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(1)

戦前及び戦後におけるアメリカ経済の成長と発展 : 経済発展と産業構造についての序説

著者 安田 信一

雑誌名 關西大學商學論集

創立七〇周年記念特輯

ページ 191‑205

発行年 1955‑11‑04

URL http://hdl.handle.net/10112/00022231

(2)

本稿は在外研究中の安田教授が英国から寄せた﹁経済発展と産業構造﹂と題する論文の冒頭の数節である︒こ

の創立七十周年記念論文集の刊行に当り︑偶々在外中の故を以て教授の論文を逸することの遣憾を思い︑編集

委員の責任においてここにこれを牧録することにした︒引続き﹁経済論集﹂に揚載せられる予定の続篇と相侯

つて完稿となるのであるが︑これだけにても一応独立して意味を有し得るものと思う︒このような取扱いをな

したこと︑並びに小節の区切り等において教授の意図に副わぬものあることを恐れるが︑それ等の点について

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が全産業を第一次産業

( P r i m a r y i n d   g S )

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分類し︑経済発展に伴つて一国民経済における産業の中心が第一次産業より第二次産業︑更に第二

次産業より第三次産業に移行する傾向のあることを経済発展の程度を異にするアメリカ経済をも含む各国経済

戦前及び戦後におけるアメリカ経済の成長と発展︵安田︶

ー経済発展と産業構造についての序説

I

戦前及び戦後におけるアメリカ経済の成長と発展

191 

(3)

についてその全労佑人口に対する各産業別就業者の割合を比較するとともに︑

の変化を経済発展に伴う経過とともに示すことによりて明らかにして以来︑

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実とせられていた︒然して

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が対象とした当時のアメリカ経済は戦前までのそれであるが︑

それは一般的に承認せられ得る事 アメリカ経済はすでに第三次産業の成長率が第二次産業のそれを超え︑従って産業の中心がすでに第三次産業に

移行過程にある時代であった︒従つてそのことは更に経済が発展せる今日においては論理的には当然妥当しなけ ればならない︒然るにその説くところをアメリカ経済について一九二九年を基準として五四年までの産業別成長 率の事実と対照するときそれは必ずしも一致せず︑次表に示すが如くに第二次産業の成長率が最大にして第三次 産業の成長率はそれよりも低い︒もっともこの両産業に対して第一次産業が相対的にはもとより絶対的にもその 地位を低下しているが︑絶対的には別とし︑相対的にその地位を低下していることは彼の説くところと一致し︑

その点に関して問題は存しない︒然し乍ら第三次産業と第二次産業との成長率間の関係は彼の説くところと逆な るが故にその理由を明らかにする必要がある︒このことをより正確に云えば彼が対象とした当時の今回の大戦前 までのアメリカ経済については彼の説くところは事実と一致したのであるが︑彼が対象とした時代を一部分含む 今日までのアメリカ経済における経済発展に伴う産業構造変化の事実は彼の説くところと一致しない︒それ故に それが如何なる理由にもとずいているかを明らかにすることが必要であるぺく︑そのことは必然的にこの間にお けるアメリカ経済の変化しつ

4ある性格を示すことともなるであらう︒

当時の

また各国経済におけるその割合

(4)

1 1  産 業 別 就 業 者 数 (単位十万人)

戦前及び戦微におけるアメリカ経済の成長と癸展︵安田︶ 第 二 次 産 業

1 0 9 9 9 9 9 8

92

90

83

73

71

68

58

  9 2 9

39

4

64

95

4

公共事業

5 4 4 4 5 6 6

: ぃ

‑ 1 0 6 8 4 1 0 1 1 7 2 1 4 7 1 4 4 1 6 2 15 19 16 26 31 36

政府企業政府及び

サービス

65 57 6 57 07 68 0

5 4 4 5 7 7 8

│ ﹃

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芦 自

1 4 4 1 1 2 1 3 8 2 0 1 1 8 7 1 9 0 2 1 2

29

45

58

58

55

65

4 5 9 4 1 3 4 6 3 5 3 4 5 4 0 5 5 5 5 9 4

2 2 3 2 1 0 2 4 6 2 5 9 2 8 2 2 9 7 3 2 4

1)  本表は NationalIncome 1954 Table 28 (A Supplement to the Survey of  Current Business)及び Surveyof Current Business, July 1955 Table 28

よる。但し第一次,第二次,第三次の産業分頻及び第二次,第三次産業の小計 は筆者計算,なお原表では通信業及び公共事業に関しては大項目が通信,公共

事業にして, ,1ヽ項目にて両者をそれぞれ含む産業分類があるが, Colin Clark 

では公共事業は第二次産業,通信業は第三次産業となつているが故に,この小 項目に従つて分類した (ColinClark, The Conditions  of  Economic Progress,  1940, London. P.  182)

2)原表は政府及び政府企業については軍豚を含む数字を示しているが故にその

小項目の軍豚だけ政府及び政府企業より差引いた。合計についても同一のこと が妥当する。

上掲の表より算出するとき直ち

に明らかな如く一九二九年より五

産業はその就業者数に関しては五

差が存することとなるのであるが

Co

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nC

la

rk

説く如き第三次産業の成長率が第

二次産業のそれを超えるが如き傾

向を右の表より見出すことは困難 ない︒然し乍ら仮りにこの見解を 視し得るとも考えられるかも知れ その差は小であるが故にこれを無 の増加率において五パーセントの 過ぎない︒従ってこの両者間にそ 次産業のそれは四五パーセントに 0バーセント増加しているが第一 四年までの期間中において第二次

193 

(5)

であらう︒加うるに第三次産業の中には政府及び政府企業を含み︑且つその就業者増加率が第一1

一 三 0バーセント以上なるが故にそれを除き私的産業のみの増加率に限定するとその産業全体

としての増加率は三三︒ハーセントに過ぎず両者間の差は明瞭となる︒この両産業に対し第一次産業はその就業者

数に関しては逆に減少を示し︑且つその減少率は三六パーセントにも達するが故に︑経済全体においてのその重

右は就業者数の点より

Co

li

n

Cl

ar

k

の説く産業分類に従って各産業の経済全体における重要性変化の事実に

ついて示したのであるが︑

それは次表の如くとなる︒ これがためにはなお併せて産業源泉別国民所得によることが必要であらう︒その場合

その表が示す如く一九二九年と五四年との間において産業全体︵但し政府及び政府企業を含む︶としての貨幣所得

増加割合は二四ニバーセントであるが︑第二次産業のそれは二九五パーセントにして︑殆んど三

00

あり︑従つて一九五四年の貨幣所得は二九年のそれの約四

00

バーセントとなっている︒これに対して第三次産

業の増加率は二三二︒ハーセントにして︑且つその中より前表についての場合と同様に政府及び政府企業を除き私

的産業のみに限定するとそれは僅かに一九二︒ハーセントに過ぎず︑前表における第三次産業と第二次産業との傾

向関係は頁に拡大化する︒これはこの間における物価騰貴の事実にもよるのであるが︑それを考慮するも第二次

産業の成長率が第三次産業のそれを超えている事実だけは明瞭である︒この両産業に対し第一次産業の貨幣所得

増加率は僅か一

00

パーセントにして︑産業全体のそれに対する約四0バーセントにとどまり︑前表における傾 要性喪失の事実については疑問の余地は存しない︒

(6)

12;産 業 源 泉 別 国 民 所 得 (単位十偉ドル)

月 第 二 次 産 業 第 三 次 産 業

鉱 建 製 公 ,1卸 小 金 保 運 通 サ 政 政 海 勤 ,1

設造塁

業 業 業 計 売 売 融 険 絵 信 ス ピ 外 者 計

1929  8.3  2.1  3.8 21.9  6.6  1.210.3 5.1  0.8  50.1  87.9  34  3.7  1.2  1.1 10.9  1.  6 8.1  5. 6 3.4  0.8  6.2  6.3  0.3  30.7  49.0  39  5.9 1.6 2.3 17.9 1.  612.5  7.9  4.6  1.1  8.3  8.5  0.4  43.3  72.8  44 14.5  2.9  4.1 60.1 

25.712. 2 11.2  1. 813. 6 33.7  0.4  98.6  182.6 

46  17.3 3.0 6.5 48.5 2.  .  .5 10.2 

・ ・ r  

22.6  0.6 101. 7 179.6 

49 16.6  4.4 10.4 62.8 3.  .  .9 12.0  2.  .2 21. 9 1.1 118.5  216.2  54 16.6  5.2 15.7 89.9  5.  .  .9 14.6  4.  .8 35.3  1.8 166.3  299.7  1).  本表は NationalIncme 1954 Table 13及びSurveyof  Current  Business 

July 1955 Table 13による。 なお各産業の分類及びその小計, 並びに公共事 業と通信業の分類に関しては前表と同じ。

2)  本表にては前表になき海外勤務者があるが, これは前表にては四捨五入す

るも単位数たる十万人に達せざることにもとずく。

した原因があると考える︒これをより具体的に

云えば一九四0年代以後における人口増加率上 なおより強力にこの産業構造変化の傾向に作用 ないであらう︒然し乍らこれらの事実と併せて 影響を及ぼし︑且つそれが第三次産業よりも第二次産業に有利であったことは何人も否定し得 も知れない︒然してこれらの事実が産業構造に 事情

( l

0年の朝鮮事変等︶に求められるか 因は何か︒これについては戦時及び戦後の特殊 経済については妥当であった︒それではこの原 一致せず︑且つ彼の見解は戦前までのアメリカ れは前述の如

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Cl

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k

の説くところと したかの事実は明確であると考える︒然してそ いてアメリカ経済が如何にその産業構造を変化 以上二表から一九二九年と五四年との間にお 向が確認せられる︒

19~

(7)

が当然問題となるがその成長とは何か︒ 造変化の立場から問題とすることでもある︒ 昇と関連してのその人口増加部分の地域的配分変化の中に示されたる筆者の意味にての複合経済解消化がその第

また戦後においてのそ これと同一の意味にて重要なる原因は戦後アメリカ経済は戦前に比し更にその労仇生産性の上

昇率を高めつつあるが︑その事実並にその中にても特に農業の労仇生産性上昇率は大であるが︑このことと関連

しての技術的進歩の方向︑資本蓄積の作用方向の変化である︒この意味において筆者は斯くの如き立場より右の

産業構造変化の事実を分析するのであるが︑そのことは換言すればアメリカ経済の変化しつつある実体を産業構

前節において述べた如くアメリカ経済は一九二九年以来︑更により正確に云えば後述の如くこの大戦直前の一

九四0年以後となるのであるが︑その産業構造変化の方向は一般に予想せられる如きそれと異なっている︒然し

てこの分析のためには更に戦前のそれと対比するを要し︑且つその原因を問題とする場合にはなおそれとともに

この期間中におけるアメリカ経済の発展についての事実を明らかにすることが必要である︒蓋しこの経済発展が

前提となって戦前には

Co

li

nC

la

rk

の説く如き産業構造変化の事実が生じたのであり︑

れと傾向を異にする事実もこの経済発展の性格との関連においてその原因を見出し得るが故である︒それではこ

の場合その意味する経済発服とは何か︒またそれは経済成長と密接な関係にある以上それとの関連にて経済成長

(8)

経済成長をもつて一国民経済全体としての実質所得の増加と解した場合それは量的概念であった︒然してこの

ことが量的概念であるとするならば経済発展をもつて国民一人当りの平掏実質所得の増加と規定するときそれも

また当然量的概念と考えられる︒論理的︑形式的にはそうである︒然し乍らこの平均実質所得の増加はそれに伴

造の中にそれへの適応過程としての変化を伴うが︑

戦前及び戦後におけるアメリカ経済の成長と発展︵安田︶

準が同一にとどまる︑ 経済成長とは一国民経済全体としての産出高の増加︑即ち国民所得の増加のみを意味し︑それが如何なる割合から構成せられているかを問題としない︒従ってそれは経済の量的膨張に関する概念にして︑素を含んでいない︒これに対して経済発展と云う場合にはこの経済成長を前提とするが故にそれは当然量的概念ではあるが単純なる量的概念でなくなおそれと併せて質的概念を含む︒ その中には質的要

凡そ経済発展と云う場合それは実質的なる意味にての国民所得の増加即ち経済成長をその前提条件とし︑これ

を欠く発展を考えることは出来ない︒然し乍ら経済の成長でなく発展という場合にはそのことが明瞭に述べられ

ていないにせよそのことの中には個々の階層又は個々人は別とし︑少なくとも平均的概念としては長期的には国

民の生活水準上昇という事実が含まれていなければならない︒換言すれば短期的には別とし︑長期的には生活水

または低下傾向を示す場合にその状態をもつて経済発展ということは論理的矛盾であら

う︒それではこの生活水準の上昇︑更にその根源としての国民l人当りの実質所得の増加が何故に質的概念であ

サービスに対する支出の相対的割合において変化を生ずるが故にこれを産出︑供給する産業全体の構

この場合経済発展の概念の中に斯くの如き産業構造の変化を

197 

(9)

含ましむる意味に使用するならばそれは量的概念のみにとどまらず質的要素をも併せ含むこととなる︒蓋しこの

産業構造の変化は後述の如くその後における経済の成長︑発展を異ならしむるをもつてである︒

右の如く経済発展をもつて経済成長より区別し︑それは経済の量的膨張のみでなく質的変化をも併せ含むとす

るときそれより直ちに生ずる疑問は凡そ経済の量的膨張を生ずる場合にはそれは同時に常に質的変化を生じ︑然

らざる場合は考えられないのではないかとの疑問である︒換言すれば経済成長はこれを分類して経済発展と然ら

ざる場合との両者に分類し得るが︑この後者の場合とは具体的には国民所得の増加率が人口増加率よりも以下の

場合︑または最大限これと等しい場合であるが︑その湯合そのことは従来不可能であった大量生産方式を可能と

し︑それは平均実質所得の上昇に導くのではないかと︒そのことの可能性は十分に認める︒然し乍らまた現実に

おいて所謂後進国の中には経済の成長は存在するが︑人口増加率が余りにも急激なるため経済発展を生ぜざる国

があるをもつてこの両者の相違を明確にする意味において経済成長と経済発展とを区別した︒それでは斯くの如

き経済の成長と発展とは現実のアメリカ経済において如何なる割合であったのか︒

アメリカにおいて現在最も信頼し得る国民所得統計は商務省によるそれであるが︑それは不幸にして一九二九

年以後今日までのそれのみしか示していない︒もとより後述の如く︑それ以前の期間に関しては種々なる推定は

その信頼性において若干劣ることは免れ得ざるをもつて便宜的ではあるがこの一九二九年を基準とし

(10)

1 1 実 質 国 民 所 得

国 民 所 得 高 平均国民所得高 (7) 

各年(1)物 110940(72)指

1941((703)よ (4) 

1 (75)) 

年 , 1929年を 19020(96と) 

価 需による 100とす とす ll 

る物価 指る数(3) 指る数(5)

偉ド 数 (百万人)

1929  87.9  70.0  125.6  100.0  1030  100.0  122 

34  49.0  57.3  85.5  68.1  679  65.4  126 

39  72.8  57.9  125.7  100.0  960  93.2  131  44  182.6  78.8  231. 7  184.4  1679  163.1  138  46  179.6  89.5  200.7  160.0  1423  137.9  141  49  216.2  106.6  202.8  161.4  1361  132.0  149  54  299.7  120.0  249.8  198,9  1561  151.4  160  本表中第(1)欄は前記1 1表,第(2)欄はSurveyof Current Business,  July 1955 Table 41. (3)欄は第(1)欄 を 第(2)欄にて除し 100を乗じ

て求めた。然して第(7)欄 の 人U49年までは NationalIncome 1954,  24 5 54年は U.S.  Bureau of the Censusによつた。然してこの (3)欄と第(7)欄との関係から第(5)欄が計算せられた。

とする︒その場合それは次表の如くとなる︒

トにして︑年増加率ではそれぞれ三︒ハーセント︑ る如く国民所得︑平均所得の両者とも増加し︑且つその増加比率は各々二九•四、一三・ニパーセン るが︑後者の期間にては同表より直ちに算出し得 不変なるも平均所得は約七︒ハーセント減少してい 戦前の期間と戦後の期間を対照とするとき︑前者の期間にては表に示されたる如く国民所得にては 期間に細別し︑且つその中の戦時の期間を除き り四五年までの期間及び四六年より五四年までの 年乃至期間の増加率は同lならざるをもつてこれ

を戦前の一九二九年より三九年までと︑四0年よ 得は約五0バーセント増加している︒然し乍ら各 にては国民所得は一

00

バーセント︑国民平均所 上掲の表が示す如く最近二十五年間にアメリカ て︑それ以前の期間における経済の成長及び発展と以後のそれらとを区別し︑先ず後者についてそれを示すこと

199 

(11)

右は財貨並びにサービスとの関係においての国民所得高即ち経済成長と平均所得即ち経済発展とを問題とした

のであるが︑前者は別とし︑後者を考察するがためにはなおこの間における労仇時間の減少を考慮しなければな

らぬ︒即ち周知の如く今日アメリカにおいては第二次産業並びに第三次産業の中大規模組織の企業は一週五日四

十時間制を実施し︑三0年の一週六日四十八時間制に比しその労仇時間は著しく減少し︑且つ労仇者はこの場合そ

れに対応する財貨並びにサービスよりも時間を選択したと考えられるをもつてである︒然し乍ら斯くの如き労仇

時間の減少は全産業中重要な部分ではあるけれども︑そのすべてを含まざるをもつて産業全体としての就業者平

均労仇時間が斯くの如き割合にて低下せるや否やに関しては疑問であるとも考えられるべく︑殊に小売業の如き

はこの点特に妥当する︒然し乍らまた同時に考慮すべきは前述せしこの期間における農業就業者の全産業就業者

に対する比率の顕著なる低下︑及びその労仇時間が他の産業におけるよりも長時間なることを考慮するとき︑右の

如きその然らざる傾向もあるがほぼこれを相殺しているのではないかと考えられるのであって︑

J.

F•

De

wh

ur

st

等の示すところによれば全産業就業者平均労仇時間は一九二九年の一週四七時間より五0年には四0時間に低下

( 3 )  

せるをもつて右の第二次及び第三次産業中の大規模組織における労仇時間の減少と大体一致する︒

以上の如く産業全体としての就業者平均労仇時間は一九二九年と五四年の期間中に約一七︒ハーセント減少して

位労佑時間当り生産性がそれだけ上昇していることを意味するのであるが︑ いるが︑国民平均所得は五0︒ハーセントも増加している︒然してこのことはその半面の事実として就業者平均単

都海注浩A乖産 それは各年の ―•五。ハーセントを超えている。

(12)

1 2

戦前及び戦後におけるアメリカ経済の成長と発展︵安田︶

労 佑 生 産 性

年 ' 194(71)物 ‑間労(2) 92( 4 ) '    (3時)間 1 9年を 1946年に

当 出 100とす 対する54

(10鍍ドル)(10億時間)

る指数 年の上昇

(単位ドル)

1929  125.6  108.6  1.16  100  39  125.7  102.5  1.23  106 

46  200.7  122.3  1.64  141  100  54  249.8  125.4  1. 99  172  122 

本表の中第(1)欄は表:n: 1による。総労働投入時間は全産業

就業者数x週当り平均労働時間xsoにより算出した。且lfち ー

年の労働日数を50週とした。然して全産業就業者数に関して

は表:n: 1と異なり軍務をも含み、且つそれは同様にNational

Income 1954, 及 び Surveyof  Current Business, July 1955  Table 28によつた。

すると前者にては十年間に僅かに六パーセントにして︑その

年上昇率は約0•五。ハーセントであるが後者では八年間に二 きことを意味する︒次ぎに戦前の期間と戦後の期間とを対比 すべきではなく︑労仇時間もまた併せ含んで考察せられるペ て求め得るが故に︑この方法によりてこの全期間を通ずる労仇生産性の上昇率︑及び戦前及び戦後のそれとを併せ示す︒但しこの場合その基礎となるべき労仇時間であるがそれは資料の関係上一九二九年と四六年については

また三九年に関してはそれを直接には明らかにしていないが四0

( 4 )  

年のそれが存するをもつてこれを代用し︑五四年は五0年と不変と考え︑同様に五0年のそれを使用した︒

一︒ハーセントが実質所得の増加となり︑ニ︱︒ハーセントが労

上昇部分の約七0︒ハーセントが実質所得の増加︑約三0

︒ ハ

て︑このことは換言すれば経済発展を問題とする場合にそれ

は財貨並びにサービスのみにての実質所得の増加のみを考慮 セントが労仇時間の縮少となって具体化しているのであっ 仇時間の縮少である︒即ちこれを比率的に云えば労仇生産性 おける労仇生産性上昇率は七二︒ハーセントにして︑その中五 右の事実が示す如く一九二九年より五四年までの全期間に 前記

J.

F•

De

wh

ur

st

の示すところに従い︑

201 

(13)

ニ︒ハーセント︑即ち年上昇率はニ・五︒ハーセントを超え︑その差が如何に大であるかが明瞭である︒然し乍ら前

者は所謂世界的大不況の期間なるをもつてその労佑生産性上昇率が低いことは当然にして︑問題はその原因であ

る大不況に存すべく︑また後者の労仇生産性上昇率は前者との対比においてのみではなく︑痕ちに述べる他の期

間との対比においても大にして︑その原因が問題となるであらう︒

以上一九二九年より五四年までの期間にわたる経済成長及び経済発展について考察したのであるが︑本稿の目

的のためには更に遡ることを必要とする。然してこの点については幸いS•Kmets!.!.よる優れた国民所得の研

究があり︑且つそれは一九一九年より三八年にわたっているが︑その重複せる一九二九年以後の期間について前

記商務省統計と比較すると︑この十年間の中

K u z n e t s

の研究結果が商務省統計より大なる期間が五年︑小なる期

間五年にして二分し︑且つ前者の最大なるは一九三三年であるがその差はより小なる商務省の統計を基準として

五︒ハーセントに過ぎず︑また後者の最大なるは一九三五年であるが︑この場合より小なる

K u z n e t s

の研究結果

( 5 )  

を基準として五︒ハーセントにとどまる︒それ故にそれは十分に信頼し得るをもつてこれにもとずき︑一九一九年よ

り二九年までの経済成長を示すと︑一九四七年物価にて国民所得は八一七億ドルより︱二四四億ドルに増大して

いるが故にその成長割合は五0

︒ハーセントにして︑その年成長率は約四・ニ︒ハーセントであるぺ<且つ

kg

n e t s

の一九二九年における国民所得は商務省統計より0・九︒ハーセント低きをもつて一九一九年の国民所得が実際に

(14)

戦前及び戦後におけるアメリカ経済の成長と発展︵安田︶

ーセント乃至三四︒ハーセントにして︑ おけるより五︒ハーセント高く︑または低く示されたりとするもその結果は殆んど異ならない︒次ぎにこの期間中における平掏所得の増加率であるが︑この間人口は約一五︒ハーセント増加せるをもつて同様に一九四七年物価に

て年所得七七八ドルより一0二四ドルと三ニパーセント増加し︑その年増加率は約ニ・八パーセントである︒最 後に労仇生産性であるがこれを算出する際にその前提となる全産業を通ずる週当り平均労仇時間は一九一九年に は四九時間乃至四九・五時間と推定せられるをもって︑それは二九年の四七時間より四︒ハーセント乃至五パーセ ントより長く︑従って右の平均所得増加率にこの割合を乗じたるものを加えたるだけ労仇生産性が上昇したこと となるのであるが︑これを併せ考慮するもこの期間中における労仇生産性上昇率はこの期間全体を通じて三三︒ハ

右平均所得増加率より一パーセント乃至ニパーセントより大なるにとど その年増加率はニ・九乃至三パーセントにして︑且つ一九一九年における単位労仇時間当り産出高は一九

( 6 )  

四七年物価にて八八セントと推定せられる︒

以上によりて一九一九年より二九年までの期間についての経済成長及び経済発展について考察したが︑この期 間は前述の如く人口増加率は大であり︑また労仇生産性の上昇率は急激であるのみでなく︑労仇時間の減少が極 めて小なりしが故にその殆んど全部が財貨並びにサービスの増加となりしをもつて経済成長率は年四・ニパーセ ントの割合となり︑また経済発展についてはそれは平均所得の増加率と大体同一であるが︑その後の期間である 一九二九年より三九年はもとよりであるが︑戦後の期間であるそれをも超えている︒最後に本節において述ぺた

ことを要約するならばそれは次の如くになる︒

203 

(15)

(3)  (2) 

一九一九年より二九年までの期間はアメリカ経済の最も繁栄せる時代であり︑経済の成長及び発展の割合は最

も大であった︒加うるに注目すべきは︑この期間における経済発展の根源である労仇生産性の上昇率は急激であ

ったが︑それと同時にそれが殆んど財貨又はサービスの増加となって具体化したことにして︑戦後の期間におけ

る如く労仇時間低減への作用は小であり︑従って更に加えて経済の成長率を大にすることに作用した︒次ぎに一

九二九年より五四年までの期間であるが︑その中戦時中を除き戦前の期間と戦後の期間とに分つときそこに明瞭

なる対照がある︒即ちこの戦前の期間は所謂世界的大不況の期間なるが故に労仇生産性のみは若千上昇している

が︑国民所得及び平均所得においては前者は不変であり︑後者は逆に減少し︑経済成長及び発展は存在しない︒

これに対し戦後の期間は五五年の事情をも併せ加えて考察するならば再び一九二0年代の繁栄を再現するのも近

い将来ではないかと予想せられる低ど経済発展及び労仇生産性の上昇率は急激であるが︑ただそれが一九二0

代と異なる点はその上昇せる労仇生産性の可成りの部分が労仇時間の低減に作用し︑

( 7 )  

も経済の成長を抑制していることである︒ それだけ然らざる場合より

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なお第一次晦H菜︑第二次産造︷︑第三次

産業に属する産業について彼は具体的に示しているが︑その内容は表

1 1 1 2

i . t 示した通りである

(P .1 82

もっとも彼においては第三次産業の中に軍隊も含まれているがそれは一応妥当でないと考えるが故にこれを除去した

( P.  

17

9)

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14 

(P P. 40

41 ).

正確に云えば短期的には労働時間の長短を決定するは号気の状態である︒然して三九年

と四0年とを比較するとき三九年は四0

年よりも不況なるをもつてその平均労働時間はより小であったと推定せられ る︒また五四年は憬気後退の年なるが故にその直前時期との関係から大体阿一時間又は実際にはこれより以下であっ

たと考えられる︒

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(P .  14 7)

は一九二九年物価にて一九一九年より三八年までの国民所得を示すが故にこれを基準とし︑

且つ表I1

にて一九四七年物価と一九二九年物価との関係を示しているが故に︑これを通して一九一九年と二九年

の一九四七年物価による国民所得を求めた︒

一九五五年は昨年と比較して大体現在までのとこ

uA gu st  1

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95

5)

戦前及び戦後におけるアメリカ経済の成長と発展︵安田︶

る一七・八バセント経済活動は上昇している

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205 

表 1 1  産 業 別 就 業 者 数 (単位十万人) 戦前及び戦微におけるアメリカ経済の成長と癸展︵安田︶ 第 二 次 産 業 鉱 業 一 1 0 9 9 9 9 9 892908373716858  9 2 9糾39464954 公共事業 5444566:ぃ‑ 10 68 41 01 17 21 47 14 41 62建設業蕊151916263136 政府企業政府及びサービス655765707680通信5445778│﹃i芦 自小1 44 11 21 38 20 11 87 19 02 12計第次産
表 1 ‑ 2 ; 産 業 源 泉 別 国 民 所 得 (単位十偉ドル)戦前及び戦後におけるアメリカ経済の成長と発展(安田) 月 第 二 次 産 業 第 三 次 産 業 ム ロ 鉱 建 製 公 , 1 ヽ 卸 小 金 保 運 通 サ 政 政 海 勤 , 1 ヽ 設造塁業 1  府 及 び 企業府 務 業 業 業 計 売 売 融 険 絵 信 ス ピ 外 者 計 計 1 9 2 9   8
表 1 1 実 質 国 民 所 得戦前及び戦後におけるアメリカ紐済の成長と発展(安田) 国 民 所 得 高 平均国民所得高 (7)  各年 (1 の )物 1 1 0 9 4 0 ( 7 2 年 と )指 をす 1極ルる 9 4 価 1( ()所 7 0 3 得 年値 に )よ 9  (4)  1吊る 凶 ( 磁 所 ( ド 7 5 得 年に ル )) よ 人年 ,1929年を19020(96と) 年を価 需による100とす1 とす l l  る物価 指る数 ( 3 ) の 指る数 ( 5 ) の 偉ド 数
表 1 2 戦前及び戦後におけるアメリカ経済の成長と発展︵安田︶ 労 佑 生 産 性 年 '  1 国 9 4 (民 7 1 年 所 ) 得 物 ‑ 総 間労( 2 鋤 ) 時 9 2 ( 4 ) '   単位(り3産時)間1 9年を1946年に 当 出 1 0 0 とす 対する 5 4 ( 価1 0 鍍ドル) ( 1 0 億時間) 高 る指数 年の上昇 (単位ドル) 率 1 9 2 9  1 2 5

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