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写本との出会い:手書きの本のぬくもり

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Academic year: 2021

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GAIDAI BIBLIOTHECA

私が大学に入ったのはいわゆる「学園紛争」の 時代で、当初は落ち着いて勉強していれば良いと いう雰囲気ではありませんでした。教養部での2 年間を終えて専門課程へ進む時、私は西南アジア 史学科を選択しました。入学した前年の1968年に 新設された学科で、授業は古代オリエント学を除 けば、大半がイスラーム世界の文献や歴史に関す るものでした。

西南アジア史関係の図書は、文学部史学科の書 庫の地下に収められていました。最初にそこへ入 った時のショックを私は今でも忘れません。書架 がガラガラだったのです。日本史や東洋史・西洋 史のように伝統ある学科の充実した蔵書に比べる と「惨め」の一言で、たまに少しまとまったシリ ーズがあるかと思えば、東洋史学科が以前に購入 した西アジア関係の図書という具合でした。

日本におけるイスラーム研究は、ようやく戦後 から本格化したところで、まったく新しい学問と 言ってよいでしょう。書庫に本がないのも当然で した。古くからイスラーム世界と係わりを持った、

欧米の研究成果を吸収することが勉強の第一歩で した。同時に、現地語で書かれた史料にも挑んで いかねばなりませんでしたので、語学の不得意な 私は、それまでの不勉強をおおいに悔やむことと なりました。また、史料にしても校訂テキストが 出版されている場合は少なく、世界各地の図書館 に所蔵されている写本を幾つかマイクロ・フィル ムで取り寄せて利用することも珍しくありません でした。

こうした私にとって、写本がより身近なものと なったのは、1981年に本学に赴任し図書館の書庫 で230冊にものぼるアラビア語、ペルシア語、ト ルコ語の写本の山を見せられた時でした。イスラ ーム世界とは縁の薄い日本では、最大のアラビア

文字で書かれたイスラーム 写本コレクションだったの です。それはまさに運命の 出会いでした。私を導いて く れ た 不 思 議 な 力 に 感 じ て、その場でコレクション

の整理とカタログ作成を決意したのでした。それ ぞれ専門の研究者の協力を得て、ペルシア語、ト ルコ語の順に整理をし、ずいぶん時間がかかって しまったのですが、最も数の多かったアラビア語 写本のカタログを刊行したのが、奇しくも学園創 立50周年にあたる年度(1998年3月)でした。

実はこの間、1983年度に一年間トルコで勉強す る機会を得ました。さまざまな図書館や古文書館 を訪れて、写本や外交文書などの調査を行いまし たが、一番印象に残っているのは、イスタンブル のスレイマニエ・モスク付属図書館です。中世の 学院(メドレセ)をそのまま利用した図書館で、

さすがオスマン帝国の旧都イスタンブルで最大の 蔵書数を誇るだけあって、非常に質のよい写本が 集まっていました。

落ち着いた雰囲気の閲覧室には、V字型を広げ たような形をした木製の書見台が机の上に並んで います。イスラーム世界では、背表紙を本体に直 接貼り付けて製本しますので、本を180°まで開 いてしまうと背が割れてしまうのです。この書見 台を使うと、日本ではてこずっていた写本が読め る、あるいは、読めるような気になるから不思議 です。写本は元の本から手で写したものですから、

書き手の癖や思いが字面に出てきます。しばらく 読んでいると、特に固有名詞などは一つの画像と なって目に飛び込んできます。また、丁寧にほど こされた装丁や修理の痕、本文や見返しの書き込 み、蔵書印から落書きに至るまで、その本のたど った歴史が、ぬくもりとなってそれぞれの写本か ら伝わってくるのです。

写本との出会い ― 私の研究生活の原点です。

ほりかわ とおる(教授・西南アジア史)

学生時代と図書館

写本との出会い:手書きの本のぬくもり

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堀川 徹

参照

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