1984年出上の木簡
の の み や
滋 賀 ︒野 々 官 遺 跡
1 所在 地 賀滋 県 野洲 郡 野 洲 大町 学富 波甲 殿字 町
・野 々官 2 調 査 期間 一九 八四 年
︵昭 59︶ 月七 i 一九 八五 年 三月 3 発掘 機 関 野洲 町教 育委 員会 4 調 査 担当 者 進藤 武 5 連退 跡 の種 類 集 落跡 6 遺跡
の年 代 弥 生時 代前 期ぞ 古墳 時 代 期前
︑ 古墳 時代 後 期 i飛 蔦時 代
︑ 平安 時 代 i室 町時 代 7 迫退 跡 及び 木筒 出 土遺 構 の概 要 野 々官 遺跡
は︑ 大岩 山 丘陵 より 西 へ約
○
︒七 輸下
たっ
︑ 標高 九 三 i 九 八 mの 沖 積 地 に位 置 す る︒ 一九 八四 年︑ 当該 地 に 約 六 二︑ 五〇
〇 ゴ を対 象 と す る宅 地造 成が 計 画 され
︑ 月七 より 試 掘調 査 並 び に 一 部 発 掘調 査 実を 施 し た︒ こ 地の 当は 初 より 弥 生 時代 後 期 から 世中 を 主体 とし た遺 跡 が広 が てっ おり 調︑ 査 の
結果 も︑ ほば 全域 より 同時 代 を中 心と し た遺 構
・遺 物 が確 認 さ れ た︒ 木 簡 は︑ 対象 地 の南 西部 朝︑ 鮮 人街 道 に最 も近 い調 査 地点
の井 戸 内 より 出 土 たし 井︒ 戸 は伴 出 遺物
に乏 し いが 樋︑ 底 板︑ 土師 器片 が見 られ 隣︑ 接 地点 から は室 町時 代 期中 と考 えら れ る掘 立柱 建 物︑ 溝
︑ 土羨 検を 出 し てお り︑ 井戸 も凡 そ 一五 世紀 中葉 以前 に機 能 し て いた も のと 考 えら れ る︒ 8 木 筒 の釈 文
・内 容 ω 忠﹁ 日 日 日回
﹂ ドμ 露
︵S と 赤外 線 テ レビ にて かす か に
﹁忠
﹂ の文 字が 判読 でき た︒ 簡木 の周 囲 には 墨線 が あ り︑ 捨 の墨 線 にそ
てっ 整 形 した 可能 性 もあ る︒ 反 り の方 向が 逆 であ るが 桧︑ 扇 の骨 板 類に 似 し て るい ︒
︵進 藤 武︶
(近江八幡)