• 検索結果がありません。

韓国忠清南遣の両班村桃李里における文化と社会

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "韓国忠清南遣の両班村桃李里における文化と社会"

Copied!
28
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)原. 韓国忠清南遣の両班村桃李里における文化と社会 (その1) 村落悉皆調査の手法と経緯. 矢. 野. 黄. Toi−Ii(I). A. 敬. 生‡. 林. 元. 淳榊. 柿. Study. of. Takao. a. 崎. KoreaIl. 在. 圭榊. 京. ]‡‡‡. Village. Yano‡,Jaegyu. Wonsoon. 矢. iIl. 晋. 吾榊. Choomh㎜皿g−Nam−Do. Lim榊,Shingo. Hwa㎎帥,Kyoichi. 野. Provime. Yano榊. Kakizaki榊. Abstract. In. th1s. essay,1)a. descrlpt1on. Toi−1i,Taehoji−myon,Tangjin Korea,and. 2)the. In. method. reacent. way. in. which. followed. the. to. the. this. the. The. context,a. approach. of. organization. of. 1)Purpose. of. they. he]ped. and. cooperation The. the. the. difficulties. has. used,whether. involved. data. and. become the. local. with. materia1s. to. add. more. by. the. authors. in. Japan,has. and1ts. merits. investigations. the would. were. likely. vi11ages. is. as. their. and. and. the kept. a. work,hope. to. the. pericd to. not,the. procedures secret. by. investigation.. of a. g. years. vi11age. are. prior. leamt and. during. in. South. descr1bed. be. able. assistants to. to. by. the. the. gratitude. investigation.First,special. to. South. mterest. or. and. apPlied. thanks. vil1agers,I−jang,Jong−ga,our. Korea. this. scholar1y. mdertaken. people. demerits. 4)Things express. of. this. over. of1996m. in. reported. 2)Procedure. in. between. conducting. to. was. not. been. summer. described.. ma]or. reliability. and. the. fol1ows.. subjects like. a. work. developed. method. m. Province,1ocated. fie1d. assisted. the. conducted. encountered・are. investigation. of. authors. authors,through. re1ationship. in. thls. mvest1gat1on. analysls. was. are. method. the. 3)Description Finally. the. method. necessary. investigations,conducted. Korea.The. and. investigator. co11ect. investigator,although. In many. the. of. an. County,」ChoonchungrNam−Do. used. years,Mono駆aph. Unfortmately,details. of. investigation. to. thanks. and. contribute. a. al1those. to. Korean in. investigation. the. wh0. valuab1e. professors.. new. era. to. the. Japan.. Scゐoolo1肋伽閉∫c伽6召s,肱肋脇伽パ吻. ‡早稲田大学人閻科学部. 杣早稲田大学人間科学研究科博士後期課程. }G励吻あ&肋0け肋伽胞肋㈱,嚇腕倣吻. 榊早稲田大学人間科学部・人間科学研究科. ‡榊S伽010ア肋伽椛∫肋〃伽,伽伽拒∫伽01φ 肋伽閉∫c励㈱,晦必σ肋㈹一妙. 一33一.

(2) 韓国忠清南道の両班村桃李里における文化と社会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一. はじめに. (3)集落の戸数と人口. 1.村落調査の手法. (4)生業形態の変化. (1)調査のねらい. (5)門中組織と村落. (2〕調査までの経緯. 3.現地調査に学んだこと一まとめにかえて. (3〕二村落を対象とした全世帯悉皆調査について. (1〕明確になったことがら. 2.調査対象村落の概要. (2〕調査方法上の成果と課題 (3)今後の作業計画. (1)地理的・行政的位置. (2)歴史的背景. 謝辞. 質を究明しようとすることを目的として,日本・.. はじめに. 韓国・中国の三国の民俗社会の基礎構造を比較研. 近年,韓国や中国に関する関心,特に経済発展. 究するプロジェクトを開始したのである。. に伴う社会変動は多くの研究者が注目するところ. このプロジェクトでは,社会変動の渦中にある. となり,その成果も多く公刊されている。しかし,. 日本・韓国・中国の現代杜会の特質,とりわけ変. 研究の蓄積が増えているにも関わらず,①その多. 動過程の異同を理解するための前提として,①そ. くは中国ないし韓国のいずれか1国を対象として. れぞれの民俗社会を構成する核となる基層文化の. おり,②特定の研究領域に限られ,③既存文献・. 検証にあたって,②そうした文化的環境を比較的. 資料に基づく啓蒙的・概沢的内容のものが目立λ. 濃密に表出していると思われる村落社会を対象と. 特に,④現代社会の実証的方法にもとづく社会学. し,③これまで本研究の共同研究者らによって進. 分野の研究は極めて乏しい。. められてきた研究成果に基づき,分析視点のキー. 特に,日本の研究者による戦後の中国・韓国村. ワードを設定し,④村落社会の実証研究を通して. 落を対象とした実証研究は,民俗学・文化人類学 の分野において先行しており,社会学分野の本格. その異同を明らかにすることを目的としている。 さらに,⑤この研尭を通して,共通の漢字表記の. 的な研究の歴史は浅いのが現状である。. 基本的な用語について,その異同を明らかにする. 異民族社会の理解にとってとりわけ重要なこと は,社会現象の表層の考察にとどまらず,その基. ことも自覚的に行うことを目標としてきた。. 以上の研究を通じて,三国閻の学術交流の基礎. 層をなす社会・文化的構造,特に「民族の心」と. を一層強固なものにするとともに,それぞれの民. もいうべき生活意識・工一トスの解明である。こ. 族に固有の文化についての相互理解を深め,文化. うした基層の理解を通して,日本・韓国・中国に. 交流を通して,より豊かな民族文化の進展に寄与. おける現代の社会変動の個性的・創造的な特質を. することを目指して研究を継続している。. こうした経緯を踏まえて,本論文では1996年夏. 明らかにすることが肝要であると思われる。加え て,日本・韓国・中国相互の関係の歴史は長く,. 期に実施した韓国忠清南道の両班村落における悉. かつ密接であった。そうした歴史の過程を通じて. 皆調査に焦点を当て,(1)本調査に至るまでの経緯. 形成された民俗社会の有り様も無視することは出. と(2〕調査方法について記述することにしたい。. 来ない。. 1980年代以来,民族誌学においては「いかに記. そこで我々は,①長期に渡って目本社会の実証. 述するか」が主たる関心事となってきた。しかし,. 的研究を進めており,同時に②中国・韓国との比. 「書く」ことの前段階として,いかなる方法によ. 較研究に関心を持ち,既に両国の実証研究を同時. って「歩く・見る・聞く」というフィールドワー. 並行的に進展させつつある研究者を動員し,③実. クがなされてきたのか,言い換えれば「調査者が. 証的研究に基づく三国の民俗社会の比較を通して. 現地の人とどのような形で関わり,またどのよう. その異同を明らかにし,それぞれの民族文化の特. な手続きを経て資料やデータを収集したのか」と. 一34一.

(3) 早稲田大学人問科学研究. 第10巻第1号1997年. いう点については古典的民族誌以来,マリノフス. は韓国の民族的特質について明らかにすること,. キーの「日記」刊行にまつわる衝撃的事件にみら. ②新興工業国の一翼を担う韓国における村落社会. れるように,これまで多くが秘匿されてきた。. の変化のプロセスの継時的把握とその変動要因.の. そこで本論文ではこうした状況にかんがみ,私. 考察を行い,変動の実態を明らかにすること,③. たちがここユ0年にわたり日本での村落調査で練り. 社会変動に伴い派生する問題を析出し,日本の村. 上げてきた手法に基づいて,韓国両班村落ヘアプ. 落の現状との対比において,その問題の解決の方.. ローチした手法を明示し,こうした我々の手法の. 途について比較検討すること,④本研究を通じて. 利点と難点を洗い出すことを目的としている。こ. 日韓村落杜会の比較研究の発展のために,基本的. のことは,定性的なフィールドワーク研究におけ. 学術用語の異同について,実証的データに基づい. る信頼性の問題とも深く関わるものであると考え. て明らかにすること,以上の4点を主な目的とし. るからである。. て設定した。. なお,フィールドワークの経験を通して収集し. そして具体的には,韓国研究者の研究分担の協. たアータを解釈し記述したテキストである「民族. 力を得て,韓国9)村落の社会構造と変動にっいて. 誌」の記述の間題及び具体的なデータの分析につ. の総合的モノグラフ研究を行うことを構想し,. いては,現在,調査票及び資料の分析中でもある. ①調査対象村落については,ソウル特別市を含. ので次回以降の課題とし,本論文では主に我々の. む京畿道に接する忠清南道唐津郡の農村・漁村を. 用いた調査手法について考察するものとする。. 選定する。この一帯は,最近になって都市化・産 業化の急激に進行している地域であるが,古くは 中国・山東省との経済・文化交流の歴史があり,. 1.村落調査の手法 (1〕調査のねらい. 既述のように,本プロジェクトは日本・韓国・. 近年両国の国交回復により再び交流の一拠点とし ての兆候が現出しつつある地域である。. 中国の三国の民俗社会の基礎構造を比較研究する. ②調査方法は,世帯調査票による村落の悉皆調. ことを目的に閑始された。これまで柿崎を中心に,. 査を中心に,各メンバーの分担課題に即した事例. 社会学者としては異例の長期継続調査を実施して. 聴取調査,郡・面・里の行政機関や各種団体の調. いる竈例えば中国では山東省葉蕪市鹿野郷房幹村,. 査を行う。. ③各年度ごとの調査結果について,中間検討報. 及び同市葉城区孟花園村において1991年より調査 を開始し,以後92年,93年,94年,95年,96年と,. 告会を行う。. 6次にわたって継続的に調査を行ってきた。. ④最終的な研究報告書を刊行する。. こうした中国における調査研究と並行して,柿. という手順ですすめることに合意した。. 崎の永年の夢でもあった(と言うのは,学生時代. こうした方針の中で特に以下の点,すなわち①. の恩師有賀喜左衛門教授の韓国民俗文化の研究に. 本研究では現地調査による実証研究を重視してい. 影響を受けた)韓国においても,1992年以来,研. ること。特に民族の生活意識,工一トスまで分け. 究を進めるべく事前の交渉を行ってきた。. 本プロジェクトにおける韓国村落の研究にあた. 入るためには,人々の日常的生活に接触・参与す ることが不可欠である。②研究対象を村落,特に. っては,社会学を中心に民俗学・文化人類学との. 韓国の伝統的社会・文化の比較的顕在的と思われ. 共同により,特定の村落を対象とした総合的で,. る同族村を選定していること。③過去の歴史に可. インテンシヴな事例研究を行うことを目指してき. 及的に遡及できる手がかりとなる資料の比較的多. た。そこで,韓国の研究者と我々日本側のメンバ. く保存されている村落,特に日韓関係の歴史を具. ーとの間で,研究方針について幾度も議論を重ね. 体的に示す事実の存在している村落を対象として. た結果,本研究では近年急速に変動しつつある韓. いる。以上の3点は,本研究に独自な視点として. 国の農村・漁村を対象として①変化以前の村落構. 挙げておきたい。. 造の特質を解明することで,韓国の村落,ひいて. 一35一. 次に,我々が用いた具体的な方法にっいて述べ.

(4) 韓国忠清南道の両班村桃李里における文化と社会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一. ることにしたい竈我々のとった方法は,社会学が. 老との意見交挨,京畿遣の農村見学,主としてセ. しばしば採用する「世帯調査票を中心とする面接. マウル運動について聴取を行ったことを皮切りに. 聴取によるデータの収集法」と,文化人類学が通 例用いる「単独でかつ長期問にわたる参与観察. 具体化した(予備調査ユ)。翌1992年には柿崎・矢. 法」,あるいは民俗学の「聴き書調査」と. 村社会学者・崔在律教授の案内で全羅南道・和1頂. いった,. 関連する諸分野の方法のもつ利点を生かすことを. 野が済州島の漁村を一巡した後,全南大学校の農. 郡下の両班同族村を見学。ソウルでは李萬甲名誉. まず考えた。とはいえ,現地調査に対する時間的・. 教授,金一鐵教授らと研究交流を行った(予備調. 経済的制約もあり,①対象村落における短期集中. 査2)。. 的な,全戸悉皆調査を行う。その際,②共同研究. そして1993年は,これまでの訪韓と研究交流,. 者は集落内に住み込むことによって可能な限り参. 及び既存の研究資料に基づいて,柿崎,矢野及び. 与観察及ぴ調査を行う。その後においては,③各. 黄元淳が忠清南道の瑞山郡・泰安郡の農・漁村の. 研究分担課題に即して,比較的短期間の面接聴取,. 予備調査のため訪韓。金一鐵教授の紹介により李. 集中参与調査及び行政資料や文献の収集作業を繰 り返す。さらに,④韓国の共同研究者との間で,. 橦沫教授(梨花女子犬名誉教授・現韓瑞大学校). と面識を得,先生の案内により郡役所・面役所に. 実態の分析・解釈をめぐって討議を重ね,同一地. て聴取・資料収集,さらに里長の案内により調査. 域において共同調査を行う,という調査方法を生. 候補村落に入り,概況調査を行い,調査研究確定. み出した。これはちょうど,柿崎が参加した日本. の際の協力について快諾を得た(予備調査3)。こ. の社会学者による中国村落の研究(文部省科研費. の問,韓国精神文化研究院の文玉杓教授,忠南大. 課題番号03041070,代表:青井和夫流通経済大教 授,「中国都市・農村の社会変動に関する実証的研. 学社会科学部の金弼東教授らとの面識も得て,か. 究」)と,矢野が参加した,日本・比国の文化人類 学者らの共同拳術研究グループで実施したフィリ. 内での調査活動に協力してもらうこととなった。. ねて研究交流を続けてきた教授らとともに,韓国. 牛島巌筑波大教授,「フィリピン中央・西ビサヤ諸. 続く1994年には,5月4日〜9日の日程で柿崎, 林在圭が金一鐵教授と同行の上,李橦沫教授と忠 壮公派宗会の主席副会長・南基重氏の案内で忠清. ピン漁村の調査(科研費課題番号0304015,代表. 島における漁家漁業と地域市場に関する文化人類. 南道麿淳郡桃李里を訪問。両班同族村の概況と門. 学的研究」)をプロトタイプとし,その折衷型に位. 中組織について教示を受けるとともに,門中の成. 置づけられる。. 貝でもある里長や宗家に今後の調査日程などにっ. 12)調査までの経緯. いて再度依頼した。また,面事務所で関連資料を. 本プロジェクトの経緯,特に韓国村落に本調査. 入手し,郡の広報室の案内で漁村の調査候補地を. に入るまでの事前の研究と先方とのやりとりの経. 見学した。. 緯について,次に述ぺることにしたい。. 1995年9月10〜16日,柿崎,吉沢,松囲,小玉. 中国研究については,日本の村落社会を対象と. 教授が唐津郡を訪問(予備調査5)。郡庁,面事務. して数十年にわたる調査経験を有する柿崎が,. 所等に行き,桃李里調査研究についての了解を得,. 1979年に訪中して以来,日中社会学者の交流に参. 郡長の接待を受けた。さらに,桃李里を訪れ,里. 加し,以後中国社会科学院・北京大学の社会学者. 長及び南氏宗族の役員らと懇談し,調査研究の依. との交流を進めてきた。殊に,1991年より文部省. 頼を兼ねて予備調査を行った。. 科学研究費の交付をうけて,本格的な国際学術研. 桃李里を選定した理由は,①比較的伝統的な社. 究に参加し,中国農村杜会の輸郭の把握と,問題. 会構造を持続している両班村であり,日本の同族. の所在を明確にすることに専念してきた。. 村などとの比較が可能なこと,②村落規模が研究. 長年の夢であった韓国調査は,199ユ年にソウル. 者の人数に対比して適正であること,③両班宗家. 大学の社会学研究者との交流のため柿崎が訪韓し. の当主の曾祖母が李橦沫教授の家から婚入してい. た際,李萬甲名誉教授・金一鐵教授ら農村社会学. るといった縁故事情,④門中の成立・村の開発過. 一36一.

(5) 早稲田大学人間科学研究. 第10巻第1号1997年 他方,韓国の研究者も度々訪日され,日本側ス. 程において日本との深いつながりがあること,な. タ…フと意見交換や;日本の村落調査を行った。. どが挙げられる。. この年,日本・韓国・中国の研究者による「早. 具体的には,李萬甲教授の訪日を皮切りに,金一. 稲田大学特定課題研究(国際共同研究)」(No.95. 鐵教授が飛騨白川郷及び静岡県豊岡村の視察に訪. C,代表1柿崎京一,「日・中・韓国の民族社会の. れたほか,崔在律教授が訪問研究貝として3ヵ月. 基礎構造に関する比較研究」)の研究費の交付を受. 間にわたって早稲田大学に滞在された直1995年12. け,国際共同研究集団を組織する。メンバーは以. 月3〜10日には,金一鐵教授,韓相福教授,文玉. 下の通りである。. 杓教授,金弼東教授が来日. し,秋田県平鹿町の同. 日本1柿崎京一(早稲田大学教授),間宏(早稲田. 族村と,栃木県塩原町の山村と酪農地帯などを調. 大学教授),堀口健治(早稲日]大学教授),吉沢四. 査・視察し,同時に日本側研究メンバーとの打ち. 郎(中央大学教授),松田苑子(淑徳大学教授),. 合わせを行った。さらに1996年8月には金弼東教. 児玉敏彦(千葉商科大学教授),矢野敬生(早稲田 (早稲田大学大学院博士後期課程=韓国留学生),. 授以下,忠南大学のメンバー3人が長野県下の2 つの農協調査に来日した。このように日韓両国の 研究者の閻で相互的な学術交流を行ってきた。交. 矢野晋吾(早稲田大学大学院博士後期課程),黄元. 流がスムーズに進行した背景には,韓国の先生方. 淳(早稲田大学大学院博士後期課程=韓国留学. が日本語に堪能であり,日本村落の調査経験を有. 生)。. していること(文玉杓教授は群馬県片品村でのフ. 大学教授),松111昭子(早稲田大学助手),林在圭. 韓国:金一鐵(ソウル大学社会科学部教授),韓相. ィールドワークをまとめた論文によりオックスフ. 福(ソウル大学社会科学部教授),文玉杓(韓国精. ォード大学から学位を取得,宗正基講師は対馬漁. 神文化研究院教授),金弼東(忠南大学社会科学部. 村の調査研究の成果により仏教大学から博士号を. 教授),宗正基(全北大学社会科学部講師)。. 取得されている)を見逃すわけにはいかない。. 中国:陸学芸(中国社会科学院教授),張厚義(中. (3〕一村落を対象とした全世帯悉皆調査について. 国社会科学院教授),王韻(中国社会科学院助教. 本プロジェクトの対象となる日本,韓国,中国. 授),羅紅光(中国社会科学院講師),ヨ≡思斌(北. の三国は,歴史的には漢字表記の言語文化圏をな. 京大学社会学部教授)。. している。しかし,例えば「家」という語が三国. 日本側研尭者の間では,これを機に毎月,月例. において存在するにも関わらず,その意味する内 容はそれぞれの国により異なっている。このよう. 研究会を開催することになった。. 1996年3月には本格的な調査に向け,後述する. に,基本的な用語の異同を明らかにすることは共. ように,キーワードの選定を行った。その後,各. 同研究上,不可欠であり,本プロジェクトの目的. 研究者はそれぞれの研究関心に基づくキーワード. のひとつともなっている。我々は,各国の研究者. を手がかりに悉皆調査票の作成と,聴き書調査に. が共同で調査を行うにあたっては,こうした基本. 向けた事前の研究を進めることになる。. 的な用語に焦点を絞って研究を進めることによっ. 同年5月20〜23日には柿崎・矢野・林が訪韓し, 金一鐵教授に同行していただき,郡役所,警察・. て,基層文化の異同をより明示的に出来ると考え,. 研究にあたってのキーワードを選定することにし. 軍関係機関,農協公社等に桃李里における調査の. た。こうした視点は韓国における集落の全世帯を. 説明と協力を依頼した。また現地では,世帯調査. 対象とした悉皆調査においても,同様の考慮を払. 票の調査項目設定に関する基礎調査を実施した。. い調査票の作成を行うことにした。. そして,本調査の日程を7月9〜23日と決定し,. その際のキーワードには,(1〕三国のそれぞれの. 郡庁・面事務所,里長,宗家への挨拶を行った。. 現代社会を理解するうえで基本的に重要と思われ. その際,韓国側スタッフ(金一鐵教授,金弼東教. る概念(キーワード)を抽出する,(2〕抽出したキ. 授,宗正基講師)に世帯別悉皆調査票の詳細なチ. ーワードを中心テーマとする実証的事例研究(モ. ェックをしてもらう。. ノグラフ)を,それぞれの国について報告する。. 一37一.

(6) 韓国忠清南道の両班村桃李里における文化と社会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一. かつキーワードの異同を通して文化・社会の差異. 我々の研究室の卒業生である朴曜換君が妻子とも. を明らかにする。こうした点を念頭に置いて,各. ども出迎えてくれ,ソウル犬学の宿舎まで卓で送. 研究者がキーワードの選定・提出を96年2月末ま. ってくれた。その後,唐津へ向い,桃李里におけ. でにお願いした。提案されたキーワード案は,柿. る正式な調査依頼を郡役所,面事務所,里長,宗. 崎・矢野ら日本側の研究者が集約し,再び各国の. 家,農協,宜寧南氏忠壮公派のソウルにおける組. 研究者にフィードバックする形で,選定を行なっ. 織である桃南会の副会長らの関係者にお願いする. た。そうしたプロセスを経て,選定したキーワー. とともに,地元警察の了解も取り付けた。また,. ドは以下の3つのグループに犬別した。. 本調査時に世帯調査票調査に協力してもらうため. 第1群の「家族・同族」に関するカテゴリーと. の学生アルバイトの選定を,李橦沫教授にお願い. しては,家族(家庭)の構成と動態,相続,親族. した。そして,本調査の日程を最終的に7月9〜23. 組織(一家子・門中・宗族),先祖祭祀と先祖観な. 日と決定した。. ど,第2群は「土地・労働」に関するもので,こ. 予備調査から帰国後,日本側の研究者間で調査. こには土地(水を含む)の占有・所有・管理と利. 票の最終案(日本語版・ハングル版)を作成し,. 用組織,就業構造と労働移動,労働組織(特に共 同労働),労働観,余暇観などが含まれる。第3群. 印刷,製本を行なった(Appendix参照)。日本側 の訪韓メンバーは,柿崎,矢野,林,矢野(晋),. の「規範・信仰」については,近隣,自治・行政. 黄の5人で構成することとした。その後,韓国側. (支配),生活規範(意識),信仰(祭祀),禁忌,. 生活共同組織,自然神をはじめとする多様な信仰. と電話による事前の打ち含わせを頻繁に行い本調 査に備えた。. (意識)である。. 本調査を迎え,7月9日に成田を発ちソウル金. 研究にあたっては,各研究者がそれぞれ関心の. 浦国際空港へ降り立った我々は,その日のうちに. ある群をとりあげ,分担しながら進めることとし. バスで唐津邑に到着した。翌日,生活必需品を購. た。その際,各群の中からどのキーワードを重点. 入し,桃李里へ向い,里長,宗家への挨拶を行う。. 的にとりあげるかは,各研究者の判断に任せ,上. 11日には李橦沫教授,金一鐵教授,金弼東教授,. 記キーワード以外に重要と恩われるものがあれば,. 桃南会の南基承氏,李穫沫教授の紹介により調査. その都度とりあげることも可能とし,他の群のキ. 票調査へ協力してもらう韓瑞大学の学部学生とと. ーワードに関連してもよいが,基本的に分担の群. もに桃李里へ入る。学生は,崔道漢,朴商錆,梁. を軸に研究を行うことなどを話し合った。これら. のキーワードを基に,各研究者の分担課題に即し. 勝華(以上4年生),李秀珍,金泰詰(以上3年 生),李景錆(2年生)の6名であった。彼らは本. た調査項目を言己載した世帯調査票を作成するとと. 調査に先立って,事前に李教授から調査の趣旨・. もに,共同研究者らによって面接聴取調査,収集. 方法をはじめ個々の質問項目についての詳細な講. した資料の集計分析を行うことにした。. 義を受けていた。. 96年夏に予定している韓国の村落の世帯調査に. 世帯別調査票を用いた悉皆調査は翌12日より16. 向けて,日本側ではこのキーワードを基に各研究. 日までの間で行われた。調査時は葉タバコの収穫. 者が調査票に盛り込む質問項目の作成を開始した。. 期に当たっており多忙を極めている農家も多かっ. 作成した調査票の原票は,予備調査の際に韓国の. たが,関係者の助力もあって,村人は非常に協力. 共同研究者側に提示し,用語や言い回しなどの細. 的に調査に応じてくれた。この間,日本側メンバ. 部にわたって韓国側研究者にチェックしてもらい,. ーは全貝,宗家の建物に投宿し,韓国の学生たち. 加筆・修正を行なった。一方,調査地である桃李. と共同自炊生活を行うことになる。. 里では,世帯調査票の調査項目設定に関する基礎. 悉皆調査と並行して,柿崎は黄の通訳により村. 調査を実施し,調査票の最終案作成に備えた。. の老婦人から主としてライフヒストリーの聴き書. 予備調査は,同年5月20〜23日の日程で,5月 20日にソウル金浦国際空港に到着した。その際. を行い,矢野は林の通訳により古老から葬送儀礼 を中心に調査を行った。一方,黄,矢野(晋)は,. 一38一.

(7) 早稲田大学人間科学研究. 写真1. 第10巻第1号ユ997年. 祭服と祭床(祭祀の膳). 脚力を活かして村内を歩き回り,時には農作業を 手伝ったり,ご馳走にあずかるなどしながら聴き 書を行った。また,林と矢野は,南基承氏から「族. 譜」の解説と解読法の指導を受けることもできた。. 村滞在中には幸運にも宗孫の曾々祖父と曾祖母の. 祭祀(忌祭)が併せて挙行され,我々一同は先祖. 写真2. 忌祭後の直会. (1996年7月桃李里・大宗家において). 祭祀の一端をつぷさに参与観察することもできた。. 本来なら,この祭祀は真夜中に行われるものであ. 学生諸君のそうした熱意と村の方々の懇篤な協. るが,我々のためにわざわざ夕方に時問を変更し て執り行って下さったのである(写真1)。. 力により,面接調査は2,3名の病気入院中の方. 滞在中,我々と韓瑞大学生は,宗家から韓国の. とか,高齢者の独居世帯など,当初から調査対象. 盛夏の伝統食である参鶏湯(サムゲタン)の接待. として外した場合を例外として,全戸で実施する. を受けたり,忌祭終了後の直会に参加し会食にあ. ことが出釆た。日本の村落調査では考えられない. ずかるなどの気遣いをいただいた(写真2)。ま. 成果であった。20日には,村で用意して下さった. た,村人と農協からは野菜や飲み物の差し入れも. マイクロバスで,宗家・里長や村の方々,さらに. いただいた。. 一度帰宅したのち前夜再度我々に対して慰聞に訪. 韓瑞大学生の諸君は,初めての面接調査に加え. れた学生諸君と再会を約束して桃李里を出発,ソ. て,炎天下に歩き回りながら詳細な記録をとるこ. ウルにて韓国側研究者と今後の打ち合わせを行っ. とに相当な苦痛も感じていたようであった。しか. た後,23日に帰国した。. し,村人と交流を深める中,次第に自国の伝統文. 帰国後は,調査票の集計・分析作業を開始した。. 化の深さに触れ,やがて労苦を惜しまず積極的に. 回答は,基本的にカード形式のパソコンソフトで. 調査活動に取り組んでくれるようになった。毎夜,. 管理することにし,フォームを作成し入力を行っ. 調査終了後,その日の聴取調査結果に関するミー. た。このデータと聴き書により得られた資料,現. ティングを行ったが,熱心な発言が相次ぎ,深夜. 地で入手した印刷資料などを検討することと並行. にまで及ぶことも度々だった。. して,調査参加メンバーを中心に,これまで収集. 一39一.

(8) 韓国忠清南道の両班村桃李里における文化と社会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一 期. 日. 調. 査. 手. 順. 1991年8月6〜1ユ日 子備調査(1). 1992年3月12〜18日 予備. 調査(2). 1993年3月15−24日 調 査 準 備 期. 予備調査(3). 1994年5月4−9日 予備調査(4). 各研 各研究者の関心テーマ. 唐溝郡大湖芝面 役所調査依頼. 1995年9月10〜16日 予備調査(5). 1 1996年3月. 1995年12月3日〜10日. 韓国研究者一行来日 文献. 鱗. 1996年5月20−23日. E. テーマ設定. KeyWords の選定. [. 作業仮設 問題意識. 予備調査(6〕 ←Check. 予備. 調査 (6〕. 犬湖芝面役所 調査正式依頼. 各自の質問項目提出 各自の質剛. 世 帯. 調査票皿 調査票原案. 別 調 査 票. 調査票原案(日本語) 調査票原案(. フェイスシート. ハングル語訳. 韓国側メンバー によるCheck. 作 成 期. ・集落センサスの分析 ・資料目録作成. 調査票二≧ 調査票二次原案. 調査票印刷 ・製本. ・年表作成 ・世帯分布地図 ・調査世帯一覧. 調査票完成 ←全戸へ調査依頼状送付. 1996年7月9−23日 本 調 査 期. 本調査 本. 現地の役所(郡庁・面事務所〕等へ挨拶 調査打合せ会(調査補助員). 調. 世帯票調査. 集計・分析. 個別聴き書調査一□蚕二≡≡≡…蚕茎□. 査. 資料収集. ・礼状送付. 韓国共同研究者とのMeeting ・世帯別集計カード設計. ・聴き書データカード化 ・集計カードの入力・分析 ・族譜の分析 ・写真・録音テープの整理 ・分析視角・作業仮説の検討. (パソコン上〕 ・入カ作業 クロス集計. 調 査 結 果 の. 集計データ 聰き書資料 入手資料. 集 計. 分 析 期. 内容検討 ・分析. 「. 文猷資料璽 読込み. 月例研究会 及ぴ 毎週の 文献研究会. 今後の補充調査必要事項. 1997年3月9−15日. 補充 調査. 図1. 調査実施経過のフローチャート. 一40一. ・村地図・世帯一覧の修正.

(9) 第10巻第1号1997年. 早稲田大学人間科学研究. してきた先行研究の文献・論文等をテキストにし. 里は唐津郡犬湖芝面の最西北端,沿岸に近い中山. た研究会を組織し研究を進めている。また,その. 間村落である。かつては海岸線の入り組んだ小半. 成果をもとに,日本・韓国・中国研究の月例研究. 島をなしており,村落の中心部まで干潟が入り込. 会において討論を行なっている。1996年10月25日. んでいた。山間に細長く延びた干潟を囲むように. には「第44回日本村落研究学会」において,林在. して,松などの低木に覆われた低山と丘陵(標高. 圭が「『宜寧南氏忠壮公派』宗族の構造と機能」と. 400m弱)がつらなり,谷筋に家々が点在する散村. 題して研究報告を行った。. 形態をなしている(図3・4)。それゆえ海路以外. なお,世帯調査票はコピー一式を韓国側(ソウ. は道らしい道はなく,地元の人々が「山奥の僻地」. ル大学校社会科学大学)にも送付し,両国の研究. と呼ぷように遠隔地に位置する半農半漁村を形成. メンバーが基礎資料を共有し,自由にデータを利. していた。. 桃李里の土地の大半は山林であり,谷間低地に. 用して研究を行えるように便宜をはかった。. わずかに水田が広がっているに過ぎなかった。そ. 2.調査対象村落の概要. のため米の生産量は少なかったが,良質の土壌に. (1〕地理的・行政的位置. 恵まれ品質の優れた「唐津米」の産地として伝統. 忠清南道唐津郡・瑞山郡一帯は泰安半島に位置. 的に有名であった。. し首都ソウルから西南約150km,高速バスで約3 時間程の距離にある(図2)。調査対象村落・桃李. この地域が大きな変貌を遂げるのは1980年代に 始まる干拓事業によってである。干拓そのものは,. 38㌧ o. 出. ●. 詞. .=黒. .ソウル. 曽鼻.仁川. 9. .、砧幻 3ア. ■. ●. 、、. 、. 唐津郡ノ、. ! 南道、 、. 大湖芝面桃李里. ! 1. 3げ. 」. 犬韓民國. 一. 黄海 大邸. .. 6. o. 切。. o. 」 ・. 珊. 50. 勺. 釦尽. マイル. 4. 3ψ. 図2. 唐津郡の位置 一41一一. 100.

(10) 韓国忠清南道の両班村桃李里における文化と社会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一. 熟. 湧. 、杣パ. ボ;;五. 干脳. ○舳一 ・!\. \ \ 二︶ 一︑. \. 叫 一切ノ 図3. (出典)国立地理院発行 大湖芝面桃李里の位置. 既に日帝時代に日本人入植者の手により始まって. 次に,桃李里の行政上の位置について触れてお. いたが,本格的な干拓は1983年に大湖地区干拓事. きたい。桃李里は,古くは唐津郡大湖芝面に属し. 業が実施されたのを皮切りに,続く84年11月16日 には大湖防潮堤が完成し,村の低地に帯状に広が. てレ・た。唐津郡は2邑のほか,下部単位である10. の面,さらにその下部単位である149の里からな・. る干拓地は水田として整備された。こ・のため,現. り,桃李里もその一つであった。その後1914年3. 在の海岸線は桃李里の中心部から北西に数km. 月に郡の併合によって一度は瑞山郡大湖芝面とな. 離れるまでになっている。さらに,1987年8月に. ったが,1957年に郡行政区域変更によって再び唐. は桃李里の集落が点在する丘陵の西側の石門地区. 津郡大湖芝面に編入された。現在,大湖芝面には. でも干拓事業が始まり,広大な水田と工業団地が. 法定里9,行政里12,自然部落41が属しており,. 造成された。こうして造成された水田は,桃李里. 行政の最末端を担う面事務所の付近には商店・教. の農家にも割り当てられることとなった。これに. 会・警察・食堂・農協支部などがある。桃李里は. 伴い,かつての半農半漁を営んできた浴岸地域は,. 面の中心域から車で約10分程度の距離に位置する。. 稲作と畑作に取り組む農業地域へと変化し,さら. 桃李里は行政上,桃李ユ里と桃李2里の2つに. に一部は工業地帯へと姿を変えつつある。. 分かれる。1里の中心域には村のシンボルである. 一42一.

(11) 早稲田大学人問科学研究. 第10巻第1号. 1997年. 止⑤穫 止皿のc. よ⑳芭ζ㌔ 困. ・. 動阯. llわ峰. 厳. 一ぐ. 皿、蝶. 箆縛蝋肥箒惚 ■. ⑮. .,. ・㌻、、 』. ④佃・義㌻. 、一. ユ. 阯. 価. ぐ. (初且. 山皿. 、. 声◎. 貯水池. 〜 且. 固蘭⑤. 固o②. /. 舳. 、。. ,停日所. \..、、...一. 二\. 6⑲. ^. ◎亡}. 田保o所 6宕人. 今砿o.. 鴉米析. (出典)筆者作成 図4. 桃李里の世帯地図. 神木(写真3)が見られるように,歴史的には1 里を中心に展開してきたが,埋め立てが進むなか で海岸部へ移住が行われ,2里を形成するに至っ. 化を伝えたことで頓に名高い。またこの地域は潮. た。我々が悉皆調査を行った桃李1里は現在,行. 時における国王の避難地ともなってレ・た。. 政上3つの班に分かれており,里長1名と,各班 の班長1名づつが置かれている。. て開拓された村である。入郷を決めたのは,当時. の干満差が大きく,入り組んだ干潟地帯をなして. おり,近隣集落とは隔絶していたため,古くは戦 桃李里は,16世紀半ばごろ宜寧南氏一族によっ. (2〕歴史的背景. 京畿道廣州に居を構えていた南世健(現宗孫の16. 泰安半島は黄海を隔てて中国犬陸の山東省に近. 代祖)で,李朝・中宗王25(1530)年のことであ. く,古来文化的に中国の影響を強く受けてきた。. ったが,実際に定着するのは1641年に南泳(現宗. そのため賛河流域に発達した磨崖仏や石窟様式が. 孫の11代祖)の代になってからである。宜寧南氏. この半島に点在している。三韓時代には馬韓に属. 一族は代々多くの高位官僚を輩出した家門であり,. し,三国時代には百済の領土であった。このため. 特に先祖の中には武官たちが多かった。そのため. 百済文化の遺物が多く現存する地域でもあり,百. 戦争などに巻き込まれる場合が多く,戦死する先. 済滅亡を期に多くの帰化人が日本へ仏教美術や文. 祖も多く出た。中でも南擶将軍(壬辰倭乱,丁酉. 一43一.

(12) 韓国忠清南道の両班村桃李里における文化と社会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一. 写真3. 写真4. 桃李里の(堂山木)神木. 三・一運動先烈追悼碑(大湖芝面). 村の守護神が宿ると信じられている犬樹。 かつてはここで村の祭祀(洞祭)を行った。. 再乱の際の将軍,戦死)と南以興将軍(女真人の. 代には独立運動(19ユ9年の三・一独立運動)が盛. 侵攻「丁卯胡乱」の際の将軍,戦死)は韓国では. んだった地域でもあり,現在当村の近くにその犠. よく知られた名将である。こうした「僻地」に南. 牲者たちを祀った祠堂と追慕碑が建っている(写. 氏一族が定着した背景には,武家として度々戦乱. 真4)。6,25動乱(ユ950〜53年)の時代には班・常. に巻き込まれた経緯があったためと考えられる。. 定住後,南家は代々,大宗家(総本家)を中心. (両班対常民)闘争が激しく,動乱後多くの常民. たちがこの村落から逃散したという。その後ユ970. に在地両班として農業を営んできた。一族である. 年代のセマウル(新しい村づくり)運動の影響に. 村人たちも畑作を中心にわずかながらも水田を営. よって村は変貌し,現在はことに教育・就業上の. み,また干潟で海の幸を得ながらの自給自足的な. 理由から離村が進行し,過疎・高齢化現象が現れ. 生活を続けてきた。現在も大宗家の宗孫(当主). 始めている。. (3)集落の戸数と人口. は先祖たちの偉業を誇りとしながら,当地で農業,. 本調査時における桃李!里の人口構成(表!). 最近では畜産業も併せて営んでいる。. 当村は,地理的には申央と隔絶された辺境の村. をみると,男性99人,女性97人の言十!96人である。. ではあったが,日帝時代の頃までには,村から数. 全体の男女比率はほぽ半々であるが,高齢者にな. キロ離れた場所に唐津浦という港が栄え、他地と. るにつれて女性の比率が高くなるむまた45〜59才. の交易が盛んになっていた。また,教育に熱心で,. までの人口が突出し,その子ども世代とみられる. 武官や多くの政治運動家を輩出している。日帝時. !5一ユ9才の年齢層も多いが,20才から44才までの. 一44一.

(13) 早稲田大学人間科学研究. 年齢層は少なくなっている。. 表1. 第10巻第1号1997年. 桃李里における年齢別構成. その原因は,中学校卒業後に. 農業を選択せず,進学や就職. 20. で他地へ転出するためと考え. られる。このように近年,特. 〜94. に若年層の流出に伴う過疎化. 〜89. が進展しつつある。また,60. 〜84 〜79. 才以上の高齢者の人口も28.1. こうした過疎・高齢化は時代 とともにますます進行する兆. (4〕生業形態の変化. 榊1搬姜. 1萎姜. (〜64 「 映〜59婁迦〜54. 』 握〜49 .1.. 、1■■. 〜29 〜24 〜19 〜14. り,山の谷問に位置している. 〜9. 水田では,しばしば水不足に. 〜4. ま1. 水源とした小規模なものであ. .. 鞠. 桃李里の生業形態は,主に. み合わせて展開してきた。 1970年代まで,水田は溜池を. 20. 議1菱1. 鐘〜39廿〜34. 水田における稲作と畑作を組. 10. 岨〜44︶. しを見せている。. 0. 〜74 〜69. %を占めており,高齢化も進 行していることがうかがえる。. 10. 榊錫. 遭遇したという。これに対し. □男性璽女性. て,村では1960年代に「上桃 池」という溜池を造るなどの. (出典)世帯調査票による. 対策を講じたが,水不足の問 題は完全に解消したわけでは なかった也. こうした状況は,1983年に干拓事業が開始され. した水稲耕作よりもむしろ野菜やタバコ栽培など. たことで一変した。続いて行われた大湖防潮堤建. の畑作の方が伝統的に盛んであった。1974年に朝. 設事業の完成とともに,かつての干潟は水田とし. 鮮ニンジン,続いて1982年にkowari唐辛子,1985. て造成され,1990年には桃李里の農家も無償分配. 年にdalleといった新作物が相次いで導入され,. にあずかった。土地の配分にあたっては,桃李里. これらが家計に占める割合も増加してきている。. に10年以上居住していることが条件となった。そ. のため,労働力が不足している農家や,当地に住. 新作物導入の原動力になったのが自主的な生産組 織「作目班」である。作目班は農協の援助などを. 民登録をしてあっても実際には他地域へ住んでい. 受けながら,ビニールハウスの普及など設備の充. るような場合には,割り当てを受けた水田を,桃. 実に努め,冬の農閑期を利用した作物栽培に大き. 李里に居住しながら農業を営んでいる親戚などへ. な役割を果たしている。これと並行して耕うん機. 譲渡したケースも多々みられたという。当時の分. やトラクターなどを各農家が積極的に導入し、急. 配面積は1戸当たり平均230ト2600坪で,これを 境に農家の水田耕作面積は大きく増加することに. 速に機械化が進行した。. なる。. また,1980年代からは酪農や豚の飼育を手がけ る農家が現れて,現在は14戸が水田と畜産の複合. 桃李里は地勢上,畑作地が多かったため,こう. 形態をとるに至っている。このうち2戸は,豚を. 一45一.

(14) 韓国忠清南道の両班村桃李里における文化と社会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一. 表2. 住民登録による世帯移動(1994年12月31日現在). 全 国 忠 南 唐津郡 唐津邑 合徳邑 高大面 石門面. 市道間. 市道内. 総移動. 転入. 転出. 転入. 転出. 転入. 転出. 1079795. 1248253. 514898. 565518. 564897. 681735. 217342. 230500. 118453. 114598. 98889. 115902. 10414. 11355. 4785. 4881. 5629. 6474. 2592. 2516. 1220. 1288. 1372. 1228. 1245. 1678. 646. 761. 599. 917. 418. 602. 164. 243. 254. 359. 735. 672. 273. 197. 462. 475. 109. 96. 204. 202. 139. 219. 大湖芝面. 159. 313. 63. 貞美面 晒川面 順城面 牛江面 新平面 松嶽面 松山面. 291. 421. 152. 307. 499. 123. 174. 184. 325. 872. 631. 492. 234. 380. 397. 760. 875. 449. 423. 311. 452. 1488. 1371. 585. 498. 903. 873. 880. 1068. 358. 440. 522. 628. 667. 709. 260. 312. 407. 397. 出典:. 表3. 95郡政主要統計. 大湖芝面・里別世帯・人口及び土地面積 口(人) 男. 女. 総面積︵㎞2︶. 農家戸数. 世帯︵戸︶. 人 計.. 地目別面積(km2) 田. 畑. 宅地. 他. 大湖芝面. 1192. 4277. 2163. 2114. 1129. 調琴里. 175. 655. 336. 329. 136. 4.22 O.44 O.72 0.06 0.22. 沙城1里. 80. 306. 153. 153. 81. 4.75 O.25 O.75 0,05 0,46. 沙城2里. 84. 316. 159. 157. 79. 3.54 0.24 O.47 0.04 O.13. 赤鼠里. 169. 568. 278. 290. 157. 桃李1里. 78. 266. 150. 116. 75. 3.73 0.32 O.56 O.04 O.13. 桃李2里. 82. 291. 141. 150. 74. 3.63 0.27. 杜山1里. 73. 243. 134. 109. 73. 3.21 0.48 O.48 O.04 O.21. 杜山2里. 67. 234. 119. .115. 66. 3,66 0.29 O.47 O.03 O.16. 長井里 馬中里 松田里 出浦里. 97. 315. 171. 144. 109. 3.90 O.39 O.69 O.04 O.13. 77. 280. 145. 135. 80. 3.56 O.21 0.67 O.04 O.17. 117. 431. 208. 223. 109. 4.42 O,43 O.65 O.04 O.23. 93. 362. 169. 193. 90. 3.99 O.31 0.47 O.03 O.13. 47.99. 5.38. 4.13 7.25. O.5. O.5. 2,77. O.95 0,06 O.66. O.5. 0.03 O.14. 出典:面政一覧(1984). (1994.12.31現在). 一46一.

(15) 早稲田大学人問科学研究. 第10巻第1号1997年 事派譜」(写真5)によると,本貫祖1世南君甫. (4・9毘〕....... (6.6完〕. (1186−1264)から大宗家(総本家)の現宗孫(桃. 李里在住の現当主)27世南宙金玄までの同姓同本の. 宜寧南氏宗族を形成している。そのなかには17の ・分派があり,忠壮公派はそのうちで,規模や活動. 面で最も大きく繁栄した一派である。当派は本貫. 祖から13代孫の南以異を派祖とする門中で,在地 両班村落を形成し,数多くの堂内集団をもってい (出典)世帯調査票による. 図5. る。. 忠壮公派が積極的に門中として組織されたのは. 桃李里における各戸の生業の状況. 比較的近年に入ってからである。李朝の仁祖王2. (1996年7月現在邑凡例の数値は戸数、 グラフ横の数値は構成比). 年(1624)「振武一等功臣」であり,のちに誼号「忠. 壮公」と忠臣門ならびに賜牌地(約73㎞2)が授け 500頭以上飼育する大規模畜産業を展開している。. 職業構成を見ると,現在桃李里では専業農家 62.3%,畜産との兼業農家26.2%,その他11,5%. られ,「不遷位(王命,1667)」となった南以興を. 派祖とする門中を組織する。忠壮公(写真6)と. いう絶好の派祖たりうる先祖を有した当派はやが. (商業2戸,牧師,公務員が各1戸,無職3戸). て1970年代になると]族から首相を輩出する。こ. となっている(図5)。離村や高齢化が進みつつあ. れを契機に,この政治・社会的基盤を背景として,. るとはいえ,農業の占める比重は依然として高い。. 1971年京畿道の廣州から派祖を含む先祖の墓(5. 韓国における宗族とは,共同先祖の察祀をおこ. 位)を桃李里へ移し,2ヵ所の墓域(写真7)を 造成・整備するとともに,1981年に慕忠館(遺物. ない,相互に扶助し,親睦を図るなど共同意識で. 館)を建立し,既存の忠壮祠(祠堂;1667年建. 結ばれた父系血族(出自)集団である。これは地. 造),族問(忠臣門,1667年建造)(写真8),守宗. 縁を超えて結成されるもので,先祖の察祀や成員. 齋(宗会務所,1661年建造),宗家旧宅(1661年建. の統合・統括のために「宗契」・「宗会」・「門契」. 造)(写真9),ほか多数の碑石なども補修した。. などの組織をもつ。特に宗族は世代交替によって. このように桃李里を忠壮公派の本拠地として聖域. 分節化しうる可能性を常にもっており,実際,祖. 化するとともに,1984年から87年にかけて宗会を. 先祭祀の面からいくつかの下位集団を形成してい. 結成し,1987年には忠壮公派の族譜を編纂するな. 15)門中組織と村落. る。例えば,原始祖(神話的始祖)を頂点とする. ど組織の結束強化,活動体制を充実していくこと. 「花樹会」,本貫祖(実質的始祖,中始祖ともいう). になる。現在,門中の共同財産としては桃李里に. を頂点とする,一般に族外婚の適用範囲であ・る同. 田4200坪,畑1000坪を所有するほか,京畿道城南. 姓同本の「大門中(大宗中)」,派祖を頂点とする. 市に宗会本部・宜寧南氏会館(13階)を経営して. 「門中」,そして現当主の4代祖(高祖)を頂点と. する「堂内」など,祭祀を行う共同先祖によって 多重構造をもっている。韓国では近年,伝統的な. いる。これらは,門中の経済的基盤となっている。. 3.現地調査に学んだこと. まとめにかえて. 価値体系が急遠に弱体化しているが,その中にあ. (1〕明確になったことがら. って宗族の結合意識は必ずしも一方的に衰退せず,. 次に,今回の調査で明確になった点を,キーワ ードのカテゴリーに浴いながら列挙しておきたい。. 再編強化されることもみられる。. 本研究でとりあげた忠清南遣唐津郡大湖芝面桃 李里は名門両班「宜寧南氏忠壮公派門中」(以下忠. 第1群. 壮公派という)に属する世帯が村の約半数以上を. ①家族(世帯)構成の形態,年齢構成. 占めている。忠壮公派は族譜「宜寧南氏忠壮公遺. ②門中活動. 一47一.

(16) 韓国忠清南道の両班村桃李里における文化と杜会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一. 写真5. 宜寧南氏忠壮公派の族譜. 族譜とは家系の記録。李朝中期に両班の間で急速 に普及するが,父系血縁観念の浸透と関係があ る。同じ姓と本貫の父系子孫の記録で,25−30年 ごとに編纂される。続譜は先祖の権威や徳望を具 体的に記録して一族の社会的威勢を根拠づける ものである。. 写真6. 写真7. 忠壮公影槙(肖像画). 南以興将軍は!624年李遣の乱を平定し,振武一等 功臣を授かり,その副賞としてこの影巾貞を国王よ. 忠壮公派大宗家の共同墓地. り授与された(忠壮祠・所蔵)。. 宗家を中心にする祭祀機能と宗会を中心とする. 第2群. 社会的機能の二重構造. ①農地(堰田)開発. 忠壮公派では近年とみに活発化=日本と対照的. ②土地制度,貸借関係,農地改革,土地改良. (ex.族譜の編纂,弓道場(写真10)・展示館の. ③水利組織,用排水路,地下用水,溜め池 ④移住(離村)・労働力移動. 新築,道路の舗装等). 就職・進学により転出,過疎化,農業労働人口. ③村外に拡大する門中のネットワーク. の減少・挙家離村. 日本に比べ希薄な定住意識(柿崎,1997,本誌掲. 載論文を参照)と村外ネットワークのシステム. ⑤契. 新作物の導入や水利における契. ④通婚における両班問ネットワーク 同姓不婚の原則,婚班の形成,姻戚を通じて拡大. ⑤班常関係. 第3群. ⑥女性/食・住との関連. ①村落の構造,運営組織,村落の機能,近隣関係,. 隣接村落との関係. ⑦家屋構造. 一48一.

(17) 早稲田大学人間科学研究. 第10巻第1号. 写真9. 大宗家旧宅(正面). 写真10弓遣場. 写真8 桂1. ユ997年. 1」(忠臣門)とその背後の忠壮祠(祠堂). 忠壮公の武勲をしのんで,1989年に弓道場が建立 された。毎年10月24日に崇慕式および郡弓道大会 が開催される由. における村落(「村」)を対象として世帯調査票を. ②信仰. 時祭 キリスト教の教化. 用いた悉皆調査を行ってきた。今回は,調査方法. 民問信仰. 的に強固な地域ならば,村落という単位が有効だ. を模素する過程で,「日本のように近隣関係が相対. ろうが,血縁に基づいたネットワークが軸となっ. ③社会的ネットワーク. ている韓国杜会で,地域的な単位が有効だろうか」. 門中(血縁),地縁・学緑など. という議論が交わされた筍結果として桃李!里と. ④日本との関連. (2)調査方法上の成果と課題. いう村落を単位とした理由の一つは,当地が両班 村として展開してきた背景をもち,南氏一族が現. 次に,我々が日本の村落研究を通じて培ってき. 在も村落の過半の家を占めているからであった。. 壬申倭乱,干拓事業,三・一独立運動など. た調査手法を,韓国で応用するにあたって明らか. っまり,日本の村落社会学でいうところの「同族. になった利点と問題点について考えてみたい。. 村」的な色彩が強く,韓国にあっても相対的に村. まず問題となったのは,日本の地域社会調査に. 落という範囲内でのネットワークが強いことが想. おいて半ば自明とされてきた「村」という単位を. 定されたのである。しかし,実際に悉皆調査を終. 韓国においても対象として設定したことの賛否で. えてみると,血縁に基づいたネットワークは予想. ある。今回,村落の悉皆調査を計画・実施した柿. 以上に広い範囲に及んでいることが明らかになっ. 崎・矢野は,早稲田大学人問科学部の学部生の実. た。それは,例えば婚姻の際には杜会的に同じレ. 習授業として,1988年から9年問にわたって日本. ベルにある他地域の両班の家に相手を求めるため,. 一49一.

(18) 韓国忠清南道の両班村桃李里におげる文化と社会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一. 逼婚圏が村の範域を大きく越えていく,といった ととなどが随所に見られた。つまり,韓国村落を. 調査票作成の時点までは女性研究者も担当してい. 研究するうえでは,「地域」といった切り口以外の. たが,本調査の研究スタッフとしては参加できな. 視点が,日本の村落研究を行う際以上に重要性を. かった。調査票調査を行う上ででてきたひとつの. 帯びることが明らかになった。さらに,血縁ネッ. 反省点が,「舜国では公式的な場で男僅が前面に出. きたい。ひとつは,女桂スタッフの欠如である。. トワークの強さ以外の側面でみても,「比較的最近. るので,家のことを聴く世帯別調査票調査では女. になって分村した桃李2里を調査の範囲としなけ. 性の姿が見えてこない」という点であった。つま. れば,桃李1里の性格を明らかにしにくいのでは. り,聴き書調査の段階で,女性の視点を加味して. ないか」,あるいは「近隣の他村落との交流にも目. はじめて女僅像が浮き彫りになるという弱点があ. を向ける必要があ. ったわけである。. るのではないか」という疑問が,. 研究の過程で指摘された。. 次に,現地に住み込んでの調査に対する問題点. 次に,言語の問題を取り上げたい。本調査に入. を考えたい。我々は,日本において村落調査を行. る前は,長期にわたって柿崎らが事前の準備を行. う際に,宿舎を可能な限り村の中に設定すること. ってきたことは既に述べた。しかし,そこで忘れ. を続けてきた。村から離れたホテルや旅館に宿泊. てはならないことは,韓国側,特に年輩の研究者. したのでは,村の人との挨拶にはじまり,何気な. が目本語に堪能であったことに加え,留学生が通. い会話を交わす機会も少なくなってしまい,村の. 訳を行ったことである。だからこそ我々日本側の. 人も親近感を持ちにくいという欠点が生じるため. 研究者が韓国語を殆ど修得しないままに現地入り. である。これまでは公民館,空き家などを拝借し. したにも関わらず,意志疎通がスムーズに出来た. て,村人と同じ生活感覚を持つことに心がけてき. わけである。とはいえ,我々が現地の言葉に通じ. た。また,教貝と学生が寝食をともにすることに. なかったことにより,被調査者である桃李里の 方々が我々に直接話しかけることが出来ず,会話 を來わすことが充分に出来なかったため,結果的 にみて人々の心情を深く汲み取ることが出来なか ったという反省が残る。日本の村落調査では,調 査票に記入されない事柄を毎晩のミーティングの. よって,両者の親近感と共通理解が深まることも, 大きな理由のひとつであった。こう. した考えから,. 今回の韓国調査に於いても,現地の方々にご無理 をお願いして宗家の一隅を拝借して合宿すること. にした。これによって,里長や村人との連絡が容. 易になっただけでなく,村人が訪ねて来るなど交. 際などに報告し(後にカード化し),調査スタッフ. 流が深まり,学生とも夜遅くまで情報交換や対話. 全貝で共有するというシステムをとってきた。今. ができるなど,計り知れないメリットを得ること. 回も,学生スタッフが日本側の韓国人留学生スタ. が出来た。半面,全貝合宿したことは,宗家に対. ッフに報告するというやり方をとったものの,日. して大変苦労をかける結果になったことを後で知. 本人スタッフも含めた全員の間で情報を共有する. った。合宿期間中に,宗家の門中の方々が,「この. ことは難しかった。また,調査を進めるにつれて,. 家は,どんな苦しい時代でも,また相手が誰でも,. 現地の人の中には我々の調査ある・いは来訪に関心. お客様を厚くもてなしてきた。しかし,今回は何. を持つ人が多く,直接話をしたい人もいるらしい. のもてなしもできなかった。この家の歴史の中で,. ことが,学生の報告などから分かってきた。我々. こんなことは初めてだ」と漏らしておられた。両. もそうした方々との対話を望んでレ・たため,数人. 班の誇りとしては「奉祭祀・接賓客」ということ. に関しては実際に対話する機会を得られたが,通. なのであろう。我々としては,宗家が酪農を営ん. 訳などの制約があり,全員と逐一交流することは. でいるため,早い日には午前2時頃に起きて作業. 難しかった。. を始め,時として夜中の12時をまわってもまだ作. 全戸調査に関連する問題点は以上であるが,次. 業をし,その合間を縫って察祀の準備に追われて. に我々の調査過程で気付いた点を挙げておきたい。. いるのを目の当たりにしていた。そこで,「ただ泊. まず,調査スタッフに関連した反省点を見てお. めてもらうだけで十分です」ということで宿泊を. 一50一.

(19) 早稲田大学人間科学研究. お願いしたのだが,客へのもてなしを重視する韓. 第10巻第1号. 1997年. これと並行して,現地調査も継続していきたい。. 国の方にとっては気がかりだったのは問違いある. 97年3月9〜15日の補充調査をはじめ,短期間の. まい。. 調査を可能な隈り繰り返すとともに,大学院生に、. 次の問題点は,調査時期の選定である。今回の. よる長期間にわたる参与観察・聴取調査を実施す. 本調査は約2週間にわたったため,時期選定にあ. る計画である。なお,韓国側研究者は既に独自に. たっては,日本側スタッフの大学のスケジュール. 研究費を確保して桃李里の研究を開始しており,. 調整がまず行われた。加えて,韓国での学生アル. こうした調査と連携を一層深めながら,日本・韓. バイトの確保,現地で宿泊・白炊するための生活. 国・中国の社会・文化比較研究を進めてゆきたい. 環境などを勘案すると,夏期休暇期問中が適切で. と願っている。. フィールド調査に当たって不可欠な語学能力の. あろうという結論に至り,調査時期を設定した。. ところが,いざ現地に入ってみると,当地では葉. 向上も我々にとっては大きな課題であるので,文. タバコ収穫の真っ盛りであった。この作業は夏の. 献講読を中心とする研究会とともに,メンバーに. 問の短期問に行われ,天候によっては作業が特定 の日に集中することも多い。そのため,「もっと暇. よる韓国語の学習会も同時に行っていく。. な時期に来てくれたらゆっくり話せるのに」とい. の形で成果を公表していく所存である。さしあた. こうした段階を経ながら,今後随時,論文など り今.回は,第]段階として調査方法とその問題点. う声が村人から聴かれた。. 以上を要約して,日本研究者の韓国村落調査実. を中心に論じたわけであるが,次回は(その2). 施上の留意点を列挙すると以下の通りである。①. として「家・堂内・門中組織」について論じる予. 行政機関(郡庁,面事務所,警察署など)及び里. 定である。. 長に調査の趣旨を念入リに伝えて了解をとり,協. 謝. 力体制をとってもらうこと。②調査に直接関係す る. 辞. 方々,特に現地の方々との信頼関係を確立する. 本研究の実施に際しては,数多くの方々のお世. こと。そのためには,様々な交流の機会(飲食を. 話になった。宗家の南宙鉱ご夫妻,宗会の代表の. 共にするなど)を創出することが大切である。③. 方々は,調査並びに合宿生活全般に亘ってご配慮. さらに,上記②の信頼関係をスムーズに進展させ. 下された。調査期問は煙草収穫の農繁期であり,. るためには,現地の方々にとって直接信頼できる. 各農家とも多忙をきわめていたにも関わらず,長. 知人・友人を介して接触することも留意しておく. 期問に亘り面接調査に応じて下さった桃李里の里. 必要がある。④過去の歴史的認識を正しく持ち,. 長をはじめ村民の各位に対しては,お礼の言葉の. 謙虚な態度で接することが肝要である。. 申し上げようもない。韓瑞大学の学生諸君は,行. (3)今後の作業計画. き届かない生活条件の中で,献身的に協力して下. 以上を踏まえて,今後我々が続行していくべき. さった。こうした彼らの応対がなかったら,恐ら くこの調査は完成し得なかったであろう。改めて. 作業について触れておきたい。. 「歩く. ・見る・聴く」というフィールドワーク. 感謝したい。また,唐津郡の郡長をはじめ職員の. を踏まえて,我々が最終的な目標としているのは,. 方々,警察署,大湖芝面の面長及び職員,農協,. 「韓国両班同族村のモノグラフ」の作成である。. 郷土史家の皆様にも行き届いたご配慮を戴いた。. そのためには,最初の作業として,収集を続けて. 最後になるが,既に述べた韓国の共同研究者なら. きた関連文献及び先行研究の検討を通じて,韓国. びに現地調査に協力して下さった研究者に,改め. 両班村落研究の問題点と課題を一層明確化すると. てお礼を申し上げたい。. ともに,96年の悉皆調査で得たデータの分析を踏 まえつつ論点を絞ってゆくことが必要と考えてい る。. 一51一.

(20) 韓国忠清南道の両班村桃李里における文化と社会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一. 謝辞 暑臼=子暑台』人1言H三・ヱF智q1烈o1刈. 雷…≡是昌g1智王斗呈{…・書. 皆蝕ヰ.. 書フ円冒羊魯早刈目,冒凧1是書q}旦也昌列1刈王刈望暫舎型書召趾q1召 夫1昌圭{…・日H己{暑δH手想[. 二iユ吾刈丑酬召勾. .∫E言}. …上日日今斗……与皇」フ1呈1珊♀. 1=叶{皇……o{にE{…:子言6. 王人}q1魯雪言H羊企15…。o1己101吾目昌1:l1臭耐01. 口6昌・十11≡・昌列1. 書召g呈吾人E冒[1一 重}{≡≡!,量人→[刊斗q. …‡全里……01……=≡≡=!包…オ舎型響ヨEZjq15三暑;子き十ニロ亀企1召≦≧呈. 冒雪訓手蝕[}.ユ暑q智弓O1留蝕[旧O1王刈告勾書計入1実敦昌裂O1ヰ.. [1人1包剋ユ言q生ヱq1吾入固ヰ.生包暮召是是牛目暑一1臭言岬召亀01 引呈,[H亘入1{≡三,田碁目o1言6智是1. 01己1是,去智,る養}λ1,替互三入}フ6……・昌占{≡. 是{…q. 刈1召赴岬己刊1吾刈三ヨ〔}.. 叫入1叫g呈包号q暑暑臼干叫0掴呈ヰ冒刈王人1q1曹弓司羊dd型目昌 列. 裂÷≡…・吾人}暑」≡…』1斗.. (本研究の一部は,「早稲田犬学特定課題研究(国際共同研究,1995・96年度)」の研究費の交付を受け て実施したものである。). 一52一.

(21) 早稲田大学人間科学研究. APPendix. 第10巻第1号. 1997年. 世帯調査票. 忠清甫道唐潭郡犬湖芝面桃李里■地区 当巨〜舌総合冒周査 一冒周. 票一. 査. 世帯番号[] 調査日. 1996. 7. 世帯主名. 本貫. 調査対象者. 班. 〔調査不能の場合〕. 理由:. 属性. 1.専業農家. 2.兼業農家. 3.その他(. 調査員氏名. 韓中日三国共同研究会. ソウル大学、忠南大学、全北大学、韓国精神文化研究院、韓瑞大学 中国社会科学院、北京大学. 早稲田大学、中央大学、干葉商科大学、淑徳大学. 一53一.

(22) 韓国忠清南道の両班村桃李里における文化と社会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一. 1.あなたの家族は何人ですか。→(. )人. 2.家族のうち、普段いっしょに生活している人について。 連番. 関係. 年齢. 性別. 1. 最終学校. 現在の職業. 職場の所在地. 男・女 男・女. 3.家族員のうち現在、仕事や就学などの理由で一緒に暮らしていない方はいますか。 → a. いる b. いない (1) a. いる 場合、その方について。 年齢. 関係. 性別. 結婚 の有無. 出た. 現在の 職業. 最終 学校. 居住地. 隼. 既・未 男・女 4.世帯主の来歴について (世帯主が女性の場合は、夫を基準に答えてください) (1)あなたの本貫と出生地はどこですか。 1〕 太盲 1)本貫. 2)あなたで何代目ですか. 始祖・本貫祖・派祖の. ・)出生地/11鴛工里、. 代目. 潜. (2)雌≡Lの場合。. 1)桃李里に来住したのはいつですか→ ⊥』____」1自≡ 2)どんな理由で桃李里に住むことになったのですか。. 3)来住の時、桃李里内に親戚がありましたか。 世帯番号 本人との関係 a.あった 今. 〔 b.なかった. (3). 班. (世帯主の)職業についておうかがいします。. 1)学校を終えたのは何年(又は何歳)でしたか。また、その時にどんな仕事につき ましたか。 最終学校卒業年. 仕事の種類. 仕事の紹介者. 2)その後、現在までに仕事を変えたことはありますか。. →. d_. 山L. 3)d_場合、仕事を変えた年(又は年齢)、仕事の種類などについて古い 」噴にうかがいます。. 年(歳). 仕事の種類. 転職理由. 就職経緯. (4)世帯主の兄弟姉妹関係について。. 1)あなたの兄弟姉妹は何人いますか。 計. 人. 男. 人. 女. 一54一. 人.

(23) 早稲田大学人間科学研究. 第10巻第1号. 1997年. 2)あなたの兄弟姉妹を年齢順に教えてください(世帯主も含む)。 連. 性別. 生死. 番. 1. 生年. 年齢. 男女. 出た. 現居住地※. 既未. 出た理由. 婚. 年. 既未. 生死. (5)あなたの親の老後の扶養(世話)は、どなたが主にすることにしていますか。 (まだ、何も決めていない場合は、将来についての考えを聞く) (6)将来、あなたやあなたの配偶者の老後の扶養(世話)は、どなたが主にすること にしていますか(まだ具体的に決めていない場合は、予想または希望している ことを聞く)。 (7)親の財産の相続を行いましたか. a.. 戸った. 雌_. C.特にない. ユ)且⊥」Eユた場合には、その相続人と相続分量(面積・金額など)を教えて下さい。. 親の財. 宅地. 家屋. 農地. 山林. その他. 1 *兄弟姉妹の番号は、上記質問 2)の番号を記入する。もし、兄弟姉妹以外の人に財産 を分けた場合には、具体的に記入すること。 2)b.まだ っていない の場合、将来どのように分配しますか。. 5.世帯主の配偶者について (1)現在、配偶者はいますか →. a. いる b.いない 一>(雌昏 岨易1 (2)結婚年はいつでしたか(再婚の場合は再婚年を記入して下さい)。. →. 19. →. 19. (3)上記の旦」竈且. 年. 旦」雛捌. 雌量皿). の場合、それは何年でしたか。. 年. (4)配偶者の実家についてうかがいます。 結婚当時の実. 家の住所. 道/市. ・. 市/郡. 配偶者の本貫. 配偶者の父親の職業 配偶者の兄弟姉妹. 兄弟姉妹_______人のうち___」」ヨー. 6.世帯主の父母の来歴を教えて下さい。 死亡年. 出生年. 職業(退職前・死亡前). 出生地. 父. 母. 一55一. 本貫. 現居住地.

(24) 韓国忠清南道の両班村桃李重における文化と社会(その1)一村落悉皆調査の手法と経緯一. 7.世帯主の子供について. (1)あなたの子供は何人いますか。. 計. 人. 男. 人. 女. 人. (2)あなたの子供についておうかがいします。. 連番. 1. 性別. 出生 隼. 生死. 死亡 年. 出た 年. 既夫. 家を離れた理由. 既未. 生死. 男女. 現居住地. 婚. 8.家族・親戚関係について (1)世帯主は桃李里に住んでから何代目に当たりますか。→(. 代目). (2)桃李里内に、親戚はいますか(南氏の場合、姻戚のみ聞く). 螂_→ b.. 世帯番号. 関係. ない. 9.お宅ては、相談なとはとなたにしますか。(関係と居住地). 居住地. 関係. 居住地. 関係. 10.宅地・農地・山林. (1)現在、お宅で鰍土地面積についてうかがいます。 aLあ■」→. 山林・原野. 水田. 宅地. 他(. ). 計. b.ない. (2)このうち、他人に貸舳土地はありますか。 aLあ五→. 地目. 相手との関係. 面積. b.ない. (3)現在、お宅で経鋤土地面積についてうかがいます。. aLあ3_→. 宅地. 水田. 畑. 山林・原野. b.ない. (4)この申に、他人から償舳ゑ土地は含まれていますか。. a.いる→. 地目. 相手との関係. 面積. b.いない (5)現在、休耕している農地はありますか。 ⊥」あ五→. 地目. 理由. 面積. 口.ない. 一56一. 他(. ). 計.

参照

関連したドキュメント

参加者は自分が HLAB で感じたことをアラムナイに ぶつけたり、アラムナイは自分の体験を参加者に語っ たりと、両者にとって自分の

指標 関連ページ / コメント 4.13 組織の(企業団体などの)団体および/または国内外の提言機関における会員資格 P11

なお、具体的な事項などにつきましては、技術検討会において引き続き検討してまいりま

番号 団体名称 (市町名) 目標 取組内容 計画期間 計画に参画する住民等. 13 根上校下婦人会 (能美市)

番号 団体名称 (市町名) 目標 取組内容 計画期間 計画に参画する住民等. 13 根上校下婦人会 (能美市)

番号 団体名称 (市町名) 目標 取組内容 計画期間

番号 団体名称 (市町名) 目標 取組内容 計画期間 計画に参画する住民等. 13 根上校下婦人会 (能美市)

番号 団体名称 (市町名) 目標 取組内容 計画期間