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母体の自己抗体による先天性房室ブロック発生の機序と心電図所見

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Academic year: 2021

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平成20年 1 月 1 日

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Editorial Comment

PEDIATRIC CARDIOLOGY and CARDIAC SURGERY VOL. 24 NO. 1 (23 25)

母体の自己抗体による先天性房室ブロック発生の機序と心電図所見

筑波大学大学院人間総合科学研究科・臨床医学系小児科 堀米 仁志

はじめに

 1980年代初頭にScottら1)によって,母体自己抗体(抗SS-A/Ro抗体)と先天性房室ブロック(congenital heart block:

CHB)の関係が明らかにされて以来,小児循環器・周産期領域のみならず膠原病・免疫学領域の研究者により多くの 業績が積み重ねられてきた.しかし,CHBの成立において抗SS-A/Ro・SS-B/La抗体の存在は必要条件であるとして も十分条件ではなく,未だに詳細な発生機序は解明されていない.出生数全体におけるCHBの発生頻度が15,000〜

20,000人に 1 人であるのに対して,母体が抗SS-A/SS-B抗体陽性の場合は 2〜5%(20〜50人に 1 人)に達することか ら,CHB発生に抗SS-A/SS-B抗体が関与していることは間違いない.しかし,逆に言えば,抗SS-A/SS-B抗体陽性で も95%強の胎児はCHBを発症していないことになる.鈴木らの研究2)においても,抗SS-A/SS-B抗体陽性でCHB児を 出産した母体の血清のみがWenckebach cycle length(WBCL)を延長させ,抗SS-A/SS-B抗体陽性でも子どもがCHBで なかった母体の血清ではWBCLが延長しなかった.これは抗SS-A/SS-B抗体の存在だけではCHBを発症しないことを 示している.また,おもな胎盤移行抗体はIgG成分であることが知られているが,そのIgGを含まない血清でもWBCL が延長したことはCHB発生機序の複雑さを示していて興味深い.本稿ではCHBの成立機序と完全房室ブロック以外 の心電図所見について最近の知見について整理してみたい.

先天性房室ブロックの発生機序

 CHB発症機序は,自己抗体による第一段階と胎児側の感受性による第二段階に分けて考えられている3).第一段階 は経胎盤移行した抗SS-A/Ro抗体が胎児心筋細胞に結合することで始まる.この抗体の対応抗原であるRo抗原にはRo- 52kDa,Ro-60kDaの 2 種類のタンパクと80〜110ヌクレオチドの低分子RNAが含まれる(ribonucleoprotein:リボ核タ ンパク).特にRo-52kDaに対する抗体の関与が大きく,さらに最近はRo 52タンパクのleucine zipper amino acid sequence 200〜239が抗原決定基になっていると考えられている4).この抗原は核・細胞質中に存在するため,母体の自己抗体 は細胞表面で直接結合せず,何らかの機序を介して胎児心筋細胞の交差反応を示す分子に結合するものと考えられ ている.そのターゲットとしてL型カルシウムチャネル(ICaL)の움1Cや움1DサブユニットやT型カルシウムチャネル(ICaT) があり,カルシウム調節障害,細胞内カルシウム過負荷を来して細胞死(アポトーシス)を招き,伝導障害を来す.

続いて抗Ro抗体によって細胞死に至った心筋細胞に抗SS-B/La抗体が結合して炎症機転を増強するという考え方であ る.それより下流の第二段階の過程において,伝導系障害が一過性の房室ブロックで終って回復するか,線維化,

石灰化を伴って不可逆的なCHBとなるか,胎児側の感受性によって決まると考えられている.たとえば線維化を促 進することで知られるTGF-웁1の遺伝子多型が不可逆的なCHBの成立に関与した可能性を指摘する報告がある5).もう 一つ,胎児側の因子として興味がもたれているのがキメラの関与である.母体の細胞が胎児,新生児のさまざまな 臓器にわずかながら迷入してキメラ (microchimerism)になっていることは以前から知られている.CHB児では心筋 組織におけるキメラ,すなわち母体細胞の混入が多いことが伝導系の障害を増長し,CHBに関与しているという説 である6).母体細胞の混入が多い理由としては全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE)などの膠 原病における胎盤機能不全が考えられているが,さらなる研究が必要である.

一過性 1〜2 度房室ブロックとステロイド治療

 CHBの多くは完全房室ブロックとして発見され,そのほとんどがステロイド治療に反応せず不可逆的であること が知られている.しかし,移行抗体による免疫反応が原因であるならば,刺激伝導系が完全に線維化せず,1〜2 度 房室ブロックを呈する前段階があるはずである.この時期にステロイド治療を行えば完全房室ブロックへの進展を 予防できる可能性があるという考えに基づき,いくつかの臨床研究が行われた.この研究を行うには胎児期からの 継続的なPR時間の計測が必要である.パルスドプラ法を用いると,僧帽弁流入血流(または上大静脈内逆流波)の心 房収縮波形の起点から心室収縮を表す大動脈駆出波形の起点までを機械的 PR時間(mechanical PR)として計測するこ

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日本小児循環器学会雑誌 第24巻 第 1 号 とができる7).この方法を用いてSonessonら8)は抗SS-A/Ro抗体陽性の24例を週 1 回追跡し,8 例に妊娠18〜24週の間 にPR延長が認められたと報告した.このうち 1 例はbetamethasone治療にもかかわらず完全房室ブロックに進行し,

ほかの 1 例は23週に 2 度ブロックに進行したが,betamethasone治療により 1 度に戻った.残り 6 例のPR延長は一過 性であった.少数例ではあるが,早期にステロイド治療を行えば房室ブロックが可逆的な時期もあり得ることを示 唆している.鈴木らのグループの動物実験モデルでも抗SS-A/Ro・SS-B/La抗体により胎児期優位に 1〜2 度房室ブロッ クがみられたと報告されている9).しかし,臨床における最近の 2 つの大規模な前方視的研究の結果は一致していな い.Gerosaら10)は抗Ro抗体陽性母体60例,SLE母体22例,Sjögren症候群母体14例の計96例の児を追跡した.胎児期の データは含まれていないが,出生後のPR延長(140msec以上)を示す症例が対照群より有意に多かったと報告してい る.出生後の調査であるためステロイド治療は行われていないが,乳児期でも抗SS-A/Ro・SS-B/La抗体に関連した 1〜2 度房室ブロックの症例があることを示している.一方,Costedoat-Chalumeauら11)は抗SS-A/Ro・SS-B/La抗体陽 性のグループと陰性のグループを比較し,PR時間に差がなかったと報告している.胎児期の評価がされていないた め,胎児期に一過性PR延長があった可能性は否定できない.

 一般に胎児期ステロイド治療については確実な効果は得られていない.CHBが診断された時点で胎児ステロイド 治療を開始した93例の集計12)によれば,完全房室ブロックは全例で効果なし,不完全ブロック13例中 3 例でブロッ クの程度が低下し,1 例で洞調律が得られたが,完全ブロックへ進行した例も 6 例あった.妊娠早期からCHB発症 予防にステロイドが使用された43例においても,7 例(18%)で完全房室ブロックが出現し,通常の発生率と比較して も予防効果があったとはいえない.しかし,過去の臨床治験では胎盤で不活化されやすいprednisoloneが使用されて いる例が多い.胎盤で代謝されず,胎児への移行が良好なbetamethasoneやdexamethasoneによる前方視的研究の成果 が俟たれる.また,心拍数55bpm以下のCHBが診断された場合,dexamethasoneと웁刺激剤を使用すれば心筋炎,心筋 症,胎児水腫,肝炎などを軽症化させ,児の生命予後を改善するという研究成果もあるため13),房室ブロックのみで 効果を判定すべきではないかもしれない.一方,ステロイド治療には胎児や脳の発育不全,羊水過少などの副作用 もあることに留意すべきである12).今後さらにどのような胎児が完全房室ブロックへ進行しやすいのか,その危険因 子を明確にすることが重要である.

房室ブロック以外の心電図所見 1.洞性徐脈

 抗SS-A/Ro・SS-B/La抗体陽性母体の児では,房室ブロック以外の心電図所見として洞性徐脈を示す例があると報 告されている14).洞結節細胞の自動能はさまざまなイオンチャネルに制御されているが,ICaLの働きが大きいこと,

CHBの発生機序にICaLの障害が関与していることを考えると興味深い知見である.Huら15)はウサギを用いた実験で,

CHB児をもつ母体の自己抗体がICaLのみならず,胎生期に発現の多いICaTを抑制して洞性徐脈を来すことを示した.抗 SS-A/Ro抗体によりICaLがダウンレギュレーションされることも報告されている16).鈴木らの動物実験2,9)でも洞性徐 脈がみられることが報告されている.

 Huら15)は洞性徐脈が房室ブロックに先立って出現するため,ステロイド治療を始める目安になることを示唆して いるが,臨床においては抗SS-A/Ro・SS-B/La抗体陽性母体の児で本当に洞性徐脈が多いかどうか再検討の余地があ る.正常新生児でもかなりの率で一過性洞性徐脈はみられるため,抗SSA-/Ro抗体陽性母体の児で有意に洞性徐脈が 多いと結論付けるには慎重であるべきである.最近の大規模な臨床研究10,11)においても,抗SS-A/Ro抗体陽性群と陰 性群で心拍数には差がなかった.洞不全という明確な診断がなされた症例の報告もない.

2.QT延長

 Cimazらの報告17)によれば,抗SS-A/Ro・SS-B/La抗体陽性母体の児ではCHBがなくてもQT延長がみられることが ある.母体からの移行抗体の力価低下とともにQT時間が正常化することや18),抗SS-A/Ro抗体をもつ膠原病の成人で もQT延長がみられたという報告19)は,抗SS-A/Ro抗体とQT延長の関係を裏付けている.しかし,前述の洞性徐脈と 同様に,抗SS-A/Ro抗体がQT延長を来すと結論付けるには慎重であるべきである.最近の大規模な前方視的検討の 結果も洞性徐脈の場合と同様に一定しない.Gerosaら10)は抗SS-A/Ro抗体陽性群と陰性群でQT時間の平均値には差が なかったが,抗体陽性例や膠原病母体例ではQT延長例の頻度が高かったと報告している.一方,Costedoat-Chalumeau ら11)は抗SS-A/Ro抗体の有無にかかわらずQT時間に有意差はなく,乳児期早期にみられる生理的延長をみているだけ

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ではないかと述べている.明らかにQT時間が長い例で웁遮断剤を予防的に投与したという報告もあるが,実際に心 室頻拍を繰り返した症例は報告されていない.

 以上のように,CHBの病態生理や臨床像には未解決のことが多い.紙面の都合で今回は触れなかった遅発性拡張 型心筋症の問題も重大である.しかし,CHBの発生率が低いこと,自然にCHBを発症する動物モデルがないことな ど,研究を進めるうえで限界もある.本研究のランゲンドルフモデルなどを用いることにより,CHB発症の病態生 理が解明され,予防手段が確立することを期待したい.

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【参 考 文 献】

1)Scott JS, Maddison PJ, Taylor PV, et al: Connective-tissue disease, antibodies to ribonucleoprotein, and congenital heart block. N Engl J Med 1983; 309: 209–212

2)鈴木 博,Wu X,Silverman ED,ほか:新生仔ウサギのランゲンドルフモデルを用いたヒト自己抗体の房室伝導への影響.

日小循誌 2007;24:17–22

3)Wahren-Herlenius M, Sonesson SE: Specificity and effector mechanisms of autoantibodies in congenital heart block. Curr Opin Immunol 2006; 18: 690

–696

4) Salomonsson S, Sonesson SE, Ottosson L, et al: Ro/SSA autoantibodies directly bind cardiomyocytes, disturb calcium homeostasis, and mediate congenital heart block. J Exp Med 2005; 201: 11–17

5)Cimaz R, Borghi MO, Gerosa M, et al: Transforming growth factor 웁1 in the pathogenesis of autoimmune congenital complete heart block. Lesson from twins and triplets discordant for the disease. Arthritis Rheum 2006; 54: 356–359

6)Stevens AM, Hermes HM, Lambert NC, et al: Maternal and sibling microchimerism in twins and triplets discordant for neonatal lupus syndrome-congenital heart block. Rheumatology 2005; 44: 187–191

7) Glickstein JS, Buyon J, Friedman D: Pulsed Doppler echocardiography assessment of the fetal PR interval. Am J Cardiol 2000; 86:

236–239

8)Sonesson SE, Salomonsson S, Jacobsson LA, et al: Signs of first-degree heart block occur in one-third of fetuses of pregnant women with anti-SSA/Ro 52-kd antibodies. Arthritis Rheum 2004; 50: 1253–1261

9)Suzuki H, Silverman ED, Wu X, et al: Effect of maternal autoantibodies on fetal cardiac conduction: An experimental murine model.

Pediatr Res 2005; 57: 557–562

10)Gerosa M, Cimaz R, Stramba-Badiale M, et al: Electrocardiographic abnormalities in infants born from mothers with autoimmune diseases―a multicentre prospective study. Rheumatology 2007; 46: 1285–1289

11)Costedoat-Chalumeau N, Amoura Z, Lupoglazoff JM, et al: Outcome of pregnancies in patients with anti-SSA/Ro antibodies. A study of 165 pregnancies, with special focus on electrocardiographic variations in the children and comparison with a control group.

Arthritis Rheum 2004; 50: 3187–3194

12)Breur JM, Visser GH, Kruize AA, et al: Treatment of fetal heart block with maternal steroid therapy: Case report and review of the literature. Ultrasound Obstet Gynecol 2004; 24: 467–472

13)Jaeggi ET, Fouron JC, Silverman ED, et al: Transplacental fetal treatment improves the outcome of prenatally diagnosed complete atrioventricular block without structural heart disease. Circulation 2004; 110: 1542–1548

14)Brucato A, Frassi M, Franceschini F, et al: Risk of congenital complete heart block in newborns of mothers with anti-Ro/SSA antibodies detected by counterimmunoelectrophoresis: A prospective study of 100 women. Arthritis Rheum 2001; 44: 1832–1835 15)Hu K, Qu Y, Yue Y, et al: Functional basis of sinus bradycardia in congenital heart block. Circ Res 2004; 94: e32–38

16)Xiao GQ, Qu Y, Hu K, et al: Down-regulation of L-type calcium channel in pups born to 52 kDa SSA/Ro immunized rabbits. FASEB J 2001; 15: 1539–1545

17)Cimaz R, Stramba-Badiale M, Brucato A, et al: QT interval prolongation in asymptomatic anti-SSA/Ro-positive infants without congenital heart block. Arthritis Rheum 2000; 43: 1049–1053

18)Cimaz R, Meroni PL, Brucato A, et al: Concomitant disappearance of electrocardiographic abnormalities and of acquired maternal autoantibodies during the first year of life in infants who had QT interval prolongation and anti-SSA/Ro positivity without congenital heart block at birth. Arthritis Rheum 2003; 48: 266–268

19)Lazzerini PE, Acampa M, Guideri F, et al: Prolongation of the corrected QT interval in adult patients with anti-Ro/SSA-positive connective tissue diseases. Arthritis Rheum 2004; 50: 1248–1252

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