• 検索結果がありません。

「『人間の本性と運命』第2巻<人間の運命> 第9章<神の国と正義のための戦い>(The Kingdam of God and The Struggle for Justice)について」報告(2014年度 第1回人文科学研究会 : ラインホールド・ニーバー研究会) 利用統計を見る

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "「『人間の本性と運命』第2巻<人間の運命> 第9章<神の国と正義のための戦い>(The Kingdam of God and The Struggle for Justice)について」報告(2014年度 第1回人文科学研究会 : ラインホールド・ニーバー研究会) 利用統計を見る"

Copied!
4
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

「『人間の本性と運命』第2巻<人間の運命> 第9章<

神の国と正義のための戦い>(The Kingdam of God and The Struggle for Justice)について」報告 (2014年度 第1回人文科学研究会 : ラインホールド

・ニーバー研究会)

著者 齊藤 伸

雑誌名 聖学院大学総合研究所Newsletter

巻 Vol.24

号 No.1

ページ 43‑44

URL http://id.nii.ac.jp/1477/00002749/

(2)

Title

「『人間の本性と運命』第

2

巻<人間の運命> 第

9

章<神の国と正義のため の戦い>(The Kingdam of God and The Struggle for Justice)について」

報告(2014年度 第

1

回人文科学研究会 : ラインホールド・ニーバー研究 会)

Author(s)

齊藤, 伸

Citation

聖学院大学総合研究所 Newsletter, Vol.24-No.1, 2014.9 : 43-44

URL

http://serve.seigakuin-univ.ac.jp/reps/modules/xoonips/detail.php?item_i d=5151

Rights

聖学院学術情報発信システム : SERVE

SEigakuin Repository and academic archiVE

(3)

43

報 告

  7 月21日(月)、聖学院大学上尾キャンパス 4 号 館 4 階第一会議室において、本学人文学部の柳田 洋夫准教授を発題者とする人文科学研究会が開催 された。参加者は11名であった。この研究会は、

昨年度まで科研費補助金研究「ラインホールド・

ニーバーの宗教・社会・政治思想の研究」(課題番 号:23320025、研究代表者:高橋義文)として行 われてきた一連の研究を踏襲し、いっそう広い視 野のもとで展開されるものである。本年度初とな るこの研究会の主題は「神の国と正義のための戦 い──ニーバー『人間の運命』第 9 章をめぐって」

であり、発題者が訳出したニーバーのテキストか ら抽出された主要な議論、およびそれに関する発 題者独自の解釈が述べられた。以下、本稿ではそ れらの概要を記す。

 発題者によると、ニーバーの主著『人間の本性 と運命』第 2 巻、「人間の運命」第 9 章「神の国と 正義のための戦い」での議論は、次のように要約 される。すなわちそれは、「〈政治〉(government)

という実践的場面における愛と正義の弁証法もし くは逆説についての考察」である、と。このテキ ストが著されたのは1939年の秋であって、まさに その年の 9 月にドイツによるポーランド侵攻に よって第二次世界大戦が勃発した時分であった。

そのためこのテキストの背景として、「ナチスの台 頭への危機感と新たな国際的秩序への展望」をニー バーが模索していたと発題者は指摘する。ニーバー にとって正義のための戦いとは、歴史的経験の可 能性と限界を示すものであって、それは知的な探 求というよりもむしろ論理を超えた活力(vitality)

と権力(power)に関わっている。彼にとっての「正 義」は絶対的ではなくむしろ相対的なものである ため、それの合理主義的な理解は退けられる。し かしながら同時に彼は、正義の普遍妥当性を見出 すことをまったく放棄するような、単なる相対主

義的理解をも退ける。このようなどちらか一方に 極端に振り切れた考え方は他のコンテキストでも 批判されていて、たとえば人間の自然状態に関す るルソーとホッブズの両極的な解釈は、それぞれ に問題点が指摘されている。むしろ彼は、どちら か一方に振り切れてしまうのではない、両者のせ めぎ合いを看取するのであって、活力と理性の統 一体としての人間、および共同体は、合理的であ ると同時に情緒的で意志的な力を含むものと見な されなければならないと言う。このような特定の 思想潮流やイデオロギーに則った世界観的な哲学 を拒絶するところにニーバーの問題意識の鋭敏さ が現れていると言えるだろう。

 ところで人間は、理性をもつ存在であるため自 分自身のみならず他者の利害をも考慮することが できる存在である。理性の力によって人間はまっ たく本能や衝動に埋没しただけの存在であること から脱している。しかしながらニーバーは、けっ

2014年度 第1回人文科学研究会

~ラインホールド・ニーバー研究会~

「『人間の本性と運命』第2巻〈人間の運命〉 第9章〈神の国と正義のための戦い〉

(The Kingdam of God and The Struggle for Justice)について」報告

研究会風景(上段)

発題者:柳田准教授(下段左)

髙橋ニーバー研究センター長(下段右)

(4)

44

して人間の理性が不偏的で万能的なものとは考え ていない。それゆえ理性に備わったア・プリオリ な機能を拠り所とする「自然法」もまた、彼にとっ てはそれほど大きな価値をもつものではない。む しろ彼は、それをも一つのイデオロギーに過ぎな いと見なしていて、実定法との間に質的な相違を 認めていない。それゆえこのようなニーバーに特 徴的な理解は、通常は積極的で合理的な構図にお いて位置づけられる「愛」と「正義」の関係に、

さらに消極的関係や矛盾、そして現実の人間にお ける罪や利己主義、そして理性の限界をも考慮に いれた現実性を常に射程に捉えたものであると言 えるだろう。

 また、彼は神学的な議論を前提としながらも、

けっしてそこに留まり続けるのではない。そのこ とは、たとえば彼が「恵み」と「自然」という神 学的な用語を、社会的・道徳的な意味に「翻訳」

して用いていることに現れている。ここで彼にとっ ての「自然」は、正義についての歴史的可能性を 示し、「恵み」は完全な愛についての理念的可能性 を示している。それゆえ発題者は、こうした「神 学的用語の社会的問題に即した大胆な〈翻訳〉の 試みが示すように、一見世俗的な言説をも含めて 神学が隅々まで浸透している」と主張し、しばし ばなされる「ニーバーに神学が不足している」と いう批判には誤解が含まれていて妥当ではないこ とを結論として指摘した。

 60分間の発題の後に設けられた質疑応答では、

ニーバーの法解釈と著名なユダヤ系の法学者であ るハンス・ケルゼンのそれとの比較にまで議論が 拡大するなど、活発な意見交換の場となった。

(文責:齊藤 伸[さいとう・しん]聖学院大学基 礎総合教育部ポスト・ドクター)

参照

関連したドキュメント

には集中処理システムとなる.又ローカル な情報の処理はすべて SH で行い,全体に係 わる情報のみを

多くのしるしが現われている﹂のを認めるが︑これを結果としてそこから原因を求めていくと︑自然という﹁創作物

1 「その原因である在り方で」 per modum qui est causa eius

この自由を支持する人たちが依拠するのは、理性の共通性である。「も

山河あり﹂は︑目の前にある現実であり︑ また哲学的問題であり︑さらにまた実存の問題でした︒

 2019年 9 月29日(月)18:00 〜 19:30まで、聖 学院本部新館(駒込) 2 階集会室を会場に、「2019 年度第

「生と歴史の意味の開示と成就」ʻThe Disclosure and the Fulfillment of the Meaning of Life and Historyʼについては鈴木が、つづけて第3章「歴 史の可能性と限界」ʻThe

合理主義は、理性に頼るため理性を超えた秘義を