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社会立法及び社会法の概念に関する一考察

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-一一 J ●

社会立法及び社会法の概念に関する一考察

         棚  田   洋  一

        (高知大学文理学部径済学科法学研究室)

On

the Concepts

of Social Leがslationand Social Law

Yoichi Tanada       目 はじめに 英国における社会立法及び社会法の概念 -  次 二.社会立法と社会法の概念上の比較 四.社会立法及び社会法の概念の進むべき方向 は じ め に  法律概念の中でも,「社会立法」や「社会法という用語ほど,あいまいで多義的なものはない. たとえば社会立法の意義について,米国のジェイムズ教授(Prof. E. James)は, 1913年に発表し た論文の中で,次のように述べている.   「社会立法は,漠然とした言葉である.というのは,法律はそれ自体,命令的要素と共に伝統的 要素を含む社会的機構の一つであり,立法は全てこの点で,少なくとも『社会的』だといえるから である.しかもその上,立法部門の中には,人間が社会的交渉を行なう場合が多くなるにしたか い,他の立法に比較して,社会により密接に関連し,より大きく影響を与える立法が,生成される ようになってきたからである.」と(1)  教授は,このような立法までも,「社会立法」として位置づけられうるものだとい’つているよう に受けとれるのであるが,確かにこの指摘は,現在でもなお通用するほど,「社会立法」という法 律概念は,漠然としており,また便宜的な言葉として,広い意味で使用されてきているように思わ れる.その上,他に「社会法」という別の概念が存在することもあって,これらの法律概念につい て,今なおはっきりした定説というものが確立されていないし,しばしば両者を混同して用いる場 合もあるというのが現状である.  このようにして,現代社会における法を研究する法律学者,特に米国の学者の中に,社会立法や 社会法という法概念を,極めて広義に考えている者がいるとすれば,たとえば,社会立法につき,  「産業災害,疾病,児童労働,婦人労働,雇用者責任,労働時間,老齢保障,そして失業対策等々 に関する立法は,単に社会立法の一般的,包括的プランの先駆たるものにすぎない.」(2)と述べる 者がかなり存在するということも不思議ではない.要するにこれらのことからいえるのは,現代に おいて社会立法及び社会法という概念それ自体が,広範で多義的な性格を含んでいるということを 容認しようとする考え方が,存在しうるということであろう.  確かに,ジェイムズをはじめとする多くの米国学者がいうように,現代における社会立法及び社 会法に関する研究とは,1「食料,衣服,住居,医療サービスのような,「相当な生活の最低基準」

 (decent minimum standard of living)に必要な重要項目を,合理的な努力と獲得すべき手段

によって,社会の構成員に保障することを目的とする.」(3)といえるだろう.またそのように位置 づけることは,現代資本主義社会においては妥当な面も含んでいるといえよう.

 しかし,このような実利主義的(pragmatic)な社会立法及び社会法理論では,歴史的視角,つ まり労働者階級による労働運動その他の社会運勁の歴史的展開の中で,社会立法が徐々に生成,発

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 70      高知大学学術研究報告  第21巻  社会科学I  第7号 展してきたという視角と重要性を,軽視もしくは看過しがちな傾向がでてくる点で,問題の多いと らえ方であると思われる.私か米国における一般的な社会立法及び社会法に関する考え方を,冒頭 に取り上げたのも,これらの法律概念のもつあいまいさを指摘するためであると同時に,単にこの ような把握の仕方に終始しては,社会立法及び社会法のもつ本来的性格や歴史的重要性を,見失っ てしまう誤まりを危惧し,その点を強調したいからに他ならない.  現代における社会立法及び社会法理論は,あくまでも近代資本主義経済社会の歴史的変遷にとも なう,労働者階級の闘争と支配者階級(=国家)の妥協の結果として,生成,発展してきたという 視点を,前提にして把握されねばならない.階級闘争など下からの社会運動のもつ役割と重要性を 捨象した/実利主義的な考え方のみを強調したり,あるいは理論のための理論としての社会立法及 び社会法理論は,一面的であり,空虚であり,適切な把握の仕方とはいえないと考える.そういう 意味から,われわれは,社会立法及び社会法理論に関する歴史的把握の重要性を指摘し,現代社会 立法及び社会法の基本原則とされている.生存権の保障とか労働基本権の保障とかいわれるもの か,全て19世紀,20世紀を通じて,労働者階級を中心とする社会運動,特に労働運勁と社会主義運 動の発展の結果として獲得された,法的原理だということ,を強調しておきたいと思う.  したがって,こうして獲得された原理に基づく社会立法及び社会法の概念は,おのずからダイナ ミックな性格をもち,常に労働者階級を中心とする勤労諸階層による生存権闘争と共に,生成発展 していく特質をもっているといえるであろう.以上のような基本的視点にたって,社会立法と社会 法の概念上.,意義上の区別や関係といった点について,従来の内外の研究成果を土合にして若干考 察してみようというのが,ての小稿の意図するところである. 山閣図 註

S. A.・Riesenfeld, Modern Social Legislation, 1950, p. 1.

 ibid. p. 1.  ibid. p. 2.       二. 社会立法と社会法の概念上の比較  社会立法と社会法の概念を,どのように把握していくべきかについては,従来,労働法学者,法 社会学及び法哲学者,その他社会と法との関係に関心をもつ法律学者などによって,いろいろ研究 され意義づけられている.ここでは,その主要な学説を摘出してみることにするが,それに関連.し て最も留意しなければならないのは,社会立法と社会法との間に.はたして明確な概念上の相違か あるかどうかという点であろう.  (1)橋本理論 まず橋本博士は,社会法研究の古典的名著とされている,『社会法と市民法』の 中で,「社会法」の名称に関し,独語として「Sozialrecht」を用いているのに対し,英語には「social legislation」を用いておられる.このことは,「社会立法」と「社会法」の区別にあまりこだわって いないか,またはそ・の区別を明確に把握しようとしていないように思われる.  博士は,「社会法」という名称の歴史的変遷について,ドイツめ場合を例にとり,次のように述 ″ている,「社会法発達の端緒をなした工場労働者保護法に関して,先ず『工場法』(Fabrikgesetz) または「工場立法」(Fabrikgesetzgebung)なる称呼が使用せられ……19・│廿紀末葉,社会保険の制 度が設けらるるに及び,立法者が経済的弱者としての被傭者のために社会政策的見地から制定する すべての法規を「労働者保護法」(Arbeiterschutzrecht)なる称呼を以て呼んだ.」(4’・と.それか ら続けて次のように概示する.その後労働者保脱法の他に,労働契約法,労働者保険法という区分 が明らかになり,この三分類を包括するものとして,「労働者法」(Arbeiterrecht)という名称か使 用されたが・やがて社会保険が,労働者以外の使用人(Angestellte)にも拡張されるに及んで, 「被用者保旋法」(Arbeitnehmerschutzrecht)という名称が生れ,そうしてこれらを包括するもの

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社会立法及び社会法の概念に関する一考察   (棚田) 71 として,「社会立法」または「社会政策立法」(soziale od. sozialpoliti此he Gesetzgebung)とい う名称が使用されるに至った.しかし,やがて労働者協約など労働者団体の自主的立法が,重要な 意義を獲得するに及んで,この用語も一面的となり,ようやくこれらの全法域を包含する「労働 法」(Arbeitsrecht)という新しい名称が,採択されるに至ったのだと述べている.ヽ  次に博士は,「社会法」CSozialrecht)という概念については,最近国家による経済生活の統制を 規定する「経済法」(Wirtschaftsrecht)が,労働法と並立する法として生成されるに及んで,これ を含む新法理が,伝統的な市民法法理を超脱する形となり,や力kて市民法とは別個の新しい法体系 をもつものとして,「社会法」という法概念が学者の間で提唱されるに至ったのだと概観される(5> づまり社会法という概念は,社会的または団体主義的精神にちなんでつけられた名称であり,他方 社会立法という概念は,社会法の概念の中に含ませるものであり,社会法発展過程における過渡的 な法概念であるにすぎないと把握しているように思われる.  (2)菊池理論 こ・れに対して菊池博士は,橋本博士に比べれば,かなり両者の法概念を明確に区 別しておられるように思う.まず博士は,r社会科学大辞典』の中で,社会立法と社会法の項目を

説明するにあたって,前者を「social legislation。 Sozialgesetzgebung, l'egislation sociale).後 者を「social law. Sozialrecht, droit social) と明確に区別し,その説明にあたっても,若干相

違点を考慮して述べているように思われる.すなわち,前者の「社会立法」の項目の説明では,「社 会立法とは,社会問題解決の一手段として行なわれる諸立法の総称である.」とされるのに対して, 後者の「社会法」の項目の説明では,「社会法とは,社会の階級的均衡関係を規律する,国家的諸 法規並びに社会的諸規範の統一的名称であり,ここでいう社会とは,近代資本主義生産制の下にあ る社会を指す.」(6’とされるのである.  要する‘に「社会法」という概念は,第一に,国家的諸法規,すなわち国家が社会の階級的均衡関 係を規律するために制定した諸「立法」を意味すると同時に,このような立法を促進する社会的諸 規範や理念の両者をひっくるめた概念だとされる.第二に,労働者ひいては広く無産者階級全米に 関係する問題を含ませて,その階級関係に着目し,一切の関係諸法規範を,階級闘争の各段階にお ける社会的均衡のあらわれとして体系づけ,この点から社会法という概念に到達する,と述べてい ヽるようである.つまり社会法概念の特色に,目階級性」を指摘する訳である.  これに対して,「社会立法」とは,階級性にこだわらずもっと広い観点から,資本主義生産制の 発展により生じたひずみとして,社会問題解決の要求に応ずるための,歴史的に新しい立法の総称 を意味するとする.したがって,「初期の社会立法は,人道主義的立場から制定されることもあっ たし,漸次社会運勁が組織化し勢力を加えるにつれ,国家は,労資両階級の仲裁的又は協調者の地 位に立ち,婦人及び年少者の保護に端を発し,やがてこれを成年労働者にも及ぼした.」(7)と述べ ることになるのである.ここでは社会立法における階級性を,いかに理解するかか問題となってく るであろう.  (31-沼田理論 「社会立法」と「社会法」の両概念を一層明確に区別して,その特質を説明され るのが,沼田教授である.教授は,いわゆる「沼田労働法理論」の基本的姿勢を確立した著書とい われている『労働法論序説』の中で,次のように述べている.   「われわれは,市民法の社会法化という傾向を資本制社会の内在的諸矛盾の発展による直接的法 意識の変貌を母胎として,実定法秩序の法的意味が変移せしめられる傾向として,広く捉えてき た.しかし立法意思によって,政策的に制定せられる実定法規としての社会法乃至は社会立法につ いては,わざと深く論じなかった.それが市民法の社会法化の傾向に対して,極めて力ある影響を 絶えず及ぼしているにも拘わらず,又この社会立法こそ,市民法より社会法への移り行きの典型的 な形態であるにも拘わらず.けだし,それが最も自覚的な政策意思の法的実在であり,社会法乃至

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 72      高知大学学術研究報告  第21巻  社会科学  第7号 労働法そのものだからである‥‥‥‥刊j‘民法的原理に,即時的には立脚しないところの新しい法原理 に立つ立法を,一応社会立法と称するならば,それは;経済法,労働法,社会法,厚生法など,諸 々の名称を冠せられる諸性格を包括した概念ともなるのであろう.」(8’と.つまり沼田教授にあっ ては,社会法に広義と狭義の区別がありうるとするならば,社会立法とは,広義の社会法と同義で あり,市民法から社会法へ変移する際に生成される,典型的な社会政策的立法であるとされている ようである.  教授は続けて次のようなことをいわれる.社会政策というものは,資本制社会における諸矛盾の 実形態である“社会”=特殊な社会集団を意識し,かかる“社会”の問題に対する国家=総資本の 回答として,包括的に把握されるものであり,この場合“社会”階級は,賃労働者や,それと階 級的類似性をもった商業使用人,事務員,技術員,さらには,失業者までも含む,被用者層に限ら ず,資本制社会の必然的矛盾から生ずる,小作人乃至貧農,浮浪者,貧民,小市民などの被害者集 団を対象とするのである.こうして実定法秩序との関連で,理解するとすれば,大まかには,社会 政策一社会立法一社会法という系列で把握されうるであろうし,また賃労働者すなわち生産労働者 を中心に,階級的類似性をもった商業使用人,事務員,失業者を含む被用者層を対象とした社会政 策を,広義の労働政策と考えるならば,労働政策一広義労働立法一労働立法という系列も成り立ち うるとする(9)  最後に,教授は次のようにしめくくっている.「資本主義の腐敗過程における法の変形過程は, 労働法から一応は区別せられた,社会法諸領域の勁態をも併せて,把握するのでなければ,十分に 理解し得ないであろう.社会法と労働法とを区別しつつ,これらの相互浸透の関係を分析すること によって,却って統―的に理解することは,単なる論理の遊戯ではなくて,過渡期法学の実践的課 題でなければなるまい.」(10)と.  (4)社会立法と社会法の関係 以上からも明らかなように,概して「社会立法」と「社会法」の 両概念の相違に関しては,今まで特に意識的に区別しての明確な議論がほとんどなされておらず, 社会法論の説明の際に,それとの関連で,社会立法という言葉がでてくる程度というのが多いよう である.たとえば法律学辞典においても,「社会法」の項目はあっても「社会立法」という独自の 項目は見あたらないという状態である.両者を区別すべき意義の是非がまず問題であろうが,強い て述べるとするならば,両概念の相違について指摘できるのは,次の点であると考えられる.  まず,「社会立法」という概念は,法律学のみならず経済史学や社会政策学の方面から,主とし て歴史的研究の中で用いられていることからもわかるように,歴史的,実証的,実定法的な概念で あり,実際に歴史上制定せられてきた,歴史的事実としての一連の法それ自体を指す概念であると いうことができる.これに対して,「社会法」という概念は,労働法学のみならず法哲学や法社会 学の分野から,主として理論的研究の中で用いられていることからもわかるように,思想的,理論 的,規範的な概念であり,社会法という法典自体が存在していない,観念的形態としての法概念と いうことかできる丿1’つまり法律学か主として生成してきた概念であるともいえるであろう.  このように,社会立法と社会法は,一応区別して考察することか可能であり,両者の関係は密接 不可分なものであることもまた舘かである.すなわち産業革命時代以後,その急激な社会変動から 生ずるひずみとしての社会問題を処理する目的で,制定され発展してきた近代的社会立法は,この 立法を理論的,思想的に基礎づける社会法理論を,発展させてきたといえるし,逆に社会法理論の 発展は,近代的社会立法の展開と拡大を促進させてきたともいえる.つまり,社会立法が社会法を 発展させ,また社会法が実定法上に影響を与え,その結果として社会立法を発展させる,という関 係が両者の間に存在するということができるのである.  このように,近代的社会立法を一言でいえば,資本主義経済社会における矛盾の結果,生起され

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       社会立法及び社会法の概念に関する一考察   (棚田)      75 る近代的社会問題を処理するための立法,さらに短かくいえば,近代社会政策立法といえるのであ り,またそれを理論化し観念化したものを社会法として位置づけることができると思われる.しか し,この場合の社会問題とか社会政策という言葉自体,各人のもつ世界観やイデオロギーの違いか ら,いろいろな解釈や考察が可能なために,・社会立法及び社会法という概念も,不可避的に,漠然 とした多段的なものとして珊1解されるようになってきたのだといえるだろう.  (5)社会立法の意義と性格 ここでは実際に制定せられ,歴史的事実として存在する社会立法に 焦点をあてて,第一に,その概念について狭義と広義に分類して考察し,第二に,社会立法のも,つ 闘争的性格について若干触れたいと思う.  まず社会立法の概念に関しては,次のように把握することか可能であろう.すなわち,「狭義の 社会立法」とは,資本主義経済社会において,労働者,資本家間の社会的,階級的対立関係から生 じてくる,いわゆる労働問題を処理する立法である労働立法と,資本主義経済が,独占資本主義経 済段階に達し,経済全体か国家(独占資本)の統制の下におかれる場合に,経済統制のための法と して登場する経済立法を除いた,その他の資本主義経済社会の矛盾から生起される社会問題を処理 し,このような社会問題の被害者集団,たとえば貧困者,患者,児童などを保賛規制するための立 法,ということができる.  これに対して,「広義の社会立法」とは,労働立法や経済立法を含めた,包括的な社会問題を処 理する立法をいうのである.つまり資本主義経済社会で発生した諸々の社会問題のうち,単なる個 人の問題として到底解決できないような,大きな社会的解決を要する問題を対象とするのである. いわゆる労働問題は,そのうちの代表的なものであるか,これに限らず,資本主義経済社会におけ る病理現象といわれる次のような問題に対処する諸立法を,全て社会立法として位置づけることが できると考える.  すなわち, (a)貧困者などの救済に関する救貧問題(救貧立法一社会保障立法),(b)児童,年 少者,婦人などの弱者保護や労働災害問題(工場立法) (c)生活環境や公衆衛生改善に関する公 衆衛生問題(公衆衛生立法),(d)子女の教育権や社会教育に関する教育問題(教育立法),(e)貧 農,小作人の生活権保護に関する農業問題(農業立法), (f)小市民,借家人を含めた経済的弱者 の居柱権や日照権などの保護に関する住宅問題(住宅立法),さらに(g)重工業か飛躍的な発展 を遂げた国独資段階において特に顕著な,産業公害や都市公害などの公害問題(公害立法)を全て 包含し,これらのいろいろな社会問題に対処して,これらの問題の改善または一解決を意図し,被害 者を保護していこうとする諸立法を,「社会立法」として考える訳である.  さらにまた,社会立法を社会法概念との関連で把握するにあたっては,次の二つの角度からの方 法的考察が可能であろう.すなわち一つは,労働立法を中心とした広義の社会立法において,その 中のいくつかの社会立法相互の問題を検討し,そこから共通の原理や性格を見出していく方法であ る.そうすることによって,社会法概念の原理と体系化がより発展していく形となるであろう.も う一つは,広義の社会立法を弾力的かつ総合的に検討して,それが近代法秩序の中で占める役割や 地位を考えていく方法である.そうすることによって,社会立法の中に従来の法秩序と異なる新し い特色が見出され,それが社会法概念の内容をより発展させていくことになるであろう(12)  それに加えて大切なのは,・社会立法の広義と狭義を問わず,労働法のもつ闘争的,積極的性格 が,社会立法の基本的性格として機能すべきであるという視点を,見落してはならないということ である.何故なら,社会立法を実現していく構成主体について,あくまで労働者階級もしくは彼ら を含めた広い意味での社会階級か,中心的地位を占め,イニシアチブをとるものであるからである,  具体的に過去の社会立法の展開過程を考えてみると,救貧立法にせよ工場立法にせよ,全て労働 者階級を中心とした社会運動の果した役割は,無視できない大きなものであったということがわか

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74 高知大学学術研究報告  第21巻  社会科学  第7号 る.もし労働者階級による下からの社会運動が行なわれなかったとするならば,社会立法が現在の ように発展し,その結果,われわれが当然なものとして享受している諸利益がもたらされたかどう か.,疑わしいといわなければならない.消極的な場合もあったにせよ,少なくとも国家(資本)の 重い腰をあげさせ,社会立法化が実現されていったのは,労働運動をはじめとする社会運動の圧力 の成果によるものであろう.  この状況は,現代においても同様である.たとえば労働法原理‘の中心をなす,労働基本権の保障 という原則か確立されたのも,19世紀から今日までの労働者階級による,労働組合運動や社会主義 運動の展開に負うところが大きいといえるし,また現代の緊急課題である公害問題を例にとってみ ても,被害者層を中心とする社会階級の下からの社会迎動(特に住民運勁)が強力に展開されてい るからこそ,政府がいくつかの公害立法を制定せざるをえなくなったのであり,独占資本として も,被害者や住民を無視した産業政策の強行は困難となり,何らかの公害対策を講じなけれぱなら なくなっているというのが現状である.このようにして社会立法問題を研究するにあたっては,労 働者階級をはじめとする社会階級が今までどのような運動を展開した結果,その圧力と影響の下に 社会立法か生成発展してきたのかという,歴史的考察と視角も大切だといわなければならない(13)  註(4)橘本文雄,「社会法と市民法」166頁    (5)橋本,前掲借167頁    (6)菊池勇夫,「社会法の基本問題」251-2頁(引用部分は,戦前,社会思想社編,「社会科学大辞典」     昭和5年刊に所収されていたものである,)       ご    (7)菊池,前掲香 235頁    (8)沼田稲次郎,「労働法論序説」53頁    (9)沼田,前掲書 89頁    ㈲ 沼田,前掲轡 90頁    剛 この点にういて,波辺教授は社会法概念を「道具概念」として説明しておられる.そして「社会法と     いう道具概念が,現代法の分析にとって有効であるかどうか」問題であると指摘している.なお後述の     四参照.波辺洋三,現代財産法学の課題,(『市氏社会と私法』所収)17頁    旧 菊池,前掲吉 98頁参照.    Q3)以上の点については,「社会法」研究の場合も,同じようにいえるであろう. -㎜ ● 英国における社会立法及び社会法の概念  社会立法及び社会法の概念をより明確にするために,資本主義国家としてまた社会政策立法の展 開に関しても,古い歴史を誇る英国においての社会立法及び社会法の概念を,検討してみることも 有益であろう.そこで以下において,英国におけるこれらの問題を考察していく訳であるが,その 前提としてまず指摘しておかなくてはならないのは,英国力丿福祉国家(welfare state)の母国であ り,かつ現代世界でも,その代表的,典型的国家の一つとされていることからわかるように,英国 の福祉国家の性格を考慮せずに,社会立法及び社会法理論を言及することは困錐であるということ である(14)私としては少なくとも,次の点がいえるのではなかろうかと思う.’すなわち,一般的 にいって英国では,福祉国家の進展と社会立法及び社会法理論の発展とか,かなり相関関係をもっ ており,英国型福祉国家のもつ限界が,また社会立法及び社会法理論の限界を画しているというこ とである.  田 英国の社会立法概念 ところで英国では,社会立法(social legislation)とか労働立法(labour

legislation)とかいう用語は,近代社会以前のエリザベス女王時代の旧救貧法(old poor law)や.

エドワード三世時代の労働者条例(Statutes of Labourers)などを説明する場合においても,用い

られており,極めて広い概念として使用されていることに注意しなければならない.このことは, 福祉国家の歴史的端初を,どの時代に求めるべきかという問題ともかかわってくるといえようブ15’  ヽしかしそれはともかく,われわれのいう社会立法とは,産業革命時代に始まる産業資本主義社会

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       社会立法及び社会法の概念に関するー考察  (棚田λ_         75 確立期以後の,近代社会以後における社会政策立法を対象としているものであ.り.,しフヽわゆる「近, 代」社会立法を意味しているということができる.ところ了,他方において英国の社会法論口成育 と発展は,厳密にいえば,20世紀に入ってからのことであるとされる.広義の近代社会立法の萌芽 が,産業革命時代の18世紀末から生成されているにもかかわらず,社会法理論の展開は,かなり遅 れて始まったともいえる訳である.  その理由は,第ニに,19世紀の社会立法がおしなべて,英国特有の自由主義,個人主義.保守 主義などと結びついていたことであり,第二に,英国特有の法律体系の土台となっている普通法 (common law)の基本構造が,ベンタム流の功利的自由主義や個人主義と結びつくことによって, 英国における法律社会は,圧倒的といえるくらい強力な近代市民法原理の支配の下にしか存在しえ なかったからである.いわゆるオーエン主義(後述)のよう・な革新的な思想や理論が,一時的に芽 ばえたとしても,常に保守的,伝統的.妥協的な思想や思考の下で,あえなく押しつぶされてしま い,その思想や理論が社会立法の性格に反映しえたのは,かなり後になってからのことである.し たがって一般的にいえば,19世紀の英国における法律社会の状態は,ベンタム的自由主義と個人主 義の風扉と,近代市民法原理の発展と完成の時代であったということができるだろう.  (2)英国の社会法概念 しかし,20世紀に入ると,法律の世界特に法理論め分野で大きな変化か 生じてきた.その変化の理論的根拠と基本的方向づけに最も強い影響を与えたのが,いわゆるダイ シー理論である.それは,ダイシー(A. V. Dicey)が1905年に出版した著書,「法律と世論」(19J の中で述べられている新しい法原理であり,その中でも「団体主義」(collectivism.)・の理論は画期 的なものであった.そのいうところの眼目は,自由放任(laissez-faire)の原理を本来の立法原理 から追放し,それに代って,たとい個人の自由が制約されることがあったとしても,国家の干渉が 全体的利益を増進する場合には,契約自由の原則が支配する領域においても国家が干渉しうるとい う点にあった(17;  このダイシーの団体主義理論は,英国における社会法概念を基礎づける法原理として,はじめて 明確に解明されたものだとされ,ダイシー理論がそれ以来.英国社会法概念及び理論の根底となり, この団体主義の原理によって指導される法こそは,福祉国家における法の性格を示すものだとされ たのである.したがって,「揺藍から墓場まで」国民の生活を保障するといわれる英国における福 祉国家の法的性格というのは,ダイシーのいう団体主義原理と,それに劣らず重要だとされる「法 の支配」(rule of law)原理の統合としての,いわば英国流の社会法理論の具体化だといってもよ いであろう(18)  では,英国における社会法概念を基礎づける,団体主義原理の具体的内容は何か.これについて ダイシーは,明快に次の四点にまとめている.すなわち(1)保護の思想と範囲の拡大バ2)契約自 由の制限, (3)団対行動に対する好意, (4)個人間の優勢な地位の平等化である(19)これらの点に ついて,さらに敷行すると次の通りである.  第一は,国家権力による保護親制という考え方が著しく拡大され,保護を受ける対象が広範囲に 及んできたことである.たとえば,私法上法的能力をもつものとされているとはいえ,激烈な自由 競争の下で,自己の意思のみで行動を放任させても十分に生活していけない階層が,国家的保護の 下におかれる.貧困者,貧農,小作人,婦人労働者などが,ごこでは一種の法的無能力者とされ,` 国家が彼らの保護及び指導の役割を果たすのである.  第二は,契約自由の原則を制限することであるがl」ニに述べたように自由放任の下で蔭しい競争 が行なわれる社会で,十分に生存していけないか,或いは経済的強者の恣意のなすがままに放置さ れている弱き階層を保護するために,政策的に契約の自由性や内容か制限されるのである.たとえ ば,法律に反する内容の契約条項を,経済的強者の方から一方的に押しつけられても,強行法規を

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 76      高知大学学術研究報告  第21巻  社会科学  第7号 規定することにより,これに違反した当時者間の契約内容は無効之なるとする場合である.地主と 小作人間の借地契約などが好例であろう.  第三は,労働者階級をはじめとする無産大衆の団体的行動に対し,国家が誠意を見せ,積極的に その育成,助長に努力することである.この原理の基礎にある信念は,個人としての労働者をはじ めとする無産階級は無力であるが,団体に組織されると,それを構成する個人よりも賢明となり強 力となって,国家か希望する程度に彼ら自身の利益を実現しうる利益団体となり,国家に所属する 有能な構成団体となるというものである.たとえば,労働者の利益と生存を守る団体である労働組 合の結成を,積極的に国家が保護育成することなどは,国家か無産階級の団体的行動に対して好意 を示している適例であるとする.   ’  第四は,人間の平等化思想に基づく社会的利益の均等化である.個人を自由放任の下に,自由意 思によって幸福を追求させる場合,社会的利益は,最終的には弱肉強食の結果,強者たる特権階層 のみが享受するところとなってしまう.これでは国家全体の見地からみると,不安定であり好まし くない.そこに国家が介入し指導によって,社会的利益を均等化しようとする政策的根拠があるの である.この原理を最も早く採用した好例としては,初等教育の義務化と,授業料の国家による一 部負担化または無料化によって,国民の教育を受ける利益を均等化したことがあげられる.その他 には社会保険制度の導入がある.これは,個人のこうむる一定の類型化された損失に対して,その 危険を社会的に負担することによって,各個人の損失の危険を均等化しようとするものである.  以上か英国社会法の四大原則ともいうべきダイシーの団体主義の内容であるか,私は歴史的にさ らにさかのぽって,19世紀前半におけるロバート・オーエン‘(R. Owen)の社会主義思想と,彼 が提案した工場法改革案の精神の中に,社会法概念の起源ともいうべきものを見出すことは可能だ と思う.何故なら,彼は当時すでに産業資本は,万人の福祉のために,社会的に統制し組織される べきであるし,そのためには労働を軽減すべきであり,営利は万人のだめに存在すべきであると, 主張していたからである(20J  また彼は,産業資本と労働者の共通の利益を実際に両立,均衡させようとした最初の開明的工場 主(産業資本家)であったといえるが,彼の提案した工場法改革案は,次のような注目すべき内容 を含んでいたからである.すなわち, (1)児童の労働時間を,食事時間の1時間を含めて1日12時 間とすること. (2) 10歳以下の児童の雇用を禁止すること. (3)男女の児童とも工場に入る前に読 み徊:きや算術の教育を受けさせるべきこと,特に女子には裁縫の手習いをさせること,などを提案 しているのである(21)このことは,国家による産業に対する干渉と年少労働者の保護とを意味す ると同時に,社会的利益の均等化を意味しており,したがって社会法思想に根ざしていると考えら れるし,また空想的とはいえ社会主義思想に基づくはじめての近代的社会立法を意図したものでも あると,一応いえるのではないだろうか.  (3)社会立法と社会法との関係 ともあれ英国において,ダイシーのいう社会法の四原則といわ れるものは,20世紀に入って,社会立法へ社会法原理を浸透させるのに.大きな役割を果たしてきた といえる.具体例をあげると,社会法的性格を強くもつ社会立法として,まず最初にあらわれたの は,労働者の団体行動に積極的な保護助成をしようとする, 1906年の労働争議法(Trade Disputes Act)である.この法律によって労働組合は強力な権限を与えられた.続いて社会保険の分野にお

いては, 1908年に老齢年金法(Old Age Pension Act)が,また1911年には国民保険法(National

Insurance Act)が制定されている.

 ところで,これらの社会立法には,前述の社会法の四原則がほぽ全面的に含まれているといえる のであるが,それらの原則の一つまたは二つを含んだ社会立法であれば,19世紀における社会立法 の中に,多数存在したことも確かである.たとえば救貧法(22)や工場法は,少なくとも四つの原則

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社会立法及び社会法の概念に関する一考察   (棚田) 77 のうちの第一の原則を,その法の性格の中に包含しているといえるであろう.したがってこのこと からいえるのは,19世紀の間においても,社会法の具体化としてめ社会立法の萌芽形態は,存在し ていたということである.しかしその立法は,社会法の原則を部分的に含んでいるけれども,その 他の原則を明らかに無視ないし排除している性格を有している意味では,近代社会立法の朋芽ある いは初期段階のそれとしての意味をもつとはいえ,それ以上のものではなかったといえるのであ る.  ところか,20世紀に入るや,自由放任と契約自由を強調していたベンタム的自由主義の退潮にと もない,新しく制定される社会立法においては,ダイシーのいう団体主義原理の四原則を全て含ん だものが増加しつつあり,そうでない場合つまり四原則の一部しか含まない社会立法の場合でも, 他の残りの原則を積極的に否定していない性格のものが多くなっているということができる.以上 のことから英国の近代社会立法と社会法との関係についていえることは,19世紀においては市民法 原理の支配力の強い社会立法が多く存在していたけれども,20世紀に入ると,急速に社会法原理の 影響力が強くなって,社会法的性格をもった社会立法が増加しており,その問には明確な性格的相 違が見出せるヽということではなかろうかと思う. 註tt4)福祉国家論の現代的意義については,次のような諸論文があげられる.渡辺洋三「現代福祉国家の法    学的検討−とくに私法と公法を中心にしてー」(法社会学研究I「現代国家と行政権」所収) 117頁以    下.佐藤進,「社会保障の法体系上」161頁, 184頁以下.鈴木安蔵編「現代福祉国家批判」など.     なお福祉国家論についてのいろいろ包検討は,別の機会に譲るが,ただ一言指摘しておきたいことは,    現代における資本主義体制内での資本論理にもとづく福祉国家というものは,一種の“神話”にすぎず その神話も今では崩れつつあるということである.  それに, 1960年代後半に至って,米国の軍事(警察)国家(ベトナム戦争の介入)及びソ迎の社会主 義国家(チェコ事件の介入)と共に,英国の福祉国家が,ポンド危機にはじまる経済的停滞や労働組合 の長期ゼネストに代表されているように,国民の不満を増大させているように思われる.三国とも,そ の本質的欠陥をさらけだしたことは,一時は世界の模範国家と考えられていただけに,歴史的にみで大  きな衝撃的事件であったと思われる.

  なお,福祉国家の“神話”について言及しているのは, H. Lumer, Poverty its Roots and its Fnture,  1965, p. 19f.

05)たとえば,レインズは前近代的救貧法などを「early sociallegislation」と称している. H. R. Raynes,  Social Secunity in Britain, A Histry, 1957・ p. 56, またブルースは福祉国家の背景と端初を考察  する場合に,エリザベス救貧法から言及している. M. Bruce, The Coming of the Welfare State,  1968, p. 32ff.

  なお英国の1←16世紀における労働者条例についての詳細な実証的研究としては,岡田与好「イギリ

凶聞I ス初期労働立法の歴史的展開」がある.

 A. V. Dicevj Law and Pub】icOpinion in

 A. V. Dicey, op. cit., p. 259ff.

England during the Nineteenth Century, 1926.   (清水訳,菊池監修,法律と世論)

伊藤正己,イギリスにおける社会法の理念,法律時報,30巻4号,27頁. (11−A. V. Dicey, op. cit.. p. 260f.

剛 オーエンの社会思想や社会観については, Robert. Owen, A. New view of Society. (楊井訳,  新社会観)参照.

Si) Schultz-Geovernitz, Zum Sozial Frieden sozialpolitischen Erziehung des englischen Volks,  1890, 2 Band, S. 204f. 図 19世紀前半の近代的救貧立法と救貧法反対運動の歴史的展開の特色については,拙稿,「英国近代救  貧立法の展開過程1六甲台論集 18巻2号 46頁以下参照.        四. 社会立法及び社会法の概念の進むべき方向  以上の考察から,二では社会立法と社会法の概念上の比較を,また三では英国における特質を中 心にして,社会立法と社会法との関係を明らかにしてきたか,ここでは社会立法と密接な関係にあ り,その理論的,思想的根拠を与えていると考えられる「社会法」概念に重点をおいて,今後どの ような方向で理論化か進められるべきなのか.またその場合の問題点として何かあるかについて,

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78 高知大学学術研究報告  第21巻  社会科学  第7号 簡単な考察を試みたいと思う.  社会法概念及び理論に関する研究については,今までに優れた著轡や論文が多く発表されてい る(23)これらの研究に関して,内容を掘り下げ批判するといった詳細な検討は,他日を期すこと にして,ここでは私の社会法概念及び理論に対する基本的視点に焦点をあてて言及していきたい.  まず社会法の概念把握に関してであるが(24)これについて私は,戒能元教授や片岡教授などが 主唱されるような,資本主義経済社会における矛盾や弊害によって被害をこうむる被害者集団を保 辺し,これら被害者の生存を確保することを究極目的とする法概念であるという考え方を支持した いと思う.いわゆる「被害者法論」ともいうべき説であるか,社会法の概念と性格を明確ならしめ る最も適切な理解の仕方であると考える.  まず戒能元教授は,社会法について「資本主義社会においてほ,市民法による受益者と被害者が 明らかに分離され,被害者が自己の立場を意識するに伴なって,市民法の廃止,もしくは修正の要 求が生れてくる.こうして資本主義の被害者が,自己の被害状態を意識して,被害なく,もしく は被害を少なくとも軽減するために,獲得しつつある市民法と対置せられるべき,法の体系であ る.」(25)と把握される.  また片岡教授は,次のように主張される.「社会法とは,資本主義の機構的矛盾の被害者である 階級ないし階層の実践的要求にもとづき,国家権力の部分的譲歩を通しで,これらの人間の生存を 確保することを,価値原理として成立せしめられた法体系である……・社会法はべ 矛盾の法的反映がすべて社会法であるわけではない.労働法の生成,発展か典型的に示すように, 社会法の成立には,資本主義の機構的矛盾の被害者たる人間集団の,下からの実践的運勁を不可欠 の要素とする.」26’と.  私も上記の立場とほぽ同様に考え,それを土合として次のように理解していきたいと思う.すな わち社会法概念の存在意義に関連して,まず社会法成立のための根本的前提は,資本主義経済社会 の内在的矛盾の顕現化から被害をこうむった被害者集団の,下からの実践的運勁を重視することで ある.そして社会法の目的は,生存権法理を根底とし,それを最も重要な価値理念としつつ,労働 者階級を中心とした被害者階層が窮乏化から解放されることであり,人間の実質的,社会的平等化 をめざすことである.さらに社会法の理念は,「人間は全て等しく人間らしい生活をしていく権利 を有する」という言葉に規範性をもたせることである.以上は全くの概略的素描だけであるか,私 はこのような方向にそって,社会法概念を把握していくこともできるのではないかと考える訳であ る.  しかし,ここで留意しなければならない問題点か,二つある.第一は,沼田教授か指摘されてい る問題点である.すなわち,社会法を,市民法の「社会法化」とか市民法の「修正補充法」として 意義づけて,本来あるべき社会法を,単なる理想法にすぎないのだと把握することは,一而的な安 易すぎる咽1解の仕方だという点である.つまり市民法に虚偽性が含まれているのと同様に,資本主 義体制内での法律秩序である限り,社会法にも虚偽性が含まれている(27)ということを,常に考慮 に入れておかなければならないという点である.  第二は,渡辺教授が指摘されている問題点である.それは.現代法の社会科学的分析の道具概念 として,社会法という概念規定を用いることに疑問を投げかけ,その理由として,社会法のもつ多 義性は現在でも克服されていないし,またその内容や原理といわれているものも,現実の法の一側 面しかとらえられていないといううらみがあるという点である.このことから,続けて教授か指摘 するように,解釈原理としては,市民法原理と対立する社会法原理を考えるところに実践的意義か あるにしても,社会法という道具概念が社会立法を含む現代法の分析にとって,どの程度の役割 を有効に果たしてくれているのかという点を,あらためて検討してみる必要があるように思われ る(28)       「

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      社会立法及び社会法の概念に関する一考察   (棚田)      79  最後に,市民法秩序から社会法秩序への歴史的変移における問題点について,簡単に触れてみた い.この点については沼田教授の次のような指摘が,最も妥当するであろう.  すなわち「市民法から社会法への転移は,ただに一般的私法たる民法から社会立法への制定法上 の規範意味の変化としてのみとらえられてはならない.又,社会立法における公法的規定の混入と いう面,つまり私法に対する公法の浸透過程としてのみではなく,・市民社会の直接的法意識そのも のが,実定法原丿歪の推移過程と相互規定的に,自らを変化せしめてゆく過程をも含んだ包括的な過 程として把握せられるべき問題である.それはまさに社会的矛盾の激化する現実それ自体の法的一 側面なのである.しかるに社会的矛盾は階級闘争として,実践的に現実する.だから階級闘争を捨 象して,かかる過程をとらえるのは抽象的である.」(29)と.  このように,市民法秩序が修正変革され,社会法秩序か徐々に実現されていく過程においては, 労働運動に代表される実践的活動としての階級闘争の果たすべき役割か,高く評価されなければな らない.現代はもちろん将来においても,闘争形態の変化は考えられるとしても,国家独占資本主 義(国独資)社会の下での被害者集団を中心とする人間解放運動としての社会運動のもつ役割は, ますますその重要性を増しつつあるように思われる.たとえば,国独資社会の諸矛盾の顕現として 生起される劣悪な社会保障や深刻化する公害を考えるならば,これらの社会問題を改善解決するた めの社会保障立法や公害立法などの社会立法の制定と,その実質的保障へ向けての闘いは,われわ れ一人一人の自覚に基づいた労働運動や住民運動などの広範な社会運動の盛り上りを,不可欠なも のとするであろう.  他方において,これからの社会立法及び社会法の概念に関連して考慮されるべき課題としては, 広範な社会運動を背景として,国独資社会における社会立法のあり方と限界についてできる限り追 求することであり,それと同時に,社会立法に理論的,思想的基礎を与える社会法に関し,専ら被 害者側に立った理論の一層の発展へ向けて,努力していくことではないだろうか.  註 叫 社会法理論に関する研究について,・まず戦前においては,古典的名著とされている橋本文雄博士の     『社会法と市民法』や,加古祐二郎博士の精緻な理論の展開と独創的な内容で知られる「近代法の基礎     構造」があげられる.      戦前から戦後にかけては,菊池勇夫博士の社会法に関する一連の諸論文がある.(これについては,     最近前掲「社会法の基本問題」という研究轡にほとんど収められている.)      また戦後においては,沼田稲次郎教授の戦後の労働法学界に多大の影響を与えた野心的著轡,「市民法     と社会法」や「労働法論序説」,そして法律時報(30巻4号)の特集「市民法と社会法」で執筆された     各教授の研究論文,さらには,片岡揖教授による現代までの先覚の残した代表的社会法理論を簡潔に     整理しつつ,この種の論文の当時における総決算ともいうべき明快な論文,「社会法の展開と現代法」     (現代法I所収)などかあげられる.    叫 戦前の社会法研究に関して,橋本博士と共に大きな古典的業績を残された加古博士は,戦後の労働     法,社会法研究学徒に深い影響を与・えたといわれている.片岡教授もその一人であろう.そこで博士か     社会法概念についてどのように把握されていたかを理解するのも無駄ではあるまい.博士は次のように     いう.      まず社会法原理については,「市民社会に基く内在的矛盾の諸形態の法的反映」の原理として規定し,     また「市民社会の法的原理たる私法的原理に内在する自己疎外性,形式的抽象性の矛盾的契機の云はゞ     自覚的な対立的反省的形態」として把握するものであるとする.そして社会法における人間の映像とし     ての法的人格者については,「かかる市民法原理における自己同一的主体の即時的なるに対しては,云     はら対自的契機なるに他ならぬ次第である.」としている.加古祐二郎「近代法の基礎構造」297頁.    叫 戒能通孝,民事法学辞典上巻「社会法」の項説明. 847頁.    呻 片岡,社会法の展開と現代法(現代法I所収) 152頁.    吻 市民法及び社会法の虚偽性についての詳細な論及は,沼田,「市民法と社会法」16頁,77頁以下参照.    叫 詳細は,渡辺,前掲論文(「市民社会と私法」所収) 16-17頁.      ’    叫.沼田,労働法論序説,36頁.       (昭和47年9月30日受理)

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