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高圧力下における金属水素化物のRaman散乱測定による結晶構造の研究

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Title

高圧力下における金属水素化物のRaman散乱測定による結

晶構造の研究( 本文(Fulltext) )

Author(s)

久野, 敬司

Report No.(Doctoral

Degree)

博士(工学) 工博甲第538号

Issue Date

2018-03-25

Type

博士論文

Version

ETD

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12099/75265

※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。

(2)

学位論文

高圧力下における金属水素化物の

Raman 散乱測定による結晶構造の研究

High-pressure Raman spectroscopic study

of metal hydrides

2018 年 3 月

岐阜大学大学院工学研究科

環境エネルギーシステム専攻

(3)

学位論文

高圧力下における金属水素化物の

Raman 散乱測定による結晶構造の研究

平成

29 年度

岐阜大学大学院工学研究科

環境エネルギーシステム専攻

学籍番号:1153815002

久野 敬司

(4)

i

目 次

第1 章 序論 1. 1 はじめに 1 1. 2 リチウム水素化物 2 1. 3 希土類金属水素化物の結晶構造 3 1. 4 ユウロピウム水素化物(EuHx)の結晶構造 4 1. 5 本研究の意義 5 第2 章 実験方法 2. 1 はじめに 7 2. 2 超高圧力発生装置:ダイヤモンド・アンビル・セル(DAC) 7 2. 3 圧力較正法 8 2. 4 DAC への試料の封入法 10 2. 5 高圧 Raman 散乱分光法 14 2. 6 X 線回折測定(XRD) 19 2. 7 メスバウアー分光測定 19 第3 章 新奇リチウム水素化物 LiHxx > 1)の実験結果 3. 1 はじめに 21 3. 2 LiHxx > 1)の合成と XRD,ラマン散乱測定結果 21 第4 章 新奇リチウム水素化物 LiHxx > 1)の考察 4. 1 はじめに 28 4. 2 LiHxの結晶格子内に内包されたH2分子の状態についての考察 28 第5 章 ユウロピウム水素化物(EuHx)の実験結果 5. 1 はじめに 33

5. 2 NaCl 圧力媒体中の EuHx(EuH2/NaCl)の XRD,ラマン散乱測定,

メスバウアー分光測定結果 33

5. 3 H2圧力媒体中のEuHx(EuH2/H2)のXRD,ラマン散乱測定,メスバウアー

(5)

ii

第6 章 ユウロピウム水素化物(EuHx)の考察

6. 1 はじめに 46

6. 2 NaCl 圧力媒体中の EuHx-II 相の結晶構造について 46

6. 3 H2圧力媒体中のEuHxの水素化過程について 47 6. 4 H2圧力媒体中のEuHxの結晶構造変化について 48 結言 52 参考文献 53 謝辞 55 本研究に関する学術論文,国際会議,学会発表等 56

(6)

1

1 章 序論

1. 1 はじめに 水素はPauling scale で 2.2 の電気陰性度を有し,全元素の中で中位の値である.その結果,結 合する原子(分子)によって電子を介した相互作用が異なるため,形成した水素化物は多様な物 性現象を引き起こす[1].例えば,電気陰性度が 2.2 より十分に小さい金属元素と結合する場合,水 素は金属元素から電子を受け取る.このときH 原子は H-イオンとみなすことができ,カチオンとイオ ン結合性水素化物を形成する(例:アルカリ金属水素化物,LiH,NaH, KH, RbH, CsH).NaCl 等 の他のイオン結合性物質と類似して,イオン結合性水素化物の融点,沸点は高くなる傾向をもつ. 電気陰性度が 2.2 に近い元素と反応するときは,共有結合性の分子状水素化物を形成する(例: 14 族元素の水素化物,メタン CH4, シラン SiH4, ゲルマン GeH4, スタナン SnH4).これらの水素化 物の特徴は,その分子の中心にあるC や Si などの原子の価電子のすべてが結合に使われており, 中心原子上に孤立電子対がないことである.一方,電気陰性度が 2.2 より十分に大きい元素には 電子を奪われ,いくらか共有結合的なイオン性結晶を形成する(例:アンモニアNH3,水H2O,フッ 化水素HF,塩化水素 HCl). また,多くの遷移金属や希土類金属とは,H 原子が金属格子の隙間に侵入した金属結合性水 素化物を形成する[2].少量の H 原子が金属(M)に溶け込んだ固溶体の場合(例:パラジウム水素 化物PdH, ニオブ水素化物 NbH),母体金属の結晶構造は維持され金属である.水素量が増えた 2 水素化物 MH2では,金属元素が組む面心立方もしくは六方格子の格子間にある2 つの四面体 サイト(T サイト)を H 原子が占有する.MH2は金属光沢をもち,その大部分は金属的な電気伝導特 性をもつ.3 水素化物 MH3では面心立方(fcc)もしくは六方格子(hcp)の金属格子間の 2 つの T サイトに加えて,もう1 つの格子間サイトである八面体サイト(O サイト)も H 原子が占有する(1.3 節 参照).MH2から水素化して MH3になると,バンドギャップが形成され絶縁体になる[2,3].バンド ギャップの形成にはO サイトを占める水素の影響が大きくかかわっていると考えられている.中性子 回折実験より,fcc-MH3ではO サイトの水素位置は対称中心を占めるが,hcp-MH3ではO サイトを 占める水素位置は対称中心ではなく,金属格子面に近いと報告されている[4-6]. 水素はイオンとしてだけではなく,フラーレン内に内包される場合のように[7],H2分子の状態で も化合物中に存在する.数万気圧級の高圧力下(1 万気圧 ≒ 1 GPa)まで圧力領域を拡げると, SiH4や化学的に不活性な希ガスともH2分子の状態として,SiH4(H2)2 [8]や Ar(H2)4 [9]といった化

合物を形成する.これらの物質は常圧では得られない化学組成で安定に存在する水素化物の例 である.

これまでに述べてきた様々な水素化物の物性や生成メカニズムを理解する上で重要なのは,結 晶格子内で水素原子(分子)がどのような状態にあり,どの場所を占めているのか,また周囲の原 子との相互作用について明らかにすることである.したがって,本研究ではRaman 散乱測定を主た

(7)

2 る観測手段として用い,これに放射光XRD およびメスバウアー分光測定を組み合わせることによっ て,従来のXRD のみに依存した水素化物の高圧力下構造決定法の問題点を解決し,高圧 XRD と高圧ラマン分光法の融合による構造およびその物性解明を行うことを目的とする. 1. 2 リチウム水素化物 常圧においても水素と材料との反応により様々な水素化物を形成するが,数GPa の高圧力下に おいては常圧では得られない化学量論比の水素化物を形成することが,近年多くの理論研究に よって示されている.本研究の研究対象であるリチウム水素化物を含むアルカリ金属水素化物に ついては,H2 分子を内包する結晶構造が安定に存在すると計算され,アルカリ金属ポリ水素化物 金属(LiHx, NaHx, KHx, RbHx, CsHx, x > 1)として報告されている[10-18].実験的に得られているリ

チウム水素化物は化学組成がLi:H = 1:1 の LiH のみであるが,Zurek らは LiHxのうち100 GPa

以上の圧力領域でLiH より熱力学的に安定になる候補として LiH2とLiH6を報告している[10].候

補の一つである LiH2の結晶構造は,Li+イオンと H-イオンがイオン結合を組む格子と電気的に中 性なH2分子が組む副格子によって形成される.Zurek らは LiH2のエネルギーバンド構造を計算し て,中性なH2分子の結合軌道と反結合軌道のエネルギー準位の間にあるとされるH-イオンのエネ ルギー準位が圧縮に伴ってエネルギーバンドを形成し,H2分子の結合軌道と反結合軌道の間の エネルギーの橋渡しを担った結果,LiH2は100 GPa で金属化すると述べている.またもう一つの候 補であるLiH6の構造は,Li+イオンと Li から電子を受け取り負に帯電した H2分子によって構成さ れると考えられている[10,11].LiH6についてもエネルギーバンド計算が行われ,Li から与えられた 電子は H2分子の反結合軌道のエネルギーバンドの一部を占め,その結果,固体水素と比べて低

い圧力でバンドギャップが閉じ,160 GPa で LiH6は金属化することが予測されている.さらにLiH6

は300 GPa で超伝導転移し,その転移温度は 82 K に達すると考えられている[11].最も原子質量 が軽い金属水素化物であるLiHxは室温超伝導を示すと言われている金属水素の状態に近いと考 えられているため,LiHxの中で水素がどのような状態にあるのかを明らかにすることによって,金属 水素を生成するための大きな糸口をつかめるのではないかと期待されている. しかし,理論計算によって様々なLiHxの生成が予測されているにもかかわらず,これまで実験的 に合成された報告はない.これまでに報告されている唯一安定に存在するリチウム水素化物は,

化学組成がLi:H = 1:1 の LiH のみである.LiH は Li と H2を室温,30 気圧以下で反応させること

によって得られ,常圧におけるバンドギャップは4.99 eV,結晶構造は B1 タイプの塩化ナトリウム構

造である.LiHxを合成するために室温において250 GPa まで LiH を圧縮した実験が行われたが,

構造相転移はなく塩化ナトリウム構造を維持することが明らになった[19,20].また,LiH と水素を反 応させる試みもされてきた.しかし,LiH と水素の混合試料は室温,80 GPa までの条件では反応せ ず,25 GPa において 550 K まで加熱を試みても LiH から変化しないことが明らかになっている [21].

(8)

3 1. 3 希土類金属水素化物の結晶構造 希土類金属は水素と反応しやすい金属であり,容易に水素化物を形成することが知られている. 常圧での水素化反応過程で,水素量に応じて 2 水素化物(RH2)および 3 水素化物(RH3)(R : Rare-earth metal)を形成する.金属と反応した水素は,面心立方の母体金属格子で作られる四面 体の隙間(T サイト)に H-イオンとして入り込む.T サイトがすべて水素で埋められることによって RH2 を形成する.さらに水素量が増加すると,新たに八面体の隙間(O サイト)に入り込むようになり, RH3を形成する.このとき,母体金属のイオン半径が大きい半径の場合(R = La,Ce,Pr,Nd)は立 方晶構造を保つが,イオン半径が小さいものの場合(R = Sc,Lu,Tm,Er,Y,Ho,Dy,Tb,Gd, Sm),金属骨格は六方晶構造へと変化する(Fig. 1.3.1)[2]. 六方晶構造をもつ RH3は,格子間に侵入した水素原子によって c 軸方向へ伸びた構造になっ ており,高圧力下で立方晶への構造相転移が観測されている.YH3に関しては10 GPa 辺りで相転

移が始まり,立方晶への転移が完了するのは約20 GPa である.Palasyuk, Tkacz らはエネルギー分

散型XRD 実験により,10-20 GPa の遷移領域の構造について低圧相と高圧相の二相共存モデル

を提唱した[22].YH3の角度分散型XRD 実験を行った Machida らも同様に六方晶-立方晶構造

相転移を報告しているが,中間領域の構造は c 軸に複雑な積層構造であり,圧力変化とともに積

層構造が変化していくと報告している[23,24].

(9)

4 水素化物に特有な中間領域の構造を詳細に理解するために,Kume らは高圧力下における YH3, ScH3, TbH3のラマン散乱分光実験[25]を行い,水素の振動モードの観測をした.その結果は, XRD 実験で観測された中間領域に対応する圧力で六方晶構造や立方晶構造とも異なる特徴的 なスペクトルを示し,Machida らの結果を支持している.高圧力下における YH3, ScH3,TbH3の電子 状態は,Kume らの紫外可視吸収実験[25],Ohmura らの赤外透過実験[26]によって調べられ,バ ンドギャップや透過率の変化から,TbH3, YH3, ScH3の金属化圧力はそれぞれ20 GPa, 25 GPa, 50 GPa 付近であると報告された.また,Matsuoka らの XRD と電気抵抗の同時測定実験からは,立方 晶構造のYHxx > 2.8)は 40 GPa 以上で金属状態に転移することが報告されている[27]. 1. 4 ユウロピウム水素化物(EuHx)の結晶構造

ユウロピウム(Eu)とイッテルビウム(Yb)の 2 水素化物(EuH2と YbH2)は,他の希土類金属水素

化物と異なりPnma(塩化鉛構造,I 相)構造を示すため,希土類金属水素化物の結晶構造の一般

則を確立できていなかった.EuH2については最近のXRD 研究によって,7.2 GPa 付近で Pnma か

P63/mmc(Ni2In タイプ,II 相)へ構造変化することが明らかにされた[28,29].II 相は He 圧力媒体

中で28 GPa まで安定である.さらに,Matsuoka らは EuH3の形成を探索するために,水素圧力媒

体中でEuH2を圧縮する実験を行った.彼らはHe 圧力媒体中で EuH2を圧縮した場合と同じように,

7.2 GPa にて I 相から II 相への構造相転移を観測し,さらに 8.7 GPa にて II 相と水素が反応して構

造変化することを見いだした.新たに見つかったIII 相の結晶構造は正方晶の I4/m と提唱されてい

る.さらにIII 相は,9.7 GPa において IV 相と名付けた正方晶の I4/mmm 構造へ転移することが報

告された(Fig. 1.4.1).この IV 相は水素雰囲気下において 50 GPa まで安定である.シンクロトロン 放射光を用いたメスバウアー分光実験はIV 相が 14.3 GPa において 3 水素化物(EuH3)であること を示している.I4/mmm は立方晶構造をわずかに歪ませたものであることと,EuH3であることを考慮 すると,IV 相は他の RH3で観測されている立方晶構造に相当すると Matsuoka らは提案している [28].これはユウロピウム水素化物において,初めて立方晶構造と 3 水素化物を観測した報告であ る. Eu 原子の特徴は Eu2+は磁気モーメントを持つが,Eu3+は磁気モーメントを持たないことである. そのため,I 相から IV 相へ変化する過程において磁気的性質は大きく変化すると考えられる.磁気 的性質を理解するために,Eu 原子だけではなく H 原子も含めた詳細な結晶構造を理解する必要 がある.また Eu2+ Eu3+が結晶格子内に共存し価数混合状態が実現すれば,新奇な磁性や量子 臨界点の発現などの可能性を有する.

(10)

5 Fig. 1.4.1 XRD から明らかにされた He 圧力媒体中及び水素圧力媒体中の EuH2の圧力誘起相 変化. 1. 5 本研究の意義 様々な水素化物の物性や生成メカニズムを理解する上で重要となるのは,結晶格子内で水素 原子(分子)がどのような状態にあり,どの場所を占めているのか,また周囲の原子との相互作用に ついて明らかにすることである.現在,高圧力下にある金属水素化物の結晶構造に関する研究に 用いられている実験手段は,X 線回折(XRD),中性子回折(ND),Raman 散乱,そして赤外吸収・ 反射測定である.XRD は構造解析に最も利用されている測定法ではあるが,電子密度を反映した 結晶構造を決定するため,電子数が最小である(X 線散乱能が極めて小さい)H 原子位置の情報 を正確に知るための決定的手段にはなりにくい.また,結晶における水素原子の位置決定に有利 なND は,高圧力下での実験に高度な技術が必要である上,現状では到達圧力が 30 GPa 程度以 下に限られている.一方,Raman 散乱および赤外吸収測定では XRD や ND のような問題はなく, 結晶構造および原子(分子)の対称性を反映したスペクトルを得ることができ,水素化物中の水素 の状態を知るのに有効な手段である. 本研究ではRaman 散乱測定を主たる観測手段として用い,これに放射光 XRD およびメスバウ アー分光測定を組み合わせることによって,(i)高温高圧下で合成した新奇リチウム水素化物 LiHxx > 1)の圧力誘起結晶構造変化と結晶中に内包される H2分子の存在状態,および (ii)ユウロピ ウム水素化物(EuHx)の高圧水素雰囲気下における圧力誘起結晶構造変化と水素化過程の解明 を行う.また,これらの研究によって,従来の XRD のみに依存した水素化物の高圧力下構造決定

(11)

6

法の問題点を解決し,高圧 XRD と高圧ラマン分光法の融合による構造およびその物性解明への

(12)

7

2 章 実験方法

2. 1 はじめに 超高圧力下での研究では超高圧力発生装置を基本とした特殊な分光技術を必要とする.本章 では,第3章以降の研究成果を効率的に理解するために,超高圧力発生装置をはじめとして,そ れを用いた試料封入法,高圧Raman 散乱分光法の原理,放射光 X 線回折測定,メスバウアー分 光測定の特徴について簡単に述べる.試料封入法では特に Eu 水素化物について詳しく記載す る. 2. 2 超高圧力発生装置:ダイヤモンド・アンビル・セル(DAC) 本研究では高圧力を発生させる装置として,ダイヤモンド・アンビル・セル(DAC)を用いる.DAC は現在までに,各種光学測定,X 線回折測定,誘電率測定等,様々な実験で用いられており各種 実験に適したタイプのものが開発されている.その形状は用途により異なるが,基本的な構造はど れも同じである.その構造はFig. 2.2.1 に示すような円錐の頂点をカットしたような形状であるダイヤ モンドを対向させ,その間に穴のあいた金属ガスケットを挟み試料室を上下から押すことで圧力を 発生させる.本実験で用いたDAC の加圧は Fig. 2.2.1 に示すように,ピストンをねじによって引き上 げる方法と後述する加圧ジャケットとギアボックスを用いてピストンを押す方法によって行った. Fig. 2.2.1 ダイヤモンド・アンビル・セル(DAC)の基本構造. ピストン 加圧用ねじ

(13)

8 DAC は印加するキュレット面の面積が 0.1 mm2以下と小さいので,数十GPa 以上という高圧力 環境を容易に実現することができる.またDAC の 1 辺の長さが数 cm,重さ数百 g ほどの非常に小 型な装置であるため,容易に光学実験装置へ適用できる.またダイヤモンドは赤外からX 線まで幅 広い波長領域において透明であるため,光透過・吸収・反射実験,X 線回折実験に適している. LiHxは100 GPa 以上の圧力領域で実験を行うため,キュレット 0.1-0.3 mm のベベル型ダイヤモ

ンド・アンビルを使用した[Fig. 2.2.2 (b)].NaCl 圧力媒体中の EuH2の実験(EuH2/NaCl)にはキュ

レット径0.4 mm,H2圧力媒体中のEuH2(EuH2/H2)の実験にはキュレット径0.3 mm のタイプⅠa と呼

ばれる天然ダイヤモンドのフラット型ダイヤモンド・アンビルを用いた[Fig. 2.2.2 (a)].また,試料室 になる金属ガスケットの材料は,EuH2/NaCl に SUS301 を,LiHxとEuH2/H2にはレニウム(Re)を用

いた.すべての実験で試料室の高さは0.05 mm とした.

( ) フラ ット型 アン ビル

a

( ) ベ ベル 型アン ビル

b

0.4 mm 0.3 mm 0.1 mm キュ レ ッ ト ガ ー ドル ベ ー ス Fig. 2.2.2 ダイヤモンド・アンビルの形状. 2. 3 圧力較正法 一般に高圧容器中の圧力を較正する方法は色々ある.圧力較正法の代表的なものとしては,過 去の豊富な実験データから格子定数と圧力の関係がよく知られているNaCl を用いて X 線回折より 圧力を決定する方法や,Cu, Mo, Pb, Ag といった金属の衝撃圧実験から圧力定点を利用する方法 などがある.DAC では,それらの圧力決定方法よりも使い勝手の良い圧力較正法として,ルビー蛍 光法がよく用いられている.その理由として,ダイヤモンドは可視レーザー光に対してほぼ透明で

(14)

9 あり,容易にルビー蛍光を測定できることが挙げられる.ルビー蛍光法は1973 年に NBS グループ により確立された圧力決定法[30]である.ルビーは常温,常圧下で の波長の強い 2 つの蛍光線を持ち,その波長は加圧に伴い赤方変位する.彼らは,NaCl の圧力 スケールと比較することによりR1線の波長の圧力シフト量と圧力の関係を20 GPa までの圧力領 域で決定し[31],(2.3.1)式で関係づけた. (2.3.1)

その後,1978 年に Mao らが Cu, Mo, Pb, Ag などの金属の衝撃データから,ルビー蛍光と圧力の関

係式を100 GPa の圧力領域まで拡張し[32],(2.3.2)式で表した. (2.3.2) ここで,0は常圧下におけるR1線の波長である.この式は,ルビーを金属(Cu, Mo, Pb, Ag など)と 共に圧力媒体無しの状態で加圧し測定しているため,非静水圧力条件下の関係式である.更に Mao らは,1986 年に Ar を圧力媒体として,擬静水圧力下でルビーを金属と共に加圧し測定した. 以下の(2.3.3)式は,擬静水圧力条件下のルビー蛍光と圧力の関係式[33]である. (2.3.3) Fig. 2.3.1 に(2.3.1),(2.3.2),(2.3.3)式をグラフにしたものを示す.

1

2 1 1

cm

14435

nm

692.8

cm

14405

nm

694.2

 

R

R

GPa

2

.

74

Δλ

 

nm

P









1

5

1904

GPa

5 0 0

λ

Δλ

λ

P









1

665

.

7

1904

GPa

665 . 7 0 0

λ

Δλ

λ

P

(15)

10 0 5 10 15 20 25 30 35 0 20 40 60 80 100

Pressu

re

(GP

a)

(nm)

NBSグループ

[31] Mao et al (1978)

非静水圧

[32] Mao et al (1986)

擬静水圧

[33] Fig. 2.3.1 ルビー蛍光線(R1)波長の圧力シフト量の圧力依存性. 2. 4 DAC への試料の封入法 試料であるLi や EuH2は高い化学反応性をもつため,わずかな水分や酸素と容易に反応する. 水分や酸素との反応を避けるためには,H2O 濃度:0.01 ppm,O2濃度:0.1 ppm 以下の試料環境を 必要とするため,日本原子力研究開発機構(播磨)で厳重に管理されたAr ガスグローボックスを利

用して試料封入を行った(Fig. 2.4.1).特に EuH2の化学反応性は非常に高いので,Table 2.4.1 の

(16)

11 Fig. 2.4.1 日本原子力研究開発機構の Ar ガスグローボックス. Table 2.4.1 グローボックスを用いた試料室内への EuH2の封入手順. 洗浄したガスケットをピストン側のアンビルに固定する.シリンダー側のアンビルにRubyを乗せて おき,必要器具と共にグローボックスのサイドボックスに入れる. サイドボックス内を真空に引いた後,Arガスによる置換を三度繰り返す.サイドボックス内に入れ た必要器具とセルをグローボックス内に移動する. 顕微鏡の下で針を用いてEuH2を密閉容器から取り出し,ガスケット上の試料室の周りに置く. 適当な大きさのものを選び,試料室内に入れる.試料室の周りやガスケット上に残った余分な EuH2は取り除く. セルを組み上げて試料室からEuH2が外に出ていないか確認をする. アンビルとガスケットを軽く接触させて完全に密閉し,グローボックスから取り出す.

(17)

12

Fig. 2.4.2(左)に EuH2試料封入作業中のDAC の試料室の写真を示す.上部から中央部に見え

る黒い影が針で,中央の一番小さい円が試料室である.右上のガスケット上にある黒い粉末が

EuH2である.Fig. 2.4.2(右)に封入後の試料室の様子を示す.封入時にガスケット表面に触れるこ

とが多いため放電加工のときに用いた油が試料室内に入らないように,ガスケットのクリーニングを 事前に行っておくことが重要である.尚,NaCl 圧力媒体で実験を行う場合はグローボックス内で

EuH2とともにNaCl 粉末を試料室に封入する.

Fig. 2.4.2 (左)EuH2を封入中のDAC の試料室の様子.(右)EuH2を封入後の試料室の様子.

本研究ではH2圧力媒体として高密度の流体水素をDAC の試料室に封入するために,Fig. 2.4.3 のDAC 用ガス液化充填装置(ガスの液化冷却+DAC 加圧装置)を用いた.水色の円筒形の箱が 冷凍機であり,その底にDAC を設置する.冷凍機上部に取り付けられているのは,DAC を加減圧 するためのギアボックスである.この機構によって加圧用ジャケットに取り付けられた冷凍機内の DAC の圧力調整を外部から行うことができる[34].冷凍機の底部には光学窓が取り付けられており, DAC 内部を顕微鏡観察することができる.冷凍機下部の奥にあるのが冷凍機内の真空断熱層を 排気するための真空ポンプ(油拡散ポンプ+油回転ポンプ)である.右手下部のものが冷凍機の 稼働に必要なヘリウムコンプレッサ(住友重機械工業株式会社製水冷式圧縮ユニット,CKW-21A), 右手上部(CKW-21A の上)のものが温度コントローラ(CRYOGENIC CONTROL SYSTEMS, INC.

製 Model 22C)である.高密度な水素を試料室に充填するために液体(流体)状態での水素の充

填が望ましいが,本実験で充填する水素は沸点(20.20 K)と融点(14.01 K)の温度差が非常に小 さい.また,水素充填中に顕微鏡観察によって試料室内の様子を明瞭に観察することは難しい.こ のため精度の高い温度コントローラ(センサー)は水素充填の成功に必要不可欠なものであると言

(18)

13

える.本研究で用いた温度センサーは少数点第3 位まで温度計測可能である.水素充填は DAC

を設置した後,Fig. 2.4.4 のような行程で行われる.

Fig. 2.4.3 DAC 用ガス液化充填装置(左図)とギアボックス(右図).

Fig. 2.4.4 DAC への水素充填の手順.(a)冷凍機内に DAC を設置する.(b)冷凍機内の温度を 水素の沸点(20.28 K)以下まで冷やし,冷凍機内に水素を導入し試料室の周りを水素で十分に満 たす.その後,ギアボックスを用いて水素が入る隙間を作り試料室内に水素を導入する.(c)試料 室を閉じて水素を封入する.(d)冷凍機内を室温まで昇温する.

(a)

(b)

(d)

(c)

Fluid H2

(19)

14 2. 5 高圧 Raman 散乱分光法 分子に可視~紫外領域の光を照射すると,光は分子により散乱を受ける.この散乱光には,入 射光の振動数ν0 のほか,振動数ν0±νの非常に弱い光が含まれている.この現象をラマン散乱 という.ここで,2 原子分子をモデルにラマン散乱の原理について考える. 入射光の電場を,

t

E

E

0

cos πν

2

0 (2.5.1) と表すと,これにより分子に誘起される分極率P は,

t

E

E

P

α

α

0

cos πν

2

0 (2.5.2) となる.αは分子の分極率である.2 原子分子が,振動数νで微小振動しているとすると,原子間 隔の変化q は,

t

q

q

0

cos

2

πν

(2.5.3) となる.一般に,分極率αは分子の振動によって揺らいでいるので q について展開できる.αをマ クローリン展開すると













3 0 3 3 2 0 2 2 0 0

!

3

1

!

2

1

q

q

q

q

q

q

α

α

α

α

α

(2.5.4) となり,q が小さいとき 2 次以降の項は無視できるので,

t

q

q

q

πν

α

α

α

α

α

0

cos

2

0 0 0 0









(2.5.5) となる.よって,誘起される分極は,式(2.5.5)を式(2.5.2)に代入して,

t

t

E

q

q

t

E

t

t

E

q

q

t

E

P

ν

ν

π

ν

ν

π

α

πν

α

πν

πν

α

πν

α









0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

2

cos

2

cos

2

1

2

cos

2

cos

2

cos

2

cos

(2.5.6) と表せる.右辺の第一項は,入射光と同じ振動数のν0の散乱光(Rayleigh 散乱光)を表し,第二 項は,分子の振動数だけ入射光の振動数からシフトした散乱光を表している.振動数ν0+νの光

をAnti-Stokes,振動数ν0-νの光をStokes と呼ぶ(Fig. 2.5.1).このことから,ラマン散乱を観測

することによって物質を構成している分子の振動数を知ることができる.また,式(2.5.6)からラマン 散乱が観測される条件は,

(20)

15

0

0





q

α

であること,つまり分子が振動変位を起こしたときに分子の分極率が変化することである.分子の振 動モードが観測されないときはラマン不活性であるという. Anti-Stokes は Stokes に比べて非常に弱く,シフトが大きくなるにつれて観測が困難になるので,

我々は,通常Stokes を観測する.Anti-Stokes が,Stokes より弱くなる理由を簡単に説明する.ラマ

ン散乱は入射光(フォトン)と分子振動(フォノン)とのエネルギー交換による現象と考えることができ る.このエネルギー準位をFig. 2.5.2 に示す.試料に励起光を入射すると試料の原子・分子は瞬時 に仮の励起準位に移り,また基底準位に戻る.このとき,分子が元の準位よりフォノンのエネルギー 分だけ高い準位に遷移するとき,2 準位間のエネルギー差だけ振動数の低い光 (Stokes) が散乱 される.また,元の準位より低い準位に遷移するときは,逆にエネルギー差だけ振動数が高い光 (Anti-Stokes) が散乱される.各エネルギー準位に分布する分子の数は,Maxwell-Boltzmann 分 布に従い,

 







 

kT

hc

kT

h

kT

h

N

N

1 0 1

cm

~

exp

exp

2

1

2

3

exp

ν

ν

ν

(2.5.7) と表せる.エネルギー準位 E0,E1 の状態にある分子の数を,それぞれ N0,N1 とする.k は Boltzmann 定数,T は絶対温度,h はプランク定数,c は光速である.Anti-Stokes の強度は N1に比 例し,Stokes は N0に比例するため,式(2.5.7)は両者の強度比となる.この式により,振動数(波数) が大きくなるにつれてAnti-Stokes の強度が Stokes に比べて非常に弱くなることがわかる.

(21)

16 Fig. 2.5.1 ラマンスペクトルのイメージ. 仮の励起状態 Fig. 2.5.2 量子論的な概念図.ν0は入射励起光の振動数,νはフォノンの基準振動数. -1000 0 1000 Raman shift Wavenumber (cm-1) Int ens ity Stokes Anti-Stokes Rayleigh ν0+ν Rayleigh 光 ν ν ν ν0 ν0 ν0 ν0-ν ν0 Stokes 光 Anti-Stokes 光

(22)

17

LiHxおよびEuH2/H2を圧縮した実験で実際に使用したラマン散乱の光学系をFig. 2.5.3 に示す.

光源は,波長532 nm の Nd:YVO4固体レーザーを用いた.レーザー光は,DAC の試料室に垂直 に入射され,試料からの後方散乱光は NR-1800 トリプルポリクロメーター(㈱日本分光)の入射ス リットに集光される.NR-1800 の初めの 2 つのグレーティングは差分散配置で使用している.3 つめ のグレーティングで分光された光は,マルチチャンネル検出器(MCD)で検出され,得られたデー タをパーソナルコンピューターで収集解析した.また今回は顕微分光測定系(Micro)のみを使用し た. L as er ( 5 32 nm)

M

CD

Micro Macro Pre-monochro. G1 G2 G3 S2 S1 S3 S5 S4 He gas flow cryostat Personal computer DAC NR-1800 Triple polychromator TV Ap. Ap. Po. Sc. Fig. 2.5.3 NR-1800 ラマン散乱測定系.

(23)

18

EuH2/NaCl を圧縮した実験で用いたラマン散乱の測定系を Fig. 2.5.4 に示す.光源は波長 532

nm の Nd:YVO4固体レーザーである.光源から出射された光は,DAC 内の試料に入射される.試 料の後方散乱光は,NRS-2100 トリプルポリクロメーター(㈱日本分光)の入射スリット(S1)に集光さ れ,3 つ目のグレーティング(G3)により分光される.分光された光は CCD により検出される. Fig. 2.5.4 NRS-2100 ラマン散乱測定系. G1 S2 S1 G2 G3 S5 S4 S3 C C D NRS-2100 Triple polychromator DAC

TV

Ap 擬 似 後 方 散 乱 後方散乱 90°散乱 D2 Po SNF LASER(532 nm) Pr.Mo D1 A

PC

Pr.Mo:前置分光器 A:レーザー自然放出線除去用スリット D:減光器 G:回折格子 SNF:リジェクションフィルタ S:スリット Ap:アパーチャ Po:偏光測定用偏光子

(24)

19 2. 6 X 線回折測定(XRD) X 線はその波長が 0.01 nm から 10 nm の領域の電磁波であり,ほぼ原子,分子サイズあるいは 結晶格子のサイズに匹敵する.電磁波は振動する電場とそれに直行する磁場の流れであり,正の 電荷をもった原子核と負の電荷をもった電子からなる原子に電磁波であるX 線が当たると,その電 場によって主に電子に対して強制振動を引き起こす.その振動による電磁波の周囲への伝播はX 線弾性散乱と呼ばれる.物質が規則正しく配列した結晶ならば,それぞれの原子からの散乱X 線 が干渉しあうことによって特定の方向に放射する X 線強度が強くなり,当然のことながら散乱強度 の方位依存性には結晶格子の間隔に関する情報が含まれている. DAC で用いる試料室は直径 0.10 mm,高さ 0.05 mm ととても小さい.そのため,DAC 試料室の 小さな試料の構造解析を行うためには高輝度の X 線源が必要になる.そこで本実験では兵庫県 播磨科学公園都市にある大型放射光施設(SPring-8)のビームライン BL10XU(高圧構造物性)お よびBL22XU(JAEA 重元素科学 I)を利用した.SPring-8 は第 3 世代放射光リングと呼ばれ,アン ジュレーターを数多く設置したリングをもつ.アンジュレーターとは永久磁石を何組も組み合わせる ことによって電子を蛇行させるデバイスである(Fig. 2.6.1).電子が曲げられるたびに放射光を発生 するが,それらが干渉することによって強力な放射光源を作ることを可能にしている.そのほかにも 多くの収束電磁石を設置し,周長が1436 m の世界最大の第 3 世代放射光実験施設である. Fig. 2.6.1 アンジュレーターの概念図. 2. 7 メスバウアー分光測定

メスバウアー分光測定は SPring-8 の BL11XU(QST 極限量子ダイナミクス I)で行った.Fig.

2.7.1 に全体の光学系を示す.Eu 水素化物の放射光メスバウアー吸収スペクトルは以下の手順で 観測できる.

(25)

20

1. 放射光アンジュレーターX 線を SPring-8 標準型 Si(111)分光器および Si(4 2 2)×Si(12 12 8) チャンネルカット高分解能分光器(HRM)を用いて,Eu-151 の各共鳴エネルギー(21.5 keV)に おいて分解能1.7 meV まで単色化する. 2. 試料室(直径 300 m, 厚さ 10 m)に液体 H2を圧力媒体として,EuH2(Eu-151 同位体負荷率 47.8%の天然試料,直径 200 m, 厚さ 10 m)を封入した DAC をビームパス上に配置する (Fig. 2.7.1).この時,DAC 内の H2は圧力媒体として機能するとともに,高圧下で金属水素化 のための水素供給源としても役割を担う. 3. 加圧条件(0 - 17 GPa で 7 点)を変化させて,透過方向でメスバウアー吸収スペクトルが観測さ れる. 4. メスバウアー吸収スペクトルは,試料を透過したビームを下流側でドランスデューサーにより精 密振動させたシングルライン吸収体(EuF3)で各共鳴吸収させ,その散乱強度を多素子形 APD で検出し,散乱強度のドップラー速度に対する依存性を測定することで得られる. Fig. 2.7.1 Eu 水素化物の高圧下放射光メスバウアー分光の実験配置.

(26)

21

3 章 新奇リチウム水素化物 LiH

x

x > 1)の実験結果

3. 1 はじめに

この章では,新奇リチウム水素化物(LiHx)について行った以下の実験結果について述べる.Li

とH2の混合物に高温高圧力を印加することによって,LiH とは異なる LiHxx > 1)の合成に成功し

た.このLiHxについて182 GPa までラマン散乱測定を行い,34 GPa から 182 GPa の圧力領域に 4

つの結晶構造相が存在することを発見した[α 相(34-140 GPa),β 相(34-90 GPa),γ 相(90-140

GPa),δ 相(140 GPa-)].α 相では H2分子を内包することを明らかにした.また,いずれの相も182

GPa 以下の圧力では透明な絶縁体または半導体であることが分かった.

3. 2 LiHxx > 1)の合成と XRD,ラマン散乱測定結果

これまでに唯一安定なリチウム水素化物として報告されている LiH とは異なる新奇リチウム水素

化物(LiHx, x > 1)を合成するために,Li と H2の混合物を5 GPa の圧力で DAC 試料室に封入し,

1800 K まで赤外レーザーによって加熱した.加熱前の室温(300 K),5.4 GPa と,加熱中 1800 K の 時のXRD プロファイルを Fig. 3.2.1 に示す.加熱前の 300 K,5.4 GPa の XRD プロファイルでは, Li と H2が反応した結果生成したLiH と圧力媒体である H2の回折線を観測した.指数付けできな かったブロードなピークはLi と H2の反応が十分に進行せず,LiH になる過程のものに由来すると 考えられる.1800 K で加熱中の試料では室温で観測された LiH,H2およびブロードな回折線はす べて消失し,新たな相が出現した.この相は室温に急冷後も安定に存在していることを確認した. その後,室温で33.3 GPa まで加圧したときの XRD プロファイルを Fig. 3.2.2 に示す.1800 K で生 じた相は加圧とともに回折線の本数が減少していき,33.3 GPa では立方晶系で指数付けできる XRD プロファイルへ変化した.この相を B1 タイプの LiH と区別をするために LiHxと呼ぶことにする.

Fig. 3.2.3 に LiHxとLiH の各圧力における体積の圧力依存性を示す.ここで,体積は,Li 原子当

たりで示している.LiHxの体積およびその圧力依存性は,LiH と明らかに異なることが分かる.33.3

GPa で LiHxとLiH を比較をすると,LiHxの体積はLiH より 14%膨張していることが分かった.また,

LiH に比べて,LiHxの圧力依存性のグラフの傾きは小さく,圧縮されにくい(硬い)ことがFig. 3.2.3

(27)

22 8 10 12 14 16 18 20 22 2 (deg.) 5.4 GPa 1800 K H2 ( 011) H2 ( 002) Li H ( 311) Li H ( 220) Li H ( 200)

In

te

ns

ity

(

arb

. u

ni

ts

)

= 0.4130 Å Li H ( 111) 5.4 GPa 300 K Fig. 3.2.1 5.4 GPa における加熱前の室温(300 K)時と 1800 K まで加熱しているときの XRD プロ ファイル. 8 10 12 14 16 18 20 22 Li H x (3 11 ) Li H x (2 20 ) Li H x (2 00 ) = 0.4130 Å Li Hx (1 11 ) 33.3 GPa 300 K 21.3 GPa 300 K 10.3 GPa 300 K

In

te

ns

ity

(

arb

. u

ni

ts

)

2 (deg.) Fig. 3.2.2 室温に急冷後,室温にて 33.3 GPa まで加圧したときの XRD プロファイル.

(28)

23

0

20

40

60

80

100

8

10

12

14

16

18

LiH

x

LiH (B1)

[21]

V

ato m, L i

(

3

/ Li-atom

)

Pressure ( GPa )

Fig. 3.2.3 LiHxとLiH(B1)の室温における体積(Li 原子あたり)の圧力依存性.

33.3 GPa で立方晶系(LiHx)として指数付けすることができるXRD プロファイルに変化したのと同 時に,ラマン散乱測定においても,赤外レーザーを照射した部分と照射部周辺の試料室内の二つ の領域で,それぞれスペクトルを測定した.Fig. 3.2.4 に室温,高圧力下で得られたラマンスペクト ルを,またFig. 3.2.5 に試料室の写真(落射光照明と透過照明を用いた顕微鏡下観察写真)を示す. 赤枠で囲んだ部分が赤外レーザー照射部分,青枠で囲んだ部分が照射部周辺を表しており,ラ マン散乱測定では二つの領域をそれぞれ測定した.4300 cm-1付近に観測される単体水素の伸縮 振動モードに由来する鋭いラマン散乱ピーク(v1)の高波数側に,照射部分では新たに 2 本(v2 と v3)のラマンピークを観測した.一方,照射部周辺では 3200 cm-1付近に2 本(v4 と v5)のラマンピー クを観測した.すなわち,照射部分と照射部周辺部分では異なる相の LiHxが生成していることが 分かる.ここではv2 と v3 が観測される相を相,v4 と v5 が観測される相を相と呼ぶ.赤外レー ザーによる加熱はレーザー集光位置を中心として大きな温度勾配を生むため,到達した温度に よって 2 つの異なる相ができたと考えられる.相のラマンスペクトル強度は相より大きいことから,

(29)

24

XRD で観測した立方晶系のプロファイルは相に由来するものであると考えている.相に由来す

る回折線は微弱であったため,観測できなかった可能性が高い.

Fig. 3.2.4 LiHxのラマンスペクトルの圧力依存性.挿入図は163 GPa と 173 GPa のラマン散乱ス

ペクトルをピーク分離したものである.破線は各散乱ピークの補助線であり,赤字および赤破線は

赤外レーザー照射部分の試料(相),青字および青破線は照射部周辺の試料(相)からの信号

を表す.

Fig. 3.2.5 75 GPa における試料室の顕微鏡写真.赤枠で囲んだ部分が赤外レーザー照射部分, 青枠で囲んだ部分が照射部周辺を表している.

(30)

25 Fig. 3.2.6 に,観測したラマンシフトの圧力依存性を示す.DAC の試料から得られた v1 と記載し たピークの圧力依存性は単体水素の分子内伸縮振動モード(pure-H2 vibron)[35]とほぼ重なること から,v1 は DAC の試料室内に残った未反応の余剰水素に由来すると考えらえる. 相の v2 と v3 の振動数は加圧の初期段階において,圧力とともに上に凸のカーブを描いて 4300 cm-1より高波数へシフトする(Fig. 3.2.6).水素分子単体の結晶の場合,分子間相互作用によ

り 30 GPa 以上の圧力では vibron 周波数は圧力とともに減少する.したがって,pure-H2の 4300

cm-1を超える高い振動数は電気的に中性な水素分子の振動であると考えられる.また,それぞれ

のラマンシフトの圧力曲線を20 GPa に外挿すると pure-H2 vibron の曲線と重なることから,相の

結晶格子内に電気的に中性なH2分子が存在し,v2 と v3 は相結晶の異なるサイトに内包された H2分子のvibron に由来していると考えられる.なお,v2 と v3 は 140 GPa まで観測している. 相では,v4 と v5 の振動数は 90 GPa まで単調に圧力の増加と共に大きくなる.v4 と v5 が観測 される3200 cm-1付近の振動モードが何に由来するかは第 4 章で後述する.90 GPa を超えると, 3400 cm-11 本(v6),150 cm-1付近に2 本(v7 と v8),500 cm-1付近に2 本(v9 と v10)の新たな 5 本のピークを観測した.同時に v5 の振動数の圧力に対する勾配が大きくなり,スペクトルの強度も 大きくなる(Fig. 3.2.4).これらのラマンピークの変化は同時に起こることから,v4~v10 の振動モー ドが同じ結晶格子に由来し,相が90 GPa で別の相へ相転移したことを示唆している.もし,相 でも相転移が起きているのであれば,v2,v3 にも何らかの変化が観測されているはずであるが,v2v3 の圧力依存性は 90 GPa において何の変化も見られない.従って,相は30 GPa から 140 GPa の圧力領域で安定に存在しており,相は90 GPa で構造変化が起来ていると考えられる.こ こで,90 GPa 以上で存在するこの相を相と呼ぶことにする. 140 GPa 以上では,相,相を含めてv5 のピーク以外のラマンピークはすべて消失し,別の相 が安定な相として出現する.140 GPa 以上に存在するこの相を相と名付ける.

(31)

26

Fig. 3.2.6 v1~v10 のラマンシフトの圧力依存性.比較のために,単体水素の伸縮振動モード(+,

pure-H2 vibron)[35],状態密度関数から計算によって求められた LiH2結晶内の水素の伸縮振動

モード周波数(灰色の実線)[10],水素原子間距離の伸びた水素分子を内包する BaH6と(★)[36], RbH5( )[14]の vibron の計算値をプロットした. Fig. 3.2.7 に LiHxの加圧時の顕微鏡写真を示す.レーザー照射部分は加圧とともに僅かに可視 光に対する透過性を減少させ,黒くなっていく様子が観測できた.しかし,,相はいずれの 圧力でも透明のままであり,金属光沢は観測されなかった.従って,本研究の実験における高温高 圧条件下で合成したLiHxは180 GPa まで透明な絶縁体もしくは半導体であることが分かった.

(32)

27

Fig. 3.2.7 LiHxの落射光照明と透過照明を用いた顕微鏡下観察写真.白い破線内はレーザー照

(33)

28

4 章 新奇リチウム水素化物 LiH

x

x > 1)の考察

4. 1 はじめに 本章では LiHxの結晶格子内に内包された H2分子の存在状態について以下の考察を行う. 相のv2 と v3 の振動数の値は固体水素の分子内伸縮振動(pure-H2 vibron)よりも高い振動数で出 現することから,電気的に中性なH2分子の状態で結晶中に内包されることが分かる.また,希ガス 水素化合物の中性なH2分子の振動数およびその圧力依存性との比較から,H2分子のvibron の 振動数は水素分子間距離と水素分子の配位数に依存する.結果,相中において H2分子の周 囲には6~8 個の H2分子が配位していると結論できる.相,相,相については,負に帯電した H2分子を内包する可能性がある. 4. 2 LiHxの結晶格子内に内包されたH2分子の状態についての考察 相のv2 と v3 について考える.v2 と v3 の振動数の値は 4200 cm-1より大きく,同じ圧力での単 体水素の vibron の振動数よりも高い[35,37].また,それぞれのラマンシフトの圧力曲線を 20 GPa に外挿すると単体水素のvibron の曲線と重なることから,相の結晶格子内に電気的に中性なH2 分子が存在すると考えられる.Li の電気陰性度は水素原子と比べて小さく,Li は水素原子に電子 を与える傾向にあるので,格子内に中性な H2分子が存在する相は特異な相と言える.それで, 格子内の H2分子の生成に Li の関与の可能性は低く,加熱により格子が膨らみ,その時に生じた 隙間に周囲の中性なH2分子が入り込み相の結晶構造を形成したと考えている.70 GPa を超え て相を圧縮していくと,v2 の圧力依存性は最大値に達するのに対し,v3 の振動数は上向きに凸 の曲線に沿って依然として単調に増加する.一般に水素をガス状態から圧縮する初期の段階では, 隣り合うH2分子が近づき分子間相互作用が増大することにより,単体水素のvibron の振動数は低 下する.さらに圧縮を続けると,分子自身の圧縮による分子内相互作用の効果が大きくなり,vibron の振動数は上昇する.およそ40 GPa まで圧縮すると,隣接する H2分子との引力的な分子間相互 作用(分子の伸長)の影響が,再び分子の圧縮の効果を上回り,単体水素のvibron の振動数の圧 力依存性が減少に転ずる現象が起きる.v2 と v3 は上に凸の圧力依存性を示すことから,相内に 内包される中性のH2分子の周囲には複数のH2分子が存在しており,それらはお互いに引力的な 相互作用を及ぼしあっていることがわかる.また,相の結晶構造はまだ明らかとなっていないが, v2 と v3 の 2 種類の vibron が観測されることから,中性分子を内包する希ガス水素化合物や SiHx のように,H2分子が存在するいくつかのサイトがあると思われる. 相中のH2分子は周りのLi と電子的なやり取りが少ないため,電気的に中性な状態にあると思 われる.ここで,相に内包される H2分子の周りに配位している H2分子の数を推測するために,

(34)

29

単体水素および希ガス水素化合物[Kr(H2)4, Ar(H2)2, Xe(H2)8]と比較する[9,38-40].希ガスは

化学的にきわめて不活性なため,これら希ガス水素化合物中で H2 分子と希ガス原子との間の

電子のやり取りはないと考えられる.Fig. 4.2.1 に希ガス水素化合物,単体水素,および相に

おいて観測されたH2分子のvibron の圧力依存性を示し,希ガス水素化合物の結晶内に内包さ

れるH2分子のvibron が最大値になる振動数とその時の圧力を Table 4.2.1 に示す.Xe(H2)8中

で観測されるvibron は,約 4260 cm-1で最大の振動数をもって減少に転じる(vibron turnover)点で

単体水素とよく似ていることが分かる.Xe(H2)8と単体水素は,どちらもvibron turnover が起きる付

近の圧力で一つのH2分子に対して2.23 - 2.50 Å までの距離に 12 個の H2分子が配位している.

一方,150 GPa を超えても vibron の振動数が増加し続けている Ar(H2)2では,2.11 Å の距離に 6

個のH2分子しか存在しない.これらより,最近接のH2分子の数が増えるにつれ,H2分子間相互作

用が強まりvibron の値の最大値は低くなる傾向にあることがわかる.

最近接のH2分子の数が同じXe(H2)8と単体水素で比較をしてみると,vibron turnover の起きる

圧力はXe(H2)8では約50 GPa に対して,単体水素では約 35 GPa 付近にある.vibron turnover が

起きる付近の圧力である48 GPa において,Xe(H2)8中のH2分子は2.33 Å の距離にいる 6 個の

第一近接H2分子と,2.50 Å の距離にいる 6 個の第二近接 H2分子に囲まれている.単体水素の場

合27 GPa において,1 つの H2分子は2.23 Å の距離にいる 6 個の第一近接 H2分子と,2.27 Å の

距離にいる6 個の第二近接 H2分子に囲まれている.Xe(H2)8と単体水素のvibron turnover の起

きる圧力の違いは,最近接のH2分子との距離の違いによるものかもしれない. ここで最近接にあるH2分子の数によってvibron の最大値が決まるという仮説を用いて,Kr(H2)4 に内包されたH2分子の周囲に存在する隣接H2分子の数を見積もる.Kr(H2)4の結晶構造の中に は複数の水素内包サイトが存在し,その内最近接H2分子が最多のサイトにいるH2分子は8 個の H2分子に囲まれている.そこで,3 本観測された vibron のうち最も低波数のピークは,Kr(H2)4の 中で最も多い8 個の最近接 H2分子に囲まれているH2分子に由来すると考えられる.相に内包 されるH2分子は電気的に中性で,周りの原子とファンデルワールス力によって相互作用していると みなすと,希ガス水素化合物から得られた仮定は相に当てはめられると考えた.v2 に当てはめて みると,その振動数の最大値は Kr(H2)4の最も低波数のピークのものと近い値を持つので,v2 は

周囲に8 個の最近接 H2分子をもつH2分子のvibron であると考えられる.また v2 の vibron turnover

の起きる圧力がKr(H2)4のものより高いことから,v2 に由来する H2分子の分子間距離は2.02 Åよ

り長いと予測する.v3 については,その振動数の値は v2 と Ar(H2)2の間にあるので,6 個から 8 個

(35)

30

0

50

100

150

4000

4100

4200

4300

4400

4500

4600

Xe(H

2

)

8[39,40]

Ar(H

2

)

2[9]

Kr(H

2

)

4[38]

Pressure (GPa)

Raman

sh

ift

(

cm

-1

)

pure-H

2

vibron

[35]





Fig. 4.2.1 LiHx,相(2,3),希ガス水素化合物[Ar(H2)2, Kr(H2)4, Xe(H2)8],単体水素

(36)

31

Table 4.2.1 LiHx,希ガス水素化合物[Ar(H2)2, Kr(H2)4, Xe(H2)8],単体水素(H2)中の H2分

子のvibron 周波数の最大値とその時の圧力および結晶構造と最近接 H2分子間距離. n.i ; no information 相と相の v3~v5 について考える.理論計算では,Li から H2へ電子が移動すれば,その電 子はH2分子の反結合エネルギーバンドの一部もしくは全てを満たすと予測している.このH2-分子 の状態では,片方のH 原子は閉殻構造をとり,水素分子内の共有結合を弱めるため,電気的に中 性なH2分子よりも水素原子間距離が長くなりH2分子のvibron は,単体水素よりも低い振動数をも Crystal structure & H2 position vibron turnover wavenumber & pressure

The number of the 1st nearest H2 & H2-H2 distance The number of the 2nd nearest H2 & H2-H2 distance Ref. H2 P63/mmc 4260 cm-1 30-40 GPa 6 2.23 Å (27 GPa) 6 2.26 Å (27 GPa) [35] Xe(H2)8 R3 (hexagonal) 2d 4260 cm-1 40-50 GPa (most intense H2 vibron peak) 6 2.33 Å (48 GPa) 6 2.50 Å (48 GPa) [39,40] Ar(H2)2 P63/mmc 2a > 4600 cm-1 > 150 GPa 6 2.11 Å (50 GPa) 6 > 4 Å (48 GPa) [9] Kr(H2)4 Fm-3m 4b 4300 cm-1 50 GPa (the lowest H2 vibron) 8 2.02 Å (51 GPa) 12 > 3.6 Å (51 GPa) [38] LiHx (α-phase) n.i. 4310 cm-1 70 GPa (ν1)

n.i. n.i. this study LiHx (α-phase) n.i. > 4500 cm-1 > 150 GPa (ν2)

n.i. n.i this study

(37)

32

つと考えられている.Zurek らによる理論予測ではアルカリ金属やアルカリ土類金属水素化物中に 存在する負に帯電したH2分子は,例えば,LiH2については100 GPa で 3580 cm-1, BaH6について

は70 GPa で 3300 cm-1, RbH5について100 GPa で 3600 cm-1, CsH7については50 GPa で 3700 cm-1

と計算している[10,14,17,36].観測した v4 の 75 GPa での 3314 cm-1, v5 の 98 GPa での 3572cm-1 の振動数は,計算によって求められたBaH6やRbH5中の負に帯電したH2分子のvibron とよく一 致したので,相と相には負に帯電した H2分子を内包する可能性がある. 相では v5 のみが観測された.Fig. 4.2.1 に示す,理論予測された LiH2の最も強いフォノンと比 較をすると,v5 と LiH2はともに圧力に対して正の依存性を示すが,v5 の方が勾配が大きい.フォノ ンの圧力依存性は結晶の対称性や原子(分子)の配置によって決まる原子間ポテンシャルを反映 するので,v5 と LiH2の圧力依存性の違いは相が理論予想された LiH2の結晶構造とは異なるこ とを示唆している.

(38)

33

5 章 ユウロピウム水素化物(EuH

x

)の実験結果

5. 1 はじめに

この章ではNaCl 圧力媒体(EuH2/NaCl)および H2圧力媒体中(EuH2/H2)で圧縮したユウロピウ

ム水素化物(EuHx)の XRD,ラマン散乱,メスバウアー分光測定結果について記載する.これらの

実験から,H 原子を含めた結晶構造について,以下のことを明らかにした.(i)EuHx-II(x = 2)相中

のEu 原子は周りの水素の配置によって二種類の電子配置を取っている.(ii)EuH2/H2の実験にお

いて,これまでEuHx-IV 相が存在すると考えられている 9 GPa 以上の圧力領域において,水素原

子の位置の変化による3 つの新たな圧力誘起構造変化[EuHx-V 相(9.2-12.4 GPa),EuHx-VI 相

(12.4-14.4 GPa),EuHx-VII 相(14.4-16.0 GPa)と命名]を発見した.また,EuHx-IV 相の構造へ実

際は16 GPa で転移することも明らかにした.(iii)EuHx-III 相は Eu2+とEu3+が8:2,EuHx-V 相では

2:8 の割合で存在する価数混合状態にあり,EuHx-VI 相において Eu3+への価数変化は完了する.

5. 2 NaCl 圧力媒体中の EuHx(EuH2/NaCl)の XRD,ラマン散乱測定,メスバウアー分光測定結果

高圧下において,水素がユウロピウム水素化物(EuHx, x ≥ 2)の圧力誘起構造変化に与える影

響を調べる.そのため,H2圧力媒体中の実験(EuH2/H2)と比較するために,先ずEuH2を静水圧性

の高いNaCl 圧力媒体中で圧縮する実験(EuH2/NaCl)を行った.Fig. 5.2.1 に 1 気圧の Ar ガス中

および11 GPa の NaCl 圧力媒体中の EuH2のXRD プロファイルを示す.室温,Ar ガス雰囲気下

の1 気圧において EuH2は斜方晶のPnma 構造(EuHx-I 相,x = 2),NaCl 圧力媒体中の 11 GPa

で六方晶のP63/mmc 構造(EuHx-II 相,x = 2)で指数付けすることができた.斜方晶の格子定数(a

= 6.246(3) Å,b = 3.803(2) Å,c = 7.222(4) Å),および六方晶の格子定数(a = 3.858(4) Å,c = 5.154(14) Å)は,すでに報告のある中性子回折(ND)および XRD の結果とよく一致している

[28,41].EuO や Eu(OH)3の信号が確認できなかったことから,試料封入時における酸素や水分の

(39)

34

Fig. 5.2.1 EuHx-I 相(x = 2)と EuHx-II 相(x = 2)の XRD プロファイル.1 気圧(Ar ガス雰囲気下)

のEuHx-I 相は Pnma 構造,11 GPa (NaCl 圧力媒体中)の EuHx-II 相は P63/mmc 構造で指数付

けされている.“NaCl”は NaCl 圧力媒体からの回折線を示す.

Fig. 5.2.2 に,この試料の 11 GPa までの加圧過程におけるラマンスペクトルを示す.Fig. 5.2.3 は 観測したラマンスペクトルのピーク周波数を圧力の関数としてプロットしたものである.7 GPa 未満で は50 cm-1~150 cm-1の範囲に4 本,700 cm-1~1200 cm-1の範囲に3 本のラマンピークを観測した.

Matsuoka らの XRD 実験より EuHx-I 相から EuHx-II 相へ結晶構造変化が観測された 7.2 GPa 前後

で,ラマンスペクトルに明らかな変化がみられる(Fig. 5.2.2).7.5 GPa では,EuHx-I 相のラマンピー

ク(▼)は消失し始め,90 cm-1,900 cm-1,そして1200 cm-1にラマンピークを新たに観測した(▽). 相転移圧力およびXRD プロファイルが以前の XRD 実験と一致していることから,3 つの新たなラ マン散乱ピークはEuHx-II 相に由来する.XRD 実験と密度汎関数理論(DFT)から提唱されている EuHx-II 相の結晶構造中における Eu 原子や H 原子位置では,ラマン活性モードは 2 本しか存在 しないため,本研究の実験結果はEuHx-II 相は従来提唱されている結晶構造が間違っている可能 性があることを示している.この点については第6 章で議論する.EuHx-I 相の最も強いピークが 10

GPa で消えたことから,EuHx-I 相から EuHx-II 相への転移はこの圧力で完了したことが分かる.この

結果は,Matsuoka らが EuH2をHe 圧力媒体中で圧縮して,EuHx-I 相から EuHx-II 相への転移は

7.2 GPa で完了すると報告している XRD 実験結果と異なっている.双方の実験における差異は圧

3.5

3.0

2.5

2.0

1.5

013 112 021 020 110 012 002 011 010 313 204 122 213 311 302 020 113 013 211 111 102 NaCl NaCl 011

d-spacing

(

)

I

n

te

n

sity

(a

rb

.

u

n

its)

EuH

2

/NaCl 300 K

NaCl

11 GPa EuH

x

-II

(40)

35

力媒体であるが,NaCl 圧力媒体は 10 GPa 以下であれば顕著な非静水圧性はないと考えられる.

一方,測定手法に関してXRD 測定は X 線の透過による試料全体の情報を得られるのに対して,

ラマン散乱測定は主に試料表面からの情報を得る違いがある.従って,転移は試料内部から始ま

り,EuHx-II 相への転移は 7.2 GPa でほぼ完了しているものの,試料表面に EuHx-I 相が僅かに存

在しており,この情報をラマン散乱測定によって観測したかもしれない.7.2 GPa 以上では EuHx-I

相がEuHx-II 相に比べて非常に少ないため,Matsuoka らの XRD 実験では EuHx-I 相の回折線が

観測されなかった可能性がある.

50

100

150

800

1000

1200

Int

ens

ity

(arb.

unit

s)

Raman shift (cm

-1

)

▼ ▼ 11 GPa II 9.3 GPa I and II 7.5 GPa I and II 7.0 GPa I and II 5.4 GPa I ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ EuH2/NaCl 300 K ▼ 3.9 GPa I

Fig. 5.2.2 加圧過程における EuH2/NaCl のラマン散乱スペクトル.▼と▽はそれぞれ EuHx-I 相と

(41)

36

0

2

4

6

8

10

12

60

80

100

120

140

160

180

800

1000

1200

1400

1600

EuH

x

-II

EuH

x

-I

R

am

an

shif

t

(

cm

-1

)

Pressure (GPa)

EuH

2

/NaCl

Fig. 5.2.3 EuH2/NaCl のラマンシフトの圧力依存性.●と〇はそれぞれ EuHx-I 相と EuHx-II 相から

の信号を示す.

EuHx-II 相の Eu 原子の価数を調べるために,メスバウアー分光測定を 9.3 GPa で行った.Fig.

5.2.4 に EuH2/NaCl の EuHx-II 相のメスバウアー吸収スペクトルを示す.2.1 GPa の H2圧力媒体中

Fig. 1.3.1  六方晶格子中の H 原子占有位置.
Fig. 2.4.2(左)に EuH 2 試料封入作業中の DAC の試料室の写真を示す.上部から中央部に見え る黒い影が針で,中央の一番小さい円が試料室である.右上のガスケット上にある黒い粉末が EuH 2 である.Fig
Fig.  2.4.4  DAC への水素充填の手順.(a)冷凍機内に DAC を設置する.(b)冷凍機内の温度を 水素の沸点(20.28  K)以下まで冷やし,冷凍機内に水素を導入し試料室の周りを水素で十分に満 たす.その後,ギアボックスを用いて水素が入る隙間を作り試料室内に水素を導入する.(c)試料 室を閉じて水素を封入する.(d)冷凍機内を室温まで昇温する. (a) (b) (d) (c) Fluid H 2
Fig. 3.2.2  室温に急冷後,室温にて 33.3 GPa まで加圧したときの XRD プロファイル.
+7

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