I.はじめに
冠動脈バイパス術(CABG)は
1960
年代から施行されて おり,確立した治療法の1
つである.カテーテル治療の進歩 とともにその症例数は減少傾向にあるが,現在でも必要とさ れる症例は存在する.SYNTAX(Synergy between PercutaneousCoronary Intervention with Taxus and Cardiac Surgery)trial
1)の 結果を受けて,2018年日本循環器学会の「安定冠動脈疾患 の血行再建ガイドライン」のなかで,詳細な血行再建に関す る推奨とエビデンスレベルが記載されている 2).CABGはSYNTAX
スコアがより高い症例に選択される傾向にあり,すなわち血管病変が複雑であったり,カテーテル治療が困難 な症例が
CABG
のよりよい適応と位置付けられている.一般に
CABG
で使用されるグラフトは動脈グラフトと静 脈グラフトに分けられ,動脈グラフトには内胸動脈,橈骨動 脈,右胃大網動脈などがおもに使用され,静脈グラフトは大 伏在静脈が使用されている.動脈グラフトは静脈グラフトよ り開存率が高く,そのなかで内胸動脈が最良とされ10
年で の開存率は約90%
とされている 3, 4).一方,静脈グラフトは10
年でその約半数が閉塞すると報告されている 3, 4).その閉 塞原因として考えられているのは,早期と後期閉塞があり,早期閉塞は血栓によるもので,後期は内膜肥厚と動脈硬化性 によるものであると考えられている 5–7).特に
1
年未満の早 期閉塞に対しては,術後抗血栓療法が重要と考えられており,さまざまな抗血栓療法に関する研究が行われ,現在では強力 な抗血小板薬投与が推奨されている 2, 8).
また,動脈硬化性疾患が増加しているなかで冠動脈病変も さらに複雑化している傾向にあり,そのなかには多枝病変,
左主幹部病変のみならず,末梢病変部がびまん性に狭窄して いる症例も含まれている.びまん性狭窄病変は,病変部が長 いためステントを何個も挿入する必要があったり,石灰化が 強いためにステント挿入が困難であったりするため,カテー テル治療では難渋することがある 9, 10)ため,CABGの適応と
なることが多い.しかし通常の吻合法では不可能であったり,
たとえ末梢に吻合が可能であっても側枝への血行再建が不完 全 と な る こ と が あ り, 広 範 囲 血 行 再 建 術(On-lay patch
grafting)を行う必要がある
2, 11, 12).これはびまん性に狭窄し た病変部を長く切開し,同長に切開したグラフトで吻合する 術式である.石灰化が強かったり粥状硬化が強い場合には内 膜摘除を追加することもある.いずれにしても,血管内膜の ほとんどが吻合したグラフトの正常内膜に置き換わるため,長期的な開存が見込める術式である.しかし,内膜摘除を行っ た場合には冠動脈の外膜が一部血流に露呈されるため,術後 早期の血栓閉塞が高率に発生すると考えられ,十分な抗血栓 療法が大変重要である.
この章では
CABG
術後抗血栓療法について,特に静脈グ ラフト使用後の抗血小板療法とびまん性冠動脈病変に対するon-lay patch grafting
術後の抗凝固療法について述べる.II.静脈グラフト
静脈グラフトのなかで大伏在静脈は
CABG
のグラフト材 料として最も使用されてきたが,現在でも多くの症例で使用 されている.日本冠動脈外科学会の調査では年間に使用され たグラフトのうち約40%
が大伏在静脈グラフトであった 13). それ以外は動脈グラフトであるが,そのなかでも内胸動脈は ほぼすべての症例で使用されており,その対象血管のほとん どが左前下行枝や回旋枝などの左冠動脈である.また,右胃 大網動脈はその解剖学的特徴からその対象血管は右冠動脈で あり,橈骨動脈は左回旋枝であることが多い.右胃大網動脈 や橈骨動脈グラフトは筋性血管であるためスパスムをきたし やすく,また狭窄度が弱い血管に対して使用した場合,Flowcompetition
をきたし閉塞することがある.そのため,これらの動脈グラフトは,狭窄度が強い冠動脈への吻合に限られる.
以上のような理由から,現在でも大伏在静脈グラフトは広く 使用されている.大伏在静脈グラフトの対象血管は多くの場 合,左冠動脈の対角枝・回旋枝や右冠動脈に限られる.これ らの部位に吻合した場合,左前下行枝に使用した場合と比較 し大伏在静脈グラフトに流れる血流量が少なく流速も遅いた めグラフト閉塞の危険性が高くなる.
大伏在静脈グラフトの閉塞の原因は,早期と後期で異な
1熊本大学生命科学研究部心臓血管外科(〒869-8556熊本県熊本 市中央区本荘1-1-1),2榊原記念病院心臓血管外科,3川崎幸病院 心臓外科
doi: 10.32182/njcoron.1.010 総説
冠動脈バイパス術後抗血栓療法
福井 寿啓1,西川 幸作2,高梨秀一郎2, 3
Toshihiro Fukui, Kosaku Nishigawa, and Shuichiro Takanashi: Antithrombotic Therapy after
Coronary Artery Bypass Grafting. Nihon Kanshikkan Gakkaishi 2019; 1: 49-54
る 5–7).早期閉塞は術後約
1
ヵ月以内に起こるもので,その 最大の原因は血栓閉塞と考えられている.早期血栓閉塞は約8–18%
に発生すると報告されている 5).以降の閉塞の原因として,術後数年は
Intimal hyperplasia
でそれ以降は動脈硬化 によるものと考えられている.すなわち,術後数ヵ月から1
年くらいは抗血栓療法が特に重要と考えられる.古くからア スピリンによる壁在血栓形成の抑制効果は知られており,静 脈グラフトの開存率を上げることが証明されてきた 14, 15).一 方でワーファリンによる抗凝固療法もその有効性が指摘さ れ,アスピリンと比較検討された経緯がある 16).ワーファ リンも同様に,血栓形成を抑制しアスピリンと同等の有効性 が示されたものの,その副作用や出血性合併症が認められた ため,現在では静脈グラフトの早期閉塞予防による開存率維 持のためには推奨されていない 2).アスピリンの開始に関しては,静脈グラフト内の血栓形成 は術後数時間から始まると考えられており,術後出血の危険 性がなくなり次第,できるだけ早くアスピリンを再開するこ とが推奨されている 15, 17).また,術前もできる限り術前日ま で投与が推奨されており 18),それによる出血の危険性はあ るものの有意に出血量が増加することはないとされている.
アスピリンの有効性は示されているものの,静脈グラフト の血栓閉塞を完全に防げる訳ではなく,現在でも数
%
の閉 塞が術後早期に認められている.冠動脈ステントに対する抗 血栓療法はDrug eluting stent(DES)の閉塞予防として,ア
スピリンにもう一剤の抗血小板薬(P2Y12阻害薬)を追加す る抗血小板薬2
剤併用療法(DAPT
)が標準治療となってい る 8).DES後のDAPT
投与期間は現在のガイドラインでは出 血リスクが高い症例を除き6ヵ月以上が推奨されている
2)が,それ以降は症例に応じて単剤療法に切り替えてよいと考えら れている.同様に,静脈グラフトの開存率向上目的で
CABG
術後DAPT
の有効性について検討が行われてきた 19–21).特 に急性冠症候群の症例に対しCABG
を行った場合,術後のDAPT
はアスピリン単剤より優位に心血管死・心筋梗塞を減 らすことが示されている 22).安定狭心症でもDAPT
の有効 性が検証され,そのなかで静脈グラフトの開存率について比 較が行われている.Gao
らは単施設研究にてCABG
術後アスピリン100 mg
単 独群125
例とアスピリン100 mg
+クロピドグレル75 mg
併 用群124
例の術後3
ヵ月後グラフト開存率をCT
を用いて比 較した 23).3
ヵ月後の静脈グラフトの開存率はアスピリン単独群で
85.7%,アスピリン+クロピドグレル併用群で 91.6%
と有意に
DAPT
の開存率が高かった.さらに多変量解析で アスピリンとクロピドグレルの併用療法が独立したグラフト 開存改善に関与する因子であった.さらに,Zhao
らは他施 設共同研究にてCABG
術後アスピリン100 mg
単独群166
例 とチカグレロール90 mg
単独群166
例とアスピリン100 mg
+チカグレロール
90 mg
併用群168
例の術後1
年後のグラフ ト開存率をCT
あるいは血管造影を用いて比較した 24).1
年 後の静脈グラフト開存率は,アスピリン単独群で76.5%,チ
カグレロール単独群で82.8%,そしてアスピリン+チカグレ
ロール併用群で
88.7%
とアスピリン+チカグレロール併用 群で最も良好であり,アスピリン単独およびチカグレロール 単独間に有意差は見られなかったとしている.一方でKulik
らはCASCADE
試験 25)のなかで,CABG術後113
例の症例 をアスピリン162 mg
+クロピドグレル75 mg
群とアスピリン
162 mg
+プラセボ群に分け,1年後のグラフト開存率と血管内超音波検査(
IVUS
)による内膜肥厚の程度を比較し たところ,両群間の静脈グラフト開存率に有意差はなく(ア スピリン+クロピドグレル群94.3%
とアスピリン+プラセボ群
93.2%),肥厚内膜の面積にも有意差を認めなかった(ア
スピリン+クロピドグレル群
4.1 mm
2とアスピリン+プラセ ボ群4.5 mm
2)という結果であった.これらを含めた5
つの ランダム試験958
症例を含むメタ解析では1
年後の静脈グラ フト開存率はDAPT
を使用した症例のほうが4.2%
閉塞リス クが減ると報告している 26).さらにDeo
らは11
個の論文(5
つのランダム試験と6
つの観察研究)の25,728
例のメタ解 析から,同様に静脈グラフト開存率はDAPT
使用症例の方 が高く,さらに人工心肺を使用しない心拍動下バイパス術(Off-pump CABG)においてさらにその傾向は顕著で
55%
も 閉塞リスクを減らすことができるとしている 27).Off-pumpCABG
では人工心肺を使用したバイパス術に比較し術後早期 に過剰凝固の状態が起こるとされており,その明らかな原因 は不明であるが血小板機能の異常や線溶系活性の低下などが 考えられている 28).MannacioらはOff-pump CABG
を施行し た300
症例を2
群に分けアスピリン100 mg
単独群とアスピリン
100 mg
+クロピドグレル75 mg
併用群で比較したところ有意に併用療法群の静脈グラフト開存率は高かったとして いる 29).
以上の結果から,現在のところ日本循環器学会ガイドライ ンでは
CABG
術後DAPT
投与の推奨は,①急性冠症候群患 者に対するCABG
術後投与(クラスI)および②労作性狭心
症に対するOff-pump CABG
術後における静脈グラフト開存 率の改善を目的とした場合(クラスIIa
)となっている 2).III.びまん性狭窄病変に対する On-lay patch grafting 冠動脈末梢の連続するびまん性狭窄病変に対する血行再建 において,
PCI
ではいくつものステントを挿入する必要があ るが,症例によっては難渋することや術後合併症を生じる可 能性がある.Tsagalouらは長い病変に対するステント治療で16.6%
の症例に周術期心筋梗塞を認め,6
ヵ月以内に19.6%
の症例に再狭窄を認めたとしている 10).Sharpらは
617
例の60 mm
以上の長い病変に対しフルメタルジャケット法でステントを挿入したところ 30),平均
38.9
ヵ月の経過観察で心 臓死3.6%
,周術期心筋梗塞9.5%
であったが,標的病変再血 行再建(TLR)は23.4%
と高率であった.また,Shiraiらは 病変が長ければ長いほどTLR
率が高くなると報告してい る 31).以上のように,長い病変に対するステント治療では 周術期心筋梗塞やTLR
が問題となっている.特に左前下行 枝(LAD)の長い病変に対するステント治療では多くの側 枝を閉塞することが最大の問題となる.LAD
のびまん性狭窄病変に対する外科治療の1
つとして 広範囲血行再建術(On-lay patch grafting
法)がある 11, 12).こ の方法の最大の目的は,末梢側への血行再建のみでなく,広 範囲に及ぶ狭窄病変により虚血に陥っている側枝への血行再 建を行うことである(Fig. 1
).びまん性狭窄部末梢側に通常 のグラフトの吻合が可能であっても,その中枢側に狭窄が存 在するため側枝(特にLAD
では対角枝や中隔枝)に対する 血流は十分とはならない.このような症例では側枝を含めた 長い血行再建が必要となる.つまり,できるだけ長くグラフ トを吻合することで,可能な限り広範囲な側枝への血行再建 が必要な症例に対し行う術式である(Fig. 2).狭窄病変部が 末梢側まで連続する石灰化病変のため通常の吻合が不可能な 場合には内膜摘除術を併用したOn-lay patch grafting
法が必 要となることもある.術式は,びまん性狭窄病変部を長く切開し,その切開長に
あわせてグラフトを吻合する方法で,以下に述べる点が重要 である.
1
.対象とする冠動脈はおもにLAD
である.LAD
には側枝(対角枝や中隔枝)が多数存在し,その還流する領 域が広いからである.2. LADの場合,再建に使用するグラ フトは左内胸動脈を使用する.内胸動脈の採取はskeletonized
graft
としたほうが長くて太く使用できるため,広範囲の吻合には向いている.術式の詳細は以下に示す.
①
Onlay patch grafting
法:びまん性病変部位全長を切開し,動脈硬化内膜を摘出しないで血管を再建する方法である.末 梢側に切開を進め,正常内膜に近い部位に到達した時点で切 開を終了する.グラフトを同じ長さに切開し,長い吻合を行 う.8-
0
や7
-0 polypropylene
を数本使用し継ぎ足しながら吻 合を行う.側枝の入口部を直接確認しながら閉塞しないよう 注意して縫合する.切開し再建する血管の長さは2~10 cm
で平均すると約4 cm
くらいである.この術式で重要なのはFig. 2 術中写真.左前下行枝のびまん性狭窄病変に対し左内胸動脈を使用しOn-lay graft-
ingを施行.
Fig. 1 A:術前血管造影.左前下行枝の完全閉塞と末梢側のびまん性狭窄.B:術後血管造影.左前下行枝のびまん性狭窄病変
に対し左内胸動脈を使用しOn-lay graftingを施行.
A B
動脈硬化病変を縫合ラインの外に
exclusion
することで,再 建された血管の内腔のほとんどはグラフトによる正常な内膜 のみとなるため長期開存性が期待できる.②内膜摘除術:1950年代から行われてきた術式は冠動脈 切開部から内膜をけん引して引き抜く方法(
closed
法)であっ たが開存率が悪く 32),現在国内で行われている施設は少ない.一方,長い切開ののち,直視下に内膜を剝離・摘出し,同一 長に切開したグラフトで再建する術式(
open
法)のほうが 開存性は高い.これは基本的にはOn-lay patch grafting
法と 同様の概念であり,再建された血管の内腔のほとんどはグラ フトの正常内膜となる.内膜摘除術はOn-lay patch grafting
法の延長線上にある術式で,より内膜の性状が悪い症例で行 う術式である.内膜の摘除は末梢側まで行い(Fig. 3),正常 内膜に近いと思われる部位に到達した時点で切開を終了し,正常内膜部位で後壁内膜を固定する.摘除された面は外膜の みとなり,外膜面に残存した断片を丁寧に洗浄し摘出する.
On-lay patch grafting
法では早期血栓閉塞の影響が少ないた め,その開存率を含めた成績は良好である.BarraらはLAD
に
ITA
を使用し,その開存率は95%
と報告している 33).わ れわれの成績でも内膜摘除を伴わないOn-lay patch grafting
法の開存率は98%
と良好であった 12).一方,内膜摘除後の 開存率は,使用するグラフト,施行した方法(Closed法かOpen
法か),施行した血管部位等によりさまざまである.Closed
法かOpen
法かを比較した研究ではOpen
法の遠隔開 存率は89%,Closed
法は81%
とOpen
法が有意に良好であっ た 32).われわれの成績でも再建に内胸動脈を使用したOpen
法で90%
以上の開存率であった 34).On-lay patch grafting
術後の抗血栓療法は重要である.特に 内膜摘除を行った部分は血栓形成傾向が高く早期血栓閉塞の 危険性が高いため術後早期から坑凝固療法を開始する必要が ある.内膜摘除術後の抗血栓療法に関する研究は特になく,推奨されている治療も現在のところ存在しない.Shehadaら は
112
例の内膜摘除を施行した症例の予後を調査し,内膜摘 除した部位のグラフト開存率を調査したところ,抗血小板薬 単剤投与群の開存率は76%
であったのに対しDAPT
投与群 の開存率は91%
と有意にDAPT
群のほうが良好であったと している 35).内膜摘除を伴ったOn-lay grafting
術では早期血 栓閉塞の危険性が非常に高く,DAPTの投与が強く推奨され ると考えている.さらにわれわれは早期血栓症例の経験 36)から術後出血の安定した時点で低分子ヘパリンの静脈内投与 を開始し,経口が可能になれば
DAPT
とワーファリン(目 標INR
値2.0–2.5
)を開始している 34).その後,ワーファリ ンは約3
ヵ月で終了し,1年後からアスピリン単剤投与のみ としている.1年後のグラフト造影検査(Fig. 4)で開存率は
96.6%
で,光干渉断層法を施行したところ,内膜摘除部分の表面は平滑で新生内膜の形成が示唆される所見を認めて いる(Fig. 5).内膜摘除を伴わない
On-lay patch grafting
の症 例では通常のOff-pump CABG
症例と同様,DAPT投与とし ている.IV.おわりに
CABG
の対象となる症例は,高齢化および重篤な併存疾患 Fig. 3 内膜摘除術で摘出した内膜.Fig. 5 内膜摘除術1年後光干渉断層法所見.
Fig. 4 内膜摘除術1年後血管造影.
を持つ症例が増えており,手術も複雑な術式を選択する症例 が増えている.グラフト開存率は術後遠隔期成績を左右する 最も重要な因子の
1
つであるため,開存率を改善するためさ まざまな研究が行われている.抗血栓療法は特に重要と考え られており,DAPT投与は今後全症例に対し標準的治療にな る可能性があるためさらに研究が進んでいくと思われる.ま た,On-lay patch grafting
法を施行した症例ではDAPT
を投与 すべきと考えられ,内膜摘除を伴う症例では抗凝固療法の追 加も検討すべきと考えている.本論文に関して開示すべき利益相反はない.
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