国立成育医療研究センター成育遺伝研究部
総 説
原発性免疫不全症に対する遺伝子治療の現状と今後の展望
内 山 徹,小野寺雅史
Current status and future prospects of stem cell gene therapy for primary immunodeˆciency
Toru UCHIYAMAand Masafumi ONODERADepartment of Human genetics, National Center for Child Health and Development (Accepted April 3, 2013)
summary
Patients aŠected by primary immunodeˆciency(PID) can be cured by allogeneic hematopoietic stem cell trans-plantation(HSCT). In the absence of HLA-matched donors, however, incidence of HSCT-related complications is observed. Therefore, gene therapy has been developed as a highly desirable alternative treatment for patients lacking suitable donors. Retrovirus-based gene therapy was begun in 1990 for the patients of adenosine deaminase deˆciency, followed by X-linked severe combined immunodeˆciency, Wiskott-Aldrich syndrome and chronic granulomatous dis-ease. Although treated patients have had excellent immune reconstitution and resolution of ongoing infections, com-plications such as a lymphoproliferative syndrome and a disappearance of gene-modiˆed cells were observed in some clinical trials. To overcome these, ongoing and upcoming clinical trials use some new strategies. The use of precon-ditioning chemotherapy makes space in the bone marrow for the gene-treated stem cells and allows engraftment of multi lineage stem/progenitor cells. Self-inactivating vectors in which strong enhancers of long terminal repeat are eliminated may reduce the risk of insertional activation of proto-oncogene resulting in leukemia. These modiˆcations will surely increase the safety and e‹cacy of stem cell gene therapy for PID.
Key words―stem cells; gene therapy; retroviral vector; growth advantage; insertional mutagenesis
抄 録
原発性免疫不全症(primary immunodeˆciency, PID)の根治的治療法として造血幹細胞移植が挙げられるが,至 適ドナーがいない場合には移植関連合併症の危険が増大する.このような背景から 1990 年代よりレトロウイルス ベクターを用いた遺伝子治療がアデノシンデアミナーゼ欠損症に対し開始され,続いて X 連鎖重症複合免疫不全 症,ウィスコット・アルドリッチ症候群,慢性肉芽腫症など様々な PID においてその効果が確認された.しか し,その後の観察で遺伝子導入細胞の消失や,ウイルスベクターによるがん原遺伝子(proto-oncogene)の活性化 とそれに伴う造血系異常(白血病や骨髄異形成症候群)が報告され,更なる開発,改良の必要性が明らかとなった. これらを踏まえ,現在行われている遺伝子治療では,骨髄間隙(niche)確保のための前処置化学療法や,long ter-minal repeat(LTR)内の強力なエンハンサー配列を削除した自己不活型ベクターが使用されている.今後の臨床 試験において,これらの改良が遺伝子治療の更なる有効性や安全性を示すことを期待している. は じ め に 原発性免疫不全症(primary immunodeˆciency : PID)は現在 200 以上の責任遺伝子が同定されてい る.多くが単一遺伝子の機能障害によるものであ り,症状や重症度は疾患により様々である.治療 として支持療法が中心となるものから,根治的治療 を目的とした造血幹細胞移植(hematopoietic stem cell transplantation : HSCT)が必要なものまであ り,とくに重症複合免疫不全症(severe combined immunodeˆciency : SCID)を含むいくつかの PID は,造血幹細胞移植を行えるか否かが患者の生命予 後を大きく左右する.SCID の場合,HLA 一致血 縁ドナーが存在する場合には前処置を行わなくても 免疫学的な再構築と症状の改善が期待できる.至適 ドナーがいない場合には,同種臍帯血移植や両親か らのハプロ一致移植が必要となるが,移植片対宿主 病(graft versus host disease : GVHD)などの移植 関 連合 併症 か らそ の 成績 は低 く なっ てし ま う. SCID以外の PID では,骨髄非破壊的前処置にお
149 図 1 レトロウイルスベクターによる遺伝子発現.LTR 内の 強力なエンハンサー/プロモーターによって遺伝子の 発現が起こる.E/Pエンハンサー/プロモーター, Cパッケージングシグナル 149 内山・原発性免疫不全症への遺伝子治療 ける,残存する T 細胞による拒絶や混合キメラに よる移植後自己免疫疾患の合併などが問題となる. 逆にこれらを防ぐための強力な前処置は潜伏する感 染を増悪させる可能性があり,非常に難しい治療選 択が強いられる.PID に対する遺伝子治療では患 者の細胞を使用することからドナーの必要がなく, また同種移植時の GVHD なども発症しない.前処 置を行う場合でも緩徐であり,総じて HSCT に比 べて移植関連合併症の発症は極めて少ない.しか し,後述するように遺伝子治療にも安全性や有効性 に関して不確実な部分も多く,今後も更なる改良が 必要である.本稿では,これまでにおこなわれた PID に対する遺伝子治療の概要,有効性や問題点 と,それを克服するための今後の戦略について述べ る.また,現在私達が国立成育医療研究センターで 計画している慢性肉芽腫症(chronic granulomatous disease : CGD)に対する遺伝子治療についても紹 介させて頂く. 遺伝子治療とは 変異を持つ疾患責任遺伝子を正常に置き換える方 法(gene correction または gene replacement)は遺 伝子治療の理想であるが,未だ実験レベルにとどま り臨床応用には遠いのが現状である.現在行われて いる遺伝子治療は,変異を持つ遺伝子はそのまま に,治療遺伝子を新たに染色体に付加させる方法 (gene addition)が主流である.PID への遺伝子治 療では,その治療効果を長期にわたって維持するた めに分裂後の細胞にも導入した遺伝子が存在する必 要があり,染色体挿入型のベクターが使用される. これまでは主にマウス白血病ウイルス由来のレトロ ウイルスベクターが使用されてきており,導入遺伝 子の発現はレトロウイルスの long terminal repeat (LTR)に存在する強力なプロモーター/エンハン サー配列に因る(図 1).遺伝子導入の具体的な方 法を図に示す.患者の骨髄血あるいは顆粒球コロ ニー刺激因子(G-CSF)刺激後の末梢血単核球分 画より CD34 陽性細胞を採取し,ウイルスベクター による治療遺伝子の導入後に再び患者に戻す.この ex vivo遺伝子治療法が PID への遺伝子治療の主流 である(図 2). PIDの遺伝子治療 X 連 鎖 重 症 複 合 免 疫 不 全 症 ( X-linked severe combined immunodeˆciency : SCID-X1),アデノシ ンデアミナーゼ(adenosine deaminase : ADA)欠 損 症 , ウ ィ ス コ ッ ト ・ ア ル ド リ ッ チ 症 候 群 (Wiskott-Aldrich syndrome : WAS)の三疾患は, これまで世界各国で遺伝子治療が行われてきてお り,極めて高い有効性が示されている1).これらの 疾患では遺伝子導入により正常遺伝子を持った細胞 が,他に対し強い増殖優位性を持つことがわかって おり,最後に述べる慢性肉芽腫症に比べて良好な成 績が期待できる理由でもある. 1. SCID-X1
SCID-X1は SCID の中で最も頻度が高く,SCID 全体の約半数を占める.その責任遺伝子は,X 染 色体上に存在する,6 種類のサイトカイン(IL-2, IL-4, IL-7, IL-9, Il-15および IL-21)受容体の共有 分子である共通ガンマ鎖(common gamma chain : gc)である.gc 鎖の変異により,患者は T 細胞, NK細胞が欠損し,B 細胞は正常または増加してい るものの,T 細胞が欠損しているために抗体産生能 が低下している.根治的治療である造血幹細胞移植 が早期に施行されなければ,生後 1 年以内に死亡す る(いわゆる pediatric emergency のひとつ).1999 年から 2006 年にかけ,フランスと英国において合 計 20 名の患者に対し遺伝子治療が行われた.モロ ニーマウス白血病ウイルス(MoMLV)由来のベク ターによって患者骨髄から分離した CD34 陽性細胞 に gc 遺伝子が導入され,その後前処置なしで患者 へ輸注された(表 1)2,3).治療後 5~12 年で 20 名中 18 名が生存し,うち 17 名で,正常な T 細胞サブセ ット,Naive T 細胞の存在,多様な T cell receptor レパトア,T-cell receptor excision circle(TREC) の正常化など T 細胞のほぼ完全な回復が認められ た.また持続する播種性 BCG や水痘などの致死的 感染症から回復したことからもその有効性が証明さ れた.一方で,前処置を行わないため,患者体内に
図 2 CD34 陽性細胞への Ex vivo 遺伝子導入法.予め被験者に G-CSF を投与し,アフェレーシスにて患者末梢血単核球を採取 し(◯),CliniMacs にて CD34 陽性細胞を分離する(◯).CliniMacs による CD34 陽性細胞の純度は 95を超える.得ら れた CD34 陽性細胞を調整し(◯),ウイルス上清により遠心操作法(1000 xg,32°C,120 分)を用いて遺伝子導入する (◯).輸血用の大型遠心器により細胞洗浄を行い(◯),培養することで細胞を増殖させる(◯).遺伝子導入細胞の安全 性を確認し,ブスルファンを投与した被験者に投与される.なお,一連の操作は閉鎖系回路で行われるため,無菌性は担 保される. 表 1 T 細胞系免疫不全症に対する遺伝子治療 疾患名 国 別 期 間 患者数 結 果 状 況
SCID-X1 フランス 19992002 10 8 生存,4 SAE Closed
SCID-X1 英国 20022006 10 10 生存,1 SAE Closed
SCID-X1 フランス・英国・米国 2010~ 8 7 生存 Open
SCID-ADA イタリア 20002011 18 18 生存,15 ERT oŠ Completed
SCID-ADA 英国 2003~ 8 8 生存,4 ERT oŠ Open
SCID-ADA 米国 2001~ 14 14 生存,10ERT oŠ Open
SCID-ADA 日本 2004~ 2 2 生存,1 ERT oŠ Open
WAS ドイツ 20072010 10 10 生存,4 SAE Closed
WAS イタリア 2010~ 4 4 生存 Open
WAS フランス・英国・米国 2010~ 4 3 生存 Open
予定期間を終了し現在は follow up 中である.
SCID-X1 : X-linked severe combined immunodeˆciency, ASE : severe adverse eŠects(白血病などの重篤な有害事象),ERT : enzyme replacement therapy (PEG-ADA による酵素補充療法)(文献 1 を一部改変)
151 図 3 SCID-X1 遺伝子治療(フランス)での白血病患者におけるウイルスベクターの挿入部位.白血病患者ではがん原遺伝子 (の近傍)へのベクター(MFG-gc)の挿入とそれに伴う活性化が認められた.(文献 6 より引用) 151 内山・原発性免疫不全症への遺伝子治療 はもともとの B 細胞が存在しており,遺伝子導入 B細胞の生着は認められなかった.しかし,遺伝子 導入 B 細胞の欠損にも関わらず,多くの患者で免 疫グロブリン補充療法が不要となっており,SCID-X1での抗体産生には T 細胞の機能回復が重要であ ることが示唆された4). 有効性の他に,SCID-X1 に対する遺伝子治療に は白血病の発症という特記すべき有害事象(geno-toxicity)がある.遺伝子治療 2.5~5 年の間にフラ ンスで 4 名,英国で 1 名が T 細胞性白血病を発症 しており5),詳細な解析の結果,増殖クローンでは がん原遺伝子内(LMO-2, CCND2)への治療ベク タ ー の 挿 入 が 確 認 さ れ た ( 図 3 )6,7). LMO-2 と CCND2 はいずれも T 細胞性白血病への関与が報告 されている遺伝子であり,LTR のエンハンサーに よるこれらの近傍遺伝子の調節異常が白血病発症の 要因の一つと考えられた.このような挿入発がん変 異を押さえるため,現在フランス,英国,米国では SCID-X1 を対象に,エンハンサーを削除した自己 不活型(self-inactivating : SIN)ベクター(図 4, 図 5)による遺伝子治療を開始している4,8).これま での経過では遺伝子導入効率が高い症例で T 細胞 の回復を認めているが,低い症例では T 細胞の回 復が不十分のようである.原因として治療に用いる SINベクターが従来のレトロウイルスベクターに比 べて力価が低いことなどが考えられ,この点で SIN ベクターによる遺伝子治療も更なる改良が必要であ る.また,SIN ベクターの使用によって白血病発症 を防ぐことができるのか,その安全性においても現 在大きく注目されている. 2. ADA 欠損症 ADAはプリン代謝系の酵素であり,核酸代謝産 物であるデオキシアデノシンをデオキシイノシンへ 代謝する役割を持つ.リンパ球系細胞で特に発現が 強く,これらの細胞の発達や生存に関与している. ADA 欠損症では,ADA の変異により毒性代謝産 物であるデオキシアデノシン三リン酸(dATP)が 細胞内に蓄積し,リンパ球の細胞死が引き起こされ る.T, B, NK 細胞ともに減少するため SCID の形 態をとる.他の SCID と同様に造血幹細胞移植が根 治的治療となり,HLA 一致血縁ドナーが得られな い場合にはその治療成績は不良である.他の治療と して,ウシ由来の ADA をポリエチレングリコール にて修飾した PEG-ADA(アダジェン)による 酵素補充療法(週 1 回から 2 回,筋肉内投与)がそ の効果を認められているが,重症タイプでは完全な 免疫能の回復は期待できず,また極めて高額(1 バ イアル 3,500 ドル)であることから患者への経済的 な負担も大きい.このような状況の中,1990 年に 米国で本疾患に対する遺伝子治療が開始され,これ が世界で最初に行われた遺伝子治療の臨床応用とな った.当初は患者の末梢血を対象にレトロウイルス ベクターにより ADA 遺伝子を導入し,また酵素補 充療法との併用下に実施され,限定的であったもの の一定の効果が確認された9).これらの結果を踏ま え,その後 2000 年にイタリアで開始された臨床試 験ではいくつかの改良が加えられた10).低用量のブ スルファン(4 mg/kg)による前処置を行い,先立 っ て PEG-ADA の 投 与 を 中 止 し て 実 施 し た と こ ろ,治療後 1 年で骨髄中の CD34 陽性細胞,顆粒
図 4 第一世代レトロウイルスベクターによる遺伝子挿入変異の機序と第二世代ベクター.第一世代ベクターでは,LTR 内のエ ンハンサーにより,近傍の遺伝子(cellular gene)が活性化される.第二世代では,エンハンサー/プロモーター配列が削 除されており,遺伝子(exogenous gene)の発現は内部プロモーター(P)に因る. 球,巨核球,B 前駆細胞の 3~10,末梢血では T, B, NK細胞の 50~90に遺伝子導入細胞が認めら れた4).このことは前処置による骨髄間隙(niche) 確保の重要性と,機能回復後の細胞の増殖優位性が 遺伝子治療の効果に重要であることを示している. 2000年以降,イタリアに加え英国,米国で計 40 名 の患者が遺伝子治療を受け,うち 29 名で酵素補充 療法が中止できており,欧州では至適ドナーのいな い 患者 への 有 効な 治療 法 とし て認 識 され てい る (表 1)11).また SCID-X1 とは異なり,ADA 欠損症 でも LMO-2 近傍へのベクター挿入があるものの, これまでに白血病発症という有害事象は発生してい ない.この事実から白血病の発症はベクター挿入単 独で起こるのではなく,様々な要因(疾患背景の違 いなど)が複雑に絡み合って発症するものと考えら れる. なお,我が国でも 2004 年に 2 名の ADA 欠損症 患者に対して造血幹細胞遺伝子治療を行っている. ただし,前処置としてのブスルファン投与を行って おらず,免疫能の回復はイタリアの症例と比べて遅 い感はあるが,重篤感染症は予防でき,現在も両患 者は通常の生活を送っている. 3. WAS WASは X 染色体上の WASP 遺伝子の変異によ って起こり,易感染性,湿疹,血小板減少を三主徴 とする疾患である.他の合併症としてリンパ系悪性 疾患や自己免疫疾患も認められる.根治的治療は造 血幹細胞移植であり,HLA 一致血縁ドナーが存在 する場合,もしくは HLA 一致非血縁ドナーでも 5 歳までに移植を施行した場合には高い成功率が期待 できる.しかし,年長児(5 歳以上)ではその予後 は悪くなり,また混合キメラになった場合には移植 後自己免疫疾患の合併が有意に高くなるなど,移植 のタイミングを図るのが難しい.WAS では,T 細 胞においてその増殖優位性を認めるものの,B 細胞 や血小板では明らかでなく12),2006 年よりドイツ で開始された遺伝子治療では,他の遺伝子治療同様 ブスルファン(8 mg/kg)による前処置が行われて いる.彼らが使用したベクターは,SCID-X1 と同 じ MoMLV を ベースに したレト ロウイル スベク ターである13).10 名の患者が治療を受け,9 名で T, B 細胞の機能回復や血小板数の上昇,湿疹の改善が 認められ,効果が証明された(表 2).しかし,そ の後 4 名において SCID-X1 同様に T 細胞性白血病 が発症している.ウイルスベクターの挿入部位解析 ではがん原遺伝子である LMO-2 や MDS/Evi1 近傍
153
表 2 Wiskott-Aldrich 症 候 群 へ の 遺 伝 子 治 療 ( ド イ ツ , Medical School Hannover)
症例 年齢(y) WASP 変異 輸注 CD34+細胞(×106/kg) 転帰 1 3 IVS6+1 G>T 10.0 良好 2 3 Arg86His 11.1 良好 3 3 Glu133His 2.5 生着不全 4 4 Arg34X 31.6 良好 5 12 Glu31Lys 20.9 良好 6 4 Asp259fs 22.0 良好 7 3 IVS31 G>T 14.8 良好 8 3 Ala134Thr 20.9 良好 9 2 Val303fsX4 25.5 良好 10 14 His30del 11.4 良好 Christoph Klein, 第 52 回米国血液学会(ASH 2010)
図 5 現在使用されている SIN ベクター(SCID-X1,WAS).SCID-X1 では遺伝子発現にエンハンサー活性を持たない EF1aS プ ロモーターが,WAS では染色体上の WASP 遺伝子の 1.6 kb 上流の配列(1.6 kbwas)が内因性プロモーターとして使用さ れている.EF1aS : elongation factor-1a short
153 内山・原発性免疫不全症への遺伝子治療 へのベクターの挿入が判明し,最近は安全性の面か らヒト免疫不全ウイルス(HIV)由来のレンチウイ ルスベクターが使用されるようになった14).レンチ ウイルスベクターの染色体挿入は,レトロウイルス のそれに比較して転写開始部位への集積傾向が低 く , ま た LTR は 自 己 不 活 化 さ れ て い る た め , WSAP 遺伝子の発現は内部プロモーターに因る. 現在イタリア,フランス,英国,米国で行われてい る臨床試験では,生理的な発現を期待して内因性 WASプロモーターを組み込んだベクターが使用さ れている(図 5)15,16).これまでの報告では,遺伝 子導入効率が低い症例では血小板数の上昇が無く, また高い症例でもリンパ球の機能は回復したもの の,血小板数の回復はレトロウイルスベクターに比 べて緩徐である.この経過の差が LTR プロモー ターと内因性プロモーターの違いによるものなの か,今後の解析が注目される. 4. 慢性肉芽腫症
慢 性肉芽腫 症( chronic granulomatous disease : CGD)は,食細胞の機能異常により細菌,真菌の 持続,反復感染を起こす疾患である.活性酸素の産 生に必要な NADPH oxidase の異常により,食細胞 である好中球やマクロファージが細菌等の病原体を 貪食した際に殺菌ができず,細胞質内に病原体が 残 存す る. 全 体で 多 数( 80 ) を占 める の は, NADPH oxidaseの構成要素である gp91phoxをコー
ドする cytchrome b-245, b-polypeptide (CYBB)に 変異をもつタイプである.日常生活での感染予防と して抗生剤,抗真菌剤の他,IFN-g の投与がある が,根治的治療には造血幹細胞移植が必要となる. ただし,前処置に伴う潜在感染の増悪の他,抗菌薬 治療による感染の消失にもかかわらず免疫の活性化 による肉芽腫形成が起こることもあり,他の PID に比較して移植は難しいとされている.CGD は早 期より遺伝子治療の対象疾患として考えられ,米国 国立衛生研究所(NIH)を中心に多くの遺伝子治 療臨床研究が行われてきたが17),SCID-X1 や ADA 欠損症のような増殖優位性が無いこと,患者体内に 好中球が存在することから遺伝子治療においても 難しい疾患のひとつである.現在では niche を確保 する目的で,比較的強力な前処置(ブスルファン, 810 mg/kg)が必要と考えられているが16),この ような前処置による最近の臨床試験でも遺伝子導入 細胞の長期維持は困難で,その効果は一時的であ る18).しかし治療早期における NADPH Oxidase 活
表 3 Target 10 1. Leber 先天盲 2. ADA 欠損症 3. ヘモフィリア 4. X 連鎖重症複合免疫不全症 5. パーキンソン病 6. 網膜色素変性症 7. 副腎白質ジストフィー 8. サラセミア 9. EBV 関連リンパ腫 10. メラノーマ
米国遺伝子細胞治療学会(ASGCT)が NIH director の Collins 博士 に示した 5~7 年のうちに確実に遺伝子治療の対象となる 10 疾患 性の回復によって肝膿瘍や肺膿瘍などの感染症は改 善しており,そのままでは造血幹細胞移植の適応と ならない重篤な感染症を遺伝子治療によって治癒さ せ,その後移植を検討するという考え方も存在する. なお,ドイツやスイスで行われた CGD への遺伝子 治療において,MDS/Evi1 の活性化および骨髄異形 成症候群を発症したとの報告があり19),他の PID 同様,高い安全性を目指したレンチウイルスベク ターによる臨床研究が欧米を中心に準備されている. 現 在 国 立 成 育 医 療 研 究 セ ン タ ー で も X-CGD (gp91phox 欠損)に対する造血幹細胞遺伝子治療を 計画している.使用するベクターは NIH のマレッ ク博士らが実際の遺伝子治療臨床研究で使用した MFGSgp91 で,G-CSF にて刺激した患者末梢血幹 細胞(CD34 陽性細胞)にレトロウイルスベクター を用いて CYBB 遺伝子を導入し,再び患者に戻す ものである(図 2).対象患者は遺伝子診断にて X-CGD と診断された 3 歳以上の男性で,通常の治療 でも症状が改善せず,適当な移植ドナー(HLA の DNA typing 5/6 以上のドナー)のいない患者であ る.現在,厚生労働省等の審査をすべて終了し,被 験者の募集を行っているところである. 最 後 に 世界における遺伝子治療の進歩は急速であり, PID 以外の遺伝性疾患への臨床試験でもその有効 性が示されてきている20,21).米国遺伝子治療学会で はここ 5 から 7 年のうちに遺伝子治療が有効な治療 法として確立すると思われる疾患 10(Target 10, 表 3)を提唱した.PID への遺伝子治療では,常に 安全性の向上が重要な課題となっており,SCID-X1での白血病発症の報告以降も,欧米では基礎お よび臨床研究が続けられてきた.ウイルスベクター による挿入発がん変異の大きな要因として LTR の エンハンサーが注目され,その克服として SIN ベ クターの開発が行われた.また今回は述べなかった が,b サラセミアへの遺伝子治療臨床試験では SIN レンチウイルスベクターの aberrant splicing(染色 体上の遺伝子の exon とベクター間での splicing) の報告もあり22~24),それを克服するベクターの開 発も現在進んでいる.我が国では ADA 欠損症への 遺伝子治療を最後に PID への遺伝子治療は行われ ておらず,現在我々が計画中の CGD への臨床試験 をきっかけに,再び日本における遺伝子治療の開 発,発展が遂げられることを望む. 文 献
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