琉球諸語の「テ形」をめぐって
-文法化を中心に―
西 岡 敏
1. 「テ形」の「過去の言い切り」
まず、北琉球語の「テ形」を歴史的な観点で述べてみたい。北琉球語では「連 用形+て」に由来する形(テ形)の音便が進み、 発達してきているのであるが、 「お もろさうし」 (以下、 「オモロ」と略す)などの古典琉球語には、 「テ形」の言い 切りの用法があり、 過去のテンス(時制)を表したとされている。高橋俊三( 1991 : 19)は『おもろさうしの動詞の研究』の中で、いわゆる「連用形」に「て」が加 わった「接続形」 (本稿でいう「テ形」 )について、次のようにまとめている(下 線筆者、高橋 1997:425 にも同様の記載がある) 。
(1) ある動作をし、続いて他の動作をすることを表わす。
[―中略―]
(2
) 接続形で文を終止し、過去を表わす。おもろは、韻文であるし、省略表記が多いので、文の終止がはっ きりしない。しかし、引用の助詞でくくられている文はそこで文が終止しているとはっきりするわ けであるが、そのようなものにも例がある。 [―中略―]
(3)「か」がつき、過去の疑問を表わす(稀)
。 [―中略―]
(3
ママ
)「置く」がつき、動作結果の保存を表わす。 [―中略―]
(4ママ
)「ちよわる」がつき、尊敬の持続を表わす。 [―中略―]
(5
ママ
)「から」がつき、ある動作が終わり、それと関連して次の動作が起こることをあらわす。 [―中略―]
(6ママ
)「あつる」がつき、動作の結果を表わす(一例のみ) 。 [―後略―]
下線を引いた (2) が「過去の言い切り」 (過去終止)の説明にあたるが、次の ようなオモロの例が提示されている (注1) 。
○いちへててゝ しられゝ(港へ出たと申し上げよ)< 一三の二一六 >
○おなり だちへ ともて(オナリを抱いたと思った)< 一二の七九 >
「テ形」の「過去の言い切り」は、現在の方言では、奄美語や国頭語などに見 ることができる。須山名保子(1997:445)では、奄美方言(名瀬方言)におけ る「タ形」と「テ形」の言い切り形の違いは次のように分析されている (注2) 。
いいきり1.時間を特定しない まだすまないこと huta 発見・状態化 振った
いいきり2.時間を現実に特定する すんだ・かつてのこと hutï
報告・記憶化 振った
また、高橋( 1991 : 19 )の ( 3 ) で挙げられているオモロの「過去の疑問」は、
疑問詞疑問文(補足疑問文)において「テ形」に疑問の助辞「か」が付いたもの である。これに対して、現代首里方言の「過去の疑問」では、決定疑問文に疑問 の助辞 「イ」 が付くものであるが、 「テ形」 に疑問の助辞が付く点では共通している。
○なおう こので おわちへか(何を企画しておいでか)< 一三の三九 >
(1) ガッコーヤ ナー ウワティー?(<ウワティ+イ)
(学校はもう終ったの?) (西岡・仲原 2006 : 54 )
近世琉球語である組踊の例で「テ形の言い切り」が特徴的に見られるのは、次 のような定型句的な表現に限られている。
☆拝留めやべて ヲゥガントゥミヤビティ
(かしこまりました) ( 「忠士身替の巻」伊波普猷 1929 : 100 )
組踊や琉歌には、 「テ形」が引用の助詞「てやり」 (読みは「ティヤリ」あるいは「テ イ」 )でくくられる例もあるが、 その「テ形+てやり」は、 ひとまとまりとなって、
「~しても」 「~したとしても」あるいは「~してからは」のように、逆接あるい
は順接で、前文と後文を接続する働きをしている。特に、逆接の意味になる用例
が多い。 「テ形の言い切り」とは言いにくく、古琉球のオモロの時代から近世琉
球の琉歌・組踊の時代にかけて、沖縄語のテ形の「過去の言い切り」用法が衰退 していくことを示している。
☆あゝ、たとひ アー、タトゥイ 身や死出の ミヤ シディヌ
土なててやり ツィチニ ナティ ティヤリ
(たとえ身が死出の土になったとしても) ( 「忠士身替の巻」伊波普猷 1929 : 125 )
☆露の身の命 ツィユヌ ミヌ イヌチ ながらへててやり ナガライティ ティヤリ
(露の身の命をながらえたとしても) ( 「忠士身替の巻」伊波普猷 1929 : 130 )
☆たとひ事洩れて、 タトゥイ クトゥ ムリティ 生殺しされててやり、 ナマグルシ サリティ テイ
(たとえ事が洩れて生殺しにされたとしても) ( 「大川敵討」伊波普猷 1929 : 344)
☆主人此際に シュジン クヌ チワニ なりめしやうちてやり、 ナイミショチ ティヤリ
(主人がこの際に成り給うてからは (注3) ) ( 「忠士身替の巻」伊波普猷 1929:
106 )
◎ませうちの花や マシウチヌ ハナヤ
花ともてくいるな ハナ トゥムティ クィルナ 千度思ててやり シンドゥ ウムティ テイ 本やくいらぬ ムトゥヤ クィラン
(ませ垣の内にある花はどこにでもある花と思ってくれるな。千度思ったとし ても、根本から人に呉れてやるものではない。 ) ( 『琉歌全集』528 島袋盛敏・翁 長俊郎 1968 : 115 )
◎あらわれててやり アラワリティ ティヤリ
里一人なしゆめ サトゥ フィチュイ ナシュミ 我身も諸共に ワミン ムルトゥムニ
ならんしゆもの ナラン シュムヌ
(秘密の恋が露顕したとしても、貴方を一人にできるでしょうか。我が身も貴 方と運命をともにするつもりです。 ) ( 『琉歌全集』 1817 島袋盛敏・翁長俊郎 1968:381)
◎落てててやり涙 ウティティ テイ ナミダ よそにあらはしゆめ ユスニ アラワシュミ 袖のしがらみの スディヌ シガラミヌ 朽たぬ限り クタン カジリ
(落ちたとしても涙をよそに知られるようなことはすまい。涙をせきとめる袖 のしがらみが朽ちない限りは。 ) ( 『琉歌全集』 2279 島袋盛敏・翁長俊郎 1968 : 481)
2.中止形としての「テ形」 (沖縄語の場合)
沖縄語において「テ形」は中止法で用いられることが多く、北琉球語の中では
「第2中止形」とも呼ばれる。いわゆる連用形が「第1中止形」 、 連用形に「有り」
が付いた形に由来する中止形は「第3中止形」 「シアリ由来形」とも呼ばれる。
まずは三つの「中止形」を比べてみる。
「第1中止形」 (連用形)は、沖縄語の口語における多くの動詞において中止法 として使われることはほとんどない (注4) 。しかしながら、沖縄語の文語(歌謡 語)では、 「第一中止形」 (連用形)による中止法が間々見られる(西岡敏 2017 : 239-242) 。
◎神とぅ崇みらり 花に例らりてぃ (帰らぬ我が子、作詞:平敷ナミ)
カミトゥ アガミラリ ハナニ タトゥラリティ (神と崇められ、花に喩えられて)
また、島袋幸子(2016)が今帰仁方言で、 「アイ(<有り) 」 「ヲゥイ(<居り) 」
で中止法として用いることを紹介しているが、筆者は現代首里方言でも同様のこ
とが言えることを現代首里方言の話者に確認している。 「アイ」は、動詞否定形 や形容詞を中止法として機能させる場合にも用いられるようである。
(2) ジンヌ ネーランアイ、クマタン。
(お金が無くて、困った。 )
( 3 ) ウヌ イシェー ゥンブサンアイ、マギサン。
(その石は重くもあり、大きい。 )
(4) イヌン ヲゥイ、マヤーン ヲゥン。
(犬もいるし、猫もいる。 )
この他にも、動詞の終止形(現在・完成相)の語尾「ン」を「イ」に活用させ た形や、継続形の語尾「ン」を「イ」に活用させた形も、中止法として機能する ことがある。 「ユムイ」 (読むし)や「ユドーイ」 (読んでいるし)は元は「ヲゥイ」
の付加された複合形であり、このことと「ヲゥイ」が中止法として使用できるこ ととは深く関連しているであろう (注5) 。
( 5 ) スムチン ユムイ、ビンチョーン スン。
(本も読むし、勉強もする。 )
(6) スムチン ユドーイ、ビンチョーン ソーン。
(本も読んでいるし、勉強もしている。 )
テ形と「第3中止形」は、典型的には「継起」関係で前文と後文をつなぐ。双 方とも前文と後文が「同時」の場合にも用いられることがあるけれども、同時性 が強調される場合は「~ガナー(~ながら) 」等が用いられる (注6) 。
( 7 ) ムヌ カディ、ウヌアトゥ スムチ ユムン。 (テ形・継起)
(食べ物を食べて、その後で本を読む。 )
( 8 ) ムヌ カマーニ、ウヌアトゥ スムチ ユムン。 (第3中止形・継起)
(食べ物を食べて、その後で本を読む。 )
(9) ムヌン カディ、スムチン ユムン。 (テ形・同時)
(食べ物も食べて、 [同時に]本も読む。 )
( 10 ) ムヌン カマーニ、スムチン ユムン。 (第3中止形・同時)
(食べ物も食べて、 [同時に]本も読む。 )
(11) ムヌ カマガナー、スムチ ユムン。 (~ガナー・同時)
(食べ物を食べながら、本を読む。 )
前文の「テ形」が「理由」の意味を持つことがあるが、この場合、例文( 13 ) のように「第3中止形」では表現しにくい(ただし、話者の感覚では、×とまで は言えないとのこと) 。テ形と第3中止形の用法の違いとして注目される。
( 12 ) アミヌ フティ、ウカジニ タシカタン。 (テ形・理由)
(雨が降って、おかげで助かった。 )
(13) ??アミヌ フヤーニ、ウカジニ タシカタン。
なお、現代首里方言においては、 「テ形」のあとに補助動詞が来ることができ るが、 「第3中止形」のあとには補助動詞は来ることができない。ただし、一時 代前の近世琉球語である琉歌や組踊では「第3中止形」のあとでも補助動詞の来 ることがある。
◎あたら人間に 生まれやり をすが( 『琉歌全集』 333 番歌)
アタラ ニンジンニ ゥンマリヤイ ヲゥスィガ (あたら人間に生まれているけれども、 )
☆御望みのものや 買やり たばうれ。 ( 「大川敵討」伊波 1929 : 408 )
ウヌズミヌ ムヌヤ コーヤイ タボリ。
(お望みのものは買ってください。 )
3.連体修飾句としての「テ形+ヌ」 (首里方言)
現代首里方言の場合、過去の連体修飾句は、過去終止形の語尾を「ル」に変え て作る(過去連体形にする)が、 「~アトゥ(後) 」に続くときは、動詞は過去連 体形ではなく、 「テ形+ヌ」の形で連体修飾する。 「ユディヌ アトゥ」であれば、
「読んでのあと」 と逐語訳できる形である。話者によれば、 「過去連体形+アトゥ」 、 例えば「ユダル アトゥ」 (逐語訳:読んだあと)という形にすることはできない。
( 14 ) ンカシ ユダル スムチェー、チャー ウムタガ? (ユダル=過去連体形)
(むかし読んだ本は、どう思った?)
(15) ンカシ スムチ ユダル バス、チャー ウムタガ?
(むかし本を読んだとき、どう思った?)
( 16 ) スムチ ユディヌ アトゥ(×ユダル アトゥ) 、ナラーチ トゥラシ。
(本を読んだあと、教えておくれ。 )
4.所格に助詞化した「テ形」 (首里方言)
現代首里方言には、 「ヲゥティ」 「ヲゥトーティ」 「ンジ」の3つの所格がある。
それぞれ「ヲゥティ」が「ヲゥン」 (居る)の「テ形」 、 「ヲゥトーティ」が「ヲゥ ン」 (居る)の継続的アスペクトの「テ形」 、 「ンジ」が「イチュン」 (行く)の「テ 形」に由来し (注7) 、文法化したものである。それぞれの意味・用法の違いを観 察するには至っていない。 「ヲゥン」は状態性の動詞、 「イチュン」は動作性の動 詞であるが、現代首里方言の段階でそれら語源の意味の違いが反映されていると も言い難い。
( 17 ) ガッコー(ヲゥティ/ヲゥトーティ/ンジ) ビンチョー スン。
(学校で勉強する。 )
「ヲゥティ」の元の形である「をて」の「助詞化の過程にある」 (高橋 1991 : 482)用例は、オモロにも見られる(以下の例の表記では「おて」 ) 。
○おほつ おて みれは あやみやの めつらしや/かくら おて みれは
< 一一の七〇 >
「ンジ」の元の形であるオモロの「いちへ」 (<往
いにて)は、次の重複オモロの 例が助詞化への道筋を示す。高橋(1991:33)から引用する。
○あかのこか 大さと いちへ・・・/ねはのこか しましりに いちへ < 二〇の四二 >
*重複オモロ < 八の四五 > では「しま尻 いちへ」となっていて、 「に」が省略されている。
当初、与格「~に」が付いたあと「いちへ」 (<往
いにて)となっていたものが、
ゼロ格+「いちへ」となり、さらに「~いちへ」が所格の助詞に文法化していっ たのであろう。
組踊においても、 「ゥンジ」の前に、与格「~に」が付いたり、付いていなかっ たりしている。付いていないものは、助詞化への道筋(文法化)をたどっている ところであろう。
今日や 思子の チューヤ ウミングヮヌ 御側 むぢ 拝て。 ウスバ ゥンジ ヲゥガディ あちやが 日に 又も アチャガ フィニ マタン 拝て すでら。 ヲゥガディ スィディラ
(今日は若按司様の御側に行ってお会いし、明日またお会いいたしましょう。 )
( 「大川敵討」伊波普猷 1929 : 405 )
たうゝゝ、今日や 道中の トートー、チューヤ ドーチューヌ 草臥も あらだいもの、 クタンディン アムヌ、
若按司の 側 に むぢ、 ワカアジヌ スバ ニ ゥンジ、
休息よ すれ。 チュースクユ スィリ。
(さあさあ、今日は道中の草臥れもあるだろうから、若按司の側に行って、休息
をせよ。 ) ( 「大川敵討」伊波普猷 1929 : 405 )
なお、 「ンジ」の継続的アスペクトの語形である「ンジョーティ」は、現代首 里方言では助詞化していないようである。 「学校で勉強する」は、次のような言 い方はできない。
× ( 18 ) ガッコーンジョーティ ビンチョー スン。
また、 琉歌や組踊には、 「ヲゥティ」 「ヲゥトゥティ」 (注8) の双方の用例が見られ、
すでに助詞化している。
◎この世をて里や 御縁ないぬさらめ
クヌユヲゥティ サトゥヤ グヰン ネン サラミ
(この世で貴方とはご縁がないのですね。 ) ( 『琉歌全集』642 番歌)
◎行かぬ先をとて 着ちやさとまり
イカヌ サチヲゥトゥティ ツィチャサ トゥマイ
(行かない先で着いたことだ、泊に。 ) ( 『琉歌全集』2822 番歌)
☆此世をて母に また拝むことの ならぬでよやれば、
クヌユヲゥティ ファファニ マタ ヲゥガム クトゥヌ ナランディユ ヤ リバ
(この世で母に再び会うことができないのであれば、 ) ( 「銘苅子」伊波 1929 : 239 )
☆天の下をとて 偽りのなゆめ、
ティンヌ シチャヲゥトゥティ イツィワイヌ ナユミ (天の下で偽りができようか。 ) ( 「大川敵討」伊波 1929 : 373 )
5.具格に助詞化した「テ形」 (首里方言)
現代首里方言には、 「ッシ」 「サーニ」 という二つの具格がある。このうち、 「ッシ」
は「して」という「テ形」に由来し、 「サーニ」は「しありに」という第3中止形(アー
ニ形、シアリ由来形)に由来する (注9) 。 「ッシ」と「サーニ」の二つの語形の意 味・用法の違いを観察するには至っていない。
「ッシ」 「サーニ」のほか、 「ソーティ」という「してをりて」という継続テ形 に由来する語形もあり、やはり文法化しつつあるが、 「ッシ」 「サーニ」と異なる 使われ方を示す。
典型的な具格については、 「ッシ」 「サーニ」が用いられ、 「ソーティ」を用い ることはできない。
( 19 ) フディッシ ジー カチュン。
(筆で字を書く。 )
(20) フディサーニ ジー カチュン。
(筆で字を書く。 )
× ( 21 ) フディソーティ ジー カチュン。
文法化の度合いが低いかもしれないが、 「~を相手にして」の「して」に当た る部分は、 「ッシ」 「サーニ」 「ソーティ」のいずれも用いることができる。
(22) ワラビンチャー エーティニッシ、ハナシ サビタン。
(子どもたちを相手にして、話をしました。 )
( 23 ) ワラビンチャー エーティニサーニ、ハナシ サビタン。
(子どもたちを相手にして、話をしました。 )
(24) ワラビンチャー エーティニソーティ、ハナシ サビタン。
(子どもたちを相手にして[おって] 、話をしました。 )
動詞の否定表現のあと、逆接的に後の文につなぐときは、 「ッシ」 「サーニ」で
はなく、 「ソーティ」が用いられる。
( 25 ) スムチン ユマナー (注
10)ソーティ、ユー ムノー ワカトーンヤー。
(本も読まないのに、よくものが分かっているねえ。 )
× (26) スムチン ユマナーッシ、ユー ムノー ワカトーンヤー。
× (27) スムチン ユマナーサーニ、ユー ムノー ワカトーンヤー。
この場合、否定表現の部分は「ユマナー」 「ユマン」のいずれでも良いが、後 ろにつく接続要素は、 「ソーティ」を用いなければならない( 「ソーティ」は、 「ユ ムソーティ」 (読むのに)のように、 肯定表現にも付けることができる) 。 「ユマン」
(読まない、 読まないで)は単独でも使用できるが、 「ユマナー」は必ず「ソーティ」
の補いが要る。もし、接続要素に「ッシ」を使いたければ、 「ユマナー」または
「ユマン」の部分を「ユデーヲゥラン」 (読んでいない)という継続アスペクトの 形に変える必要がある。
(28) スムチン ユデーヲゥランッシ、ユー ムノー ワカトーンヤー。
(本も読んでいないのに、よくものが分かっているねえ。 )
6.宮古語における「テ形」
南琉球語では、中止法の基本的な形や後ろに補助動詞を取る形として「シアリ 由来形」が発達している。北琉球語のように動詞連用形に「て」が付いたものの 音便が進み、後ろに補助動詞をとることができるような「テ形」は発達していな い。しかしながら、 おそらく「テ形」が関係しているものと思われる「シティ」 「ッ ティ」 (宮古語) 、 「ッテ」 「ッティ」 (八重山語) 、 「ティ」 (与那国語) (注
11)など が、 「シアリ由来形」に付くことがあり、中止的な機能を果たすことがある。狩 俣繁久(1997:397)は、宮古方言の単なる「シアリ由来形」を「第2中止形」 、
「シアリ由来形」に「シティ」 「ッティ」の付く形を「第3中止形」と呼んで次の ように記述し、平良方言の用例を挙げている (注
12)。
第3中止形は、継起的な用法も、連用修飾語になる用法もあるが、派生名詞や複合動詞の要素になっ
たりしない。第3中止形は、
jumisti「読んで」という形も使われる。これは、 語源上からは「~捨て」か、
あるいは「~為て」に対応する、という説がある(注
13)。 [―中略―]
シューヤ フソー カリー、ンマー ウリュー タバイ゜タイ゜. (カナ表記は西岡による)
ʃu:ja fso: kari:, mma: urju: tabaɿtaɿ.
「祖父は 草を 刈って、祖母は それを しばった」 (第2中止形)
シューヤ サキュー ヌミッティ、ウンカラ ニヴタイ゜. (カナ表記は西岡による)
ʃu:ja sakju: numitti, unkara nivtaɿ.
「祖父は 酒を 飲んで、それから 寝た」 (第3中止形)
(狩俣
1997:397)「ッティ」等の付いた中止法は、 単なる「シアリ由来形」の中止法と明確な意味・
用法の違いを表す。次の用例は、旧上野村野原方言のものである。
( 29 ) モーフ カキー、ニッヴィ。 (同時)
(毛布を掛けて、寝ろ。 )
(30) モーフ カキッティ(カラ) 、ニッヴィ。 (継起)
(毛布を掛けて(から) 、寝ろ。 )
( 29 ) は、野原方言の話者によれば、動作・行為が同時進行であり、 「毛布を掛 けている」状態が「寝ている」状態のときも継続していることを示している。そ れに対して、( 30 ) は、 「毛布を掛ける」という動作・行為がすでに完了しており、
その後で「寝る」という動作・行為が行われることを示している。(30) におけ る助詞「カラ」の付与は任意である。( 29 ) を ( 30 ) のように解釈することはでき ないし、逆も然りである。以下の (31) と (32) も同様の例である。
(31) ビジー、ホン ユミ。 (同時) [座ったままの状態で、読め。 ] (座って、本を読め。 )
( 32 ) ビジッティ(カラ) 、ホン ユミ。 (継起) [座る行為を終えてから、読め。 ]
(座って(から) 、本を読め。 )
狩俣( 1997 : 397 )が挙げる「第2中止形」 「第3中止形」の例文も、 前者が「同 時進行」 、後者が「継起関係」を示すものと解釈できる。
なお、先に挙げた首里方言の ( 12 ) のような理由の表現のときは、野原方言で は「ッティ」は付けず、第3中止形(シアリ由来形)のみとする。 「ッティ」は、
前文における動作・行為の完了(終結)と前後の継起関係を明示化するからであ ろう。
(33) アミヌ フリー(×アミヌ フリッティ、 ) 、フカラッサー。 (理由)
(雨が降って、よかった。 )
また、狩俣( 1997 : 397 )が平良方言で指摘するのと同じく、野原方言でも「ッ ティ」の形に補助動詞が付かないことを方言話者に確認した。
(34) ホン ユミー ミール。 (×ホン ユミッティ ミール。 )
(本を読んでごらん。 )
7. 八重山語における「テ形」
石垣方言について、 狩俣繁久 (1997 : 409) 、 宮良安彦 (2002 : 95) は 「第1中止形」 「第 2中止形」 「第3中止形」の3つの中止形があるとする。 「飲んで」の例では、そ れぞれ「ヌミ」 「ヌミッテ」 「ヌミリ」となる。 「ヌミッテ」の形が、宮古語と同 じく、 「テ形」と関係するものと思われる (注
14)。宮城信勇( 2003 : 64 )では、接 続助詞「ッテ」のみならず、 「ッテ」に係助詞「ヤ」がついたとする接続助詞「ッ テー」があると記述している (注
15)(例文は宮城 2003 : 64 より、下線は筆者) 。
( 36 ) チュファーラ ファイ ッテ ハリネーヌ。 (石垣方言)
(たんと食べて行ってしまった。 )
(37) ニビ ッテー ファイファイ シ、シグトー ノー ン サヌ。 (石垣方言)
(寝ては食べ食べして、仕事は何もしない。 )
石垣方言では「して」に由来する形が「ッテ」というエ段の母音で現れ、宮古 語のようにイ段では現れていない (注
16)。ただし、八重山語の中でも、竹富方言 は「ッティ」となっており、宮古語と同じくイ段となっている(西岡敏・小川晋 史 2011:30、下線は原文) 。
(38) バイサル クトゥバーイ シッティ、ヒトゥ バラーシタラ。 (竹富方言)
(おかしなことばかりして人を笑わせていた)
石垣方言で「テ形」がエ段の母音で現れることについては、 「ッティ」に「有り」
などの要素がさらに付いているのかもしれない。石垣方言では、例えば、引用の 格助詞は「デ」というエ段で出現する(宮城信勇 2003 : 60-61 ) 。これは「て - 有り」 、 すなわち「てやり」に由来する可能性がある (注
17)。同様にして、 石垣方言の「ッ テ」も「して - 有り」に由来するためにエ段で出現する、 ということが考えられる。
8.結びにかえて
以上、琉球諸語の「テ形」の諸相について述べてきたが、ここで少しまとめて おきたい。
北琉球語では、 「テ形」は動詞の活用体系の一部として位置付けられ、オモロ や奄美語などでは終止法としても機能する。中止法としては「シアリ由来形」と の同様の用法を持ちつつ、理由表現にも問題なく使えたり補助動詞も後接できた りするなど、 「シアリ由来形」よりも制限が少なく、 幅広い用法を発達させている。
また、 中には助詞化していくものもあるが、 本文中で見た「ッシ」 (<して)と「ソー ティ」 (<してをりて)のように(具格) 、 個々の意味・用法の違いがある程度はっ きりしているものと、 「ヲゥティ」 (<をりて)と「ヲゥトーティ」 (<をりてをりて)
と「ンジ」 (<往
いにて)のように(所格) 、意味・用法の違いが明確ではないもの とがある。
南琉球語には、 「テ形」に由来すると考えられる「ッティ」 「ッテ」などの形式
があるが、 動詞の活用体系の一部というよりは、 不変化詞(接続助詞)として「シ
アリ由来形」にさらに付加されるものであり、前文と後文の継起関係を明示する
機能を果たしていると考えられる。
○付記
伊狩典子氏(沖縄語首里方言) 、野原優一氏(宮古語野原方言)に文の判断の協 力を得た。感謝申し上げる。
○注
(注1)オモロの例示に○、組踊の例示に☆、琉歌の例示に◎をそれぞれ前に付けた。実際に方言話者に聞いた例 文には通し番号を付けた。
(注2)奄美方言における「テ形」の「過去の言い切り」は、 アオリスト過去[ギリシャ語]や単純過去[フランス語]
などを想起させる。 『徳之島方言二千文辞典(改訂版) 』 (岡村隆博・沢木基栄・中島由美・福嶋秩子・菊池 聡
2009)の例文でも、 「過去の言い切り」を示すのに「タ形」と「テ形」の双方があるが、用例数は圧倒的 に「テ形」のほうが多い。また、 「タ形」と「テ形」の言い切り形の違いについて、南琉球語における場合、
たとえば、竹富方言などの八重山語や多良間方言における二つの過去形と対照させることも必要であろう。
(注3) 「成り給うてからは」の訳は、伊波普猷(1929:106)の頭注による。 「てやり」は「て
-有り」に由来する のであろう。
(注4)首里方言の「第1中止形」 (連用形)について、津波古敏子(1997 :
379)は「首里方言では、第1中止形は、ほとんど慣用的な使用の中に現われ、構文上の機能は、ほとんどもっていない、と言ってもよいだろう(た だし、派生語や複合語をつくる造語的な機能は有力である。 」と記述している。
(注5)多良間方言で言う「第三中止形」は、 「~トゥイ」という形をしているが、下地賀代子(
2017:
22)によれば、
この「トゥイ」は「どうやらヲリという要素が融合している形」ということであり(フートゥイ<喰らひ てをり、キートゥイ<起けてをり) 、南琉球語の中にも「ヲリ」を起源とした「中止形」があることを示し ている。
(注6) 「ガナー」以外に、 「ガチー」も同時性を表すのに用いられる。ただし、日本語共通語の「~がてら」 「~つ いでに」に相当する言い方も、沖縄語(首里方言)では「ガナー」 「ガチー」で表す。
ヤーンカイ チャーガナー(チャーガチー) 、ケーキ コーティ トゥラシ。
(家に来るついでに、ケーキを買っておくれ。 )
ウチナーヤマトゥグチ(沖縄的標準語)には「家に来ながら、ケーキ買ってきて」という全国共通語とは 異なる言い方があり(大城朋子
2017:318)、沖縄語的な表現の干渉を受けていると考えられる。
(注7) 「ンジ」は「往
いにて」に由来する形である。 「イチュン」 (行く)は、補充法によって活用体系を構成してい る。 「行って」 (動詞のテ形)は声門閉鎖音が語頭に来る「ゥンジ[
ʔndʒi] 」であるが、 「~で」 (所格の助詞)
はその音が失なわれた「ンジ[
ndʒi] 」である。
(注8)琉歌や組踊では、 「をとて」について、 「ヲゥトティ」と「と」をオ段の「ト」で読むか、 「ヲゥトゥティ」と「と」
をウ段の「トゥ」で読むかで、意見が分かれている。
(注9) 『沖縄語辞典』には、さらに「サーニ」の代わり語形として「サーイ」という形が載っている(国立国語研
究所
1963:451)。その記述によれば、 「サーニ」のほうが「サーイ」より「上品に感じられる」とのことで
ある。
(注
10)「ユマナー」の「ナー」は、 おそらくオモロや宮古語などに見られる「ダナ」と同じ由来を持つものであろう。
なお、 この部分は「ユマナー」を「ユマン」という首里方言のごく普通の否定形に変えても言うことができる。
すなわち、 「ユマンソーティ」という言い方でも可である。
(注
11)この「ティ」について、 与那国方言では「沖縄方言のような音便は生じない」 (高橋
1997:
416)との記載がある。
(注
12)後ろに付く形は、-sti以外にも、-ʃiti(シティ、佐良浜方言など) 、-tti(ッティ、野原方言など)といっ た形があり、宮古語の中でも若干の方言差があるようである。また、 「~していて」に相当する継続の中止 法には、野原方言では、シアリ由来形に「ウーティー」という「テ形」が付く。例えば、 「住んでいて、 」 は「スマイウーティー、 」となる。なお、以下、狩俣(
1997:
397)を引用しているが、カナ表記の部分は 筆者(西岡)による。
(注
13)この文法化の語源説は、狩俣繁久氏によれば、もとは本永守靖氏によるものとのことである。
(注
14)石垣方言の第1中止形と第2中止形については、狩俣(1997:409)で「のみやり(飲み+有り)に対応する形」 、 「 (石垣方言の)第2中止形は、 宮古方言の第3中止形(
numitti, ukitti)に対応」と記載されている。
第3中止形の由来については、宮良当壮(1966[1930]:67)が、 「カキリ」を「書キ居リ」の連用形として いるが、それにさらに「有リ」が付いた形に由来するであろう。 「ヌミリ」ならば、 「飲ミ居リ有リ」に由 来するとなる。
第1中止形
numi(飲んで) ヌミ
< *飲みあり 第2中止形 numiQte(飲んで) ヌミッテ < *飲みありしてあり 第3中止形
numiri(飲んで) ヌミリ
< *飲みをりあり
(注
15)宮古語の野原方言では「ッテャー」[ttjaː] となる。(注
16)下地賀代子(
2017)による多良間方言の文法概説では、 「第二中止形」に、 「宮古的」な「~ッティー」の みならず、カッコつきで「石垣的」な「~ッテー」も記載されている。また、宮良当壮(1966[1930]:
116-117