詐害的会社分割条項の立法論的一考察
佐 野 誠
*
.はじめに
本稿は、平成 年会社法改正において新設された詐害的会社分割条項 に ついて、主として立法論の観点から検討を加えるものである 。
詐害的会社分割条項とは、会社債権者の利益を害するような濫用的な会社 分割等に対して当該債権者の保護を図るための規定である。具体的には、株 式会社に権利義務を承継させる吸収分割において、吸収分割会社が吸収分割 承継株式会社に承継されない債務の債権者(残存債権者)を害することを知っ て吸収分割をした場合には、残存債権者は、吸収分割承継会社に対して、承 継した財産の価額を限度として、当該債務の履行を請求できるとされる(会
*福岡大学法科大学院教授
文献によっては「濫用的」会社分割という用語を用いることもあるが、本稿では法制審議会 会社法制部会において使用されていた「詐害的」会社分割という用語を用いることとする(「会 社法制の見直しに関する要綱」第 部第 参照)。
平成 年改正においては、この他の会社分割における債権者保護策として、債権者異議手続 において異議を述べることができる債権者が各別の催告を受けなかった場合に分割会社および 承継会社の双方に債務の履行を請求することができるという規定を、分割会社に知れていない 債権者についても適用する(会社法 条 項、 項、 条 項、 項、 条 項、 条 項、 項)という改正が行われているが、本稿ではこの改正条項については対象としない。
社法 条 項)。
同様の規定は、持分会社に権利義務を承継させる吸収分割、株式会社また は持分会社を設立する新設分割にも置かれ(会社法 条 項、 条 項、
条 項)、さらには会社法における事業譲渡と商法における営業譲渡につ いても置かれることとなった(会社法 条の 、商法 条の )。
この新設条項の立法趣旨としては、立案担当者により以下のように説明さ れている 。
近時、詐害的な会社分割が行われているとの指摘がある。ここでいう詐害 的な会社分割とは、例えば、吸収分割において、吸収分割会社が、吸収分割 承継会社に債務の履行を請求することができる債権者と吸収分割承継会社に 承継されない債務の債権者とを恣意的に選別した上で、吸収分割承継会社に 優良事業や資産を承継させ、その結果、承継されない債権者が十分に債務の 弁済を受けることができないこととなるなどの承継されない債権者を害する 会社分割をいう。
これまで、このような詐害的な会社分割において承継されない債権者の保 護を図るための方策の つとして、民法上の詐害行為取消権(民法 条)
が用いられてきた。しかし、民法上の詐害行為取消権が行使された場合、判 例上、逸出した財産の現物を返還することが原則とされているが、吸収分割 承継会社が、吸収分割会社から承継した事業を構成する資産を返還しなけれ ばならないとすると、吸収分割承継会社における当該事業の継続および当該
なお、現在、国会で審議中の民法改正案に付随して、本条項の改正も予定されている(民法 の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案第 条)。具体的には、
会社法 条 項等ただし書きの「害すべき事実を知らなかったとき」を「害することを知ら なかったとき」に、会社法 条 項等における制限期間のうちの「 年」を「 年」に変更 する。これらはいずれも、民法の詐害行為取消権における改正内容に合わせたものである。
坂本三郎編著『一問一答平成 年改正会社法(第 版)』 頁(商事法務、 )。
事業に係る従業員や取引先等の利害を害する結果となるおそれがある。また、
吸収分割承継会社が吸収分割会社から承継した事業を継続しているため、承 継した資産の内容が変動しており、承継されない債権者が、吸収分割承継会 社に承継された資産を特定してこれを返還させることは著しく困難である。
そのため、判例では、価格賠償によることが認められているが、そうであれ ば、承継されない債権者の保護を図るために会社分割そのものを取り消すま での必要はなく、端的に、このような債権者は、吸収分割承継会社に対して、
債務の履行を直接請求することができることとすることが直截かつ簡明であ る。
詐害的会社分割において残存債権者(会社法 条 項括弧、 条 項括 弧)を保護する必要がある理由は、会社分割における債権者異議制度が残存 債権者に及ばないことにある。
すなわち、会社法上、分割会社の債権者には当該会社分割に対して異議を 述べる権利を与えられており、債権者がこの異議を述べたときには分割会社 は原則として当該債権について弁済、もしくは相当の担保提供を行わなけれ ばならないとされる(会社法 条 項 号、同条 項、 条 項 号、同 条 項)。さらに、この異議を述べることにより会社分割について承認をし なかった債権者は会社分割無効の訴えの原告適格を付与されている(会社法 条 項 号、 号) 。これらの規定によって会社分割により利益を害さ れる債権者は救済されることになるが、この債権者保護規定の対象となるの は会社分割後の分割会社に対して債務の履行を請求することができない債権
もっとも、後述のように分割後に分割会社または承継会社・設立会社の債務の履行の見込み がないことは無効事由とはならないとする説に従うと(森本滋編『会社法コンメンタール 』 頁[柴田和史](商事法務、 ))、このような提訴権の行使は実質的には債権者の保護に は役立たないことになる。
者(承継債権者)に限定されており(会社法 条 項 号、 条 項 号)、
分割会社に対して履行の請求をすることができる残存債権者はこの保護規定 の対象外となる 。
残存債権者が保護規定の対象外とされているのは、分割会社の分割対象で ある事業に関する権利義務は承継会社に移転するけれども、その対価として の株式等が分割会社に交付され、債権者の引当てとなっている会社財産に実 質的な変動はないと考えられるからとされる 。しかし、理論的にはそのよ うな説明が妥当するとしても、実際の会社分割においては残存債権者の利益 が害されることが起こり得る。すなわち、分割対価が分割により移転する権 利義務の価値に比べて不当に低いことがあり、また、分割後の設立会社にお ける第三者割当による増資によって対価としての設立会社株式の希釈化が行 われることにより、残存債権者が損害を被ることが考えられる。さらには、
このような明確な財産減少行為がなくとも、そもそも対価として交付される 株式は換価性に劣ることにより、実質的な責任財産の減少をきたすことにな るとも考えられる。その意味で、会社分割において残存債権者の保護がなさ れていないということは制度上の陥穽ということができよう。今回の詐害的 会社分割条項の新設はそのような制度上の陥穽に対する手当ということがで き、その限りでは本立法の意義が認められることになる。
このようにして残存債権者保護の必要性が認められることになるが、一方 で、立法論の見地から本条項の妥当性を検証する必要はあるのではないかと 思われる。
すなわち、まず、残存債権者の救済については後述のように詐害行為取消 権など既存の法制度や法理を適用することが判例によってなされてきており、
ただし、いわゆる「人的分割」の場合は残存債権者も債権者保護手続きの対象とされている
(会社法 条 項 号第 括弧、 条 項 号第 括弧)。
森本編・前掲(注 ) 頁[伊藤壽英]。
そうであればそれに付加して新規制度の立法をすることが本当に必要であっ たのかが問題となる。
つぎに、立法による解決を目指すとしても、残存債権者保護についてはか ねてより種々の制度設計上の選択肢が提示されてきており、その中で今回の ような立法内容がベストチョイスであったのかが問題とされよう。
本稿では以上のような問題意識から、以下、この問題についての会社法改 正までの状況を概観した上で、新規立法の必要性および立法内容の選択肢に ついて検討を行うこととする。また、本会社法改正後に出てきた民法改正案 への対応についても若干の検討を行う。
なお、本稿では以下、吸収分割会社(会社法 条 号第 括弧)と新設 分割会社(会社法 条 項 号第 括弧)を併せて「分割会社」と、吸収 分割承継会社(会社法 条 号第 括弧)と新設分割設立会社(会社法 条 項括弧)を併せて「承継会社」と、それぞれ表記する。
.会社法改正前の状況
( )会社分割の機能の変化
会社分割とは、株式会社または合同会社(以下「分割会社」という。)が、
その事業に関して有する権利義務の全部または一部を、分割後他の会社(以 下「承継会社」という。)または分割により設立する会社(以下「設立会社」
という。)に承継させることをいうが、このうち、分割会社が承継会社に承 継させる場合を吸収分割、設立会社に承継させる場合を新設分割という(会 社法 条 号、 号)。
会社分割は平成 年の商法改正で導入され会社法に引き継がれた制度であ るが、本制度が設けられた主要な動機は、経営効率化のため事業の一部を別 会社(子会社)化したり(企業グループ内再編)、事業の一部をグループ外
に切り離す形で移転したりすることを容易にするためであると説明されてお り 、当初は事業再編による経営の効率化を目的とするものであったと考え られる 。
ところが、特に会社法施行後、危機に陥った会社の事業再生の手段として 会社分割制度を利用する事案が急増し、その中には残存債権者の利益を害す るような詐害的会社分割といわれる事例が出てきた。
詐害的会社分割の典型例は次のとおりである。A社は資産 、負債 と いう債務超過の状況にある。A社は %子会社としてB社を設立し、B社 に資産 、負債 を承継させる新設分割を行った。この結果、A社の資産 は 、負債は となった。その後A社はその所有するB社株式をA社とB 社の社長である甲に対し名目対価で譲渡し、A社は破産手続きを開始し清算 された。一方、B社は債務超過から脱し、事業を継続することが可能となっ た。これによりA社の残存債権者としては、会社分割前には %の債権回収 可能性があったが、会社分割後の破産手続きにより %の債権回収にとどま ることになった。なお、実際の詐害的会社分割においては、承継される債務 について分割会社が重畳的債務引受をしていることが通常である。これは、
承継債権者に対する債務について分割会社も履行責任を負うことにより承継 債権者も債権者異議手続きの対象外とし(会社法 条 項 号、 条 項 号)、全ての債権者に秘密裏に会社分割手続を進めることを目的とするも のである。
ところで、会社法制定後にこのような詐害的会社分割が急増してきた背景 として、以下の点が指摘されている 。
江頭憲治郎『株式会社法(第 版)』 頁(有斐閣、 )。
会社分割制度導入前にも、このような目的を果たすために現物出資・財産引受け・事後設立 等による子会社の設立、または、グループ外の他社への事業譲渡等の方法があったが、変態設 立事項として裁判所の選任する検査役の調査を受ける必要、債務の移転における債権者の個別 同意の必要等の手続上の煩雑さがあった(江頭・前掲(注 ) 頁)。
①履行見込要件の削除
改正前商法では「各社ノ負担スベキ債務ノ履行ノ見込アルコト及其ノ理由 ヲ記載シタル書面」の開示が要求されており(改正前商法 条ノ 第 項 号、 条ノ 第 項 号)、これによって債務の履行の見込みがあること が実体的な会社分割の要件であると理解されていた。すなわち、分割会社、
承継会社、設立会社のいずれかにその見込がない場合は、会社分割の無効事 由となることについてほぼ異論がなかった 。
これに対して会社法では、開示事項として「債務の履行の見込みに関する 事項」とされた(会社法 条 項、 条 項、 条 項、施行規則 条
号、 条 号、 条 号)。
この文言の変更により、会社法のもとではもはや履行見込みが会社分割の 要件とはならないと考えるのかどうかについては学説では争いがある 。し かし、立案担当者は、会社法ではもはや会社分割の要件とはならないと明言 しており 、このことが履行の見込みがない会社分割が行われることに影響 を与えたとされる。
②承継財産切り分けの自由化
改正前商法では会社分割による承継の対象は「営業ノ全部又ハ一部」とさ
藤田友敬「組織再編」商事 号 頁( )、神作裕之=三上徹「商法学者が考える濫用 的会社分割問題―会社分割法制のなかで、できる限りの手当を望みたい」金法 号 頁( )、
久保文吾「濫用的会社分割に関する会社法の基礎知識」土岐敦司=辺見紀男編『濫用的会社分 割』 頁(商事法務、 )。
江頭・前掲(注 ) 頁注 。
江頭・前掲(注 ) 頁注 は会社法においても依然として要件であるとするが、神田秀 樹『会社法( 版)』 頁注 (弘文堂、 )は要件とはならないとするようである。なお、
今回の詐害的会社分割条項の新設については、会社法においては債務超過となるような会社分 割もありうるとした上で、その中の詐害的なものについて規制しようとしたとも解釈できる。
相澤哲=葉玉匡美=郡谷大輔編著『論点解説 新・会社法』 頁(商事法務、 )。
れ、「営業概念」による縛りがあった(改正前商法 条、 条ノ )。
これに対して会社法では「事業に関して有する権利義務の全部又は一部」
とされ(会社法 条 号、 号)、これによって会社の権利義務を自由に(恣 意的・濫用的に)切り分けることが可能となり、たとえば経営者の親族の債 権だけを承継させるような詐害的な会社分割が行われることとなったとされ る。
( )判例における対応
従前の判例においては、以下に挙げるような種々の法理論により詐害的会 社分割によって利益を害された債権者の救済がなされてきている。
ア.詐害行為取消権
表 の判例では、会社分割における残存債権者による詐害行為取消権(民 法 条)の行使を認容している 。
従来、会社分割に対して詐害行為取消権を行使することができるのか否か については議論があった。すなわち、事業譲渡や個別の財産の譲渡のような 取引行為とは異なり、会社分割は組織法上の行為であるので詐害行為取消権 の対象とはならないのではないかという疑念がある。さらに、会社分割の無 効については訴えをもってのみ無効を主張でき(会社法 条 項 号、
号)、分割無効判決は第三者効をもつことにより(会社法 条)法律関係の 画一的確定の要請に対応しているところから、詐害行為取消権の行使によっ て会社分割を取消すことはできないとの主張があった 。
なお、名古屋地判平成 年 月 日判時 号 頁は、会社分割ではなく、改正前商法下 での営業譲渡について、残存債権者による詐害行為取消権の行使を肯定している。
会社分割法制が創設された平成 年商法改正の立案担当者もこのように解していた(原田晃 治「会社分割法制の創設について―平成 年改正商法の解説―(下)」商事 号 頁( ))。
しかし、この点については、表 の下級審判例において会社分割について も詐害行為取消権の対象となることが判示されてきており、最終的に最判平 成 年 月 日 (表 の − 判例)によって確認されることとなった。
このように、詐害的会社分割の残存債権者は詐害行為取消権の行使によっ て保護されうることが明確となったが、以下のように平成 年最判において も明確化されなかった未解決の問題があることが指摘されている 。すなわ
本判例の判批として、藤原総一郎=稲生隆浩・NBL 号 頁( )、岡正晶・金判 号 頁( )、弥永真生・ジュリ 号 頁( )、蔵独活・商事 号 頁( )、田 路至弘=本村健=政本裕哉=岡香里=塚田有紀=丸山真司・商事 号 頁( )、鳥山恭 一・法セミ 号 頁( )、片山直也・ジュリ 号 頁( )、清水円香・ジュリ 号 頁( )、北村雅史・商事 号 頁・ 号 頁( )、神吉正三・金法 号 頁( )、森本滋・民商 巻 号 頁( )、伊藤靖史・金法 号 頁( )、佐藤 岩昭・法教 号別冊付録 頁( )、弥永真生・判評 号 頁( )、鈴木千佳子・リマー クス 号 頁( )、高山崇彦=松永耕明・金法 号 頁( )、本多知成・金法 号
頁( )、谷村武則・曹時 巻 号 頁( )がある。
鈴木・前掲(注 ) 頁。
表 詐害行為取消権の判例
番号 判例 詐害行為取消権
− 大阪地判平成 年 月 日金法 号 頁(第一審) 肯定
− 大阪高判平成 年 月 日金法 号 頁(控訴審) 肯定
− 最判平成 年 月 日民集 巻 号 頁(上告審) 肯定
− 東京地判平成 年 月 日判時 号 頁(第一審) 肯定
− 東京高判平成 年 月 日金法 号 頁(控訴審) 肯定
− 福岡地判平成 年 月 日金法 号 頁(第一審) 判断せず*
− 福岡高判平成 年 月 日金法 号 頁(控訴審) 肯定*
− 名古屋地判平成 年 月 日判時 号 頁(第一審) 肯定
− 名古屋高判平成 年 月 日判タ 号 頁(控訴審) 肯定
* − 判例では法人格否認法理を肯定したので詐害行為取消権については判断しなかったが、
その控訴審である − 判例では法人格否認法理の適用を否定し、詐害行為取消権の行使を 認めた。
ち、①詐害の意思との評価も含めた詐害的会社分割の詐害性の問題、②詐害 行為取消権によって取り消されるのは新設分割それ自体かあるいは分割の効 果として生ずる権利の承継か、③価額賠償をどのような場合に認めるか、で ある。
イ.破産法上の否認権
表 の判例では、会社分割に対する破産法上の否認権の行使の可否が取り 上げられており、表 の 判例以外の判例では否認権行使を肯定している。
なお、否認権制度は破産法のほかにも会社更生法( 条以下)や民事再生法
( 条以下)に規定されているが、破産法以外の法律における否認権が取 り上げられた判例は見られない。
詐害的会社分割に対する否認権行使についても詐害行為取消権行使と同様、
そもそも会社分割が否認権の対象となるのか否かの問題がある。この点につ いて、東京地判平成 年 月 日(表 の 判例)は「本件訴えは……本来、
会社分割無効の訴えによらなければならない会社分割の無効の主張を否認権 行使訴訟において主張しているもの」であり、原告の主張は失当であるとす る。しかし、それ以降の判例においては会社分割が否認権の対象となること を認めている。会社分割に対する否認権行使についての最高裁判例はまだ存 在しないが、会社分割に対する詐害行為取消権行使を認めた最判平成 年 月 日(表 の − 判例)からすると、否認権行使についても最高裁にお いて同様の判断がなされる可能性が強い。
破産法上の否認権の対象となる行為は、平成 年の同法改正によって整理 され類型化がなされた 。すなわち、①破産債権者を害する行為(破産法 条)、②相当の対価を得てした財産の処分行為(破産法 条)、③特定の債
小川秀樹編著『一問一答新しい破産法』 頁(商事法務、 )。
表 否認権の判例
番号 判例 否認権行使
東京地判平成 年 月 日金法 号 頁 否定 福岡地判平成 年 月 日金法 号 頁 破 条肯定 福岡地判平成 年 月 日金法 号 頁 破 条肯定
− 東京地判平成 年 月 日判タ 号 頁(第一審) 破 条肯定
− 東京高判平成 年 月 日判タ 号 頁(控訴審) 破 条肯定 権者に対する担保の供与等(破産法 条)の 種類である。詐害的会社分 割がこのうちのどの行為に該当するのかが問題となるが、否認権行使を認め た判例ではいずれも破産法 条の「破産債権者を害する行為」に該当する としている。
ウ.会社法 条 項類推適用
会社法 条 項は、事業譲渡の譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用 する場合に、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任 を負う旨を規定する。表 の判例では、この規定を会社分割にも類推適用す ることにより残存債権者の保護を図ることができるか否かが取り上げられて いる。
ここでの論点は、①そもそも事業譲渡の規定である会社法 条 項を会社 分割にも類推適用すべきか、②商号以外の名称の続用でも可とすべきか、で ある。これについて最判平成 年 月 日 (表 の − 判例)は、ゴル フクラブ名称の続用の事案につき上記①、②を肯定した。また、その後の東 京地判平成 年 月 日(表 の 判例)は、店舗名の続用につき②を肯定
本判例の判批として、弥永真生・ジュリ 号 頁( )、得津晶・NBL 号 頁( )、
片木晴彦・民商 巻 号 頁( )、池野千白・ジュリ 号 頁( )、滝澤孝臣・別 冊判タ 号 頁( )、菊田秀雄・金判 号 頁( )、笹本幸祐・法セミ 号 頁
( )、片木晴彦・法教 号 頁( )がある。
表 会社法 条 項類推適用の判例
番号 判例 類推適用
− 名古屋地判平成 年 月 日金判 号 頁(第一審)
(ゴルフクラブ名称の続用)
否定
− 名古屋高判平成 年 月 日金判 号 頁(控訴審) 否定
− 最判平成 年 月 日判時 号 頁(上告審) 肯定 東京地判平成 年 月 日判時 号 頁
(店舗名の続用)
肯定
大阪地判平成 年 月 日金法 号 頁
(商号の続用)
否定*
東京地判平成 年 月 日金法 号 頁
(商号の続用)
肯定
*残存債権者は当該債権者に対する債務が新設会社に引き継がれない旨の説明を受けており、
同一営業主体による営業が継続している、あるいは新設会社により債務引受がなされたと信 頼したとは認められないとした。なお、本件では原告は法人格否認法理の適用も主張してい るが、これも否認されている。
した 。
会社法 条 項が類推適用されれば、詐害性の要件は不要であり、また、
残存債権者の承継会社への履行請求には「承継財産を限度とする」という制 限がないことから、特に吸収分割の場合には詐害行為取消権の行使や否認権 の行使と比較して残存債権者はより手厚く保護されることになる。
しかし一方で、商号自体の続用ではなくとも、少なくとも「事業主体を表 示するもの」の続用が要件となり、また、分割会社が免責登記(会社法 条 項)をなせば 残存債権者は保護を受けることはできない。その意味で、
この債権者救済手段を実際に活用できる事案は限られると思われる。
ただし、いずれの判例もゴルフクラブ名称や店舗名が「事業主体を表示するもの」として用 いられていた場合に限定している。
商業登記実務では会社分割における免責登記を受け付けているようである。
エ.法人格否認の法理
法人格否認の法理 は、実定法上の規定はないが、最判昭和 年 月 日 民集 巻 号 頁以降、判例・学説によって広く認められてきている。新 設分割においては、分割設立会社の法人格を否認することにより事実上残存 債権者が承継会社に対して履行請求することができることになる 。表 の 判例では、法人格否認が認められた事案と認められなかった事案がある。
上記昭和 年最判によれば、法人格が否認される場合として、「法人格の 濫用」の場合と「法人格の形骸化」の場合があるとするが、詐害的会社分割 の場合は、通常、「法人格の濫用」が主張される。「法人格の濫用」の場合に は、会社の背後者が法人格を意のままに道具として支配しているという「支 配の要件」に加え、違法・不当な目的の存在という「目的の要件」が必要で あるとするのが判例 ・多数説である 。
表 のうち法人格否認の法理が肯定された 件( − 判例、 判例、
判例)では、いずれも支配要件と目的要件の充足が認められている。これに 対して、 − 判例では支配要件が認められず、また、 判例では支配要件 は認められたが目的要件が認められず、いずれも法人格否認が認められな かった。
法人格否認の法理とは、株主と会社との関係が密接なケースでは、両者の法人格の独立性を 形式的に貫くことが、場合により正義・衡平に反することがあり、その場合に、特定の事案に つき会社の法人格の独立性を否定し、会社とその背後の株主とを同一視して事案の衡平な解決 を図る法理である(江頭・前掲(注 ) 頁)。
残存債権者だけでなく、承継債権者が法人格の否認を主張することもある。表 の 判例が その例である。
最判昭和 年 月 日民集 巻 号 頁。
江頭憲治郎編『会社法コンメンタール 』 頁[後藤元](商事法務、 )。
表 法人格否認法理の判例
番号 判例 法人格否認法理
* − 福岡地判平成 年 月 日金法 号 頁(第一審) 肯定
− 福岡高判平成 年 月 日金法 号 頁(控訴審) 否定
** 東京地判平成 年 月 日金法 号 頁 肯定
*** 大阪地判平成 年 月 日金法 号 頁 否定 福岡地判平成 年 月 日判タ 号 頁 肯定
* 表 の 判例と同じ判例。
** 残存債権者ではなく、承継債権者が原告となった事案。
***表 の 判例と同じ判例。
.立法論の検討
( )新規立法の必要性
上記のように、詐害的会社分割によって利益を害される残存債権者の救済 策としては、判例においていくつかの選択肢が示されてきており、それによ り現実に救済を受けた残存債権者が存在する。特に、最判平成 年 月 日
(表 の − 判例)において会社分割に対しても民法上の詐害行為取消権 の行使が可能であることが公権解釈として確定したことは、今後の実務の方 向性をかなり明確化したと思われる。
そうであるとすると、今後は詐害行為取消権の行使(法的倒産手続きが開 始された場合は否認権の行使)により残存債権者の救済を図れば十分であり、
ここであえて会社法において残存債権者の保護制度を新設する必要はないの ではないかという疑問が涌く。法制審議会会社法制部会においても、当初よ り、会社法の改正による新たな規律の導入は不要であるとする考え方が選択 肢の一つとして提示されていた 。また、中間試案に対するパブリックコメ
神田秀樹「会社分割と債権者保護」ジュリ 号 頁( )。
ントにおいては、詐害性のない会社分割を利用した組織再編への悪影響が大 きいとして規定そのものに対して反対する意見が寄せられている 。たしか に、民法や破産法という一般法制度により保護されうる者に対してさらなる 保護制度を創設することは、屋上屋を重ねることになり、また、他の債権者 と比較して過剰な保護を与えることになるのではないかとも考えられる 。
それにもかかわらず会社法の改正によって新たな法制度を導入するという 結論になったのは、会社法制部会の議論の段階では上記平成 年最判が出て おらず会社分割に対する詐害行為取消権行使の可否が未決着であったことも さることながら 、会社法における債権者保護法制上のバランスの問題があっ たのではないかと思われる。すなわち、承継債権者についても詐害的会社分 割により利益を害されるおそれがあり、これに対して詐害行為取消権の行使 を認めることが可能であるが、このような債権者については会社法において も異議権を付与することにより保護がなされている(会社法 条 項 号、
条 項 号)。これとの平仄という意味では、残存債権者について、民法、
破産法等による保護が可能であったとしても、それに加えて会社法における 保護制度を規定することは不当に過剰な保護とはいえないであろうし、むし ろそれが会社法という法体系の中では衡平であるといえよう。したがって、
残存債権者に対する会社法上の保護規定の新設という立法判断はそれなりに 合理性が認められると考える。
坂本三郎他「「会社法制の見直しに関する中間試案」に対する各界意見の分析(下)」商事 号 頁( )。
なお、詐害信託により利益を害される債権者の救済については、信託法上の独自の制度を設 けず、詐害行為取消権や否認権で対応している(信託法 条、 条)。
「会社法制の見直しに関する要綱」を確定した法制審議会第 回会議は、平成 年 月 日 に開催されており、これは平成 年最判( 月 日判決)の直前である。
( )立法内容の選択肢
ア 事前抑止制度
⒜ 履行見込要件の復活
前述のように、会社法施行後に詐害的会社分割が増加した一因として、会 社分割の要件から「債務の履行の見込み」が削除されたことが指摘されてい る。これが事実であるとすると、この要件を復活させることにより詐害的会 社分割を事前に抑止することが可能となるはずである 。
しかし、そもそも履行見込要件が削除された理由は、債務の履行の見込み の判断基準が不明確で曖昧であり会社分割の法的安定性が害されるおそれが あったこと、および、従前の商業登記の実務では、分割会社または新設会社・
承継会社のいずれか 社が形式的に債務超過であれば会社分割の登記を受け 付けないという取扱いがなされていたが、そのような形式的かつ不合理な実 務を是正することであったとされており 、本要件を復活することはこのよ うな不都合も復活させることになる。
また、会社分割制度について、事業再編のみならず、法的整理や私的整理 と並んだ事業再生の手段として利用されること自体は不当とはいえないと思 われるが、履行見込要件の復活はこのような利用方法を封じることになる。
このように考えると、履行見込要件の復活は必ずしも適切な対応策とは思わ れない 。
全国倒産処理弁護士ネットワーク(全倒ネット)「濫用的会社分割についての立法意見の提 出」金法 号 頁( )はこのような立法提案をしている。なお、同論文では、分割会社 が債務超過の場合は広告による代替(会社法 条 項、 条 項)を許さずに各別の催告を 必須とすべきとする提案も行っており、これも同じ方向性のものであるが、これは残存債権者 を債権者異議制度の対象とすることを前提としている。
神作=三上・前掲(注 ) 頁。
神作=三上・前掲(注 ) 頁。
⒝ 事業概念による財産切り分け
会社法制定後の詐害的会社分割の増加のもう一つの要因とされている「事 業概念」の放棄についても、これを復活させることが考えられる。すなわち、
会社分割における承継対象を、現行の「事業に関して有する権利義務の全部 又は一部」(会社法 条 号、 号)から「事業の全部又は一部」(改正前商 法 条、 条ノ )に戻すという方策である。
しかしこの方策に対しては、事業の包括承継には法律関係が不公正に振り 分けられて承継される事態から債権者を保護するという側面もあるが、一方 で、採算の取れない赤字部門の切り離しや債務超過会社に対する債権の移転 等は事業概念によっては防ぐことはできないのであって、事業概念が債権者 との関係で有する機能はそれ自体としてはそれほど大きいものであったと評 価すべきではないとの批判がある 。
実質的に考えても、事業概念によって承継対象の切り分けを行っている事 業譲渡においても詐害的行為は発生していることからすると 、本方策によ る詐害的会社分割の抑止力については疑問があり、効果的な方策とは言い難 い。
イ 事後救済制度
⒜ 残存債権者に対する債権者異議制度の適用
現行規定上、残存債権者は会社分割における債権者異議制度(会社法 条、 条)の適用対象となっていないが、これを適用対象とすることによ り残存債権者の救済を図ることが考えられる 。
藤田・前掲(注 ) 頁(注 )。
改正前商法における詐害的営業譲渡の例として、名古屋地判平成 年 月 日判時 号 頁(詐害行為取消権を肯定)参照。
森本滋「会社分割制度と債権者保護―新設分割を利用した事業再生と関連して―」金法 号 頁( )、全倒ネット・前掲(注 ) 頁等。なお、本案は会社法制部会においても提案
債権者異議制度により、詐害的会社分割の事前抑止(催告と異議手続)と 事後救済(弁済・担保供与、会社分割無効の訴えの原告適格付与)の双方が 図れる。これは、承継債権者と残存債権者とを同じ制度により保護するもの であり、制度設計としては簡明である。また、分割設立会社の株式は通常は 換価性が劣るとすれば、少なくとも新設分割における残存債権者は類型的に 不利益を被ることになり、その意味では債権者異議制度の対象とするのが本 来的ではないかとも思える。
一方で、残存債権者を債権者異議制度の対象とすることについては、分割 会社の手続が重くなることや 、悪質な債権者が債権者異議制度を悪用して 会社を混乱に陥れる可能性があること などが指摘されている。債権者異議 制度のうち、債務の弁済や担保の提供については「債権者を害するおそれが ない」場合が除かれており(会社法 条 項但書、 条 項但書)、事実 上詐害的会社分割の場合に限定されているが、催告、異議手続についてはそ の限定がないことがこのような懸念を生じさせる原因となっている。また、
この方策では事業譲渡・営業譲渡における残存債権者を救済することはでき ない。
しかし、悪質な債権者による制度濫用の危険は現行規定で適用対象となっ ている承継債権者でもあることであり、残存債権者固有の問題ではない。ま た、広告による各別催告の代替を認める現行規定を前提とする限り、分割会 社の手続が不当に過重となるとはいえない。さらに、事業譲渡や営業譲渡に ついてはたしかに本方策では対応できないが、もともと取引行為である事業 譲渡等については詐害行為取消権による救済が本筋とも考えられる 。
されていた(法制審議会会社法制部会第 回議事録(以下「第○回議事録」とのみ表記する)
頁前田雅弘発言)。
第 回議事録 頁本渡章・三原秀哲発言。
このような例として、社債が転々流通してヘッジファンドや反社会的勢力に渡った場合など が指摘されている(第 回議事録 頁奈須野太発言)。
以上を考慮すると、残存債権者を債権者異議制度の対象とするという方策 は合理的かつ有力な選択肢であると考えられる。
ところで、残存債権者の救済策として債権者異議制度の対象とする場合、
現行の債権者異議制度をそのまま適用する場合には債権者救済の陥穽が生じ る可能性がある。すなわち、債権者異議制度の対象となっている「知れてい る債権者」には分割会社から各別に催告することが必要とされ(会社法 条 項、 条 項)、この催告が行われなかった場合には承継会社等に履行 請求ができることになっているが(会社法 条 項、 項、 条 項、
項)、これには例外があり、分割会社が定款に規定された日刊新聞への掲載 や電子広告による告知をした場合には各別の告知の必要はなく(会社法 条 項、 条 項)、したがって、履行請求権も発生しない(詐害的会社分 割を行おうとする分割会社としてはできるだけ債権者に内密に手続を進めよ うとするであろうから 、あえて各別の催告を行うことはまず考えられない)。
この場合、債権者による異議申立の期限が短いこと(最短 カ月)を考える と、残存債権者において会社分割の事実を認識することが遅れてこの期限を 徒過する可能性があり、その場合には、弁済又は担保提供請求(会社法 条 項、 条 項)、承継会社等への履行請求(会社法 条 項、 項、
条 項、 項)、会社分割無効の訴えの提起(会社法 条 項 号、
号)などの救済措置は全く受けられなくなる。
しかし、債権者としては債務者である分割会社の動向に常に注意を払い、
規定された日刊新聞や電子広告をチェックしておくべきであり、これを怠っ た場合に不利益を被ることはやむを得ないという考え方もありうる。また、
そもそも、事業譲渡や営業譲渡について会社分割と全く同様の制度設計をしなければならな いという理由はない。
多くの詐害的会社分割においては承継債権者の債権について分割会社が重畳的債務引受を 行っていること(これによって承継債権者も債権者異議制度の対象外となる)がこれを示して いる。
そもそもこの債権者異議制度は承継債権者等の保護のために規定されたもの であり、残存債権者にのみ各別の催告を必須とすることは制度内のバランス の観点からも望ましいとは思えない。
したがって、このような場合(異議申立期限を徒過した場合)は詐害行為 取消権の行使によって残存債権者の救済を図ることが妥当であろう 。
⒝ 会社分割取消しの訴えの創設
会社法 条 号は、持分会社の社員がその債権者を害することを知って 持分会社を設立した場合の当該債権者による持分会社設立の取消しの訴えを 規定する。本規定を参考にして、会社分割取消しの訴えの制度創設が提案さ れている 。
これに対しては、そもそも現行の持分会社設立取消しの訴えの制度自体に ついて批判が強く、このような制度はコストがかかるとの批判がある 。
詐害的な意図による組織法上の行為について、取引法上の行為を対象とし た民法 条とは別の制度を設けること自体は理論的には考えられる選択肢 である 。しかし、本件で問題となっている残存債権者の救済のために第三 者効を持つ組織法上の行為の取消し訴訟制度を創設するというのは、牛刀を 以て鶏を割く感が否めない。他の選択肢との比較では優先順位は劣ると思わ れる。
なお、後述のように、平成 年最判は債権者異議制度の対象となる債権者については詐害行 為取消権の行使を認めないと判示したようにも解釈できる。しかしこのような解釈に従う場合 でも、やむを得ない事情により債権者異議制度により救済されなかった債権者については詐害 行為取消権の行使を認めるとすることはできるのではないか。
全倒ネット・前掲(注 ) 頁。
神作裕之「濫用的会社分割と詐害行為取消権―東京高判平成 年 月 日を素材として―
(下)」商事 号 頁( )。
このような観点から、改正前商法 条(会社法 条 号)が適用される場合は、民法 条は適用されないとするのが判例である(最判昭和 年 月 日民集 巻 号 頁)。
( )新制度の規定内容の検討
ア 履行請求権方式の採用とその評価
以上のような選択肢がある中、平成 年改正では残存債権者に対して承継 会社への履行請求権を付与するという方式が採用された。
履行請求権方式は、会社分割行為の取消し請求や無効確認請求などとの比 較では、第三者に無用の影響を与えることが少なく、当該債権者の救済のみ を目的とする限り簡明で合理的な制度設計であると思われる。
一方で、残存債権者の救済については履行請求権方式、承継債権者等(人 的分割における残存債権者を含むという意味で承継債権者「等」と称する)
の救済については債権者異議方式と、同じ分割会社の債権者であってもその 救済制度が異なることになったことをどう評価すべきかという問題がある。
すなわち、詐害的会社分割に対する事前抑止力という観点からは、履行請 求権制度にも事実上一定の抑止力が認められるであろうが、その効力は催告 義務や異議申立権を規定する債権者異議制度には及ばないと思われる。また、
履行請求時の詐害性の立証責任の違いもあり 、明らかに残存債権者の保護 よりも承継債権者等の保護の方が手厚くなっており、このような差異が合理 的であるのかという問題である。
会社分割における承継債権者等と残存債権者の立場の違いについては、会 社分割における包括的財産移転においては個別債務引受における債権者の承 諾権が剥奪されているところから、会社分割においては類型的に承継債権者 の利益が害されうるのに対して、残存債権者については分割会社が承継会社 の株式等の相当対価を得ることにより理論的には利益が害されるとはいえな いという説明がなされてきた。これによれば、残存債権者の利益が害される
履行請求権制度では債権者は詐害的会社分割であることを立証する必要があるが(会社法 条 項、 条 項)、債権者異議制度では詐害性についての立証責任は分割会社側にある(会 社法 条 項但書、 条 項但書)。
ケースは例外的であり、今回の改正はその例外的事案への対処策であるので、
承継債権者等に対する保護策との違いは合理的であると一応は説明されるで あろう。
しかし、前述のように分割会社が対価として取得する分割新設会社の株式 は換価性に劣ることが一般的であり、また、その株式を廉価で譲渡したり、
分割新設会社において第三者割当による増資を行うことにより当該株式の希 釈化が行われうることからすると、残存債権者が害される事案は承継債権者 等との比較で明らかにレアケースであるといいうるのかについてはかなり疑 問がある。本稿 ( )で示した多数の判例事案を見ても、実際に残存債権 者が害されるケースは多発しているのであり、それだからこそ今回の改正が 行われたのである。その意味で、残存債権者と承継債権者等の立場の違いが、
それぞれに対する保護制度について異なる制度設計を要求するほどであった とは思えない。
以上、残存債権者の救済という観点からは今回の履行請求権方式は合理的 なものであると評価できるが、会社法という法体系内での衡平性の観点から は、むしろ債権者異議方式の方が妥当であったのではないかと考える。
イ 詐害行為取消権との関係
平成 年最判により詐害的会社分割に対しても民法 条の適用が認めら れたにもかかわらず会社法において履行請求権制度を創設したわけであるが、
その発動要件は同一と考えられているところから 、両制度の関係が問題と なる。
法務省民事局参事官室「会社法制の見直しに関する中間試案の補足説明」商事 号 頁
( )。
⒜ 両制度の違い
まず、詐害行為取消権は裁判所の関与が必須であるが、履行請求権は裁判 外でも行使できる。
次に、履行請求権においては、承継会社に対して当該債権者の債権の直接 の履行を請求することができるが、詐害行為取消権においては承継会社に対 する直接の履行請求(価額償還)は例外とされている 。
さらに、限度額の適用方法の違いがある。詐害行為取消権における価額償 還においては請求額が被保全債権の額と価額償還を求める財産の価格のいず れか低い方となるが、履行請求権では請求自体は債権全額についてでき、た だ責任の額が承継財産の価格に限定されているにすぎない。したがって、残 存債権者が履行請求権で確定判決などの債務名義をとった後で、承継会社に ついて倒産手続が開始された場合、債務名義が承継財産の額に限定されない で債権全額になっているので、最初に価額償還を求めた場合よりも、他の債 権者との関係でより多くの分配を受けられる可能性がある 。
分割会社が倒産した場合にも差が生じる。分割会社において破産手続きが 開始された場合、提訴されていた詐害行為取消権については破産管財人がそ の訴訟手続きを受け継ぐことができる(破産法 条 項)。これに対して、
履行請求権の場合は破産手続開始等の決定があったときは行使できず(会社 法 条 項、 条 項、 条 項、 条 項)、仮に提訴していても破 産管財人が受け継ぐことはない 。
以上を総合すると、履行請求権は詐害行為取消権と比べて債権者にとって すべての点で有利であるとまではいえないが、少なくとも使い勝手がよいと
民法改正案では、明文で「受益者がその財産の返還をすることが困難であるときは、債権者 は、その価額の償還を請求することができる」と規定した(改正民法 条の )。
加藤貴仁他「(座談会)平成 年会社法改正の検討」ソフトロー研究 号 頁(田中亘発言)
( )。
坂本・前掲(注 ) 頁。
はいえる。
⒝ 併用可能性
それでは、履行請求権制度が新設されたにもかかわらず、残存債権者は詐 害行為取消権を行使できるのか。この部分は、条文上は明確でない。
平成 年最判では、「新設分割について異議を述べることもできない新設 分割会社の債権者は、民法 条の規定により、詐害行為取消権を行使して 新設分割を取り消すことができる」(下線は筆者)と判示しており、会社法 における債権者保護規定の適用がないことが会社分割に対して詐害行為取消 権を認める根拠の一つとなっているように読める。それを前提とすると、履 行請求権制度が新設された以上は残存債権者が詐害行為取消権を行使するこ とはできないと判断される可能性もある 。
本改正の立案担当者は詐害行為取消権の行使を認めるが 、学説上は、こ れを認めるべきでないとする説もある 。
二つの制度の発動要件が同じということであれば、一般法と特別法の関係 から、残存債権者はもはや詐害行為取消権を行使できないとも解されうる。
しかし、履行請求権制度は前記のように債権者異議制度との比較で債権者保 護の機能として脆弱な部分があると考えられるところから、これを補完する
なお、同最判の調査官解説である谷村・前掲(注 ) 頁は、会社法 条 項と民法 条が併存するかどうかは会社法の条項が債権者保護として十分といえるかなどを検討して判断 することになるとする。
坂本・前掲(注 ) 頁。
第 回議事録 頁中原裕彦発言、高須順一「債権法改正作業と濫用的会社分割―改正法にお ける詐害行為取消権行使の可能性」土岐敦司=辺見紀男編『濫用的会社分割』 頁(商事法務、
)。
なお、山本和彦他「シンポジウム濫用的会社分割を考える」土岐敦司=辺見紀男編『濫用的 会社分割』 頁(山本和彦発言)(商事法務、 )は、この二制度が併用可能とすると、競 合した場合の調整規定が必要ではないかとの疑問が涌くが、現実の競合事態を考慮したときに は自然と調整が図られるのではないかとする。
意味も含めて詐害行為取消権の行使を認めてもよいと思われる 。なお、後 述のように、民法改正後において履行請求権の要件が詐害行為取消権のそれ と一致しないこともありうるとすると、残存債権者に詐害行為取消権の行使 を認める必要性はより高まるであろう。いずれにしても、この二制度の関係 については立法により明確化することが望ましい 。
ウ その他の立法論的論点
⒜ 期間制限
履行請求権の行使期限 は、①分割会社が残存債権者を害することを知っ て会社分割をしたことを知ったときから 年、②会社分割の効力発生日から
年 、とされている(会社法 条 項、 条 項、 条 項、 条 項)。これは詐害行為取消権の行使期限と平仄を合わせたものである(民法
条) 。
一方、会社法におけるその他の債権者保護制度の行使期限は以下のとおり である。
①会社分割に対する債権者の異議(会社法 条 項、 条 項、 条 項):催告時から カ月以上(分割会社が決定する)
②会社分割無効の訴え(会社法 条 項 号、 号):会社分割の効力が 生じた日から カ月以内
③事業譲渡における商号続用の場合の譲受会社の責任(会社法 条 項):
坂本他・前掲(注 ) 頁。
この期間中に行わなければならない行為は「請求」だけでなく、「請求の予告」でもよい。
改正民法が施行された場合には、この期間は 年となる(前掲(注 )参照)。
ただし、詐害行為取消権についてはこの期限中に行使することが必要であり、「予告」では だめである。これは、詐害行為取消権の行使については債権の履行期が到来している必要はな いと解されていることによる(内田貴『民法Ⅲ(第 版)』 頁(東京大学出版会、 ))。
事業譲渡から 年
このように、履行請求権の行使期限は詐害行為取消権とは同じだが、他の 債権者保護制度と比べると債権者に有利になっている。前記の通り、履行請 求権を行使することができる残存債権者が詐害行為取消権を行使することが できるか否かについては議論があるが、仮に残存債権者は詐害行為取消権を 行使することができず、履行請求権の行使のみが可能であるとすると、行使 期限を詐害行為取消権のそれに合わせることも合理性がある。
一方、残存債権者は履行請求権の行使に加えて詐害行為取消権を行使する ことも可能であるとすると、この行使期限は会社法における他制度との比較 で残存債権者を優遇しすぎではないかと思われる。この場合、会社法 条 項と同様、主観的期限を廃止して、会社分割の効力発生日から 年とするこ とが考えられる。
⒝ 事業譲渡、営業譲渡への適用
今回の立法では、残存債権者保護のための履行請求権制度を会社分割だけ でなく事業譲渡と営業譲渡にも創設した(会社法 条の 、商法 条の )。
残存債権者に対する詐害的行為が行われうるという意味では、会社分割だけ でなく事業譲渡等も同様の状況にあると考えたことによる 。
これに対しては、学説からの批判がある。すなわち、詐害的な事業譲渡等 は詐害行為取消権に委ねるべきであり、包括承継と特定承継は別異に扱われ るべきである 、事業譲渡は個別資産の譲渡と概念の区別が不明確であるこ
この期間内に「請求の予告」を行った場合も含まれる。
なお、承継債権者については、会社分割とは異なり個別の免責的債務引受に対する承諾手続 きがあるので、会社分割におけるような債権者異議制度は存在しない。
坂本他・前掲(注 ) 頁。