1.章構成 序章 1.研究目的と意義 2.研究背景と研究課題 3.先行研究における本研究の位置づけ 4.研究方法 5.論文の構成 第一章 農民工と農民工子女 1.都市における特殊な階層:農民工と農民工子女 2.農民工子女の教育に関する問題:逸脱行動 第二章 先行研究の示唆 1.教育志向(Parental Values):Kohn のモデル及び 適用可能性 2.「大望」と逸脱行動:マートンのアノミー論 3.研究仮説 第三章 調査の枠組みと概況 1.調査方法の設定 2.調査票調査の変数の構成 3.調査概況 第四章 調査分析の結果 1.事前インタビュー調査 2.調査票調査 3.調査結果のまとめ 終章 結論と今後の課題 1.結論 2.今後の課題 2.概要 <序章> 研究目的と意義 本研究は、近年中国で徐々に注目を集めている農民工 子女を巡る諸問題の中で、農民工子女の逸脱行動を中心 として論じる。なぜなら、その形成背景において、戸籍 制度や学校教育などの社会的な要因は多く論じられてい るが、家庭環境における親の子どもに対する「大望」が 農民工子女に与える影響も重要な役割を果たしていると 考えられるからである。子女に対する「大望」を代表す る農民工の「教育期待」、そして、「教育志向」との関連 に着目し、農民工子女の逸脱行動に影響を与える家庭内 の要因を考察する際、マートンのアノミー論から示唆が 得られると考えられる。本研究では、アメリカの社会科 学者である Kohn の「self-direction(自己指向)」と 「conformity(同調性)」モデル1から抽出した「親の教 育志向」、並びに、教育社会学領域において頻繁に論じら れている「親の教育期待」という「親の大望」に着目し、 マートンのアノミー論に基づいて、農民工子女の逸脱行 動を引き起こす家庭内の要因の影響について考察する。 Kohn のモデルは、諸外国で応用され、研究されてい るが、本研究では中国を新しい対象として論じたい。さ らに、農民工子女の逸脱行動を分析する際、一般的に扱 われた制度や学校教育などの家庭外の要因の面ではなく、 マートンのアノミー論に基づき、親の「大望」という新 たな視角から検討する。Kohn モデルとアノミー論とい う二つの新たな視点から分析することは、先行研究で見 られる農民工の「教育期待」と「教育志向」の間に存在 している齟齬について考察することができる。以上のこ とから、農民工子女の逸脱行動を生み出す原因が一層明 らかとなり、その問題を解消するための示唆が得られる と思われるからである。 研究背景と研究課題 中国には、「戸籍制度」という特有な人口管理制度が 存在している。人々には出生地域によって、農村戸籍(農 村で生まれた人の戸籍)か都市戸籍2(都市で生まれた人 の戸籍)のいずれかが与えられる。社会保障や教育など の社会福祉サービスはすべてこの戸籍制度と表裏一体で 運用されている。農村戸籍を持ちながら都市に出稼ぎに 出て非農業部門に従事する人々を「農民工」と呼ぶ。彼ら は農民でも都市民でもなく、都市の「辺縁階層」である ことを、これまでの社会学者が指摘している(石:2005、 1 親の社会階層が高いほど、教育志向が「自己指向」に属する傾向が あり、逆に、親の社会階級が低いほど、教育志向が外的な基準に同 調する傾向がある。 2 「非農村戸籍」と呼ばれる場合もある。
農民工の「大望」が子女の逸脱行動に与える影響
―親の教育期待と教育志向に着目して―
キーワード:農民工と農民工子女,逸脱行動,親の教育期待,親の教育志向,アノミー論 所 属:教育システム専攻 氏 名:夏 雨Yue and Feldman:2013、朱:2003)。中国政府は、 戸籍制度を利用し、人口統計や社会統制などを行うと同 時に、経済発展に伴う都市発展の問題や就労などの問題 をコントロールしている。中国国家統計局の『2014 年全 国農民工監測調査報告』によれば、2014 年全国農民工人 数が2 億 7300 万を越え、歴史的なピーク値となったこ とが報告されている(表Ⅰ)。 表Ⅰ農民工総人数(単位:万人) 24223 25278 26261 26894 27395 22000 23000 24000 25000 26000 27000 28000 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 出典 中国国家統計局(2015) 農村戸籍者たちの都市への流入の形態として、単身で 出稼ぎに来るのではなく、家族単位または学齢期にある 子どもを同伴するケースが増加しつつある。2003 年、国 家統計局から公布されたデータにおいて、家族連れの農 民工は約 2430 万人である。義務教育段階の適齢児童子 女は約643 万人となっている(熊・叶:2011)。つまり、 近年大量な農民が家族を連れて省を越えて出稼ぎ労働者 として都市に流入しており、これら農民工子女の教育を 巡って、また新たな社会問題が出現していくと言える。 以上を踏まえ、研究課題として、主に次の二点につい て検討する。第一に、子女に対して、農民工の教育志向 に同調性が現れているのかを検討する。また、同調性が 見られる場合、それは子女の逸脱行動に影響を与えるの かについても検討する。第二に、子女に対して、農民工 の教育期待は高い傾向にあるのかを検討する。また、高 い教育期待が見られる場合、それと農民工子女の逸脱行 動との関連があるのかについても検討する。 <第一章> 戸籍制度は戸籍管理制度の略称であり、その顕著な特 徴の3 つは:①公民を「農村戸籍」と「都市戸籍」に分 割し、②人々が自由に移動する権利を制限し、③各種福 利制度を戸籍と緊密に結び付けることである(王:2003)。 この制度から見ると、出生地域によって、人々が生まれ た時から享受できる社会福利は異なることが分かる。社 会環境や社会福利などがより優れた地域へ戸籍を移動さ せたい際には、極めて手に入りにくい資格の準備や申請 手続き3を済ませなければならないのである。 今の中国社会において、「都市民」と「農民」のほか に、「農民工」は「第三種身分」として存在することが先 行研究によって提示され、「農民工」を中国都市における 特 殊 な階 層 、ま たは 「 弱勢 群 体(social vulnerable group)」として見るべきだと主張されている(石:2005)。 では、「農民工」とは一体何か。『新華辞典 2001 版』 によると、中国語の「農民」とは「農村で長期的に農業 生産に従事する労働者」である。一方、「工」は「工人」 であり、つまり「個人的生産手段を持たず、生産活動に 従事し、賃金収入を主とする労働者」を意味する。「農 民工」とは、「農民」と「工人」という本質的に意味が 異なる二つの単語の総合体であり、農民の身分を残した ままで都市に出稼ぎに移動し、都市の各種な福利が受け られず、長期的に都市で非農業部門に従事する労働者だ と解釈できるのである(朱:2003、石:2005)。「農民 工子女」という言葉は、「農民工」から派生したと指摘さ れ、出稼ぎの親と一緒に都市で生活し、「農村戸籍」を持 ち、中国の義務教育階段の対象である児童のことを指し ている(田・呉:2010)。 逸脱行動とは、社会の何らかの規範に抵触する行動、 あるいは標準とされる基準を大きく外れているとみなさ れる行動のことを指し(『現代教育社会学』)、最も広い意 味では、それぞれの社会や集団で分有されている社会規 範に反する現象のことをいう。それが社会規範に反する 行動ならば逸脱行動(『新教育社会学辞典』)となる。近 年、注目を集めている農民工子女の逸脱行動は、一般の 都市生徒と比べると、農民工子女の方が逸脱行動を犯す 可能性が高いことが指摘されている。それは、農民工子 女の方が「コンピューター中毒」、喫煙及び反社会的行動 を犯す傾向が都市児童よりも高いことである(金・屈・ 王:2009 2010)。また、Xiong(2015)は、調査を通 じて、農民工子弟校における「少年ヤクザ(gang)」や 「先生に対する悪口」などの「counter-school culture (反学校文化)」の存在を指摘している。 <第二章> アメリカの移民研究において、中学生および高校生の 子女を持つ移民は、子どもに対して非常に高い教育期待 を 持 っ て い た と い う 結 果 が 見 ら れ る (Spera and Wentzel and Matto:2009)。さらに、植村(2009)の 調査から見れば、子女に対する農民工の教育期待は高い (都市の親とあまり区別がない)という結果があり、他 3 移住の条件は、都市によって異なる。主に都市での合法的労働契約 書、当都市の暫住戸口、当都市の居住証明書、親及び子供の元戸 籍証明書、子供の転学証明書などが挙げられる。
に、質的調査を用い、雷(2007)も同じ結論を導き出し ている。実のところ、親の教育期待の高揚は、農村と都 市を問わず、中国で普遍的に存在する現象であると指摘 されているのである(Kipnis:2010)。以上の研究に沿 って考えると、都市の下層に潜んでいる「都市の移民」 である農民工は、子女に対して非常に高い期待を抱いて いると考えられる。 他方、階層と教育志向の関連を扱った代表的な研究と して、アメリカの社会学者 である Melvin L. Kohn (1969)の Social Class And Parental Values(社会階 層と親の教育志向)による「自己指向(self-direction)」 と「同調性(conformity)」モデルがある。それに基づく ならば、都市の最下層階層に属する農民工は、子女に対 する教育志向がより同調的な傾向を持っていると言える と考えられる。したがって、親である農民工は、子女に 対する期待も低いものと思われているが、ここに先行研 究との齟齬があるといえる。そこで、親の教育志向と教 育期待についてより深い思考が必要だと考える。 そして、近年、農民工子女の逸脱行動が指摘され、激 しい議論を呼んでいる。その背景には、戸籍制度や学校 教育などの家庭外の要因が多くあると論じられている。 しかしながら、家庭内における親である農民工の教育期 待と教育志向もまた子女の逸脱行動に強い影響を与えて いると言える。なぜなら、地位達成のメカニズムの研究 の歴史を遡ると、Sewell ら(Sewell ほか:1970)によ って初めて親が子どもに心理的な影響を与えることがモ デルに導入された。また、片瀬(2005)も述べるように、 ウィスコンシン・モデルに提唱された「子どもの教育達 成は出身階層の影響のみではなく、『重要な他者』である 親の心理的な影響を受けて決まる」という家族による子 どもの社会化効果に重点を置いている理論もあるのであ る。このように数多い研究において、親の教育意識が子 どもに与える影響の重要性が論じられているのである。 さらに、マートンのアノミー論の視角から考えてみる と、逸脱行動は、下層階級における「大望」と出世でき る「合法的機会」の欠損という双方の影響を受けつつ、 引き起こされているのである。前文で述べたように、都 市の下層階級に属する農民工の子女に対する「教育期待」 はかなり高いレベルだと予見でき、一種の「大望」とし て捉えられる。また、「合法的機会」の欠損として中国社 会の基礎政策である戸籍制度が挙げられる。 したがって、農民工子女は、親の「大望」による学習 圧力と出世圧力を感じながら、都市で合法的な上昇移動 の方法を手に入れることができないからこそ、逸脱行動 に至ってしまうのではないかと思われる。他方、Kohn モデルに基づいて、都市の最下層階層に属する農民工は 子女に同調的な教育志向を強調する傾向がある。しかし、 農民工子女からみると、自分の行動をいかに外的な権威 と同調させても、よくなる未来さえ見えないからこそ、 同調より逆に逸脱的行動を犯す傾向になるのではないか と考えられる。 以上を踏まえ、研究仮説(図Ⅰ)が立てられる。 図Ⅰ 構造図(農民工と農民工子女を対象とする) 仮説1 ①子女にする農民工の教育志向に同調性が現れ ている。②合法的機会の欠損を前提として、教 育志向が同調的であるほど、農民工子女が逸脱 行動を犯す可能性が高い。 仮説 2 ①子女に対する農民工の教育期待は高い傾向に ある。②合法的機会の欠損を前提として、教育 期待が高いほど、農民工子女が逸脱行動を犯す 可能性が高い。 <第三章> 研究仮説を検証するために、調査票調査と事前インタ ビュー調査を実施する。現在の中国における農民工階層 及び農民工子女の状況を把握するために、中国西部唯一 の大都市の四川省成都市を調査地域と選定する。学校と して、成都市にある農民工子女が多く通っている公立学 校A 校と民間学校 B 校を選定する。事前インタビュー調 査の対象として選定するのは小学校 5,6 年生あるいは 中学生の子どもを持ち、成都市で働いている7名の農民 工である。調査票調査の対象として選定するのは、公立 学校A 校と民間学校 B 校を通っている 5,6 年生あるい は中学生、並びに彼らの親たち、合計308 名である。 <第四章> 調査結果が以下の3 点にまとめられる。 第一に、調査分析の結果は仮説1 の①及び仮説 1 の② を支持することができないから、仮説1 を棄却すること になった。親の教育志向にKohn モデルで提示した「自 己志向」あるいは「同調性」的傾向が示されているとい うより、むしろ今回の調査対象となった4 タイプの親は 親の教育志向の同 調性(Kohn モデル) 合法的機会の欠損 仮説1 の② 親の教育期待の高揚(アノミー論) 階層が低い 子女の逸脱行動 家庭外の要因 齟齬 子どもの逸脱行動 仮説1 の① 仮説2 の① 合法的機会の欠損 仮説2 の②
全て「混合型の教育志向」を保有している結果が発見さ れた。また、元の農民身分から継承した中国伝統式な考 え方(例えば、男女差別)は今までも農民工に影響を与 えているが、都市の生活に溶け込んでいる農民工たちは 積極的に自分の教育志向を変えていく。特に子どもが男 の子の場合、その親である農民工は同調的よりも自己指 向的教育志向を持ち始めることになると言える。第二に、 仮説2 の①が調査分析結果に支持され、現今の親として の農民工は子女に非常に強い上昇志向を持ち、子ども教 育を非常に重視しているという結論が導き出された。第 三に、カイ二乗検定での有意差は認められなかったが、 合法的機会の欠損を前提として、教育期待が高いほど、 農民工子女が「授業中の居眠りする」や「掃除当番など クラスの仕事をさぼる」など6 つの逸脱行動を犯す可能 性が高い傾向が見られた。また、子どもの逸脱行動に影 響を与えている教育期待という「大望」の現れとして設 けられたのは、「子ども用調査票」にある問3-2-6 の「親 から『勉強しなさい』とよく言われる」という項目であ った。それと子女の逸脱行動との関連を検証した結果、 農民工は日常生活の中にかなり高い頻度で子どもに「勉 強しなさい」を命令している発見があった。そして、親 から「勉強しなさい」とよく言われると、子女が「授業 中先生に注意されても友達とお喋りを続ける」や「子女 の親にさからったり口答えしたりする」など5 つの逸脱 行動を犯す可能性が高い」傾向が見られた。 <終章> 結論 子女に対する親である農民工の「教育志向」および「大 望」として捉える農民工の「教育期待」が子女の逸脱行 動に与える影響を分析する際、中国に特有な政治的背景 と時代的背景をともに考慮しなければならない。 言うまでもなく、農民工の母体は農民階層であるが、 都市に移住することによって、彼らは伝統的な農業生産 労働から脱し、都市の下層労働者階級になった。都市の 生活に溶け込む過程において、農村の「成功者」と都市 の「newcomer」という「二重身分」を有する農民工は 「都市住民」としての優越感(pride)と「農民」として の劣等感(inferiority)を同時に感じている。彼らは二 重構造社会である今の中国における経済転換期に生み出 された「都市の移民」であり、特殊な「矛盾階層」であ ると考えられる。今回の調査を通じて、実際に農民工は 元の農民身分から継承した中国伝統式な考え方、並びに、 革新的な自己指向でも伝統的な同調でもない「混合型の 教育志向」の両方を保有していることもこそが、この階 層が「矛盾性」と示されることの何よりもの証左である。 また、アノミー論の研究舞台は1920~30 年代に資本主 義の発展につれ、工業化と都市化が盛んなアメリカであ り、Kohn らの「自己指向」と「同調性」モデルは 1950 年代から 1990 年代にかけて、アメリカ、イタリア、ポ ーランド、日本などの諸国で検証された。しかしながら、 現今の中国はそれ以上の歴史初の大規模な経済転換期に ある。労働市場の拡大、急騰する物価、貧困などの他に、 「戸籍制度」をはじめとする発展の軋轢である政策によ って、都市地域と農村地域の発展の二極化、都市へ移民 する人口の急増、社会福祉資源と教育資源の配分不均等 などの問題はさらに深刻になっている。現代の中国にお ける農民工子女の教育問題を研究する際にあたっては、 その時代的特徴を改めて明確にする必要があるだろう。 今後の課題 親の教育期待と農民工子女の逸脱行動の間に統計的 な有意差を認められなかった結果について、親の教育期 待より他に農民工子女の逸脱行動を強く影響する要因が あることが考えられる。その点を今後の課題として考察 する必要がある。また、今回の調査において、農民工の 「大望」の現れとして「親から『勉強しなさい』とよく 言われる」という項目のみ設定した。日常生活の中に、 農民工子女の逸脱行動に影響を与える親の教育期待の他 の現れもまた、今後の課題として考察する必要がある。 3.主要参考文献 金燦燦・屈智勇・王暁華, 2009, 「流動和留守児童喫 煙行為的特点和影響因素」『中国特殊教育』11:70- 74。
Merton, Robert K., 1949, Social Theory and Social Structure: Toward the Codification of Theory and Research, New York: The Free Press.(=1961, 森東 吾・森好夫・金沢実・中島竜太郎訳『社会理論と社会構 造』みすず書房).
Melvin L. Kohn,1969,Class and Conformity―A STUDY IN VALUES,Homewood : The Dorsey Press. 石暁紅, 2005, 「中国都市における特殊な階層―「農 民工」―戸籍制度と社会保障制度からのアプローチ ―」『現代社会文化研究』34:177-194。 植村広美, 2009,『中国における「農民工子女」の教育 機会に関する制度と実態』, 風間書房。
Yihan Xiong, 2015, “ The Broken Ladder: Why Education Provide No Upward Mobility for Migrant Children in China” The China Quarterly, March(221):161-184.