• 検索結果がありません。

いわゆる「鞭打ち症」の精神医学

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "いわゆる「鞭打ち症」の精神医学"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

(書台南撞画品昭難癬鋤

いわゆる「鞭打ち症」の精神医学

東京女子医科大学神経精神科教室(主任:千谷七郎教授)

       大  木  卓  朗

       オオ    キ      タク    ロウ

(受付 昭和46年工0月25日)

       Psych量atric Considerations on the So・Called Wk量plasMnj胆ries,,

      Takuro OHKI, M.D.

       Department of Neuropsychiatry(Director=Pro£Shichh.o CHIDANI)

      Tokyo Woinen s Medical College

    Astudy was made on 68 cases of so−called Whiplash I切ury , who v三sitcd, a銑er orthopedic treat−

ments, our department of neuropsychi&try between l 967 and l 969.

    The results wcre summar圭zcd as負)Ilows:

    1) Diagnostic classification, posttraumatic neurasthenic state was食)und in 23 cases;provocative endogcnous deprcssion 14;endogenous depression, not relateted to accidcnt 9;compensation neurosis 6;provocative endogenous mania 2;endogenous mania, not relatcd to acc量dent l;and I l cases showed nothing of abnormality of neuropsychiatric view.

    2) That endogenous manic−depressivc psychosis was fbund more丘equently than posttraumat五c ncurasthenic state, seemed to us expressly remarkablc.

    3) Comparing the symptoms of endogenous depression with those of neurasthenic state, we最)und that the fbrmer o負en showed the type of so−called somatical depression, in which psychic symptoms were covered bchind the somatic symptoms, based on the vltal symptom. We could name the latter as psy−

ch三cal animalic state ,フin which both psychic symptoms and somatic symptoms were in the圭breground With a little abnOrmality On VegetatiVe血nCtiOnS.

    4) On the point of prognosis, Inost of the endogenous deprcss呈ons recovered during severai months.

・Orl thc other hand, many of the neurasthenic states resisted the treatmen乞and o丘en tumed into the o切ective reaction, so−called compensation neurosis ,.

       緒  言

  近年,激増する交通事故に伴って,いわゆる

       へ

「鞭打ち症」あるいは「鞭打ち損傷」として整形

       し

外科,脳神経外科等で治療を受ける間に,様々な 精神症状を呈し,精神科外来へ回されて来る患者

.が増えて来ている.

  ところで,この「鞭打ち症」あるいは「鞭打ち 損傷」という診断名は,きわめて漠然とした概念

であるため,種々の疑問点が指摘され,診断名と しては不適当であるという意見が多いようであ る.そもそも,「鞭打ち損傷」という言葉は,!928 年にH.E・Crowe1)がWhiplaschという言葉を 頚部損傷に対して初めて用い,その後1945年Da−

vis2),1953年Gay and Ab・tt3)によって,交通事 故による外傷としてWhiplasch Injuryという言 葉が用いられた事によって注目を浴びるようにな 一101一

(2)

り,本邦でも1958年飯野4)によって紹介されたも のである.近年,これに関する論文が数多く見ら れるが,それぞれに病名の概念に対する見解が相

違している5)〜10).

 確かに,この「鞭打ち損傷」という言葉は,自 動車による追突,衝突等によって生じた頚椎の過 伸展・過屈曲という一種の受傷機序を表わしてい るに過ぎないため,どのような症状や所見を示す ものを本症と診断すべきかについて,意見が分か れるのは当然のことであろう。一般に,X線上で 頚椎の骨折,脱臼等の明らかな変化が認められ,

明瞭な神経症状を有するものは本症に含めるべき でなく,外傷によって発病し,症状の原因が頚部 特に頚椎周辺の軟部組織にあると考えられるもの だけを本症と認めるべきであるという意見が多い ようである6)〜9).しかし一方,鈴木10)の述べるご とく,これら他覚的所見を有するものを除外する ことは,却って「鞭打ち損傷」なるものを不明な ものとする惧れがあり,骨折あるいは脱臼が明確 に認められれぽ,その診断は骨折であり脱臼であ るべきだが,それらの変化の原因がいわゆる「鞭 打ち損傷」の発生機序によるものであれば,これ を「鞭打ち損傷」から除外しなくとも良いのでは ないかという意見も注目に値する.さらにまた,

いわゆる「鞭打ち症状」の発生因を頚椎周辺の軟 部組織の損傷にあるとすれぽ,これらの損傷は当 然のことながら骨折あるいは脱臼に伴いうるから

「鞭打ち損傷」から除外することは一層困難にな るであろう.

 以上の事に鑑み,ここでは「鞭打ち」という言 葉の適否はともかくとして,いわゆる「鞭打ち損 傷」を,特に追突あるいは衝突等の交通事故によ って鞭打ち機転による外傷を受けたものとしてみ なすこととする.

 さて,これらの外傷によって後に種々の精神症 状を呈するということは多くの報告で見受けられ

る5)11)12)13).同時に精神科医の立場からも,いわ ゆる神経症の観点から,その精神症状に影響して いると思われる心理的社会的要因について述べら れている報告が数回見受けられる14)〜17).

 今回,これらの症例について,精神医学的観点

から,個々の例においてその病像を解明し,精神 科的診断およびその経過と事故との間の相関関係 について考察してみた.

         症  例

 (対象)いわゆる「鞭打ち症」として,外科や 整形外科等で治療を受けた後に,当院精神科外来 を訪れた患者の内,昭和42年,43年,44年の3年 間に,当科初診の症例を対象とした.表1による と,症例数は,昭和42年13例,43年28例,44年27 例,合計68例であった,性別では男51例,女17例 で男性に多く,年令別では20才台,30才台に圧倒 的に多いことが分る.

年度別

表1 症例数

昭 和 42 年 昭 和 43 年 昭 和 44 年

13例 28例 27例 68例 性別.年令別

10 才 台 20 才 台 30 才 台 40 才 台 50 才 台 60 才 台

3 19

!9

7 3 0 51

0 3

8 27

4 23

2 2

17

9 5

68

表2 診断名 臣  症  例

内因性うっ病

内因性躁病

過敏一衰弱惜態

異常体験反応

賠償神経症

驚愕反応

精神神経学的異常なし

68例 23例 3例 23例 6例 2例 11例

57例

 これらの症例の精神科としての診断名を見てみ ると表2のごとくで,内因性うつ病が23例,内因 性躁病が3例,過敏一衰弱情態が23例,異常体験 反応が8例であった.また精神神経学的に異常な しと認められた症例が11例あったが,これはいわ 一102一

(3)

ゆる「鞭打ち症」後の精査を,多くの場合本人が 希望して来院し,診察の結果精神神経学的に異常 所見なく,精神科として治療の対象とならなかっ た症例である.今後は,この精神神経学的に異常 なしとした症例11例を除外した57例について考察 する事とする.

 ここにある過敏一衰弱情態(Reizbar−Schwacher Zustand)とは,曽っての神経衰弱情態 (neuras−

thenischer Zustand)あるいは過敏i青動衰弱情態

(hyper註sthetisch−emotionell schwacher Zustand)

に当るもので,J。五ange18)19)によれば,この神 経衰弱情態は,軽い頭部外傷とか,重篤な感染症 等の疲懲情態後に生ずることがあり,睡眠障害,

食欲不振,欲動減弱,記億力低下,集中困難,刺 激性油点等を呈する症候群である.

 次に,8例認められた異常体験反応の内には,

主として急性期に見られ,強い恐怖や不安により 多く基因する驚愕反応(Schreckreaktion)と,主 として慢性期に見られ,性格的なものにより多く 基因するいわゆる「賠償神経症(Rentenneurose)」

といわれる目的反応との2つの型が含まれてお り,内訳は,前者が2例,後者が6例であった.

 症例1.K・L 28歳,男性.

 家族歴:7人兄弟の長男,妹5人弟1人,父親は2年 前(55歳),脳卒中で倒れ自宅療養中.妹の1人は幼児期 に日本脳炎に罹患,その後智能の発育が遅れ,時々痙李 発作を起こす.

 既往歴:小児期に消化不良,22歳の時胆嚢炎に罹患し た以外に二藍なし.

 性格:本人は,明朗活発でスポーツは何でもやり,高 校時代は柔道部の主将をやっていたというが,家族の話

しでは,到達が母を助けて店を切り回しているにもかか わらず,本人は全く手伝わず,唯ゴロゴロして遊ぶこと

しか考えない怠け者とのこと.

 生活史:八百屋の長男として東京で生まれ育つ.昭和 35年(18歳)高校卒業後しぼらく家業を手伝っていた が,間もなく面白くないからと言って手伝わなくなり,

友人とともに遊び歩くようになる.昭和42年交通事故後 は全く手伝わず,43年父が脳卒中で倒れてからも,店を 手伝つたのは4ヵ月に過ぎない.

 現病歴:昭和42年1月24日夜乗用車を運転,信号待ち 停車の所を傍見運転のタクシーに追突される,そのはず

みで前に停っていた車に衝突し,運転席の出席が折れる ほどの衝撃を受けたが,足を少し打ち体が前後に強く揺 れたくらいで意識喪失は無かった.翌日普通に仕事に出 かけたが,頭全体が痛み,首筋と肩が突張り,仕事が手 につかないため,翌々日の26日当院整形外科受診,頚椎 等に器質的異常所見なく, 「鞭打ち症」の診断の下に以 後2年間種々の整形外科的治療を受けるが症状の改善が 見られず,昭和44年3月(事故後2年1ヵ月),当科へ紹 介される.

 当科初診時,頭痛,首筋の圧迫感,手足のしびれ感,

疲れ易い,イライラする等訴えるが,見た目は元気そう で,日内変動も認められず,過敏一衰弱情態と考えられ た.以後外来治療で薬物療法を試みるが,症状は一進一 退し,9月には嘔気不眠,眩蟹等を訴え,当科第一回 入院となる.抗うつ剤の注射療法により諸症状改善され た所で,入院費は賠償金を当てにして友人から借りてい るからと退院を急ぎ,1ヵ月足らずで退院.その後もそ の訴えは他覚的所見と無関係にその時々で変り,一向に 改善されない.他覚的には元気そうに見えるにもかかわ らず,地道に働こうとする気は毛頭ないようで,首が痛 むからと言って病院へ来る時には必ず首に包帯を巻きつ けて来,交通事故処理に関する法律書を持ち歩いてい

る,

 昭和45年5月,突然演出的盛牽発作を起こし,家族が 心配し,再度入院.頭痛,逢隈,手足のしびれ感,吐 気,不眠,忘れっぽい等訴えるが,脳波,頭蓋撮影,腰 椎穿刺,眼底,視野,脳1貢!管撮影,気脳術等の諸検査で 異常所見は認められない.病棟内での態度は,表面的に は職員にお世辞を言って取り入るが,陰では職員にかく れて酒を飲み,啄められると平然と白を切る。事故後の 賠償に関することにだけ熱心で,タクシー会社を相手取 り一千万円の賠償金を要求し裁判に持込み,症状軽快し た後も治り切るまで入院していると言って,一向に退院

しようとしない.目的のためにはいかなる努力も惜しま ぬ態度が窺われる.

 本館は「鞭打ち損傷」に引続いて,過敏一一衰弱 情態を当科初診時に呈していたものと考えられ

る.しかしその後,この情態が長引く内に,賠償 金目当ての目的反応が加わり,いわゆる「賠償神 経症(Rentenneur・se)」と言われる異常体験反応 へと移行したものと認められる.始めの過敏一衰 弱情態はこの例にも見られるように,諸症状が一 進一退し治り難く,治療に抵抗を示すことが多 一103一

(4)

く,しばしぼその経過中に目的反応へと移行する 場合が認められる.しかし必ずしも全ての過敏一 衰弱情態が本論の如く賠償神経症へ移行する訳で はなく,この目的反応への移行は,本例のごとく 事故前からの患者の生活態度,および入院後の言 動から見られるように,その性格的な要因が責を 負うべきものであると思われる.

 症例2.M.A・33歳,主婦.

 家族歴:母親は8年前65歳で脳出血で死亡。異父姉の 子に癩瘤患者がいる.

 生活史:父親は建築技師.未亡人になって婚家先を出 された10歳年上の母親と結婚したが,患者6歳の時家を 出て他の女性と同棲した.母親は寮母をしながら患老を 育てた.患者が高校生の時に父親が戻って来た.高校卒 業後,大学入試に失敗し,カソリックに入信.化学関係 の研究所に勤め,22歳で恋愛結婚,団地で夫と子供2人 との生活.4年前から教員の免状を取るため,通信教育 を受け始め,またパートタイムでパン屋の店員,ヨーグ ルトの配達,競馬場の馬券売り等をしている.

 性格:父親の言うところでは,一人娘で我儘,非常に 勝気とのこと.友人の話しでは,朗らかで社交的,世話 好き,頭張り屋で責任感が強く,教会の仕事等は徹夜し

てでも仕上げるとの事.

 既往歴=22歳,虫垂炎および子宮後屈の手術.30歳,

子供が心内膜炎になった時,母親としての面倒見が悪か ったからと悩んで眠れなくなり,某大学神経科受診,一 週間眠剤を服用したことがある.

 現病歴:昭和44年2月14日,友人の乗用車に同乗中,

時速40kmでトラック側面に衝突.その瞬間意識喪失,

気付いたら助手席から床に落ちていた,救急車で近くの 外科病院に運ばれ入院. 「頭部と両膝との挫傷および皮 下血腫,腰椎捻挫,鞭打ち症」と診断された.ロ区吐,嘔 気,頭痛,左首筋の痛みが続き,2月下旬から両腕のシ ビレ感が加わる.3月3日便所の帰りに足が動かなくな

り,以後歩こうとしても脚が前に出ないで倒れてしまう ようになる.同8日頃からは口唇がビリビリしびれ,舌 が回らなくなる,水を呑むと左口角からこぼれるように なる.頭痛,不眠が続き,半身不髄になるという不安が 強く,自殺念慮もあった.しかし3月中旬,頚の痛みが 軽くなり,それ以後両腕のシビレや構音・歩行障害も次

;第に軽快して,睡眠,食欲も良くなる.

 精査のため,4月23日当院整形外科に転院した.4月 26日当科初診時,後頭部痛と差明とを訴え,眼振,左側

の三叉神経および顔面神経の不全麻痺,左上肢の腱反射 高進等の所見が認められ,左小脳動脈の血栓症が疑われ たが,脳脊髄液,頭蓋レントゲン,脳波,眼底検査等に 異常所見は認められなかった.

 その後,整形外科で入院治療を受けるが,5月末頃か ら再び,頭痛,嘔気,眩鑑を訴え始め,同23日には起立 させたところ,全身に震えが来て倒れるとか,6月末に も急に両下肢が動かなくなったりすることがあった.6 月29日には,日曜日なのに家族が面会に来なかったとこ ろ,午後から「子供が来ない,主人が浮気している!」

と口走り,以後一時口が回らず,吃るようになる.7月 1日には再び倒れるなど,一寸した切つ掛けで症状増悪 することがあるため,7月2日再び当科へ紹介されて来

る.

 この時は悲しそうに涙ぐんで,色々不安を訴え,頭 痛,四肢のシビレ感,不眠,食欲不振を訴え,生命的制 動(vitale Hemm㎜9),日内変動(Tagesschwankung)

が認められ,4月初診時の神経学的諸症状は認められな かった.「うつ病」の診断の下に内服治療を開始,当科 外来に通う問に,次第に明るい感じになり,元気になっ て来ているようであったが,7月21日夫の面会があった 夜,恐ろしい恐ろしいと言って看護婦を呼び,上下肢を 突張って尿失禁する.翌日,右下肢が動かないにもかか わらず, 「家へ帰りたい」と訴え,外泊したところ,24

日夜,一年中両手足を突張りガタガタ震わせ,利かない 体を這うようにしてベランダの方へ行きアパートの3階 から飛び降りる格好をしたりする.翌25日病院に戻り,

早速当科外来へ来る.ストレッチャーの上で派手に泣き 叫んだり,胸に掛けた十字架を両手で揉み, 「神の御旨 ならばどうぞ私をお召し下さいませ」と繰返しつぶやい たり,ハアハア息苦しそうに胸を喘がせ,両下肢をガタ ガタ盛輩させたりする,ヒステリー性運動暴発を伴う演 出的苦悶状態のため,44年7月28日当科へ転科,入院治

療となる.

 転科当時は終日眼を閉じて臥床,工合を聞くとドキド キ胸を喘がせながら「眼がチカチカする,酌量がする,

頭が痛い」等と,弱々しい声で外国人の日本語のように たどたどしく不自然な口調で答える.盲目にならない か,癩摘ではないか等の心気的不安の訴えも激しく,左 上下肢のシビレ感を訴え,強度の失立失歩状態で,介助 なしにはベット上に身を起こすこともできなかった.し かしこの情態は,抗うつ剤投与により徐々に軽快,8月 末セこは話し方や表清が自然になり,9月中旬には歩行器 なしで歩けるようになる.しかし全体的に無気力で疲れ 一104一

(5)

易く,頭痛,肩凝りを訴え,心気的不安が時々顔を出す すという情態で,10月中旬外泊中,再び夫と口論し,ガ ス管を街えて自殺を企てるという事があったが,その後 は徐々に気分も安定し,多少疲れ易い,寝付きが悪い,

.寝起きがさつばりしないという単純な軽うっ情態で,12 月1日退院.退院後も順調に経過し,45年夏頃には,た まに疲れた時に夜だけ薬を服用する程度で,うつ病がほ 庶全快したと認められる.

 本手は,2月14日の受傷当日から嘔気,頭痛,

首の痛みが始まって,数ヵ月続き,いわゆる「鞭 打ち損傷」としては比較的程度が強いものと思わ れる.しかし2月下旬からの腕のシビレ感,3月

{こ始まった歩行障害,構音障害は後の経過から見 て急性ヒステリー症状と思われ,3月中旬の頭 痛,不眠,自殺念慮を伴う心気的不安等の諸症状

を呈した情態は,事故を切っ掛けとする,ヒステ リー的色彩の強い驚愕反応(Schreckreaktion),

すなわち異常体験反応とみなして良いと思われ る.4月下旬,当科初診時には,不眠,不安は軽 くなっていたが,その後も5月6月と時折,失立 失歩,構音障害等の急性ヒステリー症状の発作が

あったようである.

 7月始めの当科再来時には,悲哀,憂うつ,不 安を訴え,生命的制動,日内変動が認められ,明 瞭な内因性うつ病像を呈していた.このことから 外傷による異常体験反応に引続いて,7月始め当 科再来時の幾らか前頃から内因性うつ病が始まっ ていたものと想定される.その後も,失立失歩,

構音障害,ヒステリー性運動暴発等の症状が発作

.的に出現するが,これらは内因性うつ病をBoden

(基盤)とし,その不安症状の一つの現われとし て生じたものと解せられる.この内因性うつ病を 下地として発生したヒステリー発作および態度に ついては,すでに昭和33年に赤田20)が述べている が,それによると,強靱な存在感情,虚栄心に後 見された,一般に意志人と見られている性格の者 が何らかのこなし切れない局面に遭遇する時,強 靱な存在感情の故に,生の無力感に対する表示衝 動的反動の一つの現われとして,ヒステリー態度 または発作が見られることが詳述してある.本例 の場合も性格の上でも病像の上でも正にこれに照

応する.また経過から見ても,これらのヒステリ ー症状が消画した後は,生命的制動,日内変動の みを呈する単純なうつ志摩に移行し,抗うつ剤投 与により数ヵ月でほぼ全快している.

 事故との関係で見ると,本丁は異常体験反応に 引続いて,J,工ange18)エ9)の言う,「ある事件を 切つ掛けとしてprovozieren(誘発)された」内 因性うつ病の1例とみなすことができるだろう.

しかし,受傷後弓5ヵ月経過してからの発病であ るから,誘発性というよりは,事故とは無関係の 発病と見られなくもない.また,経過中であるこ

とも考慮されなけれぽならないであろう.ともか くも,その限界は移行的である.それにしても,

既往歴による30才時の不眠は短期間ではあるが,

今回の経過から見ると,恐らく第1回のうつ病の Phaseであったと推定される.

 症例3.K.Y.53歳未婚の女性:

 家族歴:父40歳インフルエンザで死亡,母82歳直腸癌 で死亡,弟健康,姪に16歳の夏,1ヵ月間部屋に閉じ籠 りがちになり,学校を止めると言っていた時期があっ

た,

 既往歴:36歳の時,弟の運転する乗用車の助手席に乗 っており,急停車のためスリップした途端にドアーから 放り出され,腰と右肩を打ち,骨盤骨折と言われ,3カ 月間某病院外科に入院,全治する.

 性格:養女と義妹の話しによると,無口でおとなしそ うだが気が強く行動的,理想が高く自分の意見を通した がる反面,人に言われると直ぐ迷って方針が淀まらな い.自分が中心になっていると満足し,構ってもらいた

がる,

 生活史:両親は米国に移民し,コロラドでメロンの栽 培で成功.患者は本籍地コロラドで生れ,父死亡後,小 学校5年の時から日本へ戻り,父の遺産で母,弟ととも に東京で生活.女子高校から英語専門の大学を成績優秀 で卒業,一時旧制女学校の英語教師をし,終戦後進駐軍 に勤める.その後母とともに米国や沖縄へ行ったり,日 本へ帰ってきて母校の英語教師をしたりの生活.現在再 び米軍に勤務,理想が高く縁遠かつたため未婚.3年前 に姪を養女とし一緒に暮している.

 現病歴:昭和43年5月22日,旅行先でタクシーに乗り 追突されたが,別に外傷もなく,自覚症状もなく,直ぐ そのまま帰京.翌日も何ともなく勤務に出樹けたが,事 一105一

(6)

故を起こしたタクシー会社から連絡があり,家族が心配 し勤務先から呼び戻して某病院整形外科を受診.「鞭打 ち症」と言われ,自宅へ帰って来てから頭痛を訴え出し た.通院しながら勤務していたが,薬が切れると頭痛と 吐気がすると訴え,5月27日その病院に入院牽引,湿 布,電気マッサージ療法等を受ける内に,段々意気地が なくなって養女に甘えるようになる.

 6月中旬から夜中時々目覚めるようになり,段々不眠 が強まり朝5時には起きるようになる.近く結婚する事 になっている養女に対して,親切に看病してくれないと 不満をもらし,方々の知人に電話で愚痴を言う.養女の 縁談を取り持つた教会の牧師の奥さんを,自分から娘を 奪う張本人であると言ったり,皆が自分を害しいれよう としていると言ったりし,受持医にも繰返しその事を訴 える.6月末からは辻褄の合わないお喋べりが始まり,

方々に手紙を書くようになる.病院の食事は見ただけで 吐気すると言って食べず,また右手がきかない手が挙が らないと訴えるが,注射を受けた途端,手が挙がるよう になったりした事等から,現在の症状は精神的なもので

「鞭打ち症」は治っていると言われ,7月ユ8日目の外科 病院を退院させられた.

 その後,静岡の友人の好意で身を寄せるが,その友人 をも疑り出し,自分をスパイしている,親戚の者が友人 を使ってスパイさせている,米軍が手を廻している等と 何通も義妹宛に手紙を書く.気分の動揺が激しく,思い 付くと雨の中をショートパンツ1枚で外に出て東京の知 人に電話を掛けたりする。食欲もむらがあり,ガムシャ

ラに食べたり,全く食べなかったりする.態度もだらし なく,思しみがなくなる.

 このような情態で8月2日,養女に連れられて当科を 受診.この時,上機嫌でお喋べり,自制を欠き,まとま りのない情態で,誇大な迫害妄想が認められ,躁病の診 断の下に直ぐ入院となる.入院後,Chlorpromazin, Per−

phenazin等の内服治療により,徐々に言動がまとまって 来て,多少おせっかいで口数の多い軽躁情態で10月23日 退院.12月初めから職場に復帰し,翌昭和45年4月頃,

約1ヵ月間の軽いうつ病期を経て回復。

 旧例は事故後約3週間を経て,不眠,早朝覚醒 の症状を以て,内因性躁病が始まったもので,事 故の翌日からの頭痛,ロ区気はともかくとしても,

入院後の段々意気地がなくなった情態は,いわゆ る「鞭打ち症状」というよりは,むしろこの場合 は躁病の前駆症状としての,うつ情態であった事

が考えられる.とも角,本藍は事故に誘発された.

内因性躁病の一例である.

      考  察

 以上,個々の症例について記述したが,次に全 症例を通じて,ユ) 受傷の程度,2) 精神症状と 受傷との関係,3) 内因性うつ病と過緻一衰弱情 態との病像と経過の比較について,それぞれ以下 に考察する.

 1)受傷の程度

 われわれの症例は,頚椎の過伸展過屈曲という 単なる「鞭打ち現象」による損傷だけを来たした

ものや,同時に頭部外傷,顔面,胸部,四肢等の 外傷を伴うもの等様々であったが,概して症例 1,3で見たような単なる「鞭打ち損傷」だけの ものが多く,症例2で見たようなその他の外傷を 伴うものは少なかった.

表3 受傷による意識喪失の有無 意識喪失の無いもの 48例 数分間一山!0分間意識喪失 8例

数時間意識喪失 工例

 一方,受傷の程度を知るもう一つの平安として,

意識喪失の有無から見てみると,表3のごとく,

57例中48例までは意識喪失を来たさなかった(一 瞬ボーツとした程度のものを含む).一方,意識 喪失を来たした症例は9例であるが,持続時間は 1例だけ数時間におよんだものを除ぎ,その他の 8例は皆数分から数10分間という短かいものであ

った.

 また整形外科受診時の所見を,その病院からの 依頼状あるいは患老や家族の陳述等から見てみる

と,頚椎の骨折,脱臼等の重篤な器質的損傷の認 められたものは殆んどなく,頚部の疹痛や運動障 害を主症状とする頚椎捻挫症が大半で,神経学的 症状は僅かの例にしか認められなかったようであ

る.

 以上から,われわれの症例の受傷の程度が比較 的軽症であったということができよう.それにも かかわらず,当科初診以前の整形外科あるいは外 一ユ06一

(7)

表4 病名別に見た,精神科受診に至るまでの   整形外科等における治療期間

内因性うつ病 内因性躁病 過敏一衰弱情態

賠償神経症

驚愕反応

  計

外来 治療 のみ 12

7

1

 1

121

入 院 期 間

1ヵ月1〜33〜121年

以内 ヵ月 ヵ月 以上 3

1 5

9 4

1

5 2 1 13

4 1 4 2

11 2 1

τ

23 3 23 6 2 57

科での外来・入院の治療期間を見てみると,それ が意外と長いことが認められる(表4).外来治療 のみの21例もその期間は3ヵ月から1年との長期 に亘っているのが殆どであり,また入院治療を受 けた36例の内,入院期間が1ヵ月以内のものは9 例,1ヵ月以上3ヵ月以内のものは13例,3ヵ月 以上1年以内のものは11例,1年以上のものは3 例であった.一般に外科,整形外科等で本症の治 療期間が長期た亘るものかどうかは知らないが,

とも角,われわれの許で精神科の病名をつけられ る例は,軽傷の割合に治療期間が長いものが多い と言えよう.

 しかも,病名別に見てみると,内因性うつ病は 外来治療のみのものが比較的多く,過敏一衰弱情 態と賠償神経症は入院治療を受けたものが多く,

その入院期間も比較的長期に亘っているものが多 い事が分る.

 以上から,この種の症例は,外科あるいは整形 外科を受診し,「鞭打ち症」「頚椎捻挫症」「頚椎 挫傷」等々の病名の下に,種々の療法を受け,比 較的治療が長引く内に,整形外科的局所症状より も種々の精神症状が増強し,外科的に持て余し気 味になり,何ヵ月か後に精神科へ回されて来るも のが多数であったと思われる.このことは特に,

過敏一衰弱情態と賠償神経症においてあてはまる のではないかと推測される.

 2) 精神症状と受傷との関係

 先に,表2で見た如く,われわれの症例は,内 因性躁うつ病,過敏一衰弱情態,異常体験反応と 診断されたが,それぞれについて,その発病と受 傷との関連を考察することとする,

 まず,異常体験反応は,事故という体験を切つ 掛けとする人格反応で,反応の程度が普通の範囲 を越しているもの,あるいは普通よりもきわめて 長期間持続するものを異常と呼ぶに過ぎない.つ

まり,これは疾患ではなく,事故に対する人格の・

異常反応ということである.先に述べたごとく,

われわれの症例ではこの異常体験反応は2つの型 が経験された,一つは驚愕反応であり,一つは賠 償:神経症といわれる目的反応であった.

 前者の驚愕反応(Schreckreaktion)の情態につ・

いては,LKIages21)の表現学に負うところが多 い.それによると,「驚愕とは,とりわけ怖ろし いものから逃げ出そう,遠のこうとする促迫があ る,……思い掛けなく,しかも強力に作用する どんな印象も一過性に認知の確実性をおびやか し,刹那的に見当識を失わしめ,その上恐ろしい 気分を惹起する印象はさらに推進欲動の全般的停 滞(Stockung)を招来する.……驚愕に圧倒された 者は,驚愕による逃走促迫に反して,時にこの全 般的停滞によって,(場所に)固く縛られる結果,

その場から動くことができず,大地に釘づけされ、

た思いをし,時としては恐怖のあまり口もきけな いことになるのである.」このことからも,この 驚愕反応は体験を切つ掛けとした急性期の情態で あり,むろん驚愕し易い人と驚愕し難い人とがあ るが,むしろ性格的なものよりも,その切つ掛け となった恐怖を惹起する印象の強さと突然性に基 因するところが多いものである.われわれの症例 ではこの驚愕反応は2例しかなかったが,これは 受傷後当科初診までの期間が比較的長いために,

このように少なかったものと思われる.

 一方, 「賠償神経症」と一般に言われる目的反、

応は,主として慢性期に見られる情態であり,わ れわれの症例でも症例1で見たように,長期に亘 って継続する過敏一衰弱情態から移行したもので ある.K. Schne圭der22)も述べているごとく,こ の目的反応の多くは,急性の驚愕や不安の時期が 全くなく,最初から純粋に目的のために発生する

ものであり,驚愕反応がより超性格的なものであ るのに比して,この目的反応はより人格の演ずる 役割りが問題となって来るのである.われわれの 一1Q7一

(8)

症例で,この賠償神経症へ移行した症例は6例認 められたが,これらは全て過敏一衰弱情態から移 行したもので,その他から移行したものが認めら れなかったことから,この目的反応が過敏一衰弱 情態と密接な関連があることが注目される,

 過敏一衰弱情態と受傷との関係であるが,先に も述べた如く,この過敏一衰弱情態あるいは神経 衰弱情態と言われるものは,外傷による直接的な 続発症と言って良いものである.これは症例1で 見たように,受傷による「鞭打ち損傷」に引続い て出現する情態で,長期に亘って症状が継続し治

り難く,一部は賠償神経症へと移行する場合があ り,精神科的にもやっかいな一群である.これに ついては次の項で検討する事とする,

 さて,内因性躁うつ病と受傷との関連である が,これは症例2,3のごとき,受傷による誘発

と見られるものと,誘発とは考えられないものと がある.後者は例えば受傷後数年を経て発病した もので,本人や家族は数年後に出現した続発症で はないだろうかと心配して,外科や整形外科を再 び訪れ,当科に紹介されたような例である.その 他,事故前にすでに発病していたと推定される症 例もあり,この場合は事故後,症状の悪化したた めに,本人や担当医師も直接の続発症を疑うもの もあったが,これは誘発ではなく,発病に関して 言えば,事故とは無関係である.

 元来,何らの原因とか切つ掛けなしに発病する というのが内因性払うつ病の定義であり,大多数 は確かにその通りであるが,時には過労とか傷病 等の肉体の異常や,あるいはまた重大な体験とか 環境の変化等に引続いて発病し,これらの異常や 変化が恰かも切つ掛けとなったかのような外見を 呈することがある.前者例としては,風邪,特に インフルエンザ,頭部外傷,重い伝染性疾患,腹 部手術,また病気ではないが出産等があり,後追 は主婦の引つ越し,勤め人の昇進,職場での配置 換え等が挙げられている.H.J. Weitbrecht24)に

よると,この種のものが全体の内因性躁うつ病の 約5%程度に見られると述べられている.これを われわれは,J・エange18)以来,誘発された内因 性躁うつ病と呼んでいるが,その意味は前述の

病気や体験が原因として働いて発病したのではな く,もともと本人に体質的にあったものを単に二 つ掛けとして呼び起こす結果になったと解釈され

るもので,単なる反応性憂うつと区別されるとい うことである.

 体験が切つ掛けとなったというと,先に述べた 異常体験反応との鑑別が問題となるが,反応性躁 病というものは,K. Schneider22)23)も述べてい

る如く,一般に陽性の感情というものは持続時間 が短かいものであり,著明な異常反応を来たすこ とがないのが特徴であることから,臨床的に意義 の少ないものである.そのため,反応性うつ病と 誘発うつ病との鑑別が問題となるが,誘発うつ病 の病像は,内因性うつ病像を示すことはもちろん ながら,一般に発病の切つ掛けとなった体験と内 容的に関連がない事が多く,また経過の上でも比 較的一時的な反応性うつ病と相違することから も,多くの場合容易に鑑別できる,さらに,J.

hnge19)によって, 「反応性うつ病には制動

(Hemmung)が認められないのではないか」と示 唆され,また「それぞれの性格についての正確な 考察によってのみ両者の鑑別が可能となる」と述 べられていることは注目される.

 さて,われわれの外傷を経験した症例で,事故 と無関係に発病した内因性躁うつ病と誘発延うつ

表5 内因性躁うっ病の発病と事故との関係

誘発うつ病

事故と無関係なうっ病 誘 発 躁 病 事故と無関係な躁病

14例 9例 2例 1例

26例

病との比率を,躁病,うつ病それぞれについて見 てみると,表5の如く,誘発うつ病が14例,事故 と無関係なうつ病が9例,誘発躁病が2例,事故 と無関係な躁病が1例であった.

 このことから,われわれの観察症例の範囲内で は,誘発論うつ病が相当の高率で認められるとい

うことが言える.すなわち,内因性躁うつ病26例 一108一

(9)

中16例で約60%を占め,全症例57例中16例と約30

%が誘発拭うつ病であった.「鞭打ち症」による 誘発躁うつ病がこのように多いことは特筆すべき ことで,これまでこの事が殆ど注目されていない だけに一般臨床家の注意を促がしたいところであ

る.

 因に,この内因性叶うつ病26例の内,既往に病 相期の認められた症例,家族内に躁うつ病に罹っ たものが居る症例を数えてみると,前者が17例,

後老が5例認められた.このことから,いわゆる

「鞭打ち症」という外傷の場合にも,既往の躁う つ病歴,家族の既往歴等を聞き落さぬようにすべ

きであると思われる.

 3) 内因性うつ病と過敏一衰弱情態との病田と 経過との比較

 病名分類の項で見たように,これら「鞭打ち 症」後に見られた症例の多数を占める,内因性う つ病と過敏一衰弱情態との両者において,どのよ うに症状および経過が相違し,鑑別し得るかとい う点について考察することとする。

25%  50%  75%

頭痛、頭重 E㌔㌦、●・%㌦o・ひ:・:く・:・:く・㌔:艦∴、㌧

X㌔% 畳.㍉。響り.。.。. . .。. .㌦・.

奥.

フ的症状

頚筋肩の凝り

・。㌔二・㌦ ∴㌔ ・㌔㌦

知覚異常

■ ■ ・

四肢の脱力憾

根気がない疲取易し、㌧㌔・.・・∴・ ・ ∴∵・。・㌦∵・

イライラ怒りフぽい :・:・:・:・:・:・:・

精神的症状

集中力欠如、物忘『 ・:・:・

生甲斐がない ・:・:・:・:・:・:・:

日内変動覚醒不全 苧:く・皆♪=・ト♪:・ひ悼:・%・㌔、、

:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・・:・:・・幽・.・∵・・.・

瞳眠障害

.・F・:・:・:・:・:・:

食欲不振

望:・1・=・:・:・:・:・:・:・:・

生命的不安

雑犠譲i翌)・轍騰

  図 1

 ここに,雨漏の自覚症状の頻度を図1に示し,

比較検討してみる.

 症状比較のための便宜上,LKIages21)の意味 における,主として肉体的(leiblich),主として

精神的(geistig),主として心情的(seelisch)な 現象面について見ることにする,

 図の上段の四項目,頭痛頭重,首筋や肩の凝 り,四肢・胸等の知覚異常,四肢の脱力感,等の 症状は主として筋肉症状,言い換えれば,肉体的 症状と言うべきものであるが,これらの症状は両 者で特に大きな頻度の差は見られない.なお,こ れらの内,上の二つの頭痛頭重,首筋や肩の凝り は,「鞭打ち症」後の症例に多いことはうなずけ るが,これに限らない一般の内因性うつ病にも非 常に多く見られる症状である.因に,内因性うつ 病時に訴えられる頭痛は,これを成因的に見ると きは,筋収縮性頭痛の範疇に入れらるべきもので あるが,これを精神緊張に由来するという意味で の緊張性頭痛 (tension headache)あるいは心因 性頭痛(psychogenic headache)に入れるべきで ない.何故なら,内因性うつ病時の頭痛は覚醒不 全による筋活動準備性の日内変動的低下によるこ とが考えられるからである.これに反し「鞭打ち 症」に続発する頭痛は直接的な筋過伸展によるも のに,さらに心因性緊張性の成因が加わったもの

と解せられる.

 次の中段の四項口は,主として精神的な症状と でもいうべきもので,根気がない,疲れ易い,イ ライラ,怒りっぽい,とがめ立てに走り易い,集 中力欠如,物忘れ,生甲斐がない,等の,より厳 密に言えば自我感情の妨げによる症状は明らかに 過敏一衰弱情態でより多く見られる.特に上の二 つの根気がない,疲れ易い,イライラ,怒りっぽ い等の症状は過敏一衰弱情態の主要症状とでもい うべきものである以上,これは当然であるが,こ れらの精神症状は一般の内因性うつ病においても 少なくない症状であるにもかかわらず,われわれ の症例では頻度が意外と少ない訳で,このことは 注目に値する.

 次の下段の四項目,日内変動覚醒不全,睡眠

障害,食欲不振,生命的不安,等はvital−seelisch,

生命心清的症状とでもいうべき症状で,いわぽ植 物的過程の変調を告げている症状である.これ らは一般の内因性うつ病の特徴的症状であること から,ここでもこの種の内因性うつ病で多く見ら 一109一

(10)

れるのは当然のことと言える.一方,過敏一衰弱 情態で,この日内変動や生命的不安が明らかに少

ない点も注目される.

 これらのことから,いわゆる「鞭打ち症」後に 生じた内因性うつ病はvitalな心的変動を基調と し,主として肉体的な症状が前面に現われ,精神 症状がその背後に隠されている形が多いというこ

とができる.この形のうつ病については,千谷25),

柴田26)の論文によるところが多いが,それによる と古くは仮面うつ病(larvierte Depressi・n),「憂

うつ無きうつ病」(depressio sine depressione)と よぼれていたところのものが,いずれかと言えば 精神症状に比して肉体症状の目立つ形のうつ病と

して,肉体的うつ病(1eibliche Depression)とよ ばれるに至る経過が述べられている.

 一方,過敏一衰弱情態は肉体的症状に伴なって 精神的症状が前面に現われて来ているもので,植 物性過程での,われわれの言う心的過程での変調 を示すことの乏しい形として,geistig−animalisch 精神的一動物的情態とでもいうことができよう.

 ここでは主として自覚症状の比較を見た訳であ るが,他覚的な見た目の相違を見のがすことはで きない.内因性うつ病では見るからに元気なく,

顔色が冴えず,vitalな制動(Hemmung)がその 表現に窺われるが,一方,過敏一衰弱情態では,

根気がない疲れ易いと訴える割りに,見た目は元 気そうで,vitale Hemmungがその表現から観取 れされないことが多い.自覚症状の相違よりもむ

しろこの他覚的所見の相違の方が診断上はより重 要であると思われる.

 次に,この両者における病状の経過を比較して 見る.これらの症例の内,約2年間経過の追跡し 得た症例,内因性うつ病17例,過敏一衰弱情態13 例について検討した結果を表に示す(表6).

 内因性うつ病においては,3ヵ月以内あるいは 1年以内に諸症状軽快した症例が11例,1年経過 しても病状が不変のものが1例,一旦病相期が終 了し軽快したが,その後再び新たな病相期が出現

し,病三一 (phasisch)に経過したものが5例で あった.しかし,これは追跡期間に依存すること であるが, 2年以内でもすでに5例 (5/17=29

表6 内因性うっ病と過敏一衰弱   情態との経過の相違

内因性うつ病

過敏 衰弱 情態

イライラ怒り っぽい情態を 伴う イライラ怒り っぽい情態を 伴わない

以内に3ヵ月 軽快

3

6

肉蝿殿県

快 1変

8

2 2

糠灘

1

4

1 5

%)あったことは,この疾病の本質を裏付けるも のであろう.

 過敏一衰弱情態では,イライラ怒りっぽい情態 を伴うものと伴なわないものとでは,明らかに経 過の相違が認められ,前者では経過が長く治り難 く,後者では大半が3ヵ月以内に軽快し治り易い

という結:果が出た.

 以上のことから,内因性うつ病と過敏一衰弱 情態の両老の比較によると,一般に内因性うつ病 は比較的治り易く,過敏一衰弱情態は治り難いと いうことができよう.そして,過敏一衰弱情態の 内でも,イライラ怒りっぽい情態を伴う経過の長 い,治り難い症例には,症例1で見たような賠償 神経症と言われる目的反応へと移行する例がしぼ しば見られ,イライラ怒りっぽい情態というもの が,その人の性格によって賦形された,正に精神 によって加工された病状であることから,過敏一 衰弱情態の経過はその症例の性格的要因によって 大ぎく左右されるものであるということがでぎょ

う.

         総  括

 いわゆる「鞭打ち症」として整形外科等で治療 を受ける内に,様々な精神症状を呈して精神科へ 回されて来る患者が増えて来ている.今回,昭和 42,43,44年の3年間に,当科外来を訪れた68例 について,精神医学的観点から考察してみた.

 病名別に分類すると,過敏一衰弱情態が23例,

内因性うつ病が事故によって誘発された誘発うつ 病が14例,発病が事故と無関係と思われる内因性 うつ病が9例,賠償神経症が6例,誘発躁病が2 例,事故と無関係と思われる内因性躁病が1例,

一110一

(11)

異常体験反応が2例,精神神経学的に異常ないも のが11例であった.この結果,過敏一衰弱情態が 外傷による直接的な続発症である事は広く知られ ているが,それを上回る頻度で内因性躁うつ病が 認められ,特に誘発匂うつ病が多いことが注目さ

れた.

 次に,内因性うつ病と過敏一衰弱情態との病像 の相違を比較すると,内因性うつ病は心的変動を 基調とし,主として肉体症状が前面に現われ,精 神症状がその背後に隠された肉体的うつ病が多い ということができ,一方,過敏一衰弱情態は肉体 的症状に.伴って精神症状が前面に現われて来てい

るもので,植物性過程,すなわち心的過程の変調 を示すことの乏しい形として,精神的一動物的情 態とでもいうことができた.この両者を経過の上 から見ると,多くは数ヵ月で軽快する内因性うつ 病に比較して,過敏一衰弱情態は長詩こわたって 治り難いものが多く,一部は賠償神経症といわれ

る目的反応へと移行する場合が見られた.

 稿を終るにあたり,ご指導,ご校閲をいただぎました 千谷七郎教授・柴田収一教授に深謝いたします.またご 協力下さいました教室の言言生方に心から感謝いたし

ます.

 (本論文の要旨は東京女子医科大学学会第167回例 会において報告した.)

        文  献

1)Crowe, H.E.3 A new diagnostic sign in neck  i蜘ries. Calif Med 100玉2(1964)

2)Dav丘s, A.G。= Injuries of the cervical spine.

 JAMA127149(1945)

3)Gay, J.R. and K.H・Abbott; Common  whiplash iゆries of neck. J A M A 1521698  (1953)

4)飯野三郎:頚椎部のいわゆるwhiplash inJury  について.整形外科9153(1958)

5)近藤駿四郎:頚性頭痛症候群の病態生理学.外  科治療17287(1967)

6)杉浦和朗:外傷性頚性頭痛症候群について・災  害医学11334(1968)

7)景山直樹:鞭打ち症の診断.災害医学11 365   (1968)

8)土屋弘吉:いわゆる鞭打ち損傷の症状につい   て.災害医学11376(1968)

9)西本 詮:鞭打ち症治療の問題点.災害医学11   442 (1968)

10)鈴木次郎:鞭打ち損傷の症状と診断.臨床外科   22 1661 (1967)

11)津山直一・他:鞭打ち損傷一特に慢性期の治   療一.臨床外科221677(1967)

12)桐田良人・他;いわゆる鞭打ち損傷一治療論.

  整形外科の立場から.臨床整外3288(!968)

13)小林憲夫・他:いわゆるむちうち損傷の精神   身体医学的検討.精,身誌9181(1969)

14)太田幸雄:いわゆる鞭打ち損傷と神経症にっ   いて.臨床外科22!699(1967)

15)高臣武夫:精神神経科から見た鞭打ち症の認   定.災害医学11477(1968)

16)小此木啓吾・他:いわゆる鞭打ち損傷慢性患   者に特有な心理社会的状況・精神医学131867

  (1969)

17)藤波茂忠:㌦・わゆるむちうち損傷難治例   の心理的社会的背景要因について・精神経誌

  73 1 (1971)

18)正ange,」・uBostroem=Kurzge魚sstes

  Lehrbuch der Psychiatrie. Leipzig (1946)

19)Lange, J.= Die endogene und reaktiven   GemUtserkrankungen. Hdb. d. Geist. Bd. VI   Bcrlin (1928)

20)赤田豊治:内因性うっ病とヒステリー,精神経   誌 60 1436 (1958)

21)Kllages, L.=Grundlegung der Wissenscha食   vo皿Ausdruck Bonn(1950)

  (表現学の基礎理論,千谷七郎訳,動草書房,

  1964)

22)Sc}meider, K.:Klinische Psychopathologie.

  Stuttgart (1955)

23)Schneider, KこDie Schichtung des emGtion−

  alen Lebens und der Aufbau der Depressions−

  zustande. Z Neur Bd 59(1920)

24)Weitbrecht, H.」.;Depressive u manische   endogene Psychosen. Psych d Gegenwart,

  Bd II, Berlin(1960)

25)千谷七郎:うっ病の構造分析・精神医学3252

  (1961)

26)柴田収一:実地診療からみた仮面うつ病.治療   52 !553 (1970)

一111一

参照

関連したドキュメント

病状は徐々に進行して数年後には,挫傷,捻挫の如き

 尿路結石症のうち小児期に発生するものは比較的少

 12.自覚症状は受診者の訴えとして非常に大切であ

 神経内科の臨床医として10年以上あちこちの病院を まわり,次もどこか関連病院に赴任することになるだろ

 高齢者の性腺機能低下は,その症状が特異的で

(注妬)精神分裂病の特有の経過型で、病勢憎悪、病勢推進と訳されている。つまり多くの場合、分裂病の経過は病が完全に治癒せずして、病状が悪化するため、この用語が用いられている。(参考『新版精神医

therapy後のような抵抗力が減弱したいわゆる lmuno‑compromisedhostに対しても胸部外科手術を

および皮膚性状の変化がみられる患者においては,コ.. 動性クリーゼ補助診断に利用できると述べている。本 症 例 に お け る ChE/Alb 比 は 入 院 時 に 2.4 と 低 値