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「可変的」流通費用にたいする利潤分子とその補? (1)

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(1)

「可変的」流通費用にたいする利潤分子とその補?

(1)

その他のタイトル Profit to Variable Capital in Purely Commercial Cost of Circulation and its Replacement

著者 加藤 義忠

雑誌名 關西大學商學論集

巻 21

号 3

ページ 212‑233

発行年 1976‑08‑25

URL http://hdl.handle.net/10112/00021042

(2)

34  (212) 

「可変的」流通費用にたいする 利潤分与とその補填 (1)

加 藤

義 忠

I 分 析 視 座

マルクスは衆知のごとくに『資本論』第3巻第4篇において,商業資本の 原理的分析にかんする数々の科学的遺産を後世に残した。そしてこの遺産は マルクス主義商業論者の等しく共有する理論的出発点とも理論的立脚点とも なっている。しかしここでのマルクスの商業資本の理論が誤解ないし曲解を 生む余地すらないほどに簡単明快かといえば,そうではない。それは純粋流 通費用の「可変的」部分いわゆるスモールb部分にたいする平均利潤の分与 および販売価格への追加による補填・回収をめぐるとりわけ難解な叙述に象 徴的に硯われている。マルクスの商業資本の理論に難解な箇所を残した理由 は,硯実具体の現象面で把握される商品流通過程あるいは産業資本主義にお けるその基本的媒介形態たる商業資本の運動がきわめて複雑かつ多様な様相 を呈し,しばしばその本質が転倒して現出することもさることながら,主要 には『資本論』第1巻と異なり,マルクス自身が生前にこの商業資本の理論を 仕上げたのではなく,マルクスの不十分性を多分に残す草稿をもとにエンゲ ルスが編纂したことと無関係ではあるまい。このことを逆にいえば,マルク ス自身が商業資本の原理的・一般論的研究を生前に完成したとすれば,マル

(3)

「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)(加藤) 213)  35  クス自らの手に成る『資本論』第1巻の精密な論理構成から判断して,現行 の商業資本の理論の論述形式における一定の変更はいうにおよばず,論述の 内容における一定の変更ないし補足充実が当然予想されるところであろう。

とはいえ硯行『資本論』の第 3巻で展開されている商業資本の理論にはらま れているこの種の難解さおよび説明の不十分性は,マルクスの商業資本の原 理的分析の科学性・正当性を根底から震恢させるものでは決してなく,部分 的・局部的なものにととまる。したがってこの問題はマルクスの真意を正し

く受けとめ,それにそくして解決すれば多分に解決可能なものであろう。

さて私はこのような視座から,とりあえずマルクスの商業資本の理論のな かで最も難解といわれる売買費用すなわち純粋流通費用の「可変的」部分に たいする平絢利潤の分与およびその部分の補填・回収の問題箇所について分 析・整理を行ない,これを基準として次にこの問題箇所にかかわる商業資本 論研究者の例の箇所の難解さを反映した多様な諸見解を批判的に分析・考察

してみたい。

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マ ル ク ス の 規 定 の 分 析

(1)  名目的価値追加の概念

マルクスは『資本論』第3巻第4篇第16章商品取扱資本のところにおい て,商業資本一ー商人資本と同義一ーの本質を産業資本の商品資本から必然 的契機によって分化・自立化したものとして把握し,さらに商業資本の自立 化によって社会的に惹起される効果について指摘している。そしてこれをふ まえて第17章商業利潤の箇所に論をはこぴ,この章において商業資本にたい する平掏利潤の分与の源泉および分与の根拠,さらにはその分与の仕方など について,いわゆる商品買取資本に代表させて一般的に考察した後で,純粋 流通費用と利潤との関連についてより立ち入った分析をこころみている。マ ルクスの叙述の順序にそいながら,以下しばらくの間マルクスの叙述の中味 に分析のメスをあてることにしよう。

(4)

36  (214)  「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)

(1) 

「純粋商人的な流通費用」すなわち純粋流通費用は商品の価値実硯のため にのみ要費される費用であり,それ故に商品の現実的・実質的な価値追加を 形成しないけれども,一方この純粋流通費用も商業資本の一部として,換言 すれば資本として支出される以上,それにたいして平均利潤の分配・分与を 当然に要求するし,他方拡大される規模での再生産を自らの生まれもった性 格とする資本にとって,この純粋流通費用の存在が不可欠である以上,この 種の費用は商品の販売価格への名目的価値追加によって,産業資本が生産的 労働者を搾取して生産した剰余価値から補填・回収されなければならない。

この点についてマルクスはこう述べている。 「この費用要素が流動資本から 構成されている限りでは一挙に,また固定資本から構成されている限りでは 磨損の程度に応じて,追加要素として商品の販売価格に入りこむが,しかし純 粋商人的な流通費用のように実質的価値追加を形成しない場合でも,名目的 価値を形成する一要素として商品の販売価格に入りこむ。しかしながら流動 資本であれ固定資本であれ,これらすべての追加資本は一般的利潤率の形成

(2) 

に参加する」。

マルクスのこのような主張に関連して若千のコメントを加えておこう。純 粋流通費用いわゆる売買操作資本は,商品取扱資本としての商業資本のうち 産業資本からの商品の購入にむけられる貨幣資本いわゆる商品買取資本と同 じように,商品に価値も剰余価値も追加しないが,価値の商品から貨幣への姿 態変換いいかえれば商品の価値実現という資本の再生産過程に不可欠で,ぃ わゆる商品買取資本によって社会的に集中的に媒介されている機能の達成に とり必要とされる売買操作・活動・労働を純粋流通費用が行なうことを根拠 にして,これにたいしてもいわゆる商品買取資本と同率の平掏利潤が分与さ れる。さらにいえば,いわゆる商品買取資本部分と同様に,この純粋流通費用 部分も一般的利潤率の形成に規定的に参加するのである。ところで純粋流通

(1)  (2)  Marx.  K.,  Das Kapital,  Dietz Verlag,  Berlin,  1964,  Bd.][,s.  299.  邦訳「資本論」大月書店普及版,第4分冊, 361ページ(以下, 原書,訳本はすべ てこの版を用いる。なお訳本の訳とは必ずしも一致しない)。

(5)

「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)(加藤) 215)  37  費用が一般的利澗率の形成への参加によって具休的に入手する平均利潤の一 部分を,どのような仕方・形態で商業資本は獲得するのであろうか。いわゆ る商品買取資本の考察のところで,すでにその解答が出されている。その解 答とはこうである。商業資本は購入価格に純粋流通費用にたいする平均利潤 分を名目的に価値追加した販売価格のなかから,それを取得するということ である。ここでいう名目的価値追加という概念の意味内容はしばしば誤解さ れているばかりでなく,後のマルクスの論述とも深く関連しているので,こ のさい是非ともはっきりさせておかなければならない。つまりこの名目的価 値追加は実質的価値追加と対比して使用されている概念である。後者は生産 的労働者による生産過程での商品の価値形成増殖の結果,実質的に価値が増 加するのにたいして,前者は不生産的な商業資本が生産過程においてあらか じめ生産された商品価値を上限として,流通過程においてその範囲内で商業 利潤の取得のために行なう,商業資本の商品購入価格にたいする形だけの実 質のないすなわち名目だけの価値ないしは価格追加のことである。この名目 的価値追加の意味について,マルクスは疑問の余地のないほど明快に次のよ うに述ぺている。 「商人が利潤を取得するために行なう価格への追加は,商 品価値のうち生産的資本が商品の生産価格に算入しないで残しておいた部分

(3) 

に等しいだけである」。

さてこのように純粋流通費用にたいする平絢利潤はいわゆる商品買取資本 にたいするそれと同様に,商業資本の販売価格に名目的価値追加を形成する ー要素として入りこむのであるが,商業資本の販売価格に名目的価値追加と して入りこむのは上記 2つのものだけでなく,これらに純粋流通費用それ自 体が加わる。純粋流通費用は価値形成的でないので,この種の費用がくりか えし必要とされる限り,生産過程ですでに生産されている商品価値のうちの 剰余価値部分から,商業資本の購入価格に名目的に追加され,価値通りの販 売価格で販売するというまわり道をとおって補填・回収されなければならな いことは明白であろう。したがって名目的価値を形成する要素として商業資

(3)  (4)  Ebenda,  S.  298.同上訳, 360ページ。

(6)

38  (216)  「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)

(4) 

本の販売価格に入りこむものには,合計して「商人の前貸する貨幣資本」いわ ゆる商品買取資本部分にたいする平掏利潤と純粋流通費用いわゆる売買操作 資本部分にたいする平均利潤と純粋流通費用それ自体の3つのものがある。

(2)  商業資本の本質と商業労働者

さてマルクスは上述のごとくに純粋流通費用にたいする利潤の分与および その分与の仕方,さらには純粋流通費用それ自体の補填の仕方について考察 しているが,この考察はいわば結論を先取りした一般的・総括的なものとな っている。このように結論を前提して,次にマルクスはその細部に立入って 論証をこころみている。マルクスは購入・購買費用と販売費用から成る純粋

(5) 

流通費用には,事務所,紙などの「不変資本」と商業的賃労働者すなわち商

(6) 

業労働者の雇用のために前貸•投下される「可変資本」があるとして区別し た後で,この純粋流通費用の本質は「商品の使用価値の生産においてではな

(7) 

く,商品の価値の実現に要費される」点にあることを指摘し,そして「この 費用のうちでわれわれがここで闊心をもつ唯一の部分は,可変資本に投下さ

(8) 

れる部分である」として,考察の重点を純粋流通費用の「可変的」部分に移 行させている。マルクスは商業資本の行なう諸操作は元来産業資本が行なっ ていたものを代位したにすぎず,元来的に価値の形成も増殖も成さないもの だから,たとえ商業資本がそれを代位したとしても事態の性格になんの変化 も生まれず,したがって商業資本が剰余価値の分前に参加するためには賃労 働者を充用する必要がないという。 「商品(生産物)の貨幣への転化および 貨幣の商品(生産手段)への転化は,産業資本の不可欠の機能であり,だか ら資本家………の不可欠の操作である。しかしこの機能は価値を増加させな いしまた剰余価値も作らない。商人がこの操作を遂行することによっては…

……産業資本家に代位するにすぎない。………だから商人的資本家は剰余価 値の分配に参加するためには,すなわち自己の前貸を資本として増殖させる

(5)  Ebenda,  S.  300.同上訳, 361ページ。

(6)  (7)  (8)  Ebenda,同上訳, 362ページ。

(7)

「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)(加藤) 217)  39  ためには,賃労働者を充用しなくともよい。彼の事業および資本が小さいな らば,彼自らが彼の充用する唯一の労働者でありうる。その結果彼に支払わ れるものは,商人の購入価格と現実的生産価格との差異から彼に生ずる利潤

(9) 

の部分である」。

マルクスはこのように商業資本(家)が商業労働者を充用するにいたる現 実的ならびに論理的必然性の論証の前提として,商業資本家自らが商業労働 者を充用せずに売買操作を行なうという想定を設けて考察しているが,この 商業資本家だけで売買・商業操作を行なっている論理段階において,商業資 本家が自己の投下資本を増殖させるためには商業労働者を雇用する必要性・

必然性はないというマルクスの説明の真意は一体なにか。この意味の正しい 解明は,商業資本家が商業労働者を充用するにいたる必然性を説く重要な力 ギともなっている。商品の価値および剰余価値の形成は産業資本の生産過程 で生産的労働者から不払・剰余労働を搾取することによってなされるが,こ れは生産資本の機能である。これにたいして資本の流通過程では,商品価値 の実現(素材的に見れば使用価値の持手交替)が行なわれるにすぎない。こ のように不生産的な流通過程を商業資本が社会的に集中代位しようとも,そ の本性を変えることは不可能である。流通過程における商品価値の実現とい う不生産的機能およびそれを媒介する売買操作は,それにもかかわらず資本 の再生産過程の運動にとって必要不可欠のものであって,産業資本自らが売 買を行なおうとも,商業資本がそれを代位しようとも事態はいささかも変わ らない。このような資本の再生産過程にとって必要ではあるが非価値形成的 な機能および操作の遂行は,生産過程の場合のように生産的労働者を搾取し て価値および剰余価値を形成することによって可能となるのではないから,

産業資本の規模も相対的に小さく商業資本家一人ででも売買が十分可能な段 階においては現実的に,論理的にはこの段階を含めて一般的に,商業労働者 の充用を必ずしも必要としないのである。別の言い方をすれば,商業資本に たいしてその大きさに応じて平均利潤として分与される商業利潤の入手は,

(9)  Ebenda,  SS.  3001.同上訳, 362 3ページ。

(8)

40 ・ (218)  「可変的」流通費用にたいする利澗分与とその補填 (1)

使用価値を作り,同時に他面では価値および剰余価値を作る生産資本とは異 なり,生産資本の作った商品の価値実硯を媒介するという再生産過程に必要 な機能を果たすことによってはじめて可能となる。すなわち商業資本が資本 として存立するためには,賃労働者の充用は一般的には不可欠のものではな いのである。だが商業資本の自立化の発展のいわば延長線上に商業資本の自 立化の法則の展開として,商品資本の機能の単なる代行という側面とは遮っ た側面から商業労働者の充用が必然化するのは,すぐ後で見るであろう。

(3)  商業利潤と商業労働者

マルクスは上述のごとく商業資本は平均利潤としての商業利澗を分与され るためには,必ずしも商業労働者の充用を必要としないと述ぺてから,商業 資本が自立化することによって,資本の再生産過程の一環をなす流通過程の 時間的な短縮,これを資本的に見れば,追加資本(流通期間中の生産継続の ための追加貨幣資本で,商業資本の下にあっては,いわゆる商品買取資本部 分と純粋流通費用部分)の縮減が引き起こされること,いわゆる商業資本の 自立化の効果とそれによって引き起こされる一般的利潤率の上昇の開係につ いて考察する。マルクスいわく。 「商人資本が必要とされる限界内にとどま っている限り,区別はただこのような資本機能の分割によって流通過程にだ け費やされる時間が少なくなり,そのために追加資本の前貸しが少なくてす み,そして商業利潤の姿態で硯われる総利潤中の損失分がそれがなされない

(10) 

場合に比べて,より少なくなるという点だけである」。 この上に純粋流通費 用がつけ加わっても,事の成行は基本的に同じである。 「このような流通業 務それ自体に結合している追加費用が今や産業資本家から商業資本家によっ て引き受けられても,利澗率の低下はさけられないのであるが,ただその低

(11) 

下の程度が緩和され,別の経路でなされるだけである」。

商業資本の自立化の効果•利益について,マルクスは上述のごとくに説明 (10)  Ebenda,  S.  302.同上訳, 364ページ。

(11)  Ebenda,  S.  303.同上訳, 365ページ。

(9)

I可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)(加藤) 219)  41  「今こそ商人資本家,ここでは商品取扱業者が雇用する商業賃金労働者

(12) 

の事情はどうかということが問題である」として,純粋流通費用の問題の核 心にせまるのである。そしてまずマルクスは商業労働者の本質について,生 産的労働者との関連において次のように指摘する。一面において商業労働者 も賃金労働者という他の労働者との共通性を有する。その共通性は2つの側 面からいえる。第1に商業労働者は商業資本の自己増殖の目的のために購入 される。 「労働が商人の可変資本によって買われ,…•••それに前貸しされた

(13) 

資本の自己増殖という目的のために買われる限りで」, 商業労働者は賃金労 働者である。第 2に商業労働者の労働力の価値は,労働力の生産および再生 産によって規定されている。 「彼の労働力の価値,したがって彼の労賃はあ らゆる他の賃金労働者の場合と同様に,彼の特殊な労働力の生産費用と再生 産費用によって規定されているのであって,彼の労働の生産物によってでは

(14) 

ないという限りで」,商業労働者は賃金労働者である。他面において商業労 働者は産業資本によって雇用される生産的労働者と商品の価値形成をめぐっ て,次のような相違性_この相違性は産業資本と商業資木の相遮性にその 基礎をもつのだが一ーがある。つまり商業資本が価値も剰余価値も生産しな いのだから,この資本によって同じ機能に充用される商業労働者も商業資本 のために直接に一ー間接的には,商業資本に商業利潤としての剰余価値の分 配をもたらすのではあるが,これについては後述しよう。一一剰余価値を作 り出すことはできない。 「商人は単なる流通代理人として価値も剰余価値も 生産しないのだから,商人によって同一の機能に従事させられる商業労働者

(15) 

もまた商人のために無媒介的に剰余価値を創造できない」。

商業労働者の性格規定をこのように一般的に行なってから,マルクスは次 のように課題を設定する。 「商業賃金労働者に開して困難な問題点は,商業 労働者が彼の雇用者のために直接的に剰余価値……を生産しないにもかかわ らず,どのようにして利潤を生産するかということではない。この問題は事

(12)  (13)  Ebenda,同上訳, 366ページ。

(14)  (15)  Ebenda,  S.  304.同上訳。

(10)

42  (220)  「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)(加藤)

(16) 

実上すでに商業利潤の一般的分析によって解決されている」。 マルクスはこ のように課題を設定し,この課題を解く前に一般的分析によって,すでに解 決されているとする問題の解答を要約的に提示する。つまり産業資本は生産 的労働者の不払労働を直接的に取得することによって,剰余価値を生産する のにたいして,商業資本は産業資本が生産した剰余価値の一部分を産業資本 から自己の方に移させることによって,自分のものとする。 「産業資本は他 人の不払労働の直接的取得によって,剰余価値を生産する。商人資本はこの 剰余価値の一部分を産業資本から自分の方へ譲渡することによって,それを

(17) 

わがものとする」。マルクスは上述のごとく商業利潤の源泉およびその利潤 の取得の仕方について述ぺた後で,商業利潤の分与の根拠について言及して いる。商業利潤を分与される根拠は,商品の価値実硯という再生産過程の一 環を構成する流通過程における資本の機能にあると。「商業資本は再生産過程 において,資本として機能するのは,価値実現という機能によってのみであ り,したがって機能資本として総資本によって生産された剰余価値から分け

(18) 

まえを引きだすのである」。そしてマルクスは,つづいて商業労働者の不払労 働と商業利潤の関係について,よりつっこんだ分析をくわえる。 「個別の商 人にとって,彼の利潤の量は彼がこの過程で充用できる資本の量に依存し,

そして彼の店員の不払労働が大きければ大きい程,それだけ多く彼の資本を 売買に充用することができる。商人資本家は,彼の貨幣を資本にする機能そ れ自体を大部分彼の労働者にやらせる。この店員の不払労働は剰余価値を創 造しないけれども, 商人資本家に剰余価値の取得を創造し, 結果から見れ ば,この資本にとっては全く同じである。だからこの不払労働がこの資本に とって利潤の源泉なのである。そうでなければ商人的業務はけっして大規模 には,つまりけっして資本主義的には営まれないであろう。労働者の不払労 働が生産的資本に直接的に剰余価値をつくりだすのと同様に,商業賃金労働

(19) 

者の不払労働は商業資本にこの剰余価値の分けまえをつくりだすのである」。

(16)  (17)  Ebenda,同上訳, 367ページ。

(18)  Ebeda,  SS.  3045.同上訳。

(11)

「可変的」流通費用にたいする利澗分与とその補填 (1)(加藤) 221)  43  この箇所は商業利潤と商業労働者の関係およぴ商業労働者の充用の必然性 を把握するうえで重要なところなので,若干補足的に注解しておこう。商業資 本にたいして平均利潤として分与される商業利潤は,商業資本が前貸しする 資本量によって規定されるが,この商業資本のなかで純粋流通費用の占める 割合は,商業労働者の「不払労働」部分が大きくなればなるほど,小さくなる。

だがある一定の段階において,商業資本の平均的状態をとって見れば,商業 資本中のいわゆる商品買取資本と純粋流通費用の割合は,一定と考えていい であろうし,一般理論的考察では,むしろこのような単純化は必要な想定でも ある。このように一定の割合を想定された商業資本は,その大きさに応じて 平均利潤を分与されるのであるが,商業資本が商業労働者を充用している論 理段階では,商業労働者の「不払労働」部分によって媒介された商品価値実 現にたいする対価としての商業利潤の分与が,商業資本が受けとる純粋な狭 義の商業利潤を成す。もう少しふえんしよう。資本制的生産様式が生成した 初期の段階においては,生産資本の相対的な小規模分散性に規定されて,商 業資本がただ一人で商品売買にあたるのが通例の支配的形態であった。だか ら理論上でも,このような段階が当然に設定できるし,また設定されなけれ ばならない。ところでこのような商業資本が自らただ一人で,商業労働者を 雇用せずに商品売買にたずさわる論理段階において,商業資本は自己の行な う売買操作の成果である価値実現の量に応じて利潤を分与されるが,これが 平均的な状態をとって見れば,前貸した資本一一いわゆる商品買取資本と純 粋流通費用の「不変資本」部分 ーにたいする平均利潤となるのである。資 本制的生産の初期段階では,このような状態が支配的であった。だが資本制 的生産が発展し,産業部門だけでなく個々の産業資本が絶対的にも相対的に 大きくなり,しかも新たに産業資本によって包摂される領域が拡大化するに つれ,その結果として産業資本の生産量が増加する。 このような状態の下 で,商業資本は従来のような自分一人での売買ではとうてい生産側の要請に 応じ切れず,ここに商業労働者の充用が必然化するのである。このように生

(19)  Ebenda,  S.  305.同上訳, 367 8ページ。

(12)

44  (222)  「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)

産過程の側の変化に対応する形で,現象的には商業資本による商業労働者の 充用が必然化するのであるが,しかし生産過程の変化すなわち産業資本によ る生産量の増加は,商業労働者の充用の,商業資本の外にあるという意味で の客観的・客体的な条件,いわば商業労働者の充用の必然化を促進する条件 にとどまるのであって,商業資本による商業労働者の充用を内部にあってゆ り動かす推進的動力を成すものではない。この動力とは,ー商品の価値実硯を 媒介する売買操作が産業資本から分離され,商業資本によって遂行されてい るという商業労働者の充用の可能性を基礎としながら,この売買操作を商業 資本家自ら一人で行なうという形態から生ずる利潤追求上の制約あるいは矛 盾,換言すれば商業資本の自立化の効果の制約性とそれをつき破ろうとする 資本総休の資本の本性からほとばしる利洞追求衝動との対立・矛盾である が,この矛盾は上述の客体的条件のみならず,売買の集中の進展による純粋 流通費用のいっそうの節減と商業労働者の企業内分業の遂行および商業労働 者の充用による「不払労働」の搾取の追求を,商業資本の内にあるという意 味での主休的・主観的条件としながら展開し,その結果として商業資本によ る商業労働者の充用が社会的に一般的・平均的状態として必然化し,定着す るのである。

このようにして商業労働者を充用した商業資本は,商業資本自ら一人で売 買を担当していた以前の場合と比較して,はるかに大規模集中的に売買を媒 介し,それによって商業資本の自立化の効果をいかんなく発揮するのである が,とはいえこの場合でも,商業利潤と売買操作の甚本的関係には変化はな い。つまりこの場合でも,商品の流通過程という形式の下で,商業労働者の 専ら行なう売買操作の成果として達成される商品の価値実硯量に対して利渦l が分与されるが,これを資本の立場から見れば,商業資本が前貸しする資本

―いわゆる商品買取資本と「不変資本」と「可変資本」を包含した純粋流 通費用いわゆる売買操作資本一ーにたいする乎均利澗となっているのであ る。、しかし両者の場合に相遮性がないわけではない。次のような相遮性・区 別性がある。商業労働者を充用して商業資本が商品売買にあたる場合,純粋

(13)

「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)(加藤) 223)  45 

流通費用中の「不変資本」を介在させて行なう商業労働者の売買操作の結果

・成果としての価値実硯の総量にたいして分配される利潤を広義の商業利澗 と呼べば,この広義の商業利潤には商業資本が前貸しする資本にたいする平 均利潤以外に,再び同じ操作に充用されなければならない純粋流通費用それ 自体の補填分も入っている。これにたいして商業資本が前賃しする資本に分 配される平掏利潤としての商業利潤を狭義の商業利潤と呼べば,この狭義の 商業利潤は商業労働者の「不払労働」部分に照応する労働によって遂行され た売買操作の成果としての価値実硯の部分に対応して分配される利潤であ る。したがって「商業賃金労働者の不払労働は商業資本にこの剰余価値の分

(20) 

けまえをつくりだすのである」というマルクスの言説は,この意味において 理解されなければならない。以上は商業資本による商業労働者の充用の必然 性およびその商業労働者の「不払労働」と狭義の商業利潤一一以、下の考察で は特別のことわりがない限り商業利濶と言う場合,すべてこの意味で用いる

―との廣係にかんするマルクスの叙述にたいして,私が若干のコメントを 加えたものであるが,マルクスの叙述に従って,さらに論を進めることにし

よう。

(4)  商業労働者の充用の効果

マルクスは上述のごとくに商業利潤の一般的分析によって,すでに事実上 解決されているとする問題,すなわち商業賃金労働者は直接的に剰余価値を 生産しないのに,どのようにして商業資本に利洞をもたらすのかという問題 について,簡単な解答を与えてから, いよいよ厄介な問題の核心に.切り込 み,次のごとくに問題の所在を折出する。 「困難さは,次の点にある。すな わち商人自身の労働時間と労働は,すでに生産されている剰余価値の分けま えを彼のために作りだすとはいえ,価値形成的労働ではないので,彼が商業 労働力の購入に投下する可変資本については事情はどうなのか。この可変資 本は投下費用として,前貸商人資本に加算できるのか。もしできないとすれ

(20)  (21)  Ebenda,同上訳, 368ページ。

(14)

46  (224)  「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)(加藤)

ば,これは利潤率の均等化の法則と矛盾するように見える。つまり前貸資本 としては100しか計算に入れないのに, 150を前貸しする資本家がどこにあ ろうか。もしそれをするとすれば, 商業資本の本質と矛盾するように見え る。なぜならばこの資本種類が資本として機能するのは,他人の労働を動か すことによるのではなく,それ自身が労働すること,すなわち購買と販売の 機能を果たすことによるのであって,ちょうどまさにそうすることのために のみ,そうすることによってのみ,産業資本が生産した剰余価値の一部分を

(21) 

わがものとするからである」。 マルクスはこのように困難な問題の所在,す なわち純粋流通費用の「可変資本」部分はどのような仕方で一般的利潤率の 形成に加わり,さらにこの「可変資本」部分にたいする平掏利澗の取得およ ぴこの資本部分それ自体の補填・回収の仕方はどのようなものかについて明 らかにするために,この問題の解答として形式的に考えられる相反する 2つ のものを提示することから始める。このような問題の提示の仕方は, 『資本 論』の随所でみられるマルクスお得意の消去法的論証法であるが,それはと もかく次に消去法的論証の方法に従って,マルクスは個々別々に分析を試み る。マルクスの順序に従って見てみよう。

さてマルクスは前の箇所において,結論だけを述べるに留めていた商業資 本による商業労働者の充用,その結果としての商業資本の量的拡大化につい て本格的に分析し,これを純粋流通費用の「可変資本」部分の困難な問題点 解明のための橋渡しとしている。もし商業資本が相対的に小規模で,自己の 労働で回転できる資本しかもっていないとすれば,商人資本の無限の分散が 生じる8そしてこの分散は,生産的資本が大規模に生産するようになるにつ れて増大化の傾向をたどる。そこで両者の不均衡が激化する。 「もしどの商 人も,彼自身が自己の労働で回転させうるだけの資本しかもっていないなら ば,商人資本の無限の分散が生ずるであろう。そしてこの分散は,資本制的 生産様式の発展のなかで,生産的資本がより大きな規模で生産し,より大き な量を操作するようになるにつれて増大せざるをえない。したがって両者の 不均衡がはげしくなる。資本が生産部面で集中するにつれて,流通部面では

(15)

「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)(加藤) 225)  47 

(22) 

分散するであろう」。この結果を産業資本の側面から見れば, 産業資本の純 粋に商業的な業務は無限に広がり,商業資本の自立化の利益の大部分を失う ことになる。 「それによって産業資本家の純粋に鹿人的業務,したがって純 粋に商人的支出は無限に拡大するであろう。なぜならば彼は 100人づつでは なくて, 1,000人ずつの商人を相手にしなければならないであろうからであ る。したがって商人資本の自立化の利益の大部分が失なわれてしまうことに

(23) 

なろう」。 この結果を今度は商業資本の側から見れば,第1に同じ機能は大 規模に行なわれても小規模に行なわれても必要な労働時間は同じであるし,

もし商業資本の集中がなされれば,企業内での分業が可能となり,労働時間 が非常に節約される。 「大きな数の計算が小さな数の計算よりも時間がかか るわけではない。 100ボンドでの10回の購入には, 1,000ボンドでの1回の 購入よりも10倍の時間を必要とする。 10人の小さな商人と通信するには, 人の大きな商人と通信するよりも10倍の通信や用紙や郵便料金がいる。ある 人は記帳し,他の人は会計をやり,第3の人は通信をし,この人は購入し,

あの人は販売し,この人は外回りするなどというような商業の仕事場での細 かい分業は労働時間を非常に節減するが,その結果卸売商業で使用される商 業労働者の数は,営業の相対的大きさに比べればまったくとるに足りないほ どである。というのは同じ機能が大規模に行なわれても小規模に行なわれて も,必要とされる労働時間は同じだということが,産業でよりも商業での方

(24)  ・ 

がずっと多いからである」。第2100の小店舗は1つの大店舗よりも計りし れない費用がかかる。 100の小さな店は1つの大きな店よりも, 100の小

(25) 

さな倉庫は1つの大きな倉庫よりも無限に多くの費用を要する」。 このよう な理由から,ここに商業資本による商業労働者の充用が必然化する。マルク スはこのように述べてから,商業労働者についての厄介な問題点の核心の分 析へと一歩論をすすめる。

商業資本のうち商品売買に投ぜられる部分いわゆる商品買取資本をB, (22)  Ebenda,  SS. 3056.同上訳, 368 9ページ。

(23)  (24)  (25)  Ebenda,  S. 306.同上訳, 369ページ。

(16)

48  (226)  「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)

業労働者に支出される部分ー一純粋流通費用のうちの「不変資本」部分は,.

ここでは捨象されている。—ーを b とすれば, B+b は商業資本が自ら売買を 行ない,商業労働者の充用なしにやっていくと仮定した場合に必要なBより も小さい。 「直接に商品の販売と購買に投下される総商人資本をB,そして これに対応して商業的補助労働者への支払いに投下される可変資本をbとす れば,このB+bは各商人が店員なしでやって行くと仮定した場合すなわち 一部分がbに投ぜられないと仮定した場合に必要な総商人資本のBよりも小

(26) 

さい」。マルクスがここで述べている意味を解釈すれば, おそらく次のごと くになろう。商業資本が商業労働者を充用した場合,商品売買を商業資本家 ただ一人で担当するのと比較して,一定規模の商品売買をいっそう社会的に 集中代位し,そのことによって流通時間および純粋流通費用の節減がいっそ う可能となることから,流通過程において不生産的な商品売買に拘束される 資本部分が,社会的にみて商業資本が自ら一人で担当する場合よりも少なく なるのである。これは商業資本の自立化の効果のいっそうの展開ということ ができる。

(5)  「可変資本」にたいする利澗とその補填

マルクスはこのように商業労働者の充用による効果を説いてから, 「それ

(27) 

にもかかわらずこれでもなお困難が解決したわけではない」として,問題を 次のように設定する。 「商品の販売価格は,(l)B+bにたいする平均利澗を 支払うのに十分でなければならない。このことはすでにB+bは従来のB ‑ 般の縮小であり, bのない場合に必要とされるであろうよりも小さな商人資 本を表わしているということによって証明されている。しかしこの販売価格 は,(2)bにたいする新たに追加的に硯われる利澗のほかに,支払われた労賃 すなわち商人の可変資本=bそれ自体をも補填するのに十分でなければなら

(28) 

ない」。 例によって若干注釈を加えておこう。商業資本が商業労働者を充用 (26)  Ebenda,  SS.  3067.同上訳, 370ページ。

(27)  (28)  (29)  (30)  Ebenda,  S.  307.同上訳。

(17)

「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1) 2 49 

した場合の商品の販売価格には,(B+b)にたいする平均利潤とbそれ自休 が合まれている。この(B+b)にたいする平均利潤とbそれ自休は,すでに見 たように生産的資本の創出した剰余価値から控除されて付与ないしば回収さ れるものであることは,いうまでもないことである。ここで注意すべき点は,

商業労働者の充用によって,商業資本は商品資本の機能を商業労働者を充用 しない場合よりもいっそう効果的・効率的に代行することが可能となり,そ の結果上述のごとく,流通過程において商品流通に拘束される資本の量を縮 減させるだけでなく,産業資本の剰余価値から控除される部分も総休として 減少させるということである。換言すれば商業資本が商業労働者を充用せず に自らで商品売買にあたる論理段階において,商業資本の代行する商品の価 値実現機能を根拠にして,産業資本の生産した剰余価値から平均利潤として 分与される商業利潤総量の方が,商業資本が商業労働者を充用して商品売買 にあたる論理段階において,投下した商業資本にたいして分与される商業利 潤のうえに商業労働者に支払う賃金を加えた総量よりも大きいということで ある。そしてこのことは商業労働者の充用による商業資本の自立化の効果の 促進の当然の帰結である。

ところでこのようにマルクスは述べてから,つづいて困難な点を指摘し,

この困難を解決しうる形式的に相反する 2つの方式を提示する。 「この後者 ((2)の部分 ―加藤)が困難な点である。 bは新たな価格要素を形成するの か,あるいは商業労働者に関してのみ労賃として現われ商人自身に関しては 可変資本の単なる補填として現われるB+bによって得られる利潤の一部分 でしかないのか。後者の場合には商人が彼の前貸資本B+bにたいして得る 利潤は,ただ一般的な率に従ってBに割り当てられる利潤に商人が労賃の形 態で支払うものであるが,しかしそれ自身は利潤を生まないbに等しいだけ

(29) 

であろう」。 この箇所は,多くの論者によって随所で引用されていることに も示されているように極めて重要なところでありながら,マルクスの叙述の 難解さの故にしばしば誤解されている部分なので,私の理解をここにさし`は さんでおこう。さてこの困難を解決する方式としてbが一つの新たな価格成

•’

(18)

50  (228)  「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)

分を形成する方式が,マルクスの行論から自ずと導出される。これは以下で さらにマルクスによって追求されることではあるが,ここで結論を先取りし て言うならば,このbは商業資本から商品を購入した価格に名目的ではある が新たな価格要素として追加されて,純粋流通費用の「不変資本」部分を当 面捨象すれば,商品の価値通りで他者すなわち消費者に販売されることによ って回収される。だからこの場合には,商業資本による名目的価値・価格追 加の構成要素として(B+b)にたいする平均利潤とbそれ自体が入りこむの である。もしこの場合と遣ってbが新たな価格要素を形成せず,(B+b) たいする利潤から補填されるものとすれば,(B+b)にたいする利潤からb がさし引かれた残額がBにたいする平均利潤となる。ここではbそれ自体は 新たに支出するために自らの利潤の中から回収されてはいるが,しかしそれ にたいする平均利潤は与えられていないのである。したがって上記2つの場 合の検討から明らかなように, bを新たな価格要素とすることによってのみ bそれ自体の回収・補填だけでなく, bにたいする平均利洞の分与が可能と なるのである。

ところでマルクスは上述のごとくに困難な課題の解決方式を二様に提示 し,つづけてその解決の方向を示唆し,その論証をより容易なものとするた めに困難な点をさらに精密に確定する。 「実際に bの限界(数学的意味で

(30) 

の)を見い出すことが重要である。まず困難な点を精密に確定しておこう」。

上述のB+b以外に純粋流通費用中の「不変資本」をKとして,次にマルク スはそれぞれに検討を加える。まずBであるが,このBの補填は少しも困難 ではない。けだしこのBは商業資本にとっては商品の購入価格であり,他方 産業資本にとっては生産価格であるが,このBは商業資本の再販売によって 販売価格の一部分として回収されるからである。しかも上述のごとく,この Bにたいしても乎均利潤が分与される。 Bの補填は全く困難を呈しない。

それはただ商人にとっては実硯された購入価格,あるいは製造業者にとって は生産価格でしかない。商人はこの価格を支払い,そして彼はこのBを再販 売のさいに販売価格の一部分として回収する。このB以外に,上述したよう

(19)

「可変的」流通費用にたいする利潤分与とその補填 (1)(加藤) 229)  51 

(31) 

Bにたいする利潤を受け取る」。次にKを見ると, このKは絶えず商品の 販売価格から補填されなければ再び投下することができない。さらにこのK にたいしても平均利潤が分与されなければならない。 「商人は第1にこの不 変資本を補填してもらい,そして第 2にこれにたいする利潤を受け取るので

(32) 

ある」。したがって以上までのところでは, 商業資本の下での商品の販売価 格は B+K+(B+K)xp'—P' は一般的利潤率一ーと成る。 これ・まで のところでは,困難は少しもない。 「それ故に以上までのところでは,販売 価格は B+K+(B+K)にたいする利潤によって構成されている。販売価

(33) 

格のこの部分は,これまで述べたところでは少しも困難を示さない」。

そして次にマルクスはbを入れて考察を展開し,困難な点の核心に分析の メスを入れる。このbが入ることによって,商業資本の下での販売価格はB +K+b+(B+K+b)Xp'というように修正される。 Bは購入価格を補填 するだけで, Bにたいする平均利潤以外なにもこの価格に名目的追加を成さ ない。しかしKKにたいする乎均利潤だけでなくKそれ自体をも価格に名 目的追加を行なう。つまり「今度はbすなわち商人によって前貸される可変 資本が,入ってくる。これによって販売価格は B+K+b+(B+K)にた いする利潤+bにたいする利潤に成る。 Bは購入価格を補填するだけで, B にたいする利潤以外にはどんな部分もこの価格に追加しない。 KKにたい

(34) 

する利潤だけではなく, Kそれ自体をも追加する」。 ところがb+bにたい する乎均利潤の場合は趣が異なる。そしてここに真の困難がある。 「ところ b+bにたいする利潤,すなわち利潤率が10彩と想定されている場合では

(35) 

b十面bについては,事情が遮っている。そしてここに本当の困難がある」。

マルクスはこのように述べて本当の困難の解明に立ち向う。マルクスいわ 「しかしながらb+bにたいする利潤では,まず第1に労働に支払われ

(けだし産業資本家がそれを商人自身の労働に支払っても,商人から支払を受 (31)  Ebenda,同上訳, 370 1ページ。

(32)  Ebenda,  S. 308.同上訳, 371ページ。

(33)  (34)  (35)  Ebenda,同上訳, 372ページ。

参照

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