33
34
Fig. 5.2.1 EuHx-I相(x = 2)とEuHx-II相(x = 2)のXRDプロファイル.1気圧(Arガス雰囲気下)
のEuHx-I相はPnma構造,11 GPa (NaCl圧力媒体中)のEuHx-II相はP63/mmc構造で指数付 けされている.“NaCl”はNaCl圧力媒体からの回折線を示す.
Fig. 5.2.2に,この試料の11 GPaまでの加圧過程におけるラマンスペクトルを示す.Fig. 5.2.3は 観測したラマンスペクトルのピーク周波数を圧力の関数としてプロットしたものである.7 GPa未満で は50 cm-1~150 cm-1の範囲に4本,700 cm-1~1200 cm-1の範囲に3本のラマンピークを観測した.
MatsuokaらのXRD実験よりEuHx-I相からEuHx-II相へ結晶構造変化が観測された7.2 GPa前後 で,ラマンスペクトルに明らかな変化がみられる(Fig. 5.2.2).7.5 GPaでは,EuHx-I相のラマンピー ク(▼)は消失し始め,90 cm-1,900 cm-1,そして1200 cm-1にラマンピークを新たに観測した(▽).
相転移圧力およびXRDプロファイルが以前のXRD実験と一致していることから,3つの新たなラ マン散乱ピークはEuHx-II相に由来する.XRD実験と密度汎関数理論(DFT)から提唱されている EuHx-II相の結晶構造中におけるEu原子やH原子位置では,ラマン活性モードは2本しか存在 しないため,本研究の実験結果はEuHx-II相は従来提唱されている結晶構造が間違っている可能 性があることを示している.この点については第6章で議論する.EuHx-I相の最も強いピークが10 GPaで消えたことから,EuHx-I相からEuHx-II相への転移はこの圧力で完了したことが分かる.この 結果は,MatsuokaらがEuH2をHe圧力媒体中で圧縮して,EuHx-I相からEuHx-II相への転移は
7.2 GPaで完了すると報告しているXRD実験結果と異なっている.双方の実験における差異は圧
3.5 3.0 2.5 2.0 1.5
013112021020
110012
002011
010 313204122213311302020113013211
111
102 NaCl
NaCl
011
d-spacing ( Å )
I n te n sity (a rb . u n its)
EuH
2/NaCl 300 K
NaCl
11 GPa EuH
x-II
1 atm EuH
x-I
35
力媒体であるが,NaCl圧力媒体は10 GPa以下であれば顕著な非静水圧性はないと考えられる.
一方,測定手法に関してXRD 測定はX線の透過による試料全体の情報を得られるのに対して,
ラマン散乱測定は主に試料表面からの情報を得る違いがある.従って,転移は試料内部から始ま り,EuHx-II相への転移は7.2 GPaでほぼ完了しているものの,試料表面にEuHx-I相が僅かに存 在しており,この情報をラマン散乱測定によって観測したかもしれない.7.2 GPa 以上では EuHx-I 相がEuHx-II相に比べて非常に少ないため,MatsuokaらのXRD実験ではEuHx-I相の回折線が 観測されなかった可能性がある.
50 100 150 800 1000 1200
Int ens ity (arb. unit s)
Raman shift (cm-1)
▼
▼
11 GPa II 9.3 GPa I and II 7.5 GPa I and II 7.0 GPa I and II
5.4 GPa I
▽
▽
▽
▽
▽
▽
▽
▽
▽
▽
▽
▼
▼
▼
▼
▼
▼
▼
▼
▼ ▼
▼
▼
▼ ▼
▼
▼ ▼
▼
▼
▼ ▼
▼
EuH2/NaCl 300 K
▼
3.9 GPa I
Fig. 5.2.2 加圧過程におけるEuH2/NaClのラマン散乱スペクトル.▼と▽はそれぞれEuHx-I相と EuHx-II相からの信号を示す.
36
0 2 4 6 8 10 12
60 80 100 120 140 160 180 800 1000 1200 1400 1600
EuH
x-II 相 EuH
x-I 相
R am an shif t ( cm
-1)
Pressure (GPa) EuH
2/NaCl
Fig. 5.2.3 EuH2/NaClのラマンシフトの圧力依存性.●と〇はそれぞれEuHx-I相とEuHx-II相から の信号を示す.
EuHx-II 相の Eu原子の価数を調べるために,メスバウアー分光測定を 9.3 GPaで行った.Fig.
5.2.4 にEuH2/NaClのEuHx-II相のメスバウアー吸収スペクトルを示す.2.1 GPaのH2圧力媒体中 で測定したEuHx-I 相の吸収スペクトルをEuHx-II相と比較するために載せた.次の 5.3節で詳述
37
するが,ラマン散乱とXRD測定よりEuHx-I相は圧力媒体によって結晶構造が変わらないことを確 認している.横軸Velocityの-11 mm/sに現れている吸収ピークはEu原子の価数が2価であること を表し,0 mm/s付近の吸収ピークは3価であることを示す.
EuHx-I 相では,2 価の範囲に吸収スペクトルを 1 本観測した.スペクトルに分裂が観測されな かったので,EuHx-I 相中のEu原子と周囲に配位した水素原子の電子配置は一種類と考えられる.
一方,9.3 GPa における EuHx-II 相では,2 価の範囲にブロードな吸収スペクトルを観測した.
EuHx-I相の吸収スペクトルと比較をすると,そのアイソマーシフトの値は異なる.スペクトルの形もブ ロードで2本のピークでフィッティングが可能である.以上のことから,EuHx-II相中ではEu原子の 価数はおそらく 2 価であるが,周りの水素の配置によって二種類の電子配置を有していると考えら れる.第6章で,ラマン散乱,XRDの測定結果と合わせて結晶構造の議論を行う.
Fig. 5.2.4 EuHx-II 相(EuH2/NaCl)のメスバウアー吸収スペクトル.比較のために EuHx-I 相
(EuH2/H2)のメスバウアー吸収スペクトルを載せた.
38
5. 3 H2圧力媒体中のEuHx(EuH2/H2)のXRD,ラマン散乱測定,メスバウアー分光測定結果
高圧下において,水素がユウロピウム水素化物(EuHx, x ≥ 2)の圧力誘起構造変化に与える影 響を調べるため,H2 圧力媒体中における EuH2 の加圧実験(EuH2/H2)を行った.Fig. 5.3.1 に EuH2/H2を室温において19 GPaまで圧縮したときのXRDプロファイルを示す.H2圧力媒体中の EuH2も5.2 GPaにおいてPnma構造(EuHx-I相)で指数付けすることができ,その格子定数はa = 5.944(9) Å,b = 3.693(5) Å,c = 7.000(8) Åと求められ,NaCl圧力媒体中で観測したEuHx-I 相とよく一致した.XRD プロファイルに酸化物 EuO や水酸化物 Eu(OH)3は確認できなかった.
EuHx-II相への転移が報告されている7.5 GPaまで加圧した直後のXRDプロファイルは,P63/mmc 構造で指数付けすることができ,その格子定数(a = 3.900(1) Å, c = 5.162(1) Å)はNaCl圧力媒 体中で観測したEuHx-II相とよく一致したので,この圧力でEuHx-II相へ転移したと判断した[28].
EuHx-II相と水素の反応性を調べるために,7.5 GPaに加圧してから1週間後にXRDを測定したと ころ,EuHx-II相に由来するピークは消え,I4/m構造で指数付けすることができるXRDプロファイル を得た.その格子定数はa = 8.252(2) Å,c = 5.289(3) Åと求められ,松岡らがEuHx-II相と水素 が反応して8.4 - 8.7 GPaにおいて存在すると報告していたEuHx-III相(I4/m, x > 2)とよく一致した [28].従って,EuHx-II 相は EuHx-I 相から転移した直後から周囲の水素と反応が始まり,EuHx-III 相(x > 2)へ転移し,H2圧力媒体中では安定に存在する圧力領域は非常に小さいことが考えられ る.19.3 GPaで測定したXRDプロファイルは,8.7 GPa以上の松岡らが報告しているEuHx-IV相
(I4/mmm, x > 2)で指数付けすることができた.
3.5 3.0 2.5 2.0 1.5
312310002
211 202211112110
101 013112021
020
110
012002
011
010 122
213311302
113013
211
111102
19.3 GPa IV Re
Re
Re
Intensity (arb. units)
d-spacing (Å) 1 week later
7.5 GPa III
Immediately after compression to 7.5 GPa II
0115.2 GPa I
Re
EuH2+H2 300 K
Fig. 5.3.1 EuH2/ H2のXRDプロファイル.“Re”はReガスケットからの回折線を表す.
39
Fig. 5.3.2に19 GPaまでの加圧過程における60 cm-1~250 cm-1,700 cm-1~1320 cm-1の波数 領域におけるのラマンスペクトルを示す.Fig. 5.3.3 は観測したラマンスペクトルのピーク周波数を 圧力の関数として,NaCl圧力媒体中のものと共にプロットしたものである.H2圧力媒体中の実験で は,付近に観測される,水素供給源かつ圧力媒体である水素分子の回転振動(H2-roton)に由来 するブロードなスペクトル(800 cm-1, 1000 cm-1)と重なったため,EuHx中のH原子のラマンピークを 観測することが難しかった.7.3 GPaまでのEuHx-I相の領域では.Eu原子の振動モードに由来す る4本のラマン散乱ピーク(50 cm-1~150 cm-1)の圧力依存性は圧力媒体による違いがないことが 分かる.
7.3 GPa以上でEuHx-I相に由来するピークは消え,加圧してから1日後に90 cm-1~180 cm-1 に新たに4本の弱いラマン散乱ピークと800 cm-1に1本のラマン散乱ピークが観測された.このラ マンスペクトルをNaCl圧力媒体中で測定したEuHx-II相のスペクトル(Fig. 5.2.2)と比較すると,明 らかに異なることが分かる.XRD測定においても,7.5 GPaでEuHx-II相に転移してから1週間後 にはEuHx-III相へ転移していた結果と合わせて考えると,EuHx-II相からEuHx-III相への転移は,
EuHx-I 相がEuHx-II 相へ転移した直後から始まることが分かった.EuHx-II 相がすぐさまEuHx-III 相へ転移することは,EuHx-II 相が周囲の水素と反応したことに由来すると考えられる.従って,H2
圧力媒体中では,EuHx-II相はEuHx-III相を誘起する役割を担い,EuHx-III相が7.0 GPa以上で 安定に存在する相であることがわかった.
さらに加圧すると,XRD測定よりEuHx-III相(I4/m,x > 2)からEuHx-IV相(I4/mmm,x > 2)への 構造相転移が観測されていた9.3 GPaでラマンスペクトルは変化したので,ラマン散乱測定によっ ても相転移を確認した.MatsuokaらによるXRD測定結果は約9 GPaでEuHx-IV相に転移後,50 GPaまで相転移はないと報告していたが,本研究ではラマンスペクトルの変化を9 GPaに加えてさ らに12.4 GPa,14.4 GPa,16.0 GPaで観測した.ラマンピークの本数が明らかに変化し,ラマンシフ トの値も相転移に伴って不連続に変化しているので,結晶の構造や対称性が変化していると考え られる.ここでXRD実験とDFT計算から提唱されているEuHx-IV 相の結晶構造から考えられる,
各原子のラマン活性モードの本数を調べた.EuHx-IV 相として報告されている I4/mmm 構造中の Eu原子とH原子は,それぞれ2a(Eu),2b(H),4d(H)のWyckoffポジションで示されるサイトを占 有するとされている[28].このモデルでは,唯一4dポジションのH原子が2本のラマン活性モード をもち,Eu原子に関連する250 cm-1以下の領域にはラマン散乱ピークを持たない.9.3 GPaから16 GPa の間の圧力領域で 250 cm-1より低い波数領域で複数のラマン散乱ピークを観測していること から,この圧力領域におけるEuHxの結晶構造はI4/mmm構造と異なることがわかる.一方,16 GPa 以上の圧力領域で60 cm-1~250 cm-1の範囲にラマン散乱ピークが観測されなかったことから,Eu 原子とH原子が2a, 2bと4d Wyckoffポジションを占有するEuHx-IV相へ転移した可能性が高い.
本研究のラマン散乱測定によって新たに見つかった9.2-16.0 GPaに存在するEuHx-IV相と異なる 3つの相を,EuHx-V相(9.2-12.4 GPa),EuHx-VI相(12.4-14.4 GPa),EuHx-VII相(14.4-16.0 GPa)
と呼ぶことにする.