『法華玄義』の成立に関する平井学説の検証
『法華玄義』巻第八「顕体」段「出旧解」の成立について 33
﹃法 華 玄 義 ﹄ 巻 第 八 ﹁ 顕 体 ﹂ 段 ﹁ 出 旧 解 ﹂ の 成 立 に つ い て
はじめに ﹃法華玄義﹄の成立に関する平井学説の検証
松 森 秀 幸
平井俊榮著﹃法華文句の成立に関する研究﹄(春秋社︑一九八五年)は︑﹃法華文句﹄の成立を中心テーマとする論考で
あるが︑その第一編第三章は﹁﹃法華玄義﹄と﹃法華玄論﹄﹂と題され︑﹃法華玄義﹄に対する考察がなされている︒この
中の第三節は︑先行研究において見落とされてきた︑﹃法華玄義﹄が吉蔵(五四九‑六二三)の﹃法華玄論﹄を参照した
(1)例として︑﹃法華玄義﹄巻第八﹁顕体﹂の中の第一項﹁出旧解﹂の箇所を取り上げ︑この箇所が﹃法華玄論﹄巻第四を参
照して撰述されていることを論証している(平井ロOO︒㎝"嵩])︒平井ロO︒︒凹の指摘そのものは︑文献学的に正しいも
のであり大きな異論はないが︑その論証の過程には︑いくつか問題となる箇所が存在している︒平井ロゆ︒︒α]が取り上げ
る﹃法華玄義﹄巻八の﹁顕体﹂の段の﹁出旧解﹂には︑六人の﹁有人﹂の学説と五つの論書の学説とが提示されている︒
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平井ロゆ︒︒㎝"一一刈山︒︒]は﹁このうち﹃有人説﹄の三説までが﹃玄論﹄に説く吉蔵自身の説であり︑残る三説のうち︑二説
も明らかに﹃玄論﹄の別の箇所(巻第二)に相当文を見出すことができるし︑文中に引く五論の内容もことごとく﹃玄論﹄
からの援用である﹂と述べ︑﹁顕体﹂の四意(出旧解・論体意・正明体・引文証)のうち﹁出旧解﹂は︑﹁私謂﹂と記され
て灌頂による批評が挿入されているものの︑そのほとんどが﹃法華玄論﹄に依拠して撰述されている箇所であるとしてい
る︒平井ロO︒︒α]はこの﹃法華玄義﹄巻八﹁顕体﹂の中の﹁出旧解﹂と﹃法華玄論﹄巻第四のテキストを具体的に対照し
ながら議論を進めているが︑本稿では平井ロO︒︒凹の論述にそって逐次その問題点を確認したい︒
﹁顕体﹂段﹁出旧解﹂にみる第一から第三の﹁有人﹂の学説
﹃法華玄義﹄に提示される六人の﹁有人﹂の学説の中で︑第四から第六の﹁有人﹂の学説は︑平井ロO︒︒α"一一〇肖b︒㊤]が
指摘するとおり︑﹃法華玄論﹄巻第四の内容を引用・要約したものである︒平井口O︒︒㎝H一一甲旨O]は︑第一から第三の
﹁有人﹂の学説について︑第一を浄影寺慧遠の学説︑第三を光宅寺法雲の学説と推定し︑﹃法華玄義﹄はこの二師の学説を
﹃法華玄論﹄巻第二から借用していると指摘している︒ここで問題とされる﹃法華玄義﹄の提示する第一から第三の学説
は以下のとおりである︒
正面から体を顕わすのに︑さらに四意を明らかにする︒一に旧解を出し︑二に体の意を論じ︑三に正面から体を明
らかにし︑四に経文を引用して証明する︒
①北地師は一乗を体とする︒この語はとりとめがなさすぎて︑まだ簡潔に要点をおさえたものではない︒一乗の語
は共通していて︑権・実にまたがる︒もし権の一乗であれば︑すべて経の意ではない︒もし実の一乗であれば︑義は
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三軌を包括する︒体を顕わすことが明らかではないため︑採用しない︒
②また︑ある人が解釈して︑﹁真諦を体とする﹂という︒これ(11真諦の語)もまた共通していて[大・小に]ま
たがる︒小乗・大乗はみな真諦を明かす︒小乗の真諦は︑もともと言を侯たない︒大乗の真諦も︑また多くの種類が
ある︒今はどの真諦を体とするのか[明らかではない]︑よって採用しない︒
③また︑ある人が解釈して︑コ乗の因果を体とする﹂という︒今はまた[これを]採用しない︒なぜならば︑一
乗の語が共通するのは︑すでに前に説いた通りであるからである︒また因果の二法は︑なおいまだ事であることを免
れない︒どうしてこれが体となるだろうか︒事は理のしるしがなければ︑魔経と同じである︒どうして採用すること
ができるだろうか︒
正顕体︑更明四意︒一出旧解︑二論体意︑三正明体︑四引文証︒
①北地師用一乗為体︒此語奢漫︑未為簡要︒一乗語通︑濫於権実︒若権一乗︑都非経意︒若実一乗︑義該三軌︒顕
体不明︑故不用︒
②又有解言︑真諦為体︒此亦通濫︒小大皆明真諦︒小乗真諦︑故不侯言︒大乗真諦︑亦復多種︒今以何等真諦為体︑
故不用︒
③又有解言︑一乗因果為体︒今亦不用︒何者︑一乗語通︑巳如前説︒又因果二法︑猶未免事︒云何是体︒事無理印︑
則同魔経︒云何可用︒
(島ω袖刈⑩匙甲圏︑引用文中の番号は筆者による)
これに対する平井ロ㊤︒︒㎝]の学説を確認したい︒平井ロ¢︒︒㎝"一一︒︒自O]は︑上記の引用文中の①について︑これを﹃法華玄論﹄巻第二の﹁弁経宗旨﹂の内容と同じものであると指摘し︑﹁遠師﹂の説であると判断した︒さらに﹁この遠師
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とは︑浄影寺慧遠のことである︒そこで﹃玄義﹄はこれを﹃北地師﹄と言い換えたものと思われる﹂と類推している︒ま
た③の﹁有解﹂については︑﹁﹃有解﹄は光宅寺法雲の﹃法華義記﹄の説である﹂とし︑具体的には﹃法華玄論﹄巻第二に
紹介される法雲説を参照していると指摘している︒そして︑﹃法華玄義﹄の﹁明宗﹂段においてこの箇所と同じ﹃法華玄
(2)論﹄﹁辮経宗旨﹂の内容が参照されていることについて︑﹃法華玄義﹄は﹃法華玄論﹄に説かれる宗と体を同義語とみなし︑
﹁辮体﹂段ではすべてを体に︑﹁明宗﹂段ではすべてを宗に改めて﹃法華玄論﹄を引用したと解釈し︑﹃法華玄義﹄の特徴
として︑﹁﹃玄義﹄は﹃顕体﹄と﹃明宗﹄の二度に亘って︑慧遠と光宅の説を﹃玄論﹄から借用した形となっている﹂と指
摘している︒ただし︑②の説については︑典拠が不明であるとして︑﹁﹃玄論﹄の十三家の説のいずれにも該当するものが
ない︒別に典拠があるのか︑それとも﹃玄義﹄独自の挿入なのか︑とにかくこれだけが異質である﹂と述べている︒
次に前述の平井ロ㊤︒︒凹の学説の問題点を検討する︒﹃法華玄義﹄の①の説の部分について︑平井口O︒︒切]はこれを浄
影寺慧遠の学説であるとしているが︑その根拠となった﹃法華玄論﹄の記述は次のとおりである︒
第一の遠師(慧遠)は︑﹁この経は一乗を宗と規定している︒一乗の法とは︑いわゆる妙法である︒[﹃法華経﹄]讐
喩品に︑﹃この乗は微妙にして︑清浄第一である︒諸の世間において︑最高の存在である﹄とあるとおりである︒﹂と
言つている︒
第一遠師云︑此経以一乗為宗︒一乗之法所謂妙法︒如讐喩品云︑是乗微妙︑清浄第一︒於諸世間︑為無有上︒
蕊↑ωδ菖中oN)
平井ロゆ︒︒切]はこの﹁遠師﹂を浄影寺慧遠(五二三‑五九二)であると特定し︑﹃法華玄義﹄の紹介する﹁北地師﹂と
同一人物であると指摘しているが︑この﹁遠師﹂を浄影寺慧遠と推定するのは妥当ではない︒すでに菅野ロO漣"80]
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が推定するように﹁遠師﹂は盧山慧遠(三三四‑四一六)と考えるべきである︒﹃法華玄論﹄﹁辮経宗旨﹂段の当該部分に
おいて︑第一説から第五説までは︑﹁第一遠師﹂(日Wら・ω刈㊤げN㊤)︑﹁第二龍師﹂(富吟︒︒刈OO刈)︑﹁第三宋道場慧観法師﹂
(日ωら・ω刈OobO轟)︑﹁第四中興寺印師﹂(器県︒︒︒︒O巴O)︑﹁第五光宅法師﹂(富↑G︒︒︒09︒6)の順で︑その学説を提唱した人物名が言
及されている︒第一の﹁遠師﹂を除くと︑それぞれ﹁龍師﹂は盧山慧龍(生没年未詳)︑﹁宋道場慧観﹂は︑道場寺慧観(生没年未詳)︑﹁中興寺印師﹂は僧印(四三五‑四九九)︑﹁光宅法師﹂は光宅寺法雲(四六七‑五二九)を指すと考えら
れる︒盧山慧龍と道場寺慧観は生没年代が明らかではないが︑慧龍は僧印に﹃法華経﹄を授けたとの﹃高僧伝﹄僧印伝の
(3)記述があり︑慧観は﹃高僧伝﹄慧観伝(富ρ︒︒①︒︒ぴ甲〇一)によれば︑宋元嘉年間(四二四i四五三)に没しているため︑﹃法
華玄論﹄の記述は年代順︑すなわち︑ほぼ同年代と推定される慧龍と慧観︑やや遅れる僧印︑法雲の順に人名を挙げてい
ることがわかる︒したがって︑﹃法華玄論﹄の文脈に従うなら︑これら五師の第一に挙げられる﹁遠師﹂は盧山慧遠と推
定されるべきである︒また﹃出三蔵記集﹄には盧山慧遠の著作として﹁妙法蓮華経序(釈慧遠)﹂(富α・︒︒ωoO)を挙げてい
ることからも︑おそらく吉蔵は宗旨に関する旧説の第一として上記の盧山慧遠の著作を紹介しているものと考えられる︒
したがって︑ここで﹃法華玄義﹄がコ乗を体とする﹂という﹁北地師﹂の学説とは︑単純に北地で活躍した浄影寺慧遠
の学説であると理解することはできず︑コ乗を宗とする﹂という盧山慧遠の学説と﹁北地師﹂の学説とを安易に同一視
(4)することはできない︒
平井ロ㊤︒︒㎝"一G︒α]は結語に﹃法華玄義﹄﹁辮体﹂の﹁正顕体﹂段の﹁出旧解﹂の項について︑﹁前半は旧解六師の説を
紹介しているが︑このうち三師までが﹃玄論﹄の吉蔵説であり︑残る三師のうち二師までが﹃玄論﹄巻第二に相当文を見
出すことができる︒残る一師については﹃玄義﹄に甚だしい改変があったためか︑或いは誤写等によるものか不明である
が︑相当文を見出すことができなかった︒しかし︑六師のうち五師までが﹃玄論﹄に拠って述べられているとすると︑残
る一師だけが別途の典拠によって紹介されたとは思えない﹂と述べ︑さらには︑﹁本項が主として﹃玄論﹄の巻第四に拠っ