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エコノミストからアナリストへ

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Academic year: 2021

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【視点ヨ  

三ヨノミストからアチリストへ  

山 蓮 俊 明   

「アナリスト」という言葉であるが、筆者は、広い意味で捉えられた「経済的」現象に係  

る人間及びその集団の行動を「分析。解析」する人といった意味合いで使っている。既に、  

証券アナリストという資格もあることから、human behavioralanalyst とでも言った方が   正確であろうか。なぜ、「エコノミスト」という一般的な用語を用いないのかというと、従  

来からのエコノミストでは、その取り扱える範囲に限界が来つつあるのではないかと思う  

からである。   

エコノミストが分析の対象とする人間は、いわゆる「ホモ。エコノミクス」(経済人)で  

ある。即ち、他者の事情を全く考慮することなく、唯ひたすらに自己の物質的な効用・収益   を最大化することだけしか考えない、孤立した「アトム」的な存在として定式化される人   間である。アダム。スミス(1723−90)以来、経済学は、綿々としてホモ・エコノミクス   及びその集合体である「経済社会」について分析を行って来た。経済学が一定の成果を挙   げることが出来たのは、このようにして分析の枠組みを「絞りこんだ」こと(いわゆる「最   大化原理」の公理化)によるところが大きかったのではないかと考えられよう。   

ところが生身の人間には、唯、経済の領域において「合理的」な存在であるホモ・エコノ   ミクスの枠内に収まらない部分が元々かなりある。エコノミストは、こうした部分を切り   捨ててきた(自覚的にか否かにかかわらず)。生物学的な種としての人間(ホモ・サピエン   ス(知性を備えた人))は、「ホモ。ルーデンス」(遊ぶ人)でもあり、「ホモ。センティエン   ス」(感ずる人)等々でもある。人間は、「最大化原理」だけに従っているわけではない。   

さらに、生活水準が向上し、経済的・精神的余裕が生ずるようになると、ホモ・エコノ  

ミクスの枠組みには収まらない領域が急速に拡大して行く(例えば、無償労働、ボランティ   ア、NPO活動等々)。こうした額域における人間行動については、最大化原理は、全く無力で   ある。これらの街域における価値観は、もとより人によって多種多様である。しかも、その  

価値観は、ホモ・エコノミクスとして捉えられる額域に対して影響を及ぼしている。   

こうしたことから、従来からの「エコノミスト」では、力不足となって来ているのでは   ないかと思うのである。分析可能な範囲の限界を突破する必要があろう。この意味で、「エ   コノミストからアナリストヘ」という命題の意義が明らかになるのではないか。  

[やまべ としあき]  

[財団法人土地総合研究所 理事 調査部長]   

参照

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