善
導
所
釈
の
三
念
願
力
齊
藤
隆
信
は じ め に 一 漢 訳 四 本 の 比 較 二 善 導 以 前 の 解 釈 ① 東 晋 慧 遠 ② 天 台 三 善 導 の 解 釈 お わ り に は じ め に 善 導 の 著 作 は 古 来 、 五 部 九 卷 と も 六 部 十 卷 と も い わ れ 、 そ の 判 定 に 異 を 生 ぜ し め て い る の が 比 較 的 早 期 の 撰 述 で は な い か と 目 さ れ る ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ 一 卷 で あ る 。 こ の ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ は そ の 後 半 に 五 種 増 上 縁 義 一 卷 が 収 め ら れ て お り 、 そ こ に は 問 日 。 佛 勸 一 切 衆 生 。 發 菩 提 心 。 願 生 西 方 阿 彌 陀 佛 國 。 又 勸 造 阿 彌 陀 像 。 稱 揚 禮 拝 香 華 供 養 。 日 夜 觀 想 不 絶 。 、 又 勸 専 念 彌 陀 佛 名 。 一 萬 二 萬 三 萬 五 萬 乃 至 十 萬 者 。 或 勸 誦 彌 陀 經 。 十 五 二 十 三 十 五 十 乃 至 一 百 滿 十 萬 遍 者 。 一佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 二 ユ 現 生 得 何 功 徳 。 百 年 捨 報 已 後 。 有 何 利 益 。 得 生 淨 土 以 不 。 と あ る よ う に 、 後 に ﹃ 觀 經 疏 ﹄ に お い て 整 理 さ れ る べ き 五 種 正 行 が 不 備 な が ら も こ こ で 説 か れ 、 こ の よ う な 行 業 の 実 践 を と お し て 現 生 に 、 そ し て 命 終 後 に 利 益 功 徳 が 得 ら れ る の か 、 は た し て 浄 土 に 往 生 で き る の か と の 問 い が あ る 。 こ れ に 答 え て 答 日 。 現 生 及 捨 報 。 決 定 有 大 功 徳 利 益 。 準 依 佛 教 。 顯 明 五 種 増 上 利 益 因 縁 。 と し 、 ﹃ 無 量 壽 經 ﹄ ﹃ 觀 無 量 壽 經 ﹄ ﹃ 阿 彌 陀 経 ﹄ ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ ﹃ 十 往 生 經 ﹄ ﹃ 淨 度 三 昧 經 ﹄ な ど の 諸 経 を 経 証 と し て 、 五 種 の 功 徳 増 上 縁 (滅 罪 増 上 縁 、 護 念 得 長 命 増 上 縁 、 見 佛 増 上 縁 、 攝 生 増 上 縁 、 ilia 生 増 上 縁 ) が 得 ら れ る と 述 べ て い る の で あ る 。 こ の 五 種 増 上 縁 の 第 三 に 見 佛 三 昧 増 上 縁 が あ り 、 上 記 の 諸 経 を も っ て 衆 生 ( ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ 本 文 で は ﹁ 菩 薩 ﹂ ) が 現 生 に 見 佛 を 成 就 し う る と い う 功 徳 を 明 か し て い る の で あ る 。 そ し て そ こ に 見 佛 成 就 の た め に 不 可 欠 な 根 本 原 理 と し て ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ の ﹁ 三 事 ﹂ が 取 り こ ま れ て い る こ と は 周 知 の と お り で あ る 。 以 下 、 こ の 見 佛 三 昧 増 上 縁 の コ ニ 事 ﹂ ( 善 導 は コ ニ 念 願 力 ﹂ 、 ﹁ 三 力 ﹂ と 呼 称 す る ) の 説 を め ぐ っ て 諸 々 の 問 題 を 解 明 し て い く 。 一 漢 訳 四 本 の 比 較 般 舟 三 昧 経 典 の 諸 漢 訳 テ キ ス ト に は ー ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ ( 一 卷 本 ) / 支 婁 迦 讖 訳 ( 光 和 二 年 ) と さ れ て い る が 現 今 で は 否 定 さ れ て い る 。 善 導 依 用 本 で あ る 。
2 ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ ( 三 卷 本 ) / 支 婁 迦 讖 訳 、 , 訳 語 か ら し て ﹃ 道 行 般 若 經 ﹄ な ど 諸 支 讖 訳 本 と 符 合 し て い る 。 善 導 以 外 の 諸 師 の 依 用 本 で あ る 。 3 ﹃ 拔 陂 菩 薩 經 ﹄ ( 一 卷 ) / 失 訳 、 他 三 本 と 比 較 し て 完 訳 で な い こ と が わ か る 。 ま た 訳 語 例 か ら 考 察 し て 支 婁 迦 讖 以 後 の 訳 出 と 推 断 で き る だ ろ う 。 ( 出 三 藏 記 集 卷 三 新 集 安 公 古 異 經 録 ) 4 ﹃ 大 方 等 大 集 經 賢 護 分 ﹄ ( 五 卷 ) / 隋 大 興 善 寺 住 僧 閣 那 崛 多 ( 五 二 三 -六 〇 〇 ) 訳 以 上 の 四 本 が あ り 、 更 に サ ン ス ク リ ッ ト 原 典 の 断 簡 と 、 チ ベ ッ ト 訳 が 現 存 し て い る 。 般 舟 三 昧 諸 経 典 は 漢 訳 テ キ ス ト に お い て ﹁ 十 方 現 在 佛 悉 在 前 立 定 經 ﹂ と も 称 さ れ る よ う に 阿 弥 陀 一 佛 の み を 言 及 し て い る わ け で は な い 、 行 品 に か ぎ っ て は 弥 陀 が 諸 佛 の 代 表 と な っ て お り 、 そ の 浄 土 往 生 の こ と や 見 佛 の 対 象 と し て 説 か れ て い る 。 後 世 の 浄 土 教 家 が し ば し ば 援 用 す る 所 以 は こ こ に あ る わ け で あ る 。 し か し 般 舟 経 典 が 弥 陀 見 佛 や 浄 土 往 生 を 説 く と い っ て も 、 そ の 中 心 と な っ て い る 思 想 は 空 義 に 他 な ら な い の で あ る 。 般 舟 三 昧 11 空 111 昧 を 基 調 と し て 無 相 の 佛 を 観 ず る の で あ り 、 行 品 の ご と き 三 十 二 相 八 十 種 好 と い っ た 有 相 の 弥 陀 を 観 見 す る の は 、 般 若 空 の 理 法 を 逮 得 す ヨ る た め の 助 法 的 な も め と し て 扱 わ れ て い る こ と に 注 意 せ ね ば な ら な い 。 三 卷 本 で ﹁ 用 念 佛 故 得 空 三 昧 ﹂ と あ る こ と か ら 、 そ れ は 容 易 に 理 解 し う る で あ ろ う 。 ' ・ そ れ で は 諸 本 に お け る コ ニ 事 ﹂ を 比 較 し て 若 干 の 検 討 を ほ ど こ し た い 。 1 ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ 行 最 ( 一 卷 本 ) 以 下 ﹃ 一 卷 本 ﹄ と す る 。 菩 薩 如 是 。 持 佛 威 神 力 。 於 三 昧 中 立 自 在 。 欲 見 何 方 佛 即 得 見 。 何 以 故 . 持 佛 力 。 三 昧 力 。 本 功 徳 力 。 用 是 三 事 故 得 見 。 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 三
佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 四 2 ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ 卷 上 行 品 ( 三 卷 本 ) 以 下 ﹃ 三 卷 本 ﹄ と す る 。 菩 薩 如 是 。 持 佛 威 神 力 。 於 三 昧 中 立 。 在 所 欲 見 何 方 佛 。 欲 見 即 見 。 何 以 故 。 如 是 飃 陀 和 。 是 三 昧 佛 カ 所 成 。 持 佛 威 神 。 於 三 昧 中 立 者 。 有 三 事 。 持 佛 威 神 力 。 持 佛 三 昧 力 。 持 本 功 徳 力 。 用 是 三 事 故 。 得 見 佛 。 3 ﹃ 拔 陂 菩 薩 經 ﹄ 以 下 ﹃ 拔 陂 經 ﹄ と す る 。 拔 陂 。 菩 薩 亦 如 是 。 持 佛 不 歸 他 。 住 在 是 定 意 。 所 向 方 便 願 見 佛 。 其 方 有 佛 者 即 見 如 來 身 。 何 以 故 。 以 倚 著 定 故 。 復 已 持 佛 故 住 在 是 定 σ 以 佛 威 神 復 己 定 力 。 自 復 以 宿 功 徳 。 作 三 令 悉 見 如 來 。 4 ﹃ 大 方 等 大 集 經 賢 護 分 ﹄ 卷 第 二 思 惟 品 以 下 ﹃ 賢 護 分 ﹄ と す る 。 如 是 賢 護 。 若 諸 菩 薩 欲 得 成 就 彼 念 諸 佛 現 前 三 昧 。 隋 何 方 所 。 先 念 欲 見 彼 佛 世 尊 。 隋 所 念 處 即 見 如 來 。 何 以 故 。 因 縁 三 昧 得 見 如 來 。 得 見 彼 佛 有 三 因 縁 。 何 者 爲 三 。 一 者 縁 此 三 昧 。 二 者 彼 佛 加 持 。 三 者 自 善 根 熟 。 具 足 如 是 三 因 縁 故 。 即 得 明 見 彼 諸 如 來 應 供 等 正 覺 。 亦 復 如 是 。 こ れ ら 漢 訳 四 本 の コ ニ 事 L を 表 示 し 、 善 導 ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ 所 収 の コ ニ 念 願 力 L と 比 較 す れ ば 次 の よ う に な る 。 一 箜 力 皿 第 二 力 [ 第 三 カ 一 総 称 ﹃ 一 卷 本 ﹄ 佛 力 三 昧 力 本 功 徳 力 三 事 ﹃ 三 卷 本 ﹄ 佛 威 神 力 佛 三 昧 力 本 功 徳 力 三 事 ﹃ 拔 陂 經 ﹄ 佛 威 神 己 定 力 宿 功 徳 力 三 ﹃ 賢 護 分 ﹄ 彼 佛 加 持 三 昧 自 善 根 熟 三 因 縁 ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ 大 誓 願 力 三 昧 定 力 本 功 徳 力 三 念 願 力
は じ め に 第 一 の 佛 力 に つ い て は 、 四 本 と も に 文 字 ど お り こ れ を 佛 の 側 に 帰 し て い る 点 で 問 題 は な い の で あ る が 、 経 自 体 が こ の 佛 力 の 内 容 に つ い て 言 及 し て い な い た め 、 い か な る 性 格 を 有 し て い る の か 不 明 で あ る 。 第 二 の 三 昧 力 に つ い て 、 ﹃ 三 卷 本 ﹄ の ﹁ 佛 三 昧 力 ﹂ は 同 じ ﹃ 三 卷 本 ﹄ の 第 一 ﹁ 佛 威 神 力 ﹂ に 準 じ て 言 え ぽ 、 " 佛 の 三 昧 力 " と し て こ れ も 佛 の 側 に 帰 し て よ さ そ う で あ る 。 し か し ﹃ 拔 陂 經 ﹄ で ﹁ 己 の 定 力 ﹂ と し た り 、 ﹃ 賢 護 分 ﹄ で も ﹁ 此 の 三 昧 を 縁 ず る ﹂ と あ っ て こ れ を 修 観 者 の 側 で 扱 っ て い る こ と 。 そ し て な に よ り も こ の 般 舟 三 昧 経 典 は ﹃ 一 卷 本 ﹄ に ﹁ 佛 告 拔 和 陀 。 持 C am ) 是 行 法 便 得 三 昧 。 現 在 諸 佛 悉 在 前 立 。 ﹂ ま た ﹃ 三 卷 本 ﹄ に も ﹁ 如 是 佛 言 。 持 是 行 法 故 致 三 昧 便 得 三 昧 。 現 在 諸 佛 悉 在 ( 9 ) 前 立 。 ﹂ と 説 か れ 、 諸 佛 悉 在 前 立 三 昧 を 明 か し て い る こ と か ら 、 三 昧 と は " 佛 の 三 昧 力 " で は な く 、 む し ろ " 修 観 者 ( 菩 薩 ) の 三 昧 力 " と す べ き は 異 論 な き こ と で あ ろ う 。 よ つ て 梶 山 雄 一 茂 が ﹃ 三 卷 本 ﹄ を ﹁ 佛 ︹ を 見 る ︺ 三 昧 力 ﹂ と C ° ) 和 訳 さ れ た の は 妥 当 と い え る で あ ろ う 。 つ ぎ に 第 三 の 本 功 徳 力 に つ い て ﹃ 拔 陂 經 ﹄ で ﹁ 宿 功 徳 力 ﹂ 、 そ し て ﹃ 賢 護 分 ﹄ に は ﹁ 自 善 根 熟 ﹂ と 訳 さ れ て い る ご と く 、 こ れ も 第 二 の 三 昧 力 と 同 様 に 修 観 者 ( 菩 薩 ) の 側 に 帰 し 、 " 過 去 世 か ら 積 ん で き た 善 根 功 徳 の 力 " と す べ き で あ る 。 四 本 の 中 で は ﹃ 賢 護 分 ﹄ の ﹁ 自 善 根 熟 ﹂ が 、 最 も そ の 旨 を 明 確 に し て い る と い え よ う 。 と も あ れ 漢 訳 四 本 の 比 較 か ら 、 そ れ ぞ れ の 標 記 に 相 違 が 見 ら れ る に し て も 、 第 一 力 は 佛 の 側 に 帰 し 、 第 二 と 第 三 力 は 修 観 者 ( 菩 薩 ) の 側 に 帰 せ し め ら れ る べ き こ と は 明 白 な の で あ る 。 さ て こ れ に 対 し て 善 導 は ﹁ 彌 陀 佛 三 念 願 力 ﹂ と し て の 三 力 の す べ て を 、 佛 の 側 に 帰 せ し め て い る わ け で あ る が 、 い っ た い い か な る 根 拠 を も っ て こ の よ う に 解 す る の で あ ろ う か 。 経 そ の も の に 対 し 、 敢 え て 異 義 を と な え る の は な ぜ で あ ろ う か 。 こ れ に 答 え る 前 に 般 舟 三 昧 経 典 の 三 事 が 善 導 に い た る ま で 、 い か に 受 容 さ れ て き た の か を か い ま 見 る こ と に す る 。 な お 梶 山 氏 は 西 蔵 本 を ﹁ こ の 三 昧 に 没 頭 し て い る 菩 薩 は 、 佛 陀 の 力 と 、 ︹ 菩 薩 ︺ 自 身 の 植 え た 善 根 の 力 と 、 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 五
佛 教 犬 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 六 三 昧 の 力 と 、 こ れ ら の 三 種 が 集 ま り 、 共 同 す る こ と に よ っ て 、 も ろ も ろ の 如 来 を 見 る の で あ り 、 ︹如 来 ︺ が 現 れ る の む で あ る 。 ﹂ と 和 訳 さ れ て お り 、 こ の こ と か ら 漢 訳 四 本 と 順 序 に 違 い は あ る も の の 、 三 事 の 意 味 す る と こ ろ に 漢 蔵 両 訳 の 相 違 は な い と い え よ う 。 二 善 導 以 前 の 解 釈 一 箜 力 一 第 二 力 一 第 三 力 一 総 称 慧 遠 佛 威 神 ー 持 戒 無 犯 大 功 徳 三 事 羅 什 彼 佛 神 力 三 昧 力 持 戒 清 淨 信 敬 深 重 -智 顕 佛 威 力 三 昧 力 行 者 本 功 徳 力 三 義 湛 然 彼 佛 力 三 昧 力 本 功 徳 力 三 力 知 禮 佛 威 力 三 昧 力 行 者 本 功 徳 力 ' 三 力 遵 式 佛 威 力 三 昧 力 己 功 徳 力 三 力
鰭
灘
㌍
持
瀟
㍊
鸛
嬲
蔬
顯
力
}
① 東 晋 慧 遠 東 晋 廬 山 の 慧 遠 ( 三 三 四 ー 四 一 六 ) が ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ に よ っ て 阿 弥 陀 佛 を 慕 い 、 般 舟 三 昧 行 を 実 践 し て い た こ と は( 12 ) ﹃ 出 三 藏 記 集 ﹄ 一 五 慧 遠 法 師 傳 に ﹁ 遠 乃 於 精 舎 無 量 壽 像 前 。 建 齋 立 誓 共 期 西 方 。 ﹂ と あ る こ と や 、 劉 遺 民 ( 。 貯 0 9 三 ( 13 ) ( 澱 ) ( 15 ) 五 四 i 四 1 O ) 撰 ﹃ 廬 山 白 蓮 社 誓 文 ﹄ ・ ﹃ 念 佛 三 昧 詩 集 序 ﹄ ・ ﹃ 大 乘 大 義 章 ﹄ に よ っ て 明 ら か で あ る 。 し か し 残 念 な こ と に 右 表 の ご と く ﹃ 大 乘 大 義 章 ﹄ 卷 中 に あ る 慧 遠 と 鳩 摩 @ 什 ( c ir c a 三 四 四 -四 齢二 二 ) の 問 答 に 現 れ る 三 事 は 、 慧 遠 が ﹁ 有 三 事 得 定 。 一 謂 持 戒 無 犯 。 二 謂 大 功 徳 。 三 謂 佛 威 神 。 ﹂ と 述 べ 、 羅 什 も ﹁ 持 戒 清 淨 。 信 敬 深 重 。 兼 彼 佛 神 力 及 三 昧 力 。 ﹂ と 述 べ て い る よ う に 、 現 行 漢 訳 四 本 ( 慧 遠 当 時 は 隋 訳 以 外 の 三 本 ) の い ず れ に も 合 致 し な い こ と か ら 、 彼 ( 16 ) ら が 所 依 と し た 経 が い ず れ の 系 統 で あ っ た か 、 に わ か に 判 断 し が た い の で あ る 。 特 に 両 者 に 共 通 し て 見 ら れ る ﹁ 持 戒 ﹂ は 三 本 に お け る 三 事 の 中 に 説 か れ て い な い の で あ る 。 ま た そ の 三 事 の 順 序 に し て も 、 現 行 各 本 と は 同 じ で は な い の で あ る 。 こ れ ら の こ と か ら 、 安 藤 氏 が 指 摘 す る 如 く 、 あ る い は 現 行 の 三 本 と は 別 系 統 の 本 が 当 時 存 在 し て い た 可 能 ( 71 ) 性 も あ る し 、 ま た 両 人 は 直 接 経 文 に あ た る こ と な く 、 記 憶 に し た が っ て 書 簡 を し た た め た と も 考 え ら れ る 。 よ っ て 現 今 で は 結 論 を 出 す こ と は で き な い 。 し か し 現 行 三 本 の 三 事 に お い て 見 ら れ な い ﹁ 持 戒 ﹂ を 慧 遠 ら が 添 加 し た こ と に 、 ま つ た く 根 拠 な し と は 言 い き れ な い よ う で あ る 。 す な わ ち ﹃ 一 卷 本 ﹄ で は 行 品 の 1:11 字 1 句 偈 の 直 後 に C am ) 其 有 比 丘 比 丘 尼 優 婆 塞 優 婆 夷 。 如 法 行 持 戒 完 具 。 獨 一 處 止 念 西 方 阿 彌 陀 佛 今 現 在 。 ま た ﹃ 三 卷 本 ﹄ で も 同 じ く 行 品 に ( 19 ) 其 有 比 丘 比 丘 尼 優 婆 塞 優 婆 夷 。 持 戒 完 具 獨 一 處 止 。 心 念 西 方 阿 彌 陀 佛 今 現 在 。 と あ る こ と や 、 四 輩 品 に な る と 盛 ん に 持 戒 が 説 か れ る な ど 、 般 舟 三 昧 経 典 に お い て こ れ が 基 本 的 徳 目 で あ る こ と を 示 し て い る の で あ る 。 も つ と も 般 舟 三 昧 行 の み な ら ず 、 お よ そ 佛 道 実 践 に 持 戒 清 浄 た る こ と は 不 可 欠 の 威 儀 と も い え る わ け で 、 慧 遠 や 羅 什 が 三 事 の 中 に 、 こ の 持 戒 を 含 め し め た と 考 え ら れ な く も な い 。 故 に 慧 遠 の 言 う ﹁ 持 戒 無 犯 ﹂ は 羅 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 七
佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 八 什 の よ う に 第 三 の 本 功 徳 力 の 範 囲 で 扱 っ た ほ う が 適 切 で あ る と 思 わ れ る 。 そ れ に し て も こ の 三 事 は ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ に お け る 見 佛 成 就 の 根 本 原 理 で あ る に も か か わ ら ず 、 両 者 と も に 経 に あ る が ま ま を 引 か な か っ た こ と は 理 解 に 苦 し む と こ ろ で あ る 。 や は り 現 存 し な い 何 か 別 系 統 の 訳 本 が 当 時 存 在 し て い た の で あ ろ う か 。 さ て 、 先 に 述 べ た よ う に 般 舟 三 昧 諸 経 典 の 説 く と こ ろ 、 そ の 目 的 は 心 想 所 生 の 理 佛 を 観 見 し 、 空 三 昧 を 逮 得 す る こ と に あ る 。 と こ ろ が 慧 遠 の 感 心 事 は あ く ま で 、 阿 弥 陀 佛 が い か に 顕 現 し う る か に あ っ た よ う で あ り 、 こ れ を も っ て 羅 什 に 問 う て い る の で あ る 。 即 ち 又 般 舟 經 云 。 有 三 事 得 定 。 一 謂 持 戒 無 犯 。 二 謂 大 功 徳 。 三 謂 佛 威 神 。 問 佛 威 神 爲 是 定 中 之 佛 。 外 來 之 佛 。 若 是 定 中 之 佛 。 則 是 我 想 之 所 立 。 還 出 於 我 了 。 若 是 定 外 之 佛 。 則 是 夢 表 之 聖 人 。 然 則 成 會 之 表 。 不 専 在 内 。 不 得 令 同 於 ( 20 ) 夢 明 矣 。 念 佛 三 昧 法 法 爲 爾 不 。 二 三 之 説 。 竟 何 所 從 也 。 で あ る が 、 お お よ そ の 意 味 は ﹁ ま た ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ に 説 か れ る に は 、 三 事 あ っ て 三 昧 定 を 得 る こ と が で き る 。 一 に は 持 戒 無 犯 、 二 に は 大 功 徳 、 三 に は 佛 威 神 の 三 つ で あ る 。 問 う 、 第 三 の 佛 威 神 で い う と こ ろ の 佛 と は 、 三 昧 定 に よ っ て 修 観 者 の 内 か ら 顕 現 し た の で あ ろ う か 、 そ れ と も 修 観 者 の 心 想 と か 三 昧 と は 無 関 係 に し て 、 い わ ぽ 外 側 か ら 忽 然 と 顕 現 し た の で あ ろ う か 。 も し こ の 仏 が 修 観 者 の 三 昧 の 内 か ら 顕 現 し た と す る な ら ば 、 修 観 者 自 身 の 心 想 に も と ず い て 顕 現 す る と い う こ と で あ り 、 結 局 は 自 分 自 身 が 作 り だ し た と い う こ と に な る 。 ( そ し て そ の 佛 は 夢 や 幻 と 同 じ 次 元 と い え る の で あ る 。 一 方 こ れ と は 反 対 に ) も し こ の 佛 が 修 観 者 の 心 想 と か 三 昧 と 無 関 係 に し て 、 い わ ば 外 側 か ら 忽 然 と 顕 現 し た と す る な ら ば 、 そ れ は ( 衆 生 の 心 想 に も と ず く ) 夢 や 幻 と は 区 別 さ れ る べ き 佛 で あ り 、 且 つ 次 元 を 異 に し て お り 、 そ の 佛 は ( 因 果 の 世 界 を 離 れ た ) 聖 な る 人 格 者 と い う こ と に な る 。 そ の よ う に 三 事 に よ っ て 現 れ る 佛 が 、 夢 幻 と
異 次 元 の 佛 で あ り 、 な お か つ 外 か ら 来 た る 佛 ( ー1 聖 な る 人 格 者 ) だ と い う こ と が で き る な ら ば 、 佛 が 顕 現 す る と い う こ と を 、 た だ 単 に 修 観 者 自 身 の 心 想 に よ っ て い る と す る こ と は で き な く な る の で あ る 。 即 ち 夢 幻 と 同 じ よ う に 考 え る こ と な ど で き な い の で あ る 。 こ の よ う に ( 佛 に つ い て 、 定 中 の 佛 と 外 来 の 佛 と い う 二 つ の 解 釈 が あ る と い う こ と は ) 明 白 で あ り ま す 。 念 佛 三 昧 法 の お し え と し て 、 そ の よ う な も の な の で し ょ う か 。 こ れ に は 二 三 の 異 説 が あ る と 思 い ま ( 21 ) す が 、 い っ た い ど の 説 に 従 え ば よ い で し ょ う か ﹂ 。 と い う こ と で あ る が 、 要 を と れ ば 、 般 舟 三 昧 行 に よ っ て 顕 現 せ る 阿 弥 陀 佛 が は た し て 心 想 所 生 の 佛 ( 定 内 の 弥 陀 ) な の か 、 そ れ と も 心 想 所 生 で は な い 外 来 の 佛 ( 定 外 の 弥 陀 ) な の か と い う こ と に つ き る の で あ る 。 慧 遠 は か っ て 道 安 の 傘 下 に お い て 、 ま た 今 は 鳩 摩 羅 什 と 書 簡 を 交 わ し て 般 若 学 の 求 索 研 鑽 に つ と め 、 ま し て 経 自 体 が ﹁ 心 作 佛 。 心 自 見 。 心 是 佛 。 心 是 怛 薩 阿 竭 。 心 是 我 身 。 心 見 佛 。 .. ... .﹂ と あ る こ と か ら し て も 、 般 舟 三 昧 経 典 に お い て 説 か れ る 見 佛 論 ( 定 中 の 弥 陀 ) に つ い て 、 こ れ が 心 想 所 生 な る こ と は 熟 知 し て い た は ず で あ る 。 に も か か わ ら ず 、 も う 一 つ の 見 佛 論 ( 外 来 の 弥 陀 、 定 外 の 弥 陀 ) を 提 起 し て 羅 什 に 問 う た の は 、 同 じ く 経 に ﹁ 去 是 間 千 億 萬 佛 刹 。 其 國 名 須 摩 提 。 在 衆 菩 薩 中 央 説 經 。 ﹂ と あ る こ と に よ っ た の で は な か っ た か 。 即 ち 、 こ の 三 界 か ら 空 間 的 に 遠 く 隔 離 し た 浄 土 で ﹁ 在 衆 菩 薩 中 央 説 經 ﹂ さ れ て い る 阿 弥 陀 佛 の 実 在 が 慧 遠 の 脳 裏 に ち ら つ い て い た の で あ る 。 そ の 阿 弥 陀 佛 と は た だ 単 に 見 佛 三 昧 の 対 象 と し て で は な く し て 、 ﹁ 常 念 我 數 數 。 常 當 守 念 。 莫 有 休 息 。 如 是 得 來 生 我 國 。 ﹂ と あ る よ う に 往 生 の 道 案 内 と し て 、 実 在 す る 救 済 の 慈 佛 と し て と ら え て い た か ら で あ る 。 こ う し た ( 羽 ) 意 識 を 前 提 と し て 羅 什 へ の 質 疑 が あ っ た に ち が い な い 。 た だ し 伝 記 の 記 述 を 除 く 慧 遠 関 係 の 文 献 上 に お い て 慧 遠 本 人 が 自 ら 穰 的 に 弥 陀 塗 へ 往 生 を 願 求 し た と い う 証 文 は 見 い だ せ な 噂 し か し 慧 遠 が 般 舟 ゴ 一昧 経 典 の 真 価 で あ る 空 観 の 上 に 更 に 外 来 の 弥 陀 、 定 外 の 弥 陀 を 提 起 し た こ と は 意 義 深 い こ と で あ る 。 羅 什 の 応 答 に お い て 、 こ の 慧 遠 の 問 題 提 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 九
佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 一 〇 起 は 黙 殺 さ れ た た め 結 果 的 に は 空 ぶ り に お わ っ た よ う で あ る が 、 慧 遠 に は 因 果 の 世 界 を 離 れ た 浄 土 の 阿 弥 陀 佛 の 真 実 在 と い う 意 識 が 、 底 に 流 れ て い た の で あ ろ う 。 た だ こ の ﹃ 大 乘 大 義 章 ﹄ 卷 中 に お け る 慧 遠 の 問 い の 内 容 か ら し て 、 こ の 時 点 で 彼 が 見 佛 を 成 就 し て い た と は と て も 考 え ら れ な い 。 こ の よ う な 断 定 は 早 計 で あ る か も し れ な い が 、 し か し 後 に 善 導 が 語 る よ う な 断 固 た る 口 調 と は あ ま り に も 対 照 的 で さ え あ る 。 慧 遠 の 質 疑 に 応 じ た 羅 什 は ﹁ 是 定 力 。 雖 未 離 欲 。 ム 亦 能 攝 心 一 處 。 能 見 諸 佛 。 則 是 求 佛 道 之 根 本 也 。 ﹂ と 述 べ 、 こ の 般 舟 三 昧 は 心 想 所 生 の 弥 陀 で あ る と し 、 佛 語 に し た が っ て 如 法 に 行 じ た と こ ろ に 成 就 す る 見 佛 で あ り 、 し か も 佛 は こ の 行 法 に よ っ て す べ て の 者 に 大 い な る 利 益 を も た ら お し め る の で あ る か ら 、 た と え 定 中 の 弥 陀 で あ っ て も 決 し て 虚 妄 で は な い と し て い る 。 そ し て ﹃ 摩 詞 般 若 波 羅 蜜 經 ﹄ を 引 い て 、 佛 の 因 縁 所 生 、 無 自 性 空 な る こ と を 説 き 示 し 、 ま た 経 の 三 事 に よ り ﹁ 衆 縁 和 合 。 即 得 見 佛 。 ﹂ と い う よ う に 、 羅 什 は あ く ま で も 般 舟 三 昧 経 典 の 真 価 た る 空 三 昧 の 発 揚 に つ と め て い る の で あ る 。 は た し て 慧 遠 は 羅 什 の 応 答 に よ っ て す べ て 氷 解 し え た で あ ろ う か 。 ② 天 台 支 婁 迦 讖 に よ っ て ﹃ 三 卷 本 ﹄ が 翻 訳 さ れ 、 約 百 三 十 年 ほ ど し て 慧 遠 ら の 白 蓮 社 が こ の 経 を 奉 じ 、 ま た 羅 什 と の 問 答 中 に も 引 か れ る な ど し て ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ は 時 に 一 世 風 靡 し た よ う で あ っ た が 、 そ の 後 し ば ら く は 関 心 が う す れ て し ま っ た の で あ ろ う か 、 あ る い は そ も そ も 廬 山 の み に 注 目 さ れ て い た に す ぎ な か っ た の で あ ろ う か 。 約 二 百 年 後 の 天 台 智 顎 ( 五 三 八 ー 五 九 七 ) に い た る ま で こ の 経 典 は 文 献 上 、 中 国 佛 教 史 の 中 か ら 姿 を 消 し て い る 。
智 顎 は ﹃ 摩 訶 止 觀 ﹄ 卷 第 二 に 、 四 種 三 昧 中 の 常 行 三 昧 を 、 般 舟 三 昧 経 典 に も と つ い て 明 か し て い る こ と は 周 知 の と お り で あ る 。 ,行 品 で は 行 道 は 説 か れ て お ら ず 、 か つ 一 昼 夜 あ る い は 七 日 七 夜 の 念 佛 で あ る が 、 こ れ に つ づ く 四 事 品 に は ﹁ 經 行 不 得 休 息 ﹂ コ ニ 月 莫 得 懈 L と あ る の で 、 こ れ に よ る 常 行 三 昧 で あ る こ と は 明 ら か で あ る 。 ま た 漢 訳 四 本 の 中 で は ﹃ 三 卷 本 ﹄ を 依 用 し て お り 、 そ の 後 の 天 台 家 で も や は り こ れ を 踏 襲 し て ﹃ 三 卷 本 ﹄ が 基 準 に な っ て い る よ う で あ り 、 こ の 傾 向 は 日 本 に 入 っ て き て か ら も 同 じ こ と が い え る 。 天 台 諸 師 の 三 事 の 呼 称 に つ い て は 前 表 に 示 し た ご と く で あ る 。 ﹃ 摩 訶 止 觀 ﹄ に は 此 法 出 般 舟 三 昧 經 。 翻 爲 佛 立 。 佛 立 三 義 。 一 佛 威 力 。 二 三 昧 力 。 三 行 者 本 功 徳 力 。 能 於 定 中 。 見 十 方 現 在 佛 在 其 ( % ) 前 立 。 -と あ り 三 事 を 佛 威 力 、 三 昧 力 、 行 者 本 功 徳 力 と し 、 そ の 第 三 力 に は 、﹁ 行 者 ﹂ と 冠 し て い る 。 即 ち ﹃ 三 卷 本 ﹄ の ﹁ 本 功 徳 力 ﹂ の ﹁ 本 ﹂ を 修 観 者 の 側 で と ら え て " 過 去 世 か ら の 善 根 功 徳 力 〃 と 断 じ た の で あ り 、 こ れ は ﹃ 拔 陂 經 ﹄ ,の ﹁ 宿 功 徳 力 ﹂ や ﹃ 賢 護 分 ﹄ の ﹁ 自 善 根 熟 ﹂ に 合 し た 判 と い え よ う 。 と も あ れ 智 顎 に あ ρ て は 第 一 ガ を 佛 の 側 に 、 第 二 と 第 三 ≪ ) 力 を 行 者 の 側 に 帰 せ し め て い た こ と が わ か る の で あ る 。 智 顎 は ﹁ 唯 専 行 旋 九 十 日 爲 一 期 ﹂ と い う よ う に 九 十 日 間 の 行 旋 ( 行 道 ) す る な か に 行 品 の 価 値 を 見 い だ し て い る よ う で あ り 、 阿 弥 陀 佛 を 諸 佛 の 代 表 ( ﹁ 但 専 以 彌 陀 。 爲 法 門 主 。 ﹂ ) と し て 、 . 身 口 意 に 行 ・ 唱 ・ 念 じ 休 息 せ ず 、 ﹁ 歩 歩 聲 聲 念 念 ﹂ 广 に 常 に 全 身 全 霊 を も っ て 弥 陀 に 向 け よ と 述 べ て い る 。 し た が っ て 般 舟 三 昧 経 典 の 主 題 で あ る 空 11 1昧 と い う も の は 明 確 な か た ち を も っ て 示 さ れ て い な い の で あ る 。 む し ろ 威 儀 や 行 法 そ の も の が 問 題 視 さ れ て い る の で あ る 。 ( 28 ) 灌 頂 ( 五 六 一 ー x: 11 1 1 1) は ﹃ 觀 心 論 疏 ﹄ 卷 第 三 に お い て 智 顎 を う け て 常 行 三 昧 を 述 べ 、 ま た 湛 然 ( 七 一 一 -七 八 二 ) 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 二
佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 一 二 ( 29 ) は ﹃ 止 觀 輔 行 傳 弘 決 ﹄ 卷 第 二 の 一 に 、 常 行 三 昧 を 釈 し て コ ニ 力 者 不 可 遍 辧 故 也 。 因 縁 和 合 感 應 道 交 。 故 須 三 力 。 ﹂ と 述 べ て い る 。 即 ち 修 観 者 の 三 昧 力 、 本 功 徳 力 と い う 因 ( 感 ) が 佛 力 と い う 縁 ( 應 ) を ま っ て 両 者 が 互 い に 交 融 し た と こ ろ に 見 佛 が 成 ず る こ と を 端 的 に 表 明 し て い る の で あ る 。 ( 鉛 ) 知 禮 ﹁ 九 六 〇 i 一 〇 二 入 ) は ﹃ 觀 經 疏 妙 宗 鈔 ﹄ 卷 第 四 で 弥 陀 の 浄 土 が 不 遠 な る こ と に つ い て 二 つ の 解 釈 を 提 し 、 そ の 第 一 の 解 に 行 者 が 見 ん と 欲 さ ば 即 ち 見 る と し て 般 舟 経 の 三 力 見 佛 論 を 援 用 し て い る 。 遵 式 ( 九 六 四 i 一 〇 三 二 ) は ﹃ 往 生 淨 土 懺 願 儀 ﹄ で 坐 禅 法 を 明 か す な か に ( 訂 ) 彼 佛 有 宿 願 力 。 令 修 此 三 昧 者 皆 得 成 就 般 舟 。 依 三 力 成 就 。 一 佛 威 力 。 二 三 昧 方 。 三 己 功 徳 力 。 と し て 三 力 を 述 べ て い る が 、 こ こ で 注 目 で き る の は ﹁ 彼 佛 有 宿 願 力 ﹂ で あ る 。 漢 訳 四 本 に も 天 台 の 常 行 三 昧 に も 現 れ て こ な い ﹁ 宿 願 力 ﹂ は 、 ﹃ 觀 經 ﹄ 第 十 三 観 に あ る ﹁ 然 彼 如 來 宿 願 力 故 。 有 憶 想 者 必 得 成 就 。 ﹂ の 一 文 に 依 っ た の で あ ろ う か 、 そ れ と も 善 導 に 依 拠 し た の で あ ろ う か 。 な お 、 善 導 と 約 一 世 紀 へ だ て た 法 照 は 広 本 の ﹃ 淨 土 五 會 念 佛 誦 經 觀 行 儀 ﹄ 卷 中 の お わ り で ﹃ 賢 護 分 ﹄ の 要 点 を 簡 潔 に ま と め て 引 い て い る 。 若 成 就 諸 佛 現 前 三 昧 者 。 欲 見 隨 念 即 見 。 何 以 故 。 有 三 因 縁 。 一 者 縁 此 念 佛 三 昧 。 二 者 縁 彼 佛 願 力 加 持 。 三 者 善 根 ( 32 ) 純 熟 。 具 三 因 縁 故 。 即 見 彼 佛 。 不 用 多 功 。 見 已 歡 喜 。 先 に 示 し た 対 象 表 の ﹃ 賢 護 分 ﹄ 本 文 と 比 較 す れ ぼ 、 こ こ に 法 照 の 主 観 が 見 て と れ る で あ ろ う 。 特 に ﹁ 彼 佛 加 持 ﹂ を ﹁ 彼 佛 願 力 加 持 ﹂ と し た こ と は 遵 式 と 同 様 に 注 目 さ れ る 。
三 善 導 の 解 釈 ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ 所 引 の ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ は ﹃ 一 卷 本 ﹄ を 依 用 し て お り 、 こ れ は 先 述 の 天 台 列 祖 や 道 綽 、 迦 才 な ど 浄 土 教 人 師 、 更 に 華 厳 系 に お い て も ﹃ 三 卷 本 ﹄ が 依 用 さ れ て い た こ と と 相 違 し て い る 。 文 献 か ら し て 善 導 以 前 の 中 国 で ﹃ 一 C M ) 卷 本 ﹄ を 引 く も の は 、 お そ ら く 皆 無 で あ っ た よ う で あ る 。 何 故 に 善 導 は ﹃ 一 卷 本 ﹄ を 用 い た の で あ ろ う か 。 そ し て 三 力 に 関 し て は ﹁ 彌 陀 佛 三 念 願 力 ﹂ と い い 、 三 力 を 一 括 し て 阿 弥 陀 佛 の 側 に 帰 せ し め る こ と で 、 そ こ に 行 者 側 の 力 用 を 認 め て い な い こ と 、 更 に は 第 一 の ﹁ 佛 力 ﹂ を ﹁ 大 誓 願 力 ﹂ と 改 称 し た 理 由 は ど こ に あ る の で あ ろ う か 。 こ う し た 諸 問 題 を 解 決 し な け れ ぽ な ら な い の で あ る 。 前 節 に お い て 、 三 力 は ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ で も 、 ま た 経 を 忠 実 に 釈 し た 天 台 諸 師 で あ っ て も 、 い わ ぽ 佛 と 修 観 者 の 複 合 力 で あ る と し 、 善 導 が い う よ う に 全 て を 佛 力 と す る も の で は な か っ た の で あ る 。 こ の ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ の 経 説 を あ え て 改 変 す る こ と に よ っ て 、 善 導 は 何 を 語 ろ う と し て い た の で あ ろ う か 。 そ の 意 図 す る と こ ろ は い っ た い ど こ に あ っ た の で あ ろ う か 。 こ れ を 解 く 鍵 は 、 や は り ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ そ の も の に 求 め ら れ る の で あ ろ う 。 C騒 ) CM ) ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ に 説 き 明 か さ れ る 見 佛 増 上 縁 は ﹃ 觀 經 ﹄ 、 ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ 、 ﹃ 月 燈 三 昧 經 ﹄ 、 ﹃ 文 殊 般 若 經 ﹄ の 文 を 引 い て お り 、 こ の よ う な 諸 経 に お け る 見 佛 の 叙 述 は 、 ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ で 説 か れ る 三 力 と い う 原 理 を も っ て 成 就 し う る と 解 釈 し て い る の で あ る 。 こ れ ら 引 用 さ れ た 四 種 の 経 の う ち 、 ベ ー ス と な っ て い る の は 無 論 ﹃ 觀 經 ﹄ で あ り 、 序 分 の 光 台 現 国 を 引 き 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 一 三
佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 一 四 又 如 此 經 證 。 非 直 夫 人 心 至 見 佛 。 亦 與 未 來 凡 夫 起 教 。 但 使 有 心 願 見 者 。 一 依 夫 人 至 心 憶 佛 。 定 見 無 疑 。 此 即 是 彌 ( 36 ) 陀 佛 三 念 願 力 外 加 。 故 得 令 見 佛 。 と 述 べ 、 か か る 立 場 に も と つ い て 、 定 善 の 見 佛 見 土 、 更 に 九 品 人 の 見 佛 を も 包 含 せ し め て い る 。 す な わ ち 善 導 は あ く ま で も 夫 人 を 含 め た 未 来 世 一 切 の 凡 夫 に 視 点 を お く ﹃ 觀 經 ﹄ 観 に 立 脚 し た 立 場 か ら 論 を 展 開 し て お り 、 こ の 立 場 か ら ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ の 三 力 を と ら え て い た と い え る の で あ る 。 し か る に ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ に 引 用 さ れ た ﹃ 觀 經 ﹄ は 、 ﹁ 得 令 見 佛 ﹂ ﹁ 令 汝 等 見 ﹂ ﹁ 皆 令 得 見 ﹂ ﹁ 令 心 眼 見 ﹂ ﹁ 得 令 凡 夫 ⋮ ⋮ 見 佛 ﹂ ﹁ 念 力 加 備 令 見 ﹂ と あ る ご と く 使 役 の 見 佛 で あ り 、 行 者 自 力 の 見 佛 に あ ら ず し て 、 ま さ し く 使 役 佛 力 他 力 の 見 佛 と い え る の で あ る 。 撰 述 の 先 後 関 係 に か か わ ら ず 、 上 引 ( 訂 ) の ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ の 文 と ﹃ 觀 經 疏 ﹄ 序 分 義 の ﹁ 豈 況 凡 夫 分 外 諸 佛 境 内 闡 心 。 自 非 聖 力 冥 加 彼 國 何 由 得 覩 。 ﹂ や ﹁ 依 心 所 お 見 國 土 莊 嚴 者 。 非 汝 凡 能 普 悉 歸 功 於 佛 也 。 ﹂ な ど は 、 そ の 見 佛 論 と し て 一 致 し て い る わ け で あ り 、 た と え ﹃ 觀 經 疏 ﹄ に お い て 、 あ る い は ﹃ 般 舟 讚 ﹄ に し て も 三 力 に つ い て の 言 及 は な く と も 、 佛 力 に 帰 せ し め て い る の で あ り 、 善 導 は ﹃ 觀 經 ﹄ の 見 佛 を 佛 力 他 力 と み な し 、 そ こ に 行 者 自 身 の 力 用 を 認 め て は い な い の で あ る 。 故 に 夫 人 の 光 台 現 國 で あ ろ う が 、 定 善 の 見 佛 で あ ろ う が 、 佛 を 覩 見 す る と い う こ と に 、 い さ さ か の 隔 た り さ え な い わ け で 、 と も に 佛 の 三 力 と い う 原 理 を も っ て 解 す る こ と が で き た の で あ る 。 さ て 、 そ れ で は ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ に お い て 佛 と 行 者 ( 菩 薩 ) の 複 合 力 で あ っ た 三 力 は 、 は た し て 善 導 の 如 く す べ て を 佛 の 側 に 帰 せ し め て 不 都 合 な い の で あ ろ う か 。 そ の 前 に 三 力 に つ い て 一 一 に 吟 味 し な け れ ば な ら な い が 、 先 ず 振 第 一 の ﹁ 佛 力 ﹂ を 、 善 導 が な ぜ ﹁ 大 誓 願 力 ﹂ と 改 称 し た か に つ い て 述 べ よ う 。 漢 訳 四 本 で は ﹃ 一 卷 本 ﹄ が ﹁ 佛 力 ﹂ 、 ﹃ 三 卷 本 ﹄ が ﹁ 佛 威 神 力 ﹂ 、 ﹃ 拔 陂 經 ﹄ は ﹁ 佛 威 神 ﹂ 、 そ し て ﹃ 賢 護 分 ﹄ で は ﹁ 彼 佛 加 持 ﹂ と な っ て お り 願 力 は 説 か れ て い
な い 。 ま た 四 本 と も に 姶 終 、 こ と さ ら 阿 弥 陀 佛 の 菩 薩 た り し 時 の 誓 願 に つ い て 記 す る と こ ろ は 見 ら れ な い 。 そ れ は 般 舟 三 昧 経 典 そ の も の が 、 本 来 は 空 三 昧 の 逮 得 が そ の 主 目 的 で あ り 、 誓 願 思 想 と 直 接 に 関 係 が な い こ と 、 更 に は 阿 弥 陀 佛 が 十 方 諸 佛 の 中 の 一 佛 に す ぎ な い と い う こ と が 、 理 由 と し て 指 摘 さ れ る で あ ろ う 。 し か し 善 導 に あ っ て は 先 述 の ご と く 、 ﹃ 観 經 ﹄ を も っ て 自 ら の 教 学 を 確 立 し 、 そ の 立 場 か ら 般 舟 三 昧 経 典 に 望 ん だ の で あ る か ら 、 三 力 の 総 称 と も い い 得 る ﹁ 佛 力 ﹂ 乃 至 、 ﹁ 佛 威 神 力 ﹂ は 、 弥 陀 の 誓 願 力 に 襲 ら な か っ た と 確 信 し た の で あ ろ 癖 善 嚢 弥 陀 の 願 力 を 重 視 し 、 願 力 住 生 や 願 力 見 佛 を 力 説 す る こ と は 所 々 に 散 見 で き る の で あ る 。 た と え ば 、 前 引 の ﹃ 觀 經 ﹄ 第 十 三 雜 想 観 に ﹁ 無 量 壽 佛 身 量 無 邊 。 非 是 凡 夫 心 カ 所 及 。 然 彼 如 來 宿 願 力 故 。 有 憶 想 者 必 得 成 就 。 ﹂ と あ る を ﹃ 觀 經 疏 ﹄ に 釈 し て 四 從 然 彼 如 來 下 至 必 得 成 就 巳 來 。 正 明 凡 心 狭 小 。 聖 量 彌 寛 。 注 想 無 由 。 恐 難 成 就 。 斯 乃 不 以 小 故 難 成 。 不 由 大 故 れ 不 現 。 直 是 彌 陀 願 重 。 致 使 想 者 皆 成 。 と 述 べ て い る 。 こ れ は つ ま り 、 観 成 の 得 否 は 阿 弥 陀 佛 の 願 が 重 厚 な る に よ る の で あ り 、 修 観 者 自 身 の 心 の 優 劣 や 、 あ る い は 対 境 の 分 量 の 大 小 に 左 右 さ れ る の で は な い と い う の で あ っ て 、 修 観 者 の 縁 相 は あ く ま で も 因 力 と し 、 そ れ に よ っ て 引 き 起 こ さ れ る 縁 力 と し て の 佛 力 に こ そ 、 重 点 を お い て 観 成 の 得 否 を 論 じ て い る の で あ る 。 機 辺 の 資 質 の 如 何 は 問 題 で な く 、 因 行 に よ っ て 導 か れ る 縁 力 と し て の 佛 力 の ほ う が 問 題 と な っ て く る の で あ る 。 ま た 、 ﹃ 觀 經 ﹄ の ﹁ 以 側 刻 故 。 當 得 見 彼 清 浄 國 土 。 ﹂ を ﹃ 鑿 法 門 ﹄ で 引 用 す 乏 あ た っ て 苡 佛 願 力 故 ・ 見 蠡 望 と す る よ う に ・ 禰 力 ﹂ を わ ざ わ ざ ﹁ 佛 願 力 ﹂ と 改 め て い る こ と か ら も ・ 願 力 重 視 の 姿 勢 を 察 す る こ と が で き る の で あ 饕 こ う し た こ と に ょ り 、 善 導 は ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ の ﹁ 佛 力 ﹂ や ﹁ 佛 威 神 力 ﹂ を 、 具 体 的 に 阿 弥 陀 佛 の 阿 弥 陀 佛 た ら し め て い る 。 い わ ば 阿 弥 陀 佛 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ ー と も い え る 衆 生 凡 夫 を 救 済 せ ん が 為 に 建 て た 誓 願 を も っ て ﹁ 佛 力 ﹂ を ﹁ 大 誓 願 力 ﹂ と 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 一 五
佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 一 六 し て 、 単 に ﹁ 佛 力 ﹂ と 表 現 す る の み の 抽 象 性 を 払 拭 し 、 具 体 性 を 示 し た と い え よ う 。 な お 、 こ の ﹁ 大 誓 願 力 ﹂ が 総 願 ゐ で あ る か 別 願 で あ る か の 問 題 も あ る が 、 本 論 と 直 接 か か わ り が な い の で 略 す 。 つ ぎ に 経 の コ ニ 昧 力 ﹂ に つ い て 善 導 は 、 コ ニ 昧 定 力 L と し て ﹁ 定 ﹂ の 一 字 を 加 え た の で あ り 、 本 質 的 に 経 と の 違 い は な い が 、 経 で は 明 ら か に 、 こ れ を 修 観 者 の 側 に 帰 し 、 智 顎 も そ う で あ っ た よ う に 、 意 味 内 容 に お い て 善 導 の 領 解 は 経 と 相 違 し て い る 。 た し か に 善 導 に あ っ て も 、 修 観 者 が 三 昧 を 発 得 し て 見 佛 が 成 就 さ れ 得 る こ と を 説 い て い る こ と で は 、 諸 浄 土 教 人 師 と 変 わ る と こ ろ は な く 、 こ れ を 見 佛 の 必 要 条 件 と 解 し て い る 。 ﹃ 觀 經 ﹄ 地 想 観 の ﹁ 若 得 三 昧 。 見 彼 國 地 。 了 了 分 明 ﹂ を 、 ﹃ 觀 經 疏 ﹄ で ム 六 明 想 心 漸 微 。 覺 念 頓 除 。 正 受 相 應 。 證 於 三 昧 。 眞 見 彼 境 微 妙 之 事 。 何 由 具 説 。 と 釈 す こ と な ど か ら し て も 、 そ れ は 明 白 で あ る 。 そ こ で 注 目 で き る の は 、 ﹃ 般 舟 讚 ﹄ の 行 住 坐 臥 心 相 續 。 極 樂 莊 嚴 自 然 見 。 或 想 或 觀 除 罪 障 。 皆 是 彌 陀 本 願 力 。 以 佛 力 故 成 三 昧 。 三 昧 得 成 心 眼 開 。 諸 佛 ( 54 ) 境 界 超 凡 夫 。 と い う く だ り で あ る 。 常 に 心 を 弥 陀 に よ せ れ ば 、 浄 土 の 荘 厳 を 目 の あ た り に す る こ と が で き 、 想 観 す れ ば 罪 は 除 か れ る ・ こ う し た 見 佛 浄 土 や 滅 罪 は す べ て 弥 陀 の 本 願 力 に よ る も の で あ る 。 佛 力 に よ っ て 三 昧 を 得 て 、 こ れ に よ っ て 心 眼 は 開 か れ 、 諸 佛 の 境 界 は 凡 失 の 境 界 を 超 越 し て い る こ と を 知 見 す る 、 と 讃 述 し て い る 。 ﹁ 以 佛 力 故 成 三 昧 ﹂ と は 、 修 観 者 が 心 相 続 さ せ る も 、 三 昧 と い う 心 的 状 態 の 得 成 は 佛 力 に よ っ て な さ れ る と い う こ と を 意 味 し て い る 。 即 ち 佛 力 他 力 に よ っ て 三 昧 の 得 否 が あ る と の 意 で あ る 。 残 念 な が ら こ う し た 明 瞭 な 佛 力 三 昧 の 言 及 は ﹃ 般 舟 讚 ﹄ の こ の 一 文 の み
で は あ る が 、 三 昧 と 見 佛 の 関 係 を 汰 沙 す る に 示 唆 的 な 一 文 と し て 注 目 で き る の で あ る 。 し た が っ て 善 導 の い う 三 昧 力 と は " 佛 ( が 凡 夫 を し て 発 起 せ し む る ) 三 昧 力 " と い う こ と に な る 。 こ れ は 菩 薩 が 自 ら 発 起 す る 三 昧 で は な く 、 佛 力 に よ っ て 凡 夫 が 発 起 せ し め ら れ る 三 昧 で あ り 、 こ の 点 で ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ で 説 か れ る よ う な 菩 薩 自 身 の 発 こ す 三 昧 と は 性 格 を 異 に し 、 当 然 見 佛 論 に つ い て も 、 佛 を 見 る と い う よ り は む し ろ 、 佛 に よ っ て 佛 を 見 せ し め ら れ る 、 と い う の が 近 い と 思 わ れ る 。 善 導 は 所 々 し ぼ し ば 見 佛 を 使 役 と し て 表 現 し て い る こ と は 、 こ れ を 証 左 す る も の で あ る 。 し か ら ぽ 、 お 修 観 者 は 心 想 観 察 を 深 め る に お い て 佛 力 が 加 わ り 、 そ の 念 力 を こ う む っ て は じ め て 三 昧 を 発 得 す る の で あ る 。 佛 力 に よ っ て 三 昧 を 発 起 せ し め ら れ れ ば 、 そ れ を 必 要 条 件 と す る 見 佛 は 、 佛 に よ っ て 成 就 せ し め ら れ る こ と に な る の で あ る 。 た し か に 三 昧 の 発 得 は 修 観 者 に あ る が 、 そ の 発 得 に は 佛 力 が 作 用 し て い る の で あ る か ら 、 ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ の ﹁ 三 昧 力 ﹂ と は 善 導 に あ っ て は 畢 竟 、 佛 の 側 で 扱 わ れ な け れ ぽ な ら な か っ た の で あ る 。 こ の よ う な 領 解 は 天 台 諸 師 と 大 い に 相 違 す る と こ ろ で あ る 。 さ て 次 に ﹁ 本 功 徳 力 ﹂ に つ い て ﹃ 拔 陂 經 ﹄ 、 ﹃ 賢 護 分 ﹄ の 経 説 に し た が え ぽ 、 修 観 者 の 側 に 帰 せ し め て お り 、 ま た ﹃ 一 卷 本 ﹄ ・ ﹃ 三 卷 本 ﹄ の 説 相 か ら 総 そ し て 更 に は 智 顎 が 修 観 者 の 側 に 帰 芒 め て 〃 過 去 世 か ら の 善 根 力 " と 理 解 し 、 後 継 の 天 台 家 に お い て も こ う し た 理 解 は 必 至 で あ っ た 。 た だ し 経 に し て も 天 台 諸 師 に し て も 、 具 体 的 な 功 徳 の 内 容 を 示 し て い な い し 、 本 功 徳 力 を 佛 の 側 に 帰 せ し め た 善 導 も や は り そ の 内 容 を 明 示 し て い な い の で 、 こ れ が い っ た い い か な る 性 格 で あ る か は 不 明 で あ る 。 た だ こ れ も 先 に 同 じ く 、 觀 經 為 凡 夫 の 立 場 か ら 般 舟 三 昧 経 典 を 望 ん だ 善 導 の 意 を 推 察 す れ ば 、 お の ず と 解 け て く る の で あ る 。 こ れ は 逆 の 命 題 と し て 、 凡 夫 に 本 功 徳 力 な る 内 容 を 認 め ら れ る か 否 か と い 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 一 七
佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 一 八 う 問 い を お こ さ し む る 。 善 導 の 人 間 観 か ら す れ ば 、 す べ て の 衆 生 は 無 間 に 罪 業 を 造 り 、 生 死 を く り か え す 凡 夫 で あ り 、 極 言 す れ ば そ こ に は 三 世 と い う 時 代 区 分 や 、 末 法 五 濁 と い う 悲 観 的 な 時 代 意 識 す ら も 超 え て い る 。 即 ち 、 無 始 よ り 心 識 を 有 し 、 こ れ が た め に 輪 廻 を つ づ け て い る 間 に は 時 代 区 分 も 関 係 な く 、 時 代 意 識 す ら も 係 わ り よ う の な い 一 律 平 等 の 凡 夫 だ と い う 徹 底 し た 人 間 観 で あ る 。 し か ら ば 見 佛 を 成 就 せ し め る 一 要 素 と し て の 本 功 徳 力 を 、 凡 夫 に 認 め ら れ 得 る か 否 か と い う こ と に お い て 、 善 導 に あ っ て は こ れ を 認 め る こ と は で き な か っ た と 言 わ ざ る を え な い の で あ る 。 そ れ は 前 引 の ﹁ 豈 況 凡 夫 分 外 諸 佛 境 内 闘 心 。 自 非 聖 力 冥 加 。 彼 國 何 由 得 覩 。 ﹂ や ﹁ 依 心 所 見 國 土 莊 嚴 者 。 非 汝 凡 能 普 悉 。 歸 功 於 佛 也 。 ﹂ か ら 明 白 な こ と で あ る 。 た だ 善 導 が 認 め て い た の は 、 三 力 と い う 佛 の 外 縁 を 誘 引 す る 三 心 ( 至 誠 心 、 信 心 、 願 心 ) と い う 凡 夫 の 内 因 の み で あ っ た の で あ る 。 ま た 成 瀬 隆 純 氏 が 、 善 導 は ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ に ﹃ 一 卷 本 ﹄ を 引 く ( 弼 ) に つ け 、 経 の 八 ケ 所 に わ た る ﹁ 菩 薩 ﹂ を ﹁ 衆 生 ﹂ 、 ﹁ 學 者 ﹂ 、 ﹁ 四 衆 ﹂ と 書 き 改 め て い る と 指 摘 し て い る よ う に 、 善 導 は 為 凡 夫 の 立 場 か ら ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ の 念 佛 三 昧 に 望 ん で お り そ れ は ﹃ 觀 經 ﹄ と 同 じ 見 地 で 語 ら れ る の で あ る 。 そ し て そ の 姿 勢 は 三 力 に も 貫 か れ て い る と い え る の で あ る 。 ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ に か ぎ ら ず 、 善 導 の 見 佛 論 は 佛 力 加 念 の 他 力 見 佛 で あ る 。 こ の 佛 力 と い う 絶 対 的 作 用 に 重 点 を お い て す れ ば 、 見 佛 と は 受 動 的 で あ っ て 修 観 者 の 能 動 性 は 極 め て 希 薄 な の で あ る 。 こ の 意 味 か ら ﹁ 使 役 の 見 佛 論 ﹂ と 称 し て さ し つ か え な い の で あ る 。 以 上 、 善 導 受 容 の 三 力 に つ い て 卑 見 を 述 べ て き た わ げ で あ る が 、 天 台 家 や そ の 後 の 中 国 日 本 の 浄 土 教 家 か ら 、 善 導 の 三 力 は ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ の 曲 解 で は な い か と 辛 辣 な 批 判 を 受 け る で あ ろ う 。 し か し こ れ は 依 っ て 立 つ 根 本 的 立 場 の 相 違 か ら く る 指 摘 で あ っ て 、 必 ず し も 妥 当 な 批 判 と は い え な い の で あ る 。 か り に 批 判 が 許 さ れ る の な ら 、 そ れ は 善 導 と 同 じ 立 場 に 立 っ た 上 で な さ れ な け れ ば な ら な い の で あ る 。 善 導 に す れ ぽ 当 然 な が ら 、 経 説 を 曲 解 し た と い う 意 識 は 毛 頭 な か っ た わ け で 、 こ の ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ で
は 凡 夫 見 佛 と い う 一 事 象 に お い て 、 ﹃ 觀 經 ﹄ と か ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ と い う 区 別 は な く 、 と も に 為 凡 夫 の 経 と し て と り く ん で い た に す ぎ な か っ た の で あ る 。 さ て 最 後 に 残 さ れ た 問 題 、 即 ち 善 導 一 人 が な ぜ ﹃ 一 卷 本 ﹄ を 依 用 し た か に つ い て 、 述 べ な け れ ば な ら な い 。 智 顎 や ぬ 迦 才 に あ っ て も 、 ま た 師 の 道 綽 で さ え も が ﹃ 安 樂 集 ﹄ に お い て ﹃ 三 卷 本 ﹄ を 依 用 し て い た こ と か ら し て 、 善 導 も ﹃ 三 卷 本 ﹄ を 依 用 し て よ さ そ う で あ る 。 し か し 事 実 は ﹃ 一 卷 本 ﹄ に よ っ て い た 。 こ れ は 逆 に 言 え ば 、 善 導 が ﹃ 一 卷 本 ﹄ を 依 用 し た こ と に 必 ず 根 拠 が あ っ た こ と を 予 測 さ せ て い る の で あ る 。 善 導 の 在 世 に は 漢 訳 四 本 は す べ て そ ろ っ て い た こ と か ら し て 、 た と え ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ が い つ 、 ど こ で 撰 述 さ れ た の か は 不 明 で あ る に し て も 、 こ れ ら 四 本 を 取 捨 選 択 す る こ と は 可 能 で あ っ た は ず で あ る 。 成 瀬 氏 は 道 綽 、 迦 才 が ﹃ 三 卷 本 ﹄ を 基 調 と し つ つ 、 ﹃ 一 卷 本 ﹄ の み に あ る ﹁ 當 念 我 名 ﹂ ( ﹃ 三 卷 本 ﹄ は ﹁ 常 念 我 ﹂ ) を も っ て そ れ ぞ れ ﹁ 常 念 我 名 ﹂ 、 ﹁ 常 當 専 念 佛 名 ﹂ と 改 変 付 加 し て い る と 指 摘 し 、 つ づ い て ﹁ こ の こ と か ら 推 し て い え ば 、 ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ の 行 品 に 説 く 内 容 、 と く に 一 巻 本 の ﹁ 當 念 我 名 ﹂ と い う 一 句 が 当 ( 50 ) 時 の 浄 土 教 関 係 の 人 た ち に と っ て 、 注 目 さ れ て い た こ と が わ か る ﹂ と 述 べ て い る 。 こ の 成 瀬 氏 の 考 証 も 一 理 で あ る が 、 こ れ を も っ て た だ ち に 善 導 の ﹃ 一 卷 本 ﹄ 依 用 の 根 拠 と す る こ と は で き な い だ ろ う 。 な ぜ な ら 善 導 に あ っ て も 、 道 綽 、 迦 才 と 同 じ よ う に X 11 1卷 本 ﹄ を ベ ー ス と し て ﹃ 一 卷 本 ﹄ の ﹁ 我 名 ﹂ を と り 入 れ れ ば す む で は な い か と 逆 に 問 い 返 す こ と が で き る か ら で あ る 。 そ こ で 考 え る に 、 善 導 が ﹃ 一 卷 本 ﹄ を 用 い た 根 拠 と し て 、 先 と 同 じ よ う に や は り ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ に お け る ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ の 引 用 状 況 が そ の 鍵 と な る の で は な い か と 思 わ れ る 。 こ の ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ に お い て は ﹃ 一 卷 本 ﹄ の 問 事 品 の 末 尾 、 行 品 の 前 半 、 四 事 品 、 護 持 品 ( ﹃ 三 卷 本 ﹄ の 擁 護 品 に 相 当 す る ) 、 勧 助 品 が 、 部 分 的 に 省 略 補 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 一 九
佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 二 〇 足 さ れ 、 あ る い は 書 き 改 め ら れ た う え で 引 か れ て い る 。 そ れ ら 引 用 さ れ て い る ﹃ 一 卷 本 ﹄ の 箇 所 と 、 そ れ に 対 応 す る 他 の 漢 訳 三 本 の 箇 所 と を 比 較 す る に 、 注 意 を 要 す る 一 節 が 浮 か び あ が っ て く る の で あ る 。 そ れ は ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ の ﹁ 依 ( 51 ) 般 舟 經 明 念 佛 三 昧 法 二 ﹂ に 引 か れ た 行 品 の ﹁ 由 念 佛 色 身 故 得 是 三 昧 ﹂ の 一 文 で あ る 。 こ の ﹃ 一 卷 本 ﹄ の 句 に 対 応 す る ( 52 ) ( 53 ) ( 54 ) ﹃ 三 卷 本 ﹄ 、 ﹃ 拔 陂 經 ﹄ 、 ﹃ 賢 護 分 ﹄ は 以 下 の と お り で あ る 。 用 念 佛 故 。 得 空 三 昧 。 如 是 爲 念 佛 。 如 有 念 如 來 。 因 縁 如 空 。 空 便 爲 已 得 。 是 爲 念 佛 意 。 彼 作 如 是 念 如 來 巳 。 如 是 次 第 得 空 三 昧 。 善 男 子 。 是 名 正 念 諸 佛 現 前 三 昧 也 。 さ て こ こ で 、 般 舟 三 昧 経 典 所 説 の 中 心 眼 目 が 何 で あ っ た か を 思 い だ し て ほ し い 。 こ の 経 典 は 阿 弥 陀 佛 を も っ て 見 佛 の 対 象 と す る も 、 そ の 実 、 一 貫 す る 思 想 は 般 若 皆 空 の 理 で あ る 。 佛 と 菩 薩 の 両 者 の 作 用 が は た ら き あ い 、 そ こ に 因 縁 所 生 と し て 阿 弥 陀 佛 を 覩 見 す る と い う 空 三 昧 、 理 観 の 逮 得 に あ り 、 阿 弥 陀 佛 を 空 性 と し て 描 い て い る の で あ っ た 。 と こ ろ が 善 導 の 言 う と こ ろ の 阿 弥 陀 佛 は 、 ど う で あ っ た ろ う か 。 そ れ は 周 知 の ご と く 穢 土 と 対 峙 す る 浄 土 に 住 す る 報 身 報 佛 で あ る 。 般 舟 三 昧 経 典 で の 弥 陀 は 、 空 三 昧 の 逮 得 の た め の 助 法 的 な 行 法 と し て 登 場 し て い る が 、 善 導 は こ の 見 佛 の 対 象 と し て の 弥 陀 を 、 具 体 的 な 三 十 二 相 八 十 種 好 と い う ﹁ 色 身 ﹂ 、 ﹁ 不 壞 色 ﹂ を 憶 念 し 、 そ こ に 顕 現 せ る 佛 は 空 性 の 佛 で は な く 、 常 住 佛 と と ら え て い た の で あ る 。 結 局 、 善 導 の 阿 弥 陀 佛 見 佛 論 と し て は 、 ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ で 主 眼 と し て い る 空 三 昧 を 否 定 し て い る こ と に な る の で あ る 。 こ の た め 、 善 導 は ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ 所 説 の 相 好 を 具 足 し た 佛 を 念 じ 、 あ る い は 称 え て 覩 見 す る と い う 一 事 を 引 用 す る こ と は あ っ て も 、 行 品 の 末 に 説 か れ て い る 空 三 昧 の 叙 述 は 決 し て 引 か な い の で あ る 。 も し も 善 導 が 空 三 昧 を 容 認 し 引 用 し て い た な ら ば 、 ﹃ 觀 經 疏 ﹄ に お い て ﹁ 唯 識 法 身 之 觀 ﹂ 、 ﹁ 自 性 清 淨
( 55 ) ( 56 ) ( 57 ) 佛 性 觀 ﹂ が 否 定 さ れ る こ と が 説 明 で き な く な る の で あ る 。 更 に 、 ﹃ 一 卷 本 ﹄ を 除 く ﹁ 三 卷 本 ﹄ ﹃ 拔 陂 經 ﹄ ﹃ 賢 護 分 ﹄ に は そ れ ぞ れ 常 念 諸 佛 功 徳 。 、 自 歸 爲 依 佛 。 定 意 得 自 在 。 不 隨 佛 身 相 法 。 常 著 念 一 切 諸 佛 。 依 怙 著 善 本 。 常 思 願 一 切 諸 佛 。 自 在 欲 定 。 不 自 願 佛 身 相 等 。 念 一 切 佛 三 世 平 等 無 有 動 轉 。 而 能 持 諸 善 根 。 一 切 諸 佛 三 昧 自 在 。 終 不 染 著 諸 佛 相 身 。 と あ る よ う に 、 空 三 昧 の 立 場 か ら 、 佛 身 の 相 好 に 著 し 念 ず る こ と を 否 定 し て い る 。 ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ の 主 眼 か ら し て そ れ は 当 然 の こ と で あ る が 、 と こ ろ が こ れ ら 三 本 の 記 述 に 相 当 す る ﹃ 一 卷 本 ﹄ 行 品 の 箇 所 に は 、 該 当 す る 叙 述 は 見 ら れ な い の で あ る 。 そ こ に は 三 字 一 句 の 偈 を も っ て 相 対 概 念 を 否 定 し て い る だ け で 、 上 記 三 本 の よ う に 直 接 佛 の 色 身 そ の も の を 正 面 き っ て 否 定 し て い る わ け で は な い 。 こ う し た こ と か ら し て 、 ﹃ 一 卷 本 ﹄ を 除 く 他 の 漢 訳 三 本 に お い て は 、 い ず れ も 空 三 昧 、 空 阿 弥 陀 佛 を 説 く の で 、 単 に ﹁ 由 念 佛 色 身 故 得 是 三 昧 ﹂ と あ り 、 佛 身 の 具 体 的 な 相 好 を 縁 ず る ﹃ 一 卷 本 ﹄ を 依 用 し た と 考 え ら れ る 。 た だ ﹃ 一 卷 本 ﹄ で も 行 品 の 最 後 に い た っ て 空 性 義 な る こ と を 説 い て い る が 、 他 の 漢 訳 三 本 と 比 較 し て 空 を 説 く 描 写 が 希 薄 で あ る ( 58 ) こ と は 事 実 で あ る 。 ま た 、 先 に 善 導 は ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ の 空 三 昧 の 叙 述 を 引 か な い と 述 べ た が 、 こ う し た こ と は ﹁ 見 佛 三 昧 増 上 縁 ﹂ に 引 か れ て い る ﹃ 文 殊 般 若 經 ﹄ に つ い て も 同 じ こ と が 言 え る の で あ る 。 善 導 が 引 用 し た ﹃ 文 殊 般 若 經 ﹄ と 、 実 際 の ﹃ 文 殊 般 若 經 ﹄ 本 文 を 比 較 す れ ば 、 相 違 せ る こ と 明 瞭 で あ る 。 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 : -二 一
佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 ︻ ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ 所 引 の ﹃ 文 殊 般 若 經 ﹄ ︼ 云 何 名 一 行 三 昧 。 佛 言 。 若 男 子 女 人 在 空 閑 處 。 捨 諸 亂 意 。 隨 佛 方 所 。 端 身 正 向 不 取 相 貌 。 専 稱 佛 名 。 念 無 休 息 。 即 於 念 中 。 能 見 過 現 未 來 ( 59 ) 三 世 諸 佛 。 二 二 ︻ ﹃ 文 殊 般 若 經 ﹄ 本 文 ( 大 正 蔵 經 ) ︼ 云 何 名 一 行 三 昧 。 佛 言 。 法 界 一 相 。 繋 縁 法 界 是 名 一 行 三 昧 。 若 善 男 子 善 女 人 。 欲 入 一 行 三 昧 。 當 先 聞 般 若 波 羅 蜜 。 如 説 修 學 。 然 後 能 入 一 行 三 昧 。 如 法 界 。 縁 不 退 不 壞 不 思 議 無 礙 無 相 。 善 男 子 善 女 人 欲 入 一 行 三 昧 。 應 處 空 閑 捨 諸 亂 意 。 不 取 相 貌 。 繋 心 一 佛 専 稱 名 字 。 隨 佛 方 所 端 身 正 向 。 能 於 一 佛 念 ( 60 ) 念 相 續 。 即 是 念 中 能 見 過 去 未 來 現 在 諸 佛 。 こ の よ う に 善 導 は 、 ﹃ 觀 念 法 門 ﹄ に ﹃ 文 殊 般 若 經 ﹄ を 引 用 す る に あ た り 、 経 の ﹁ 法 界 一 相 ⋮ ⋮ 無 礙 無 相 ﹂ に い た る ( 61 ) ( 62 ) ま で を 、 み ご と に 省 い て い る こ と が わ か る 。 そ し て こ の 略 さ れ た 部 分 に 空 三 昧 ( 理 観 ) が 説 か れ て い る の で あ る 。 善 導 は こ の 一 節 を 引 か ず 、 こ れ に つ づ い て 説 か れ る 事 観 の 部 分 の み を 引 用 し て い る の で あ る 。 こ れ ら ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ と ﹃ 文 殊 般 若 經 ﹄ の 偏 引 状 況 か ら し て 、 直 接 空 三 昧 を 否 定 し て い な い に し ろ 、 間 接 的 に は 阿 弥 陀 佛 が 空 性 に 非 ざ る こ と を 訴 え て い る と い え よ う 。 こ こ に 善 導 は ﹁ 用 念 佛 故 。 得 是 三 昧 。 ﹂ の ﹃ 一 卷 本 ﹄ を 依 用 し て 、 ﹁ 用 念 佛 故 。 得 空 三 昧 。 ﹂ 、 ﹁ 因 縁 如 空 。 空 便 爲 已 得 。 ﹂ 、 ﹁ 如 是 次 第 得 空 三 昧 。 ﹂ と す る 他 の 漢 訳 三 本 に 依 ら な か っ た 理 由 が あ る の で あ る 。 そ し て ま た 、 こ こ に も 善 導 の 佛 身 論 、 及 び 見 佛 論 の 何 た る か を 知 る こ と が で き る の で あ る 。
お わ り に か つ て 慧 遠 は ﹃ 大 乘 大 義 章 ﹄ の 鳩 摩 羅 什 に 対 す る 問 い の 中 で 阿 弥 陀 佛 を ﹁ 外 來 之 佛 ﹂ 、 ﹁ 定 外 之 佛 ﹂ と 言 い 、 こ れ を ﹁ 定 中 之 佛 ﹂ と 区 別 を つ け て い た が 、 鳩 摩 羅 什 に よ っ て 後 者 ( 定 中 之 佛 ) の 選 択 を 余 儀 な く さ れ 、 前 者 ( 外 來 之 佛 、 定 外 之 佛 ) に つ い て 沈 黙 せ ざ る を え な か っ た 。 こ れ が た め に 後 世 に 伝 わ る こ と が な か っ た 。 し か し そ れ か ら 二 百 数 十 年 を 経 て 善 導 が 再 び 、 と い う よ り い っ そ う 明 確 な か た ち で 前 者 を 選 択 す る に い た っ た 。 こ れ は 善 導 が 人 問 の 機 根 を 客 観 的 か つ 実 存 的 に 見 す え た こ と に よ っ て 構 築 さ れ た 阿 弥 陀 佛 身 観 で あ り 、 見 佛 論 で あ っ た の で あ る 。 近 縁 に お け る ﹁ 衆 生 願 見 佛 。 佛 即 應 念 現 在 目 前 。 故 名 近 縁 。 ﹂ と い う 凡 の ﹁ 呼 ﹂ と 仏 の ﹁ 応 ﹂ は 、 凡 を し て 容 易 に ﹁ 呼 ﹂ せ し め な け れ ば 両 者 の 呼 応 は 成 立 し え な い 。 即 ち 弥 陀 と 浄 土 を 事 相 と と ら え る ﹁ 立 相 ﹂ は 、 凡 夫 の た め に 用 意 さ れ た 仏 の 大 慈 の あ ら わ れ で あ り 、 こ れ あ っ て は じ め て 凡 を し て 作 意 ( 呼 ) を 可 能 な ら し め る の で あ る 。 立 相 な く し て 否 、 凡 夫 な く し て 語 れ な い の が 善 導 の 見 仏 論 な の で あ る 。 そ も そ も 浄 土 や 阿 弥 陀 佛 を 空 性 で あ る と か 、 唯 心 の 所 産 で あ る と 説 く よ り は 、 此 土 の 対 極 と し て の 浄 土 の 真 実 性 、 そ し て 具 体 的 な 相 好 を 有 す 阿 弥 陀 佛 と い う 人 格 的 真 実 性 を 説 く こ と は 俗 的 な 立 場 か ら す れ ば 、 は る か に 身 近 か で あ り 容 易 に 理 解 で き た に 違 い な い 。 あ ら ゆ る 事 象 が 六 識 所 感 の 対 象 と な り 、 す べ て が 相 対 関 係 に あ る 此 土 に 治 生 す る 我 ら に と っ て 、 そ れ は 古 今 共 通 の こ と で あ ろ う 。 慧 遠 が ﹁ 外 來 之 佛 ﹂ 、 ﹁ 定 外 之 佛 ﹂ を も っ て 己 れ の 胸 中 を 羅 什 に 試 問 し た の は 、 こ の あ た り に 由 来 し て い た の で は な か っ た ろ う か 。 慧 遠 の 問 い は 極 め て 自 然 な 発 想 で あ っ た は ず で あ る 。 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 二 三
佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 二 四 ︽ 註 ︾ ( 1 ) 浄 全 四 -二 二 七 下 ( 2 ) ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ は そ の 成 立 や 、 般 若 諸 経 、 阿 弥 陀 佛 信 仰 と の 関 係 、 及 び 漢 訳 者 な ど 多 く の 問 題 を は ら ん で い る 。 そ の 研 究 成 果 と し て は 、 赤 沼 智 善 ﹃ 佛 教 經 典 史 論 ﹄ 、 望 月 信 亨 ﹃ 佛 教 經 典 成 立 史 論 ﹄ 、 宇 井 伯 壽 ﹃ 譯 經 史 研 究 ﹄ 、 藤 田 宏 達 ﹃ 原 始 浄 土 教 思 想 の 研 究 ﹄、 桜 部 建 ﹁ 般 舟 三 昧 經 管 見 ﹂ ( 橋 本 芳 契 退 官 記 念 ﹃ 佛 教 研 究 論 集 ﹄ 所 収 ) な ど が あ る 。 ま た 漢 訳 四 本 の 比 較 に よ る 研 究 と し て は 、 西 義 雄 ﹁ 般 舟 三 昧 の 研 究 資 料 と 其 の 意 義 に 就 い て ﹂ ( 恵 谷 隆 戒 古 稀 記 念 ﹃ 淨 土 教 の 思 想 と 文 化 ﹄ 所 収 )、 玉 城 康 四 郎 ﹁ 般 舟 經 に お け る 念 佛 三 昧 の 考 察 ﹂ ( 勝 又 俊 教 古 稀 記 念 ﹃ 大 乘 佛 教 か ら 密 教 へ ﹄ 所 収 ) 、 末 木 文 美 士 ﹁ 般 舟 三 昧 經 を め ぐ っ て ﹂ (藤 田 宏 達 博 士 還 暦 記 念 論 集 ﹃ イ ン ド 哲 学 と 佛 教 ﹄ 所 収 ) が 詳 し い 。 ( 3 ) 大 正 蔵 二 ニ ー 九 〇 五 中 、 空 三 昧 に つ い て は 前 掲 赤 沼 ﹃ 佛 教 經 典 史 論 ﹄ 、 梶 山 雄 一 ﹃ 浄 土 佛 教 の 思 想 ー 般 舟 三 昧 經 ﹄ ( 講 談 社 ) を 参 照 の こ と 。 し ( 4 ) 大 正 蔵 二 ニ ー 八 九 九 中 ( 5 ) 大 正 蔵 二 二 ー 九 〇 五 下 ( 6 ) 大 正 蔵 = ニ ー 九 二 二 下 ( 7 ) 大 正 蔵 = ニ ー 八 七 七 上 ( 8 ) 大 正 蔵 一 lt l-入 九 九 上 ( 9 ) 大 正 蔵 二 ニ ー 九 〇 五 上 ( 10 ) 梶 山 前 掲 本 ( 三 〇 〇 頁 ) ( 11 ) 梶 一山 革剛 掲 本 ( 二 七 六 頁 ) ( 12 ) ﹃ 出 三 藏 記 集 ﹄ 一 五 ( 大 正 蔵 五 五 -一 〇 九 下 ) ( 13 ) 同 右 、 な ら び に ﹃ 樂 邦 文 類 ﹄ 二 (浄 全 六 -九 入 ○ 上 ) ( 14 ) ﹃樂 邦 文 類 ﹄ 二 (浄 全 六 ー 九 五 八 上 、 大 正 蔵 四 七 -一 六 五 下 ) 、 木 村 英 一 編 ﹃ 慧 遠 研 究 ﹄ 遺 文 篇 七 八 頁 。 ( 15 ) 大 正 蔵 経 本 ( 大 正 蔵 四 五 i 一 三 四 中 ) は 、 卍 績 藏 經 本 を そ の ま ま 編 入 し て い る 。 し か し 京 都 禅 林 寺 に は 、 ﹁ 永 仁 元 年 ( 一 二 九 三 ) 八 月 廿 七 日 書 寫 校 合 畢 ﹂ の 奥 書 を も つ 現 存 最 古 と さ れ る 鎌 倉 期 古 鈔 ﹃ 鳩 摩 羅 什 法 師 大 義 ﹄ 三 卷 が 所 蔵 さ れ て お り 、
前 掲 ﹃ 遺 文 篇 ﹄ で は こ れ を 底 本 と し て 翻 刻 し て い る の で 、 今 は こ の 禅 林 寺 の 翻 刻 に ょ る 。 (前 掲 ﹃ 研 究 篇 ﹄ 所 収 の 牧 田 諦 亮 ﹁ 慧 遠 著 作 の 流 傳 に つ い て ﹂ を 参 照 の こ と 。 ) ( 16 ) 安 藤 俊 雄 氏 は ﹁ 廬 山 慧 遠 の 禅 思 想 ﹂ ( 前 掲 ﹃ 研 究 篇 ﹄ 二 六 三 頁 ) に て 、 断 言 で き な い な が ら も 、 ﹃ 三 巻 本 ﹄ 系 統 で は な い か と 推 定 さ れ て い る 。 ( 17 ) 同 右 二 六 二 頁 ( 18 ) 大 正 蔵 二 二 ﹂ 八 九 九 上 ( 19 ) 大 正 蔵 二 二 ー 九 〇 五 上 ( 20 ) 前 掲 ﹃ 遺 文 篇 ﹄ 三 四 頁 ( 21 ) こ こ で の 和 訳 は 意 味 を よ り 明 確 に す る た め 、 前 掲 ﹃ 遺 文 篇 ﹄ 、 望 月 信 亨 ﹃ 淨 土 教 の 起 源 及 発 達 ﹄ 七 七 九 頁 に よ ら ず 、 筆 老 自 ら の 和 訳 で あ る 。 な お 、 宇 井 伯 壽 ﹃ 大 乘 佛 典 の 研 究 ﹄ 八 七 三 頁 以 下 に は 書 き く だ し が あ る 。 ( 22 ) ﹃ 出 三 藏 記 集 ﹄ 一 五 慧 遠 法 師 傅 三 ( 大 正 蔵 五 五 -一 〇 九 下 ) ﹃ 高 僧 傅 ﹄ ( 大 正 蔵 五 〇 1 三 五 八 下 ) ﹁ 立 誓 共 期 西 方 ﹂ 、 そ , の 他 に 迦 才 ﹃ 淨 土 論 ﹄ 上 ( 浄 全 六 -六 二 七 上 ) に あ る 。 ﹃ 慧 遠 研 究 ﹄ 研 究 篇 所 収 の 野 上 俊 静 ﹁ 慧 遠 と 後 世 の 浄 土 教 -慧 遠 人 間 像 の 変 遷 ー ﹂ を 参 照 の こ と 。 ( 23 ) ﹃ 白 蓮 社 誓 文 ﹄ の ﹁ 誓 茲 同 人 倶 遊 絶 域 ﹂ ( 大 正 蔵 五 五 -一 一 〇 上 ) の 一 文 が あ る い は 、 願 生 の 証 文 と な ろ う か 。 し か し こ の 誓 文 は 劉 遺 民 に よ る も の で あ り 、 説 得 力 に 欠 け る 。 塚 本 善 隆 氏 は ﹃ 慧 遠 研 究 ﹄ 研 究 篇 所 収 ﹁ 中 国 初 期 佛 教 史 上 に お け る 慧 遠 ﹂ ( 六 六 頁 ) に お い て 、 当 時 す で に 浄 土 願 生 者 が 存 在 し て い た 事 例 を 挙 げ た 上 で 、 ﹁ 更 に 阿 弥 陀 佛 の 本 願 を 説 き 専 ら 往 生 浄 土 を す す め る 無 量 壽 経 も 既 に 数 訳 を 重 ね て い た し 、 慧 遠 が 熱 心 に 指 導 を 求 め た 鳩 摩 羅 什 も 阿 弥 陀 経 を 訳 し た 。 晉 滅 亡 の 社 会 不 安 の い よ い よ 加 重 す る 中 で 、 念 佛 同 志 の 少 か ら ざ る 人 々 が 、 次 第 に 現 在 世 に お け る 見 佛 以 上 に 来 世 の 往 生 浄 土 へ 強 く 傾 き 、 こ の 本 来 は 禅 観 見 佛 三 昧 を 期 し た 念 佛 教 団 か ら 、 往 生 浄 土 の 為 の 念 佛 行 者 が 生 れ て く る の は 必 然 で も あ っ た 。 こ の 意 味 で 、 こ こ で 見 佛 を 期 す る 禅 定 の 実 践 を 第 一 目 標 と し た 廬 山 念 佛 三 昧 の 出 発 も 、 そ の 成 長 と 共 に 彼 土 へ 来 世 の 往 生 を 求 め る 浄 土 教 i ﹁ 蓮 宗 ﹂ へ と 発 展 す る も の で あ り 、 事 実 恐 ら く 慧 遠 在 世 時 代 か ら そ の よ う に 傾 い て い っ た 、の で あ る 。 ﹂ と 述 べ て い る 。 ( ﹃ 中 國 佛 教 通 史 ﹄ 六 六 一 頁 も こ れ に 同 じ 。 ) ( 24 > 前 掲 遺 文 篇 三 五 頁 ( 25 ) 大 正 蔵 八 -四 亠 二 下 善 導 所 釈 の 三 念 願 力 二 五
佛 教 大 學 大 學 院 紀 要 通 巻 第 二 十 三 號 二 六 ( 26 ) 大 正 蔵 四 六 i = 一上 ( 27 ) 大 正 蔵 四 六 1 = 一中 ( 28 ) 大 正 蔵 四 七 ー 六 〇 一 中 ( 29 ) 大 正 蔵 四 六 -一 八 五 上 ﹁ 遍 辧 ﹂ と あ る が 、 良 忠 ﹃ 往 生 要 集 義 記 ﹄ 六 ( 浄 全 一 五 -三 〇 四 下 ) に は ﹁ 偏 辨 ﹂ と 作 る 。 後 者 に よ っ て 解 す べ き で あ ろ う か 。 ( 30 ) 浄 全 五 -二 八 六 上 ( 31 ) 大 正 蔵 四 七 -四 九 四 下 ( 32 ) 大 正 蔵 八 五 i 一 二 五 四 下 ( 33 ) 良 忠 ﹃ 觀 念 法 門 私 記 ﹄ 上 に よ る と 、 ﹁ 海 東 元 暁 師 。 依 一 卷 本 而 作 畧 記 。 ﹂ ( 浄 全 四 -二 四 七 下 ) と あ る よ う に 元 暁 は ﹃ 般 舟 三 昧 経 畧 記 ﹄ に お い て ﹃ 一 卷 本 ﹄ を 依 用 し て い た よ う で あ る 。 ﹃ 淨 土 依 憑 經 論 章 疏 目 録 ﹄ 釋 經 録 第 三 ( 大 日 本 佛 教 全 書 卷 一 ) に ﹁ 般 舟 三 昧 經 畧 記 一 卷 十 三 丁 元 曉 ﹂ と あ る の で 、 良 忠 の 当 時 に あ っ て は 存 在 し て い た の で あ る が 、 残 念 な が ら 現 在 散 佚 し て い る の で 確 認 す る こ と は で き な い 。 ( 34 ) 隋 那 連 提 耶 舎 訳 ﹃ 月 燈 三 昧 經 ﹄ 卷 一 ( 大 正 蔵 一 五 -五 五 三 上 ) ( 35 ) 梁 曼 陀 羅 仙 訳 ﹃ 文 殊 師 利 所 説 摩 訶 般 若 波 羅 蜜 經 ﹄ 卷 下 ( 大 正 蔵 八 ー 七 三 一 上 ) ( 36 ) 浄 全 四 ー 二 三 〇 上 ( 37 ) 浄 全 ニ ー 三 二 下 ( 38 ) 浄 全 ニ ー 三 三 上 ( 39 ) 経 の ﹁ 佛 力 ﹂ を ﹁ 大 誓 願 力 ﹂ と 改 称 し た こ と か ら も 、 善 導 が ﹃ 無 量 壽 經 ﹄ 、 ﹃ 觀 經 ﹄ の 立 場 か ら 般 若 系 の ﹃ 般 舟 三 昧 經 ﹄ を 見 て い た こ と が わ か る で あ ろ う 。 ( 40 ) 浄 全 二 ー 五 三 上 ( 41 ) 浄 全 四 -ニ 1 10 下 ( 42 ) ﹃ 觀 經 疏 ﹄ ( 浄 全 ニ ー 三 二 下 ) で は 、 経 説 ど お り ﹁ 以 佛 力 故 ﹂ と し て い る 。 ( 43 ) も し こ れ を 総 別 の い ず れ か に 限 定 す る な ら ば 、 別 願 と す べ き で あ る 。 善 導 が わ ざ わ ざ 改 称 し た の に は 必 ず 理 由 が な け れ ば な ら な い わ け で 、 弥 陀 を 弥 陀 た ら し め る 四 十 八 の 別 願 で あ ら ね ば な ら な い 。 即 ち そ れ が ﹁佛 力 ﹂ に 他 な ら な い の で あ る 。 も