印度學佛敎學硏究第68巻第1号 令和元 年12月 (43) ― 506 ―
パーリ三蔵における入出息念の系譜
千 房 り ょ う 輔
1.はじめに 「入出息念」(ānāpānasati)とは,自身の呼吸に対して16段階(16事) の手順に沿って意識を向けることで果を得る修道の一つである.しかし,入出息 念がパーリ三蔵においてどのように体系づけられたのか,先行研究は十分ではな い.Gethin 2001やAnālayo 2003などの先行研究では,主に入出息念を四念処とい う修道と関連して考察されてきたからである1).また,多くの先行研究ではMN Ānāpānasatisuttaを入出息念を代表する経として検討する傾向があり,パーリ三蔵 において多様な現れ方をする入出息念に対し包括的に考察する研究はなく,一度 従来の理解を離れ見直す必要があると思われる. 5世紀にブッダゴーサにより規定された上座部の修道体系の流れを紐解くと, 初期アビダンマとされるKN Paṭisambhidāmagga 2)(以下Paṭis)が一つの資料として 注目される.本稿ではパーリ三蔵に現れる入出息念の体系を,Paṭisの著者がど のように理解し上座部の入出息念の体系の起点となったのかを考察するため, パーリ三蔵における律蔵・経蔵からPaṭisまでの入出息念を考察の対象とする. 2.類型ごとの分類 入出息念の系譜を考察する上で前提となるパーリ三蔵に現 れるすべての入出息念を,底本としてPāli Text Society版やChaṭṭha SaṅgāyanaTipiṭaka 4.03)を使用し分類した.抽出した入出息念を修道の体系という点から考 察すると,入出息念は修道の始まりから最終的に果(「大きな果・利益」や「智慧・ 解脱」など)を得るまで4つの類型に分けることができる.便宜的に①を「16事単 独型」,②を「発展型」,③を「連結型」,④を「十随念型」とする. ①「16事単独型」この型は多くが「荒野に行き結跏趺坐→16段階の呼吸法(16事) を修習する」という流れである.主にMN, SNに現れ,他の修道と繋がったりせ ず,単発的に入出息念の16事のみを行い果に至る最も簡易な類型である. ②「発展型」入出息念の16事を修習していると「四念処」(cattaro satipaṭṭhānā)や 「七覚支」(satta bhojjhaṅgā)と重なり合い発展し,果を得る類型である.主にMN,
(44) ― 505 ― パーリ三蔵における入出息念の系譜(千 房) SNに現れ,入出息念が四念処や七覚支へ発展する.この流れは「入出息念」→ 「四念処」→「七覚支」などのように段階的に表現され,それぞれが別の修道であ るが,同時に入出息念を修習することで四念処などが完成すると表現される. ③「連結型」ANに集中的に現れ,入出息念は独立した修習であるが他の修習と 連結し,果を得る類型である.登場する経典と内容を示すと下記になる.
AN, Kakudhavagga「五法」→「入出息念」→「不動(阿羅漢)」,Dovacassatāsutta「柔
和,善友,入出息念」の修習,Sambodhisutta「五法」→「入出息念を含む四法」→
「解脱」,Girimānandasutta「入出息念を含む十想」を聞く→病が癒える.Udāna,
Meghiyasutta「五法」→「入出息念を含む四法」→「解脱」.Itivuttaka, Asubhānupassīsutta 「不浄観,入出息念,無常観」→「解脱」. ④「十随念型」この体系もまたANとKNにのみ現れる.パーリ三蔵においては 十随念の具体的修習法,得られる果などは示されない. 特徴を見ると,先行研究で入出息念を代表するとされるĀnāpānasatisuttaを含 む②の類型以外にも多様な類型が出現する.③と④の類型はANやKNにしか現 れないが,修道の入りから解脱までを示すものも多く重要と思われる. Sumaṅgalavilāsinīにおいてブッダゴーサは,長部誦者と中部誦者が小部経典を論 蔵に含めるか経蔵に含めるか異なる立場が取られていたことを記しており4),誦 者により経の内容に対する立場が異なっていたことが想定される.入出息念につ いても引き継いだ誦者の立場により異なる体系を伝授していたとも考えられる. 3.Paṭisambhidāmaggaにおける入出息念 水野[1997, 85–111]はPaṭisについて, パーリ論蔵において最も広範に修道論を説き,Visuddhimagga(以下Vis)において 最も引用の頻度が高く,それ以前に修道論について全面的に説いている唯一のも のとする.ブッダゴーサはVisにおいて,入出息念についてもPaṭisを盛んに引 入出息念の類型をニカーヤごとにまとめると下記になる.〇=出現(回数) ①「16事単独型」 ②「発展型」 ③「連結型」 ④「十随念」 DN ― ― ― ― MN 〇(1) 〇(1) ― ― SN 〇(14) 〇(7) ― ― AN ― ― 〇(6) 〇(2) KN 〇(1) 〇(1) 〇(2) 〇(7)
(45) ― 504 ― パーリ三蔵における入出息念の系譜(千 房) 用し基本的な理解を引き継ぐ.Paṭisは上座部の系譜においても重要なものであ り,自派の史書であるDīpavaṃsaにおいても自派との関係性を示している5). Paṭisには入出息念について詳説するĀnāpānakathāという章があり,そこに詳 説される入出息念の修道体系の重要と思われる点を概略すると3段階になってい る.①入出息念をすると五蓋+36)の煩悩が断たれる.②入出息念が完全には修 習されなかった場合,心身が揺れ(iñjita)動揺する(phandita).入出息念が完全に よく修習された場合,心身が揺れず動揺せず18の煩悩が生じ6つの対処法で清浄 となる.③初禅から第四禅へ,また様々な修道へ展開する. つまり,入出息念により五蓋+3の煩悩が断たれるが入出息念をよく修習する ことで18の煩悩も生じ,それに対処することで初禅へ向かうということである. そして上記の体系に示される入出息念の16事の各tetrad(4つの呼吸法×4つ組)に ついて,1st tetradは「これは注意と知恵により体を随観することであるから,体に
おいて体を随観する念処の修習」 (kāye kāyānupassanā satipaṭṭhānabhāvanā),つまり,四念 処の身念処であるとする.同様に2nd tetradは受念処,3rd tetradは心念処,4th tetrad
は法念処であるとし,Paṭisにおいては入出息念全体を四念処と同一視している. 続いて心の一境性と散乱なきことを認知していると,(五)根・(五)力・(七)覚 支・(八) 正道・(四) 念処・(四) 精勤・(四) 神足・(四) 諦・止・観など (Paṭis I 181–182) の修道へ結合する(samodhāneti)という. つまり,入出息念は四念処そのものであり,五蓋+3を断ち,その呼吸法の各段 階において入出息念を満たすと四念処,七覚支,八正道など多くの修道へ結合す るとする.Paṭisは整合性に欠け判然としない点はあるが,これらは本稿の②「発 展型」と類似性が強いことがわかる.入出息念が四念処であり,様々な修道へ発 展する体系や四禅との関連についても「発展型」に見出せる. 4.結論 以上,パーリ三蔵内の入出息念は,ニカーヤごとに異なる類型を伝え る傾向が分かり,先行研究において入出息念を代表するとされる②「発展型」の 体系のみを入出息念の主要な体系としてみなすことは不十分である.また,Paṭis の著者は①「16事単独型」や③「連結型」の類型などは考慮に入れず,MN, SNに 現れる類系の内,特定の類系(②「発展型」)を引き継ぎ独自の論を付加している ことが分かった.つまり,入出息念を四念処とみなし諸々の修道へと展開する体 系は,Paṭisの著者がMN, SNから選択的に引き継いだ体系である. 1)Gethin[2001, 172]は入出息念を四念処そのもの,または四念処から七覚支へ至る修道
(46) ― 503 ― パーリ三蔵における入出息念の系譜(千 房) の基礎であるとし,Anālayo 2013は入出息念を四念処の体系を入出息という対象におい て実現する修習と捉え,四念処と相互関係にあるものとして扱う. 2)水野1997はPaṭisを内容から初期アビダンマに近いとする.そしてPaṭisの成立を経蔵 より後代かつせいぜい初期アビダンマ時代かそれ以前の発達段階と推定している.v. Hinüber[1996, 59–60]は,PaṭisはKN内唯一のアビダンマで,遅くに構成されアビダン マのリストが閉じられていたのでKNに入れられたと推測し,Paṭisの成立をアビダンマ 成立後と想定している. 3)「Chaṭṭha Saṅgāyana」(第六結集版)をデジタルテキストにし,検索可能にしたアプリ ケーションの第4版(https://www.tipitaka.org/).また,入出息念の一部のみを含むDNの Mahāsatipaṭṭhānasuttaなどの経は,本稿では入出息念として扱わない. 4)「それから後,『本生経』『大義釈』『小義釈』『無礙解道』『譬喩』『経集』『法句経』『自 説経』『如是語経』『天宮事,餓鬼事』『長老偈,長老尼偈』とこれら経典を合誦して,『こ れは実に小部典籍である』と言って,『論蔵においてこそ収め示した』と長部誦者たちは 言う.一方,中部誦者たちは『行蔵経・譬喩経・仏種姓経と共にこれらすべての小部典 籍は経蔵において含まれる』と言う.」(DA I 15) 5)「[律の]内容の摘要である『付随』,アビダンマ論書,『無礙解道』,『義釈』,一部『本 生経』,これだけを除いて,彼ら(他部派)は他の[もの]を作った.」(Dpv V 37)
6)五蓋にavijjā, arati, sabbepi akusalā dhammāの3つが加わり8つとなる. 〈略号表〉
AN=Aṅguttaranikāya, ed. R. Morris and E. Hardy, London: PTS, 1885–1900.
DA=Buddhaghosa s Commentary on the Dīgha Nikāya (Sumaṅgalavilāsinī), 2nd ed., T. W. Rhys Davids and J. Estlin Carpenter (ed.), vol. I, London: Pali Text Society, 1968.
DN=Dīghanikāya, ed. Thomas William Rhys Davids and Joseph Estlin Carpenter, London: Pali Text
Society, 1890–1911.
Dpv=Dīpavaṃsa, An Acient Buddhist Histroical Record. Ed. Hermann Oldenberg. London: Williams
and Norgate, 1879. Reprint, Oxford: Pali Text Society, 2000.
MN=MajjhimaNikāya. Ed. V. Trenckner, R. Chalmers. London: Pali Text Society, 1869–1899.
SN=Saṃyutta-Nikāya. Ed. M. Leon Feer. vol. IV. Oxford: Pali Text Society, 1884, 1898.
Paṭis=Paṭisaṃbhidāmagga. Ed. A. C. Taylor. vol. I. London: Pali Text Society, 1905.
〈参考文献〉
玉城康四郎1979「入出息念定の根本問題」『伊藤真城田中順照兩教授頌德記念 佛教學論
文集』東方出版,29–90.
水野弘元1997『パーリ論書研究』水野弘元著作選集第3巻,春秋社.
Anālayo. 2003. Satipaṭṭhāna The Direct Path to Realization. London: Windhorse Publications. ―. 2013. Perspectives on Satipaṭṭhāna. Cambridge: Windhorse Publications.
Gethin, Rupert. 2001. The Buddhist Path to Awakening. Oxford: Oneworld publications. v. Hinüber, Oskar. 1996. A Handbook of Pāli Literature. Berlin/New York: Walter de Gruyter. 〈キーワード〉 入出息念,念,隨念,ānāpānasati,sati,mindfulness