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戦後のわが国における経営労使関係論の潮流(1)

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(1)

戦後のわが国における経営労使関係論の潮流(1)

その他のタイトル Labor Relation Theories in Post‑war Japan (I)

著者 高堂 俊弥

雑誌名 關西大學經済論集

巻 5

号 2

ページ 234‑263

発行年 1955‑05‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/15763

(2)

れたことを意味している︒

純 螢 傍 資 闊 係 論

れていた︒これは敗戦日本の再建課題が︑

軍・封秩序の残滓を清算せしむべき方向を指示し促した︒

去の奴隷的桂楷から解放する効果を示した︒あるいは解放政策の一環としての労佑組合保護・育成策が︑国民生活の

破綻的窮乏化過程のうちに︑かえつて組合の活発な組織化や斗争力の拡大を推進した事実を見ても明らかであろう︒

まさしく敗戦日本の出発は従属化と民主化のアンテイミノーに呻吟せざるをえなかった︒それは一方で︑ しかしながらこのことは同時に︑

軍需生産の崩壊と植民地・半植民地の崩落を強行した日本帝国の武装解除は︑そのまま食糧危機︑破局的インフレ

の裡に未曽有の経済的混乱を集中したが︑そこで選びとられた経済再建の途はすでに経済再編のプログラムに約束さ

日本独占資本のアメリカ帝国主義えの従属的再綴計画にその根幹を支えら

周知のように日本の旧帝国主義は敗戦によって瓦解したが︑

戦 後 の わ が 國 に お け る

ひきっゞき内外の民主的勢力は占領軍をしてこの国の 潮

︵ 一

日本の社会的諸力を過 俊

10  

インフ> 禰

(3)

235 

昂進のうちにいよい高まりゆく労仇者階級の不安・抗争と︑地方で︑自己保存の唯一の拠りどころを買弁的従属化に

求める資本勢力の対決となってあらわれたのである︒戦後の危機はこの矛盾の悪循環に低かならない︒

こうした日本経済の危機はそのま

4

企業経営の危機となって日程に上った︒日本経済内部の相剋を如何に処理し調

整していくかという問題が集約的に企業経営の課題を規定したのである︒そこでこのような問題に対処し︑

服していくための何らかの理論的な指針が要請されたとき︑﹁経営労資関係論﹂えの現実的関心がうまれたと言える︒

事実︑戦後の経済再建がいち早く﹁経営の民主化・合理化﹂をスローガンに︑もつばら﹁経営労資関係﹂の反省に

むけられた点を想起するとき︑かつてはそれが経営問題の埒外に︑せいぜい社会政策的課題として処理されていた

に 委 ね な が ら も ︑ このことは個々の経営現象も︑これを技術的範疇のなかで社会的諸条件から切り離しては認識しえないことを︑何

よりも戦後の諸条件が示したものと言えよう︒まことに︑戦後日本の経営者層がその根幹をアメリカ独占資本の支配

とりわけ時代的標識﹁民主化﹂に腐心しだのは皮肉である︒

本稿はこうした点にむすびついたわれわれの関心にみちびかれたものであるが︑それにも増して諸多の﹁経営労資

関係論﹂をつとめてその本質的特徴において整理し︑それぞれの示す理論的意義を明らかにすることは︑経営問題一

般の理解に多くの示唆を与えることとなるう︒とはいえ︑本稿もまた資料その他多くの制約から︑われわれの意図を

十分にみたし得ない点はあろう︒まして労資関係の究明にとつて歴史的︒具体的な実態分析からいちおう離れたわれ

われの視角は︑現実の問題には直接答えない抽象理論たるを免れえぬであろう︒けれども︑こうしたわれわれの方法

も実は実践的課題の基礎をなす何らかの視角を導くものであると考える︒

戦後のわが国における経営労賓関係論の潮流︵高堂︶

が︑いまや基本的な経営問題として意識されたことが理解できる︒

1 0 1 1

1  

これを克

(4)

おいて分析する︒ 高邦雄︑野田信夫︑らの諸氏にかぎつて考察する︒

戦 後

の わ

が 国

に お

け る

経 営

労 費

関 係

論 の

潮 流

︵ 高

堂 ︶

さて戦後のわが国における経営労資関係論は︑

理 さ

れ よ

う ︒

その第一は︑これを内容的に見るならば︑株式会社制度の発展にともなってあらわれる﹁所有と経営の分離﹂︵紆宮'

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の 現 象 を 拠 り ど こ ろ と し て

︑ そ の 経 営 実

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が規定され そこに経営の自主化を基礎づけ︑ これをその本質的特徴において分類すれば大別して二つの流れに整

したがつてそれ 践を介して労・資は共同・協調しうるもの︑ないし共同・協調すべきものと理解する立場である︒

は︑形式的には﹁労使関係﹂

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苦目︶または﹁労経関係﹂

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自目

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と把えるのが支配的である︒そして積極的にせよ消極的にせよ︑この立場にある論者は甚だ多い︒いわば

マルクス主義的方法以外の接近を試みる立場は︑何らかの意味でこの類型に通ずるものといえるが︑本稿ではこれら

のうち池内信行︑栗田真造︑藻利重隆︑山城章︑.古川栄一︑占部都美●笛木正治︑田杉競︑降旗武彦︑馬場敬治︑尾

構成エレメントである個別資本の機能体として把え︑ これに対して第二の流れは︑経営を歴史的な現実基盤 U 母胎としての資本主義機構に係わらしめて︑社会総資本の

そこから資本制経営を何よりも資本の運動法則に支えられたも

の︑資本性をもつて貫かれたものとする基本的な観点に立ったものである︒したがつてそこでは︑ とりわけ労佑が形

式的にも実質的にも資本に従属してあらわれるから︑労佑者と資本家の関係をこの敵対的な資本・労佑の疎外関係に

その意味では文字通り階級的な搾取・被搾取の﹁労資関係﹂

10

(5)

237 

ところでこの立場はもつばらマルクスの方法による接近︑わけても﹁労仇の二重性﹂視点を援用するもので︑

は い

え ︑

えば古林喜楽︑佐々木吉郎︑醍醐作三︑今井俊一︑牛尾真造︑木元進一郎︑さらには森五郎の諸氏があげられる︒と

それぞれの底流にはその解釈ないし適用においてかなりの異同やニュアンスがあり︑もちろん同一には論じ

え な

い か

ら ︑

われわれの関心はここにも向けられる必要がある︒

さてわれわれは第一の類型を本質的に︑共同論ないし協調論と規定するのであるが︑

通な特徴を抽象して次の三つに分類される︒すなわち﹁理念的共同論﹂

れである︒もっとも︑

の で

あ る

が ︑

こうした分類は一見明瞭なかたちであらわれるものではなく︑相互に共通した方法領域も多い

われわれはたゞそのうちで特に支配的︑積極的な支柱を抽象して便宜的に分類してみた︑なおまた︒そ

こではわれわれの求める問題を積極的に展開するというよりは︑

課題として提起するに止まつているものも多いから︑

こ れ

は さ

ら に

﹁ 制 度 的 協 調 論 ﹂

たゞその視角を消極的に示すもの︑あるいは今後の

そうした枠のなでおのおの

4

論点をしぼりあげた︒その意味で

ここに﹁理念的共同論﹂というのは︑経営を外在的︑超歴史的な﹁理念﹂で基礎づけ︑

範的な指導原理︵ノルム︶を結びつけて︑現実の経営実践をこれに従属させようとする立場である︒したがつてそこ

では︑労・資はこの規範に導かれた理念的目的の共同の担い手として倫理化され︑すぐれて労・資の一体化ー共同が

戦後のわが国における経常労賓関係論の潮流︵高堂︶

1

︑ 理 念 的 共 同 論

以下右に述べたような分類にしたがつて考察してみよう︒ はむしろ﹁労資関係観﹂とも言うべきかも知れない︒ て

い る

1 0

﹁人間関係的協調論﹂がこ

た と

それぞれの共

そこから経営に何らかの規

(6)

省﹂が具体化する︒ れ

ば ︑

追 求 さ れ る ︒

( 1 )  

たとえば︑池内信行教授の学問的態度はつとに﹁学史的接近﹂による本質究明の立場を示すものであったが︑それ

は「問題をその歴史的発展の過程においてとらえる問題自覚的方法」(「諾営経済学総論」四—五頁)によって「経営の問

題を経済の究極理念にてらして発展史的にあとづけ﹂︵﹁前褐﹂序一頁︶ることであった︒とこで教授の言われる﹁経

済の究極理念﹂とは次のように示されている︒すなわち︑﹁経済の問題はたんなる資本維持の問題につきるのではな

くして︑生活の問題であり︑生活の困窮を克服する行為の問題である︒欲求と充当を調和させて人間共同生活の発展

を確立する行為の秩序が経済である﹂

定の社会体制のうちにあるのではなく︑ ︵﹁前掲書﹂六三ー四頁︶したがつて﹁経済をして経済たらしめるモメントは特

つまり教授によれば経済は﹁根源的な生活共同体﹂として小にしては家︑大にしては国において自己を実現し︑その

意味で仕んらいの経済構成体は家計と国民経済であると考えられて.いる︒これにたいして﹁企業は発生的にも本質的

このように教授は企業の にも派生経済であり︑経済につかえる経済的構成体﹂

本質をその経済本質観に還元されるのであるが︑右の経済本質観においてわれわれはゴットル的生活経済原理を想起

( 2 )  

するのである︒

︵ ﹁

前 掲

書 ﹂

二 五

頁 ︶

に 低

か な

ら な

い ︒

ところで︑経営の問題をこうした経済の究極理念に照して解明する教授の立場からは明らかに次のことが意識され

る︒社会の発展にともなってあらわれる経済生活の︑ ﹁根源的生活共同体﹂原理からの乖離がそれである︒言いかえ

( 3 )  

﹁個体の原理﹂の反対物えの転化︑すなわち﹁利益関係的対立﹂の顕現である︒ここに教授の﹁問題自覚的反 共同生活そのもの

4

うちに奥深くねざしている︒﹂

︵ ・

﹁ 前

褐 書

﹂ 一

四 頁

︶ と

戦 後

の わ

が 国

に お

け る

経 営

労 賓

関 係

論 の

潮 流

︵ 高

堂 ︶

10

(7)

239 

の構想を示される︒それによれば︑

1 0

そこで教授は︑すでにこうした自覚的方向を示唆するニックリッジュの﹁組織原理﹂を援用して︑そこに全体的調和

ほんらい経営は経営目的の実現に結ばれた社会的構成体であるから︑

の存続を自己目的とする社会的構成体﹂︵共同社会︶とは異なった﹁利益社会﹂である︒それにもかかわらず︑

リッツユの問題意識は﹁カントにいずる自由の理念に支援をもとめ︑

︵﹁前褐書﹂二五四頁︶にいたったのである︒

﹁かれ自身企業の経営が営利構成体として利益社会的であることを万々承知 れた社会的混乱︑危機の克服のために︑

し な

が ら

その混乱を救うために労資の協力を要請し︑

即して﹁経営共同体﹂ ﹁それ自体

これは第一次世界大戦直後のドイツに示さ

それがやがて経営共同体の構想となってあらわれたのであ 教授はニックリッツユにたいする超越的な批判よりもかえつ

( 4 )  

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t )

の構想を理解することの重要性を指摘されるのである︒これに

ついてはすでに教授によって﹁個体の原理﹂と﹁全体の原理﹂との﹁否定的綜合﹂の論理として次のように示されて

﹁ 労

佑 と

資 本

の 利

益 関

係 的

対 立

は 依

然 と

し て

存 続

し て

い る

け れ

ど も

. .  

この対立のへだたりを発展的に縮少し︑やがては国民

共同体の平等の肢体として︑その支配・被支配の関係を平衡化し︑真に共同の関係を促進してゆくことが︑国民共同体の形成

のための不可避的前提となる︒かくて共同体の理念︵共同主義︶は単なる有機観でもなければ︑まして云はんや個体観であろ

うはずはなく︑その本当の意味は︑有機観と個体観との否定的綜合として特色づけられたものでなければならぬ﹂︵﹁経営経

済 学

序 説

﹂ 昭

和 十

ニ ー

' 三

年 一

三 三

ー 四

頁 ︶

さ ら

に ま

た ︑

こ う

し た

﹁ ﹃

共 同

主 義

の 立

場 ﹄

は ﹃

個 体

の 原

理 ﹄

と ﹃

今 体

の 原

理 ﹄

と が

﹃ 共 同 体 の 形 成 ﹄ を 支 柱 と し て 否 定 的 に 綜 合 せ ら れ た も の で あ る ﹂ ︵ ﹁ 前 掲 書 ﹂ 二 九 五 頁 ︶ と ︒

さて︑池内教授の論点は右にみたように︑経営をすぐれて﹁経済の理念﹂において反省し︑そこから﹁経営共同体

戦 後 の わ が 国 に お け る 経 営 労 賓 関 係 論 の 潮 流 ︵ 高 堂 ︶ いる︒すなわち︑ て彼に る ︒ ﹂

︵ ﹁

前 褐

書 ﹂

二 五

六 頁

︶ ︒

こうした意味において︑ インツヤフトとして把える﹂ ヘーゲルの生命有機体観をとおして経営をゲマ

一 ッ

,, 

(8)

池内教授の視点は︑ らぬく客観的法則を定立することは不可能である︒ はなくて︑相互にも仇きかける︒

この社会

戦 後

の わ

が 国

に お

け る

経 営

労 資

関 係

論 の

潮 流

︵ 高

堂 ︶

の理想を追求するものであった︒ところで社会生活の基礎が物の生産にあることは言うまでもない︒それは︑

間と自然との目的的過程において具体的に営まれる︒

とによってのみ生産する︒生産するためには︑彼等は相互に一定の諸関聯および諸関係を結ぷのであって︑

﹁ 賃

労 働

と 資

本 ﹂

︶ す

な わ

ち ︑

﹁彼等はたゞ︑ある一定の仕方で共仇し︑

諸力の一定水準のもとに︑人と人との間の生産諸関係のもとに︑具体的︑歴史的形態で実現される︒ここに︑

である︒しかもこのような﹁物質的生活の生産様式は︑社会的の︑政治的の︑ われわ

れの理念において創造される精神活動ではなく︑何よりも物資的な活動に保かならない︒しかも物資調達の活動は人

つまり︑生産において︑人間は︑たゞ自然に佑きかけるばかりで

また︑彼等の活動を相互に交換し合うこ

的諸関聯および諸関係の内部でのみ︑自然にたいする彼等の佑きかけが行はれ︑生産が行はれるのである﹂︒︵マルクス

生産の発展は生産力の変化をもっとも基本的な動因とするが︑社会の生産力は︑生産関

係が生産力の状態に照応している場合にしか︑自由に発展できない︒かくて人間の物質的財貨の生産は︑社会的生産

生産諸力と歴史的に規定された形態の生産諸関係との統一として︑歴史的に規定された﹁生産様式﹂が定着されるの

および精神的の︑生活諸過程一般を制

約する︒人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく︑むしろ逆に︑人間の社会存在が彼等の意識を規定する︒﹂

︵マルクス﹁経済学批判﹂︶︒それゆえ︑社会の変化および発展の根本的原因はこれを観念のなかにではなく︑生産様式

のなかに︑生産力と生産関係の統一において︑経済のなかにもとめねばならない︒いはんや︑超歴史的な理念一般か

ら︑現実の歴史的経済社会の具体的分析や︑経済現象と経済過程とのあいだの内部的な因果関係ないし依存関係をつ

﹁生活経済原理﹂の導入において︑すでに歴史的接近を重視するみづからの﹁問題自覚的方法﹂

1 0

一 定

(9)

241 

国家的全体の立場からの指導を要請されるのである︒ 教授はここに﹁産業別による自主的指導﹂はもとより︑﹁より高い段階において産業全体の有機的発展を規制する﹂

をかえつて主観的に展開されるのであった︒しかしながら︑その立場が如何なるものであるにせよ︑現実の歴史的発

いまや︑経営者の主観的たちばをこえて経済の問題に直結するに至った﹂のであり︑

一方では資本維持のたちばをまもりながらも︑他方では労佑者の地位と人格を尊重しなければならぬという二つの︑

もともと相容れない条件をとにもかくにも統合し︑矛盾を矛盾としてうけとりながら経営にあたること﹂

学総論﹂六四ー五頁︶である︒ここに経営者は︑

•本的に人間存在の理解者であり、指導者でなければならぬ」

10

されば教授は次のように反省されるのである︒

かつてのたんなる開拓者や専門家を越えて︑

﹁もともと相容れない条件﹂を超歴史的な生活経済原理にかかわらしめて︑

こうした﹁指導経済﹂の途しか残されてないからである

C

﹁経済の発展を自然のままに放任しておくと︑そのゆぎつくさきは明らかである︒この危険を未然に防止するためには︑ど

うしても経済の指導が必要になってくる︒産業別によると自主的指導はいうまでもなく︑それよりも︑より高い段階において

産業全体の有機的発展を規制する指導がなければならぬ︒いまの経済体制は︑それを自然のままに放任しておくと︑やがては

崩壊のやむなきにいたるであろう︒経済の動きを自然の運行にたとえる経済観は︑この事態を自覚にたかめたものであるが︑

しかし経済のうごきは︑たとえ自然の運行に相似るところがあるとしても︑所詮人間によってつくられたものであり︑そのか

ぎり経済の運行は︑人間の決意によってかえることのできるものである﹂c

戦後のわが国における経営労賓関係論の潮流︵高堂︶

ち ︑ 展の裡に成熟する矛盾の相剋には目を掩うことができない︒

﹁とにもかくにも統合する﹂ それは﹁

﹁それをつつんで一層根 すなわ

(10)

一般え解消しようとする試み

( 6 )  

は︑恣意的な規範にもとづく指導によって現実の資本主義的生産関係の安定を期待する弁護論であると言えよう︒

かくて︑規範的理論の独断的欠陥は︑かえつて現実の経済過程の推移の裡におのずから曝露されるのである︒われ それにもかかわらず︑ は ︑

﹁理念﹂を離れて目立化︑自己の おもうに資本制経済内部に成熟した資本と労佑の対立激化が︑経営内部の問題であることを超えて全体的なものと

意 識

さ れ

いまや︑全体的観点に立った超克が追求されたといえよう︒ここに︑経営は如何にあるべきかを積極的に

反省し︑ゾレソとしての経営を理想に掲げてそこえ現実の経営を導こうとするにいたる︒それは︑現実の経済過程の

•(5)

法則の彼岸に︑資本と労佑を﹁共同体﹂の理念に綜合して︑主観的な超克を試みる規範学の立場に仕かならない︒

さて︑経済の発展を︑生産手段の所有関係

I l

生産関係を捨象して跡づける立場からは︑必然的に規範的な指導が要

請される︒けれども資本主義的生産関係が存続するかぎりでは︑いかに資本の運動法則の彼岸に主観的な理想を追求

しても︑現実の経済過程はこうした価値判断をよ︐そに︑自己の流れを貫いてゆく︒いうまでもなく︑現実の生産過程

﹁経済の理念﹂の崇高なるにせよ︑とりわけ資本の運動法則の支配のもとに︑

法則を貫徹してゆく︒それこそが︑やがて生産の社会性︵生産力︶と所有の私的性格︵生産関係︶の相剋を成熟せしめる

のである︒そこでは経営者は決して﹁経済の理念﹂の担い手でなく︑彼の理性をよそに貫徹する資本の運動法則の愧

儡としてすぐれて^

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  >であり︑労仇者もまた︑生活の窮乏と斗いながら︑今日の糧に肉体のみを 賭ける^

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  faber>であるにほかならない︒資本制生産は労仇の資本えの従属的関係のうえに︑労・資の搾取関

係のうえにのみ自己を維持しうるのであって︑かかる資本制的生産関係の止揚されぬかぎりは労・資の階級的対抗は

清算されるはずはなく︑まして労・資の一体的協力

l l

共同など︑この本質的矛盾の圧殺以外のなにものでもない︒

こうした現実の歴史的法則をよそに︑

戦 後

の わ

が 国

に お

け る

経 鶯

労 賓

関 係

論 の

潮 流

︵ 高

堂 ︶

これを﹁経済の理念﹂

10  

(11)

243 

1)それは教授の﹁絲鴬経済学序説﹂︵昭和十ニー三年︶いらい一貫した立場である︒ちなみに︑これを強調するものとして︑註︵

次のように言われている︒すなわち︑

﹁﹃ある科学の歴史はその科学それ自体である︒﹄

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とゲーテも

いつているように︑ひとつの科学の本質はその科学そのものの靡史のうちに存在するのであって︑一それゆえ科学の廃史その

ものを無蔵しあるいは軽親して科学の本質をきめることは︑ひとつの自家撞着というのほかない﹂と︒︵﹁経常諾済学史﹂

七ー八頁)、また次のようにも言われる。•

﹁およそ社会科学的認識がいかなるものであるかということは︑単にその内容を知るだけでは不充分であり︑その在り方を も一緒に究明するものでなければ現実的には理解しがたい

9

経常経済学も決してその例外をなすものではなく︑ひとりその 内容を知るだけではなく同時にその動機にさかのぽつて主体的に究明するのでなければ︑その本当の意味は理解できない︒

…•••学説をあとづける方法はこのようにして行為の立場に立つのでなければならぬ」(「前掲書」一

0

頁)と。

なお︑これに関してはまた︑同氏﹁アメリカ経常学の特質﹂

(P .R

五巻十二号︶六ー七頁参照︒

(2

) この点については︑福井孝治﹁生としての揺済﹂五四頁以下︑六八ー九頁︱ニ︱

I0

(3

)

﹁利益関係対立﹂について教授はいう︒﹁﹃個体の原理﹄﹂︵近代的個人主職︶が封建の束縛から人間を開放し︑手段化し

た個人を目的化したその功績はこれを認めねばならぬとしても︑もともと個体主義的個人は︑具体的な全体を成立せしめる

ことができず︑しかもこの原理が根本において﹃利益社会的﹄であるために︑そこからは必然的.に自由競争︑階級斗争など︑

総じて利益関係的対立が芽えでて︑却つて人間の自由を束縛する精果を招いたことを看過してはならぬ﹂︵﹁経常経済学序

説﹂二九四頁︶と︒

(4

) こうしたニックリッッュ擁護の諷角は︑すでに次のごとくはつきりと示されている︒すなわち︑﹁いわゆる﹃経験学派﹄

の人々が企業の経営を﹃現象的なもの﹄として﹃客観的﹄もしくは﹃没主体的﹄に把捉するのにたいして︑ニックリッツユ

はたゞ単に経済の立場のみならず︑一歩すすめて﹃人間存在﹄︵共同体︶との関聯において問い︑しかもそこでは︑一方的に

﹃時代精神﹄に固着するのみならず︑それを超えて存在する﹃管逼的精神.一を観想じつつ経営華論をくみたることは︑なしん

戦後のわが国における経営労賓関係論の潮流︵高堂︶

(12)

戦後のわが国における揺鴬労査調係論の潮流︵高堂︶

ばそれが非歴史的︑非社会的であり︑したがつて︑著るしく観想的性格をおびるとして一

K々できるとしても︑かれが︒時代の

うちに永遠をみつめる銀い洞察力をそそいで理論をくみたてたことは︑決して誤りではない︒これまで無用意のうちに﹃科学

主蓑﹄の立湯を一方的にささえて放たれた﹃批判﹃はこれを拾て︑﹃愛﹄と﹃認識﹄を﹃統合﹄するニックリッツユの立場に

即してニックリッツユ経営経済学を珊解し︑それを正しき方向へ指しむけることこそ︑われわれのとるべき態度でなければ ならぬ﹂︵﹁諾営誨済学序説﹂二五七頁︶と︒そこでは明らかに﹁科学主箋﹂から﹁精神主職﹂えの積極的な接近が述ぺら

れている︒

( 5 )

もっとも教授自身は︑みづからを︑伝統的な規範学派の﹁主体的規範﹂とは異なった︑いわば︑﹁自然法的規範﹂を追求 するものとして区別されるが︑それらも︑所詮︑﹁規範﹂として主織的︑恣意的に措定されたものであるかぎり︑本質的に は何ら異なるものではなく︑むしろその補雖にすぎぬであろう︒︵﹁経鴬経済学序説﹂ーニ四頁︑二四四頁︑および︑二八

0

(6

)

ここに︑伝統的な規範学派及び︑その共同体論にたいする批判については︑古林喜楽﹁経営経済学﹂︵昭二七年︶︑北川宗

蔵﹁経営学批判﹂︵昭ニー年︶同﹁経営学方法論研究﹂︵昭二三年︶︑牛尾真造﹁近代経常学批判﹂︵昭二八年︶など参照︒

さて︑右の立場をさらに理念化するものとしては栗田真造教授をあげることができる︒教授もまた一早く︑こうし

た問題に強い関心を示され︑﹃新経営論の構想ーー資本家的経営の反省ーー﹄︵昭二三年︶において︑その視角を明らか

﹁人間共同の場﹂として︑ にされた︒それは経営を︑

ために︑経営学の﹁現実指導性﹂を追求するものと言われている︒ とりわけ人間の主体性を確認し︑彼を資本の支配から解放する

︵﹁前褐書﹂序翫︶

当の湯として若干人によって社会的・合理的に形成された生活共同体なりと言い得よう﹂

ところで教授の基本的立場もまた︑経営を﹁生活共同体﹂において見る本質観に支えられている︒すなわち︑

﹁諾営とは︑人間がその瑠性の命ずるところに従ってその生計配慮をより効果的ならしめるために︑若千人の共働関係を某 礎として︑そこに求められたる一定の客観的秩序なりと言うことが出来よう︒かように考える時経営は先.つ人間の生活欲求充

︵﹁前掲書二三頁﹂︶と︒

(13)

245 

れ ︑ かくて教授は︑家産経済や村落経済に見られる原初的な経営構造を︑

共同体﹂と名づけられ︵﹁経営の社会的構造﹂商大論集第一号︑二九ー三

0

頁︶︑これにたいして︑

合理的な打算と計画によって意識的に﹂作り出される﹁利益社会的﹂構造を﹁企業﹂と呼ばれる︒︵﹁前掲論文﹂三二頁︶

したがつて︑右の原初的な﹁経営共同体﹂を貫く精神は﹁生活性原理﹂であり︑他方企業では﹁特殊個別の自我意

識が決定的意義をもち••…•生活性原理が背後に押しやられ」て、「合理性原理」が貫いている。しかし同時にそれが、

営利追求欲と結びつくことによって︑ ﹁企業はもはや生活場所たるの性格を脱却して目的場所﹂として存在せしめら

﹁ここに人間労仇の物的化なる現象が呈せられる﹂と考えられる︒

そこで︑右のように歪曲され︑変形された企業に︑

段階に統合される︒ ﹁共同社会的﹂なものとして︑

やがて﹁個人と個人との

︵ ﹁

前 褐

論 文

﹂ ︱

︱ ‑

= ︱

ー 五

頁 ︶

と示されているこ これを﹁経営

ふたたび﹁生活性原理﹂が呼び戻されるとき︑経営はより高い

これが教授の﹁経営協成体﹂︵﹁前掲論文﹂三三頁︶に低かならない︒しかも︑

精神こそ﹁社会性原理﹂でなければならない︒すなわち︑教授はいう︑ そこを貫くべき指導

﹁経営協成体の依拠する生活性原理は経営共同体におけるそれの如く経営内部の人々の生計維指を目途とする封鎖的利己的意

味をもつよりも︑むしろ経営を取巻く一般社会公衆への積極的役立てを前提とすることによって始めて発揚されるような開放

的利他的意味をもつものなることに留意せねばならぬ︒従ってわれわれは経営協成体にして始めて具備さるべき指導精神を社

会 性

原 理

と 呼

ぶ こ

と に

よ っ

て ︑

経 営

共 同

体 と

の 間

に 介

在 せ

る 歴

史 的

間 隔

を 明

瞭 に

区 別

せ ね

ば な

ら ぬ

︒ ﹂

︵ ﹁

前 褐

論 文

﹂ 三

五 頁

︶ と

﹁生活性原理﹂と ところで︑こうした﹁経営協成体﹂えの途は何によって導かれるであろうか︒いうまでもなく︑

﹁合理性原理﹂の指導精神の綜合は︑また精神的︑理念的でしかあり得ない︒ちなみに︑﹁経営協成体の根本原理は経

営における個人の自覚であり︑ この自覚を通しての経営の自己実現である﹂

戦 後 の わ が 国 に お け る 経 常 労 賓 関 係 論 の 潮 流 ︵ 高 堂 ︶

︵ ﹁

前 褐

論 文

﹂ 四

九 頁

(14)

2

されば︑経営の文化的意義を実現する途は︑

とに明らかであろう︒そして教授は︑ 戦後のわが国における経営労賓詞係論の洞流︵高堂︶

この自覚を﹁経営の社会性﹂の自覚︑ないし︑

﹁委的には生活欲求充当の湯たる経営はその社会的職分を果すことによって間接的にその基本目的を達成し得るとの二元

的目的の統一把握者たるの地位に立つものなることが明らかとなる︒ここに経営が職分共同体として特徹づけられる所以が存

し︑ここに経営の持つ第二の文化的個性が存する﹂︵﹁新経常論の構想﹂二六頁︶﹁要するに経営の基本的性格は本源的には

生活共同体たると共に職分共同体であるが︑かかる目的を現実に果す意味において経営は生産共同体たるの性格を直接的に具

1

1一者の有機的統一を目指すところに経営の全体としての社会的性格が見出され得るのである﹂

かくして︑教授は経営の帯びるこうした社会的性格が︑そのま上の形において大なる﹁文化的意義﹂を有している

ことを指摘される︒けだし︑

﹁人間のあらゆる文化的要求は経済生活を確保することなくしては達せられ難く︑この経済生活は経営を通してのみ具体的に

確保されるのであるから︑経営は実にあらゆる理性的人間にとつてその人生目的実現の場である﹂

と考えられるがゆえにである︒

このようにして︑教授は﹁経営の文化的意義﹂を強調されながら︑現実の経営が﹁経営の真の在り方﹂と矛盾し︑

﹁経営の理念﹂を否定するにいたる所以を﹁経営参加者の主体的地位を無視して︑﹂支配・従属の関係を絶対視する

﹁資本家的経営支配﹂に求められるのである︒

﹁資本家・労仇者なる異質者としての対立意識を脱却して同質者とし

ての経営構成員の境地に達するための努力の過程﹂ して基礎づけられるのである︒すなわち︑教授はいう︑

にあると見て︑

これを次のように基礎づけら

^ 

﹁経営の文化的意義﹂の認識と

(15)

247 

戦 徴

の わ

が 国

に お

け る

諾 営

労 賓

関 係

論 の

潮 流

︵ 高

堂 ︶

たる生活性は到底実現され得ない﹂

︵ ﹁

前 掲

書 ﹂

0

五頁︶という主張において︑

れ る

︱ ︱ 五 ﹁文化的意義﹂の実現者に没かならな ﹁ 即 ち 経 営 構 成 員 は 先 ず そ の 生 活 の 本 拠 を 経 営 に お い て 見 出 さ ね ば な ら ぬ ︒ 同 時 に ︑ 経 営 に 課 せ ら れ た る 社 会 的 職 分 を 自 ら が

分 担

し つ

4 あることを自覚せねばならぬ︒而して経営なくては自己の経済生活の実現は望み得ず︑又︑経営の社会的職分を分

担 す る こ と を 通 し て 自 己 の 個 性 が 社 会 的 に 発 揚 さ れ る と の 自 覚 が 共 同 意 識 に ま で 高 め ら れ ね ば な ら ぬ ︒ ﹂

七 頁

︶ と

そこでは︑もはや資本家も労仇者もなく︑総じて﹁経営の理念﹂の担い手︑

い︒そればかりか︑

資格を備え得るものと言うべきである︒

︵ ﹁

前 褐

書 ﹂

九 七

頁 ︑

傍 点

引 用

者 ︶

と 述

べ ら

れ ︑

の で

あ る

ここに 教授はさらに積極的に﹁経営の理念そのものを強く体得することを得て始めて経営構成員たるの ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑, このことを前提として吾々は経営構成員を広義の経営者なりと指称する﹂

﹁文化的経営﹂論ないし﹁全員経営者﹂論の構想を明確化された

かくて︑栗田教授の視角もまた︑規範的な﹁経営の社会性﹂ないし﹁文化的意義﹂を自覚し︑体得する﹁境地﹂を

追求して︑そこに労・資の共同的一体化を期待するものであったと言わなければならない︒われわれは先に︑こうし

た経営の超歴史的︑理念的理解による規範論の恣意的︑非科学的本質を指摘したのであるが︑わけても︑それが﹁経

営を資本構成体と見誤り︑資本提供者の立場からする目的場所なりと曲解するにおいては︑経営の帯びる基本的性格

ているのである︒当初から現実を無視し︑ 全く資本制経営のザインが放棄され.

これを直ちにゾレンの立場で追求するかぎりは︑ その論理が如何に深淵で

あり︑その彼岸が如何に崇高なるにせよ︑所詮︑形而上学的な観念の遊戯として神秘化せざるをえない︒まして︑事

︵ ﹁

前 褐

書 ﹂

九 六

(16)

みずから歴史的範疇を放棄する︑ 空虚な技術論的思考というのほかな

戦後のわが国における経営労贅関係論の潮流︵高堂︶

・ わ

れ る

な ら

ば ︑

物の本質を正しく認識すべき科学の立場からは︑およそ遠のくものであろう︒これをしも︑

われわれはかくも感傷的な科学の後退を︑かえつて科学の立場から嘆かざるをえない︒

﹁この﹃全員経営者﹄論の根拠は︑民主的観点や︑文化的意義に重点がおかれており︑それは本格的には﹃機能的﹄

意味を超えたもの﹂であって︑﹁経営者の実際的活動の場としての経営を︑すぐれて﹃生産共同体﹄と見るならば︑

そこに支配的なものは経営の機能的観点で⁝⁝﹃理念﹄とか﹃自覚﹄とかの抽象的︑主観的観点から経営者として

( 1 )  

の資格を規定することは避けらるべきである﹂とする﹁経営学﹂的批判のあるのも当然であろう︒されば教授もま

た︑こうした批判に耐えるべく︑経営構造の﹁要素的概念把握﹂を︑ 一歩﹁機能的概念把握﹂に高めるという︑後

述の藻利教授に示される論理に接近して︑労・資の支配・従属の関係を基底とする過去の﹁労資関係﹂︑依然とし

て対立的な力の関係を内包する今日の﹁労使関係﹂を超えて︑かかる何らかの対立的関係を﹁否定的に綜合﹂する

'

2) 

﹁経営者﹂概念を基礎づけ︑そこに将来の﹁経営関係﹂を構想されるのである︒

し か

し な

が ら

な お

低んらい資本制生産を貫ぬく﹁資本の矛盾の論理﹂を︑機械論的に切断して︑もつばら﹁要索的概

い︒そのゆえに︑

的な補強工作にすぎないといえよう︒なお︑ こうした展開にたいして︑ たとえば

この点については次の節で︑ 念把握﹂を無視ないし︑軽視する視点は︑

かえつてこれは︑資本家と労仇者の現実的な対抗関係を超越的に解消しようとする恣意的︑観念

より立入った考察をしよう︒

( 1 )

古川栄一﹁新経営者﹂一六八ー一六九頁

( 2 )

この論点については︑栗田﹁労使関係と経営の立場﹂

(P .R

五巻二号一

0

ー一四頁︶および︑同氏﹁労使関係の進歩性

﹁文化主義経営学﹂とい

(17)

249 

戦 後 の わ が 国 に お け る 経 営 労 賓 関 係 論 の 潮 流 ︵ 高 堂 ︶ かくして︑教授は次のような視点に到達される︒すなわち︑

︱ ︱

る ︒

︵ ﹁

前 褐

書 ﹂

ニ ︱

三 ー

四 頁

︶ そ

れ ゆ

え ︑

の﹁資本﹂ないし﹁資本家﹂と︑ 機能的概念としての﹁経営﹂ないし﹁経営者﹂に分化し︑

かくして﹁要素的﹂な

つ ぎ

に ︑ と

保 守

性 ﹂

こうした﹁理念的共同論﹂のうち︑

教授によれば︑﹁経営は人的生産力と物的生産力とをその構成要素として形成せられるところの社会的生産組織体﹂

︵ ﹁

経 鴬

労 務

管 理

﹂ +

七 頁

︶ で

あ り

︑ ところで︑このような経営を発生史的に見るならば︑資本家がみずから経営者として経営的生産に機能した段階に おいては﹁資本と労佑﹂は﹁資本即経営と労佑﹂を意味するものであった︒しかし資本家が次第に資本の提供者とし

て無機能化するにつれて︑

﹁ 資 本 と 労 佑 ﹂ と ︑ かつて﹁要素的

11

機能的概念﹂であった﹁資本即経営﹂が︑

﹁機能的﹂な﹁経営と労佑﹂を成立せしめたと考えられる︒

この﹁機能的﹂な﹁経営と労仇﹂は︑決して﹁要素的﹂な﹁資本と労仇﹂と同意語に解されてはならない︒むしろ︑

﹁要素的﹂な﹁労仇﹂のなかに︑

︵ ﹁

前 掲

書 ﹂

ニ ︱

0 1

一 頁 ︶

わけても巧致な論理の展開に腐心されるのは藻利重隆教授である︒

したがつてまた﹁経営は社会的生産の機能的構造体﹂

︵ ﹁

前 褐

書 ﹂

一 九

七 頁

︶ で

あ る

いまや﹁要素的概念﹂として

かえつて﹁機能的概念﹂としての﹁経営者﹂と﹁作業者﹂が内包されているのであ

「要素的見地は生産機能をはなれ、これを無視して、各要素の個別的•利已的見地を前景に押し出し、端的に労資の利已的斗

争を展開せしめることとなる︒資本︑およびこれを代行するものとせられる経営と︑労佑との間の利己的斗争は︑それが生産

機能を無視して展開せられることによって︑ついに職場を破壊し︑やがては当事者双方の自滅を招来すぺき可能性を多分に包 蔵するものであることが、とくに注意されねばならない。要素的見地の推進にともなうこうした危険性を回避して職場の~全

︵ 絲

営 学

会 編

﹁ 労

使 関

係 の

某 本

問 題

﹂ 五

八 ー

六 七

頁 ︶

を 参

照 ︒

(18)

250 

﹁ 職

場 な

い し

﹃ 経

営 .

= は

る︒これが教授の言われる﹁職場の論理﹂にほかならない︒ ﹁相互媒介的﹂な発展が要請されるにいた しかるに物理的︑技術的な﹁機械化原理﹂ 性 を 確 保 す る と と も に ︑ 労 資 双 方 の 自 滅 を 防 止 す る 道 は ︑ 機 能 的 見 地 を 推 進 し て そ の 指 導 的 意 義 を 確 立 す る こ と の ほ か に は ︑

あ り

得 な

い で

あ ろ

う ︒

し か

も ︑

かかる﹁要素的﹂な労・資の利己的対立を﹁生産機能的に媒介するものは︑実は経営者または管理者ではな

くて︑正に機能的構造体としての

︵ ﹁

前 褐

書 ニ ー 七 頁 ︶ と 考 え ら れ ︑ r

ところで︑教授によればヱ生産機能的構造体﹂としての﹁経営﹂は︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ 機能担当関係をはなれて成立する﹁人間的構造関連﹂との二重構造的な﹁社会的生活体﹂と見られている︒すなわ

ち︑前者は物理的︑能率的原理の貫く﹁経営技術的構造関連﹂であり︑後者は人間的︑生活的原理が支配する﹁経営

社会的構造関連﹂である︒

︵ ﹁

前 褐

書 ﹂

二 四

三 ー

五 頁

然的に人間労仇から人間性を排除して︑

四一頁︑ニニニ頁︶が反省せられ︑

か え

つ て

こうした意味においてて理解せられる

そこに﹁経営﹂の自主性の根拠を与えたのである︒

﹁生産諸力の機能的構造関連﹂と︑

(D

as

 P r i n z i p  

de

r 

M e e

n is i

e ru n

g )

( ﹁

前 掲

書 ﹂

三 八

頁 ︑

ニ ニ

0 頁︶の支配は﹁必

これを非人間化するにいたる﹂

健全にして高度な発展のためには︑物理的能率原理を肯定しながらも︑同時にそこにもたらされる﹁人間性の疎外﹂

を救済し克服する必要がある︒ここに﹁能率原理﹂と同時に﹁人間化原理﹂

( de s

p r i n z i p  

de

r  Verpersonlichung) 

( ﹁

前 掲

書 ﹂

この矛盾原理の﹁相即的﹂︑

﹃ 職

場 の

論 理

﹄ に

お い

て の

み ︑

︵ ﹁

前 揚

書 ﹂

0

一 頁

︶ ︒

︵ ﹁

前 掲

書 ﹂

ニ ニ

ニ 頁

そこで︑経営生産の

教授は次のごとく述べられる︒即

そ の 特 続 的 存 立 を 確 保 し ︑ 健 全 な 発 展 を 期 待 す る こ と が 出 来 る ︒ し ければならない﹂

﹃ 職

場 ﹄

な い

し ︑

﹃ 経

営 ﹄

︵ ﹁

前 掲

書 ﹂

ニ ︱

六 ー

七 頁

︶ と

戦 後

の わ

が 国

に お

け る

経 営

労 贅

関 係

論 の

潮 流

︵ 高

堂 ︶

︱ ︱

︵ 経

営 体

︶ で

こうした

(19)

251 

的関係が歪曲される︒ 理 ﹂ な

い し

かも職場の論理を体して︑その生活力を涵養し︑これを強化することは︑職場を構成するところの︑労佑力.︵広義︶の所有者

の責務でなければならない︒労佑者︵広義︶は︑経営者たると作業者たるを問わず︑職場を生かすことによってのみ︑みずか

らを生かすことが出来︑職場の健全な発展を介してのみ︑自已の健全な成長を期待することが出来る︒そしてそれは︑労佑者

︵広義︶のすべてが︑職場に内在して︑職場の論理を体し︑その論理的要請にしたがつて︑善処することによってのみ︑可能

となる︒職場を超出して︑職場の論理を無視し︑要素の個別的利已主義に堕することは︑かえつて︑労佑者︵広義︶の自滅に

通ずる過程を歩む以外の何ものでもあり得ないことが︑銘記されなければならないのである︒﹂︵﹁前掲書﹂ニニ七頁︶と︒

そしてこれこそ︑﹁経営的協佑に参加する従業員の全員が︑﹃経営人﹄

( E

t

r i

e b

s a

n g

e h

o r

i g

e n

)

として全体的に一体

化 す る ﹂ ︵ ﹁ 前 褐 書 ﹂ 一 九 一 頁 ︶ と こ ろ に 求 め ら れ ︑ ﹁広義の労佑者が︑全体的に生産者としての主体的地位を確立すると

( 1 )  

ころの﹃職場自治﹄﹂︵﹁前掲書﹂二ニ三頁︶の典型であると考えられる︒ここに︑﹁経営共同体﹂

( Be t

r ie b

s ge m

e in s

c .h a

f t)

﹁ 職

場 共

同 体

(W

er

ks

ge

me 甘咎ぼ

f t )

(﹁前褐書﹂一九一頁︶の構想が明瞭化され︑

的︑長期的な﹁経営性﹂

( Be t

r ie b

l ic h

k ei t

)  

さて︑こうした教授の主張は︑労・資の機能的理解に基づいて﹁協佑の論理﹂を﹁職場の論理﹂として追求するも のであった︒ところで︑われわれの理解にしたがえば︑怯んらい資本は歴史的にも論理的にも︑資本制商品生産の本

( 3 )  

源的基礎として︑要素的にも機能的にも労佑に対立し︑資本制経営はこの結合の場に低かならない︒したがつてそこ

( 4 )  

では︑労佑は形式的にも実質的にも︑資本に従属してあらわれる︒それゆえ︑教授が﹁機械化﹂と﹁人間化﹂を対立

︶を指示すするものとして︑技術的︑短期的な﹁経済性﹂ではなく︑社会

( de s

 

P n

n z 1 p

d

 

er

  Vergemeinschaftlichung 

( 2 )  

﹁ 前

褐 書

l

九二頁︶が基礎.つけられ︑追求されている︒

^ 

するものとして捉え︑ しかも︑この﹁共同体化の原

﹁機械化﹂が必然的に人間性を疎外して﹁非人間化﹂をもたらすと言われるとき︑

戦 後 の わ が 国 に お け る 経 営 労 賓 関 係 論 の 潮 流 ︵ 高 堂 ︶ この資本制

(20)

言うまでもなく︑

それにもかかわらず︑ ﹁機械化﹂それ自体は労佑の生産性を高め︑自然に対する人間の勝利を実現するものであった︒

この﹁機械化﹂は資本制的所有のもとで︑資本の命令下で機能するかぎり︑不払労仇を創出す

( 5 )  

そのもとに人間労仇者を隷属化せしめるのである︒ここに歴史的にして物質的

そのゆえに︑資本制的経営における﹁組織的協佑関係﹂の本質は︑資本と労佑との疎外関係としての﹁資本制的関

係﹂であり︑この点を措いて労・資の幽冦娑品況範的な﹁共同体﹂の理想に解消しようとする試みは︑まさしく︑搾取

関係︑階級関係としての資本制経営の本質を主観的に紛飾するものと言わねばならない︒

超えるところに

﹁ 職

場 の

論 理

が成立するのではなく︑ したがつて︑資本と労佑を

がえつて職場︵経営体︶には﹁資本の論理﹂.が貫いているこ

( 6 )  

とが銘記さるべきである︒そこでは︑経営者もまた︑すぐれて資本家の代理人として︑究極的には資本の利害を担い

﹁敵対の場﹂にほかならない︒ ながら労仇者に対立するのであって︑経営こそは﹁共同の場﹂ではなく︑

いづれにしても︑こうした﹁資本の論理﹂を無視する﹁職場の論理﹂は︑あきらかに経営の歴史性と客観性を放棄

して︑文字通り﹁職場の倫理﹂を追求することになる︒それは現実の労資関係の科学的究明から凡そ遠のくものであ

るばかりか︑﹁資本の論理﹂を﹁職場の論理﹂に偽装し︑経営

l l

経営者の指導的意義を拠りどころに︑かえつて労佑

の攻勢から経営の危機を防備し︑やがて﹁資本の論理﹂の正当化に奉仕するものと言えよう︒

(1

)

教授はまた︑この点に関して︑﹁従業者の自治﹂﹁経常の自治﹂を根拠に﹁経常自主体﹂を構想し︑これを体現するもの

を﹁自覚的経常者﹂と示しておられる︒︵﹁株式会社と経常者﹂九

0

11

00

頁 参 照

(2

)

こ う し た 諷 角 は ︑ 教 授 の ﹁ 経 営 社 会 政 策 ﹂ 的 諷 点 か ら 導 か れ た も の と 言 え よ う ︒ ち な み ち ﹁ 経 営 的 社 会 政 策 と 労 務 管 理 ﹂

︵ ﹁ 経 常 労 務 管 理 ﹂ 所 載 ︶ は こ の 観 点 を 示 し て い る ︒ ︵ こ の 立 場 の 廻 論 的 系 譜 を 跡 付 け る も の と し て は ︑ 深 島 朗 ﹁ ド イ ツ 労 な﹁資本の論理﹂が貫いていることを忘れてはならない︒ る客観的な制度となって自立化し︑

戦 後

の わ

が 国

に お

け る

経 常

労 賓

関 係

論 の

潮 流

︵ 高

堂 ︶

︱ 二

0

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