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佛教大學大學院研究紀要 13号(19850314) 025大澤亮我「機の語をめぐって」

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全文

(1)

十 売

仏教は八万四千の法門を有し、多くの教説を明している。我々は、それを説明する為に﹁対機説法﹂という便利 な言葉を知っている。この﹁対機説法﹂という言葉を聞いて、すぐさま、その意味するところを知り得た様な気が し、﹁機﹂の語にしても充分に理解しているように思っている。﹁対機説法﹂や﹁機﹂本来の意味が研究の対象とし て取り上げられることは案外少ない。論ぜられるにしても、中国あるいは日本の各宗祖師等の著述上から関われた も の で あ る 。 ﹁機﹂の語は我々にとって非常になじみ深い用語で、特に浄土教においては﹁機の深心﹂とか﹁時機相応﹂とし て重要な意味を有しており、中国仏教においても欠くことのできない語であることは言うまでもない。 そこで本稿においては、﹁機﹂の語をめぐって、 その意味するところを考察しようとするものである。 にもたらされた謂ゆる漢訳仏教文献上において﹁機﹂の語を理解することを目的とする。 そして中国 ﹁機﹂の語の解釈と言えば天台大師智頭︵

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︶ が 最 も 有 名 で あ る 。 ① 経中機語縁語。並是感之異目。悉語ニ衆生↓ として、経中に見られる機の語、縁の語は全て衆生を示す語であると理解されている。そして、機について付徴義、 彼の﹃法華玄義﹄巻第六、感応道交章では 機 の 語 を め ぐ っ て 二 五

(2)

悌教大事大事院研究紀要第十三披 一 一 六 。関義、骨堂義の三義をあげその説明に当てている。ここに示される機の語は法との係わりにおいて述べられてい るもので、仏と人、法と機という相対的な関係の上に明され、謂ゆる感応思想と密接なつながりをもって説かれて い る 。 ① 感応思想とは中国古来の思想であり、﹃周易﹄乾卦・文言伝に 同 部 茸 相 腹 、 同 気 相 求 。 ③ とあり、﹃同﹄威卦・象伝に 威感也、柔上而剛下、二気感慮以相興。 ① とあることや、﹃荘子﹄刻意篇に 聖人之生也天行。其死也物化。静而輿 v陰同 v徳。動而輿 v陽同 v波。不 v 一 一 福 先 ↓ 不 v ニ 禍 始 ↓ 感 市 後 藤 。 とあることによって成る思想である。ただこれら中国古典に見られる感応思想と仏教におけるそれとは若干の異な ③ り が あ る と 思 わ れ る 。 佐 一 道 生 ︵ ? J 制﹀が﹃妙法蓮花経疏﹄に 物機感 v聖。聖能垂 v 。 凡 聖 道 交 。 と記しているように仏教の感応思想では感の主体は凡︵人︶であり応の主体は聖︵仏︶であるという理解を示して ⑥ いたことが知られよう。また、この道生は﹃同疏﹄に 所 以 殊 経 異 唱 者 。 理 山 豆 然 乎 。 寒 由 一 一 蒼 生 機 感 不 二 啓 一 一 悟 高 端 ↓ 是 以 一 一 大 聖 示 有 分 流 之 疏 ↓ 顕 ニ 以 参 差 之 教 ↓ と述べ、仏の教えの多様性を蒼生︵人︶の機感の異なりに見い出している。中国仏教史の上で、このように機の語 ⑦ を用いて、謂ゆる﹁対機説法﹂的思惟を最初になしたのは、この道生ではなかったかと考えられうる。この道生の 理解が、後の智顎の﹃法華玄義﹄の感応道交章における理解へと連なるのであるが、ここでは機というものが中国

(3)

仏教者の間で、このように感応思想と結びついたものとして展開していったものであることを最初に指摘するに止 め、以下、訳経上の問題を取り扱うことにする。 る こ と が で き る 。 訳経上に表われる機の語は、その語が訳語として当てられている原語の意味するところによって、その意味を知 そこで、先ず、訳経の中から、機の語の用例を選び、検討を加える必要がある。しかし、機の語が用いられてい るからと言って、その意味するところは様々である。実際に翻訳経論に当ってみると次の様なものがあげられる。

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O

捷 ①

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機 併 徴 ⑮ ⑧

縁 ⑫

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宜 ⑮ ⑫ ⑫ 応

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⑫ 応 群

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以上の用例だけでなく、訳経に親しく向えば、まだ他にもあるだろう。本稿においてはこれら全ての語を対象と するものではなく、﹁対機説法﹂や機根論としての機の意味を含むと理解されうる諸語を対象とする。 番号で言えば⑮以下の術語において用いられる機の語となる。 先 ず 、 つまり先の このような用例の最初期のものと考えられるものには、菩提流支︵

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?︶の翻訳とされる﹃金剛仙論﹄、 ﹃弥勤菩薩所間経論﹄や﹃大薩遮尼乾子経﹄、勤那摩提︵ J m J ︶訳とされる﹃究寛一乗宝性論﹄を挙げることがで きる。それは、これらの経論までには機の語を含む用例が見いだせないということを示すのではなく、見い出せて 機 の 語 を め ぐ っ て 二 七

(4)

傍教大事大事院研究紀要第十三強 二 八 も、その意味するところが全く異るものであると考えられたことによる。 先ず、﹃弥勤菩薩所閉経論﹄では、どうして弥勤が弟子達に少光天に生ずる法を説かないのかという聞いに対し、 ③ 仏 は 此無二過失↓何以故。菩薩観 v機而説 v 法故。此明ニ何義↓以彼外道婆羅門等長夜思ニ惟。初発天慮是究寛慮↓随一一 順 楽 心 一 而 生 二 彼 慮 ↓ 不 v v 司 行 生 一 一 第 二 禅 四 無 量 行 ↓ 以 是 義 故 。 菩 薩 善 知 ニ 彼 弟 子 心 一 故 。 不 v v v 一 一 第 二 禅 四 無 量 行 ↓ と答えている。ここでは﹁菩薩は機を観じて法を説くが故なり﹂とあり、機を観るという機の語が示すところは、 彼の弟子の心を知るが故に云々﹂ ③ と説くことから、弟子の心に結びつけて考えられるべきものであろう。また同訳﹃金剛仙論﹄では巻第三に 云何如来常自道一言。我是一切智人。善知ニ衆生機根↓稽 v機説 ν法。説必有 v益。終不 v 也 。 として、如来は﹁善く衆生の機根を知り、機に称︵かな﹀いて法を説く云々﹂と述べている。この論にも原典が存 在しないことから、機根や称機に対応する原語を知り、その意味を窺い知ることはできないが、機根とあるから、 ⑮ 宮門笠宮の訳語とも考えられうるがどうであろうか。また﹃大薩遮尼乾子経﹄では仏の八十種好の第七十六に 七十六者沙門程曇説法臆機無有差謬。 原典が存在しないことから明確なことは言えないが、 結の部分に﹁菩薩は善く、 として説かれている。この経には西蔵訳︵以下叶ま訳とする﹀が存在するが漢訳の応機に相応する語は見い出せな ⑬ い。又、異訳である求那践陀羅訳には八十種好の諸相さえ示されていない。 ⑫ 次に勤那摩提訳﹃究寛一乗宝性論﹄では、第一教化品に 以諸菩薩住ニ九地一時。於二切法中↓得 v為一一無上最大法師三官知二切諸衆生心↓到二切衆生根機第一彼岸↓能

(5)

断 二 切 衆 生 煩 悩 習 気 ↓ 是 故 菩 薩 成 ニ 大 菩 提 ↓ 是 故 経 一 一 一 一 口 。 善 転 法 輪 故 。 とあるところに﹁衆生の根機﹂と見えている。 ⑬ で、それを示せば、 この論にはサンスクリット原典︵以下∞宮原典とする﹀があるの ヨ

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言 、 件 。 \ 第九の菩薩地において住する無上なる説法師となったものは、一切衆生の意楽を適切に知り、根を最勝彼岸に 一切衆生の煩悩の習気の相続を断ずる善巧であるから、それ故に成等正覚菩提であり、善く法輪を転ず 運 び 、 るものと言われる。 と な り 、 根 機 に 相 応 す る の は 宮 内 町 ぞ 別 で あ る こ と が 知 ら れ る 。 宮 門 凶 門 戸 吋

ω

は信等の五根、あるいは二十二根として知 られており、宮内凶ユヨの語は最初は帝釈天︵宮骨るの形容詞または属性として用いられたもので、﹁自在の能力﹂ ⑬ ほどの意味を有するものであったと考えられ、唱。君。♂沙門。♂向。

2

4

。 片 田

82

等の意味であり、能力、潜在能 力を表わしている。しかし、ここでは古今ぞ”を根と翻訳することにおいては、言い表わすことのできない﹁根の 機︿はたらきどというような動的な一面を根に与えたかったからに違いないと考えられる。 またこの同時代には筏提摩多訳﹃釈摩詞桁論﹄という論があり、そこには﹁機根﹂、﹁所化之機﹂、﹁機謂三乗機﹂ ⑬ 等、多くの用例を見ることが出来るが、唐代に中国で作られた論であるとされているから、今ここでふれる必要は な い も の で あ る 。 ⑬ 次に中国仏教の一転換期となった随代より少し前における訳経の上では、須菩提︵

1ml

別?︶訳と考えられて 機の語をめぐって 二 九

(6)

悌教大事大皐院研究紀要第十三蹴

いる﹃大乗宝雲経﹄と北斉の那連提耶舎︵酬

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悶︶の訳経の中に機の語の用例を見い出すことができる。 須菩恥の訳経と考えられている﹃大乗宝雲経﹄は蔵経中では蔓陀羅仙の翻訳するとこであると伝えられているが、 受陀羅仙には天監二年ハ別﹀訳の﹃宝雲経﹄があって、現在﹃大乗宝雲経﹄八巻は須菩提訳と理解されている。そ ⑬ の十波羅蜜章には 云 何 菩 薩 了 二 知 衆 生 機 性 一 ⑫ とあり、更に平等品には 復 作 一 一 是 念 ↓ 聞 − 一 諸 如 来 種 種 説 法 ↓ 於 一 一 諸 経 中 一 悉 是 真 実 。 所 以 者 何 。 為 v 二 衆 生 一 故 。 而 諸 如 来 随 v機説 v 。 ハ 中 略﹀復作ニ是念↓聞仏如来了別機性諸根利鈍。所化衆生開ニ以一音説法↓随 v類各各得 v 解断二其疑心↓善根成熟 者市前化 v 。 ︵ 中 略 ﹀ 生 二 加 是 信 ↓ 隠 ニ 機 縁 一 故 教 ニ 化 衆 生 ↓ と説いている。この経では﹁機縁﹂、﹁隠機説法﹂、というように我々が現在用いている定型句としての用い方をし @ ている。この経には異訳が三本あるほか、叶

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訳も存するので、叶

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訳においてそれをみると

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門 町 内 凶 乱 。 h ︵善男子﹀あなたは以下の様に思うのである。諸経中に如来の種々なる説法を聞くということは真実であり、 その通りであり、惑うことがない。それはどうしてかというならば、教化するところの力の故に、如来は信に 応じて衆生達に法を説くのであると思惟して云々︵中略﹀ 次の様に思うのである。如来は意楽と随眠を知るのである。種々に信解し、種々に教化される衆生達に︵如 来は︶教の一戸を語ることによって、疑いを断じ、完全に熟するに応じて諸衆生を教化するのである云々。 菩薩は︵如来が︶衆生の意楽に応じて教化することをすっかり信じる。 となっており、衆生の機性が意楽

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と随眠︵宮伺

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一の訳語であり、また随機に 相応するのが﹁信に応じて︵念仏

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﹀に与え ら れ た も の で あ る こ と を 知 り 得 る 。 た ぶ ん 、 込 町 凶 門 回 目 ︸

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︻ 注 目 M P ︶を機と理解したのは全体の流れから信と訳するよ り、機の方が場に相応したものであると解されたからであろう。因みに機がこの語に当てられている用例は他の経 論において全く見い出せないものである。 また機縁にも意楽

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︶ 凶

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︶が相応する。 ば、機性は機と性と解されるもので機が意楽︵仰泣言﹀、性が随眠守口伝

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てると理解しても無理はないようである。 訟

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という語は制 l t 剖 ︿

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から派生した名詞で、心や心の働き、思考、願等を意味するほか、 @ 容器をも意味する語である。 @ また那連提耶舎の訳になる﹃月燈三味経﹄においては この様に見てくれ 場所そして 機 の 語 を め ぐ っ て

(8)

悌教大事大事院研究紀要第十三競 観 ニ 其 機 器 一 己 ⑧ とあって、この経の∞宮テキストでは、

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直ぐに説くべきでない、器をおしはかつて、︵法の︶器であると知り得たならば、求められなくても 説 時 勿 一 一 倉 卒 一 嘗 v 一 一 器 非 器 不 v 請亦為 v 説 く べ き で あ る 。 この経には異訳は存在しないが、 @ 訳出した﹃大乗集菩薩学論﹄にこの備が引用されている。そこには とあって

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と g m w ︵器﹀を﹁其機器﹂と訳している。 宋代の法護︵側、

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︶ の 説 時 勿 一 一 倉 卒 一 当 v 一 一 器 非 器 一 既 審 一 一 其 機 一 己 とあり﹁其機器﹂とあったものが﹁其機﹂というふうに器の意味さえ消されてしまっている。やはり宋代の訳だけ @ に機の意味においてのみ言い表わそうとしたものである。水谷幸正氏や大門照忍氏の論文では、この﹃大乗集菩薩 宋代の訳という理由と焚本に該当原語が無いというこ点において 不 v請亦為 v 学論﹄に出るこの備を 唐仏教の影響であると 簡単に片付けられているが、﹃大乗集菩薩学論﹄の機の語は﹃月燈三昧経﹄を見れば

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に当てられた訳語で あることが判明する。

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という語はも同剖から派生した名詞で容器や分配、選ばれた場所、いくらかの素 @ 質、能力の顕著な人、何かに適しているもの、何かに値する人等の意味を有しており、﹃華厳経﹄等に説かれる非 器などが有名である。次に那連提耶舎訳﹃大宝積経﹄菩薩見実会をあげることができる。ここでも叶号語の

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@ 同 ︶m w Q b s d邑︶に機の語を与えている。巻第六十二に 仏 以 二 一 音 一 演 一 一 説 法 ︵ 種 種 随 v心各皆解、世尊説臆一一衆生機︵斯則如来不共相 @ とあり、叶

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訳では

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世尊によってなされる教法の一語の中から、京れなる者はその心に相応して種々に︹意味︺を求める。牟尼よ、 汝はその説法をその様に現わす、それが勝者たる仏の不共の相である。 @ とある文や龍王授記品に 以是如来知ニ諸衆生機根一深信如来。無有少分不見不開不証如来正法。是其善説能令−一大衆一間巴現知無 v 有 二 時 節↓随 v機授 v法必令 v v 果 。 と説かれるところを ] 川 島 宮 内 弓 号 ゲ 岳 山 口 怒 。 宮 市 伊 仏

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・ \ この様に如来は一切衆生の意楽を知る。世尊よ。それ︵世尊の法︶を知ることなく、見ることなく、聞くこと @ 叶

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訳においては なく、明らかにしない︵等︶ということはないのであって、世尊の法はよく説かれ において秘密でなく、時節がなく、解脱に近づかしめるものである。こう見るものに功徳がある。 正しく聞かれ 知ること とあることによって知られる。後者の用例では面白いことに﹁機根﹂を訳語とするのは

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降旬。ハ古母ぞろでは な く 、

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︶なのである。機根とあれば誰しも吉弘ユヨ、の訳語であると考えがちであるが、このよう な用例もあることは気にとめておく必要があろう。ただし他の経論の中には、この用例を見ることはできないよう 機 の 語 を め ぐ っ て

(10)

悌教大事大事院研究紀要第十三強 四 である。また那連提耶舎には中国仏教史上、欠かすことのできない訳経がある。それは末法思想の流行に大きな役 @ 割を果した﹃大集月蔵経﹄である。同経一切鬼神集会品には 是 故 於 ニ 今 五 濁 極 悪 一 白 法 損 減 。 如 来 出 世 。 一 切 衆 生 於 一 一 慈 導 師 一 得 v 生 一 一 敬 信 尊 重 愛 築 ↓ 悌 所 v 発言称 v 機 利 益 。 具 コ 足 功 徳 智 慧 之 緊 一 得 v 成 − 一 大 悲 ↓ 機に称いて利益す﹂とある。 しかし彼の訳業からして、機は人の心

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ほどのものと考えられる、 を時間的な意味に解すれば機会に称う、時機にかなうという意味になるが、那連提耶舎の訳業、たとえば菩薩見 @ 実会では、﹁善合時機大利益﹂として機の語を用いながらも時の語を付し区別しているから、称機の機は衆生の機 @ の意味であると理解されよう。また同経の法滅尽品には非常に興味を引く偽がある。そこには 大衆皆黙然、唯有一一賢劫衆一誠勃為一一上首一一切皆悉起、合掌而白 v 仏 、 成 作 ニ 如 是 一 吉 田 一 我不 v 詣ニ徐方一護ニ持仏正法一尽ニ我精進力一成ニ熟大菩提一随一一於彼時中一臆 v 機而説 v とあって、﹁彼の時中に随い機に応じて法を説く﹂として、時と機と法ハ教︶の三者を関係づけて説いている。時 とは悪世を示すものであるから、特に浄土教等でいう時機教の相応と一致するものである。道蛸肝︵

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附︶が﹃安 楽集﹄において﹁第一大門中明教興所由約時被機勧帰浄土者。若教赴時機易修易悟。若⋮機教時訴難修難均﹂と、浄 土教の時機︵時と機﹀に相応することを述べるのも、ここあたりに基づいたものであろう。しかし﹃大集月蔵経﹄ には∞宮原典も H d F 訳も存在しないから、機が何に当たる訳語であるのか知りえない。 t土 機とされているところが何を示すか とあって、﹁如来の発するところの言︵葉︶ 明確なことは言えない。 もしこの称機 以 上 隠代以前の訳経について機の語の用例をあげてきたが、ちょうどこれらの訳経と相前後して智頭がいるわ けで、彼が﹃法華玄義﹄において機の語は悉く衆生を示すものと説いたような直接に機が衆生を指し示すような用

(11)

例は彼以前の訳経に見い出すことができない。彼以前では機の語は人の心︵意楽

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﹀ や 根 ︵ 宮 内 笠 宮 ﹀ 用いられたものと言えよう。六世紀後半にもなると智額が言うような機の語が衆生自身をも意味するものと理解さ ちょうどその直後に位置する訳に波羅頗蜜多羅︵刷、

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︶の﹃大乗荘 @ つまり、成熟品第九に に 対 し て れるようになっていったものと考えられる。 厳経論﹄があり、いまその所説によってそれを窺い知ることができる。 釈 日 。 成 熟 他 相 有 二 八 種 ↓ 一者捨成熟。令 v 一 一 煩 悩 一 故 。 二 者 普 成 熟 。 化 ニ 以 三 乗 一 故 。 三 者 勝 成 熟 。 過 ニ 外 道 法 一 故。四者随成熟。麿 v 説 故 。 云 々 ⑧ とあり、相応する宮各々抑

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割\・・ この︵備﹀によって成熟の差別を示している。煩悩の消滅によって成熟は捨成熟であり、三乗によって一切の 成熟が普成熟であり、外道の成熟より勝れているから殊勝な成熟は勝成熟であり、所化の為に法を説くから相 応する成熟は随成熟である。云々 @ と、また弘法品にも、菩薩はふ一昔く説くものであるとして五種の因を明し 一 者 不 倒 説 。 由 ニ 慧 善 一 故 。 二 者 恒 時 説 。 由 ニ 不 退 一 故 。 三 者 離 求 説 。 由 一 一 大 悲 一 故 。 四 者 令 信 説 。 由 v 名 − 一 称 遠 一 故 。 五 者 随 機 説 。 由 一 一 巧 使 一 故 。 由 此 五 因 能 善 説 法 。 ⑩ と示し、その相応するところは∞宮テキストでは 明 記 聞 の

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(12)

併教大皐大皐院研究紀要第十三競 ・ ー.ノ、... ユロロ門口句。昏

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\ 普く説くものの五因は それによって、無顛倒と常︵間断のないこと︶と、無愛染の心と、信、ずべき言葉と所 化に相応すること︵の五つ﹀を示しているのである。 と説かれている。この﹃大乗荘厳経論﹄において明らかな様に丘ロミ?を機と訳していることが知られる

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@ は弟子や人、教化されるもの等を意味する語である。ここに至って初めて直接に人を示す語に機の訳が与えられた のであると考えられる。先の﹃月燈三味経﹄の

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ど村山口斜も人の意味も有しているが直接的ではない。また、この ⑫ つ ま り 、 論においては他に﹁応機﹂という用例を弘法品に見ることが出きる。 不細及調和 善巧亦明了 際機亦離求 分量輿無尽 という備にある応機︿吉伸

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号。﹀という語がそれである。水谷氏や大門氏の論文においてはこの語が同論における 用例とされていて、先の用例は示されていない。﹃大乗荘厳経論﹄ではこの語を釈して @ 応 機 者 。 随 宜 説 故 。 @ 吋 0 4 門 町 M h 門 町 印 、 九 山 岡 − N H ︿ m − 口 問 吋 郎 、 ︿ 片 岡 H O 。 何 回 ロ 。 門 口 ℃ 伊 丹 ︿ 別 件 \ 適宜とは聞くに価するものであって、所化に相応するからである。 @ と釈し、更に続く備の 挙名及釈義 易解而慮機 出 離 随 順 故 。 随乗亦柔軟 ⑬ の中の応機守丘町常宮︶を 麿機者醸物諸字句一逗機宜故 @ 吋 m w 件 何 回 仇 W 円 ﹃ 伊 丹 市 ︼ 1 9 t H ・ 口 問 u m w 町 ︿ F p o d 可 降 ロ C M ・ 口 旬 。 同 m w d 可 m p \

(13)

適宜であるから︵とは﹀対応する像等によって、所化に相応するが故に ヨ 一 昨 y m 背

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が応機と訳されているが、所化に相応するからという理由を反影して志一昨 y b 吾 ” を応機としたものであり、

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昨 日 忌 号 。 と い う 語 の 中 に 、 釈 中 の

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の意味を適確に表現するために応機と訳し たと考えられる。又、己ロミ

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に対して﹁機宜﹂という訳語も与えている。これも今までには無かった用例であり、 以後の訳経の中では時々用いられるようになったようである

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という語は﹃大乗荘厳経論﹄の中に何回か と釈す文からすれば、 用いられてはいるものの上記の用例の他は機とは訳されていない。これは今までの諸経においても言えることなの であるが、同じ訳者でありながら、また同じ経論でありながら、一方には機の語を用いて訳しており、 そのものの意味を表わす訳を正確に用いている。そこにはなんらかの理由が無ければいけないと考えられる。この 論を例に挙げれば、機と訳される

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︵所化︶はどの場合も仏の説法に関係しており、それがえロ

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に 相 応 するものであるとしている。これに対して、他の三

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は説法に関係していても、教えとの相応関係、が云々され るようなことは示されていない。漢訳者はこの相応することを﹁随﹂﹁応﹂﹁逗﹂﹁称﹂とも漢訳しているのである。 一 方 で は 語 そこには漢訳者の意図が窺えるのであるが、それについては後に触れることにしよう。また波羅頗蜜多目維の訳には、 このように人を機として訳する他に、従来通り心︵意楽町

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苫﹀を機と訳する場合もみられる。それは﹃宝星陀羅 ⑬ 尼経﹄においてであり、そこでは 積集智蔵富無量解脱心性如ニ虚空 ⑮ と示され、叶皆訳には 慈悲潤漂随 v機説 一 切 成 就 帰 一 一 依 彼 一 丘 ロ 円 四 戸

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(14)

偶数大事大事院研究紀要第十三挽 J\、 実に功徳と知を得るところの蔵にして、虚空の自性に匹敵する解脱の御心であり、慈みは意楽に一致する柔ら かい説であり、全ての目的を成熟したものよ、あなたに帰命する。 と あ っ て 、 随機とは﹁意楽に一致する@

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三島廿。降どのことである。ちょうど波羅頗蜜多羅の翻訳あたり から、機の語の意味するところが人の心︵意楽﹀や根︵能力﹀等から、加えて直接それらを有する人そのものをも 表わすようになったと考えられうる。ただその機の語の用い方は常に仏と人、法と機という関係においてのみであ り、その法が機に応じて説かれるという形をとっている。 次に新訳と称される玄英︵似

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似﹀においてはどうかと言えば、彼も機の一語を用いており、﹃大般若経﹄巻第四 百 一 で は ﹁ 演 ニ 暢 正 法 一 無 v 一 一 希 求 一 藤 v 稽 v機離ニ諸矯証で去々﹂と機に桝うとしているが∞宮原典には相応する @ @ 語は無い。また﹃菩薩戒本﹄においても同様である。一応示せば 復次如是所 v 犯 諸 事 。 菩 薩 学 処 。 仏 於 − 一 彼 彼 素 阻 績 中 一 随 v機散説。謂依律儀戒。摂善法戒。鏡益有情戒。 @ と あ る が 図 。

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の中には該当する語は無く、 意図的に挿入されたものと考えられる。しかし、これ ⑧ らの様な用例ばかりでないことは﹃阿見達磨倶舎論﹄の用例をみれば明らかであり、そこには 又能憶念過去所開諸仏所宣聖教理故。又不可説彼無慈悲。為摂有情現神通故。又不可説無受法機。爾時有情亦 有能起世間離欲対治道故。 として、受法機と示されていて、﹀

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(15)

過去諸仏の教法が憶念されることによっても、 ︵彼らは︶無慈悲ではない。衆生を利する為に神通力が生ずるが故に。なんとなれば衆生が無能力でないのだ から。世間道の欲望を捨てたもの達はその様に見るのである。 と し て 由 主 君 刷 ロ 智 岡 山

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︵諸衆生の無能力であること﹀に﹁無受法機﹂という訳語を与えている。 そして彼達︵縁覚﹀によって、 法を説くことが可能である。 受法機の 機はやはり能力の意味として把握されるべきものである。この同じ用例は﹃阿昆達磨順正理論﹄巻第三十九にあり、 そこでは﹁無受教機﹂と法が教と代って訳されるだけで他は全く一緒である。ここでも機と訳されることによって、 直訳では言い表わすことのできない意味をもたせていることは明らかである。玄突については機の語を用いての種 々な表現、特有な用例はあるがあまり問題はないようであり、今はしばらく措くことにする。 次に義浄︵

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︶訳の﹃金光明経﹄について見ることとしよう。この経には界一昨原典も叶ザ訳もあり、更に ⑧ は義浄訳から重訳された叶号訳も存在する。先ずその所説を挙げることにしたい。如来寿量品には 六者。仏無ニ是念↓此諸衆生。有二上中下↓随一一彼機性↓而為ニ説法↓然仏世尊無 v 一 一 分 別 ↓ 随 ニ 其 器 量 ↓ 善 膝 ニ 機 縁↓為 v彼説法。是如来行。 @ 又、夢見金鼓機悔品には 又 大 住 弁 寿 才 不 天 可 口 円ヰ 口口 ぇ~、

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隠 v機説 v 利 一 一 群 生 一 能 断 一 一 煩 悩 衆 苦 流 一 貧慎療等皆除滅 そ し 其 て 世 声 、 尊 清 捨 護 徹 身 三 甚 品 議 微 で

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妙 は @ 教 法 随 一 一 彼 根 機 一 令 一 一 習 定 一 於其句義善思惟 復 依 一 一 空 性 一 而 修 習 如 ニ 師 子 肌 震 雷 音 一 八 種 微 妙 臆 − 一 群 機 超 一 藤 迦 陵 頻 伽 等 一 機の語をめぐって 九

(16)

悌教大皐大事院研究紀要第十三強 四 0 とあって、同経では四回の用例が知られる。しかし第一、第三の用例に関して言えば、回笠原典には対応する文や備 すら無く、また異訳である曇無識訳や宝貴のものにもこの部分は欠けている。第二、第四の用例は∞宮原典も異訳 二本とも相応する備はあるものの対応する語は見られない。これからすれば義浄の付加したものとも考えられる。 しかしこの経には叶宇訳も存しており、それを確認してみよう。同医訳には二本あり、 一本は∞宮原典から吋守 もう一本は漢訳から叶

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訳 さ れ た も の で あ る 。 この吋

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訳では義浄訳の四箇所の文とも見い出される。第二及び第四について言えば全く ∞宮原典や異訳二本と同じであり、機に相応する語は見られない。しかし∞宮原典や異訳二本に無かった第一、第 三の部分、つまり増広されたであろう部分においては対応する語を見い出すことができる。今、それを示せ向 問 。 怯 号

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訳 さ れ た も の で あ り 、 漢訳からの重訳は問題とはならないから、 前 者 に よ っ て み る と 、 沼 田 出

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回 写 仲 間 喝 さ 仏 明 記 ] w o h 如来はこれら諸衆生の上と中と下︵の﹀根に応じて法を説くという想いをなさない。 と 器 、 が 、 ど ん な ふ う で あ る か を 分 別 す る こ と な く 、 十 分 に 知 っ て 、 彼 ら に 法 を 説 く 、 一方、仏世尊は各々の根 それが如来達の行であ る 。 @ となる。又、第三の用例は、

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(17)

世尊がお説きになった最妙なる法によって、各々の根に世尊がなされるところのその言葉を受け よく思惟し て︵人は︶空性を成じる為にも住するべきである。 となっていて前の用例の﹁機性﹂も﹁機縁﹂も、後の﹁根機﹂も全て

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俗 世 唱 。 ︵ 宮 内 昨 日 立 ﹀ に 対 し て 与 え ら れ た 訳 語であることを知る。先に挙げた用例の中で虫ミ m w ︵意楽・心﹀も同様な表現をとるのであるが、吉毎日ヨ︵根﹀が 種々な表現をもって示され、変化をつけて訳されることによって、当然、受けとる側、経を理解するものにおいて、 その意味するところが異って理解されるようになる。 ちょうどそれを証明するのが、 義浄訳から重訳された斗

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訳である。それに基づいてみると、機性は﹁根と自性♀

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訳は法成の訳であるから九世紀中頃のもの と考えられる。それ故にこの頃の中国仏教において、機とは機根のことであり、古今目立の訳語と理解されていた こ と を 知 り う る 。 @ また義浄には﹃一百五十讃﹄という訳があり、そこには機縁の語も示されていて 善知根欲性摂化任機縁 或無関自説 ⑬ と﹁機縁に任せ﹂とある。その対応する∞宮原典では、 同

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(18)

悌教大皐大串院研究紀要第十三競 四 @ ︵

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・﹀に当てられた訳語であると理解することは少し無理なようである。また 応現各不同 @ とある備は、その対応する∞宮原典では 身雲遍法界 法雨漉塵方 随機故有異 < O'"

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=ミミ \ \ ド・・ー むa 0 、 』 『 』 、 ︵あなたの﹀行為と言葉は多種多様であり、教化される人︵所化﹀の意楽の異なりによ司て、各々に、それら ︵ 言 葉 と 行 為 ﹀ が 理 解 さ れ る 。 とあって、随機の機は教化される人の心 ︵所化の意楽己

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立宮志﹀ということになろう。またその他では﹃根本 説一切有部毘奈耶﹄において次の様にも用いている。たとえば巻第四十四で陶 世 尊 観 彼 夫 婦 根 性 差 別 随 機 説 法 。 即 於 ニ 座 上 一 倶 見 ニ 真 諦 一 獲 ニ 預 流 果 ↓ 乃 至 広 説 。 とあり対応箇所の目

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h よく布施する妻帯者である家主が、 座ったままで別種の身見の高い山の頂上を金剛智によって壊わし、預流果をじかに得る、その様に四聖諦を正 世尊はその意楽と随眠と界と自性を了知し終って︵たとえば﹀、 座の上に

(19)

しく各々に理解させるところの法を︵世尊は﹀お説きになります。 となり、随機説法とは﹁各々に理解させるところの法を︵世尊は︶お説きになります﹂という程のもので、それは 人の意楽

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@ 説一一切有部毘奈耶﹄等には、この種の用例がいくらか見い出せる。 られており、義浄は好んで用いていたようである。 に基づいて説かれるところである。 ﹃ 根 本 そこでは﹁随機説法﹂﹁称機説法﹂として用い この様に機の語に相応する語としてあげられるものを訳経の中より探し出して、その説相を見てきたのである。 そこには一定したものを見い出すことができない。しかし多くの用例が示す様に、意楽

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ゃ根︵宮与寄る ﹀ 等が機に対応する語であることが明らかとなった。以上のことから機の語が与﹀えられた∞

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を比較すれば、前者の訳語は常に熟語の形をとってい るのに対して、後者のそれは機の一語においても見い出すことができる。更には虫

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・ の 方 が よ り 多 く 用 い ら れ 、 ⑫ 各時代を問わず見い出され、宋代に至っても、たとえば﹃大乗集菩薩学論﹄中にも機の用例を見ることができる。 また天台大師智顔が言うように、経中にみられる機の語が衆生を語るというような用例は﹃大乗荘厳経論﹄の他に は宋代の施護の訳になる﹃護国尊者所聞大乗経﹄の中で守的主︿人﹀が機と示されるぐらいのものであ旬。智類、が 機の語を単に衆生としたのではないことは、その所説の後に続く、徴義、関義、宜義を見れば明らかである。 又、大門両民は機の語に最も近い意味を有すると考えられる原語として

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(20)

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をあげて、それぞれ考察されているが、上記によって知られる様に

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と宮年々”を除いて、 他の語は実際には訳経において機と翻訳されていない。しかも実際には法担当、が最も多く用いられているにもか かわらず、両氏とも、仰、宣言に対しては何ら注目もしていない。これは機根論︵人間観﹀としての展開の意図を有 しすぎたからに他ならない。我々が漢訳経典類に向う場合、常に機の語を機根論的理解、あるいは視点でもって解 四 四 釈してしまっていることをよく顧みるべきである。機根論という場合、それはあくまで人の能力等を言うもので、 種姓論的意味合が強く、漢訳者が機の語を与えた意味を失なったものであると考えられる。先に少しふれたが、機 の語が表われる場面には一つの法則がある。それは仏︵あるいは菩薩︶と衆生という関係において、機と法︵仏の はたらき﹀の相応関係が論ぜられる場合であって、全てがこの形にあてはまるものである。少し変化したとしても、 この法則において理解されうるものである。 しかしその対応する∞宮原典や叶

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訳では必ずしもそうでない場合 もあり、その場合には漢訳者が訳を意図的に少し換えたものと見るべきである。このように見てくると最初に智韻 や道生について述べたような感応思想をもって、訳経者が翻訳にあたったことが明らかとなってくる。中国仏教に ﹃浬繋経﹄等による仏性思想の展開によるご切衆生悉有仏性﹂的立場に立つから、 ︵ た と え そ の 原 語 が 宮 内 町

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であったとしても︶今言うところの機根論的な意味は含まれていないように考えられ お い て は 元 来 、 機の語には る。では機本来の意味とは何かと言うならば、心を論ずるものであると言うべきである。上記の訳経における機が

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の訳語として、用例、文献数から言っても最も適当な語であることがそれを物語っている。又、感応思想か ら言えば、機は衆生の仏への働きかけとして理解されるものであるから、衆生の心の働き、動きに基づくものと考 ⑬ えられる。それは竺道生の言葉に 感 一 一 腹 有 v 同 生 一 一 苦 処 一 共 ニ 於 悲 感 ↓ 或 因 一 愛 欲 一 共 ニ 於 結 縛 ↓ 或 因 ニ 善 法 一 還 ニ 於 開 道 一 故 有 v 心 而 底 也 。

(21)

又 云 ⑫ と﹁心有りて応、ず﹂と感応を理解することや、唐代の元康が﹃肇論疏﹄巻中に 幾者動之漸。字輿 v今別。義或可同也。或不同也。而一言 v向者、動之漸亦是心也。言一一不 v同一者、機但論 v 心 。 と説き、機の語は心を論ずるものであるとすることもその証しとなるであろう。 以上、訳経を通して、機の語の意味するところについて若干の考察を試みた。 註 正蔵 H 大正新惰大蔵経 北京版 H 北京版西蔵大蔵経 ①正蔵三十三巻七四六頁下 ②﹃周易﹄乾 ③﹃同右﹄威 ④﹃荘子﹄刻意篇第十五 同旨のものとして﹃管子﹄心術篇上﹁感而後応:::至 物則応﹂や﹃礼記﹄楽記篇﹁感於物而后動云々﹂等があ げ ら れ る 。 新 纂 百 続 蔵 経 ニ 七 巻 一 一 具 同 右 一 一 良 中 ﹃出三蔵記集﹄﹃弘明集﹄﹃広弘明集﹄等には全く見ら れ な い 。 正蔵二六巻二六四頁中 同右二五巻八一五頁中 ⑦ ⑥ ⑤ @ ③ 機の語をめぐって ⑬ ⑫ ⑪ ⑮ 同右九巻三四四頁下 北京版三二巻二六

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頁五ノ一行目 正 蔵 三 一 巻 八 二 一 一 良 中

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吋 ・ 仏書解説大辞典五巻二四頁釈摩詞街論の項 同右十巻一三六頁宝雲経の項 須菩提については﹃続高僧伝﹄第一巻拘那羅陀伝参照 正蔵五五巻四一三頁上 正蔵十六巻二四四頁中 同右十六巻二五八頁下 旦史陀羅仙﹃宝雲経﹄には一度も機の語なし、達摩流支 ﹃ 宝 雨 経 ﹄ に は 一 度 の 用 例 あ り 。 北京版三五巻一七六頁五ノ三行目 ⑭ ⑫ ⑬ ⑮ ⑫ ⑬ ⑬

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(22)

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眠斗 script Vol. 2, pt 2), Srinagar-kashmir. p. 320.

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Mahiiyana-Siitralathkara( ~Iム MSA....\J 醤1), ed by

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叫iム Sylvain Levi. (Rinsen Buddhist Text Sevies IV-1) Sik母asamuccaya ed by Cecil Bendall (B. B. No. p. 30∼31

1, St-Pet. 1897-1902) p. 354. 同経

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叫* ⑬ 今毛や静岡「豊富阜、早榔出」(ミヨ詩話料去さ忠告日 COil~) ③ MSA p. 84.

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Q 艇部 1l0 ユド([jg'.毘纏綿~酔〉 @) MSD p. 972. ⑧ MSD p. 752. ⑨ 同種

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叫* !と血 Paficavithsatisahasrikii-prajfiaparamita, ed by N.

1~-14料品JI民 ,...)\-) ~v よj Iha tshogs !).di dag rah tu Dutt, Calcutta Oriental Series No. 28, London,

dga}:t ses nas / rtu thul khyod kyis dus daft ldan 1934 p.1.

(23)

正蔵二四巻一一一五頁下 ﹃球伽師地論﹄菩薩地戒品︵正蔵三

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巻 五 一 二 頁 上 ﹀ 荻原雲来﹁党文菩薩地﹂一八

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頁 正蔵ニ九巻六四頁中 ﹀

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七 頁 下 同右十六巻四一一頁中 間右十六巻四三六頁中 同右十六巻四五四頁下 北京版七巻二七頁五ノ六 J 七 行 目 同右七巻五七頁一ノ六行目 同右六巻二八五頁五ノ六行目︵機性﹀ 同右六巻二八五頁五ノ七行目︵機縁︶ 同右七巻四頁一ノ四行目︵機根︶ 上山大峻﹁大吐蕃国大徳三蔵法師沙門法成の研究﹂ ハ ア ジ ア 文 化 史 論 叢 1 ﹀ 山口瑞鳳﹁吐蕃支配時代﹂︵講座敦燈 2 、敦患の歴史 所収︶二二八頁 大 正 蔵 三 二 巻 七 六 一 一 貝 中 同

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中村元﹃仏教語大釈典﹄一二三頁 c 正 蔵 三 二 巻 七 六 一 一 貝 中

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・ 正蔵二三巻八六九頁下 北京版四三巻一七三頁四ノ五 J 七 行 目 例えば正蔵二三巻八八二頁中・八九五頁上・二四巻二 一 三 頁 上 等 が あ げ ら れ る 。 正蔵三二巻一三七頁下﹁応群機﹂は、百笹山

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﹀ の 備であり﹃華厳経﹄賢首品に相応する。︵正蔵十巻七 二 頁 下 ・ 同 九 巻 四 三 五 頁 中 ︶ 正蔵十二巻十三頁中

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(24)

傍教大皐大皐院研究紀要第十三挽 ︿ UEHHPZN ︶ことを加えて考えれば青色 h 出 品

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一 月 岡 山 口

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と な り m w p 仏 門 出 品 と 仙 宮 志 一 は 結 び つ く 一 面 を 有 し て い る こ と と な る 。 向 丘 町 立 一 宮 − 苫 ・ は ﹃ 無 量寿経﹄︵正蔵十二巻二七三頁下︶等では深心と漢訳 されており、深心は﹃観無量寿経﹄では三心の一とさ れ、深信と理解されている。そして深心は信機・信法 と 解 さ れ て く る こ と と な る 。 山 削 除

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については本稿で 考察されるべきであろうが、課題として残して措くこ 四

⑬ と と す る 。 慧達﹃肇論疏﹄出続蔵経︵新文豊出版公司﹀第一五

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冊八四九頁上・下道生の言として引用されている。 正蔵四五巻一七五頁中 元康のこの釈は﹃周易﹄繋辞下伝の﹁幾者動之徴﹂に 基づく。幾と機は元来同様に用いられていたようであ る 。 ⑫ ハ 文 学 研 究 科 博 士 後 期 課 程 ・ 仏 教 学 専 攻 ︶

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