 を 使 用 すること ができ る が (粘土分が多い場 合 様々 な鋳 造 ト ラブ
ル を起こす。) 、 各工程 作 業に耐え う る よ う に 5 ‑ 6 c m の鋳 型の厚さにする。 鋳 型が大 き くなれ ば鉄 棒も太くなり更に強 度を得る た め 7 ‑ 8 c m と厚く な る。
これ までを ま と め る と、 考 古 学で い う陶 模 法は原 型 を 粘土 で作 り、 削 り 肉 法で中 子 を 作 る。 鋳 型 (外 苑) は非 常に細かく多 数に分 割 し、 薄く作る。 込型 鋳 造 法は張り中 子 法で中 子を作り、 鋳 型 (外 型) は大き く少 数に分 割
し、 厚め である。 鋳 型を分 割 するこ と と、 型 持ち ( 込型は弄が主である が) を 使 用 するこ と が類 似して い る。 込 型 鋳 造 法は明 治から大
1 3 )
正に か け て進 歩し た技 法であ る が、 そ の源 泉
は中 国 古 代にあり、 弥 生 前 期 初頭に大 陸より 青 銅器 が伝 来 するにつ れ、 技 術も我 国 内に広
び る しゃ な
が り、 や がて奈 良 東 大 寺にある毘 慮 舎 那 仏 (大 仏) を 分 割 鋳 型、 削り 肉法によ り鋳 造 す
14)
るに至 る。 それ が近 年の原 型 材 料の変 化にと