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井上円了の学位に就いて(訂補) 利用統計を見る

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(1)

井上円了の学位に就いて(訂補)

著者

山内 四郎

雑誌名

井上円了研究

5

ページ

97-100

発行年

1986-03-31

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00006777/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

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井上円了の学位に就いて

(訂補)

(3)

る。  芦子位の授↑弓そのものについては、明治二十九年六月九日付『官報』〔弔一二八八二号芦子事に   文部大臣ハ明治二十年勅令第十二号学位令第一、一条二依リ左記ノ者二文学博士ノ学位ヲ授与セリ其学位記ハ次ノ如   シ(文部省)        新潟県氾-民       土-十  ロ」グ」      .戊   一

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  明治,.十年勅令第十二.号学位令第、二条二依リ滋二文学博士ノ学位ヲ授ク とあっ∠、、国家の公告機関紙によって確認することができる。また、東大文学部に所蔵する教授会議事録(表紙には [「カ科大学決議録・とあり)明治二十八年七月十一日の条に、   出席者、外山(正一)学長、坪井(九馬三)、物集(高見)、中島(力造)、元良(勇次郎)、三上(参次、助教授)、   上田(萬伍)、高津(鍬.二郎、助教授)   、、井h円了ヨリ学位禦請ノ件ハ調査委員トシテ#ヒ(哲次郎)、坪井(九馬二)、村上(専精)ノ三氏っ・・選定シ    Vリ次イテ論文ヲ右=氏に附託シタリ とあり、割注に   但シ先以坪井教授調査二着手スベキニ付論文ヲ全教授二送附・ンタリ とある。次に、同決議録明治二十九年回月十五[口の条には   出席者、外山字長、黒川(真頼)、上田、中島、坪井、物集、元良、島田(重礼)、村」講師   、、井上円フ」提出ノ論文審査報告書、学長朗読アリ村上専精氏一、二語簡単二説明セラル別二異議起ラザルシモ

(4)

書編1言『カこ東:・じ・上二と と

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昭部乃な災で年たC.’席’夕 ’席’他報

和哲適いには五’以井者最リ井者き委告

後の同年五月L二口の条には

、外山学長、h田、坪井、物集、黒川、島田、元良、中島、三上、田中、高津 上円了氏学位申請ノ論文審査報告書ヲ全審査委員ヨリ.差出サレタルニ由リ之レヲ審議シ報告ヲ可決ス 上の文書に記す通り、井ヒ円ゴの学位論文は、東大文科大学教授会に提出され、実質的には村上専精を中 井ヒ哲次郎、坪井九馬.二の三人による調(審)査委員によっ一〉審査己、、れ、四回に亘る教授会を経て、明治 月十三日に於ザ、決巳疋ふ.・れたこレ一が明瞭となるのである.、 、井上円アの学仕論文は、何かと言うことになる.口実物が井上家に伝えられていないし、東大のものは関 -八って暁牛、したとの事である。したが〔、て、今回引用したこレ;、〕信懸性の高い文献にょって確認すること .そこで以下は推測の域を出!、いないが、やはり}.仏教哲学系統論」ではないか.、第一に、井上哲次郎の 哲土∴は、刊行された本書の緒論によると、『仏教哲学系統論』の第=編として刊行したものであり、第二 学」より、第十五娠=口宗哲学」までの出版予告がある.”しかるに、高島米峰の三同島米峰自叙伝一(学風 二十五年十一日刊)に・〔れば、彼は井上円了のもとで親しく『外道哲学ごの編集に携ったと述べるが、第 99 書余り簡単二付尚少シ事実ヲ摘記シクル文字ヲ挿入スルコト可ナラントノ事ニテ此レハ村上氏謄當起案シ 員二相談スルコトト+セリ らに同年五月六[の条には 、外・山学長、上田、坪井、黒川、元良、中島、一.一⊥、田中(義成、助教授)高津 ヒ円r江八学㍍何庄⊥ヨぷ払柵∋人審完貫錨…生ロア川次占…(一二汐子触吉説不工圧)・文{子二什口種々ヨ説アリタルモ結局且ハ儘ニテ可決シ

(5)

訂正 本誌、二号(昭和六十庄一、一月刊.)「哲学館の書記長をしていた祖父」において誤りがありました。.’、七頁

      一

 のへ.汀口の 良経」を一‘良暖Lに、同頁の写真の氏名「藤井円順」を一藤井信之」へ円順氏の長男)に訂

 正−ノてお詫びします.       [

       

は、○職員録一.甲⌒内閣官報局臼.、明治二十八年十一月十日現在、同  尚、東.叉、文科-天μ・」決議録の山胆精・者は、姓のみで記しているが、名 科大学頁.ニパ三.一.,六匹。同書甲、明治.一十九年十,月一日現在、 文科人学・貝四,八-四、九」の一.書によ「、た.。 及び助教授などの身分を括弧で補…った。これ 十.一月二卜『発行、文部省、二帝国大学、文 三十年一月九日発行、文部省、〕帝国大学、 二編よ〔第-+五編までー,心末刊に終ったと記しゴ、いる。高島米峰の晩年の回顧が正しいとすれは、調査委員の一人であ る井七哲次郎の三∵コ「    ヒは、その刊行の事実との気憶違いレニい、言えるのである.しかも、林竹次郎の 、行 状゜一班』には、「有名なる二外道哲学』は、その二仏教哲学系、統論ご 一部分を改修したるものなりと述べ、究極的に は同.事象べの別な視.点からの指摘とも言えるのではないか、

参照

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