Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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十
事 (
dasa
vatthhni
)
に つ い て片
山
一
良
1
本稿 の 意図 す る ところ は次の 二 点に絞 られる。 第 一は ,従 来の 戒律 研 究一 般が, とくに
我国
に お い て は, 諸 派の 各 種 律 典 を比 較するこ とに 重 きが置か れ, その 成 果が諸律
の 異同 を 示すに 留 ま IP , 律 本 来の 有 する現 実 性 あるい は 生 きた 文 化の 実態が, そ こ か ら伝わ っ て来
ない とい うこ との 指 摘に ある。 確 か に様 々 の律
の 比較
は,単
に近代学
問の傾向
か ら とい うだけで なく
,我
々 日 本の 仏 教が置か れて い る立 場 , と くに “ 大乗
” とい う環境
の点
か ら 言 っ て も, ご く白然の 成 行 きで あ り, し か も重 要な研 究手続 きで は あろ う。 またそ れ に よ っ て 戒 律の根
本な る もの の構築
も, 期 待され る に違
い ない 。 し か し戒
律
の 生命
は , 呉体
的な実
践の 中に あるの であっ て, 研 究の 方 向 も自
ずか らそ こ を 主 に定め られ て よい 筈である。 その 意 味で は , これ 迄に提示 され た一 般 的成果
は, もち ろ ん大い に 評 価さ れ るべ きで は あるが, ど うし て もそ れ が色 とりど りの 装い を し た 人 形の よ うに 思われて な らない 。誰
もの 口をひ く華
や か さは ある もの の , そ こに は た だ個々 別々 の 部分 的な “戒” とい う着せ替 え 腋 と, 人の 形を し た “ 律” の シ ル エ ッ トが浮か ん で い る に過 ぎず, 生 きた実体
が何 も見えない , と感じるの は私一 人の こ とで あろ うか 。今
日の戒律
研 究 の 主 流は,尚か か る外 的な比 較 重 視の 方 向にある よ うであるが, 我々 は こ こ を離れ, 特定 の社会 に おい て実 際に運 用 さ れた, もし くは 運 用され てい る事実
に 目を向
ける文
化 研究
(Cf
.Leach
】982
P
.43
)の 道を進み た い と 考 え る。 そ れが文 献研究で あ る場 合 に は, しば ら くは各 派に 伝え られ る律 典をそ れ ぞ れ独立 の もの と し て,各 派固有の 戒律
体 系がい か な る もの で ある か を解
N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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16 パ ーリ学 仏 教 文 化 学
明する こ とこそ
肝
要で あ り, ま た それ が 従来のす ぐれた研 究 成 果 を 生か し うる,
適
切な方 途であろ う と思われ る。第
二 は, そ うし た観
点か らい わ ゆる 「十 事」 の 問題を取 り上 げ, これ を また 「相 応不相応」(
kapp
量yakappiya
)研 究の 一環 (片 山1988
,1989a
,1989b
)とし て も扱い つ つ ,従 来の
解
釈を吟 味 し再考 する とこ ろ に ね らい を もつ 。 十 事に つ い て は, 依 然 として 不 明 な部 分 も多い が, パ ー リ語聖典を奉ず
る上 座 部の , 伝統
的 出家 社会
に おける 一文
化の 闘題 と して捉
え る な らば, 正 し く妥 当 な事柄 として , 理解
され るの で は ない か と考え られ る。い ずれに して も本 稿は ,十
事
の 意味
する とこ ろは何
か , これ をあ くまで も パ ー リ文
化の中
で探
ろ うとす るもの である 。 重ね て言 うな らば,仏教
の戒律
ない し文 化をめ ぐる研究は , 一つ の 社 会に おい て 教えが ど う実
践 された か , され て い るかの 問い を措い て は成 立ち え ない , これが我々 の基 本 的な立場であ
る。1
仏 教 史に お い て , 保 守 的な 上座 部 と革新 的な大 衆 部が ,い つ どの よ うに し て分か れた か は , 必 ず し も明らか に さ れて はい ない が, そ の契 機 とし て しぼ しぼ 掲げ
られるの が,北伝
の 「大 天の 五事
」 と,今我
々 が扱
お うと し てい る 南伝の 「十 事」 の事
件で ある。 こ の 十 事は, 歴 史上 の 事 柄 とし て 見れぽい か に も唐 突に, あるい は まるで改
革 派の新
風の 如くに現わ れた 内 容に受 け取 ら れが ちであるが, 事実
とし て は早 くか ら, 穿っ て 言え ば釈 尊 在世の 頃に も, 燻っ て い た問題で あっ た に違い ない 。 律の 性格が, い わ ば随 犯随 制の もの で あっ て み れば, 仏 滅100 年
と され る こ の 時期に, 従 来の律
に違背す
る よ うな 問題の , と りわ け 重 大な点
が十力条
に して 主張 された こ とは , 当然の 帰 結で ある か も知れ ない。 し か し 一 方で は 「律一1
に沿
う形で 「相 応」(kappiya
) と い うこ とが釈尊
以来言わ れ, そ し て仏 減後
は とくに これ に従
っ て 問題が 適宜 解決 されてい る筈で あるの に, な ぜ こ の時を選ん で 改め て十 事が取 り上げ ら れた か , とい う疑 問 もあるで あろ う。 これにつ い て は後
で触 れる こ と とし, N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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一
1
『』事 (dasa vatth α塾P
一璽≡つ い て /7
まずは十 事の 内容がい か な るもの である かを具体
的に検
討したい と思 う。は じめ に 『律 蔵 』 (
Vi
?%aya −−Pi
.taka
) の 「七 百犠度
」 に 伝え られる十 事(
dasa
vatthUni)
の事件発端
の記 事
か ら紹
介 しよ う。「仏
滅 100 年
を経た時の こ と, ヤ サ (Yasa
Kaka4dakaputta
>な る長
老が ヴ ァ ッ ジ ー国を遊 行し て, ヴ ェ ーサ ー リーに 入 っ た。 … … そ の 頃ヴ ァ ッ
ジ プ ッ タ カ ( “ ヴァ ッ ジー族 出身 ” ) 比丘 らは布 薩の 日に
銅 鉢
に水を満たし, それを比丘 サ ン ガ の 中 央 ( = “ 布 薩 堂”
Mhv
.4
.i3
.)
に おい て , やっ て来た ヴ ェ ーサ ー り一の 信 者 らに こ う言 うの だ っ た。 “
友
よ, 一 カハ ーパ ナ で も半カ ハ ーパ ナ で も一パ ーダで も一 マ ーサ カ で も 〔お金を〕サ ン ガ
に
布
施 し て い ただ きた い 。 サ ン ガの 資 具 として使
用され る こ とに な るで あ ろ う” と。 これ を 聞い た ヤ サ 長 老は ヴ ェ ーサ ー り一の 信 者 らに こ の よ うに告 げた 。
“ 友よ, 一 カハ ーパ ナ で も… …サ ン ガ に
布
施して は な らない 。 沙門である釈 子に とっ て , 金銀 (
jatar
αparajata
)は相 応し くない し, 沙門
である釈 子は金銀を取 らない し, 沙 門である釈 子は金銀を
受
け ない 。 沙 門で ある釈 子はマ ニ 珠 や 黄 金 (mapi −suva44a )を捨て , 金銀を
離
れ てい るの で ある” , と。 し か し ヴェ ーサ ー リーの 信 者 らは サ ン ガ に … …
施
し た」 (Vi
’n.亙.294
) とある。 や がて こ の 金 銭 受領
を め ぐっ て ヤサ 派 とヴ ァ ッ ジ プ ッ タ カ派 との 問 に諍
い が 生 じた。 そして十 事の 問 題へ と発展 し,会 議が開かれ, 終に こ う結 論 され た とい う。「これ らの 十
事
は , サ ン ガ に よっ て 決定された 。 こ れ らはいず
れ も, 邪法
で
あ
り邪律
であ
り,師
の教
えか ら離
れた もの であ
る, と 」 (imani
dasa
vatthttni sahghena vinicchitZni
iti
p
’imani
vatthUn 玉 uddhamm 且ni ubbinay 邑ni apagatasatthus2sananiti
,Vin
. 亜.307
) 後 代の史 書 もこ の 十事が 不相 応 (akappiya ,DPv
. p .39
) で あり雰 法 (a−dhamma
,S
σs. p .7
)で ある とし, 保守 伝 統 的なヤ サ派
に制
され た こ と を伝
えて い る。そ れで は 問
題
の 「十事
」 とは どの ような もの で あり, ど う審
議され判 定 さ N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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18 パ ーり学仏教 文 化 学 乳たの で あろ うか 。 その
裁
定に当
っ た中 心人物
で あるRevata
長 老 (質 問者 ) とSabbak
磊mi 長 老 (答弁 者 )との や り と りの 主 要 部 分 (Vin
。甄.306
−307
) を 以下に その まま示 し て み よ う。第一
事
:sifigilo4a −kappa
, つ の厂
尊
者よ,角
器 に塩 を貯える こ とは相応 しい の で し ょ うか」「友よ, その “
角
器に 塩を貯える こ と” と は何で すか」「尊 者 よ, 塩が な くなっ た場 合に
使
用 しよ うと,角
器に 塩を貯 える こ とは相
応 しい の で し ょ うか 」 厂友 よ, 相 応 し くあ りま せ ん」「どこで
斥
け られたの で すか 」「
舎衛
城であ り, 『経 分 別』に お い て です」「
何
に 違 犯 する の ですか」「“
貯
え られた食
の波 逸提
”<pacittiya
38
,Vin
.W
.87
>です」(
kapPati
bhante
sihgilo 早akapPo ti.kQ
soavuso
si血gilopakapPo
t
廴kappati
bhante
sihginalo
阜a皿pariharitum
yattha
alo 皐aka 皿bhavis
−sati
tattha
paribhufijissami
ti. n ’avuso
kappati
ti.kattha
pa
ikkhit
−tan
ti
.Savatthiya
Suttavibhahge
ti
.kiih
apajjati
ti
. sannidhik 巨raka −bhojane
pacittiyan ti)
第
二事
:dva
血gula
■kappa
「尊 者よ, ご 指 分 まで食べ るこ とは 相 応 しい の で し ょ うか」 「友 よ, その “ 二 指分 ま で食べ るこ と” とは何ですか」 「尊 者 よ, 口影が 正午を二 指 分 過 ぎる まで 食べ るこ とは相 応 しい の で し ょ うか 」 「友 よ, 相 応 しくあ りませ ん」 「どこで 斥 け られたの で すか」
「王舎 城で あ り, 『経
分
別』に お い て です」 「何に違 犯するの ですか」「“
非時食
の波
逸提
”<
P
設cittiya37
, γ初.W
.85>
です
」 N工 工一Eleotronio LibrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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.「・事 (dasa vatth こni )1’こ っ い て
19
(kaD
.pati
bhante
dvathgulakapPo
ti
.ko
soavuso
dva
血gu
ユakappo ti.kapPati bhante
dva
血gul
且yachayaya
vitivattaya
vikale
bhojana
血bhufIjitun
t廴 n ’avasokappati
ti.kattha
pa
ikkhittan
ti。R
互jaga
.he
Suttavibhahge
ti
、kirh
訌pajjatl
ti. vikalabhojd ’ neP
且cittiyanti)
第三
事
:gamantara
・kap
拠 「尊 者 よ, 村の 中を行 くこ とは 相応しい の で し ょ うか 」 「友
よ, その “村
の中
を行 くこ と” とは何ですか」 「尊
者 よ, 食べ終
り足食
し た者が, 今か ら村 の 中を 行こ うとい っ て ,残 食 で ない もの を食
べ るこ とは 相 応 しい の で し ょ うか」 厂友よ, 相 応 しくあ りませ ん1
「どこ で 斥け られ たの で す か 」 「舎
衛城
であ
り, 『経分
別』に お い て で す」 「何
に違 犯 するの ですか」 「“非 残 食の波 逸 提” <Pacittiya
35
,Vin
.W
.82
>で す」(
kapPati
bhante
g
且mantarakapPQ ti.ko
soavuse
9且mantarakapPotl.
kappati
bhante
id
訌nigamantaram
gamiss
盃mi tibhut
餓 vin 訌pavaritena
anatirittambhojanam
bhufijitun
ti
. n’avuso
kapPat
玉ti.kattha
pa
ikkhittan
ti.Savatthiya
Suttavibhahge
ti.kirh
apajjati
ti.anatirittabhojane
Pacittiyan
ti) 第四事 :avasa
−kappa
「尊 者 よ, 多 くの 往 処が行
な うこ とは相応
しい の で し ょ うか 」 「友 よ, その “ 多 くの 住処が行
な うこ と” とは何
ですか」 「尊 者 よ, 同 一 の 結 界に ある多 くの 往 処が別々 の布薩
を行な うこ とは 相 応 しい の で しょ うか」 「友
よ, 相 応 し くあ りませ ん」 「どこで斥 け られた の ですか」 「王 舎城で あ り,『布 薩 相 応∫1
に お い て で す」 「何
に違
犯 するの で すか」 N工 工一Eleotronio LibrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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20 パ ー.
1
?一.学仏 教.来隹学 .「“
律
に反 する悪 作” <Mah
帥 aggaL8
.3
;1
.11
.1
,Vin
.1
.107
;108
> で す」(
kapPati
bhante
avasakapPo
ti
.ko
soavuso
avasakapPoti
.kapPati
bhante
sambahula
av
設sasamanasima Ranuposatha 血
katun
ti.
n’
avuso
kappati
ti
.kattha
pa
右ikkhittan
ti
.RalagaheUposathasalhyutte
ti
”kirh
ゑ
pajjati
ti
,Vinayatisare
dukka
anti
)
第五
事
:anu 臘 ati ・kappa
「尊 者 よ, あとで承 諾 を得 よ うと行な うこ とは相 応 しい の で し ょ うか」 「友よ, そ の “ あ とで 承 諾を
得
よ うと行な うこ と” とは何で すか 」 「尊者
よ, 比丘 らが来
たあ
とで 承 諾を得
よ うと, 別衆
の サ ン ガ が羯磨
を行 な うこ とは相 応 しい の で し ょ うか」 「友よ, 相 応 しくあ りませ ん」 「どこ で斥 け られたの ですか 」 「『チ ャ ン パ ー律 事 』に お い て です」 「何に違 犯 する の ですか 」 「 “律に反 す る悪作
” <Mahavagga
医 .3
.5
,Vin
.L
318
>で す」(
kappati
bhante
anumatikappoti
.ko
so 且vuso anumatikappo ti.kappati
bhante
vaggena safighenakamma
血katulh
agate
bhikkhU
anuj 訌nessa τna
ti
.n ’
avuso
kappat1
ti.kattha
patikkhittanti.
Campeyyake
Vinayavatthusmin
ti.
kith
apajjatl
ti.Vinayatisare
dukkatan
ti)第六事 :甑cirp翠a −
kappa
「尊 者 よ, 慣 行を遵 守 する こ と は相応 しい の で し ょ うか」 「友 よ, そ の “慣行
を遵守す
る こ と” とは何
です
か」 「尊者 よ, これは 我が和 尚の 慣 行である, これは我が師 匠の 慣 行で ある と して , そ れ を遵守
するこ とは相応
しい の で し ょ うか」 「友よ,慣 行を 遵 守するこ とは, 或る部分は 相応 し く, 或る部 分は相 応 し くあ り ませ ん」(
kappati
bhante
巨ciprpakappoti
.ko
soavuso
設ci耳阜akaPPoti
・kaPPa
鬮Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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.±.事一.(d… vatthitni )
1
二.2
い て21
ti
bhante
呈da
血 me upajjhayena ajjhacipparkida
血 rneacariyena
aj−jh
誠ゆ ・ih t・血 ・」」ha
・a・itun
・ti
・a
・i
・
i
・ ・)・k
・pP ・kh
・avu
・…kacc
・k
。P
−pati ekacco na
kapPati
ti
)第
七事
:amathita −kaPPa
「尊 者 よ,半酪乳
を飲む こ とは相 応 しい ので し ょ うか」 「友 よ, その “半 酪 乳を飲む こ と” とは何
で すか」噂
者よ喰 べ約
足食
した者
が , 乳の状態
を離 れ,酪
の 状 態に まで達し てい ない 乳を ,非残食
として飲
む こ とは,相 応 しい の で し ょ うか」 「友
よ, 相 応し くあ りませ ん」 「どこ で 斥 け られた の ですか」 「舎
衛城であ
り, 『経分 別 』に お い て で す」 「何
に違 犯 するの ですか」 「“ 非残食
の 波 逸提
” <pacittiya
35
,Vi
− n.狎.82
>で す」(
k
・pP ・ti
bh
・nt ・ am ・thit・k
・pP
・ti
.k
…a
・ ・1s・ am ・thit。k
。pP
。 ti.kappati
bhante
yan
taエ
h
khirarh
khlrabhavath
vijahita 血 asarnpat −
tam
dadhibh
且va 魚bhuttavina
pav
豆ritenaanatirittarh
p
議tun
ti
. n’avu
・・k
・pP
・ti
ti・k
・tth
・p
・tikkhittan
・ti
・Savatthiya
Suttavibhahg
。 ti.
kim
ap
・jj
・tl
ti・an ・tiritt
・bhQj
・nepa
・ittiy
・nti
)第
八事
:jalogi
〔・kaPPa
,〕噂
都 ・ ジ ャ ・ 一 ギ 〔を飲 む こ と〕 財 目応しい の で し 、 うか 」 「友
よ, その ‘‘ ジ ャ ロ ー ギ 〔を飲む こ と〕” とは何ですか 」 「尊 者 よ, ス ラ ーの 性質が な く酔
わせ る酒の状態
に達
して い ない その ス ラ ーを飲む こ と は相 応 しい の で し ょ うか 」 「友
よ, 相 応 し くあ りませ ん」 「どこ で斥
け られたの で すか」 「拘
談彌 (コ ーサ ン ビー)であ り , 『経分 別』
に おい てで す」 「何
に違 犯す るの ですか」 「 “ ス ラ ー (穀 酒)
, メ ーラヤ (果 酒 )を 飲む波逸提” <pa
・ittiy
。5
ヱ ,Vin
. N工 工一Eleotronio LibrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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22 パ ー旦一学.仏教 文 化学
W
.110
>で す」(
kapPati
bhante
jalogi
patun
tL
ko
so
avuso
jalo9
五ti
・kapPat
童bhante
ya sa sur 且asurata asampatta majjabhavarh siipatun
ti
. n’言vuso
kappati
ti.kattha
pa さikkhittan
ti
,Kosambiya
Sutt
且vibhahgeti
.ki
血apajjatl
ti。 suramerayap 盈ne
pacittiyan
ti
)第九
事
;nisldana 〔−kappa
〕 「尊
者よ,縁
の 無い 坐具 〔を使用 す るこ と〕は相 応 しい の で し ょ うか」 「友よ,相応
しくあ り ませ ん 」 「どこ で 斥 け られたの で すか 」 「舎衛
誠で あり, 『経 分 別 』 に お い て です」 「何に違 犯 するの ですか」 「“ 裁 断の波
逸提” <pacittiya
89
,Vin
.1
.171>
で す」(
kapPati
bhante
adasaka 血 nisidanan tie n ’avuso
kapPati
ti・kattha
patikkhittan
ti.Savatthiya
Suttavibhahge
ti
.ki
血apajjati
ti. cheda −nake
P
盈cittiyanti)
第十
事
:jEtaTaparajata
〔・kappa
〕 「尊
者よ, 金 銀 〔を受け る こ と〕は相 応 し い の で し ょ うか」 「友 よ,相 応 しくあ
りませ ん 」 「どこ で斥
け られたの で すか」 「王舎域
で あり, 『経 分 別 』に お い て で す」 「何に 違 犯 するの ですか 」 「 “金銀
受 領の 波逸提” <Nissaggiya
18
,Vin
.H
.237
>で す」(
kappati
bhante
jataraparajatan
ti
. n’5vuso
kappati
ti.kattha
pa
ikkhittan
ti
,Rajagahe
Suttavibhahge
tL
ki
血apajjati
ti
. 」且targpa _rajataggaharPe
pacittiyan
ti)
皿
以 上 がパ ー リ上
座
部 内に 知 られ る十 事の ほぼ 全貌
で あ る。 その 内容は衣食住の 全体に わた っ てい るが, 十 事 各 間に特別な
脈絡
は認め られ ない 。 お そ らSociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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十 事 (daSit vatthUni )につ い て 23 く金 銀
受
領の 第十 事を最 重要 の こ と と して , 他の その 頃まで 未 決 となっ て い た 九事
を含め, こ こ に まとめ て提議
したの で あろ う と思 わ れる。 これに対し て形式
につ い て は, い ず れ も (厳 密に 言 えば前
七事
は)
“kappati
〜kappo
” なる形で 括 られて, そ れ ぞ れ の 相 応が 主張されて い る点に , 基 本的な共 通 部 分を見る。 こ の 定 型的な表 現は, 後 述の い わ ゆる 「律
の 四 大教 法」(Vin
.1
.250
−251
)を規準
として その 内 容が判 定 されるべ ぎ際
の体
裁を なす もの で は あるが, こ こ に示 されて い るkappa
の 用 法は, こ の 箇所特 有の もの である と言っ て よい 。 そ こ で 十事
の 検 討に入 る前に ,既にkappa
全般に つ い て は 他で 取 り上げた とこ ろで ある(
片
山 1988 )が ,今
再び こ こ で のkappa
に つ い て その 意昧 する もの を,聊
か考察
する こ とに し た い 。まずは, こ の
kappa
が最も解釈 され易い 「相 応」 (kappiya
)の 意味
を も つ もの である か ど うか で ある。確
か に こ の 語はkappati
“ 相 応 しい ” と結
ぽ れ て お り,語
形か ら見 れぽ同 一語根 (
Vklp
)
に あ り,原 義 として “Regel
” と解
するこ と(von
HinUber
1968
S
.47
) は可能
で あるが ,両語の 内容を 同 一 視して 扱 うこ と は, 伝 統的
な律
の 立 場か ら極
め て 困 難である, とい う外
は ない 。 つ ま りこ のkappa
を,kappati
と同義に見て 「浄 」 と訳す(
平川1960
p
.699f
., 佐藤1972
p
。596
) な らば, こ の 語の 前に 置か れ た もの , 例え ば “ sifigilorpa ” な どの すべ て が浄
で ある と既に認め られ てい るこ とに な り, そ れな らぼか か る事件 も起
こ らなか っ たで あろ う。 主 張 者の 側に 立 て ぽ浄
であ るとの 見方 も一つ の 道理で は あ るが, こ の 十事の主張 者は あ くまで も上座部
の 比丘で あっ て, 他 部 派の者で は ない こ とを承 知すべ きで ある。 したが っ て 同 じ上座部 内にあっ て浄
な りと一度 決
定 された もの が再度 問題 とな る こ と は, あり得ない の で あり, そ の 点で こ のkappa
が, 「浄」 もし くは 「相 応」 (kappiya
)を 意 昧 するもの で は ない , と しなけれ ぽ な らない 。実際
に この 語を 厂浄
」 とする伝 統 的解
釈は , どこ に も見 られない の で ある。また ご く一般 的な もの に 「習
慣
」 とする訳 (平松 1939p
.29
, 塚 本1980p
. ユ60f
.,生 野1980
p
.13
)が ある。 こ の 場合は ,第
六事にその意味
に近い “aci
恥pa
” が示され てい る こ とか ら支持
され難
く, 何よ りもこれ ら十事が “ 習 慣” N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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24 パ ーり学 仏 教文 化望 である とする な らば, 「律の 四大
教
法 」 の 立 場か ら殆ん ど意味
を な さぬ内 容
とな っ て しま うの であ
ろ う。 例 えぽ第二事
に つ い て言 うな らば,dvaftgula
は 「正時
の 食」 とい うい わば仏教の 習慣に対
して 日影二 指 分のi
非時
の 食」 を新
たに 追 加要 求した もの である か ら, これ を仏 教の “習慣
” と呼ぶ こ とは でき
ぬわけで ある。 こ の よ うな “ 習慣
” の 意 味が妥 当と され るの は samapa −kappa
などの場 合に 限られるの であ
る。あ
るい は ま た, 「認 容」(長 井1941p
.44
), 同じ く “license
” (T
.W
.Rhys
Davids
andH
。01denberg
1885
p .396
)とす る解釈 がある。 これ も…般に “ 認容 される” と訳 される
kappati
とい う語の 延 長と して の “認 容,許可” で あるな らぽ, 先の 「浄
」 「習慣
」 と共に, 認め難
い もの と言わ ざるを得
ない 。その 他に 可能な
解
釈 とし て 「行な うこ と」に 近 い もの (立花1939P
.168
) がある。 これ は “practice
” な る訳 (Horner
1952
P
・407 )
}’こほ ぼ等
し く, 各 事の 説 明に “貯えるこ と” , “食
べ る こ と” な どが付
され るこ とか らす れ ば充分
に首肯
され うる もの で あろ う。 我々 の実質
的 な 訳 も概ね これに沿 うもの であっ た。 し か し パ ー りの 伝 統 的解釈
に は,Vinayakiriya
,即ち「律
の行
為 」 (片山1988
)を引
き出
さぬ 限 り, これ を積
極 的に支 持 する もの は見
出されそ うに ない 。で は
伝統的
な解
釈は どの よ うな もの であろ うか 。 まず
ア ッ タ カ タ ーで は、 『長部 註 』を除 く他の『中部註
』 (MA
『125)
,『
相応部註 』(
SA
.1
.15)
, 『増 支 部 註』(んA
.1
.377
)あるい は 『小 誦 経註 』(KlzA
.115
)に おい て すべ て共 通に,次
の 説 明が十事
の第
二 事を例に示 され て い る。「
kappati
dvahgu
星akappo な どに おい て は ,〔
kappa
は〕vikappa 〔という意味〕 で ある」 これに よ る限り, 少く と も
Buddhaghosa
が十 事に 現われる “kapPa
” を “ vikappa ” の意味に 解 した こ とだけは 明 らか で あろ う。 後 期のAggava
血 sa (Saddaniti
§1525)
も これ と全 く同じ立場を とっ て い る。また
『
律蔵註
』 (S
σ 觚 α漉α麺 sδ4
漉め の 復註
で ある 聾 辮 α渉勿 豌 04 α擁 一勲 σ〈
γヴ p
.24
)
に よれ ば,第
一事を註
して その 初めに次
の よ うに述べ て い る。 N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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十事 (dasa vatthOni )に つ い て 25 「
kappa
な る語は vikappa を意 味 する。 それ ゆ え si血gil
叫 a−kappo
pi
kappati
とい うこ とで あ り,idam
pi
pakkhantara
血kappati
とい う意味
であ
る。 〔これ は十事
〕すべ て に つ い て 同様
で ある」 こ こ で もkappa
はvikappa と解 されて お り,これに選 択, 未 決, あるい は 謬 見な どの 意 味を当て うるが,idam
pakkhantara
血 とい うこ とか ら言えぽ 「異 見1
の 訳が適切
であ
ろ う。 い ずれ に して も, 十事
の す べ て につ い て “ こ の 異 見 も相1
春しい ” と解
釈 しよ う とす るの が, 両 派の 見 方で あると考 えて よ い。 保 守派か らす れぽ 「恥 知 らずの 者た ちは, 十 事を相 応しい と主張した」 (Mhv
.4
.11
)と言うよ うに , 十 事はすべ て不可 とすべ き もの で ある か ら,kappa
は “謬 見” ない し “妄
想” で あ り,改
革 派か らすれば “浄
” もし くは “ 認 容” と見做した い 言葉であっ た筈で ある。これに 対 し て
kappa
を vidhana とする解
釈が, 『大 史 』(iTlfahdivathsa )の復 註
で ある 弼 励 砌 α癬 α吻肋 (il4hvT .1
.157
)に見
出さ れ る。 こ こ で は 同 じ く第
二 事を註しな が ら次の よ うに 言う。「
dvahgulakapPa
癜 とは , こ の 場合 dvahgulavidhanafU
を意味す
る」 こ の vidhana は ふ つ う “規 定” と訳 され る語で ある が,Skt
.の“
kalpa
” 本 来の意味
で 示 さ れ た もの の よ うに 解される。 た だ そ うす る と未
決の 事 柄が 既 決の “規定
” と し て 認め られてい る こ と にな っ て, こ の解釈
も問題が残 る もの と なる か ら, こ こ で は 「規 定 する こ と」 と見 られ る べ きで あろ うか 。 あ るい はまた vidhana が もつ 「実行」 とい う別の 意 味か ら, 先述
の 「行な うこ と」 を こ こ に導
き出 すべき
であ
ろ うか , 明言するこ とは難
しい 。以一
E
い くつ か の解釈
を窺
っ た が,我
々 が今十事
のkappa
に つ い て 言 え そ うな こ と は ,諍
論者
の 立 場に 目を向 ける な らば vikappa か ら 「異 見」を,内 容自体
を問題 とするな らぽ vidhana か ら「規 定 す るこ と」, 「行 な うこ と」 を その 意 味 として導
き うる とい う程 度に過 ぎない 。 我々 は 既に こ のkappa
の 意 味 として , 約18種の意味
があ
る と され るkappa
の 中か ら “vidhana ” を 選び, 「躊躇
」 を与えた の で ある (片 山1988
)が, ま た もや こ こに鋳躇
し つ つ 同じ訳を支持 す る よ り他
はな さ そ うで ある。 N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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26 パ ーリ学仏難文化学
次に 我々 は , 十 事の 各々 に つ い て しば ら くその
内
容を窺 うこ とに しよ う。 た だ し我
国に は これにつ い て既に詳 細なす ぐれ た 研究が な され てい る (平 川1964
, 佐 藤1972
, 塚本1980
)か ら, こ こ で は で きるだ け 重複
を避 げ, ま た パ ー リの 立 場か ら問題点
を指摘
する よ うつ とめ た い 。〈
第一一事 〉食物
の 保 存は禁
止されて い るが, 塩 に 限っ て 認め られて よい (「塩浄
」 『善
見律 毘婆
沙 』 大 正24
,677c
) とい う趣 旨
で ある。 『大 史復
註 』 (M
加τ
,1
.156
)に よれ ば, 塩とは 「時 薬を混 ぜて使用 し たい と思 う比 丘 が ,牛な ど の角
に 容れ て携帯 す る塩 」(yavakalikamissarhkatva
paribhufijitukamehibhikkhUhi
gosihgadisu
pakkhipitva
pariharita
血lo
華alh )の こ とで ある とされる。 し か し塩は, 次の 「
薬
挺 度」(Mahavagga
NI
.8
.1
)で 言 わ れ る よ う に , 病 気の 時に尽 形 寿薬 とし て使 用 する以外は許 され て い ない 。「比丘 らよ,
薬
とし ての塩
は,海塩
, 黒塩, (白) 岩 塩,地 塩,赤
塩 で も,また他の 硬
食
に お い て硬食
として 役に 立 た ない ,軟 食
に おい て軟 食 と して役に 立 た ない もの で あっ て も薬と して の塩は これ を受 け, 生 涯 貯える こ と
を, 必 要があれ ぽ使 用す る こ とを許 可 し よ う。 必要の ない 時に使 用 する な
らば
悪作
となる」(anujan2mibhikkhave
lo
韓 nibhesajjani
samuddalhk
醍alo 耳a血sindhava 盒
ubbhida 舟
bilalh
yani
va
pan
’afifi議ni
pi
atthi
lorPani
bhesajj
且ni, n’ evakhadaniye
khadaniyattarh
pharanti
,
na
bhojaniye
bhojaniyattaih
pharanti
, t豆nipatiggahetva
y五vaiiva 血parihariturh
, satipaccaye
paribhufijituth
. asatipaccaye
paribhufijan
−
tassa
apatti
dukkatass
互ti
,Vin
.1
.202
)また
食物
の保存
は 次の よ うな 「宿 食 戒」(Pacittiya
38
)が あっ て 認め られ
てい ない 。
「また比 丘 が,
貯
蔵 され て い る硬食
や軟食
を か ん だ り食べ た りす る な らば,
波逸提
となる」 (yQ
pana
bhikkhu
sannidhikarakarbkhadaniya
血Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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十事 (dasa vatthitnt )に つ い て 27
v弖
bhojaniya
血 v且khadeyya
vabhufijeyya
v亘,pacittiya
血, γ加W
.
82
)こ れが
eg
−一・事を 不可とする直
接理 由であっ た。 いず
れ に して も 一般の 食 用 とし て の食物
は, た と え塩で あっ て も貯 えて は な らぬ とい うの が伝統仏
教の 立場で ある。 なお こ こ に 言及され てい る 「角 器」 とは ,角
の 中を くり抜い て 細工 された薬
容れ であ
り,今
日も南方で見るこ との で きるもの をい うの で あ ろ う。〈 第二
事
〉非 時であっ て も太 陽 の 影 が二 指 分 移動 する問は
食
事を して も よ い (「二 指浄
」)とする主張で ある。 ア大 史 復註 』 (MhvT
.L
エ57
)は これ を 厂正 午を過 ぎて二 指の 影だけ,時薬
を摂る こ とがで きる」(nユajjhantikak 且
lato
atikka −ntadvahgulacchayamatte yavakalika 血
paribhufijitabbath )
と説 明する。こ の 主張を斥 けた典 拠は次の
「非 時食 戒」 (
pacittiya
37
) で あっ た 。「ま た 比丘 が ,非 時に硬
食
や軟食
をか ん だ り食べ た りするな らぽ,
波
逸提
と な る 」 (
yo
pana
bhikkhu
vikalekhadaniya
血 vabho3aniya
血 vakh
巨deyya
v氤bhufijeyya
va ,
pacittiya
血,Vin
.]邸.
85
)正午ま で の正
時
に食事
を終えて し ま うとい うこ とは , 現在
で も上座部
比丘 が最 も神経を使 う生活部分
で あっ て , 昔か らkala
/vikala をめ ぐっ て は様
々 な問題が 生 じた こ と と思 わ れ る。 正午か ら 日影二 指 分の 時 間を延長 して ほ しい とす るこ の 願い も, と りわけ外 出時
に つ い て は切 実で あっ た に違い ない が, い か よ うに も認め られぬ もの で あっ た。と こ ろで こ の よ うなパ ー リ の
解
釈 に対 して , 漢 訳 諸律で は 「二 指」 が “ 二 指で食
物をつ ま ん で食
べ る こ ど’ とい うよ うに 全 く異る解
釈が なさ れ, 主張 その もの が 「足 食 戒」 (pacittiya
35
)に 違 犯 する もの と なっ て い る こ とに, 注 意 して お きたい 。 こ れは 言わ ぽ イ ン ド文 化 圏と中 国文
化圏
の 理解
の 相 違を 示す もの として , 興味
深い 事柄で ある。 し か し これ を諸 律の 比較に重 き を 置 き 「そ の い ずれ が 正 しい か は決 定で き ない が, 漢訳諸律
が 一致して 同 じ解 釈 を取っ てい る点
か らみ る と, パ ー リ律が何 らかの 理由
で解釈
を誤
っ たの で は N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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28
パ ーリ学仏教 文 化 学 なか ろ うか」 (平 川1960P
,712
−713
)とし た の で は伝 統 と文 化を無 視 し た本 末顛 倒の論 とな らざるを え ない 。今
日 まで の パ ー り語 文献
に , “ 日影ご 指” 以外
の解釈
が見難い こ と は事実
で あ る し, 何よ りもまた 十 事が パ ー リ上座 部1
内部に起っ た問題で あるこ とを 忘 れ るべ きで は ない であろ う。〈
第
三事
〉足 食 した者が
村
の 中を進み行 ぎ, 再 び残食
で ない もの を食
べ て もよい とす る主 張で ある。 『大 史 復註』 (.Tk
、ThvT
.1
.157)
に は 「足食 し た 比丘 が村の中
を行 き, 残 食で ない時薬
を摂る こ とがで きる」 (pavaritena
bhikkhuna
gamantararh
gacchantena
anatirittaka 血
yavak
巨likarh
paribhufijitab
−balh
)と説 明されて い る。 こ こ に い う 「足食
し た者」(pavarita
)とは “ こ の すべ て は充 分で ず ’ (alam etalh )と言 っ て食
べ 終えた こ とを意 志 表示 し た者
を指
し, 「残食
で ない 」(
anatiritta )とは, “ こ の すべ て は充 分です” と言 わ れて い ない , 不相 応の (akappiya ) とい う意 味で ある (Vin
.W
.82
)。こ の 第三事の 主張は ,次の “非残 食の 波逸提” ,
i
足食 戒 」(Pacittiya
35
) に抵 触す るもの として 否 認 された。縁 た
食
べ終
り足食
し た 比 丘 が , 残食
でない 硬食
や軟食
をか ん だ り食べ たりするな らぽ, 波逸堤と なる」 (
yo
pana
bhikkhu
bhuttavi
pavaritoanatiritta 血
khadaniya
エh
vabhojaniyarh
vakhadeyya
vabhufijeyya
va ,
pacittiyafu
,Vin
.]
V
.82
)こ こ で 聊か問題とな るの は ,
gamantara
を ど う解
する か で ある。 漢 訳が まちま ち で ある た め, 我 国での 訳 も殆ん ど一致し て い ない 。 た だ その中
で 注 意すべ きは 漢訳 を尊
重 して 示 された と思われる 「他村
」 とい う解釈 (
平 川 ユ960p
.713
;佐藤1972
p
.598
)で ある。 これ は antara を “ 他” と理解
し た も の であ
るが,果
し て こ こ に どの よ うな意味
があるの で あろ うか 。 とい うの は , amtara に パ ー り語として最
も一般 的な意
味で ある 「内」ま た は 「中」を当て るこ とで , こ の 第三事の 内容が 明 らか にな るで あろ うか らであ
る。 まず
こ こ に言わ れ るgama
(村 )は , これ がgamanta
(村 辺 )であっ て も行
乞の範
囲 とし て は同 じ で あり,い ず れ もarafifia (森 )に対 す る もの で ある か ら,場 所 N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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十 事 (dasa vatthani )に つ い て 29 として の こ こ で の
意味
に差は な く, gama は gamanta を含む もの と見て よ い 。 し た が っ てgamantara
を漢訳 の 「近 聚 落」か らgamanta
と推 定 する (平 川1960
p
.713
)必 要は ない で あろ う。 ま たgamantara
をあえて 「他 村」 としな くて も,「村 内」 ま たは 「村の 中」で 非 残食
を 再 度摂 る (立9E
1939Ph
168
, 生 野1980p
.13
) と解 する こ とに よっ て, こ の 場 合の 意趣 は満た さ れ, こ こに は 「他村
」 の意味
も含
まれ るこ とに な ると思わ れる。 勿 論 antara を 「他」 と解 する こ とも可 能で は あるが,少
くとも上 座 部に お い て この箇
所を か か る訳を もっ て 当て る こ とは まずない と言っ て よい 。〈第四事
〉
同一
結
界内
で , そ れ ぞれ の 住処の者
が それ ぞれの 布薩を行な っ て も よ い (「住 処 浄」) とい う趣 旨で ある。 『大史 復 註』 (Mhv7
「 .1
.157
)は これ を 「大 住 処で ある一精 舎に お い て は結 界 内で, そ れ ぞ れの布薩
を行なっ て もよい 」 (mah 訌vasamhi vih 巨re ekasmi 血 simayalh nanuposatha 血
k
誰 u 血 vattati )と解釈し,ま た 『律
蔵 復註 』(y
瑠p
.25
,S
δT
p
.112
)にも同 じ よ うに, 「
一つ
の結 界に お い てそれ ぞれの 臥坐所で, それ ぞれに
布
薩な どの サ ソガ
羯磨
を行
な っ て もよい 」(
ekasimaya nanasenasanesu visu 血 visuihuposath 浸
dini
sahghakammanikatu
血vattati )
と説 明 さ れて い る。
こ の 主 張は ,『律蔵 註 』(
SP
.NI
.1299
)に指 摘 された通 り , 一般に は 「布 薩鍵度
」 (Mahavagga
皿.8
.3
)
の 次の 規 定に抵
触す
る もの とし て否
定された と 言わ れる。「比丘 らよ, 一 つ の 住 処に お い て二 つ の 布薩 堂を定め るべ き で は な い 」
(
nabhikkhave
ekasmirhavase
uposath 盃gar
盃ni sammannitabb 言ni,
Vin
.1
.107
) し か し内容か ら言え ば, 同じ 「布薩 撻 度」(Mahavagga
J
.11
.1
)の 次の よ うな規定
を典
拠に斥
けた と見
る こ と も充分
可能
であ
ろ う。 「比丘 らよ, そ の 比 丘すべ て が 一 緒に集ま り布 薩を行な うべ きで ある 。 ある い は長 老 比 匠二が住ん で い る所に 集ま り
布
薩を行な うべ きで ある。 し か し 別衆
サ ン ガ に よっ て布薩
を行
なっ て はな らない 。 もし行なえ ば悪 作 となる」 N工 工一Eleotronlo LlbrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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30 パ ーV学仏教 文 化 学
(
tehibhikkhaVe
bhikkh
且hi
Sabbeh ’
eVa
ekajjha 血
Sannipa .
titVa
uposatho
katabbo
, yattha vapana
thero
bhikkhu
viharatitattha
sannipatitva uposatho
k
盈tabbo . na tv eva vaggena sahghena uposa −tho
k
巨tabbo .yo
kareyya
,apatti
dukkhatassa
,Liin
。1
.108
)
尚これ に対して ,
第
四事を 不和合 の別衆羯磨
を 説 く もの と見做
し, 漢 訳 の い くつ か に基づい て 「チ ャ ン パ ー羯度
」 (Mahavagga
皿 .3
,Vin
.1
.316
−319
)
に その 根拠 を求め る こ ともな されて い る (平川1960p
.717
, cf.佐藤
1972p
.599
)が, これ は次の 第五事が別 衆 羯磨 …その もの を対 象 と して い る点 を考 慮 すれ ぽ, 積 極 的に は賛 同し難い 。〈
第五事
〉事後 承 諾を 得るな らば, 別衆 羯 磨を行な っ て もよい (厂随 意
浄
」)とす る主 張で ある。 『大史復
註 』 (MhvT
.1
.157
)に よれば, 「委 任に相 応 しい 者らの とこ ろ か ら委任
が届 けられな くて も, 別衆
の 比丘サ ン ガが布
薩な どの羯
磨を行ない ,
後
で 彼らに 承諾を得
て もよい 一1
(chandarahanain santika anaha ‡eyeva
chandevaggena
bhikkhusahghena
upQsathadikamma 血
katva
pacch 巨tesa血 anumatilh
ga ψ
itu
血 va #ati)と解
される。 これは 『律蔵復
註
』(y
’7
’.p
.25
.Sdi
T
.p
.112
)か ら更にその内容
が 明らかと
なろ う。 すな わ ち 「“ ま だ来
て い ない 老らに は 来て か ら承 諾を得るこ とに し よ う” とい うこ と で , 彼 らが ま だ来てい ない の に 別衆
サ ン ガに よっ て羯磨
を行 ない ,後
で 承認
を得るこ とは相 応 し く, 躙衆羯磨
とは な ら ない 」( ‘‘ anagatana 血agatakale
anumati エ
h
gahessami
” ti tesu anagatesu yeva vaggena sahghenakam
−maTh
katva
paccha anumatimgahetu
皿kapPati
, vaggakamma 皿 nahoti
) との趣 意であ
る とい う。 つ ま りこ こで の 主張
は ,羯 磨
が別衆
サ ン ガ に よっ て 行な われ て も ,後か ら承諾を得
れぽ, そ れは 別衆 羯 磨に な ら ない , と い うこ とに 外な らない 。 し た が っ て こ の 第五事は, 次の よ うな 「チ ャ ン パ ー撻 度」 (Mahavagga
M
.3
.5
)に規 定され て い る 「別衆羯
磨」 を典拠 に して 否認 され た と考
え られ る であ
ろ う。 N工 工一Eleotronio LibrarySociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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十事 (dasa va もth血ni)につ い て 31
「比 丘 らよ,白二 羯 磨に おい て , も し羯
磨
に 必 要 な だ けの 比 丘 がまだ 来てい ない場 合, 委任に相 応 しい 者 らの
委任
が ま だ 届け られて い ない場 合,現前者
〔比
丘〕 らが非難
する場 合に は, 別 衆羯
磨と なる」 (fiatti
dutiye
ce