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本書を終えるにあたり,全体の要約を示し,第 1 章で提示した問題点を 受ける形で,生命の本質,つまり,「生きているということ」をまとめたい。
めぐること・めぐむことと,生命のわきあがり
生命の本質,つまり「生きているということ」を考えるときには,生物体 を構成する物質だけではなく,それら物質が作る「うごき・流れ・勢い」に 注目する必要がある。これらの「流れ」は,多くの場合,循環的なサイクル を形成しており,たくさんのサイクルがお互いに共役して,互いに他を駆動 している。これは生命という存在の形式を規定している。しかし,これらサ イクルの全体を駆動している究極的な「流れ」は,太陽の光が地上に降り注ぎ,
再び宇宙空間に熱として放出されるという不可逆的な流れであり,この一部 が植物や藻類によって行われる光合成により,生命世界に流れ込んでいる。
光から生まれたエントロピー差/不均一性は,酸化還元の自由エネルギー,
ATPの自由エネルギーへと姿を変えて,生命世界全体の駆動力となる。エ ネルギーは保存されて変化がないので,それ自体として駆動力ではなく,世 界を駆動しているのは,不均一性である。不均一性は,特別の強制力が無い 条件に比べて低く保たれているエントロピーの差分を指し,それが次のサイ クルの駆動力となる。代謝物質が化学的な不均一性(あるいは自由エネル ギー)を保持するのに対して,遺伝情報は情報の不均一性を保持する。こう して,代謝,細胞分裂周期,個体の構築,生態系の循環,進化と,異なる階 層のサイクルが順にわき出してくるが,それを確実にしているのは,遺伝情
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報のもつ情報量,つまり不均一性である。この情報による階層縦断的なフィー ドバックこそが,生命世界を物質世界から際立たせている特徴と考えられる。
こうして,生命の本質は,共役したサイクルが不均一性を受け渡しながら,
階層的に積み重なって,あらたな不均一性をわきあがらせるというしくみに ある。「めぐること」と「めぐむこと」は,これを成り立たせている二つの 重要な契機である。生命科学に対する一般の見方は,特別な魔法の薬や,普 通にできないことを可能にしてくれる酵素や物質を発明してくれることで,
研究者もそうした方向の研究しかしていない。しかし,人類にとって本当に 必要な生命科学は,「生命とは何か」ということに関する根本的な見方を提 供することである。生命は部品の記載では理解できない。めぐるサイクルと めぐむ働きから,不均一性がわきあがることを理解するのが一番である。
特別な人間存在
こうした生命の理解に基づいて考えたとき,人間の存在には,二つのこと がいえる。第一に,人間は他の多数の生物の存在の中で誕生し,それらとと もに生き,それらから恩恵をこうむるという,いわば「地に足の着いた」存 在である。人間集団が作る社会は,経済によって動いているが,それには直 接に生命を維持する代謝的なサイクルと,人間活動を支える物質を利用する サイクル,さらに不均一性の再配分をすることにより経済の効率化をはかる 金融などがある。これらも基本的には,上に述べた生命のサイクルと結びつ いている。
これに対し,第二の特徴は,代謝のエネルギーを脳に高密度で集中するこ とによって,これまでの生物がなし得なかった高度な情報処理を可能にした ことである。エネルギーとともに大きな不均一性がサイクルを駆動すること によって,別の形の不均一性を生みだすという原理が,他の動物にはない精 神活動を生みだした。これによって,経済や文化という形の不均一性のサイ クルが生みだされた。とくに文化は,遺伝情報とは異なり,血縁を介さずに,
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教育という形で後の世代にも伝えられる,いわば「人体から抜け出した」情 報である。これは,その他の生命世界には存在しない新しい不均一性の形態 であり,社会を構築する原理でもある。
これから考えたい課題
現代の生命科学は,人間を中心とした生物が,装置としてどのようなしく みで機能しているのかについて,それぞれの部品を取り出し,詳しく性質を 調べ,その組み合わせによって全体を理解しようとしてきた。本書は,生命 の理解において,個々の部品の理解からはじめるのではなく,すでにたくさ んある知識を活用しながら,生命についての統一的な見方を考察することに よって,シュレーディンガーの目論見に対するある程度の解答の枠組みを呈 示することができたと思う。さらに,生命と社会,人間の生きがいにまで話 をひろげて,同じ考え方が適用できる見通しを示した。しかし,本書で十分 に解き明かすことができなかった課題もある。
今後,解明すべき課題は大きく分けて二つある。一つは,本書の本来の テーマである,生命のサイクルの詳しいモデル化を含む理論の構築である。
もう一つは,不均一性の哲学による生命世界と人間社会との関係の理解であ る。どちらもそれぞれ大きな課題であるが,これから少しずつ取り組んでゆ きたい。
本書の記述は全体として一般向けで,厳密さに欠けるというお叱りも甘受 せざるを得ないが,基本的な考え方は明確にできたものと思う。私自身は,
上記のような今後の課題の解決に取り組みたいが,読者諸氏におかれても批 判的に内容を理解していただければ幸いである。