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東医大誌 75(1): 1
-2, 2017
巻 頭 言
薬学教育と薬剤師
東京薬科大学学長
笹 津 備 規 Masanori SASATSU
日本の薬学は薬を作る教育から始まった。明治元年(1868)文部省布達により神田和泉町に「医学校」が 開設され、明治
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年(1873)その医学校に「製薬教場」が設置された。明治10
年(1877)東京大学創立に 伴い製薬学科となり、明治20
年(1887)医科大学薬学科に改組された。ドイツ人教師らの勧告により、医 師が患者に投薬する当時の日本の医療習慣の危険性、粗悪薬品への対策としてドイツ式教育が採用された。薬剤師養成もこの流れの中から始まった。明治
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年(1874)に「医制」が出され、それまでの漢方医が診 察して薬を出すという制度から、西洋医学を学んだ医師が診察して処方箋を書き、薬剤師が調剤をするとい う制度になった。この西洋式の「医薬分業」を行うために、明治12
年(1879)薬舗主(現在の薬剤師)を 養成することになり、明治13
年(1880)に「私立東京薬舗学校」(現在の東京薬科大学)が開設された。こ のように東京大学薬学部は、薬を作る創薬化学の教育と研究を担い、薬剤師教育は私学が担当することに なった。この流れは現在でも基本的に続いている。薬剤師制度は誕生したが、明治13
年(1884)の内務省通達
:「医師が薬舗を兼業してもよい」により、日本の医療は江戸時代の「町医」にもどってしまった。そ
の後、昭和
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年(1951)の法律改正により、医薬分業が再び導入されたが、昭和50
年代後半までは事実上 骨抜きになっていた。これまでの薬学教育は、基礎科学中心であり、教員は基礎科学研究者ばかりという時代が続いた。薬学教 育は臨床現場で役立つ薬剤師を養成せよという議論が起こり、薬剤師教育は平成
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年(2006)から6
年制 となり、平成23
年(2011)に新制度の薬剤師が誕生した。6年制薬学教育は、臨床に係る実践的な能力を 有する薬剤師を養成する事が目的である。現在、医薬分業制度が普及しているが、薬剤師の未来はどうなるのか。先日、テレビで
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年後に人工知 能(AI)が奪う仕事という番組があり、無くなる仕事の上位に薬剤師が入っていた。検索をかけると、2045 年にAI
が人間を超える、そのような時代の薬剤師の仕事は「調剤」ではなく、「高齢者へのケアが主体」であると書いてあった。これからは医師も薬剤師も、AIには出来ない知識・技能を身につけなければなら ないし、我々はその様な医療人を教育しなければならない。
東 京 医 科 大 学 雑 誌
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巻 第1
号( )
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略 歴笹津 備規(ささつ まさのり) Masanori SASATSU
1946
年8
月12
日生1970
年3
月 東京薬科大学 卒業1975
年3
月 東京薬科大学大学院 修了1976
年4
月 東京薬科大学 助手(第二微生物学教室)1980
年4
月 東京薬科大学 専任講師(第二微生物学教室)1983
年9
月-1984
年12
月 米国Washington
大学(St. Louis)に留学1995
年4
月 昭和薬科大学 助教授(微生物学研究室)1999
年4
月 東京薬科大学 教授(病原微生物学教室)2007
年4
月 東京薬科大学 学長補佐2011
年4
月 東京薬科大学 学長専 門
細菌の薬剤耐性機構(特に消毒薬耐性菌の検出と耐性機構)
ヘリコバクター・ピロリに関する研究
受 賞 歴
2003
年11
月 「平成15
年度 日本私立薬科大学協会教育賞」(「日本薬学会・薬学教育モデル・コアカリキュラム」作成に関して)
2012
年 3月 「平成24
年度 日本薬学会教育賞」(薬学教育