【学位論文審査の要旨】
1.研究の目的
機械構造物の振動騒音低減に対する要求は,快適性向上や環境対策の観点からますます 高まっており,振動騒音低減を実現するための様々な解析方法が検討されている.これら を周波数の観点から分類すると,低周波数域ではモード解析法が,またモード密度が高い 高周波数域では統計的エネルギー解析法(Statistical Energy Analysis, 以下 SEA)が用い られている.これに対して,モード密度が高くモード解析を適用するには困難であるが,
固有値や固有モードによる影響を統計的に扱うには適切ではない,いわゆる中周波数帯域 においては,いずれの方法も適用が困難であり,有効な解析手法が求められている.本研 究では,このような中周波数帯域を対象として,振動特性の把握法を提案すること,及び それを踏まえた低振動化実現のための設計指針を示すことを目的としている.
2.研究の方法と結果
本研究では,まず中周波数域において特性を把握するための解析手法を検討した.ここ では,パワーフローの可視化手法である振動インテンシティを用いてエネルギーの流れと いう観点で指標化し振動状態を把握する方法を提案した.具体的には,パワーフローを構 造物全体の周期平均により評価し,アクティブな進行成分が,全パワーフローに占める成 分をアクティブ率として定義した.これを用いて,エネルギーが定在するリアクティブ成 分が優位なのか,進行するアクティブ成分が優位なのかを判断できることを示すとともに,
高周波数域において振動モード間の連成が大きくなると共に,アクティブ率が増加するこ とを示している.その上で,アクティブ率が小さい場合には,いずれかの固有モードが卓 越しており,固有モードに着目した振動対策が有効であること,またアクティブ率が大き い場合は,複数の固有モードが連成しており,単一の固有モードを対象とした振動対策は 有効ではなく,パワーフローに着目した振動対策が必要であることを明らかにした.
次に減衰付加により振動抑制を行う場合を想定して,減衰付加による系全体の平均振動 エネルギーを低減させるための感度解析法を提案した.これは,構造物のいずれかの位置 に減衰を付加して振動低減を図る際に,減衰の増加による振動エネルギーの変化を微分量 すなわち感度として捉え,得られた感度を比較することにより,有効な減衰付加位置を見 出す方法である.本研究で対象とする中周波数帯域においても提案した感度解析法が有効 であることを示すことができた.
本研究で扱う解析法は,有限要素法(Finite Element Method, 以下 FEM)による解析を前 提としており,FEMの解析精度を高めることも必要である.本研究では,中周波数帯域にお いて実験によるモデル検証を可能にするために,実験モード解析を高精度化する新しい手 法を提案した.具体的には,振動応答に対し空間フーリエ級数を利用した基底関数を定義 し,応答を次数ごとに分離・縮約することでモード密度を低減させて同定難易度を改善す る手法を提案した.特に,円筒シェル形状の構造物を対象として,周方向の変形次数ごと
に計測した周波数応答関数を分離する手法を導いた.本研究では,提案法を自動車用タイ ヤに適用し,提案法が中周波数帯域におけるモード特性同定に有効であることを示した.
3.審査の結果
本研究は,中周波数帯域における振動特性の把握法を提案すると共に,それを踏まえた 低振動化実現のための設計指針を示したものである.
まず,振動インテンシティを用いた解析においては,提案したアクティブ率を用いるこ とにより,構造物全体としてのエネルギー流れの状態把握が可能となり,固有モードに着 目した対策もしくはパワーフローに着目した対策のどちらが必要なのかを判断できること を示している.これは振動対策検討において,重要な指針を与えるものとして評価するこ とができる.
また,振動インテンシティの計算においては,FEMモデルから直接インテンシティの算出 を可能とする簡便かつ高精度な方法を提案すると共に,モードの寄与度を評価する指標と して‘選択モードによるエネルギー寄与率’等を提案している.これらの提案や減衰付加 の感度解析は,振動インテンシティによる評価を実施したり,対策検討を進める上で有用 であり,実用上の観点から,その意義が認められる.
さらに,基底関数を用いたモード特性同定法においては,従来は同定が困難であった自 動車用タイヤの中周波数帯域におけるモード特性同定が可能であること,さらに同定結果 に基づいて音響放射特性を含めた評価が可能なことを示している.現状では適用範囲が軸 対称構造物に限定されるものではあるが,その価値が十分に認められる.
以上,本研究の成果は,中周波数帯域における構造物の振動特性把握,ならびに対策検 討を進める上で有用な,新しい知見が得られており,工学的ならびに工業的価値が認めら れる.これらを総合的に判断した結果,本研究の成果は博士(工学)に十分値するものと 判断した.
4.最終試験の結果
本学の学位規定に則り,論文審査委員による論文審査会を3回開催し,本論文の内容お よび関連分野に関して多角的な視点から審査委員による筆答および口頭の試験を実施した.
また,公開の論文発表会を開催して,学内外から多くの参加者を得て多角的な討論を行っ た.その結果,申請者は論文内容および関連科目に関して,博士(工学)としての専門知 識を十分有するものと判断され,試験は合格と判定した.