小 ,中学卒の職棺を見ると ,労務職 ,ブルーカラーにその比 率が大 部分表 われて くるJ 地維 会社の 女工月 ,動力 ミシン会社の ミシ ン工 ,鉄工所 の工月 と して労務職に従 申 してVlる。
旧中 .新商卒 の人の職種か らみ ると.やは り申 渡職が多 く ,ホ ワイ トカラー と しての 中間階 級を保持 してい る。 高専 卒 を見ると ,他の職 をひき雌して等 Fで暇 .中 で も教職 につい ている 人がす こぶる多 い。 大学卒の人の職 稀は専門織 ,申務職が 相 当数に昇 ってVしろ。
(3)勤務 所在地にかける (第20蓑 )
転 義 短旦選
一 管 理 職 ■専 問 職 技 術 職 3中 林 職 l労 務 職 計岡 山 市 8% 3% 17% 37% 354 1005
足 守 町 6 26 6 . 24 38 10()
総 社 市 7 11 1l 6 ll 65 100
岡山市に勤務 している人の職種を見れば .印 解職 .労務職 が他の職種 に比 し ,高 率 を示 し てい る。 ホワイ トカラ‑ とプル‑ カラー とが 半々で ,その比 率比合 わせて 7 0宙を上 回って い る。足守町に勤務 してい る人は 労務職 .専 門職 ,中筋職 に大権熊中 してい るo総社市へ勤 務 してい る人は 労務 暇去け こぶ る多い とい うのは .1つの大会社即 ち7 ,ソ ドリー会社へ 集 中 してい るからであろ うO フ ァン ドリー会社紘足守の 軌防 者を今 後ます増 す政収 し足 守に通 勤 者を増加せ しめるで あろ う. その他の地 域には 1つ の職に 集中す るのでは な く,い ろいろ な職に分散 してい るO
(4) 企束 形性別 (第21表 )
速 読‑華美
管 理 味 尋 問 職 技 術 職 中 筋 職 労 務 職 計 l公
務 13 年 285̲ i
56% 3% loo卓準 公 務 14 14 9 . 33 30 .1:00
大 企 弟
‑
5 5 61 29 loo中 企 菜
‑
‑ f 8 12 80 10■0小 企 韮 t 4 一 2 Ii 21 l 20 53 ! 100 l 公務に属 してい る通勤者は申 教 職の割合が大き く ,つづvlて専門職 であろ う。 準公 筋に属 す る人 も同様 中巻 職 ,労務俄 の比率が大 きvh 中企兼に属 してい る人は 労政 職が 一番多 く ,
管理職 ,専 問職 には全然
従
印 してVlない 。小企業従坤者は労 務職 ,技術 職 .相 姦 膝 担匂して 就い てい る05.通 勤者 の家の職光 (1)
学
歴か ら‑IL こ. J A ‑
(第22去 )
T i
電 撃 警 棒 共 商 糞 率 公司 会 社員 サービス糞 J触 職 その他 I 計 小 中学 抜卒 43djo 9% 5% 2甲 24 25 14巧 100%/l、.中学 扱卒の通勤者の家の職業 を見 ると .溢罪が目立 っ て多V'oその他 紬確の家の通 勤 者 もかな りい るC 旧中 ,新 高卒,高専卒 の人 の家の耽 美は公務 ,準公払 う;一再 で ,ある租 空 家の職光にょ少通勤者の学歴も きまって くる。大 学卒の人 の家 の職某は 触磯 ,彪藁が 大部分 である。
(2)職 種 別 (第23表 )
職欝 撃警 座 業 商 業 公務準公務I会 社月 サービス
突
如 職 」その他 I 計管 理 職 54% 9Lb 9a)0, ̲i ,,I 28% ̲演 10
C P
技 術 職一 52 ‑ 10
i I
‑ 38 i 100串 番 職 47 8 I 13 I!
4 l
2 19 1 7 100」労 務 職 46 i 2
l
l :†4
6 ; 20 21 i 100.管理職に つvlてVlる人の貫の職光 は出鼻 .つい て細砕が多 く.専 問職につい てい る人の家 の職 弟は 戯某 を韮頭 に公軌 準公務 に .また注 目す べき こと紘他 職が多いとvlうことだO技 術職 ,学務職 ,労務職 の通 勤者 の家の職業につい て も同様
,
感 ,触暇 が多い。即 ち紙業匙 家 とい う形 での通 勤者 と無 位 が 多 vlとLrlうこ とは縦 枠 在通 勤 者 が 多 い ことを表わす こ とであって ,その家 の磁箕が 勤め一本 で生計 をたててい る家 も相当 数 あるB u来光 Lta家か らr 脱脱糞イh ‑とvlう形 が足 守 では ますます 普 海化 してい くのでは なか ろ うか。(3)職 場での地位 よ
b
旧足守町通勤者 の職場での地位 を見る と叫堺 月 と労番 月い わゆるホ ワイ トカラー とブルー カラーにわけ ら九 ,ブル ーカ ラーの方が ホ ワイ トカラー を上回 る。 家 の職光 か ら見 た職場で の地位 を考轟 してみる と ,良案 をしてい る家では通軌者は噂者月 ,労 務月が多 いO商並を 富 んでvlる通勤者 の家は非常 に少 く問題にな らない
。家の
職 業が公 務 ,準公務 で ある通勤者/ji 比較的多 V'。 Vその他 一とい う項 目の中で教 批 ついIrVlる人が少数vlる。 触職の家 がは を 比だ多 く ,純粋な通雛者が 相当数い る ことがわかるb‑1
i !
L:(第24表 )
晦 ‑.審 望 竺 戯 其 鵡 豊 公坊榔 会社 貞 サー ビス 泉
無職 妄 言十 言 ∵
菜 主 2人j】 1 ‑ ‑ ‑ i ↑ {
重
役 ‑ ‑ ‑ 1 ‑ 2 3l 部 長 ‑ ‑ 1 ' ‑ ‑ ‑ l . 1
蹄 長 3 ‑ ‑ ‑ ‑ 2 一 5
係 長 3 ‑ ‑ 1 ‑ 3 22 7
玉 串 2 ‑ 1 ‑ ‑ 2 l 5
辞 林 貞 24 4 a 1 1 7 I 45
・販 売 員 7 ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ 7
労 番 月 39 1 3 4 6 19̲ 72
そ の 他 8 2 6 ‑ ‑ 6
.
'i, 226. 通勤者の 勤務 先所属団体 加入状況 (】) 男 女 教
(稀 25豪 )
独和 甑 里、 P J ̲ J h
顔女
労 働 組 合 団 体 1 4 % 4 %
レ ク L/‑ジ ョ ン 団 総 2
‑
運 動 団 体 2
‑
不 加 入 者 8 2 9 6 i
男性の場合 ,労働組合 Bi体 に加入 してい る人の 数枚 加入 してい ない人数の%であるO加 入 省の小 ,労働 組合団体 関係 が多 く.L,ク L,‑シ 。ン団体 ,運 動印紙 には とく少数 の人 しか 加入 してい をい。 女性 の墳合性 わずか 4啓しか団体 に所拭 してい ない。 それ も教職 vc‑ついてい る 人 以 外にはサ ークルに は掬 して をレヽ これは勤新
党
に 中小企姓が多 く.組合や職場 軌休 の粗 放 が一 般にiL生んでい ないことに よると思 われる。 L,ク レー シ ,ンもサー クルで浸 く個人の段 階に止ま ってVlるので あるO(2) 年 令 別
労働組合既性 に馬 している年 令屑 を見 ると .中年が多 く,レク レーシ ョン ,迅 軌団体 に性 若い屑 であ る。労 他組 合 軌 、といって も ,Fin(につ くと辞厩的に 自分か らとび こむの で75:くに
一一127‑
(第26裳 )
観 ‑ . 5. j
T1 16才
〜 30才 ; i 才 一
503 .151才 . 〜 n
u計
労 働 組 合 間
J r ‑
61
6人 13人 22 1
't,ク レー シ , ソ田
町
2l t l
i 2「
;:運 動 団 体 3 ‑
1
4F
㌃ 7 ‑盲 98 56 ll 165計 109 69 li l 192 I
朗の人の影野ま た会社 での労組の 占める位 超に
エb
加 入 した場合が多 い のでは ない だろ うか(⊃㈱ 勤務所在地別 (邦 27表 )
京 ト ーー華 竺 ′禦
. ・
労 働 組 合 団
縫
レク レー シ ョ ン 巳1体
超
勤団 体
閲 山 TF 足 守 町I
貞 総 社 市■ そ の 他 地 域
加 入 者
I ・ ;
計 858 6
100
1 0 0 1 0 0 !
100労働組合団体 に加入 してVlる通勤 者 j:
,
矧⊥rTF,足 守町 ,総社市その他の地域にも何 舶 l は 見 られる。 レク L,‑ ション且仏に塩入 してvlるのは 聞LU市への通勤 者だけ であるD準 班 体加入者はほん,D わずか でLrlあるが閲U一冊 ,足守町 ,総社 市に見 られ もO(4)
企
糞 別 .r (
第
28表 )ここ「
・+.・.・・.‑‑
I I
【
公署 ,大企 共に践 してV'る通勤者 にはさすがに労 触 合 托体 に加 入 してvlる人がか
な
りあ る。 この表では 公臥 拳公掛こ施 してvlる通勤者は L,ク t,‑シヲ‑/B]休 には少 しも加入 して ない .大,
中 .小企矧 こ従印 してい る通 勤者比コ 舶 m終に/少 しも加 入 LでJ,ない ようであるO‑'!29‑
(5) 職 種 別 (第29衰 )
所 軸 佐 職 種 管 理 戦 専 閑 職 技 術 可 印 帯 職 労 務 職 労 働 組 合 団 体 2人 ̲6人 5パ 3人 3人
レク レー シ ソB]体
‑
‑‑
‑2l l
I連 動 団 休 l 2
‑
2 1不 加 入 者 9 18 16 1 46 76
職種別 に
上b
勤務先所掬 Efl体の加入状況 を見てVlこうQ専 門職 ,技術職に従功する通勤者 は 他の職種に比 し ,かなb労働組合団体に加入 してい る.「また年番概 につviてVlる人 は大体 各 サークル とも少 人数では あるが平均して加入 してい るo 労務職では サークル加入 者はきわめて少い。足守の通勤 者の勤務先新馬団体への関心 も低いがそれに も増 して .企菜内線合団 体の結成がナナんでV'なV'ことが 考えられる。
7. 旧足守町通勤者の 住民と しての関心
足守の住民と しての ほ
こb
を感じる という藩 兄を持つのは ,中年層 .小中学 .旧中新 高 ,高 専卒の通勤者 ,公務町公折に従申 し ,しか も串間職 , i,ク レー ション団体加入者 ,家の職集が●
戯為である通 勤者であった。一方 .住民 としてのほ
こ9
7C感 じをvl,細阻 むで ある とい うのは= 若い年 令層 ,大 学卒 ,大中企業細 し労帯 板につvlてレ,ろ過勅書 .労働団体 .選 曲畑体加入 者 ,家の職菜が商英 ,触職の人が多い。足 守の行革には ,男女 ,年 令 ,学歴 ,職稀をとわず , 皆一様に ̀軸心 あ b'の答が圧倒的に多いQ 若い周や 学歴 ある通勤者に してみれば住民 として のほ こかはをV,那 ,その土地 の行削 ,'Lは一応 関心と興味 を もたぎる奇特なvlとvlうので もあろ うか。現在 ,旧足守町の通勤者の)ち .光束農家がその2/3を占め ,一 方では純通勤者が存在 して vlるo将来 ます ます弛射 ヒも進む ことだろ うが脱曲 して純 通勤者 となる もの も多かうう。 この 方 向は今後の足 守 を特色づけ る もの となるであろ う。 さらに交通手段の変過に よって ,通勤圏 の拡大と共 に必然的にかこって くる海将 の範囲の変 化を第3節か ら考 察 してV'こう。 以上弟 1 2節にわたって ,足守把 かvlて交通 手段がいかに変 わ ってきたか,こ才鮮 足守町及扶足守住民に 与えた影響は ど)であったかを主 Kr18さと
b
とアンケー トに よって しらべたo聞き取 bに協力された杜氏 ,藤原 氏 ,長門 氏 .林氏 .紙 氏 ,更に 7 ソケー 11配布 .回収
に
手数をわず らわした三田氏始 め背年剛の方 々に厚 く感謝の忘 を表 しi+.
参考貿料 ;
r
現 鞠 査簿」
「足守駅劫僻 見J「社会 珊杢 ‑ ソ ドブ ッ ク
」
l
・‑ 1二 rJH'
′「●
市 森 昌 子
第
5
節 足 守地 域 の通 商 国 士 え が き lは るか 菅 ' 陣屋町 としての足守比 ,苅 1節 でみ て重た ように古 くか ら岡 山一陣山 を結ぶ街道 が通過 し ,附滋一 帯の政沿 ・経済の中 心地 と して繁栄 封 まこって きた。今 日に かいて も.交ifriの (紛 浸し,ことでは変 わる所が ない が ,現在 も札 附滋の村々の経 済的 中心 と しての役割を 果 してい
るだろ うか. この点 を中心 に次に 大井 ・足 守の 滋野 を努 穿 してみ エう。
1. 買い ものtF行 (71/チ‑I.の 分析 ) (】) 商店 街周「辺地区の 鵬売圏
ll
足 守町の入口に
位
lLq̲し足 守の商店街 へ,l'スて 10分比 の 上土田で の桝買圏 をみ よう。第3 0表を一見 して気のつくこと比購入先 が足 守 と周 山に殆ん ど限定 されてい る こと及 び大井が 全 く利 用されてい ない ことである. 同 じ商 店散開辺地区 とはいえ福 谷 の場合は どうだろ うかO 足守町北部に あb/l'スで大井か ら30分 .史に Luを登ること40‑ 5 0分の 山頂に位 躍す る 闇倉 の場合比第 31表をみて もわか る迩b購入先 がは らは らで しか も足 守 .大井の利 用度は 低い ことが目にLつく。 もっ とJn'=しく考 察 して み⊥ b o上土 田の敏合
日用 品は 足守へ依存 し ,選 択品は問 山へ依 存 してvlる ことは地理 的条件が大 き.(彰草 して いる と考 えうるO つ ま
b
足 守駅 を ま近 にひかえ てい る為に汽車 に しろ′ミスに しろ交通の健は 非 常に よvl.手近 なものに足守へ ,金 額の 大 きL^ もの比 岡 山へ とvlうわけだ ろ うか。 だが 日用品た け をみ るとな かな か落着かず1ヶ所 には決 ってい なho魚 に行 商は つ きもe)らしく岡 山市 内に於 て も魚の行商は多 いが ,こ こで もか
を
Dの 力 をもってVlる。 も う一 つ日
に つ くの が 医非 晶で ある。 彩 しい典の氾 鑑 とそのPR
の時代 に あって旺盛早選択品の 部に入 るべ きも の とな bそ うである。この地区 の日.用品 瓶入先 の選択理 由IjA::み ると r近い」 とvlう条 件を除い て結成
b
立 た夜vl の で あるが ,医薬品の場合には 「信用があ る」 とい うことが 大き くとb
上 げられ てV>るO「立至い」 とい う単 なる地 理的条件 で艶定されるので な く,商品 の性 箆上か ら販売店の 性
格呼
規定されて きている とい えよ う, これは その まま迦訳 品につい て岡山市 で隅入す る理由の第 1は 「柾抱が多 い」 のて 自分 に合 う好みの もの が伶 られ るとい う噛 品そのものの 牽引 力が大 き く'働vlているのであ るo ここか ら問 Luが選択 品の購入 を独占してVlるのは 当飴 だと貰え よ うOただfE雛に限 って足守が強 く力を持 ってLへる のは何故 だろ うか。全戸が鹿家 であbjA炎 宙批 JEi協で扱ってい る ことが右折 甲してい る と も考 え られ るが ,この 7ソケー 1.だ けでは縫 かな ことは 胃えたい。
‑‑1;i('‑
(初 30裳 ) 上 土 田 の 哨 買 圏 (配布数 28 回収数16)
去撒 き行商人 腿 協 大 井 J足 守 馬 松
総社岡山! 1 k の 他 享 l
I計
ーー
■■ 一 一
㌍ (325.づ (6710.0)i
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紛 ),I)職印晦 (和 布懲 26 回収数26)l一・,、̲‖
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、糞f行商人 tlz{ ttrT, 大 井 +.‑ .I市 を l∫ま塩 祉 間L
Uそ の 他
(桶谷 ) 汁 日 類負 14(7&6) ( 5▲.3) ( 61.3) 1 ‑ l(153.8.)書い 100目 ‑0人i)蘇網 6 8 1 I ∴ 1 5 1! 21
捕[r:
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緬 ‑
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ど 院 (13.3) (2E一.7) ( 6.7) (5乱3)妄(loo.0)
ス 三馳 1 4 ‑ 10 15
襲
.(
6.7) (2F:..7) (66.6) (100.0)菜勘地 顔 I‑ ■ー L(10023.0)
サー ビス利 用を外部に求めてvlく憤向 にある ことほ 否め ない申実 で ある○ これ性.この地 区‑ も近 代的生活 の侵入 して きてい る一つの あ らわれ であろ う。
間食 の場合
山の上にあるという特 殊な条件 を念頭におVlて考 察 しなければ ならをVIo Ll掩 下 れば渡 に・
一応各 種の 店が揃 ってい るが 往 復2時間 もかかる 為に行 商人 の役割はかな b韮要であ ると聞 い たが .ア ンケー トの結果は予憩 した程で もなかっ たo しか し行 商人達は ID美 山の上をめ ざ
‑ して 週1回 自動iEで ,あ るV・結 3日日毎 に村に 背に付物 7:E担いで緩々 と登 ってい
く 0
3‑4年泊迄は 人数 も少 く藤品 も薬 ・英子 ・衣料 等で あ った。 披 ら仕 商 品を大豆 ・米 ・茨と交換 して ,それ らの物資を町へ 榔 打‑運んではそ こで腐っ た。現在は現金払約5割で後は まだ物 々交換 との‑gで ある。 例えば米 を衣料 ・魚 と ,茨 を,<ソ ・ウ ドl/等 と
凝
り換え るようで ある。又持 って来 る品物 も多 く
な9
.安 い衣料 ・副食物 ・典子頬 等殆ん どあらゆる ものが 山の上 で 手に入 るとい う。 (‑輸入談 )あ らゆ る もの とは 雷う も乞XD日用品 ・食料 品が王で ,これ ら は遠 くは 岡山か ら自動直で ,近 くは足守 ,大井か ら巡ん で くるoこの他 夏で特妊 されるべ きことは行 商人の利 用 と共 rLJ3協e: )利 用が大 きvlことであ ろう。
アン ケー トで は .はみ が き粉 の場合に大 き く出 てV'るが農協でのききと bに よると彪 粂用 品 は別 と して も食料 品 ・■維持の順 に よく出るそ うであるQ
選択品 につい てみ る と ,い わゆる高価在 もa)を岡山で ,そ うでない物は地 元でとい う憤向 にあるO 買vlにLbる時 の時間的 な関係が大 きく彫辱 してvlるのか も しれない。 同 じ出るな ら 大井 ・足 守を飛 び越 して間LLl迄 と 「安
v l J
「な じみの店
」 での理 由づ け で恥入されてVlる.岡山に出て も 「を じみ」 を求 め る こと等は ,やは
b
息民的性格 の あらわれ と も首 うべき だろ う。 サー ビス利 用が揃 って地元の2次簡 (購買率50‑ 7 0歩)に入 って vlて足守 がわず か に利 用 されてい るが どうした こと だろ うカも 地 元利用 の理 由は 「サ‑ ビスが エVl」か らとな っているが .それは顔見知b
の為多 少 と も値引す るとれ 時には倍
Dも可能 と育 うわ けだう、 うか。
この様 にみて くると周辺地区 とはいえ上土 田と 闇分 とは か
な
bの違いがある。 この辺で類 似 点をあげて み よう。行 商人 の役 割が かわってい ない こと。 これほ どち らも地理的 条件 に負 う所 が大 きtJl。選択 品吐岡山迄出掛けて肪入す ることは つ ま り時間と交通兜は鬼ん ど問題 に されていなvlことが 示されてvl.るO もう1つ タンスに限 って総社がか
毛b
力を持 っている ことは 抹殺で きぬ切実 と なってい る ことである。(2)網店横地夏の弼 顎田
購買額 をみる前に大井 ・l和己守の 商店構成 を第1図 (大井 )及び昂 2図 (旧足守 )に示す.
商店街を含ん でVlるとvlう条件 を共 に持ってい る両地区 であるが 各々の牌買切は ど うで あ ろ うか。 3ニ讃及び3 3歳 号一見 すれば弼地区 と も地元 と岡LLEに 2大別 して 日TR晶仕地元で
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o o o ^ oX 基 o 。 。 寅 摘 領 置 。 ズト ㊨ ー」 '11n to o t o o l ( ( o o o o ㊧ 8 皇 o 記 8 。 肝 曽 八軒 酔 い @
0 0 00 0
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㊥ ○ ㊨ ヘリ秒 o㊥ on入U O ヽ ■LrJl. 0 0 0 ‑ 0 0 ‑ ‑ ooo
弟 1 回 足 守 の 商 店 凍 戊
‑ 135‑
0 0 0 X nX U鳩 .∫ o
oo へ ノ ♂ O o o o 邑 ‑ー 1. ‑̲. 1ー ̲t L
(第32表 ) 大 井 の 購 買 圏 (配 布数 93 回収 数63)
品 勲
行商人 J巳B 協 大 井 足 守 高 松 L縫 杜 岡 山 そ の他 汁日
局Jj 魚 一16 40 1 日
∵ ‑
57人軸 (28.1) (70.1) ( 1.8) (100.0)
咲調 53 8 1
‑
62料 (85.3) (12.9) ( 1.6) (100.0)
壬 と T
磨
2 46 ( 5̀1.1) 7 1 59 粉 I (3.4) (78.0) (ll.9) (1.3) (100.0)口口i 医Pr
*
【コー (̲a5̲9) (̲11.8) (7341ー2) ( 11.8)(11.3) (11.8) ( 85.9) (1.▲8) (10056.0)選
釈PP⊂】 者 ツ下 ヤ 3 ‑ 23 1 2 31 2 62
シ 等 ( 4.8) (37.2), (L6) (3̲2) (50ー0) (3̲2) (100.0)
着1、 .(16.3): (74.4) (9.3) (100.0)
タン'
‑ ‑
3 l 1 27 1 32ス ( 9 .4) ( 3.1) (84.4) (3.1) (100.0)
メ時カ'
‑ ‑
5 3 2 34 3 47ネ計 (10.7) ( 6.4) (4.3) (72.3) (6.3) (100.0)
古女房 ‑ Ill 5 1 10 1 58
必見 (70.7) ( 8.6) (1.7) (̲17.3) (1̲7) (100.0)
サI 映 ‑ 7 30 二 一【 14 ‑ 51
̲̲.̲̲壁 (13.7) (58.8〕 (27.5) (100.0) 美
I3三号 33 18 〜 】 ‑ 51
ど
ス 一層谷 (8‑4.7) (35.3) 辛̲‑̲〜 .‑...■ (100.0)
堤 ‑ 50 4 2 ‑ 56
坐 廟 3 19 ll 1
i
一 ‑ 34‑‑1:3(,'‑‑
‑ 柑■■■■
(第33衷 ) 旧 足 守 の 月措買 田 (配 布数109 回収 数91)
\ . T S I l =
電撃】
行商人 腿 協 大 井 足 守 高松 総 社 岡 山 その他汁
I歯 3 1 61 1 16 82
lコ
F)ロ 磨粉 (3.7) (⊥2) く74,4) (1.2) (19.5) (100.0)
ロ⊂Iー1 (5.2) (15.3) (2.6) (16.9) (100.0)
選 1択
】
I。l口コ 下 ヤ若 ツ 57 1 29 87
古等 (65,5) (1.2) (33.3) (100.0)
ス ( 2.4) (14,7) (82.9) . (100.0)
蓑 rメ時 (11.9)
‑
(9450.3) (32.8〕 (53100.0)岱辛扮 51 1 23 75
範具 (68̲0) (⊥3) (30.7) (100.0)
サス
ど
I 吹%壁̲
画糞̲
(8567,9)‑
(1ll4.1) (10.780.0) 72(94.7) ‑ (64.3)
(
761
00.0)理
姿 I
(6282.7) ‑ (1713.3) . (100.75 0)
坐 E3範
q=
1 19 20‑
2 41‑ 1LI7‑
選択 品打にj山で と言えそ うで あるO もっと評 しくみ エう。 . 、 大井の桜台
地 元 と同山が大部分で あるが旧rL守 もかなb力 を持 っているc E7用 品が地元 でT了われ るの け 「迩 vl」 とい うことJ、ら も当然でJjるが ,uみ がき粉 ・匡AJ̲3品 が岡山で もLLriわれるのi,1通 勤者の!泊孫 もあるIJjだろ う.
;琶帆・Pnについ てみる と「般に岡山で買われ てい るがやけ b乃鰍 i地 元と在 ってし、ろ 。これ は何故か。 年 令を調べてみる と杏籍を一 番 よ く拡入するのは1
0 f
eの人で約4割 も占めて Vl 'るO 商店街 を持 ってい る とvlう条件に も拘 らず濯 択晶が岡山で買われ るのは何 故1'・ろ うかoこれ は至 極愉単 であ る。 そ もそ も選択品とレ、うもの は その名の通 b色々迦ん で買 うものであ る。そ の為にはある程蛇のnrJu数を捕 えてvlる ことが第1条件と をるOそれに加えて同一 積 和 の店 を数 斬比較 で きる ことも望 7tしい。 ア t/ケ‑ トに も周 山で肪入 する理 由は 「藤野が多vl か ら」 がalJl位 を占めてい ることか らもうをすけ ㌔ とい うわけで大井 に は選択品店 が全 部 で放射しか な く要求を満 たしては くれないわけであ ろ うo
サー ビスについ て特 に映画を と
b
上げる と映鞄伝が足 守に あるl・5g係か ら如 3 2表の様 を結 果 が出たの であろ うが .足守の映LTu飴は 1館のみで土比 と 臼旺 しか開 か ないので岡 山 、の過軌老 ・若い人 は岡 山で見るとの ことであ.㌔ (通勤者改 ) 足 守の掛合
柘訟 ・大井が 殆ん ど利 用されてい なvlで地 元 と岡山に限 られてしつると 胃えるO 南部の 」二」二 田 と同 じ快 向にあ i),El用品は地元 ,適 訳品性網 U」である。
日用品の中 で
鵡
味料の10 0多地 元依存 gl異 諺を放っ てい るC そ う言えば調頻辞lは どこの 地区 で も地元依存率 が 1番高い もの である0 日用品t・・9典 型的を ものとvlえ よう.はみが き粉と医薬品は大井 と悶 じく地 元か ら桐山へ 出てい く較向 に あるC
大 井 に比べれば選択 品店 もか
′ F L
bあ るの妃シ ナツ ・t妊娠以外 の利 用は頻 る恋い。 やは り品 物の性 ̲'臼上都 市の方 が よb魅 力を持 ってレ、るDI'iう う。サー ビス利 用が地 元の苅 1次 固内に固 まってvlるのは足 守たけの現奴 であるが
,
商店数 の 多い ことが有力を条件 となってVlるら しく方 々に ある為に 「如vl」か ら利 用す る とvlうのが 殆ん どであ るoRLi店御
地 区
に放 て も周辺 と同 じ く迦 択嵐は 岡山迄 出て行 ってい るOこれ牲 的に も述べてVl る通 り雨J'L=数の少 さが大き く接解 してvlると考え られるO次に
壬斉発は足守町全 体について 宮 えろ ことだが肺入省が 10代広、人 に多い為か地元利 用率が電vlのが特 色となってい るO これ とrajじ く魚C)行 商につい て も足守町全般か仏向でTiあるが ,さすがK:街 ではそ の利 用率 も低 くな ってvlる。2.鵬 環'Gの動 向 (地 元の 売b寺領肋▲らみ た もの ) (1) 薬 局か ら
大井 ・足 守両秦局 とも磁 客が大正樹 と比べ て ぐん と減 b,しか も8年
前
に福谷に薬 局がで‑ I.38‑
きてからは一段 と減少 したo大正矧蓬の将官の給 田は北は ミf川 の方蓬 拡が っていたのが現 在は 日並 ・岩田蓬で止ま り前 捻阿曾迄である。季節的には 冬と眉托 多 くて5‑ G月及 び
11月 の殿貸欄 には閑散 であり額在で もなお掛 売が ある。 大正期には 蒐上げの5割軽 もあっ たそ うで あるが ,今で妊 大体2割虻である。 購買欲 ついて年 令的 KQj:茎が ないが若い人 比率 品名を特定 して くる屯倉が多 く.予防剤 .トランキライザー等 が割 に よく盛 れるO 斬 客の
9
割他は碑 名を禰 落して くるOその人速は医者 に行 くと長崎 tflを要するの で手早 く部 局で薬をrBうのだそ うである。 抱合 ビタ ミン刑・抗生 物質 ・肝磯 等のい わゆる高 価 を非 晶比盗 済的 に余裕のある人 ,あるいは知政人が用い るとvlう慣向が ある。結 核につい ては 非梢に蛸われ る為に ,もし発病 して も極
秘L'・:して陳鯉所 。雌 所‑ 行 くので染 抜殆ん ど出 をい ようであ るO このあたbか ら足守に放る病気へ の払泊樫鹿が うかがわれ ようO (岸本 氏 ・勅蚊 氏エD
ききと b)(2)衣料品店か ら
典 の助合と同 じ く戦後に なって どっと解 が 減少 してい る。戦前由抱囲比現足守町全体 署
J H.
東は周蛙上 ・馬屋下 (卸搾郡 内 ) ・阿骨と拡 がってい たが敬俵 にな ってか らは ,覗 足守町 と阿骨 たけにな,,て しまぅてい る.原 因は 勿論色々あるが各地に店ができたこと性 その有力夜 ものであろ う。季節的にみ るとやは b戯無 期には少 vl那, 12‑ 1月・4
月及 び9‑ 10月の秋集の頃が繁 昌す る。掛の方 もなかなか利用率 が高 くて6割 位は掛 で あり 絶入 b安佐 も現在、.Lr托して贋
某になっ ているとはを
う ものの ,rgYい上げ顧 5‑ 10万円分 全部が#・rとなbB]収に ;7‑ 5年 もか かるとしへうO 嫁入b受 喋の塩合全部の人 が桝とい うの では なV.が地 元での貿物に かハては現金払いは稀で ,現金 を持ってvlる人 虹岡山へ 買いに 出て行 くそ うである。 噸客の性別 をみ ると大仏カ3
に対 し女 7の割で ,しか も私 人 は少 く中年,D人が 多vlとV,うの も1つa)粒 色 であろ うO ここに人 々の大 井 ・足守の商店利用状 況 が簸致されてい るともみる ことが でき よう。 (林氏 ・光畑 氏 よ9 ききとり )(3) 東等院 から
まず顧 客範朗 だが .磯後一 般の利 用度 が拓 くなっ た為 に今の と ころでは範 囲に目立 った 変化はみ られ なt^が ,人数の点ては10年位前と比べ れば ぐん と減 った し,年 令が古 くを b 3°才以上 の家庭 の主 婦が大部分であるO したがってそ こでの話屈 もvlわゆる井 戸確会 規の観良で世(1a話が多く .ついで子朕の進学 ・就職のゆが話題 にのは るが政 治の語は 殆ん どなvl。
季節的 にみると衣料 品の場合 と同 じく 12‑ 1月・4月・10月及び8月が忙 しvl。つ まり 1年の重 な行革 と共 に移 り変わるわけで .忙 しい 噂には1日平均20人位 ,唄 な時
に
は平均2人比 の時が多い。 (奨写院 での ききと り )
結局矧 吉例か らみ ると20代の岩vl人 は殆ん と地 元を利用 し,‑ALI^で 岡LLLへ出て行 巷 ,敬 に残 った中年の王府 が大いに利用 してい る現状であるc
J ‑ 139‑
(要約 ) 大井 .P=守 を中心 とする瓜 了ロ
これ蓬みてきた坤から大鉢次 のように要約する ととがで き エう。
・大井は 地元Dサーt:'スに役立 ってはいるが他の地区違手が拡 が らなV,鵬 にある o
・旧足 守はうだかをb̲足守町全虹のサー ビスに役立ってい る。
・'5‑松は殆ん ど撫祝され ,足 守町 民の
畑
田地となってt^ない.1総社は タンスに限
b
利 用はされて も.全 般的 には足 守町地域 を第3次圏 内に も入れることが できないO・間LU比堰 甘塩 に れ って完全 VL足 守町を1次 n内把入れて しまってい ろO
(註 ) 岡 山
腐
乱と足守町 との拙婦につい て ,次VTL束公左の 「F即 J市の 両町 偶数J
(石田'iE.t 古屋野正伍共著 )よ
b
引用するo「・・.・1;I,]uJ也北部にかける街kiの伸張は著 しい。 たとえば第 2次封 であった井金町 .高松 叫は雄 1次凶になって
か
9.'Bi3次Eijであった凪足守町
,さらに大井町の一部造娼 2次田 (^UrってvlるC この ような両田41,,'ス交虎 との凶伐において次の如 く招められる。1. 都市か ら10Km./(スで20分以内は口出品の70蕗以上 を周山市に依存す る弟 1次 団 である。
2.都心 か ら15払 ,/(スで30分以 内は現地品の 50啓を糊
L
L柿に求め る第 2次圏であ る。3. 1鞄山の都心か ら36Eat.ノくスで2
時
は似 内は岡山鵡hilの邦 3次姐 となっている。 (塞 考証 ‑‑‑これは34年 8月小学汝 6年生の父兄を対 鹿に仇
Tl
は 入式 に よるff間範 法で i・3査 した ものである )」
さ らに筒 LU鵡顎と足守 町との此 旅を明示す ると .足 守UJ'は ,昭和 3 3年には岡山 鹿田 のmr3次以 内にあ D,昭tTI3 4年 には弟 2吹田に ,そ して
u
絹 J35年 に至って笛 1次圏 に入 っているo(附 ) 足守 鵡店連 盟につt/1て
何故足守 闇店
迎
盟が生れ たか につvlては ,今 Elのrih'店執成正造 D縫う弛 み よう.第 3酔 )如 く i 明治 時代から現在迄続い てい る店比 3店 しか夜V.I,明治 の毛粕 は斬
j ) 巨
に噛業を営ん でいた。三 八五十の大ihとvlう定期 市が鋸月大き く開かれ道路 の開成にはす ら少と出店 が並び ,山か ら.地元か ら午努 ・野菜 ・竹紐工が 嫉め られ先環が行われ , 山からきた者は 出店 でJj用品を買った。この 日は速方か ら人が払り出 し的連拡 薪飾って歩 く中 も まま在 らぬ布 野
こぎわ ったが .それ も明 治末迄でその郎 と共 に項 臥 ロ ・商店数 ともに救少 して きち 現在 では1 2月25日の市 が鑓
耕市の唯一 の名残 わと なってい る。 この現状から 「足 守め 客を にがさぬ こと」のlIP貯 憎 の必要性 が恐訟され伯 和3 5年8月1日足 守鼓映刺塊に放 て ,足 守商工会が発足 したわけで ある。町 単位 の小規模 な もの としては全国でJ'i・初に出来 た もの として .‑1/.O‑〜
i 鰍
め (雷削 庸 )(郎抑 刷
・・I・
:.用■LH‑剰 髄 G7 歯 異 個 in
肘頭EjI回
ーn鮎
〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 x Y ④ ○ 記 0 0 0 0 T (S U 早 ll‑ 1‑ ・十
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○ ○ ④ ㊥ ㊥ ○ ○ ㊤ O x L ′ , ." 一 ,o
TX ◎ ○
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○ ㊤ * ○ ○ X ④ ○ ④ ○ ④ ㊥ ㊥ 0 0 ㊤ T ズ ㊥ O X ◎ f ㊥ ㊤ X X O 疋 0 0∩ を
徳町
榊
x ⑲ ○ ◎ o T O o O o ⑧ ㊥ O o O O O O 鬼 ⑥ ○ ⑳ U O O O
1. 1 1 L 当申 者達は自損 してい るo
足守商工 会 の目的は 「地 区内にかける商工漁 か総合的 な政審売建 を図 り ,もって国民 跡 の鯉 全 な発展 に寄与する こと」 である.会 月の男 椅妊 「地区内に於 て引 き続き6ケ月以上 野菜所 ・申 番所 ・工場 または中葉壕を有する商工 共
老
」 であるO発 展の 為か対 策 と しては 色々 ある が大 きなもの比 次の もの である。 ヽ
① 工業誘致
⑳ 概 光呼
集
っ栽 光発振の鵬発 に 上る観光誘致及び町民 レク レー シ ,ソ。③ 来者 の教養の為 に大都市 よ
b
講師を招 いて誘 胎 ・座政会 を持つQ あるいは指導月
に上る 寄 客倭度 ・店舗 改築 ・糧宮診Wlの指尋 を )け る等で ある。 だが決 して営利を 目的 とす る もので ない 甲及び政治活動をす る ものでなvl印が定められてV,るo
現在 商工 某を富ん でい る ものSOo戸 中約 3 50戸が加入 してVlて ,各々足 守 ・大井 ・福谷 の 支部 のいずれ かに尽 してVlるわけ であるo
こ
の中特叱店舗 を捲 ってVlる もの約15 0戸 が集7Eっ て 商店連 盟を梅成 し地元‑のサー ビス密計少共に向上を目指 して 日夜努力 してい る。具体的 には 年間 に何回 か映画会 を1uしたD .IE‑1vl物 の配達 ,店鉦 の改進 ,チラシ・自動車 に よる宣 伝 ,包装 紙の利 用等足守の客の確保 に懸命に な ってvlる現状 である。 しか し効果の軽は疑わ しく現 状fJ関 の 為には も っと基本的 を出発点 を見きわめて ,そ こか ら再 出発する必要が あるの で比をvlだろ う か。 (附 ・第3 4表 )(附 )第 34表 足 守町商店数 (曲工兵参加中限 昭和35年 )
.
1.
‑4ーr̲.
LA̲信 二音 一 項 ㌦ 甲 日 用 品 /占 適 訳 品 店 サ ー ヒス 製 造
計
旧 足 守 13 3 1 18 19 81
・大 井 8 29 10 10 ST
桶 谷 6 21 l l 6 4i
EI
0
2 ■2 2 1 2 5高 田 1 8
0
2 i ll‑142‑
以上足守地域o通商叫 の実態を牌 胃者触 、らのアンケー トと .売
b
手側 でのききとb
か ら考察 したO実態 謝重に
削
色々協力され た林 蕃五郎氏 ・央吹 滞虐 氏 ,光畑 唯 男氏 は じめ足 守町の方々 .そ して中田智 子先生に厚く感 謝 の潜 を表 しtす。(参考文献 )
「/)、売宿舞 ∂研究
J
「農村地域の 肪耳 習trとその小売商帯 の実鵜」
「岡 山市 南勢席の地理的考凍」
「岡山市中央 商店街診斬報告乱
第 Ⅴ 章 農 業 の 生 産 構 造
約 1締 %T'生 地主 刑 の虚 聞 過食
lF,rJ 田 正 規 1. 村 の 既 況 一土地所有構成か ら一
足守町は .旧五 ケ町村の合 併に よって行政的に区 癌きれ た地域である。 ここで私達 に課され たテ ーマは 轍前の 土地所有舶係 召I:中 心 とした間題で あるか ら .若干の統計 を用いて付の冶実況 を のべてか くことは行論のI娼係上 必要と思 われる.
オ l表 払)民有地 目別
面 耕
(昭和 A年 .単位町 )■[盲 盲 ㌃ 1
田 畑
紳 地 計 山 林 i原 野663..日!
2 0 4 . 5 3 6 . 9
2 4 1.4 4 2 ー1.9 0.9l 9
9 9 . 3 1 6 1 . 6 1 l 3 . ' 1 .
6 19 5.2
707.7 6̲17
7 9 . 6
17L)I.15 1 .
I 2 30.5 5▲1,L0 1.6l 48
. I ) . 2
125.216 5 . 3
1 90. 5
2 8 8.5 9.9( 別
水田¥ と排他峯と山林峯(
脚和8年,%)
l
l
(C)米の反 当収 盈 ('p利和7年 単は ・石
.
,Oi)反当収鎗
桁 数! 1 0 8 = 0 ̲ 担L j里⊥一旦 I i B
資 料 ) いず れ も『湖山増腐 計年数
J
'.・rL上; )
i紬 .作.表2 . 46 1 J2 . 4 1 0
I ‑一 一 ‥ 「 ‑ ‑ I ‑‑ ‑
loll.1 100.0
「
オ 1衷」が示す とと く ,村の捻面鎌の !ちて最 も大きいのは6 0‑ 7 0%台 には i'ラソク される山林であるが ,吉備高原南 棟 に位慨す るこの地域はか 71.りゆるやか を傾斜を示 して いる。耕地翠は托ゞ 2 0‑ 4 0%の閥に位思づけ られるが南部の足守 と北部の 岩田が夫 々36・4 ・3 8.9%で比収的高 く ,苫僻郡の 水車を F)わすわ 【て いるO耕地の うち 足守IILに沿 う足守 ・大井 は共に8 0%台の水田軍 を示 し圧 倒的 である. これ に対 し北 部の岩田 ・簡谷仕 6 5%前後でこ の地域 と して壮畑地が卓也 している。 この水田の約8 0%は二毛作が可 花であ b .媒作の中心 は明 治末期以降裸麦 と小麦であ った。 更に北部 に卓越す る畑地は大 正中期以降尊重の帝 人がみ
られ た点が特徴的である。この ようか 色目別面府の構成は明治中期以降大 きTr変動は たか
1た。
また水田の生産力は南部の足守が爆及び部の 水準を うわまわ っているが .他はや ゝ低位にあ り 山林の埼越 し畑 の多い北部は低位生 産力段階にある ことが米の反 当収舟を相原 にする時指 輪す ることが出来 ようO
以上の 上うn:土地灸 件か らみ て .この地域は両部足守IH平坦地蛾 と北 雑書紳 高原両線地域 と の輿'E的 な地域 か ら構成 されていると思われる。 またこの ような異 質性 を鋸 も
typical
に 示すのは南 部の足守と北部の 層谷で奉ろ う。牙 2表 在選別人 口構成 (相和初期 )
本 籍人口 現住人 口 戸 数 & # 工 菜 商 菜 そ の 他
も足 守
i 3lop..901oO 2.37961.0%人 553戸 48.2628%P 952.8%戸 1795.7 0F7 23127̲7%戸
簡 谷 3,807人 2.893人 604戸 478戸 26戸4.2%∫ 35戸ー 54戸 僻考 1 ) 本紫人 口比地相 8年 .牧雑則 も醐和 i3年
2 ) 現 住人 口 ・戸 数はJ相和5年国勢凋査 ' 史 料 『岡山県統計年
顛J ・
打壊 者相月査呼J
さて ,この ようTr代卦 地点にかけ る
塵剖
舟成を検討 しなが ら成美 串冊に より立ち入 ってみ 1 う。
「牙 2裳 」が示す とと く .足守の 人口既 出比 本輪人rjの39%に達 しているのVCた い して . 簡谷は2 40,./て流 出軍は 低位に ある。 こtJとと綻 ,再 生産価勘 ;足守の場合その灸件が'47億 で ある 一 商業的 虎藻の 履朋がみられな いことと瓜 民闇の社会的 分化の進行 と照応す る。 さら vc垂年別戸数相
成は .足守が碑岸uJJと しての 歴史を もち .この地方JD中 心' 的別 !Iてるる ことに 基いて 皮装戸数が5 0%に満た'.i‑い のlこたい して .神谷I
i脇業戸数が圧倒的多数 を占め る点が 特徴的である,。2. 明 治 初 1明の 良 民 層 分 解
戦前ケこかけ る土地所有馳併 呑相田す ら隙 ,撃鶴 〇
こL
71か ら13‑t=‑巧.,j
揮 郡かf=Ej心 附1 (. ‑ ‑・ ‑‑ I
‑i .1I‑・
と して位暦づけ られる。
#末か ら明治 初期にかけ ての村落 構造上の特暫妓明 治5年 「鍋屋感動
」
V(おけ る牌 敬配管 が 瑞適vC示 して いる。「明治五 年四 月八 日夜八 時 頃 .深津県 下備 中賓
騨
B8足守町 繭藤田林蔵 宅へ近 傍村 民窮 境 .礼 暴 .居宅什物 を放却 ‑ ‑ ・折柄 堆防巡回D ため舟等 vE止 宿巾 の興宮 削 出張 し ,旧官 員畑 TL名 と・協力 し .五名捕 掛 川 ・・銑定
」 「
『明治初年・良 問騒捷寿Jp
I 3'3 9)。この 彪 民匝 嫌vc先 立【て明治4年に比 津 高郡二十五六Jr村簡 捷 .明治 BiE河 西郎 下中津 井村等静 雄 ,仝GF.沖 南部加 茂市場 外相 守騒 擾 と足守 町の 周辺で倍 民大 衆に J:る盟正 ・聴道家 ・満利
倍
vc対する打 コワッを 含む世直 し一棟がた ゝか わされてお り 一明 らか vE近作的 打落 柑進の 尾穂 を示 しているので あ っ た。足 守の場 合 に母農 民大衆の攻 撃 日照 とな 1た藤山は この地 方 きっての大地主で あ った こと は いうまで も夜い。 では この ようTT世直 し一枚 の意革 された使因は ど うで あろ うか .経済 的矛 盾の総 体 を示す鎧 民層分解の実感 をまづ†柵 して み 上うOオ 3表 明治5年 階層構 成 (上 土 田村)
戸 数
‑
戸(% )
牡 仝 左 村 内 戸( % )
数0
1反 以 下1 ‑2 ‑3 ‑4 ‑〜 2345 l 2 53 7588 i (十 I ウ j'
1 l
L'.( 753 1.7;P5一) 6 6 ‑ 7
・ 7 ‑8 ‑ 180 EJ21.1.L 出 IA
3 ▲
0I ー メ .
!( 17.I )7声C
.'1'f考1:
, 明治E.iト r上iirh邑JmLごト名石鳩
」('L上る.2. rI
r , '
jJ
rE‑rj瑞 は胤む6ま「
「羊.て・
.i i
」に 上るC‑‑1̲'16‑
t i
̲̲ L明冶 5咋・D柿 間珊蛇代 「オ 3衷」に売 され ている。舶民 9民声 LZ'うち5反以 下rZ)下
喝舶民
が83戸で8Ll.7%を 占めてかわ大 多数 を79:して いるO この傾 向紙 上土 田 付ヱ)常 住者の 場合 で も 75
.
7%であるか ら入作 を除 夕LLで もいい うるで あろ う。 その うちで も2尿素碑 の環 下層農民 がと !)わけ 多く 6 2戸 で6 3.3%&・占めて いる。 日本 の封kBi'Tt] 小
曲 民の土地 保有 の牒 軸 ヨ規輝 'I/⊂達 し7tい1町 以下の隙 間 rrとれば三宅vE9 1;.9%
(村内では9 2・9%')で圧倒的多数 を しめるOこれに射 しIMl以上V,I)括和は3戸yこす ぎたい。 この ような陣刷 勘戊上tz)特質は封掛I'1小 腿 民が 大 き く分解 をとげ で 一、た ことを君現 してか i),地毛小作 的係の生 成 を推 察せ しめ る. き ちに .
下層鵜民が多 くを しめるの L/C対 して1町iJ上 D常 軌 が穣めて少t
た
く ,しか も所有規模が2・5町 で上根 を 歯弓れて ふ り ,村 /I/t地主の 土地所有 も全 て 1叫以 下で あること!・1.地壬小 作関 係Jjは かt.{土地 を生醸手段 と した い営連の 発倭 ,い いかえれば腿 民層の社会的分 化の進 歩 と出典 の 難I.I.I;L 的 化を推 測せ しめて いるO維新の変也が ようや
く
軌道vcLE)‑.たDJ1倍 5年の階 T4沸舵 はその 後ど・Z)よ うな変化 をた どるで あろ うか。少伶 5年Dtfl柑 名寄帖 と郷台7年の毛附高 専帳 をつきあわせて姓名の た どれ る もの だけの変化 を示 し,lctDが 「JAJ4表 」で ある。 この 玉か ら見 られ ることt・i 7枚以 下の階 盾が上 下 か':分舶 して いか ク1・,変釦の重みのriI2戸 で全体・b l土7%を しめ るt.tす ぎず ,大 きな変動は 示きたい。 しか し怒が ら下層戯 民ほ ど変此 の度合 は強 くた 1て いるこ とが往 目され よう。オ 4裁 所有 規模別 構成の変化 (=
明治5坪田畑名寄鵬
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上土凶村
明 冶 7 年 毛 附 品 寄 帳
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I r ォほ 所有規模 別職 ,DJ靴 (2, 上土田村 明治14年 地方 税戸別協放資取立帳 (地価 )
一〉50卜 150 2‑50 350
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「オ 4表」と同様の手続をふん で作砿 した 「
牙
5表」を博討 して行 こう。明 治5年 か ら明 治 1▲年の間には 当然の こと夜が ら地租改 正が 行われ.
田畑文t の無臭増硬が 見 られ るの で一反‑地価5 0円の相関線 をそJLT)iゝ使 うことは 出来を い。正確 夜相関線抹地租改正 当時の緊料を 検討 しTrくてはTEらTrいが.この地方
V こ
け甑丑の 施行時発見出来 なか ったの で .全県的な平均 値か ら推察 してみる より方法が 7tい。陀 i'5割の増反 と考えて行 くと破 線上 の半数が f向分解 をとげていると大 ざ【ばVCみて いいうるであろ う。 0.7町以 下の 下博戯の没落傾 向が篠めて顕 著に指摘される.それに対 して0.7町以 上の申出 唱は殆ん どが上 向傾向を示 している。 さ らvTL 鹿 も大 きTr変化は斜線で示 した村外地 壬の大幡 た土 地妨併傾向であろ う。か くして 川 ]以上 の 階層は明 治5年 3
戸 (7 . 2 %
)か ら .明治 14
年 1 0戸 (2 3 . 9 % )
と激増 して か り3
町以上層が新たvC3戸陀充 1ているので ある。 彼等は 酸述す る如 く商業高利貸資本家であるとL司時vC 地主 と して成長 して いた藤田 ・姓波 ・板野等であ った.戯 後に3反‑ 1町 簡vcあって もそ の数 は少 た いが上 向分解 をとげ てい る人 ◆が いること綻 .農業以外の営 兼乃至は良策の 集約化とい う塾で下庵戯 民もまた上 向の チ十l/スが あ った ことを示 して いる。 綾vc問題vcする如 く ,この 地域は棉作
・
藍作が広汎 に展開 して いる地.域であ り.明治1 0年代前半までが比軟的JFi蘭
vcこ れ ら商 品生 産的農輩 が展開 して いるという状況の中で ,農 民膚の分解 もまたそれVC照応 して上 下分解 をた どりつつ 地主的 土地所有の 拡大が徐 々VC並行 していたと総括す ることが出来るの で・‑ 148‑
あった。
さて ,以上の掃討は上土 田村の みの土地所有株成のみか ら考 察をす ゝめた わけ であ 1て .村 外の所 有吐合せれ てい希い。 ところが上土田村の場合 ,その北部 vc礎EE]・板野等の大 地主の土 地 解析が進 行 し ,岡部の市松 ・唾 石 ・総社等杜 より‑層商品生 動 王進 捗 し ,商建菅本の成 長 も 大 きか .1た地域だけvC村外 での土地所有は比 軟的'少Trか ったと思われるO と もか く村外の土地 所有 を加 えた場合以上の論述は若干の修 正を余也 '1くされるであろうが.それ t仁して も結論的vE裸
I
出 した ところの基 本出稔点 ‑ すたわち ,明治初期の段 階で封建的小皿 民の大 幅夜分
声 削
n=と も 花うJf慣虚 民の圧倒的多数 .明 治1 0年代前半溝での上 下分邪の進 行 とそれVCとも凌 う地主的 i 地所有の 漸進的拡大 ‑ は変 更す る必要紘 行 いだろ うと思われる。以上の如 き階層柵成の もとで .明鞄 5年の銅昇降勅 が惹超 され .
血
民大 衆vcよる有利償 ・細 入地主搬 出‑こ対す る打 コワシをと もた う撒 しい法統がた ちあ らわれたe)で あった。で比 かかる出 民JGの階 層榊成 とその変 化が何故あ らわれることに 'iった打であろ うか ,い うま で もた く商品生 産 と(Z)朗選 を明 らか 忙 しな くては 7tら7tい。
虚業 vCかけ る商品生 産馴 ・'#討す る鞍あ らか じめお祈 りして
か
かた (では を ら希 いの だが, この他城崎 かけ る脇簾慮 宮の 実感 については 勿論・.生塵物の偶成 につ いでの資 料 さえ全 くTTか っ た ことで ある。 この ようを僅由で ,私藩は物 盛衰 や県統計 などの概括的モ登科 を検討 し72か ら 商品生産の棟感をみて行 こう。
● 牙6衷 明治10年物 産表 一致嚇かの壕合 一
作 付 反 別 5.455
27I 大 変 l 355 芸 … 上 ;三52
雫番線
生 産 瓜 価
格
価仝 格 左捕
1 葡 安 125 77d i ̲ 11,.
萄 垂 58 508
玉 萄 秦 2 8,008 甘 智 65 595.5dS 馬 鈴 醤 12 l 如.R45
̲̲ l .̲、∫,′ ー
ー ー̀●ー‑ 作 付反 別 生 産 丑 価 格 実 綿 291,186 「 「J 23.296叩
‑7
こ し
311 93生 糸 2
1
67藍 菓 137.lfSl
乱
429動 茶 30(I 150
甘 煎 57Ll 5
輩 畑 等 14.164 397
共 棲 2508 15.675
小 計
4 3 . 1 1 2
明治1 0年物権麦 を盤理 した 「牙 6
裳
」 を検討す る昭 .米麦作が約84
%を生産総和の中 で 占めてか り ,全休と して自給的傾向が め鮎 である。 これに対 して爾志t.作物 と思 われる ものの中 心は'&柵 と襲拓 .そ れVC藍集が加わ った牌を示 して いる.Dが全 生産の 1 3%'を占め るvCす ぎ75い
。 しかし実棉 ・亜種は主と して平坦地 に戒培 される ことか ら推察 してrItj部の足守で姓 との 梢 成は 若干緯正 されな くては売 らないであろ うoこの 上うた作物 構成I .
d以絞 どの よう売変化 をた どるであろ うか .明約 16年の場合 につ いて掩
EIしてみ エう. 「オ 7衷」は .功冶 1 0年 と16年D闇 vL作物 構成T に貨的た変化 が7Eか った こと告示 している。 ,
オ 7表 明冶
16
年 商 品 作 物 の 晩 成T 綿
「 礁
一一一・.押'1盲 盲 1 兼 兵 lJu 評 茶 Ii曲 亭 桑 TO●檀
惰岡
L鮭
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10tI.0L :下道 4 5 . 4 ◆ 4 4 . 5 5 . 0 l
lo†)̲0傭考 1) 明治 16年 r岡山 県統計
歯J v
c上る。2) 指放A比岡山噂 (但 し岡山区 を除 く )を1 110.0%とす るo i 3) 指数B娃各部を 1 00.0%と
する。
・‑‑150‑
た ゞ商品作物柄成の中 で 菜種の捷過 と棉作及び 斐菓生産の前進を指 摘出来る。 明治1 0年では 棉 作 と繁樺作が商品作物の約9 096を 占めて いたの VC対 して .明治16年では 棉件 と葉 藍が8
29 6
を占めるVC至1て いる。 と りわけ実綿は 浅口 ・産屋両部 と共vc丙備棉作地 帯の 重要72一項 としての位丑を 占めてお り .集 藍 も′Jヽ田郡と共に岡山南部平坦地での核心 地味を構成 している ので あった。 この 上)を点は実綿が1o野弱 .斐策が1 5%弱を示す点VC端適に指櫛 ナること が出来 よう。この ようを商品生 産が先vC示 した階層構成の中 で .どの階層に よってになわれたかを 明 らか yEす ること壮出来 72いが .既vc検討 したこと く明治初年の瓜 民層分解が結論的vc上 下分解を示 す ことか ら .かな り広汎を牌同 一と りわけ1町前後の中戯 層を中磯 と していたのでは7tいかと 思われ る。
オ 8衷 農 民層の 社会的分化 一明治初期 ‑
士 卒 守 杜 l182港 工 商 雑 日 鳥 医 ■斥 明 TO一戸 上 足 守 148 75 12 39 175 50 58 2 1 747
下 足 守 2 5 5 Il147 I 1 162
大 井 4 2 1◆ 193 10 6℡ 8 l 2.78
備考 I) 明治5年 r王申戸
婚
」vEよる .上土 田のみ明治16年 . 「戸 口統 計 ) 2 ) 陶 内30戸油 日鹿兼集との 往あり。そこで .商品生 産の発展 と農 民層の階層分化 を上り具体的 vc鯛連すけるためVE.社 会的分化 の実態を検討 してみ よ).
「
牙 8衰
」は明治初期での資 料を集塵 したもので ある。 この うち上 足守 ・大 井は 前者 カキ陣屋町 .後者が谷 口鵜藩 とい う形で発展 した ゝめ商業的権能がか729添厚 vcあ らわれているが ,藤村地帯であ る下足守 ・上土 田での社会的分化は決 して著 しい もので紘 たい。従 って南部平坦地での戯 民層分解は 席密72意味での分解 で托 禄 く .下向傾 向を示す戯 民 は漸進 的拡大をとける地主 的土地所 有の下vc小作人 と して結びつけ られて行 くと考え られ よう。次 だ上 足守 ・大井 にかいて注 目され るのは 日油 層の広汎Tl・形成で あろ う. この 日庵労肋が 具体 的ve何処 VC授下されたか を漕壕的vc指示す る缶料壮 在 いが .明 治1 6年の吸統計vc上ると賀陽 郡での官費音吐 丑幾晩 24人のみで あることが鹿渡以外に投下されたも・Z)でたい こと女物 陪っ ている。 この ような検討か ら私漣は南部平坦 地を占める足守 ・大 井における戯 民層の分解は . 3反‑ 10反 層での没落傾 向を示す農 民が小 作人 ・農薬 EJ租労 鰍者として地王 制一等生 地主 ・ 手作表幾 層を含めて ‑の下vcくり込まれ て行 くみ ちナ じを明 らかVCす る ことが出来た.一方 . 若干の人 々が上 向傾向を示 す がその テコVCな ったのは綿作 ・藍菓作を中心 とす る商業 的魁兼vC あったと考え られ よう。 更 vE.他 取改正を旋回基軸vcす る地主的土地所有の発飽 ま高利債 的土
‑ 15一一