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ユウロピウム水素化物(EuH x )の考察

6. 1 はじめに

高圧ラマン散乱測定の助けを借りて,新しい EuHxの構造を見出すことができたが,それら構造 は決定されてはいない.この章では,EuHx-II相の詳細な結晶構造についての考察とH2圧力媒体 中のEuHxの結晶構造変化と水素化過程の考察および考え得るそれら構造の探索を行う.

6. 2 NaCl圧力媒体中のEuHx-II相の結晶構造について

ラマン散乱測定によって得られた振動モードの由来を調べるために Eu 原子と同じように

PbCl2-type(Pnma)からNi2In-type(P63/mmc)への転移が報告されているCaH2と比較する.第一原

理計算より低圧相であるPbCl2-type CaH2Pnma構造のラマン活性モードは18本(6Ag + 3B1g + 6B2g + 3B3g)と計算されており,そのうちCa原子に由来する6本が137 cm-1 - 262 cm-1に,H原子 に由来する12本が663 cm-1 - 1090 cm-1にあることが示されている[42-44].実際,彼らの計算結果 はラマン散乱測定結果とよく一致している.本研究において,低圧相 EuHx-I 相(Pnma)では 50 cm-1~150 cm-1の範囲に4本,700 cm-1~1200 cm-1の範囲に3本のラマンピークを観測した.Eu 原子が関係する振動モードはCaよりも低い波数にシフトするため,50 cm-1~150 cm-1の低波数領 域のラマンピークはEu原子の振動に由来,700 cm-1~1200 cm-1の範囲はH原子の振動に由来 すると考えられる.

水素原子位置の決まっていない高圧相,EuHx-II 相の結晶構造について考察する.CaH2 の高 圧相であるP63/mmc構造では,Ca(2c)とH(2d, 四面体サイト)の各原子に由来する2本のラマン 散乱ピーク(2E2g)をもつと計算されている(Fig. 6.2.1).ここで2つのモードをE2g(Ca)E2g(H)と表記 する.Liらによる計算はE2g(Ca)E2g(H)は20.6 GPaにおいて212 cm-1と1395 cm-1であると示してい る.また八面体サイトのH原子(2a)に由来する2本のサイレントモード(B2g and E2u)が911 cm-1に あることが示されている.実際に29.3 GPaにおいてP63/mmc構造のCaH2の高圧力下ラマン散乱 実験において,E2g(Ca)E2g(H)のピークが225 cm-1と1450 cm-1に観測されている[43].

EuH2の高圧相であるEuHx-II相のラマン散乱測定では,90 cm-1,900 cm-1,そして1200 cm-1に ピークを観測した.一方,EuHx-II相はXRD測定とDFTより,Eu原子が2c,H原子が2aと2d位 置を占有するCaH2と同じP63/mmc構造と提案されている.CaH2のラマンピーク周波数と比較をす ると,90 cm-1と1200 cm-1のピークはEu(2c)とH(2d)にそれぞれ由来するE2gモードと考えられる.

P63/mmcのCaH2では2本のラマン活性モードをもつのに対して,本実験ではもう1本,900 cm-1 にラマン散乱ピークを観測した.すでに述べたように,八面体サイトのH 原子(2a)は 2 本のサイレ ントモードをもつ.八面体サイトは四面体サイトよりも空間的に広いため,E2g(H)よりも低いラマンピー

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ク周波数と考えられる.900 cm-1に観測したラマン散乱ピークは,2aサイトにあるとされているH原 子の位置が,実際には対称中心位置からずれ,B2gE2uモードのどちらか,または両方がラマン活 性になったことを示唆する.またメスバウアー分光測定より,2価の範囲にアイソマーシフトの値の異 なる2本のピークを観測したことから,EuHx-II相中のEu原子の周りの水素の配置は二種類の電子 配置をしていると考えられる.もし,2aサイトにあるとされているH原子が対称中心位置を占有して いるなら,単位格子内の2つのEu原子と周囲に配位した水素による電子配置に互いは生じない.

従って,ラマン散乱測定結果と合わせて考えても2aサイトにあるとされているH原子は対称中心位 置からずれ,その影響がメスバウアー分光測定結果にも表れていると考えられる.よって,EuH2 の 高圧相(EuHx-II相)はH原子の占有するサイトがXRD測定で提唱されているP63/mmc構造の位 置とは異なることを示している.

Fig. 6.2.1 29.3 GPaにおけるP63/mmc-CaH2の結晶構造(Z = 2).Ca原子は2cサイト,H原子(H1 とH2と表記)はそれぞれ,2dサイトと2aサイトを占有する.図はVESTAによって描いた[45].

6. 3 H2圧力媒体中のEuHxの水素化過程について

EuHx-II相と水素との反応について考察する.ある金属がその表面でH2分子を解離させてH原 子として結晶内に取り込むとき,従来2 つのプロセスが知られている.一つは金属から水素への電 子供与であり,供与された電子がH2分子の反結合性軌道を満たすことで分子解離がおこり,H 原 子は H-イオンとして,結晶構造内に入る.もう一つは金属表面に接近・吸着した H2分子が金属の 触媒作用により分子解離を起こし,なおかつ金属の結晶格子内に拡散する機構である.本研究の メスバウアー分光測定で観測したとおり,EuHx-II相,III相,V相,VI相と水素の反応にはEuの価 数変化が伴っており,水素化メカニズムは明らかに前者であることが分かる.Eu から水素への電子 供与を可能にするには,Eu が水素よりも低い電気陰性度を持ち,4f 電子を放出できることが必要 である.EuHx-I 相においてEu は2 価であることから,Pnma 構造において水素化は進行しないと

Ca

H2

H1

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考えられる.一方で7.2 GPaでEuHx-II相が出現と同時に水素化の進行が始まり,EuHx-III相へ転 移すること,さらにEuHx-III相からV相およびVI相への転移にも水素化の進行が伴うことから,圧 力誘起構造変化が進むにつれて,Euの4f電子を束縛するエネルギーが低下する状態が実現して いると推測される.EuHx-II相におけるメスバウアー分光測定でEu2+の状態が2種類観測されたこと は,Euの電子状態がEuHx-I相にある 4f 電子を強く束縛した状態から,その束縛するエネルギー が低下した状態への変化を観測した可能性が考えられる.

6. 4 H2圧力媒体中のEuHxの結晶構造変化について

EuH2をH2圧力媒体中で圧縮して,水素と反応した結果生成するEuHx-III相(x > 2)以降の結 晶構造変化について考察する.構造解析にはFOXを用いた[46].

EuHx-III相は,d = 3.7 Åにある非常に弱い回折線を含めて解析を行うとP4/m構造になり,含め ないとMatsuokaらが報告しているI4/m構造で解析が可能だった.Fig. 5.3.6に示す赤い印はI4/m 構造で解析を行ったときに用いた回折線につけている.P4/m構造とI4/m構造で解析した結果は,

格子定数にわずかな違いはあったが,Eu原子が占める位置はほぼ同じでVESTAで作図をすると,

2つの構造は非常に似ていた.I4/m構造で解析したときの結晶構造をFig. 6.4.1に示す.このモデ ルでは,後に示す EuHx-IV 相を少し歪ませた構造(中央の太い枠で示す構造)が複数組み合わ さって,EuHx-III相を構成している.I4/m構造中でEu原子は2aサイトと8hサイトを占有する.Table

6.4.1に,それぞれのサイトを占有したときのラマン活性モードとその本数を示す.

Fig. 6.4.1 EuHx-III相の結晶構造モデルで,破線は単位格子を表している.空間群はI4/mであり,

格子定数はa = 8.118 Å,c = 5.208 Åである.緑の球はEu原子,その他の球はH原子を表す.色 の違いは占有するサイトの違いを示している.

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Table 6.4.1 I4/m構造中でEu原子が占めるサイトのラマン活性モードとその本数.

WP Ag Au Bg Bu 1Eg 1Eu 2Eg 2Eu

2a ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

8h 2 ・ 2 ・ 1 ・ 1 ・

2aサイトを占有するEu原子はラマン活性モードをもたないが,8hサイトを占有するEu原子は6 本のラマン活性モードをもつことが分かる.すべてのモードを観測できるわけではないので,

EuHx-III相のEu原子に由来する6本のラマン活性モードのうち,本研究におけるラマン散乱測定 で4本観測したと考えている.また2aサイトのEu原子が3価の状態(Eu3+)で,8hサイトのEu原 子が2価の状態(Eu2+)と仮定すると,Eu原子の平均価数は2.2になり,メスバウアー分光測定結果 とよい一致を示す.

次にEuHx-V相,VI相,VII相を飛ばして,EuHx-IV相について考察する.Matsuokaらが提唱し ているEuHx-IV相の構造はI4/mmm構造(Fig. 6.4.2)であり,XRDの1.7~5.0 Åの範囲のd値に は,3本の回折線しかない.Fig. 5.3.6に示したように,非常に弱い回折線が現れているEuHx-V相,

VI相,VII相と異なり,19.3 GPaのXRDプロファイルにはd = 3.0 Å,2.6 Å,1.8 Åの3本の回折 線しかなく,EuHx-IV 相として提唱されている構造とよい一致を示している.また提唱されている構 造中でEu原子が占めるサイトのラマン活性モード数は0本である(Table 6.4.2).ラマン散乱測定よ

り,16 GPa以上ではEu原子に由来するラマン散乱ピークを観測できなかったので,XRD結果と合

わせて考えると,16 GPaより高い圧力領域の結晶構造は Matsuokaらが提唱している構造の可能 性が高い.16.2 GPaで測定したメスバウアー分光測定結果より,Eu原子の価数は3価であることも 明らかになったので,単位格子内の水素の量も正しいと考えらえる.

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Fig. 6.4.2 EuHx-IV相の結晶構造モデル.空間群はI4/mであり,格子定数はa = 3.548 Å,c =

5.023 Åである.緑の球はEu原子,その他の球はH原子を表す.色の違いは占有するサイトの違

いを示している.

Table 6.4.2 I4/mmm構造中でEu原子が占めるサイトのラマン活性モードとその本数.

WP A1g A1u A2g A2u B1g B1u B2g B2u Eu Eg

2a ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

最後に,EuHx-VII相について考察する.Fig. 5.3.6に示したd = 3.0 Å,2.6 Å,1.8 Åと赤い印の 回折線のを用いて解析をすると,Fig. 6.4.3に示す斜方晶の構造が当てはまった.空間群はPmmm であり,Eu原子は1a,1b,2pサイトを占有する.Table 6.4.3に,それぞれのサイトを占有したときの ラマン活性モードとその本数を示す.この構造はEuHx-IV相をx軸方向に二つ並べたような構造と してみることができる.Eu原子の占有する位置はEuHx-IV相における位置と変わらないにも関わら ず,EuHx-IV相を二つ並べた構造で解析できたことは,H 原子が対称位置から外れていることによ る長周期構造に由来すると考えている.例えば,赤色の球で示した八面体中のH原子がc軸方向 に対称中心から周期的に少し変位した結果,Fig. 6.4.3 に示すような長周期構造かもしれない.解 析したモデルが正しいならば,Eu 原子に由来するラマン活性モードは 3 本なので,ラマン散乱測 定ではそのうちの1本を観測したことになる.

EuHx-VII相についての推測と,EuHx-III相がEuHx-IV相を少し歪めた構造が複数個組み合わ さって構成されていたことを合わせて考えると,EuHx-V相やVI相においてもEuHx-IV相を基本に する構造の組み合わせ方や数によって変化していると推測する.特にメスバウアー分光測定結果 より,EuHx-VI相,VII相,そしてEuHx-IV相への変化は水素量の変化を伴わないので,H原子位 置に由来する長周期構造の違いによって,ラマン散乱スペクトルが変化していると考えている.

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