翻刻『伊勢物語注本』(下)
著者 廣岡 義隆, 山口 悦子, 木戸 久二子
雑誌名 三重大学日本語学文学
巻 5
ページ 117‑136
発行年 1994‑05‑29
URL http://hdl.handle.net/10076/6479
翻刻 『伊勢物語.注・本』 (下)
凡
例
一、この翻刻は、神宮文庫蔵『伊勢物語注本』(内題、表葡は
「勢語証本L。同文庫【三】門、一五三三号)である。
一、今回は、「下」の部分・(第六十四段から第首二十五段まで)
を翻刻した。今回でこの翻刻は完了する。
一、翻刻に際して以下の方針をとつた。
1、改丁の末尾には」印を入れ、括弧内に丁数及び表裏の別
を示した。
2、流布本(定家本)に収められている章段については、そ
の章段番号を付記し、参照の便に供するようにした。
虞
岡義 隆 山
口
悦
子木
戸久二子
3、句点・合点は束記されている。但し、七十四丁表「常に
・かはる物也」(第首十六段粂)の句点は墨書である。
4、明らかに底本の誤記と認められる場合、その下方の〔
の申に推定本文を示したり、右傍に(ママ)と付したりし
た。
「本誌巻頭に写真六葉を掲載し、簡単な説明を付しておいた。
参照されたい。
一、翻刻及び写真掲載に快諾を下された神宮文庫に、翻刻者一
同衷心より謝意を表する次第である。
伊勢物語注本、下
第六十四段
一・昔男・みそかにかたらふわさもせさりけれはと云はニー粂
后・内に参り給ひぬれは・みそかにもえあはぬと云心也1・いつくなるらん・あやしさにと云は・内には・いつくに
かおはします覧と・おもふを云也
ヽふくかせに我か身をなさは玉簾ひまもとめつゝいるへき物を
と譲るは・男を・風と云異名ある也・されと・名斗にて
・まことのかせにあらねは.・人をもえ見す・されは・実の
吹かせに・我か身のなりたらは・いかなる玉の簾の内にも
おはしませ・ひまもとめつ〜あはんと譲る也
第六十五段丁おほやけおほして・仕ふ給ふ女と云は・二条后也・后女御
に参をも・おほやけの宮仕と云也・色ゆるされたり」
(五
十一丁蓑)
と云は・善女とおもはれまいらせたるを云也・大御息所と
云は・染殿后也・文徳天皇・春宮の位にて・おはしましし
時の・.御息所なれは・申付て・大御息所とは申也・染殿后
と二l条后とは・いとこ也・殿上こありける男の・在原也
ける・またいとわかきと云は・在中将の・世の盛を云也
・又云またいとわかきと云は・位また・下騰にて・おさな しと云心也・中将なるを云也・男女かたゆるされたりと云は・内まて近従するを云也
ヽおもふにはしのふる事そまけにけるあふにしかへはさもあら
はあれ
此寄の心は・けにいとをしくおもふには・しのひ・かくれ
んとおもふ事は・まけて・いとをしき事は・顕こけり・さ
てもあふこかへん・我か身のほろひんは・さもあらはあれ
と」
(五十二丁表)
云也・御曹司と云は・内裏の局町の名也工唇得て・垂へ行と鱒・段内に亡は.r人め繁けれは・基経のもとへ・しはし
おはしますを・里へ行とは云也・内蓑にては・只の所をは
みな・里と云也・つとめて・とのもつかさの見ると・くつ
をはとりて・おくになけ入とは・とのもとは・殿守司也・内其の夜の宿直番衆也・とのもの宮と云也・蔵人大夫・柳の尊命・業平を見て・養心しける人也・・陰陽士・かん
なきよふと云は・天文の博士・吉備の大明と云ける・博士
をよひて・妓別条とて・女をにくしとおもかて・雛祭ある
也・陰陽記こは・妓癒の集と記せり・吉備博士こは・舷郷
の条と記せり・男女共ニ・着たるはたへのなれたる衣をと
って条也・是を恋せしと云条と云也・大明朝臣の・私記こ
は・貞観十六」(五十二丁裏)
年・二月十一日の夜・丑時二の恕をもつて・束の五条・賀
茂川原にて集と記せり・髄脳二裁たり・清輔卿髄脳の博記
にもしるせり
ヽ恋せしと御手洗河にせしみそき神はうけすもなりにけるかな
衝たらしかはとは・神のまへこて・手洗川也・みそきとは・集也・神はもとより・是をはいとひたまはねは・此通せ
しとてのーはらへをは・諦すと軋也・彿神に申けれ共・い
やまさりに・まさると云も此義也・可秘々々此帝と申は・清和天皇彿の御名を・心こ入てと云は・南無阿弥陀仏を
懇二申潜ふ也・iまたされてとは・はなたぬを云也・帝閲し
めしつと云は・尊命か養心するを云也・此男をなかしつか
はすと云は・業平をは・出仕とゝめて・所領めしあけられ
てー良房の」(五十三丁表)
関白に・あつけ給ふを一・なかしつかはすと云也・女をは・いとこの・御息所こまかてさせてとは・大御息所の・内
をまかり出させてと也・との〜ぐらとは・関白を・穀と云
せ・家をは・裁と云也・又云物をかくしをきて・納置を・裁と云也・されは土一条后を・かくしをく家なれは・裁
と云也・こめてと云は出さぬ儀なり
「海士のかる藻にすむ虫の我からとねをこそなかめ世をはうら
みし
と譲るは・藻にすむ虫を・我からと云也・されはそれにそ
へて・我か心からの事なれは・ねをこそ・なきおらめ・人
をも世をも‥つらむるこをよはすと・潰せ給ふ也.・此男は・人の固より・夜ことに来つ〜とは・良房あつかり給ひて ・さすかに・横からぬ人なれは・法勝寺の北二嘗て・山里こ・角」(五十三丁去).、
田と云所を・業平に暴て「・すへたりけり・彼所はr近江の
園の内なれは・人の阻と云也・・ひるは・人めをつ〜み・夜
は・良房のもとへ来けりト学はおかしうてと云ほ・うつく
しきと云こゝろなり
第六十六段
一・育男・津或ニ・知る所あひと云は・菟原郡一重屋の里を云
也・兄弟とは・仲平民部大輔・在原朝臣・行平正二位.・中
納言・在原此二人は見也・弟とは・守平丹波守也・ともた
ちとは・紀有常也・右衛門権佐・藤原敏方朝臣・左兵衛権
佐・平千兼朝臣等也・難波のかたと云は・難波浦也一束を
は・かたと云也■みつのうらと云は・なにはにあり・人々
かへりにけりと云は・かへるにはあらす・沸也なぐをかへ
ると云・本澄にあり
東六十七段丁昔男・せうゆうしにと云は・遊ふ義也・おもふとちは・恩
ふ友也」(五十四丁表)
かひつらねてと云は・つらなる心也・和泉園・大鳥郡と云
所を・惟高御子也給たりし時・あそひに・紀有常なとさそ
ひて・つれて行也・くもりみ・はれみとは・くり晴也
ヽきのふけふ雲の立まひかくろふ花のはやしをうしとなりけり
かくろふとは・かけろふと也・影する義也・花の林とは・梢に雪のふりかゝりたるは・花の林也・雲の立居かけし
て■rはれたるは・花の林を‥つしと・おもひたるにこそと
云也
第六十八段・丁和泉固へいきけれと云は・やかてせうようしに・ゆくおり
の事なり・ある人と云は・紀有常を云也
ヽかりなきて菊のはな咲秋はあれと春のうみ連に住よしのはま
と譲る.・腐鳴て・菊の花さく秋は・まことに・おもしろけ
れ共・春におきて・準準‑とりて・すみよしのほま●おも
しろ」(五十四丁裏)
きとよめるなり
第六十九段丁昔男・伊勢のかりの便ニ・いきけりと云は・五月五日に・鴨の子をかりて・このてかしはに・もりて・はま荻のは
しにて・手向て後・、いつきの宮二参らせて・又祭主・掩頭
にて給て・くふなり・一番こかりの使・くひはしむる也
・その使こは・きらある公卿行ける也・業平は・殿上人な
れ共・きらにつきて・蒙診旦下也・かりの使は・清和天皇
御時・貞観三年・五月の・二日に・都をは出て・四日と云 ニ・伊勢斎宮こつく・斎宮也ける人の・をやと云は・いつきの宮御母・染殿后の・仰やらせ給けるは・常の便よりは・はつかしぐ・よき人なれは・・よくもてなせとあり・御娘・清和の御姉也・我か出合んとは・呼戸御前を・申つきにて・あはんと云ける也・つかひさねと」(五十五丁表)
ある上云は・よきと也・ね一と云は・時ニ・四恕あり・四
のきさみに・わかつなり・されは・子の一恕也・ちひさき
童と云は・よひとのまへ也・又椙子の御まへとて・いつれも・斎宮こして・一土一の女房也・、いまた・男けなきか下
也・それをもつて・天照大神の・一二の侍者神とて・其官
女といはふ也卜此二人は・髪を左右にゆひ分て・五色のい
とをもていふ也・わらはの様ニ・装束してあれは・童と云
也・ちいさきとは・呼声御前は・十四才になりけれは也・子一より・丑三貴てと云は.・うしの三剋まてありける也
・いふかしとは・おはつかなきを云也・我か人をやるへき
にもあらすとは・かくす事なりけれは云也・又云女男をは・いはす来りてかへる方より・朝の文は・やると云也・そ
もくいつきの宮の・みつから」
(五十五丁裏)わたり給ふほとにて・如何二何のさはりありてか・ほとな
くかへり給ふや・答云・けにもいはれたりといへ共・斎宮
の習に・寅の時の・初剋に・大神の御磨二人らせ給ふ也・呼戸御前は・御戸を閲て・梅子の御前は・祭供を・杉の
葉をもて・手向する故ニ∴・真の初剋の・大神の入内こあは
んために・丑の三剋に」帰給ふとは云也・是は橿た.る・大
脳事也・ゆ.めく人によみ閲すへからす・おほろけにも
・譲博へからすと云云・歯のかみと云は・伊勢の国司・伊勢守也・いつきの宮の・かみかけたりと云は・斎宮の祭主
かけたる也・此人は・呼声の母なり・伊勢守藤原継景と云
也・尾張固へ越なんと云は・かりの便は・鈴鹿こか〜りて
入て・帰さまに・尾張にか〜りて帰る也・女の方より出す
盃也・さらとは・肴盛さら也」(五十六丁表)
ヽかち人のわたれとぬれぬえにしあれは
といへるは・かち人の渡れとぬれぬは・えは湧き也・えは
縁こそへたる也・ついまつのすみと云は・たいまつのすみ
也
ヽ又あふさかのせきはこえなん
と云は・湧き綾なれは・又も食事あらしと云也
第七十段
一・大よとのわたりと云は・斎宮より尾張へ・越る道也・斎宮
より・ひつし・さるに嘗りて.・日中路斗行て・大よとのわ
たりはある也・いつきの宮の童と云は・呼戸のまへ也・い
ひかけゝるとは・それより・いひおこせける也
ヽ見るめかるかたはいつくそさほさして我にをしへよ海士のつ
りふね
と譲るは・よひとのまへは・中人なれは・いつか又あひ見 るへき・いつをさして▲我一一lをしへよと也」(五十六丁婁)
第七十一段
丁杉子と云ける女・わたくしことにてとは・椙子のまへの・中将に・あふ事なるへし
「千葉破神の居應も越ぬへしおほみや人の見まくほしさに
是は・杉子のまへの苛也・是は・大和前司・・平皇名朝臣の
娘也一・十六才也・斎宮は十七才御時也・大宮人とは・殿上
人也大宮とは・内裏なり
ヽ恋しくは釆ても見よかし千葉破神もいさむる道ならなくに
と譲るは・神は此道をは・せいし給はねはこそ・いつきの
宮とて・奉祝又・呼声・杉子とてもあるらめ・されは・恋
敷はたゝきても見よかし含んと凍る也・千葉破とは・むかし・天照大神・いまた・空中二住・おはしましし時・四方
の憲神あつまりて・一千の悪神・各組をぬきて・天二向
て」
(五十七丁表)
たてたりき・夫三天照大神・天くたり給ふとて・一千の叡
のはを・みなふみやふり給ひたりき・さて恵神を・しつめ・我か園を・平かに守給ふ也・夫こより・千葉破神と云也
・実はくてんにあり
第七十二段
一・昔伊勢の園なる女に・又もえあほて・隣の園へ行とは・尾
張幽へ越けるを云也・女帝に
ヽ大よとの松はつらくもあらなくにうら見てのみもかへるなみ
かな
と譲るは一我は若か来るとこそまつここJぬは力をよはす
・されは・まつは何かつらかるへき・それにうら見てかへ
る君は・ひか事と譲る也
第七十三段
一・そこにはありと聞と・せうそこをたにいふへくもあらぬと
ほ・ニ粂后ニ・たち給ひて後也」(五十七丁蓑)
へ日には見て手にはとられぬ月のうちのかつらのことき君にそ
ありける
此帝は・万葉十八巻寄也・目は見ゆれ共・かつらをはけに・とられす・そのことく・此后も・目には見ゆれ共・あは
ぬを云へり
第七十四段
丁昔男・女をいたううらみてとは∴小町を云也・いはねふみ
かさなる山と云は・万葉十九巻なり
第七十五段
一・昔男・▼伊塾甲l居て・いきてあらんと云けるは・斎宮にあ
ひまいらせたりし時を云也・見るになくさみぬ・かたらは ね共とは・実とけんといひける折に・斎宮よませたまひたるなり
ヽ岩まより生ふるみるめしつれなくは塩ひしはみちかひもあり
なん
と譲るは・我をつれなしと恩は〜・こと人をもとめよかし
と・よませたまひたる也」(五十八丁表)
へ涙にそぬれつゝしほるよの人のつらき心は袖のしっくか
と譲るは・若かつれなくて・我か云事を聞ぬは・なく涙ニ
・柚をしぼるに⊥雫のおつるは・若かつら垂心こそ・やか
て袖の雫なりけれと・計る也・よの人とは・世中の人也・世二合掌かた善女になんありけるとは・天照大神の・い
つきの宮なれは・神威おそろしきゆへニ・あふきかたしと
也・
第七十六険
一・氏神こまうて給ふと云は・二条后の父・長良中納言・大原
の里に・栗原のやちと云所にて・此后を生給しかは・大原
の大明神を・氏神とは申也・近衛司と云は・左近衛権中将
なれは云也・翁とは・もの〜おさと云心也・おとなしく物
に心得たりと也・ろぐとは・引出物と也・小塩の山と云ほ・大原こあり・大原の明神と申は・さくや此花の皇子を
・祝」(五十八丁蓑)たてまつりたる也・高つ官長也・神代とは・昔を芸也
第七十七段
一・田むらの帝と申は・文徳天皇也・たむらはみさゝきの名也・その女御・たかきこと申は・西三条左大臣・藤原良相御
娘・崇子也・嘉祥三年・女御二参也・貞観十五年・二月卒し給ふ・安禅寺とは・一条こあり・みわさとは・御訪の
・法事也・さ〜け物とは・助成の人々まいらする物共也
・右大将藤原常行と申人は・此女御御弟也・天台座主・良
源大僧正を・請して・大韓を行はれき、・めはたかいなから
とは・目将晩とかけり・目のあたれの・なきかほニ・あか
くにはひたるを云也
へ山のみなうつりてけふにあふ事は春の別をとへとなるへし
と譲るは・堂のまへニ・さ〜け物・山のやうに‥つつりた
るは・今日は」(五十九丁表)■
三見尽なれは■・春のわかれをとはんとて・此法の庭にはう
つり出て・あるかと云心也・又云女御をは・春の御方と申
けれは也・其故は・文徳天皇は・女御后・六人おはしまし
き・四季をこしらへて・その方々に・すへ奉るに・此女御
▲は・春の御方に・おはしましけり・されは・山の衆徒の・みなうつりて・今日の彿事にあふ事は・春の別をと云は
・此春の御方と申せは・此女御の別をとはんとなるへしと
・譲れたるなり 第七十八段
′
一・たかきこと申女御・うせ給ふと云は★崇子の・貞観十五年・二月二卒し給ふを云也・七々日のみわさと云は・四十九
日の御俳事也・やましなの禅師の御子と云は・嵯峨十三の
御子・基窮親王也・貞親元年・四月一日ニ.・出家」・(五十
九丁‡)して・法名真覚也・夜るのおましと云は・夜の御むしろ也
・三条のおほみゆきと云は・其貞観七年・三月三日にユニ
粂大政大臣・紀名虎のもとへ・清和御門・曲馬宴のために・行幸ありき・御啓其数ありき・故二大御幸と云也・ある
人の・和さうしのまへと云は・内裏に・住ける・局まちの
所こ・住たりしを・こひける心こよせて
ヽあかねとも岩にそうふる色見えぬ心を見せんよしのなけれは
と譲るは・まき給のかたに・青き苔をきさみたれは・おも
ひけれと〜云心を・あかね共と云也・岩にそうふるとは
・苔を岩にふすれは云也・色見えぬ心を見せんよしのなけ
れはと云は・こ〜ろさしはおもふとも・心ほ色二見えぬ物
なれは・そのおもふ義を・顕さんとて・かやうにした
て」
(六十丁表)
まつるそと譲り
第七十九段
丁昔氏の中に・みこ生れ給へりけるとは・業平の兄・行平の
娘のはらに・王子出給ふを悦て・在原氏の申に・清和帝の・御子まします間・我か一門・繁昌を・仙人の千尋の竹に
・よせて・竹子は・をやにます物なれは・やかて此みこ
・御位にもつ善給ひなんと・祝たる也・是貞数のみこの御
事也・千丈の竹能々本澄に見えたり・この・さたかすも・中将の子と云へり
第八十段
丁昔おとをへたる家に・藤の花うへたる人あり・雨そほふる
とは・まへこ云かことし・人のもとへ・折て季bんとてと
は・二条后への事也・二条后は既こ・后二立給ては・我か身●不可叶・春宮にて・吏します時・むしは参らん革
も」
(六十丁裏)
ありなん・君をおもふ事は・雨のふるやうに・花を折かこ
とく・せつなりと云心を譲る也・又藤氏にておはすれは
・我か手かくる・藤のこ七くに・后を我か手の物になした
てまつらはやと・云心なり
へぬれつゝそしゐて折つるとしの内に春はいくかもあらしとお
もへば
と也・しゐとは・をして也・年のうちとは・一年のうちに
・ことに名璃惜きは・春なれは・今弥生の末こなりて・名
残おしと云なり 第八十一段カヨウl・左のおほいまうち君とは・嵯峨第七御子・河原左大臣・触
〔訓ハ別筆力〕也・六条の河原院こ・家いと・おもしろく
作て・彼所ニ・陸奥の塩竃をうつして・おはすニ・御子た
ち・夜ひと夜・さかもりして・遊給ふ御子たちとは・貞元
親王清和キ子・妻林」(六十一丁蓑)
院親王さか磯子・そこにありける・かたい翁の・いたしき
のしたに・ぬひありくとは・業平也
ヽ塩かまにいつか来にけん朝なきに釣する舟は愛によらなん
陸奥ニ・いきたりけるに・堰かまほと・おもしろき所・六
十余州のうちに・なきとあり・彼翁とは・業平也・.おもし
ろきにめて〜・塩かまにーいつか来にけんと領り・彼所は
後ニ・寛平法皇の御所となりて・后たちも・あまたすませ
給ふなり
第八十二段
l・昔・惟高の御子と申みこ・山崎のあなた・水無瀬の御所に・住給ひけり・桜のさかりに・右馬頭なる人・常にいて
・おはしけるとは・業平也・片野へ・狩に出てぃかへる渚
の院これなり」(六十一丁蓑)
ヽ世申にたえて桜のなかりせは春の心はのとけからまし
此心は・をよそ・桜をまちて・散を悼む・万人の心一也・か〜る桜のなかりせは・春の人の心は・しつかならまし
と也・返し有常の寄
ヽ散はこそいと〜さくらはめてたけれうき世になにか久しかる
御ともなる人・さけもたせて・出来たりとは・平中将・貞 へき
文なり・かりして・天川にいたると云心を・苛によみて
・盃は・させとのたまへは・なりひら
ヽかりくらし七夕つめに宿からんあまのかはらに我は来宣けり
御子此苛を・返々詠し給て・御返事なかりけれは・御供に
ありける・有常
へひと〜せに一度来ます君まては宿かす人もあらしとそおも
ふ」
(六十二丁表)
此返苛は・業平は・聾なる間・あた心おほくして・常にも
釆ぬはとに・かく詠しけり・是も・七夕ニそへて・一年に・一度と譲る也・夜更まて・酒のみ・物語して・あるしの
御子・酔て・え入なんとすと云は・惟高の御子も・ともに
入給けるを・業平御所をは・山のはによせ・君をは・月に
よせて・山の端去て・月をな人事りそと・おしむこ〜ろを
詠する也
ヽあかなくにまたきも月のかくる〜か山の端にけて入すもあら
なん
御子にかはり奉りて・有常
「をしなへて嶺も平になりな〜む山の端なくは月もいらしを 第八十三段
一・昔水無瀬に・かよひ給ひし.・惟高御子・かりにおはす御共
に・右馬頭なる・翁とは・業平也・大御器給はんとて1・く
た」
(六十二丁裏)
さ〜りけりとは・伊勢か事なり
「まくらとて草引結ふ革もせし秋の夜とたにたのまれなくに
おもひのほかに・衝くしおろし給てとは・惟仁に位・あら
そひまけて・貞観四年・七月御出家ありて・小野ニ・すま
せ給ふ間・小野宮共申也・本は・四品宮内卿也・む月のこ
ろなれは・比叡の山のふもとにて・雪いとたかし・業平ま
うて〜・むかしの事のみおもひ出て
ヽわすれては夢かとそおもふおもひきや雪ふみ分て宕を見んと
は
衝返苛
ヽ夢かとも何かおもはんうき世をはそむかさりけんはとそくや
しき
.第八十四段
一・昔男ありけり・身はいやしなからとは・業平は・宮はら也・御母・伊豆内親王也・桓武の御子也・彼官長岡ニ・住給
ひ」
(六十三丁表)
けるニ・業平二一条后のゆへニ・他国すと聞て・額子なれ
は・かなしさめあまりに・とみの事とは・我か身をいたは
ると・告給し也・極月はかりに
ヽ老ぬれはさらぬ別のありといへはいよく見まくほt善若か
な
とありけれは・なりひら
ヽ世中にさらぬ別のなくもかな千代もとなけく人の子のため.
さらぬ別とは・死ぬる事也・他国とは・信濃威へわたり給
ふ・御共に.・中納言律師・行慶・内藤蔵人・頼親也・よひ
かへさせ給ひし・内親王の・御使はめしつかはれし・藤蔵
人の弟に・頼重と云もの也・守平ほ・一行平の・三男也・と
もにする人・ひとれふたりとは・̀此人々なり
第八十五段
丁昔男ありけり・童よりつかふまつる君とは・惟高の」
(六
十三丁蓑)・
御事也・衝くしおろし給ひてけり・む月こはかならす・藷
けりとは・・本の心うしなほて・後まても・訪申ける也・
丁育つかふまつりし人・古くなるせんしなる・あまた参卒つ
まるとは・藤少将・義光・周防守・際成入道なり・小野の
・御むろへまいる・・むつきなれは・ことたへとてとは・御
酒を給けり・雪こはすかことく・ひねもすに・やます・み
な人とは・此人々也
ヽおもへとも身をしわかねはめかれせぬ雪のつもるそ我か心な
る
と譲りけれは・御子・いたうあはれかりて・御衣ぬきて
・給へりけり
第八十六段
一・青いとわかき女とは㌧二条后の事也・おの′へをやありと
は・長長の事也」后こまいり給へりけれは」(六十四丁表)・はとへて・女のもとに・なをこ〜ろさし・はたさんとや
おもふとは・たかひニ・おもふ事也・なりひら
へいまゝてにわすれぬ人はよにもあらしをの暑ぬノく「と年のへ
ぬれ担おとこ・をんな・あひはなれぬ・宮仕とは・后もまいり・なりひらも宮仕ける事也
第八十七段丁昔男・津均・心はらのこほり・あしやのさとにヽしるよし
して・いきてすみぬ
ヽ虞の崖のなたの塩やきいとまなみつけのをくしもさ〜すきに
けり
そこを・あしの呈のなたと云也・ゑふのすけ・あつまると
は・右裾門佐・.藤原敏方・左兵衛佐・平千兼也・此男の
・このかみとは・民部大輔・中平丹波守・守平也・此川か
やにありと云一布曳の瀧・のほりてみるに・ものよりこと
也と」(六十四丁裏)
あり・怪是也・唐の・天台山ニ・瀧あり・天人来て・不浄のあかをすゝく事・盲に三度也・怪をは・むと云也・む
をすゝくゆへニ∴もの瀧と云也・されは・その瀧・怪のよ
りもこと也と云・そこなる人々に・みな瀧の寄讃する也
・ゑふのかみとは」行平也・佐兵衛督なれは云也
へ我か世をはけふかあすかとまつかひの涙の瀧といつれたかけ
ん
又なりひら
へぬきみたる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせはき
に
かへるみちとをふして‥つせにし・畠内側茂能かとは・業
平也
ヽはるゝ夜のほしか川渡の螢かも我かすむ方の海士のたく火か
是もあしやの里也・南のかせ吹て・浪いとたか七・めの子
共出て・みる・のりの・なみによせられたるを・ひろひて・家の」(六十五丁表)
うちにきぬ・女Ⅵ方より・そのネるを・たかつきにもりて
・かしはを‥おほひて・出す女とは・有常の娘なり
ヽわたつみのかさしにせせと小はふ藻も若かためにはおしまさ
りけり
ぉなか人の寄にては・あまれりや・たらすや
第八十八段 一・昔いとわかきにはあらぬ・これかれ・ともたち・あつまり
てと云は・二条后也
ヽ大方は月をもめてし足そこのつもれは人の老となるもの
とは・今は后を・おもはしと・おもふおもひつもりて・老
となるへしと云心なり
熟八十九段
一・苦境からぬ男・我よりまさりたる人を・おもひかけて・としへにける女はト染級后也なりひら
「人しれす我恋しなはあちきなくいつれの神になき名おほせ
ん」
(六十五丁蓑)
此心は・.哉恋死て後・后二息残るならは・いかなる神の・美ゝり甘るとて√神二無名をおほせ季bんと也・あをj
なくとは・益なくとなり
.第九十段
一・昔つれなき人を・いかてと患わたりけれは・哀とやおもひ
けん・さらは明日・ものこしにても・封属せんと云へりけ
れは・かきりなく・うれしく又・うたかはしと云女は・染
殿后也
ヽさくら花けふこそかくしにほふらめあなたのみかた明日の夜
のこと
と云心はべもあるへし
第九十一段丁昔月日のゆく・をさへなけく男・やよひ晦日かたに
「おしめとも春のかきりのけふの日の夕暮にさへなりにけるか
な
此心聞得たるほかに・別の事なし
N段
丁昔男・目をさまして・とのかたを見わたして・前栽
の」
(六十六丁表)
虫を聞て・錬る専一・是又聞得たるま〜也・たえす恋する人
なれは・我かおもひこ引合て譲り・あはれに面白き苛なり
と・抄物にも云へり・寄に不審なし
第九十二段丁昔男・恋しさに釆つ〜・かへれと・せうそこをたに・えせ
てとは・二条后なり
へ虞辺こくたな〜し小船いく千皮こきかへるらん知人のなき
第九十三段丁昔男身は・膿しくて・たかき人を・おもひかけたりけり・たのみぬへき様にやありけん・ふしておもひ・起て恩侍
し女は・斎宮なり
「あふなくおもひはすへしなそえなくたかき模しきくるしか
りけりあふなくほ・あなうく也・あうなくと・可書也・な
そへなくとは.・なんそ・えんなくと云なり」(六十六丁蓑)
第九十四段
一・育男ありけり・いか〜ありけん・すますなりにけりとは・染殿内侍也・後二男ありけれと・子ある中なれは・時々
物いひおこせけりとは・滋春の事也・女給かく人なれは・かきこやれりけるとは・給を挑へける也・されと・今の
おとこ・物すとは・そねみける事也・一日二日おこせさり
けるとは・やかて育ても・おこさぬ事也・なをうらみぬへ
き物にとおもひて・そうして濱てやるとありけり・時は秋
也・業平
ヽ秋の夜は春日わする〜物なれやかすみにきりや立まさるらん
をんな返し
ヽ千々の秋一の春にむかはめやもみちも花もともにこそちれ.
第九十五段丁昔五条后ニ・つかふまつる男あり・女のつかうまつるを・常に易かはして・よはひわたりて・ものこしに合ける男
とは」(六十七丁表)
なりひら也
ヽ彦はしに恋はまさりぬ天川へたつる開をいまはやめてよ
此苛にめて〜・あひにけりとあり
第九十六段
一・育男ありけり・女をとかく云事・月日、へにけり・女身に・かさも・一二出にけりとは・男を・かさと云也・本登こ
口倦あり可畢・近衛の右大臣・源嘗純・和泉守右大将・源
定園長等也・又あまのさかてとは・人を・のろふ事也・業
平の人を・呪岨してける事也・水無月のころ・女を泉装し
けるに・秋二成て含んといへは・その内ニ・外へ引遵〔遭〕
ける・女の・楓の紅葉ニ・寄を書付て・おこせける
「秋かけていひし斗にあらなくに木葉ふりしくえにこそありけ
れ
二条后・清和へ参らせ給ひて・内妻こおはするを・業
平」
(六十七丁裏)
しらぬ事をいへり
第九十七段丁青堀川・おはいまうち君とは・昭宣公・基経・九条家こて・由十賀し給ひし時也・中将なりける翁とは・業平也
「桜花ちりかひくもれ老らくの釆んといふなるみちまかふかに
と云は・落花道を埋て・老の釆んみちを・まとはせと云也
・かにとは・へくと云事也 第九十八殴
丁おほき・おはいまうち君と聞る・おはしけりとは・忠仁公・良房也・長月のころ・業平・梅のつくり枝ニ・雉を付て
・つかうまつるとて
「我かたのむ君かためにと折る花は時しもわかぬ物にそありけ
る
梅は・初春の花なる間・如此君をは・めつらしく・恩奉る
と詠なり・時もわかぬとは・長月なれ共・志のせつなる間
・時をも」(六十八丁表)
さためすと云事也・但此花は・良房の・帝王に奉る間・緑
〔禄〕給けり・文徳也帝是は・良房か苛そと・患召けれと
も・本は・業平か詠也・尋云・梅の作枝には・鴬なとをこ
そ可付に・なんそ雉をは付てけるや・答こ〜ろさしの・ふ
かき事・しらせんため也・志とは・芽葉二つ〜むと云を以
也
第九十九段
一・青石近馬場の・日をりの日とは・五月五日也・むかひ立た
る車の・下簾より・ほのかに見えける女は・染殿后也・一
説こは・斎宮伊勢よりかへらせ給て・賀茂の物見に出給け
るか・内侍と・両車に棄てとあり・内侍をは・よしことい
へるか・一説・かもの物見ける女は・周防内侍共云へり
・右近馬場とは・今の小野也・天神の・御座さりし前也
●日をりの日とは・此社の祭の時・日をりとて・おもて
●しとろなる・あやをきて」(六十八丁蓑)・
・すそを折ると云事もあり・又・王のおりむかはせ給ふ故
に・王を召と申せは・日をり共云也・又は深秘二云・日神
を・おろし奉る条なれは・日をりのひと申也・努々むらす
へからす・業平の苛に
ヽ見すもあらす見もせぬ人の恋しくはあやなくけふやなかめく
らさん
あやなくとは・むやくに吻をおもふと云心也
へ知るしらす何かあやなく分ていはんおもひのみこそしるへな
りけれ
内侍の返し也・後こは・絶と知けるとあり!物見より帰て・業平と知て・此返苛はあるなり
第首段一・昔苧後涼殿のはさまをわたりけれは・あをやんことなき
女の・わすれ草を・しのふ草とや云らんとて・出させ給ふ
は・五条后なり・業平」(六十九丁表)∴
ヽわすれ草生ふる野へとは見るらめとこはしの.ふなり後したの
まん
▲第首一段 一・昔左兵衛尉也ける・在原行平也・彼家ニ・酒ありけれは・左中弁・将親をまし〔ら〕うと・さねとあり・さねとは・器量也・時の花を作て・瓶。さす・その中に・藤の花あり・主のはらからなるとば・行平也・もとより苛の事は・知らさりけれは・すまひけれとゝは・二条大政大臣・源因香なり・知らすよみとあり
ヽさく花の下にかくるる人おはみありしにまさる藤のかけかは
なと・かくしも・潰そといひけれは・おほきおとゝの・栄
花のさかりに・藤氏の事を・おもひて・譲ると云けれは・みな人・そしらすとなり
第盲二段
一・昔男ありけり・帝はよまさりけれは・あてなる女・尼二
成」
(六十九丁裏)
世中を・患うんしてとは・斎宮革也・本子息ありけれはと
は・右近衛少将師嘗の▼事也
ヽそむくとて雲には入らぬ物なれと世のうき事そよそに成てふ
と・なりひら譲て・斎宮参らする也・いつきの宮とは・伊
勢の斎宮也・かせきの宮とは・賀茂の斎宮を申也
第百三段
丁昔男ありけり・いとまめにして・あた心なかりけり・深革帯に・つかうまつる・いかなるあやまりやしたりーナんとは
→御子たちめ.・∵つかひ給ひける女を・あひ云へりけるは・小町なり・業平の苛に
「ねぬる夜の夢をはかなみまとろめはいやはかなにもなりまさ
・るかな
第首四段
一・昔ことなる事なくて・尼になるとは・斎宮の御事なり・な
りひら」(七十丁表)
へ世をうみのあまとも人を見るからにめくはせよともたのま
るゝかな
是は・斎宮の物見給へる車に・かく聞得けれは・見さして
かへりたまひけり
発育五段
丁昔男かくては・死へしといひやりけれはとは・染殿后なり・やかて彼御苛に、
「白露はけなはけなゝむ消すとてたまにぬくへき人もあらしを
と云へりけれは・いとなめしと恩けれと・こゝろさしは
・いやまさりけりと云心は・白露は・足にてけなは・ちり
なんと云・孝Jとの玉ならはこそ・用ならめ・そのことく中将も・実の我か男ならはこそ・死はしねと云事を・積る
也・けなはとは・おもては消なはなり 第首六段
モ
ー・昔男・御子たち・せうえうし給ふ所に・まうて〜とは
・遊」(七十丁善
事也・なりひら
ヽ千葉破神代も閲す立田川からくれなゐに水くゝるとは
如斯.昔神代にも・立田訓耽紅葉の・なかる、と云事・未
聞と也・唐と云字の・かんを・積り・日本の立田なるニ・からの色不恩儀と也
第首七段
一・昔あてなる男とは・業平也・其男のもとに・ある女とは・妹也内記にありける藤原・敏行・よはひけり・いとわか
くて・文をも知らす・寄をもよまさりけれは・主の男・案
を書て・やりけり・それを見てまとひけりとは・敏行也
・彼男
ヽつれ〈のなかめにまさる涙川柚のみひもてあふよしもなみ
返し・れいの男・女こかはりてとは・兄のなりひら也
ヽ蔑みこそ柚はひつらめ相川身さへなかると聞かはたのま
ん」
(七十一丁表)▼
此文を巻て・ふはこに入とあり・此心は・喪くおもへばこ
そ・抽斗はぬるれ・ふかく恩は〜・身も流へし・さもあら
は・たのみ覚まんと譲り・其後・雨いたうふりけれは・男
見わつらひ侍り・御さいはいあらは・此雨はよもふらしと
いひて・男又女こかはりて
ヽかすくにおもひ恩はすとひかたみ身を知る雨はふりそまさ
れる
と濱て・やりけれは・蓑も笠もとりあへす・しとゝぬれて
・まとひ釆にけりとあり
第官八段
一・昔女人の心をうらみてとは・有常の娘なり苛に
ヽ風吹はとはになみこす岩なれや我か衣手のかはくときなき
返しなりひら
ヽ宵ことにかはつのいたくなく谷は水こそまされ雨はふらねと
第首九段
一・昔男・ともたちの人を‥つしなへるかもとへ・やりけ
る」
(七十一丁蓑)
ヽ花よりも人こそあたになりにけれいつれをさきに恋んとかせ
し
桜をうへてありけるに・やうやく・花開ぬへき時に・彼う
へける人・身まかりけるに・その花を見て・譲るなり
と云云
第百十段.
一・昔男1・みそかにかよふ女ありけり・それかもとより・今夜 になん・見え給つると云へりけれは・なりひら
ヽおもひあまり出にし玉のありな〜む夜ふかく見えはたま結ひ
せん
第首十一段
一・昔男・やむことなき女のもとに・なき人を・訪やうにて・いひやりけるとは・遺子内親王也・桓武の未の御娘也
ヽいにしへはありもやしけん今そ知るまた見ぬ人を恋むものと
・かへりこととは・こまちなり 一・音色好なる男のもとより・いひやりける・うらみことの は
ヽしたひもをしるしとするもとけなくにか〜るかことはかけす
もあるへき」(七十二丁表)
返しなりひら
ヽ恋しとはさしもにいはしした紐のとけんを人はそれと知らな
ん
.東宮十二段
一・昔男・ねんころに云ちきりける女の・ことさまこなりにけ
るとは・二条后也・なりひら
ヽ須磨の海士の塩やく煙かせをいたみおもはぬかたにたなひき
にけhソ
此心は・高子の后・いまた只人にて・おはしける時・なり
ひら適申けるか・清和へ合給ふ事を云也
.第百十三段
一・むかしおとこ・やもめにて居て
「長からぬ命のほとにわすらる〜いかにみしかき心なるらん
T段
一・昔男・かれくに見えけれは・女うたかはしさに・よみて
やりける
ヽ秋の野を色とる風のふくなれは人の心もうたかはれけ
り」
(七十二丁蓑)
返しなりひら
ヽ秋の野を色とるかせは吹ぬとも心はかれし草葉ならねは
此心は・まへこありける段のことく・男をはかせによせ・女をは草によする也・.わか草と云革は・女の惣名なり
・愛は・秋といへるにより・た〜草とあり
H段
一・昔男ありけり・女のうゐ・裳きけるもとに・さいしやると
て
ヽおもはすはありとすらめとたまかつらあけんおりくおもひ
出なん 第首十日段
一・昔・仁和帝・芹川の一徹幸に・廉かりなれは・漉かひにて・御ともに参けるか・鶴の丸の・摺のかりきぬの・たもと
に・ぬひつけ〜る
「翁さび人なとかめそかりころもけふはかりとそたつもなくな
る」
(七十三丁表)
かくて・その日の1結構に・着たりけるを・帝御覧して・御気色あしくならせ給ひけるを・行平の・文字を譲なを
す・けふはかりとそ・いへる・あしきかゆへに・けふは・狩とを・詠しける・共時御気色なをらせ給て・仁和の
・侍のこのかみを給けり・その御ともより・業平をほ・仁
和中将共中也・此行幸は・なりひら死て・六年とての・行
幸也・.此段をは・滋春の後ニ・書入たる也・そのゆへは・我かおちなからも・不吉に讃給ふ物かな・父ならは・如
漸の寄をは・よまし物と云也・此苛のゆへニ・帝は・次年・行平も・その年に・死たまふとなり
第首十五段
一・昔陸奥ニ」男女すみけりとは・小町也・男都へ・いなんと
云を・女いとかなしうて・馬の餞せんとてとは・合力
の」
(七十三丁基)
事也・をきの井・都嶋と云所にて・酒を呑せて・よめる・陸奥にてとは・最良・陸奥守なる時・.をきのゐて・身を
やくよりもの苛・都嶋と云は・桐轟こあり
第首十六段
一・昔男・陸奥まてまとひいこけり・京に・おもふ人のもと〜
は・二条后なり
ヽ汲まより見ゆる小嶋のはまひさしひさしくなりぬ君にあひ見
て
はまひさしとは・渚.へ浪のよする帝に、・真砂・かけりて・ひさしのことくなるを云也・何事も・かはりぬらんとは
▲・后こ参給へる事也・かはる心は・はまひさし・常に・か
∵はる物也
第百十七段丁音大上天皇・住吉ニ・行幸してとは・平城天皇の細事也・行平も・業平も・供奉ありけるニ・なりひら
へ我見ても久なりぬ住吉、のきしのひめ松いく代へぬらん」
(七
十四丁表)
御神・現形し給てとは・あらはれ給ふ事也
ヽむつましと君はしらなみみつかきの久しき代よりいはひそめ
久しき代と.は・・神代の事也 てき
第盲十八段 丁昔男・久をともせて㌧わするゝ心もなし.・参こんと云は・小町也
ヽ玉かつ・セはふ善あまたになりぬれはたえぬ心のうれしけむな
し、
此心は・我ならぬ人にも・契ると云也・.かうらは・一本な
れ共・あまたの木に」はふて・かゝりけるによれて也・業
平の詠也
、発育十九段
一・昔女の・あたなを・男のかた克とは・・業平也・女は二条后洩・津園へ′いたりける時・后に藤の丸のもんの一鏡のまほり袋に・、信七て.・まいらせけれは・入たる物共を取いてゝ
后.
ヽかた見こそいまはあたなれ是なくはわする〜時もあらましも
のを
とて・業平のかたへつかはし給ふ也1此苛の典ニ̀吻帝一
あり」(七十四丁某)
と・あそばして・守袋をくして・つかはしたる・業平うら
・みをなして
ヽ我か恋は維もえしらす放たへのまくらはこなる筆そ知らん
と云て・是をた〜には・やらて・枕箱をさして・まき給に
此苛をた〜みそ・つかはしけり
第百二十段
一・昔男・女の心を・ちくまのまつりによせける事は・近江の
固の事也・此祭ニ・その所の女の・男したる数・土にて・鍋を作て・いた〜きて出るニ・その女の中に・あまた男
に合けるあり・是をはつかしくおもひて・大なる鍋を一作
て・いた〜きて出けり・大なる中に・小錦をかすく作て
入て・人めには・た〜一なれは・男一人こあひたりと見え
て出けるに・神適なれは・たをれて・大なる鍋を‥つちこ
をしけり・その中」(七十五丁表)
より・小錦かすく出けれは・人こわらはれて・卜にけにけ
るとなん・申めり・その心を・あた心おほきこよせたり
第百二十一段
一・昔男・梅壷より・雨にぬれてまかり出るとは・河原の左大
臣・融の事也・殿上にありけるおりにや
ヽ鴬臥花せ隠ふてふかさもかなぬるめる人宜きせてかへさむ
返し
ヽうくすの花に隠ふてふ笠はい.甘おもひをつけよほしでかへさ
ん
青柳を・片糸によりて鴬のといへる・木耳の寄也・此寄は・天照大神・天岩戸に・龍おはせし時・神速の・おもしろ
くうたはせし寄也・梅垂よりいつれは・▼梅の花笠もかな
・ぬる〜人ニ・きせでと也・寄に・梅となけれ共・梅坪よ う・いつるをもつてそれと見えたり」(七十五丁蓑)
第盲二十二段
一・昔男・ちきれる事・あやまれる女とは・染殿后也
「山城のいてのたま水手にむすひたのみしかひもなき世なりけ
hソ
いひやれと・いらへもせすとは・忍し辛也・たのみしは
・手にてのみし也・此玉水に・本税おぼき也
第首二十三段
一・昔ふか草に・すみける女とは・五条后也・彼后ニ・患わた
りて・又京へうつるとて・譲るなりひら
ヽ年をへて住来し里を出ていなはいと〜ふか草野とやなりなん
此心は・我かへりなは・住人もなくて・いと〜・深草とな
るへしとなり・返し后
ヽ野とならは鶴となりて年はへんかりにたにやは君はこさらん
第首二十四段
l・書いかなる事をおもひけんとは・此夫婦に付て・その・婚
媚誰にも・語博をかぬ事を云なり」(七十六丁表)
ヽおもふこといはてた〜にややみなまし我とひとしき人しなけ
れは
第首二十五段..
一・昔男・心地煩て・身まかりぬへくとは・五十六にて・業平・元慶四年・五片廿八日に・卒給し時也
へつみにゆく遭とは簸て閲しかときのふけふとはおもはさりし
を
と讃しは・辟〔辞〕世の事也・此苛も後ニ・滋春書入也と
申・惣而・芹川・行幸より未は・滋春の入給ふと也」
(七
十六丁蓑)
(以上、下巻)
[ひろおかよしたか
[やまぐちえつこ
[きどくに
こ
本 学 教
員]
本学教育学部卒業生]
東海女子短期大学教員]