は じ め に
アメリカ合衆国が「小さな政府」の代表格で あることはよく知られている。「小さな政府」
が意味するところは様々な解釈が可能である が、「自己責任」主義を基調とすること、国民 生活に対する国家介入の拡大が極度に嫌われる ことなどが、その重要なポイントとして挙げら れることについて異論はないだろう。このこと は、アメリカ社会においては、公共セクターに よる生活保障システムに多くを期待しない(し てはならない)という考え方が、多くの国民の あいだに浸透しているということにもつながっ ている。後述するように、困窮者に対する生活 保障を意味する「福祉」(welfare)という言葉 に否定的なニュアンスが込められることが多い のも、そのひとつの現れである。
近年、わが国においては、以前にも増して積 極的・自覚的に、アメリカ型の「小さな政府」
を目指す方向性を強く打ち出し始めている。当 然ながらこうした動向は、今日進められようと している公的扶助(生活保護)改革のあり方に も大きく影響を及ぼすだろう。であるならば、
常に先んじて「小さな政府」を志向してきた、
アメリカ合衆国の公的扶助が直面してきた状況 を確認する作業は避けて通れないであろう。こ うした問題意識に基づき、本稿においては、ア メリカにおける公的扶助の構成およびその歴史 的展開について概観しながら、その特徴を明ら かにしたい。
アメリカにおける公的扶助の制度構成
まず、公的扶助の概念について整理しておき たい。公的扶助とは、含意する内容や制度構成 に関して国ごとに違いは見られるものの、その 基本的な要件としてあげられるのは、①独力で は自立した生活ができない貧困な生活状態にあ る者を中核的な対象とすること、② 資力調査 を
ミーンズテスト
受けることが前提であること、③社会保険のよ うに画一的なリスクに対する画一的な給付では なく、個別的なニードに対応する個別的給付で あること、④国や地方自治体の一般歳入によっ て財源が構成され、原則として本人の拠出がな いこと、⑤他の社会保障によっては最低生活が 維持できない場合に事後的に対応する最終的な 公的救済制度であること(阿部編[2000:3
4])、である。アメリカ合衆国の公的扶助
西 村 貴 直
要 旨
アメリカ合衆国が、いわゆる「小さな政府」の代表格であることはよく知られている。近年のわが国 においてもアメリカ型の「小さな政府」を目指す方向性が強く打ち出されるようになっているが、こう した動向は、現在進められようとしているわが国の公的扶助(生活保護)改革のあり方にも大きく影響 を及ぼすことは確実である。本稿は、こうした問題意識に基づき、「小さな政府」アメリカにおける公 的扶助の構成およびその歴史的展開について概観しながら、その特徴を明らかにしたい。
キーワード
公的扶助、TANF、小さな政府
一般名詞としての公的扶助と固有名詞として の「生活保護」とがほぼ同義であるわが国と違 い、アメリカでは、実施主体も対象も異にする 複数の制度を、一連の
・ ・ ・
公的扶助プログラムとし て括ることが一般的である。細かくみれば約80 ものミーンズテスト付きの給付プログラムが存 在するが、その主な制度としては、困窮家庭一 時扶助(TANF)、補足的保障所得(SSI)、
メ デ ィ ケ イ ド(Medicaid)、フ ー ド ス タ ン プ
(Food Stamp)などがある。以下、その概略を 述べたうえで、制度構成からみえるアメリカの 公的扶助制度の特徴について指摘する。
▼ 困 窮 家 庭 一 時 扶 助(Temporary Assis-
tance of Needy Families)
困窮家庭一時扶助(以下 TANF と略称)と は、その名の通り、生活に困窮する家庭に対し て一時的な扶助を提供する制度であり、アメリ カの公的扶助の中心的なプログラムである。と はいえ、生活困窮家庭一般
・ ・
がその対象となるわ けではなく、未成年の子どもあるいは妊娠中の 母親がいる(困窮)家庭のみである。制度の基 本的な枠組みについては連邦政府が定め、各種 の規制が設けられているものの、実際の運用は 各州政府に任されている。したがって、TANF 受給における適格性の判定基準や支給される扶 助の水準(額)は、州によって異なる。また、
一時(Temporary)という言葉からも連想され るように、TANF の受給は無期限に認められて いるわけではない。連邦政府の規制において、
受給を開始してから2年以内に就業機会を獲得 する、あるいは州の定めた基準に沿ったかたち での職業訓練および求職活動への参加が義務づ けられており、それらの機会を獲得することに 失敗した場合、あるいはそれらを「拒否」した とみなされる場合には、給付が減額されるか打 ち切られる場合があるのである。さらに、一生 のうちで TANF を利用することができるのは、
通算して5年間(60ケ月)までという厳しい受 給期間の制限が設けられている。
TANF の導入は、1996年のクリントン政権に よる福祉改革のひとつの「成果」であるが、そ の前身は、要扶養児童家庭扶助(Aid to Famil- ies with Dependent Children、以下 AFDC と略 称)というプログラムであった。この AFDC か ら TANF への移行において、アメリカの公的 扶助プログラムに大きな変化が生じることと なったが、その点については後述する。
▼メディケイド(Medicaid)
メディケイドは、一定の条件を満たす低所得 の人々に対して医療保障を行う制度であり、わ が国の医療扶助に近い性格をもつ。具体的に は、各州政府が自主的に提供する低所得者向け の医療サービスに、連邦政府が財政援助を行う
(50〜83%)しくみとなっている。そのため、受 給対象者を認定するための基準や提供される サービス内容および形態は、州ごとに多様であ る。ただし、多くの場合、単に低所得というだ けでは受給対象とはならない。また、連邦政 府が定めた基準を満たす「強制加入困窮者」
(Mandatory Categorically Needy)に 対 し て は、必ずメディケイドの給付対象としなければ な ら な い こ と と な っ て い る。具 体 的 に は、
AFDC の適用基準を満たしていた者、SSI 受給 者、TANF 受給者、所得が公式貧困線(Feder- al poverty line:FPL)の133%に満たない世帯 における6歳以下の児童および妊婦、などがそ うしたカテゴリーに含まれる。
全国民をカバーする包括的な医療保険制度が ないアメリカの低所得者にとって、メディケイ ドの利用資格を獲得できるかどうかは、文字通 り「死活問題」となる。実際、民間の医療保険 にもできず、メディケイドの利用資格が獲得で きない「無保険者」は、全国で4,000万人にも達 するといわれている。
▼補足的保障所得(Supplemental Security
Income)
補足的保障所得(以下 SSI と略称)は、生活
に困窮している65歳以上の老人、目の不自由な 者(blind)および障害者を対象に、現金給付を 行う制度である。その水準は、連邦政府が設定 する全国的最低基準によって定められている が、州ごとに独自の上乗せ給付を支給している ことが一般的である。SSI の給付は、上述のカ テゴリーに当てはまる者が、他の社会保障プロ グラム(年金や労災など)の受給資格がある場 合にはそちらを優先し、その給付と稼得額を含 めた所得・資産が一定の水準を下回る場合に、
その不足分を補うかたちで行われる。つまり、
社会保障給付や勤労収入の額が多ければ、それ だけ SSI は減額されることになる。ただし、収 入の源泉によって減額率は変化する1)。また、
SSI の受給者は通常、メディケイドの受給資格 も得ることができる。
▼フードスタンプ
フードスタンプとは、低所得世帯の栄養およ び健康状態を改善することを目的2) として、低 所得世帯の人々に対して連邦政府が一般の小売 店で利用可能な、食料購入用のクーポン券(バ ウチャー)を支給する制度である。ただし、ア ルコール飲料やペットフード、ビタミン剤、飲 食店での食事には利用できない。農務省が運営 し、実務は州政府が行う。
低所得者向けの制度であるため、当然のこと ながら所得制限がある。またさらに、16歳から 60歳までの労働可能(able
bodied)な者たちに は、就労しているか、所定の職業訓練に参加す ることが義務づけられており、それが達成され ない場合には、受給資格が剥奪される可能性が ある。TANF や SSI との併給は可能である。▼その他の低所得者向けプログラム
その他の扶助制度の代表的なものとして、州 政府および地方自治体が独自に運営している、
一般扶助(General Assistance:以下 GA)と いう制度がある(名称は州や郡ごとに異なる)。
GA は、TANF や SSI の受給資格がない低所得
者のための、ほんとうの意味での最後の公的援 助制度であるといってよい。ただし、すべての 州あるいは郡において一般扶助が実施されてい るわけではなく、給付水準も TANF や SSI と 比 較 し て 概 ね 低 い も の と な っ て い る(尾 澤
[2003:86])。
また、厳密には公的扶助制度のカテゴリーに は含まれないが、低所得層の人々にとって重要 な効果をもつのが、勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit:以下 EITC と略称)であ る。EITC は、還付可能な税額控除という性格 を有する所得保障のシステム(根岸[2001:76])
であり、低所得層の人々の実質的な所得水準を 押 し 上 げ る う え で 大 き な 役 割 を 果 た し て い る3)。
本人の拠出なしに公費財源によって賄われる これら一連の公的扶助プログラムは、しばしば 福祉 (welfare)と総称される。そこで含意さ れているのは、主として強制徴収の社会保障税 や保険料によって財源調達される「年金」など の「社会保障」(Social Security)プログラムと は、決定的に異質な性格をもつという認識であ る(後藤[2000:151])。つまり、事前の拠出 に基づく一連の「社会保障」プログラムの利用 は、拠出−貢献に基づく、一般国民の当然の権 利とみなされるのに対して、 福祉 を利用する のは、一般の国民とは異なる、特殊な人々とみ なされがちであるということである。こうした 異質性の認識は、容易に「偏見」へと転化す る。もちろん、このような傾向それ自体はアメ リカのみに限ったことではない。しかし、アメ リカに特有の社会構造から、一度 福祉 を利 用し始めるとそこから脱出しにくい構造となっ ていること、特に人種的マイノリティのなかか ら長期にわたって 福祉 に頼らざるを得ない 人々を生み出すこと、その結果として、制度利 用に関する人種的 偏り を生み出し、制度が人種バイアス 的分断を助長する作用をもつようになってい る。こうした一連の相互作用が長く続いてきた
ことの結果として、制度そのものへの不信感が 国民の、特にマジョリティのあいだでかなりの 深いレベルにまで達するようになっているので ある。このことは、アメリカにおける公的扶助 制度の第一の特徴としてまず指摘しておかなけ ればならない。
第二の特徴は、先に概観してきたことからも わかるように、アメリカでは生活困窮者一般
・ ・
に 対応するプログラムがなく、障害者、高齢者、
児童扶養者といった、特定のカテゴリーに当て はまる生活困窮者ごとに、パッチワーク的に公 的扶助プログラムが設定されていることであ る。これは要するに、生活困窮者のなかでも、
十分に「働けない」とみなされる生活困窮者 に、公的扶助の利用が限定されているというこ とを意味する。「労働可能」とみなされる生活 困窮者が公的扶助プログラムを利用する場合に は、自らの「就労意欲」を一定の手続きを経て 証明しなければならないしくみとなっており、
しかもその条件は、近年ますます厳格化してき ている。
言い換えれば、こうした制度構成の下では、
「労働可能」な生活困窮者のなかからは、制度 利用の適格性(eligibility)を欠く「救済に値 しない」(undeserving)貧困者とみなされ、事 実上プログラムから「排除」されてしまう人々 が生じざるを得ないということである。恩恵を 受ける対象が比較的広く設定されている EITC やフードスタンプにしても、前者は「稼得」収 入がある低所得者のみに、後者は最低でも職業 訓練への参加を条件としてその恩恵がもたらさ れるわけであるから、「労働可能」でありなが ら「働いていない」とみなされる、すなわち、
公式の
・ ・ ・
労働市場や職業訓練プログラムに登場し て こ な い 貧 困 者 は、一 連 の 国 家 的 な セ ー フ ティ・ネットからは、全く除外されてしまうこ とになる。そうした国家規模での扶助制度の適 用対象とならない人々を対象とする GA にし ても、子どものいない健常な成人が一般扶助を 受給できる可能性は低い(尾澤[2003:85])。
このように、アメリカの公的扶助プログラム は、全体として「労働」へのコミットメントを 重視し、特に「働かない」(より正確にいえば、
「就労意欲」がないとみなされる
・ ・ ・ ・ ・ ・
)貧困者に対 しては極めて冷淡な制度構成となっている。後 述するように、アメリカの公的扶助がもつこの ような基本的性格は、若干の振幅があるとはい え、制度の発足当初から概ね一貫したものであ る。その理由は様々な角度から考えられるが、
やはり最大の要因は、多くの人々が指摘するよ うに、アメリカ社会へ伝統的に根付いてきたア
・
メリカ的
・ ・ ・ ・
「自由
個人主義」―「自分の力で生計 をたてようとする傾向が強く、そうした生き 方をしない人を軽蔑する傾向」(グレイザー[1990:78])―の影響によるものであろう。
といっても、公的扶助をとりまく社会環境や 制度それ自体に、これまで何の変化も生じてこ なかったというわけではない。その時々の政 治・経済状況において直面してきた様々な社会 的困難に対処するかたちで、幾度かの改革を余 儀なくされてきたことも事実なのである。以下 では、アメリカにおける公的扶助制度の発足か ら今日に至るまでの制度展開について概観して みたい。
アメリカにおける公的扶助の展開
▼近代的公的扶助の出発
今日のアメリカにおける公的扶助制度は、世 界恐慌によって引き起こされた大量の失業・貧 困問題を背景に展開されたニューディール政策 の一環として、1935年に成立した「社会保障 法」のなかにその起源をもつ。社会保障法のな かには、主として雇用労働者を対象とした年金 および失業保険という「保険」プログラムの他 に、その恩恵に与れない生活困窮者を対象とし た、今日の公的扶助制度の出発点となる二種類 の現金給付プログラムが盛り込まれていた。第 一のグループに当てはまるのは、「老齢者扶助」
(Old
Age Assistance)および「視覚障害者扶 助」(Aid to Blind)である。これらは、1950年に導入された「障害者扶助」(Aid to the Total- ly and Permanently Disabled)と あ わ せ て、
1972年の段階で SSI に統合されることになる グループであり、成人カテゴリーとよばれる。
第二は困窮児童に対する扶助であり、当初の
「要 扶 養 児 童 扶 助」(Aid to Dependent Child- ren:ADC)から、1962年の AFDC への改正お よび1996年の福祉改革を経て TANF へと至る グループである。
F. ルーズベルトによって推進された一連の ニューディール政策は、必ずしも明確な信念や 政治思想によって裏付けられていたわけではな い(古川[2000:73])。しかし、社会保障法が 成立する前後の動向をみても、あくまでも就労 可能でありながら就労できない人々―失業者―
を対象とした「雇用政策」を重視するという前 提の上で、明らかに雇用政策の対象とならない 就労不可能な人々、言い換えれば就労不可能性 を客観的に示す特定のカテゴリーに当てはまる 人々に対して、いわば残余的なかたちで公的支 援を行うという道筋が立てられたとみるべきで あろう。このように、原則として就労が不可能 な人々にのみ適格性が付与されるというアメリ カの公的扶助の基本的性格は、その出発点にお いてすでに確立されていたといえる。
▼豊かな社会と「貧困戦争」(War on Pov-
erty)
社 会 保 障 法 の 成 立 に 象 徴 さ れ る よ う に、
ニューディール時代のアメリカ社会は、その前 後の時代と比べると明らかに、「個人主義的な 傾向が陰をひそめた」(グレイザー[1990:55])
時期であることは間違いない。しかしそのわず か数年後には、第二次世界大戦の勃発ととも に、戦時経済体制への編成替えを余儀なくされ る。その一連のプロセスの中で、戦間期のアメ リカ社会を深刻な危機に陥れた大量の失業問題 は劇的に解消され、その結果として「従来の価 値観や政治的傾向が驚くほど短期間に復活」
([55])することとなった。そしてまた、戦後
まもなく到来した「豊かな社会」のなかで、貧 困は急速にマイナーな問題と化していった。
皮肉なことに、経済的な豊かさを享受する 人 々 が 増 え る に つ れ て、「豊 か」に な れ な い
(貧困のままである)人々に対しては、厳しいま なざしが投げかけられるようになった。「われ わ れ」の 多 く が 豊 か に な っ て い る の に、「彼 ら」 が貧困のままでいるのは「われわれとは何 かが違う」からだと。こうした情況が、1950年 代から公的扶助の引き締め策が各地でとられる ようになったことの背景にある。また、1962年 の福祉改革によって、要扶養児童扶助(ADC)
が要扶養児童家庭扶助(AFDC)へと名称が変 更されるとともにその受給者に対するケース ワークの強化が図られたことも、同じ道筋のう ちにあった。
しかし、1960年代になると、貧困は、アメリ カ社会において決して「 少数 」な問題ではないマイナー ということが、人々のあいだで再び認識される ようになった。このような、いわゆる「貧困の 再発見」の直接の契機となり、最も大きな社会 的影響を与えたのは、M. ハリントンの『もう ひとつのアメリカ』(1962)である。ハリント ンは、当時の全人口の4から5分の1(約4〜
5,000万)の人々が貧困状態にあることを明ら かにしたが、その後に取り組まれた数多くの研 究・調査の結果、稼得手段を失った人々(失業 者)や、高齢者および障害者、母子世帯といっ た稼得能力に制約がある人々のみならず、世帯 主が年間フルタイムで働いても公式の貧困線 を 下 回 る 世 帯 が 数 多 く 存 在 す る こ と(根 岸
[2001 :65])が明らかとなった。そしてまた、
様々な差別や雇用条件の悪化といった、個人的 欠陥というよりも社会的な要因によって貧困化 し、そこから脱却できずに苦しんでいる人々が いること、さらに、貧困を長期にわたって経験 することによってそこから脱却しようとする意 志をもちにくくなるという悪循環に陥っている 人々がいることなどが、各種のデータによって 次第に明らかとなっていったのである。
このように、貧困に対する社会的な関心が再 び大きく高まることによって、従来の対貧困政 策を見直そうとする動きが登場してくるように なった。その象徴が、1964年からジョンソン大 統領の主導のもとで取り組まれた、「貧困戦争」
(War on Poverty)である。貧困との戦争を遂 行するために取り組まれた一連のプログラム は、一般に「偉大な社会」プログラムとよばれ るが、その代表的なものとしては、職業訓練を 中心とした各種雇用対策事業、貧困・低所得階 層の就学前児童に教育・保健サービスを提供す る ヘ ッ ド ス タ ー ト プ ロ グ ラ ム(Head Start)
や、貧困地域の住民を地域福祉活動に参加させ ようとするコミュニティアクションプログラム
(CAP)などが挙げられる。また、フードスタ ンプやメディケイドが導入されたのもこの時期 である。
こうした「偉大な社会」プログラムの基本的 な構想は、個々人の能力開発や雇用の確保を効 果的に支援するしくみをつくることによって、
貧困から脱却する力を当の個人に身につけさせ ようという個人主義的アプローチに基づくもの である。要するに、あくまでもアメリカの貧困 政策の原理である「自助の援助」に基づいて、
連邦政府によって個別に実施されてきた雇用、
教育、地域サービス等の諸事業を、貧困者向け に修正・拡大(冷水・定藤[1977:176])しよ うとしたということである。「偉大な社会」プ ログラムがその主要な対象としたのは、あくま でも、従来公的扶助の対象外におかれてきた
「 就労可能貧民 」で あ り、貧 困 者 一 般 で は な
ワ ー キ ン グ プ ア ー
かったのである。貧困者への厳しいまなざしが 緩和された結果として、AFDC の受給抑制要因 となっていた諸規則に1960年代後半から次々と 違憲判決が下された4) こと以外は、「貧困戦争」
が取り組まれていた時期においても、公的扶助 制度のあり方それ自体に根本的な変化はなかっ たといえる。
▼「貧困(との
・ ・
)戦争」から「貧困者との
・ ・ ・ ・ ・
戦 争」(War against the Poor)へ?
「貧困戦争」それ自体は、それほど大きな成 果をあげることなく、ニクソン政権によって実 質的な「敗戦」宣言が出されることになる。す なわち、「貧困戦争」は、結果として失敗5) に 終わったということである。しかし、好景気を 背景に全体として楽観的な考え方のもとに展開 されていた「貧困戦争」が終結した後、1970年 代に入ってもそうした風潮はしばらく続くこと になる。成人カテゴリーの扶助制度が SSI へ と再編成され、EITC が実験的に導入され始め たのもこの時期である。
1980年代に入ると、断続的に生じた景気後退 の影響もあって、貧困対策のあり方に対する楽 観的な信念が、次第に悲観的な態度へと転換し ていく(Danziger & Haveman[2001:4])。
「貧困戦争」以降幾度も改革が繰り返されてき たにもかかわらず、貧困者の比率に大きな変化 がみられなかったうえに、公的扶助(AFDC)
受給家族数も高い水準で推移しているという一 貫した現象が、大きな社会問題として認識され るようになったのである。さらに、長期にわ たって困窮状態から抜け出せない人々が存在す るということと同時に、彼らの「逸脱」的な行 動―労働の「拒絶」や暴力犯罪、婚姻外の出産 および長期にわたる福祉「依存」など―がます ます深刻化しているということが、「貧困の再 発見」の時代とは正反対のパースペクティブに おいてクローズアップされるようになった。い わゆる「アンダークラス」(underclass)問題の 登場である。そこで最も極端で、かつ最も大き な影響力を獲得した見解は、「貧困戦争」以降導 入された一連の「寛大」な福祉政策こそが、貧 困層の不適切なふるまいを助長し、アンダーク ラス問題の温床となってきたという考え方であ る6)。1980年代以降展開されている、「ワーク フェア」を基調とした一連の福祉改革の動向 は、このような共通認識の変化を背景としてい る。
「われわれの知っている福祉を終わらせる」
ことを基調理念として、1996年に制定された
「個 人 責 任・就 労 機 会 調 停 法」(Personal Re- sponsibility and Work Opportunity Recon- ciliation Act:以下96年福祉改革法)は、近年 における最も大きな福祉改革であり、それまで のアメリカにおける公的扶助(福祉)の構造を 大きく変容させることになった。
96年福祉改革法によってもたらされた最大の 変化は、AFDC が TANF へと再編されたこと である。その全体的な意義は、扶助の給付に対 する 権エンタイトルメント限 を終焉させると同時に、「受給者 の照準化を進めて福祉支出を減らすとともに、
福祉受給者に保守派の好む伝統的な労働上、家 族生活上の行動をとらせる」(廣川[2002:14])
ことを促進するシステムへと公的扶助政策を転 換させたことである。すでに述べたように、
TANF の受給者には就労および所定の職業訓 練が強制されるだけでなく、一生のうちで5年 間に受給が限定される(lifetime cap)ことと なった。これらの条件は、その前後の文脈か ら、制度を利用する貧困者に対して懲罰的な条 件を課すことを通じて、就労を通じた自立への
「インセンティブ」を高める手段として取り入 れられたとみることが妥当である。
一方、根岸(2001)は、就労を想定あるいは 強 要 し た TANF の 導 入 に よ っ て、そ れ ま で
「就労困難」であることが前提となっていた受 給者を「就労可能」な者と位置づけ直すことに なり、結果としてそのことが労働市場との明確 な役割分業を前提としたアメリカの公的扶助が 抱えてきたジレンマを克服する道筋が開かれた こと、すなわち「 就労可能貧民 」に対する所得
ワ ー キ ン グ プ ア ー
保障を通じた経済的自立への可能性が開かれた ことを指摘している(根岸[2001:90])。こう した観点からすれば、福祉のレトリックに彩ら れてはいるものの、TANF は本質的には労働政 策である(Karger[2003:396])ことになる。
であるならば、どんなにきめ細かな判定基準を 作ったとしても常に存在せざるを得ない、「客
観的」に判定される「就労可能性」と、実質的 な就労可能性とのギャップ7) の問題をひとまず 等閑視したとしても、TANF 導入において設定 された目的を真剣に達成しようとするならば、
職について「自立」した人が再び困窮すること のないように、労働市場とその周辺環境の条件 整備が求められるはずである。例えば、公的な 医療保険の導入や、賃労働者の生活を支えるう えで十分な水準の最低賃金制の確立と全労働者
・ ・ ・ ・
への
・ ・
適用、 持ち運び可能 な社会保障給付パッポ ー タ ブ ル ケージなどである([ibid])。しかし逆にいえ ば、こうした条件が整わない限り(実際ほとん ど進展していないが)、TANF は、貧困者の多 くを(最長5年間の執行猶予付きで)公的な セーフティネットから積極的に排除する手段へ と容易に転化しうるのである。公式データにも 明らかであるし、また多くの人々が指摘するよ うに、TANF の導入以降、AFDC 時代と比較し て制度利用者数は確実に減少傾向にある8)。し かし、そもそも貧困率は低下していないし、ゼ ロ・トレランス政策の導入(渋谷[2003:93])
や、1980年代以降に顕著となった収監人口の 上昇および刑務所予算の急増に代表されるよ う な、い わ ゆ る「貧 困 の 犯 罪 化」(Bauman
[1995=1999:158][2000=2001:100])プロセ スの進行9) などを重ね合わせて考えてみると、
むしろ今日におけるアメリカ社会の状況は、
H. ガンズのいうように、「貧困者との
・ ・ ・ ・ ・
戦争」が 遂行されている局面にあるという見方も、十分 に説得力をもつのである。
終 わ り に
近年のわが国においても、制度発足以来基本 的な枠組みに変化のなかった現行生活保護制度 を、今日的な状況に応じて見直そうとする作業 が進められている。しかも、アメリカにおける 福祉改革と同様、最も大きな焦点となっている のは、「就労可能」な生活困窮者への対応であ る10)。「小さな政府」への編成替えが着々と進め られつつあるなかで、わが国の公的扶助制度は
どのような方向性に進むべきなのか(あるいは 進むべきではないのか)、アメリカの経験を十 分に吟味していく必要性がある。
註
1)毎月20ドルまでの非稼得所得(年金,失業保険,
労働者補償など)は一般にカウントされない(後 藤[2000:155]).
2)しかしもともとは,余剰
・ ・
農作物を困窮者に与え るという意図から構想されたのである.
3)EITC の詳しい内容については,根岸(2001)
を参照.
4)AFDC の受給権を実質的に制限していた諸規 則の内容と,それに対する違憲判決のいくつかの 事例については,今岡([1981:2413])を参照.
5)ただし,この「失敗」の内容に関する評価は,
いわゆる保守派とリベラル派とのあいだでは根本 的に異なることに注意しておきたい.前者は,多 くの公共支出を費やしたにもかかわらず貧困者の 数がほとんど減少しなかったとして,そもそも貧 困戦争そのものが間違いであったとの評価を下す のに対し,後者は,もともとの財源的裏づけが乏 しかっただけでなく,失業や低賃金といった経済 構造に関わる問題にほとんど手をつけなかったこ とを失敗の最大の要因と理解しているのである.
また,W. ウィルソンは,貧困戦争のもとで導入 されたプログラムによって,かえって黒人の極貧 層を取り巻く状況を悪化させた側面があることに 注意を促している.すなわち,プログラムの恩恵 を受けた黒人たちが,もともと住んでいた黒人コ ミュニティ(ゲットー)から去ったことで,黒人 のなかでも最も不利な立場にあった人々がそこに 取り残されて社会的に孤立してしまい,その結果 としてますます困窮状態の固定化と再生産が進行 してしまったということである.このような人々 をウィルソンは「アンダークラス」(underclass)
と呼んだが,この問題提起は社会的に大きな影響 を及ぼした.
6)もちろんこのようなパースペクティブは,「貧 困の責任をその犠牲者に」(Lumer[1965=1966:
23])転嫁するために昔から繰り返し現れてきた 考え方の現代版であるにすぎない(Katz:1993, Gans:1995).
7)例 え ば,病 弱 な 受 給 者 に 就 労 が 強 制(大 津
[2005:151])されるケースや,医学的な観点か
ら身体的には就労や訓練への参加が可能と判断さ れたとしても,表面には顕われてこないメンタル な問題を抱えているために,実質的に就労が不可 能なケースがありうるのである(尾澤[2003:82]).
8)http://aspe.hhs.gov/hsp/indicators03/apa.
htm#figtanf1(保健福祉省 HP),尾澤(2003),
Iceland(2005)等を参照.
9)ジェレミー・シーブルックは以下のように述べ ている.「合衆国は,自由への強い愛着を絶えず 公言する一方で,攻撃的なまでに拘禁が多いとい う奇妙なパラドックスを示す社会である.世界の どの国よりも,刑務所に収監されている人間の率 が高い.そして,そのうちの圧倒的多数が貧困 者,黒人であることはよく知られている.…1980 年から1996年の間に,合衆国の刑務所収容者は 133万人から163万940人へと増加した.その後も 増加を続け,現在では200万人以上になっている.
この間に,刑務所関連の支出は40億ドルから400 億ドルへと上昇した.…刑務所制度の民営化とと もに,刑罰は経済成長の大きな源泉となってきて いる.貧困者を尊敬すべき市民の目から隠すの に,これよりも効果的な方法があるだろうか」
(Seabrook[2003=2005:23]).
10)布川(2005)を参照.
参考文献
・阿部實編(2000)『英国所得保障政策の成立と展 開』日本社会事業大学
・Bauman, Z.(1995)The Strangers of the Consumer Era:from the Welfare State to Prison in Postmod- ernity and Its Discontents(=1999,入江公康訳「消 費時代のよそもの―福祉国家から監獄へ」『現代 思想』vol. 2711,149159)
・Bauman, Z.(2000)Social Use of Law and Order,
Criminology and Social Theory(=2001,福本圭介 訳「法と秩序の社会的効用」『現代思想』vol. 29 7,84103)
・Danziger, S. H. & Haveman, R. H.(2001)Un- derstanding Poverty, Harvard
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