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芦田恵之助の読み方教授 : 昭和三年六月

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Academic year: 2021

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(1)Title. 芦田恵之助の読み方教授 : 昭和三年六月. Author(s). 吉原, 英夫. Citation. 札幌国語研究, 1: 49-56. Issue Date. 1996. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2598. Rights. 本文ファイルはNIIから提供されたものである。. Hokkaido University of Education.

(2) 芦田恵之助の読み方教授 −昭和三年六月−. はじめに. 書. 読本﹄︵いわゆる﹁ハナハト読本﹂︶巻十一に収められている﹁無. 言の行﹂である。まずそれを示す︵旧字体は通行の字体に改めた。. 無言の行. の行を始めた。小僧一人だけ自由に室内に出入させて、い. 戎山寺で、四人の僧が一室に閉ぢこもつて、七日間の無言. 第十六課. 昭和三年六月、来通した芦田恵之助は、小棒、余市、岩内、以下同じ︶。 室蘭、帯広、旭川、増毛、深川、札幌を巡って、授業と講演を行っ た。このことは、芦田に同行した沖垣寛が記している︵﹁芦田 先生の読方数式に就てH﹂泥海道教育一策一二三号、昭和三 年二月︶。六月二三日には札幌の西創成小学校において授業. うになつた。未序に坐ってゐた僧は、それが気になつてし. 夜が更けるにつれて燈がだんだん暗くなり、今にも消えさ. を行った。その時の芦田の授業を記録し、批判を加えたものに、 ろいろの用を足させた。 桜井息﹁芦田恵之助氏の読方教授を観て−札幌市西創成校に於 ける﹂︵﹃北海道教育新聞﹄第三五号、昭和三年七月二五日︶. ヽ. 0. 1.V. 第二座の僧は、二人とも規則を破ったのが不快でたまらな. ﹁無言の行に口をきくといふ辛があるか。﹂. がある。本稿は、この桜井の授業記録を資料として、昭和三年 かたがない。うつかり口をきいてしまつた。 六月という時点において芦田の読み方教授がどのようなもので ﹁小僧、早く燈心をかきたててくれ。﹂ 隣に坐ってゐた僧が之を聞いて、 あったかを明らかにしようとするものである。. 西創成小学校において芦田が扱った教材は、﹃尋常小学国語. −49−.

(3) ﹁あなたがたはとんでもない人たちだ。﹂ 三人とも物を言つてしまつたので、上座の老僧がもつたい らしい顔をして、. ﹁ 物 を 言はないのはわしばかり だ 。 ﹂ この教材の典拠は﹃沙石集﹄巻第四﹁無言上人事﹂で、﹁編 纂趣意書﹂では、﹁文学的教材﹂に分類されている。 桜井は西創成小学校における芦田の授業を次のように記録し. ている。 先づ今日は無言の行をやることを告げ、こゝは、考へな ければわからない課であることを話す。 一通読︵児童一名︶. 通読後 教師、﹁物を言はないのはわし一人だと云つ士、言ってし. 分らない ︵七人︶. 敦﹁一番終ひに分ったらけいこが役に立つのですね。﹂. 教﹁四人の僧がしやべってしまつたのは何故か。﹂. 児﹁一人が規則を破ったから。﹂. 教﹁伝染ですね。﹂. 教﹁これは笑ひ話でせうか。修身の様な話でせうか。﹂. この間に手の挙げ方につき、腹をきめて手を挙げること、. 分らないといふことが分ったら分ったと同じだなどゝいふ. ︵相当︶. 通読︵教師︶. 分らない. 笑ひ話︵相当︶. 修身の様な話だと思ふ人︵相当︶. ことをお話された。その結果、. 三. パッセキ︶をしながら、時々感想を入れられる。第二座の. 教師通読をなしつゝ、文字の読み方の注意︵末席マツセキ. 一通読︵児童一名︶. 僧のとき、わけもわからないでこいつも下らないやつなど. まつたのですね。つまらないことをしたものですね。﹂ 教師誤読指摘をなす。︵一室︶. と。. 何故するのかといふことです。﹂. の如く、発音しっゝ教師板書し、児童その発音を聴いて. 教師﹁書いて調べるのが一番いゝから﹂といひながら、次. 話し合ひ. 二. 四. 児﹁辛棒強いかためすためです。﹂. 書くものも板書を見て書くものもある。. 聴写. 教師﹁一番先きに考へなければならないのは、無言の行は. 教 ﹁ 忍 耐 のけいこですね。﹂ 敦﹁黙って居るのは、苦しいことか苦しくないことか。﹂ ︵二人︶. 苦しいと思ふ人︵多数︶ 苦しくない. −50−.

(4) 板書. 一室に閉ぢこもつて、七日間の無言の行。. 児童﹁何も考へない。﹂. 教師﹁何も考へなくともうつりますぜ。﹂. うつゝたまゝ不動心. そこで教師は、 銅︸. は、そのまゝにして、あゝ風が吹く、それでいゝ、あかり. 燈がだんだん暗くなり、今にも消えさうになつた。 ﹁ 小僧、早く燈心をかきた て ゝ く れ 。 ﹂ ﹁無言の行にロをきくといふ辛があるか。﹂. 我れ関せず、すべてを柳に風と受け流す式にして行く様に. が消えさうだ、それでいゝ、言はゞすべての対象に対し、. と板書をなしつゝ、すべて日に見えるもの耳に聞えるもの. ﹁ あなたはとんでもない人 た ち だ 。 ﹂ ﹁ 物を青はないのほわしば か り だ 。 ﹂. 先づ鼻をつま、れても仕方がない。きみが悪い。といふ場. に依って、教師と児童の問答が始まる。. 教師板書を鞭にてさし児童に黙読さす。それからこの板書. 分らないものについての各々についてどうだ分ったといふ. そして前に調べた、苦しいと思ふ人、、平気だと思ふもの、. のは無言の行であるといふことを説く。. 見たまゝ、聞いたまゝ、それはそれとしてぢつとしてゐる. すればいゝことを説明し、それは決して忍耐の心ではない。. 所の光景を説明し、. 風に納得さす。. 更に﹁私は三十分ばかり無言の行をしたことがある。三十. 教師﹁末座の僧の心に何がうつゝて居ますか。﹂と問ふ。 消えさうなあかり⋮⋮ それは目から. 更に、体操、唱歌、国語の時間に於ても、人のいたずらな. 分出来ない人は長いこと出来ない人ですぜ。﹂. 末座の僧のしたこと⋮⋮耳から. どをあるがまゝに黙過して、我れをもその対象に少しも働. 次の僧には何がうつゝたか 二座の僧には何がうつゝてゐたか. きかけないで、自分の仕事に専念するところに立派な勉強 の出来ることを説かれた。. これで一時間の授業は終った。. 以上が桜井の紹介する芦田の授業である。. 芦田は﹃国語読本各課取扱の着眼点尋常科第大学卒﹄. ︵芦田. 二人のしたこと⋮⋮耳から 老僧の心に何がうつゝてゐたか 三人のしたこと⋮⋮耳から 教師﹁君達が無言の行の成功者になるにはどうしたらいゝ. と 思 ひますね。﹂. −51−.

(5) 書店、昭和六年七月。﹃芦田宙芝助全集﹄第一五巻、明治図書最 、初の通読は、目的指示であり、予備であり、本日の教 授の流をおこす源である。普通には優等児二名位に読ませ、 昭和六三年。以下﹃全集﹄と略す︶において、この教材について、. に聴写した所を通読させ、−. この通読は指して黙読一回. ﹁動揺する心を抱いて、無言でゐる事は苦行だらうが、不動その の通読によつて得た諸問題について二の話しあひをす 心には無言は当然、そこに無我の境地がある。この義をよく会 る。何を読み得たか、何のために読むか等、探究の必要と 得せしめたい。﹂と述べているが、この授業も﹁見たまゝ、問 その問題とをさとらせる。三の通読はなるべく教師が行ふ。 いたまゝ、それはそれとしてぢつとしてゐるのは無言の行でこ あの通読によつて、解し得るものは解し、解し難きものは るといふことを説く﹂というように、﹁不動の心﹂﹁無我の深 境究 地す﹂ ることになる。その探究の目安となる重要語句、重 を会得させることを主眼としたものであったといえよう。 要部分、或は全文を聴写させて、筆で問題を読ませる。次 二. させてから、音読させる。しかしそれは尋四位まで、それ. 文学﹄第三三号、平成七年三月︶において、芦田が大正一五年. 私は﹁芦田恵之助の読み方数式−大正十五年四月−﹂︵﹃語学. まず数式についてみてみる。芦田がその読み方数式を文章と 以上は指黙読にとゞめるがよい。− 六の意義に於て、本 して発表した最も早い時期のものは、﹃国語読本各課取扱の日 着の眼目とする事項を教授し、最後に通読させて終る。 の﹁緒言︵その二︶﹂である。そこで芦田は次のように. 眼点尋常科第一学年﹄︵芦田書店、昭和三年四月。﹃全集﹄第一. 西巻︶. 五. 四. 三. 二. 意義. 通読. 聴写. 通読. 話しあひ. 十五分 ︵精査︶. 十分. 十五分︵概観︶. 二. 話し合ひ. 探究の必要とその問題をさとらせる︵﹁無. それを分けて整理すれば、芦田の授業の流れは次のようになる。 一通読 二名の児童. の﹁無言の行﹂の授業はどうであったか。桜井は、﹁四 聴写﹂ のところに﹁五 通読﹂と﹁六 意義﹂を一緒に記しているが、. ものになっておらず、それと関連して、実際の授業も必ずしも 数式にのっとって実施していたわけではない﹂と指摘した。こ. 説明している 。 四月に行った読み方数式についての講演と授業記録︵﹁潮干狩﹂ 私が教壇行脚中に試みた数式は唯一つである。⋮⋮私 の五代の苦心﹂︶を検討し、﹁この時点において芦田は七つの と﹁ 数式は 手続きについては考えついていたが、その内容はまだ固定した. 六. 通読. 一 通読. 七. −52一.

(6) 教師. ならない﹂とする。. その文のこうした意味に於いての作者の意図を把捉しなければ. 意味即ち文意といふ﹂と定め、﹁実際の授業に於いては、先づ. 通読 重要部分. 言の行は何故するのか﹂︶. 聴写 板書を指黙読. における飯田広太郎の発言を. 一人の感想を述べられた人は桑園校長の飯田氏であつた。. 枕にして、この教材の扱い方について次のようにいう。. 在の研究協議にあたるであろう︶. 読み方教授をこのように考える桜井は、授業後の﹁座談会﹂︵現. 通読 意義 眼目とする事項の教授︵﹁見たまゝ聞いたまゝ、. それはそれとしてぢつとしてゐるのは無言の行であ るといふことを説く﹂︶. べきであると考へる。それは芦田氏の如く読本から全く飛. ﹁七 通読﹂は行っていないが、芦田は時間のない場合は﹁読 飯田氏の感想は味ふべき言であつた。それはあの無言の行 まず﹂として行わない場合もある。そのことを考慮すれば、こ をやつた四人の僧の中で最も罪深いのは老僧であるといふ の﹁無言の行﹂の授業は﹃国語読本各課取扱の着眼点尋常科第 ことを話された点にある。私はこの考察を子供に為さしむ 一学年﹄の﹁緒言︵その二︶﹂に記されている数式にのっとっ. 躍した問題の吟味ではなくして、読本に即しての吟味であ. きり記されて居る。うつかり。之を聞いて。不快でたまら. る。読本には、四人の僧が口を聞いてしまつた動機がはつ. て行われているといえよう。 三. 大正八年三月に札幌師範学校一部を卒業し︵北師同窓会﹃会貞. 歩を以て百歩を笑ふといふ戒め即ちこの文の意味即ち文意. 更にこの課の眼目である老僧の目糞鼻糞を笑ふ、或は五十. 桜井は芦田の授業を紹介し、続いて批判している。まず桜井 ない。もつたいらしい顔をして。この読本に記された動機 の読み方教授についての考え方を見ておきたい。なお、桜井は、 の吟味により、飯田氏の言の如く、罪深さの具合も判明し、 名簿﹄︶、この時は、札幌師範学校附属訓導であった︵北海道教. を文に即して話語的に会得することが出来たのであらうと 思ふのである。. 育研究所編﹃北海道教育史全道編二﹄北海道教育重点会、昭和 三五年三月︶。. 材では、四人の僧が口をきいてしまった動機を吟味させること. 読み方教授の目的を﹁文意の了廟﹂と考える桜井は、この教. 一一五号、昭和三年三月︶において、﹁読方教授の直接的本質. によって、この文章の文意、すなわち﹁老僧の目糞鼻糞を笑ふ、. 桜井は、﹁読方教授に於ける文意に裁てH﹂︵﹃北海道教育﹄. 的目的は文意の了解といふことに外ならない﹂.という。具体的. 或は五十歩を以て百歩を笑ふといふ戒め﹂を﹁文に即して諸藩 には、﹁文そのものに依って想定ぎれた作者の意図をその文の. ー53−. 六 五 四 三.

(7) 的に会得﹂させるべきであるというのである。 この教材の扱いをそのように考える桜井に、芦田の授業はど. の よ う に う つったか。 私自身も、授業参観中、極楽参りをした様に有難くなつた けれども、反省沈思の後色々の疑点を抱く様になつた。先 にもー寸述べた如くあの文の主眼を、芦田氏の如く無言の 行は何のためにするか、無言の行は苦しいだらうか、などゝ. は、形式から空間に舞上った国語科と言った﹂︵﹁鈴木氏の駁論. を読みて﹂﹃北海道教育新聞﹄第四一号、昭和四年四月一五日︶. と批判しているが、芦田の授業も﹁まるで授業の全体が、お寺. の坊さんの説教か、修養問答であるかの様な授業﹂ということ になろ、つ。 四. る術の巧妙さに驚嘆してしまふのではないかとさへ息へた. を引つ張りjはし、最後に子供と参観人をあつと降参させ. 置かれたる禅の問題の様な開港のため、氏が一時間中子供. 方教授に凝視の目を据えない人が、かくの如くに高く据え. ある。私は否であるといひたい。私は、ひそかに、深く読. 話をしたのかは分からないが、飯田にはすでに﹃読方教育﹄︵北. とを話された﹂という。この時、飯田がどのような文脈でこの. 行をやつた四人の僧の中で最も罪深いのは老僧であるといふこ. 市桑園小学校訓導兼校長になっている。桜井は飯田が﹁無言の. 収められた﹁飯田広太郎年譜﹂によれば、昭和三年三月に札幌. 広太郎は、﹃朴の花﹄. 桜井が﹁桑園校長の飯田氏﹂といってその発言を引いた飯田. のである。これは私一人が考へたことであらうか。私の考. 海出版社、大正一五年一二月︶という著書があり、そこで﹁無. いふ風に高踏的飛躍的なところに持って行くことの可否で. へる文意或は取扱の主眼といふものは、かくの如く飛躍的. 言の行Lについてふれている。. ︵昭和三つ年一〇月、北海教育評論社︶に. 高踏的なものでは絶対にあり得ないけれど。. 飯田はその﹁読方教育の意義﹂において、読方教育は﹁教材︵文. 章︶を機縁として、教師の読みと児童の読みとが、具体的に交. ﹁文意の了解﹂を読み方教授の主眼とする桜井にとって、芦 田の授業は﹁不動の心﹂﹁無我の境地﹂を児童に教え込もうと 翌年、桜井は当時の読み方教授の傾向について、﹁まるで授. において、﹁形式﹂を重視して﹁作者の意図を把捉﹂すること. 形との交渉は、結局抽象的な交渉に過ぎない﹂という。この点. 形と. 渉して行く相である。⋮⋮単なる言葉と言葉との交渉. 業の全体が、お寺の坊さんの説教か、修善問答であるかの様な. −. する﹁高踏的飛躍的﹂なも打であるとうつったのである。. 授業を私は見るのである。⋮⋮そして子供はうそ字ばかり書く。. 然らば、如何に交渉して行くべきであらうか。甚だ一般的. を読み方教育の中心に置く桜井とは異なっている。 飯田は続いて、. ⋮⋮こうした事実、教師の主観の押売的な傾向・−事実子供の 形式力の貧弱さから押売的にならざるを得ない傾向、それを私. −54−.

(8) な親方であるが、生活内容の豊富でない児童の読解は、概. ﹁無言の行﹂の取り扱いについて、飯田は、文章の内容を読. 1 事実的である。. 表面的である。. すべきだと考えていた。この点において、飯田は、﹁読本の文. て、﹁鋭く児童に反省、自己批判の契機を与へて行く﹂ように. み取らせるだけではなく、教師の読みと児童の読みを交渉させ. 2. 章によつて、自分のいかなる生活が呼びさまされるのかを考へ. して、. 3 他のものとして読む。. 1 事実的のものを、心情にまで. 表面的のものを、内面的に ま で. 第一学年﹄﹁緒言︵その二︶﹂︶という芦田と、軌を一にする。. ことが出来るやうになる﹂︵﹃国語読本各課取扱の着眼点尋常科. りと自分の生活に結合して、生活の指導書、修養書として読む. と言ひ得るかと思ふ。此の読解に、教師の読解が交渉して、 させたい。この響に注意するやうになれば、読方教材はしつく 2 他のものを、自己にまで. 問題は教師がその教材から何を読み取ってどのように児童の生. 3. より深い読解に導いて行く所に、読方教授の具体相が厳存. て仏の座に近く座ってゐるもの程、仏の心から速く放れて. 面白いではないか。仏の道に仕へて幾十年、形からいつ. 飯田は、そのことについて、. 活と交渉させるかにある。 他のものを、自己にまで﹂について﹁無音の行﹂. する。 と述べ、﹁3. を 例 と し て 説明する。 滑稽な無言の行である。﹁誰が一番滑稽か?﹂と間へば、. 然しこれ独り僧侶の問題ではない。我々が生きてゐる教. ゐるといふことは⋮⋮。. と答へるであらう。﹁さうだ、実に滑稽である﹂と済まし. 育の世界に於ても、またかうした悲しき矛盾が余るだけあ. 児童は一斉に﹁もつたいらしい顔をした上座の老僧である﹂ ては、児童に村してこの無言の行は永久に関りのない単な. るのではなからうか。. うか?﹂と静かに反省して果た時、我々人間の行は、多く. 死骸を護ってゐるといふやうな事実が果してないであらう. 人々が、真に力ある教育をしてゐるのに、教壇幾十年を閲. 初めて教壇に上った人、教育学の一貫もよく解らない. る 僧 侶 の滑稽劇にすぎない。 然し﹁自分の生活に、この無音の行が果してないであら の場合に此の無言の行ヒ等しいものではあるまいか。 ﹁汝の生活は如何﹂と、鋭く児童自らに反省、自己批判. か。. ﹁無言の行﹂を提げて壇上に立ったび、自分自らを痛く. し、堂々教育の論議を戦はしてゐる人々が反って、教育の. の契機を与へて行くところに、この教材は児童自らの生け る 間 窺 となりはすまいか。. ー55−.

(9) 責 め ら れ るやうな気がする。 子供達にも亦、無言の行のやうな世界がある。 ﹁先生、00さんがわき見をしてゐる人ですよ。﹂と告げ. る子供は、その瞬間すでにわき見をしてゐるのだ。 心ない教師は直ちに00といふ子を責めて、告げ口をし. た 子 の 心 にひそむ不純さを忘れて ゐ る 。 と 述 べ て い る。 飯田は﹁無言の行﹂から﹁悲しき矛盾﹂を読み取り、わき見 を告げ口する児童の例をあげているが、このような飯田の取り 扱い方と比較すると、芦田の授業は、文章の題材である無言の. けれどもここにこそ、先生独自の通があったといわなければな りません﹂と述べている。. 芦田恵之助が昭和三年六月二三日に行った﹁無言の行﹂の授. 業は、桜井忠が批判するように、﹁表現に即して、一字一句を も克明に読解すべきこと﹂において、丁寧さが欠けていた。また、. 飯田広太郎の級いと比べてみれば分かるように、﹁読み得たも. のを生活に落す﹂という点においても、成功しているとは言い がたい。. 芦田は﹁無言の行﹂の取り扱いにおいて、﹁その表現に即して、. 一字一句をも克明に読解すべきこと﹂と﹁読み得たものを生活. ている. ︵﹁無言の行︵尋六︶﹂﹃同志同行﹄再興第一巻第五号、. 昭和七年六月一五日に千駄ヶ谷尋常高等小学校において、芦 田は﹁無言の行﹂の授業をおこない、青山廣志がそれを記録し. 行そのものを考えさせようとするものであって、﹁鋭く児童自 に落して、自己を明らかにすること﹂という課題に、どのよう らに反省、自己批判の契機を与へて行く﹂という点で開港があっ にこたえていったか。 た と い え よ う。 ぁ わりに. 較することは、はなはだ興味深いことであるが、それについて. 昭和七年八月︶。その記録と本稿で扱った桜井忠の記録とを比. ている者は稀だ﹂︵﹁まことの力L昭和二三年五月一七日執筆、﹁沖. は塙を改めて論じたい。. 芦田恵之助から﹁沖垣君と私ほど俄烈な敬愛の久しきに亙っ 垣資料﹂六人︶と言われた沖垣寛は、﹁芦田恵之助の国語教育 において、﹁そもそも文を読解しようとする場合、その. 自己を読む﹂ ︵小林和彦翻刻、違和学文学L第三二号、平成六年. 三月︶. 表現に即して、一字一句をも克明に読解すべきことはいうまで もありません。それと同時に読み得たものを生活に落して、自 己を明らかにすることが肝要です。しかるに前者は何人もよく 知っていますが、後者を深くきわめた人は少ないと思います。. ー56一.

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