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千葉大学大学院 准教授

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Academic year: 2021

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60

植 物 防 疫  第

71

巻 第

1

号 (2017年)

千葉大学大学院 准教授

野村 昌史

(のむら まさし)

エッセイ やじ馬昆虫撮影記

 (その 7 米国のカマキリ)

「昆虫の専門家」とか, 「昆虫を撮影している」という 自己紹介をすると, 「昆虫の中では何が一番好きです か?」と聞かれることが多い。いろいろ好きな昆虫はい るが「カマキリが一番好きです」と答える。細い体で大 きなカマを持ち,獲物をむしゃむしゃと食べる姿に惹か れたのだろうか,小さいころから毎年飼育していた。

ある年,30 匹のカマキリを世話していた私は,毎日 ランドセルを置くとすぐ空き地に向かい,餌とするバッ タを日が暮れるまで採集していた。今になって思えば毎 日バッタを 2 匹ずつも与える必要はなかったのだが,当 時の私には知る由もなかった。そんな私に呆れ果てた母 からとうとう「飼うのは 10匹にしなさい」と命じられた。

飼ってはいけないと言われてもおかしくないのに,10 匹も飼育していいとは,自分の母ながらすごい人であ る。昆虫に対する興味を摘み取らず,いつもそばで一緒 に見ていてくれた母は,今も天上からこの私を心配して 見ていることだろう。

さて,米国に来たのだから大好きなカマキリを観察し てみたいと思ったのだが,昆虫好きの人でも「この街で はカマキリを見ない」と言っていて,植生が単純なため に餌も少ないからか,とがっかりした。

もちろんそれで諦めてしまうことはないので,草花の 多いバタフライガーデンで熱心に観察していると,とう とう幼虫を見つけることができた。そして夏のある日,

大きく成長した成虫に会うこともできた。

しかしどことなく見慣れた外観に,異国のカマキリと いう感じがしなかったので調べたところ,このカマキリ は 1896 年に中国から入ったオオカマキリの中国亜種で あった(図― 1 )。しかもフィラデルフィア近郊に初めて 入ったらしいので,ある意味由緒正しい個体群かもしれ ない。でもそんな背景を知っても,見慣れた形態である ためか少々拍子抜けした。

その後も公園とか少しでもカマキリがいそうなところ を探し求めていたところ,とうとうオオカマキリとは違 うカマキリを見つけ,撮影にも成功した(図― 2 )。やや 細身でカマの付け根に大きな斑紋があり,米国原産のカ マキリか!とワクワクしたが,調べてみたら 1899 年に ヨーロッパから入ったウスバカマキリのヨーロッパ亜種 であった。ウスバカマキリは日本にも別亜種が生息して いるが,これまで撮影したことはなかったので,意外な 出会いだったが,それでもまだ物足りなかった。

しかし結局見つけたのはこの 2 種だけで,念願だった

Carolina mantis のような北米原産のカマキリとの対面は

叶わなかった。それでも異国の地でも元気に生活してい るたくましいカマキリたちを見かけると,亡き母のこと を思い出し,私も元気に頑張ろう,という気持ちになる のであった。

図−1 オオカマキリ(中国亜種 in USA) 図−2 ウスバカマキリ(ヨーロッパ亜種 in USA)

参照

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