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全文

(1)

仏教理科

著者名(日)

井上 円了

雑誌名

井上円了選集

7

ページ

299-518

発行年

1990-04-10

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002911/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

一l    F.1  ‘−1.‘   ー1 一   學 科  文學博士井上圓了講遠

 佛教理科

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哲學館講義録

沸蹴新第匹輯

仏教理科

(3)

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登行所

/ 東京●小石用頃原町†七書均   哲皐館大學

(4)

仏教理科 緒 一IIZk 百冊  ここに題して﹃仏教理科﹄というはほかにいまだ聞かざる名目にして、余が随意に設くるところなり。その名 目の当否はしばらくこれをおき、その名目の下にいかなる事項を論ずるやにつきては一言しおかざるべからず。 およそ学問上宇宙間に羅列せる有形の事物を考究するもの、これを理学という。すなわち有形学なり。たとえば 物理学、化学、天文学、地質学のごとき、これなり。しかしてこれらの諸学は西洋近世において初めて起こり、 東洋古来いまだかつて聞かざるところなりというも、その学のよりて起こりし原因を尋ぬるときは、東西両洋の 古代にその源を発せしは言を待たず。すなわち西洋にありてはギリシア人の思想中に胚胎し、東洋にありてはシ ナ、インド等の古代史中に起因せしは明らかなり。インドは中古以来、文化ようやく衰え去り更に諸学の考うべ きものなしといえども、上古にありては学問の思想大いに発達し、百科の哲学、理学等大抵みなこの時に端を開 けり。釈尊出世、仏教興隆の前後はインドの文化最も盛んなりしもののごとし。そのうち哲学および宗教に属す る部分は今これを論ぜず、ひとり理学に属する部分を述べんとす。余はこれを名付けてインドの理科という。そ の理科の一斑は婆羅門の書中においてみるべきも、また本邦伝うるところの仏書中においてもみることを得べし。 しかして仏書中にみるところの説は、外道諸派の説と多少の異同あるを免れず。これ仏教には仏教特色の説あれ ばなり。今余は仏書中に散見雑出せる理科に関する事項を概括して、その大要を示さんと欲す。故にこれをここ に仏教理科という。その説たるや、今日のいわゆる理学のごとき組織系統を有する学科にあらざること言を待た       99       2 ずといえども、比較研究の行わるる今日においては、仏教家が天文、地理等につきていかなる説を伝えきたりし

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やを知ること大いに必要なりとす。今左にその必要なる理由を述ぶべし。  いずれの国にありても古代の天文地理等の説は実際の観測によるにあらず、ただ想像をもって憶断するに過ぎ ず。故にこれを今日の学説に比すれば、妄誕不稽、考うるに足らざるもののごとし。これをもって近来わが国の 学生のごときは、だれも古代の天文等に意を注ぐものなしといえども、その空想憶断中より今日の学説を産出し きたれるゆえんを知らば、古代の天文説も地理説も決してこれを不問に付すべからず。なお一国の歴史を研究す るに太古蒙昧の時代を捜索するを要するがごとし。それ江河の大なるも、その水源にさかのぼりてこれをみれば、 わずかに一杯に足らざる源泉の混々として流出せるによれるを知るべし。喬木大樹もその初めて発生せしときに おいては、小草よりもなお小なるをみるべし。人智思想の発育もまたこれに同じ。今日完備せる百科の理学は、 みな古人の空想中に胚胎せざるはなし。故に仏書中に散見せる古代の天文地理に関する諸説は、すなわちインド の古説にして、これを講述するは東洋人の理学思想の発達を研究するに必要なりと信ず。これその理由の一なり。 もしまた古今東西の諸学諸説を比較上研究せんと欲せば、インドの古説の仏教中に存するものも、また参考する を要す。近来比較研究の道開け、その結果大いに人種学、歴史学の進歩を助くるに至り、政治、道徳、宗教等の 関係発達も、これによりて大いに明らかにすることを得たり。今各国古代の理学思想を比較上研究するときは、 同じく学術の進歩を助くるの益あるは言を待たず。あるいはその研究の結果一大新理を発見することあるも計る べからず。故にインドの思想とギリシアの思想とを比較し、シナの学説とインドの学説とを比較してその異同を 明らかにし、したがって人種文化の関係を知るには必ずインド古代の天文物理に関する諸説を考定するを要す。 これその研究の必要なる第二の理由なり。つぎに第三の理由を考うるに、古代の諸説はいずれも妄誕を極め更に 300

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仏教理科 道理に合せざるもののごときも、その裏面には必ずしかるべき道理ありて存するをみる。たとえば太陽の中にか らすあり、太陰の中にうさぎありと伝うるがごとき、あるいは地震はなまずによりて起こり、海潮はどじょうに よりて起こるというがごときもみなしかるべき道理あり。その道理たるや、因果の理法に基づき論理の原則に従 いて推測せるものなれば、今日の学説の道理と異なるにあらず。ただ古代と今日とは、人智発達の程度に高下の 差ありて論理の上に粗密の不同あるのみ。故にもしこれを心理学上より研究するときは、古代の人智思想の程度 状態を明らかにするを得。したがって社会学の参考となり、すこぶる興味ある研究なり。つぎに第四の理由を考 うるに、仏教理科の研究は世界の学問上に必要なるのみならず、仏教の学問上、婆羅門と仏教との関係を知るに 欠くべからざる研究なり。仏教は婆羅門の上に更に新機軸を出し、婆羅門のいまだかつて説かざる新教理を唱導 せりというも、その教は婆羅門国にありて起こり婆羅門人民に対して説きたるものなれば、その中に仏教以前の 諸説の混同せることなしというべからず。すでに梵天、帝釈天のごときは、仏以前インドに存せし古説にしてし かも仏教中に存するをみれば婆羅門の所説のその中に混入せるものあるは疑うべからず。ことに仏書中に存する 理科の諸説においては婆羅門中に存するもの必ず多からんと信ず。故に仏書中の理科を研究するは婆羅門と仏教 との関係を知るに必要なり。かつまた広く仏教と他教他学との異同を明らかにするに必要なり。つぎに第五の理 由を述ぶるに、仏教中に理科に属する諸説あるはなんのためなるや、仏教の目的なるや、また方便なるや、仏教 中よりこれを除き去りて可なるや、不可なるや等の問題を弁明するに、必ずその諸説を研究せざるべからず。こ れを要するに、余が仏書に存する理科の諸説を研究するを必要となす理由は左の五点に帰すべし。   第一、普通一般の歴史上その国古代の学説を知るにあること 301

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  第二、他の諸国と人種の関係、交通の影響等を知るにあること   第三、古代人民の智識思想の程度状態を知るにあること   第四、仏教と仏教外の学問宗教との異同を知るにあること   第五、仏教内の学説の順序関係を知るにあること  以上、第一、第二、第三は広く世界の学問に関する論点にして、第四、第五は特に仏教に関する論点なり。従 来は仏教を唯一の仏教として研究したりしも、今後は仏教を世界の学問、世界の宗教として研究せざるを得ざれ ばその研究の目的および方法を自ら一変せざるべからず。これにおいてその中に存する天文地理等の諸説を以上 の論点より研究するの必要を生ずるなり。  つぎに研究の方法につきて一言を費やさざるべからず。従来の研究法は独断の最もはなはだしきものにして、 経典中にみるところの仏説は一より十に至るまでみな万世不易の真理なりと断定し、仏語に一言半句の虚妄なし と固信し、いやしくも疑念をその上に置くものあらば、ただちにこれを斥して外道となし、あるいは仏敵と称し て罪人と同一視せらるるに至れり。今日なおその余習を存すといえども、実験上の諸学はようやく西洋より入り きたり、大いにその惑を解くに至れり。爾来、仏教家中に公然須弥説をもって仏説にあらずと唱うるものあり。 大乗は非仏説なりと論ずるものあり。天堂地獄は勧善懲悪の方便に過ぎずと談ずる者あり。今より後は徹頭徹尾、 批判的道理をもって仏教を論評し、その結果ついに懐疑に陥り、仏教そのものを破壊するに至らんことを恐る。 けだし独断の極は懐疑に帰し、懐疑の極は独断に終わるは論理自然の勢いなれば、将来必ず懐疑的学風の仏教中 に行わるるに至るべし。果たしてここに至らば、独断派もまた反動して興り、ついに仏教の研究は独断、懐疑二 302

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仏教理科 派の争論に外ならざるに至るべし。余はその徴候の今日すでに仏教界に現ずるを知る。すなわち明治の新空気を 呼吸せる学生は自然に懐疑に傾き、維新前の旧社会に生育せし老輩はますます独断に陥り、新旧その主義相いれ ざる勢いあり。近く須弥論の一例を考うるに新主義の人は大抵みなこれをインドの古説に帰し仏説にあらずとい い、旧主義の人はあくまでこれを仏の実験説として地球説と相争わんと欲す。その論の相いれざることかくのご とし。今余は極端の懐疑論者にあらずまた極端の独断家にあらず、自ら両端を接合してその中をとらんと欲する ものなれば、余が仏教上の見解はもとより世間一般の見解と相異なるところなかるべからず。その異同のいかん はのちに須弥説を批評する一段に至りてみるべし。それ仏教は宗教なり、その中に哲学あるいは理学に属する部 分を有するも、これみな宗教の目的を達する方便階梯に過ぎず、ただこれを他の宗教に比するに哲学の部分を含 むこと最も多きをもって哲学的宗教というのみ。故に﹃倶舎論﹄にても﹃唯識論﹄にても﹃起信論﹄にても、その 前半は哲学にして後半は宗教なり。これ哲学はその方便にして、宗教はその目的なることを示すものなり。すで に仏教の目的は転迷開悟にありといい、断惑証理、脱苦得楽にありというがごときは、みなその宗教たるを証す るに足る。しかして宗教と哲学との別は、前者は応用的実践的にして、後者は理論的学科的なり。あるいは前者は 不可知的に関し、後者は可知的に関するの別あり。もし哲学も宗教も共に不可知的に関するものとするも、哲学 は可知的より不可知的に及ぼし、宗教は不可知的より可知的に及ぼすの不同あり。故をもって哲学は人の智力思 想によりて進みて無限絶対の道理を究明するを要し、宗教は直覚信仰によりて初めより無限絶対の実在を既定す るを要す。かつ宗教は応用的なるをもって人心を安定するを目的とす。故に余が宗教に与うる解釈は左のごとし。       03       3   宗教は無限絶対の実在を既定して、これを人間の上に応用し、もってその心を安定するものなり。

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 今、仏教は真如浬藥の実在を既定し、これを人間の上に応用しきたりて安心立命の道を講ずるものなれば、ま さしく余が宗教の解釈に合するものなり。かくして仏教は、無限不可知的の境遇に到達せんことを目的とするを もって、その説くところ道理以外に及ぼし、往々秘怪にわたる談なきにあらず。あるいは想像を描ききたりて、 形容その度を失し、かえって人をして疑惑を生ぜしむることあり。要するに、これみな道理以外なる不可知的不 可思議の境遇を、吾人に開示せんと欲するによる。そのことたる、すでに理外の理なれば尋常の道理のよく及ぶ ところあらず。強いてこれを開示せんと欲せば、自然の勢い秘怪談にわたらざるを得ず。これをもって、いずれ の宗教も必ず神話怪談を用い、仏教また往々神秘のことを混説す。これを宗教的秘怪談という。もしこれを哲学 および理学上より評するときはたちまち妄誕不稽の言となすも、その実、宗教の宗教たるゆえんにしてあえて怪 しむに足らず。ただこれを表面上より解するときは無実の妄言たるを免れずといえども、もしその裏面に入りて これをみれば、かえって理外の真味を感知するを得べし。故に余は仏教中に秘怪の談あるをみるも、あえて仏教 そのものを妄誕として排斥するにあらず。ただこれによりて、その裏面の深意を領得せんことを期するのみ。今 仏書中に散見せる理科の説明に至りては、秘怪妄誕に類する談多しといえども、余は決してこれを仏教の短所欠 点となさず。かえってこれを世に公にして、仏教の宗教たるゆえんを示さんと欲するなり。  仏教上には神秘にわたる説あるのみならず、往々事実に背戻する談ありて、到底虚妄の評を免れ難きものあり。 その例は須弥説のごときこれなり。その説の地球説に合すべからざるは明らかにして、実験上の事実に相違せる ことは決して否定すべからず。これをいかように解説してしかるべきや。これ必ず仏教家中に起こる問題ならん。 今余が仏教の理科を講述せんと欲する意は、ひとり学問上の参考として、仏教の天文地理説を開示するのみなら 304

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仏教理科 ず、この一大難問を解説せんとするにあり。わが国維新の前後、西洋の天文説ようやく上下に行われ、一時仏教 家は力を極めて須弥説を立て地球説を破らんことを努めしも、近年西洋の学説いよいよ明らかなるに従い、仏教 家一般に黙してまた須弥を談ずるものなきに至れり。これはなはだ怪しむべし。須弥説は仏説にあらざることを 悟りしによるか。あるいは地球説に抗抵する力なきを知るによるか、今余は須弥説と仏教との関係を明示せんと 欲す。これ仏教家の一般に聞かんことを望むところならんと信ず。そのつまびらかなるはのちに地理説を論ずる ときに譲る。  仏教の経論疏釈は、実に汗牛充棟にして幾万巻あるを知るべからず。その中に大乗の経論あり、小乗の経論あ り、シナ撰述あり、日本撰述ありといえども、理科に関する諸説は大抵みな小乗部の経論中に存せり。たとえば ﹃婆沙論﹄のごとき﹃倶舎論﹄のごとき、あるいは﹁阿含経﹄﹃起世経﹄﹃正法念経﹄のごとき、小乗の経論中に その説の散在せるをみる。故に余が仏教理科として講述するところも、もっぱらこれらの経論によらんとす。仏 教は大小両乗大いにその見解を異にし、大乗家は小乗を目して仏教内の外道となし、小乗家は大乗を目して非仏 教となすに至るも、学問上仏教の根基となるものは小乗なること決して疑うべからず。小乗の根基の上に別に建 設したるもの、これ大乗なり。大乗中にありてその初門なる唯識学は、実に大乗学の根基なり。これを要するに 仏教を一科の学問としてみるときは倶舎学、唯識学、実にその根本たり基礎たり。なかんずく倶舎学は大小両乗 の基礎たり。かつその書中には百科の学問に関係ある諸説を包有し、これをインドの百科全書とみて不可なきが ごとし。すなわち、これを一部の宗教書としてみるべきのみならず、百科の学術書とみて可なり。その中には天 文のことも地理のことも人身のことも時間空間のことに至るまで多少論及せざるはなし。故に余が仏教理科の講 305

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述はもっぱら小乗の経論なかんずく﹃倶舎論﹄によらんと欲するなり。  左に講述の編目を掲げてその順次を示すべし。

第 第第第第第

一付≡6七四一

講 講講講講講

 講

世界論 開闘論 物質論 有情論 因果論

第二講

第五講

第八講

第一一講 第一四講         地獄論 

第二講

 以上の順序に従って講述する意なるも、 開講として学術論を述べんと欲す。 時間論 天文論 極微論 人身論 実有論

第第第第

=九六三

講講講講

空間論 地理論 四大論 生滅論  極楽論 その前にインド古代の学術一般につきて一言するを要す。 故にここに 306

学術論

 世界中最旧の国を数うれば必ず指をインド、エジプト、その他二、三の国に屈すべし。しかして古代文化の最 も早く開けかつ盛んなりしは、けだしインドの右に出つるものなかるべし。ただしインドの歴史明らかならず、 したがって文運の盛衰その年代をつまびらかにし難しといえども、釈尊出世にさきだちて百科の学説競い起こり、

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仏教理科 互いに真理を闘わせしことは疑うべからざる事実なり。﹃華厳経﹄あるいは﹃浬藥経﹄等に九十五種、九十六種の 外道あることを掲げしよりこれをみれば仏出世の当時すでに九十余種の学派ありしこと明らかなり。また﹃浬藥 経﹄あるいは﹃維摩経﹄に六師外道の名称を掲げり。これを外道の根本とし、仏以前すでに世に行われ、おのお の徒衆を有して一学派を開立せしことを示せり。また外道中最も勢力ある数論、勝論のごときも、仏以前の学派 なることはいずれの書に考うるも、その事実を徴することを得。また因明の元祖として知らるる足目仙人のごと きも、はるかに仏以前にありて世に出でたることまた疑うべからず。これらの諸学派は仏出世の当時、互いに美 を争い秀を競い、あたかも艶陽胎蕩、百花燗慢の勢いありしもののごとし。そののち数百年を隔てて馬鳴、竜樹 両大士世に出でしより、無著、世親の当時に至る間は、仏教と外道各派と互いに優劣を争い、哲学思想このとき 最も発達せしもののごとし。しかりしこうして、その当時の隆盛はひとり哲学宗教に限るにあらず、百科の学術 技芸も同時に勃興せしもののごとし。これを仏書中に考うるも、五明の名義につきてその一斑を知ることを得。 五明とは五種の学術にして今日のいわゆる文学、工学、医学、哲学等の分類のごとし。今﹃西域記﹄によりてそ の名義を解説すること、左のごとし。

轟㎜     響

307

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 これを一言にていえば、声明は文字の学、因明は論法の学、医方明は医術の学、工巧明は工芸の学、内明は内 教の学なり。なお文学、論学、医学、工学、哲学というがごとし。その名目は﹃︹菩薩︺地持経﹄および﹃楡伽論﹄ に出づ。また五明論と名付くる一書の存することは、﹃開元録﹄﹃貞元録﹄等に出づ。その諸録に記するところを みるに、その書は沙門嬢那祓陀羅周と名付くる者、長安旧城婆伽寺において閣那耶舎と共に記するところなりと あり。しかるにその書欠けて伝わらざるをもって、その所説をつまびらかにするを得ず。もし﹃西域記﹄によら ば、インドの風習として七歳ののちようやく五明大論を授くという。故に五明論はインドの普通学にして、イン ド人のこれを学ぶは、なおシナ人の六芸を修むるがごとし。左に五明のいちいちにつきてその大意を略述すべ し。

第一段 声 明

 声明の梵語は摂施碁駄︵o力、①ぴユ①≦身鍋︶︹鐙ぴ△㌣≦ムペ巴にして、摂抱は声を義とし、芯駄は明を義とすという。 これを五明論の随一あるいは四明の本体なりとす。すなわち言語、文字、文章の学なり。古来伝うるところの悉 曇学はその一部分なり。﹃蘇漫多声略釈﹄には、声明はただ天竺に行われいまだ此土に至らず、ひとりその法の詳 308

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仏教理科 知すべからざるを恨むとありて、インドよりこれを訳してシナ、日本に伝えざりしを遺憾となす。ただわが国に おいては一、二の宗派において声明の一部分たる悉曇学の一端を伝うるのみ。悉曇とは成就と訳し、文句文章を 成弁するを義とすという。すなわちインドの文字文句に与えたる名称なり。これ文学すなわち声明学の初歩なる がごとし、﹃悉曇字記﹄に、悉曇は天竺の文字なりと解するをみて知るべし。その他、インドの文法の一部分たる 六合釈、八転声はシナより日本に伝わり、仏教家は大抵その大意を学ぶこととなれり。もしその解釈は別にイン ド文学の講義に譲る。

第二段 因 明

 因明の梵語は醸都費陀︵口Φ[已く一ムペ⑲︶︹ゴ魯宇く己ぺ巴にして、醗都は因を義とし、費陀は明を義とすという。すな わち因明は事物の原因道理を究明する学にして、西洋のいわゆるロジックなること明らかなり。その法は外道も 仏教も共にこれを用いて推論の法則となせり。故に﹃因明義断﹄に、因明論は八蔵に権衡となり、四章に縄墨と なり、九十六道の規模、二十八師の軌轍なりと題せり。その開祖を足目と名付く。仏教内にありてその法を伝え たるものは、弥勒、無着、世親なり。その所伝を古因明と称す。そののち陳那ありて大いに因明を完成せり、こ れを中興と称す。その門弟に商掲羅王と名付くるものありて、またやや改正するところあり。この二師の所伝を 新因明と称す。古因明と新因明との別は、古因明は宗、因、喩、合、結の五支を立て、新因明は宗、因、喩の三 支を立つるにあり。今左に古因明の一例として、無着の論式を示さん。   一、声は無常なり。︵宗︶ 309

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 二、所作性なるが故に。︵因︶        10  三、瓶のごとく、空のごとく。︵喩︶      3  四、瓶は所作を有する。瓶はすなわち無常なり。まさに知るべし。声は所作を有する。声もまた無常なり。︵合︶  五、この故に知ることを得る、声は無常なりと。︵結︶  一、声無常︵宗︶  二、所作性故︵因︶  三、如レ瓶如レ空︵喩︶  四、瓶有二所作一瓶即無常、当レ知声有二所作一声亦無常︵合︶  五、是故得レ知声無常︵結︶ また左に新因明の論式を示さん、  一、声は無常なり。︵宗︶  二、所作性なるが故に。︵因︶  三、なお瓶等のごとし。︵喩︶  ︵同喩︶もしこれ所作なるものはかの無常なりとみる。たとえば瓶等のごとし。  ︵異喩︶もしこれその常なるものは所作なるものにあらずとみる。虚空等のごとし。  一、声無常︵宗︶  二、所作性故︵因︶  三、猶二瓶等一︵喩︶

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仏教理科   ︵同喩︶若是所作見二彼無常一讐如二瓶等一   ︵異喩︶若是其常見レ非二所作一如二虚空等一  その三支作法の過失を分かちて、宗に九過、因に一四過、喩に一〇過、合して三三種の過失ありとなす。これ 商掲羅主の定むるところなり。その他、因明につきて論ずべきこと多しといえども、すべてこれを因明学の講義 に譲る。

第三段医方明

 つぎに医方明を考うるに、経文中に﹃仏医経﹄﹃医喩経﹄等ありて、多少医方に関することを述ぶるも、いまだ 医方明のいかんを知るべからず。今﹃四諦論﹄によるに、病に身心の二種ありて、その各種にまた内外の二種あ ることを示せり。しかしてそのいわゆる心病は邪妄によりて起こると解し、妄念迷執より生ずるものなれば、倉、 瞑、癬、慢等の煩悩をいう。故にこれ医方明の問題にあらず。もし身病につきて述ぶるところをみるに、﹃仏医経﹄ には左のごとく示せり。   人身中にもと四病あり。一は地、二は水、三は火、四は風なり。風増せば気起こり、火増せば熱起こり、水   増せば寒起こり、土増せば力盛んなり。もとこの四病より四百四病を起こすなり、云々。       セパ   人身中本有二四病べ一者地、二者水、三者火、四者風、風増気起、火増熱起、水増寒起、土増力盛、本従二是四病べ   起二四百四病一云云、       皿  仏教にては人身を分析して地、水、火、風の四大より成るという。あたかもシナにて人身を木、火、土、金、

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水の五行に配するがごとし。故に病気もまた地水火風の四大より起こるとなす。しかして風によりて起こす病に 一〇一種あり、火によりて起こす病に一〇一種あり、水も地もこれに同じ。故にこれを合すれば病に四〇四種あ りという。けだし世間にて人に四百四病ありと唱うるは、仏説より出でしを知るべし。換言すれば、四百四病の 地水火風の四大不調より生ずとなす。すなわち﹃行事抄﹄に﹁四大は互いに六府に反して病となる。﹂︵四大互反六  ホ 府為病︶︹*‖成︺とあるものこれなり。その他、仏教にては前世の業報によりて種々の病を起こすという。すで に﹃智度論﹄に﹁病に二種あり。先世の行業の報い故に種々の病を得、今世の涼熱の風おこる故に種々の病を得 る。﹂︵病有二二種ハ先世行業報故得二種種病ハ今世涼熱風発故亦得二種種病一︶と説けり。これ仏教にては因縁業感の説あ るによる。あるいはまた﹃仏医経﹄に身病の一〇因を掲げ、﹃止観﹄には六因を示せるも、みなこれを略す。もし 身病を医する方法につきては、﹃浬磐経﹄には明医の八術を掲げ、﹃止観輔行﹄には八術十医を示し、﹃小止観﹄に は、﹃増一阿含﹄によりて治病の秘法に七二種ありと説き、﹃僧祇律﹄には、四百四病中風大の一〇一は油脂を用 いて治し、火大の熱病は蘇を用いて治し、水病は蜜を用いて治し、雑病は上の三薬をもって治すと記せり。ある いはまた﹃南海寄帰伝﹄には﹁絶食を最となす。﹂︵絶食為レ最︶とありて、インドの療方は絶食をもって肝要となす という。あるいはまた﹃金七十論﹄に﹁八分医方の所説はよく身苦を滅す。﹂︵八分医方所説能滅二身苦一︶とあり。こ れまさしく﹃寄帰伝﹄の八医に同じ。左に﹃寄帰伝﹄の一節を引用すべし。   西方の五明論の中のその医明にいわく、まずまさに声色を察して、しかるのちに八医を行ずべしと。ごとし   その妙を解せずして順を求めば、かえって違を成ずべし。八医をいわば、一には所有の諸瘡を論ず。二には   首疾を針刺すを論ず。三には身の患を論ず。四には鬼痒を論ず。五には悪掲陀薬を論ず。六には童子の病を 312

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仏教理科   病を論ず。七には長年の方を論ず。八には足身の力を論ず。瘡というは事としては内外を兼ね、首疾はただ   頭にあるに名つく。咽に斉してより已︹以︺下を名づけて身患となす。鬼療はいわくこれ邪魅なり。悪掲陀は   あまねく諸毒を治す。童子とは始め胎内より年一六に至るまでなり。長年とはすなわち身を延べて久しく存   するものなり。足力とはすなわち身体強健なるなり。       シ  シテ      メパ    テ   西方五明論中其医明日、先当下察二声色一然後行中八医い如不レ解二斯妙一求レ順反成レ違、言二八医一者一論二所有諸瘡一二論レ       フハ   針二刺首疾↓三論二身患ハ四論一一鬼療べ五論二悪掲陀薬↓六論二童子病へ七論二長年方一八論二足身力べ言レ瘡事兼二内外ハ首    ぱ       トハ      トハ   疾但目在レ頭、斉レ咽已下名為二身患↓鬼痙謂是邪魅悪掲陀遍治二諸毒ハ童子始従二胎内一至二年十六ハ長年則延レ身久   存、足力乃身体強健、︹*11目レ︺  その他、二、三の書に医術のことを散見せるも、もとより医方明の一斑をうかがうに足らざるなり。        第四段 工巧明  つぎに工巧明を考うるに、﹃楡伽論﹄にはその種類に↓二工業あることを示せり。すなわち左のごとし。   一、営農  二、商佑  三、事王   四、書算計度数印   五、占相   六、呪業   七、営造  八、生成  九、防除  一〇、和合      一一、成熟  一二、音楽  これを﹃楡伽倫記﹄に解説して、生成工業とは六畜を養いて資生となすが故に、生を教えて礼儀を修成すとい い、防邪工業とは織繍等なりといい、和合工業等とはよく闘訟等を和するをいい、成熟工業とは飲食を生熟する        ㎜ をいうとあり。これによりてこれをみるに、工巧明中には農商、書算、仕官、聴訟はもちろん、占法、呪術まで

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を含むを知るべし。もし﹃三蔵法数﹄に解説するところ左のごとし。       14   ︵工業明︶工はすなわち工業なり。巧はすなわち巧妙なり。おもえらく世間の文詞、讃詠、ないし、城邑を 3   営造すること、農田、商賢、種々なる音楽、卜算、天文、地理にして、一切の工業巧明に、みなことごとく   明了、通達するが故に、工巧明という。   ︵工業明︶工即工業、巧即巧妙、謂世間文詞讃詠、乃至、営二造城邑べ農田商買、種種音楽、ト算、天文、地理、一切   工業巧明、皆悉明了通達故、日二工巧明へ  これを今日の学科に比するに、工学、農学、理学、法学までを含むもののごとし。果たしてしからば、インド は古代にありて早くすでに百科の学術の備われるを知るべし。ただ工業明のごときは、仏教とその性質を異にせ るをもって、仏書中にそのことを詳説せるものをみず、わずかにその名目の出つるをみるのみ。

第五段 内 明

 五明中、前四明はすでに略述し終われり。これ外道も仏教も、共に用うるところなり。第五の内明は内教を義 とし、一宗の教理をいう。故に外道には外道の内明あり、仏教には仏教の内明ありて、内明の名称は外道と仏教 との二者に通ぜざるべからず。しかるに仏書中内明は、仏教ひとりこれを有するがごとく論ずるものあるは、は なはだ怪しむべし。あるいはまた内明に二種を立てて、外道と仏教との五明を分かつことあり。たとえば﹃七帖 見聞﹄に引証するところによるに、五明に内の五明と外の五明の二種あり。外の五明は声明、医方明、工巧明、 呪術明、符印明の五種にして、内の五明は前四は外と同じく、第五は因明なりといい、あるいは前三は外に同じ

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仏教理科 く、第四は因明、第五は内明なりという。余案ずるに、因明は内外に通ずるをもって外の五明中に加わらざるを 得ず。かつ符印明はある書に解して禁呪の類なりとなすをもって、呪術明と同一種ならざるべからず。かつ禁呪 の類は工巧明中に加わりおることは、前に述ぶるところを見て知るべし。また内明に至りては、内外共におのお の自ら立つるところのものあるべき理なれば、仏教ひとりこれを有して外道これを有せずというべき理なし。故 に余は、仏教と外道との間に内外の五明を分かつゆえんを解するあたわず。  今ここに外道の内明を考うるに、その根本となるべきものに四毘陀、十八大経ありという。なかんずく四毘陀 はインド最古の神典なれば十八大経の根本なり。毘陀はこれを訳して智論あるいは明論という。これに四部あり。 その名称ならびに解説、左のごとし。   阿由毘陀︵﹃リグ・ヴェーダ﹄︶ 華に方命といい、また寿ともいう。いわく、養生、繕性の書なり。   夜殊毘陀︵﹃ヤジュル・ヴェーダ﹄︶  いわく、祭祀、祈薦の書なり。   三摩毘陀︵﹃サーマ・ヴェーダ﹄︶ーいわく、礼儀、占ト、丘ハ法、軍人の書なり。   阿達婆毘陀︵﹃アタルヴァ・ヴェーダ﹄︶  いわく、異能技、数、禁呪、医方の書なり。        フハ   阿由毘陀︵男団σq−<o△①︶  華言二方命ハ亦日レ寿、謂養生繕性之書也、   夜殊毘陀︵㎡巴已︹<o△∪  謂祭祀祈薦之書也、   三摩毘陀︵00勘日①1∼﹁O色①︶  謂礼儀占ト兵法軍人之書也、   阿達婆毘陀︵﹀⇔庁①﹁<col<Oユ①︶  謂異能技数禁呪医方之書也、   ︹*11阿由毘陀は■く已−<o△①︵医学書︶の音写であり、リグは﹁荷力﹂と音写される。︺  これを﹃西域記﹄には寿論、祠論、平論、術論の四種となす。すなわち第一の毘陀は養生の法を説き、第二の 315

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毘陀は祭祀の法を説き、第三の毘陀は兵乱を平定する法を説き、第四の毘陀は種々の工巧技術を説くによる。し かれども四部の毘陀が、果たしてその所説にかくのごとき別あるや否やは、はなはだ疑うべし。これけだし、そ の主要なる点につき分かちたるものならん。つぎに十八大経とは﹃百論疏﹄によるに、﹁四章陀は外道の十八大経、 また十八明処にいう。四皮陀を四となす。また六論ありて四皮陀と合わせて一〇となす。また八論ありて足して 一八となす。﹂︵四章陀者、外道十八大経、亦云二十八明処ハ四皮陀為レ四、復有二六論ハ合二四皮陀一為レ十、復有二八論べ足 為二十八一︶とありて、四毘陀、六論、八論これを合して十八大経となす。今左に六論および八論を表示すべし。 式叉論︵六十四能法を釈す︶ 毘迦羅論︵もろもろの音声法を釈す︶ 阿刺波論︵もろもろの天仙の上古以来の因縁、名字を釈す︶ 竪底沙論︵天文、地理、算数等の法を釈す︶ 聞陀論︵首盧迦を作る法を釈す、首盧迦は偶の名なり︶ 尼鹿多論︵一切の物名を立て、因縁を釈す︶ 式叉論︵釈二六十四能法一︶ 毘迦羅論︵釈二諸音声法一︶ 桐刺波論︵釈二諸天仙上古以来因縁名字一︶ 竪底沙論︵釈二天文地理算数等法一︶       ハ ノ 聞陀論︵釈下作二首盧迦一法上首盧迦偶名︶ 尼鹿多論︵釈下立二一切物名一因縁上︶ 316

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仏教理科 八論 八論

八七六耳四三…R二

八七六五四三ニー

、     、    、     、     、    、     、    、 肩亡婆論︵諸法の道理を簡択す︶ 那邪毘薩多論︵諸法の道理を明かす︶ 伊底呵婆論︵伝記、宿世の事を明かす︶ 僧怯論すなわち数論︵二十五諦を解す︶ 課伽論︵摂心の法を明かす。第四と第五の両論は同じく解脱の法を釈す︶ 陀菟論︵兵杖を用いる法を釈す︶ 健闘婆論︵音楽の法を釈す︶ 阿輸論︵医方を釈す︶ 肩亡婆論︵簡二択諸法道理一︶ 那邪毘薩多論︵明二諸法道理一︶ 伊底呵婆論︵明二伝記宿世事一︶ 僧怯論即数論︵解二二十五諦一︶ 課伽論︵明二摂心法一第四第五両論同釈二解脱法一︶ 陀菟論︵釈下用二兵杖一法上︶ 健闊婆論︵釈二音楽法一︶ 阿輸論︵釈二医方一︶  そのいちいちの解釈は仏書中において知るべからず。 入りて仏教理科の諸説を述ぶべし。 その他は余が近著﹃外道哲学﹄に譲り、これより本論に        17        3

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第一講世界論

 仏教の天文地理等の諸説を講ずるにさきだちて、世界および時間空間の諸説を述べざるべからず。まず世界の 名義を考うるに、その言たる時間空間を合したる名称にして、なお宇宙というがごとし。すなわち﹃翻訳名義集﹄ ︵巻三︶﹁﹃樗厳経﹄にいう。世をば分遷流となし、界をば分︹方︺位となす。汝今まさに知るべし。東、西、南、北 と、東南、西南と、︹東北、西北と、︺上、下とを界となし、過去、未来、現在を世となす。﹂︵樗厳緻云、世為二遷簗   ぱ       ポヨ 界為二分位べ汝今当レ知、東西南北、東南西南、上下為レ界、過去未来現在為レ世︶︹*1‖﹁経﹂なし *2‖方 *311 ﹁東北西北、﹂あり︺とありて、その界はすなわち空間にして、その世はすなわち時間なり。けだし宇宙の解釈も これに同じ。今これを﹃准南子﹄に考うるに、その斉俗編にいわく﹁往古来今を宇といい、四方上下を宙という。﹂ ︵往古来今謂二之宇べ四方上下謂二之宙一︶とあるをみて知るべし。  つぎに世界の分類を考うるに、あるいは二種に分かち、あるいは三種、あるいは六種、一〇種に分かつ。その 二種の分類左表のごとし。

世∴竃ユ竃蕾㌶︶

 これなお有機界、無機界というがごとし。あるいは三種世間の分類あり、一に五陰世間、二に衆生世間、三に 国土世間これなり。あるいはまた世界を分かちて欲界、色界、無色界の三種となす。その解釈、左のごとし。 318

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仏教理科   一、欲界の衆生は三事を具す。一は睡眠を有するが故に、一は飲食を有するが故に、三は婬欲を有するが故     に、欲界と名つくなり。   二、色界の天人は、浄妙色を有するが故に、色界と名つく。身相の端厳等これなり。   三、無色の天人は、形色あることなくして、ただ心のみあるが故に、無色界と名つくなり。   一、欲界衆生具一一三事べ一者有二睡眠一故、二者有二飲食一故、三者有二婬欲一故、名二欲界一也、   二、色界天人、有二浄妙色一故、名二色界べ身相端厳等是也、   三、無色天人、無レ有二形色︵唯有レ心故、名二無色界一也、  すなわち欲界は人獣のごとき眠食等の体欲を有するものをいい、色界は人間以上に位せる天人にして、その形 色身相の清浄殊勝なるものをいう。無色界は体欲はもちろん形質をも有せざるものをいう。けだし仏教にては人 獣界の外に天上界を立て、身体を構成せる物質に精粗の別ありて、人獣の身体は粗悪にして眠食酒色の欲を有す るも、進みて天上界に至ればその体質ようやく精微にして体欲したがって相減じ、その極、無欲無色の世界をみ るに至るとなす。これやや解し難き説なるがごときも、もし物心二元の間に隔歴せる分界なきものと定め、その 質の粗悪なるものは物質となり、精微なるものは精神となると立つるときは、欲、色、無色の三界を分かたざる を得ざるに至るべし。その説明はギリシア哲学のデモクリトス、エピクロス等の説に近きを覚ゆ。この三界はあ るいは別に分かちて、五趣もしくは六道となす。六道とは地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界、これ なり。しかして修羅界はあるいは餓鬼界に摂し、あるいは畜生界に摂し、あるいは天界に摂するときは五趣、す 19       3 なわち五界となる。もしこれを細分すれば、地獄に八大地獄の別あり、人界に四洲の別あり。八大地獄は付講の

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地獄論に譲り、ここに四洲の名称を挙ぐれば、﹁南は贈部洲︵また南は閻浮提とも名つく︶、東の勝身洲︵また東

は弗婆提ともいう︶、西は牛貨洲︵・た西は$尼・もいう︶・北は倶盧洲︵また北は穫ともいご﹂︵南贈部洲皿

︵亦名南閻浮提︶、東勝身洲︵亦日東弗婆提︶、西牛貨洲︵亦云西聖耶尼︶、北倶盧洲︵亦日北響檀︶︶の四にして、これを

須弥の四洲という。そのいちいちはのちに地理を講ずるときに譲る。今六道を欲、色、無色の三界に配するとき

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仏教理科 は、欲界に二〇処あり、色界に四禅あり、無色界に四天あり。その表右のごとし。  以上これを三界、六道、二十八天という。しかるに天の数は欲界に六天、色界に十七天、無色界に四天、合し て二十七天なるも、色界の天にあるいは十八天を立て、あるいは十六天を立つる異説あるをもって、天の数をか ぞえて二十八天あるいは二十六天となす。すなわち色界の大梵天を梵輔天に摂する説によれば二十六天となり、 広果天の外に別に無想天を立つる説によれば二十八天となる。しかるにまた天の数をかぞえて三十三天ありとい う。その名称は諸経に見るところ大いに不同ありといえども、今﹃正法念経﹄によるに左のごとし。     、  一  六、 一一、 一六、 二一、 二六、 三一、 善法堂天 住倶吃天 険岸天 璽影天 歌音楽天 影照天 威徳顔天

二七二七二七二

威徳輪天 智慧天 威徳輪天 柔頼地天 雑険岸天 雑殿天 住峰天 ノN  三  ノ「k  三  ノ「k  三 山頂天 歓喜園天 摩尼蔵天 雑荘厳天 月行天 衆分天 清浄天

九四九四九四

住輪天 娑利天 如意地天 旋行地天 光明天 善見城天

〇五〇五〇五

、   、   、   、   、   、 鉢私地天 波利樹園天 密殿天 微細行天 速行天 上行天  以上これを切利天という。切利天とは三十三天の梵語なり。かくのごとく天部に種類を分かちたるは、仏書中 に見るところなるも、決して仏教の初めて唱うるものにあらず。仏教以前の説なること問わずして明らかなり。 仏以前の諸教は、あるいは帝釈天をもって第一に置き、あるいは梵天をもって最勝となし、その世界に至るをも って究意の目的となせしか。仏教起こるに及び、これらの諸天はいまだ究寛せるものにあらずとなし、六道人天 321

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はみなこれを迷界となし、更にその上に悟界あることを示し、人をして迷界の波上を渡りて悟界の彼岸に到達せ しむるをもって最上の目的と定めり。これ釈尊の一機軸を出して、新宗教を開元せられたるところなり。故に仏 教にては迷界の六道の上に更に悟界の四種を立てて十界となす。これを六凡四聖、あるいは六稜四浄という。そ の表、左のごとし。

+界︷離竃鹸︰ 川鱗臨︰毒口羅人天

 これによりてこれを観ずるに、仏教はそれ以前の外道諸派の所説をことごとく破斥せしにあらず。そのとるべ きものはこれを存して、更にその上に一大新機軸を出したるものなるを知るべし。けだし仏教はこれを外道の所 見に比するに、あたかも半空の雲霧を破りて富士峰頭に一輪の真月を見るもののごとし。ああ今より三千年前の 古代にあたりて、凡俗の迷信を破り、宗教海上に霊々妙々の理想の新天地を開きたるは、あに驚かざるを得んや。  世界の分類は三界六道の外に、更に大数を挙げていうときは三千大千世界ありとす。すなわち﹃倶舎頒﹄にい わく﹁四大洲と日月と蘇迷盧と欲天と梵世とおのおの一千ありて、一小千界と名つく。この小千の一〇〇〇倍を いいて、一中千と名つく。この一〇〇〇倍は大千なり。云々。﹂︵四大洲日月蘇迷盧欲天梵世各一千名二一小千異此  ノぱ   ホ       ハ   ナリ 小千々倍謂名二一中千↓此千倍大千云云︶︹*1n千 *2‖説︺とありて、須弥四洲日月等の世界その数千に満つる を小千世界とし、この小千世界の一〇〇〇倍を中千世界とし、中千世界の一〇〇〇倍を大千世界とす。これを合 して三千大千世界という。故にもし算数をもって表示すれば、三千大千世界の総数は       一wOOO×一゜OOO×一゜80‖一﹄OPOOP80 322

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すなわち一〇億なり。これを総括して娑婆という。すなわち﹃名義集﹄︵巻三︶によるに   ﹃西域記﹄にいわく、索詞世界の三千大千国土は一仏の化摂となるなり。旧には娑婆といい、また娑詞とい   う。みな詑りなり。﹃樗伽﹄は能忍と翻ずと。   西域記云、索詞世界三千大千国土為二一仏之化摂一也、旧日二娑婆ハ又日二娑詞一皆説、樗伽翻二能忍一 とありて、娑婆は梵語、これを訳して能忍となすは、此土の衆生よく諸悪諸毒を忍受するによるという。﹃律相感 通伝﹄に﹁娑婆はすなわち大千の総号なり。﹂︵娑婆則大千総号︶とあるものこれなり。あるいは一〇〇億の日月あ り、一〇〇億の須弥ありといい、あるいは十方微塵世界といい、あるいは無量世界という。世界すでに無量なれ ば、三千大千世界をもってことごとくせるにあらず。これただその無量なる一端を示せるのみ。故に仏教の世界 説は無量説なり。山河も無量なり、生類も無量なり、日月も無量なり、天地も無量なり、時間も無量、空間も無 量なり。その説の広大なること、想像のよく及ぶところにあらず。今日、理学哲学の進歩によりて、我人は始め て世界の無量なることを知り、あわせて仏説の虚妄にあらざることを知れり。ああ、この一小地球の外に世界な しと信じ僅々五、六千年間に世界の開閥を論ずるものと、あに日を同じうして語るべけんや。

第二講 時間論

仏教理科 前講に世界の世は時間を表し、過去、未来、現在を三世というがごとしといえり。三世の解は﹃倶舎論﹄︵巻一︶        顕 に﹁無常の已滅を過去と名つく。もしいまだすでに生ぜざるを未来と名つく。すでに生じていまだ謝らざるを現

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在と名つく。﹂︵無常已滅名二過去若未已生名二未来べ已生未レ謝名二現在一︶︹*11未二已生一︺とあるをみて明らかなり。 およそインドの時に二種を分かつことは、二、三の書に出でたり。たとえば﹃智度論﹄に﹁天竺に時を説きて名 は二種あり。一は迦羅と名つく。一は三摩耶と名つく。﹂︵天竺説レ時名有二二種べ一名二迦羅二名二三摩耶一︶とあり。し かるに﹃名義集﹄に刊正記を引きて、迦羅は実時なり、三摩耶は仮時なることを示せり。けだし仏教中説くとこ ろの長短不定の時は三摩耶なりという。時の長短につきては最短これを刹那をいい、最長これを劫、すなわち劫 波という。すなわち﹃倶舎論﹄に﹁時の極少なるを刹那と名づけ、時の極長なるを名づけて劫となす。﹂︵時之極少 名二刹那一時之極長名為レ劫︶とあり、﹃西域記﹄にも﹁時の極短は刹那というなり。﹂︵時極短者謂一刹那一也︶とありて、 刹那は訳して一念といい、時の極少を義とす。今﹃倶舎論﹄によるに刹那一二〇を一但刹那となし、六〇但刹那 を一臓縛となし、三〇臓縛を一牟呼栗多となし、三〇牟呼栗多を一昼夜となすとあれば、これを現今の時分に配 合するに、その表左のごとし。   一牟呼栗多ー四八分時  一膿縛ー一分三六秒時   一恒刹那ー一・六秒時  一刹那ー○・〇一三三秒時  すなわちわが一秒時は七五刹那に当たる割合なり。﹃倶舎恵暉抄﹄にいうコ度の弾指に六五の刹那あり。﹂       ニ (一 x弾指有ニハ十五刹那一︶と、あるいは﹃仁王経﹄にいうコ念に九〇の刹那、九〇〇の生滅あり。﹂︵一念有二九十 刹那九百生滅一︶と、もってその時間の短少なるを知るべし。もし一昼夜の刹那の数をかぞうれば       ωO借唱湘晴×ωO顕議×OO声堅剖×旨O世剖110込゜。PO8蟄嶺 六四八万刹那ある割合なり。しかるにこれを﹃婆沙論﹄︵巻三九の=︶に﹁いわく、一昼夜は総じて六四億九万 324

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仏教理科 九九八〇刹那なりと。﹂︵謂一昼夜総有ニハ十四億九万九千九百八十刹那一︶とあるに比すれば少異あり。つぎに時間の 最長なる劫波とはこれを訳して分別時節という。﹃婆沙論﹄︵巻=二五︶に﹁分別、時分故に名づけて劫となす。﹂ ︵分別時分故名為レ劫︶とあるのこれなり。その悠久なること年月をもって算すべからず。﹃智度論﹄に石山と芥子と の警喩を挙げてその一端を示せり。すなわち曰く﹁劫の義は、仏、警喩をもって説きたまわく、四〇里の石山 を、長寿の人ありて、一〇〇歳を過ぎて、細軟の衣を持して、ひとたびきたりて払拭し、この大石山をして尽く さしむるも、劫はことさらにいまだ尽きず。四〇里の大城の中に芥子を満たし、概して平らかならしめず。長寿 の人あり。一〇〇歳を過ぎ、ひとたびきたりて一の芥子を取るに、芥子尽くれども、劫はことさらに尽きず。﹂

 ノハヲ

ポ   ヲ  ヲ ヨテ  テ ノヲ ラニ   ノニ

︵劫義仏讐喩説、四十里石山有二長寿人べ百歳過持二細軟衣二来払拭令二是大石山尽へ劫故未レ尽、四十里大城満二中芥子       ぱヨキ   テ       る      レドモ   ラニ       グルゴトニ 不二概令ワ平、有二長寿人一百歳過一来取二一芥子ハ芥子尽 劫故不レ尽︶︹*111千 *211有二石山一 *311過 *411子一去︺とあるをみて知るべし。実にその悠久なること、想像のよく及ぶところにあらず。これに大中小の 三種あり。今﹃仏祖統紀﹄および﹃大蔵法数﹄の訳義によるに、人寿八万四〇〇〇の歳の時に、一〇〇年を歴過 すれば寿一歳を減ず、かくのごとく減じて人寿一〇歳に至ればすなわちやむ、また一〇〇年を過ぐれば一歳を増 す、かくのごとく増して八万四〇〇〇歳に至る、この一増一減名付けて一小劫となす、かくのごとく二〇増減名 付けて一中劫となす、総じて成、住、壊、空の四中劫名付けて一大劫となすとあり。これ﹃新婆沙論﹄の説なり とす。もし﹃喩伽論﹄によれば、﹁この世間は二〇中劫に壊る。二〇中劫おわりて空。二〇中劫に成る。二〇中劫        ハ       ニ ル      リテ 成りおわりて住す。かくのごとく八〇中劫を仮立して一大劫数となす。﹂︵此世間二十中劫壊、二十中劫已空、二十        25        3  ニ ル       テ ス      ヲ 中劫成、二十中劫成已住、如レ是八十中劫仮立為一三大劫数一︶とあり。もしこの劫相積みて無数に至れば、これを阿僧

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舐劫と名付く。阿僧舐劫とはこれを訳して無数劫という。すでに無数なれば、その年月を算定するを要せずとい えども、﹃倶舎論﹄︵巻一二︶に阿僧祇の数を示して、﹃解脱経﹄に六〇数を説く中に、阿僧企耶はこれその一数な り、いかんが六〇なるや、かの経にいうがごとし、一のみありて余数なきを一となし、一〇の一を一〇とし、一 〇の一〇を一〇〇となし、ないし一〇の大祓羅擾を阿僧企耶となすとあり。その表につきてこれを考うるに、そ の数たるや五二位を有する大数にして、これを数字に表さば、一阿僧企耶は零︹ゼロ︺の数五一の多きに及ぶ、そ の数更に積みて三に至れば、これを三大阿僧紙劫という。すなわち三無数劫なり。これを要するに、仏教にて時 間の長短につきてかくのごとき大数を挙ぐるは、その無限なることを示すに外ならず。果たしてしからば、これ を小にするも無限、これを大にするも無限なりといわざるべからず。けだし数千年の古代にありて、早くすでに かかる無限の思想を想出せるは、理想発達の高きに至りしを知るに足る。 326

第三講 空間論

 仏書中に余いまだ空間の名目をみずといえども、そのいわゆる虚空はすなわち空間なり。まず﹃倶舎論﹄によ るに、これを解して﹁虚空はともに無擬をもって性となす。無障によるが故に、色は中において行ず。﹂︵虚空側 以二無擬一為レ性、由二無障一故、色於レ中行︶︹*11但︺とあり、また﹃正理論﹄には﹁虚空は受、色等の有為をいる。﹂ ︵虚空容二受色等有為一︶と解し、﹃婆沙論﹄︵巻七五︶にも﹁有擬なる物をいるに、虚空あることを知る。もし虚空 なくば、まさに容処なかるべし。﹂︵容二有擬物ハ知レ有二虚空ぺ若無二虚空﹁応レ無二容処一︶と、また﹁もし虚空なかば、

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仏教理科 まさに一切処みな障磯あるべし。﹂︵若無二虚空一応三一切処皆有二障琿︶と説けり。すなわちその意、虚空は無磯無障 にして自在に万物を容受するものとなす。これ今日のいわゆる空間なり。あるいは仏書中に空界の語あるをみる。 しかして空界とは門、窓、口、鼻等の空隙を義とするがごとく解せり。故に虚空も空界も共に空間に関する文字 なるも、その意に広狭、大小の不同あり。﹃婆沙論﹄にはその異同につきて﹁虚空は微細にして、顕説すべきこと 難し。空界の相は麓にして、開示すべきことやすし。﹂︵虚空微細難レ可二顕説べ空界相鹿易レ可二開示一︶と説きて、麓細 の不同をもって二者の別を示せり。あるいはまた仏書中に単に空と称することあり。これまた空間の状態を示す ものにして、虚空とややその解を同じうす。﹃倶舎論﹄等の書中に、世界の変遷につきて成住壊空四劫の説あり。 そのいわゆる空は、世間の万物ことごとく壊滅しおわりて、ただ虚空のみある状態を義とす。よろしく﹃倶舎論﹄ 世間品につきてみるべし。あるいはまた真言宗にて立つるところの地水火風空識の六大中の空も、その解釈これ に同じ。今﹃十住心広名目﹄の解釈によるに、﹁空とはすなわち諸相尽きて、諸色を容受することの義なり。一切 の法に相体あれども、四大を出でず。もし諸相みな尽きれば、すなわちこれ空輪なり。﹂︵空則諸相尽容二受諸色一之 義、一切法有二相体一不レ出二四大べ若諸相皆尽即此空輪也︶とあるをみて知るべし。もし﹃勝宗十句義論﹄の実句義中 に出せる空は、これを解して﹁ただ声のみありて、これを空となす。﹂︵唯有レ声是為レ空︶とあり。その釈に曰く﹁空 実の体相は極大にしてあらわしがたし。声ある処をもってすなわち空実を知り、声なき処を空にあらずとなす。        ノ    ハ これ勝宗の意なり。﹂︵空実体相極大難レ顕、以二有レ声処一即知二空実へ無レ声処為レ非レ空、是勝宗意也︶とあり。しかるに 声のみある処を空となすと解するがごときは、もとより今日の学説のいれざるところなり。けだしインド当時の        脚 社会にありては、声は空気によりて伝うることを知らざるか、あるいはそのいわゆる空は、空間をいうにあらず

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して空気もしくは精気︵エーテル︶のごときものをいうか。また数論の二十五諦中には五唯より五大を生ずとい うことあり。すなわち﹃金七十論﹄に﹁声はただ空大を生ず。﹂︵声唯生二空大﹁︶とある、これなり。﹃唯識述記﹄ に、これを解して五大とは地、水、火、風、空をいう、別に一物ありこれを名付けて空となす、空無為、空界、 色界等にあらずという。今﹃拐厳千百年眼髄﹄に、数論勝論の空大を挙示すること左のごとし。   勝論師は九実句義を説く。いわく、地、水、火、風、空等なり。空とはいわく、ただ声あるを空となす。如   に動作ありて動作なく、質磯なく、勢用なく、かれこれの体なく、無触無色にして、見るべきことなく、眼   に対することなし。これ常、有、実、これ根、耳根、即空の、六徳によるなり。数論師は説けり、自性は大   を生じ、大より我慢を生ずと。有るは説く、我慢は五大、五唯を生ず。別に一物あり。これを名づけて空と   なす。空無為空界色界等にあらず。有るは説く、慢は五唯を生じ、五唯は五大を生じ、五大は十一根を生ず。   もしこの説を約さば、声は空を成し、空は耳を成す。﹃金七十論﹄等のごとし。 勝論師説二九実句義ハ謂地水火風空等、空謂唯有レ声為レ空、如有二動作へ無二動作ハ無二質磯一無二勢用一無二彼此体べ無触        ルバ ク 無色、無レ可レ見、無レ対レ眼、是常有実是根耳根、即空、由二六徳↓数論師説自性生レ大、従レ大生二我慢べ有説我慢生二 五大五唯ハ別有二一物一名レ之為レ空、非二空無為空界色等べ有説慢生二五唯へ五唯生二五大↓五大生二十一根↓若約二此説一 声成二於空ハ空成二於耳一如二金七十論等べ  つぎに虚空の分類を考うるに、仏教の虚空に有為空、無為空の二種あり、その有限無限の二類あり。まず有為 空は色の一種にして見るべく、無為空は色にあらざれば見るべからずとす。小乗七十五法中に虚空無為の一種あ り。これもとより無為空なり。その解は前に述ぶるがごとし。大乗百法中にも虚空無為あれども、これ真如の仮 328

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仏教理科 称にして、その体、無障無磯なること虚空のごときをいう。故に今述ぶるところの虚空に同じからず。また虚空 の周遍常恒なることを唱うるものと、不遍不常なることを唱うるものとあり。外道は多く虚空遍常論を唱う。故 に﹃百論﹄には外道の証明を示して、世人は一切処に虚空ありと信ず、この故に遍なり、過去、未来、現在の一切 時に虚空ありと信ず、この故に常なりという。しかるに﹃浬磐経﹄に外道の虚空論を駁して、左のごとく示せり。   またつぎに善男子よ、もろもろの外道は、それ虚空とはすなわちこれ光明なり、といえり。もしこれ光明な   らば、すなわちこれ色法ならん。虚空もししかくこれ色法ならば、すなわちこれ無常ならん。これ無常なる   が故に、三世所摂なり。いかんぞ外道は三世にあらずと説くや。もし三世所摂ならば、すなわち虚空にあら   ざらん。また説いて、虚空これ常というべけんや。善男子よ、また人ありて、虚空とはすなわちこれ住処な   りといえり。もし住処あらば、すなわちこれ色法ならん。しかして一切処はみなそれ無常にして、三世所摂   なり。虚空もまた常ならば、三世の摂にあらざらんや。もし処を説かば、虚空なきを知る。また説いて、虚   空とはすなわちこれ次第なり、というあり。もしこれ次第ならば、すなわちこれ数法ならん。もしこれ可数   ならば、すなわち三世所摂なり。もし三世摂ならば、いかんぞ常といわん。        ナラハ      ク       ナルカ   復次善男子諸外道言二夫虚空者即是光明へ若是光明 即是色法、虚空若爾是色法者即是無常、是無常 故三世所摂、    ソ      ナラハ   云何外道説レ非二三世ハ若三世摂 則非二虚空ハ亦可三説言二虚空是常↓善男子復有レ人言二虚空者即是住処一若有二住処一即

      ナラバノ 

ハル   是色法、而一切処皆其無常、三世所摂、虚空亦常 非二三世摂↓若説レ処者知レ無二虚空一復有三説言二虚空者即是次第一若     ナラハ      ナラハ      ナラバ   ソ   是次第 即是数法、若是可数 即三世摂、若三世摂 云何言レ常、︹*11是︺        ㎜  これ外道の虚空はあるいは光明、あるいは住処あるいは次第と説くがごときは、みな有為法あるいは有限性に

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して常住にあらざることを示すものなり。なんとなれば、そのいわゆる虚空は有為法に属する相対性の虚空にし て、仏教のいわゆる無為虚空にあらざるによる。また外道中に口力論師と名付くる者ありて、虚空をもって万物 の真因となす。これを虚空計外道と名付く。その説にいわく、最初に虚空ありてこれより風を生じ、風より火を 生じ、水より暖を生じ、暖より水を生じ、水すなわち凍凌して地を作し、地より薬草を生じ、薬草より五穀生命 を生ずと立つるがごときは仏教のいわゆる有為空なり。しかしてその外道の虚空計は仏教小乗中の所説にやや近 し。たとえば﹃倶舎論﹄に﹁空中にしばらく微細の風生ずることあり。これ器世間のまさに成ぜんとする前相な り、云々。﹂︵空中漸有二微細風生べ是器世間将レ成前相云云︶とあるがごときは、虚空より風を生じ、風より万物を生 ずと解するに同じ。また左に﹃樗厳眼髄﹄によりて、有為無為二種の虚空の別を挙示すべし。   虚空に二あり。一は有為なり。色像を除去して、まさに虚空となす。これ六大の中の空大の所摂なり。二は   無為にして、本来常に空なり。有為なる虚空は、かれこれに通ぜず、眼の所行となす。無為なる虚空は、体   これ法入無磯にして周遍するを、意の所行となすなり、云々。   虚空有レニ一者有為、除二去色像一方為二虚空↓是六大中空大所摂、二者無為本来常空、有為虚空彼此不レ通為二眼所行べ   無為虚空体是法入無擬周遍為二意所行一云云  つぎに虚空の有限無限を考うるに、有限の空間はこれを測るに由旬の語を用う。由旬とは新訳に喩繕那といい、 訳して限量という。あるいは鍮閣那、または由延というはみな梵語の誰略なり。今これを﹃倶舎論﹄に考うるに、 その第一二巻にいわく、   竪に四肘を積みて弓となす。尋という。竪に五〇〇弓を積みて一倶盧舎となす。乃至︹中略︺、八倶盧舎を説 330

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仏教理科   きて一輸繕那となす。   竪積二四肘一為レ弓謂レ尋、竪積二五百弓一為二一倶盧舎↓乃至説二八倶盧舎ハ為二一鍮繕那一︹*‖一六文字の省略︺  また﹃西域記﹄に﹁輸繕那とは、いにしえより聖王の一日の軍行のことなり。旧伝には四〇里なり。インドの 国俗にはすなわち三〇里なるも、聖教に載せるところはただ一六里のみなり。﹂︵輸繕那者自レ古聖王一日軍行、旧伝 四十里 、印度国俗乃三十里、聖教所レ載唯十六里︶とあり、また﹃大蔵一覧集﹄によるに、四肘を一弓となし、五 弓を一杖となし、二〇杖を一息と名付け、八〇息を一倶盧舎と名付け、八倶盧舎を一由旬となすとあり。しかし てそのいわゆる一肘は﹃華厳音義﹄に一尺五寸とし、﹃頒疏﹄に一尺八寸とし﹃宝疏﹄に二尺とす。もし倶盧舎は ﹃恵暉抄﹄によるに﹁三六〇歩を里となす。一倶盧舎を成す。一倶盧舎は二里なり。﹂︵三百六十歩為レ里、成一二 倶盧舎べ一倶盧舎二里也︶とあり。故に一由旬は﹃倶舎論﹄の積法によるに、       ︽茸×切OO山×○。面㎞鵬11一︹OOO田‖一盲。測謙漫 すなわち一万六〇〇〇肘にして、一肘を二尺と定むれば一由旬は三万二〇〇〇尺︵宗三〇〇×N11品三8︶に当た り、日本の一里は一万二九六〇尺なれば一由旬は、二里半以上に当たる。しかるに一倶盧舎を二里として算する ときは一由旬は一六里に当たるも、これシナ里数にして日本里数にあらず。日本里数をもって算するときは三里 弱となる。なおわが国の駅舎の距離のごとし。故に﹃名義集﹄には﹃業疏﹄︹﹃四分律掲磨疏﹄︺を引きて﹁輪王の巡狩 一停の舎なり。なおこの方の館駅のごとし。﹂︵輪王巡狩一停之舎、猶如二此方館駅一︶とあり。しかるに﹃仏国暦象編﹄ には四〇里零一八六歩奇をもって一由旬の量となすも、これ﹃西域記﹄に挙ぐるところの旧伝の里数なり。これ を日本の里数に変ずれば六里半余となる。もし﹃名義集﹄に﹃大論﹄︹﹃大智度論﹄︺を引きて、由旬に三別あり、 331

参照

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